ページ番号1009859 更新日 令和5年8月14日
原油市場他:サウジアラビアの自主的な追加減産継続表明等により、2022月11月中旬以来の高水準にまで上昇する原油価格
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概要
- 米国では一部製油所で装置の不具合が発生したことにより、石油製品製造活動に支障が生じたと見られることから、ガソリン及び留出油両在庫は減少傾向となり、ガソリン在庫は平年幅上限を超過する、留出油在庫は平年幅下限付近に位置する、それぞれ量となっている。また、OPECプラス産油国による減産強化の動きにより価格が相対的に堅調となった欧州等に向け米国から原油が比較的高水準で輸出されたこともあり、同国の原油在庫は減少傾向になったものの、平年幅上限を超過する量となっている。
- 2023年7月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、日本や欧州では製油所の不具合等の発生により原油精製処理活動が停滞したこともあり在庫は増加となった。しかしながら、米国で原油在庫が減少したことで相殺されて余りあったことにより、OECD諸国全体では原油在庫は減少となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、日本や欧州では夏場のドライブシーズンに伴うガソリンや軽油需要期に突入した一方製油所において装置不具合が発生したことに伴い石油製品製造が抑制される格好となったことから在庫は減少した。しかしながら、米国では、暖房シーズンが終了したことによるプロパン需要の低下に伴う当該製品在庫の増加や冬用ガソリンの利用時期終了に伴う当該製品に混入していたブタンの需要減少によるその他の石油製品在庫の増加により、石油製品全体の在庫は増加した。この結果、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加したうえ平年並みの量となっている
- 2023年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場においては、中国政府による景気刺激策の発表等に伴う同国経済回復と石油需要の伸びの加速への期待発生に加え、7月1日から8月末までの予定で実施されていたサウジアラビアによる自主的な追加減産が9月に延長される旨の報道、9月にロシアが日量30万バレルの石油輸出削減を実施する旨の同国ノバク副首相の表明、黒海におけるロシアとウクライナとの間での緊張の高まりに伴い同地域のタンカーの航行に支障が発生する恐れがあるとの懸念の発生等が、原油相場に上方圧力を加えたことから、原油価格は上昇傾向となり、8月9日には1バレル当たり84.40ドルの終値と2022年11月16日以来の高水準に到達した。
- この先夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了に向かうとともに、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されやすくなることが、原油相場に下方圧力を加える可能性がある。しかしながら、米国金融当局による政策金利引き下げ観測が増大するとともに米国経済成長が持続するとの期待が市場で強まりつつあること、中国において景気刺激策を通じた同国経済回復と石油需要の加速期待が維持されているように見受けられること、サウジアラビアやロシアによる自主的な追加減産等の延長により世界石油供給の抑制が継続しつつあること、さらには黒海等におけるウクライナとロシアとの間での緊張の高まりに伴う同地域を航行するタンカーによる石油供給への影響への懸念が市場で発生しつつあること等が、原油相場に上方圧力を加えやすいものと考えられる。そのような中で、米国メキシコ湾周辺地域におけるハリケーン等暴風雨の来襲状況及び予報等の要因が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
(出所 IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2023年5月の米国ガソリン需要(確定値)は日量911万バレル、前年同月比で0.0%程度の減少となり(図1参照)、4月の当該需要である同900万バレルからは需要量は上振れしたものの、4月の前年同月比の増加率である2.8%程度からは一転して減少に転じた。また、当該需要は速報値(前年同月比0.8%程度増加の日量918万バレル)から若干ながら下方修正されている。5月29日の戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)の休日に伴う連休(5月27~29日)を以て米国は夏場のドライブシーズンに突入したこともあり、5月は4月に比べ個人の外出が活発化、5月の同国自動車運転距離数が1日当たり93億マイルと4月の同83億マイルから拡大したことが、5月の同国ガソリン需要の前月比での増加をもたらしたものと見られる。また、2022年5月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり4.545ドルと当時としては1993年4月以降のEIA全米平均ガソリン小売統計史上最高水準に到達したことが、同国個人の乗用車を利用した外出を抑制する形で作用した一方、2023年5月の全米平均ガソリン小売価格は同3.666ドルと前月から下落した他前年同月を19%程度下回ったことがガソリンの割安感に繋がるとともに個人の外出を促す格好となったものの、2023年4月の米国ガソリン需要(この場合厳密に言えば製油所等からの「出荷」となる)は前年同月比で2.8%程度増加したものの同月の自動車運転距離数は前年同月比で0.1%しか伸びなかった(3月10日に同国中堅金融機関シリコンバレー銀行が破綻して以降、複数の同国金融機関が破綻したり預金量が減少したりする旨伝えられるなど経営不安が拡大した(4月24日には同国中堅金融機関であるファースト・リパブリック銀行の預金量が2023年1~3月期に40%程度減少した旨明らかになったうえ5月1日に同行は破綻した)ことにより、金融不安の同国経済への影響に対する懸念が消費者の間で広がったことが一因であるものと考えられる)ことから、製油所等から出荷されたガソリンは小売店(ガソリンスタンド)等に滞留したものと見られ、その分5月の同国ガソリンの出荷が圧迫された格好となったことが、同月のガソリン需要の前年同月比の増減率に反映されているものと考えられる。なお、2023年5月の米国ガソリン需要は新型コロナウイルス感染流行前の2019年5月の当該需要(日量950万バレル)(確定値)を4.1%程度下回っている。他方、2023年7月の米国推定ガソリン需要(速報値)は推定日量889万バレル、前年同月比で1.6%程度の増加となっており、6月の当該需要(速報値)である日量934万バレルから需要量が減少した他6月の前年同月比2.4%程度の増加から伸びが鈍化した。7月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり3.712ドルと前月(同3.684ドル)から上昇した他前年同月(同4.668ドル)比で20%程度下落したものの6月(前年同月比で27%程度の下落)からは割安感が後退したことが、7月のガソリン需要を前月から減少させた他前年同月比での増加率を縮小させた側面があるものと考えられる。もっとも、7月の米国自動車運転距離数は1日当たり95億マイル、前年同月比5.2%の増加と推定され、6月の同94億マイルから若干ながら増加した他、前年同月比の伸び率も6月の3.1%から拡大するなどしていることから、この先速報値から確定値へと移行する段階で当該需要が上方修正されるか、7月の当該需要が抑制された反動で8月の同需要が押し上げられる、といった展開が見られる可能性もある。なお、2023年7月の米国ガソリン需要は2019年7月の当該需要(日量953万バレル)(確定値)を6.7%程度下回っている。また、米国では一部製油所において装置の不具合発生に伴い操業が停止したことにより原油精製処理量がもたつき気味となる(図2参照)場面が見られた。このため、需要期であったことから製油所でのガソリン製造が優先された(ガソリン最終製品生産量は図3参照)とされるものの、7月上旬から8月上旬にかけての同国におけるガソリン在庫は若干ながらも減少傾向となったが、平年幅上限を超過する量となっている(図4参照)。
2023年5月の米国留出油需要(確定値)は日量393万バレルと前年同月比で1.5%程度の増加となり(図5参照)、4月の同390万バレル(前年同月比2.4%程度の増加)から需要量はほぼ同水準となったものの、前年同月比ベースでは伸びが縮小した。また、当該需要は速報値(前年同月比横這いの日量387万バレル)から上方修正されている。2022年3月及び4月は全米平均軽油価格がそれぞれ1ガロン当たり5.105ドル及び同5.120ドルと、当時としては1994年4月以降のEIA全米平均軽油小売価格統計史上最高水準に到達したことから2022年4月の軽油需要が前年同月比で5.9%程度の落ち込みとなった反動で、2023年4月の当該需要の前年同月比での伸び率が拡大した格好となったものの、2022年5月の全米平均軽油小売価格は1ガロン当たり5.571ドルと同年4月からさらに上昇したものの、消費者側での軽油小売価格上昇への対応が進んだと見られることもあり、同月の軽油需要の前年同月比の落ち込みが0.7%程度に抑制されたことにより、2023年5月の当該需要への反動も限定的となったことが、2023年5月の同需要の前年同月比での需要の増加率が4月に比べ縮小した一因になったものと考えられる。なお、2023年5月の米国留出油需要は2019年同月の当該需要(日量411万バレル)(確定値)を4.4%程度下回っている。他方、2023年7月の米国推定留出油需要(速報値)は推定日量357万バレルと前年同月比で4.1%程度の減少となり、6月の当該需要量(速報値)の日量365万バレル(前年同月比8.6%程度の減少)から需要量が減少したものの、前年同月比の減少率は縮小した。7月の全米平均軽油小売価格が1ガロン当たり3.882ドルと6月の同3.802ドルから上昇したこともあり、7月の米国輸送担当者指数(LMI: Logistics Manager Index、50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が45.4と6月の45.6から低下したことが、7月の同国軽油需要が前月比で減少したことに寄与する形となっている。ただ、6月の鉱工業生産は前年同月比で0.4%程度の減少となったものの同月の留出油需要(厳密には製油所等からの「出荷」となる)が同8.6%程度の減少となるなど当該需要が大幅に落ち込んだことから、その反動で7月の留出油需要が上振れした結果前年同月比での減少率が縮小する格好となったものと考えられる(なお、7月の推定鉱工業生産は6月から持ち直したものの、前年同月比で0.4%の減少と、6月の前年同月比での減少率とほぼ同水準となっている)。なお、2023年7月の米国留出油需要は2019年同月の当該需要(日量391万バレル)(確定値)を8.8%程度下回っている。それでも、米国の製油所ではガソリン製造を優先した反面留出油製造が劣後した結果、留出油の生産はもたつき気味となった(図6参照)ことから、7月上旬から8月上旬にかけての米国留出油在庫は減少傾向となった他、平年幅下限付近に位置する量となっている(図7参照)。
2023年5月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比3.5%程度増加の日量2,078万バレルとなり(図8参照)、4月の同2,045万バレルから増加した他、同月の前年同月比2.5%程度の増加から増加率が拡大した。5月のガソリン需要が前月比で増加したことが同月の同国石油需要の前月比での増加に寄与している。また、米国では2022年12月下旬に寒波がテキサス州を含む同国南部に来襲したこともあり、一部の石油化学工場の操業が停止したものの、その後操業を再開したうえ、2023年5月の同国のエタン価格が2021年1月以来の低水準に到達した(2022年6月の直近の高値時の約3割程度になったものと推定される)こともあり、石油化学会社のよるエタンの購入が進んだものと見られることから、エタン需要(その他の石油製品に含まれる)が前年同月比で増加したことが、同国石油需要の前年同月比の伸びに影響しているものと考えられる。なお、その他の石油製品に含まれるブタン及び天然ガソリンの需要も5月は前年同月比で増加を示しており、価格が下落傾向となったことによりこれら製品の需要が喚起されたものと見られるものの、両製品需要の増加幅が極めて大きいことから、反動で6月以降当該需要が落ち込むことを含め調整が見られる可能性がある。そして、留出油及びその他の石油製品の需要が速報値から確定値に移行する際に上方修正されたこともあり、同国石油需要は速報値(前年同月比1.4%程度減少の日量1,980万バレル)から確定値に移行する段階で上方修正されている。なお、2023年5月の米国石油需要は、2019年5月の当該需要(日量2,039万バレル)(確定値)を1.9%程度上回っている。他方、2023年7月の米国推定石油需要(速報値)は推定日量2,024万バレル、前年同月比で0.5%程度の減少となっており、6月の同国石油需要(速報値)である日量2,060万バレル、前年同月比0.8%程度の減少から、需要量は減少したうえ前年同月比での減少率は若干ながら縮小した。ガソリン需要が前月比で減少したことが米国石油需要の前月比での減少の一因となった一方、留出油需要が前年同月比で相当程度減少したことが7月の米国石油需要の前年同月比での減少に影響した格好となっているが、7月の留出油の前年同月比での減少率が6月に比べ縮小していることが、7月の米国石油需要の前年同月比での減少率が6月から縮小している一因となったものと考えられる。なお、2023年7月の米国石油需要は、2019年7月の当該需要(日量2,074万バレル)(確定値)を2.4%程度下回っている。また、7月上旬から8月上旬にかけては、米国の原油生産量はほぼ横這いとなった(8月4日の週の米国原油生産量は日量1,260万バレルと前週比で日量40万バレル増加しているが、統計的な調整に伴う旨示唆される)他、同国製油所で装置の不具合が発生したものの原油精製処理量は概ね一定の範囲で維持されたが、5月1日にサウジアラビアを初めとする一部OPECプラス産油国が日量約116万バレルの自主的な追加減産を開始した他、6月4日には当該減産を2024年末まで延長したことに加え、さらにサウジアラビアは7月1日に日量100万バレルの自主的な追加減産を実施する旨6月4日に国営サウジ通信が報じた他、当該追加減産を8月も延長して実施する旨7月3日に、9月も延長して実施する旨8月3日に、それぞれ国営サウジ通信が報じたことにより、OPECプラス産油国からの原油供給変動の影響をより受けやすい欧州において石油需給引き締まり感が強まったことで、欧州の指標原油であるブレントが米国の指標原油であるWTIよりも相対的に割高となったこともあり、米国からの原油輸出が概ね高水準の状態を保ったことから、7月上旬から8月上旬にかけての同国の原油在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している(図9参照)。そして、原油及びガソリン在庫が平年幅上限を超過する量、そして留出油在庫が平年幅下限付近に位置する量となったこともあり、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。
2023年7月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、日本では春場のメンテナンス作業を実施していた一部製油所の操業再開が遅延したことや装置不具合が発生したことにより操業が停止したことに伴い原油精製処理活動が停滞したこともあり在庫は増加となった。また、欧州においても製油所の装置不具合の発生により操業に支障が発生したことが原油精製処理を抑制したこともあり若干ながらではあったが原油在庫は増加した。しかしながら、米国で原油在庫が減少したことで相殺されて余りあったことにより、OECD諸国全体では原油在庫は減少となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、欧州では夏場のドライブシーズンに伴う軽油需要期(欧州では乗用車としてディーゼル車が相当程度浸透している)に突入した一方製油所において装置不具合が発生したことに伴い石油製品製造が抑制される格好となったことから中間留分等を中心として石油製品在庫は減少した。また、日本においては一部製油所におけるメンテナンス作業実施後の操業再開が遅延したことや装置不具合が発生したことにより操業が停止したことに伴い石油製品製造活動が不活発化した一方夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入するとともに気温の上昇により車内空調の稼働が拡大したこともありガソリン需要が堅調になったこともあり、ガソリン在庫等は減少傾向となったものの、暖房シーズンに伴う需要期ではなかったことから灯油の在庫が積み上がったことである程度相殺された結果、同国の石油製品在庫はどちらかというと小幅な減少となった。しかしながら、米国においては、暖房シーズンが終了したことによるプロパン需要の低下に伴う当該製品在庫の増加や冬用ガソリンの利用時期終了に伴う当該製品に混入していたブタンの需要減少によるその他の石油製品在庫の増加により、石油製品全体の在庫は増加した。この結果、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加したうえ平年並みの量となっている(図13参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を超過する一方、石油製品在庫が平年並みの量となったことから、原油と石油製品を合計した在庫は平年幅上限を超過する状態となっている(図14参照)。なお、2023年7月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は59.8日と6月末の推定在庫日数(59.6日)から増加している。
7月12日に1,300万バレル強程度の水準であったシンガポールにおけるガソリンを含む軽質留分在庫は7月19日には1,200万バレル台前半程度の量へと減少した。しかしながら、7月26日には1,300万バレル台半ば程度、8月2日には1,300万バレル台後半程度の、それぞれ水準へと回復している。それでも8月9日には1,300万バレル強程度の量へと減少するなど、当該在庫は概ね限られた範囲内での変動となった。シンガポールにおける軽質留分在庫は6月初頭から7月中旬にかけ減少傾向となったが、春場のメンテナンス作業を実施していたアジア地域の製油所の大部分が作業を終了し稼働を再開したことによりガソリン製造活動が活発化したことが、シンガポールへのガソリン流入の増加に繋がるとともに同地の軽質留分在庫の減少を抑制する格好となったものと考えられる。ただ、7月20日に米国ルイジアナ州のバトン・ルージュ製油所(操業者:エクソンモービル)におけるガソリン製造用重油流動接触分解装置(RFCC: Residue Fluid Catalytic Cracking)(処理能力日量11.6万バレルとされる)で不具合が発生し操業が停止したことを含め欧米諸国において製油所で装置不具合が発生し操業を停止する例が散見されたことにより、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期におけるガソリン需給引き締まり感が市場で強まったこともあり、米国市場においてガソリン価格が上昇したことにアジア市場のガソリン価格の引きずられたことにより、7月中旬から下旬にかけアジア市場のガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油価格を上回っている)は拡大する傾向を示した。しかしながら、その後は米国のガソリン需要が減少傾向となった(同国の4週間平均ガソリン需要は6月30日に日量937万バレルで2023年の最高水準に到達した後、7月28日には同885万バレルへと減少している)ことから、米国のガソリン需給の緩和感が市場で意識されるとともに同国市場のガソリン価格に下方圧力が加わった影響をアジア市場も受けたことに加え、インド等が雨季(モンスーン)に突入したことから個人の外出が抑制されるとともにガソリン需要が弱まりつつある旨伝えられたことによりアジア市場におけるガソリン需給の緩和感が市場で意識されたことから、8月中旬に向けアジア市場のガソリンとドバイ原油の価格差は縮小傾向を示した。
他方、厳格な新型コロナウイルス感染抑制策が事実上解除された中国では製造業回復のもたつきが継続する一方感染抑制策解除からしばらくの間は好調であった非製造業も失速しつつあるように見受けられるなど、同国経済が伸び悩み気味であることもあり、アジアにおける石油化学部門の原料としてのナフサ需要が盛り上がらないことが、アジア市場のナフサ価格に下方圧力を加えた。しかしながら、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来とともにガソリンに混入するナフサの需要は比較的堅調であったため、この面でアジア市場のナフサ価格が下支えされる格好となった。加えて、シンガポールのロシアや欧州からのナフサ輸入が鈍化した(ロシアの一部製油所がメンテナンス作業を実施していたことに加え欧州の一部製油所で装置の不具合が発生したことにより操業が停止したことが影響しているものと考えられる)ことが、ナフサ価格に上方圧力を加える格好となった。このようなことから、7月中旬から8月中旬にかけてのアジア市場におけるナフサとドバイ原油と価格差(この場合ナフサ価格がドバイ原油価格を下回っている)は比較的限られた範囲内での変動となった。
7月12日には700万バレル台後半程度の水準であったシンガポールにおける軽油やジェット燃料といった中間留分在庫は、7月19日も700万バレル台後半程度の量を維持した。しかしながら、7月26日には700万バレル台前半程度、8月2日には700万バレル強程度、そして、8月9日は700万バレル程度の、それぞれ量へと減少した結果、8月9日の在庫水準は7月12日を下回る状態となった。アジア諸国における春場の製油所のメンテナンス作業は概ね終了したことにより、製油所での中間留分の生産は活発化しつつあるものの、ディーゼル車が相当程度浸透していることから夏場のドライブシーズン到来とともに軽油の需要期に突入しつつある欧州や欧州に軽油を輸出している米国において製油所の不具合が複数発生した(欧州では気温の上昇により製油所の温度管理に支障が発生し装置の稼働に影響していると言われている)結果、軽油の製造が抑制される形となったこともあり、欧州市場の軽油価格がアジア市場の軽油価格よりも割高になったこともあり、中東やインドにおける製油所から欧州方面への軽油の輸出が活発化する反面、これら地域からシンガポールを含むアジア市場への軽油輸出が抑制されたと見られることが、シンガポールにおける中間留分在庫減少の背景にあるものと考えられる。そしてこのように、シンガポールにおける中間留分在庫が減少傾向となったことに加え、8月初頭にも実施されると市場から見られていた中国による2023年第3回の石油製品輸出枠付与が8月中旬初頭においても行なわれたという情報が流れなかったこともあり、市場での中間留分需給の引き締まり感を市場が意識したことが、例えばアジア市場の軽油価格に上方圧力を加える格好となったことから、7月中旬から8月中旬にかけてのアジア市場における軽油とドバイ原油との価格差(この場合軽油価格がドバイ原油価格を上回っている)は概ね拡大傾向となった。
7月12日に1,800万バレル台前半程度の水準であったシンガポールの重油在庫は、7月19日は1,700万バレル台後半程度の量へと減少した。しかしながら、7月26日には2,000万バレル台前半程度、8月2日には2,300万バレル弱程度の、それぞれ水準へと回復している。また、8月9日には2,000万バレル台半ば程度の量へと減少したが、7月12日の水準は上回っている。ロシアの製油所において重油から軽質製品を生産するための高度化施設で処理されなかったと見られる(同国の製油所でのメンテナンス作業実施の影響を受けているものと見られる)重油に加え、中東の製油所で製造された重油が、アジア市場に向け輸出されたものの、中国での重油の引き取りが抑制気味となった(原油価格の上昇に伴い重油価格も上昇したことから中国の製油所が重油購入を敬遠し始めていると見る向きもある)こともあり、シンガポールに重油が流入、在庫を押し上げているものと見られる。そして、このようにシンガポールにおける重油在庫が増加傾向となっていることが、アジア市場の重油価格を抑制する形で作用した一方、シンガポールの高硫黄重油の中には規格外のものが存在するため、適切に利用できる重油在庫は数字で示されるほど多くないとされる他、サウジアラビアを初めとする中東産油国が自主的な追加減産を実施していることもあり、割安な重質高硫黄原油の供給が優先して削減される結果、高硫黄重油の生産が影響を受けるとの見方が市場で広がったことから、7月中旬から8月中旬にかけてのアジア市場の高硫黄重油とドバイ原油との価格差(この場合高硫黄重油価格がドバイ原油価格を下回っている)は比較的限られた範囲内で変動した。他方、LNGや石炭調達コストが比較的低水準であることもあり、北東アジアを中心とする地域における発電部門向けの低硫黄重油のスポット市場からの購入活動が低調であることに加え、クウェートで操業を開始したアル・ズール(Al Zour)製油所が3基目(そして最後)の原油精製処理装置(原油精製処理能力日量20.5万バレル)の操業を開始した旨7月6日に明らかになった(同製油所は、2022年11月6日に操業者であるKuwait Integrated Petroleum Industries Company(KIPIC)が第1段階(原油精製処理能力日量20.5万バレルの原油精製処理装置1基)の商業運転を開始した旨発表した他、3月7日には第2段階(同20.5万バレルの原油精製処理装置1基)の操業を開始しており、3基目の原油精製処理装置の稼働開始により同製油所の原油精製処理能力は同61.5万バレルとなった)が、それに先立つ6月下旬には同製油所から2023年7~12月において新たに低硫黄重油を供給する意向が示されたこともあり、同製油所からアジアに向け低硫黄重油供給が増加するとの観測が市場で強まったことが、アジア市場での低硫黄重油価格に下方圧力を加えたことにより、7月中旬から7月下旬にかけての当該市場での低硫黄重油とドバイ原油との価格差(この場合低硫黄重油価格がドバイ原油価格を上回っている)は縮小傾向となった。ただ、8月初頭以降は多少なりとも低硫黄重油とドバイ原油との価格差が拡大する場面が見られており、これは、北東アジア一部地域への台風の来襲を控え船舶用重油調達を巡る調整が実施された他、8月9日には豪州のゴーゴン、ウィートストーン及びノース・ウェスト・シェルフの各天然ガス液化生産関連施設において労働者によるストライキの実施が決議されたこと(後述)に伴い同国からのLNG供給が減少することにより発電部門での代替燃料として低硫黄重油の需要が増加するとの観測が市場で発生したことが影響しているものと見られる。
2. 2023年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場等の状況
2023年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場においては、中国政府による景気刺激策の発表等に伴う同国経済回復と石油需要の伸びの加速への期待発生に加え、7月1日から8月末にかけての予定で実施されていたサウジアラビアによる自主的な追加減産が9月に延長される旨の報道、9月にロシアが日量30万バレルの石油輸出削減を実施する旨の同国ノバク副首相の表明、黒海におけるロシアとウクライナによる攻撃により同地域を往来するタンカーの航行に支障が発生する恐れがあるとの懸念の発生等が、原油相場に上方圧力を加えたことから、原油価格は上昇傾向となり、8月9日には1バレル当たり84.40ドルの終値と2022年11月16日以来の高水準に到達した(図15参照)。
7月17日には、この日中国国家統計局から発表された2023年4~6月期の同国国内総生産(GDP)が前年同期比6.3%の増加と市場の事前予想(同7.1~7.3%の増加)を下回ったことにより、同国の経済減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で拡大したことに加え、リビアでブマタリ(Bumatari)元財務相(誘拐されたことに伴い地方部族が抗議活動を活発化した結果、同国のエル・フィール(El Feel)油田(従来の原油生産量日量7万バレル)及びシャララ(Sharara)油田(同25~30万バレル)が原油生産を停止した旨7月13日に報じられていた)が解放されたことにより地方部族の抗議行動が終了したことに伴い停止していた同国の油田の操業が回復しつつある旨7月15日に伝えられたこともあり、同国を巡る石油供給減少懸念が市場で後退したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.27ドル下落し、終値は74.15ドルとなった。しかしながら、消費を回復及び拡大させるための方策を速やかに実施する旨中国国家発展改革委員会が7月18日に明らかにしたことにより、同国経済回復と石油需要の伸びの加速に対する期待が市場で増大したことに加え、7月19日に米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)から発表される予定である同国石油統計(7月14日の週分)において原油及びガソリン両在庫が前週比で減少している旨判明するとの観測が市場で発生したこと、7月18日に米国商務省から発表された6月の同国小売売上高が前月比0.2%の増加と市場の事前予想(同0.5%の増加)を下回った他、同日米国連邦準備制度理事会(FRB)から発表された6月の同国鉱工業生産が前月比で0.5%の減少と市場の事前予想(同横這い)を下回ったことにより、米国金融当局があと1回の政策金利引き上げを実施したうえで当該金利引き上げ局面は終了するとの観測が市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり75.75ドルと前日終値比で1.60ドル上昇した。それでも、7月19日には、前日の原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことに加え、7月19日に英国国立統計局(ONS: Office of National Statistics)から発表された6月の同国消費者物価指数(CPI)が前年同月比7.9%の上昇と5月の同8.7%の上昇から上昇率が低下した他市場の事前予想(同8.2%の上昇)を下回ったことにより、英国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が市場で後退したこともあり、英ポンドが下落した反面米ドルが上昇したこと、7月19日にEIAから発表された米国石油統計で、原油在庫が前週比71万バレル、ガソリン在庫が同107万バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(原油在庫同240万バレル程度の減少、ガソリン在庫同160万バレル程度の減少)程減少していない旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.40ドル下落し、終値は75.35ドルとなった。しかしながら、7月20日は、この日の2023年8月渡し原油先物契約取引終了を控えた持ち高調整が市場で発生したことから、原油価格の終値は1バレル当たり75.63ドルと前日終値比で0.28ドル上昇した(なお、この日を以てNYMEXの2023年8月渡し原油先物契約は取引を終了したが、9月渡し原油先物契約のこの日の終値は1バレル当たり76.65ドル(前日終値比同0.36ドルの上昇)であった)。また、中国経済回復を支援するための自動車及び電子機器販売促進方策を7月21日に中国国家発展改革委員会等が発表したことにより、同国経済回復と石油需要の伸びの加速に対する期待が市場で増大したことに加え、7月21日に米国石油サービス会社ベーカー・ヒューズ(Baker Hughes)から発表された同国石油坑井掘削装置稼働が同日時点で530基と前週比7基減少、2022年3月18日(この時は524基)以来の低水準に到達(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は521基と前週比6基減少、2022年3月4日(この時は519基)以来の低水準に到達)したことにより、この先の同国原油生産の伸びの鈍化懸念が市場で拡大したことから、7月21日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.44ドル上昇し、終値は77.07ドルとなった。この結果原油価格は7月20~21日の2日間で1バレル当たり合計1.72ドル上昇した。
また、民間部門による投資を促進するための方策を7月24日に中国国家発展改革委員会が発表したうえ、同日開催された中国共産党中央政治局会議(議長:習近平国家主席)において内需拡大のための対策推進や同国不動産部門に対する規制の緩和を巡る方針が示唆された旨報じられたことにより、同国経済回復と石油需要の伸びの加速期待が市場で拡大したことに加え、米国ルイジアナ州バトンルージュにあるエクソンモービルの製油所におけるガソリン製造のための流動接触分解装置(FCC)1基(ガソリン製造能力日量12万バレル)が装置不具合発生により7月20日以降操業を停止、改修に3~4週間を要する旨7月24日に報じられたことにより、同国におけるガソリン需給引き締まり感が市場で強まったこともあり、米国ガソリン先物相場が上昇したこと、7月23日に明らかになった大手国際石油会社シェブロンの2023年4~6月期業績(速報値)が市場の事前予想を上回ったこともあり米国株式相場が上昇したことから、7月24日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.67ドル上昇し、終値は78.74ドルとなった。7月25日も、7月26日にEIAから発表される予定である米国石油統計(7月21日の週分)で、原油、ガソリン及び留出油在庫が減少している旨判明するとの観測が市場で発生したことに加え、7月25日朝(米国東部時間)に発表された米国工業製品及び事務用品製造会社スリーエム(3M)及び同国電機製造会社ジェネラル・エレクトリック(GE)の2023年4~6月期業績が市場の事前予想を上回った他、7月25日午後遅く(同)に発表される予定である同国大手情報技術(IT)会社アルファベット及びマイクロソフトの2023年4~6月期業績への期待が高まったこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり79.63ドルと前日終値比で0.89ドル上昇した。この結果原油価格は7月24~25日の2日間で1バレル当たり合計2.56ドルの上昇となった。7月26日には、この日EIAから発表された米国石油統計で、原油在庫が前週比60万バレル、ガソリン在庫が同79万バレル、留出油在庫が同25万バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(原油在庫同230万バレル程度、ガソリン在庫同170万バレル程度、留出油在庫同30万バレル程度の、それぞれ減少)程減少していない旨判明したことに加え、7月25~26日に開催されていた米国連邦公開市場委員会(FOMC)において政策金利を0.25%引き上げる旨決定したことにより、同国経済減速懸念と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり78.78ドルと前日終値比で0.85ドル下落した。しかしながら、7月27日には、この日米国商務省から発表された2023年4~6月期の同国国内総生産(GDP)(速報値)が前期比年率2.4%の増加と市場の事前予想(同1.8%の増加)を上回ったうえ、同日同国商務省から発表された6月の同国耐久財受注が前月比で4.7%の増加と市場の事前予想(同1.0~1.3%の増加)を上回ったこと、同日米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(7月22日の週分)が22.8万件と前週比で0.9万件の減少となった他市場の事前予想(23.5~24.0万件)を下回ったことにより、同国経済回復と石油需要の伸びの加速期待が市場で増大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.31ドル上昇し、終値は80.09ドルとなったが、この終値は4月18日(この時の終値は80.86ドル)以来の高水準であった。また、7月28日も、この日米国石油サービス会社ベーカー・ヒューズ(Baker Hughes)から発表された同国石油坑井掘削装置稼働が同日時点で529基と前週比で1基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は519基と前週比で2基減少)となっていたことにより、この先の同国原油生産の伸びの鈍化懸念が市場で拡大したことに加え、7月28日に米国商務省から発表された6月の個人消費支出(PCE: Personal Consumption Expenditures)価格指数が前年同月比4.1%の上昇と5月の同4.6%の上昇から伸びが鈍化、2021年9月(この時は同3.9%の上昇)以来の低い上昇率となったことにより、米国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が市場で後退したこともあり、米ドルが下落したこと、7月28日に発表された米国PCE価格指数の伸びの鈍化に伴い同国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が後退した他、同日ミシガン大学から発表された7月の同国消費者信頼感指数(1966年=100)(確定値)が71.6と2021年10月(この時は71.7)以来の高水準に到達したこともあり、同国経済回復期待が市場で増大したうえ、7月27日夕方(米国東部時間)に発表された米国大手半導体製造会社インテル及び7月28日に発表された米国大手日用品製造会社プロクター・アンド・ギャンブルの2023年4~6月期業績が市場の事前予想を上回ったこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり80.58ドルと前日終値比で0.49ドル上昇した。この結果原油価格は7月27~28日の2日間で1バレル当たり合計1.80ドルの上昇となった。
7月31日も、この日欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)から発表された7月の域内消費者物価指数(HICP:Harmonized Indices of Consumer Prices)が前年同月比5.3%の上昇と6月の同5.5%の上昇から上昇率が縮小したうえ、同日EU統計局から発表された2023年4~6月期域内総生産(GDP)が前期比0.3%増加と市場の事前予想(同0.2%の増加)を上回ったことにより、欧州金融当局による政策金利引き上げ継続観測が後退するとともに同地域の経済回復と石油需要の伸びの加速に対する期待が市場で増大したことに加え、7月のOPEC産油国推定原油生産量がサウジアラビアの自主的な追加減産とナイジェリアでの原油供給関連施設の操業停止もあり前月比で日量84万バレルの減少となった旨7月31日にロイター通信が明らかにしたことにより、足元の石油需給の引き締まり感を市場が意識したこと、8月2日にEIAから発表される予定である米国石油統計(7月28日の週分)で原油在庫及びガソリン在庫が減少しているとの観測が市場で発生したしたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり81.80ドルと前週末終値比で1.22ドル上昇した。ただ、8月1日には、これまでの原油価格の上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことに加え、8月1日に中国独立系報道機関財新伝媒から発表された7月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が49.2と6月の50.5から低下、2023年1月(この時は49.2)以来の低水準に到達した他、市場の事前予想(50.1~50.3)を下回ったことにより、同国経済減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したこと、8月1日に米国格付け会社S&Pグローバルから発表された7月のユーロ圏製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が42.7と6月の43.4から低下したことにより、同地域の経済減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.43ドル下落し、終値は81.37ドルとなった。また、7月7日に米国エネルギー省(DOE)が発表していた、600万バレルの同国戦略石油備蓄(SPR)再充填のための原油購入(10月及び11月に実施予定)のための入札(7月19日締切)につき、実施した結果応札価格が高水準であったり応札内容がDOE側の示す仕様を充足していなかったりしたとして購入を見送ることにした旨8月1日夕方(米国東部時間)に報じられた(その後DOE報道官も購入を見送る旨明らかにした)ことにより、米国政府によるSPR向け原油購入に伴う石油需給の引き締まり観測が市場で後退したことに加え、8月2日に米国企業向け給与計算サービス会社オートマチック・データ・プロセシング(ADP)から発表された7月の同国民間部門雇用者数が前月比で32.4万人の増加と市場の事前予想(同18.9万人の増加)を上回ったことにより、米国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が市場で強まったこともあり、米ドルが上昇したこと、8月2日にADPから発表された7月の同国民間部門雇用者数が市場の事前予想を上回って増加している旨判明したことにより同国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が市場で強まったうえ、8月1日夕方(米国東部時間)に米国格付け会社フィッチ・ソリューションズが米国国債の格付けを引き下げたこともあり、米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり79.49ドルと前日終値比で1.88ドル下落した。この結果原油価格は8月1~2日の2日間で1バレル当たり合計2.31ドルの下落となった。しかしながら、サウジアラビアが従来7月1日から8月末までの予定で実施中であった日量100万バレルの自主的な追加減産を9月に延長する(この結果、9月の同国原油生産量は日量約900万バレルとなる)他、当該減産は(さらに)延長されるか規模を拡大して延長される可能性がある旨、8月3日に国営サウジ通信が報じたことに加え、9月に日量30万バレルの石油輸出削減を実施する旨8月3日にロシアのノバク副首相が表明したことにより、この先の世界石油需給の引き締まり観測が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり81.55ドルと前日終値比で2.06ドル上昇した。また、8月4日も、サウジアラビアが現在実施中の日量100万バレルの自主的な追加減産を9月に延長する他ロシアも9月に日量30万バレルの石油輸出削減を実施することをOPECプラス産油国としても認識する旨8月4日に開催されたOPECプラス産油国共同閣僚監視委員会(JMMC:Joint Ministerial Monitoring Committee)の声明において表明されたことにより、この先の石油需給の一層の引き締まり感を改めて市場が意識したことに加え、8月4日に米国労働省から発表された7月の同国非農業部門雇用者数が前月比で18.7万人の増加と市場の事前予想(同20.0万人の増加)を下回ったことにより同国金融当局による政策金利引き上げ観測が市場で後退したこともあり米ドルが下落したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.27ドル上昇し、終値は82.82ドルとなった他、この日の原油価格の終値は4月12日(この日の終値は83.26ドル)以来の高水準に到達した。また、この結果原油価格は8月3~4日の2日間で1バレル当たり合計3.33ドルの上昇となった。
8月7日は、これまでの原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことに加え、年率2%の物価上昇目標を達成するためにはさらなる政策金利引き上げが複数回必要となる可能性がある旨8月5日に米国連邦準備制度理事会(FRB)のボウマン理事が示唆したことにより、同国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が市場で増大したこともあり、米ドルが上昇したことから、8月7日の原油価格の終値は1バレル当たり81.94ドルと前週末終値比で0.88ドル下落した。しかしながら、8月8日には、ロシアが黒海においてウクライナを攻撃すれば(後述)ウクライナは黒海においてロシアを攻撃する旨ウクライナのゼレンスキー大統領が表明したと8月8日に明らかになったことにより、黒海を通じてロシア産やカザフスタン産の原油を輸送するタンカーの航行に支障が発生する恐れあることに対する懸念が市場で増大したことに加え、サウジアラビアの自主的な追加減産延長と世界石油需要の増加が今後も在庫を減少させるとともに原油相場に上方圧力を加えるとして、2023年及び2024年のWTI原油価格をそれぞれ1バレル当たり77.79ドル、同81.48ドルと、7月11日見通し時点の同74.43ドル、同78.51ドルから上方修正した旨、8月8日に発表されたEIA短期エネルギー見通し(STEO: Short-term Energy Outlook)で明らかになったことにより、原油価格の先高感を市場が意識したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.98ドル上昇し、終値は82.92ドルとなった。また、ロシアが黒海においてウクライナを攻撃すれば、ウクライナは黒海においてロシアを攻撃する旨ウクライナのゼレンスキー大統領が表明した旨8月8日に明らかになったことにより、黒海における石油タンカーの航行に支障が発生することに対する懸念が増大した流れは8月9日の市場が引き継がれたことに加え、8月9日にEIAから発表された米国石油統計(8月4日の週分)で、ガソリン在庫が前週比266万バレルの減少と市場の事前予想(同1~20万バレル程度の減少)を上回って減少し、2.16億バレルとなった結果、当該在庫が2023年5月26日(この時は2.16億バレル)以来の低水準に到達したことにより、ガソリン需給引き締まり感を市場が意識したこともあり、米国ガソリン先物価格が上昇したうえ、同国留出油在庫が前週比で171万バレルの減少と市場の事前予想(同1~39万バレル程度の増加)に反し減少している旨判明したことにより、同国暖房油先物価格が上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり84.40ドルと前日終値比で1.48ドル上昇した。この結果原油価格は8月8~9日の2日間で1バレル当たり合計2.46ドルの上昇となった他、8月9日の原油価格の終値は2022年11月16日(この日の終値は85.59ドル)以来の高水準なものとなった。ただ、8月10日には、これまでの原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり82.82ドルと前日終値比で1.58ドル下落した。それでも、8月11日には、2023年6月の世界石油需要が日量1.03億バレルの史上最高水準に到達した他、8月はその水準を超過する可能性があるうえ、OPECプラス産油国が現在の原油生産目標を維持するのであれば、2023年第3四半期は日量220万バレル、第4四半期は同120万バレル、それぞれ石油在庫が減少する結果、原油価格が上昇するリスクがある旨8月11日に国際エネルギー機関(IEA)が同日から発表されたオイル・マーケット・レポートで明らかにしたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.37ドル上昇し、終値は83.19ドルとなっている。
3. 原油市場における主な注目点等
2022年2月24日にロシアがウクライナへの事実上の侵攻を開始して以降、ロシアがウクライナ周辺の黒海の海上を事実上封鎖したことにより、ウクライナからの黒海経由の穀物輸出に支障を来したことに対し、国連及びトルコを仲介者として穀物輸送のための回廊を黒海に設定することで2022年7月22日にウクライナとロシアは合意、ウクライナからの穀物輸出が再開した(合意は120日毎に更新することになっていたが、ロシアの反対により2023年3月18日及び5月18日の更新時には60日毎の更新へと期間が短縮されていた)ものの、ロシアは7月18日を以て合意から離脱する旨7月17日に表明するとともに7月18日以降同国はウクライナ南部の主要穀物積出港であるオデーサ(オデッサ)等にある穀物関連施設等を連日のように攻撃し始めた。一方、8月3日夜から4日未明(現地時間)にかけ、ロシアの黒海沿岸にあるノボロシイスク港が水上無人機による攻撃を受けたことにより、同港の操業が数時間停止した(またロシアの揚陸艦(「オレネゴルスキー・ゴルニャク(Olenegorsky Gornyak)」とされる)がこの攻撃により損傷したとの情報もある)旨8月4日に伝えられた他、8月5日未明(同)にも、黒海のクリミア半島沖合でロシアのタンカー(「シグ(Sig)」とされる)が水上無人機により攻撃された(タンカーは損傷したとされる)。また、ロシアの黒海沿岸に位置する6ヶ所の港湾を含む洋上地域に対し軍事行動を実施する可能性がある旨ウクライナ政府が示唆したと8月5日に伝えられる。さらに、ロシアが黒海においてウクライナを攻撃すれば、ウクライナは黒海においてロシアを攻撃する旨ウクライナのゼレンスキー大統領が表明した旨8月8日に明らかになった。黒海はロシアのノボロシイスク等にある港湾からロシア産及びカザフスタン産の原油等がボスポラス海峡を経由して地中海方面へと輸出されるための経路となっている(7月時点ではノボロシイスク港からロシア産原油が日量43万バレル、カザフスタン産原油が同143万バレル、それぞれ輸出されたものと推定される)ことから、今後も船舶等への攻撃が継続するようであれば、タンカー等が黒海への侵入を敬遠するようになる結果、同地域からの石油供給に支障が生ずることに対する懸念が増大するとともに、世界石油需給引き締まり感が市場で意識されることによって、原油相場に上方圧力が加わる可能性があるので、同地域を巡る動向には注意する必要があろう。
イランでは、同国のエスラミ(Eslami)副大統領兼原子力庁長官が、今後の米国との交渉次第ではイランが保有する60%の濃縮度のウランをイランと西側諸国等との間で合意した核合意で定められている3.67%にまで引き下げる用意がある旨7月25日に示唆した。また、韓国における60億ドルのイラン資産の凍結解除と米国で拘束中のイラン人の解放を条件として、これまでイランの刑務所で拘束されていた5人の米国人を解放する可能性がある旨8月10日に伝えられた他、60%の濃縮度のウランの濃縮度を引き下げる作業を実施している旨8月11日にウォール・ストリート・ジャーナルが報じた。さらに、2023年3月10日にイランとの外交関係正常化で合意したサウジアラビアは8月6日に在テヘラン大使館を再開したと8月9日に伝えられる。ただ、イランはペルシャ湾において米国に対抗することを想定した軍事演習を実施した旨8月2日に同国革命防衛隊が発表した他、7月25~27日には米国中央軍のクリラ(Kurilla)司令官がイスラエルのガラント(Gallant)国防相及び同国軍のハレビ(Halevi)参謀総長と会談、対イランを想定した防衛面での協力を推進することにつき確認するなどしていることもあり、イランと米国との間では緊張が続いているものと見受けられる他、7月5日にイラン海軍の軍艦がホルムズ海峡付近でタンカー2隻(1隻は大手国際石油会社シェブロンが運航する「リッチモンド・ボイジャー(Richmond Voyager)」、もう1隻は「TRFモス(Moss)」(シンガポールタンカー運航会社Navig 8 Chemicals Asiaの運航と登録されるものの同社は当該タンカーとは無関係である旨明らかにしたと7月5日に報じられる))を拿捕しようとした(米国海軍の軍艦が現場に急行したことにより、拿捕は未遂に終わり、タンカーは航行を継続したとされる)ことを受け、米国軍はホルムズ海峡を航行する民間の船舶に対し武装した軍事関係者を同乗させること検討する旨8月5日に報じられるなどしていることから、両国間での緊張が今後さらに高まる結果、中東地域の政情不安の拡大に伴う当該地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大、それが原油相場に織り込まれるといった展開となることもありうる。このようなこともあり、イラン核合意の正常化を巡るイランと西側諸国等による協議の動向及びペルシャ湾を航行する船舶に対するイランの動き等については引き続き注目していく必要があろう。
中国では、製造業を巡る活動がもたつき気味(PMIは50を割り込み続けている)である一方、厳格な新型コロナウイルス感染抑制策が緩和されたことによりそれまでの反動で盛り上がった非製造業の活動は一巡した格好となるとともに足元では減速しつつあるように見受けられる。加えて、8月8日に中国税関総署により発表された7月の同国貿易統計では輸出が前年同月比14.5%、輸入が同12.4%の、それぞれ減少と市場の事前予想(輸出同12.5~13.2%の減少、輸入同5.0~5.6%の減少)を上回って減少した。このように同国経済は回復の兆しが見られない状況となっている。また、8月9日に中国国家統計局から発表された7月の同国消費者物価指数(CPI)が前年同月比0.3%の下落と2021年2月(この時は同0.2%の下落)以来の下落となった他、7月の同国生産者物価指数(PPI)が同4.4%の下落と10ヶ月連続の下落となった他市場の事前予想(同4.0~4.1%の下落)を上回った。さらに、8月8日に明らかになった7月の同国原油輸入は4,369万トン(推定日量1,032万バレル)と前月比で19%減少(前年同月比では17%の増加)になるなど同国の原油輸入は一服している。中国は相対的に割安なロシア産原油を積極的に購入するとともにメンテナンス作業が終了した製油所を中心とした製油所による在庫積み上げが行なわれているとされ、経済が低迷する同国の石油需要は必ずしも旺盛であるというわけではないものと見られることから、いずれ新規の石油製品輸出枠の設定とともに同国からそれなりの量の石油製品がアジア市場等に向け輸出されることにより、アジアを中心として石油需給の緩和感が市場で意識されるようになる可能性がある。しかしながら、現時点では新規の石油製品輸出枠が付与されたというわけではない他、中国政府等は引き続き「的を絞った」経済支援策を実施する反面大規模な景気刺激策を見送り続けている様に見受けられるものの、消費を回復及び拡大させるための方策を速やかに実施する旨中国国家発展改革委員会が7月18日に明らかにした他、中国国内の自動車及び鉄鋼産業等を含む10分野の成長を図るための計画作成を行なう意向である旨同国工業情報省の趙志国報道官が7月19日に明らかにしたうえ、同国の地方政府の特別債発行を加速する旨同日中国財務省が明らかにしている。また、7月21日の中国の李強首相主催の国務院常務会議において経済回復を促進すべく同国政府が不動産業界を支援する方針が明らかになった旨同日報じられた他、民間部門による投資を促進するための方策を7月24日に中国国家発展改革委員会が発表したうえ、同日中国共産党中央政治局会議(議長:習近平国家主席)において内需拡大のための方策を推進する他同国不動産部門に対する政策を緩和する旨示唆したと報じられた。さらに、8月1日に中国財務省及び工業情報化省、そして同国人民銀行(中央銀行)、さらには中国国家発展改革委員会が、中小企業向けの金融支援政策の実施及び拡大を行なう旨明らかにしたうえ、8月1日には中国人民銀行が市中の銀行に対し住宅融資金利を引き下げるよう事実上要望した。このように、中国政府等が一連の経済支援策を検討ないし実施する動きが見られていることもあり、この先も一連の景気刺激策を通じ中国経済が回復するとともに、これまで輸入された原油から製造された石油製品等の国内消費が拡大していくとの期待が市場で根強い状況でもあることから、この面では、この先も相当の期間に渡り中国経済が低迷し続けること旨確認されるまでは、このような要因が原油相場を継続的に押し下げるまでには至りにくいものと考えられる。
米国では7月7日に労働省から発表された6月の同国非農業部門雇用者数が前月比で20.9万人の増加と5月の同30.6万人の増加から増加幅が縮小、2022年12月(この時は同26.8万人の減少)以来の低水準の増加となった他、市場の事前予想(同22.5~23.0万人の増加)を下回ったことに加え、7月12日に米国労働省から発表された6月の同国消費者物価指数(CPI)が前年同月比3.0%の上昇と5月の同4.1%の上昇から低下、2021年3月(この時は同2.6%の上昇)以来の低水準に到達した他、市場の事前予想(同3.1%の上昇)を下回ったことにより、米国金融当局による政策金利引き上げ継続観測が市場で後退した。このようなこともあり、7月25~26日に開催されたFOMCでは0.25%の政策金利引き上げが決定したものの、米ドルが下落するとともに、原油相場に上方圧力を加える格好となった。さらに、8月4日に米国労働省から発表された7月の同国非農業部門雇用者数が前月比で18.7万人の増加と市場の事前予想(同20.0万人の増加)を下回ったうえ、8月8日に米国労働省から発表された7月の同国CPIが前年同月比3.2%の上昇と6月の同3.0%の上昇からは上昇率が拡大したものの市場の事前予想(同3.3%の上昇)を下回った。このため、9月19~20日に開催される予定である次回のFOMCでは政策金利の据え置きが決定される確率が8月11日時点で90.0%となっている他、2024年3月19~20日に開催される予定であるFOMCでは政策金利が0.25%引き下げられる確率が8月11日時点で36.6%と選択肢の中では最も確率が高くなっている(但し、8月11日に米国労働省から発表された7月の同国PPI上昇率が市場の事前予想を上回っていた旨判明したことから、政策金利引き下げ確率が低下する(8月4日時点では41.7%であった)とともに政策金利据え置き確率(36.4%)を僅差で上回る状態となっている)。このように、米国では2024年には政策金利の引き下げを開始するとの期待が市場で高まりつつある様に見受けられることもあり、米国経済が景気後退に陥ることなく成長を続けるとともに、石油需要が拡大し続けるとの観測が市場で強まりつつあることから、この面では原油相場に上方圧力が加わりやすい状況が続くものと考えられる。そして、この先行なわれる米国金融当局関係者による米国物価上昇を巡る情勢及び政策金利の引き上げ等に関する発言によって原油価格が左右されることがありうるものと見られるが、今後米国の雇用が再び加速する、もしくは原油価格の相当程度の上昇に伴い再び物価上昇が加速(もしくは上昇予想が上振れ)するといった場面が複数回続けて見られるようでなければ、原油相場への持続的な下方圧力は加わりにくいものと考えられる。
米国では、9月2~4日の労働祭(レイバー・デー)の休日(9月4日)に伴う連休を以て夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了することにより、それ以降の秋場の石油不需要期(冬場の暖房シーズンは11月1日からであるので、市場関係者が暖房用石油需要期を意識するには時期尚早と言うことになる)とメンテナンス作業の実施を視野に入れつつ、製油所が稼働を低下、原油精製処理量を減少させるとともに、原油購入を不活発にしてくることから、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されるとともに、原油相場に下方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。
他方、大西洋圏ではハリケーン等の暴風雨シーズンに突入している(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)。特に8月後半から10月前半にかけては1年で最もハリケーン等の暴風雨が発生しやすい時期となる。ハリケーン等の暴風雨は、進路やその勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の油田関連施設に影響を与えたり、湾岸地域の石油受入及び積出港湾関連施設や製油所の活動に支障を発生させたり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電網が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が途絶することを通じ操業が停止するといった事態も想定される)、さらには、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業を停止させたりすること等により米国のメキシコからの原油輸入に影響を与えたりする(2022年において米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量53万バレル程度の原油を輸入した)。8月10日に米国国立海洋大気庁(NOAA)から発表された2023年の暴風雨発生予報の更新では、5月25日発表時点の予報よりも暴風雨の発生頻度が上方修正されている(表1参照)。最近では米国の原油生産に占める陸上の割合が大きくなってきているものの、それでも米国メキシコ湾沖合でもそれなりの量の原油が生産されている(2022年は当該地域で日量174万バレルの原油を生産しており、同年の米国の原油生産量全体(同1,189万バレル)の約15%を占めた)他、米国メキシコ湾岸は引き続き同国における精製活動の中心地域である(2022年の当該地域の原油精製処理能力は日量846万バレルと米国原油精製処理能力全体(同1,779万バレル)の約48%を占めた)こともあり、今後のハリケーンを含む暴風雨の実際の発生状況やその進路、そして予報等によっては石油市場関係者間で石油供給に対する懸念が強まるとともに、その影響が原油価格に織り込まれる場面が見られることもありうる。
OPECプラス産油国は8月4日にJMMCを開催したが、その前日にサウジアラビアが7月1日より8月末の予定で実施中であった日量100万バレルの自主的な追加減産を9月に延長する(この結果、9月の原油生産量は日量約900万バレルとなる)他、当該減産はさらに延長されるか、規模を拡大して延長される可能性がある旨国営サウジ通信が報じたうえ、(8月の日量50万バレルの石油輸出削減に加え)9月も日量30万バレルの石油輸出削減を実施する旨8月3日にロシアのノバク副首相が表明した。そして、サウジアラビアの自主的な追加減産及びロシアの石油輸出削減の延長の方針はJMMC開催の際に発表された声明に盛り込まれ、OPECプラス産油国全体としても公式に両国の方針を確認する格好となっている。このように、サウジアラビア及びロシアは自主的な追加減産あるいは輸出削減を延長する方向に向かいつつある他、サウジアラビアについては減産規模が拡大することもありうる旨示唆しており、市場での石油需給の緩和感醸成と原油相場への下方圧力の強まりを未然に防ごうとする意図が覗われる。このようなことから、9月初頭には10月への自主的な追加減産延長表明、さらには10月4日に開催が予定される次回JMMCを控えた時点等において11月への減産延長等の表明がサウジアラビア等からなされるとの観測が市場で強まる結果、少なくともこの面では原油相場が下支えされやすいものと考えられる他、実際に減産延長や減産規模の拡大等が表明されれば、石油需給引き締まり感を市場が意識する結果、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られることも想定される。
また、ロシアは2023年3月の原油生産量を(2023年2月比で)日量50万バレル自主的に追加で削減する旨2月10日に同国のノバク副首相が発表した他、3月21日には同副首相が当該減産実施を6月末まで延長する旨明らかにしたうえ、一部のOPECプラス産油国による自主的な追加減産の実施と併せ、ロシアも自主的な減産実施期間を12月末まで延長する旨4月2日にノバク副首相が表明した(さらに6月4日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合においては当該減産を2024年12月末まで実施する旨決定した)。これに対し、2023年7月のロシアの原油生産量(コンデンセートを除く)は日量940万バレルと2月(同994万バレル)比で同54万バレルの減少となり、ロシアは日量50万バレルの自主的な追加減産を達成する格好となっている。もっとも、7月のロシアの原油輸出量は日量460万バレルと2月(同490万バレル)比で同30万バレルの減少、同国の石油製品輸出量は同270万バレルと2月(同270万バレル)比で横這いと、原油と石油製品を合計すると同国の輸出は日量30万バレルの減少にとどまっている。7月はメンテナンス作業が終了するとともにロシアの製油所の稼働が上昇、石油製品の製造活動が活発化したことが石油製品輸出を下支えした反面、この時期ロシア国内では夏場の油田のメンテナンス作業が行なわれたとされることが同国の原油生産及び原油輸出を抑制する格好となっている。ただ、8月には石油輸出を日量50万バレル自主的に削減する旨7月3日にノバク副首相が表明しており、8月1~10日時点においての同国の海上経由での原油輸出量は7月同期に比べ日量17万バレル、石油製品は同52万バレル、それぞれ減少する形となるなど、ロシアが表明した8月の日量50万バレルの石油輸出削減方針を上回る格好となっていることから、石油市場関係者によるロシア産石油供給削減と世界石油需給引き締まり観測が強まる結果、原油相場を支持する可能性がある。
また、7月11~12日以降主力ロシア産原油であるウラル(Urals)の価格が2022年12月5日に主要7ヶ国政府(G7)及びEU等が設定した上限価格(1バレル当たり60ドル)を超過した状況となっていると推定されているが、このような状況では、ロシア産原油を海上輸送経由で輸出する際に西側諸国等を拠点とする輸送及び保険サービスの付保が困難になるとされる。しかしながら、それでもロシア産原油価格が1バレル当たり60ドルを超過する状態を維持するということであれば、ロシア産石油輸出に際し西側諸国等を拠点としない(つまり原油価格上限による制約を受けない)輸送及び保険サービスの付保等を含めた用役の提供が円滑になることにより、価格上限を超過しても原油輸出における輸送及び保険等のサービス面での支障が低減しつつある可能性が考えられる。そしてその場合、ロシアにとっては原油供給を削減することにより原油価格の引き上げを図るとともに収入を拡大する途が開けることになるため、この面でOPECプラス産油国間での結束が相対的に強まる結果、原油相場により上方圧力が加わりやすくなる旨示唆されることから、この先の同国の原油(及び石油製品)輸出状況、及び同国産原油価格等については注意する必要があろう。
8月9日には豪州にある主要天然ガス液化施設であるゴーゴン(Gorgon、天然ガス液化能力年産1,560万トン)、ウィートストーン(Wheatstone、同890万トン)及びノース・ウェスト・シェルフ(NWS: North West Shelf、同1,630万トン)の関連施設の操業に従事する大手国際石油会社シェブロン(Chevron)(ゴーゴン及びウィートストーン)及び豪州大手石油会社ウッドサイド(Woodside)(NWS)の労働者が8月9日にストライキの実施を決議した(労働者は翌週以降7日前の通知で以て施設の操業を停止するとしている)。このため、これらの天然ガス液化施設(合計の天然ガス液化能力は年産4,080万トンで世界全体(天然ガス液化能力年産4.76億トン、2022年のLNG貿易量3.89億トン)の約10%前後を占める)が操業を停止した場合、既にロシアからのパイプライン経由での天然ガス供給が事実上削減されていることからLNGへの依存を強めている欧州を初めとして世界的にLNG需給が引き締まるとの懸念が市場で強まるとともに、天然ガス価格が上昇することにより、天然ガスを代替する燃料として発電部門で重油、民生部門(暖房用)で軽油の需要が高まるとの観測が市場で強まることから、これら石油製品価格に上方圧力が加わるとともに、原油価格がその影響を受ける可能性がある。
全体としては、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了に向かうとともに、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されやすくなることが、原油相場に下方圧力を加える可能性がある。しかしながら、米国金融当局による政策金利引き下げ観測が増大するとともに米国経済成長が持続するとの期待が市場で強まりつつあること、中国において景気刺激策を通じた同国経済回復と石油需要の加速期待が維持されているように見受けられること、サウジアラビアやロシアによる自主的な追加減産等の延長により世界石油供給の抑制が継続しつつあること、さらには黒海等におけるウクライナとロシアとの間での緊張の高まりに伴う同地域を航行するタンカーによる石油供給への影響への懸念が市場で発生しつつあること等が、原油相場に上方圧力を加えやすいものと考えられる。そのような中で、米国メキシコ湾周辺地域におけるハリケーン等暴風雨の来襲状況及び予報等の要因が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
4. 世界天然ガス市場動向
米国では、5~7月の同国鉱工業生産は前年同月比で0.3%の増加~0.4%の減少と物価上昇等の影響を受け減速したこともあり、産業部門における天然ガス需要は前年同月比では小幅に減少した。他方、冬場の暖房シーズンに伴う暖房用燃料需要期が概ね終了したこともあり、2023年5~7月の期間における民生部門での天然ガス需要は前3ヶ月間よりも減少したものの、2023年5~7月は前年同期に比べ同国天然ガス小売価格が安価で推移した(例えば2023年6月の全米平均家計部門向け天然ガス小売価格は100万Btu当たり18.81ドルと前年同月(同22.69ドル)比で17%の下落となった)こともあり、家計部門における天然ガス需要が回復したものと見られることから、同部門を含む同国の民生部門天然ガス需要は前年同期比で増加となった(図16参照)。また、米国の一部地域では記録的な水準にまで気温が上昇したものの、米国全体としては5~7月においては前年同月ほど気温が上昇しなかったこと(図17参照)もあり、空調向けを中心とした電力需要は前年同期を下回る状態であったが、同国では石炭火力発電所を中心として発電所の廃棄が進みつつあったことから、石炭火力発電所での発電量が低下する反面天然ガス火力発電量が拡大した(図18参照)こともあり、同国の発電部門の天然ガス消費は前年同期を上回る状態となった。このため、産業部門での天然ガス需要の前年同月比での減少を民生及び発電量部門の天然ガス需要の前年同月比での増加により相殺して余りあったことから、5~7月の米国天然ガス需要は前年同月を上回る状態となっている。
また、2023年前半のメキシコの天然ガス生産は前年同期比でほぼ横這いで推移したとされる一方、メキシコの気温が平年及び前年同期を概ね上回る水準にまで上昇したものと推定されることにより、空調向けの電力供給のための発電部門での天然ガス需要が増加したことに伴い、米国からメキシコへの天然ガス輸出は増加傾向となった(図19参照)。さらに、5~7月においては、米国の主要な天然ガス液化施設においては操業面において大規模な問題が発生したわけではなかったものの、6月は同国のサビン・パス(Sabine Pass)天然ガス液化施設(操業者:シェニエール(Cheniere)、天然ガス液化能力年産2,700万トン(日量35億立方フィート))においてメンテナンス作業が実施されたうえ、その後も欧州のLNG需要がもたつき気味であった(後述)ため、米国からのLNG輸出は低下することとなった(図20参照)。
他方、2022年3月8日には1バレル当たり123.70ドルの終値と2008年8月1日(この日の終値は同125.10ドル)以来の高水準に到達した原油価格はその後下落傾向となったうえ、2022年12月以降は概ね1バレル当たり70~80ドルを中心とする領域で推移したことが、生産拡大よりも収益(及び配当等の還元)拡大を巡る株主等の石油会社経営陣に対する要求の高まりと相俟って、同国のシェールオイル生産の中心であるテキサス州及びニューメキシコ州に位置するパーミアン盆地における石油水平坑井掘削装置稼働数は2023年4月28日に347基の直近ピークに到達して以降同年8月11日には311基へと減少するなど、同国のシェールオイルの開発・生産活動が不活発化しつつあったことから、シェールオイルを含む原油生産の伸びが鈍化し始めるとともに、原油生産に随伴して生産される天然ガスの生産にも影響を及ぼしたことにより、同国の天然ガス供給の増加ペースも鈍化する傾向を示した(図21及び22参照)。
このように、米国のLNG輸出は若干減少気味となったものの、同国の天然ガス需要が増加した他メキシコへの天然ガス輸出も堅調であったことに加え、米国国内の天然ガス生産の伸びが鈍化しつつあったこともあり、5月5日には過去5年平均(平年と認識されるもの)水準を17.9%上回っていた同国天然ガス在庫は過去5年平均を上回る率が縮小し、8月4日には上回る率が11.2%となるなど、米国の天然ガス需給は徐々にではあるが相対的に引き締まる方向に向かった(図23参照)。そして、このような需給バランスの引き締まりが、同国天然ガス価格を下支えする格好となった。加えて、米国の一部地域では、夏場において気温が大幅に上昇したり、気温が上昇するであろうとの予報が発表されたりしたことにより、空調向けの電力供給のための発電部門における天然ガス需要の増加観測が市場で強まったことから、同国の天然ガス価格に上方圧力が加わる格好となった。このため、5月12日には100万Btu当たり2.266ドルであった同国の天然ガス先物価格は上昇傾向となり8月11日には同2.770ドルとなった他、8月9日には同2.959ドルにまで上昇する場面も見られた(図24参照)。しかしながら、同国の天然ガス需給は引き締まりつつあったとはいえ、過去5年平均を上回る状態は維持されていたこともあり、2022年同時期の天然ガス価格の終値である100万Btu当たり5.50~9.30ドル程度(因みにこの時期の米国天然ガス貯蔵量は過去5年平均を11.9~15.2%下回っていた)の範囲に比べれば、総じて低水準で推移した。
欧州では、冬場の暖房シーズンにおける暖房向け天然ガス需要期がほぼ終了したこともあり季節的に需要が減少したことに加え、発電部門においては、太陽光や風力と言った再生可能エネルギー由来の電力供給が根強かったことにより、この面で同部門の天然ガス需要は抑制される場面も見られた(図25参照)。さらに、天然ガス価格は下落してきたものの、なお、2021年同期を概ね上回る状況であったことから、欧州の産業部門の天然ガス需要も低迷したままとなった。例えば、7月28日にはドイツ大手化学製造会社BASFは、欧州の天然ガス価格が依然として過去の同地域及び現在の米国よりも割高であることが欧州化学産業において一時的もしくは恒久的に生産能力の削減をもたらしている旨明らかにした他、米国大手金融機関であるゴールドマン・サックスも低迷する欧州の産業部門向け天然ガス需要は2024年まで回復しない恐れがある旨の見解を明らかにしたと8月4日に伝えられる。このように状況もあり、5~7月の欧州の天然ガス需要は前年同月を6~9%程度下回る状態となったものと見られる(図26参照)他、同月の欧州天然ガス需要は2017~21年の5年平均水準を14~15%程度下回ったものと推定される。
他方、装置の不具合発生により2022年6月8日以降停止していた米国のフリーポート(Freeport)天然ガス液化施設(操業者: フリーポートLNG、天然ガス液化能力年産1,500万トン(日量20億立方フィート))におけるLNG出荷量が2023年4月には通常の水準に回復したとされる他、欧州に加えアジアにおいても需要の回復が緩やかなものにとどまった(後述)ため、欧州とアジアの間でLNGの争奪といった状態には概してなりにくい状況となった。このようなことから、ロシアからのパイプライン経由での天然ガス供給が低迷したままであった(図27参照)他、欧州の天然ガス需要低迷に伴い同地域のLNG輸入も減少する場面が見られた(図28参照)にもかかわらず、欧州への天然ガス供給は概ね順調であり、欧州においては天然ガス需給が緩和状態となるとともに、5月12日には63.1%であった、EU地域の天然ガス在庫充填率は8月11日には88.7%へと上昇するなど、2022年5月12日の38.6%及び同年8月11日の73.6%を相当程度上回って充填される状況となった(図29参照)。
このようなことから、欧州での天然ガス需給の緩和感が市場で意識されたこともあり、例えば5月14日には100万Btu当たり推定10.418ドルであったオランダTTF天然ガス先物価格は6月1日には同7.287ドルと、2021年4月26日(この日の終値は同7.084ドル)以来の低水準へと下落した。しかしながら、これによってアジア市場における天然ガス価格も併せて下落した結果、値頃感から中国やインド等における需要家の購買意欲が刺激された(後述)ことに加え、5月19日に開始されたノルウェーのニハムナ(Nyhamna)天然ガス処理施設のメンテナンス作業(これにより停止する天然ガス処理能力は日量28億立方フィートであった)が当初終了予定であった6月14日になっても終了せず延長された(最終的にメンテナンス作業が終了したのは7月15日であった)。さらに、オランダ国内で生産を行なうフローニンゲン(Groningen)ガス田(天然ガス生産量日量3億立方フィート、ガス田近隣地域における地震発生の恐れにより、遅くとも2030年までには生産を停止する必要がある旨2018年3月29日にオランダ政府が発表していた)の生産を2023年10月1日までに停止する旨6月23日にオランダ政府が明らかにした(但し同ガス田における一部の施設は冬場の低温時の天然ガス不足時に対応できるよう2024年9月30日までは生産が再開される余地が残っている)。そして、6月4日にサウジアラビアが日量100万バレルの自主的な原油の追加減産を7月に実施する旨表明したことにより、原油価格が上昇した。以上のような要因により、天然ガス購入が促進されるとともに欧州の天然ガス相場に上方圧力が加わったことから、オランダTTF天然ガス先物価格は反発、6月13日には同13.198ドルの終値と2023年4月18日(この日の終値は同13.738ドル)以来の高水準に到達する場面も見られた。しかしながら、天然ガス購入が一巡した後は、ノルウェーの主要施設での装置不具合の改修が進んだこともあり供給低下懸念が市場で後退したことに加え、欧州の一部地域では気温が記録的な水準にまで上昇するなどしたものの、欧州天然ガス貯蔵が増加したこともあり、市場関係者の中には、11月1日までに域内の天然ガス貯蔵を90%充填するとのEU加盟国に対する目標(2022年6月27日EU欧州委員会(EC)が承認)を9月下旬には到達するとともに、冬場の暖房シーズンにおける気温低下と暖房向け天然ガス需要急増による貯蔵施設での天然ガス在庫減少と言ったリスクは残存するものの、2022~23年の冬場において域内の天然ガス貯蔵が枯渇することなく乗り切った(但し2022~23年の冬場を控えた同地域の天然ガス需給を巡る不透明感の強まりを一因として2022年8月にオランダTTF天然ガス先物価格が100万Btu当たり100ドル程度にまで上昇したこともあり、物価上昇を含め欧州地域経済等に大きな影響を与えた)こともあり、2023~24年の冬場においても域内の天然ガス貯蔵が枯渇することなく乗り切れることに対する自信を市場が深めたことが、欧州における天然ガス価格を抑制する格好となった他、欧州の一部地域で発生していた気温上昇が一服する兆しが見え始めたことが、欧州天然ガス相場に下方圧力を加えた。このため、例えば当初8月1日から13日にかけ実施される予定であったノルウェーのトロルガス田のメンテナンス作業が規模を拡大したうえで、8月26日まで実施されるなど期間が延長されたことにより、欧州向けの天然ガス供給が低減するとの懸念が市場で発生したことが同地域の天然ガス相場を下支えする格好となったものの、天然ガス価格は再び総じて下落傾向となり、8月8日にはTTF天然ガス先物価格が100万Btu当たり推定9.975ドルとなった他、7月17日には同8.266ドルにまで下落する場面も見られた。それでも、8月9日に豪州のゴーゴン(Gorgon)天然ガス液化施設他で関連施設の操業に従事する労働者によるストライキ実施が決議された(前述)ことにより、アジア太平洋のみならず大西洋圏でのLNG需給が引き締まるとの観測が市場で発生したことから、同日のTTF天然ガス先物価格は同12.808ドルと、前日終値比で28%程度の大幅な上昇となった他、8月11日においても若干下落はしたものの同11.327ドルの終値となっている。
他方、中国では厳格な新型コロナウイルス感染抑制策が緩和したにもかかわらず製造業の回復が緩慢であったことに加え、石炭や国内産天然ガス及びロシアや中央アジアからパイプライン経由の天然ガス供給が堅調で安価であったこと(図30及び31参照、2023年5~7月は中国のLNG輸入が前年同月を上回っているが、2022年のLNG輸入の落ち込みの反動によるものであり2021年同時期の水準は総じて下回っている)から、それらエネルギー源の利用が優先されたこともあり、同国では天然ガス在庫が高水準を維持したとされるとともに、LNG価格が相対的に高水準であったこともありLNG調達は総じて不活発であった(図32及び33参照)。また、日本では関西電力高浜原子力発電所1号機(発電能力82.6万kW)(2023年7月28日発表)、3号機(同87万kW)(2022年8月19日発表)及び4号機(同87万kW)(2022年11月6日発表)、大飯原子力発電所4号機(同118万kW)(2022年8月12日発表)、美浜原子力発電所3号機(同82.6万kW)(2022年9月26日発表)が2022年夏場以降に稼働を再開した(括弧内の日付は再稼働開始発表日を示す)他、2023年2月9日に九州電力玄海原子力発電所4号機(発電能力118万kW)が稼働を再開したうえ、韓国では2022年12月7日に新韓蔚(ハヌル)原子力発電所1号機(発電能力140万kW)が操業を開始したことから、原子力発電による電力供給が相対的に堅調になった反面天然ガス火力発電向けの天然ガス需要が抑制される格好となった一方、日本及び韓国において鉱工業生産の持ち直しが緩やかであったことが産業部門や発電部門向け天然ガス需要を抑制する格好となった。加えて、夏場の気温上昇に備え長期契約を中心としてLNGの調達が行なわれつつあったことから、例えば日本では夏場に気温が相当程度上昇するとともに同国の天然ガス在庫は減少しつつあるものの、韓国とともに積極的にLNGのスポット調達に向けた動きは余り見られず、従って両国のLNG輸入は低水準となった(図34参照)。また、インドやタイ等の需要家等も100万Btu当たり10ドルを超過する価格では値頃感がないとしてLNGの購入を敬遠した。
このようなことから、5月12日には100万Btu当たり10.418ドルの終値であった北東アジアLNG先物価格はその後下落、6月6日には同9.210ドルの終値と2021年5月14日(この日の終値は同9.132ドル)以来の低水準に到達した。しかしながら、北東アジアのスポットLNG価格が100万Btu当たり10ドルを割り込むようになったことから、インド及びタイに加え中国等の需要家等からのLNGの購入意欲が増大したこともあり、LNG価格も下げ渋るようになった。このようなことに加え、ノルウェーのニハムナ天然ガス処理施設の操業停止期間が延長されたことから、欧州の天然ガス及びLNG価格が反発するとともに、価格の高い欧州方面にLNGが流出する結果、アジアへのLNG流入が減少するとの観測が市場で発生したこともあり、アジアのLNG価格が欧州のLNG価格に引きずられる格好となり、北東アジアLNG価格は6月20日には100万Btu当たり12.740ドルにまで上昇する場面が見られた。しかしながら、上昇した価格では南アジア等における需要家のLNG購入が困難となった他、インド等においては6月以降雨季(モンスーン)に突入したことにより、経済活動が減速するとともに気温も低下したことから、産業部門及び発電部門における天然ガス需要が後退したものと見られることもあり、これら諸国のLNG購入意欲が減退した。このような要因がアジア市場でのLNG相場に下方圧力を加えたことから、アジア市場におけるLNG価格は下落傾向となり、8月8日の北東アジアLNG先物価格の終値は100万Btu当たり10.955ドルとなった他、7月17日には同10.560ドルへと下落する場面が見られた。それでも、8月9日に豪州の一部天然ガス液化施設において関連施設の操業に従事する労働者によるストライキ実施が決議されたことにより、世界LNG需給引き締まり感が市場で意識されたこともあり、アジア市場におけるLNG価格は反発、8月11日時点で北東アジアLNG先物価格は同11.085ドルとなっている。
以上
(この報告は2023年8月14日時点のものです)