ページ番号1009814 更新日 令和5年6月16日
このウェブサイトに掲載されている情報はエネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。
※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.
概要
- 石油・天然ガス開発を含む上流設備投資については、新型コロナウイルス感染症拡大による原油価格の下落と、気候変動問題への対応からクリーンエネルギーへの移行が声高に叫ばれていたこともあり、2021年は概ね横ばいまたは減少傾向であった。他方、2022年の上流設備投資は、原油価格の上昇のほか、ロシアによるウクライナ侵攻の影響からエネルギーセキュリティに世界が覚醒し、化石燃料に依存する現在のエネルギーシステムにおいて、石油・天然ガスを安定的に供給することの重要性を再認識したこともあり増加傾向となった。
- 下流設備投資については、低炭素エネルギー供給を目的に製油所における合成燃料(e-fuel)製造のために必要な投資などもあり、その投資額は増加傾向にある。また、低炭素・電力設備投資については、各社の直近の事業方針においても水素をはじめとする低炭素事業や再生可能エネルギー事業への投資を継続することを発表しており、今後事業化が進展するとみられる。
- 低炭素エネルギー事業は、多くの場合これまで利用されていなかったエネルギー源を市場に供給する必要があり、生産及び供給に必要な新たなインフラ整備を伴うことから、「インフラ事業」と特徴付けられる。他方、石油天然ガス事業については、今日のエネルギーシステムの太宗を占め、生産及び供給に必要なインフラが整備されているほか、生産されたエネルギー資源は国際市場において取引され、短期間での収益化が可能な「コモディティ事業」である。
- こうした特徴から、低炭素エネルギー事業投資と石油天然ガス事業投資から期待される収益については相当程度差があると認識されている。低炭素エネルギー事業投資について期待される収益は概ね10%未満にとどまるのに対し、石油天然ガス事業投資については、最大で20%程度までの収益が期待されるいわゆる「稼ぎ頭」である。石油天然ガス事業の急速な縮小は、比較的短期で収益化が可能な事業の減少から短中期の決算に影響を与える可能性が考えられる。
- 特に米系のエネルギー開発企業は、石油天然ガス事業の操業時における排出原単位の削減や、地下資源開発のノウハウを活用した二酸化炭素の回収・貯留(CCS)事業に取り組むことを主軸としている。他方、欧州系のエネルギー開発企業は、積極的に低炭素エネルギー事業向けの投資を拡大してきた傾向にある。こうした事業方針の違いから、欧州系3社の株価上昇は米系2社と比較して緩やかなものとなっており、投資の多角化が進んでいる欧州系企業は、企業全体の価値が各事業価値の総和を下回る過小評価の状態にあるということが示唆される。
- 石油天然ガス事業への投資の重要性も認識され、事業方針にも変化が見られるなか、今後も新興国を中心に需要が伸びる石油天然ガス事業と、エネルギートランジションの波をとらえた中長期的な低炭素エネルギー事業の投資のバランスに注目をしていく。
1. はじめに
「エネルギートリレンマ」という概念が注目されるようになり久しいが、エネルギーを取り巻く3つの要素である「Energy affordability(エネルギーが手ごろな価格であること)」、「Energy security(適切な量なエネルギーが安定して供給されること)」、「Decarbonization(脱炭素化)」のなかで、エネルギー開発企業各社は事業戦略を立案し、最適な設備投資を行い、将来の収益を確保している。新興国を中心に今後も需要が伸びる石油天然ガス事業と、2050年炭素排出ネットゼロを達成するために必要とされる低炭素エネルギー事業に対し、どのように経営資源を振り向けていくのか。これまで各社の事業戦略を分析[1]してきたが、本稿では石油天然ガス事業と低炭素エネルギー事業の特徴の違いに焦点を当てて、最近の事業戦略の変化や株式市場からの評価を概観する。
エネルギー開発企業の事業活動の源泉は、開発対象となる資源価格により概ね規定され、その価格推移により創出されるキャッシュフローにより、将来の収益に貢献する設備投資動向に影響を与える。本稿では、エネルギー開発企業5社(ExxonMobil、Shell、Chevron、TotalEnergies、bp)を対象に、資源価格の代表的指標ともいえるブレント原油と各社フリーキャッシュフロー及び設備投資の推移を概観する。そのうえで、近年の設備投資がどのような事業に向けられているのか、2023年第1四半期決算期における主な取組も併せて紹介する。
そして、これまでエネルギー開発企業の伝統的な投資先である石油天然ガス事業と、2050年炭素排出ネットゼロを達成するために必要とされる低炭素エネルギー事業は、投資対象としてどのような違いがあるのか、分析を提供することとしたい。
2. 資源価格の推移と設備投資動向
図 1は、2018年第1四半期以降のエネルギー開発企業5社のフリーキャッシュフローの総和と設備投資額(上流・下流事業の他、電力、低炭素事業など、すべての事業に対する設備投資を含む)及び原油価格の推移を、2018年第1四半期を100としたインデックスで表示したものである。
各社フリーキャッシュフローの総和(積み上げ棒グラフ)は、原油価格(青色折れ線)と同様の推移を示しており、2020年までは各社設備投資の推移(オレンジ折れ線)とも概ね連動していることがわかる。2021年以降は、新型コロナウイルス感染症による経済活動停滞から回復しつつある石油需要にけん引され、原油価格は上昇。これに伴い各社のフリーキャッシュフローも大幅な増加に転じ、ロシア事業に起因する減損処理などの影響はありながらも、2022年は空前の好決算となった。他方、各社設備投資の推移は、原油価格の上昇幅ほどには伸びておらず、2021年から2022年前半において両者には大きな乖離が見られる。2022年第3四半期決算では、設備投資の水準は2018年第1四半期のそれまで戻りつつあるものの、原油価格が大幅に高い水準で推移していることを考えれば、依然として設備投資はこれを下回っている状況であった。
他方、直近の2023年第1四半期決算や2022年第4四半期決算では、投資水準は概ね原油価格の水準にまで回復しつつあるとみることができるが、各社の設備投資が向かう先はどのように変化しているのか。
図 2は、2021年第1四半期以降のエネルギー開発企業5社の設備投資について、上流設備投資、精製・マーケティングを中心とする下流設備投資、低炭素・電力設備投資、その他設備投資に分類し、これに加え株主還元策である配当と自社株買いへの支出額を示したものである。なお、各社のセグメント区分には相当の違いがあるため、低炭素・電力設備投資については、Shell、TotalEnergies、bpのみを対象としている。また、その他設備投資には、石油化学部門などが含まれることに留意する必要がある。
これによれば、石油・天然ガス開発を含む上流設備投資については、2019年末以降の新型コロナウイルス感染症拡大による原油価格の下落と、2021年に英国・グラスゴーで開催された第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)もふまえた気候変動問題への対応からクリーンエネルギーへの移行が声高に叫ばれていたこともあり、2021年は概ね横ばいまたは減少傾向であった。他方、2022年の上流設備投資額は、原油価格の上昇のほか、ロシアによるウクライナ侵攻の影響からエネルギーセキュリティに世界が覚醒し、化石燃料に依存する現在のエネルギーシステムにおいて、石油・天然ガスを安定的に供給することの重要性を再認識したこともあり増加傾向となった。この流れは2023年にも継続しているとみられる。
下流設備投資については、メジャー各社による大規模な新規製油所への投資は見られないものの、低炭素エネルギー供給を目的に製油所における合成燃料(e-fuel)製造のために必要な投資などもこれに含まれることから、近年においては特に欧州系企業であるShell及びbpにおいて、その投資額、割合ともに増加傾向にある。
また、低炭素・電力設備投資については、特にShell及びTotalEnergiesにおいて一定程度の投資が見られるようになっている。各社のセグメント区分に相当程度の違いがあり、明示的に低炭素事業として区分されない場合もあるが、各社の直近の事業方針においても低炭素事業や再生可能エネルギー事業への投資を継続することを発表しており、今後事業化が進展するとみられる。
そして、2021年から2022年は、原油・天然ガス価格が比較的高水準で推移したこともあり、各社とも潤沢なフリーキャッシュフローを創出したことは既に述べたとおりであるが、これが配当や自社株買いという形で株主に還元されている。直近の決算期である2023年第1四半期においては、TotalEnergiesは第1回中間配当について7.25%の増配の0.74ユーロ/株とするほか、第2四半期に同社は20億ドル、Shellは40億ドル、bpは2023年中に追加で17.5億ドルの自社株買いを行うことを発表した[2]。
3. エネルギー事業の分類と投資効率
前項において、ウクライナ侵攻の影響から石油・天然ガスの安定供給が重要であることを世界が再認識したことを指摘した。一方、気候変動問題への対応も急務であり、各社の事業方針において低炭素エネルギー事業の重要性が後退しているわけではない。エネルギー開発企業にとっては、両者は持続可能なエネルギー政策実現のために、同時に取り組むべき投資対象となっている。では、伝統的な石油天然ガス事業と低炭素エネルギー事業について、それぞれどのように特徴付けられるのか、本項で考察してみたい。
欧州系エネルギー開発企業の大手であるbpは、2022年第4四半期決算発表に合わせ、同社の事業方針転換を発表した。2020年8月に低炭素エネルギーと再生可能エネルギーへの投資を大きく引き上げる戦略を発表していた[3]が、2022年第4四半期決算ではエネルギートランジションと、エネルギートリレンマへの対応から、収益性の高い石油・天然ガス案件への継続的な投資が必要であるとの認識を示し、バイオ燃料や水素といった低炭素ソリューション投資と、比較的短期間での生産や投資回収が可能な石油・天然ガス投資に対しそれぞれ年10億ドル程度を拠出する方針転換を発表した[4]。
図 3によれば、2030年に向けて年間10億ドルをtransition growth engine(低炭素エネルギー事業)とtoday’s oil and gas system(石油天然ガス事業)に投資した場合、石油天然ガス事業は2025年時点で最大20億ドルのEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)成長に寄与し、2030年には30~40億ドルのEBITDA増加に貢献すると想定。他方、同額の投資額を想定した場合、低炭素エネルギー事業によるEBITDA増加への貢献は2030年時点で20億ドルと、石油天然ガス事業のそれとは異なる見通しとなっている。
では、低炭素エネルギー事業と石油天然ガス事業にはどのような特徴があり、なぜ投資効率が異なるのか。表 1において、低炭素エネルギー事業を「インフラ事業」、石油天然ガス事業を「コモディティ事業」としてとらえ、それぞれの特徴を分析した。
低炭素エネルギー事業は、多くの場合これまで利用されていなかったエネルギー源を市場に供給する必要があり、生産及び供給に必要な新たなインフラ整備を伴うことが求められる。水素などの低炭素燃料については、既存の天然ガス関連インフラを活用できる部分もあり、設備投資を一定程度抑制することは可能であるが、こうした関連インフラが存在しない地域においては、事業展開の障壁となると考えられる。また、脱炭素化の流れや各国政府の政策支援を受け、複数の新規事業が立ち上がりつつある状況であるが、当面は地産地消型の事業が中心となり、低炭素エネルギーの需要と供給は限定的となる。エネルギー供給源の多様化を志向した日本が、天然ガスを低温で液化し、船舶で輸送するというLNG事業の黎明期で経験したように、確たる需要に対して供給を立ち上げていくことで、時間の経過と技術の確立により低炭素エネルギー事業も広がりを持つことになると考えられるが、事業の収益化に係る時間は比較的長期となる。加えて、現時点ではエネルギーの生産コストが高く、既存燃料との競争力を確保するためには、値差支援などを通じ消費者の受容価格との乖離を縮小することも必要である。
他方、石油天然ガス事業については、今日のエネルギーシステムの太宗を占め、生産及び供給に必要なインフラが整備されており、エネルギー資源開発に関するノウハウや技術の蓄積がなされている。また、生産されたエネルギー資源は、原油市場に代表されるような国際市場において、指標となる価格に基づき取引がされるほか、天然ガスについても地域ごとに指標価格が存在し、LNGによる地域間取引も発達したことで、国際市場に対して経済的に供給が可能であれば、比較的短期での収益化が可能である。加えて、伝統的な中東産油国に代表されるような生産コストの低い供給者が存在すること、技術革新を背景とした米国におけるシェール革命により新たな供給者が登場し供給源も多様化し価格競争力が働くこと等から、生産コストの高い供給者が市場から排除され、原則として市場メカニズムを通じ消費者の需要との均衡から価格が決まる。また、エネルギー資源については代替が難しいことから価格感応度が比較的低いことも、石油天然ガス事業の収益を確保するに十分なエネルギー資源価格水準を維持することに繋がっている。
こうした特徴から、低炭素エネルギー事業投資と石油天然ガス事業投資から期待される収益については相当程度差があると認識されており、低炭素エネルギー事業投資について期待される収益は概ね10%未満にとどまるのに対し、石油天然ガス事業投資については、最大で20%程度までの収益が期待されるいわゆる「稼ぎ頭」である。石油天然ガス事業の急速な縮小は、比較的短期で収益化が可能な事業の減少から短中期の決算に影響を与える可能性が考えられる。
4. 各社事業方針と株価推移の比較
低炭素エネルギー事業と石油天然ガス事業に対するアプローチの違いから分析対象とするエネルギー開発企業5社に対する株式市場からの評価にはどのような違いがあるのか、本項で考察してみたい。
表 2は、エネルギー開発企業5社が発表した2020年から2021年ごろの事業方針と、2022年から2023年に発表した事業方針を示したものである。2020年から2021年ごろに発表された従来の方針では、気候変動対策、ネットゼロ達成に向けた各種指標に対するコミットメントが中心であり、低炭素エネルギー事業への投資水準や、設備投資割合の拡大などが多くみられる。他方、2022年から2023年までに発表された新たな事業方針においては、引き続きこうした気候変動対策のための低炭素エネルギー投資が重要であるものの、増加する世界のエネルギーニーズを充足するために「責任ある供給者」として、安定的な石油・天然ガス供給を支えるための上流投資の重要性も強調されているのが特徴である。
また、企業別の傾向としては、特に米系のエネルギー開発企業であるExxonMobil及びChevronについては、石油天然ガス事業の操業時における排出原単位の削減(二酸化炭素排出強度削減、メタン排出削減、フレアリング削減等)や、地下資源開発のノウハウを活用した二酸化炭素の回収・貯留(CCS)事業に取り組むことを主軸としている。他方、欧州系のエネルギー開発企業については、積極的に低炭素エネルギー事業向けの投資を拡大してきた傾向にある。前項で述べたように、bpが2020年8月に低炭素エネルギーと再生可能エネルギーへの投資を大きく引き上げる戦略を発表したことなどがその例である。
こうした各社の低炭素エネルギー事業と石油天然ガス事業に対するアプローチの違いを株式市場はどのように受け止めているのか。図 4では、エネルギー開発企業5社の株価推移を、2018年末を100とした各年末株価INDEXで表示したものである。2020年末の株価については、各社とも新型コロナウイルス感染症拡大によるエネルギー需要の減退と、今後の事業環境に対する不透明感から大きく落ち込んだものの、2021年以降は回復傾向にある。米系のExxonMobil及びChevronが2021年末には2019年末と同等の水準まで回復し、2022年末においては160を超える水準となっている。他方、欧州系エネルギー開発企業については、TotalEnergiesは2021年末に概ね2019年末と同等の水準まで回復しているものの、Shell及びbpを含めた欧州系3社の株価上昇は米系2社と比較して緩やかなものとなっている。この背景として、石油天然ガス事業と比較して期待される収益が低いとされる電力事業、再生可能エネルギー及び低炭素投資事業に幅広く投資を行う事業方針を示していた欧州系企業は、投資の多角化が進んでおり、企業全体の価値が各事業価値の総和を下回る過小評価の状態にあるということが示唆される。
bpが2022年第4四半期決算発表に合わせ、同社の事業方針転換(バイオ燃料や水素といった低炭素ソリューション投資と、比較的短期間での生産や投資回収が可能な石油・天然ガス投資に対しそれぞれ年10億ドル程度を拠出する方針)を発表したように、石油天然ガス事業への投資の重要性も認識され、事業方針にも変化が見られる。今後も新興国を中心に需要が伸びる石油天然ガス事業と、エネルギートランジションの波をとらえた中長期的な低炭素エネルギー事業の投資のバランスに注目をしていく。
[1] 鑓田真崇, 石油市場動向とメジャー企業決算 ―空前の好決算とエネルギートリレンマへの対応から見る今後の投資動向―, https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009585/1009650.html (2023年6月15日閲覧)
[2] 鑓田真崇・高木路子, メジャー5社2023年第1四半期決算 ―堅調な業績から設備投資・株主還元を継続―, https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009585/1009726.html (2023年6月15日閲覧)
[3] bp, bp strategy in brief – from IOC to IEC, https://www.bp.com/content/dam/bp/business-sites/en/global/corporate/pdfs/who-we-are/our-strategy-2020-leaflet.pdf(外部リンク) (2023年6月15日閲覧)
[4] bp, Results and strategy, https://www.bp.com/content/dam/bp/business-sites/en/global/corporate/pdfs/investors/bp-fourth-quarter-2022-results-presentation-slides-and-script.pdf(外部リンク) (2023年6月15日閲覧)
以上
(この報告は2023年6月15日時点のものです)