ページ番号1009516 更新日 令和4年10月26日

戦後イラクの随伴ガス回収事業:資源大国イラクは天然ガス不足から脱却できるのか

レポート属性
レポートID 1009516
作成日 2022-10-26 00:00:00 +0900
更新日 2022-10-26 15:51:32 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG基礎情報
著者 豊田 耕平
著者直接入力
年度 2022
Vol
No
ページ数 12
抽出データ
地域1 中東
国1 イラク
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,イラク
2022/10/26 豊田 耕平
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概要

  • イラクでは2010年頃から慢性的な停電とそれに伴う抗議運動への対応に苦慮している。その一因として、イラクが膨大な天然ガス埋蔵量を有するにもかかわらず、イラク戦争以降常に天然ガス不足に悩まされていることがある。本稿は、資源大国であるイラクで天然ガス事業が進まない要因となる課題を分析し、今後イラクが天然ガス不足から脱却できるのかを検討するものである。
  • イラク国内での天然ガス事業のうち特に重要である随伴ガス回収事業には、エネルギー政策上の3E(供給安定性・環境適合性・経済効率性)すべてに及ぶ重要性が存在する。
    • 第一に、供給安定性の観点では、不安定かつ脆弱なイランからのガス輸入から脱却することが可能となる。
    • 第二に、環境適合性の観点では、随伴ガス回収によるガスフレアリングの低減によって、石油ガス開発における温室効果ガスの排出を抑制できる。
    • 第三に、経済効率性の観点では、ガス輸入やフレアリングによって浪費されている国内資源を節約することができる。
  • 2003年から2018年まで、イラクの随伴ガス回収事業は長期的に停滞してきた。その期間に立ち上げられたシェルによるバスラ・ガス・カンパニー事業は、選挙後の組閣失敗と国民議会からの強い反発によって、大きくスケジュールから遅れることとなった。
  • 2018年からは米国からの圧力やイラクでの事業環境の改善によって、随伴ガス回収事業が推進する新たな機運が生じた。代表的な事業が、2021年9月のイラク政府とトタルエナジーズの「メガディール」に含まれたGGIP(Gas Growth Integrated Project)事業である。しかしこのGGIP事業にも、選挙後の組閣失敗とイラク国営石油会社INOCが同事業に参画する意向という停滞の兆候が存在する。
  • これらの事業に共通する停滞要因として、政治的空白と資源ナショナリズムを挙げることができる。前者については、選挙後に実効的な政権が成立しないことで設備投資や契約が不可能となる。後者については、イラクの政府・国民が事業において外国企業の利益が自国利益に優先しないような批判・要求を加えることで、政府と企業との交渉が長期化してしまう。
  • 現在、10月13日に新たな政治派閥を背景に新大統領が選出されたことで、政治的空白が解決される機運が高まっている。そのため今後のイラクでの随伴ガス回収事業の進展には、「事業においてイラク政府・国民の利益をいかに確保するか」という資源ナショナリズムへの対応が重要だろう。

 

1. はじめに

2022年8月上旬、気温が50度を超えるイラク南部バスラ州において、繰り返される停電に耐えかねた市民が街頭での抗議運動に殺到した。イラクでは毎年7月から8月の電力需要ピーク時に十分な電力が供給されず、政府は停電とそれに憤る市民による抗議運動への対応に苦慮している。2010年頃から続く慢性的な停電の原因には、電力インフラの老朽化に加え、発電用燃料となる天然ガスの不足がある。イラクは2020年時点で124.6兆立方フィート(cf)と、中東においてイラン、カタール、サウジアラビア、UAEに次ぐ世界有数の天然ガス埋蔵量を誇る資源大国だが、2003年にイラク戦争が終結して以降、イラクの政府と国民は常に天然ガス不足に悩まされてきた。

イラクにおいて自国の天然ガスを十分に活用することは極めて重要な課題である。主要な輸出品であり外貨取得の手段となる石油に対して、天然ガスは国民生活の改善や国内産業の発展に直結する資源となる。イラクでの国内ガスの有効活用は、経済的効率や環境影響といった複合的な観点から、エネルギー政策での最優先事項と見られている。それにもかかわらず、イラクでは20年にわたって天然ガスが不足しているのである。

戦後から現在に至るまで、イラクが国内ガス利用に取り組んでこなかったわけではない。イラク政府は戦後直後から国内における天然ガス供給の重要性を認識しており、特にイラクに賦存する天然ガスの大半を占める随伴ガスを回収・利用する事業を推進しようと試みてきた。しかし、大規模な随伴ガス回収事業は当初の想定から大幅に遅延し、イラク国民に十分なガスを提供するには至っていない。

2018年頃から、イラクでは国内ガス事業を推進する新たな機運が高まっており、複数の外国企業が2025年前後の稼働に向けて随伴ガス回収事業を推進している。これらの事業はイラクでの天然ガス不足を解決するのか。それとも、これまでと同様に事業の大幅な遅延に直面するのか。本稿では、特に2018年までに推進されてきたシェル(Shell)によるバスラ・ガス・カンパニー事業と2018年以降に計画されているトタルエナジーズ(TotalEnergies)によるGGIP(Gas Growth Integrated Project)事業を比較することで、イラクでの随伴ガス回収事業に共通する課題を明らかにする[1]

 

2. イラクにおけるガス開発の重要性

まず、イラクにおける国内ガス利用の重要性を整理する。イラクでの国内ガス利用の推進は、天然ガス供給量を増加させ、上述したガス・電力不足を解決することができるという観点に留まらず、イラクのエネルギー政策における3E(供給安定性・環境適合性・経済効率性)のすべての側面を改善することが可能である。

 

(1) 供給安定性:イラン産ガス輸入からの脱却

第一に、イラクは国内ガスを利用することによってイラン産ガスへの依存から脱却し、エネルギーの供給安定性を向上させることが可能である。イラクは自国の天然ガス事業が進展するまでの間、暫定的に天然ガス需要を満たすためにイランからパイプラインガスを輸入する方針を採用した。イランは2017年7月に首都バグダッド近郊の発電所、2018年7月に南部バスラ州の発電所にパイプラインガスの輸出を開始し、2020年には合計で日量9.1億cf、2021年には日量8.1億cfを輸出している[2]。暫定措置として設けられたこの契約は、今もイラクの天然ガス需要を支え続けている。しかし、この現状は多くの不確実性の上に辛うじて成り立っているものであり、イラクに安定的なエネルギー供給をもたらしているとは言えない。

まず、イラク側がエネルギー輸入代金をイランに支払うことができないという問題が存在する。2017年の供給開始以降、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大による石油輸出収入の急減等に直面したイラクは、イランへの支払いに十分な予算を割り当てられていない。イラクは2020年分のイランへのガス代金を支払えておらず、イラン国営シャナ通信は2020年末時点でその債務は60億ドルにも及ぶと報じている[3]。イランはイラクからの代金未払いに対して、ガス流量の削減という形で圧力を加えてきた。

次に、イラン側の夏季電力需要、冬季ガス需要の増加という問題がある。イランでは国内ガス生産量の殆どが国内消費に回され、輸出可能な天然ガスが常に確保できる状況にはない。イラク石油省エンジニアのハムザ・ジャワヒリ(Hamza al-Jawahiri)氏はアル・モニター紙のインタビューに対し、イランはイラクへの政治的圧力を加えるためにガス供給を減少しているのではなく、イランが自国のガス需要を満たせないことがイラクへの輸出量削減の一因になっていると指摘した[4]

最後に、米国による対イラン経済制裁がイランからのガス輸入に与える影響も大きい。2018年11月に米国はイランのエネルギー部門への経済制裁を再開したが、イラクは例外的にイランからの天然ガス輸入に関する制裁の適用除外を基本的に90日から120日の期間で与えられてきた。しかし、米国からの適用除外は「イラクがエネルギー自立を確立する時間を設ける」ために付与されたものであり、あくまで一時的な措置であることが強調されている。2020年1月、イラン革命防衛隊ソレイマニ司令官の殺害をきっかけに米国とイラクとの関係が緊張した際には、米国は上述した適用除外の期間を30日から45日まで短縮することでイラクへ圧力を加えた[5]

このように、イランからのガス輸入はイランや米国の政治的圧力に対して脆弱な側面を有する。またそもそも、イラクでは電力需要がピークを迎えると、イランからのガス輸入を受けてもなお天然ガスが不足してしまう。つまり、上述したリスクが顕在化せずイランからの輸入ガスがもたらされている場合にも、国内ガス利用の必要性は常に存在しているのである。

 

(2) 環境適合性:ガスフレアリングの削減

第二に、イラク国内の随伴ガスを回収・利用することによってガスフレアリングを削減し、石油開発に起因する温室効果ガスの排出量を削減することができる。現在イラクで生産されている天然ガスの殆どは、南部の大規模油田から石油生産の副産物として採取される随伴ガスである。随伴ガスは一般的に、油田の周辺にガスの需要地やパイプライン等のインフラが整備されていない場合、その場で焼却処分(ガスフレアリング)される。世界銀行によると、イラクはロシアに次ぐ世界第2位のガスフレアリング排出国であり、中東ではイランと並んで最も多くのガスフレアリングを行っている(図1)。2019年に発行されたIEAによるイラクのエネルギー部門に関する報告書では、イラクでのガスフレアリングは年間約3,000万トンのCO2排出につながっているほか、首都バグダッドでの微小粒子状物質(PM2.5)のレベルがWHO基準の7倍以上を観測する等、大気汚染の原因にもなっていると指摘されている[6]

(図1)中東各国のガスフレアリング量

(図1)中東各国のガスフレアリング量
(出所)世界銀行(2022)[7]に基づきJOGMEC作成

この状況を踏まえ、イラクは近年、環境影響の側面からガスフレアリングを削減するための国際的な潮流に呼応する動きを見せている。2021年10月、UAE、イスラエル、サウジアラビア、バーレーンの中東4か国がそれぞれネットゼロ目標を掲げる中、イラクは2016年に署名したパリ協定に批准し、国別削減目標(NDC)を提出した。NDCにおいては、エネルギー部門での取り組みとして石油・ガス関連施設からのガスフレアリングの削減が主要な取り組みとして挙げられている[8]。また、イラクは2016年に世界銀行が主導する『ゼロ・ルーティン・フレアリング』イニシアティブへの支持を表明し、2022年6月には2030年までにガスフレアリングを廃止するためのロードマップを策定したと発表した[9]。イラクの気候変動対策において、随伴ガスの回収・利用によるガスフレアリングの削減は主要な役割を果たしていくと考えられる。

 

(3) 経済効率性:安価な国産ガスの利用

第三に、イラクが国産ガスを利用することは、高価な輸入ガスの削減及び浪費される国産ガスの有効活用という点において、経済的にも重要である。イランからのパイプラインガスは1MMBtu当たり6ドル前後で輸入されていると報じられている一方で[10]、BGC事業では2021年時点で国営企業向けに1MMBtu 当たりおよそ3ドル程度で販売している。BGC事業ではイラク国内向けに安価なガスを提供する一方で、同事業への参画企業にとってはLPGとコンデンセートの国内外への販売が重要な収入源となっている[11]。随伴ガス事業への設備投資費等を考慮すれば、これらの価格を単純に比較することは難しいものの、イランからのガス輸入に長く頼り続けることが経済的に非合理的だということは明らかである。

また、イラクにおける随伴ガスの回収・利用は、当初は経済的利益の観点から着目された。例えば、2005年には南部油田からの随伴ガスをLNGとして輸出することが検討されたように[12]、2010年代前半までのイラクでは、天然ガスは将来的に石油と並ぶ主要輸出品となることを期待されていた。また、イラクエネルギー研究所(IEI)の創設者であり、2018年~2020年には電力大臣を務めたルアイ・ハティーブ(Luay al-Khatteeb)氏は、2020年の論考ではゼロフレアリングの達成や輸入ガス依存からの脱却という点から国産ガス利用の促進を訴えているが[13]、2013年時点ではイラクがガスフレアリングによって年間30億ドルの損失を被っていると指摘し、経済的な観点から国産ガスの重要性を強調していた[14]

現在、イラクのガス開発に関する政策的議論は供給安定性と環境適合性を切り口とすることが多い。しかし、イランからガスを輸入しつつ、自国の随伴ガスは資産として活用せずに燃やしている現状は、明白に経済的効率に反している。イラクが自国のガス・電力を賄う予算確保に苦しんでいることからも、国内ガス開発の議論には経済的な観点を欠くことはできないだろう。

 

3. イラクの随伴ガス回収事業動向:長期的停滞からその打開へ

国内ガス利用は前述したとおり、イラクのエネルギー政策のあらゆる側面で重要性を有する。そのため、2005年に検討されたシェルと石油省によるガスマスタープランや2013年6月に公表された『統合国家エネルギー戦略(INES)』、またIEA等の外部の報告書においても、イラク国内での天然ガス事業は重要な位置を占めてきた。しかし、石油開発ではルメイラ(Rumaila)油田や西クルナ(West Qurna)油田等の南部大規模油田の開発が進み、課題を抱えつつも2003年から石油生産を倍増させた一方で、天然ガス事業ではシェル主導の随伴ガス回収事業であるバスラ・ガス・カンパニー(BGC)を除いて大規模事業は立ち上がっておらず、石油開発と比べて取り組みが遅れている。

それにも拘らず、2019年に公表されたIEAの報告書では、2018年に比べて2030年にはフレアリングが半減する一方で、随伴ガスの販売量は3倍以上に増加すると推計されている(図2)。この背景には、戦後長らく停滞してきたガス事業について、2018年からガス事業推進に向けた新たな機運が生じていることがある。今後、イラクの随伴ガス回収・利用事業は順調に進展するのか。以下では、戦後以降の随伴ガス回収事業の動向を概観した上で、2018年まで大幅に遅延してきたBGC事業と、2018年以降に計画されているトタルエナジーズによるGGIP事業を比較し、それぞれの事業に共通する課題を明らかにする。

(図2)イラクの随伴ガス販売量・フレアリング量
(図2)イラクの随伴ガス販売量・フレアリング量
(出所)IEA(2019)

(1) ガス事業の長期的停滞:2003年~2018年

2003年のイラク戦争終結後、石油開発事業では早くから多数の外国企業と交渉を進める方針を採った一方で、天然ガス事業については、中東での天然ガス開発に関心を有するシェル1社に対して、石油省が統合的なガスマスタープランの作成を要請した。シェルはとりわけイラクでの随伴ガス回収事業に着目し、マスタープラン下での具体的なガス事業として、南部の大規模油田から生じる随伴ガスを回収・利用する事業を検討し始めた。2008年にシェルは石油省と南部バスラ州での随伴ガス回収事業に関する基本合意書(HOA)を締結し、同州での随伴ガスの処理・販売を所掌するジョイントベンチャーであるBGCの設立に向けて石油省や国営サウス・ガス・カンパニーとの協議を進めた[15]

その後、シェルによる随伴ガス回収事業は期待していたペースでは進展しなかった。2008年から検討が進められた同事業は、国民議会での反発によって事業承認が遅れたことで、2011年11月のBGCの設立まで3年程度を要することとなった。さらに、2013年5月の操業開始後、既存ガス処理プラントのアップグレードによる処理能力の増強が進む一方で、新規ガス処理プラントの建設は遅々として進まなかった。BGC事業では当初、新規ガス処理プラントの増築について2015年の最終投資決定(FID)、2018~2019年の運転開始を見込んでいたと報じられている[16]。しかしこの拡張事業は、操業時と同様にイラク政府との交渉が難航したことで、2019年1月までFIDに至らなかった。

結果としてBGCは、2011年の日量約2.4億cfから2018年には平均日量8.0億cfまで処理能力を増加させたものの[17]、操業当初に想定していたペースでの拡張を進められていない。図3に示すとおり、2013年からBGCが一時的に稼働を停止する2020年までは石油生産量1バレルあたりのフレアリング強度(フレアリング・インテンシティ)[18]が継続的に減少したものの、ガスフレアリングの絶対量を大きく減少させるには至らなかった。このように、2003年から2018年までの間、随伴ガス事業は政府との交渉の遅れによって大幅に進捗が遅れ、イラク国内では十分にガスが供給されない状況が継続することとなった。

(図3)イラクのガスフレアリング量とフレアリング・インテンシティ
(図3)イラクのガスフレアリング量とフレアリング・インテンシティ
(出所)世界銀行(2022)

BGC事業の正式操業や新規ガス処理プラントの建設はなぜ想定より大幅に遅れたのだろうか。この背景には、2010年3月の国民議会選挙以降の組閣失敗による政治的空白とBGC事業に対する国民議会からの強い反発がある。特に後者について、国民議会の石油ガス委員会はBGC事業の計画当初から、主に2つの論点からBGC事業に対して強い抵抗を示した。

第一に、シェルがBGC事業で回収した随伴ガスをLNGとして輸出することを検討していた点である。シェルは2008年のHOA締結時、国内需要以上の余剰ガスをLNGとして輸出することを見越し、長期的なLNG事業の実現可能性を検討していた。この事業案に対してイラク国内では、国内需要より輸出による利益確保を優先することへの懸念が高まり、国民議会を通じて強い批判がなされたと報じられている[19]

第二に、シェルが石油省との間で、南部油田の随伴ガスに関する「独占的な」契約を締結しようとした点である。シェルと石油省との交渉は内容が公にされないまま進展し、手続きに競争性・透明性が担保されていないことへの批判が高まった[20]。またBGC事業は当初、南部バスラ州全域の油田から随伴ガスを回収することが想定されており、外国企業1社に事業権益を独占させることへの懸念が生じた。後者の懸念によって、BGCに三菱商事がマイナー権益で参画することでシェルの独占が防がれたほか、事業範囲は当初の南部バスラ州全域からルメイラ油田、西クルナ油田フェーズ1、ズベイル油田の3油田に限定された[21]。また新規ガス処理プラントの増設において、その事業範囲が上記3油田以外に及ぶことから、シェルとイラク政府は再び長い交渉を強いられることとなった。

 

(2) ガス事業推進の機運:2018年~現在

長期的な停滞から一転して、2018年頃からイラクの随伴ガス回収事業は大きく動き出すこととなる。その最も大きな要因は、イラクのエネルギー自立に関する米国の要求である。前述したとおり、米国は2018年11月の対イラン経済制裁の再開にあたって、イラク・イラン間のエネルギー取引について適用除外を提供した。しかし、イランがイラクを通じて安全保障機関の資金を調達し、米ドルを確保してきたことから、米国はイラクに対して自国資源の活用によるイランへのエネルギー依存度の低減を求めてきた[22]。加えて、2017年12月にIS掃討作戦が完了したこと、2014年に急落した油価が上昇基調となったことも、イラク天然ガス部門での取り組みを後押しすることとなった。

既存事業においては、2018年4月にBGCが日量2億cfの処理能力を有するガス処理プラントを2基増設するBNGL事業を推進することを公表した[23]。同事業は2019年にFIDに達し、2023年、2024年にそれぞれ1基ずつプラントの運転を開始する見込みとなっている。BGCは2013年当時から目標としていた日量20億cfの処理能力を目指し、既存の3油田以外からの随伴ガスの回収に関してイラク政府と交渉していると報じられている。

そのほかにも、表1に示すとおり、BGCに続く複数の新規事業が計画され始めた。この中でも、トタルエナジーズによるGGIP事業はBGCに次いで大規模な随伴ガス回収事業に発展する可能性がある。イラクは2019年初頭から、南部ラタウィにおいて西クルナ油田フェーズ2、マジュヌーン(Majnoon)油田等から発生する随伴ガスを回収するガス処理プラントの建設を検討してきた。2019年7月には米国のハニーウェル(Honeywell)と同事業に関するMOUを締結していたが、同社率いるコンソーシアムとの交渉が決裂したことで、同様の事業がイラク政府とトタルエナジーズとの間で2021年9月に合意された270億ドル規模のエネルギー取引に含まれることとなった[24]。トタルエナジーズとの「メガディール」に含まれたことで、GGIP事業はイラク南部の大規模油田での随伴ガス回収についてBGC事業を補完するのみならず、これまでイラクに殆ど権益を有さなかったトタルエナジーズのイラクにおける橋頭堡となる可能性がある。

(表1)2018年以降に計画された随伴ガス回収事業
事業名 開始予定 追加容量 参画企業
BNGL事業 2023~2024年

日量4億cf

Shell、South Gas Company、三菱商事
ハルファヤ油田ガス処理事業

2023年

日量2億cf CNPC
ナシリヤ・ガラフ油田ガス処理事業 2024年 日量2億cf Baker Hughes、South Gas Company
GGIP事業 2027年 日量6億cf TotalEnergies
ビン・ウマル油田ガス処理事業 - - Orion Gas Pro

(出所)EIA、各種報道からJOGMEC作成

 

しかしこのGGIP事業においても、BGC事業と同様に停滞する兆候が存在する。2021年10月の国民議会選挙以降の組閣失敗による政治的空白と、イラク政府がトタルエナジーズとの事業にイラク国営石油会社(INOC)を参画させる意向を有していることである。特に後者について、GGIP事業を操業予定のトタルエナジーズは当初、同社が50%程度の権益を保有しつつ、ロシア企業等をパートナー企業として選定しようとしていたとされる。しかし、事業の合意がなされた翌月、イラク内閣はINOCをGGIP事業の財務パートナーとして参画することを承認した[25]。GGIP事業へのINOCの参画は、海外パートナー企業を求めていたトタルエナジーズの方針と食い違っているほか、INOCの予算が十分に確保されないことで投資が遅れ、事業全体が停滞することが懸念される。

また、INOCの法的な不安定性が今後の障壁となる可能性がある。2020年にカディミ政権によって再建されたINOCは、2022年9月に連邦最高裁判所から再建措置が「無効」との判決を受けることとなった[26]。2019年初頭にはその前年に議会で可決されたINOC再建法案が違憲と判断されており、再建当時から法的に不安定な状態で運営されていたものの、その不安定性を改めて示したということができる。

 

(3) 共通する問題点:政治的空白と資源ナショナリズム

上述したとおり、2008年の初期合意から長らく停滞してきたBGC事業と、2021年9月の合意から既に停滞の兆候を見せるGGIP事業には、それぞれ異なる要因が存在している。しかし、両事業の停滞要因の背景を見ることで、それらの要因に通底する共通性を見出すことができる。

(図4)BGC事業とGGIP事業の主な停滞要因
(図4)BGC事業とGGIP事業の主な停滞要因
(出所)各種報道等に基づきJOGMEC作成

表3には、BGC事業とGGIP事業のそれぞれの停滞要因を示している。まず明確に共通しているのは、両事業がイラク国民議会選挙以降の政治的空白に影響されているということだろう。イラクでは選挙後の政党連合の組み換えによって組閣交渉が長期化し、政府間交渉を行うことができる政権が存在しない事態がしばしば生じる。その間の国政を担う暫定政権は年次予算を成立させられないほか、「日常的な事柄」に対処することのみを認められているため、政治的空白が続く間は外国企業との契約や大規模な設備投資が全く不可能となる。BGC事業の立ち上げに関する交渉は、選挙が実施された2010年3月から12月までの組閣交渉のタイミングと重なり、事業が長く停滞する一因となった。またGGIP事業についても同様に、2021年10月から現在まで続く組閣交渉によって、事業の進展が妨げられている。

次に、両事業ではともに資源ナショナリズムに基づく批判・要求がなされている点が共通している。資源ナショナリズムとは、資源産業に進出している外国企業の行動が自国の利益と相反するものにならないよう、発展途上国側の利益を強く主張する動きを指す。両事業に向けられた批判・要求はいずれも外国企業に対してイラクの政府・国民の利益を主張するものということができる。シェルがBGC事業の初期に検討したLNG事業への批判は、イラク国内市場へのガス供給が確保され、事業が国民に資するものとなることを担保するためになされたものと評価できる。また、BGC事業の「脱独占化」、GGIP事業へのINOCの参画に関する要求は、たとえ事業がどれほど有意義であっても、外国企業1社に事業利益を独占させることを防ごうとする動きと言えるだろう。

このように、イラクでの随伴ガス回収事業の停滞には政治的空白と資源ナショナリズムという2つの要因が共通して存在することが分かる。ここで注目したいのは、いずれの事業でも資源ナショナリズムが重要な阻害要因となっていることである。イラクでの事業に関する交渉の長期化は、もちろん同国での手続き上の複雑さや腐敗、異なるビジネスカルチャー等に影響されていると考えられるものの、イラク政府が自国政府・国民の利益を確保したいという認識を強く有することも同様に重要である。同国においてスムーズに政府交渉を進めるためには、安価な資源・製品の提供や事業におけるイラク国民の雇用等も含め、「イラク政府・イラク国民が事業から得られる利益をどこまで担保できるか」という視点が重要であると言うことができるだろう。

 

4. おわりに

ここまで、BGC事業とGGIP事業に共通する政治的空白と資源ナショナリズムという停滞要因を明らかにしてきた。では今後、GGIP事業を初めとするイラクの随伴ガス回収事業に進展の見込みはあるのだろうか。

政治的空白という観点では、現在イラクにおいて政治プロセスが進展する兆しが見られている。10月13日にはクルディスタン愛国同盟のラティフ・ラシード(Latif Rashid)氏が新大統領に選出され、同氏は親イランシーア派の政治派閥「調整枠組み」に属するモハメド・シーア・スダニ(Mohammed Shia al-Sudani)氏を首相候補として選出した。この背景には、「調整枠組み」がスンニ派、クルド人等の異なる派閥を糾合した新たな政治連合を形成したことがある[27]。対立派閥であるサドル派は依然として影響力を有しており、組閣に向けて予断は許さないものの、国民議会選挙から1年を経てようやく進展に向けた明るい見通しがなされている。

そのため今後イラクの随伴ガス回収事業が進展するためには、資源ナショナリズムの観点が重要となる。今後の政府交渉を円滑に進めるためには、各事業が企業の利益を確保しつつどれだけイラク政府・国民の利益を提供できるかが焦点となると思われる。イラクにおいて新内閣が成立した後、トタルエナジーズ等の外国企業がどのような対応を取っていくか、注視していく必要があるだろう。

 

 

[1] 本稿で検討するイラクにおける天然ガス事業は、イラクで大半を占める随伴ガスの回収・利用事業を対象とし、非随伴ガス田の開発に関する検討については稿を改めることとする。

[2] “Country Analysis Brief: Iraq,” EIA, updated on September 28, 2022,
https://www.eia.gov/international/analysis/country/IRQ(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[3] “Iraq Owing Iran $6b in Unpaid Gas Bills: NIGC,” Shana, December 28, 2020,
https://en.shana.ir/news/311346/Iraq-Owing-Iran-6b-in-Unpaid-Gas-Bills-NIGC(外部リンク)新しいウィンドウで開きます. 
なお、2022年6月にはイラクがその債務の一部(16億ドル)を支払っている。

[4] Adnan Abu Zeed, “Amid Iranian Gas Shortage, Iraq Searches for Alternatives,” Al Monitor, July 26, 2021,
https://www.al-monitor.com/originals/2021/07/amid-iranian-gas-shortage-iraq-searches-alternatives(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[5] Samya Kullab and Qassim Abdul-Zahra, “In sign of frustration, US shortens sanctions waiver to Iraq,” The Washington Post, September 24, 2020,
https://www.washingtonpost.com/world/national-security/in-sign-of-frustration-us-shortens-sanctions-waiver-to-iraq/2020/09/24/0c10be62-fe78-11ea-b0e4-350e4e60cc91_story.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[6] “Iraq’s Energy Sector: A Roadmap to a Brighter Future,” IEA, April 2019,
https://www.iea.org/reports/iraqs-energy-sector-a-roadmap-to-a-brighter-future(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[7] “Global Gas Flaring Reduction Partnership (GGFR),” The World Bank, accessed on October 20, 2022, https://www.worldbank.org/en/programs/gasflaringreduction/global-flaring-data(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[8] “Nationally Determined Contribution (NDC) to the Paris Agreement: Iraq,” IEA, updated on February 15, 2022, https://www.iea.org/policies/14824-nationally-determined-contribution-ndc-to-the-paris-agreement-iraq(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[9] Batool Ghaith, “Iraq Announces Roadmap to Eliminate Gas Glaring by 2030,” The Jordan Times, June 11, 2022, https://jordantimes.com/news/local/iraq-announces-roadmap-eliminate-gas-flaring-2030(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[10] Katie McQue and Simon Martelli, “Iraq Expected to Struggle with Gas Payments to Iran,” International Oil Daily, July 26, 2017,
https://www.energyintel.com/0000017b-a7d2-de4c-a17b-e7d2723a0000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます;
Simon Martelli, “Iraq Insists It’s Not Paying Too Much for Iranian Gas,” International Oil Daily, January 10, 2019,
https://www.energyintel.com/0000017b-a7d6-de4c-a17b-e7d6bebe0000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[11] “Asset Report: Basrah Gas Company,” Wood Mackenzie, updated on December 8, 2021.

[12] “Oil Development Further Exacerbates Political Differences in Iraq,” MEES, February 11, 2008.

[13] Luay al-Khatteeb, “Fixing Iraq’s Power Sector,” The Middle East Institute, August 10, 2020, https://www.mei.edu/publications/fixing-iraqs-power-sector(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[14] Luay al-Khatteeb and Omar al-Saadoon, “Iraq – Towards a Viable National Energy Policy,” MEES, March 8, 2022, https://www.mees.com/2013/3/8/op-ed-documents/iraq-towards-a-viable-national-energy-policy/1e20d4e0-871a-11e7-975d-cbd9e9a4f000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[15] “2008 Shell Annual Report,” Royal Dutch Shell plc, December 31, 2008,
https://www.shell.com/about-us/annual-publications/annual-reports-download-centre.html.(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[16] “Iraq: Shell Steps on the Gas with Basra Project,” MEES, June 7, 2013,
https://www.mees.com/2013/6/7/oil-gas/iraq-shell-steps-on-the-gas-with-basra-project/2fd0eb10-8258-11e7-8aba-fb418e8a226a(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[17] “2018 Shell Annual Report,” Royal Dutch Shell plc, December 31, 2018, https://reports.shell.com/annual-report/2018/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[18] 石油生産1バレル当たりのガスフレアリング量(㎥)を指す。

[19] “Pressure Mounts on Shell Iraq Gas Deal,” MEES, November 3, 2008.

[20] Ibid.

[21] Peg Mackey, “Shell, Iraq Gas Deal Hits Funding Obstacle,” International Oil Daily, February 24, 2010, https://www.energyintel.com/0000017b-a7ba-de4c-a17b-e7fa22fc0000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[22] Katherine Bauer, Michael Knights and Bilal Wahab, “Designing Win-Win Economic Policies in Washington and Baghdad,” The Washington Institute for Near East Policy, January 3, 2019,
https://www.washingtoninstitute.org/policy-analysis/designing-win-win-economic-policies-washington-and-baghdad(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[23] Rania El Gamal, “Shell Says Fully Committed to Iraq Gas Venture, Plans ‘Massive’ Expansion,” Reuters, April 30, 2018, https://www.reuters.com/article/us-iraq-shell-gas/shell-says-fully-committed-to-iraq-gas-venture-plans-massive-expansion-idUSKBN1I11JZ(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[24] 芦原雪絵「TotalEnergiesとイラク政府が、エネルギー関連の大規模取引に調印」『石油・天然ガス資源情報』2021年9月13日、https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008924/1009120.html.

[25] John Lee, “INOC to Be Partner in TotalEnergies Basra Projects,” Iraq Business News, October 7, 2021,
https://www.iraq-businessnews.com/2021/10/07/inoc-to-be-partner-in-totalenergies-basra-projects/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[26] John Lee, “Court Rules Iraqi National Oil Company (INOC) Unconstitutional,” Iraq Business News, September 22, 2022, https://www.iraq-businessnews.com/2022/09/22/court-rules-iraqi-national-oil-company-inoc-unconstitutional/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[27] “Will Sadr’s Kurdish, Sunni Allies Form Government with His Siite Rivals?” Amwaj.media, September 13, 2022, https://amwaj.media/media-monitor/iraq-s-federal-court-decision(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

 

以上

(この報告は2022年10月25日時点のものです)

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