ページ番号1009403 更新日 令和4年7月7日
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概要
- 6月30日、ロシア政府は大統領令「複数の外国及び国際組織の非友好的な行動に関わる燃料エネルギー分野における特別経済措置の適用について」(第416号)を発表。サハリン2プロジェクトを名指し。内容は、現行の外国法人(バミューダ)からロシア法人への移管を指示するのが柱ではあるが、穏便ではない複数の問題を提起するものとなっている。
- まず、大統領令では前文でウクライナ侵攻を受けて発動された「非友好国」による制裁に対するカウンター措置であることを示唆。「生産物分与契約の遂行に係る義務について複数の外国法人・個人が違反した結果生じた、ロシア連邦の自然・技術関連の緊急事態、人々の生活や安全の脅威、国益や経済安全の脅威に関連して、これらの外国法人・個人及びそれらの管理下にある法人・個人に対して、次の特別経済措置を適用する」としており、サハリン2参画者(但し、Gazpromは含まれないよう「外国法人」と限定)に対して、義務違反とそれに対する賠償を暗示する内容となっている。
- また、ロシア政府がサハリン2プロジェクトの新たな受け皿となるロシア法人を設立し、その設立から1カ月以内にサハリン2に参画している外資はそのロシア法人のシェアを自身の所有として受け入れる同意をロシア政府に通知しなくてはならない。しかし、それで認められるのではなく、ロシア政府はその申請を審査の上で拒否する権利も有しており、何らかの「義務違反」を根拠に事実上の接収が行われる可能性も否定できない。
- ロシアには石油ガス上流開発において、2つの連邦法、「地下資源法」(1992年)と「生産物分与契約(PSA)法」(1995年)が存在する。地下資源法では十分に守られていない又は曖昧な外国投資家の権利を守るべく生まれたのがPSA法である。PSA法では、優先コスト回収権確保、第三国準拠法の適用及び国有化・接収リスクの回避といった点が外資に確保されている。
- 連邦法という最高位の法律で規定されたPSAプロジェクトに対して、今回、大統領令が出されたが、果たして連邦法と大統領令はどちらが優位であるのかどうかは、これまでも議論の対象となってきた。2001年6月の憲法裁判所による判例では、既に複数の法律が存在し(今回の地下資源法及びPSA法)、その内容に齟齬がある場合に大統領令による法改正が可能であるとの判断を示している。
- 今回の大統領令から時を同じくして(6月28日)、地下資源法も「地下資源利用ライセンスの利用者をロシア法人に限定する」と改正された。その理由は、PSA法で守られたサハリン2プロジェクトをターゲットとし、大統領令を有効にするために、PSA法と同じ連邦法である地下資源法を改正させ、一方は外資による鉱業権保有を認め、一方はロシア法人にのみ認めるという齟齬を創り出すことで、大統領令発出の正当性を持たせようとしたロシア政府の意図があると考えられる。
- サハリン2プロジェクトがターゲットとなった理由として考えられるのは、地下資源法改正によってPSA法との齟齬を生じさせ、大統領令の正当性を持たせたが故に、その焦点である外国法人をロシア法人に変更させるという条件に最も合致したのがサハリン2であった可能性がある(他PSAプロジェクトであるサハリン1及びKharyagaは非法人型JV)。また、サハリン1については、非友好国ではないインド(ONGC Videsh:20%)が参画していることも影響を与えたかもしれない。そして、今回の大統領令の主目的は西側制裁に対するカウンター制裁にあることから、その事業規模、生産される原油・LNGの販売先(ロシアへの依存度)にとっても重要なプロジェクトをターゲットとすることで、日本を含めた非友好国に対する揺さぶり効果が最も大きなプロジェクトを選んだということも考えられる。
- 今回の大統領令によって、サハリン2外資は二つの選択肢に迫られることになる。ひとつはPSAに基づき、またPSA法を盾にロシア政府と今回の大統領令に対して異議申し立てを行い、ロシア又はPSAに規定された第三国の司法の下で仲裁裁判を起こすことである。もうひとつの選択肢は、大統領令に従ってロシア法人への移管へ同意する通知を出すことである。前者は仲裁裁判にロシア政府が応じるかどうかという実現性はともかく、自らの正当性を示すという点で意味がないわけではない。大統領令に従ってロシア法人になったとしてもその正当な理由を株主から求められる可能性があり、また、ロシアのカウンター制裁に屈したという汚名を負わないためにも有益と言える。
- 後者の場合、ロシア政府は大統領令に従い、受け皿となるロシア法人を設立する。そこから1カ月以内に外資はロシア法人へのシェア移管に同意する通知を出すことになる。そして、通知受領から3日以内に、ロシア政府はその通知を認め、ロシア法人の定款資本を外資に引き渡すのか、拒否するのかの判断を行うこととなる。今後2カ月以内に、今回の大統領令によってロシア政府がどのような目的を目指しているのかについて明らかになる。
1. はじめに
6月30日深夜、クレムリンのサイトに、新たな大統領令「複数の外国及び国際組織の非友好的な行動に関わる燃料エネルギー分野における特別経済措置の適用について」(第416号)にプーチン大統領が署名したことが発表された[1]。
Gazpromが大株主であり、ロシア最初のLNGプロジェクトであるサハリン2を名指しする大統領令であり、現行の外国法人(バミューダ)からロシア法人への移管を指示するのが柱ではあるが、穏便ではない複数の問題を提起する内容となっている。
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このロシア政府の動きには伏線が既にあった。5月初旬から6月初旬にかけて、G7、そしてEUは対露制裁の本丸である石油禁輸に踏み込んだ。この欧米の動きに呼応するように、ロシア政府高官からも過激な発言が出始めていた。
5月25日、ヴォロージン下院議長は、日本、英国、オランダを名指しし、「サハリン2で巨大な利益を得ている。Gazpromや友好国の企業に株式を売却すべき」と議会で発言した[3]。
さらに6月15日には、サハリン2だけでなくサハリン1も名指しし、「1990年代に締結された2つのPSAプロジェクトのおかげで日本は多大な利潤を得ている一方、日本政府がロシアに対する制裁措置を何百も導入している。日本はサハリン1及びサハリン2から撤退するか、ロシアに対する態度を改めるか、どちらかを選択すべきだ」と述べている[4]。この発言の日、昨年末から鉱業権(ライセンス)付与のプロセスに関連して、既に改正に向けて動いていた、PSA法と並ぶもうひとつのロシアの石油鉱業権(ライセンス)を規定する連邦法「地下資源法」の改正案に、急遽、「地下資源利用ライセンスの利用者をロシアに登記されるロシア法人及び個人事業主に限定する」という案が盛り込まれたのは、偶然ではない。最終的に今回の大統領令が出される直前の6月28日に、地下資源法の改正も行われている。

(出典:公開情報よりJOGMEC取り纏め)
2. 地下資源法(1992年)とPSA法(1995年)の違い
ロシアには石油ガス上流開発において、2つの連邦法、「地下資源法」(1992年)と「PSA法」(1995年)が存在する。なぜ2つの法律が並存しているのか、簡単に言えば、「地下資源法では守られない又は曖昧な外国投資家の権利状況を守るべく生まれたのがPSA法」ということになる。それらの権限については大まかに次の3つに大別される。

(出典:公開情報よりJOGMEC取り纏め)
(1) 投資家に対して優先コスト回収が認められている
まず最も重要な点として、ロイヤリティ支払いスキームの違いがある。PSAでは投資家による投下コストに対する優先コスト回収が認められている。自ら投下したコストの早期回収を可能とすることはプロジェクトの現在価値を高め、外資にとっては魅力的な石油契約に映る。また、産油国にとっては自らの費用負担なく、技術的に難しいフロンティア開発等リスクの高いエリアに適用することで、技術を有するメジャーを招致することが可能となる。そして、発見・開発に至れば、それら油ガス田資産をマネタイズし、歳入を増やすことに繋がる。
このようにPSAというスキーム自体は外資を含む投資家も産油ガス国も相互に恩恵を被るものであるが、ロシアでは「90年代のソ連解体の混乱期に西側よって結ばれた不平等条約」という認識が生まれ、21世紀に入ってからの油価高騰の中で資源や資産の囲い込みを志向する中で強化されてきた。結果、これまで成立したPSAプロジェクトは、表1の地図にある、サハリン1(1995年6月PSA締結)、サハリン2(同1994年6月)及びKharyaga(同1995年12月)の3つだけとなっている。なお、PSA法はこれら3プロジェクトの成立後の、1995年12月30日にエリツィン大統領が署名、翌年の1月11日に発効している。そして、PSA法の中にもしPSA法とこれら3プロジェクトの契約内容に矛盾が生じる場合には、これら3プロジェクトの契約内容が優先される旨、規定されている(同法第2条第7項)。
(2) 投資家に対して係争時に第三国でのその国の準拠法に基づく係争協議が認められている
>PSプロジェクト運営に当たってパートナーと係争問題が生じた場合には、外資の権利が十分に守られていない、又は守られないリスクのあるその国(ロシア)の法律で係争処理に入るのではなく、英国等の先進的・公正な法制・裁判が期待できる第三国の裁判とその国の準拠法に基づく係争問題解決が認められている。
今回の大統領令(下記全文抄訳参照)では、第5条及び6条にて、ロシア法の適用とモスクワ市仲裁裁判所による係争処理が明示、従うことが要求されている。このことは既存外資にとっては、今後ロシア政府によるあからさまかつロシア政府の匙加減での干渉が行われるリスクと映ることは確実である。
(3) 産油ガス国による国有化と接収リスク
地下資源法に基づくライセンスは、行政的許可として出されるため、政府による剥奪も可能となっている。実際、所管する天然資源環境省自身主導で、違反を犯している(環境問題・義務不履行等)と判断された事業者からのライセンスを剥奪することを志向した事例がある。他方、PSAにおいてはその権利・義務はPSA法の中で守られており、政府が剥奪することはできない。
3. 大統領令(第416号)のポイント
大統領令(第416号)のポイントは次の通りとなる。また抄訳については下記参考を参照されたい。
大統領令の要求は、「サハリン2プロジェクトに対して現在の外国法人(バミューダ法人)をロシア法人に移管する」ことが柱となっている。これ自体は図1で示した同時期に改正された地下資源法の内容と整合している。しかし、その内容を読み解くと、ロシア政府の敵意(悪意)が見られる内容となっている。
(1) サハリン2参画外資による「義務違反」と賠償を暗示
まず挙げられるのは、ウクライナ侵攻を受けて発動された「非友好国」による制裁に対するカウンター措置であることが前提となっている点である。そして、「生産物分与契約の遂行に係る義務について複数の外国法人・個人が違反した結果生じた、ロシア連邦の自然・技術関連の緊急事態、人々の生活や安全の脅威、国益や経済安全の脅威に関連して、これらの外国法人・個人、及びそれらの管理下にある法人・個人に対して、次の特別経済措置を適用する」としており、サハリン2参画者(但し、Gazpromは含まれないよう「外国法人」と限定)に対して、義務違反とそれに対する賠償を暗示する内容となっている。
しかし、周知の通り、2002年からの当時のオペレータであるシェルによるGazpromのファームアウト提案から、紆余曲折を経て2006年末に正式にGazpromが最大株主(50%+1株)として参画し、2009年のLNG生産開始から10年以上に亘って、同社がサハリン2プロジェクト運営に携わってきた。その最大株主としての責任を除外して、外資にだけ「義務違反」を負わせるような事象とは何か。2003年から2006年にかけて発生したユーコス事件(最終的にRosneftが接収)やGazpromがサハリン2に参画する直前に急速に持ち上がった環境問題(最終的にGazpromの支配株取得と外資3社は第2フェーズ総事業費194億ドルの内、36億ドルの事業費をコスト回収の対象としないことでロシア側と合意)という過去の係争が想起されるような文言が盛り込まれている。一説では、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、2月28日には撤退プロセス開始の発表を行い、派遣していた外国人技術者の引き上げを行ってきたシェルが、サハリン2プロジェクトの運営業務に損失を与えたとする見方もある。
(2) 外資はロシア政府設立のロシア法人へ参加申請できるが、その決定権はロシア政府にある
ロシア政府はサハリン2プロジェクトの新たな受け皿となるロシア法人を設立する。その設立から1カ月以内にサハリン2外資はそのロシア法人のシェアを自身の所有として受け入れる同意をロシア政府に通知しなくてはならない。しかし、それで認められるのではなく、ロシア政府はその申請を審査の上で拒否する権利も有している。例えば(1)で指摘している「義務違反」を理由に、申請拒否をする可能性も考えられる。そして、移管されなかったロシア法人のシェアは、ロシア政府が査定し、ロシア政府により定められる手順で、他のロシア法人に売却されることとなっている。

(出典:公開情報よりJOGMEC取り纏め)
<参考>大統領令(第416号)抄訳
「複数の外国及び国際組織の非友好的な行動に関わる燃料エネルギー分野における特別経済措置の適用について」(注)及び太線は筆者加筆。
アメリカ合衆国並びにこれに加わった外国国家及び国際機関がロシア連邦市民及びロシア法人に対する制限措置を発動するために行った非友好的で国際法に反する行動に関連して、ロシア連邦の国益の保護を目的として、連邦法2006年12月30日付第281-FZ号「特別経済措置及び強制措置について」、同2010年12月28日付第390-FZ号「安全について」及び同2018年6月4日付第127-FZ号「アメリカ合衆国及びその他の外国国家の非友好的行動への対応措置」に従い、以下を決定する。
- 1994年6月22日締結のPiltun-Axtokhskoe及びLunskoe石油ガス鉱床(注:サハリン2プロジェクトの鉱床)の生産物分与契約の遂行に係る義務について複数の外国法人・個人が違反した結果生じた、ロシア連邦の自然・技術関連の緊急事態、人々の生活や安全の脅威、国益や経済安全の脅威に関連して、これらの外国法人・個人、及びそれらの管理下にある法人・個人に対して、次の特別経済措置を適用する。
(ア) ロシア政府はロシア法人(有限責任会社)を設立し、本大統領令に基づき、その法人に対してSakhalin Energy Investment Company(以下、Company)の全ての権利及び義務を移管する。当該法人(以下、会社)は、ロシア政府が定める手順で設立され、Agreement(注:サハリン2の生産物分与契約<PSA>)に従って活動を実施する。ロシア政府は、当該法人の設立者(出資者)ではない。
(イ) Agreementの枠内で形成されたCompanyの資産は速やかにロシア連邦に引き渡され(ロシア連邦がその形成のための資金調達の義務をしかるべく履行していることを踏まえて)、同時にAgreementの定める期間、これを無償で利用する権利が会社に引き渡される。
(ウ) Companyの上記(イ)に規定されない資産は、速やかに会社の所有に移管される。
(エ) 会社の定款資本金における持分シェアは、次の者に帰属する。
- Gazprom Sakhalin Holdingに、同社がCompanyに保有しているシェア配分(注:50%+1株)で移譲。
- Companyのその他株主の持分シェア配分は会社に移譲。これらのシェアは、本大統領令で規定される複数法人へ引き渡されることになる。移譲までは、本大統領令に基づき、ロシア政府がそのシェアの管理を行う。
(オ) 会社設立から1カ月以内に、(エ)の第3項に示されるCompanyの株主(=Gazprom以外の株主)は、ロシア政府に対して、Companyにおける持分シェア配分で、会社のシェアを自身の所有として受け入れることに対する同意を通知しなければならない。その通知には、提出者の、Companyにおける相応するシェアに対する権利を証明する書類を添付するものとする。
(カ) 上記(オ)に示される通知を接到する毎に、ロシア政府は3日以内に、
- 提出書類をチェックする。
- Companyの定款資本金の中でその者に帰属する株式の数に比例して、会社の定款資本金中の持分を当該のCompanyの株主に引き渡す。または、そのような持分の引渡しを拒否する旨の決定を下す。
(キ) ロシア政府が引き渡すことを決めたシ持分シェアは、(カ)第3項に従って、移管決定がなされた該当者に迅速に移管され、ロシア政府による管理は終了する。
(ク) 上記(オ)(カ)に従ってCompany株主に移管されなかった会社のシェアは、ロシア政府が査定し、ロシア政府により定められる手順で、ロシア法人に売却される。その査定及び売却は、ロシア政府によって、(カ)に従ってシェアの移管拒否の決定がなされた後、4カ月以内に行われる。あるいは、((エ)に従って通知が提出されない、あるいは通知手順に違反があった場合を含め)移管拒否の決定がなされていない場合、(エ)に規定される期間終了後4カ月以内に行われる。
(ケ) 会社のシェアが、Companyに移管されず売却されることで得られた資金は、2022年3月5日付ロシア連邦大統領令第95号「特定の外国債権者に対する債務の暫定的な履行手順について」に従って、会社が当該のCompany株主を名義人として開設した「C(エス)」型口座に対して、当該持分の買手が払い込む。Companyの株主は、本項(コ)~(シ)号が定める手続きが完了するまで当該の金銭を処分することはできない。
(コ) ロシア政府は、Agreement遂行に関する、外国法人(子会社)及び(あるいは)個人の活動について、財務・環境・技術その他の監査を実施する。監査対象となる者のリストは、ロシア政府が承認する。
(サ) 上記(コ)に従って行われた監査の結果、ロシア政府は、与えられた損失の金額を設定し、その補償義務が課される者を決定する。
(シ) 損失額と同等の金額が、該当するCompany株主名義の「C」型口座から差し引かれる。
- ロシア政府は、Companyのロシア支店の現在あるいは今後任命される代表者を、会社の設立日から会社の単独執行機関の選出日まで、会社の単独執行機関の機能を果たす管理者として任命する。そのCompany支社長が会社の管理者としての任命に同意しない場合、ロシア政府は別の者を会社の管理者として任命する。会社が所有するすべてのシェアの所有権が本大統領令に従って定められた者に移管された日から10日以内に、株主総会によって、が会社の単独執行機関が選出される。会社の営業活動は、Agreementの条項に従って実施される。
- 会社の管理者は、Companyの全従業員(ロシア支店及び駐在員事務所)を会社に異動させる義務を負う。
- ロシア政府は会社の設立に当たってその定款を承認する。当該の定款は会社の出資者が会社の新たな定款を承認する日まで効力を有する。会社の出資者は、会社に帰属する全ての持分シェアの所有権が本令の定めるところの者に移行してから1カ月以内に、会社設立協定書の締結及び新たな会社定款の承認を行う。会社設立協定書及び会社定款は、会社のすべての出資者に、Company株主が持っていた権利義務を与えるものとする。
- Agreement遂行にかかわる法的関係には、ロシア法が適用される。
- Agreement遂行に関する法的関係から生じる係争は、モスクワ市仲裁裁判所の審議に委ねられる。
- 下記に対して、公式見解を出す権利を与える
(ア) ロシア連邦中央銀行 ・・・本大統領令適用における「C」型口座運用に関する点について。
(イ) ロシア政府 ・・・本大統領令適用に関わるその他の点について。
- 本大統領令はその公布日から発効する。
ロシア連邦大統領 V.プーチン
モスクワ、クレムリン
2022年6月30日
第416号
4. 大統領令の優位性を巡る問題/なぜ大統領令が出されたのか
連邦法という最高位の法律で守られているPSAプロジェクトに対して、今回、大統領令が出されたが、果たして連邦法と大統領令はどちらが優位であるのかどうかは、これまでも議論の対象となってきた。90年代にはエリツィン大統領の下で大統領令による法創造が実際に行われ、憲法裁判所でも審査の対象となってきた。1996年4月には、(1)「法規制の空白」の存在、(2)しかるべき法令が制定された場合の大統領令の失効という条件の下で大統領令を容認する判断を下している。続く2001年6月の判例は今回の事例と類似しており重要である。既に複数の法律が存在しており、その内容に齟齬がある場合に大統領令による法改正が可能であるとの判断を示したものだからだ。前述の(1)「法規制の空白」は著しく拡張されており、大統領の権限を規定する憲法第90条「ロシア連邦大統領の大統領令及び命令は、ロシア連邦憲法及び連邦法律に違反することはできない」という規程とも矛盾する[5]。
冒頭ヴォロージン下院議長発言を受け、地下資源法改正に「地下資源利用ライセンスの利用者をロシアに登記されるロシア法人及び個人事業主に限定する」という案が急遽盛り込まれ、改正された理由がここに繋がるのではないか。PSA法で守られたサハリン2プロジェクトをターゲットとするべく、大統領令を有効にするために、PSA法と同じ連邦法である地下資源法を改正させ、一方は外資による鉱業権保有を認め、一方はロシア法人にのみ認めるという齟齬を創り出すことで、大統領令発出の正当性を持たせたと見ることができる。
5. なぜ今回サハリン2が対象となったのか
大統領令にはサハリン2プロジェクトを示すPSA締結日と鉱床名(Piltun-Axtokhskoe及びLunskoe)が示されており、なぜ今回同プロジェクトだけが対象となったのかという疑問が湧く。推察の域を出ないが、現時点で対象となっていない他PSAプロジェクトであるサハリン1及びKharyagaと比較することで、その理由をある程度考察することができる。

(出典:公開・報道情報よりJOGMEC取り纏め)
まず最大の理由として考えられるのは、4.の通り、地下資源法改正によってPSA法との齟齬を生じさせ、大統領令の正当性を持たせたが故に、その焦点である外国法人をロシア法人に変更させるという条件に最も合致したのがサハリン2であったという見方である。サハリン1及びKharyaga両プロジェクトは非法人型JVであり、そもそも変更させるべき法人がないことから、今回は対象とならなかった。また、サハリン1については、非友好国ではないインド(ONGC Videsh:20%)が参画していることも影響を与えた可能性があるだろう。そして、今回の大統領令の主目的は西側制裁に対するカウンター制裁にあることから、その事業規模、生産される原油・LNGの販売先(ロシアへの依存度)にとっても重要なプロジェクトをターゲットとすることで、日本を含めた非友好国に対する揺さぶり効果が最も大きなプロジェクトを選んだということも考えられる。
これらが複合的に作用し、クレムリンで検討された結果、サハリン2プロジェクトが対象となったと推察されるが、いずれにせよ真実はクレムリン筋の情報を待たざるを得ない。
6. 今後注目される点
(1) サハリン2外資による対応・手続き
今回の大統領令によって、サハリン2外資は二つの選択肢に迫られることになる。
ひとつはPSAに基づき、またPSA法を盾にロシア政府と今回の大統領令に対して異議申し立てを行い、ロシア又はPSAに規定された第三国の司法の下で係争裁判を起こすことである。この手続きによって、ロシア政府は一時的に大統領令に基づくプロセスを停止する可能性があるが、ウクライナ侵攻以降のロシア政府による制裁を発動した西側諸国への強行・強権的な対応を見ると、その可能性は高いとは言えず、ロシア法人を設立し、期限のある次のステップに勝手に進んでいる可能性もあるだろう。他方、外資による異議申し立ては、ロシア政府が応じるかどうかという実現性はともかく、自らの正当性を示したという記録に残すという点で重要である。もうひとつの選択肢であるロシア法人へ権利・義務を移管する同意を通知し、ロシア法人になったとしてもその正当な理由を株主から求められる可能性があり、また、ロシアのカウンター制裁に屈したという汚名を負わないためにも有益である。
もうひとつの選択肢は、大統領令に従ってロシア法人への移管へ同意する通知を出すことである。ロシア政府が受け皿となるロシア法人を設立した日から1カ月以内と期限が設定されている。そして、同意通知受領から3日以内に、ロシア政府はその通知を認め、ロシア法人の定款資本を外資に引き渡すかどうかの判断を行うこととなる。従って、今後2カ月以内に、今回の大統領令によってロシア政府がどのような目的を目指しているのかが明らかになるだろう。
(2) その他PSAをターゲットとする動向
今回は対象とならなかったサハリン1及びKharyaga各プロジェクトだが、今後新たな大統領令が出ないとも限らない。既に、7月5日には下院、裁判を通じて外資系地下資源開発者をロシア法人に移行させることを可能にする法案を採択するとの一報が流れている。当該法案では、今回の大統領令と類似するメカニズムを導入することが想定されており、外資系地下資源開発企業の株式の25%以上を保有する共同保有者、あるいは、その企業の社長もしくは取締役は、当該企業をロシア法人に移行させることを要求する訴状をモスクワ仲裁裁判所に提出することが可能とするものとなっている模様である。PSAプロジェクトでは「LNGの生産に取り組んでいるプロジェクトだけが唯一の例外になる(つまりサハリン2)」とされており、サハリン1もKharyagaも当該法案の規則の適用対象になり得る[6]。
7. おわりに
今回の大統領令発出の伏線は5月下旬からヴォロージン下院議長による議会でのサハリン2プロジェクトを名指ししての批判に既にあらわれていた。連邦法であるPSA法で守られている同プロジェクトを対象とするべく、その正当性を示すために、6月28日の地下資源法改正(石油ガス鉱区ライセンス保有者が外国法人の場合、ロシア法人に変更)を行い、複数の連邦法において齟齬が生じる規則を正すというロジックで、大統領令が出された可能性がある。
どのようなロジックがあろうと、今回の大統領令がサハリン2プロジェクトの基盤となっている連邦法であるPSA法を半ば無視する形で出されたことは見逃せない。1995年成立のPSA法ではその後の立法によってその優位性が失われないことが担保されているはずだった。
今回の大統領令では、ロシア政府が設立するロシア法人に対してサハリン2プロジェクトに関する全ての権利及び義務が移管される。そして、1カ月以内に、Gazprom以外の株主は、ロシア政府に対してロシア法人移行に対する同意を通知しなければならない。その際、現在のシェアは維持されるという内容となっている。サハリン2プロジェクトがロシア政府によって即時接収されるという命令とはなっていないが、ロシア政府はその他株主からの通知を拒否する可能性についても書かれている。その決定は通知後3日以内に行われるとされており、今後の動きの中で最も注目される。
今回のロシア政府の動きは、ソ連時代から半世紀以上に亘って築いてきた「エネルギー安定供給者としてのロシア」という地位を失おうとするものである。少なくともビジネス慣行・商取引においてはその契約を重視してきたはずのロシアだったが、Nord Streamへの供給削減に関するノヴァク副首相他政府高官の発言や、3月31日に出された大統領によるパイプラインでの天然ガス輸出代金についてルーブル支払い強制に続く今回の強権発動によって「法治国家」としての地位も失うことを決定づけることになるかもしれない。
[1] クレムリンHP:http://kremlin.ru/acts/news/68792
[2] これはユーコス事件やRosneftによるBashneft買収時の政府が行った対応である巨額徴税により権益を接収する「合法的暴力装置」を想起させる内容である。
[3] 日経(2022年5月25日)
[4] ロシア下院HP:https://dumatv.ru/news/volodin-prizval-yaponiyu-opredelitsya-v-svoem-otnoshenii-k-rossii
[5] 法政論集255号「現代ロシアにおける権力分立の構造」(佐藤史人著/2014年)
[6] ヴェードモスチ(2022年7月4日)
以上
(この報告は2022年7月6日時点のものです)