ページ番号1009727 更新日 令和5年5月18日
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概要
- 2023年5月11日、米国EPA(環境保護局)は新設のミドル・ベースロードガス火力および既設ベースロード大型ガス火力に対して、CCSによる90%以上のCO2回収か30%〜96%の原則グリーン水素混焼を要求すると共に、石炭火力に対して運転停止かピーク電源へのコミットあるいはCCSによる90%以上のCO2回収を要求する新たな排出規制案を公表した。
- ベースロード火力に対する強い規制水準の背景には、バイデン政権が発足以来、2035年の電力セクターにおけるゼロエミッションや2030年のGHG排出量50~52%削減目標を掲げ、関連規制の強化を順次打ち出してきたことや、昨年制定されたインフレ抑制法(IRA)によりCCS実施コストやクリーン水素製造コストが大幅に低下したことがある。
- 火力発電の脱炭素化については、2015年のオバマ政権によるクリーンパワープラン発表以降、3政権にわたり法廷闘争が繰り広げられてきた。2022年6月の最高裁判決(Clean Air Actの下では、EPAには個別発電施設内の対策を超えるような排出規制を課す権限は与えられていない)を踏まえて、今回の案は個別発電施設で実現可能な対策が前提になっているが、この規制案に対して、民主党のマンチン議員等が反発すると共に、ウェストバージニア州の司法長官が今後訴訟準備を進める意向を表明。
- 今後、パブリックコメントを経て、来年半ば頃にガイドラインが最終確定し、施行日から2年以内に、州政府はガイドラインに沿った州の実施計画を提出するスケジュールとなっているが、訴訟の動向や2024年の選挙結果次第では、大幅な変更が生じる可能性がある。
- 今後の見通しは、不透明な状況ではあるものの、IRAによって既に促進されているCCS投資の更なる拡大や、これまで米国では比較的低調であった発電所の水素混焼投資の拡大(および水素需要の拡大)につながる可能性がある一方で、石炭火力の退出が一部早まる可能性がある。しかしながら実際の個々のプラントの判断までには時間的猶予があることから、産業界は2024年の選挙結果などを見極めながら、慎重に個々の扱いを検討していくものと思われる。
はじめに
2023年5月11日、米国EPA(環境保護局)は国内のGHG排出量を削減するために大気浄化法に基づき基準を強化するものとして「大規模、頻繁に使用される」火力発電設備への新たな排出規制案を発表した。新設のミドル・ベースロードガス火力および既設ベースロード大型ガス火力に対して、CCSによる90%以上のCO2回収か30%〜96%の原則グリーン水素混焼を要求すると共に、石炭火力に対して運転停止かピーク電源へのコミットあるいはCCSによる90%以上のCO2回収を要求する内容である。
発電は運輸部門に次いで2番目に排出量の高い部門であり、バイデン政権は2035年までに米国内の全電力を風力、太陽光、原子力、水力発電やCCS等によりネット・ゼロに移行させる目標を掲げている。2021年のEIA(エネルギー情報局)の統計によると、全国の石炭火力発電所は269基で、天然ガスとの価格競争、環境規制の遵守コストを踏まえた再エネとの競争等に晒され、2011年の589基から減少している。
EPAは、この排出規制案が施行されれば、2035年の電力セクターからのCO2排出量が、6.08億トン(最新の分析によるベースライン)から5.72億トンに削減され、2042年までに既存石炭火力と新設ガス火力からベースラインとの比較で累計6.17億トン、既存ガス火力から同累計2.14〜4.07億トンの排出削減効果があると試算。(※本年3月のEIAのAnnual Energy Outlook 2023における分析では、電力セクターからのCO2排出量は、2005年(NDC基準年)24.1億トン、2022年(現状)15.1億トン、2035年(政権の目標年)7.2億トン(インフレ抑制法がなければ11.0億トン)と分析。EPAはEIAのデータに加えて、最新の規制や経済データ等を勘案して独自に分析。) また、電気料金は2030年までに2%上昇すると試算されている。
また、今回の規制案によって、水素混焼か90% CCSが求められる「発電容量30万kW以上かつ稼働率50%以上」の既設天然ガス火力発電施設は、設備容量全体の25%以下(施設数の4%以下)と推計されている。
新規制案は60日間パブリックコメントを受け付け、来年半ば頃にガイドラインを最終確定する予定となっている。施行日から2年以内に州政府はガイドラインに沿った州の実施計画を提出するスケジュールとなっているが、ガイドラインが最終確定し次第、共和党州を中心に、訴訟が相次ぐ可能性が高く、訴訟の動向や2024年の選挙結果次第では大幅な変更が生じる可能性がある。
EPAは、排出基準こそ設けるが、排出量の削減手法は発電所(運営する民間企業)に依拠する。発電所の運営者は、炭素回収や水素混焼のような排出削減技術に投資して、運転を」継続するか、高経年化した火力発電所への追加投資は行わず、運転を停止発電所が出てくることも想定される。いずれにしても、産業界は2024年の選挙結果などを見極めながら、慎重に個々の扱いを検討していくものと思われる。
1. 今回の排出規制案のポイント
<新設ガス火力>
- 稼働率20%未満のピーク電源
- 公布日又は稼働開始までに、低排出燃料(天然ガスまたは留出油)を使用し、燃料の種類に応じて120~160 lbCO2/MMBtu
- 稼働率20%以上約50%以下のミドル電源および稼働率約50%以上のベースロード電源
- 公布日又は稼働開始までに、高効率シングルサイクル発電(0.522kg/kWh)
- 2032年に30%の低GHG水素の混焼(0.454kg/kWh)
(注:低GHG水素とは、Well-to-Gateの排出係数0.45kgCO2e/kgH2 未満の水素(→原則、再エネ由来か、原子力由来か、プラズマ熱分解によって生産される水素が該当し、化石燃料+CCSでこの水準を達成するのは非常に困難。))
- 稼働率50%以上のベースロード電源
- 公布日又は稼働開始までに、高効率コンバインドサイクル発電(2000MMBtu/h以下の場合:0.349kg/kWh、2000MMBtu/h未満の場合:0349〜0.408kg/kWh)
- 低GHG水素混焼を選択する場合
- 2032年に30%の低GHG水素の混焼(0.308kg/kWh)
- 2038年に96%の低GHG水素の混焼(0.041kg/kWh)
- CCSを選択する場合
- 2035年にCO2を90%回収(0.041kg/kWh)
<既設ガス火力(発電容量30万kW以上かつ稼働率50%以上)>
- 低GHG水素混焼を選択する場合
- 2032年に30%の低GHG水素の混焼(0.308kg/kWh)
- 2038年に96%の低GHG水素の混焼(0.041kg/kWh)
- CCSを選択する場合
- 2035年にCO2を90%回収(0.041kg/kWh)
<既設石炭火力>
- 2040年以降も運転する施設は、CCSによりCO2を90%回収。
- 2039年末までに運転停止する施設は、熱量ベースで天然ガスを40%混焼し、排出係数を16%削減。
- 2031年末までに運転停止する施設、および、2034年末までに運転停止し、年間稼働率20%以下にコミットする施設は、排出係数を悪化させないこと。
<既設の石油火力>
- 排出係数を悪化させないこと。
<新設の石炭火力>
- 想定されないため、変更なし。

(出所:EPAを基にJOGMEC作成)
*Well-to-Gateの排出係数0.45kgCO2e/kgH2 未満の水素
2. 関係者の反応
- 民主党マンチン上院議員(上院天然資源委員会委員長)
この政権の極端なイデオロギーへのコミットメントが、長期的なエネルギーと経済の安全保障確保に暗い影を投げかけていることを懸念し、政権の行き過ぎが止まるまで、EPAの人事承認案に反対していく。
- ウェストバージニア州司法長官
EPAは既存の石炭火力発電所を閉鎖し、新規発電所建設を止めようとしており、これにより、ウェストバージニア州の炭鉱労働者は職を失い、電気代は高騰することになる。EPAの行動は、雇用の拡大と環境保護を促しながら、信頼できる手頃な電力を確保するという慎重なバランスを壊すものであり、ウェストバージニア州にとって破壊的であるため、これを阻止するために合理的なあらゆる行動をとっている。
- EEI(エジソン電気協会)
新しい規制案が、我々の優先事項に沿っているか、消費者に対する信頼できるクリーンなエネルギーの手頃な値段での供給に資するかどうかという観点から慎重に精査していく。
- Carbon Capture Coalition(CCS関係企業団体)
今回の提案で、炭素回収が、新規と既存の火力発電所の排出基準達成のために活用可能な技術と位置づけられたことによって、炭素回収の役割がさらに高まった。発電分野への炭素回収技術の普及は、脱炭素化した電力系統の中で、手頃で信頼できるベースロード電源を提供するために不可欠であると同意。
- Sierra Club(環境NGO)
この提案は重要な前進であり、バイデン政権が気候汚染に真剣に取り組んでいることを歓迎。政権はこの作業を完遂させ、できるだけ強固な規制を最終決定すべきである。
3. 司法専門家の見解
- EPAが発電所施設内で達成可能な対策を基準にしているのは正しいアプローチ。発電所の規模や稼働率に応じて、異なる要件を設定する今回の案は賢明であり、規制の合理性を正当化するのに役立つだろう。
- 議会がEPAに対して、石炭火力からの大規模な撤退を余儀なくさせるほどの規制スキームを独自に採用する権限まで与えているとは考えにくい。そのような重大な決定は議会そのものか、議会からの明確な委任が必要。
- 米国の石炭産業は、既により競争力のある天然ガス火力に負けて衰退しており、この規制によって、石炭の収益性に顕著な影響が及ぶと主張するのは難しい。
- 2024年の選挙で、共和党が大統領か上院を支配した場合、議会審査法に基づき、両院の単独多数決により、最近確定した規制を阻止する権限を持っており、実際にトランプ大統領はオバマ政権末期の十数件の規則を取り消したのと、同様の事態が想定される。
(参考)これまでの経緯
オバマ政権以前
- 環境保護庁(EPA)に対する累次の訴訟を経て、2007年に、連邦最高裁は、EPAにはGHGが国民の健康と福祉に悪影響を与えるかどうかを調べ、悪影響がある場合は規制を行う義務があると結論。
- 2009年に、EPAは、大気中のGHG濃度は、現在および将来の国民の健康と福祉に悪影響を与えることおよび、自動車エンジンがその排出源であることから、移動排出源である新しい自動車エンジンの排出基準値を規定するClean Air Act(CAA)の 202 条(a)4の下で、GHGは大気汚染物質として認定され、自動車などの移動排出源に加え、火力発電所などの固定排出源も規制の対象化。
オバマ政権
- 2015年6月、オバマ政権は、CAAの下で既存の火力発電所からのCO2排出を規制するClean Power Plan(CPP)および新設火力発電所に対するCO2排出基準である炭素汚染基準Carbon Pollution Standards(CPS)を発表。
- CPPは、州政府に対して、EPAの排出基準を満たす目標達成計画(State Plan)を策定し、EPAの承認を受けることを要求(目標達成計画は、他州との共同策定も可能)。目標達成計画が提出されなかった場合、あるいは提出された目標達成計画が不承認となった場合は、EPAが策定するFederal Planを適用。CPPにより、2030年までの火力発電所からのCO2排出を2005年比で32%削減される推計。
- CPP(既存)
施設毎の排出基準値(Subcategory-Specific CO2 Emission Performance Rates)については、排出削減の最善システム(Best System of Emission Reduction(BSER))という概念に基づき、石炭火力発電所の効率改善、天然ガス火力への転換、再エネへの転換等を適用した場合の排出係数基準値として、石炭・石油火力は0.59kg-CO2/kWh(USC(0.83kg-CO2/kWh程度)やIGCC(0.75kg-CO2/kWh程度)では達成できないレベル)、ガス火力は0.35 kg-CO2/kWh(1500℃級CC以上)と設定。これを踏まえて、各州に対して州毎の排出原単位目標、排出総量目標を設定することを要求。ただし、排出量取引制度も活用可能。
- CPS(新設)
- 新設石炭火力は、0.64 kg-CO2/kWh (USC(0.83kg-CO2/kWh程度)やIGCC(0.75kg-CO2/kWh程度)では達成できないレベル)。
- 建替え(追加固定資本費が新設相当の50%以下の場合等)は、出力が 58.6万kW以上の施設は0.816 kg-CO2/kWh 、それ以下の施設は0.907 kg-CO2/kWh と設定(USCを許容)。
- 新設ガス火力は、0.454 kg-CO2/kWh(1300℃級CC発電以上)。
- 2018年までに該当するすべての州が目標達成計画を策定し、2022年から2029年の8年間をCPPの暫定履行期間とし、2030年7月1日に達成計画の暫定成果が明らかになる計画。
- 2015年10月、キャピト上院議員(WV-R)は、CPPを阻止し、EPAが「実質的に同様の」基準を策定することを禁止する、議会審査法に基づく「不承認決議」である上院合同決議を提出し、上下院で承認。オバマ大統領は12月に拒否権を発動。
- また、27の州がDC Circuitに「CPPが要求する火力発電所に対する基準要求は、EPAの法的権限を逸脱していると」緊急停止を申し立て。
トランプ政権
- 2017年3月、トランプ大統領は、EPA長官に対して、Clean Power Plan(CPP)の見直しを指示する大統領令に署名。
- 2017年6月、トランプ大統領はパリ協定離脱を発表。米国の多くの州は、連邦政府とは別にCPPの目的を州境内で維持するために「United States Climate Alliance」を結成。
- 2019年6月、EPAは、Affordable Clean Energy Rule(ACE規則)を公布。CPPを廃止するとともに、Clean Air ActにおけるBSERは、排出源である個々の発電所内か発電所に対して適用できる熱効率改善に限定されているという前提の下、主に発電施設の個別燃焼効率の改善を促す対策に限定し、各州が実施計画を策定する際に使用できる「候補技術」のリストを提示。ACE規則は 2035 年までにベースラインから1%未満の排出削減効果とEPAは推計。
バイデン政権
- 2021年1月、D. C. Circuitは、Affordable Clean Energy Rule(ACE規則)は、Clean Air ActのBSERは発電所内の対策に限定しているという誤った解釈に基づいていると判断し、ACE規則を取り消し、この問題を新たに検討するよう、EPAに差戻し。
- 2021年10月、連邦最高裁(6/9が共和党大統領による指名、3/9が民主党大統領による指名)は、上記のDC Circuitによる決定に対する上告を審理することに合意。
- 2022年6月、連邦最高裁は「Clean Air Actの下では、EPAに対して(発電施設内の対策を超えるような排出規制を課すような)権限は与えられていない」と判断。
以上
(この報告は2023年5月16日時点のものです)