ページ番号1009658 更新日 令和6年10月21日

20世紀型エネルギーの中心、中東産油国 ―2050年、エネルギー覇権の座は誰の手に―

レポート属性
レポートID 1009658
作成日 2023-03-08 00:00:00 +0900
更新日 2024-10-21 15:50:25 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 環境水素・アンモニア等
著者 中島 学
著者直接入力
年度 2022
Vol
No
ページ数 26
抽出データ
地域1 中東
国1 サウジアラビア
地域2 中東
国2 アラブ首長国連邦
地域3 中東
国3 クウェート
地域4 中東
国4 カタール
地域5 中東
国5 オマーン
地域6 中東
国6 バーレーン
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,サウジアラビア中東,アラブ首長国連邦中東,クウェート中東,カタール中東,オマーン中東,バーレーン
2023/03/08 中島 学
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概要

  • 世界のエネルギーシステムはこれまで誰もが経験したことのないエネルギートランジションの中でのエネルギー危機という状況に直面しており、エネルギーの安定供給、安価なエネルギーへのアクセス、持続可能性というエネルギーのトリレンマ、既存のエネルギーシステムが抱える課題と限界が表面化している。
  • 一方20世紀型エネルギーシステムの最大の勝利者とされる中東の湾岸産油国は、エネルギー安全保障への関心が大きく高まる中、益々その安定的なエネルギー供給能力に期待が寄せられており、また自らも化石燃料の更なる生産能力増強に力を注いでいる。
  • しかしながら多くのエネルギーに関連する将来予測では、ガソリンを中心とした陸上輸送燃料の減退が示唆され、石油需要全体の縮小も予想されている。直近のエネルギー危機やエネルギートランジションを抜けた先にどのようなエネルギーの将来が待ち受けているのか、更にその時にはどのような新たなエネルギーシステムが成立しているのか、それを現時点で描くことは容易ではないが、本稿では中東の湾岸産油国が未来のエネルギーシステムをどのように想定し、その対応のためにどういった準備を行っているのかを整理し、報告する。

 

1. はじめに

これまで誰もが経験したことのないエネルギートランジションの中でのエネルギー危機という状況の中、「安定供給、低価格、持続可能性」というエネルギーのトリレンマ、現在のエネルギーシステムが抱える課題が浮き彫りになってきている。またエネルギー危機の中、エネルギー安全保障に大きな関心が集中しており、エネルギー安全保障がここまで大きくクローズアップされるのも70年代のオイルショック(石油の供給危機)以来のことではなかろうか。特に現在のエネルギー安全保障上の問題は供給余力を備えた国・エリアが非常に限られるという点にある。その中でも中東湾岸産油国、特にサウジアラビア・UAEからの石油、カタールからの天然ガス(LNG)はその数少ない供給地の代表格といえ、それぞれの国でも積極的に生産能力の増強に力を入れている。UAEの場合ではこれまで2030年までに自国の石油生産能力を既存の日量400万バーレルから500万バーレルに拡大するとしていたところ、500万バーレル達成を2027年に前倒しすると2022年に発表した。サウジアラビアは現在日量1200万バーレルの生産能力を2027年までに日量1300万バーレルまで拡大するとしているし、カタールは2027年までにLNGの生産量を年間7700万トンから1億2600万トンまで拡大すべく、追加開発を行っている。これらの生産能力を拡大するとの情報発信は、エネルギー安全保障に対する危機に敏感になっている市場を鎮静化する有効なメッセージとなった。

一方でエネルギートランジションが進行する中、エネルギー危機が去った後、どのようなエネルギーシステムが既存のシステムに入れ替わるのか、特に20世紀型エネルギーシステムの最大の勝利者ともいえる湾岸産油国にとって、今後のエネルギー戦略を構築する上で非常に重要な要素となる。

現在エネルギートランジションという潮流に基づき、エネルギー情勢の未来を予想するため、多くのシナリオ分析が試みられているが、それらのシナリオに共通するのが、ガソリンをはじめとした石油系陸上輸送燃料需要の縮小により、石油需要がいずれピークを迎え、その後漸減するというものである。IEAのWorld Energy Outlook 2022年版(WEO 2022)[1]によれば、3つの将来予測シナリオ全てにおいて、2050年にかけ石油需要が減少すると示されている。温室効果ガスの大気中への排出量から吸収量を差し引いた値をゼロ以下とするネットゼロを2050年までに達成すると仮定したネットゼロシナリオ(NZE)では、2050年時点での石油需要は日量2280万バーレルで、乗用車の石油由来の燃料消費量は98%減少すると予測する。実際のところ去年の新車販売台数に占めるEV、電気自動車の割合は、中国で20%以上、欧州で25%(PHVも含む)、米国では7%であるが、需要は急速に伸びている。特に米国では2022年に起きたガソリン価格の高騰や2022年8月に成立したインフレ削減法のゼロエミ車に対する税額控除制度により、EV需要の伸びが更に加速化されることが予想される。

一方多くの将来予測シナリオでは、陸上輸送燃料需要の減少に対して石油化学品への石油需要が横ばいか、場合によっては増加に転じるとする。IEA WEO2022によれば、2050年までの3つのシナリオいずれのケースにおいても、石化向け石油需要は2050年にかけほぼ一定とされている(図1)。

(図1)石油需要に占める石化需要割合の増大
(図1)石油需要に占める石化需要割合の増大
(2021年、2030年、2050年、単位:万bbls/日)
(出所:IEA World Energy Outlook 2022に基づきJOGMEC作成)

したがって仮に湾岸産油国が陸上輸送燃料としての石油の用途に限界を感じ、石油化学品向けの石油需要に将来性を見出すならば、産業構造をこれまでの石油精製中心から石油化学へと転換することも十分考えられる。このように湾岸産油国は現在のエネルギーシステムの変化をどう捉え、どう解釈し、自身のエネルギー戦略にどのように反映させようとしているのか、本稿ではそれらの点について解説を試みることとしたい。

 

2. 湾岸産油国におけるエネルギートランジションへの動き(国別)

湾岸産油国はサウジアラビア、UAE、オマーン、カタール、クウェート、バーレーンの6か国から成り、いずれの国の経済も石油・天然ガスから得られる収益に大きく依存している。それぞれの輸出額に占める割合は2018年実績で、サウジアラビアで77%、UAEで74%、オマーンで75%、カタール94%、クウェートで91%、バーレーンで53%であり、国家収入に占める割合は、サウジアラビアで68%、UAEで36%、オマーンで78%、カタール83%、クウェートで90%、バーレーンで82%となり、炭化水素からの収入が国の経済を左右する(JIME)。一方で湾岸産油国も石油・天然ガス市場に大きく影響を受ける国内経済の脆弱性から脱却するため、野心的な経済多角化計画を推進し、産業の多様化を目指してきた。そうした中気候変動問題に起因する温暖化ガス削減の世界的な流れと化石燃料に対する消費削減の動きは、これまでの湾岸産油国のエネルギー戦力にも大きな影響を与える。ただしエネルギートランジションの動きに対する湾岸産油国の政策や具体的なアクションは国ごとに大きな開きがある。ここからは湾岸産油国における国ごとの特徴や進捗状況を個別に見ていくこととする。

 

1) UAE

湾岸産油国におけるエネルギートランジションへの対応で先頭を走るのはUAEである。2021年10月、CoP26グラスゴーに向け他の湾岸産油国に先駆け、2050年ネットゼロの達成を誓約している。また2020年12月にUAEが発表したNDC(国が決定する貢献)の中で、2030年までの温暖化ガスの削減目標を国内の自助努力で23.5%と設定していたが、2022年9月にはその目標を31%へ引き上げると発表した[2]。更に以下のような政府の方針を矢継ぎ早に打ち出している。

  • 2050年までにクリーンエネルギーに1630億ドルの投資を行う
  • 電力ミックスの内50%を2050年までに再生可能・原子力エネルギーで賄う

また水素関連では

  • インド、日本、韓国、ドイツといった世界の主要な市場で25%のシェア獲得を目指す
  • 7つの戦略的水素プロジェクトを立ち上げ、2050年までに年間1400~2200万トンのクリーン水素生産を目指す
  • 国家水素戦力(より具体的なフェーズ2)を2023年4月に公表予定

といった方針を掲げている。

UAEの再生可能エネルギーはほぼ全てが太陽光と太陽熱発電で占められているが、2013年運転開始のドバイのMohammed bin Rashid Al Maktoumソーラーパーク(MBRソーラーパーク、全部で5フェーズの開発段階があり、2030年の完成時には5GWの発電容量を持つ)、アブダビのShams 1 集光型太陽熱発電所(CSP、ガス火力発電との併設で、100MWの発電容量)を皮切りに、数百MWからGWクラスの巨大太陽光・太陽熱発電所が次々に建設されている。2022年、UAEの再生可能エネルギーの設備容量は約2GWに拡大し、実際の発電量も1GWを記録した。今年はBarakah原子力発電所も4基全てが稼働可能と見込まれることから、2013年まで電力の100%を天然ガスによる火力発電に依存していた状況から、大幅な電力のクリーン化が進展している。2022年のドバイの電力ミックスは既に14%が再生可能エネルギー由来で(WAM)、アブダビにおける再生可能エネルギーと原子力発電のクリーン電力ミックスは24.3%となっている(MEES)。現在事業開発が進行中のAl Ajban等の太陽光発電所が運転を開始すれば、UAEの総電力の30%程度が再生可能・原子力エネルギーといったクリーンエネルギーによって賄われることとなり、2050年までに総電力の50%をクリーンエネルギー化するという政府の目標は手の届くところにある(図2)。

(図2)UAE電源構成今後の見込み

(図2)UAE電源構成今後の見込み
(2030年までの発電容量ベースでのクリーンエネルギー割合、単位:%)
出所:各事業HPデータに基づきJOGMEC作成

1)a 国営石油会社ADNOC

同国の石油・天然ガス事業の大多数を握るのは国営石油会社のADNOCである。同社も以下のようにエネルギートランジションに対する新たな方針を打ち出している。

  • 従来のガス、LNG、化学品に加えて、再エネ、クリーン水素、CCSに注力する新部門を設立
  • 2030年までにCCS(CO2の分離・回収・貯留技術)による年間500万トンのCO2回収を目指す

またこれらの動きの中で特に目立つのが2030年までに150億ドルをかけ、CCS、電化、CO2吸収技術、水素、再生可能エネルギーを駆使し、石油・天然ガス開発事業の脱炭素を行う、とした点である。湾岸産油国における石油・天然ガス開発事業における炭素強度(単位生産量当たりの温暖化ガス排出量、カーボンインテンシティー、通常バーレル当たりのkg-CO2eで表記)は一般的に低く、ADNOCも世界のベスト5に入る数字としている。しかしながら更にその数字に磨きをかけ、世界で最も低炭素な石油・天然ガス生産を目指し、巨額の投資を行う。

1)b COP28ドバイの開催

もう一点特筆すべき点は今年のCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)の開催地がUAEのドバイであるということで、去年のエジプトに続き、2年連続でのアフリカ・中東地域における開催となった。これまでCOPにおける議論は[3]省エネ、再生可能エネルギーなどの低炭素エネルギーに対する取り組み、CCSや植林といった温暖化ガス排出削減と吸収の対策を行うための「緩和」と気候変動によって及ぼされる影響への防止・軽減といった「適応」が中心であった[4]。一方前回のエジプトで開催されたCOP27では「損失・被害」が議論の中心となり、気候変動によってもたらされる「損失・被害」に対する補償に関して南北対立が生じた。最終的に気候変動に対して脆弱な国々に対する補償制度設立ということで参加国の合意は得られたが[5]、COP28では補償に対する基金の創設、枠組みの構築や具体的な運用のためのルールを採択する必要がある。また今回のCOPでは「グローバルストックテイク」[6]と呼ばれる各国の目標と温暖化対策の進捗状況を比較し、評価する「棚卸し作業」が必要となる。既に各国の目標に対する温暖化対策や温暖化ガス排出量削減活動に遅れがあるのは明らかであり、COP28も困難な議事運営が予想されることから、議長国としてのUAEのかじ取りに注目が集まる。

COP28の議長にはUAE産業・先端技術大臣であり、再生可能・クリーンエネルギー開発企業のMasdarの会長、更にアブダビ国営石油会社ADNOCの社長を兼務するスルターン・アル・ジャーベル氏が選出された。アル・ジャーベル議長は繰り返しスローガンや宣言だけではない、具体的行動を伴うCOPとすることを強調する。またCOPが東西南北の対立を助長する場ではなく、全員一致、団結の場であるべきとし、そのためにUAEは互いの結びつきを助ける役割を果たすとする。COPによる「具体的アクション」を巨大なクリーンエネルギー企業や国営石油会社のトップであるアル・ジャーベル議長がどう采配するのか、その手腕が問われるところである。

UAEのような産油国がCOPの議長国となることに関しては賛否両論様々な意見がある。COP27エジプトでは「全化石燃料の段階的廃止・削減」もインドや欧州の提案により議論の対象となったが、湾岸産油国の反対により、最終的には2021年のCOP26グラスゴーと同様「石炭火力発電の段階的削減」との表現にとどまったという経緯がある。一方世界の温暖化ガス排出量の2/3は新興国・途上国が占める。地球上の全ての国々が同じ理念を共有し、協力し合わなければ、COP21のパリ協定で合意した産業革命以来の地球の気温上昇を1.5℃以内に抑えるという目標は達成できない。インクルーシブ、誰も置き去りにしないというCOPの理念を考えれば、産油国が率先して地球温暖化防止の指揮をとるというのも一つの形ではと考えられる。

UAE政府は2023年1月、2024年1月1日より使い捨てプラスチックの使用禁止を発表した。プラスチック製レジ袋は、材質やプラスチック使用量を問わず全て禁止、またペットボトル、食品包装といったあらゆるものが対象となる。2026年1月1日からは、プラスチック製のカトラリー(スプーン、フォーク等)、ドリンクカップ、発泡スチロール、プラスチック製の箱の輸入も禁止となる[7]。英国では政府が2023年1月、2023年10月以降、カトラリー、皿、カップ、容器などの使い捨て(single-use)プラスチック製品の使用を禁止すると発表したが[8]、UAEにおいてもCOP28開催を契機として、環境問題に対する活動を推進する機運を盛り上げようという動きが見られる。

1)c 再生可能・クリーンエネルギー開発企業Masdar

UAEの再生可能・クリーンエネルギー事業開発を語る上で欠かせない存在はMasdarである。Masdarはアブダビの国営投資ファンドMubadalaにより2006年に設立された再生可能・クリーンエネルギー開発を事業の中心に位置づける企業である。これまで世界40か国で300億ドルを費やし、合計23GW相当の運転・計画中の再生可能・クリーンエネルギー事業を展開する[9]。2022年12月、アブダビの国営投資ファンドMubadala、アブダビの国営石油企業ADNOCそしてアブダビの国営総合エネルギー企業TAQAは正式にMasdarの株式譲渡を行った。その結果再生可能エネルギー事業に関してはTAQAが43%で筆頭株主兼主導的立場を確保し、Mubadalaは33%を維持、ADNOCが24%を得ることとなった。グリーン水素(水を再生可能エネルギー由来の電気によって電気分解し製造する水素、製造工程で温暖化ガスの排出がない)事業に関してはADNOCがMasdarの43%を所有し、Mubadalaが33%、TAQAが24%のシェアを持つ。TAQA、Mubadala、ADNOCの下、再生可能エネルギーとグリーン水素分野の統合で、Masdarをクリーンエネルギーの世界的企業に押し上げる狙いがある[10]

Masdarは2030年までに再生可能エネルギーの発電容量を100GWとし、最終的には200GWを目標とする。今後毎年10GWの再生可能エネルギーの開発を行わなければならない計算であり、非常に野心的な目標設定といえる。2030年100GWという目標は世界の再生可能エネルギー事業のトップクラス企業であるスペインの電力事業者Iberdrola、イタリアの電力・エネルギー企業Enel、フランスの電力・ガス事業者Engieといった錚々たる顔ぶれと肩を並べる規模ということになる(図3)。

Masdarはこれまで中東・アフリカ・中央アジアを中心に「GWクラス」の大規模再生可能・クリーンエネルギー事業を展開してきた(図4)。

(図3)再生可能エネルギー主要企業の発電容量
(図3)再生可能エネルギー主要企業の発電容量
(現状と2030年目標、単位:GW)
出所:各社HPデータに基づきJOGMEC作成
(図4)Masdarの再生可能エネルギー事業ポートフォリオ
(図4)Masdarの再生可能エネルギー事業ポートフォリオ
出所:Masdar HPデータに基づきJOGMEC作成

一方2022年5月にはbpと共に英国北東部のTeessideにおけるグリーン水素開発事業、HyGreen Teessideの戦略提携に合意し、MOU(了解覚書)を締結した。HyGreen Teessideグリーン水素開発事業は、2025年までに80MWのグリーン水素生産を目指し、2030年までには最大500MWのグリーン水素製造を計画する[11]。また2022年11月、米国とUAEはクリーンエネルギーの普及に向けたパートナーシップ、The U.S.-UAE Partnership for Accelerating Clean Energy (PACE)を結成した[12]。2035年までに官民合計で1000億ドルを調達し、共同で全世界において100GWのクリーンエネルギーを開発するという壮大なビジョンを共有する。その手始めに米国のクリーンエネルギーに対し200億ドルの資金を投下し、15GWのクリーンエネルギー事業を開発する。米企業とUAEが共同で事業を推進することとなるが、そのUAE側のカウンターパートとしてMasdarが指名されている。したがって2022年8月に導入された米国のインフレ削減法がもたらす税額控除のインセンティブにより活況を呈する米国のクリーンエネルギー市場も、今後のMasdarの事業ポートフォリオにおける有力候補地となるであろう。他には再生可能・クリーンエネルギー市場としての莫大なポテンシャルがあり、国が積極的に発展を後押しするインド市場も、今後の有力なMasdarの事業候補地となると考える。インド政府もUAEおよびMasdarのインド市場への投資に大きな期待を寄せており、二国間・企業間による大型の事業開発に関する協定締結が待たれるところである。

 

2) サウジアラビア

サウジアラビアのNDC(国が決定する貢献)および温暖化ガスの削減目標は2030年までにGHG排出量を年2億7800万トン削減し、2060年までにネットゼロを達成(21年10月公表)と定めている。しかしこれまで一部を除き、サウジアラビアにおけるエネルギートランジションに対する目立った活動はあまり見受けられなかった。ユーティリティスケールの大型再生可能エネルギー発電基地が北部のAl Jouf に2か所展開されている。フランスのEDF Renewablesと前述したUAEのMasdarの共同事業体によって2021年8月より送電を開始したDumat al-Jandal 陸上風力発電所(400MW)とサウジアラビアの電力・水等の公益サービス(ユーティリティ)を手掛けるACWA Powerと総合エネルギー企業のAlGihaz Renewable Energyの共同事業体によって2021年4月から発電を開始したSakaka太陽光発電所 (300 MW)の2件の再生可能エネルギー発電事業があるが、全体でも発電能力は1GWに満たない。しかしながらここへ来て矢継ぎ早に積極的な政策を打ち出してきている。2023年の1月には2030年までに再生可能エネルギーで電力容量の50%を達成するため、今後再生可能エネルギーと送電網の整備に2660億ドルを投資すると発表、また同時に

  • 水素を使ったグリーン製品の生産(アルミ精錬・製鉄・肥料等を対象)
  • 世界最大の水素輸出国を目指す
  • 全ての新設火力発電所はCCS設備を備える
  • 石油・天然ガスの供給増、主要ガス供給網の倍増、ケミカルシフト

といった方針を打ち出した。2030年までに再生可能エネルギーで電力容量の50%を賄うためには、50GWを超える再生可能エネルギー発電所の建設が必要となる。現在開発・計画中の再生可能エネルギー発電事業の合計は、太陽光・太陽熱・陸上風力を合わせ7GW近くに上ると見られるが(図5)、それでも目標達成のためのハードルは高い。サウジアラビアは2020年のG20リヤドで炭素循環型経済(CCE)とその要素として4つのR: 炭素製品の削減(Reduce)、再利用(Reuse)、リサイクル(Recycle)、有害物質除去(Remove)を世界が目指すべきビジョンとして掲げたが、それらを具体的に実現する機会が訪れたということになる。

(図5)サウジアラビアの再生可能エネルギー
(図5)サウジアラビアの再生可能エネルギー
(目標達成に必要な発電容量と現在運転・計画中の発電容量の比較、単位:円グラフ%)
出所:Saudi & Middle East Green Initiative他データに基づきJOGMEC作成

2)a 国営石油会社Saudi Aramco

サウジアラビアの国営石油会社といえばSaudi Aramcoである。世界最大の保有原油埋蔵量、原油生産量、原油輸出量を誇る石油企業である。同社も最近は再生可能・クリーンエネルギーに対する

  • 2030年までに年1100万トンのブルーアンモニアの生産
  • 2035年までに12GWに相当する再生可能エネルギーへの投資

といった高い目標を掲げる。そういった動きの中で特に顕著なのは国内外での石油化学事業の拡大である。特に中国を今後の重要な事業拠点・市場と位置づけており、中国企業との事業提携、中国国内での石油化学事業への投資など積極的な動きが目立つ。2022年12月、Saudi Aramcoと中国のSinopecは中国の福建省古雷において石油精製日量32万バーレル、石化クラッカー生産量年間150万トンで、2025年運転開始予定の製油所・石化プラント建設に向けた初期契約に署名した。またAramcoが国内に所有するYanbu製油所でもSinopecと共同で石化プラントを併設するための事業性評価を開始することで初期契約を締結した[13]。また同月Aramcoと中国Shandong Energyは、製油所・石化統合コンプレックスの建設を含む下流プロジェクトの提携に合意し、MOUに調印した。この合弁では、水素・再生可能エネルギー・CCUS技術に関する協力も追求する。

Aramcoは特殊高機能化学品や化石燃料の消費を抑えた低炭素強度操業にシフトしており、日量400万bblsの原油を石油化学製品に転換することを目指している。2022年11月にはSABICとSaudi Aramcoがポーランドの石油精製業者PKN Orlenと共にポーランドないしは他の欧州諸国で石化事業の共同投資ができるかどうか検討するための初期契約を締結した。また石油化学製品の収率を向上させるため、後述するようにC to C(crude-to-chemicals、原油からの化学品原料直接製造)の動きも加速化させている。

2)b サウジアラビアのクリーンエネルギーのビークル、ACWA Power

サウジアラビアにとってMasdarのようなクリーンエネルギーのビークルとしての存在がACWA Powerとなる。元々電気や水といった公益サービスを担うユーティリティ企業であるが、エジプトで10GWの再生可能エネルギー事業開発のMOUを締結し、未来都市Neom Cityでグリーンアンモニアの生産を手掛けるといったように、サウジアラビアのクリーンエネルギー開発をけん引している。サウジアラビアの国営ファンド、PIFが株式の44%を保有し、全世界13か国に43GWに相当する再生可能・クリーンエネルギー事業の開発・計画案件を有する。今後10年間で世界20か国に120GWの再生可能・クリーンエネルギー発電能力の拡大を目指し、自社が発電する電源構成に占める再生可能エネルギーの比率を現在の37%から70%に増やすことを目標とする(残りはガス火力発電)[14]

 

3) オマーン

オマーンのNDC(国が決定する貢献)および温暖化ガスの削減目標は2030年までにGHG排出量を年7%削減し、2050年までにネットゼロを達成(22年10月公表)と定められている。湾岸産油国のエネルギートランジションの進展において3番手につけるのがオマーンである。再生可能エネルギーに関してはDhofar風力発電所(50MW)が2019年から、Ibri II 太陽光発電所(500MW)が2022年から稼働しており、現在Ibri III 太陽光発電所(500MW)とManah 1&2太陽光発電所(1GW)が計画中となっている。オマーン南部の風況は風力発電に適しており、同国は太陽光と風力両方に開発のポテンシャルがある。オマーンの石油・天然ガス資源の生産は頭打ちであり、陰りが見えていることから、グリーン水素の開発に力を入れている。事業開発は国営石油企業OQが主導する相対交渉による事業契約とエネルギー省傘下のHydromが主導する入札契約の2トラックが存在する(表1)。国営石油企業OQが主導する事業が先行しているが、その中でも2020年と開始時期の早いHyport Duqm(0.5GW)とH2 Oman(2GW)プロジェクトが実現に近いとされる。H2 Omanプロジェクトの契約時期は2022年5月と遅いが、ACWA Powerと米国の水素生産のトップであるAir Productが共同事業体(コンソーシアム)として事業をけん引し、このコンソーシアムはまさにサウジアラビアのNeomグリーン水素・アンモニア事業の運営者であることから、同様の事業計画・設計を導入することで事業促進を図っている。早ければ2024年内でのFID達成、2027年か28年の生産開始が期待されている。

(表1)オマーンの2トラック方式によるグリーン水素事業展開
(表1)オマーンの2トラック方式によるグリーン水素事業展開
出所:Energy Intelligenceのデータに基づきJOGMEC作成

4) カタール

カタールのNDC(国が決定する貢献)は2030年までにGHG排出量を年25%削減するというものだが(2021年更新)、ネットゼロに対する誓約は行っていない。再生可能エネルギーでは2022年に運転を開始したAl Kharsaah太陽光発電所(800MW)があり、MesaieedおよびRas Laffan太陽光発電所(1.67 GW)が現在建設中であり、2024年運転開始の予定となっている。またRas LaffanのLNGプラントから一部のCO2を分離回収し、帯水層に圧入しているが、一般的にカタールのエネルギートランジションの動きはあまり活発ではない。これまではカタールの主産品が天然ガス(LNG)ということで、石炭や石油といったより温暖化ガス排出量の多い化石燃料を置換する、所謂トランジションエネルギーとしてのLNGの位置づけから、あまり脱炭素化に対する切迫感がなかったとも考えられる。しかしながら最近

  • 35年までに5GW太陽光発電所を建設
  • CCSで1100万トンのCO2回収

といった低炭素に向けた明確な方針を打ち出し始めている。

LNG事業は天然ガスの圧縮・冷却プロセスによって製造されることから、そのための回転機器等の燃料消費に伴うCO2の発生や、CO2の28倍の温暖化効果(IPCCの第5次評価報告書)を持つとされるメタンの漏洩により非常に炭素強度の高い事業とされる。今後のLNG事業にもCO2の回収・隔離が求められてくる可能性もあり(米国Cameron LNG、インドネシアTangguh LNGにおいてCCS設備併設の検討・計画)、低炭素LNGとしての商品差別化の動きもあることから、カタールとしてもLNG事業の脱炭素化について目を向ける必要があると思われる。

 

5) クウェート

クウェートの温暖化ガスの削減目標は2060年までにネットゼロを達成(22年11月公表)と定められている。再生可能エネルギーでは2019年に運転を開始したShagaya再生可能エネルギーファーム(50MW太陽熱、10MW太陽光、10MW風力)があり、2030年までに15%の電力を再エネ電力で賄うとするが、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、大規模再生可能エネルギー開発事業に対する入札業務は滞っている。クウェートは過去10年石油精製に対し大きく投資を行ってきたが、現在はサウジアラビアのように製油所と石油化学プラントとの統合や更にその過程を飛び越し、C to C(crude-to-chemicals、原油からの化学品原料直接製造)プラントを国内外に展開することを検討している。2022年12月にはサウジアラビアSABIC、オマーン国営OQ、クウェートKuwait Petroleum Internationalの三社がオマーンAl Wusta行政区のDuqm経済特区に現在建設中で2024年完工予定の23万BPDのDuqm製油所に追加で石油化学コンプレックスを共同開発することで合意している[15]

 

6) バーレーン

バーレーンのNDC(国が決定する貢献)および温暖化ガスの削減目標は2035年までにGHG排出量を年30%削減し、2060年までにネットゼロを達成(21年11月公表)と定められている。また2025年までに5%、35年までに10%の電力を再エネ電力で賄うとしている。Al Askar埋立地での100MW太陽光発電が現在開発中である。

 

3. 湾岸産油国におけるエネルギートランジションへの動き(技術別)

ここまで湾岸産油国におけるエネルギートランジションへの動きを国別に取り上げてきたが、ここからは様々なエネルギートランジションに関わる技術を湾岸産油国としての地域性・特殊性を交えながら解説していく。

 

1) 再生可能エネルギー(太陽光発電)

湾岸産油国における再生可能エネルギーによる発電システムの多くは太陽光発電となる。サウジアラビアやオマーンには風力発電に適した風況(年平均毎秒7m以上の風速)が得られる場所も存在し、実際にいくつかの陸上風力発電所も稼働しているが(サウジアラビアのDumat al-Jandal陸上風力発電所およびオマーンのDhofar陸上風力発電所)、規模や発電量全体においても太陽光発電が主流を占める。年間の直達日射強度(DNI)が1800 kWh/m2 を超える地域はサンベルトと呼ばれ、米国南西部、地中海沿岸、豪州、中東,北アフリカなどが含まれるが、湾岸産油国エリアでは特にDNIが高く、多くの場所で2000 kWh/m2 を超え、太陽光・太陽熱発電の適地といえる。

同地域における大規模商業スケールの太陽光発電事業において大きな特徴はその規模と低コストにある。数百メガワット級はざらで、下記に示すようにGW級も珍しくない。

UAE

  • ドバイMohammed bin Rashid Al Maktoum(MBR)Solar Park第1~5期合計5GW(一部運転)
  • アブダビAl Dhafra 2.1GW(2023年半ば商業運転開始予定)
  • アブダビNoor Abu Dhabi 1.17GW(19年4月から商業運転開始)

サウジアラビア

  • Sudair 1.5GW(開発中)

湾岸産油国における太陽光発電の建設・運転コストは圧倒的に低く、図6に示すように世界の大規模太陽光発電事業における最低入札価格は湾岸産油国によって次々に塗り替えられてきた。天然ガスや石炭を燃料とした火力発電コストと競合できるブレークイーブンの値がkW辺り3¢といわれる中で、直近の落札価格は1¢に近いところまで下がってきている。湾岸産油国地域で太陽光発電コストが低いのは、大規模発電による「規模の経済(EOS、economy of scale)」や日照時間が長く、晴天に恵まれているため設備利用率が高いからといったことがその理由として上げられるが、先端技術の採用も大いに貢献している。

例えば最近の発電事業では単軸ソーラートラッカーといって太陽の東西の位置を追跡し、常にパネル面が太陽と正対するように回転する機能や両面発電モジュールといって地表や雲による反射光も取り入れる太陽光パネルが主流となっている(図7a、b)。また蓄電システムにも様々な技術が取り入れられている。日中しか発電できない太陽光発電で夜間も含めた安定的な電力供給を維持するためには、蓄電システムが欠かせない。現在蓄電システムはリチウムイオン電池といった蓄電池が主流となっているが、電気を他のエネルギーに変換し、様々なエネルギーとして貯留し、必要に応じて電気に再変換し利用する、多種のエネルギー貯蔵システム技術が実用化されている(表2)。

(図6)世界の大規模太陽光発電事業:最低入札価格の推移
(図6)世界の大規模太陽光発電事業:最低入札価格の推移
(2017年~2021年、単位:¢/kW)
出所:各事業HPデータ等に基づきJOGMEC作成
(図7a、b)単軸ソーラートラッカーおよび両面発電モジュール
(図7a、b)単軸ソーラートラッカーおよび両面発電モジュール
出所:JOGMEC作成
(表2)エネルギー変換を利用したエネルギー貯蔵システム技術
(表2)エネルギー変換を利用したエネルギー貯蔵システム技術
出所:各種データ等に基づきJOGMEC作成

蓄電池は二次電池と呼ばれ、電気化学反応を利用した電気化学的エネルギー貯蔵システムの一種であるが、これには水の電気分解によって水素(グリーン水素)を取り出し、水素として貯蔵・輸送する方法や、金属の酸化還元反応を利用した仕組みも含まれる。電気化学的エネルギー貯蔵システム以外にも表2で示すように様々なエネルギー変換を利用したエネルギー貯蔵システム技術がある。湾岸産油国の大規模太陽光発電事業において採用されているのは、太陽熱を用い、日中熱エネルギーを大量に貯蔵し、夜間それを使い発電を行う方法である。

UAEドバイにおけるMohammed bin Rashid Al Maktoum(MBR)ソーラーパークの第4期工事では2種類の太陽熱発電システム(集光型太陽熱発電、Concentrated Solar PowerあるいはCSP)の開発が進んでいる。集光型太陽熱発電(以下CSP)というのは反射鏡で集光した太陽光をレシーバで熱へと変換し、循環する液体を熱することで高温の液体を作り、その熱を使い蒸気を発生させ、蒸気タービンを駆動することで電力を発生させる仕組みである。MBRソーラーパークの第4期工事ではパラボリックトラフ(parabolic trough)と呼ばれる反射鏡を使って集光するパラボリックトラフ型CSP(図8)と周りにヘリオスタットと呼ばれる反射鏡を配し、中央の高いタワー(地上から260m)の頂部にあるソーラーレシーバで集光するタイプであるCSPタワー(図9)の2種類のCSPが、高温の液体を循環・貯蔵するTES(Thermal Energy Storage)システムと組み合わされ、運用される。パラボリックトラフ型CSPシステムは3基 x 200MW、CSPタワーシステムは1基 x 100MWが現在開発中である。

(図8)パラボリックトラフ型CSP
(図8)パラボリックトラフ型CSP
出所:JOGMEC作成
(図10)CSPタワー溶融塩蓄熱発電システム
(図10)CSPタワー溶融塩蓄熱発電システム
出所:JOGMEC作成
(図9)CSP Tower
(図9)CSP Tower
出所:MBR HP

CSPタワーの発電では、図10で示されるようにまず260mの塔を取り囲むように配された7万枚の反射鏡(ヘリオスタット)から集められた太陽光が塔の頂部に集光され、熱変換される。図中の赤・青のラインは高熱で溶かされた塩(硝酸カリウム、硝酸ナトリウムの混合)、溶融塩の循環経路を示しており、赤が高温(~565℃)、青が低温(290℃~)のラインとなる。塔の頂部に集められた低温の溶融塩は変換された高熱により加熱され、高熱の状態で断熱加工された高温タンク(図中赤色タンク)に貯蔵される。太陽光発電(PV、Photovoltaic)が停止する夜間の間には、日中貯蔵された高温の溶融塩を使い蒸気を発生させ、蒸気タービンによって発電を行う。このシステムでは100MWで15時間の発電が可能なように設計されており、日照時間が12時間を超える湾岸産油国にあっては、十分太陽光発電(PV)のブランクを埋めることができる。

砂漠地帯では降水量が少なく、一旦砂埃が太陽光パネル表面を覆うと表面に留まり、15%程度の発電効率低下をもたらす。日本の未来機械(株)が提供するソーラーパネル清掃ロボットは高温環境の中自動で太陽光パネルの砂埃を除去するサービスを2020年から提供している(図11a、11b)[16]

(図11a、11b)太陽光パネルを清掃するソーラーパネル清掃ロボット
(図11a、11b)太陽光パネルを清掃するソーラーパネル清掃ロボット
出所:未来機械(株)HP

2) 石油化学

これまで湾岸産油国は70年代から産業の多様化を目指し、石油精製に力を入れてきており、多くの製油所が建設されてきた(表3)。また国内だけでなく海外でも他企業とのJVといった形で、製油所への共同出資・運営を行っている。

(表3)UAE、サウジアラビアにおける製油所
(表3)UAE、サウジアラビアにおける製油所
出所: MEED

しかしながら多くの将来予測シナリオがガソリンを中心とした石油系輸送用燃料の需要減退を示唆する一方、石油化学の需要が将来に亘って安定的に推移するとしており、湾岸産油国もここに来て石油化学に大きく舵を切り始めている(図12)。

湾岸産油国における化学産業の中心は、エタンクラッカーと呼ばれる天然ガスの成分であるエタンを熱分解し、最も需要が大きく汎用性のある合成樹脂原料であるエチレンを生産する技術であり、石油を原料とするナフサからのエチレン生産と比べて圧倒的な価格競争力によって生産は伸びてきたが、エタン供給の逼迫等により大きな生産の伸びは期待しづらくなってきた。また単なるエチレンの生産にとどまらない、より付加価値の高い機能化学品へのシフトも背景にある。

(図12)中東のケミカルシフト
(図12)中東のケミカルシフト
出所:JOGMEC作成

サウジアラビアの国営石油会社Saudi Aramcoはこれまでも石油化学事業に携わってきた。2020年6月には世界4位の大手石油化学企業であるSABICの株式70%を691億ドルでサウジアラビア公共投資ファンドPIFから取得し、筆頭株主となった。海外ではオランダのDSM、米国のHuntsman Petrochemicalsの英国の化学部門、GE PlasticsやスイスのClariantの株式を買収し、韓国S-Oilや中国福建省で共同事業を進め、米国、インド、マレーシア等でも共同事業の検討を行っている(MEED)。

Saudi Aramcoは現在国の内外で既存の製油所に石油化学プラントを接続・統合する石化コンプレックスの建設に力を入れており、特に中国には重要な市場として高い関心を示している。同社は2022年3月に遼寧省盤錦市において中国の北方華錦化学工業(North Huajin Chemical Industries)と遼寧盤錦鑫誠集団(Panjin Xincheng Industrial Group)と共に石油精製・石化コンプレックスを建設することで最終投資決定(FID)を行った。日量30万バーレルの石油精製能力、エチレン換算で年間150万トンの石油化学品の生産能力を有し、2024年の運転開始を目指す。原料の原油日量21万バーレルはSaudi Aramcoが供給する[17]。2022年12月Aramcoと中国Sinopecは福建古雷プロジェクトフェーズ2において、日量32万バーレルの製油所、年産150万トンのエチレン分解装置等を建設し、2025年末までに稼動させる協力枠組み協定に調印した。また同月Saudi Aramco・SABICはSinopecとサウジアラビアのYanbu製油所での石化統合コンプレックス事業の実現可能性の調査をするため、MOUを締結した[18]。Aramcoと中国Sinopecは中国(Fujian)・サウジアラビア(Yanbu)での共同事業で長く協力関係にある。更に2022年12月にはSaudi Aramcoは山東能源集団(Shandong Energy)と石油精製・石化統合コンプレックスや水素、再エネ、CCSにおける協力の可能性についてのMOUを締結した[19]

UAEはサウジアラビアほどのケミカルシフトへの目立った動きは示していないが、石油化学部門強化の下地作りは着々と進めている。1つは2022年12月に国営石油会社ADNOCがアブダビの政府系ファンド、Mubadalaから同ファンドが保有するオーストリアの石油企業OMVの株式24.9%を購入したことで、これには2022年4月にオーストリアの化学品企業であるBorealisの株式25%を購入したという下地がある[20]。ADNOCとBorealis Borougeは1998年に共同でアブダビに石油化学プラントを立ち上げ、JV体制でポリオレフィン・プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン)を生産している。またOMVはBorealisの株式75%を所有しており、Borealisの親会社という立場にある。OMVは2050年に全ての上流部門から撤退を予定しており、2022年には「Strategy 2030」を策定、統合的持続可能燃料、ケミカル、素材ビジネスに経営資源を集中させ、それに合わせ社内のリソースを再編する。OMV・Borealis との関係強化は即ちADNOCの石油化学事業の基盤強化を意図したものということになる。ADNOCのアル・ジャーベル社長はOMV・Borealisの株式取得について「ADNOCの統合されたケミカルプラットフォームを成長させ、国境を越えたケミカルポートフォリオを発展させるという戦略に合致するもの」との評価をしている。また2022年4月にはRuwaisにおける石油化学事業開発への参加を念頭に、インドのRelianceがTA’ZIZ(ADNOCとアブダビの政府系ファンドであるADQの共同事業体)と株主協定を締結している[21]

他方アブダビの政府系ファンド、Mubadalaの傘下であるMubadala Energyは2022年12月にOMV、パキスタンのPak-Arab 製油所(Parco)と共にパキスタンにおけるプラスチック生産、リサイクリング、クリーン燃料の事業機会追及のため覚書を交わした[22]

またカタールにおいては2023年1月、カタール国営QatarEnergyと Chevron Phillips Chemical Co. LLCがRas Laffan石油化学プロジェクト(RLPP、60億ドル)に対する最終投資決定(FID)を行った。オレフィン・ポリエチレンの統合コンプレックスで、年産208万トンのエタンクラッカーと2基の高密度ポリエチレン(HDPE)プラント(年産計168万トン)から成り、2026年の稼働を見込む[23]。QatarEnergyは2022年11月にもChevron Phillipsと米国テキサス州においてGolden Triangleポリマープラントを建設するためのFIDを結んでいる(85億ドル)[24]

このように今後の中東のケミカルシフトを予感させる動きが生まれているが、現在の石油化学ビジネスも社会の脱炭素・循環型経済の潮流とは無縁ではない(図12)。Hard to Abate(温暖化ガス削減が困難)産業といわれる石油化学事業にも脱炭素化の波は押し寄せている。石油化学事業は石油精製や他の石油化学プラントと高度な連携・統合を図り、原料やエネルギーを効率良くやり取りすることで省エネ・低炭素オペレーションを目指している。これまで廃棄してきたエネルギーやオフスペックガスの利用、エネルギー源の再生可能エネルギーや水素への転換も一部で浸透しつつある。

また今後の石油化学事業は海洋プラスチックの環境汚染が深刻化していることもあり、廃プラスチックのリサイクル事業にも照準を合わせていく必要がある。前述したサウジアラビアの石油化学企業SABICはTRUCIRCLE(商標)ソリューションによる生産目標を2030年までに年間100万トンとすることを世界経済フォーラム(World Economic Forum)の年次総会で発表した。TRUCIRCLEのポートフォリオには循環型製品、認定されたバイオ原料ベースの製品(第2および第3世代バイオ原料)、機械的リサイクルポリマー、海洋および海洋向けのリサイクルソリューション、クローズドループ循環系のサービス、リサイクルに向けた設計などが含まれる[25]。まさしくこのポートフォリオは前述したサウジアラビアが提唱する炭素製品の削減(Reduce)、再利用(Reuse)、リサイクル(Recycle)そして有害物質除去(Remove)といったクローズドループシステムを取り入れた循環型炭素経済を体現する形となっている。SABICは廃プラスチックに熱分解や化学的な処理を施し、一旦合成ガス・分解油やモノマーといった原料に戻し、プラスチック製品等を再生するケミカルリサイクルの研究に力を入れている。化学産業における廃プラスチックからのリサイクル原料の持続可能性を証明するために世界中で広く認知されているプログラム、持続可能性カーボン認証、ISCC(International Sustainability & Carbon Certification)PLUS[26]の認証も取得しており、この技術は既にアイスクリーム等食品の包装に使われ、実用化されている。オランダのGeleenでは同社初の商業廃プラスチックリサイクルユニットが完成間近で、2023年に最初のリサイクルポリマーが出荷される予定となっている。

将来陸上輸送燃料としての原油の需要に陰りが生まれ、一方で石油化学としての需要は底堅いとすれば、原油からの石油化学品の収率が高いに越したことはない。現時点で石油精製を通した石油化学品の収率は8~12%程度とされ、設備やプロセスの変更で収率を上げようとしても、コスト、エネルギー効率の面で損失が大きく、脱炭素の観点からも好ましくない。現在Aramco・SABICは共同で接触分解(cracking)技術を利用し、原油から化学品原料を直接製造する技術であるcrude-to-chemicals(C to C)技術の研究・開発を進め、C to C技術を用いた大型の商業プラントの建設にも着手している。この製造技術を用いることで原油からの石油化学品の収率を50%まで向上させ、更なる低コスト・省エネ・低炭素の製造プロセスを構築する。

Aramcoは2022年11月、自身が63%の株式を保有する韓国のS-Oilと共同で韓国内に70億ドルを費やし、crude-to-chemicals(C to C)接触分解技術を利用した最初の大規模事業開発を行うと発表した(石油化学品年産320万トン、2026年生産開始予定)。2022年11月には自国でもSABICと共にC to C複合設備をRas al-Khairで展開することを検討すると公表した[27]

Aramcoは現在日量1200万バーレルの原油生産能力を有するが、2027年までに日量1300万バーレルまで拡大すると公表している。2030年までにその内の日量400万バーレルを石油化学品の原料に振り向けるとしているが、これは現在の4倍ほどの量に当たる。その達成のためには国内において日量160万バーレル、海外で日量140万バーレルの石油化学向けの新たな市場を確保しなくてはならない(Energy Intelligence)。

 

3) CCS(CO2分離・回収・貯留技術)

現在CCS(CO2分離・回収・貯留技術)事業は湾岸産油国ではサウジアラビア、UAE、カタールで行われているが、半ば技術開発のフラグシップ的な位置づけとなっており、規模も脱炭素に目立った効果を及ぼすほど大きくはない。サウジアラビア、UAEでは既存の油層に対する3次回収(EOR)として成熟油田の生産増強を目的に実施されている(表4)。

(表4)湾岸産油国におけるCCS事業
(表4)湾岸産油国におけるCCS事業
出所:各社HP、The Nationalのデータを基にJOGMEC作成

しかしCCSは今後サウジアラビアでは2035年までに4400万トン、UAE(ADNOC)では2030年までに500万トン[28]と、脱炭素に向けた有力な切り札として大幅な拡大を目指す。

表4に示されるように現在サウジアラビアで行われているCCS事業は2015年7月から稼働するUthmaniyah CO2-EORデモンストレーションプロジェクトで、その目的は温暖化ガス排出量の低減というよりも、成熟油田における原油生産増強(EOR)のためのCO2圧入効果を探ることである。CO2はHawiyah Natural Gas Liquids(NGL)回収プラントから分離・回収しており、水除去プロセスを経た後、85㎞離れたUthmaniyah地区において世界最大のGhawar油田の油層にEOR目的で日量40MMscfのレートで圧入されている。アブダビ(UAE)のCCSであるMussafahのAl Reyadahプロジェクトは世界初の商業スケールのCCS事業であり、MusaffahのEmirates製鉄所から年間80万トンのCO2を回収している。2009年と12年のCO2-EORパイロット試験の成功を受け、2016年から第一フェーズの運転を開始。90%のCO2をMusaffah製鉄所から回収し、水除去プロセスを経た後、埋め立てパイプラインを経由して、43㎞離れた陸上のRumaithaおよびBab油田にEOR目的で圧入されている。これまでの両国のCCS事業は技術開発・原油生産増強的色彩が強かったが、今後は脱炭素の手段として積極的にCCSを活用しようとする動きが活発化してきた。また前記のUAEのAl Reyadahプロジェクトでは今後の大規模CO2圧入に備え、CO2の圧入先を油層から帯水層に変更し、圧入性状のモニタリング・評価を開始している。

湾岸産油国における今後のCCS事業の目的は以下に集約されるものと考えられる。

  • Hard to Abate (温暖化ガス削減が困難)産業の低炭素化
  • ブルー水素・アンモニア・メタノール事業
  • CO2貯留サービス事業

最初のHard to Abateのケース、所謂温暖化ガス排出量の削減が困難な産業の脱炭素化についてのCCS技術の適用であるが、サウジアラビア、UAEは国内の製鉄・精錬・セメント・石油精製・化学・肥料といった温暖化ガス排出量が多く、尚且つ脱炭素化が困難な産業に向けた対応にCCS技術の応用を計画している。また産業界へのCCSの適用には、後述する石油・天然ガス事業の炭素強度の低減も含まれる。産業界の低炭素化はそのまま製品価値に直結し、「グリーン製品」としてのプレミアムの付加と市場での競争力の向上が期待される。例えばUAEで石油・ガスセクターを除くと最大の企業であるエミレーツグローバルアルミニウムは、2022年10月、UAE企業として初めてFirst Movers Coalition(以下FMC)に参加した[29]。同FMCには世界で50社以上が参加しており、アルミ、航空、化学、セメント、船舶、鉄鋼、トラック輸送といったHard to Abate産業分野における低炭素製品に対する市場やサプライチェーンの迅速な構築を目的としている。エミレーツグローバルアルミニウム社は、「グリーンアルミニウム」の需要が高まっていることから、電力を原子力および太陽光由来のものにシフトする考えだ。

続いて2番目の「ブルー水素・アンモニア・メタノール事業」への応用であるが、そもそもCCS技術の適用なしではその事業自体成立し得ない。ブルー水素・ブルーアンモニア(天然ガス等の化石燃料から製造され、CCSによって副産物のCO2を分離・回収・貯留して生産される水素やその派生品であるアンモニア)やクリーン水素とCCS技術で回収されたCO2によって製造されるクリーンメタノールといったクリーンエネルギーは脱炭素化に不可欠な存在であるが、湾岸産油国はそれらについて今後大規模な事業開発を計画している。例えばUAEの国営石油企業ADNOCは前述したAl ReyadahプロジェクトのCO2圧入量を年間500万トンまで拡大しようとしているが、これは後述するRuwaisブルー水素・アンモニア事業において分離・回収されるCO2を圧入・貯留することを想定している(前述した帯水層への圧入テストもこの伏線)。

3番目の「CO2貯留サービス事業」であるが、現時点では具体的な計画はないものの、将来的に湾岸産油国が大規模な事業化に着手する可能性は十分高いものと思料される。現在世界の様々な場所で「CCSクラスター」といった形で集中的に炭素強度の高いHard to Abate産業セクターからCO2を引き取り、枯渇油・ガス田や帯水層に圧入するビジネスが立ち上がっているが、その「CCSクラスター」としての成立要件を湾岸産油国は完全に備えている。CCS事業における重要なポイントは「CO2が安全にかつ恒久的に対象とする地層内に隔離される」ことであるが、そのために事業推進に当たっては環境面や社会的受容性(public acceptance)といった要素をクリアしていく必要がある。その点湾岸産油国では地下(サブサーフェース)に関する潤沢なデータが整備され、スタディーも進んでいることから、圧入計画が立て易く、圧入開始後のMRV(モニタリング、報告、検証)も対応し易い。また周りが未利用の砂漠であることから社会的受容性(public acceptance)としての要求や環境感度(environmental sensitivity)もそれ程高くはない。またCCS設備建設、パイプライン敷設、圧入井掘削やCO2 plume(CO2の地下での拡大領域)のモデリングや圧入監視、モニタリングといった技術についても石油・天然ガス開発事業で培ってきた知見やリソースが活用できる。また完璧なシール性を持ち、十分な圧入性と圧入容量を有する成熟油・ガス層や帯水層が広範囲に存在する。課題はCO2を如何に欧州や極東といった産業集積地から運搬するかであるが、現在大型液化CO2運搬船による海上輸送の検討が行われていることから、湾岸産油国の「CCSクラスター」にも適用されるかもしれない。

CCS技術の課題の一つは地下圧入後のCO2の長期的モニタリングであるが、現在UAEではCO2を地下に鉱物として固定し、安全かつ恒久的に隔離する技術を実証しようとしている。2023年1月からADNOCと英国のスタートアップProtostar Group Limited(44.01)は、UAEのFujairahでパイロット試験を開始、大気中のCO2を海水に溶解し、地下深部のかんらん岩の隙間に圧入する。もし成功すれば、CO2は水とかんらん岩と反応し、かんらん岩の隙間で鉱物化することで、地下に永久に固定されることとなる[30]

 

4) クリーン水素およびその派生品事業

前述したようにUAEは2050年までに年間1400~2200万トンのクリーン水素生産を目標とし、インド、日本、韓国、ドイツといった世界の主要な市場で25%のシェア獲得を目指す。サウジアラビアも世界最大の水素輸出国を目指し、オマーンはグリーン水素を国家戦略と位置づけているというように、湾岸産油国はクリーン水素を次世代のエネルギーと捉え、将来のエネルギー戦略の中心に据えている。またクリーン水素を基にハーバー・ボッシュ法を用いたクリーンアンモニアの製造、CCSから得られたCO2と組み合わせることで、メタノールの製造やサバティエ反応といったメタン化反応を用いたメタネーション(合成メタン製造)、更にはフィッシャー・トロプシュ(FT)法による様々な炭化水素燃料製造といった形で多くのクリーン水素派生品(合成燃料、e-fuel)の生産も視野に入れる。特にクリーン水素派生品の生産(水素の加工)はエネルギーを重要な輸出品として捉える湾岸産油国にとって、「水素の運搬」という課題のクリアにもつながる。

現時点で湾岸産油国において最も大規模商業生産に近いクリーン水素・アンモニア事業は前文でも触れた、サウジアラビアNeomにおけるグリーン水素・アンモニア事業とUAE Ruwaisにおけるブルー水素・アンモニア事業であろう。Neomグリーン水素・アンモニア事業ではサウジアラビアのACWA Power並びにNEOM、米Air Productsの共同事業体の下、4GWの再生可能エネルギーを基に、2026年から年間24万トンのグリーン水素、120万トンのグリーンアンモニアを生産予定であり、RuwaisではUAEのTA’ZIZおよびFertiglobe、三井物産、韓国GSエナジーにより2025年から年間100万トンのブルーアンモニアを生産予定で、2023年1月には株主間協定を締結し、現在は予定地の整備・設計作業を実施している[31]。他にもUAEではUAE TAQAおよびKIZAD、独Thyssenkruppにより年間20万トンのグリーンアンモニアの生産が[32]、また韓国のKepco、サムスン物産、韓国西部発電とUAE Petrolyn Chemieにより年間20万トンのグリーンアンモニアの生産が計画されている[33]

(図13)湾岸産油国のクリーン水素事業フロー
(図13)湾岸産油国のクリーン水素事業フロー
出所:JOGMEC作成

図13に示すように湾岸産油国におけるクリーン水素事業開発の条件は整っている。ブルー水素であればその原料である天然ガスが安価で入手でき、もう一方の重要な成立条件であるCCSを実施するに当たっても、CCSの項で触れたように事業を展開しやすい環境にある。またグリーン水素事業においてはそのコストの半分は再生可能エネルギーの調達コストといわれているが、再生可能エネルギーの項で触れたように、再生可能エネルギー(太陽光発電)の調達コストが低廉な湾岸産油国は、グリーン水素事業も低コストで実施できる条件に恵まれている。湾岸産油国の水素エネルギー政策に呼応して国家間、企業間、研究機関等の間で多くの事業化調査、技術開発の覚書が結ばれており、交流が活発化している。更に湾岸産油国ではこれまで世界的規模の石油・天然ガス関連のプロジェクトや大規模再生可能エネルギーといった大型事業を手掛けてきており、大型事業に対するプロジェクト管理といった事業遂行能力、またそれを支えるリソースや経験が蓄積されている。事業を支える金融面においても、これまで国内外の金融機関が協調融資によって大型のプロジェクト・ファイナンスを何度も組成してきており、資金調達も比較的容易な状況にある。

このようにクリーン水素事業を展開する上で好ましい条件が整っている湾岸産油国ではあるが、輸出型産業としてクリーン水素事業を発展させていくためにはクリーン水素が抱える大きな課題、水素の海上輸送をクリアする必要がある。現在湾岸産油国で計画されているクリーン水素事業は水素をクリーンアンモニアにコンバートして運搬する方法が主流であるが、需要家にとっての受け入れ態勢の観点から、水素を有機ケミカルハイドライド法によって一旦MCH(メチルシクロヘキサン)に変換して輸送する方法や液化水素といった方法も今後取り入れられてくる可能性がある。またクリーンアンモニア、MCH、液化水素等のケースでは需要側に新たなインフラや設備の整備が求められるが、そのまま既存の燃料の代替として用いられる「ドロップイン燃料」であれば受け入れ側で特別な準備をする必要もない。クリーン水素とCCSで得られるCO2を組み合わせた様々な合成燃料(e-fuel)は価格の面で既存の化石燃料ベースの燃料とは到底競合できないが、「ドロップイン燃料」として化石燃料ベースの燃料との入れ替えが可能という強みがある。例えばe-kerosene(合成ケロシン)のSAF(持続可能な航空燃料)であれば、航空機の低炭素燃料として化石燃料であるジェット燃料(JET A1)の代わりに既存の機体にそのまま使用することが可能である。湾岸産油国は市場のニーズに合わせ、海外の企業や研究機関、スタートアップの協力を得ながら、様々な技術の追求を行っている。

 

5) 石油・天然ガス開発事業における低炭素オペレーション

サウジアラビアの国営石油企業のAramcoやUAEの国営石油企業であるADNOCが現在力を入れているのが、石油・ガス開発事業における低炭素化である。そもそもAramcoやADNOCの石油・ガス開発事業における炭素強度(単位生産量当たりの温暖化ガス排出量、本稿ではkg-CO2e/バーレルで表示)は同業他社と比べて圧倒的に低い。図14はメジャーを含む大手石油企業とAramcoの炭素強度の比較であるが、Aramcoの炭素強度は極めて低く、通常20kg-CO2e/バーレルより低いケースは低炭素強度企業と評価される中で、更にその半分の10.2 kg-CO2e/バーレル(2018年実績)でしかない。このように湾岸産油国の石油・ガス開発事業は他のエリアに比べて遥かに低炭素環境にあるが、それにもかかわらずAramcoやADNOCは更なる低炭素化に磨きをかける。

(図14)各石油企業の炭素強度
(図14)各石油企業の炭素強度
(単位:kg-CO2e/バーレル)
出所:各社HPデータ等に基づきJOGMEC作成

Aramcoは35年までに炭素強度を15%削減、ADNOCは150億ドルを費やし、30年までに炭素強度を25%削減するという目標を掲げている。これはAramcoの場合業界内で最低レベルの炭素強度を更に8.7kg-CO2e/バーレルまで引き下げるということを意味する。またADNOCは38億ドルをかけ海洋油・ガス田の電化を図るとしている[34]。アブダビでは再生可能エネルギーと原子力発電のクリーン電力の割合が2021年の13.4%から2022年は24.3%と大幅に増加しており、2023年もBarakah原発3、4号機の稼働や2GWのAl Dhafra太陽光発電所の商業運転開始が予定されていることから、今後も電力のクリーン化が急速に進展していく[35]。海洋油・ガス田の電化についてはPPAのように特定のクリーン電源と紐づけなくとも、クリーン化が進むグリッドライン(一般の送電網)に接続するだけで、石油・ガス開発事業の低炭素化が実現できる。

石油・天然ガスのバリューチェーンは産業界の最も大きなメタン排出源となっており、如何にメタン排出量を減らすかというのは気候変動対策においても、石油・天然ガス産業が取り組むべき課題としても重要である。メタンは100年間で比較したときの温暖化係数ではCO2の28倍の温暖化効果といわれているが、それはメタンの大気中の半減期が6~8年とされているためで、20年間では約84倍の温暖化効果を持つ。したがって、メタンの排出量を削減することで、効果的に地球温暖化を緩和することができる。Aramcoはパリ協定の主旨に則り、ネットゼロに向けエネルギー産業の脱炭素化を推進するというOGCI(The Oil and Gas Climate Initiative)[36]における12のメンバー企業の1社である。OGCIにはShell、bp、ExxonMobil、Chevron、TotalEnergies、CNPC、Petrobrasといった世界の石油・天然ガス生産の3割を占める石油企業の経営者が直接メンバーとして参加しているが、2025年までにメタン排出量を0.20%とする目標を掲げ、活動を行っている。一方ADNOCは25年までにメタンの排出量を0.15%に低減する目標を立て、メタン排出量の抑制に努めている[37]

AramcoやADNOCは現時点でも世界トップクラスの低炭素石油・天然ガスを供給しているが、更に電化、CCS、メタン漏洩防止対策、ゼロフレア―ポリシー、掘削リグのハイブリッド化(バッテリー電源との併用)を導入し、圧倒的な石油・天然ガス開発事業の低炭素化を図ろうとしている。前出のADNOCの社長であるアル・ジャーベル氏の発言にはしばしば「最も低コスト、低炭素の石油・天然ガスを生産するものが、石油・天然ガスを供給できる」という表現が登場する。また「我々はコストと低炭素という圧倒的競争力を身につけ、Last Oil Producer Standing、最後の石油生産者となる」とも述べている。即ちここには現在のエネルギーシステムが抱えるトリレンマ、「安定供給、低価格、持続可能性」というエネルギーの課題に応え得るのは湾岸産油国だけであり、仮に将来石油需要が大幅に減退し、多くの生産国が市場を失っても、エネルギーの抱える課題が解決できる湾岸産油国は、最後の石油供給者となって、世界のエネルギー需要を満たすといった自負の念が感じとれる。

しかしながら湾岸産油国の石油・天然ガス産業に対する低炭素化には別の視点もあるのではないだろうか。今後化石燃料離れが進展し、石油・天然ガスの市場が大幅に縮小しても、多くの石油・天然ガス関連企業は事業転換や事業からの撤退・切り離し(ダイベストメント)によって他の道を探ることができる。一方石油・天然ガスが国家にとっての重要で貴重な資産である湾岸産油国には、ダイベストメントといった手段はとりえない。2011年のアラブの春を経験し、君主制という世界でも特異な統治形態をとる湾岸産油国にとって、政治・社会の安定の礎である石油・天然ガス資源の「座礁資産(stranded assets)」化といった状況は決して容認できず、社会や政情不安と直結する可能性がある。「Last Oil Producer Standing、最後の石油生産者」というメッセージには、世界で最も競争力のある石油・天然ガスの供給者としての自負と同時に、石油・天然ガス資源は絶対に座礁資産化させられないという覚悟のようなものがあるのではないだろうか。それ故石油・ガス開発における低コスト・低炭素化への拘りは、そのような背景から生じるのでは、と思料される。

 

4. まとめ

図15にこれまで述べてきた湾岸産油国のエネルギートランジションに対する対応をまとめた。

今後輸送用燃料としての石油は減退する、少なくとも湾岸産油国はその前提に基づいて着々と準備を進めているといえる。市場も縮小が避けられないとすれば、そのような状況においてもなお湾岸産油国は「Last Oil Producer Standing、最後の石油生産者」として生き残れるよう低コストと低炭素に磨きをかけている。彼らにとってのそれが商品の差別化、ブランディング戦略であり生命線ということである。

輸送用燃料としての石油は徐々に終わりを迎えるとしても、石油化学の原料としての石油はこれまで通りに生き残る。湾岸産油国はその前提に立ち、事業拡大の中心をこれまで産業多角化の旗頭であった石油精製から石油化学に移す、ケミカルシフトを開始している。この動きの意味合いは将来の市場として期待される石油化学にビジネス収益の機会を求めるということだけではない。湾岸産油国にとって2010年代に米国シェールオイルの台頭で市場を奪われたことは記憶に新しい。また将来ロシアの原油が市場に大量に流入する際に、やはり同様に低油価と市場の奪い合いが発生するかもしれない。しかもその時には今よりも縮んだ市場という、輪をかけて厳しい状況に晒されるかもしれない。C to Cのように直接原油から石油化学品を製造する技術を磨き、専属の大型プラントを立ち上げるのも、自国や他国で大規模石油化学プラントを建設・運営するのも、自らが原油の受け入れ先となり、縮小する市場の中で販路を確保するための方策と解釈すれば納得がいく。

(図15)エネルギーシステム大変革の中での湾岸産油国のエネルギー戦略
(図15)エネルギーシステム大変革の中での湾岸産油国のエネルギー戦略
出所:JOGMEC作成

湾岸産油国はどの国も天然ガス生産に力を入れる。ADNOCはガスとLNG部門を統合し、3月に新会社であるADNOC Gasの一部株式をアブダビ市場で上場すると発表、20億ドルの調達を目指す。天然ガス(LNG)は短期的には不足するロシアガスの穴埋めや温暖化ガス排出量の多い石炭火力の代替、所謂トランジション燃料としての需要が見込まれる。仮に脱炭素化の進展により天然ガス(LNG)としての需要が減退しても、CCS技術の事業性に恵まれた湾岸産油国は、天然ガスをブルー水素に転換し供給することで、天然ガス資源や設備、インフラ、ノウハウを活用することができる。

一方で湾岸産油国は石油・天然ガスの関連事業だけでなくクリーン・再生可能エネルギーにも大きく力を注いでいる。UAEのMasdarは2030年までに再生可能エネルギーの発電容量を100GWとし、最終的には200GWを目標とする。サウジアラビアのACWA Powerは世界20か国に120GWの再生可能・クリーンエネルギー発電能力を拡大することを目指し、サウジアラビアの国営石油会社Saudi Aramcoは2030年までに年1100万トンのブルーアンモニアの生産を計画する。多くの「ネットゼロシナリオ」でも2030年時点での石油・天然ガス需要はまだ相当量が維持されるとしており、世界的規模での急激な再生可能・クリーンエネルギーの積み上げは、一見石油・天然ガスとの市場の奪い合い、石油・天然ガスの寿命を縮めることになるのでは、と映る。

仮に自国の電力網に限っての話であれば説明はつく。自国の電力網に再生可能エネルギーの導入量を増やすことで火力発電に使用されている石油や天然ガスの消費を減らし、その分を輸出に回すことができる。しかしながらUAEのMasdarやサウジアラビアのACWA Powerにおける再生可能エネルギーの発電能力の総計は国内よりも海外の方が圧倒的に大きい。またクリーン水素やその派生品である低炭素燃料は直接石油製品や天然ガスと競合することから、石油・天然ガスの市場を狭めることとなり、石油・天然ガス事業の「足を引っ張る」形となる。そうまでしてクリーン・再生可能エネルギー事業を推進(特に海外展開)する理由は何であろうか。単純に将来の「化石燃料離れ」に備えた保険、「リスクヘッジ」という意味合いであろうか。

一方で様々なエネルギーの供給体制を整えることはエネルギーミックスの観点からは理にかなっている。現在の消費者のエネルギーに対する要望は必ずしも一律ではないからである。ある消費者は自社プラントの脱炭素化やグリーン製品生産のため、調達コストが増えてもクリーン水素を最優先するかもしれないし、別の消費者はエネルギーコストの圧縮を優先するため、低炭素石油製品で十分と考えるかもしれない。エネルギーミックスの時代においてはエネルギーの選択肢が多様化すると同時に消費者のニーズも広がり、市場も消費者の動向に左右される。消費者が「安定供給、低価格、持続可能性」のどこに力点を置くかによってエネルギーの需要も影響を受けるということである。

消費者は多かれ少なかれエネルギーのトリレンマと呼ばれる「安定供給、低価格、持続可能性」といったエネルギーに関わる課題を抱える。湾岸産油国はこれまでのエネルギーの「安定供給、低価格」の優位性に加え、低炭素石油・天然ガスや再生可能・クリーンエネルギーといった「持続可能性」の側面も強化をし、全方位でエネルギーを提供できる体制を整えようとする。これを「安定供給、低価格、持続可能性」という課題を解決するための方策、ソリューションとすれば、湾岸産油国はエネルギーミックスに求められる全てのメニューを準備し、消費者の個々のニーズに合わせて最適なソリューションを提供する、「エネルギーソリューション」を提供するソリューションプロバイダーを目指していると解釈することもできる。

これまで石油・天然ガス開発においては世界の石油・天然ガス生産量の57%を占める30か所の「Super Basin」が石油・天然ガス市場において極めて重要な役割を演じてきた。中でも湾岸産油国は最も優れた「Super Basin」を域内に複数抱えている。一方で再生可能・クリーンエネルギーに関する「Super Basin」の競争は今まさに火蓋が切って落とされたところである。これまで20世紀型エネルギーシステムにおいて「Super Basin」の恩恵を謳歌してきた湾岸産油国は、新たなエネルギーシステムへの転換後においてもその地位を不動のものにしようと考えている。

 

[2] UAE raises economy-wide greenhouse gas emission reduction target in updated second NDC (WAM)
https://wam.ae/en/details/1395303082685

[3] AR6 Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change - IPCC
https://www.ipcc.ch/report/sixth-assessment-report-working-group-3/

[4] Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg2/

[5] COP27 Reaches Breakthrough Agreement on New “Loss and Damage” Fund for Vulnerable Countries, UNFCCC
https://unfccc.int/news/cop27-reaches-breakthrough-agreement-on-new-loss-and-damage-fund-for-vulnerable-countries

[8] Single-use plastic cutlery and plates to be banned in England (The Guardian)
https://www.theguardian.com/environment/2023/jan/08/single-use-plastic-cutlery-and-plates-to-be-banned-in-england

[10] TAQA, ADNOC, and Mubadala complete landmark transaction for stake in Masdar clean energy powerhouse (WAM)
https://wam.ae/en/details/1395303109709

[16] 株式会社 未来機械公式HP
https://miraikikai.jp/

[17] Saudi Aramco JV to build refinery and petrochemical complex in China
https://www.offshore-technology.com/news/aramco-jv-refinery-china/

[18] Aramco, Sinopec and SABIC expand refining and petrochemical cooperation (Aramco Press Release)
https://www.aramco.com/en/news-media/news/2022/aramco-sinopec-and-sabic-expand-refining-and-petrochemical-cooperation

[19] Aramco and Shandong Energy collaborate on downstream projects in China (Aramco Press Release)
https://www.aramco.com/en/news-media/news/2022/aramco-and-shandong-energy-collaborate-on-downstream-projects-in-china

[21] TA’ZIZ and Reliance Sign Shareholder Agreement for Ruwais Chemicals Project (TA’ZIZ Press Release)
https://taziz.com/en/media-center/news-and-insights/2022-04-26.html

[22] Mubadala Energy, OMV, PARCO join forces to explore opportunities in sustainable fuels (Mubadala Energy Press Release)
https://mubadalaenergy.com/news/mubadala-energy-omv-and-parco-join-forces-to-explore-opportunities-in-sustainable-fuels/

[23] Ras Laffan Petrochemical Project (Chevron Phillips Chemical Press Release)
https://www.cpchem.com/ras-laffan-petrochemical-project

[24] Chevron Phillips Chemical and QatarEnergy to construct integrated polymers facility on US Gulf Coast (Chevron Phillips Chemical Official HP)
https://www.cpchem.com/media-events/news/news-release/chevron-phillips-chemical-and-qatarenergy-construct-integrated

[26] International Sustainability & Carbon Certification HP
https://www.iscc-system.org/

[28] ADNOC Allocates 15 Billion to Low-Carbon Solutions (ADNOC Press Release)
https://www.adnoc.ae/en/news-and-media/press-releases/2023/adnoc-allocates-15-billion-to-low-carbon-solutions

[31] Fertiglobe Joins TA’ZIZ as Partner in World-Scale Blue Ammonia Project in Ruwais (ADNOC Press Release)
https://www.adnoc.ae/news-and-media/press-releases/2021/fertiglobe-joins-taziz-as-partner-in-world-scale-blue-ammonia-project-in-ruwais

[32] TAQA Group and Abu Dhabi Ports Planning 2 GW Green Hydrogen to Ammonia Project (TAQA Press Release)
https://www.taqa.com/press-releases/taqa-group-and-abu-dhabi-ports-planning-2-gw-green-hydrogen-to-ammonia-project-2/

[34] ADNOC and TAQA Announce $3.6 Billion Project to Power and Decarbonize Offshore Operations
https://adnoc.ae/en/news-and-media/press-releases/2021/adnoc-and-taqa-announce-project-to-power-and-decarbonize-offshore-operations

[35] Abu Dhabi’s pivot to clean energy is enabling the decarbonization of key industries, strengthening their position amid the energy transition (MEES)
https://www.mees.com/2023/2/17/power-water/abu-dhabi-power-sectors-gas-needs-dwindle/3d4f8fa0-aed4-11ed-b260-e98cd906ef8c

[36] OGCI Official HP
https://www.ogci.com/

[37] ADNOC Announces New Upstream Methane Intensity Target of 0.15% by 2025 – the Lowest in the Middle East (ADNOC Press Release)
https://www.adnoc.ae/en/news-and-media/press-releases/2022/adnoc-announces-new-upstream-methane-intensity-target-of--by-2025--the-lowest-in-the-middle-east

以上

(この報告は2023年2月28日時点のものです)

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