ページ番号1009813 更新日 令和5年6月20日
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概要
- インドのロシアからの原油輸入は2023年5月に日量200万バレルに達した模様である。ロシアからの輸入比率は23年に30%前後に拡大し、例年首位のイラクや2位のサウジアラビアを凌駕する可能性が高い。なおLNG輸入は減少し、むしろロシアからのLNG供給にはトラブルが生じ係争となっている。
- インドは国ぐるみで割安なロシア原油輸入拡大に向かっている。政府は精製事業者のロシア産原油の輸送や取引決済の障害を克服するためにボストロ口座開設や船舶認証などを通じて精製事業者をサポートしている。
- ムンバイを拠点とする新興企業Gatikは昨年インド海運市場に参入し、わずか1年で40隻以上の中古タンカーを買い集めインドにおけるロシア産原油輸送の担い手となった。しかしGatikは実体が不明瞭で価格上限制裁に違反して操業している可能性があることから、5月に複数の船舶がアメリカンクラブのP&I保険やロイズの認証を解除された。その後一部の船舶はインド船級協会に再認証されたという。
- インド政府は割安なロシア原油輸入拡大による価格の安定(消費者保護)を目的として国営石油企業のガソリン・軽油等の販売価格を21年11月以降断続的に凍結している。またモディ政権が公約に掲げ停止した燃料価格統制制度(APM)の再導入を検討している。今後今後民間のRelianceやNarayaにも価格統制が広がる可能性がある。
- 割安なロシア原油輸入の拡大とAPMの再導入は、堅調なインドの石油需要を下支えする一方で企業の燃料販売や財務に悪影響が生じ、石油製品輸出税等の輸出規制が適用されなければ石油製品の輸出が加速する可能性がある。
- シンガポールでは22年以降安全基準を満たしていないとして拿捕された石油・ケミカルタンカーの数が急増しているという。老朽化あるいは船級認定を停止され、保険が不十分な原油・石油製品タンカーによる重大事故が発生した場合、海洋汚染に加え石油市場の不安定化につながる恐れがある。
- 2023年下期は需給逼迫で原油価格上昇の可能性があり、石油市場が直面する不確実性は中国の需要にあるとされる。しかし安全が担保されていない原油・石油製品タンカーの横行も石油市場が直面する重大なリスクと思われる。
1. インドのロシアからの原油輸入は日量200万バレルに到達、過去最高水準に
インドのロシアからの原油輸入拡大が続いている。S&Pによると2023年5月にインドはロシアから原油日量200万バレルを輸入し過去最高を更新した[1]。
ロシアの原油輸出はG7およびEUの禁輸(原油・石油製品価格の上限設定と海上輸送保険付保の禁止を含む)以降も生産量を維持しており、むしろ海上輸送量は23年1月以降増加している。S&Pによると5月のロシア原油の海上輸送量はウクライナ侵攻前を上回る日量387万バレルに達したという。原油輸入相手先はインド、中国、トルコなどだがその5割をインドが輸入した計算となる。
インド商工省の貿易統計によると、2022年にインドは原油を日量473万バレル(前年比10%増、44万バレル増)輸入した。原油輸入相手先の首位は例年同様イラクで日量108万バレルを輸入し、輸入全体の23%を占めた。2位はサウジアラビアで日量84万バレル(輸入全体の18%)を輸入した。ロシアからの輸入は21年の日量9万バレル(輸入全体の2%)から22年は日量70万バレルに急増(輸入全体の15%)、輸入相手国3位に浮上した。
貿易統計では2023年は3月までしか確認できないが、インドのロシア原油輸入量(23年1~3月)は日量164万バレルに増加し、輸入全体の30%を占め首位に躍り出た。2位がイラクで日量106万バレル(輸入全体の19%)、3位がサウジアラビアの91万バレル(輸入全体の17%)である。この状況が続けば、23年はロシアからの原油輸入比率が30%前後に拡大し、例年首位のイラクや2位のサウジアラビアを凌駕する可能性がある。

(出所:インド商工省貿易統計を基にJOGMEC作成)
なお、ロシアのLNGは制裁対象にはなっておらず、22年のLNG輸出量はYamalが前年比8.7%増の21.2Mt、サハリン2が10.8%増の11.3Mtといずれも増加している。Yamal LNGはフランス、スペイン、ベルギー、オランダなど欧州が主要輸入国で、欧州の22年のロシアからのLNG輸入量は15.8Mtと前年の13Mtから増加している。サハリン2は東アジア(日中韓台)が主要輸入国で長期契約に基づき輸入している。
インドの22年のLNG輸入は減少し、むしろロシアからのLNG供給にはトラブルが生じ係争となっている。インドの22年のLNG輸入量は価格高騰で前年比15.5%減(3.7Mt減)の20.3Mtであった。22年はロシアのガスの欧州向け供給減少により欧州がガス貯蔵やLNGの輸入を増やし、インド、パキスタン、バングラデシュなどアジアのLNG新興需要国(長期契約量が少ない)はガス価格が高止まりしたことでスポットLNGの入手が困難となり、ガス需要が鈍化した。国営GAILはロシアGazprom Germania子会社Gazprom Marketing & Trading Singapore(GM&T)とYamal LNGの長期契約(2018年~38年、最大時年2.5Mt)を結んでいたが、Gazpromが欧州から撤退し、22年4月にドイツ政府が Gazprom Germania(現SEFE)を信託下に置き、5月にロシア政府がGazprom Germaniaを含む31法人を「制裁対象リスト」に登録、同月24日にGM&TのYamal LNGカーゴ受領を90日猶予期間(90日間)を設けて停止したことに起因する。GAILへのYamal LNGカーゴは22年5月以降供給が滞り、GAILは23年5月にGazprom元子会社の供給契約不履行についてロンドンで仲裁を申し立てている状況である(インドのガス・LNGについてはインドのガス需給・利用促進策ならびに日本企業やメジャーズのガスサプライチェーンへの参画(10/20)参照)。

(出所:Kplerを基にJOGMEC作成)
2. インドは国ぐるみで割安なロシア原油の輸入拡大に向かう
割安なロシア原油がインドの需要増と安定供給を支えている。S&Pによるとインドが主に輸入するウラル原油は5月第1週から3週にかけてBrentに対し1バレルあたり26ドルのディスカウントとなっている(ロシアのウクライナ侵攻前の22年1月時点ではディスカウント幅は3.7ドルであった)。
IEAの月次報告によると、2022年のインドの石油需要は前年比10.7%増(日量51万バレル増)の日量528万バレルであった。国内燃料価格統制と精製能力拡大の他、2024年の総選挙に向けてインフラ整備への政府支出が旺盛であることも需要を後押ししている。インド石油省は23年度(23年4月~24年3月)の石油需要は5%伸びるとしているが、S&Pは23年暦年に6%、24年には12%伸びる可能性があると指摘する。インドの国内原油生産は成熟化や財務条件が敬遠され伸び悩み、輸入依存度は9割弱に達している。
インドは国ぐるみで割安なロシア原油輸入拡大に向かっている。Energy Intelligenceによると、プリ石油相はインドのロシア産原油購入は制裁対象ではなく、ロシア原油が市場に供給されることは価格の安定につながり、EUや米国の消費者にも裨益する[2]。またインドの消費者が燃料を安価に購入できるよう、インドは割引されたロシア原油を可能な限り購入していくと述べている[3]。

(出所:IEAを基にJOGMEC作成)
インド政府はロシア産原油の取引決済の障害を克服するために、ボストロ口座の開設などを通じて非ドル決済が行えるよう精製事業者をサポートしている。23年3月にはインド財務省次官が18カ国の国内外60の金融機関に対し、インドルピーで貿易代金を決済するためのいわゆる「ボストロ」口座を開設する権限を与えたと国会で述べている。ボストロ口座とは通貨Aを用いるA国内銀行(通称コルレス銀行)がインドの場合決済通貨としてのインドルピーを保有するためにインド国内銀行に設ける決済口座のことであり、A国の輸入業者が、A国内銀行に通貨Aの振込を行うと、インド国内にあるA国内銀行保有のインドルピー建てボストロ口座から、当該支払に対応するインドルピーが引き落とされ、インド国内の輸出業者に振り込まれることで国際決済が完了する仕組みである。ただし貿易決済についてインドルピーよりもUAEディルハムが好まれている模様である。ただし、ディルハムはドルペッグであり為替リスク・コストが生じることは避けられない。
3. インド版シャドーフリートの勃興
インドは自国船団が限られており、ロシア原油輸送は主に欧米のタンカーや保険を利用している。ロシア原油の価格上限制裁は船積み価格(FOB)に基づいており、価格上限の1バレルあたり60ドルを下回る原油を輸送することは制裁の対象ではない。精製事業者は当初硫黄分の高く割安なウラル原油を主に輸入しており、価格上限の問題はなかったが、SokolやVarandyなどの軽質低硫黄原油の輸入が増えたことで価格上限を上回る取引への対応に苦慮している模様である。インドは原油を運賃や保険等を含む引き渡し価格(CIF)で購入しており貿易統計にもその金額が計上されている。
インド最大のState Bank of India(SBI)や民間の大手金融機関は制裁に対応するため精製事業者に出荷価格を内訳で示した詳細なインボイスを出すよう求めている。そこでムンバイを拠点とするGatik Ship Management(Gatik)のようなインドの新興荷主を含む影の船団、いわゆるシャドーフリートの出番となった模様である。Gatikは22年に海運事業に参入し、ブローカーや欧州のUnited Maritime、Atlas Maritime、Capital Ship Management、Zodiac Maritime、Brave Maritime、Thenamaris、Euronavなどから中古のタンカーを購入し1年弱でAframax23隻、Suezmax5隻、石油製品タンカー14隻など40隻以上のタンカー(平均船齢15年以上)を保有するに至ったとされる[4]。
国際海事機関(IMO)は、シャドーフリートは標準以下のメンテナンス、不明確な所有権、深刻な保険不足という特徴があると警告している。インドにおけるロシア原油の荷主として台頭したGatikは実態が不明瞭であり、23年4月以降保有するタンカーの少なくとも30隻以上についてAmerican Clubの船主責任保険(P&I)やロイズの保険をかけられなくなった。その後一部の船舶についてインド船級協会に再認証された。インド政府はインド版シャドーフリートの操業を容認することで精製企業が欧米以外の船舶を利用してG7の価格上限を回避することが可能となることを間接的に支援しているとも言われる。
4. インド政府は価格統制(APM)を再度導入へ
モディ政権は選挙公約に基づき燃料価格統制制度APM(Administered Pricing Mechanism)を撤廃していたが、食料品や燃料費の高騰を受けてAPMを再度導入することを検討している。
5月にプリ石油相はインドのような発展途上国にとり、燃料の市場価格が手頃ではなくなったときのために、APMメカニズムが必要であると述べた。APMを再度導入するには委員会を立ち上げ、その勧告を受けて閣議決定をする必要があるが、実際には21年11月以降断続的に国営石油企業の燃料油価格が据え置かれており、APMは非公式に導入されている状態である。ただしこれまでは国営石油企業のみの統制であったが、民間のRelianceやNarayaなどにも対象が広がることになる。
なお、インドのガス価格はHH、NBP、カナダ、ロシアのベンチマーク加重平均に基づき半年毎に見直す仕組みであったが、昨年委員会が設置され、23年4月から10月の国産ガス価格は在来型が8.57ドル/MMBtu、深海・高圧が12.12ドルに据え置かれた。今後はインドが輸入する原油バスケット価格の10%に連動させ、毎月見直すことを検討している。これにより国内ガスの生産者の収益に影響が生じ、投資・開発が滞る可能性がある。
5. インドの割安なロシア原油輸入拡大と燃料価格統制制度(APM)再導入がもたらすもの
割安なロシア原油輸入の拡大とAPMの再導入は、堅調なインドの石油需要の維持拡大につながる一方で企業の販売や財務に悪影響が生じ、石油製品輸出税上乗せなどの規制が適用されなければ石油製品の輸出が加速する可能性がある。
シンガポールでは22年以降安全基準を満たしていないとして拿捕された石油・ケミカルタンカーの数が急増しており、22年通年で28隻、23年は既に30隻を超えたという。また5月にシンガポール当局はGatik Ship Managementが管理する原油タンカー(ガボン籍のLefkada)を設備のメンテナンスや防火システム、救命具など安全上の問題があるとして3日間留置した。Lefkadaは韓国の麗水港付近でロシアのSokol原油を積んだ後にインドに向かう途中であったと報じられた。5月にはマレーシア沖で1997年建造のAframaxタンカーPabloで火災が発生した。幸い火災発生時には原油が積まれておらず大きな流出も報告されていない。しかし主要航路を老朽化したあるいは船級認定を停止され、P&I保険がない原油・石油製品タンカーによる重大事故が発生することは石油市場の混乱につながる恐れがある。
IEAは23年の石油需要を前年比日量245万バレル増加の日量1億225万バレル。需要の伸びの6割はゼロコロナからの反動で輸送燃料需要が伸びる中国(前年比日量145万バレル増加)と見ている。インドの需要の伸びは前年比日量17万バレルと見られる。23年下期は需給が逼迫し原油価格上昇の可能性があり、石油市場が直面する不確実性は中国の需要にあるとされる。しかし安全が担保されていない原油・石油製品タンカーの横行も石油市場が直面するリスクではないか。
6. おわりに
フォーリン・アフェアーズ・リポート[5]でニルバマ・ラオ元駐米インド大使は「他の国家と同様に自国の利益に即して行動しており、ロシアとのパートナーシップを断ち切れば国益を損なうことになる。(中略)インドにとってロシアは安価なエネルギーの調達源でもあり、原油を大幅な値引き価格で輸入している」と指摘した。確かにインドがロシア原油の輸入拡大により国益を追求することを否定する権利はどこにもないが、世界の、そしてインドの利益となる石油市場の安定に向け、タンカーの安全担保に向けた適切な措置が取られることを希求する。
[1] Russian seaborne crude exports hit post-war high on Indian buying spree(S&P Global Commodity Insights 2023/6/7)
[2] Surging Indian Demand a Boon for Russia(Petroleum Intelligence Weekly 2023/5/18)
[3] India Leans On Refiners to Soak Up Cheap Russian Crude(International Oil Daily 2023/6/1)
[4] Why Is Gatik Ship Management Expanding Its Tanker Fleet? (maritimegateway 2023/1/19)(外部リンク)
[5] 大国間競争とインドの立場-対話促進者としてのポテンシャル(フォーリン・アフェアーズ・リポート 2023年6月)
以上
(この報告は2023年6月15日時点のものです)