ページ番号1009533 更新日 令和4年11月17日
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概要
- 欧州最大のガス需要国であるドイツと世界最大のガス埋蔵量を誇るロシアを直接結ぶバルト海に敷設された天然ガスパイプライン、Nord Stream(2011年稼働開始)及びNord Stream 2(2021年9月完成するも欧米制裁によりサスペンド)からガスが大規模漏洩したことが明らかになってからひと月半が経つ。9月26日、それぞれのパイプライン事業会社(Gazprom子会社)が、Nord Stream、Nord Stream 2に敷設されているそれぞれ2本のパイプの内、前者は全て、後者は1本についてガス圧が低下し、ガスが漏洩していることを発表した。27日には更にもう一箇所で新たに漏洩が見つかり、スウェーデン及びデンマークの排他的経済水域(EEZ)境付近の海上に直径200メートルに及ぶ気泡が確認された。その規模から小さな亀裂ではなくパイプラインが大きく破損していることが推察された。
- 10月2日、ガス漏洩が止まったことを受けて、スウェーデン政府は現場へ潜水艦を派遣し、ガス漏洩の原因の調査に乗り出した。その後、スウェーデン及びデンマーク当局はパイプラインが広範に亘って損壊しており、強力な爆発が原因で生じたものであることを発表。現場からは特定の押収物を確保し、何者かによる破壊工作として捜査を進めていることが明らかになった。
- 水深50メートル以深の海底に設置されたパイプラインの破壊には特定の国が関与している可能性があることが当初から指摘されてきた。プーチン大統領も直後からこの工作活動にアングロ・サクソン人が関与していると発言し、ロシア政府も「その裏にある『事実』が公表されれば、多くの欧州人が驚くことになるだろう」と暗に西側の国が背後にいることを発信している。
- 奇しくも漏洩事件の翌日は、2001年から構想が始まった、ノルウェーからデンマークを経由してポーランドに至る新たな天然ガスパイプライン「バルト海パイプライン(Baltic Pipe)」の開通式典が各国首脳参加の下、ポーランドで行われていたことも注目すべき事象である。容量ではポーランドが同パイプラインで輸入する量は年間2.4BCMと低いが、ロシア産ガスを排除しようとする欧州政府の方針に合致し、ポーランドが脱ロシアを進める象徴的プロジェクトであり、今回の式典と合わせたようなガス漏洩事件によって、その注目度と重要性は更に高まったとも言える。
- 破壊されたパイプラインの修理は容易ではない。この冬の間再稼働はできず、それ以上続く可能性が高いと考えられている。欧州ではガス貯蔵率が年末までに設定された目標である85%を達成しており、暖冬予報も出ているが、ガス貯蔵率の維持においてはNord Streamからの冬季を通じての一定供給が前提となっていた。そのガスが失われた今、加盟国に課せられた省エネが順調に達成できない場合や突発的な寒波が欧州を襲うような事態が生じれば、欧州は厳しい冬を迎えることになるだろう。
- この冬は凌げたとしても、例年は20~50%程度の貯蔵が残っていたところからの貯蔵スタートだったが、来年春はほぼ使い切ったゼロからのスタートとなる可能性が高い。欧州がロシアに代わる供給源確保に奔走し、貯蔵を積み上げても、来年の今頃の貯蔵率は今年よりも低いことが予想される。欧州は、2023年から2024年の冬に更に厳しい状況を迎えることになるだろう。
1. 事件の経緯
9月26日、スウェーデン国立地震ネットワークはバルト海でマグニチュード2.2の地震を記録。同日、事業会社Nord Stream 2 AGは、独露を直接結ぶバルト海底に敷設された天然ガスパイプラインNord Stream 2(2021年9月完成するも現時点では未稼働)の2つのラインの内、1ラインでガス圧が低下したことを発表した。また、2011年から稼働を開始し、この8月下旬以降タービンを巡る問題からGazpromがガス輸送を停止しているNord Streamについても、同事業会社が2つのライン双方で圧力が低下していることを公表。デンマーク当局は、Nord Stream 2でガス漏れが、これに続きスウェーデン海事局もNord Streamで2箇所のガス漏れが見つかったことを明らかにした。

(出所:Gazprom公開資料(左上)及びJOGMEC作成)
翌日27日、親会社であるGazpromは3つのパイプラインが同じ日に損傷しガスが漏洩していることを正式に発表した。3本のパイプラインが同日に損傷するのは前例がないと指摘し、「ガス輸送インフラの復旧時期を予想することは現時点で不可能」と述べている。ノルウェー空軍やデンマーク空軍が撮影した写真では、スウェーデン及びデンマークEEZ境界の海面にガス漏れによって大量の泡が直径200~1000メートルに亘り広がっていることが確認された。スウェーデン及びデンマーク両政府はガス漏洩発生直前に複数の爆発が検知されていたことも明らかにし、パイプ破裂の原因は「数百キログラムの爆発物」による爆発が原因と発表した。更に同日、スウェーデンの沿岸警備隊が4つ目のガス漏洩を発見した。

(出所:デンマーク国防軍公式Twitterより)
10月2日、デンマーク・エネルギー庁はパイプライン事業会社より連絡を受け、パイプラインが安定した圧力を達成できた模様で、Nord Streamについては1日、Nord Stream 2については2日にガス漏れが停止したことを発表した。26日のガス漏洩から約1週間でガス漏洩自体は収束した。
2. 誰が破壊工作を行ったのか
(1) これまでの各国要人の発言
9月28日、ヨハンソン内務担当欧州委員(スウェーデン)は、特定の国が今回の爆破事件の背後にある可能性があると述べた。「私が知る限り、これは意図的な攻撃であり、通常のグループでは実行できない。特定の国が背後にいる可能性が高い」。
英国国防省の情報源によると、バルト海はそれほど深くなく(水深50~80メートル)、大掛かりな海洋工作活動を検出されずに実施することは困難であるため、遠隔操作された水中爆発装置を使用した攻撃によって事件が引き起こされた可能性が推定されていた。
デンマークのフレデリクセン首相は、3件のガス漏洩が互いに離れた場所で起きるのは「異常」であり、「事故とは考えにくい」と指摘。ウクライナ政府は、「ロシアが計画したテロ攻撃であり、欧州連合に対する侵略行為にほかならない」と非難した。
プーチン大統領は、9月30日の東部4州住民投票を受けた式典で初めて本件に触れ、今回の爆発について、アングロサクソンの妨害工作がヨーロッパのエネルギー構造を破壊していると糾弾。「アングロサクソン人にとって制裁は十分ではない。ありそうもないことだが、彼らがNord Streamの爆破を計画・実行し、破壊工作に行ったのは事実だ。今や共通のヨーロッパのエネルギーインフラを破壊し始めている。その恩恵を受ける人間は誰にとっても明らかだ。もちろん、恩恵を受けた人間が行ったのだ。米国の独裁は力ずくで、拳の法則に基づいて構築されている。美しく包装されている場合もあれば、何も包装されていない場合もあるが、本質は同じだ。拳である」と、今回の黒幕に英米がいることを明言した。
ペスコフ大統領府報道官も10月2日の記者会見の中で、「明らかにこれらのガスパイプラインが稼働していない間に、より多くのLNGをより高い価格で販売できる複数の当事者又は単一の当事者がいる。この国はよく知られている。米国である。そのような妨害行為を実行するための軍事的及び技術的能力を備えた国々がいる。全ての専門家はこれらの国をよく知っている」と述べている。
10月12日には、プーチン大統領は、モスクワで開かれたエネルギーフォーラムで、今回のガス漏洩事件について、「最も危険な前例を作ったテロ行為だ」と主張し、この攻撃で場所や国に関係なく、「輸送やエネルギー、公益の極めて重要な施設が全て脅威にさらされていることが明らかになった」と述べた。パイプラインの損傷は、米国、ウクライナ及びポーランドによる破壊工作だと非難。三カ国はこの損傷の「受益国」だと断じた。
10月20日、ペスコフ報道官は「その裏にある『事実』が公表されれば、多くの欧州人が驚くことになるだろう」と述べ、「ロシアは国際的な調査に加わるため、外交ルートを通じて集中的に働き掛けている。だが、これまでのところドイツもスウェーデンもデンマークも、ロシアと情報を共有していない。欧州諸国が共に事実を突き止めようとしないという壁にぶつかっている」と述べた。
10月28日、ボレルEU外相は欧州政府にはNord Stream攻撃の犯人を指し示す手がかりはないと発言している。
10月29日、ロシア国防省は英海軍に関係する人間がパイプラインを爆破したとの見解を示した。英国が関与した証拠は示さず、「入手した情報によると、英海軍部隊の人間が9月26日にバルト海でのテロ攻撃の計画・準備・実行に参加し、Nord Stream及びNord Stream 2を爆破した」と発表。これに対し、英政府は虚偽の情報だと反論。ロシア軍のウクライナでの失敗から注意を逸らす狙いがあると主張している。
(2) 各政府による調査
スウェーデン

出所:スウェーデン海軍
自国の排他的経済水域で一部が発生した今回の事件を受けて、10月3日スウェーデンは現場に潜水艦を派遣することを決定した。破壊工作が濃厚視される中、調査を進めるべく、沿岸警備隊が調査を担うが、スウェーデン軍も部隊を支援すると共に、潜水救難艦「HMSベロス」が派遣されると明かした。また、スウェーデン検察当局はパイプラインが損傷した現場海域を犯罪現場に指定したとも発表。スウェーデン沿岸警備隊は、ガスが漏洩した地点の周囲5海里(約9キロメートル)の航行を禁止した。
10月6日、スウェーデン政府は潜水艦による調査を完了し、人為的な破壊工作が行われたことを確認したと発表した。捜査完了を受けて、周辺の非常線を解除。また、「継続的な調査により、誰にこの犯罪の疑いがあり、後に起訴される可能性があるかどうかが明らかになるだろう」と述べ、捜査の一環として「特定の押収物」を確保したことも明らかにした。今後現場で回収した証拠品の捜査を進め、不審な人物の特定や立件につながるかどうかの見極めもつくだろうと述べた。
また、10日、アンデション首相は調査結果については、ロシア政府やGazpromと共有しないことを明らかにしている。28日には、スウェーデン政府はNord Stream爆発の追加調査を決定し、スウェーデン治安部隊が軍の支援を受けて追加の調査を行うと発表した。
ロシア
事件発生から、ロシア政府はNord Streamの被害調査へのロシアの参加を沿岸国に要請を行った模様だが、ロシアの調査への参加はまず管轄国が優先され、先送りとなっている。ペスコフ報道官は「損傷した部分の調査と事件の調査へのロシアの参加は義務付けられるべきだが、スウェーデン政府が現場海域での船の移動を禁止し、損傷したパイプラインセクションの半径5マイルでのダイビング調査を禁止しているため、Gazprom及びその請負業者がガス漏洩ゾーンにアクセスできなくなっている。今のところ、デンマーク及びスウェーデンからはロシア側とのいかなる協力も除外されたという不穏な声明を聞いている。もちろん、この問題についての説明を期待している」と述べている。Gazpromの子会社であるパイプライン運営会社も、デンマーク及びスウェーデン当局による封鎖が解除されるまで、ガス漏れや被害の精査に着手することはできないと発表した。デンマーク当局からは精査に必要な許可を得るまでに20営業日以上かかるとの通知があったことを明らかにした。一方で、「全ての関係当局と協力している」ともコメントしている。
10月13日、ロシア政府は、ドイツ、デンマーク、スウェーデンの外交官を呼び、調査にロシア政府やGazpromの代表が招かれなかったことを巡り抗議したと明らかにした。ロシア外務省は「ロシアの専門家が参加しない限り、ロシアはそのような調査の偽の結果を認めない」と表明。他方、スウェーデン外務省は、ロシア政府から呼び出しは受けていないとした上で、駐ロシア外交官から先週、ロシアを調査に参加させるよう求めるアンデション首相宛ての書簡のコピーを受け取ったが、スウェーデンはこの要請を拒否したことを明らかにしている。
10月20日、ロシア外務省はスウェーデンがロシアの調査提案を無視していることに不満を表明。ザハロワ報道官は「スウェーデン政府は何かを隠しており、この重要なヨーロッパの安全保障問題に関するロシア側との建設的な対話を妨害している。スウェーデン政府は共同捜査を実施するというロシアの提案を考慮さえしなかった。捜査はスウェーデン検察庁の専属管轄権にあり、その決定は独立しているという正式な回答に留まった。何かを隠していることは明らかだ。つまり、スウェーデンが発見したものは誰にも見られてはならないということである。起こったことの背後にいるのは集団的な西側諸国であることを証明しているからだ。爆発が起こる直前にその海域に展開されていたのはNATOの船舶だった」と過激な非難を表した。
最終的に事件現場へのアクセスを許可されたのは、ガス漏洩から1カ月以上経った11月に入ってからだった。プーチン大統領がミレルGazprom社長から報告を受け、爆破された現場(スウェーデンEEZ)へのアクセスを取得したことが明らかになった。事業会社による初期調査の結果、人工的に発生した大きな損傷が確認されたと発表。深さ3~5メートルのクレーターが複数、海底に確認され、クレーターとクレーターの距離は約248メートルで、この間のパイプラインが破壊されていたとし、パイプラインの破片は少なくとも半径250メートルに亘って飛散していたことを明らかにした。
デンマーク
10月18日、コペンハーゲン警察はガス漏洩の原因は強力な爆発によるものだったとの暫定調査結果をまとめた。調査は同国の排他的経済水域(EEZ)内の両パイプラインを対象に実施してきたもので、今後更にコペンハーゲン警察及びデンマーク安全保障情報局が共同調査を進めることを発表した。
3. 修理・復旧に関する情報
今回爆発によって破壊された海底パイプラインの修理は簡単ではないことは既に事故直後から指摘されてきた。パイプラインの内部に海水が侵入すると(既に上空写真の状況から海水は一定区間まで入り込んでいる)、パイプラインの一部が腐食して損傷する可能性があるため、作業は更に複雑になる。また、現下の欧米による対露制裁の拡大が外資による修復参加を更に遅らせることになる。プロジェクトに近い業界筋の情報として、Nord Streamはこの冬の間は停止せざるを得ず、それ以上続く可能性が高い。迅速に対応を行ったとしても、2023~24年の冬までに正常稼働に戻るという確実性はないと見通す一方、Gazpromは「完全に修復不可能だと言うのは時期尚早」と語っている。
ノヴァク副首相は10月3日、技術的にパイプラインの修復は可能だと表明した。ただ、「修復には時間やそれなりの資金がかかる。適切な方法の可能性が見つかると確信している」と語った。
同様のケースに鑑みると、修復には数年を要する可能性があることも指摘されている。過去の事例では2013年10月、中国本土と香港を結ぶYachengガスパイプライン(口径28インチ/980キロメートル/水深90メートル)が南シナ海で錨によって損傷した例があり、修復には4年以上を要したと言われている。

(出所:各社・プロジェクト情報からJOGMEC取り纏め。写真:Gazpromサイトより)
マサチューセッツ工科大学が刊行する科学技術誌MIT technologyは、今後、損傷の程度を把握してから修理に取り掛かるとしても前例のない損傷規模だけに全ての方法に困難が伴うと予想する。石油ガス産業にとってどのミッションも前例のない挑戦となり、複雑かつ高度なロボット工学を駆使したエンジニアリングが必要となると評価している。鋼鉄製のパイプラインの肉厚は4.1センチメートルで、その周囲は最大で約11センチメートルのコンクリートで覆われている。パイプラインは約10万本で構成されており、1本当たり24トンの重さがあると言われている。ガス漏洩箇所は水深50メートル前後の比較的浅い場所に集中しているものの、パイプラインの大部分は水深80~最大210メートルに敷設されている。損傷の程度を把握するためには、その全てに損傷がないかを調べる必要がある。海洋パイプラインの修復経験のあるエンジニアリング会社(3X Engineering)による見解では、飽和潜水(ダイバーは地上・船上で生活もできる特殊なタンク内で深海の高圧環境に慣れた後、降ろされたタンクを行き来して深海での作業を行う)の必要性を指摘する。それでも10時間の作業に対し、1カ月は高気圧タンクでの滞在が必要になると言う。
修理自体には4つの方法が想定される。
- 損傷したパイプ全ての交換。最も費用がかかるもの。
- パイプの損傷部分を覆うクランプ(締め付け機器)を設置し、破裂部分を補修するもの。Nord Streamは内径が48インチ(1.23メートル)もあるため、巨大なクランプが必要となる。更にパイプラインの損傷部分を覆う「水中ケーソン」というエンジニアが作業する気密室を一時的に設置しなければならない。クランプを使う方法が最も簡単な解決策だと考えられるが、パイプラインを十分に覆る大きさのクランプの調達には数カ月かかる上、損傷が広範囲に及ぶと分かった場合、巨大な穴を十分に塞げる大きさのクランプを作ることは不可能で、この方法は使えない。
- これら2つの方法を組み合わせたもので、パイプラインの内、最も損傷の激しい部分だけを交換し、損傷の少ない部分にはクランプを使うというもの。
- 損傷箇所を迂回する新たなパイプラインを敷設し、損傷箇所はそのまま海底に残す。
また、これら方法で修理を進める際に考慮すべき要素がもう1つ指摘されている。それは海水による腐食であり、冒頭の写真の通り、大規模なガス漏洩を発生しているということはパイプ内に大量の海水が入り込んでいることを示している。
更に修理へ向けた動きを複雑化させる問題が、対露制裁である。Nord Streamの事業主体であるスイス登記のNord Stream AGは欧米制裁対象となっていないが、Nord Stream 2の事業会社であるNord Stream 2 AGはロシアによるウクライナ侵攻直後の2月23日に米国制裁であるSDN(Specially Designated Nationals/特定指定国籍者)リストに掲載されている。また、2019年12月にはNord Stream 2完成を阻止するため、米国は2020年国防授権法の中で、外国企業も含め、海洋パイプラインを敷設作業への関与を禁止している。これら制裁の存在は、パイプライン修復を遅延させていくことになるだろう。
10月12日、ミレルGazprom社長は「Nord Streamの稼働再開には1年以上かかる」と述べている。早期再開に否定的な見方を示し、稼働再開は「政治的問題だ」とも指摘した。買い手であるEUとドイツが「再開を望み安全な稼働を保証するかどうかだ」と述べた。
4. その他の動き
(1) ガス漏洩までの動き:GazpromによるNord Streamに対する供給制限
今回の事件に先立ち、Gazpromは稼働していたNord Streamについて、6月中旬から段階的に輸出量を削減し、8月下旬に完全に停止していた。

(出所:JOGMEC作成)
1) ガス圧送用タービン問題
6月14日、GazpromはNord Stream経由でのドイツの輸出量を日量1億6700万立方メートル(年換算61BCM)から1億立方メートル(37BCM)に約40%削減することを発表。理由として、独ジーメンス社製のパイプライン関連設備(ガス圧送用タービン/以下「タービン」)が修理から戻って来ないこと、モーターに技術的不具合が発見されたことによる止むを得ない措置が供給減の理由と主張した。タービン1基の修理は既に完了しており、6月中旬時点で、ジーメンス社(Siemens Energy)傘下の英国企業ITCL(Industrial Turbine Company Limited)社のカナダにある修理工場で保管されていた。ジーメンス社は「技術的な理由があり、当該のタービンの修理はカナダのモントリオールでしか行えない。カナダが発動した制裁の影響で、修理済みのタービンを発注主に返却できなくなっている」と説明。また、Nord Streamに関しては、もう1基のタービンが依然修理中の他、故障したタービンも2基預けられていた。更に、近々耐用年数を終えるタービンが3基あるが、欧米制裁発動を受け、それらの修理の目処は立っていない状況であることも明らかにし、このままの状況が続けば、近い将来、ガス輸送に支障が生じる可能性が指摘されていた。
更に翌日の15日、Gazpromは40%削減するとした輸送量を更に33%(年換算37BCM→25BCM)追加削減すると発表した。これに対し、ハーベック副首相兼経済・気候保護相は「政治的な決定であり、技術的に正当な解決策ではない」と非難。修理の必要性は認識しているとしながらも、関連作業は秋まで行われない予定だと指摘し、この削減規模は正当化できないと述べた。Gazpromはその後、メッセージアプリのテレグラムを通じて再度の削減を確認し、モスクワ時間の6月16日午前1時半を以って供給量を最大6700万立方メートル(25BCM)へ減少させた。ハーベック大臣はこれを受け改めて声明を出し、「不安をあおり、価格を押し上げるための戦略であることは明らかである」と批判した。また、ガス消費量を減らすため、石炭火力発電の利用を増やす等の緊急措置を講じると明らかにした。
他方、ジーメンス社はNord Stream経由のガス供給停止問題が同社によるタービン返却が遅延したため発生したとするGazpromの言い分を否定している。ケーザー会長はこの理由だけでは「これほど大量の輸送量の減少を説明できない」と指摘した。
シムソン欧州委員会委員(エネルギー担当/エストニア)は、EU加盟国の内12カ国で、ロシア産ガスの供給が減少又は途絶していることを明らかにし、6月27日には全加盟国に対し、冬に向けて、ロシアからのガス供給に今後「深刻な混乱」が生じる可能性があることを念頭に準備するよう呼び掛けた。
7月9日、カナダ政府は声明を発表し、「ガス供給が止まれば、ドイツ経済は厳しい状況に置かれ、国民は冬季に暖房が使えなくなる」として、例外的に対露制裁を一時棚上げし、Nord Streamのタービン輸出を認めると発表した。これを受けて、ドイツ政府はカナダ政府の決定を歓迎する一方、ドイツ国内ではタービンが戻っても、メンテナンス後もガス供給が再開される確約はないとして、供給途絶への不安は拭えなかった。また、カナダ政府の例外措置に対し、ウクライナ外務省は、「危険な前例を作った」と非難。エネルギーを使ったロシアの欧州揺さぶり工作に屈することになるとして、カナダに決定見直しを求めた。
7月11日、Nord Streamは定期保守作業のため供給を停止した。期間は7月11日から22日までで、年1回計画されている定期設備点検であった。しかし、これに対して、ハーベック大臣は「作業後に供給が再開されるか否かははっきりしない」と述べ、暖房需要が高まる冬に向け、ガスの貯蔵を急ぐ方針を示した。
カナダ政府は今回の例外措置について、2024年末まで継続する方針であることも明らかになった。最初のタービンは7月15日にドイツ経由でロシア向けに返送される予定だった。輸送には14日間を要する。輸送時に問題が生じなければ、8月初めまでにはインストールされ、稼働を開始すると想定された。しかし、Gazprom自身は、「タービンを受け取れるという確信を持てないでいる。現時点では、Nord Streamの輸送を完全に復旧できるという確信はない」ともこの段階で述べていた。
カナダ政府の許可を受けて、修繕作業を終えたタービンは最終的に2日遅れの7月17日に空路ドイツに輸送され、その後、フェリーでヘルシンキ経由、ロシアへ陸路輸送されることとなっていた。ロシアに到着するのは24日頃が見込まれ、稼働に向けた準備作業には3~4日必要と見積もられていた。ドイツ経済省はタービンの輸送状況に関する詳細は明らかにできないと述べる一方で、同タービンは9月から使用するための交換品であり、それがないことが点検前の供給減少の理由にはならないということをジーメンス社会長同様に強調している。
更に、7月20日には、プーチン大統領がNord Streamについて設備の保守点検が遅れているため供給量を更に絞る可能性があると発言した。Gazprom関係者の情報も、予定通り7月21日に稼働を再開する見通しだが、輸送能力を下回る供給量に留まることを示唆していた。
最終的には、7月21日、Nord Streamは予定通り保守作業を終え稼働を再開した。しかし、ガス供給量は保守作業前と同じ日量6700万立方メートル(年換算25BCM)となった。
7月22日、Gazpromは新たな問題を提起する。輸送中のタービンについて、ポルトヴァヤ・コンプレッサーステーションで受け入れるために、EU及びカナダによる制裁の免除を確認する必要書類をジーメンス社からまだ受け取っておらず、タービンの受け入れができないという指摘である。Gazpromはジーメンス社に新たな書類の提供を改めて求め始めた。
Gazpromの要請を受けて、ジーメンス社は2024年末までNord Streamの複数のタービンの修理、点検、輸送を行うことを許可するカナダの輸出ライセンスについて、Gazpromに送付したと発表。修理済みのタービンはフェリーでヘルシンキに向け7月23日にドイツ(リューベック港)を出発する予定であったが、Gazpromの要請する新たな書類によって出発時期が延期されていた。
更に25日、GazpromはNord Streamについてタービン1基を追加的に停止させるため、供給量が減少すると発表。27日英国標準時午前4時から日量6700万立方メートルから半分を割る日量3300万立方メートル(12BCM)に減少することとなった。
7月末、Gazpromのマルケロフ副社長は「タービンを受け入れるには、カナダのみならず、英国及びEUからも制裁を発動しないという保証を得ることが必要となる」との発言を行い、なぜこれらが必要なのかについて詳細な説明を述べた。曰く、「ジーメンス社のタービンの輸送ルートが変更され、ロシアに直接返却されなかったため、EU及び英国が発動している対露制裁の追加的対象になる可能性が生じている。Gazpromはタービンをカナダからドイツに輸送することには同意していなかったのである。タービンの輸送はドイツを仕向け地とすることを条件にカナダ政府によって許可されたものである。最終仕向け地がロシアということになれば、カナダが制裁迂回措置と解釈するリスクが生じている。添付文書のミスも指摘される。例えば、タービンの受取手はGazprom Neftの子会社であるGazprom Transgaz SanktPeterburgであると記されている。しかし、実際には同社はGazprom NeftではなくGazpromの子会社である。また、カナダ政府は、ジーメンス社の傘下のSiemens Energy Canadaにタービンの輸出許可を交付しているが、Gazpromは同社とは契約を結んでいない。Gazpromの契約相手は親会社であるジーメンス社(Siemens Energy)である。タービンの納入業者は、英国に登記されたITCL(Industrial Turbine Company Limited)社だが、同社は対露制裁に関する英国政府の要求に従う義務を有している。このため、Gazpromは現在、制裁関連のリスクと英国の法律を考慮する必要に迫られている。以上の説明の通り、Gazpromは現時点ではタービンをロシアに輸入するために必要な文書を完全には揃えられないでいる」。

一方、ジーメンス社は8月3日、Nord Stream用のタービンを前にショルツ首相と記者会見を開催し、ブルッフCEOが「我々の観点からは、全ての書類、通関書類の準備ができているが、クライアントであるGazpromの同意が必要。そのような同意はまだ得られていない。そのため、1週間以上前に到着したタービンを引き渡すことができていない」ということを明らかにした。ショルツ首相は「タービンは完全に準備されており、ロシアに輸送してNord Streamに接続するための障壁はない」と述べている。
Gazpromは制裁とジーメンス社の契約責任との不一致により、供給が不可能になっていると述べており、双方の見解の不一致からタービン納入ができない状況は8月下旬のNord Stream完全停止から現在に至るまで続いている。
2) Gazpromによるフォースマジュール宣言
Gazpromは7月14日付で、欧州のガス需要家へ書簡を送付し、6月14日からの供給削減についてフォースマジュール(不可抗力)を遡及的に宣言した。この書簡によって、欧州需要家の間にはメンテナンス後も、タービン受領後においてもGazpromがパイプライン稼働を再開しない可能性があるという懸念を高めることとなった。
上述の通り、最終的にメンテナンス後の稼働再開は行われたが、その量は定期点検前の最低量に留まり、かつタービン受領においても書類上の問題が提起されることになった。そして、最終的には8月31日から始まったメンテナンスによる停止を以って現在まで完全に輸送を停止している。
3) Nord Stream完全停止:Gazpromとジーメンス社の非難合戦
8月19日、GazpromはNord Streamについて、8月31日から3日間のメンテナンス作業のため停止すると発表した。これを受けて、欧州天然ガス価格は最高値である70ドル台(MMBTU)を更新し、26日に99ドルという史上最高値を付けるまで急騰していく。Gazpromはその理由として、ポルタヴァヤ・コンプレッサーステーションで使用されている6つのタービンの内、1基のメンテナンス作業実施の必要性を挙げた。通常の状況では、5つのタービンが稼働し、1つがバックアップとして予備として保持されている。Gazpromはジーメンス社の専門家が参加し、8月31日から9月2日までタービンのメンテナンスが行われることも併せて発表している。確かにジーメンス社の文書では、1,000時間(42日間)稼働毎に定期的なチェックとメンテナンスが必要と規定されている。このことは、今後42日毎に同様のシャットダウンが発生する可能性があることを示唆するものともなった。
しかし、9月2日になり、状況は急転する。ミレルGazprom社長は、「西側諸国の制裁により、ジーメンス社がNord Streamの定期点検を行うことができない。ロシアの敵対勢力が多くの制裁を発動し、制裁による混乱とでも言うべき状況を作り出している」と発表。ジーメンス社はこの発言に対して、「定期メンテナンスは制裁の対象から明確に除外されている。ジーメンス社エンジニアは要請があれば、保守作業を行う用意がある」と反論している。なお、31日時点ではジーメンス社は点検に関与していないとも述べている。
同日遅く、Gazpromは「新たな技術的問題が見つかったため、Nord Streamが再稼働できない」と正式に発表した。具体的には天然ガスをパイプラインに送るジーメンス社製タービンTrent 60に不具合が見つかり、爆発や火災の危険性があるというものだった。プレスリリースでは、「ジーメンス社担当者と共にポルトヴァヤ・コンプレッサーステーションのタービンTrent 60の保守点検を実施したところ、低・中圧ローターの速度センサーのケーブル接続部からシール材の混入したオイル漏れが発見された」とされている。Gazpromは、ジーメンス社の情報を引用し、専門の修理工場でないとこのオイル漏れは完全には解消できないと主張した。
これに対してジーメンス社は、オイル漏れはタービン停止の技術的な理由にならないと反論。同社は、「通常、このようなオイル漏れがタービンの運転に影響を及ぼすことはなく、現場で解消可能である。これは保守点検の一環としての一般的な対応である」と説明している。同社は、過去にもこのようなオイル漏れが発生したことはあるが、稼働が停止されたことはないと強調し、「いずれにせよ、何度も指摘してきた通り、ポルトヴァヤ・コンプレッサーステーションにはNord Streamを操業させるのに十分な数の他のタービンもある」ことも強調した。なお、コメルサントによる報道によれば、ジーメンス社とGazpromはタービンに関して、予定外の保守点検に関する契約を結んでおらず、ポルトヴァヤでは常駐の技師が点検を行っており、その一人が機器の点検に立ち会ったとされている。ガスタービンの修繕は運転時間が25,000時間(約3年弱)に達すると行われることとなっている。関係者らの情報では、停止されたタービンTrent 60の総運転時間は当時33,400時間で、既に1度修繕を終えており、その後の運転時間はまだ8,400時間と、次回修繕までの運転時間の3分の1に過ぎない状況だったと見られている。
9月4日、ロシア大統領府はGazpromがNord Streamを通じた欧州へのガス供給再開期限を設定せず延期したことについて、欧州の対露制裁が同パイプラインの保守点検作業を阻害したとして、欧州政府を非難した。ペスコフ大統領府報道官は「欧州側が契約上の義務があるにもかかわらず設備の修理を拒否するというばかげた決定を下しても、Gazpromの責任ではない。制裁を決定した政治家の責任だ」と述べている。ノヴァク副首相も「タービンが作動し続けるためには、ジーメンス社が保守点検に関する契約義務を果たす必要がある。契約上の修理義務に完全に違反しており、タービン輸送の条件も違反した」と語っている。これに対して、ジーメンス社は保守点検作業の委託は受けていないが、引き受けることはできるとコメントを出しており、双方の主張は平行線のままだった。
このように見て来ると、タービンの修理を拒否しないドイツ(ジーメンス社)及び西側と、当初は欧米制裁による手続き上の問題、そして、最後にはタービンの不具合を口実にNord Streamを停止させることに主眼を置いたロシア側(ロシア政府・Gazprom)という構図が見えてくる。ロシア側の目的は、冬場に向けてガス貯蔵を進める欧州に対して、その大供給源であるNord Streamを止めることによって欧州に対して危機感とガス価格高騰による揺さぶりを掛けようとしたということにあると考えられるだろう。
そのような中で9月26日に生じた決定的な事象が、Nord Stream及びNord Stream 2の稼働を長期間に亘って制約することになる破壊工作活動ということになる。

(出所:Rystad Energy資料にJOGMEC加筆)

(出所:JOGMEC・LNG公開データより)
(2) ガス漏洩事件の翌日は欧州のバルト海パイプライン稼働式典だった

奇しくも9月27日は、ノルウェー産ガスをデンマーク経由でポーランドへ輸出するバルト海パイプライン(Baltic Pipe/年間輸送容量10BCM)がポーランドまで開通したタイミングであった。ポーランド・モラヴィエツキ首相は、デンマーク・フレデリクセン首相、ノルウェーのアスランド・エネルギー大臣、EUのシムソン・エネルギー担当委員がポーランド北西部のゴレニョフ・コンプレッサーステーションで開催された式典に集い、大々的な開通式典が行われていた。
バルト海パイプライン構想は、デンマーク石油ガス企業DONG及びポーランド国営石油ガス会社PGNiGが、パイプライン建設とガス供給に関する合意を2001年に署名することに遡る。一時、経済的理由から中断されるが、2007年に、PGNiGとデンマーク国営天然ガス送電ネットワーク企業Energinetが、同パイプライン建設の可能性を検討する協定に合意。2008年、ポーランド政府はPGNiGに代わり、国営パイプライン運営会社であるGaz-Systemをプロジェクトパートナーとして指名。2009年欧州政府は欧州復興エネルギー計画の枠組みの中で同プロジェクトに助成金支出を決定するも、2009年6月、Gaz-Systemは、関連プロジェクトの問題とポーランドの天然ガス需要見通しの減退により、プロジェクトの中断を決定したこともあった。2016年、新たに事業調査が実施され、2017年にEnerginetとGaz-Systemが具体的なスコープ策定に入り、2018年1月、需要家との間で15年間の供給契約を締結。また同年、建設に係る公聴会が関係国デンマーク、スウェーデン、ドイツ、ポーランドを招き開催された。2019年には欧州委員会は2.149億ユーロの助成金供与を行った。
先立つ9月23日には、PGNiGがEquinorとの10年間のガス供給契約(年間2.4BCM/10年間)を締結している。ロシア産ガスはPGNiGがこの3月から4月にかけてGazpromが強制してきたルーブルでのガス代金支払いを拒否したため、4月27日以降、ガス供給が停止されていた。合意された供給量(2.4BCM)は、ポーランドの年間ガス消費量の15%に相当する規模で、今後2027年までに年間4BCMにまで拡大すると見込んでいる。

A:北海のオフショアパイプライン:ノルウェーとドイツを結ぶEuropipe IIに接続し、デンマーク西海岸に揚陸。Energinetが建設・運営を行う。
B:デンマーク陸上・海洋パイプライン:200km。Energinetが建設・運営を行う。
C:デンマーク領内コンプレッサーステーション。Energinet及びGaz-Systemによる共同出資。Energinetが建設・運営を行う。
D:バルト海海洋パイプライン:275km。双方向でポーランドからデンマークへのガス輸送も想定。Gaz-Systemが建設・運営を行う。
E:ポーランド陸上パイプライン及び既存輸送システム拡張:230~340km。Gaz-Systemが建設・運営を行う。
(出所:Baltic Pipeline Projectサイト等資料をJOGMEC加筆)
このプロジェクトは、実はNord Stream 2とはその双方の建設の過程で因縁関係が生じていたと考えられている。当事者であるデンマークはNord Stream 2の同国ボルンホルム島領海の建設許可について、他の国と同様2018年内に承認することが可能のはずであったが、通常2ルート候補で良いところ、第3のルート提出要請をして承認を2019年10月まで引き延ばしたと見られている。その背景には、Nord Stream 2稼働開始を遅延させ、2019年末に迎えたロシア・ウクライナ天然ガス・トランジット契約更新に対する援護射撃(Nord Stream 2の見通しが立たなければ、ロシアはウクライナ経由に依存せざるを得ない)という目的があったと推察されていた。
しかし、最終的に契約更新の直前、2019年10月にNord Stream 2建設について承認を行っている。その背景にあるのが、バルト海パイプラインと推察された。図5の通り、このパイプラインはNord Stream及びNord Stream 2とデンマーク領海海底で交差する。その場合、既に建設されたNord Streamを跨ぐことになることから、デンマーク・ポーランドはNord Stream(つまりGazprom)に対して建設許可を求めることとなる。お互いの利害が一致した結果、バーター条件でそれぞれのパイプライン建設を承認し合ったというのが、デンマークによるNord Stream 2建設許可の背景にあると考えられていた。
(3) 代替供給に対するロシアの提案
1) 無傷のBラインを巡る動き/制裁下サスペンドされたNord Stream 2稼働を促すロシア
今回、Nord Stream及びNord Stream 2各2本、計4本のラインの内、Nord Stream 2の内の1本(ラインB)については、ガス漏洩は検知されなかった。しかし、安全確認のため、同パイプについても充填されている天然ガスを吸い出し、検査を行うことが明らかにされた。システムの完全性がチェックされ、監督機関が安全であることを確認した後、天然ガスがガスパイプラインに再度充填されることになる。但し、同Nord Stream 2についてはウクライナ侵攻を受け欧米制裁対象であり、稼働の見通しは全く立っていない。
これに対して10月3日、Gazpromは欧州当局の承認が得られれば、同パイプラインを使って欧州にガスを供給することが可能だと表明した。
時間は遡るが、今回のガス漏洩事件が発生する前の7月中旬、訪問中のテヘランにおいて記者会見に臨んだプーチン大統領は、欧州のエネルギー危機の解決法について言及し、欧州へロシア産ガスの供給を増やす方法のひとつはNord Stream 2を稼働させることであると述べた。但し、「Gazpromはこのパイプラインの容量の半分を国内消費及び加工に用途を決めており、仮にNord Stream 2を稼働させたとしても輸送量は年間55BCMではなく、その半分になる」と発言している。
このプーチン大統領の発言に対し、フォン・デア・ライエンEU委員長は即座にそのアイデアを否定した。Nord Stream 2は認証されておらず、いかなる状況下においても操業できないと牽制していた。
2) トルコに対する秋風:Turk Streamの拡大活用
10月12日、プーチン大統領はNord Stream経由の欧州向け天然ガスを黒海方面に振り向け、トルコを欧州向け天然ガス輸出の中心地とする案を提案した。また、上記①の通り、Nord Stream 2の損傷していないラインBを利用してドイツに供給する案も改めて言及した。損傷したパイプラインの修復は可能としながらも、どのように対応するかはロシアと欧州が決めなくてはならないと述べ、「Nord Streamで供給していた天然ガスを黒海地域に振り向け、トルコを経由する欧州への供給ルートを作り、トルコを欧州向け天然ガスのハブとすることも可能だ」と発言。同席していたトルコのドンメズ・エネルギー天然資源大臣は、代替ルートを通して欧州に供給するというプーチン大統領の提案を耳にしたのは今回が初めてとしながらも、「こうした国際プロジェクトは実現可能性を評価する必要があり、商業的な面からも討議しなければならない」と述べている。
ミレルGazprom社長は2020年1月に稼働を開始したTurk Stream(年間輸送容量31.5BCM)は、Nord Streamより深い海底を通っていると指摘した上で(最大水深2,200メートル)、トルコを天然ガスハブとするというプーチン大統領の案について、「EUとトルコの国境に取引プラットフォームを創出することは検討できる」との見方を示した。Nord Streamについては、修復は可能としながらも、EUが修復を望むかどうか明確に示し、安全を保障する必要があると述べている。

(出所:JOGMEC作成。地図はGazprom資料より)
この提案に対し、10月19日、トルコのエルドガン大統領は、トルコがロシア産ガスをヨーロッパに供給するハブになる可能性について賛意を示した。「今日、欧州諸国はガスを確保する方法に腐心しているが、トルコにはそのような問題はない。プーチン大統領は欧州がトルコ経由でガスを購入できると述べたが、プーチン大統領との最近の会談(10月14日於アスタナ)で、この問題について合意に達した」ことを明らかにし、両大統領がトルコにガスハブを設立する可能性を検討するようそれぞれの所管省庁に要請していると述べた。
10月27日、Gazpromズブコフ会長はバクーで開催された国際会議の場で、ロシア、トルコ、アゼルバイジャン、ヨーロッパ全ての国はトルコがガスハブになることから恩恵を受けるだろうと述べている。「その利点を理解し、この目的に向けて真剣に取り組む必要がある。トルコが同意したことは良いことである。アゼルバイジャンは常にロシアの同盟国であり、常に協力してきた。時には独自のニーズのために、ロシアのガスを購入もしている」。
プーチン大統領がトルコとのガス協力拡大の可能性に関する論拠を利用するのは今回が初めてではない。2014年のクリミア併合によって、ロシアと欧州の関係が冷却した後、ロシアを起点として黒海経由でブルガリア及び中欧に至るガスパイプラインであるSouth Stream(年間輸送能力63BCM)が停止され、その年末、プーチン大統領の発案で、名前がTurk Streamに変わり、ルートもEU加盟国ブルガリアからトルコに変更となった。
その半年後にロシアとドイツがNord Stream 2の建設について合意し、その後、Turk Streamの輸送能力は半分の31.5BCMに削減された。2015年にはトルコ自身がEUとの国境にロシア産ガスの取引所を設置することを提案したが、Gazpromの主張により議論は中止され、その後、Gazpromは独自にロシア国内に電子商取引プラットフォームを開設し、欧州顧客にガスを販売して主にNord Streamで供給するようになった経緯がある。
なお、蛇足ながら、10月13日、ロシア政府はTurk Streamへの攻撃を企てたとして数人を逮捕したと発表した(人数・国籍等不明)。10月8日に爆破された「クリミア大橋」について、ウクライナの特務機関によるテロ工作と断定したロシア政府はウクライナ側がロシア国内の発電所やガス輸送網も標的としたと主張し、Turk Streamも含まれていたと発表している。
3) ウクライナトランジットに関する情報
10月20日、戦時下ながら、Gazpromはウクライナ経由の欧州向け天然ガス・トランジット量について、42.4mcm(15.5BCM)を要望していることが明らかになった。この数値はこれまでの数カ月、変わっていない。ウクライナのガス輸送システムオペレーター(GTSOU)もGazpromからの要望申請を確認している。他方、Gazpromは露宇国境ソクラノフカ(1日当たり30mcmを輸送)にある計量ステーションを介した予約は拒否されたと語っている。GTSOUは、同ステーションを安全性の問題から制御できないと説明し、ソクラノフカを通過するガスの受け入れに関して不可抗力を宣言している。
5. 現状認識と今後注目される動き
誰が破壊工作を行ったのか。水深50メートル以深の海底に設置されたパイプラインの破壊には特定の国が関与している可能性があることが当初から指摘されてきた。ロシアはプーチン大統領がアングロ・サクソン人の関与を示し、ロシア政府も「その裏にある『事実』が公表されれば、多くの欧州人が驚くことになるだろう」と暗に西側の国が背後にいることを発信してきた。10月下旬には露国防省は英国海軍が関係していると明言してもいる。一方、自国の排他的経済水域でのガス漏洩後、潜水艇を用いて現場海域調査に乗り出したスウェーデン、そしてデンマークだが、事件から一カ月半に亘って沈黙を守っている。ロシアが破壊工作を行ったという証拠を掴んでいるのであれば、NATO加盟に舵を切ったスウェーデン、NATO加盟国であるデンマークはその事実を隠す必要はない。今後現場で回収した証拠品だけでは依然犯人の特定はできていない状況にあるか、ロシアが喧伝するように西側にとって驚くようなファクトが出ているのかのいずれかと考えられる。他方、そのような事実は、2014年7月にウクライナ上空で発生したマレーシア航空機撃墜事件のように犯人究明には長い時間を要し、最終的には明らかにならない可能性もある。
破壊されたパイプラインの修理は容易ではないことは明らかだ。責任所在と賠償手続きについては不透明であり、この冬の間再稼働はできず、それ以上続く可能性が高いと考えられている。欧州ではガス貯蔵平均率が年末までに設定された目標である85%を達成しており、暖冬予報も出ているが、ガス貯蔵率の維持においてはNord Streamからの冬季を通じての一定供給が前提となっていた。そのガスが失われた今、高水準のガス価格によりガス需要が抑制されている要素もあるが、加盟国に課せられた省エネ(節ガス)が順調に達成できない場合や突発的な寒波が欧州を襲うような事態が生じれば、欧州は厳しい冬を迎えることになる。また、この冬は凌げても、例年20~50%程度の貯蔵が残っていたところからの貯蔵スタートがほぼ使い切ったゼロからのスタートとなる可能性が高い。欧州がロシアに代わる供給源確保に奔走し積み上げても、来年の今頃の貯蔵は今年よりも難航することが予想され、2023年から2024年の冬はより厳しい状況を迎えることになるだろう。

(出所:JOGMEC)

(出所:JOGMEC作成)
注:文中引用されている写真は特段のクレジットがない場合には所属団体の公開ソースから引用している。
以上
(この報告は2022年11月15日時点のものです)