ページ番号1009690 更新日 令和5年4月7日
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概要
- 4月4日付けのロシア主要経済紙のひとつであるコメルサントは、サハリン2を巡る動きについて、NOVATEKが3月6日にサハリン2におけるシェルの権益取得に向けて、入札書類をロシア政府に申請したこと、欧米による対露制裁の一環で、現状「非友好国」の非居住者(法人)に対してはロシアからの海外送金が時限的(現在は2023年9月30日まで)に禁止されている中で、シェルが保有するサハリン2におけるシェア分売却対価のシェルが保有する海外口座への送金については、プーチン大統領が承認する方向にあるという記事を掲載。
- 当初の予定では、2022年内にシェル分の権益評価及び外国企業によって齎された損害に対する査定額評価が明らかになり、入札を経て、1月初旬には権益の譲渡が完了するはずだった。しかし、ロシア政府による損害に対する査定額は現時点でも明らかにはなっていない。
- 損害査定額発表が遅れているのは、それによってシェルによる国際訴訟のトリガーを引くことになることを恐れているロシア政府の事情やもし国際訴訟となればNOVATEKもプロジェクトへの参画を躊躇するという懸念があると考えられる。
- 今回のコメルサント紙の記事が正しい場合、NOVATEKが入札申請を提出した背景には、シェルによる国際訴訟を回避できる状況が整いつつあることが示唆されているとも考えられる。撤退を志向するシェルにとっては、自身が保有するシェア分売却益の確保が課題であり、プーチン大統領が海外への送金を認めるという判断を下したのであれば、ロシア政府とシェルの和解に向けた大きな一歩となるだろう。
- 他方、依然として、シェルが齎したとされる損害査定額の取扱いについては明らかになっていない。また、シェルが有する年間最大100万トンのLNGオフテイク契約(シェル及びサハリン・エナジーとの間の契約であり、2028年まで有効)についても、取扱いは不明のままである。
- また、NOVATEKが、なぜ売却益の海外送金について、シェルに配慮することをプーチン大統領に要請したのか、その理由が判然としないのも事実である。本記事に関しては、当事者の裏取りは得られておらず、実際にプーチン大統領がシェルに対する海外送金を例外として認めるのかどうか、今回のロシアサイドの動きを受けて、今後シェルがどのようなアクションを起こすのかが注目される。
1. これまでの経緯
サハリン2を巡っては昨年(2022年)6月30日に出された大統領令を受け、これまでに次表のように事態が進んできた[1]。
2022年 | |
---|---|
2月28日 | シェルがサハリン2を含むGazpromとの合弁事業から撤退するプロセスを開始することを発表。 |
5月5日 | シェルは2022年第1四半期にロシア事業に係る減損を計上。サハリン2については16.14億ドル。 |
6月30日 | プーチン大統領が、サハリン2について現行の外国法人(バミューダ)から新たに設立されるロシア法人へ権利・義務を移管する大統領令に署名。移管されなかった権益についてはロシア政府が査定する。また、外国法人によって齎された損失の金額について監査する。 |
8月02日 | ロシア政府が新ロシア法人の設立に関する政府令を発表。 |
8月25日~ |
三井物産と三菱商事が新ロシア法人に参画することを決定。ロシア政府も承認。 シェルは新ロシア法人へは出資しないことをロシア政府に通知。 |
9月06日 |
ロシア政府はシェルの権益を継承するべきロシア法人について、その基準を定めた政府令を公示。NOVATEK(ヤマルLNG)又はGazprom(サハリン2)が候補となる内容。 シュルギノフ大臣:「エネルギー省はNOVATEKがサハリン2に参加することを望んでいる」。 |
10月下旬 | NOVATEKミヘルソン社長:「12月までにサハリン2の株式を購入するかどうか決定する」。 |
12月14日 | ロシア政府が、シェルが保有する株式(27.49999998621683%)に対する評価額について、948億ルーブル(約15億ドル)とする政府命令書を発表。 |
12月下旬 | ロシア政府が損失額の査定作業が遅延を理由に入札の延期を発表。 |
2023年 | |
2月下旬 | ノヴァク副首相:「政府はサハリン2外資による被害の評価を間もなく完了する。これまでのところ、プロジェクトにおけるシェルの株式を購入する申請はない」。 |
3月6日 | NOVATEKがロシア政府に入札意向を表明し、書類を提出。 |
2. コメルサントによる報道(4月4日)
4月4日付けのロシア主要経済紙のひとつであるコメルサントは、サハリン2を巡る動きについて、NOVATEKによる入札申請の事実に加え、欧米による対露制裁の一環で、現状「非友好国」の非居住者(法人)に対してはロシアからの海外送金が時限的(現在は2023年9月30日まで)に禁止されている中で、シェルが保有するサハリン2におけるシェア分売却対価のシェルが保有する海外口座への送金については、プーチン大統領が承認する方向にあるという記事を掲載した[2]。
<参考>コメルサント記事要旨(抄訳) ※太字は筆者。
「シェルが出口に近づいている~ロシア政権サイドは、サハリン2の権益売却で得られる950億ルーブルを同社の口座に振り込むことを容認するだろう~」
- NOVATEKのミヘルソン社長は、プーチン大統領に対し、サハリン2の権益27.5%の売却で、シェルが獲得する資金を同社(シェル)の外国の口座に移すのを容認することを提案。
- 2022年6月30日付けの大統領令に従い、現時点では、シェルが獲得した資金はロシア国内のC(エス)タイプの口座[3]に振り込まれ、そのまま凍結されることになっている。
- NOVATEKはシェルが保有する権益の獲得を希望しており、2023年3月6日に同社は入札申請を政府に提出。
- ミヘルソン社長の提案書の内容を知る複数の情報源は、「シェルによる資金の獲得の容認に関する要請は、サハリン2の炭化水素資源の生産と輸出にとってのリスクを最小化することを目的としている」との見解を示していた。
- それらの情報源によれば、プーチン大統領はミヘルソン社長の提案レターに対して「承諾」の印を押したとされている。
- NOVATEKはこの件に関する本紙の取材を拒否し、ガスプロムはコメントを拒否した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 2022年夏、プーチン大統領は、バミューダ諸島に登記されたサハリン・エナジーに替わりロシアに登記された有限会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」をサハリン2のオペレータにすることを規定した大統領令に署名した。
- 当該の大統領令に従い、サハリン・エナジーの株主となっていた外国企業は、ロシアに登記された有限会社の株式の取得申請を行うか否かの選択を1カ月以内に行う必要に迫られた。三井物産と三菱商事は、有限会社の株式を取得しプロジェクトにとどまることを決断した。シェルは有限会社の株式の取得を拒否し、権益保有分の評価額16億ドルを損失として計上した。
- 当該の大統領令に従い、ロシア政府はシェルの権益を売却し、売上金をCタイプの口座に振り込むことになっていた。但し、その際、売却益からシェルがサハリン2プロジェクトに齎したと判断される損失額を差し引いた分がCタイプの口座に振り込まれることとなっていた。
- ロシア政府はシェルの権益の価値を948億ルーブルと評価していた(これは、シェルが示した評価額とほぼ一致する)。
- 本紙が得た情報によれば、「NOVATEKは、『査定の結果示された損失額は、サハリン2の通常の経済活動の枠内で十分に補填可能な規模である。例えば、損失額はシェルが部分的にしか受け取っていない2021年のサハリン2の業績に対する配当金により補填することが可能である』との認識を示している」とされている。
- 2022年4月にシェルは、サハリン2の2021年の業績に対する配当金として1億6,500万ドルを受領したことを発表したが、その後、同社は、「2021年分として我が社がサハリン2から受領する配当金の総額は10億ドルに達すると認識している。残額はまだ振り込まれていない」との見解を示していた。
- NOVATEKの提案をプーチン大統領が受け入れたということは、シェルが、権益の売却額(948億ルーブル)のみならず、支払われていない配当金の一部(未払いの配当金の総額からシェルが齎したとされる損失額を差し引いた額)も獲得できる可能性が生じたことを意味している。
- 本紙はシェルへの資金の支払いに関する質問と(損失額の)査定実施期間に関する質問を財務省に対し行ったが、返答はなかった。
<中略>
- サハリン2のPSAでは、係争問題はストックホルム仲裁裁判所で審理されることになっていたが、2022年6月30日付けの大統領令に従い、すべての係争問題の解決はモスクワの仲裁裁判所に委ねられることになった。この点に関し、「シェルが仲裁裁判所の変更に同意することはないだろう。この点につき争えば、サハリン2の権益譲渡プロセスがさらに長引くことになるだろう。双方ともこの点は理解しており、そのことが、訴訟に至る前の段階で合意することが妥当との認識に双方を傾斜させる可能性もある」と専門家は見ている。
3. サハリン2を巡る動向における留意すべき点:遅延の理由は何か
当初の予定では、2022年内にシェル分の権益評価及び外国企業によって齎された損害に対する査定額評価が明らかになり、入札を経て、1月初旬には権益の譲渡が完了するはずだった。しかし、ロシア政府による損害に対する査定額は現時点でも明らかにはなっていない(上記ノヴァク副首相の発言の通り、既にその評価は終わっていると考えられる)。このことは、なぜロシア政府が12月下旬の入札延期を決定したのか、また、NOVATEKが期限内に入札書類を出さなかったのかという理由にも関連する。そこには、次のような推測も成り立つと考えられる。
- シェルはロシア政府によるシェル保有の権益評価及び損害査定額の提示を待っており、その内容を受けて、PSAに基づき、第三国での国際訴訟提起を検討している可能性がある。
- シェルが国際訴訟を起こすと、その被告対象にはロシア政府に加え、新たに設立されたロシア法人とシェルの権益受取者(NOVATEK)がなる可能性が高い。
- NOVATEKにしてみれば、実際のところ、参画に対してロシア政府に従わないという選択肢はない。他方、サハリン2というアジア太平洋アセットは同社が保有する北極アセット(ヤマルLNGやアルクチクLNG-2等の上流資産)と拮抗し、サハリン2自体も長期的に見ればサハリン3のガス埋蔵量(Gazprom保有)が不可欠。進んでサハリン2に参画したいかどうかは疑問。
- さらにシェルによる国際訴訟に巻き込まれるのであれば、参画は避けたいところ。この点について、ロシア政府から何らかの保証やインセンティブがなければ参画への最終決定には至らない。
つまり、損害査定額発表が遅れているのは、それによってシェルの国際訴訟のトリガーを引くことになることを恐れているロシア政府の事情があるのではないか。もし国際訴訟となれば、ロシア政府にとってLNGプロジェクトを牽引できる頼みの綱であるNOVATEKもプロジェクトへの参画を躊躇するだろう(自らが被告になるリスク)。また、国際係争案件となれば、サハリン2プロジェクトに対する信用にも影が差すことになる。
なお、ロシア政府が述べている延期の公式の理由は、シェルがサハリン2に齎した損失査定作業の遅延だけとしている。一方で、巷間ではNOVATEKが権益取得に必要な提案を準備できなかったからという噂やNOVATEKによる提案作成プロセスが遅延したのは、同社のサハリン2への参加を望まないGazpromが妨害をしているからではないかとの見方もあった。
4. 現状認識
今回のコメルサント紙の記事が正しい場合、NOVATEKが入札申請を提出した背景に、シェルによる国際訴訟を回避できる状況が整いつつあることが示唆されている。撤退を志向するシェルにとっては、自身が保有するシェア分売却益の確保が課題であり、プーチン大統領が海外への送金を認めるという判断を下したのであれば、ロシア政府とシェルの和解に向けた大きな一歩となるだろう。他方、依然として、シェルが齎したとされる損害査定額の取扱いについては明らかになっておらず、NOVATEKの考えとして、シェルが得るはずだった2021年の配当金から損害賠償額を充当するということについて、シェルが納得しない可能性も十分にあるだろう。また、記事には出ていないが、シェルが有する年間最大100万トンのLNGオフテイク契約(シェル及びサハリン・エナジーとの間の契約であり、2028年まで有効)についても、シェルが主張する権利として協議に上ってくるはずだろう。
約3カ月遅れで入札申請という判断に至ったNOVATEKは、ロシア政府から何らかの保証が得られた可能性も考えられる。それは、例えば、シェルが国際訴訟を起こせば、ロシア政府が矢面に立ち、NOVATEKの参画手続きはサスペンドすることで被告とならないよう防御することや、たとえ国際訴訟が提起されても、サハリン2への参画がNOVATEKにとって魅力的であるようなインセンティブの付与(サハリン3をはじめとするGazprom資産の継承や既存案件への優遇等)である。
他方で、NOVATEKが、なぜ売却益の海外送金について、シェルに配慮することをプーチン大統領に直に要請したのか、その理由が判然としないのも事実である。NOVATEKはシェルが国際訴訟を起こした場合に自らに火の粉が及ぶのを恐れており、その予防策の一環としてシェルの利する条件を働きかけたということも考えられる。あるいは、NOVATEKもロシア政府も、プロジェクト運営や将来の上流開発において、いずれはシェルの協力が必要になると認識しており、これ以上関係を悪化させたくないと考えているのかもしれない。本記事では当事者の裏取りは得られておらず、実際にプーチン大統領がシェルに対する海外送金を例外として認めるのかどうか、今回のロシアサイドの動きを受けて、今後シェルがどのようなアクションを起こすのかが注目される。
[1] サハリン2を巡る動向については、以下拙稿を併せて参照されたい。
「サハリン2プロジェクトを対象にロシア法人への移管を求める大統領令を発出」(2022年7月6日)
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009403.html
「サハリン2に関する新ロシア法人設立の政府令を発出」(2022年8月5日)
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009433.html
「サハリン2新ロシア法人にシェルは出資しない意向。ロシア政府がシェル分権益の継承資格に関する政府令を発出」(2022年9月13日)
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009462.html
「サハリン2・シェルの権益に対する査定額をロシア政府が発表」(2022年12月20日)
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009576.html
[2] コメルサント紙(2023年4月4日)https://www.kommersant.ru/doc/5913587(外部リンク)
[3] C(エス)タイプの口座とは、大統領令第416号(2022年6月30日)第一項(ケ)で規定された口座。今回の場合、シェルの保有するシェアを売却することによって得られた資金については、2022年3月5日付ロシア連邦大統領令第95号「特定の外国債権者に対する債務の暫定的な履行手順について」に従って、有限会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」がシェルを名義人として開設した口座に対して、買い手(NOVATEKの可能性)が払い込むことになる。
以上
(この報告は2023年4月7日時点のものです)