ページ番号1009724 更新日 令和5年5月15日
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概要
- 米国では春場の製油所のメンテナンス作業実施が峠を越えつつある等もあり、原油精製処理量が増加するとともに原油在庫は減少となった。また、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が視野に入りつつあったこともあり、製油所ではガソリン製造が優先された反面留出油製造が劣後したことにより、ガソリン在庫は概ね限られた範囲で変動したうえ平年幅上方付近に位置する量となった一方留出油在庫は減少傾向となったうえ平年幅下限付近に位置する量となっている。
- 2023年4月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、日本では、一部製油所において実施していた春場のメンテナンス作業終了に伴う操業再開が遅延した等により、原油精製処理活動がもたつき気味となったこともあり、原油在庫は増加した。しかしながら米国では原油在庫は減少した他、フランスにおいてストライキが終息に向かったことにより4月16日までに同国の主な製油所の操業が再開したこともあり、欧州の原油精製処理活動が活発化した結果、原油在庫は減少した。結果として、OECD諸国全体では原油在庫は若干ながら減少となったが平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、冬用ガソリンの利用時期終了に伴い当該製品に混入していたブタンの需要減少によるその他の石油製品在庫の増加等により米国では石油製品在庫は増加した。また、欧州においても、製油所の稼働の上昇に伴い石油製品製造活動が活発化したこともあり、石油製品在庫は増加した。さらに、日本においても、年度末を控えての工事実施に伴い稼働する重機類向けの軽油需要が年度末を過ぎたことにより一服したこともあり、軽油を中心として石油製品在庫は増加した。このようなことから、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加したうえ平年幅上限付近に位置する量となっている。
- 2023年4月中旬から5月中旬にかけての原油市場においては、米国金融当局関係者が政策金利引き上げ局面の終了を示唆しなかったことに加え、米国連邦政府が近いうちに債務不履行の事態に陥る恐れがある旨の警告がなされたこと、米国及び中国経済が減速しつつことを示唆する指標類が発表されたこと、米国の一部金融機関の経営に対する不安が発生したこと等が原油相場に下方圧力を加えた結果、原油相場は下落傾向となり、5月4日には1バレル当たり68.56ドルの終値と、3月20日以来の低水準の終値に到達する場面も見られた。
- 今後米国で夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入するとともに、季節的な石油需給の引き締まり感が市場で増大しやすくなることが、原油相場を下支えするものと考えられる。加えて、一部OPECプラス産油国による自主的な追加減産実施による石油供給の削減とこの先の世界石油需給の引き締まり観測も原油相場に上方圧力を加えやすいものと考えられる。しかしながら、中国の経済及び石油需要を巡る状況、米国金融当局の政策金利に対する方針や、同国政府及び連邦議会等における債務上限引き上げを巡る動向、米国金融機関の経営状況を含む同国経済状況、一部OPECプラス産油国の自主的な追加減産等減産措置の実施を含む実際の原油生産状況等によっては、原油価格の上昇が抑制される可能性があるものと考えられる。また、カナダやイラクで停止している原油生産の再開状況やイランを巡る情勢等も、原油相場に影響を与えうるものと思われる。
(出所 IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2023年2月の米国ガソリン需要(確定値)は日量872万バレル、前年同月比で1.4%程度の増加となり(図1参照)、1月の当該需要である同828万バレルからは需要量が上振れしたものの同月の前年同月比の増加率である3.8%程度からは増加率は縮小した。また、当該需要は速報値(前年同月比1.2%程度増加の日量871万バレル)とほぼ同水準となっている。12月のクリスマスを含む年末の休暇シーズンにおいて行楽や帰省等を目的とする個人の外出が活発化した反動で1月の個人の外出が不活発になるとともに同月の同国自動車運転距離数が1日当たり80億マイルと12月の同83億マイルから減少したものの、2月の同国自動車運転距離数が同83億マイルと個人の外出が回復したことが、同月の当該需要の前月比での増加となって現れた一方、2022年1月12日に880,274人の史上最高水準に到達した米国での1日当たり新型コロナ新規感染者数が2月28日には107,800人へと大幅に減少したこともあり、2022年2月の個人の外出が活発化した(同年2月の米国自動車運転距離数は1日当たり84億マイルと1月の同78億マイルから相当程度増加した他、2月の当該距離数は前年同月比10.6%の増加と1月の同4.1%の増加から増加率が大幅に拡大した)こともあり、2022年1月の米国ガソリン需要が抑制された反面同年2月の当該需要が増加した影響で、2023年2月の米国ガソリン需要の前年同月比増加率が圧縮されるとともに同年1月の当該増加率を下回る格好となったものと考えられる(2023年1月の米国自動車運転距離数は前年同月比5.7%の増加であった反面2月の当該距離数は前年同月比で1.9%の増加にとどまった)。なお、2023年2月の米国ガソリン需要は新型コロナウイルス感染流行直前の2020年2月の当該需要(日量905万バレル)(確定値)を3.7%程度下回っている。他方、2023年4月の同国ガソリン需要(速報値)は日量894万バレル、前年同月比で2.1%程度の増加となっており、3月の当該需要である同897万バレル(速報値)から需要量は若干ながら減少したものの同月の前年同月比増加率である1.3%程度からは増加率は拡大した。2023年4月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり3.711ドルと3月の同3.535ドルから上昇したこともあり、4月の同国自動車運転距離数が1日当たり87.7億マイルと3月の同87.9億マイルから僅かではあるが減少したことが4月の同国ガソリン需要が3月から微減となった背景にあるものと考えられる。一方、2022年3~4月は全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり4.213~4.322ドル程度と高止まりしたことに加え、2022年4月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比で8.3%の上昇と3月(同8.5%の上昇)からは若干上昇率が低下したものの依然高水準を維持したことが、消費者のガソリンを含めた財の購買に対する支出減少を強化させ続けたものと見られることもあり、2022年4月の同国推定自動車運転距離数が1日当たり85億マイルと同年3月の同87億マイルから減少するとともに、ガソリン需要を抑制する形となったものと見られる反動で、2023年4月の米国ガソリン需要の前年同月比での増加率が同年3月よりも拡大する形となったものと考えられる。なお、2023年4月の米国ガソリン需要は新型コロナウイルス感染流行以前の2019年4月の当該需要(日量941万バレル)(確定値)を5.1%程度下回っている。また、米国の一部製油所では春場のメンテナンス作業が終了したり装置不具合の改修が完了したりするとともに操業を回復したことにより、製油所の原油精製処理量が上向いた(図2参照)他、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期(2023年は5月29日の戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)の休日に伴う連休(5月27~29日)から9月4日の労働者の日(レイバー・デー)の休日に伴う連休(9月2~4日)まで)が接近しつつあることから、ガソリンの生産を優先した結果当該製品の製造活動が活発化した(ガソリン最終製品生産量は図3参照)ものの、米国ガソリン需要が比較的もたつき気味となったこともあり、4月上旬から5月上旬にかけての同国におけるガソリン在庫は概ね限られた範囲内での変動となったうえ、平年幅上方付近に位置する量となっている(図4参照)。
2023年2月の米国留出油需要(確定値)は日量402万バレルと前年同月比で3.8%程度の減少となり(図5参照)、1月の同390万バレル(前年同月比4.4%程度の減少)から需要量が増加した他前年同月比での減少幅も縮小した。また、当該需要は速報値(前年同月比9.7%程度減少の日量377万バレル)から上方修正されている。2月の同国からの留出油輸出量が速報値段階では日量102万バレル程度と推定されたところ確定値では同91万バレルへと下方修正されたことから、この部分が同国留出油需要の速報値から確定値への移行段階で輸出から国内需要に振り替えられたことが、当該需要の上方修正の一因となったものと見られる。12月下旬のクリスマスの時期を中心として米国南部にまで寒波「エリオット(Elliott)」が来襲した結果、石油や化学産業等における関連施設の操業に支障が発生した影響が1月にまで及んだものの、2月にはより正常な状態に近づいたことにより、それら部門において消費される留出油の需要が増加した他、2月の物流活動も1月に比べ活発化した他前年同月と比べても2月の落ち込みの方が1月に比べ軽微であったことが、2月の同国留出油需要の前年同月比での減少率が1月よりも低水準であった背景にあるものと考えられる。なお、2023年2月の米国留出油需要は2020年同月の当該需要(日量408万バレル)(確定値)を7.6%程度下回っている。他方、2023年4月の留出油需要(速報値)は日量381万バレルと前年同月からほぼ横這いとなり、3月の当該需要量(速報値)の日量389万バレル(前年同月比6.6%程度の減少)から需要量は下振れしたものの前年同月比の減少率は縮小した。2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻開始以降米国等によるロシアからの石油等のエネルギー輸入禁止措置等により原油価格が大幅に上昇したこともあり、同年2月には1ガロン当たり4.032ドルであった同国の軽油価格は同年3月には同5.105ドル、同年4月には同5.120ドルへと上昇した影響で、2022年4月の物流活動の前年同月比での伸びが相当程度鈍化したこともあり同月の留出油需要が2022年3月から減少した反動で、2023年4月の当該需要の前年同月比での減少率が縮小した格好となっている。ただ、2023年4月の米国鉱工業生産が同年3月に比べ僅かではあるが低下するとともに、物流活動も前月比で若干ながら不活発化した(4月の米国輸送担当者指数(LMI: Logistics Manager Index、50が当該部門拡大と縮小の分岐点)は50.9と3月の51.1を若干ながら下回っている)ことが、2023年4月の米国留出油需要が3月に比べ低下している要因となっているものと考えられる。なお、2023年4月の米国留出油需要は2019年同月の当該需要(日量412万バレル)(確定値)を7.6%程度下回っている。また、春場のメンテナンス作業の実施や装置不具合の改修が完了したことにより製油所の稼働は上昇傾向となったものの、夏場のドライブシーズンに伴う需要期を控えガソリン製造が優先した反面留出油製造が劣後したものと見られることもあり(図6参照)、4月上旬から5月上旬にかけての米国留出油在庫は減少傾向を示した結果、平年幅下限付近に位置する量となっている(図7参照)。
2023年2月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比2.2%程度減少の日量2,000万バレルとなり(図8参照)、1月の同1,954万バレルから需要量が増加したものの、同月の前年同月比1.0%程度の減少から減少率が拡大した。2月のガソリン需要が前月から相当程度増加した一方、特に2023年1月が前年同月に比べ持続的かつ相当程度温暖であったこともあり2月に入り消費者等のLPG購買意欲が後退した(消費者や小売店によるLPG在庫が積み上がっていたものと推測される)と見られることが、同月の同国石油需要の前年同月比での減少率の拡大に寄与したものと考えられる。また、留出油需要が速報値から確定値に移行する際に上方修正されたことから、同国石油需要確定値は速報値(前年同月比2.9%程度減少の日量1,985万バレル)から確定値に移行する段階で上方修正されている。なお、2023年2月の米国石油需要は、2020年2月の当該需要(日量2,013万バレル)を0.7%程度下回っている。他方、2023年4月の米国石油需要(速報値)は日量1,967万バレルと前年同月比で1.4%程度の減少となり、3月の同国石油需要(速報値)である日量1,996万バレルから需要量が減少した反面、前年同月比での減少率は3月(同2.7%程度の減少)から縮小している。暖房シーズンに伴う暖房用石油製品需要期が終了したことにより4月の同国LPG需要が3月に比べ減少したことに加え、ガソリン及び留出油の需要が前月比で減少した一方ガソリンは前年同月比の増加率が拡大したうえ留出油需要の前年同月比の減少率が縮小したこと等が同国石油需要の前月比及び前年同月比の増減に影響する格好となっている。なお、2023年4月の米国石油需要は、2019年4月の当該需要(日量2,033万バレル)(確定値)を3.6%程度下回っている。また、4月上旬から5月上旬にかけ、春場のメンテナンス作業が終了したり装置の不具合の改修が完了したりしたことにより、製油所の原油精製処理量が増加したこともあり、同時期同国の原油在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している(図9参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を超過する量、ガソリン在庫が平年幅上方付近する量、留出油在庫が平年幅下限付近に位置する量となったこともあり、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。
2023年4月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、日本では、一部製油所において、これまで実施していた春場のメンテナンス作業終了に伴う操業再開が遅延したり、装置の不具合等により稼働が低下したりしたことにより、原油精製処理活動がもたつき気味となったこともあり、原油在庫は増加した。しかしながら米国においては原油在庫は減少した他、フランスにおける政府の年金支給開始年齢引き上げ(62歳から64歳へ)政策に対する抗議により3月6日に開始された国内各所でのストライキの影響で製油所の稼働が停止した(一時は同国の精製能力日量115万バレルのうち少なくとも同90万バレルの能力相当分が稼働を停止したとされる)ものの、その後ストライキが終息に向かったことにより4月16日までに同国の主な製油所の操業が再開したこともあり、欧州の原油精製処理活動が活発化した結果、原油在庫は減少した。結果として、OECD諸国全体では原油在庫は若干ながら減少となったが平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、米国では、ガソリンや留出油の在庫は減少したものの、暖房シーズンが終了したことによるプロパン需要の低下に伴う当該製品在庫の増加や冬用ガソリンの利用時期終了に伴い当該製品に混入していたブタンの需要減少によるその他の石油製品在庫の増加により相殺されて余りあった結果、石油製品在庫は増加した。また、欧州においても、製油所の稼働の上昇に伴い石油製品製造活動が活発化したこともあり、石油製品在庫は増加した。さらに、日本においても、年度末を控えての工事実施に伴い稼働する重機類向けの軽油需要が年度末を過ぎたことにより一服したこともあり、軽油を中心として石油製品在庫は増加した。このようなことから、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加したうえ平年幅上限付近に位置する量となっている(図13参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を超過する一方、石油製品在庫が平年幅上限付近に位置する量となったことから、原油と石油製品を合計した在庫は平年幅上限を超過する状態となっている(図14参照)。なお、2023年4月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は61.0日と3月末の推定在庫日数(60.9日)から若干ながら増加している。
4月12日に1,600万バレル弱程度の水準であったシンガポールのガソリンを含む軽質留分在庫は4月19日には1,500万バレル強程度の量へと減少した。ただ、当該在庫は、4月26日も1,500万バレル強程度の水準にとどまったものの前週からは増加したうえ、5月3日には1,500万バレル台半ば程度、そして5月10日には1,600万バレル台後半程度の、それぞれ量へと拡大、4月12日の水準を上回る状態となった。東南アジアの主要ガソリン消費国であるインドネシアにおいて、断食月(ラマダン、2023年は3月22日~4月21日)及び断食月明け大祭(レバラン、2023年は4月22~23日であるが、4月21~26日が事実上の休暇期間となる)時の個人の帰省等に伴う往来の活発化を控えた同国のガソリン調達活動の盛り上がりに伴うシンガポールから同国等へのガソリン輸出は、断食月開始後は一服したうえ、物価上昇や政策金利の引き上げ等もありインドネシアを含む東南アジア諸国の経済が減速傾向にある(インドネシアの2023年1~3月期の国内総生産(GDP)は前期比0.92%の減少であった)ことから、当該地域におけるガソリン需要がもたつき気味であった結果、シンガポールからの軽質留分輸出が抑制される格好となった。他方、新型コロナウイルス感染防止のための厳格な個人の外出規制や経済活動制限が撤廃された中国では、個人の外出が促進されるとともに自動車用燃料であるガソリンの需要が増加したものと見られることもあり、その需要を満たすべく同国からのガソリン輸出が抑制された結果、2月から3月にかけてはシンガポールの中国からのガソリンの流入が低調となったものの、4月から5月にかけては中国からのガソリンの流入が盛り返す様相を呈しており、厳格な新型コロナウイルス感染抑制策撤廃後の中国の個人の外出活発化とガソリン需要の増加が一巡した結果、中国からシンガポールへのガソリン輸出が回復しつつあることが覗われる(実際、中国では、旅行業や宿泊業と言った業種の活動が一時に比べ沈静化しつつある旨指摘する向きもある)。そしてこのように、シンガポールへのガソリンの流入が堅調であった反面流出が軟調であったことが、軽質留分在庫増加の背景にあるものと考えられる。そして、シンガポールにおける軽質留分在庫増加に加え、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が接近しつつある米国においてもガソリン在庫が増加する場面が見られるなど同国のガソリン需要が必ずしも堅調ではない旨示唆されるとともに米国ガソリン価格に下方圧力が加わる場面が見られたことが、アジア地域のガソリン市場にも影響を及ぼしたこと、中国国内の製油所が5月以降メンテナンス作業を終了し稼働を上昇させるとともにガソリン製造を活発化させることもあり同国政府が新たな石油製品輸出枠を石油会社に付与するとともに中国国外へのガソリン供給が拡大するとの観測が市場で広がりつつあったことによりアジア市場におけるガソリン需給の緩和感が市場で意識されたことが、ガソリン価格に下方圧力を加えたことから、4月中旬から5月上旬にかけアジア市場のガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油価格を上回っている)は縮小する傾向を示した。しかしながら、5月中旬に入ると、米国のガソリン在庫が市場の事前予想を上回って減少している旨判明したことや、中国政府が2023年の第2回石油製品輸出枠を軽質製品(ガソリン、軽油及びジェット燃料)につき900万トン(別途低硫黄重油300万トン)の規模で付与する旨5月11日に伝えられ、それが第1回輸出枠(1,899万トン(別途低硫黄重油800万トン))から相当程度削減されていた旨示唆されたことにより、この先の中国ガソリン輸出の減少観測が市場で発生したことが、アジア市場でのガソリン価格に上方圧力を加えたことから、5月中旬においては、同市場のガソリンとドバイ原油価格差が拡大する場面が見られた。
また、厳格な新型コロナウイルス感染抑制策が事実上撤廃された中国に加え韓国においても製造業の回復が順調ではなかったこともあり、プラスチック等の石油化学製品に対する需要が低調に推移していると見られることに加え、日本、韓国及び台湾等においてナフサ分解装置が春場のメンテナンス作業を実施したり装置に不具合が発生したりしたことにより稼働を停止したことが、アジア市場でのナフサ需要を限定する形で作用した。また、冬場の暖房シーズンが終了しつつあったこともあり、これまで暖房向けに消費されてきた液化石油ガス(LPG)の需要が低減するとともに当該製品価格が下落、石油化学製品製造のための原料面でナフサと競合するようになってきた。以上のような要因が、アジア市場でのナフサ価格に下方圧力を加えたものの、4月中旬以降発生した原油価格の下落にナフサ価格の下落が追い付かなかったことから、アジア市場のナフサとドバイ原油と価格差(この場合ナフサ価格がドバイ原油価格を下回っている)はむしろ縮小傾向となった。
4月12日には800万バレル台後半程度の水準であったシンガポールにおける軽油やジェット燃料といった中間留分在庫は、4月19日及び26日には800万バレル強程度、5月3日には700万バレル台後半程度、そして5月10日には700万バレル台半ば程度の、それぞれ量となるなど、当該在庫は減少傾向となった。中国や韓国において春場の製油所のメンテナンス作業が実施されつつあることにより、両地域からシンガポールへの中間留分の流入が減少したことが、シンガポールにおける中間留分在庫減少の背景にあるものと見られる。そして、このようにシンガポールにおける中間留分在庫減少に加え、中国政府が2023年の第2回石油製品輸出枠を軽質製品につき900万トンの規模で付与する旨5月11日に伝えられ、それが第1回輸出枠から相当程度削減されていた旨示唆されたことにより、この先の中国中間留分輸出の減少観測が市場で発生したことが、アジア市場での軽油価格に上方圧力を加えたうえ、原油価格の下落に軽油価格の下落が追い付かなかったことが、4月中旬から5月中旬にかけてのアジア市場における軽油とドバイ原油との価格差(この場合軽油価格がドバイ原油価格を上回っている)を拡大させる形で作用した。
4月12日に2,300万バレル台半ば程度の量であったシンガポールの重油在庫は、4月19日も2,300万バレル台半ば程度の水準を維持した。しかしながら、当該在庫は、4月26日には2,300万バレル強程度、5月3日には2,000万バレル台半ば後半程度、そして5月10日は1,900万バレル台前半程度の、それぞれ量と、減少傾向となった。LNG価格が下落傾向にあることもあり、アジア市場における空調用の電力供給のための発電部門における重油需要は旺盛ではなかったものの、気温が上昇してきたことにより空調のための電力供給のために国内の発電所向けに重油が利用されている中東諸国からの重油輸出が抑制されつつある他、中国の一部製油所が石油製品製造のため高硫黄重油を調達している(十分な原油輸入枠を政府により付与されない同国一部製油所は代替として高硫黄重油を原料にして石油製品を製造していると指摘する向きもある)と見られること、韓国等の製油所の春場のメンテナンス作業実施に伴い重油製造活動が不活発化していること等がシンガポールにおける重油在庫減少の背景にあるものと考えられる。そして、このようにシンガポールにおける重油在庫減少に加え、原油価格の下落に重油価格の下落が追い付かなかったことにより、4月中旬から5月中旬にかけてのアジア市場の高硫黄重油とドバイ原油との価格差(この場合高硫黄重油価格がドバイ原油価格を下回っている)は多少なりとも縮小する傾向を示すとともに、低硫黄重油とドバイ原油との価格差(この場合低硫黄重油価格がドバイ原油価格を上回っている)は拡大傾向となった(また、4月に入りロシアの製油所がメンテナンス作業を実施しつつあることにより、同国からアジアに向けての重油供給が減少しつつあることも、重油と原油との価格差の動向に影響を及ぼしていると見る向きもある)。
2. 2023年4月中旬から5月中旬にかけての原油市場等の状況
2023年4月中旬から5月中旬にかけての原油市場においては、好調な米国主要企業の業績が発表されたことやカナダのアルバータ州における山火事発生に伴い同国の石油生産関連施設の操業に支障が発生したこと等が原油相場に上方圧力を加える場面も見られたものの、米国金融当局関係者が政策金利引き上げ局面の終了を示唆しなかったことに加え、米国連邦政府が近いうちに債務不履行の事態に陥る恐れがある旨の警告がなされたこと、米国及び中国経済が減速しつつことを示唆する指標類が発表されたこと、米国の一部金融機関の経営に対する不安が発生したこと等が原油相場に下方圧力を加えた結果、原油相場は下落傾向となり、5月4日には1バレル当たり68.56ドルの終値と、3月20日以来の低水準の終値に到達する場面も見られた(図15参照)。
4月17日には、これまでの原油価格上昇(3月31日から4月14日にかけ原油価格は合計で1バレル当たり6.85ドル上昇していた)に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、4月17日に米国ニューヨーク連邦準備銀行から発表された4月のニューヨーク地区製造業景況感指数(ゼロが当該部門拡大と縮小の分岐点)がプラス10.8と3月のマイナス24.6から上昇、市場の事前予想(マイナス18.0)を上回ったこともあり、米国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が市場で発生するとともに、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.69ドル下落し、終値は80.83ドルとなった。ただ、4月18日には、この日中国国家統計局から発表された2023年1~3月期の同国国内総生産(GDP)が前年同期比4.5%の増加と市場の事前予想(同4.0%の増加)を上回っていた他、3月の同国の原油精製処理量が6,329万トン(日量1,494万バレル)と前年同月比8.8%の増加となった他史上最高水準に到達した旨判明したこともあり、同国経済と石油需要に対する楽観的な見方が市場で増大したことが、原油相場に上方圧力を加えた反面、米国の物価上昇圧力は根強いことから政策金利引き上げを継続する必要がある旨4月18日に同国セントルイス連邦準備銀行のブラード総裁が発言した他、同日アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁ももう1回の政策金利引き上げが必要であると認識している旨明らかにしたこともあり、同国金融当局による金融引き締めが続くことに伴い同国経済が減速するとともに石油需要の伸びが鈍化するとの懸念が市場で増大したことが、原油相場に下方圧力を加えたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり80.86ドルと前日終値比で0.03ドルの上昇にとどまった。4月19日には、この日米国連邦議会下院のマッカーシー議長(共和党)が1.5兆ドルの連邦債務上限の引き上げ案を発表した(但し、同氏の提案には環境に優しいエネルギー導入推進策及び対学生融資制度の廃止や米国国内石油・天然ガス生産促進策等が盛り込まれており、バイデン政権及び民主党の受入は困難とされる)ことにより、この先の米国政府債務不履行の回避に対する期待が市場で増大したこともあり、米ドルが上昇したことに加え、4月19日にEIAから発表された米国石油統計(4月14日の週分)で、ガソリン在庫が前週比130万バレルの増加と市場の事前予想(同130万バレル程度の減少)に反し増加していた他、留出油在庫が同36万バレル程度の減少と市場の事前予想(同90万バレル程度の減少)程減少していない旨判明したことにより、同国のガソリン及び留出油需要が低迷しているのではないかとの懸念が市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.70ドル下落し、終値は79.16ドルとなった。4月20日も、4月19日にEIAから発表された米国石油統計で、ガソリン在庫市場の事前予想に反し増加していた他、留出油在庫が市場の事前予想程減少していない旨判明した流れを引き継いだことに加え、4月19日に米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(4月15日の週分)が24.5万件と前週の23.9万件から増加した他市場の事前予想(24.0万件)を上回ったうえ、失業保険継続受給者数(同)が186.5万人と2021年11月26日の週(この時は196.4万件)以来の高水準に到達したこと、同日同国フィラデルフィア連邦準備銀行から発表された4月のフィラデルフィア地区製造業景況感指数(ゼロが当該部門拡大と縮小の分岐点)がマイナス31.3と3月のマイナス23.2から低下した他市場の事前予想(マイナス19.2~19.3)を下回ったこと、同じく同日全米不動産業者協会(NAR)から発表された3月の同国中古住宅販売件数が年換算444万戸と前月の同455万戸から減少した他市場の事前予想(同450万戸)を下回ったこと、4月19日に発表された米国電気自動車製造大手テスラ及び米国クレジットカード大手アメリカン・エキスプレスの2023年1~3月期業績が市場の事前予想を下回った一方、4月19日夜(米国東部時間)にニューヨーク連邦準備銀行のウィリアムズ総裁及び4月20日に同国クリーブランド連邦準備銀行のメスター総裁が、それぞれ政策金利のさらなる引き上げ支持を示唆したことにより、米国経済が減速しつつある中で、さらに政策金利が引き上げられることにより、米国経済の伸びが一層鈍化するとの観測が市場で拡大したこともあり、米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり77.29ドルと前日終値比で1.87ドル下落した(なお、この日を以てNYMEXの2023年5月渡し原油先物契約は取引を終了したが、6月渡し原油先物契約のこの日の終値は1バレル当たり77.37ドル(前日終値比同1.87ドルの下落)であった)。この結果原油価格は4月19~20日の2日間で1バレル当たり合計3.57ドルの下落となった。ただ、4月21日には、これまでの原油価格の下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、4月21日に米国金融サービス会社S&Pグローバルから発表された4月のユーロ圏総合購買担当者指数(PMI)(50が経済拡大と縮小の分岐点)(速報値)が54.4と3月の53.7から上昇、2022年5月(この時は54.8)以来の高水準に到達した他市場の事前予想(53.7)を上回ったうえ、同日S&Pグローバルから発表された4月の米国総合PMI(50が経済拡大と縮小の分岐点)(速報値)が53.5と3月の52.3から上昇、2022年5月(この時は53.6)以来の高水準に到達した他市場の事前予想(51.2)を上回ったことにより、欧米諸国の経済回復と石油需要の伸びの拡大への期待が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり77.87ドルと前日終値比で0.58ドル上昇した。
4月24日は、これまでの原油価格の下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生した流れを引き継いだことに加え、4月24日にドイツ公的研究機関IFO経済研究所から発表された4月の企業景況感指数(2005年=100)が93.6と市場の予想(93.4~94.0)を一部上回った他、5月4日に開催される予定である次回の欧州中央銀行(ECB)理事会において0.5%の政策金利引き上げを決定することを排除しきれない旨ECBのシュナーベル理事が明らかにしたと4月24日に報じられたこともありユーロが上昇した反面米ドルが下落したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.89ドル上昇し、終値は78.76ドルとなった。しかしながら、4月25日には、米国中堅金融機関であるファースト・リパブリック銀行の預金が2023年1~3月期にそれまでの4割に当たる1,000億ドル流出した旨4月24日夕方(米国東部時間)に同行が明らかにした他、同行が500~1,000億ドルに相当する規模の資産売却を検討している旨4月25日に報じられたことにより、同国金融機関の経営不安が市場で再燃したうえ、4月25日に米国非営利民間調査機関コンファレンス・ボードから発表された4月の同国消費者信頼感指数(1985年=100)が101.3と3月の104.0(改定値)から低下、2022年7月(この時は95.3)以来の低水準に到達した他、市場の事前予想(104.4)を下回ったことにより、米国経済成長減速に対する懸念が市場で増大したこともあり、米国株式相場が下落するとともに、投資家のリスク許容度が低下したこともあり米ドルが上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり77.07ドルと前日終値比で1.69ドル下落した。また、米国中堅金融機関ファースト・リパブリック銀行の経営への介入につき現時点では米国バイデン政権や金融当局が消極的である旨4月26日に伝えられたことにより、同国金融部門に対する経営不安が市場でさらに増大したうえ、4月26日に米国商務省から発表された3月の航空機を除く同国非国防耐久財受注が前月比で0.4%減少と市場の事前予想(同0.1%の減少)を上回って減少している旨判明したことにより、同国経済減速懸念が市場で拡大したこともあり、米国株式相場が下落したことから、4月26日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり2.77ドル下落し、終値は74.30ドルとなった。この結果原油価格は4月25~26日の2日間で1バレル当たり合計4.46ドル下落した。ただ、4月27日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、4月26日夕方(米国東部時間)に発表された米国情報技術(IT)大手メタ・プラットフォームズの2023年1~3月期業績が市場の事前予想を上回ったこともあり米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.46ドル上昇し、終値は74.76ドルとなった。また、中国経済回復が定着し始めていることもあり同国石油製品需要が2023年は10%超増加するであろう旨中国石油化工集団(シノペック)の黄文生(Huang Wensheng)副総裁が4月28日に明らかにしたことにより同国石油需要に対する楽観的な見方が市場で発生したことに加え、4月27日夕方(米国東部時間)に発表された米国半導体製造大手インテル及び4月28日に発表された大手国際石油会社シェブロン及びエクソンモービルの2023年1~3月期業績が市場の事前予想を上回ったうえ、4月28日に米国シカゴ購買部協会から発表された4月の同国景気指数(50が景気拡大及び縮小の分岐点)が48.6と3月(43.8)から上昇した他市場の事前予想(43.5)を上回ったこともあり米国株式相場が上昇したことから、4月28日の原油価格の終値は1バレル当たり76.78ドルと、前日終値比で2.02ドル上昇した。この結果、原油価格は4月27~28日の2日間で1バレル当たり合計2.48ドルの上昇となった。
しかしながら、5月1日には、これまでの原油価格の上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、4月30日に中国国家統計局から発表された4月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が49.2と3月の51.9から低下、2022年12月(この時は47.0)以来の低水準に到達した他、市場の事前予想(51.4)を相当程度下回った一方、4月の同国非製造業PMI(50が当該部門の拡大と縮小の分岐点)が56.4と3月の58.2から低下した他市場の事前予想(57.0)を下回ったことにより、同国経済減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で増大したこと、5月1日に米国中堅金融機関ファースト・リパブリック銀行が破綻したことにより、米国一部金融機関の経営不安による同国経済への影響を巡る懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり75.66ドルと前週末終値比で1.12ドル下落した。また、4月30日に中国国家統計局から発表された同国製造業及び非製造業PMIが前月比で低下した他市場の事前予想を下回ったことにより、同国経済減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で増大した流れが5月2日の市場に引き継がれたことに加え、早ければ6月1日にも米国連邦政府が債務不履行の事態に陥る可能性がある旨5月1日夕方(米国東部時間)に米国のイエレン財務長官が示唆したことにより、当該債務不履行に伴う米国経済混乱の石油需要への影響に対する不安感が市場で拡大したこと、5月2日に米国労働省から発表された3月の同国雇用動態調査(JOLTS:Job Openings and Labor Turnover Survey)において同国の求人件数が959.0万件と前月比で38.4万件減少、2021年4月(この時は928.8万件)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(973.6~977.5万件)を下回ったことにより、同国経済減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で増大したことから、5月2日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり4.00ドル下落し、終値は71.66ドルとなった。5月3日も、この日EIAから発表された米国石油統計(4月28日の週分)において、ガソリン在庫が前週比174万バレルの増加と市場の事前予想(同120万バレル程度の減少)に反し増加している旨判明したことにより、同国ガソリン需要不振に対する懸念が市場で増大したことに加え、5月2~3日に開催された米国連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見において、パウエルFRB議長が、米国の物価上昇率は依然として高水準のままであるとして政策金利引き上げ局面が終了していない可能性がある旨示唆したことにより、今後の政策金利引き上げ継続と米国経済への影響に対する懸念が市場で増大したこともあり、米国株式相場が下落したことから、5月3日の原油価格の終値は1バレル当たり68.60ドルと前日終値比で3.06ドル下落した他、3月20日(この日の終値は67.64ドル)以来の低水準に到達した。また、この結果原油価格は5月1~3日の3日間で1バレル当たり合計8.18ドルの下落となった。5月4日には、この日開催された欧州中央銀行(ECB)理事会において0.25%の政策金利引き上げを決定したことにより、欧州経済減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことに加え、サウジアラビア国営石油会社サウジ・アラムコが6月のアジア向け原油公式販売価格を全ての原油につき引き下げた旨この日報じられたことにより、サウジアラビアが石油需要の軟化を意識しているとの観測が市場で増大したことが、原油相場に下方圧力を加えた反面、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことが、原油相場に上方圧力を加えたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり68.56ドルと前日終値比で0.04ドルの下落にとどまったが、この日の終値は3月20日(この日の終値は67.64ドル)以来の低水準であった。5月5日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で継続したことに加え、5月4日夕方(米国東部時間)に発表された米国情報技術(IT)大手アップルの2023年1~3月期業績が市場の事前予想を上回ったうえ、5月5日に米国労働省から発表された4月の同国非農業部門雇用者数が前月比で25.3万人の増加と市場の事前予想(18.0~18.5万人の増加)を上回って増加している旨判明したことにより、米国経済減速懸念が市場で後退したこともあり、米国株式相場が上昇したこと、5月5日に米国石油サービス会社ベーカー・ヒューズ(Baker Hughes)から発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で588基と前週比で3基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は571基と前週比で2基減少)したことより、この先の米国原油生産の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり2.78ドル上昇し、終値は71.34ドルとなった。
5月8日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で継続したことに加え、カナダのアルバータ州において5月6日以降約100件の山火事が発生したことにより、同州を中心に石油生産関連施設の操業が影響を受けた結果、少なくとも石油換算日量14.5万バレルの石油及び天然ガス生産が停止した旨5月8日午前の早い時間(米国東部時間)に伝えられたことにより、北米地域の石油需給引き締まり観測が市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり73.16ドルと前週末終値比で1.82ドル上昇した。また、一部の施設におけるメンテナンス作業終了後2023年末までに米国戦略石油備蓄(SPR)再充填のための原油購入を開始する方針である旨同国バイデン政権が明らかにしたと5月9日に伝えられたことにより、同国の石油需給引き締まり感を市場が意識したことに加え、季節的な石油需要の増加及びOPEC産油国の原油生産減少により、今後数ヶ月間は原油価格に上方圧力が加わるものと予想している旨5月9日にEIAが短期エネルギー見通し(STEO: Short-term Energy Outlook)において明らかにしたことにより、この先の原油価格の先高観測が市場で増大したことから、5月9日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.55ドル上昇し、終値は73.71ドルとなった。この結果原油価格は5月5~9日の3営業日で1バレル当たり合計5.15ドル上昇した。しかしながら、5月10日は、これまでの原油価格上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、この日EIAから発表された米国石油統計(5月5日の週分)で、原油在庫が前週比295万バレルの増加と市場の事前予想(同90万バレル程度の減少)に反し増加していた他、同国オクラホマ州クッシングの原油在庫が前週比で40万バレルの増加となっている旨判明したことにより、米国石油需給緩和感を市場が意識したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.15ドル下落し、終値は72.56ドルとなった。また、5月11日には、この日中国人民銀行(中央銀行)から発表された4月の同国新規融資額が7,188億元(約1,040億ドル)と市場の事前予想(1.4兆元)の半分程度にとどまったうえ、同日中国国家統計局から発表された4月の同国消費者物価指数(CPI)が前年同月比0.1%の上昇と3月の同0.7%の上昇から上昇率が縮小、2021年2月(この時は同0.2%の下落)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(同0.3%の上昇)を下回ったうえ、同日中国国家統計局から発表された4月の同国生産者物価指数(PPI)が同3.6%の下落と3月の同2.5%の下落から下落率が拡大した他市場の事前予想(同3.3%の下落)を上回ったことにより、厳格な新型コロナウイルス感染抑制策終了後の同国の経済回復の強さに対する懸念が市場で増大したことに加え、5月11日に米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(5月6日の週分)が26.4万件と2021年10月29日の週(この時は26.4万件)以来の高水準に到達した他市場の事前予想(24.5万件)を上回ったことにより、米国経済減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で増大したこと、5月10日夕方(米国東部時間)に米国娯楽大手ウォルト・ディズニーが2023年4~6月期において動画配信事業の損失が拡大すると予想している旨発表した他、米国中堅金融機関パックウェストが5月5日の週に預金残高全体の約9.5%に当たる15億ドルの預金量が減少した旨5月11日に明らかにしたことにより、米国株式相場が下落するとともに、投資家のリスク許容度が縮小したこともあり、米ドルが上昇したことから、この日(5月11日)の原油価格の終値は1バレル当たり70.87ドルと前日終値比で1.69ドル下落した。5月12日も、米国連邦政府の債務上限引き上げを行なわなければ、6月前半にも米国は債務不履行状態となる深刻なリスクに直面する旨5月12日に同国連邦議会予算局が警告したことにより、米国政府機能等の混乱に伴う同国経済減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことに加え、5月12日にミシガン大学から発表された5月の消費者信頼感指数(速報値)(1966年=100)が57.7と2022年11月(この時は56.8)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(63.0)を下回ったこともあり、米国経済減速に対する不安感が市場で拡大したことにより、米国株式相場が下落(同国ダウ工業株30種平均はこの日午後半ば(米国東部時間)頃には前日終値比6%程度下落)したこと、米国株式相場が下落したことにより投資家のリスク許容度が縮小したうえ、現時点では米国における物価上昇沈静化の兆候を見出すことはできず、物価上昇率が高止まりし労働市場が引き締まり続けるのであれば、さらなる金融引き締め政策の実施が妥当となる可能性が高い旨5月12日に米国連邦準備制度理事会(FRB)のボウマン理事が明らかにしたこともあり、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.83ドル下落し、終値は70.04ドルとなった。この結果原油価格は5月10~12日の3日間で1バレル当たり合計3.67ドル下落した。
3. 原油市場における主な注目点等
2022年12月5日及び2023年2月5日に実施したG7及びEU等によるロシア産原油及び石油製品販売価格上限設定に対抗するため、ロシアは3月の原油生産量を(2023年2月比で)日量50万バレル自主的に追加で削減する旨2月10日に同国のノバク副首相が発表した。また3月21日には同副首相が、自主的な追加減産実施を6月末まで延長する旨明らかにした。さらに、一部のOPECプラス産油国による2023年5月1日から12月31日にかけての自主的な追加減産(後述)実施と併せ、ロシアも自主的な減産実施期間を12月末まで延長する旨4月2日にノバク副首相が表明した。そして、ロシアは2023年末にかけ2月比で日量50万バレル削減する方針に固執する旨5月4日にノバク副首相は改めて表明している。また、ロシアは3月に日量70万バレル原油生産を削減した旨同国エネルギー省が明らかにしたと4月7日に報じられる。
しかしながら、IEAによれば2023年3月の原油生産量(コンデンセート除く)は日量958万バレルと2月(同987万バレル)比で同29万バレルの減産にとどまっている。また、4月の同国の海上輸送経由の原油輸出量は日量346万バレルと3月の342万バレルからむしろ増加しているものと推測される。5月4日にノバク副首相は、ロシアの海上輸送経由の原油輸出は増加しているものの、パイプライン経由でのEU加盟国向け原油輸出が3分の2超削減されたことにより相殺されて余りある状態である(ことからロシアの原油供給は減少している)旨示唆したが、2月のパイプライン経由のEU加盟国向け原油輸出量が日量40万バレル程度であったと推定されることから、例えばそれが3分の2を上回る75%(つまり4分の3)程度削減されたとしても、2月比で日量30万バレル程度の供給削減にとどまる結果、海上輸送経由の輸出状況と併せて考えても、日量50万バレルの原油供給削減には到達していないものと見られる。また、一部の石油市場関係者からは3月から4月にかけロシアからのパイプライン経由の原油輸出は増加しているとも指摘される。
他方、2023年4月の同国製油所稼働停止能力は推定で日量61万バレルと3月の同31万バレルから同30万バレル拡大しており、この分だけ同国による石油製品の供給が減少することが予想されるが、これは製油所のメンテナンス作業実施に伴うものとされており、このような製油所の稼働の低下は多少の時期の違いはあるものの例年春場の世界的な石油不需要期に発生する(因みに2022年においても、同国原油精製処理量は3月の推定日量522万バレルから4月には同487万バレルと同35万バレル減少している)。
このようなことから、ロシアが能動的に原油生産を削減している兆候は現時点では見出すことは出来ず、従って、この面での原油価格への影響は限定的となっている。それでも、この先春場の製油所のメンテナンス作業実施時期が峠を越え始めるとともに北半球の石油消費国において夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が市場で意識されるようになる段階で、ロシアからの原油(もしくは石油製品)の供給が回復しない、もしくは減少する兆候等が見られるようであれば、石油需給の引き締まり感を市場が意識するとともに、原油相場に上方圧力を加える可能性があるものと考えられる。また、ロシアの原油生産削減に対する石油市場関係者の懐疑的な見方を払拭するために、同国エネルギー省のソローキン(Sorokin)次官がロシアの原油生産削減状況につき5月中に説明を行なう予定である旨5月11日に伝えられるが、その場における説明内容等が原油相場に影響を与えることも想定される。
2016年1月3日以降断交状態であったサウジアラビアとイラン(サウジアラビアが2016年1月2日にテロ行為に関与した等の理由によりイスラム教シーア派指導者ニムル師の処刑を執行したことに対し、イランでデモ隊が抗議行動として在テヘランサウジアラビア大使館を襲撃したことが理由とされる)は、2ヶ月以内に大使館を再開させることを含め外交関係を回復させる旨3月10日に合意した(中国等の仲介努力によるものとされる)。その後、イランのライシ大統領に対しサウジアラビア訪問への招待状がサウジアラビアのサルマン国王から到着した旨3月19日に報じられた一方、イランのライシ大統領はサルマン国王をイランに招待した旨4月17日にイラン外務省が発表した。また、4月12日には在リヤドイラン大使館が業務を再開した。他方、米国のサリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は4月11日に行なわれたサウジアラビアのサルマン皇太子との電話を通じた会談において、イランの核兵器保有に伴う中東地域の安全保障上の脅威を抑止し続ける必要があると強調した旨米国政府が明らかにした。また、5月4日にはサリバン補佐官が、イランの核兵器保有防止に必要な措置を米国は講ずるとともに、イスラエルにもイラン核兵器保有防止措置実施を認める旨表明した(併せて、イランは核弾頭に搭載するための核分裂物質を12日間程度で製造することが可能である旨5月11日に米国軍のミリー統合参謀本部議長が同国連邦議会上院歳出委員会小委員会の公聴会で説明している)など、米国はイランの核開発活動に対する警戒を強めつつある。そのような中、クウェートで原油を積載し米国テキサス州ヒューストンに向かいつつあったタンカー「アドバンテージ・スイート(Advantage Sweet)」(大手国際石油会社シェブロンが手配したものとされる)がオマーン湾の公海においてイラン海軍により拿捕された旨4月27日に米国海軍が発表した。加えて、ホルムズ海峡でイラン革命防衛隊が原油タンカー「ニオビ(Niovi)」を拿捕した旨5月3日に米国海軍が明らかにするとともに、イランによるタンカー拿捕は中東地域の安定と安全保障に支障を来す行為であるとして非難した。5月12日に米国海軍はホルムズ海峡近辺の海域における商用船舶の安全確保のため巡視活動を強化する旨明らかにしている。このように、イランを巡る他の諸国との対立はサウジアラビアとの間では緩和の方向に向かいつつあるように見受けられるものの、米国もしくはイスラエルとの間では緩和しているようには見受けられず、緊張した状態が継続するとともに、今後も米国(もしくはイスラエル)がシリア等にあるイラン革命防衛隊の関与する施設を攻撃する一方、ペルシャ湾沖合を航行する石油タンカーがイランによって拿捕されたり、攻撃されたりする(声明が発表されないこともあり犯行者が判然としないことがあるが、革命防衛隊等のイラン関係者が関与していると推測されることがある)等、米国等とイランとの間での対立が激化することにより、中東情勢が不安定化するとともに、当該地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大する結果、原油価格が上振れすると言った展開となることが依然としてありうることに留意する必要がある。
また、3月23日に国際商業会議所(ICC: International Chamber of Commerce)国際仲裁裁判所(International Court of Arbitration)が、イラクのクルド人自治区からのパイプライン経由での原油輸送につき、1973年に締結したトルコとイラクの当該パイプライン輸送に関する合意にトルコが違反しているとのイラク連邦政府の訴えを認めたうえ、3月26日にはトルコに対し当該違反により15億ドルの損害賠償金をイラク連邦政府に対し支払うよう命じた(2014年から2018年にかけてのクルド人自治区からトルコへの原油輸送がイラク国営石油販売会社(SOMO: State Organization for Marketing of Oil)を通じたものでなければならないとの両国の合意内容から逸脱している旨イラク連邦政府が提訴していたとされる)。これに伴い、当該パイプライン経由でのクルド人自治区からの原油輸出(日量40~45万バレル程度とされる)は3月25日に停止した。4月4日にはイラク連邦政府とクルド人自治区政府との間で原油輸出の再開につき暫定的な合意に到達した。一方、トルコ側は2018年以降のクルド人自治区からの原油輸送に関する仲裁が決着していないこと、及び2014~18年の同自治区からの原油輸送に関する仲裁に基づくトルコからイラク連邦政府への損害賠償額につきさらなる協議を希望することを理由として、クルド人自治区において生産された原油の輸送を再開させていないと4月6日に報じられるとともに、当該パイプラインの操業者は4月14日時点においても操業再開指示を受けていないと伝えられた。5月3日にはイラクのアブデルガニ石油相が、今後2週間以内にイラク連邦政府とクルド人自治区政府との間で本件につき最終的な合意に到達する見込みであるものの、トルコへのパイプラインによる原油輸送の再開時期に関するトルコとの協議が妥結する時期については不明である旨明らかにした。また、5月11日にはイラク連邦政府とクルド人自治区政府との間での原油輸出の再開につき最終的な合意に到達、イラクはトルコに対し5月13日にパイプラインの操業を再開するよう正式に要請したものの、5月14日においてもトルコ側から操業再開に関する回答が得られた旨イラクが明らかにした等の情報は伝えられていない。このようなことから、この先北半球が夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入する中、イラクからのトルコ経由での原油輸出が制限を受けることを通じ、世界石油需給引き締まり感を市場が意識することにより、原油相場に上方圧力が加わりやすくなる可能性がある。
5月2~3日に開催された米国連邦公開市場委員会(FOMC)においては、市場の事前予想通り0.25%の政策金利引き上げが決定された。ただ、5月3日のFOMC開催後の記者会見において、米国連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、米国の物価上昇率は依然として高水準のままであるとして、政策金利引き上げ局面は終了していない可能性がある旨示唆した。このため、米国株式相場が下落するとともに原油相場に下方圧力が加わる格好となった。その後も、5月11日に米国ミネアポリス連邦準備銀行のカシュカリ総裁、5月12日にはボウマンFRB理事が、それぞれ米国の物価上昇圧力は依然として強く、さらなる政策金利の引き上げが必要である旨示唆するなどしていることにより、米国株式相場及び原油相場が下落する場面も見られる。今後もこのような米国金融当局関係者による米国の物価上昇状況に関する発言に加え、米国の消費者物価指数(CPI)を含む物価指標の内容に米国株式市場及び石油市場が反応し、原油相場が変動するといった展開がありえよう。
また、米国では、シリコンバレー銀行、シグネチャー銀行に続き、5月1日にはファースト・リパブリック銀行が破綻している。さらに、パックウェストやウェスタン・アライアンスといった米国中堅金融機関の経営を投資家が不安視していることもあり、両行の株式価格が大幅に下落する場面が見られている。これまで実施されてきた一連の政策金利引き上げ等の金融引き締め政策に伴う経済減速が米国金融機関の経営に悪影響を及ぼしている可能性があることを考慮すれば、今後もこのような米国金融機関等に対する経営不安の市場での再燃もしくは増大が米国株式相場に影響を与えること等を通じ、原油相場に下方圧力を加えるといった展開となることも想定されうる。加えて、今後発表される予定である経済指標類が米国等の経済減速を示唆する内容であれば、石油需要の伸びの鈍化観測が市場で強まるとともに、原油相場に下方圧力を加える反面、米国等の経済が持ち堪えていることを示唆する内容であれば、原油相場に上方圧力が加わると言った動きが発生するものと考えられる(これまでは、経済が加速しつつあることを示唆する指標類が発表されれば米国金融当局によるさらなる政策金利引き上げが実施されるとの観測が強まる結果原油相場に下方圧力が加わる反面、経済が減速しつつあることを示唆する指標類が発表されれば米国金融当局による政策金利引き上げの終了が接近しつつあるとの観測が市場で増大する結果原油相場に上方圧力が加わるといった場面が見られていた)。
また、早ければ6月1日にも米国連邦政府が債務不履行の事態に陥る可能性がある旨5月1日夕方(米国東部時間)に米国のイエレン財務長官が示唆しており(別途5月12日には米国連邦議会予算局が6月前半にも米国は債務不履行の状態となる深刻なリスクに直面する旨警告している)、債務不履行に伴う米国経済混乱と石油需要への影響に対する不安感が市場で拡大しつつあることが、原油相場の上昇を抑制する形で作用している。現在米国バイデン政権及び連邦議会を含む関係者において債務上限引き上げに関する議論がなされているが、民主党と共和党との間で円滑に債務上限引き上げに関し意思が統一出来るかどうかについては不透明な状況であるとの指摘もあり、米国連邦政府の債務不履行により発生する同国経済混乱と石油需要への影響に対する懸念から、引き続き原油価格の上昇が抑制される可能性もある。
他方、中国では、厳格な新型コロナウイルス感染抑制策が事実上撤廃されて以降、個人の外出が活発化するとともに、経済活動が目覚ましく回復することを通じ同国の石油需要が相当程度増加することに伴い、2023年後半に向け世界石油需給の引き締まり感が強まることにより、原油価格が上昇していく方向に向かうとの見通しが市場心理に根強く存在してきており、これがこれまで原油相場を下支えする形で作用していた。しかしながら、4月30日に中国国家統計局から発表された4月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が49.2と3月の51.9から低下、2022年12月(この時は47.0)以来の低水準に到達した他、市場の事前予想(51.4)を相当程度下回った一方、4月の同国非製造業PMI(50が当該部門の拡大と縮小の分岐点)が56.4と3月の58.2から低下した他市場の事前予想(57.0)を下回った。また、5月4日に中国独立系報道機関財新伝媒から発表された4月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が49.5と3月の50.0から低下した他、市場の事前予想(50.3)を下回ったうえ、5月4日に財新伝媒から発表された中国非製造業PMI(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が56.4と3月の57.8から低下した他市場の事前予想(57.0)を下回るなど、中国経済が減速しつつある他、特に製造業がもたつき気味である旨示唆される。さらに、5月9日に中国税関総署から発表された4月の同国輸出が前年同月比で8.5%の増加となり、市場の事前予想(同8.0%の増加)は上回ったものの、3月の同14.8%の増加からは伸びが鈍化した他、同国輸入が同7.9%の減少と市場の事前予想(同0.0~0.2%の減少)を相当程度上回った。また、5月1日の中国の労働節に伴う休日(4月29日~5月3日)の期間中の国内旅行は2019年の時点を19%程度上回った旨伝えられるなど、個人の外出は堅調であったものと見られるものの、旅行に伴う支出は必ずしも活発ではなかったと指摘する向きもあり、同国経済回復はまだら模様の様相を呈している。
また、4月13日に中国税関総署から発表された3月の同国原油輸入量が前年同月(4,271万トン、推定日量1,009万バレル)比22.5%の5,231万トン(推定日量1,235万バレル)に到達している旨判明した他、4月18日に中国国家統計局から発表された3月の同国の原油精製処理量が6,329万トン(日量1,494万バレル)と前年同月比8.8%の増加となり史上最高水準に到達した。しかしこれは、同国国内需要が盛り返しつつある可能性も考えられうるものの、併せて同国内では石油在庫が積み上がりつつある旨伝えられることもあり、春場のメンテナンス作業実施に伴う製油所の操業停止前に稼働を引き上げて石油製品在庫を積み上げるべくロシア等から割安な原油を大量に購入したとの観測も市場で発生している。実際、5月9日に中国税関総署から発表された4月の同国原油輸入量は前年同月(4,303万トン、推定日量1,050万バレル)比1.4%減少の4,241万トン(推定日量1,035万バレル)にとどまった旨判明しており、背景として中国国内石油在庫の積み上がりとメンテナンス作業実施に伴う製油所の稼働停止が影響している他国内経済及び石油需要の回復が順調でないことがある旨報じられている。加えて、欧米諸国等の政策金利引き上げ等により当該地域において金融機関に対する経営不安が拡大することを含め経済減速が深刻化する兆候が見られるようであれば、欧米諸国等との貿易関係を通じ中国経済も減速するとの不安感が市場で拡大するといった展開も想定される。そしてこのような要因により、同国の石油需要の回復までの道程が長期化しそうであるとの観測が市場で増大するようであれば、中国の石油需要が当初見込まれたほどには堅調ではないとして石油市場関係者が失望するとともに原油相場に下方圧力が加わる場面が見られるといった展開となることも否定できない。このようなこともあり、今後の中国の石油製品の輸出状況、原油輸入状況、そして同国鉱工業生産、小売売上高等を含めた経済指標類に注目し続ける必要があろう。
米国では5月27~29日の連休(5月29日が戦没者追悼記念日(メモリアル・デー)の休日)を以て夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入する。このため、ガソリン需要が盛り上がることに伴い、当該製品生産のため製油所の稼働が上昇するとともに原油精製処理量が増加することにより、原油の購入が活発化するといった観測が市場で醸成されることから、季節的な需給の引き締まり感が市場で強まる結果、この面で原油相場に上方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。しかしながら、最近の米国週間ガソリン出荷量は増減を繰り返すなど、堅調な状態を維持しているようには見受けられず、米国の政策金利引き上げ等の金融引き締め政策の実施と経済減速が同国ガソリン需要に影響しているのではないかとの見方も市場で発生している。今後も米国経済減速を理由として同国のガソリン需要の伸びがもたつくようであれば、季節的な需要の拡大に伴う原油相場への上方圧力はその分だけ弱まる可能性があることに留意する必要があろう。
また、大西洋圏では間もなくハリケーン等の暴風雨シーズンに突入する(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)。ハリケーン等の暴風雨は、進路やその勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の油田関連施設に影響を与えたり、湾岸地域の石油受入及び積出港湾関連施設や製油所の活動に支障を発生させたり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電網が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が途絶することを通じて操業が停止するといった事態も想定される)、さらには、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業を停止させたりすること等により米国のメキシコからの原油輸入に影響を与えたりする(2022年において米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量53万バレル程度の原油を輸入した)。4月7日時点の米国コロラド州立大学の見通しによると、2023年の大西洋圏でのハリケーンシーズンは平年よりも若干ながら不活発な暴風雨の発生が予想されている(表1参照)。それでも、そのような予報に反し、夏場において大西洋圏でハリケーン等の暴風雨が活発に発生し米国メキシコ湾に進入するといった展開となることもありうる。最近では米国の原油生産に占める陸上の割合が大きくなってきているものの、それでも米国メキシコ湾沖合でもそれなりの量の原油が生産されている(2022年は当該地域で日量174万バレルの原油を生産しており、同年の米国の原油生産量全体(同1,189万バレル)の約15%を占めた)他、米国メキシコ湾岸は引き続き同国の精製活動中心地域である(2022年の当該地域の原油精製処理能力は日量846万バレルと米国原油精製処理能力全体(同1,779万バレル)の約48%を占めた)こともあり、今後のハリケーン等の実際の発生状況やその進路、そしてその予報等によっては石油市場関係者間で石油供給に対する懸念が強まるとともに、その影響が原油価格に織り込まれる場面が見られることもありうる。
また、カナダのアルバータ州において5月6日以降100件の山火事が発生したことにより、同州を中心に石油生産関連施設の操業が影響を受けた結果、少なくとも石油換算日量23.4万バレルの石油及び天然ガス生産が停止した旨5月8日午後遅く(米国東部時間)に伝えられた。今後も夏場に向けた気温の上昇や乾燥状態の強まりによっては、山火事が拡大するとともに同国アルバータ州等での石油生産関連施設の操業への影響が強まる結果、カナダにおける原油生産面での支障が増大することにより、米国における夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期突入時にカナダから米国方面での原油の流入が低迷するとの観測が市場で発生するとともに、原油相場に上方圧力が加わりうるので、カナダの山火事及びその同国石油関連施設への影響については注視する必要があろう。
OPEC及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国は6月4日に閣僚級会合を開催する予定である。既にサウジアラビアが5月1日より2023年末にかけ日量50万バレルの自主的な減産を実施する他、他の一部OPECプラス産油国も5月1日から12月末にかけ、自主的な減産(イラク日量21.1万バレル、UAE同14.4万バレル、クウェート同12.8万バレル、アルジェリア同4.8万バレル、オマーン同4万バレル、カザフスタン同7.8万バレル、ガボン同0.8万バレル、合計日量約66万バレル)を実施する旨4月2~3日に報じられた一方、従来3月から6月にかけ日量50万バレルの自主的減産を実施する旨表明していたロシアも当該減産実施期間を12月末まで延長する旨4月2日にノバク副首相が表明した。このようなこともあり、3月31日には1バレル当たり75.67ドルであった原油価格は4月3日には同80.42ドルへと急反発した他、4月12日には同83.26ドルと2022年11月16日(この時は同85.59ドル)以来の高水準の終値に到達した。そして、当初石油供給が需要を上回ると見られていた2023年第2四半期においては、一部OPECプラス産油国による自主的な追加減産の実施に伴い需要が供給を上回る状態に転換する他、2023年後半は需要が供給を上回る幅が拡大するとの観測が増大した結果、原油相場が下支えされる格好となった。しかしながら、その後原油価格は再び下落傾向となり、5月4日には同68.56ドルの終値と3月20日(この時は同67.64ドル)以来の低水準の終値に到達、一部OPECプラス産油国による自主的な追加減産の発表に伴う原油価格上昇が全て消滅する形となった。依然として足元の見通しでは2023年第2四半期以降は需要が供給を超過する他、その幅が2023年末につれ拡大していくことが示唆されており(表2参照)、そのような理由により原油価格はこの先上昇に向かう旨米国大手金融機関ゴールドマン・サックスは主張していると5月7日に伝えられる。しかしながら、ロシアの原油生産が依然高水準であることに加え、厳密な新型コロナウイルス感染抑制策の事実上の撤廃後の中国の経済再開に伴う石油需要(回復)が出尽くしたことにより、2023年後半から2024年前半にかけ世界石油需要はそれほど引き締まらないものと見られることもあり、米国大手金融機関モルガン・スタンレーが2023年後半から2024年前半にかけての原油価格見通しを下方修正した旨5月2日に報じられる他、米国大手金融機関シティグループも、石油需要が予想を下回っているため、2023年の原油価格見通しを下方修正した旨5月12日に伝えられるなど、中国経済減速、米国金融機関を巡る経営不安、及び米国政府の債務不履行の可能性に対する懸念を含め、この先の世界石油需給バランスを巡っては不透明感が漂っている。このようなこともあり、今後6月4日のOPECプラス産油国閣僚級会合開催時に向けた原油相場の動向が、実際の閣僚級会合時のOPECプラス産油国の減産措置等を巡る方針に影響を及ぼすものと考えられる。例えば、閣僚級会合開催時に向け原油価格が安定的に推移した、もしくは上昇傾向となった場合には、閣僚級会合時において減産規模は据え置きとなる(新たな行動の決定は見送られる)ものと見られる反面、例えば原油価格が、1バレル当たり70ドルを大きく割り込んで低迷したり、70ドルを割り込んではいないものの、急激に下落する兆候が見られたりするようであれば、一部産油国による自主的な追加減産を含め、OPECプラス産油国による減産規模の拡大を決定する確率が上昇するものと考えられる。これは、原油価格の下落に対し、このままOPECプラス産油国が静観したままとなるようであれば、OPECプラス産油国は原油価格の下落を容認しているものとの市場関係者の認識が強まることにより、原油先物契約の売却が拡大するとともに原油価格の下落が加速することになり、そのような下落が加速した時点で原油相場の立て直しを図ろうとOPECプラス産油国が行動しても、原油価格が制御不能の状態となって立て直しが困難となる恐れがあることをOPECプラス産油国が危惧するとともに、そのような制御困難な状態に陥る前に先制的に行動することにより、原油価格の下落加速を防止する必要があると認識していることが背景にあるものと考えられる。
他方、サウジアラビア国営石油会社サウジ・アラムコが一部の北東アジア石油会社に対し5月の原油供給数量を契約通りとする旨4月10日に報じられた他、6月についてもアジアの石油会社に対し契約数量通り原油を供給する意向であるものの中国の需要家からは原油引き取り量の削減を要望されている旨5月10日に伝えられる。また、UAEのアブダビ国営石油会社(ADNOC)は5月については出荷量を5%削減する一方、6月以降についても出荷量削減を継続するとの情報と6月及び7月については契約数量通りの供給を行なう旨少なくとも顧客3者に対し通知したとの情報が5月5日に明らかになるなど、OPECプラス産油国の減産方針については情報が錯綜している。このため、今後も自主的な追加減産を含めOPECプラス産油国が実際にどの様な水準で原油生産を実施するのかに市場の注目が集まるとともに、減産遵守を巡る状況が原油相場に織り込まれるものと見られる。
全体としては、今後米国で夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入するとともに、季節的な石油需給の引き締まり感が市場で増大しやすくなることが、原油相場を下支えするものと考えられる。加えて、一部OPECプラス産油国による自主的な追加減産実施による石油供給の削減とこの先の世界石油需給の引き締まり観測も原油相場に上方圧力を加えやすいものと考えられる。しかしながら、中国の経済及び石油需要を巡る状況、米国金融当局の政策金利に対する方針や、同国政府及び連邦議会等における債務上限引き上げを巡る動向、米国金融機関の経営状況を含む同国経済状況、一部OPECプラス産油国の自主的な追加減産等減産措置の実施を含む実際の原油生産状況等によっては、原油価格の上昇が抑制される可能性があるものと考えられる。また、カナダやイラクで停止している原油生産の再開状況やイランを巡る情勢等も、原油相場に影響を与えうるものと思われる。
4. 世界天然ガス市場動向
米国では、2023年2月及び4月は総じて前年同月よりも温暖であった反面3月は寒冷であったこともあり(図16参照)、暖房のための民生部門における天然ガス需要は2月及び4月は前年同月を下回った反面3月は上回ることとなった。他方、物価上昇抑制のための米国金融当局による政策金利の引き上げ継続等に伴い経済が減速傾向を示すようになるとともに同国の鉱工業生産も徐々に伸びが鈍化した。このような状況を反映し、2~4月の同国産業部門における天然ガス需要も前年を割り込む状態となった。ただ、発電部門においては石炭に比べ天然ガスの調達コストが総じて割安になっていたものと見られる(なお、欧州の発電部門においては石炭と天然ガスは調達コスト面ではより競合的であったものと推測される)ことにより、発電のための天然ガスの燃焼が石炭に比べ相対的に促進された(図17参照)結果、当該部門での天然ガスの消費は前年同月を上回ることとなった。それでも、民生部門、産業部門及び発電部門を合計した米国の天然ガス需要は2月及び4月は前年同月比で減少となった一方、3月は増加となったものの、その規模は限定的なものにとどまった(図18参照)。
また、2022年は3月から7月にかけ原油価格が1バレル当たり100ドルを超過した他天然ガス価格も8月から9月にかけ100万Btu当たり9ドルを超過するなど、高水準となったこともあり、同国での石油及び天然ガス坑井掘削活動が活発化した(図19参照)。この影響で、同国において油田から生産される原油に随伴して生産されるものを含め天然ガス生産は増加傾向となった(しかしながら、それ以降は原油及び天然ガス価格が下落してきたこともあり、石油及び天然ガス坑井掘削活動が不活発化してきたことにより、天然ガス生産の伸びが鈍化する傾向が見られる)。
そして、メキシコでは2023年2~4月前後の気候が前年同月と概ね同様であったものと見られることもあり、同期間の米国からメキシコへのパイプライン経由による天然ガス輸出は前年同月とほぼ同水準で推移した(図20参照)。また、2022年6月8日午前11時40分(現地時間)に、米国テキサス州にあるフリーポートLNG出荷基地(操業者:フリーポートLNG社、出荷能力年間1,500万トン)で火災が発生した(安全バルブに不具合があり、圧力過多となったことにより破損したパイプからLNG及びメタンが漏洩し炎上したものと米国運輸省パイプライン危険物安全局(PHMSA: Pipeline and Hazardous Materials Safety Administration)が暫定的に報告したと6月30日に伝えられる)が、当初少なくとも3週間程度当該施設の操業が停止する旨6月8日にフリーポートLNG社が発表していたものの、実際には操業停止は相当程度長期化した。ただ、2023年2月1日に米国連邦エネルギー規制委員会(FERC: Federal Energy Regulatory Commission)はフリーポートLNGの第3液化施設(液化能力年産500万トン)につき、一部の天然ガス液化作業の実施を承認した。これにより2月11日には当該液化施設は部分的に操業を再開した。また、2月21日にフリーポートLNG社は同社の天然ガス液化および輸出施設の商業運転開始につき、既に操業が再開された1液化施設(第3液化施設を指しているものと見られる)の即時完全操業再開と、別の液化施設(第2液化施設を指しているものと見られる)の完全操業再開が規制当局から承認された旨発表した(この時点では、残りの液化施設(第1液化施設を指しているものと見られる)の操業再開については再開のための条件が充足された後別途規制当局の承認が必要とされていた)。そして、3月8日にフリーポートLNGは、FERC及びPHMSAから第1液化施設再稼働の承認を受けた旨発表した。フリーポートLNGの第2及び第3液化施設は、この時点で完全な商業運転状態に回復しており日量15億立方フィート超の生産水準に到達していた。そして、電力供給面で不具合等が発生した結果、一時第1液化施設のLNG生産再開作業がもたつき気味となったと3月21日に報じられたものの、その後当該不具合は解消されLNGの生産も回復しつつある旨3月28日に伝えられた。この結果、4月に入って以降は当該LNG施設への天然ガス流入量は概ね日量20億立方フィートとなっている他、4月の同液化施設からのLNG出荷量も約125万トン(年間ベースでは1,500万トン)と当該施設の総液化能力(1,500万トン)に到達、操業が完全に回復していることが窺われる。このようなことから、2023年2月から4月にかけ米国のLNG輸出は回復傾向となるとともに当該輸出の相当部分は欧州方面に向かっている(図21参照)。
このように、米国においては、天然ガス生産が増加傾向となっていたものの、国内需要の伸びは限定的であったうえ冬場の暖房のための民生部門での天然ガス需要期が終了しつつあったこと、パイプライン経由でのメキシコへの輸出も前年とほぼ同水準にとどまった他、米国からのLNG輸出も拡大したとは言え、フリーポートLNG出荷施設の操業再開過程が比較的緩やかであったこともあり米国内に天然ガスがとどまりやすくなったことから、同国の天然ガス需給は緩和する方向に向かい、2023年2月10日時点では平年(過去5年平均)水準を8.8%上回っていた同国天然ガス貯蔵量は2023年5月5日時点では平年水準を18.4%上回る状態へと、平年水準を上回る割合を拡大した(図22参照)。このように米国の天然ガス需給の緩和が強まる方向に向かったことが、米国の天然ガス相場に下方圧力を加えたものの、これ以上天然ガス価格が下落するようであれば、かえって同国の天然ガス生産の伸びが顕著に鈍化する結果、天然ガス需給が引き締まる方向に向かうとの観測が市場で発生したことが、同国の天然ガス価格の下落を抑制したこともあり、2月17日には100万Btu当たり2.275ドルであった同国天然ガス価格の終値は5月12日には同2.266ドルの終値と概ね同水準で推移したものの、3月29日には同1.991ドルと2020年9月22日(この時は同1.834ドル)以来の低水準に到達する場面も見られた(図23参照)。
欧州においては、2023年2月から5月にかけ時折気温が平年を下回る程度に低下するなど冷え込んだ(図24参照)ものの、総じて温暖であったこともあり、暖房向けの民生部門及び空調のための電力供給向けの発電部門における天然ガス需要は低迷した。また、2022年に天然ガス価格が相当程度上昇した(8月26日にはオランダTTF天然ガス先物価格が100万Btu当たり推定99.071ドルの史上最高水準にまで上昇した)ことに加え、2021年7月8日に設定した目標である年率2%を上回って物価が上昇し続けていたことにより、物価上昇を沈静化させるべく欧州中央銀行(ECB)等の金融当局が政策金利を引き上げ続けたことに伴い、特に製造業の活動が低調であったことにより、産業部門向けの天然ガス消費も不振であったと言われている。このようなことから、2~4月の欧州の天然ガス需要は前年同月を6~12%程度下回る状態となったと推定される(図25参照)。さらに、2022年8月から2023年3月にかけてのEU加盟国における天然ガス消費量も同時期の5年平均水準を17.7%下回り、2022年7月26日に開催されたEUエネルギー相会合において合意した、2022年8月から2023年3月にかけ天然ガス消費量を原則自主的に15%削減するとの目標を超過した旨4月19日にEU統計局(ユーロスタット)が明らかした。なお、当該目標は1年延長する旨2023年3月28日に開催されたEUエネルギー相会合において合意されている。
他方、フランスでは、年金受給開始年齢を従来の62歳から64歳に引き上げることに抗議し、3月6日より各地でストライキが実施されており、この結果、製油所、LNG受入ターミナル(3月6日にモントワール(Montoir)(LNG受入能力年間800万トン)、フォス・トンカン(Fos Tonkin)(同240万トン)、フォス・カバウ(Fos Cavaou)(同660万トン)の各LNG受入施設が操業を停止、3月7日にドゥンケルク(DunkerqueもしくはDunkirk)(同960万トン)LNG受入施設がほぼ操業を停止した(このうちドゥンケルクLNG受入施設は3月17日に操業を再開したものの、3月23日及び28日、そして4月6日及び13日にストライキにより再び10%程度の稼働率となったものと推測される)。このため、天然ガス需要は必ずしも旺盛ではなかったもののLNG供給が制限されたことから、フランスでは天然ガス在庫が減少、2月17日時点では49.18%であった同国貯蔵施設における天然ガス充填率は減少傾向となり4月6日には27.42%に到達するなど、同日のEU諸国平均(55.43%)の半分程度にとどまった(図26参照)。一方、米国を初めとして欧州へのLNGの流入が旺盛であった(図27参照)ことともあり、フランスで受け入れられなかったLNGの一部はスペインや英国に向かったため、例えば2月17日には84.9%であったスペインの貯蔵施設における天然ガス充填率は4月20日には87.0%に到達した一方、2月17日時点では51.1%であった英国の貯蔵施設における天然ガス充填率も4月20日には62.3%に到達するなど、天然ガス在庫の充填が進展した。そして、EU全体としては貯蔵施設における天然ガス貯蔵充填率が5月12日時点で63.0%に到達する(図28参照)など平年(過去5年平均)の45.0%を相当程度上回る中、春場の天然ガス不需要期に突入したうえ、2023~24年の冬場の気温等の不透明要因は残るものの、もし足元の需要の低迷と堅調なLNG流入が継続するようであれば、夏場全体においてロシアからの天然ガス供給が欠如したとしても、2022年6月27日にEU欧州委員会(EC)が承認した、2023年以降11月1日までに貯蔵能力の90%に当たる天然ガスを貯蔵する旨の目標を、2023年は8月下旬に前倒しして達成されるかもしれない旨の見方を米国大手金融機関モルガン・スタンレーが示した旨4月11日に伝えられたこともあり、天然ガス需給緩和感が市場関係者間で広がり始めた。このような天然ガス需給緩和感の拡大が、地域の足元の天然ガス価格に下方圧力を加えた結果、2月17日には100万Btu当たり推定15.373ドルの終値であったオランダTTF天然ガス先物価格は5月12日には同10.418ドルの終値へと下落傾向となった他、この日の終値は2021年6月21日(この時の終値は同10.345ドル)以来の低水準に到達した(但し3月6日以降フランスにおいてストライキによるエネルギー関連施設等の操業上への支障が広がりつつあったことに加え、3月7日にフランス原子力安全局(ASN: Autorite de surete nucleaire/French Nuclear Safety Authority)が同国北部にあるパンリー(Penly)原子力発電所1号機の緊急冷却装置のパイプに深刻な亀裂を発見した旨明らかにしたこと、欧州各所で気温が平年を下回って冷え込んだこと等により、3月10日のTTF先物価格の終値は前日終値比で22%程度上昇した他、4月初頭にも欧州の大部分の地域で気温が平年を下回って冷え込む旨の予報が明らかになった他一部OPECプラス産油国が自主的な追加減産を実施する旨4月2~3日に明らかにしたことにより4月3日の原油価格が大幅上昇した影響で、3月31日から4月3日にかけTTF先物価格が相当程度上昇するなど、しばしば欧州の天然ガス価格が上昇する場面が見られた)。また、欧州においては、特に4月に入り地域の消費国で受け入れられなかったLNGタンカーが洋上に浮游しているとの指摘がなされるようになった(5月上旬時点においてもこの時期としては平年の貯蔵水準の倍程度のLNGがタンカーに貯蔵されているとされており、これは春場としては珍しい旨5月10日に伝えられる)ことが、地域のLNG価格に下方圧力を加えた結果、欧州着LNG価格がオランダTTF先物価格を下回る幅が拡大する場面が見られた(図29参照)。なお、フランスにおけるドゥンケルクを除く3ヶ所のLNG受入施設におけるストライキによる施設の操業停止は4月19日には少なくとも一旦は終了したものと見られ、それ以降これら施設におけるLNGの受入が回復しつつあることもあり、フランスの貯蔵施設における天然ガス充填率は5月12日に44.2%へと上昇している他、欧州着LNG価格がオランダTTF先物価格を下回る幅も縮小しつつある。他方、2023~24年の冬場を巡る欧州等の気温の低下具合を含め天然ガス需給を巡る不透明感は依然として市場関係者間で意識されている側面もあることから、足元のLNG価格は下落する反面2023年12月渡しのLNG価格が比較的維持されていることにより、両者の価格差は拡大する傾向が認められる(図30参照)。
中国では、2022年は3月28日より上海市で大規模な都市封鎖が行なわれるなど、流行しつつあった新型コロナウイルス感染を沈静化させるための厳格な個人の外出規制や経済活動制限の強化等の対策の実施により、同時期前後の天然ガス需要が伸び悩み気味となった一方、2023年2~5月はそのような厳格な新型コロナウイルス感染抑制策が事実上撤廃されていたことに伴い、個人の外出が活発化するとともに飲食業や宿泊業と言った非製造業を中心として経済活動が活発化したことが、同国の天然ガス需要を押し上げる形で作用した。しかしながら、同国の製造業の回復はもたつき気味となったこともあり、産業部門での天然ガス需要が相対的に低調であったと見る向きもある。加えて、日本や韓国でも製造業を中心として経済活動が減速しつつあることや、物価上昇に伴う節約志向の広がりが、これら諸国における天然ガス需要を抑制したとの指摘もある。また、2022~23年の北東アジア地域の冬場の気温が比較的高かったことや冬場が終了に向け気温が上昇傾向となったこと(図31参照)が一因となり、暖房のための民生部門及び空調向けの電力供給のための発電部門での天然ガス需要が抑制される格好となった。加えて、中国では、国内の石炭及び天然ガス生産が比較的好調であった(図32及び図33参照)うえ、ロシア及び中央アジアからのパイプライン経由での天然ガス供給も堅調であったこと、韓国では原子力発電の稼働が拡大傾向となっていた(韓国では2022年12月7日に新韓蔚(ハヌル)原子力発電所1号機(発電能力140万kW)が操業を開始していた)ことや、日本においては春場にさしかかるとともに太陽光発電量が増加傾向となってきたこと等も、北東アジア諸国のLNG需要を制限する形となった。結果として、同地域における天然ガス在庫は増加したものと見られる。例えば中国の受入基地ではLNG在庫充填率が70~80%に到達した旨5月3日に伝えられたこともあり足元ではスポット市場からのLNG調達に頼らずとも需要を満たすことがより容易になりつつあることが示唆された他、韓国でもスポット市場からのLNG調達を制限しなければならない程度に受入ターミナルでのLNG在庫が積み上がった旨5月12日に報じられたうえ、2023年2月5日~5月7日の日本の大手電力会社が保有しているLNG貯蔵量は週間ベースで過去5年平均(月末値)を7~31%上回った旨判明した。それとともに、北東アジア諸国におけるLNG調達は概ね短期及び中長期売買契約に基づくものが中心となった反面、スポット市場からのLNG調達が低迷した他、LNG輸入量自体が抑制されることとなった(図34及び35参照)(このようなこともあり米国から輸出されたLNGは主に欧州に向かうこととなった)、むしろ国内の天然ガス在庫を調整すること等を目的として北東アジア諸国の需要家がLNGを転売し、それがタイやバングラデシュといった東南アジアや南アジア諸国、もしくはベルギーといった欧州に向かう場面が見られた。このようなことから、2月1日には100万Btu当たり推定18.970ドルであった北東アジア地域のLNG先物価格の終値は5月12日に同11.115ドルの終値へと下落傾向となった他、この日の終値は2021年6月15日(この時の終値は同10.924ドル)以来の低水準に到達した。しかしながら、LNG価格が100万Btu当たり15ドルを割り込むとともに原油価格よりも割安感が発生したこと(5月12日のブレント原油先物価格の終値は1バレル当たり74.17ドルであったが、これは100万Btu当たり約12.4ドルに相当する)により、雨季(モンスーン、例年6~10月を中心とする時期に到来する)に突入する前に気温が相当程度上昇した結果、空調のための電力需要が増加したインド等の南アジアや同じく気温が上昇したタイ等の東南アジアの諸国において、発電部門向けのLNG購入が活発化したことが、アジア地域でのLNG先物価格を下支えする形で作用した。もっともインドは雨季が接近しつつあることもあり経済活動が減速するとともに水力発電が活発化するものと予想される中、調達すべきLNGが調達済となりつつあることから、これ以上積極的にはLNGを調達しないと見る向きもある。
以上
(この報告は2023年5月15日時点のものです)