ページ番号1009654 更新日 令和6年10月21日

東地中海への期待と不安(2):キプロス探鉱ブームとトルコをめぐる地政学的な変化、そして輸出への「ラストチャンス」

レポート属性
レポートID 1009654
作成日 2023-03-02 00:00:00 +0900
更新日 2024-10-21 15:50:25 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG基礎情報
著者 豊田 耕平
著者直接入力
年度 2022
Vol
No
ページ数 15
抽出データ
地域1 中東
国1 トルコ
地域2 欧州
国2 キプロス
地域3 欧州
国3 ギリシャ
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,トルコ欧州,キプロス欧州,ギリシャ
2023/03/02 豊田 耕平
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概要

  • 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、東地中海は「脱ロシア天然ガス供給源」として注目が高まり、その後1年余りで大きな変化を経験した。『東地中海への期待と不安(1)』で取り上げたエジプトとイスラエルと同様に、キプロスを取り巻く環境も探鉱開発・地政学の両側面で変化しつつある。本稿では、キプロスをめぐる探鉱開発・地政学それぞれの変化が、同国のガス田開発にどのように影響したかを検討する。
  • 探鉱開発の側面では、ENIとトタルエナジーズは2022年に2つのガスプロスペクトの発見に至った。これまでエジプトやイスラエルと異なり大規模ガス田が発見されてこなかったものの、2010年代から発見されてきたプロスペクトと今回のディスカバリーを併せると、キプロス単独での新規LNG基地を建設することができる可能性が高まった。加えて、エクソンモービルを中心に2023年以降の探鉱に向けた動きも活発であり、今後も継続的なガス発見が期待される。
  • 地政学的な側面では、2010年代に形成されてきたキプロス・ギリシャ・イスラエル・エジプトを中心とした「反トルコ連合」とトルコや北キプロスとの対立構造が、トルコによる外交方針の転換によって揺らぎつつある。2022年8月にはトルコとイスラエルが関係正常化に達し、トルコによるエジプトへの和解努力も進んでいる。一見、東地中海全体の安定化につながる出来事ではあるものの、キプロスから見ると、これまでトルコに対抗する後ろ盾として機能してきた「反トルコ連合」にひびが入ることとなる。結果として、キプロスが海上境界紛争で劣勢に回ることで、同国からのガス輸出は遠のく可能性がある。
  • 加えて、キプロスから欧州への輸出可能性はあくまで一時的なチャンスであり、この機会を逃すとキプロスからのガス輸出は困難になる可能性が高い。第一に、イスラエルをめぐる地政学的な対立が次々と解消される一方で、キプロスの地政学的対立は解決の糸口が見えない。その結果、東地中海は「安定供給が見込まれる大規模ガス田のあるエジプトとイスラエル」と、「安定供給が見込めず比較的小規模なガス田のあるキプロス」とに二分され、キプロスのガス田が東地中海からのガス供給に関する注目から外れてしまう可能性がある。第二に、欧州は長期的なカーボンニュートラルへの流れを堅持しており、中長期的には新規のガス供給源を必要としなくなる可能性すら存在する。
  • キプロスは探鉱開発が進展している一方で地政学的な対立がますます紛糾している。しかし、イスラエルやエジプトでの天然ガス供給に向けた状況の好転や欧州の長期的なカーボンニュートラル志向を踏まえると、キプロスガス田に残された時間は多くない。東地中海のガス田開発に注目が集まっている今が、北キプロス・トルコとの国家間の対立をコントロールし、欧州への天然ガス供給を達成する「ラストチャンス」になる可能性がある。

 

1. はじめに

『東地中海への期待と不安(1)』[1]では、イスラエル・レバノン間の海上境界に関する「歴史的合意」の背景と展望、エジプトやイスラエルでの探鉱ブームによって、東地中海が安定的な天然ガス供給源に向けて前進していることを論じた。ここで取り上げたエジプトとイスラエルは、今後の新規入札ラウンドの結果によってその魅力は左右されうるとはいえ、国家間対立という潜在的なリスクをコントロールし、商業的な観点からエネルギー事業が検討され始めている。他方、本稿で取り上げるキプロスのガス田開発においては、依然として国家間対立という地政学的要因が最も重要なファクターである。これまで「ガスのポテンシャルは有しているが、地政学的にハードルが高い」地域であると一括りにされてきた東地中海であるが、エジプト・イスラエルとキプロスとで大きく明暗が分かれようとしている。

2022年にはキプロスでも、エジプトとイスラエル同様にガス田開発に向けた好材料と見られる出来事が散見された。2022年下半期の2つのガスディスカバリーはキプロス周辺でのガス田開発の可能性を広げ、8月のトルコとイスラエルとの関係正常化によって東地中海での地政学的対立を構成する国家間対立の1つが沈静化した。しかし、周辺国から物議を醸した2019年のトルコ・リビア間の海上境界合意に基づく2022年10月の両国間のエネルギー探査に関するMOU締結や、激しさを増すトルコとキプロス・ギリシャとの対立等、地政学的対立は依然としてこの地域に重くのしかかっている。また、一見好材料に見えるトルコとイスラエルとの関係正常化についても、キプロスのガス田開発に対する影響という観点では必ずしも状況を好転させているということはできない。これらの地政学的対立の中心には、トルコをはじめとした関係国間のキプロスをめぐる対立構造が存在している。

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を契機に、キプロスを含む東地中海ガス田は「脱ロシア天然ガス供給源」としての注目を集めている。キプロスはメジャー各社による探鉱開発を経て、欧州向けに安定的な天然ガスフローを提供するポテンシャルを有している。では近年、キプロスをめぐる探鉱開発・地政学的情勢はどのように変化したのか。そしてその結果、キプロスのガス田は欧州への輸出を達成し、「脱ロシア天然ガス供給源」となりうるのか。本稿では、キプロスのガス田から欧州への輸出可能性について、2022年までに生じた探鉱開発上・地政学上の変化を踏まえて分析することを試みる。

本稿は以下のとおり分析を進める。第一に、2022年のキプロスでのガスディスカバリーの概要とそれらの発見がキプロスに与える意義を検討する。第二に、キプロス周辺海域においてガス田開発を阻害する地政学的対立と、その対立に近年生じた構造的変化を分析する。そして最後に、上述の地政学的な変化等を踏まえたキプロスから欧州への輸出可能性を検討する。

 

2. キプロスで続く「探鉱ブーム」と高まる期待

まず、2022年のキプロスにおける探鉱動向を整理し、近年の動向のキプロスでのガス田開発に対する意義を検討する。キプロスでは2011年に米国のノーブル・エナジー(Noble Energy)がアフロディーテ(Aphrodite)ガス田を発見したことを機にメジャー各社からの関心が高まり、その後2012年と2016年の入札ラウンドではENIやトタルエナジーズ(TotalEnergies)を中心とした外国企業が沖合鉱区に競って参画した。しかし2020年に新型コロナウイルス感染拡大の影響で各社が設備投資を削減したことで、メジャー各社はキプロス沖合での掘削活動を一時停止せざるを得ない状況となった。

2022年に入り、メジャー各社によるキプロスでの探鉱活動は再び盛り上がりを見せている。キプロスは2010年代と同様、若しくはそれ以上に、欧州への潜在的なガス供給源としての期待を高めているのである。その中心となるのが、ENIとトタルエナジーズによるガスディスカバリーと、エクソンモービル(ExxonMobil)らによる探鉱活発化の兆しである。

 

(1) ENIとトタルエナジーズによるガスディスカバリー

ENIとトタルエナジーズは2010年代の2回の入札ラウンドにおいて多数のキプロス沖合鉱区を確保し、同国でのガスディスカバリーを待ち望んできた。その期待が現実のものとなったのが、2018年2月の第6鉱区におけるカリプソ(Calypso)・プロスペクトの発見である(鉱区位置は図1)。このプロスペクトの規模はおよそ6~8兆立方フィート(Tcf)程度と言われ、東地中海で既に発見されていたエジプトのゾールガス田(30Tcf)、イスラエルのリヴァイアサンガス田(22.7Tcf)に比べて控えめであった。しかし両社は発見当初から「エジプトのゾールガス田に類似した構造」を持つプロスペクトであると評価し、このガスディスカバリーがキプロス沖合での大規模ガス田の発見につながることを期待してきた。

(図1)キプロスの石油ガス鉱区状況(2023年2月現在)
(図1)キプロスの石油ガス鉱区状況(2023年2月現在)
(出所:JOGMEC作成)

カリプソ・プロスペクトの発見後、2020年の新型コロナウイルス感染拡大による小休止を挟み、ENIとトタルエナジーズは第6鉱区での掘削活動を続けてきた。その結果、2022年8月にクロノス1(Cronos-1)試掘井で2.5Tcfのガス貯留層を、同年12月にはゼウス1(Zeus-1)試掘井において2~3Tcfのガス貯留層をそれぞれ発見した(表1)。これまでのキプロスでの発見と同様、今回の2つの発見も規模は大きくないが、キプロスのガス田開発にとっては大きな意義を有する。キプロスはこの発見によって、アナスタシアディス前大統領が「戦略的な国家の優先事項」[2]と形容したキプロスでの陸上LNG基地、もしくは沖合に敷設する浮体式LNG基地(FLNG)の敷設に向けて大きく前進したこととなるからである。

(表1)2022年東地中海におけるガス発見
(出所:各社プレスリリースを基にJOGMEC作成)

MEESはこれまで、国内需要を満たしたうえでLNG基地を建設し、長期の安定供給と投資回収が可能となる天然ガス量は15Tcfであると評価してきた[3]。これはキプロス国内の天然ガス需要を満たしたうえでLNGを輸出するのに十分なガス量であると考えられる。これまではキプロスで発見されたガスが15Tcfに満たないことから、イスラエルのリヴァイアサンガス田等からガスを供給しなければ新規LNG基地の建設は実現が困難であると言われてきた。しかし今回の発見により、各社の公式発表に基づくと第6鉱区で発見されたガス資源量(in place)は予備評価において10.5~13.5Tcfと言われており、LNG基地の建設に必要な15Tcfに迫ることとなった。ウッド・マッケンジー(カリプソ・クロノスを併せて4Tcf程度と推計[4])やMEES(カリプソ・クロノス・ゼウスを併せて5.5~7.5Tcfと推計[5])の推計はこれより小さいものの、例えば第10鉱区で発見されたグラウコス(Glaucus)プロスペクト(5~8Tcf)や第12鉱区で開発を待つアフロディーテガス田(4.6Tcf)を併せると、キプロス単独でのLNG基地の建設が現実味を帯びてきたと言える。つまり今回のガスディスカバリーは、キプロス単独での新規LNG基地の建設というガス田開発オプションの実現可能性を高めたという観点で、キプロスのエネルギー安全保障、及び同国での天然ガスの収益化にとって大きな意義を有するのである。

 

(2) 活発化するエクソンモービルの鉱区取得

キプロスでのガス田開発において新たなガスディスカバリーと並んで期待されるのが、エクソンモービルらによる探鉱活動の活発化である。エクソンモービルとカタールエナジー(Qatar Energy)は2017年に第10鉱区を獲得し(鉱区位置は図1)、2019年2月には同鉱区においてキプロスで3番目のガスディスカバリーとなるグラウコス・プロスペクトを発見する等、キプロス沖においてENIやトタルエナジーズに次いで活発に活動してきた企業である。エクソンモービルらは、2021年末からキプロス沖近辺での鉱区獲得を進め、2023年以降に同地域での探鉱活動を推進することへの意欲を見せている。

2021年12月、エクソンモービルとカタールエナジーは第10鉱区に隣接する第5鉱区を獲得した[6]。さらに同社は海上境界をまたいでエジプト側にも手を広げている。2021年初頭にはキプロス沖合鉱区とゾールガス田に近い広大なスター鉱区を獲得した。さらに、2023年1月にナイルデルタの外側に位置し、キプロス沖合第10鉱区に隣接するカイロ鉱区、マスリー鉱区を立て続けに獲得したことで、キプロス沖合からエジプト沖合まで、ゾールガス田の西側に一連の鉱区群を保有することとなった。これらの鉱区にゾールガス田と同様の炭酸塩岩貯留層が広がっていることを見越し、大規模ガス田の発見を期待した動きであると考えられる。

エクソンモービルは2023年以降、これらの鉱区で活発に探鉱活動を行っていく構えである。早くも2022年6月には、2023年末から2024年初頭までの試掘井掘削を目指し、キプロス沖合第5鉱区での地震探査を開始している。MEESによると、エクソンモービルらは第5鉱区、第10鉱区でそれぞれ1本の試掘井掘削を計画している[7]。また、2023年後半にはエジプトのカイロ鉱区、マスリー鉱区での探鉱活動を進める見込みである。エクソンモービルはキプロス沖合近辺でのガス田開発について、新規陸上LNG基地による収益化を志向していると報じられており[8]、前項で述べたENIとトタルエナジーズのガスディスカバリーと同様、エクソンモービルらの動きも今後キプロスにおける新規LNG基地の建設に繋がりうるのである。

 

3. トルコ外交政策の転換:揺らぐ「反トルコ連合」

次に、キプロスでのガス田開発を停滞させる地政学的要因について、2010年代から構築されたトルコと「反トルコ連合」の対立構造及びその近年の変化について論じる。2000年代初頭から見られたキプロス沖合でのガス田開発と排他的経済水域(EEZ)をめぐるキプロス共和国と北キプロス・トルコ共和国(以下、北キプロス)及びトルコとの衝突は、2010年代には東地中海での大規模ガス田の発見やイスラエル・トルコ間の関係悪化を受け、地域全体の「反トルコ連合」の形成につながることとなった。しかし近年、トルコがイスラエルをはじめとする近隣諸国との関係改善を働きかけるにつれ、トルコと「反トルコ連合」の対立構造に変化が生じ始めている。以下では、トルコと「反トルコ連合」の対立構造の変化と、それがキプロスのガス田開発にどのような影響を及ぼすかについて論じる。

 

(1) キプロスでの海上境界紛争

キプロスでの海上境界紛争は1980年代からのキプロスと北キプロスとの分断に始まり、北キプロスを支援するトルコも交えたEEZに関する紛争が長く続いている。2010年代にはキプロスでのガスディスカバリーをきっかけに関係国間の緊張関係が高まり、より広範な域内対立につながっていった。以下では、東地中海でのガス田開発をめぐる地政学的対立の根幹となっているキプロスでの海上境界紛争について概観する。

キプロス島は1983年に北キプロス・トルコ共和国が独立を宣言してから、トルコ系の北キプロスとギリシャ系のキプロスとに分断されてきた。この分断は、2002年にキプロスがノルウェー企業に石油ガス探査を許可したことで、ガス田開発をめぐる対立に結び付くこととなった[9]。これに対しトルコは、軍艦を用いて同企業の探査船をEEZから排除するという行動をとった。これ以降、「キプロスによる探鉱開発活動に対して、トルコ海軍が軍事行動を示唆することで妨害する」という図式が10年以上にわたって繰り返されることとなる。

キプロスはトルコの介入に対し、EEZを法的に画定しようとすることで対抗した。同国は2003年にエジプトと、2007年にレバノンとともにEEZに関する画定合意に調印した。さらに2004年にはEEZの画定に関する国内法を定め、これらの国際的合意・国内法を基に2000年代後半から探査ライセンスに係る入札ラウンドを実施していく[10]。これに対してトルコと北キプロスは、トルコ国営石油会社TPAOに対して、キプロスが主張するEEZと重なる海域を含むエリアに対して石油ガス探査ライセンスを付与することで、キプロスと同様に自国の石油ガス探査を進め、またキプロスによる探査に対して自国の主張するEEZに基づく対抗措置を取っていくこととなる。この結果、図2のようにキプロスが主張するEEZに対してトルコ・北キプロスは北側から覆いかぶさるようなEEZを主張し、石油ガス探査に関わる衝突を伴う海上境界紛争に至った。

(図2)キプロスと北キプロス・トルコとの海上境界紛争
(図2)キプロスと北キプロス・トルコとの海上境界紛争
(出所:JOGMEC作成)

その後キプロスによる数回の入札ラウンドを経て、2018年から2019年にかけてメジャー各社によるキプロス沖合での探鉱活動が活発化したことにより、キプロスと北キプロス・トルコとの緊張が再び高まる事態となった。トルコはこれらの探鉱活動に強く反発し、2000年代と同様に、軍艦を用いた妨害行動やTPAOによる独自の掘削活動を展開した。例えば2018年2月にENIとトタルエナジーズが第6鉱区でカリプソ・プロスペクトを発見した後、3月にはENIの掘削船が第3鉱区で探鉱活動を継続しようとしていたが、トルコ海軍がこの掘削船を対象鉱区から追い返した[11]。2018年末から2020年には、表2のとおり、TPAOが係争水域での軍艦を伴う掘削活動を活発化させた。この期間に掘削された坑井のほとんどがキプロスと北キプロス・トルコとの係争水域において実施されていることは、これらの掘削活動がキプロス沖合で行われる探鉱活動に対する示威行為であることを示唆している。実際に、ENIやトタルエナジーズ、エクソンモービルらは2019年を最後にこの地域での探鉱活動を延期することとなったが、トルコによる妨害が一因になったと考えられる。

(表2)トルコによるキプロス周辺での掘削活動
エリア 同エリアでのEEZ主張国 掘削船
2018 11 Alanya-1 トルコ Fatih
2019 5 Finike-1 キプロス、トルコ
7 Karpaz-1 キプロス、北キプロス Yavuz
10 Güzelyurt-1 キプロス、トルコ
11 Magosa-1 キプロス、北キプロス Fatih
2020 1 Lefkoşa-1 キプロス、北キプロス Yavuz
2 Narlıkuyu-1 トルコ Fatih
4 Selçuklu-1 キプロス、トルコ Yavuz

(出所:Aydin Calik, “Turkey’s East Med Drilling Campaign: Politics by Other Means,”
MEES, October 9, 2020)

 

キプロス周辺での海上境界紛争は単にキプロスと北キプロス・トルコとの石油ガス探査に関する対立に留まらず、とりわけキプロスがそれぞれ域内諸国からの支援を得ることで、中東域内での国家間対立を巻き込みながら拡大していった。以下では、国家間対立の結果として東地中海全体に現出したトルコと「反トルコ連合」との対立構造について分析する。

 

(2) トルコ対「反トルコ連合」の対立構造

キプロスと北キプロスとの海上境界紛争は、トルコと関係が悪化していた近隣諸国を巻き込み、最終的には東地中海に「反トルコ連合」とでも言える国家間の協力関係が形成された。その協力関係は2019年には「東地中海ガスフォーラム」という形をとり、トルコを阻害した形で東地中海各国のガス田を開発していく流れが生み出された。以下では、「反トルコ連合」の形成過程とその取り組みについて論じる。

東地中海で大規模ガス田が立て続けに発見された2010年代、トルコは東地中海で多くの国と敵対関係にあった。第一に、前述したキプロスはもちろんのこと、ギリシャもエーゲ海や東地中海においてトルコとの海上境界紛争を抱えてきた。第二に、イスラエルは2010年5月にイスラエル海軍がガザ地区へ向かうトルコの援助船「マヴィ・マルマラ」を攻撃し9名が死亡した事件を機に[12]、トルコとの関係が急激に悪化していた。第三に、エジプトでは2014年にトルコが支援するムスリム同胞団主導のムルシー政権をクーデタで打倒し、軍部主導のシーシー政権が成立した。ムスリム同胞団を支援してきたトルコは同政権を敵対的なレトリックで批判し、両国が互いに大使を追放する事態に陥っていた。

これらの4か国はトルコへの脅威認識をもとに、2010年代半ばから緊密な協力関係を構築し始めた。2014年11月にエジプト・ギリシャ・キプロスは三か国首脳会談を行い、キプロスのEEZに対する主権的権利の尊重を強調した上で、トルコに対してキプロスEEZ内での地震探査を中止するよう呼び掛ける声明を発表した[13]。2016年1月にはイスラエル・ギリシャ・キプロスが初の首脳会談を実施した[14]。この会談はトルコのテロ組織への支援等を問題視しながらも、同国がこれら三か国の協調関係に参加することは排除しないという、抑制的なトーンでトルコを牽制するものであった。これら4か国の関係強化においては、軍事・防衛協力とともに各国で当時発見された大規模ガス田を起点としたエネルギー事業における協力に焦点があてられた。それぞれギリシャ・キプロスと協力関係を築き始めたエジプトとイスラエルとの間でも、軍事防衛分野での協力こそ見られないが、イスラエルからエジプトへのパイプラインガスの輸出に関する交渉は両国企業間で進展していた。各国間でのエネルギー協力の機運が高まった結果、2019年1月にこれらの4か国を中心にとして設立されたのが「東地中海ガスフォーラム」である。

 

(図3)第2回東地中海ガスフォーラム(2019年7月)
(図3)第2回東地中海ガスフォーラム(2019年7月)
(出所:東地中海ガスフォーラム公式HP)

東地中海ガスフォーラムは先述した四か国に加え、フランス、イタリア、ヨルダン、パレスチナといった東地中海沿岸国・地域がメンバーとして参加し、EU、米国、世界銀行がオブザーバー参加する形で発足した[15]。同フォーラムの設立目的は、「共有されたビジョンに基づく共通戦略の設定」、「競争的な地域ガス市場の形成」、「需要と供給の安全保障」、「資源開発の最適化のための調整」の四つとされている[16]。つまり、産ガス国と需要国がともに大規模ガス田を有効活用し、東地中海における地域ガス市場を発展させていくことが企図されているが、このフォーラムには東地中海でのガス田開発において主要なプレイヤーになりうるトルコが含まれていない。トルコには東地中海沿岸諸国で随一の国内天然ガス需要が存在するほか、ロシアからのトルコストリーム(2020年1月開通)、アゼルバイジャンからのTANAP(Trans Anatolia Natural Gas Pipeline、2019年12月開通)といった欧州向けパイプラインも建設が始まっていたことから、トルコは今後「天然ガスハブ」としての機能を強化していくことが期待されていた。それにもかかわらずトルコが除外されていたことから、このフォーラムは地域各国と緊張関係を持つトルコを排除した形でガス田開発を進めていく「反トルコ連合」的な性格を持つと評価された。

東地中海ガスパイプラインは、東地中海ガスフォーラムの「反トルコ連合」的性格を具体化するプロジェクトとして検討が進められた。このパイプライン計画は、イスラエルとキプロスのガス田で生産されたガスを、ギリシャのクレタ島を経由してイタリア等の欧州諸国に供給することを目的としている(図4)。この事業では長さ2,000キロメートルのパイプラインを約60~70億ユーロで敷設する必要があるが、その設計輸送能力は11~20bcmに留まる[17]。ロシアからドイツまで敷設された長さ1,224キロメートルのノルドストリーム(Nord Stream 1)パイプラインが、事業コスト74億ユーロに対して設計輸送能力が55bcmであったことを踏まえると、東地中海ガスパイプラインにおいて経済的・技術的な課題が大きいことが分かるだろう。にもかかわらず、この事業はEUのインフラ資金支援を受けられる共通利益プロジェクト(Projects of Common Interest、PCI)に登録され、2020年1月にはイスラエル・ギリシャ・キプロスがパイプライン建設に関する政府間協定を締結するに至った[18]。東地中海ガスフォーラムを代表する事業として、政治的な支持のもと推し進められていったのである。

(図4)東地中海ガスパイプライン計画
(図4)東地中海ガスパイプライン計画
(出所:Edison)

トルコと「反トルコ連合」との対立はエネルギー事業を越え、軍事的な緊張も引き起こした。東地中海ガスフォーラムの設立に対し、トルコは東地中海で対岸に位置するリビアと協力することで対抗を図った。その試みが2019年11月に締結されたトルコ・リビア間のEEZ画定に関するMOUである。トルコは内戦中のリビア国民合意政府(GNA)に対して軍事支援を提供することと引き換えに、東地中海での海上境界紛争においてリビアGNAを味方に引き入れることを狙ったのである。この動きはリビアの隣国であるエジプト、自国領のクレタ島を無視したEEZを設定されたギリシャを中心とした「反トルコ連合」側の強い反発を生み、またこの時期に活発化したトルコによるキプロス周辺での掘削活動も相俟って、トルコと「反トルコ連合」のそれぞれが東地中海での軍事演習を展開し軍事的緊張を高めることとなった[19]

 

(3) トルコの外交転換と「反トルコ連合」の揺らぎ

前項で述べたトルコと「反トルコ連合」との対立は、2021年初頭からトルコが域内諸国との関係改善を志向したことで変化していった。トルコは「反トルコ連合」のうちイスラエルとエジプトに和解を働きかけ、イスラエルとは2022年8月に関係正常化に至った。その結果、キプロスがこれまで後ろ盾としてきた「反トルコ連合」にひびが入り、海上境界紛争においてキプロスが劣勢に回る可能性がある。以下では、2021年以降のトルコと「反トルコ連合」との対立構造の変化について詳述する。

トルコは2021年初頭、2010年代のリビアやシリアにおける拡張主義的な外交政策から打って変わって、域内諸国との関係改善を志向するようになった。この動きの背景については、トルコリラの暴落と新型コロナウイルスの感染拡大による深刻な経済状況[20]、2021年1月にトルコに厳しいと見られるバイデン政権が成立し、またトルコが外交的に支援してきたカタールが他の湾岸諸国と関係を改善したこと[21]等、政治的・経済的な要因がそれぞれ挙げられている。この外交方針の転換は、特にトルコとエジプト、イスラエルとの関係について東地中海の域内関係にも大きな影響を及ぼした。

トルコとエジプトとの関係改善の兆しは2021年3月頃から徐々に見え始めたが、未だ具体的な成果には至っていない。トルコ政府関係者は2021年3月以降、エジプトに対して東地中海・リビア問題に関して協議する準備があると発言し、同国に対する和解を働きかけてきた。しかし両国には依然として、リビア問題やムスリム同胞団への姿勢に大きな乖離が存在する。その相違が如実に表れたのが、2022年10月にトルコがリビア国民安定政府(GNS)と締結したリビア沖合でのエネルギー探査に関するMOUである[22]。同MOUは2019年11月にトルコとリビアGNAとの間で締結された海上境界に関するMOUに基づいたものであり、トルコのリビアへの介入姿勢が変化していないことを示唆している。

これと対照的なのが、同じく2021年初頭から始まったトルコとイスラエルとの関係改善の試みである。両国の関係改善は2022年3月にイスラエルのヘルツォーク大統領がトルコを訪問したことを機に急速に進展し、8月には両国の関係正常化に至った[23]。イスラエルとトルコはとりわけパレスチナ紛争をめぐる偶発的な出来事をめぐって対立してきたが、前述したイスラエル・ギリシャ・キプロスの三か国首脳会談での声明にも表れているように、イスラエルはトルコの拡張主義的な外交政策を警戒しつつも関係改善を排除しない姿勢を取ってきた。その結果、トルコ側が関係改善に前向きな姿勢を見せることで、2022年の東地中海における最も重要な地政学的変化をもたらしたということができる。

「反トルコ連合」のもう二つの主要国であるギリシャ、キプロスとの関係改善は進んでいない。むしろ、2022年5月にはギリシャが米国からトルコへの戦闘機売却を阻止しようとしたことをめぐって、エルドアン大統領がギリシャのミツォタキス首相は「もはや私の中で存在しない」と発言し、その1週間後には両国間の対話枠組みを停止すると発表した[24]。また8月にはENIとトタルエナジーズがクロノス試掘井でガスを発見した直後にトルコが東地中海で2年振りとなる掘削活動を行っている[25]。トルコの掘削活動は係争水域には含まれない箇所で実施されたものの、ギリシャ・キプロスそれぞれとの緊張関係が未だ継続していることを示唆している。

以上のとおり、トルコは2021年以降、エジプトやイスラエルといった東地中海沿岸諸国の和解を試みてきた。リビア問題、キプロスでの海上境界紛争といった東地中海での地政学的対立に関する具体的な問題が解決したわけではなく、トルコは「反トルコ連合」を完全に突き崩すことはできていない。しかし、イスラエルとの関係正常化を端緒に、東地中海での「反トルコ連合」にひびが入り始めているのも事実である。キプロスやギリシャにとっては、イスラエルやエジプト、さらに域外で協力関係を築いていたUAEやサウジアラビア等がトルコとの関係改善に向かうことによって、海上境界紛争においてトルコに対抗する後ろ盾を失うこととなる。トルコによる和解努力は東地中海や中東全体にとっては緊張を緩和させる動きになりうるが、ことキプロスにとっては、北キプロス・トルコとの海上境界紛争で劣勢に陥り、自国でのガス田開発をより困難にする阻害要因になりうるのである。

 

4. キプロスからのガス輸出の「ラストチャンス」

「はじめに」で述べたとおり、2022年はキプロスのガス田開発を推進させる可能性が高まる出来事が散見された。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻は欧州に「脱ロシア天然ガス供給源」を追求させることとなり、その一候補として東地中海ガス田の開発にスポットライトが当てられた。その後8月と12月には沖合鉱区で立て続けにガスが発見され、新たな開発オプションの可能性も高まってきた。2020年にはトルコと「反トルコ連合」との地政学的緊張の高まりや新型コロナウイルスの感染拡大によってメジャー各社の活動が休止し、東地中海ガス田への期待は一時的に落ち込んでいたが、2010年代前半の注目を再び取り戻したと言える。

2022年から高まっている東地中海ガス田開発の機運は、特にイスラエルとキプロスのガス田からの輸出が焦点となっている。エジプトは既にLNG輸出基地が敷設されていることから欧州への輸出見込みが容易に想定できるほか、自国内の天然ガス需要も大きいことから欧州への輸出量も限られると想定されている。他方でイスラエルやキプロスは国内の天然ガス市場が限られており、2010年代に発見されたガス田から十分に欧州向けに輸出する余地があると考えられている。また、イスラエルでは大規模ガス田の拡張事業、キプロスでは発見されたすべてのガス田について輸出オプションが確定していないからである。しかし、ロシアのウクライナ侵攻によって短期的に注目が集まっているものの、キプロスでのガス田開発に関する長期的な見通しは必ずしも良いものではなく、今後輸出機会が縮小していく恐れがある。以下では、キプロスのガス田開発における長期的な懸念として、イスラエルをめぐる地政学的対立の解決による帰結と欧州の天然ガス需要をそれぞれ取り上げて説明する。

第一の懸念は、イスラエル周辺での地政学的課題が解決されたことで、東地中海ガス田開発の焦点からキプロスガス田が外れてしまう可能性である。これまで東地中海ガスフォーラムでは、トルコを除外して「東地中海ガス田の開発」を推進するために、フランスやイタリア、米国といった域外諸国も交えた協議を進めてきた。しかし2022年には8月のイスラエルとトルコとの関係正常化、10月のイスラエルとレバノンとの海上境界に関する「歴史的合意」等、イスラエルのガス田開発をめぐる主要な地政学的課題が相次いで解決された一方で、キプロスは地政学的課題が依然として残っているうえ、エジプトやイスラエルと比べてガス田の規模は控えめであり、開発も進んでいない。そのため、域外の関係諸国から見ると、「エジプト・イスラエルガス田の開発」によって欧州への輸出を促進する傍ら、開発が遅く地政学的課題が残っている「キプロスガス田の開発」への資金的・外交的支援は棚上げするという結論になりかねない。EUは2022年6月にイスラエル・エジプトとの間で、イスラエル産天然ガスをエジプトで液化し、欧州へLNGとして供給するためのMOUを締結した[26]。これまでは上述した2027年に完成予定の東地中海ガスパイプラインを通じて東地中海の天然ガスを供給することを目指してきたEUが、「まずは地政学的課題がなく、即座に供給可能なエジプト・イスラエルのガス田から短期的に欧州への輸出量を拡大する」という方針を示し始めたと評価することができる。この他にも、米国は2022年1月、2019年以来公言してきた東地中海ガスパイプラインへの外交的支援を転換し、今後は東地中海諸国間の送電線の相互接続事業「ユーロアジア・インターコネクター(EuroAsia Interconnector)」を支援すると表明した[27]。これも上述したEUの方針と同様に、より実現可能な形で欧州へのエネルギー供給を目指すものであるということができる。

第二の懸念は、欧州の天然ガス需要の高まりが一過性のものであり、長期的には需要が落ち込んでいく可能性である。この可能性は2022年前半に公表されたEUがロシアへの化石燃料依存からの脱却を企図して策定した『RePowerEU』において早くも示唆されている。2022年3月に発表された概要では東地中海(エジプト)からのLNG輸入を含む短期的な天然ガス供給源の多角化に触れていたが[28]、同年5月に発表された詳細文書においては、早期のクリーントランジションを迅速に推進することでロシア産化石燃料からの脱却を目指すとされている。5月の詳細文書では2030年までにエネルギーミックスにおける再生可能エネルギー比率を前年の40%から45%へ目標を引き上げており[29]、EUがロシア・ウクライナ戦争以前に掲げてきたカーボンニュートラルに向けた政策方針を転換するどころか、この方針をより加速させる構えである。IEAの『世界エネルギー見通し』でも、化石燃料価格の高騰とロシアの化石燃料輸入を減少させる動きによって、欧州の天然ガス需要は現状政策シナリオ(Stated Policy Scenario、STEPS)で18%程度、公表政策シナリオ(Announced Policy Scenario、APS)で36%程度減少すると推測している[30]。2023年2月時点で開発計画を政府に提出するにも至っていないキプロスの各ガス田は、最短でも2020年代後半以降に生産を開始すると考えられる。今後迅速に開発を進めなければ、欧州がガス供給を死活的に求めているタイミングを逸する可能性が高い。

以上のとおり、キプロスガス田は依然として地政学的対立の渦中にあり、短期的には欧州諸国の注目はエジプトとイスラエルでのガス田開発・輸出に集まり、キプロスガス田から関心が逸れる恐れがある。加えて中長期的にも、欧州でカーボンニュートラルへ向かう流れが加速する中、キプロスガス田への注目は今後取り戻すことができないかもしれない。キプロスは東地中海ガス田開発への注目が高まっている今、国家間対立をコントロールしてガス田開発が可能な合意に至らなければならない。その意味で、キプロスにとって今回の東地中海ガス田への注目はガス田開発への「ラストチャンス」ということができるのである。

 

5. おわりに

本稿では、2022年に生じた東地中海での石油ガス田開発・地政学それぞれに関する変化が、キプロスのガス田開発にどのような影響を及ぼすかを分析した。結論として、キプロスでの探鉱活動の活発化は今後の同国におけるガス田開発への期待を高めたが、トルコによる中東諸国との関係改善の動きは、キプロスのガス田開発を前に進めるよりむしろ、イスラエルやエジプトのガス田開発からキプロスを取り残してしまう可能性を高めた。加えて、2022年にロシアのウクライナ侵攻によって高まった東地中海ガス田への注目はあくまで短期的なガス供給増加を求めるものであり、中長期的なカーボンニュートラルへの流れに挟まれた一過性の関心である可能性がある。

東地中海はロシアに代わる欧州への天然ガス供給源として注目を集めているが、この1年間で大きく明暗が分かれようとしている。イスラエルやエジプトは大規模ガス田の生産開始以降もガスディスカバリーが相次ぎ、周辺諸国との間で問題を抱えていたイスラエルは2022年、トルコとの関係正常化とレバノンとの海上境界に関する「歴史的合意」によって、ガス田開発を阻みうる地政学的課題を一気に解決した。両国は今後も探鉱を活発化させるとともに、欧州からのガス輸出増加の要望にも即座に対応する構えである。他方でキプロスでは、同じくガスが立て続けに発見されながらも、同国をめぐる地政学的な対立が収束する兆しは見えず、むしろ状況は悪化している。東地中海で2010年以降にガスを発見した三か国は、「地政学的な対立が解決され大規模ガス田の開発が進展するエジプトとイスラエル」と「地政学的な対立をコントロールできず、周辺国と比べて小規模なガス田の開発を進められないキプロス」に二分されつつある。

キプロスがこの状況を打開するには、北キプロス・トルコとの対立をコントロールし、ガス田開発を進められるだけの関係国間の合意を取り付ける必要がある。今はキプロスの海上境界紛争が前に進む兆候は見られないものの、幸いにも潜在的に解決を促進しうる要因は出始めている。例えば、トルコ黒海沖のサカリヤガス田の開発は、同国のエネルギー安全保障に対する懸念をやわらげ、東地中海でガス田開発に関する強硬な主張を続けるインセンティブを弱めるかもしれない。また、同紛争の交渉に長く関与してきたキプロス元外相のクリストドゥリディス氏が新大統領に就任したことで、キプロスは交渉を前進させる柔軟性を見せるかもしれない。キプロスが東地中海のガス田開発において取り残されないためには、このような小さな兆しをもとに交渉を前進させるよりほかない。この「ラストチャンス」を掴むことができるかによって、キプロスのガス田開発の将来は大きく分かれるだろう。

 

[1] 豊田耕平「東地中海への期待と不安(1):イスラエル・レバノン海上境界合意とイスラエル・エジプト探鉱ブーム、そして新規入札ラウンドへ」『石油・天然ガス資源情報』2023年1月31日。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009585/1009613.html

[2] Matthew J. Bryza, “East Med Energy: Restoring Squandered Opportunities,” Turkish Policy Quarterly 17, no. 3 (Fall 2018): 83-84.

[3] Peter Stevenson, “Eni Makes ‘Big But Not Massive’ Cyprus Gas Discovery,” MEES, August 12, 2022, https://www.mees.com/2022/8/12/oil-gas/eni-makes-big-but-not-massive-cyprus-gas-discovery/bbac0bc0-1a2b-11ed-acab-53ff08e2bfad(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[4] “Eni Makes Large Gas Discovery with Cronos-1 Well in Cyprus,” Wood Mackenzie, August 24, 2022.

[5] Peter Stevenson, “Cyprus Gas Ambitions: From Dream to Reality in 2023?” MEES, January 27, 2023, https://www.mees.com/2023/1/27/oil-gas/cyprus-gas-ambitions-from-dreams-to-reality-in-2023/f0154a20-9e43-11ed-b50a-fbcb54be70bc(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[6] “ExxonMobil and QatarEnergy to Expand Presence Offshore Cyprus,” Cyprus Mail, December 10, 2021, https://cyprustimes.com/economytimes/exxonmobil-and-qatarenergy-to-expand-presence-offshore-cyprus/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[7] Peter Stevenson, op cit.

[8] Peter Stevenson, “Exxon Starts Cyprus Seismic, Eyes More Wells,” MEES, July 1, 2022, https://www.mees.com/2022/7/1/oil-gas/exxon-starts-cyprus-seismic-eyes-more-wells/49e1c820-f931-11ec-8aac-c1b7b526c9d4(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[9] Eric R. Eissler and Gözde Arasil, “Maritime Boundary Delimitation in the Eastern Mediterranean: A New Conflict between Cyprus, Turkey, Greece and Israel?” The RUSI Journal 159, no. 2 (May 2014): 74-75.

[10] Ibid, 75.

[11] “Cyprus says Turkish ships obstructing gas drill ship in east Med,” Reuters, February 11, 2018, https://www.reuters.com/article/cyprus-natgas-turkey-ship-idUSL8N1Q10BV(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[12] Yaakov Katz, “Nine dead in Vicious conflict aboard ‘Mavi Marmara’,” Jerusalem Post, June 1, 2010, https://www.jpost.com/Israel/Nine-dead-in-Vicious-conflict-aboard-Mavi-Marmara(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[13] “Egypt-Greece-Cyprus Trilateral Summit Cairo Declaration,” Permanent Mission of the Republic of Cyprus to the United Nations, November 9, 2014, https://www.cyprusun.org/?p=6775(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[14] Arye Mekel, “Birth of a Geopolitical Bloc: The Israel-Greece-Cyprus Axis,” Haaretz, January 31, 2016, https://www.haaretz.com/israel-news/2016-01-31/ty-article/.premium/birth-of-a-geopolitical-bloc-the-israel-greece-cyprus-axis/0000017f-da74-d718-a5ff-faf42b970000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[15] このほか、ムスリム同胞団との関係をめぐってトルコとの緊張が高まっていたUAEもオブザーバー参加を試みていたが、パレスチナ自治政府の反対により参加はかなわなかった。

[16] “Overview,” East Mediterranean Gas Forum, accessed on February 27, 2023, https://emgf.org/about-us/overview/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[17] “EastMed-Poseidon Project,” Edison, accessed on February 27, 2023, https://www.edison.it/en/eastmed-poseidon-project(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[18] Angeliki Koutantou, “Greece, Israel, Cyprus sign EastMed gas pipeline deal,” Reuters, January 2, 2020, https://www.reuters.com/article/us-greece-cyprus-israel-pipeline-idUSKBN1Z10R5(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[19] リビアを中心とした東地中海での軍事的緊張については以下を参照のこと。 池内恵「トルコのリビア内戦介入と東地中海でのエネルギー国際政治」『中東協力センターニュース』2020年1月。

[20] 高尾賢一郎「GCC・トルコ関係-「アラブの春」以降の対立の清算と展望-」『中東分析レポート』2022年5月18日、5頁。

[21] 高尾、前掲、2-3頁。中東研究センター「中東情勢2021 回顧と展望」『JIME中東動向分析』2021年12月17日、10頁。

[22] Nazlan Ertan, “Turkey-Libya Energy Deal Clouds Waters in East Mediterranean,” Al Monitor, October 4, 2022, https://www.al-monitor.com/originals/2022/10/turkey-libya-energy-deal-clouds-waters-east-mediterranean(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[23] “Turkey, Israel to Restore Full Diplomatic Relations,” Al Jazeera, August 17, 2022, https://www.aljazeera.com/news/2022/8/17/turkey-israel-to-restore-full-diplomatic-relations(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[24] Daren Butler, “Turkey's Erdogan halts talks with Greece as tensions flare again,” Reuters, June 1, 2022, https://www.reuters.com/world/middle-east/erdogan-says-turkey-will-no-longer-hold-bilateral-talks-with-greece-2022-06-01/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[25] Tom Pepper, “Turkey Resumes East Med Drilling,” International Oil Daily, August 10, 2022, https://www.energyintel.com/00000182-8957-dd33-a5ba-edd748420000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[26] “EU Egypt Israel Memorandum of Understanding,” European Commission, June 17, 2022, https://energy.ec.europa.eu/eu-egypt-israel-memorandum-understanding_en(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[27] Lahav Harkov, “US informs Israel it no longer supports EastMed pipeline to Europe,” Jerusalem Post, January 18, 2022, https://www.jpost.com/international/article-693866(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[28] “REPowerEU: Joint European action for more affordable, secure and sustainable energy”, European Commission, March 8, 2022, https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_1511(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[29] “REPowerEU: A plan to rapidly reduce dependence on Russian fossil fuels and fast forward the green transition*”, European Commission, May 18, 2022, https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_3131(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[30] “World Energy Outlook”, International Energy Agency, last revised November 10, 2022, https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2022(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

 

以上

(この報告は2023年3月1日時点のものです)

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