ページ番号1009650 更新日 令和5年3月6日

石油市場動向とメジャー企業決算 ―空前の好決算とエネルギートリレンマへの対応から見る今後の投資動向―

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レポートID 1009650
作成日 2023-02-28 00:00:00 +0900
更新日 2023-03-06 09:26:27 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 市場企業
著者 鑓田 真崇
著者直接入力
年度 2022
Vol
No
ページ数 21
抽出データ
地域1 欧州
国1
地域2 北米
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
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地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 欧州北米
2023/02/28 鑓田 真崇
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  1. 2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻したことで注目される地政学リスクの高まりと、回復基調にある世界経済成長などに支えられ、原油価格をはじめとする資源価格は軒並み高騰し、その価格変動(ボラティリティ)は一層大きくなり、エネルギー市場は新たな局面を迎えている。
  2. こうした状況を受け、2022年における原油価格は値動きの大きい展開となった。年初(2022年1月3日)には、78.98ドル/バレルであったブレント先物価格は、3月8日に127.98ドル/バレルに達する急激な価格高騰を記録。2022年上半期は平均で104.96ドル/バレル、下半期は下落基調となったものの平均で93.19ドル/バレル、12月30日の終値では85.91ドル/バレルとなった。
  3. 原油価格の上昇または下落により、エネルギー開発企業の収益は大きく影響を受ける。エネルギー開発企業102社の上流投資動向を、メジャー5社とその他97社に分類して考察したところ、新型コロナウイルス感染症拡大を受け原油価格が大幅に下落した2020年には、いずれの企業群とも投資を縮小したが、2021年に原油価格が上昇に転じた際、その他企業は直ちに投資を拡大。他方、メジャー企業においては、2021年の上流投資は引き続き前年比で減少となり、2022年になり増加。2023年のメジャー企業の上流投資は概ね前年と同水準で推移すると見られる。
  4. 2022年のメジャー各社決算は好調であったが、各社設備投資の推移は、原油価格の上昇幅ほどには伸びておらず、2021年から2022年前半において両者には大きな乖離が見られる。背景には事業方針の転換と、配当や自社株買いを通じた株主還元の拡大がある。
  5. 2020年頃に発表された従来の事業方針では、気候変動対策の観点から、低炭素エネルギー投資の水準や設備投資割合の拡大、石油・天然ガス事業への投資縮小などが多くみられた。2021年に開催されたCOP26も、こうしたモメンタムを作り出した。他方、2022年12月から2023年2月までに発表された新たな事業方針においては、引き続き低炭素エネルギー投資が重要であるものの、増加する世界のエネルギーニーズを充足するために「責任ある供給者」として、安定的な石油・天然ガス供給を支えるための上流投資の重要性も改めて強調されている。
  6. また、2022年2月にロシアがウクライナを侵攻したことにより、国際エネルギー情勢を取り巻く環境は大きく変化した。エネルギーの供給に物理的な障害が発生するのではないかとの懸念が発生し、エネルギーの安定供給が注目され、エネルギーセキュリティに大きく舵を切った。
  7. 2023年は、COP28が新興国・エネルギー生産国であるUAEで開催されることで、エネルギー・気候変動問題の議論の重心が、先進国から新興国や途上国に移り変わり、今後も人口増加とそれに伴うエネルギー需要増加に直面するこれらの国々が、「Energy affordability」の重要性を強く主張することになるだろう。エネルギー開発企業各社が、低炭素エネルギーへの投資を積極的に進めるなか、石油・天然ガスへの上流投資継続の必要性を2023年の事業計画の中で打ち出したこともこれに通じると考えられる。

 

1. 原油価格推移と投資動向

(1) 2000年以降の原油価格推移 ―7つの局面―

本稿では、まず過去20年以上にわたり、原油価格がどのように推移してきたのかを7つの局面で概観し、そのうえで波乱に満ちた展開となった2022年の原油価格に影響を与えた主な要因を紹介する。そして、いわゆるメジャー企業5社(ExxonMobil、Shell、bp、Chevron、TotalEnergies)及びその他69社について、2014年以降の上流部門への投資額と原油価格推移の関係を考察する。

2000年以降、石油市場は大きく6つの局面を迎え、現在7つ目の局面を迎えているとみることができる。

2000年代前半(2000年~2007年)は、中国など新興国の経済発展に伴い、石油需要が急速に拡大した時期であった。bp統計によれば、2000年の世界石油需要は、日量7,649.9万バレルであったのに対し、2007年は日量8,577.6万バレルと、日量927.7万バレル増加した。このうち、OECD諸国の日量85.1万バレルの増加に対し、非OECD諸国は日量842.6万バレルの増加と、およそ10倍近い増加量を示した[1]。好調な経済成長による石油需要の増加に対し、米国や北海など非OPECからの原油生産が減少し需給バランスに引き締まり感を与えたほか、OPECのシェアと価格支配力が再び強まり、原油価格は上昇傾向を続けたことで、投機資金が流入。新興国経済の成長に世界経済の伸びがけん引され、株価や基軸通貨であるドルの値動きと強い相関を示すようになった原油は、金融資産の一つとしての性格を強め、年平均の原油価格は1バレルあたり20ドル台から、90ドル台後半まで上昇することとなった。

しかし、2008年に米国の投資銀行大手であったリーマン・ブラザーズが負債総額6,000億ドル以上となる史上最大級の規模で経営破綻したことにより、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した。これを受け世界経済成長への懸念から、2008年の石油需要は前年比で日量95.4万バレル(約1.1%)の減少、2009年についても石油需要は前年比で日量118.6万バレル(約1.3%)の減少となり、2008年以降の原油価格は1バレルあたり60ドル台前半まで急落した。1929年に発生した世界恐慌以来の世界的な大不況となったことから、世界各国は相次いで景気刺激策を発表し、これにより上昇した株式相場とともに原油価格は上昇。2010年には1バレルあたり80ドルを超える水準まで回復した。

2010年代前半(2010年~2014年)は、金融危機からの世界経済回復により原油価格は支えられ、年平均の原油価格は1バレルあたり100ドルを超過する水準で推移。こうした高油価水準を背景に、伝統的な産油国である湾岸諸国を中心とするOPECに対して相対的に生産コストが高い非OPEC諸国からの原油生産が拡大し、OPECの価格支配力が低下した。とりわけ米国において、これまで技術及び費用の面で生産が行われてこなかった頁岩層(シェール)に対して、水などを高圧で送り込み微細な割れ目を生じさせることで生産を可能とした「シェール革命」が同国の原油生産量増加に寄与。米国におけるシェールオイルの開発が進展し、2015年に原油輸出が解禁され、2020年には石油純輸出国となった。

非OPEC諸国による生産拡大が続く中、サウジアラビアをはじめとするOPECは市場安定よりもシェア獲得を重視し、原油を増産。熾烈な市場シェア獲得競争により供給過剰となり、年平均の原油価格は2014年の1バレルあたり100ドル超の水準から、2016年には40ドル程度へと急落した。原油価格の急落を受け、企業は投資を控えて財務規律を重視する方針を取り、現場ではコスト削減の動きが加速し、シェール革命のブームに乗って急速に事業を拡大した中小企業の破綻も見られた。OPECは、比較的生産コストの高い米国からの生産が減少したことを受け、再び価格支配力を取り戻すべく、ロシアなど主要な非OPEC産油国との生産調整交渉を試みるも難航し、原油価格は低迷した。

転機となったのは2016年12月、OPECはロシアを中心とする非OPEC原油生産国との間で生産調整に合意し、いわゆる「OPECプラス」の枠組みを組成。これにより、価格支配力を取り戻すことに成功した。これ以後、米国のシェールオイル生産量や中東等の産油国の地政学的課題(イラン核合意問題やサウジ施設攻撃等)にも応じつつ、年平均の原油価格は1バレルあたり45ドルから70ドル台で推移した。

その後世界経済は新たな試練に直面する。2019年12月に中国湖北省武漢市で最初に確認された新型コロナウイルス感染症は、2020年2月には世界各地に拡大し、各国政府は国内外の移動を制限することでこれを抑え込もうとした。航空機による国内外の往来をはじめ、不要不急の外出を避けるように求めたことにより、輸送部門向けの燃料需要が大幅に減少。感染状況の推移と移動制限の緩和により、段階的に石油需要は回復してきたものの、これまで海外出張により対応していた業務の一部などは、オンライン環境に代替され、従前の様式に完全には戻らないものも一定程度あると考えられる。新型コロナウイルス感染症の拡大が見られた2020年の石油需要は、日量8,874.6万バレルと前年比で日量900万バレル(約9.2%)の減少となり、続く2021年は日量9,408.8万バレルと前年比で日量534万バレル(約6.0%)の増加となったものの、新型コロナウイルス感染症拡大前の水準(2019年、日量9,774.7万バレル)には回復しなかった[2]。また、2020年3月から4月にかけては、OPECプラス内の大規模生産国であるサウジアラビアとロシアの不和により、原油を大増産したことも需要減少と供給増加により、原油価格を押し下げた。石油需要が大幅に減退していたこともあり、製油所の稼働も低水準で推移し、原油の貯蔵能力の限界に近づき、米国オクラホマ州クッシングにおいて引き渡される代表的な先物原油であるウエスト・テキサス・インターメディエイト(WTI)取引市場が初のマイナス価格の低水準(-40.32ドル/バレル)を記録した。これは限月交代のタイミングを前に、引き渡し原油の受け取りを回避するために売り手が買い手に対して費用を支払い、原油を引き渡すことを意味する。その後は、OPECプラスが日量970万バレルの生産調整(その後段階的に減産幅を縮小)に合意したほか、米国の生産が減少(およそ日量200万バレル)したことにより、石油市場のリバランスが進んだ。

そして2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻したことで注目される地政学リスクの高まりと、回復基調にある世界経済成長などに支えられ、原油価格をはじめとする資源価格は軒並み高騰し、その価格変動(ボラティリティ)は一層大きくなり、7つ目の局面を迎えている。次項では、2022年から現在までの原油価格推移を概観する。

図 1:2000年以降の原油価格推移と7つの局面
図 1: 2000年以降の原油価格推移と7つの局面
出所:EIAに基づきJOGMEC作成

(2) 2022年から現在までの原油価格推移

2022年における原油価格は値動きの大きい展開となった。年初(2022年1月3日)には、78.98ドル/バレルであったブレント先物価格は、3月8日に127.98ドル/バレルに達する急激な価格高騰を記録。2022年上半期は平均で104.96ドル/バレル、下半期は下落基調となったものの平均で93.19ドル/バレル、12月30日の終値では85.91ドル/バレルとなった。

2021年10月以降、ウクライナ及びロシア間の緊張関係が高まり、軍事衝突に至る可能性が意識されるにつれ、紛争に起因する原油の供給途絶懸念が市場で発生。原油価格は2022年初から上昇基調にあった。そして、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降、原油価格は大きく上昇した。ブレント先物価格は、侵攻開始時点で99.08ドル/バレルであったものが、米国及び英国によるロシア産禁輸措置の決定を受け、3月8日には終値で127.98ドル/バレルに達した。

こうした状況を受け、国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長は2月28日、ロシアのウクライナへの侵攻による世界石油供給に与える影響及び市場安定化のための加盟国の対応に関する臨時閣僚会議(Extraordinary Governing Board)を3月1日に開催することを発表。同会議において、6,000万バレルの協調備蓄放出を今後30日間で実施(200万バレル/日相当)すると発表した[3]。放出量はIEA加盟国間の調整の結果、6,266.2万バレルとなった旨3月9日に発表された[4]

その後、国際石油市場における供給途絶懸念が一時後退し、さらに中国における新型コロナウイルス感染症拡大による石油需要鈍化懸念が市場で発生。3月16日には98.02ドル/バレルまで下落したものの、3月23日には再び120ドル/バレルの水準を超えて、121.60ドル/バレルに到達した。直近で100ドル/バレルを上回る水準を記録したのは2014年以来となった。

こうした状況を受け、米国政府は、同国レギュラーガソリン平均小売価格が3月に入り4ドル/ガロンを超える水準で推移し、消費者の不満も高まっていると見られたことから、「プーチンのポンプ価格引き上げに対するバイデン大統領の計画(原題:President Biden’s Plan to Respond to Putin’s Price Hike at the Pump)」を3月31日に発表[5]。当該計画に基づき米国エネルギー省は、過去最大となる総量1億8,000万バレルの戦略石油備蓄(SPR)放出(放出発表直前の週次データ[6](3月25日時点)のSPR総量5億6,800万バレルの1/3に相当)を5月から10月に実施するための公告を4月1日に発表した。

またIEAは、4月1日にも臨時閣僚会議を開催。加盟国各国は自国内の状況を勘案のうえ、新たな協調備蓄放出に対してどの程度貢献できるか検討を重ね、4月7日に開催された臨時閣僚会議において、IEAによる協調備蓄放出で過去最大となる総量1億2,000万バレルを今後6か月間にわたり放出することを確認した[7]

IEA加盟国による協調石油備蓄放出及び米国によるSPR放出決定を受け、需給は一時緩和する方向に向かうものの、ウクライナ危機を受けた物理的な供給途絶懸念(パイプラインでの送油への影響など)と、ロシア産石油の禁輸決定などにより輸送船舶に対する保険付保や港湾利用に対する影響懸念が広まり、原油需給はひっ迫する方向で推移したほか、OPECプラス産油国の一部が生産枠を下回る状況が継続し、減産措置緩和(実質的な増産決定)が十分になされなかったことも、2022年上半期の原油価格を押し上げる方向で作用した。

OPECプラス産油国は、2021年8月以降2022年4月まで、毎月前月比で日量40万バレル、2022年5月及び6月については前月比で日量43.2万バレル、2022年7月及び8月については同64.8万バレルと、段階的に減産幅を縮小しつつ減産措置を実施してきた。2022年9月については同10万バレルと小幅な原油生産目標拡大を決定したものの、ロシア、ナイジェリア、アンゴラ等の産油国からの生産量が目標を下回るなど、実質的な増産が困難との見方が市場で広まった。

2022年下半期においては、中国における新型コロナウイルス感染症再拡大を受けた都市封鎖などの措置により、同国石油需要の伸びが鈍化するとの懸念や、インフレ抑制を目的とした米国連邦準備制度理事会(FRB)による利上げ等により、米国経済への影響が懸念され原油価格は下落基調となった。こうしたなか、9月5日開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合において、2022年10月については、原油生産目標を前月比日量10万バレル削減する旨決定し、原油価格の下落による収入減少を防止するために先制的に行動することを優先させ、市場での石油需給緩和感の抑制を図ったとみられる。

その後、OPECプラス産油国が10月5日開催した閣僚級会合において、2022年11月から2023年12月にかけて、原油生産目標を2022年10月比で日量200万バレル削減する旨決定した。サウジアラビアを含むOPECプラス産油国は、英米の政策金利引き上げによる原油価格の下落傾向を受け、OPECプラスが油価下落に寛容であるという市場での認識を防止するため、長期的に原油生産量を前月比で減少させる旨決定したものと考えられる。12月4日に開催された同閣僚級会合においても、同様の方針が維持された。

FRBは、これまで4回連続で通常の3倍となる0.75%の政策金利引き上げを決定したが、12月13~14日に開催された同国連邦公開市場委員会(FOMC)において上げ幅を0.5%に縮小し、米ドルが下落するとともに米国株式相場が上昇したことを受け原油価格は上昇。また、12月5日より導入されたG7及びEU等によるロシア産石油販売価格上限設定に対し、ロシアが対抗措置として日量50~70万バレル程度の石油供給削減を検討している旨12月23日に伝えられた[8]こと等も原油相場に上方圧力を加え、12月下旬の原油価格は再び上昇基調に転じた。

図 2:2022年の原油価格推移
図 2: 2022年の原油価格推移
出所:International Oil Dailyに基づきJOGMEC作成

2023年に入り、中国の春節(旧正月)前後の休暇を前に、同国がこれまで新型コロナウイルス感染拡大防止のために実施してきたいわゆる「ゼロコロナ政策」を転換し、入国時の隔離措置を段階的に緩和したことなどから、国内外の人々の往来が活発化。これに伴い、同国の輸送燃料向け石油需要が回復するほか、経済活動の活発化への期待が市場で広まり、原油価格を押し上げる場面も見られた。

 

(3) 原油価格推移とエネルギー開発企業の上流投資動向

本稿の目的である上流部門への投資額と原油価格推移の関係を考察するにあたり、2014年から2023年のエネルギー開発企業の上流投資額(2023年については見込み額(Guidance))を用いる。過去10年間分に限定する理由としては、(1)2010年代前半に見られた米国における「シェール革命」により同国からの原油生産が大幅に増加し、2015年には原油輸出が解禁されるなど、市場動向に大きな変化があったこと、(2)本稿1.(1)で概観したように、2014年以降の年平均の原油価格は2014年の1バレルあたり100ドル超の水準から、2016年には40ドル程度へと急落するなど短期間で大きく変動したなかで、原油価格に対し各社投資動向がどのように変化したかを考察することに一定の意義があると考えられるためである。

今回の考察に際しては、エネルギー開発企業102社をメジャー企業5社とその他97社に分類し、それぞれの上流部門への投資額と原油価格(ブレント)の推移を比較した。メジャー5社は自社において石油・天然ガス開発の上流事業から精製・販売を含む下流事業のほか、世界的な脱炭素化の流れを受けた低炭素エネルギー事業なども手掛けるExxonMobil、Shell、bp、Chevron、TotalEnergiesとし、その他97社には国営エネルギー開発企業(NOC)や特定地域を対象に専ら活動する地域専従型企業などが含まれる。

原油価格の上昇または下落により、エネルギー開発企業の収益は大きく影響を受け、高価格期には潤沢なフリーキャッシュフローを生み出し設備投資が拡大する局面を迎え、低価格期には財務規律を重視したり、操業コスト削減を試みたりするなか設備投資を縮小する局面を迎えることが想定される。しかし、その傾向にはメジャー5社とその他企業においては、違いが見られる。図 3は、原油価格推移とメジャー企業及びその他企業の上流投資額の推移を、投資額(百万ドル)と前年からの増減(%)で示したものである。各社の上流投資額は、おおむね原油価格の上昇または下落局面に応じ推移しているが、その他企業のほうがより原油価格の変化に迅速に対応していることが見て取れる。2015年の原油価格は前年比で約47%の下落となり、その他企業は投資額を約36%縮小したのに対し、メジャー企業は約22%の縮小に留まった。また、原油価格上昇局面であった2017年には、その他企業の上流投資額が前年比で増加(約17%)に転じたのに対し、メジャー企業は引き続き約15%の減少となっている。新型コロナウイルス感染症拡大を受け原油価格が大幅に下落した2020年には、いずれの企業群とも投資を縮小したが、2021年に原油価格が上昇に転じた際、その他企業は投資を拡大する方向に転じ2023年にかけても投資額は増加傾向にある。他方、メジャー企業においては、2021年の上流投資額は引き続き前年比で減少となり、2022年になり増加に転じた。2023年のメジャー企業の上流投資額は概ね前年と同水準で推移すると見られる。

図 3:原油価格推移とメジャー企業及びその他企業の上流投資額(左:百万ドル 右:前年比%)
注:上流投資額は各社公表資料に基づき、過去分の投資額について参照可能な場合は実績値とし、2023年分は各社ガイダンスによる。
図 3: 原油価格推移とメジャー企業及びその他企業の上流投資額(左:百万ドル 右:前年比%)
出所:EIA及びWoodMackenzieに基づきJOGMEC作成

2. メジャー企業2022年第4四半期決算

(1) 決算概況

前項で概観した2014年以降のエネルギー開発企業の上流投資動向において、2022年にはメジャー各社の上流投資額は原油価格の上昇により、前年比で増加となった。本項では、メジャー企業各社の直近の決算を総括し、高水準で推移した資源価格を背景に各社が創出したフリーキャッシュフローがどこに向かうのか、各社の最新の事業戦略を踏まえて分析する。

2022年第4四半期決算は、例外的な高収益を記録した前期(2022年第3四半期)に比べ、原油及び天然ガス価格の下落がみられたことから、各社の収益を押し下げたものの、LNG・天然ガス事業や精製マージンが堅調だったことにより下流事業の利益が高水準を維持したことから、おおむね前年同期を上回る好調な決算となった。

今期における原油価格(Brent)は平均で89ドル/バレルと、前期に比べ12%下落した。これは中国における新型コロナウイルス感染症拡大や、米国及び欧州におけるインフレの高まり等が経済成長見通しに不透明感を与え、世界石油需要の伸びを抑制したほか、ロシア及びOPEC諸国からの原油生産が比較的高水準で推移したこと等に起因するものである。天然ガス価格(TTF)については、今期の平均で前期比51%の下落となった。これは、北半球における気温が平年を上回ったことにより、ロシア産パイプラインガスの供給に依存していた欧州における天然ガス地下貯蔵量の急激な低下を避けられたことが主な要因となっている。

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻から一年が経過したものの、依然として先行きは不透明であるが、侵攻以来各企業が打ち出したロシアにおける事業方針の企業決算への影響は概ね一巡したとみられる。TotalEnergiesは、19.4%の株式を保有するNovatekについて、2022年12月9日付で、派遣している取締役2名を退任させ、同株式を持分法適用外とすることを決定した。ロシアによるウクライナ侵攻とこれに対する欧州による制裁が発動されている観点から、Novatekの取締役会において特に資金面に関する議決を棄権しており、Novatekに対して取締役として果たすべき職責を完全に履行する立場にないことに鑑みた対応だ。これにより、今期決算において41億ドルの評価損を計上したことから、純利益は前年同期を下回ることとなった。ロシア事業を巡る会計上の処理については、ExxonMobilが第1四半期決算において、国際的な制裁の影響によりSakhalin-1事業の継続が困難になったことによる34億ドル規模の減損を計上したほか、ShellもSakhalin-2事業からの撤退方針を受け、39億ドルの減損処理を行った。また、TotalEnergiesも対露制裁によりArctic LNG 2の事業実施に影響があるとして、41億ドルの減損を計上。bpについては、2022年2月27日に保有するRosneft株19.75%の売却方針とRosneftの取締役のうちbpが派遣する2名の辞任、そしてRosneft株の持ち分に応じた埋蔵量、生産量及び利益をbpの決算における報告対象としないことを発表[9]。これに伴いRosneft株の評価額をゼロとしたことや、合弁会社の株式売却により2022年第1四半期決算で204億ドルの損失を計上した。

2022年下期には原油・天然ガス価格は下落傾向にありながらも比較的高い水準を維持したことから、各社のFCF(フリーキャッシュフロー)については、前年同期を上回る水準を確保した。全メジャーが株主に対する還元策として増配や自社株買いを継続する方針を発表。Shellについては前期から15%の増配(0.2875ドル/株)、bpは10%の増配(6.610セント/株)、TotalEnergiesは6.5%の増配(0.74ユーロ/株)、Chevronについては6%の増配(1.51ドル/株)を行うことを明らかにした。

設備投資額については、上流・LNG事業及び再生可能エネルギー事業を中心に、TotalEnergiesを除き前年を上回るペースとなった。bpについては、エネルギートランジションと、エネルギートリレンマへの対応から、収益性の高い石油・天然ガス事業への継続的な投資が必要であるとの認識を示し、バイオ燃料や水素といった低炭素ソリューション投資と、比較的短期間での生産や投資回収が可能な石油・天然ガス事業に対しそれぞれ年10億ドル程度を拠出する方針を発表した。

表 1:メジャー企業2022年第4四半期決算概況
表 1: メジャー企業2022年第4四半期決算概況
出所:決算資料及びEvaluateEnergyに基づきJOGMEC作成

(2) フリーキャッシュフローと設備投資の推移

前項にも記したとおり、2022年の原油・天然ガス価格は大きく変動したものの比較的高水準で推移したこともあり、各社とも潤沢なフリーキャッシュフローを創出した。図 4は、2018年第1四半期以降のメジャー企業5社のフリーキャッシュフローの総和と設備投資額(上流・下流事業の他、電力、低炭素事業など、すべての事業に対する設備投資を含む)及び原油価格の推移を、2018年第1四半期を100としたインデックスで表示したものである。

図 4:フリーキャッシュフロー(FCF)と設備投資の推移
図 4: フリーキャッシュフロー(FCF)と設備投資の推移
出所:EIA、決算資料及びEvaluateEnergyに基づきJOGMEC作成

各社フリーキャッシュフローの総和(積み上げ棒グラフ)は、原油価格(青色折れ線)と同様の推移を示しており、2020年までは各社設備投資の推移(オレンジ折れ線)とも概ね連動していることがわかる。2021年以降は、新型コロナウイルス感染症による経済活動停滞から回復しつつある石油需要にけん引され、原油価格は上昇。これに伴い各社のフリーキャッシュフローも大幅な増加に転じ、ロシア事業に起因する減損処理などの影響はありながらも、2022年は空前の好決算となった。他方、各社設備投資の推移は、原油価格の上昇幅ほどには伸びておらず、2021年から2022年前半において両者には大きな乖離が見られる。2022年第3四半期決算では、設備投資の水準は2018年第1四半期のそれまで戻りつつあるものの、原油価格が大幅に高い水準で推移していることを考えれば、依然として設備投資はこれを下回っている状況であった。

他方、直近の2022年第4四半期決算では、投資水準は概ね油価の水準にまで回復しつつあるとみることができるが、各社の設備投資が向かう先はどのように変化しているのか。そして、空前の決算を達成し、各社とも株主への還元を強化している状況は先に述べたとおりであるが、過去の決算と比較した場合、どのような推移が見られるのか、次項で詳しく見ていくことにする。

 

(3) 株主還元と投資動向

図 5は、2019年以降のメジャー5社の設備投資について、上流設備投資、精製・マーケティングを中心とする下流設備投資、その他設備投資に分類し、これに加え株主還元策である配当と自社株買いへの支出額を示したものである。設備投資のその他には、電力部門や石油化学部門、低炭素事業部門などが含まれるが、各社のセグメント区分には相当の違いがあるため、便宜上全社に共通するセグメントである上流設備投資、下流設備投資と、その他設備投資に分類している。図 6はこれらの合計に対する各設備投資及び株主還元の割合を示したものである。

これによれば、石油・天然ガス開発を含む上流設備投資については、これまで新型コロナウイルス感染症拡大による原油価格の下落と、気候変動問題への対応からクリーンエネルギーへの移行が声高に叫ばれていたこともあり、減少傾向であった。他方、2022年の投資額は、原油価格の上昇のほか、ロシアによるウクライナ侵攻の影響からエネルギーセキュリティに世界が覚醒し、化石燃料に依存する現在のエネルギーシステムにおいて、石油・天然ガスを安定的に供給することの重要性を再認識したこともあり増加傾向にある。下流設備投資については、メジャー各社による大規模な新規製油所への投資は見られないものの、低炭素エネルギー供給を目的に製油所における合成燃料(e-fuel)製造のために必要な投資などもこれに含まれることから、近年においてはその投資額、割合ともに増加傾向にある。

そして、2021年から2022年は、原油・天然ガス価格が比較的高水準で推移したこともあり、各社とも潤沢なフリーキャッシュフローを創出したことは、既に述べたとおりであるが、これが配当や自社株買いという形で株主に還元されている。直近の決算期である2022年第4四半期においては、ExxonMobilを除く4社が6%から15%の増配を決定したほか、次期四半期決算までの自社株買いを追加で発表した。ExxonMobilについても、2022年には149億ドルの配当と、これと同水準となる149億ドルの自社株買いを実施。2023年から2024年には追加で最大350億ドルの自社株買いを行うことを発表した。

図 5:メジャー5社 設備投資及び株主還元支出額推移
図 5: メジャー5社 設備投資及び株主還元支出額推移
出所:決算資料及びEvaluateEnergyに基づきJOGMEC作成
図 6:メジャー5社 設備投資及び株主還元支出割合推移
図 6: メジャー5社 設備投資及び株主還元支出割合推移
出所:決算資料及びEvaluateEnergyに基づきJOGMEC作成

(4) 各社事業方針 ―エネルギーセキュリティと気候変動への対応―

今後メジャー各社の投資はどこに向かうのか、近年の事業方針の変化から動向を読み取りたい。

表 2では、メジャー5社の事業方針について、2020年頃に発表された方針と、直近の決算発表に合わせて発表された方針を比較している。2020年頃に発表された従来の方針では、気候変動対策の観点から自社の操業や自社製品のネットゼロ達成に向けた各種指標に対するコミットメントが中心であり、低炭素エネルギー投資の水準や、設備投資割合の拡大、石油・天然ガス事業への投資縮小などが多くみられる。他方、2022年12月から2023年2月までに発表された新たな事業方針においては、引き続きこうした気候変動対策のための低炭素エネルギー投資が重要であるものの、増加する世界のエネルギーニーズを充足するために、「責任ある供給者」として安定的な石油・天然ガス供給を支えるための上流投資の重要性があらためて強調されている。

ExxonMobilは、2020年12月に公表した事業方針において、2025年までの温室効果ガス排出削減計画を発表。2016年比で上流事業の二酸化炭素排出強度を15%から20%削減するほか、地球温暖化への寄与度が高いメタンについては40%から50%、フレアリングを35%から45%削減するとした[10]。また、2021年12月に発表した事業計画では、2022年から2027年の間に、CCS・水素事業等の低炭素事業に対し150億ドルを投資すると発表したほか、高リターン・低コスト・低排出の上流投資を促進するとの方針を明らかにした[11]。2022年12月には、世界のエネルギーニーズを満たすことと排出の削減を両立するために取り組む(Working to meet the world’s energy needs AND reduce emissions.)と、Woods CEOは述べ、エネルギーの追加供給のニーズに応え、2027年の石油・天然ガスの生産量を2019年比で日量250万石油換算バレル以上増加させる方針を発表[12]。同時に、2027年までの低炭素事業への投資を従来の150億ドルから170億ドルに拡大することを明らかにした。

Shellについては、2021年5月に発表した事業戦略において、同社が掲げる設備投資の3つの柱について、Growth(マーケティング、再生可能エネルギー及びエネルギーソリューションズ)に対して35%から40%、Transition(統合ガス、石油化学及び石油製品)に対して30%から40%、そしてUpstream(石油・天然ガス開発上流)に対して25%から30%を支出するとし、Growth及びTransitionに重点を置いた投資配分とする方針を明らかにした[13]。また、2025年以降の新規フロンティア探鉱を想定しないとするなど、上流投資への優先度が相対的に低下した。他方、2023年2月の事業戦略では、3つの柱に対する設備投資の配分を3分の1ずつ均等にすると発表した[14]

Chevronは、2022年3月の方針[15]において、上流投資の二酸化炭素排出強度を2028年までに2016年比で35%削減するとしていたものを、38%削減まで引き上げることを2023年1月に発表[16]

TotalEnergiesについては、2022年から2025年における設備投資総額の20%以上を再生可能エネルギー・電力事業に支出すると2021年2月の方針で発表していたところ、2023年には総額の30%を低炭素エネルギーに支出すると明らかにした[17]

表 2:メジャー5社事業方針比較
表 2: メジャー5社事業方針比較
出所:各社発表に基づきJOGMEC作成

bpは今期の決算報告と併せて、事業戦略を大きく変更した。同社は2020年8月4日、International Oil Company(IOC)からIntegrated Energy Company(IEC)への転換を目指し、2030年までにこれまでと異なる企業となるための戦略(低炭素エネルギーと再生可能エネルギーへの投資を大きく引き上げる)を打ち出していた[18]。同戦略では、低炭素エネルギー向け投資を2030年まで年50億ドル拡大するとともに、再生可能エネルギーによる発電量を50ギガワットに増加。他方で、2030年の石油・天然ガス生産量を2019年比で40%以上削減するとし、新規事業国での新たな炭化水素への投資は行わない方針を掲げていた。

しかし今期の報告において、Looney CEOは、「この世界は、私たちが僅か3年前にこの旅路を始めたとき(注:2020年8月の戦略発表)と比べ、大きく異なるものになった。いくつもの困難と変動性(challenges and volatility)に直面し、この世界はいわゆる『エネルギーのトリレンマ』に対して、より安定的に、より手ごろに、そして低炭素なエネルギーを供給できる、よりよりバランスの取れたエネルギーシステムを欲しており、その必要性が今まで以上に明確になった」と述べ、これを実現するために、(1)エネルギートランジションを加速すること、(2)エネルギーセキュリティと手ごろな価格を維持しながら、炭化水素が大宗を占める今日のエネルギーシステムからの「秩序ある」移行を確実にすることが必要であるとした。これは、(1)社会の脱炭素化を支援する低炭素ソリューションへの投資増加と、(2)エネルギーセキュリティと手ごろな価格を最優先に、エネルギー供給を継続するために炭化水素への継続的な投資の双方が必要であることを意味すると説明した。具体的には、2030年までに(1)低炭素バイオ燃料と水素の開発に重点を置き、年間平均で10億ドル以上を投資するほか、(2)石油・天然ガスに依存する今日のエネルギーシステムに対し、生産に至るまでの期間が短いショートサイクル事業や、短期の投資回収が可能な案件、長期保有が見込まれる資産に対して年間平均で10億ドル以上を投資する計画である。ショートサイクル事業に注力する理由は、最小のインフラ投資により今後5年間程度で生産が開始されることで、比較的高値で推移するとみられる中期の石油・天然ガス価格の恩恵を享受することにある。

図 7:2030年に向けたbpの投資方針
図 7: 2030年に向けたbpの投資方針
出所:bp2022年第4四半期決算資料を基にJOGMEC作成

bpの2022年通年での石油換算生産量は日量:30万バレルとなり、前述の戦略における基準年(2019年:380万バレル、うちロシア事業分120万バレル)と比較し、約40%の削減を達成している。これは、ロシアによるウクライナ侵攻の影響により、同社がロシア事業から撤退することを決定した要因が大きい。今期の決算報告に合わせ、2030年の石油・天然ガス生産量を2019年比で25%削減すると発表し、削減率においては、生産削減計画は縮小したが、基準年の生産量からロシア事業分(2019年:日量120万バレル)を除き、日量260万バレルを基準として、2030年までに日量200万バレル程度の生産を目指す考えだ。2030年の生産量は25%削減するものの、ショートサイクル事業や短期の投資回収が可能な事業に重点を置き、油価60ドル/バレルにおいて、投資のハードルレートを15~20%に設定し投資規律を確保するほか、バランスの取れたポートフォリオ戦略により収益を確保することを目指すとしている。

図 8:2030年に向けたbpの石油・天然ガス生産方針
図 8: 2030年に向けたbpの石油・天然ガス生産方針
出所:bp2022年第4四半期決算資料

3. エネルギートリレンマに直面する2023年の展望

(1) エネルギートリレンマと持続可能なエネルギー政策への道筋

前項において、各社の事業戦略の変化を紹介したが、その背景にある要因はなにか。「エネルギートリレンマ」という概念が注目されるようになり久しいが、エネルギーを取り巻く3つの要素である「Energy affordability(エネルギーが手ごろな価格であること)」、「Energy security(適切な量なエネルギーが安定して供給されること)」、「Decarbonization(脱炭素化)」のなかで揺れ動く世界を理解することが重要である。

まず、「エネルギートリレンマ」とはなにか。エネルギーは様々なものに形を変え、今日の社会を支えている。これを手ごろな価格で安定的に、かつ気候変動問題にも配慮しつつ利用する必要があり、これらのバランスを取ることが重要である。これを詳細に分析・解説することは本稿の趣旨から外れるため割愛するが、「エネルギートリレンマ」は次の3つの概念から構成される。「Energy affordability」は、人々が必要とするエネルギー(輸送用燃料としての需要のほか、暖房、冷房、その他のエネルギーサービスを含む)を、他の基本的ニーズを充足するための能力を制約することなく満たすことである。また、「Energy security」は、社会活動を支えるために常に適切な量のエネルギーが供給され、地政学的要因や自然災害に対してもそれが安定していることである。これに加え、気候変動問題への対応から、現在のエネルギーシステムの大宗を占める石油・天然ガス・石炭などの化石燃料の利用に際しては、将来における供給や気候に対する負の影響(気候変動による災害の増加など)をはじめ、将来世代の不利益にならないようにエネルギーサービスが提供され消費されることが重要であり、「Decarbonization」(あるいはSustainability)の観点も併せて、「エネルギートリレンマ」を構成する[19]

図 9は、「エネルギートリレンマ」を構成する概念を図示したものである。3つの概念をすべて包含し、手ごろで安定的で気候変動問題にも配慮したエネルギーを供給することが、持続可能なエネルギー政策であり、これを目指すことが重要であるとの認識が世界全体で形成されつつある。

気候変動問題への対応が注目され、国際社会では1992年に採択された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づき、1995年より毎年、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催され、世界レベルで実効的な温室効果ガス排出量削減の実行に向けた議論が行われてきた。こうした中、2015年12月にフランスのパリで開催されたCOP21において、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みとして「パリ協定」が採択された。これは、1997年12月に京都で開催されたCOP3において採択された2020年までの枠組みである「京都議定書」に代わるものであり、歴史上はじめて全ての国が温室効果ガス排出削減等の気候変動の取組に参加する枠組みとなった点で画期的である。

2021年に英国のグラスゴーで開催されたCOP26では、今世紀末までの気温上昇を1.5℃に抑える努力目標追求の決意を確認しつつ、今世紀半ばのカーボンニュートラル及びその経過点である2030年に向けて野心的な気候変動対策を締約国に求めることに合意。また、2018年のCOP24からの継続議題となっていたパリ協定6条(市場メカニズム)の実施指針、第13条(透明性枠組み)の報告様式、温室効ガス排出削減に関するNDC(Nationally Determined Contribution:各国が決定する貢献)実施の共通の期間(共通時間枠)等の重要議題で合意に至り、パリルールブックが完成した[20]。こうした流れから、2021年には気候変動対策の観点からエネルギーの脱炭素化を目指すことが各国の野心的目標となり、エネルギー開発企業も自社の操業や自社製品からの炭素排出を相殺し、ネットゼロの達成を目指した事業計画を策定することとなった。

国際エネルギー情勢を取り巻く環境が大きく変化したのは、2022年2月。ロシアがウクライナを侵攻したことにより、エネルギーの供給に物理的な障害が発生するのではないかとの懸念が発生し、エネルギーの安定供給が注目された。加えて、国際社会がロシアに対して経済制裁や同国産石油に対して禁輸や価格上限設定を行うことにより、同国からのエネルギー供給が制約を受けるとの懸念が市場で拡大したほか、特にこれまで安価なロシア産パイプラインガスに依存してきた欧州が、他に供給源を求め、LNG市場からの調達を加速させたことにより、エネルギー価格が高騰した。こうして、前述のCOP26によって脱炭素化の機運が高まっていた2021年から、エネルギーセキュリティに大きく舵を切ったのが2022年であった。

図 9:エネルギートリレンマと持続可能なエネルギー政策への道筋
図 9: エネルギートリレンマと持続可能なエネルギー政策への道筋
出所:Equinor 2022 Energy Perspectivesを基にJOGMEC改編

(2) COP28 ―UAE開催が意味すること―

では、2023年において、「エネルギートリレンマ」を巡る議論の重心はどのように変化し、持続可能なエネルギー政策の実現を目指していくのであろうか。その方向性に影響を与えると考えられるのが、2023年11月から12月にかけて開催されるCOP28である。

COP28は、中東のエネルギー生産国であるアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催される。中東地域での初めての開催となるCOPであり、伝統的には化石燃料である石油・天然ガスの生産国、そして今日においては、再生可能エネルギーの開発、原子力エネルギーの利用を進めるエネルギー生産国としての側面を有するUAEがホストを務める。COP28の議長には、同国産業・先端技術大臣兼国営石油会社ADNOCのCEOを務めるSultan Jaber氏が就任することが決定している。同氏は、2022年11月にUAEのアブダビで開催された世界最大規模の石油・天然ガス産業の国際会議・展示会であるAbu Dhabi International Petroleum Congress(ADIPEC)の開会式に登壇し、「2050年までに世界の人口は97億人に達し、ニーズを満たすために今日より30%以上のエネルギーを生産する必要がある」との認識を示し、「世界は最大のエネルギー生産と最小の排出を必要としている(“The world needs maximum energy, minimum emissions.”)」と述べた。また、今日のエネルギーシステムを支える石油・天然ガスといった炭化水素について、「投資がゼロになれば、自然減退により日量500万バレルの供給が失われる」とし、特定のエネルギー源に依存するのではなく、「世界は、石油、ガス、太陽光、風力、原子力そして水素といった利用可能なすべてのエネルギーソリューションを必要とする」と強調した[21]。同氏の発言からは、エネルギー生産国として、世界が必要とするエネルギーのニーズに応えつつ、排出削減を通じた気候変動対策への貢献も果たしていくという「責任あるエネルギー生産者(生産国)」像が見て取れる。エネルギー開発企業各社が、低炭素エネルギーへの投資を積極的に進めるなか、石油・天然ガスへの上流投資継続の必要性を2023年の事業計画の中で打ち出したこともこれに通じると考えられる。

また、2022年11月にエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催されたCOP27においては、気候変動対策の各分野における取組の強化を求めるCOP27全体決定「シャルム・エル・シェイク実施計画」、そして2030年までの緩和の野心と実施を向上するための「緩和作業計画」が採択された。加えて、ロス&ダメージ(気候変動の悪影響に伴う損失と損害)支援のための措置を講じること及びその一環としてロス&ダメージ基金(仮称)を設置することを決定するとともに、この資金面での措置(基金を含む)の運用化に関してCOP28に向けて勧告を作成するため、移行委員会の設置が決定された[22]。一連の議論により、主にこれまで先進国の経済発展に伴い排出してきた二酸化炭素等の温室効果ガスによる気候変動の負の影響とこれに伴う損失と損害を補填することを新興国や途上国が求め、その声が高まったことは明らかである。そして、COP28が引き続き新興国・エネルギー生産国であるUAEで開催されることで、エネルギー・気候変動問題の議論の重心が、先進国から新興国や途上国に移り変わり、今後も人口増加とそれに伴うエネルギー需要増加に直面するこれらの国々が、「Energy affordability」の重要性を強く主張することになるだろう。よって、「エネルギートリレンマ」を巡る議論の方向性もまた、それを反映し移り変わることになるとみられる(図 9参照)。

 

(3) 2023年エネルギー市場の注目点

これまで、「エネルギートリレンマ」の観点から、概念的に2023年の方向性を捉えることを試みたが、最後に2023年のエネルギー市場における注目点を紹介し、本稿を締めくくりたい。

エネルギー需要の伸びは基本的に経済成長と相関があることから、国際通貨基金(IMF)が1月30日に発表した2023年世界経済成長見通し(実質GDP成長率)において、前回(2022年10月)の予測から0.2ポイント上方修正し、2.9%となったことはエネルギー需要の増加に寄与する。上方修正の理由については、労働市場の力強さや、家計消費や設備投資が堅調に推移している点、エネルギー危機に対する欧州の対応力、インフレの改善傾向、中国によるゼロコロナ政策の転換により経済活動回復の道筋がついたこと等を挙げた。一方で、依然として中国における新型コロナウイルス感染症再拡大のリスクや、インフレ率の高止まりによる金融政策の引き締め、ロシアによるウクライナ侵攻の長期化と激化によるエネルギー供給及び価格への影響と、食糧供給の懸念が世界経済成長の下振れ要因が存在すると指摘した[23]

こうした世界経済成長見通しを背景に、2023年の原油価格は、(1)中国経済の回復期待とこれに伴う石油需要の伸びが市場で期待されること、(2)OPECプラス産油国が、2022年11月から2023年12月にかけての原油生産目標を2022年10月比で日量200万バレル削減する方針を維持することで合意し、市場において石油需給の引き締まり感が醸成されることのほか、(3)ロシア産原油や石油製品に対する価格上限設定や禁輸措置が実施されており、ロシアからの輸出水準が今後どの程度で推移するか不透明であること等が注目される。

また、足元のガス価格については、欧州の暖冬による影響でガス地下貯蔵在庫が高水準にあるほか、クリーンエネルギー発電が好調であることや、アジアの低調な購買意欲により、TTF、JKMのいずれも15ドル/百万BTU前後で推移している。冬場の需要期は終わりを迎えつつあり、今後は中国のLNG輸入動向、欧州におけるロシア産パイプラインガスの供給レベルと輸入LNGに対する需要が注目点となる。

 

 

[1] bp, Statistical Review of World Energy, https://www.bp.com/en/global/corporate/energy-economics/statistical-review-of-world-energy.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月20日閲覧

[2] 同上

[3] IEA, IEA Member Countries to make 60 million barrels of oil available following Russia’s invasion of Ukraine https://www.iea.org/news/iea-member-countries-to-make-60-million-barrels-of-oil-available-following-russia-s-invasion-of-ukraine(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月22日閲覧

[4] IEA, An update on Member Countries’ Contributions to IEA Collective Stock Draw https://www.iea.org/news/an-update-on-member-countries-contributions-to-iea-collective-stock-draw(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月22日閲覧

[5] The White House, FACT SHEET: President Biden’s Plan to Respond to Putin’s Price Hike at the Pump https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/03/31/fact-sheet-president-bidens-plan-to-respond-to-putins-price-hike-at-the-pump/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月22日閲覧

[6] EIA, Weekly Petroleum Status Report https://www.eia.gov/petroleum/supply/weekly/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[7] IEA, IEA confirms member country contributions to second collective action to release oil stocks in response to Russia’s invasion of Ukraine https://www.iea.org/news/iea-confirms-member-country-contributions-to-second-collective-action-to-release-oil-stocks-in-response-to-russia-s-invasion-of-ukraine(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月22日閲覧

[8] Reuters, Russia says it may cut oil output up to 7% over price cap, https://www.reuters.com/business/energy/russia-may-cut-oil-output-response-price-caps-report-2022-12-23/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月22日閲覧

[9] bp, bp to exit Rosneft shareholding, https://www.bp.com/en/global/corporate/news-and-insights/press-releases/bp-to-exit-rosneft-shareholding.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月10日閲覧

[10] ExxonMobil, ExxonMobil announces emission reduction plans; expects to meet 2020 goals, https://corporate.exxonmobil.com/news/newsroom/news-releases/2020/1214_exxonmobil-announces-2025-emissions-reductions_expects-to-meet-2020-plan(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[12] ExxonMobil, 2022 Corporate Plan Update, https://corporate.exxonmobil.com/investors/investor-relations/corporate-plan-update(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[13] Shell, Shell Energy Transition Strategy 2021, https://www.shell.com/investors/investor-presentations/2021-investor-presentations/shell-energy-transition-strategy-2021.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[14] Shell, FOURTH QUARTER 2022 RESULTS – FEBRUARY 2, 2023, https://www.shell.com/investors/results-and-reporting/quarterly-results/2022/q4-2022.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[15] Chevron, 2022 Chevron Investor Day Presentation, https://chevroncorp.gcs-web.com/static-files/5a798840-e083-4339-a83b-f0f565227655(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[16] Chevron, Chevron 2023 Investor Presentation, https://chevroncorp.gcs-web.com/static-files/733c80ae-1571-49cf-9199-99e3b3d56da6(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[17] TotalEnergies, 2022 Results and 2023 Objectives, https://totalenergies.com/system/files/documents/2023-02/TotalEnergies_2022_Results_2023_Objectives-presentation.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[18] bp, bp strategy in brief – from IOC to IEC, https://www.bp.com/content/dam/bp/business-sites/en/global/corporate/pdfs/who-we-are/our-strategy-2020-leaflet.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月8日閲覧

[19] Equinor, Energy Perspectives 2022, https://www.equinor.com/sustainability/energy-perspectives(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[20] 外務省, 国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)、京都議定書第16回締約国会合(CMP16)、パリ協定第3回締約国会合(CMA3)等, https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page24_001540.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[21] ADNOC, Dr. Sultan Al Jaber Calls for Maximum Energy, Minimum Emissions in ADIPEC Opening Address, https://www.adnoc.ae/en/news-and-media/press-releases/2022/dr-sultan-al-jaber-calls-for-maximum-energy-minimum-emissions-in-adipec-opening-address(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[22] 外務省, 国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27) 結果概要, https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1_001420.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月15日閲覧

[23] IMF, Global inflation will fall in 2023 and 2024 amid subpar economic growth, https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2023/01/31/world-economic-outlook-update-january-2023(外部リンク)新しいウィンドウで開きます 2023年2月10日閲覧

 

以上

(この報告は2023年2月24日時点のものです)

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