ページ番号1009433 更新日 令和4年8月10日
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要旨
- 8月2日、ロシア政府は遂にサハリン2の権利・義務を移管する新たなロシア法人の設立に関する政府令を発表。6月30日に出された大統領令では、新ロシア法人設立から1カ月以内に、Gazprom以外の株主、つまり外資が、ロシア政府に対して新ロシア法人移行に対する同意を通知しなければならない。今回の政府令によって、ロシア政府が示す1カ月以内という時計が動き出すことになる。
- 大統領令発出からこれまで1カ月余りの間、ロシア政府によって新ロシア法人設立というトリガーが引かれなかった。これは、強権的に出された大統領令に対して、ロシア政府の真の意図がどこにあるのか、外資がロシア政府、Gazpromと話し合いを持ち、両者の落し処を探って来たことを示す。
- これから1カ月先には9月5日から8日にかけて、ロシア政府主導の国際会議「東方経済フォーラム」がウラジオストクで開催される。国際的に孤立するロシアにとっては、国威発揚と外資誘致を宣伝する重要な場となる。今回の政府令発出は、自作自演的ながら、サハリン2に関して、「東方経済フォーラム」の場で、ロシア政府が引き起こした「騒動」の決着を図ろうという意図も見え隠れするタイミングともなる。
1. 概要
8月2日、ロシア政府は遂にサハリン2の権利・義務を移管する新たなロシア法人の設立に関する政府令を発表した。新ロシア法人「サハリンスカヤ・エネルギヤ」はこの政府令から3日以内に税務登記等の必要な正式手続が執られ、最終的に統一国家法人登録簿に会社設立に関する情報が登記された日から設立されたものとみなされる。
6月30日に出された大統領令では、新ロシア法人設立から1カ月以内に、Gazprom以外の株主、つまり外資が、ロシア政府に対して新ロシア法人移行に対する同意を通知しなければならない。そして、ロシア政府は外資からの同意通知を拒否する可能性についても触れられており、その決定は通知後3日以内に為されるとされている[1]。
今回の政府令によって、ロシア政府が示す1カ月以内という時計が動き出すことになる。注目すべき点は、大統領令発出から既に1カ月余りの間、ロシア政府によって新ロシア法人設立というトリガーが引かれなかったことだろう。これは、強権的に出された大統領令に対して、ロシア政府の真の意図がどこにあるのか、外資がロシア政府、Gazpromと話し合いを持ち、両者の落し処を探って来たことを示している。
また、これから丁度1カ月先には9月5日から8日にかけて、ウラジオストクにて、ロシア政府が西のサンクトペテルブルク経済フォーラムと並んで、最も力を入れてきたロシア主導の国際会議「東方経済フォーラム」が開催される。国際的に孤立するロシアにとっては、国威発揚と外資誘致を宣伝する重要な場となる。今回の政府令発出は、自作自演的ながら、サハリン2に関して、「東方経済フォーラム」の場で、ロシア政府が引き起こした「騒動」の決着を図ろうという意図も見え隠れするタイミングとも言えるだろう。
<参考>政府令(第1369号)[2]抄訳
(注)及び太字は筆者加筆。
2022年8月2日付ロシア連邦政府令第1369号
モスクワ
2022年6月30日付ロシア連邦大統領令第416号の実施措置について
「複数の外国及び国際組織の非友好的な行動に関わる燃料エネルギー分野における特別経済措置の適用について」 に従って、ロシア連邦政府は、以下を定める。
- 2022年6月30日付ロシア連邦大統領令第416号「複数の外国及び国際組織の非友好的な行動に関わる燃料エネルギー分野における特別経済措置の適用について」(以下、「ロシア連邦大統領令」という)の第1項(ア)に従って、有限責任会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」(以下、「会社」という)を設立する。
- 会社は、統一国家法人登録簿に会社設立に関する情報が登記された日から設立されたものとみなされる。
- 会社の管理者は、統一国家法人登録簿に会社設立に関する情報が登記された日以降、しかるべき方式で作成された会社設立に関する通知をSakhalin Energy Investment Company Ltd.(以下、Company)の株主に送付する。
- 以下を設定する:
会社の定款資本金は1万ルーブル。同時に、会社の定款資本金は全額支払い済みであるとみなす;
会社の所在地はユジノサハリンスク市。 - ロシア連邦税務局は、本政府令の発効日から3日以内に、会社の参加者(設立者)に関する情報へのアクセスを制限した上で、統一国家法人登録簿へ以下の情報の登記を確実に行わなくてはならない:
会社設立に関して;
額面5,000ルーブル+0.000001378317コペイカ相当の、50.00000001378317%の定款資本金におけるシェアで、有限会社Gazprom Sakahlin Holdingが会社へ出資すること;
会社が保有する額面4,999ルーブル+99.9998621683コペイカ相当の、49.99999998621683%の定款資本金におけるシェアで、会社に帰属する法人が出資を行うこと。
- 以下・別添書類を承認する:
有限責任会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」の定款;
2022年6月30日付ロシア連邦大統領令第416号の規定事項を実現する枠内での監査実施規則;
2022年6月30日付ロシア連邦大統領令第416号第1項(ク)に基づく有限責任会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」の定款資本金におけるシェアの評価実施及び売却実施規則。 - 現Company・ロシア支社長アンドレイ・アレクサンドロヴィッチ・オレイニコフを会社の管理者に任命し、会社の国家登録時に申請者として全権を委任する。
- 会社は、その設立日から14日以内に、以下を実施しなければならない:
(ア)Companyのバランスシートに基づく会社のバランスシート作成と、現金を含め、Companyに帰属する資産(ロシア連邦大統領令第1項(イ)に従いロシア連邦に引き渡さなければならない資産を除く)のCompanyによる会社への譲渡。その際、Companyと会社の間での資産の受領納品書の作成と署名は不要とする;
(イ)現行の報酬及び社会保障条件を維持したまま、Company(ロシア支社及び駐在員事務所)の全従業員を会社に受け入れること。
- 以下を規定する。
ロシア連邦大統領令第1項(ア)の規定に従い、1994年6月22日に締結されたPiltun-Axtokhskoe、Lunskoe石油ガス鉱床の開発に関する生産物分与契約(以下、「協定」とする)に基づくCompanyの権利及び義務は、会社に移管される;
協定は、連邦法「生産物分与契約について」第2条第7項[3](注:所謂グランドファーザリング条項)に従って、同法の施行前に締結された協定として、同協定に定める条件に従って遂行されなければならない;
会社は、その設立時から、本項に示されることを考慮し、協定に従って、また本政府令第13条(ア)の規定を考慮して、その活動を行うものとする;
ロシア連邦大統領令第1項(ア)に基づき、液化天然ガス生産に関するライセンス対象技術を含む知的財産を利用する権利は、会社に移転される;
Companyの現金を含む資産の所有権は、本政府令第8項に従って、作成された会社のバランスシートに基づいて移転される。 - ロシア連邦国家資産管理庁は、協定の枠内で構築・取得されたCompanyの資産(ロシア連邦がその設立に資金を提供する義務を適切に履行することに関連して)を直ちにロシア連邦の所有として受け入れ、同時に、協定に定められる期限まで、引き渡し文書に基づき、会社に無償での利用を念頭に譲渡する。
- ロシア連邦地下資源利用庁は、Companyに発給された地下資源利用ライセンス(Piltun-AstokhskyおよびLunskyライセンス鉱区)の名義変更を、会社が申請した日から3日以内に行う。
- 各連邦行政当局は(その権限の範囲内で)、会社が協定に基づき、その活動を実施するために必要な、Companyに発給された特別許可(ライセンス)及びその他の文書の名義変更を会社が申請した日から3日以内に行う。
- ロシア連邦エネルギー省、ロシア連邦財務省及びロシア連邦経済発展省及びその他関係する連邦行政機関は、速やかに以下の措置を実施する:
(ア)Companyから会社への権利及び義務の移管後の会社の活動から得られる収入額がロシア連邦予算に占める割合を、移転前の水準以上に維持するためのメカニズムの策定;
(イ)現在実施中、又は2022年末までに実施が予定されている地質評価(地下資源利用庁の国家有用鉱物埋蔵量委員会の鑑定、地下資源利用庁の炭化水素資源鉱床開発関連技術プロジェクト及びその他のプロジェクト文書の合意作業に関する中央委員会による評価)、環境評価及びその他の評価の継続的実施。
- ロシア連邦財務省、ロシア連邦税関庁、ロシア連邦エネルギー省及びその他の連邦行政機関(これらの機関の権限の範囲で)は、Companyが協定を遂行にあたり採択された文書に関してCompanyの権利及び義務の会社への移管に伴い、下記の義務を免除するために必要な変更を会社が申請した日から3日以内に確実に行う:
(ア)会社に対して、サハリン2プロジェクトからの炭化水素の輸出に関連する関税、税金、その他の納付金の支払い義務を免除すること。
(イ)会社、(協定の枠内での)その関連組織、コントラクタ、サブコントラクタに対し、サハリン2プロジェクトの実現に必要な機器、資材、サービス及び技術のロシア連邦への輸入に関連する関税、租税及びその他の納付金の支払い義務を免除すること。
(ウ)協定に従って、会社がサハリン2プロジェクトを実施した結果得られた分配利益に対する税金相当額を留保し当該額を支払う義務を免除すること。
- ロシア連邦国家登記・台帳・地図局は:
ロシア連邦国家資産管理庁が、ロシア連邦へ譲渡すべきCompanyの資産に関する署名済み引き渡し文書を受け取ってから3日以内に、Companyの所有権がしかるべき手順で登記された不動産の所有権をロシア連邦に移管したことに関する記録を統一国家不動産登記簿に登記する。その際、Companyによる所有権移転登記申請書等の提出は不要。
本政府令第8項に従って作成されたバランスシートに基づいて、会社に所有権が生じた不動産及び所有権について、会社が所有権の国家登記申請を提出した日から3日以内に統一国家不動産登記簿にその所有権発生に関する記録を登記する。 - ロシア連邦大統領令第1条(エ)項に従って、会社へ人員が異動するまでは、それらの人員の管理はロシア連邦政府、ロシア連邦首相、もしくは、首相の委任を受けたロシア連邦第一副首相あるいは副首相の決定に基づき実施される。
- 本政府令は、公布日から施行するものとする。
ロシア連邦政府議長 M.ミシュースチン
(注)政府令に添付された定款等抄訳については割愛する。
2. 政府令に関する特記事項
政府令は41ページから成り、最初の5ページがミシュースチン首相による政府令本体、残る部分は上記第6項でも触れられている以下(1)~(3)の構成となっている。
(0) 政府令本文
(1) 有限責任会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」の定款
(2) 2022年6月30日付ロシア連邦大統領令第416号の規定事項を実現する枠内での監査実施規則
(3) 2022年6月30日付ロシア連邦大統領令第416号第1項(ク)に基づく有限責任会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」の定款資本金におけるシェアの評価実施及び売却実施規則
今回の一連の動きの中で注目されるのは、1995年に成立した連邦法であるPSA法に基づく権利は守られるのかどうか。また、係争時の準拠法(大統領令では「Agreement遂行に関する法的関係から生じる係争は、モスクワ市仲裁裁判所の審議に委ねられる」とされている)に対する新たな情報はあるのか。さらに、ロシア政府(又は大株主Gazprom)の権威拡大に関する規定が盛り込まれていないかどうかである。
PSA法に基づく権利の維持については、第9項において「1994年6月22日に締結されたPiltun-Axtokhskoe, Lunskoe石油ガス鉱床の開発に関する生産物分与契約に基づくCompanyの権利及び義務は、会社に移管され、連邦法であるPSA法第2条第7項(注:グランドファーザリング条項)に従って、同法の施行前に締結された協定として、同協定に定める条件に従って遂行されなければならない」と明確に規定されていることから、優先コスト回収等の権利は維持されることとなると解釈できるだろう。他方、その他の点については、新たな情報は限定的である。準拠法についてはこれまでのPS契約で認められてきた第三国ではなく、大統領令に従い、ロシア法下でのモスクワ市仲裁裁判所(又は会社の所在地がユジノサハリンスクとなることが新たに示されたためサハリン州地方裁判所の可能性も出て来る)での係争処理となる見込みが高い。ロシア政府の権威拡大については現時点では特記すべき事項は見当たらないが、さらに追加情報が出て来次第、短報を出すこととしたい。
いずれにせよ、時計は動き出すこととなり、次のポイントは外資株主による新ロシア法人への同意通知とロシア政府による受け入れ判断となる。そのプロセスの中では、大統領令で指摘されているGazprom以外の株主による「義務違反」の具体的な指摘と、今回の政府令別添で規定された「監査実施規則」に基づく損害賠償の具体的な価額に関する情報が出てくる可能性があり、依然、予断を許さない。
[1] 拙稿「サハリン2プロジェクトを対象にロシア法人への移管を求める大統領令を発出」(2022年7月6日)参照。
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009403.html
[2] ロシア連邦政府令(第1369号):
http://publication.pravo.gov.ru/Document/View/0001202208030002?index=0&rangeSize=1(外部リンク)
[3] (1)連邦法「PSA法」:第2条第7項(所謂グランドファーザリング条項)
「本連邦法(生産物分与法)の施行までに締結された生産物分与契約はその契約の条件に従って履行される。その場合に本連邦法は前記契約に、その契約条件に反しない限度で適用され、当該契約により投資家が取得し、行使する権利を制限するものではない」
以上
(この報告は2022年8月5日時点のものです)