ページ番号1009629 更新日 令和5年3月16日
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概要
- ExxonMobilは、2021年株主総会での投資家の反発を収拾できず、気候変動対応に関して経営方針の転換を迫られた。同社は、2021年に低炭素ソリューション(ExxonMobil Low Carbon Solutions)を立ち上げ、CCS、水素、またバイオ燃料の3分野に集中することを戦略化、現在、継続的な利益確保とともに低炭素投資の拡大との両立を図る経営方針を示す。また、低炭素化事業の戦略的な優先事項は、人々の生活の質を向上させるためのソリューションの提供としている。
- 同社は、ネットゼロに向けた2016年のパリ合意への協力を表明、2022年には自社操業で発生するScope 1、Scope 2(99百万トンCO2e)のGHG排出量を対象に、2030年までに20‐30%の削減、2050年までのネットゼロを表明した。ただし、欧州メジャーが目指すScope 3は対象外とした。現在、操業現場におけるCO2排出量の削減、フレアリングの削減、またメタンリークの削減に取り組んでいる。
- ExxonMobilは、独自の長期見通しにおいて2050年に向けてエネルギー需要は途上国を中心に増加していくと予測する。石油および天然ガスは横ばいまたは増加すると予測する。
- 他方で、今後の上流投資がなければ、IEAによるネットゼロ達成を前提としたバックキャストシナリオが実現される場合であっても必要な石油・ガス需要は満たせないとして、非在来型資源、LNG開発や大水深開発等の従来分野への投資を継続する必要性を強調する。
- IEAの示すネットゼロ実現に向けて、ExxonMobilは将来における不確実性が多数存在することを踏まえ、自社の経験(experience)、規模(scale)、インテグレーション(integration)、技術(technology)、プロジェクトの実行力(project execution)、そして人材(people)における優位性が成功要因であり続けるとし、またこのビジネス戦略(トランジション投資)の耐久性を試し続けることで将来の幅広いシナリオにおいて株主に対して価値を確実に提供できるとしている。
- 各国の政策、市場環境、技術革新、政治経済、いずれも短期・中期の視点においても不透明な中、トランジション対応にあたり自社の再定義、優位性の再確認、新分野の戦略化を図っている。
1. はじめに
欧米メジャー各社は、油・ガス田の探鉱開発からLNG開発生産、石油精製・製品販売、トレーディング、小売り、石化、研究開発(R&D)等のアセットや知見を有する、石油・ガスの一貫操業会社である。また各国政府や関係会社とのネットワークを含め広範囲な人的ネットワークを有する巨大企業である。近年は、厳格な財務規律をもって収益を追求し、積極的に株主に利益を還元する。100年以上にわたり、これら欧米のメジャーは、リスクをとって地下の資源を探し当て巨額を投じて開発・生産し続けてきた。2022年は、原油及び天然ガスの上昇を要因にメジャー企業は記録的な高収益である。
業績は好調であるが、米国のExxonMobilは、2021年に気候変動対応においては経営方針の見直しを迫られ、以降、欧州メジャーに遅れて低炭素化事業の形成に乗り出している。本稿では、ExxonMobilの気候変動対応に関する目標や方針、その理念、具体的な事業について紹介する。
ExxonMobilは、他のメジャーの動きと少し異なる。(1)Scope 3を設定していない、(2)風力や太陽光は戦略外で、(3)現時点までM & Aを活用していない(主にパートナー)点である。これまでのところ、独自の路線である。
2. Scope 1、Scope 2のみ
2016年にExxonMobilは、ネットゼロに向けたパリ合意への協力を表明はしているものの、その消極的な対応に関して株主の反発が高まり、2021年の総会で会社側が推薦した取締役が否決されるなど経営方針の転換を迫られた。(経緯の詳細はこちら[1])。2021年に低炭素ソリューション(ExxonMobil Low Carbon Solutions)を立ち上げ、CCS、水素、またバイオ燃料の3分野に集中することを表明し、現在、低炭素投資の拡大と継続的な利益確保の両立を目指す方針を掲げている。また、低炭素化分野の戦略的な優先事項は、人々の生活の質を向上するための持続可能なソリューションを提供することとしている。
2022年1月に、ExxonMobilは自社の操業現場で発生するGHG排出(Scope 1(自社の直接排出)、Scope 2(外部調達した電気・熱等に関わる自社の間接排出))に関して2050年までにネットゼロを目指すことを表明(表1)し、あわせて一貫した行政政策の必要性を求めている。欧州メジャーが盛り込むScope 3(Scope 1、Scope 2以外の自社の調達・輸送・物流・販売活動や廃棄等バリューチェーン全体に関わる排出)は目標設定していない。また多くの米国上流事業者も同様にScope 3は設定していない。
なお、Chevronは、2021年の投資家からの反発を受けScope 3の目標設定を盛り込むこととなった。GHG排出のScope 1~3を対象に保有権益分について2028年までに少なくとも5%(2016年比)を削減する目標である(表1)。
ExxonMobilは操業時のScope 1、2の排出量(絶対量)は99百万トンCO2eで、上流:下流:石化の区分では4:4:2の割合(表2)である。生産1単位当たりでは石化部門のGHG排出量が最大である。同社が公表するScope 3の排出量(推定値)は、石油・ガス生産量相当で530百万トンCO2e(天然ガス生産170、原油生産360)であり、Scope 1とScope 2の合計の5倍以上の排出量である(表3)。あるスタディによると、石油や天然ガスのライフサイクルにおけるGHG排出量は(探鉱・開発は含まない)生産・精製・販売等の過程では全体の2~3割で、消費時に7~8割が排出されると試算され[2]、消費段階での排出量が多い。
同社は、消費者に届くまでに発生するGHG排出量については削減の努力を行うが、主に消費によって排出されるScope 3は消費者の選好とみなしているようだ。なお、執筆中に発表された2023年の気候変動レポート(2023 Advancing Climate Solutions Progress Report)ではScope3を含めたライフサイクルアプローチへの言及もあり議論の進展を図っているが、この点は別の機会に触れてみたい。
ExxonMobil(米) | Chevron(米) | Shell(英) | bp(英) | TotalEnergies(仏) | |
---|---|---|---|---|---|
Scope 1, 2範囲 | 自社操業 | 自社権益 | 自社操業 | 自社操業 | 自社操業 |
Scope 1, 2ネットゼロ年 | 2050年 | 2050年 | 2050年 | 2050年 | 2050年 |
排出強度の削減目標(中期) | 2030年までに20-30%の削減 | 2028年までに上流の石油で40%減、同ガスは26%減 | 2030年までに50%減 | 2030年までに50%減 | 2030年までに40%減 |
Scope 3 | 設定なし | 2028年までにScope 1~3を5%減 | 2050年ネットゼロ | 2050年ネットゼロ | 2050年ネットゼロ |
各種資料よりJOGMEC作成
WRI | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
GHG排出量 | 113 | 109 | 110 | 106 | 99 | 99 | ||
Direct | Scope 1 | 105 | 100 | 101 | 97 | 92 | 92 | |
Net emission | Scope 2 | 8 | 9 | 9 | 9 | 7 | 7 | |
CO2 | 105 | 102 | 102 | 100 | 95 | 95 | ||
メタン | 8 | 7 | 8 | 6 | 4 | 4 | ||
部門別 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | ||
上流部門 | 51 | 48 | 48 | 46 | 42 | 40 | ||
下流部門 | 44 | 42 | 42 | 41 | 39 | 40 | ||
ケミカル部門 | 18 | 19 | 20 | 19 | 18 | 19 |
自社権益(Equity ベース)はExxonMobil“Advancing Climate Solutions 2022 Progress Report” [3]参照
出所:同上
部門別 | Scope3のGHG排出量 | 備考 |
---|---|---|
上流生産相当 | 530百万トンCO2e |
天然ガス生産 170 |
精製処理相当 | 620百万トンCO2e | |
原油・製品販売相当 | 690百万トンCO2e |
出所:表2に同じ
目標年次 | 分類 | 数値目標 | |
---|---|---|---|
Scope1およびScope2 | 2030年 | 排出強度 | 自社操業のGHG排出強度に関して 2016年比 会社全体 20-30%の削減(約23百万トン) 上流部門 40‐50%の削減 メタン排出 70‐80%の削減 フレアリング 60‐70%の削減 |
Scope1およびScope2 | 2030年 | 絶対量 | 自社操業のGHG排出量に関して 会社全体 20%の削減 上流部門 30%の削減(15百万トン) メタン排出 70%の削減 フレアリング 60%の削減 |
(注)Scope 1 及びScope 2 は自社操業ベース。ノンオペレーション(非自社操業)事業に関しては、
パートナーと協業の上、比較可能な成果の達成に向けてGHG削減を進める。
出所:Advancing Climate Solutions 2023 Progress Report
Scope 1, Scope 2に関連してExxonMobilは、米国Permianにおける2030年までのネットゼロを目標に掲げている。その中で、操業時のGHG排出抑制の取り組みについて
- デバイスの交換(Pneumatic device replacements)
- フレアリングの最小化
- カーボンオフセット及び再生エネルギークレジット
- 低排出電力の利用
- 掘削及び仕上げの電化
- 操業時の電化
を行っている。2023年初めの決算発表では、取り組みの一つであるPermianでのフレアリングゼロを達成したと表明した。
また米国では、油・ガス田操業でのメタンリーク規制が強化されていることもあわせて、Permianの操業現場でのメタンガスに関して
- ガスリークの検知と修理によるシステムの改善
- ガス排出を伴うプロセスコントロールの終了
- 圧力が低下したガス井のモニタリングによる放散抑制
- 施設デザインの改善
- 操業人員に対するリーク検知に関する教育
等を実施しメタン漏れの低減化を推進していると報告する。また、こうした経験・知見を活かしながら、2050年ネットゼロに向けて主要事業でのロードマップを策定し、Scope 1、Scope 2の目標達成を目指している。
3. 長期エネルギー見通しからの検証
気候変動レポート(Advancing Climate Solutions Progress Report)では、低炭素投資の取り組みを紹介するだけでなく、ExxonMobilが独自に予測する長期的なエネルギーを取り上げて石油・天然ガス投資の必要性を説いている。
その見通しによれば、石炭の需要はまもなくピークを迎えるものの、石油、ガスの需要量は2050年に向けて横ばいか増え続けると予測する。見通しの前提では、2050年までに途上国を中心に人口増加(77億人⇒97億人)が続き、経済成長(GDP)は125%伸びるとし、一人当たりのエネルギー消費量は低下するものの世界のエネルギー需要は今後も伸び続け、2050年までに2019年比14%増と予測する。

データ出所:2022 Outlook for Energy[4]
また、自社の長期見通し(図1)やIEAのネットゼロシナリオ(NZE)を踏まえ、同社が指摘するポイントは以下の通りである。
- 自社の長期エネルギー見通しは、IEAの現行政策を前提にしたシナリオであるSTEPS(Stated Policies Scenario)と大きな開きは見られない。
- 各国が発表したNDC(Nationally determined contributions:パリ協定合意の達成に向け各国政府が決定する貢献)を踏まえた将来のエネルギー見通しでさえも、IEAのNZEに比べてすでに開きがみられる。ネットゼロに向けてさらなる各国の排出削減に向けた政策が必要である。
- ExxonMobilとしては、不確実な環境下のため一つの道を合理的に予測することは不可能であり、将来の各国政策、市場条件、技術進展、コスト削減や達成スピードがこれからどうなるかは多分に不透明だと認識する。
- IEAのNZEやIPCCが示すいずれのシナリオにおいても、将来にわたり石油や天然ガスが変わらず重要な地位を占める。油ガス田からの自然の生産減退があるため今後も新たな開発投資が必要であり、投資がなければIEAのNZEシナリオ通りであっても2050年の石油需要の50%しか満たせない(図2)。
- 他方で、トランジションには、今後10年がきわめて重要な期間であり、世界がどの方向に動いているのか顕著な傾向が明らかになるはずである。エネルギーの効率化、太陽光・風力、原子力、CCS、バイオ燃料、水素などそれぞれの進展がどうなるかを注視したい。
- これらの分析や検証に立つと、今後は、化学(Chemicals)、低炭素燃料、CCS、水素に関して大きな成長ポテンシャルが存在する。同社は、既存の様々な能力とアセット転用を梃子にこれらの事業に競争的に進出していく。
これらの見通しと分析に基づき、同社は従来からの上流投資を継続する方針であり、トランジションにあたり不確実性は多いが、低炭素燃料、CCS、水素の分野に進出することを表明している。

出所:Advancing Climate Solutions 2023 Progress Report
4. 上流投資とのバランス
ExxonMobilは、前述の通り、石油および天然ガスを生産してきた責任を果たしていくという姿勢を堅持する。現行計画では、ExxonMobilは、欧州メジャーbpと異なり石油・天然ガスの増産を計画する。同社は、2027年までに石油・ガス生産量を50万boe/d増産し420万boe/dとする計画である。増産分の50%以上は、4つのコアエリアである米国Permianシェール, ガイアナ、ブラジル、そして世界中のLNG事業からである。また、上流投資の90%以上は、石油ガス生産において価格35ドル/bblでも10%以上のリターンをもたらす投資基準を挙げて、投資先を低コスト開発案件に絞り込む。
実際に、同社の投資額は2022年のデータ(第3四半期まで)では総額210億ドル、部門別では上流分野が116億ドルと全体の70%を占める(図3)。2022年のデータ(第3四半期まで)では430億ドルの純利益のうち282億ドルが上流部門である[5]。今後5年間の投資計画では、会社として年間200‐250億ドルを計画するが、部門別の公表は不明である。
低炭素関連については、今後5年間で総額170億ドルと全体の15%前後の投資規模を表明した(表5)。Energy Intelligence社によれば、低炭素化事業は従来の投資分野に比較してそれほど収益性の高いものではなく、ExxonMobilは2023年の低炭素関連は計画を増やしているものの初期段階のものが多く、投資額20億ドル(試算)で全体投資の6-7%に過ぎず、一方のChevronの12%(同)、欧州系メジャーズの20%超(同)に対して現時点で相対的に消極的といえる。

データ出所:2022年第3四半期業績発表
表5.2022年12月に発表したExxonMobilの5カ年投資計画のポイント
- 2027年までに低炭素ソリューションに対して170億ドルを投資する。15%の引き上げ。
- 投資額は2027年まで年間200‐250億ドルを計画する。2023年は230‐250億ドル水準。
- 2019年に比較して2027年までに収益及びキャッシュフロー成長は2倍とする。
- 自社株買いプログラムは、2022年の150億ドルを含めて2024年までに500億ドルに拡大する。
5. 自社の定義
上流事業者にとってみれば、CCSが強みかもしれない。例えば、伝統的なE&P事業者Occidentalは、自社のコア技術である長年の経験を有するCCS(CO2の回収・圧入・貯留)のノウハウを梃に低炭素化ビジネス市場に進出する戦略である[6]。
巨大企業であるExxonMobilにとってみれば、CCS技術は自社のごく一部に過ぎない。企業そのものの存在が問われる中で、ExxonMobilは次の5点に自社を要約している。(1)業界トップの業績を有し、(2)エッセンシャルパートナーとして必要とされ、(3)優位なポートフォリオの構築で、(4)革新的なソリューションを創出できる、(5)意義ある発展を行うことができる組織と定義する。
もう少し詳細には、以下である。
- Leading Performance(業界トップの業績)
シェアホルダーリターン、収益、キャッシュフロー、安全性、信頼性、GHG排出強度、コスト、投資効率、各方面において業界のリーダー。 - Essential Partner(不可欠なパートナー)
顧客、パートナー、幅広いステークホルダーに対してWin-Winの関係を通して新たな価値を創造。 - Advantaged Portfolio(優位なポートフォリオを有する)
競争力のあるかつ低炭素な未来において価値を創出できるポートフォリオであること。つまり、競争力のあるポジション作りができ、業界トップのハイリターンをもたらすポートフォリオを有する。 - Innovative Solutions(革新的なソリューション):
近代的で環境にやさしい生活に必要な、競争力向上と大規模化に向いている新製品の開発、アプローチの開発、または技術の開発を行う。 - Meaningful Development(意義のある発展を行う):
社会が進化するための影響力を持つ仕事で、成長のための機会をすべての個人に提供する、多様でエンゲージメントのある組織
である。最近は、気候変動レポートのみならず、決算資料でも同様の標語が掲げられている。
こうした概念的な企業価値に立って、ExxonMobilはエネルギートランジションにあたり「リーダー的な役割を担っていく」と述べ、その方法として「自社の核となる能力、つまり、経験(experience)、規模(scale)、インテグレーション(integration)、技術(technology)、プロジェクトの実行(project execution)、そして人々(people)における優位性がこのエネルギートランジションにおける重要な成功要因であり続けるだろう。」と言い換える。その一方で、「このエネルギーシステムが進化していくとともに、ExxonMobilはこのビジネス戦略の耐久性(resiliency)を試し続けることで、将来の幅広いシナリオにおいて株主に対して価値を確実に提供できる(Climate Solutions 2022 P4より仮訳)。」と表明する。
これらの方針から読み取るに、自社の優位性を再認識するとともに、自社が有するリーダーシップ、スケールやインテグレーション力等を強みに事業形成を試みていくが、外部環境に様々なリスク(表5)を抱えていることから脆弱な側面を認識しているようで、慎重な姿勢がみてとれる。
これまでもShellやbpを含めたトップ3社の中でみると、ExxonMobilは当初は慎重であってもある程度の先の見通しが確固たるものになってくると進出する傾向がある。例えば、2000年以降のLNG開発、2010年代のLNGトレーディングやブラジル上流への進出である。Shell等が先行して技術を確立させ、商業的な目途や市場ニーズが確実になった頃にExxonMobilはその分野を投資対象に格上げし、徐々に勢力を広げていく傾向がある。今回は投資家の意向を受けて投資方針を前に押し出したが、その姿勢は慎重のままとうかがえる。今後の同社の展開にこの点も踏まえて注視したい。
リスク分類 | 気候変動に関する潜在的なリスク(例) |
---|---|
戦略上のリスク(Strategic) | 供給/需要、破壊的技術(disruptive technology)、地政学、政権交代、資本配分 |
評判風評リスク(Reputational) | 産業へのレピュテーション(Industry reputation), 企業へのレピュテーション(corporate reputation) |
財務リスク(Financial) | 価格の乱高下, 為替相場の乱高下、顧客の信用リスク、保険リスク |
操業リスク(Operational) | 地質リスク、プロジェクトリスク、品質、ブランド、タレント、サプライヤー、操業障害(operations disruption) |
安全リスク(Safety) | プロセス安全面、ウェルコントロール障害、環境上の事故 |
コンプライアンス・訴訟 (Compliance & Litigation) |
訴訟リスク、法令遵守 |
出所:ExxonMobil “Advancing Climate Solutions 2022 Progress Report”
6. 低炭素ソリューション事業の具体的な動向
各誌で報じられている中から低炭素ソリューションの具体的な案件を簡単に紹介したい。前述のとおり、ExxonMobilは、2021年、低炭素ソリューション(ExxonMobil Low Carbon Solutions)を立ち上げ、CCS、水素、またバイオ燃料の3分野に集中する方針で、2027年までに170億ドルを投資する計画である。また2022年にIRA(インフラ削減法)が成立した米国については水素事業とCCS事業を中心に据える。
IEAのネットゼロシナリオにおいてCCSへの期待は高い。一貫操業の大企業にとって、太陽光や風力発電のような大小ある様々な事業ではなく、大規模展開が可能な、地下データ、掘削やモニタリングの技術を応用できるCCSは有利とみられる。また、既存の輸送インフラや下流部門のアセットが活用できる水素製造やバイオ燃料も市場化しやすく、優位性があると判断したものとみられる。
(1) CCS
ExxonMobilによれば、同社はCO2の回収・地下圧入・貯留に関して30年以上の長い実績を有しCCS自体はすでに技術的に確立された分野で、現在、カタール、米国等において世界のCCS事業の5分の1に相当する9百万トン/年に同社は権益を有すると述べている。2022年末には、同社は三菱重工業と先進的なCO2回収技術を利用し今後共同で展開していくことを発表した。

出所:ExxonMobil “Advancing Climate Solutions 2022 Progress Report”
1. 米国LaBarge(ワイオミング州)でのCCS回収・圧入事業
本事業は、ガス及びヘリウムの生産において排出されるCO2を地下に圧入する事業で、世界最大級の現在6~7百万トン/年の圧入を実施中である。また、世界各地でのCCS本格始動に向けて先行的な事業である。現在、追加1百万トン/年の能力拡張を計画中である。
2. 米国ルイジアナ州でのCCS事業
ルイジアナ州においてExxonMobilは、米国の肥料メーカーのCF Industriesと中流事業者であるEnLinkと提携して年間2百万トンのCO2を回収・地下圧入する大規模事業を行う計画で、ExxonMobilはそのCO2を地下貯留する事業を担う。同事業は、2025年初めまでの操業開始を目指し、これによって2050年までのルイジアナ州のネットゼロ目標を支援する。
3. メキシコ湾浅海域の広範囲に鉱区取得
2021年11月、連邦政府が行うメキシコ湾でのライセンスラウンド(リースセール257)において同社は浅海部94鉱区を落札(総額で15百万ドル)し広範囲の海域を独占的に抑えた。
メキシコ湾海域でのCO2貯留については、石油会社によるこれまでの地質情報及び物理探査データが豊富に蓄積されていることから利点も多い。その一方でCCSに関する連邦政府ルールが未整備であり、またノウハウや経験者の不足から行政側の対応が遅れていることがよく指摘される。
4. アジア
インドネシア国営石油会社Pertamina、マレーシア国営石油会社Petronasとの間でそれぞれCCS事業の共同開発に向けて合意がみられる。
2022年5月及び2022年11月、ExxonMobilは、Pertaminaと共同で、インドネシアのCCS事業及び水素製造等の低炭素技術の大規模適用に向けたポテンシャルに関して共同調査を実施することで合意し、具体化に向けてジャワ島沖合でのCCSハブ計画としてCCS技術、水素技術、地質データの評価を行うと発表した。あわせて同国の2060年ネットゼロに向けた協力連携にも合意している。
Petronasとの間では2023年1月に2か所の開発に向けてフィールド評価、商業化のフレームワーク作り、規制・政策促進に向けた支援を行うことで具体的な内容に合意したと発表した。
さらに、2023年1月、日本製鉄と三菱商事はExxonMobilと共に豪州などのアジア太平洋圏内でのCCS事業化に向け共同検討に関する覚書を締結したと発表、これら3社において日本で排出されるCO2をアジア太平洋地域に輸出して地下貯留するための調査を行う計画である。
その他、上記以外で、カナダ(St. Fergus)、欧州の英国, ノルウェー(ノルマンディー)、フランス、アジア太平洋のシンガポール、豪州、中国で計画中である。カタール、ベルギー(アントワープ)、オランダ(ロッテルダム)でも事業を推進中である。
(2) 水素
同社は、水素製造に関しては南米やアフリカでの事業参画に関して伝えられていないが、今のところ米国内への投資がメインとみられる。また、インドネシアのように、ネットゼロを目指す産油国政府への技術支援として水素製造の事業化を企図している可能性がある。
米国Baytown(テキサス州)でのブルー水素、アンモニア、CCS事業
ExxonMobilは、米国Baytown(テキサス州)の自社が操業する精製・石油化学複合プラントにおいてブルー水素の製造施設の建設およびCCS回収・圧入・貯留事業を計画中である。本計画では、天然ガスを利用して1bcf/dの大規模な水素(ブルー水素)製造を行い、生産過程で排出される700万トン/年のCO2を回収し地下に圧入・貯留する計画である。加えて、同事業にアンモニア製造を取り込むのか検討中と伝えられる。
2023年1月、フランスのコントラクターTechnipにFEED(Front End Engineering Design)作業を依頼したと発表した。2024年までに最終投資決定を行い、2027‐2028年に生産開始を予定する。CCS事業は、同施設から排出されるCO2だけでなく、第3者から排出されたCO2も圧入できるよう、能力1,000 万トン/年規模の世界最大級に拡張することを目指している。生産された水素は、一部を自社の精製・石油化学プラントのCO2削減のために利用する。その他の水素は第3者に販売する計画である。
(3) バイオ燃料
輸送用としての需要は高いとみて低炭素エネルギーのバイオ燃料を戦略上に位置付けている。現在の技術及びインフラを活用しながら事業を拡大していく方針である。2025年までに低炭素液体燃料4万b/d以上の供給を計画、2030年までに5倍の20万b/dを目標とする。カナダ、米国カリフォルニア州、欧州の一部において政策インセンティブもあることから開発投資を計画する。
すでに2022年初め、ノルウェーのバイオ燃料会社Biojetの株式49.9%を取得して進出、生産・供給を行っている。
カナダでの再生ディーゼル製造
カナダにおいてオイルサンド開発子会社のImperial Oilを通じて、アルバータ州エドモントン近くのStrathcona製油所(2万b/d生産能力)に再生ディーゼル燃料の生産施設の建設を行う。投資規模は約5.5億ドル、再生ディーゼル約2万b/dの生産設備の建設ほか、天然ガスからの水素製造施設およびCCS圧入の設備が建設される。行政上の最終的な許認可はいくつか残るものの、同国の2050年のネットゼロ目標、連邦政府支援(Clean Fuel Regulation)、また生産物の供給先であるBC州の州政府支援が投資決定を後押しする。操業開始は2025年を予定する。
7. おわりに
米系メジャーのExxonMobilは、2021年に低炭素ソリューション(ExxonMobil Low Carbon Solutions)を立ち上げ、CCS、水素、またバイオ燃料の3分野に集中することを戦略化。低炭素投資の拡大と継続的な利益確保の両立を目指す経営方針を示している。
2022年にはネットゼロ目標に賛同し、自社操業で発生するScope 1、Scope 2(99百万トンCO2e)のGHG排出量を対象に、2030年までに20‐30%の削減、2050年までにネットゼロの目標を表明した。欧州メジャーが目指すScope 3は対象外である。
同社は、2050年ネットゼロに向けたパリ合意への支持も表明している。しかし今後の上流投資がなければ、IEAによるネットゼロ達成のシナリオが実現される場合であっても必要な石油・ガス需要は満たせないとして、非在来型(米国)、LNG(モザンビーク、米国)、大水深開発(ブラジル、ガイアナ)といった従来からの上流投資の継続姿勢を変えていない。
また、ExxonMobilは将来における不確実性が多数存在することを踏まえ、トランジションにおいて自前の経験、スケールアップやインテグレーション、実行力などの優位性が成功要因であり続けるとし、このトランジション投資戦略の耐久性を試し続けることで将来の幅広いシナリオにおいて株主価値を確実に提供できるとしている。
各国の政策、市場環境や技術革新、経済政治情勢のいずれも短期・中期の視点において不透明な中、トランジションの戦略化にあたり自社の在り方を再定義し、再確認を行っている。と同時に、不確実で幅広いシナリオが想定されるネットゼロが一つの道筋とは限らず、同社は、エネルギーシステムの発展とともにその投資戦略のレジリエンスを試していくとことを言明している。
[1] 古藤「米国上流開発企業のエネルギートランジション対応 ―カーボンニュートラルとステークホルダーエンゲージメント―」『JOGMEC石油・天然ガスレビュー』2022年9月,
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/review_reports/1009247/1009478.html
[2] ARC Energy Research Institute “Crude Oil Investing in a Carbon Constrained World: 2017 Update” Oct. 2017 https://www.arcenergyinstitute.com/(外部リンク)を参考。原油の生産、精製、販売から消費までのGHG排出量が対象であり、探鉱・開発にかかわるGHGは含まれていない。
[3] ExxonMobil “2023 Advancing Climate Solutions Progress Report”
ExxonMobil“ExxonMobil-Advancing-Climate-Solutions-2022-Progress-Report”
[4] ExxonMobil“2022 Outlook for Energy”https://corporate.exxonmobil.com/
[5] 鑓田、高木「メジャー5社業績好調 ―2022年第3四半期決算―」『JOGMEC石油・天然ガス資源情報』2022年11月,
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009535.html
[6] 高木「E&P業界をリードする米国Occidentalの低炭素戦略」『JOGMEC石油・天然ガス資源情報』2022年12月,
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009562.html
以上
(この報告は2023年2月10日時点のものです)