ページ番号1009441 更新日 令和4年8月15日
原油市場他: 米国ガソリン需要不振を巡る懸念、及び中国経済減速を示唆する指標類の発表等により、下方圧力が加わる原油相場
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概要
- 米国では、ガソリン小売価格高騰等に伴いガソリン需要が低迷したことにより、製油所の稼働が低下するとともに、石油製品製造活動が不活発化したことから、ガソリン及び留出油両在庫は減少、ガソリン在庫は平年幅上限を上回る、留出油在庫は平年幅下限付近に位置する、それぞれ量となっている。また、製油所の原油精製処理量の減少に加え米国戦略石油備蓄(SPR)からの原油供給もあり、原油在庫は増加傾向となったうえ、平年幅上限を上回る状態は継続している。
- 2022年7月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減に関しては、原油については、ロシア産原油購入敬遠の動きが一因となり原油輸入が減少したと見られることにより、欧州の在庫は減少した。日本においては、製油所のメンテナンス作業が終了に向かったこともあり、原油精製処理量が増加するとともに原油在庫は減少した。しかしながら、米国で在庫が増加したことで相殺されて余りあったことから、OECD諸国全体では原油在庫は増加となり、平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、米国でのガソリン消費不振に伴い米国にガソリンを輸出する欧州の製油所稼働が抑制されたことにより、かえって欧州石油製品在庫は減少した。また、梅雨明けになったと見られるとともに個人の外出が促されたことによりガソリン等の需要が堅調に推移したこともあり、日本の石油製品在庫は減少した。しかしながら、米国では、暖房シーズンが終了したことによるプロパン需要の低下に伴い当該製品在庫が増加したこともあり、同国の石油製品在庫は増加となった。そして、欧州及び日本での石油製品在庫減少が米国での当該在庫増加で相殺されて余りあったことにより、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となったものの、平年幅下方付近に位置する量となっている。
- 2022年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場では、増産加速に対する消極的な姿勢を示唆するOPECプラス産油国関係者の発言等が、原油相場に上方圧力を加えた結果、原油価格(WTI)は7月19日に1バレル当たり104.22ドルの終値と、7月8日以来の高水準に到達した。しかしながら、その後は、米国ガソリン在庫増加と同国ガソリン需要低迷への懸念の増大、及び中国経済減速を示唆する指標類の発表等が、原油相場に下方圧力を加えた結果、原油価格は下落傾向となり、8月4日には1バレル当たり88.54ドルの終値と、2月2日の終値以来の低水準に到達する場面も見られた。
- 今後は、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了に向かう他、世界経済が減速しつつあるとの懸念により、原油相場に下方圧力が加わる可能性がある。また、9月20~21日に開催される予定である米国連邦公開市場委員会(FOMC)に向け発表される米国経済指標類や同国金融当局関係者による金融引き締め政策を巡る発言等が原油相場を左右することもありうる。さらに、9月5日に開催が予定されるOPECプラス産油国閣僚級会合における増産を巡る動き、ロシアのウクライナへの事実上の侵攻実施に伴う西側諸国等の対ロシア制裁実施状況とロシアからの石油供給等を巡る動向、イラン核合意正常化を巡る西側諸国等とイランとの協議状況、中国での新型コロナウイルス感染抑制のための都市封鎖等の措置の実施状況、米国メキシコ湾周辺地域におけるハリケーン等暴風雨の来襲状況及び予報、世界天然ガス市場動向等の要因が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
(出所 IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. OPEC及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国が2022年9月の原油生産目標を前月比で日量10万バレル拡大する旨決定
(1) 協議内容等
2022年8月3日にOPEC及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国は閣僚級会合を開催した。同会合では、石油市場が絶えずかつ急速に変化することから、その状況を継続的に評価する必要があることに留意した。また、会合では、大幅な供給途絶に対応するために大規模な緩衝として利用する必要がある余剰生産能力が限られていることや、石油部門での慢性的な投資不足により石油産業各部門(石油探鉱・開発・生産、輸送、及び精製・販売)における余剰能力が低減していることに注目した。さらに、会合では、石油探鉱・開発・生産部門での投資不足が、2023年以降の需要増加を満たすための一部OPECプラス産油国及び非OPECプラス産油国における時機を得た適切な石油供給に影響を与えるであろうことを特に懸念する旨強調した。
会合では、OECD諸国の商業石油在庫が2022年6月時点で27.12億バレルとなり、前年同月を1.63億バレル、2015~19年平均を2.36億バレル、それぞれ下回る他、緊急時石油備蓄が30年超ぶりの低水準に到達していることに留意した。さらに、会合では、一部OPECプラス産油国の自主的な貢献により、2020年5月以降OPECプラス産油国の減産遵守率が平均で130%となったことに注目した。そして、OPECプラス産油国結束のために不可欠な意思統一の維持の価値と重要性を重視するとともに、最近の石油市場の状況に照らし合わせ、2022年9月の原油生産目標を前月比で日量10万バレル拡大する旨決定した(表1参照)。さらに、生産目標の完全遵守に固執すること、及び(これまで生産目標を達成できていない産油国が生産目標を完全に達成するため)追加生産調整を実施することが極めて重要であることを当会合で再確認し、(これまで生産目標を達成できていない産油国が生産目標を完全に達成するための)追加生産調整計画を速やかに提出するよう、会合で要請された。
次回のOPECプラス産油国閣僚級会合は9月5日に開催される予定である。なお、今回の閣僚級会合では、10月以降の原油生産方針については、協議されなかったとされる。ロシアのノバク副首相は、新型コロナウイウル感染状況や西側諸国等による対ロシア制裁等を巡る不透明感が足元の石油市場に存在するため、今回の閣僚級会合においては慎重な決定を行った旨8月3日に明らかにしている。また、サウジアラビア及びUAEは、来たる冬においてエネルギー需給が極度に引き締まった場合には、相当程度増産を行う用意がある旨関係筋が明らかにしたと8月5日に伝えられる。他方、今回の閣僚級会合終了後の8月3日に、米国国務省のホクスタイン(Hochstein)上級顧問(エネルギー安全保障担当)は、閣僚級会合での決定は、正しい方向への一歩であるとの認識を明らかにしたものの、米国での燃料価格にはそれほどの影響は与えないであろう旨示唆した他、引き続き(燃料)価格低下に向け努力する意向である旨明らかにした。他方、同日米国バイデン政権のジャン-ピエール報道官はOPECプラス産油国の(9月につき前月比日量10万バレル増産の)発表を歓迎する旨表明した。
(2) 今回の会合の結果に至る経緯及び背景等
6月2日に開催された、前々回のOPECプラス産油国閣僚級会合以降、石油市場では、中国上海市等で新型コロナウイルス感染が拡大する兆候が見られたことに加え、6月14~15日に開催された米国連邦公開市場委員会(FOMC)において政策金利の0.75%の引き上げ(1994年11月15日開催のFOMC以来の大幅な引き上げ)が決定されたうえ、その後もしばしば米国連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が物価上昇沈静化に向けた方策実施に対する確固たる姿勢を示唆したため、政策金利引き上げ等による世界経済成長減速に伴う石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことが、原油相場に下方圧力を加えた。このようなことから、前回のOPECプラス産油国閣僚級会合直前の6月29日の原油価格(WTI)は1バレル当たり109.78ドルと前々回のOPECプラス産油国閣僚級会合直前である6月2日の同116.87ドルから下落した(図1参照)。
また、原油及び石油製品を含む物価上昇を通じ、世界経済成長が減速することもあり、2023年の世界石油需要の伸びが日量200万バレル以下へと鈍化する(因みに2022年は日量336万バレルの増加と予想されていた)旨OPECが認識していると6月14日に報じられた。さらに、2022年についても、従来の日量140万バレルの石油供給過剰予想を日量100万バレルへと縮小したものの、依然として、世界石油需給バランスはそれなりに供給過剰となる可能性がある旨6月28日に開催されたOPECプラス産油国合同専門委員会(JTC: Joint Technical Committee)向けの資料で示唆されたと6月27日に報じられた。
加えて、2022年1月には日量1,007万バレルであったロシアの原油生産量(コンデンセートを除く)が2022年4月に日量915万バレルへと落ち込んだものの、5月には同930万バレルへと若干ではあるが増加、さらに、6月30日には、ロシアのノバク副首相が、6月のロシアの原油生産が日量990万バレルに到達した他、2022年夏場には同国はOPECプラス産油国で定められる目標に沿った生産水準へ回復できるものと確信している旨明らかにした。このようなことから、この先ロシアの原油生産及び輸出等が減少を継続することにより、世界石油需給が引き締まる方向に向かうという見通しが成り立ちにくい旨示唆された。
このようなこともあり、7月に米国のバイデン大統領がサウジアラビア等中東諸国を訪問することを控え、6月30日に開催された前回の閣僚級会合において、サウジアラビアを含むOPECプラス産油国は、7月同様8月についても前月比で日量64.8万バレルと従来想定された規模(日量43.2万バレル)の1.5倍の減産措置縮小を図ることにより、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期への突入とともにガソリン小売価格高騰等に苦慮する米国に配慮する一方、石油需給引き締まりに対する将来展望が必ずしも描き切れない石油市場関係者の石油需給緩和に対する心理面での影響を最小限にとどめるべく、OPECプラス産油国は減産措置縮小ペースのさらなる加速を見送ることにより、石油収入確保の面から原油価格の下落を必ずしも好ましいものとは考えていないと見られるOPECプラス産油国主要構成国のロシアの意向を考慮する格好となったものと考えられる。
前回のOPECプラス産油国閣僚級会合開催後の6月30日に、米国のバイデン大統領は、7月の中東諸国訪問の際中東湾岸産油国に対し原油生産拡大を要請する旨表明したことにより、これら産油国による原油生産拡大と世界石油需給緩和期待が市場で醸成された。
また、7月19日時点の中国の新型コロナウイルス感染者数が935人と5月21日(この時は824人)以来の高水準となった他、7月20日時点の感染者数も826人と概ね高水準を維持している旨7月21日に中国当局が明らかにするとともに、同国深圳市の一部地域で新型コロナウイルス感染抑制のための都市封鎖措置が実施された旨7月21日に報じられるなど、同国での新型コロナウイルス感染拡大が示唆されたことにより、同国経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大した。
加えて、米国の物価上昇が加速する結果同国金融当局関係者による金融引き締め政策が強化されるとの見方が市場で発生したこと、欧米諸国経済が減速していることを示唆する指標類が発表されたこと等により、これら諸国等の経済が減速するとともに石油需要の伸びが鈍化するとの不安感が市場で増大した。
以上のような要因等が原油相場に下方圧力を加えたことにより、前回のOPECプラス産油国閣僚級会合開催直前の6月29日には1バレル当たり109.78ドルであった原油価格は、今回の閣僚級会合開催直前の8月2日には同94.42ドルへと下落した。
また、6月13日には1ガロン当たり5.107ドルと、1993年4月以降の米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)による週間統計史上最高水準に到達した全米平均ガソリン小売価格は8月1日時点では同4.304ドルとなるなど、下落傾向となった(図2参照)こともあり、7月29日に米国ミシガン大学が発表した7月の消費者信頼感指数中の1年先の期待インフレ率(確定値)が5.2%と6月の同5.3%から若干ながら低下するなど、同国のインフレ懸念が頭打ちとなる兆候が見られるようになったことにより、ガソリン価格、そしてその原料となる原油価格の抑制に対する米国バイデン政権への圧力が相対的に低減する格好となった。
また、米国では夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入していたにもかかわらず、7月22日までの4週間平均の同国ガソリン需要は前年同期比で7.1%の減少となるなど、石油需要が不振である旨示唆されたうえ、9月3~5日の労働祭(レイバー・デー)の休日(9月5日)に伴う連休を以て米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了した後の秋場の石油不需要期に向け、製油所の稼働が低下することにより原油購入意欲が低下するとともに、この面で原油相場にさらなる下方圧力が加わりうることが予想された。
他方、7月のロシアの原油生産量(コンデンセートを含む)は6月比で2%程度増加の日量146.8万トン(推定日量1,082万バレル)である旨8月1日に報じられたが、同水準は、ロシアのウクライナへの事実上の侵攻開始直後の2022年3月時点の7月のロシアの原油生産量(同)見込み(国際エネルギー機関(IEA)による)である同828万バレルを同254万バレル程度上回るなど、足元ロシアの石油供給が当初見込みほど減少していないことが示された(図3参照)。
このように、この先少なくとも短期的には石油需給の緩和感が醸成されるかもしれないような不透明な状況下において、原油供給を拡大すれば、世界石油需給緩和感が市場で増大する他、OPECプラス産油国が石油需給緩和に対し寛容な姿勢を見せ始めたと市場関係者が受け取ることにより、原油相場に一層下方圧力が加わる結果、OPECプラス産油国の原油収入に負の影響が及ぶ恐れがあった。
このようなこともあり、7月中旬に米国のバイデン大統領の中東諸国訪問時においても、OPECプラス産油国の主要構成国であるサウジアラビア政権幹部は増産加速に対ししばしば慎重な姿勢を示唆した。米国のバイデン大統領は7月15日にサウジアラビアのサルマン国王及びムハンマド皇太子と会談、両者は安定した世界エネルギー市場に対する確約を再確認し、今後定期的に世界エネルギー市場につき協議する旨合意したと7月16日に伝えられた他、石油供給拡大が喫緊の課題である旨サウジアラビアも理解しており、サウジアラビアからの石油供給が一層増加することを期待している旨7月15日にバイデン大統領は明らかにした。また、7月16日に米国と湾岸協力会議(GCC)加盟国との間で開催された拡大首脳会議は閉会に際し、エネルギー供給安全保障の確保を確約することを確認した旨の声明を発表した。
しかしながら、7月16日にサウジアラビアのファイサル外相は、当該首脳会議では米国側から増産要請は行われなかった旨明らかにした(一方、米国を含む消費国とサウジアラビアとの間での(エネルギー問題に関する)協議は常時行われている旨付言した)他、同外相は、消費国を含む世界中の関係者からの意見は聞き置くものの、最終的にはOPECプラス産油国としては、市場の状況に従い、必要に応じてエネルギーを供給する方針である旨明らかにしたと7月16日に伝えられる。
他方、ロシアのプーチン大統領はサウジアラビアのムハンマド皇太子との間で電話会談を実施、その中で両者はOPECプラスの枠内でのさらなる協力が肝要であることで意見が一致した旨7月21日に報じられた。また、7月29日には、ロシアのノバク副首相がサウジアラビアのリヤドを訪問し、アブドルアジズ エネルギー相と会談、両国の協力の機会につき協議した他、OPECプラス産油国間での合意と安定的な石油市場を約束することで合意した旨同日伝えられる。
米国の要請に応じてサウジアラビア等が原油生産をさらに拡大すれば、西側諸国等による制裁発動対象であり、かつOPECプラス産油国の重要な構成国であるロシアの原油等の収入が原油価格下落により減少する可能性が高まる結果、OPECプラス産油国間での結束に影響が生じる恐れがあることが懸念された。
そして、原油及びガソリン小売価格のさらなる高騰による物価上昇の展望が開けにくくなっていたこともあり、OPECプラス産油国による原油生産拡大に対する米国のバイデン大統領の要請に対しては、サウジアラビア等は、再び米国のエネルギー価格及び物価が上昇する兆候が見られるまで、慎重に対処しようとした一方、この先発生する恐れのある石油需給緩和観測の増大に伴う原油価格下落を抑制することにより、ロシアに配慮した結果、今回の閣僚級会合においては、9月の原油生産目標を前月比で小幅に引き上げる旨決定したものと考えられる。
8月1日にOPEC事務局長に就任したアルガイス(al-Ghais)氏は、就任直前の7月31日に、OPECプラス産油による原油生産調整措置において、ロシアの参加は不可欠である旨発言するなど、ロシアとの関係維持を重視することを示唆していたが、今回の閣僚級会合において示された増産規模に関するOPECプラス産油国の姿勢は、そのようなロシアとの関係重視を反映する格好となった。
(3) OPECプラス産油国閣僚級会合開催当日の原油価格の動き等
今般米国のバイデン大統領が自ら中東を訪問、7月15日にサウジアラビア指導者と会談し、さらに、7月16日に米国とGCC加盟国との間で開催された拡大首脳会議に出席したにもかかわらず、今回の閣僚級会合においては9月の原油生産目標拡大を前月比日量10万バレルと限定的な規模としたことにより、石油市場関係者は米国によるサウジアラビア等主要OPECプラス産油国に対する働きかけが十分功を奏する形にならなかったと受け取るとともに、この先もOPECプラス産油国は原油価格の下落(及び各産油国の原油収入減少)を抑制すべく、慎重な原油生産政策を遂行していくであろうとの観測が増大したことから、閣僚級会合終了直後である8月3日朝(米国東部時間)の原油価格は一時前日終値比で1バレル当たり2.15ドル上昇の同96.57ドルに到達する場面が見られた。
しかしながら、その後発表されたEIAによる米国石油統計(7月29日の週分)で原油在庫が前週比で447万バレル、ガソリンが同16万バレルの、それぞれ増加と市場の事前予想(原油在庫同60万バレル、ガソリン在庫同160万バレルの、それぞれ減少)に反して増加していた旨判明した(原油在庫の増加は、米国原油輸入の増加、原油輸出の減少、及び製油所の原油精製処理量の減少が背景にある他、ガソリン在庫の増加は需要減少が一因となっている)。
また、米国及びイラン両政府高官がイラン核合意正常化に向けた協議再開(6月28~29日にカタールのドーハで開催された間接協議以降当該協議は中断状態となっていた)のためオーストリアのウイーンに向かう旨8月3日に伝えられた。加えて、8月3日に米国供給管理協会(ISM)から発表された7月の同国非製造業景況感指数(50が当該部門好不況の分岐点)が56.7と6月の55.3から上昇、4月(この時は57.1)以来の高水準に到達したうえ、市場の事前予想(53.5)を上回ったことや、米国セントルイス連邦準備銀行のブラード総裁が大幅な政策金利引き上げを前倒しして実施することを支持する旨示唆したと8月3日に報じられたこともあり、米ドルが上昇した。
以上のような要因等が、原油相場に下方圧力を加えた結果、この日の終値は1バレル当たり90.66ドルと前日終値比で3.76ドル下落した他、この日の終値は2022年2月10日(この時は同89.88ドル)以来の低水準なものとなった。
2. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2022年5月の米国ガソリン需要(確定値)は日量911万バレル、前年同月比で0.3%程度の減少と、4月の同875万バレルから需要量は上振れしたものの、前年同月比の減少率は4月の0.4%程度の減少から若干の縮小にとどまった(図4参照)他、2ヶ月連続で当該需要は前年割れとなった。なお、当該需要は速報値(前年同月比2.2%程度減少の日量894万バレル)から上方修正されている。気温の上昇とともに個人の外出が促されたこともあり、5月の同国自動車運転距離数が1日当たり93億マイルと4月の同88億マイルから増加したことが、ガソリン需要量を押し上げたものと見られるものの、EIAによる5月の週間全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり4.3~4.7ドル程度と米国の消費者が不満を持ち始める価格水準である同3ドルを大幅に上回ったままであったうえ、4月の同4.1~4.2ドル程度の価格水準からさらに上昇したこともあり、5月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比で8.6%の上昇と4月(同8.3%の上昇)から上昇が加速する格好となったことが、消費者のガソリンを含めた財の購買活動に影響を及ぼすととともにガソリン需要を抑制したものと見られる。なお、2022年5月の同国ガソリン需要は2019年5月の当該需要(日量950万バレル)(確定値)を4.1%程度下回っている。他方、2022年7月の同国ガソリン需要(速報値)は日量864万バレル、前年同月比で7.2%程度の減少となっており、6月の需要量である同900万バレルから減少したうえ、前年同月比の減少率も6月(3.0%程度の減少)から拡大している。EIAの発表する全米平均ガソリン小売価格が6月13日時点で1ガロン当たり5.107ドルと、1993年4月以降の週間統計史上最高水準に到達した他、それ以降も7月末にかけ同4ドル台で推移するとともに、同年7月の同国CPIも前年同月比で8.5%の上昇と6月の同9.1%の上昇(これは1981年11月(この時は同9.6%の上昇)以来の大幅な上昇率であった)からは低下したものの、依然高水準のままとなったこともあり、同月の推定実質個人可処分所得が前年割れとなったことから、消費者のガソリンを含む財の購買力が低下したことが、低調な個人の外出を通じてガソリン需要に反映されたものと考えられる(因みに2022年7月の米国推定自動車運転距離数は1日当たり91億マイル、前年同月比で同4.5%程度の減少となり、6月の2.6%程度の減少、及び5月の同1.3%の増加から増減率が下振れしている)。なお、2022年7月の米国ガソリン需要は2019年同月(日量953万バレル)(確定値)を9.3%程度下回っている。そして、このように、米国のガソリン需要が不振気味となったことが、同国のガソリン相場に下方圧力を加えたこともあり、ガソリンと原油との価格差(この場合ガソリン価格が原油価格を上回っている)、上下に変動しつつも総じて縮小傾向を示したことから、製油所でのガソリン製造に伴う利幅も概ね低下傾向となったと見られるとともに原油精製処理量も概して減少傾向となった(図5参照)。このため、かえって製油所でのガソリン製造活動が低調となった(ガソリン最終製品生産量は図6参照)ことにより、7月上旬から8月上旬にかけ米国のガソリン在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を上回る量となっている(図7参照)。
2022年5月の同国留出油需要(確定値)は日量387万バレルと前年同月比でほぼ横這いとなり(図8参照)、4月の日量381万バレル(前年同月比1.2%程度の減少)から需要量が若干増加するとともに前年同月比での増減率も上振れしたものの、3月以前の当該需要が前年同月比で増加を示していたことからすると、依然もたつき気味である。なお、5月の当該需要は速報値である日量383万バレル(同1.2%程度の減少)から上方修正されている。2月24日以降のロシアのウクライナへの事実上の侵攻の実施及び3月8日の米国によるロシアからの石油等の輸入禁止を内容とする制裁の発動等もあり、2月から3月にかけ原油及び石油製品価格が上昇するともに、米国CPIの上昇も加速した(米国CPIの前年同月比の伸び率は2月の7.9%に対し3月は8.5%であった)。しかしながら、4~5月においては物価上昇ペースはより緩やかなものとなった(4月の米国CPIは前年同月比で8.3%、5月は同8.6%の、それぞれ上昇率であった)ことにより、物価上昇による経済活動への圧力が一服した格好となったこともあり、米国の5月の物流活動も前年同月比で2.6%の増加と4月の同1.6%の増加から多少なりとも持ち直した格好となったことが、同月の同国留出油需要に反映されているものと見られる。なお、2022年5月の米国留出油需要は2019年5月の当該需要(日量411万バレル)(確定値)を5.7%程度下回っている。他方、2022年7月の留出油需要(速報値)は日量368万バレルと前年同月比で0.6%程度の増加となり、6月の当該需要(速報値)の前年同月比の伸び率(2.5%程度の減少)から増加に転じたものの、米国での農産物作付時期(概ね4~6月)における農機具等の稼働のための軽油需要期がほぼ終了したこともあり、6月の需要量である日量384万バレルからは下振れしている。また、2021年6~7月の米国CPIがともに前年同月比で5.4%の上昇と2008年8月(この時は同5.4%の上昇)以来の大幅な上昇となるとともに、製造部門や物流部門での資機材や労働力不足等の隘路が発生したと見られることにより、2021年7月の鉱工業生産が前年同月比で9.2%の増加と同年6月の同15.6%の増加から増加率が低下した他、2021年7月の物流活動が前年同月比で0.5%の伸びと6月の同5.4%の伸びから急低下したことに伴い、2021年7月の米国の留出油需要の前年同月比での伸びが1.2%程度と同年6月の同12.7%から大幅に縮小した反動で、2022年7月の同国留出油需要の前年同月比での伸びが6月のそれから多少なりとも拡大したように見えるといった側面もあるものと考えられる。ただ、2022年7月の米国輸送担当者指数(LMI: Logistics Manager Index、50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が60.7と6月の65.0から低下するなど、物流活動が不活発になりつつあると見られることが、7月の同国留出油需要の伸びを抑制する形で作用しているものと推定される。なお、2022年7月の米国留出油需要は2019年同月(日量391万バレル)(確定値)を6.0%程度下回っている。そして、米国のガソリン需要が旺盛でなかったこともあり、製油所の原油精製処理量が総じて減少傾向となったことに伴い、留出油の製造活動が不活発となったこと(図9参照)により、7月上旬から8月上旬にかけ米国の留出油在庫は減少傾向となり、平年幅下限付近に位置する量となっている(図10参照)。
2022年5月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比で0.1%程度減少の日量2,008万バレルとなり(図11参照)、4月の同1,996万バレルから需要量は増加したものの、前年同月比2.6%程度の増加であった4月から5月は同指標が減少に転じた。ガソリンの需要量が前月から増加していることが石油需要の前月比での増加に寄与する格好となった一方、ガソリン及びプロパン/プロピレンの需要が前年割れとなった(2022年5月は米国が前年同月に比べ相対的に温暖であったことがプロパン需要に影響している可能性がある)ことが影響し、2022年5月の米国石油需要は前年比で減少となっている。ただ、ガソリン及びその他の石油製品等の需要が速報値から確定値に移行する段階で上方修正されたことにより、同国石油需要も速報値(前年同月比2.2%程度減少の日量1,965万バレル)から確定値に移行する段階で上方修正されている。なお、2022年5月の米国石油需要は、2019年5月の当該需要(日量2,039万バレル)(確定値)を1.5%程度下回っている。他方、2022年7月の米国石油需要(速報値)は推定日量1,987万バレルと前年同月比で0.1%程度の減少となった。石油製品を含めた物価上昇によりガソリン等の需要が前年同月比で減少となったことが同国石油需要の減少に影響しているものと考えられる。また、6月の日量2,003万バレル、前年同月比2.5%程度の減少から、石油需要量は低下する一方、前年同月比の減少率は縮小しているが、これは7月の留出油需要量が6月から減少している反面、6月は減少であった同製品の前年同月比の増減率が7月は増加に転じていることが影響している。なお、2022年7月の米国石油需要は、2019年7月の当該需要(日量2,074万バレル)(確定値)を4.2%程度下回っている。また、2022年7月のその他の石油製品の需要は日量491万バレルと前年同月比で同63万バレルの増加となっているが、過去の実績(2021年6月~2022年5月の1年間で日量421~462万バレル)に照らし合わせても高い部類に入ることから、今後当該需要が速報値から確定値に移行する段階で下方修正されることにより同国の石油需要(確定値)が調整されることもありうる。他方、ガソリン等の需要の伸びの鈍化に伴う石油製品製造利幅の低下により、米国製油所での原油精製処理活動が不活発化したことに加え、同国の戦略石油備蓄(SPR)から原油が供給された(7月8日の週から8月5日の週にかけ1週当たり469~688万バレルの原油が供給された)こともあり、7月上旬から8月上旬にかけ原油在庫は総じて増加傾向となり、平年幅上限を上回る状態は継続している(図12参照)。そして、留出油在庫が平年幅下限付近に位置する量となったものの、原油及びガソリン在庫が平年幅上限を超過する量となったことから、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図13及び14参照)。
2022年7月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減に関しては、原油については、ロシアのウクライナへの事実上の侵攻実施に伴う欧州諸国石油会社のロシア産原油購入に対する企業の評判リスク発生への懸念からロシア産原油購入を敬遠する動きが発生したこと等が一因となり、7月の欧州の原油輸入が前月比で減少したものと見られることにより、欧州における在庫は減少となった。また、日本においては、夏場の行楽シーズンに伴うガソリン需要期到来に向け製油所のメンテナンス作業が終了に向かった他、一部製油所で発生していた措置の不具合の改修も完了するとともに、原油精製処理量が増加したことにより、原油在庫は減少した。しかしながら、米国で当該在庫が増加したことで相殺されて余りあったことから、OECD諸国全体では原油在庫は増加となり、平年幅上限を超過する状態は継続している(図15参照)。石油製品については、全米ガソリン小売価格高騰等により米国でのガソリン消費が不振となったことに伴い、米国にガソリンを輸出する欧州の製油所でのガソリン製造を巡る利幅が圧迫されたことから、同地域の製油所の稼働が抑制されたことにより、石油製品製造活動がもたつき気味となったこともあり、かえって欧州における石油製品在庫は減少した。また、日本では6月27日に関東地方等で例年よりも早く梅雨明けしたと見られるとともに、新型コロナウイルス感染抑制のための緊急事態宣言発出に伴う措置等が講じられたわけではなかったことにより、個人の外出が促されるとともにガソリン需要が堅調に推移したこともあり、ガソリンを中心として石油製品在庫は減少した。しかしながら、米国では、暖房シーズンが終了したことによるプロパン需要の低下に伴い当該製品在庫が増加したり、冬用ガソリンの利用時期終了に伴いガソリンに混入していたブタンの需要減少によりその他の石油製品在庫等が増加したりしたこともあり、同国の石油製品在庫は増加となった。そして、欧州及び日本での石油製品在庫減少が米国での石油製品在庫増加で相殺されて余りあったことにより、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となったものの、平年幅下限付近に位置する量となっている(図16参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を超過する量となっている一方、石油製品在庫が平年幅下限付近に位置する量となっていることから、原油と石油製品を合計した在庫は平年幅上方付近に位置する量となっている(図17参照)。なお、2022年7月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は58.8日と6月末の推定在庫日数(58.5日)から増加している。
7月13日に1,500万バレル台前半程度の水準であったシンガポールのガソリンを含む軽質留分在庫は、7月20日には1,600万バレル台前半程度、7月27日には1,800万バレル強程度の量へと、それぞれ増加した。8月3日には1,700万バレル台半ば程度の水準へと低下したものの、8月10日には1,700万バレル台後半程度の量へと持ち直しており、7月中旬から8月中旬にかけ、当該在庫は増加傾向となった。中国では、石油製品輸出補助枠(ガソリン、ジェット燃料及び軽油で合計450万トン)が付与された(当該輸出枠付与は同国一部都市での新型コロナウイルス感染抑制のための封鎖措置実施に伴う石油需要低迷による在庫の積み上がりを緩和するためのものであったと指摘する向きもある)旨6月7日に伝えられた(なお、別途低硫黄重油輸出枠も付与されたと同日報じられた(推定325万トンが付与されたものと見られる))他、7月6日には、ガソリン、軽油及びジェット燃料等の石油製品輸出枠500万トン、及び低硫黄重油輸出枠250万トンが、それぞれ追加で付与された旨7月7日に伝えられたこともあり、中国からシンガポール向けのガソリン輸出が多少なりとも持ち直したものと推測される。また、概ね5月末頃以降雨季(モンスーン)に突入しつつあったインドでは国内での個人の外出が敬遠されるとともに自動車用燃料需要が低調となったことにより、インドからシンガポールに向けたガソリン輸出が相対的に活発化した。他方、原油を含むエネルギー価格の高騰等を一因とする東南アジア諸国等の経済減速により、これら諸国のシンガポールからのガソリン輸入がもたつき気味になったもの見られる。このようにシンガポールのガソリン輸入が堅調な反面、ガソリン輸出が軟調に推移したことが、同国での軽質留分在庫増加の背景にあるものと考えられる。そして、シンガポールでの軽質留分在庫が増加傾向となったことに加え、EIAが発表する全米平均ガソリン小売価格が6月に週間統計史上最高水準に到達したこともあり、米国のガソリン需要が低迷するとともに、米国ガソリン先物相場に下方圧力が加わったことが、アジア市場のガソリン価格にも影響を与えた結果、7月中旬から8月中旬にかけてのガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油価格を上回っている)は、その前の1ヶ月間と比べ相当程度縮小する格好となった。
また、3月28日以降新型コロナウイルス感染抑制のために都市封鎖措置を実施した中国の上海市では6月1日に当該措置が解除されたが、その後もしばしば中国一部地域で新型コロナウイルス感染が拡大するとともに感染抑制のための個人の外出規制及び経済活動の制限が強化される場面が見られたこともあり、同国経済は軟調気味に推移したことから、同国等でのプラスチックを含む石油化学製品需要が不振であったことが、原料となるナフサ需要に負の影響を与えたと見られる他、小売価格高騰に伴うガソリン需要の低迷により、製油所でのガソリン製造活動が不活発化するとともにガソリンに混入するナフサの需要が抑制されたこと、8月末以降に実施される予定である日本や韓国を含む諸国におけるナフサ分解装置のメンテナンス作業に伴うナフサ需要の下振れ展望を市場関係者が意識しつつあったことが、アジア市場でのナフサ価格に下方圧力を加えたことから、7月中旬から8月中旬にかけてのナフサとドバイ原油との価格差(この場合従来からナフサ価格がドバイ原油価格を下回っていた)はナフサ価格がドバイ原油価格を下回る状態であり続けたものの、原油価格の下落にナフサ価格の下落が追い付かなかったこともあり、価格差が縮小する場面も見られた。
7月13日には700万バレル台半ば程度の水準であったシンガポールの中間留分在庫は、7月20日には800万バレル強程度の量へと増加した。7月27日には700万バレル台前半程度の水準へと低下したものの、8月3日には800万バレル台前半程度の量へと回復した。しかしながら、8月10日には700万バレル台半ば程度へと減少しており、7月中旬から8月中旬にかけ、当該在庫は概ね範囲内での変動となった。しばしば新型コロナウイルス抑制のための都市封鎖等の措置を実施していた中国で経済活動が減速気味に推移したことが、製造及び物流活動等に使用される軽油の需要を圧迫したことにより、中国からシンガポールへの軽油輸出が活発化したことが、シンガポールでの中間留分在庫を押し上げる方向で作用したと見られるものの、物価上昇等により世界的に経済が減速気味となったこともあり、6月下旬から7月上旬にかけアジア地域の製油所での軽油製造を巡る利幅が縮小傾向となったことにより、製油所での軽油製造活動が不活発化したと見られることが、シンガポールへの軽油流入を抑制するとともにシンガポールの中間留分在庫を押し下げる形で作用した結果、当該在庫は範囲内での変動となったものと考えられる。そしてこのようにシンガポールでの中間留分在庫が範囲内での変動となったことを反映し、7月中旬から8月中旬にかけては、アジア市場での軽油とドバイ原油の価格差(この場合軽油価格がドバイ原油価格を上回っている)は比較的限られた幅で以て変動した。
7月13日に2,000万バレル台後半程度の水準であったシンガポールの重油在庫は、7月20日には1,900万バレル台後半程度、7月27日及び8月3日には1,800万バレル強程度、そして8月10日には1,700万バレル強程度の量へと、それぞれ減少した。サウジアラビア等が国外市場で高価格で販売できる自国産原油を可能な限り輸出に回すため、夏場の国内での空調用電力供給のための発電向け燃料として重油を積極的に利用したと見られることもあり、中東方面等からシンガポールへの重油(高硫黄重油が中心と推測される)の輸出が鈍化したことが、シンガポールの重油在庫が減少傾向を示す一因となったものと考えられる。そしてこのように重油在庫が減少傾向を示しており、減少の中心が高硫黄重油であると見られることが、アジア市場での高硫黄重油価格に上方圧力を加える格好となったことから、7月中旬から8月中旬にかけ高硫黄重油とドバイ原油との価格差(この場合高硫黄重油価格がドバイ原油価格を下回っている)は縮小する場面が見られた。他方、製油所での軽油製造を巡る利幅が縮小してきたことにより、軽油製造のための軽油留分の利用が鈍化したこともあり、供給に余裕の生じた軽油留分が低硫黄重油製造に利用されるようになった結果、低硫黄重油の供給が拡大したと見られることから、7月中旬から8月中旬にかけての、アジア市場における低硫黄重油とドバイ原油との価格差(この場合低硫黄重油価格がドバイ原油価格を上回っている)は縮小する傾向を示した。
3. 2022年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場等の状況
2022年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場では、OPECプラス産油国の増産に対する消極的な姿勢を示唆するサウジアラビア外相の発言、及び欧州中央銀行(ECB)による政策金利の大幅引き上げ検討の情報に伴うユーロ上昇と米ドル下落等が、原油相場に上方圧力を加えた結果、原油価格(WTI)は7月19日に1バレル当たり104.22ドルの終値と、7月8日以来の高水準の終値に到達した。しかしながら、その後は、米国ガソリン在庫増加と同国ガソリン需要低迷への懸念の増大、中国での新型コロナウイルス感染抑制のための一部都市における封鎖措置等の実施及び中国経済が減速しつつあることを示唆する指標類の発表、リビア原油生産の回復、イランと米国を含む西側諸国等の間でのイラン核合意正常化に向けた協議の再開と協議妥結のための最終草案の提示による、米国の対イラン制裁緩和とイランからの原油供給拡大期待の増大等の要因が、原油相場に下方圧力を加えた結果、原油価格は下落傾向となり、8月4日には1バレル当たり88.54ドルの終値と、ロシアによるウクライナへの事実上の侵攻開始(2月24日)以前の2月2日以来の低水準に到達する場面も見られた(図18参照)。
7月16日にサウジアラビアのファイサル外相が、石油消費国を含む世界中の関係者からの意見は聞き置くものの、最終的にはOPECプラス産油国としては、市場の状況に従い、必要に応じてエネルギーを供給する方針である旨表明した他、同国のジュベイル外務担当国務相も、供給不足の可能性がある場合には、OPECプラス産油国とともに増産するための作業を行う旨発言したと7月16日に報じられたことにより、中東産油国による増産への期待が市場で後退したことに加え、ロシア国営石油会社ガスプロムが、欧州の一部天然ガス会社等に対し、過去に遡及して天然ガス供給への不可抗力条項の適用を宣言する旨通知したと7月18日に報じられたことにより、欧州において天然ガスから石油への燃料転換が発生するとの観測が市場で増大したこと、7月26~27日に開催される予定である、次回FOMCにおいて、1.00%の政策金利引き上げは支持しない旨米国アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁が7月15日に明らかにした他、7月15日に発表されたミシガン大学による1年先期待物価上昇率が5.2%、5年先の期待物価上昇率が2.8%と、6月24日に発表された同指標のそれぞれ5.3%及び3.1%から低下したことにより、米国金融当局による金融引き締めペース加速観測が市場で低減した流れを引き継いで、米ドルが下落したことから、7月18日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり5.01ドル上昇し、終値は102.60ドルとなった。また、キーストーン(Keystone)パイプライン(カナダ アルバータ州ハーディスティ(Hardisty)~米国ネブラスカ州スティール・シティ(Steele City)、原油輸送能力日量59万バレル)が米国サウスダコタ州の圧送基地において外部電源からの電力供給停止により原油輸送量が減少、操業者のTCエナジー(TC Energy)が原油出荷に関し不可抗力条項の適用を宣言した旨7月18日午後(米国東部時間)に報じられたことにより、米国のカナダからの原油輸入減少に伴う石油需給引き締まり感を7月19日に市場が意識したことに加え、7月18日夕方(米国東部時間)に発表された米国情報技術(IT)大手IBM、7月19日朝(同)に発表された同国石油サービス産業大手ハリバートン及び同国玩具製造大手ハズブロの2022年4~6月期業績が市場の事前予想を上回ったこともあり、7月19日の米国株式相場が上昇したこと、7月21日に開催される予定である欧州中央銀行(ECB)理事会に向け、0.5%の政策金利引き上げを検討している旨7月19日に報じられたことにより、従来0.25%の政策金利引き上げ方針であると市場から見られてきたECBが金融引き締めペースを加速させるとの観測が市場で広がったこともあり、ユーロが上昇した反面米ドルが下落したことしたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり104.22ドルと前日終値比で1.62ドル上昇した。この結果原油価格は7月18~19日の2日間で1バレル当たり合計6.63ドルの上昇となった。しかしながら、7月20日には、この日米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)から発表された米国石油統計(7月15日の週分)で、ガソリン在庫が前週比350万バレルの増加と市場の事前予想(同7万バレル程度の増加)を上回って増加していた旨判明したことにより、同国のガソリン需要低迷が市場で意識されたうえ、米国オクラホマ州クッシングの原油在庫が前週比で114万バレル増加し2,279万バレルと6月3日(この時は2,344万バレル)以来の高水準に到達したことにより、米国原油先物契約受渡地点での石油需給緩和感を市場が意識したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり102.26ドルと前日終値比で1.96ドル下落した(なお、この日を以てNYMEXの2022年8月渡し原油先物契約は取引を終了したが、9月渡し原油先物契約のこの日の終値は1バレル当たり99.88ドル(前日終値比0.86ドルの下落)であった)。また、7月20日にEIAから発表された米国石油統計で、ガソリン在庫が市場の事前予想を上回って増加していた旨判明したことにより、同国のガソリン需要低迷が市場で意識された流れを引き継いで、7月21日の米国ガソリン先物価格が下落したことに加え、7月19日時点の中国の新型コロナウイルス感染者数が935人と5月21日(この時は824人)以来の高水準となった他、7月20日時点の感染者数も826人と概ね高水準を維持している旨7月21日に中国当局が明らかにするとともに、同国深圳市の一部地域で新型コロナウイルス感染抑制のための都市封鎖措置が実施された旨7月21日に報じられるなど、中国での新型コロナウイルス感染拡大が示唆されたことにより、同国経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したこと、油田操業及び輸出の再開により、リビアの原油生産量が足元日量70万バレル超に到達しており、今後1週間から10日間で同生産量は日量120万バレルに到達する旨同国暫定政府のオウン石油ガス相が明らかにしたと7月21日に報じられたことにより、同国情勢に起因する世界石油需給引き締まり感が市場で後退したこと、ロシアからドイツ等に天然ガスを輸送するノルド・ストリーム1パイプライン(天然ガス輸送能力日量53億立方フィート)が7月11~21日に実施された年次メンテナンス作業を完了した後、天然ガス輸送量が推定日量20.6億立方フィート相当と、当該メンテナンス作業実施前の水準に回復した旨7月21日に確認されたことにより、同パイプラインの天然ガス輸送の完全停止継続による、欧州での天然ガス需給引き締まり感の強まりと、石油への燃料転換に伴う石油需要増加観測が市場で後退したこと、7月21日に開催されたECB理事会において、7月27日より政策金利を0.5%引き上げる旨決定したことにより、欧州地域での経済成長減速及び石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で拡大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり5.91ドル下落し終値は96.35ドルとなった。7月22日も、この日米国金融情報サービス会社S&Pグローバルが発表した7月の欧州総合購買担当者指数(PMI)(速報値)(50が景気拡大及び縮小の分岐点)が、49.4と2021年2月(この時は48.8)以来の低水準にまで低下した他市場の事前予想(51.0)を下回ったうえ、同日S&Pグローバルが発表した7月の米国総合購買担当者指数(PMI)(速報値)(50が景気拡大及び縮小の分岐点)が47.5と2020年5月(この時は37.0)以来の低水準にまで低下した他市場の事前予想(52.4)を下回ったことにより、欧米諸国での経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことに加え、欧米諸国でのPMIが低下したうえ、7月21日夕方(米国東部時間)に発表された米国ソーシャルメディア大手スナップの2022年4~6月期業績において売上高が市場の事前予想を下回ったこともあり、米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり94.70ドルと前日終値比で1.65ドル下落した。この結果原油価格は7月20~22日の3日間で1バレル当たり合計9.52ドルの下落となった。
7月25日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、7月26~27日に開催される予定であるFOMCにおける金融政策を巡る方針決定を控えた持ち高調整が市場で発生したこともあり、米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり96.70ドルと前週末終値比で2.00ドル上昇した。ただ、7月25日夕方(米国東部時間)に行われた米国小売大手ウォルマートの業績発表の際、同社が2022年通年の利益見通しを下方修正した他、7月26日に発表された国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)で、IMFが2022年の世界経済成長見通しを3.2%と4月19日発表時点の3.6%から下方修正した旨明らかになったこと、7月26日に米国民間調査機関コンファレンス・ボードから発表された7月の同国消費者信頼感指数(1985年=100)が95.7と3ヶ月連続で低下、2021年2月(この時は95.2)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(97.0~97.2)を下回ったうえ、同日同国商務省から発表された6月の新築住宅販売件数が年率59.0万戸と5月比で9.1%減少、2020年4月(この時は同58.2万戸)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(65.5~66.0万戸)を下回ったこともあり、7月26日の米国株式相場が下落したことに加え、7月26日に開催された欧州連合(EU)エネルギー相会合において、ロシアからの天然ガス供給停止に備えるべく、2022年8月~2023年3月における天然ガス消費量を原則自主的に15%削減する旨合意したことにより、欧州での経済成長減速懸念が市場で増大したこともあり、ユーロが下落した反面米ドルが上昇したこと、米国SPRから2,000万バレルの原油を供給するための入札を実施する旨7月26日に同国エネルギー省が発表したことにより、世界石油需給緩和感を市場が意識したことから、7月26日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.72ドル下落し、終値は94.98ドルとなった。7月27日には、この日EIAから発表された米国石油統計(7月22日の週分)で、原油在庫が前週比452万バレル、ガソリン在庫が同330万バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(原油在庫同100万バレル程度、ガソリン同90万バレル程度の、それぞれ減少)を上回って減少している旨判明したことに加え、7月25日時点で日量24億立方フィートであった、ロシアからドイツへと天然ガスを輸送するノルド・ストリーム1・パイプライン(天然ガス輸送能力日量53億立方フィート)の天然ガス輸送量が、7月27日午前9時(中央ヨーロッパ時間)以降同12億立方フィートへと減少したことにより、供給が低下した天然ガスから石油への燃料転換が発生することを通じ、石油需要が増加するとの観測が市場で増大したこと、7月26~27日に開催されたFOMCで、政策金利の0.75%の引き上げが決定されたものの市場の事前予想通りであった他、FOMC開催後の記者会見で、パウエルFRB議長が、今後政策金利引き上げペースが減速する可能性がある旨示唆したこともあり、政策金利引き上げペース加速による経済減速懸念が市場で後退したことにより、米国株式相場が上昇するとともに、これまで購入が進んでいた米ドルの売却が発生したこともあり、米ドルが下落したことから、7月27日の原油価格の終値は1バレル当たり97.26ドルと前日終値比で2.28ドル上昇した。しかしながら、7月28日に米国商務省から発表された2022年4~6月期同国国内総生産(GDP)増加率(速報値)が前期比年率0.9%の減少と2四半期連続で減少していた他市場の事前予想(同0.4~0.5%の増加)を下回っていたことにより、同国の景気後退突入と石油需要の下振れ懸念が市場で発生したことから、7月28日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.84ドル下落し、終値は96.42ドルとなった。それでも、7月28日夕方(米国東部時間)に発表された米国情報技術(IT)大手アップルの2022年4~6月期業績が市場の事前予想を上回ったこともあり、米国株式相場が上昇したことに加え、7月29日にEU統計局(ユーロスタット)が発表した2022年4~6月期EU域内総生産(GDP)が前期比で0.7%の増加と市場の事前予想(同0.2%の増加)を上回ったことにより、EU地域経済減速に対する懸念が市場で後退するとともに、ユーロが上昇した反面米ドルが下落したことから、7月29日の原油価格の終値は1バレル当たり98.62ドルと前日終値比で2.20ドル上昇した。
しかしながら、7月31日に中国国家統計局から発表された7月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が49.0と6月の50.2から低下した他、市場の事前予想(50.3~50.4)を下回ったことに加え、リビアの原油生産量が日量120万バレルに回復した(6月の同国原油生産量は同63万バレルであった)旨7月31日に同国暫定国民統一政府(GNU: Government of National Unity)のオウン石油ガス相が明らかにしたことから、8月1日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり4.73ドル下落し、終値は93.89ドルとなった。それでも、8月2日には、8月3日に開催される予定であるOPECプラス産油国閣僚級会合を控えた持ち高調整が市場で発生したことに加え、8月3日にEIAから発表される予定である米国石油統計(7月29日の週分)で原油在庫が前週比で減少している旨判明するとの観測が市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり94.42ドルと前日終値比で0.53ドル上昇した。8月3日には、この日EIAから発表された米国石油統計で原油在庫が前週比で447万バレル、ガソリン在庫が同16万バレルの、それぞれ増加と市場の事前予想(原油在庫同60万バレル程度、ガソリン在庫同160万バレル程度の、それぞれ減少)に反し増加していた他、米国オクラホマ州クッシング(米国原油先物契約受渡地点)の原油在庫が前週比で93万バレル増加し、7月29日までの4週間平均のガソリン出荷量が日量859万バレルと2020年同期(同866万バレル)を下回っている旨判明したことに加え、米国及びイラン両政府高官がイラン核合意正常化に向けた協議再開(6月28~29日にカタールのドーハで開催された間接協議以降当該協議は中断状態となっていた)のためオーストリアのウイーンに向かう旨8月3日に伝えられたこと、8月3日に米国供給管理協会(ISM)から発表された7月の同国非製造業景況感指数(50が当該部門拡大及び縮小の分岐点)が56.7と6月の55.3から上昇、4月(この時は57.1)以来の高水準に到達したうえ、市場の事前予想(53.5)を上回ったことや、米国セントルイス連邦準備銀行のブラード総裁が大幅な政策金利引き上げを前倒しして実施することを支持する旨示唆したと8月3日に報じられたこともあり、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり3.76ドル下落し、終値は90.66ドルとなった。8月4日も、8月3日にEIAから発表された米国石油統計で原油及びガソリン在庫が市場の事前予想に反し増加していた他、米国オクラホマ州クッシングの原油在庫が前週比で増加、7月29日までの4週間平均ガソリン出荷量が2020年同期を下回ったことにより、米国石油需要の伸びの鈍化と石油需給緩和感を市場が意識した流れを引き継いだことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり88.54ドルと前日終値比で2.12ドル下落した。この結果原油価格は8月3~4日の2日間で1バレル当たり合計5.88ドルの下落となった他、8月4日の終値は、ロシアによるウクライナへの事実上の侵攻開始以前の2月2日(この時は同88.26ドル)以来の低水準となった。8月5日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、8月5日に米国労働省から発表された7月の同国非農業部門雇用者数が前月比で52.8万人の増加と6月の同39.8万人の増加から増加幅が拡大した他、市場の事前予想(同25万人の増加)を相当程度上回ったことにより、この先の個人の往来の活発化等による石油需要の増加観測が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり89.01ドルと前日終値比で0.47ドル上昇した。
また、8月5日に米国労働省から発表された7月の米国非農業部門雇用者数が市場の事前予想を上回って増加していた旨判明したことにより、この先の個人の往来や経済活動の活発化等に伴う石油需要の増加観測が市場で増大した流れを8月8日の市場が引き継いだことに加え、8月7日に中国税関総署から発表された7月の同国輸出(米ドルベース)が前年同月比で18.0%の増加と市場の事前予想(同14.1%の増加)を上回ったことにより、同国経済回復に伴う石油需要増加に対する期待が市場で増大したことから、8月8日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.75ドル上昇し、終値は90.76ドルとなった。ただ、8月8日に欧州連合(EU)が、米国及びイラン双方に、イラン核合意正常化妥結に向けた最終草案を提示、今後数週間以内に両国が最終的に受諾するかどうかを判断する(米国は受諾可能と既に表明しているとされる)ことになった旨8月8日に報じられたことにより、そう遠くない時期にイラン核合意正常化が達成されることに伴い、米国の対イラン制裁が緩和されるとともにイランからの原油供給が拡大するとの観測が市場で増大した流れを8月9日の市場が引き継いだことから、8月9日の原油価格の終値は1バレル当たり90.50ドルと前日終値比で0.26ドル下落した。しかしながら、8月10日には、この日EIAから発表された米国石油統計(8月5日の週分)で、ガソリン需要が前週比で増加を示すとともに同製品在庫が前週比493万バレルの減少と市場の事前予想(同63~110万バレル程度の減少)を上回って減少している旨判明したことに加え、8月10日に米国労働省から発表された7月の同国CPIが前年同月比で8.5%の上昇と6月の同9.1%の上昇から上昇幅が縮小した他、市場の事前予想(同8.7%の上昇)を下回ったことにより、米国金融当局による政策金利引き上げを含む金融引き締めペースが鈍化するとの見方が市場で増大したこともあり、米国株式相場が上昇するとともに米ドルが下落したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.43ドル上昇し、終値は91.93ドルとなった。また、8月11日も、この日国際エネルギー機関(IEA)から発表されたオイル・マーケット・レポートで、天然ガス価格高騰に伴う発電部門における燃料転換等で日量30万バレル石油需要が上振れすることを含め、2022年の世界石油需要を日量38万バレル上方修正した旨判明したことに加え、8月11日に米国労働省から発表された7月の同国生産者物価指数(PPI)が前年同月比で9.8%の上昇と6月の同11.3%上昇から上昇ペースが鈍化したうえ、市場の事前予想(同10.4%)を下回ったことに伴い、この先の米国金融当局による金融引き締めペース減速観測が市場で増大したこともあり、米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり94.34ドルと前日終値比で2.41ドル上昇した。この結果原油価格は8月10~11日の2日間で1バレル当たり合計3.84ドル上昇した。それでも、8月12日には、これまでの原油価格上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、これまで米ドルが下落したことに対し利益確定の動きが発生したうえ、8月12日に発表された8月のミシガン大学消費者信頼感指数(1966年=100)が55.1と7月の51.1から上昇した他市場の事前予想(52.5)を上回った他、物価上昇の沈静化に向け一層の政策金利引き上げを実施することを支持する旨8月12日に米国リッチモンド連邦準備銀行のバーキン総裁が発言したこともあり、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり92.09ドルと前日終値比で2.25ドル下落している。
4. 原油市場における主な注目点等
石油市場における地政学的リスク要因面での注目点は、まずロシアのウクライナに対する事実上の侵攻実施を巡る情勢であろう。欧州連合(EU)加盟国は、2023年2月5日を以てロシアから供給される石油の購入を原則禁止(原油は2022年12月5日を以て原則禁止)する旨の制裁を6月3日に発動したものの、石油購入禁止までにはなおそれなりの期間を要することに加え、世界のエネルギー安全保障面への負の影響を回避するため、ロシア国営企業からのロシア産石油の第三国への輸送を巡る取引への、EU加盟国を拠点とする企業の関与に対し、それを禁止する制裁を免除する旨7月21日にEUが発表するなどしており、ロシアからの石油供給が短期的に急激に減少するとは考えにくい状態である。実際、2022年1月と比較した同年7月のロシアの石油輸出は、石油製品については日量50万バレル程度減少していると推定されるものの、原油については、海上輸送は輸出先の構成に変化が見られるものの総量としては殆ど変化がなく(図19参照)、また陸上輸送(パイプライン経由)についても、天然ガスと異なり供給が継続的に削減された等の情報はこれまでのところ確認できない。このため、石油供給面でのEUによる対ロシア制裁が現状のまま推移するようであれば、少なくとも短期的には市場関係者による石油需給引き締まり感は一服することにより、この面の原油相場等石油市場への影響は比較的限定的なものとなるものと考えられる。しかしながら、米国はウクライナに対し軍事面での支援を拡大しつつある(遠距離にある標的を攻撃できる兵器類を含め10億ドル程度の規模となる新規ウクライナ軍事支援を実施する旨米国国防省が8月8日に発表した)一方、ウクライナのザポロジエ原子力発電所を占領したロシア軍は当該原子力発電所を軍事基地化するなどして、ウクライナ軍による攻撃から自国軍を防御する一方同基地からウクライナに向け攻撃を行いつつあるとされており、今後もウクライナを巡り、西側諸国等及びロシアとの対立が高まる(そして、政治的、軍事的及び外交的事象(特に国家等の間での対立の類)は、当事者間での意思疎通面の不具合等により、時として当初想定していたものとは異なる方向へ展開することもありうる)結果、西側諸国等によるさらなる対ロシア制裁の発動、及びロシアからの供給削減等エネルギー面での一層の報復措置の実施といった展開となる可能性も否定できない。既に、ロシアは欧州諸国に向けた天然ガス供給を削減しつつあり(後述)、冬場の暖房シーズンに伴う暖房用燃料需要期に向かう中で、欧州諸国等での天然ガス需給引き締まり懸念が市場で増大することを通じ、欧州等の天然ガス価格に上方圧力が加わることにより、結果として、天然ガスから石油への燃料転換が発生する(ドイツのミュンヘンではこれまで休止していた石油火力発電所の稼働を再開した旨8月1日に明らかになった)ことを通じ、石油需要増加及び石油需給引き締まり観測が市場で増大することにより、原油価格が上昇する場面が見られることも想定される。また、ロシアから欧州へ原油を輸送するドルジバ(Druzhba)パイプライン(原油輸送量日量120~140万バレル)で、ロシアからウクライナを経由してチェコ、スロバキア及びハンガリーに原油を輸送する南部枝線(通常時原油輸送量日量25万バレル程度)が8月4日以降操業を停止している旨8月9日に報じられられた。これについては、西側諸国の対ロシア制裁実施の影響で、当該パイプラインの使用代金をロシア(石油輸送会社トランスネフチ(Transneft))から徴収できないことを理由として、ウクライナが当該パイプラインの操業を停止した旨8月9日に明らかになった。そして、8月10日にはハンガリーの石油会社MOLがトランスネフチに代わってウクライナへパイプライン使用代金を支払ったことにより、同日パイプラインは操業を再開した。もっとも、この事象により、ロシアがパイプライン経由等による欧州向け原油等の輸出削減を実施する可能性があることが市場関係者によって喚起される格好となったことにより、今後そのような可能性に対する懸念から、原油相場が相対的に下支えされやすくなることも考えられる。
イランについては、6月28~29日にカタールのドーハでイラン核合意正常化に向けた間接協議が開催されたものの、有意な成果もなく終了、以降協議は中断状態となっていた。しかしながら、8月4日にオーストリアのウイーンで同協議は再開、交渉はそれなりに進展が見られたとされる(イランが米国に対し要求していた、米国のイラン革命防衛隊に対する制裁の全面解除については、イラン核合意正常化への協議から切り離すことにした旨関係者が明らかにしたと8月4日に報じられる)。8月8日にはEUが、米国及びイラン双方に、イラン核合意正常化妥結に向けた最終草案を提示、今後数週間以内に両国が最終的に受諾するかどうかを判断する(米国は受諾可能と既に表明しているとされる)ことになった旨8月8日に報じられたことにより、そう遠くない時期にイラン核合意正常化が達成されることにより、米国の対イラン制裁が緩和されるとともにイランからの原油供給が拡大するとの期待が市場で増大した結果、原油相場に下方圧力が加わる場面が見られている。しかしながら、イランはEUにより提示された最終草案を一旦本国に持ち帰って検討したうえで、後日結果を回答する意向であるなど、協議妥結までにはなお紆余曲折を経る可能性がある。また、イランで生産及び製造された石油及び石油化学製品の北東アジア諸国等への販売に関与したことを理由に、香港企業4社、シンガポール企業1社、UAE企業1社に、米国内資産の凍結及び米国企業との取引禁止を内容とする制裁を発動する旨8月1日に米国財務省及び国務省が発表した。他方、イランの最高指導者ハメネイ師の上級顧問であるハラジ(Kharrazi)氏は、イランは技術的に核兵器の製造が可能である旨7月17日に発言した他、8月1日にもイランのエスラミ原子力長官も、同国は核兵器製造が可能であるが、実際に製造する意志はない旨明らかにした。7月25日には、同長官は、イラン核合意正常化までは、同国の核開発施設において国際原子力機関(IAEA)が設置した27台の監視カメラの稼働を停止したままとする旨表明した(6月8日に米国、英国、フランス及びドイツが、IAEAに申告せずにイランがウランを使用した事例があったとされる疑惑に対しイランが適切な説明を行わなかったとして、イランを非難する決議案を提出、同案を可決したことにイランが反発し、6月9日に27台の監視カメラの稼働を停止する旨IAEAに通告したと6月9日にIAEAのグロッシ事務局長が明らかにしていた)。また、7月2日にはIAEAのグロッシ事務局長は、イランの核開発活動が相当急速に進捗しているとして不安視する旨明らかにした。他方、イランはロシアに対しウクライナへの侵攻実施に使用するため46基の無人機を供与、実際にウクライナ侵攻に際し使用されている旨8月6日に報じられる。これに対し米国はイランのロシアに対する無人機供与は制裁発動の対象となりうる旨8月11日に国務省のパテル副報道官が明らかにした。またその前日の8月10日には、米国司法省がトランプ政権時代にボルトン大統領補佐官他の暗殺を計画したとしてイラン革命防衛隊員1人を訴追した旨発表した。このように、イラン核合意正常化に向けた西側諸国等とイランとの間での協議は再開するとともに進捗しているようではあるものの、イランの核開発活動の進展、イランとロシアとの関係緊密化、米国とイランの対立激化の可能性等を含め、情勢が複雑化しつつあるように見受けられることから、イラン核合意正常化に向けた協議の進捗を巡る動向及びそれ以外のイランを巡る状況によっては、今後も原油相場が影響を受ける場面が見られる可能性もある。
他方、イエメンについては、ハディ暫定大統領派勢力(と同政権を支援するサウジアラビアが主導する有志連合軍)とフーシ派武装勢力(イランが支援しているとされる)との間での、国連の仲介による停戦(4月2日より2ヶ月間の予定で実施、6月2日に2ヶ月間延長)につき、さらに2ヶ月間延長する旨8月2日に国連が発表した。しかしながら、ハディ暫定大統領派勢力及びフーシ派武装勢力ともに停戦の実施に不満を持っているとされる。このようなことから、停戦が破棄され、双方の攻撃が再開するようであれば、サウジアラビア等の油田、原油処理施設及び製油所等を含む施設にイエメンのフーシ派武装勢力が発射した無人機等が飛来し攻撃を試みると言った展開となることも否定できず、その場合には中東産油国からの石油供給途絶懸念が市場で高まる結果、原油相場に上方圧力が加わることもありうる。
また、7月14日に元リビア中央銀行総裁であるベングダラ(Bengdara)氏が事実上リビア国営石油会社(NOC)会長に就任、それまで石油生産関連施設を封鎖していた抗議活動実行者との間で合意に到達したことにより、NOCが宣言していた不可抗力条項適用を解除するとともに全ての油田の生産及び原油輸出が再開した旨7月15日に報じられた。その後7月31日には、同国の原油生産量は日量120万バレルと今回の同国石油産業混乱による原油生産減少(因みに6月のリビアの原油生産量は日量63万バレルであった)局面以前の水準に回復した。ただ、依然として同国ではトリポリを拠点とする国連及びトルコが支援する国民合意政府(GNA: Government of National Accord)及びGNUと、エジプト、UAE及びロシア等が支援する、東部トブルクを拠点とする代表議会(HoR: House of Representative)及びHoRを支援するリビア国民軍(LNA: Libya National Army)との間での対立が完全に解消されたわけではなく、今後再び両勢力の対立が高まるようであれば、油田等石油生産関連施設が占拠されることにより、同国の原油生産量が減少するといった展開となることも想定されるため、注意が必要であろう。
イラクでは、2021年10月10日に実施された国会議員選挙により新規に国会議員が選出されて以降行われていた、連立政権樹立に向けた交渉が不調であったことにより、議会多数派であったイスラム教シーア派指導者サドル師(但し同師は親イランではない)を支持する73人の議員が6月12日に辞表を提出して辞職した後、繰り上げ当選により議会内での勢力を拡大した親イランのイスラム教シーア派議員が首相選出手続きを進めようとしたことに反発したデモ隊が、議会の解散及び国会議員選挙の再実施を求め、7月27日の1日間に加え、7月30日に同国国会を占拠したうえ、8月12日時点でも退去していない(要求が受け入れられるまで占拠を継続する旨デモ隊は明らかにしている)など、政権幹部の選出がもたつくとともに政治的空白が長期化することが懸念される中、老朽化したパイプラインや港湾施設の更新及び能力拡張が遅延しつつあることもあり、2022年4~7月の同国の原油生産が推定日量443~449万バレル程度と伸び悩み気味である他、ナイジェリア(2022年1月の原油生産量日量138万バレルが7月には同108万バレルへと減少)、アンゴラ(2022年1月以降原油生産量が日量114~119万バレルの範囲で推移)を含む一部OPECプラス産油国の増産が順調に行われていないように見受けられることから、この面で原油相場は下支えされやすいものと考えられる。
他方、8月2日に、米国連邦議会下院のペロシ議長は1997年4月2日に下院議長として初めて台湾を訪問したギングリッチ下院議長(当時)以来25年ぶりに下院議長として台湾を訪問した。これに対し中国は反発、8月4日から台湾周辺海域及び空域で弾道ミサイルの発射を含む大規模軍事演習を実施した。当該軍事演習は8月7日に終了したものの、8月8日には新たに台湾周辺海域及び空域で軍事演習を実施する旨発表した(8月10日に当該軍事演習は終了した旨中国側は発表したが、8月12日時点においても中国軍の戦闘機10機が台湾海峡の中間線を越えて飛行していた旨同日台湾国防部が発表した)。今回の軍事演習では、中国側により発射されるミサイル等の飛来を回避すべく周辺海域を航行する予定であったLNG船等が迂回措置等を実施したと言われており、今後もこのような軍事演習が繰り返されるようであれば、北東アジアでの石油(及びLNG)の輸送に支障が生ずるとともに石油等の目的地到着に遅延が発生する恐れがある。その結果、消費地での供給に問題が発生する可能性が高まることにより、安全策として石油等の貯蔵を積み上げ実施すべく、より多くの石油等の購入が行われる結果、一時的にせよ石油需給の引き締まりが発生するとの観測が市場で強まることにより、原油等の価格が押し上げられる場面が見られることもありうる。
石油市場における経済面での注目点としては、中国を初めとする諸国及び地域における新型コロナウイルス感染拡大と、それに伴う個人の外出規制及び経済活動制限の強化を巡る状況が挙げられる。中国では8月12日時点の1日当たり新型コロナウイルス新規感染者が1,546人と増加傾向にあると推測され、同国深圳市の一部地域で新型コロナウイルス感染抑制のための都市封鎖措置が実施された旨7月21日に伝えられたことに加え、同国南部海南省の三亜市でも、新型コロナウイルス感染が拡大している旨8月7日に報じられた他、8月8日には同省の一部都市に対し新型コロナウイルス感染抑制のため都市封鎖を含む個人の外出規制等を実施する旨発表されたうえ、8月11日にも、同国浙江省や新疆ウイグル自治区の一部地域で個人の外出規制が強化される旨報じられる。今後も同国での新型コロナウイルス感染拡大に伴い、同国政府のゼロコロナ政策の下、一部都市の封鎖措置を含む当該感染の徹底した抑制策の実施により同国経済が減速するとともに石油需要の伸びが鈍化する結果、原油相場に下方圧力が加わる可能性も払拭し切れない。
また、米国では2022年第1四半期の国内総生産(GDP)が前期比年率で1.6%、7月28日に発表された同年第2四半期のGDPが同0.9%、それぞれ減少するなど、同国経済は2四半期連続で縮小している。そして、英国は2022年第4四半期にも景気後退局面入りし、景気後退は2023年末まで5四半期継続するとともに、英国の国内総生産(GDP)が2.1%減少するとの見解を、8月4日に英国イングランド銀行(中央銀行)が示した。さらに、7月26日にIMFから発表されたWEOで、IMFは2022年の世界経済成長率見通しを3.2%、2023年の見通しを2.9%と、4月19日時点の見通しである、2022年及び2023年ともに3.6%から下方修正した旨明らかにした。このように、中国の新型コロナウイルス抑制のための都市封鎖措置、ロシアのウクライナへの事実上の侵攻実施に伴う西側諸国等による対ロシア制裁の発動とロシアによる欧州向け天然ガス供給削減、世界的な物価上昇に伴う各国等の政策金利引き上げを含む金融引き締め政策の推進等が、世界経済を圧迫しつつある結果、今後も石油需要の伸びの鈍化が継続するとの懸念が市場で強まることにより、原油相場に下方圧力が加わるといった展開となることも考えられる。
7月26~27日に開催されたFOMCでは、政策金利の0.75%の引き上げが決定されたものの、FOMC開催後の記者会見で、パウエルFRB議長が、今後政策金利引き上げペースが減速する可能性がある旨示唆したこともあり、政策金利引き上げペース加速による経済減速懸念が市場で後退したことにより、米国株式相場が上昇するとともに米ドルが下落した結果、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られた。しかしながら、8月5日に米国労働省から発表された7月の米国非農業部門雇用者数が市場の事前予想を上回って増加していた旨判明したことにより、米国金融当局による金融引き締めペースの加速を巡る観測が市場で増大したうえ、米国セントルイス連邦準備銀行のブラード総裁が大幅な政策金利引き上げを前倒しして実施することを支持する旨示唆したと8月3日に報じられたこと、米国の物価上昇が明らかに沈静化したと判断できる時点までは、0.75%の政策金利引き上げのような相当程度の積極的な政策金利引き上げを検討すべきである旨8月6日にFRBのボウマン理事が発言するなどしたこともあり、7月27日時点では0.50%の政策金利引き上げ確率が74%程度(0.75%の政策金利引き上げ確率は26%程度)であった、9月20~21日に開催される予定である次回FOMCでの政策金利引き上げ予想が、8月5日には、0.75%の政策金利引き上げ確率が68%程度(0.50%の政策金利引き上げ確率は32%程度)となった。それでも、8月10日に米国労働省から発表された7月の同国CPIが前年同月比で8.5%の上昇と6月の同9.1%の上昇から上昇幅が縮小した他、市場の事前予想(同8.7%の上昇)を下回った他、8月11日に同省から発表された7月同国PPIが前年同月比9.8%の上昇と6月の同11.3%上昇から上昇ペースが減速したうえ、市場の事前予想(同10.4%)を下回ったことのこともあり、8月12日は0.50%の政策金利引き上げ確率が55.0%程度(0.75%の政策金利引き上げ確率が45.0%程度)へと再び逆転するなど、米国の政策金利等金融引き締めペースに関する状況は不安定である。そして、8月11日には、米国サンフランシスコ連邦準備銀行のデーリー総裁が、0.75%の政策金利引き上げ実施の可能性を示唆した他、同国リッチモンド連邦準備銀行のバーキン総裁も物価上昇沈静化のために一層の政策金利引き上げを指示する旨発言するなど、引き続き高水準の政策金利引き上げが続く可能性がある。このようなことから、今後も、政策金利引き上げ等の金融引き締め政策(及びそれによって影響受ける原油相場)を左右すると見られる、この先発表される予定である米国CPI等の経済指標類に加え、米国金融当局関係者による金融引き締め政策を巡る発言等に注目する必要があろう。
米国では、9月3~5日の労働祭(レイバー・デー)の休日(9月5日)に伴う連休を以て夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了することにより、それ以降の秋場の石油不需要期(冬場の暖房シーズンに伴う暖房用石油製品需要期は11月1日からである)とメンテナンス作業の実施を視野に入れつつ、製油所が稼働を低下、原油精製処理量を減少させるとともに、原油購入を不活発にしてくることから、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されるとともに、原油相場に下方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。
また、大西洋圏ではハリケーン等の暴風雨シーズンに突入しており(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)、特に8月後半以降10月前半迄は1年で最もハリケーン等の暴風雨が発生しやすい時期となる。ハリケーン等の暴風雨は、進路やその勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の石油等生産関連施設に影響を与えたり、湾岸地域の石油受入及び積出港湾関連施設や製油所の活動に支障を発生させたり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電網が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が遮断されることを通じ操業が停止するといった事態が想定される)、さらには、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業を停止させたりすること等により米国のメキシコからの原油輸入に影響を与えたりする(2021年には米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量52万バレル程度の原油を輸入した)。8月4日に発表された米国海洋大気庁(NOAA)及び同日時点のコロラド州立大学の見通しによると、2022年の大西洋圏でのハリケーンシーズンは平年よりも活発な暴風雨の発生が予想されている(表2参照)。最近では米国の原油生産に占める陸上の割合が上昇してきているものの、それでも米国メキシコ湾沖合でもそれなりの量の原油が生産されている(2021年は当該地域で日量170万バレルの原油を生産しており、同年の米国の原油生産量全体の約15%を占めた)他、米国メキシコ湾岸は引き続き同国の精製活動の中心地域である(2021年の当該地域の原油精製処理能力は日量817万バレルと米国原油精製処理能力全体の約47%を占めた)こともあり、今後のハリケーン等の実際の発生状況やその進路、そしてその予報等によっては石油市場関係者間で石油供給に対する懸念が強まるとともに、その影響が原油価格に織り込まれる場面が見られることもありうる。
他方、6月8日に米国テキサス州にあるフリーポートLNG出荷基地での火災発生に伴う同基地の操業停止とその長期化、及びロシアからドイツへ天然ガスを輸送するノルド・ストリーム1パイプラインの天然ガス輸送量の減少等により、6月8日には100万Btu当たり推定24.938ドルの終値であったオランダTTF天然ガス先物価格は上昇傾向となり、8月11日には同62.943ドルと、3月8日(この時は同68.532ドル)以来の高水準の終値となった(後述)他、この先も、冬場の暖房シーズンに伴う暖房用燃料需要期に向かう中で、欧州諸国等での天然ガス需給引き締まり懸念が市場で増大すること等を通じ、欧州等の天然ガス価格に上方圧力が加わる展開となりやすいことにより、結果として、天然ガスから石油への燃料転換が発生することを通じ、石油需要増加及び石油需給引き締まり観測が市場で増大することにより、原油価格が上昇する場面が見られるといった展開となる可能性も想定される。
OPECプラス産油国は9月5日に閣僚級会合を開催する予定である。この先米国では、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了に向かうとともに、季節的な石油需給緩和感が市場で醸成されやすくなる。加えて、米国を含め世界的に経済が減速するとともに石油需要の伸びが鈍化する兆候(が見られる。
他方、米国に加えEU加盟国は、2023年2月5日を以てロシアから供給される石油の購入を原則禁止(原油は2022年12月5日を以て原則禁止)する旨の制裁を6月3日に発動したものの、石油購入禁止までにはなおそれなりの期間を要することもあり、ロシアの石油供給はそれほど減少していないことに加え、世界のエネルギー安全保障面への負の影響を回避するため、ロシア国営企業からのロシア産石油の第三国への輸送を巡る取引への、EU加盟国を拠点とする企業の関与に対し、それを禁止する制裁を免除する旨7月21日にEUが発表するなどしており、ロシアからの石油供給が短期的に急激に減少するとは考えにくい状態となっている。
このように、少なくとも短期的には世界石油需給が急速に引き締まるとの観測が市場では発生しにくい中、季節的に石油需給の引き締まり感が後退するとともに、そのような要因により原油相場に下方圧力が加わりやすくなることもあり、米国の働きかけにもかかわらず、OPECプラス産油国間では、石油需給がさらに緩和することにより原油価格が下落することを通じ産油各国の原油収入が減少することに繋がりうるような、原油生産の拡大加速に対するインセンティブが働きにくいことに加え、西側諸国等から制裁を受けるロシアとの関係に配慮するものと見られることから、9月5日に開催される予定である次回OPECプラス産油国閣僚級会合においても、OPECプラス産油国は慎重に原油生産方針を検討、そして決定するものと考えられる。そして、実際慎重な増産方針がOPECプラス産油国閣僚級会合で決定されるようであれば、この面で原油相場が支持されるものと見られる。
全体としては、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了に向かう他、世界経済が減速しつつあるとの懸念により、原油相場に下方圧力が加わる可能性がある。また、9月20~21日に開催される予定であるFOMCに向け発表される米国経済指標類や同国金融当局関係者による金融引き締め政策を巡る発言等が原油相場を左右することもありうる。さらに、9月5日に開催が予定されるOPECプラス産油国閣僚級会合における増産を巡る動き、ロシアのウクライナへの事実上の侵攻実施に伴う西側諸国等の対ロシア制裁実施状況とロシアからの石油供給等を巡る動向、イラン核合意正常化を巡る西側諸国等とイランとの協議状況、中国での新型コロナウイルス感染抑制のための都市封鎖等の措置の実施状況、米国メキシコ湾周辺地域におけるハリケーン等暴風雨の来襲状況及び予報、世界天然ガス市場動向等の要因が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
5. 世界天然ガス市場動向
米国では、従来からの天然ガス需給引き締まり(2021年2月19日の週以降一部期間を除きほぼ恒常的に天然ガス貯蔵量が過去5年平均を下回る状態が続いてきた、図20参照)に加え、ロシアのウクライナへの事実上の侵攻実施に伴う西側諸国等の対ロシア制裁実施とそれに対するロシアによる報復措置としての西側諸国等向け石油及び天然ガス供給削減への懸念が一因となり世界的に天然ガス及び原油価格が上昇傾向となった(図21参照)こともあり、石油及び天然ガスの掘削装置稼働数が増加、石油及び天然ガス探鉱・開発活動が活発化するとともに、ガス田での天然ガス生産量及び油田からの原油生産に伴う随伴天然ガス生産が比較的堅調に推移した(図22参照)。また、ロシアのウクライナへの事実上の侵攻開始前の2022年2月8日にEIAから発表された短期エネルギー見通し(STEO: Short-term Energy Outlook)では、2022年7月時点で1バレル当たり80.50ドルと予想されていた原油価格(WTI)が、実際には同月に1バレル当たり99.38ドルに到達した他、2月8日に発表されたSETOでは2022年7月時点で100万Btu当たり3.83ドルと予想された天然ガス価格が、実際には同月に同7.19ドルに到達するなど、3~7月の原油及び天然ガス価格が当初見込みよりも上昇していたこともあり、同国の天然ガス生産量は以前の見通しと比べ上振れする格好となっている。
他方、米国では5~7月は天然ガス価格が高止まりした(特に6月6日には同国天然ガス先物価格が100万Btu当たり9.322ドルと2008年8月1日(この日の終値は同9.389ドル)以来の高水準の終値に到達した他、5~7月の同国天然ガス先物月間平均価格は100万Btu当たり7.19~8.16ドルと、これも、この時期としては2008年(この時は同11.067~12.784ドル)以来の高水準であった)こともあり、民生部門の天然ガス需要は前年同月比で減少となった(図23参照)。また、米国天然ガス価格が高水準で推移したことに加え、米国鉱工業生産の前年同月比での増加率も鈍化しつつあった(2022年5月の当該生産は前年同月比で4.8%の伸びとなったものの、6~7月は同4.0~4.2%の増加率(一部推定)と同年2~4月の同4.9~7.0%の増加率をそれなりに下回っていた)こともあり、産業部門での天然ガス需要も5月は前年同月比で若干増加したものの、6~7月は前年同月比で減少した。ただ、5~7月は米国で気温が上昇傾向となった(図24参照)ことにより空調稼働のため電力需要が増加したことに加え、同国では石炭火力発電所の廃止が進んだ(施設が老朽化したことが一因であるものと考えられる)ことにより、天然ガス価格が上昇傾向となったにもかかわらず、天然ガス火力発電の操業が堅調に推移したことから、発電部門での天然ガス消費は前年同月からそれなりに増加した。この結果、発電部門での消費が先導する形で、同国の天然ガス需要は前年同月比で伸びる格好となった。
他方、米国の天然ガス価格が上昇したことに加え、メキシコの天然ガス生産が増加傾向となった(2022年1~7月の同国の天然ガス生産量は前年同期比で15%増加したと見る向きもあり、これは同時期の同国の天然ガス生産が前年同期比で日量6億立方フィート程度増加したことに相当するものと推定される)ことにより、5~7月の米国からメキシコへのパイプライン経由での天然ガス輸出(因みに米国からメキシコへのLNG輸出量はこの時期日量0~2億立方フィート程度であった)は前年同月を日量2~8億立方フィート程度下回った(図25参照)。
しかしながら、2月24日以降のロシアのウクライナへの事実上の侵攻実施に伴う西側諸国等の対ロシア制裁実施とそれに事実上対抗する形でのロシアから欧州方面への天然ガス供給削減に伴う同地域での天然ガス需給引き締まり感の増大等により、特に欧州方面へのLNGの輸出が旺盛になった(図26参照)ことから、米国から天然ガスが流出する格好となった。また、6月8日午前11時40分(現地時間)には、米国テキサス州にあるフリーポートLNG出荷基地(操業者:フリーポートLNG社、出荷能力年間1,500万トン)で火災が発生した(安全バルブに不具合があり、圧力過多となったことにより破損したパイプからLNG及びメタンが漏洩し炎上したものと米国運輸省パイプライン危険物安全局(PHMSA: Pipeline and Hazardous Materials Safety Administration)は暫定的に報告したと6月30日に伝えられる)が、当初少なくとも3週間程度当該施設の操業が停止する旨6月8日にフリーポートLNG社が発表していたものの、その後9月までに部分的に操業を再開、2022年末までに全面的な操業再開を目指す旨6月14日に同社が発表したことにより、当初見込みよりも長期に渡り米国からのLNG輸出が相当程度(同国の通常のLNG輸出量である約8,400万トンの約20%弱程度)減少することとなった(なお、8月3日にはフリーポートLNG社はPHMSAと、フリーポートLNG施設事故を巡る是正措置に関する同意書を締結、それに従って作業を実施、当該作業が完了しPHMSAが操業再開につき承認すれば、10月上旬にはほぼ1,500万トン相当のLNG生産を再開できるものとフリーポートLNG社は考えている旨同日同社は明らかにしている)。そして、米国からのLNG輸出が減少したことにより、かえって輸出されなかった天然ガスが同国内に滞留するようになった。それでも、米国各所では、平年を上回って気温が上昇する場面がしばしば見られたこともあり、空調稼働のための電力供給向けに天然ガス火力発電の操業が活発化するとともに天然ガスの消費が進んだことから、5月6日には過去5年平均を16.0%下回っていた米国天然ガス貯蔵量は、その後LNG輸出減速もあり過去5年平均を下回る率を縮小させたものの、8月5日時点でも尚過去5年平均を11.9%下回る状態となっている。
このように、天然ガス需給は全般的に引き締まり気味で推移したことが、同国天然ガス相場に上方圧力を加えた結果、5月14日には100万Btu当たり7.663ドルであった米国天然ガス先物価格は6月6日には同9.322ドルと2008年8月1日(この日の終値は同9.389ドル)以来の高水準の終値に到達した他、7月26日も同8.993ドルの終値に到達するなど、総じて堅調に推移したが、フリーポートLNG出荷施設が稼働を停止するとともに、稼働停止が長期化する恐れが発生した際には、米国LNG輸出の減少に伴い同国天然ガス需給緩和感が市場で醸成されたこともあり、6月30日には同5.424ドルの終値まで下落する場面も見られた。なお、8月12日の終値は同8.768ドルとなっている。
欧州では、欧州連合(EU)当局が、2022年11月1日までに貯蔵能力の少なくとも80%に当たる天然ガスを貯蔵するよう加盟国に要請する他、翌年以降は11月1日までに貯蔵能力の90%に当たる天然ガスを貯蔵するよう加盟国に要請する旨の案を策定したと3月23日に伝えられた他、6月27日にはEU欧州委員会(EC)が2022年11月1日までに貯蔵能力の少なくとも80%に当たる天然ガスを貯蔵するよう加盟国に義務付ける他、翌年以降は11月1日までに貯蔵能力の90%に当たる天然ガスを貯蔵するよう加盟国に義務付ける案を承認した(因みに、7月26日にはEU加盟各国は2022年8月1日から2023年3月1日の期間において天然ガス消費量を自主的に過去5年間の当該消費量から15%削減することで合意した他、供給が不安定となる等の事態に陥った場合には天然ガス消費の自主的削減は義務へと移行する旨決定した)。また、別途ドイツは9月1日までに75%、10月1日までに85%、11月1日までに95%の、天然ガス貯蔵充填率を目標とする旨7月21日に同国のハベック経済相が発表、従来(5月1日施行)の、10月1日までに80%、11月1日までに90%の、それぞれ充填率目標から引き上げた。このような流れに沿って、EU加盟国石油会社等による天然ガス貯蔵充填活動が活発化するとともに、米国を中心とするLNG生産国からのLNG輸入が旺盛となった(図27参照)。このようなこともあり、欧州の天然ガス貯蔵量も増加傾向となり、5月13日には過去5年平均を10.6%下回っていた同地域の天然ガス貯蔵量は8月12日には過去5年平均を0.4%下回るにとどまるなど、ほぼ5年平均並みへと回復した(図28参照)。
他方、3月31日にはロシア産天然ガス(パイプライン経由で供給される天然ガスが該当するとされる)を購入する際の代金支払いをルーブル建としなければならない(ロシアの非友好国が対象であるとされる)ことを事実上規定した大統領令にロシアのプーチン大統領が署名、同日当該大統領令が発効した。これに伴いポーランド及びブルガリア(4月27日)、フィンランド(5月21日)、大手国際石油会社シェルによるドイツ向けの一部(6月1日)、デンマーク(同)、ラトビア(7月31日)に対し、ロシア国営ガス会社ガスプロムは天然ガスの供給を停止した(括弧内はガスプロムが天然ガス供給を停止したとされる日)が、これはこれら諸国及び企業が天然ガス購入代金のルーブル建での支払いを拒否したことが理由とされる。
他方、ロシア大統領令施行に先立つ3月23日にロシアのプーチン大統領が非友好国のロシア産天然ガス購入代金をルーブル建とする方針である旨明らかにしたことに対し、EU加盟国首脳等がルーブル建での天然ガス購入代金支払いは売買契約違反となる恐れがある旨警告したと3月24日に伝えられた他、3月28日に、先進7ヶ国政府(G7)のエネルギー担当相は、ルーブル建天然ガス購入代金支払い方法を拒否する旨表明した。しかしながら、ロシア大統領令は、西側諸国の石油会社等に対し、ガスプロムの子会社である金融機関ガスプロムバンクにユーロ建等の非ルーブル建口座とルーブル建口座を開設、西側諸国の石油会社等は天然ガス購入代金をユーロ等で支払うが、ガスプロムバンクは入金したユーロ等をルーブルに交換したうえで、天然ガス販売企業に支払う、といった方式に従うよう要求した。これに対し、欧州委員会はロシア産天然ガスを購入する石油会社等が天然ガス購入代金をユーロ等で支払ったうえ、それによって支払い義務を充足した旨明確に表明すれば、ロシア産天然ガスの購入は可能である旨の文書を配布した旨5月16日に明らかにした。それでも、5月17日にEC報道官はロシアが要求するところのルーブル建口座の開設をEUとしては奨励しない旨明らかにした(他方、ロシア側は天然ガス購入代金がルーブル建に換金されガスプロム側に送金された段階で支払い義務が充足されたと解釈しているとされ、ここにEU及びロシアとの間で天然ガス購入代金支払い手続きに関する解釈の差異が存在しているものと見られる)。それでも、従来ロシアから天然ガスを購入していた欧州の石油会社等はガスプロムバンクにユーロ建等の非ルーブル建口座とルーブル建口座を開設、ガスプロムからの天然ガス購入代金支払いを実施し始めたことに対し、EU当局がそれを差し止めたわけではなかったことより、購入代金のルーブル建支払いを巡りロシアがこれ以上欧州向け天然ガス供給削減を行う可能性が低下したと市場関係者が受け取ったこともあり、この面での天然ガス需給引き締まり懸念が後退、同地域での天然ガス価格に下方圧力を加え始めた。
しかしながら、6月8日には、米国フリーポートLNG施設で火災が発生し操業が停止、その後操業停止期間が長期化する旨明らかになったこと(前述)により、米国から欧州へのLNG供給が減少するとの懸念が市場で発生したことが、欧州天然ガス価格に上方圧力を加えた。また、6月13日まで日量1.67億立方メートル(同推定59億立方フィート)であった、ロシアからドイツ等へ天然ガスを輸送するノルド・ストリーム1パイプラインの天然ガス輸送量を、最大日量1億立方メートル(同35億立方フィート)へと制限した旨ガスプロムが6月14日に発表したうえ、6月16日からは輸送量を日量6,700万立方メートル(同24億立方フィート、稼働率約40%)へと削減する旨6月15日にガスプロムが発表した(カナダにおいてメンテナンス作業中である、当該パイプラインの天然ガス圧送に用いられるドイツのシーメンス社製タービンが、カナダの対ロシア制裁(ロシア石油・天然ガス産業への支援の禁止)に抵触したとして、ロシアへの返送が困難になったことが一因である旨ガスプロムは6月14日に主張している)他、6月15日にイタリア大手石油会社ENIが、ガスプロムからの天然ガス供給量が同日時点で15%削減されたうえ、6月16日にはガスプロムからの天然ガス供給量が要求した量の65%となった他、6月17日にはガスプロムから供給された天然ガスが要求した量の半分となった旨明らかにした(図29参照)。その後7月11~21日に年次メンテナンス作業を実施したノルド・ストリーム1パイプラインは、当該メンテナンス作業を完了後、作業実施直前の輸送水準である推定日量21億立方フィート相当の天然ガス輸送を再開した(このため、当該パイプラインの稼働率は約40%となった)旨7月21日に確認された。また、カナダでメンテナンス作業中であったタービン1基につき、カナダ連邦政府が一時的に対ロシア制裁適用を停止することにより、同タービンがドイツに返送される旨7月10日に同国連邦政府が発表、7月17日には当該タービンはカナダからドイツに向け空輸された。しかしながら、7月27日にガスプロムは当該タービンが本来稼働すべき場所であるロシアのポルトバヤ(Portovaya)の天然ガス圧送基地には到着していない旨主張した反面、タービンのメンテナンス作業主体であるドイツのシーメンス社は、ガスプロム側からの税関関連書類が未着であることが、タービンを返送できない理由であると7月27日に説明した(なお、当該タービンは8月12日時点においてもポルトバヤの天然ガス圧送基地には到着していない)。他方、天然ガス圧送基地に未到着となっているタービンとは別に、ノルド・ストリーム1パイプラインのガス圧送用タービン1基の修理を実施することにより、7月27日より天然ガス輸送量を日量3,300万立方メートル(同12億立方フィート)と平常時の20%程度の稼働にまで削減する旨7月25日にガスプロムが明らかにしたことにより、欧州での天然ガス需給引き締まり懸念が市場で強まった(もっとも、欧州方面向け天然ガス供給削減の実際の理由は、対ロシア制裁を発動するとともにウクライナを支援する欧州諸国を翻意させるようロシア政府が圧力を加えることであり、タービン返送を巡る問題は表向きの理由に過ぎない旨ロシア政府指導部に近い関係者が明らかにしたと7月26日に報じられる)。
また、従来から、新型コロナウイルス感染拡大時にメンテナンスを延期した原子力発電所のメンテナンス実施、老朽化した原子炉の点検及び故障、原子炉の腐食等により、フランスの原子力発電能力が6,100万kWから3,000万kW未満へと低下していたところに、早期の夏の訪れとともに、気温の上昇と同国一部河川(同国南部ローヌ川及び南西部ガロンヌ川等)の渇水と水温上昇に伴う冷却水供給上の支障を一因として、フランスでの原子力発電稼働率が一層低下するとの懸念が市場で増大したことも、発電部門での天然ガスへの燃料転換が進むとともに、天然ガス需要が上振れするとの観測が市場で発生したことにより、欧州天然ガス相場にとっては支援材料となった。
そして、欧州石油会社によるロシア産天然ガス購入代金のルーブルでの支払いを巡る問題が一服したことにより、5月13日には100万Btu当たり推定29.563ドルの終値であったオランダTTF天然ガス先物価格は6月8日には同24.938ドルの終値へと下落したものの、その後上昇傾向となり、7月27日には同61.348ドルと、3月8日(この日の終値は同68.532ドル)以来の高水準の終値に到達する場面も見られた。その後は、欧州での天然ガス価格高騰による需要への負の影響の拡大への懸念の増大(気温上昇(図30参照)による空調稼働用電力供給のため発電部門での天然ガス使用量が10%程度増加しているにもかかわらず、民生部門で10%、産業部門で17%、それぞれ天然ガス消費量が減少していることにより、2022年初頭以降同地域の天然ガス需要が前年同期比で11%減少している旨石油天然ガス市場関係調査機関が指摘したと7月15日に報じられた)(図31参照)と欧州での天然ガスの比較的順調な貯蔵充填が、天然ガス相場に下方圧力を加えたことにより、欧州天然ガス価格が若干ながら下落する場面が見られた。それでも、冬場の暖房シーズンに伴う暖房用天然ガス需要期到来を控えた天然ガス需給引き締まり感を市場が意識し始めたうえ、欧州のライン川で一部地点の水深が40cmを割り込みつつあったこと(図32参照)により、内陸部への火力発電所へ石炭等の燃料を輸送する船舶の航行への支障が拡大するとの懸念が市場で増大したことが、欧州大陸の天然ガス相場に上方圧力を加える格好となったことから、8月11日のTTF天然ガス先物価格の終値は100万Btu当たり推定62.943ドルと、3月8日(この時は同68.532ドル)以来の高水準の終値に到達している。なお、8月12日には若干下落したものの、それでも100万Btu当たり推定61.969ドルとなっている。
なお、米国を初めとするLNG生産国から欧州方面に大量のLNGが供給されたものの、これを受け入れる欧州大陸北西部の主要LNG受入施設は稼働を名目能力近辺かそれ以上に引き上げたものと見られるが、それでもLNGを十分に受け入れることができず、余剰となったLNGがスペイン及び英国に向かうこととなった影響で、オランダTTF天然ガス先物価格に比べ、英国の天然ガス先物価格及び欧州向けLNG価格が相対的に割安となる場面が見られる。例えば、8月12日終値時点の英国NBP天然ガス先物価格は100万Btu当たり推定48.042ドルとオランダTTF天然ガス先物価格に対し同14ドル程度割安となっている(図33参照)他、北西欧州着LNGスポット価格もオランダTTF天然ガス先物価格に対し同15ドル程度割安になっているものと推定される。
5月中旬の北東アジア諸国では、冬場の暖房シーズンに伴う暖房用燃料需要期が終了した一方、夏場の冷房のための空調稼働向け発電用燃料需要期にはまだ早かったこともあり、季節的な需給緩和感が発生したことが天然ガス価格を抑制する方向で作用したものの、5月下旬以降は、夏場の天然ガス需要期が意識され始めたうえ、5月17日に発生した日本の明治用水頭首工(愛知県豊田市)における大規模漏水により、同用水から工業用水の供給を受けていた碧南火力発電所(操業者:JERA、発電能力410万kW)で工業用水の使用が制限されるとともに5月25日以降一部発電施設(2号機(発電能力70万kW)、3号機(同70万kW)及び5号機(同100万kW))の操業が停止した他、停止していない発電施設でも稼働が低下した(6月27日に工業用水の使用制限が緩和されたことにより6月28日より操業を全面的に再開する旨6月27日にJERAが発表している)ことに伴い、代替のための他の発電所での稼働上昇とそのための燃料としてのLNG需要増加観測が市場で発生した他、インドでの気温上昇により空調稼働のための電力供給用天然ガス火力発電所向け天然ガス需要が旺盛となったことに加え、欧州でのLNG購入活発化に伴いスポットLNG供給の多くが欧州に向かう結果、欧州向けスポットLNG価格が上昇するとともに、相対的にアジアへのスポットLNG供給が減少、アジアでの天然ガス需給が引き締まるとの観測が市場で発生したことが、アジアでの天然ガス価格に上方圧力を加え始め、5月16日には100万Btu当たり20.025ドルの終値であったアジア市場でのLNG先物価格は上昇傾向となり、5月31日には同24.075ドルの終値に到達した。また、6月8日には米国フリーポートLNG出荷施設の操業が停止、その後、同施設の操業停止が長期化する見通しである旨6月14日に判明したことに加え、6月15日にはロシアが欧州方面へパイプラインで輸送する天然ガスの供給を削減する方針である旨明らかにしたことによる、欧州を初めとする世界的なLNG需給の一層の引き締まり感がアジア市場でも意識されたことから、6月15日には同23.395ドルであったアジア市場でのLNG先物価格は6月16日には同34.650ドルと大幅に上昇した。さらに、日本では2022年の梅雨の時期においても降雨量が総じて少なかったうえ、関東地方等では6月27日に梅雨明けしたと見られる旨発表されたこともあり、夏の到来ととともに気温が上昇、空調稼働のための電力消費を賄うための天然ガス火力発電向け天然ガス需要増加観測が市場で強まったことが、アジア地域のスポットLNG相場にさらなる上方圧力を加えた。また、労働条件の改善を求める労働者によるストライキ実施に伴い豪州プレリュードLNG出荷施設(LNG出荷能力年間360万トン)が6月28日に停止、当初は7月14日にストライキは終了するとされていたが、その後期間が延長され、8月12日現在8月25日まで操業が停止する予定となるなど、操業停止が長期化していることも、アジアでのLNG需給引き締まり感の強まりに寄与する格好となったことを通じスポットLNG価格を下支えした。
しかしながら、中国では、上海市で新型コロナウイルス感染抑制のための都市封鎖措置を3月28日に実施、6月1日には解除されたものの、その後もしばしば新型コロナウイルス感染が拡大したことにより、個人の外出規制や経済活動制限等が強化されたこと等を通じ、同国経済が減速したことから、産業部門等を中心として天然ガス需要が軟調となった一方、華南地方等国内一部地域で一時降雨が続いたことにより水力発電が活発化したことに加え、国内での天然ガスや石炭の生産が上向いてきたこと(図34及び35参照)、「シベリアの力」天然ガスパイプライン(天然ガス輸送能力日量59億立方フィート)他を通じたロシア等からの天然ガス供給が堅調であったことにより、同国の天然ガス在庫が高水準になったとされることにあり、中国国内の天然ガス価格が低迷するとともに相対的に割高な国外産LNGに対する需要が不振気味となった(5~7月の中国LNG輸入量は前年同月比で日量10~30億立方フィート程度減少しているものと見られ(図36参照)、この結果2021年には日量106億立方フィートと世界最大のLNG輸入国となった同国(第2位は日本で同98億立方フィート)は2022年にはその座を明け渡す可能性がある旨指摘される)こともあり、むしろ国外へのLNG販売に動く一部中国石油会社も見られるようになったうえ、日本においても発電向け燃料として重油等の石油を使用することにより相対的に割高なLNGのスポット購入を敬遠する動きが発生したこと、夏場の空調稼働用の電力供給のための天然ガス火力発電向け天然ガス需要期が終了するとともに秋場の天然ガス不需要期に突入することによるLNG需要減退が市場関係者の視野に入りつつあったことが、アジアのスポットLNG相場を抑制する形で作用した。それでも、8月8日には、韓国産業通商資源部(省)が足元34%である同国の天然ガス貯蔵充填率を11月までには90%程度にまで引き上げることを目標とする旨示唆するとともに、韓国ガス公社(Kogas)はエネルギー危機を回避すべく2022年末までに1,000万トン(約4,800万立方フィート)のLNGを購入する必要がある旨8月8日に報じられたこともあり、冬場の暖房シーズンに伴う天然ガス需要期の到来が視野に入り始めた。さらに、欧州天然ガス価格が上昇傾向となったことがアジアLNG先物価格に上方圧力を加える格好となった。このようなこともあり、6月16日には100万Btu当たり34.650ドルの終値であったアジアLNG先物価格は、その後もじりじりと上昇を続け、8月3日には同45.950ドルと2021年12月21日以来(この時は同46.015ドル)以来の高水準の終値に到達した他、8月12日においても同45.390ドルの終値とほぼ同水準を維持している。
以上
(この報告は2022年8月15日時点のものです)