ページ番号1009871 更新日 令和5年9月11日

天然水素の動向

レポート属性
レポートID 1009871
作成日 2023-08-31 00:00:00 +0900
更新日 2023-09-11 09:52:02 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 探鉱開発水素・アンモニア等
著者
著者直接入力 小杉 安由美
年度 2023
Vol
No
ページ数 17
抽出データ
地域1 グローバル
国1
地域2
国2
地域3
国3
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国5
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国6
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国9
地域10
国10
国・地域 グローバル
2023/08/31 小杉 安由美
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概要

  1. ゼロエミッション燃料である水素は、脱炭素社会実現に向けて普及が期待されている。低コストの生産技術確立等が課題である中、天然水素が大量に賦存し、安価に生産・利用可能となれば、普及拡大に向けたゲームチェンジャーとなりうる。近年は脱炭素化の社会要請が高まる中、天然水素への注目が高まっており、スタートアップ、大学、研究機関等の探査活動が活発化している。
  2. 天然水素は、トルコ、オマーン、スペイン、日本(長野県白馬八方温泉)等の世界各地、陸上のみでなく海底(中央海嶺付近の熱水鉱床)においても観測されている。一方で、メタンやヘリウムと混合していることが多く、高純度の水素ガスは珍しい(マリやトルコの例あり)。
  3. 天然水素の生成プロセスとしては、水の放射性分解、蛇紋岩化反応、地球深部(コア、下部マントル)からの排出、火山活動、岩石のフラクチャリングなど様々な非生物起源のプロセスと、生成量は少ないが生物起源のプロセス(熱変成と微生物由来)がある。
  4. 生成した水素の一部は、地中の断層や裂罅(れっか)を伝って、または岩石中を浸透して上昇し、地中にとどまらず地表から漏出することもあれば、地中浅部で微生物による利用や、深部で岩石やガスとの反応により失われる。地表からの漏出時には、フェアリーサークルと呼ばれる径数百メートル~数キロメートル程度の円形の浅い窪地の特徴的な地形を形成することがある。
  5. 地下深部の根源岩(化石燃料のような有機物に富んだ岩石とは異なり、かんらん岩や花崗岩などの火成岩)で生成した水素が移動・上昇したのち、貯留層となる孔隙に富む岩相と、帽岩(キャップロック)となる岩塩層や石灰岩層などの比較的緻密な岩相とトラップに適した背斜等の地質構造があればその直下に集積し、天然ガスと同様に掘削により生産できる可能性がある。また、化石燃料と比較して天然水素の生成タイムスケールはとても短いため、根源岩からの直接生産や、熱水の注入による生成促進という可能性も考えられる。
  6. 天然水素が実際に商業開発に至った例は未だないが、マリ・Bourakebougou案件では、生産した水素を直接燃焼して発電し、近隣の村に提供するパイロットプロジェクトに成功している。その他、欧州(フランス、スペイン)、米国、豪州、北アフリカ(モロッコ、ジブチ)等で探鉱が実施されている。主なプレイヤーは、フランス、豪州、米国の政府機関・大学とスタートアップ企業であり、特にスタートアップ企業の動きは早く、探鉱権取得のうえ試錐により高濃度の水素を観測した案件もある。米国地質調査所(USGS)、豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)、韓国石油公社(KNOC)等の公的機関による広域的なポテンシャル調査も進んでいる。
  7. 水素探鉱・開発の許認可制度整備も課題であり、南豪州、フランスは法改正を実施し、水素探鉱のための鉱区の付与が可能となっている。米国は一部の州では既存法により既にライセンスを発行しているほか、西豪州は法改正の準備中である。スペインでは環境関連法により新規の石油ガス探鉱・開発許可が禁止されていることが、天然水素案件の開発移行にあたっての課題となっている。

 

1. はじめに

ゼロエミッション燃料として脱炭素社会実現に向けた普及が期待されている水素は、化石燃料の水蒸気改質や水の電気分解等により製造されている二次エネルギーである。その普及には低コストの生産技術の確立やグローバルサプライチェーンの構築などが大きな課題となっている中、将来の水素の供給源として天然水素への注目が高まっている。

従来、天然水素(Native / Natural / Geologic Hydrogen)は希少な存在と思われていた。天然水素の発生に適した地質(先カンブリア紀の楯状地や中央海嶺・オフィオライトなどの超苦鉄質岩体)は、石油天然ガス産業の興味の対象ではなく、同産業における堆積盆地を中心とした掘削では、水素に富む天然ガスが発見されることはまれであった。金属資源産業ではこれらの地質体がターゲットとなることはあるが、そもそも鉱業活動において掘削中にガス組成の定常的なモニタリングをすることはまれである。このように気付かれる機会が少なかった天然水素だが、近年では脱炭素化の流れの中で、低コストのゼロエミッション燃料として注目を集め、スタートアップ、大学、研究機関等が探査を開始している。研究論文数は2019年あたりから増加しており、最近では業界紙、専門誌のみでなくウォールストリートジャーナルやフォーブスなどの経済誌でも取り上げられている [1, 2]。2021年からはH-NAT summitという天然水素探査のカンファレンスの開催が始まったことからも、天然水素への関心の高まりがうかがえる。

水素は、原材料や製造工程により色で呼称して区別されることがあり、グレー(天然ガス・石炭などの化石燃料由来)、ブルー(化石燃料由来かつ排出したCO2をCCSにより固定)、グリーン(再エネ電力による水の電気分解)に対して、天然水素はホワイトともゴールドとも呼ばれている。

国際エネルギー機関(IEA)によると、2021年の世界の水素需要は9千4百万t、供給コストはグレー水素で1.0~2.5USD/kg、ブルー水素で1.5~3.0USD/kg、グリーンで4.0~9.0 USD/kgである [3]。日本の足元の需要は約200万t、国内水素ステーションにおけるコスト(販売価格)は100円/Nm3(ノルマルリューベ[1])(約 1,112円/kg)である。2023年6月に改訂された日本の水素基本戦略 [4]では、低コスト化を進め、需要と供給を一体的に拡大して水素の社会実装を推進する方針である。具体的には、供給コスト(CIFコスト)を2030 年に 30 円/Nm3(約 334 円/kg)、2050 年には20 円/Nm3(約 222 円/kg)とガソリンや液化天然ガスと同程度まで引き下げ、導入量を300万t/年(2030年)、1,200万t/年(2040年)、2,000万t/年(2050年)と拡大する目標を掲げている。

earth2[2]によると天然水素の価格は1 USD/kg以下と推定されており [5]、天然水素が大量に賦存し、安価に生産・利用可能となれば、導入拡大に向けた、さらには脱炭素化に向けたゲームチェンジャーとなりうる。数年後から十数年後には、新たな一次エネルギー源として水素が脚光を浴びる未来も想定される。

本レポートでは、天然水素にかかる現状の把握を目的に、成因のほか、探査等の事例をまとめた。

 

2. どこにどのように存在するのか(分布と産状)

天然水素は世界中で広く観測事例があり([6]、図1)、例えば、トルコ・ヤナルタシュのChimaeraでは「永遠の火」と呼ばれる地面の割れ目からメタン(87 vol. %)と水素(10 vol.%)の混合ガスが漏出し、少なくとも数千年にわたり燃え続けている([7]、図2a)。オマーンのSamailオフィオライト[3]では、溶存水素を含む強アルカリ泉が流れる小川があり、一部では遊離水素ガスが河床から発生する様子も見られる([8]、図2b, c)。そのほかにも、スペイン(Ronda)、カナダ(Tableland)、ニューカレドニア(Prony Bay)、イタリア(Voltry Massif)、日本では長野県白馬八方温泉で観測されている [9]。白馬八方温泉はpH 11.4の強アルカリ泉で、溶存水素と遊離水素ガスが観測されており、国内では唯一の高濃度の天然水素の観測事例である。図1にはプロットされていないが、水素は海洋域でも観測されている。2000年に大西洋中央海嶺[4]付近にて発見されたLost Cityと名付けられた海底熱水域では、低温(<90ºC)の強アルカリ性(pH 9-11)で水素および非生物起源メタンに富む熱水と、これをエネルギー源とする生態系が確認されている([10]、図2d, e)。

純度の高い天然水素ガスは珍しく、前述の通りトルコ・ ChimaeraやLost Cityではメタンと共存している。これは、フィッシャー・トロプシュ反応[5]やメタン生成菌の働きにより水素からメタンが生成されることや生物起源のメタンとの混合が要因である。メタンのみでなく、ヘリウムとともに観測されることもある。ヘリウムは水素と同様、コアや下部マントルに大量に存在するガスである。また、ウラン、トリウム、カリウムといった放射性元素の壊変により発生する放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)が水(H2O)を分解することで天然水素(H2)が発生するが、アルファ線はヘリウム原子核(4Heイオン)のことであり、そこから容易にヘリウムが生成されるため、水素の生成とヘリウムの生成は密接にかかわっている。なお、純度の高い水素はマリのBourakebougouやオマーンのSamailオフィオライトで観測されており、水素濃度はそれぞれ97.4vol% [11]、93.8 vol% [8] に及ぶ。

図1 水素観測地マップ(水素10vol%以上)
(図1)水素観測地マップ(水素10vol%以上)

(出所:Zgonnik, 2020 [6] を改変)

図2 天然水素の産状
(図2)天然水素の産状

a. :トルコ・Chimaeraで地表の割れ目から立ち上る炎の様子。
(By William Neuheisel from DC, US - Chimaera, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=40530957(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

b., c. :オマーン・Samailオフィオライトの水素ガスの産状。[8]

d., e. :大西洋中央海嶺付近Lost Cityの海底熱水鉱床の様子。d. 50 ºCの熱水の噴出孔の頂部。羽毛状の炭酸塩が成長している。e. 蛇紋岩の崖に成長している白色の炭酸塩のチムニー(全長約10メートル)。[10]

(いずれも上記出所から一部改変)

 

3. どのように生成するのか(成因)

3.1. 生成プロセス

水素の生成にはいくつかのプロセスがある([12]、図3)。1つ目は、2.にて前述の通り、水の放射性分解である。岩石中に含まれる微量のウラン、トリウム、カリウム等の放射性元素の壊変により発生する放射線によって水が分解され水素が発生する。この反応は速度が遅いため、先カンブリア紀などの古い岩体において、現在に至るまで長い時間をかけての水素生成が期待される。また、ウランなどの放射性元素を多く含む性質のある花崗岩類は生成ポテンシャルが高い。

2つ目は蛇紋岩化反応である。かんらん岩等の超苦鉄質岩[6]が変質して蛇紋岩となる際に、水素が発生する(図4、詳細は参考1:岩石―水反応による水素生成を参照。)。反応速度は比較的速い[7]。天然水素の生成プロセスの中でもっともよく研究されているプロセスである。白馬八方温泉は、蛇紋岩体を掘削した温泉であり、観測されている水素は蛇紋岩化反応により生成したものである。トルコのChimaeraや高純度の水素が観測されているオマーン・Samailオフィオライトも同様のプロセスで水素が生成している。

3つ目は、水素を大量に含む地球深部のコアや下部マントルから排出された水素が、プレート境界や断層に沿って浅部まで上昇するものである。

図3には記載されていないが、火山活動においても水素が生成する。火山噴火時や噴気中に水素が観測されており(米国・ハワイ、ニュージーランド・White island等)、これはマグマから脱ガスしたものと考えられている。比較的低圧において脱ガスする際に、硫化水素と水の反応により、二酸化硫黄と水素が発生する(2H2O + H2S → SO2 + 3H2)。また、岩石のフラクチャリング(断裂・破砕)も水素生成プロセスの一つである。断層活動などにより岩石が破砕される際に、鉱物の主要構成物質である珪酸のSiとOの結合が切れ、Siのフリーラジカル[8]が発生し、水と反応して水素が発生する。そのほかにも多様な生成プロセスがあり、Boreham et al. (2021) [13] 、Zgonnik (2020) [6] 等に詳しいので参照されたい。

上記のプロセスは、すべて非生物起源のプロセスである。生成量は多くないが生物起源の水素生成プロセスもあり、熱変成と微生物由来に分類される。前者は、続成作用の過程で、生物遺骸からケロジェンが生成する際や、その後の熱分解による石油ガスの生成時にわずかに水素が生じる。後者は、水素生成菌により生成されるものである。

図3 水素ファクトリー
(図3)水素ファクトリー

(出所:Hand, 2023 [12] を改変)

図4 蛇紋岩化反応に伴う水素の発生
(図4)蛇紋岩化反応に伴う水素の発生

(出所:反応式は野坂, 2012 [15] を改変)

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参考1 <岩石―水反応による水素生成>

蛇紋岩化反応についてもう少し詳しく説明する。かんらん岩がその主要構成鉱物であるかんらん石や輝石の蛇紋石化変質により、蛇紋岩となる反応のことを蛇紋岩化反応という。かんらん石や輝石は鉄に富む鉱物であり、この「鉄」、そして「水」と「熱」が条件となり、二価鉄が三価鉄に酸化するのに伴い水が還元されて水素が発生する(図4)。

この反応による水素発生では、鉄がカギとなるため、かんらん石、輝石に限らず、鉄を含む鉱物と水の反応によって水素は発生しうる。例えば、かんらん石を含まない過アルカリ岩[9]分布域でも水素およびメタンが流体包有物や遊離ガスとして観測されており(カナダStrange Lake、ロシアLovozeroとKhibiny、グリーンランドIlımaussaq)、岩石中に含まれる鉄に富む鉱物(角閃石)と水の反応により発生した水素であると推定されている [16]。フランスのSoultz-sous-Forêts地熱地帯では、基盤花崗岩に到達する5,000メートルもの大深度の井戸を利用した地熱増産システム[10]により発電を実施しているが、流体のガス相として0.25~46.3%の水素が報告されている。その起源は、花崗岩中の鉄を含む鉱物である雲母と水の反応であると推定されている [17]。

このように、多様な岩石(鉱物)と水の反応により水素は生成しうると考えられている。

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全球規模での年間の水素生成量を試算した研究例がある(表1)。研究によって、対象とする生成場やプロセス、計算方法は異なっており、その結果は数万~数千万ton/yearと幅がある。最も楽観的に見積もられているZgonnik (2020) [6] においては、22,680千ton/yearと見積もられている。これは体積に換算すると254 ±91 Bm3/ year (8.97 ± 3.21 Tcf) であり、天然ガスの世界生産量(2019年)の4.1 Tm3 (145Tcf) と比較すると2桁も小さい数字にとどまっているが、いずれの見積もりも生成プロセスの一部のみを扱っており過小評価であると考えらえる。また、数億年前の比較的短い時間に堆積した有機物を原料として、続成作用によって生成するまでに非常に長い時間のかかる化石燃料に対して、天然水素は比較的早い反応速度で長期にわたり連続的に生成し続けていることを考慮すると、大量に賦存している可能性はあると考えられる。

(表1)全球規模での水素生成量の試算例
生成場と成因 年間水素生成量(換算によりmol, ton, m3で表記)
1011 mol/year ton/year Bm3 / year
1 海域 中央海嶺 蛇紋岩化反応    0.8 to 1.3     160,000 to 230,000    1.8 to 2.9 (0.06 to 0.10 Tcf)
2 海域 中央海嶺 蛇紋岩化反応    1.9     380,000    4.3 (0.15 Tcf)
3 海域 中央海嶺 蛇紋岩化反応    2     400,000    4.5 (0.16 Tcf)
4 海域 超低速拡大軸 蛇紋岩化反応    1.67     334,000    3.7 (0.13 Tcf)
5 海域 玄武岩質海洋地殻 蛇紋岩化反応    4.5 ±3.0     900,000 ±600,000  10.1 ± 6.7 (0.36 ± 0.24 Tcf)
6 陸域 先カンブリア紀の大陸地殻 水の放射性分解    0.16 to 0.47       32,000 to 94,000    0.4 to 1.1 (0.01 to 0.04 Tcf)
7 陸域 先カンブリア紀の大陸地殻 蛇紋岩化反応    0.2 to 1.8       40,000 to 360,000    0.4 to 4.0 (0.02 to 0.14 Tcf)
8 陸域+海域 上部マントル、地殻 蛇紋岩化反応、水の放射性分解、火山活動 113.4 ±40.6 22,680,000 254 ±91 (8.97 ± 3.21 Tcf)
9 陸域+海域 大陸地殻、海洋地殻 水の放射性分解、火山活動   13.8  2,768,000   31 (1.1 Tcf)

(出所:1~7:Sharwood Lollar et al., 2014 [18]; 8:Zgonnik, 2020 [6]; 9:Truche et al., 2020 [19])

 

3.2. 損失プロセス

生成した水素の一部は、地中の断層や裂罅(れっか)を伝って、または岩石中を浸透して上昇し、地中にとどまらず地表から漏出することもあれば、地中浅部における微生物によるエネルギー源としての利用や、地中深部で岩石やガスとの反応により失われる(図3「損失メカニズム」)。地表からの漏出には、トルコ・Chimaeraのような地面の割れ目からの放出と、フェアリーサークルと呼ばれる径数百メートル~数キロメートル程度の円形の浅い窪地(図5a)からの放出がある。これは、漏出スタイルの違いであり、前者は安定的に形成されている地表に続く流路からガスシープとして長期間にわたり継続的に放出されているのに対し、後者はある程度の規模の漏出が一気に起きたことによる小規模な陥没である。フェアリーサークルは、海底から天然ガスが抜けるときに生じるポックマーク地形と対比できる。また、陥没前後にも継続している水素の漏出が植生に影響し、特徴的な景観を作っている。豪州、ブラジル、ロシア、米国などで確認されており、Google Earthでもその特徴的な地形を見ることができる(図5b)。

図5 フェアリーサークル「妖精の輪」
(図5)フェアリーサークル「妖精の輪」
  1. ブラジル(出所:Hand, 2023 [12])
  2. 南オーストラリア州York半島(Gold Hydrogen Limitedの鉱区内)。黄色破線内に多数見られる白~白褐色の楕円形の地形。

 

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参考2 <天然水素のフラックス測定例>

断層等の地面の割れ目から水素が放出されていることは世界各地で確認されているが、単位時間当たりにどれだけの量が出ているのかを測定した例は多くはないが存在するので、ここでいくつかを紹介する。オマーンのSamailオフィオライトでは、複数の湧水サイトの水素発生量(遊離ガスと溶存ガスの合計)をサイトごとに測定した結果、少ないところで690 mol/年、多いところで79,000mol/年であった[8]。重量に換算すると、それぞれ1.38 kg/年、158kg/年である。ブラジル・ミナスジェライス州のサンパウロ盆地にて、2つの隣接するフェアリーサークル構造(径500メートル程度)の内外にセンサーを設置し、深度80センチメートルの土壌中の水素量を観測した例もある [20]。この研究では2種類の水素シグナルを観測した。一つは、散発的に発生する高濃度のパルス(最大15,000ppm)であり、これは1~2日程度継続する。もう一つは、毎日定期的に繰り返す小さいパルス(200ppm以下)であり、正午から午後にかけて6時間程継続する。前者は、深部の水素の流れ(地下深部の貯留層からもしくは帯水層から脱ガスしてリークしたもの)と考えられ、水素の生成場からの直接的な流れではないと推定している。後者はもっとゆっくりとした放出であり、土壌中にとらわれた水素が外的な要因(大気圧の変化や干満など)により地表から放出されていると推定している。また、実測値やフェアリーサークルの面積等を用いた試算では、各々のフェアリーサークルからの放出量を700 kg±20%/日(約260 t/年)、 530 kg±20%/日(約190 t/年)と推定している。

このような地表からのリークは、地下における水素生成もしくは水素の貯留の確かな証拠となるが、上記の通り測定・試算されたリーク量が、地中における発生量・貯留量の何%に当たるのかは不明である。

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4. 利用できるのか

では、このように様々なプロセスで生成した天然水素のうち、その後の損失プロセスを免れた一部が地中にとどまっていれば、一次エネルギーとして利用可能なのだろうか。ここでは、貯留プロセスと生産、そして世界の探鉱事例について紹介する。

 

4.1. 貯留プロセスと生産

石油天然ガスの探査において、油・ガス田の成立条件を、根源岩における生成、移動・集積、貯留岩、トラップ・構造・シール等の諸条件に分解して検討することがある(図6)。これらの条件を水素システムに当てはめ、地下深部の根源岩(かんらん岩や花崗岩など)で生成した水素が、断層、裂罅や浸透しやすい岩石中を移動・上昇したのち、貯留層となる孔隙に富む岩相と、岩塩層や石灰岩層など比較的緻密な岩相(帽岩:キャップロック)とトラップに適した背斜[11]等の地質構造があれば、その直下に集積し、天然ガスと同様に掘削による生産が可能かもしれない(図3「生産」)。石油天然ガスのフラクチャー型貯留層のように、流路となるフラクチャー(断層活動や褶曲運動などによって生じた岩石の割れ目)が卓越する地層では、フラクチャー自体が一定量の水素を保持する貯留層となることも考えられる。参考3(マリ・Bourakebougou(Block25)案件)も参照のこと。

蛇紋岩化反応による水素生成のタイムスケールはとても短いため、比較的浅部に位置する超苦鉄質岩からの直接生産という可能性もある。また、超苦鉄質岩への熱水の注入による水素発生の促進(地熱増産システムと類似のアイディア)、さらには、その熱水に二酸化炭素を添加すれば併せてその固定による貯留(CCS)もできるのでは、という一石二鳥のアイディアも浮かぶ。

図6 石油システムの地質要素と油ガス田形成プロセス
(図6)石油システムの地質要素と油ガス田形成プロセス

(出所:https://www.jogmec.go.jp/oilgas/technology_008.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きますに加筆)

 

4.2. 探鉱開発事例

表2に、現在実施されている天然水素探鉱案件や各種機関による調査の動きを示す。主なプレイヤーは、フランス、豪州、米国の政府機関・大学と各国のスタートアップ企業である。

天然水素が実際に商業開発に至った例は現在までのところないが、カナダ・モントリオールを拠点とするHydroma社のマリ・Bourakebougouの案件(表2の1。以下、表2におけるプロジェクト番号を付す。)では、生産した水素を直接燃焼して発電し、近隣の村に提供するパイロットプロジェクトを2012年から開始し現在まで電気の供給を続けている。さらに、本案件では、2020年に加・Chapman Petroleum Engineering社による資源量の評価(NI51-101[12])がなされている。仏・IFPEN(エネルギー・環境関連の公的研究・研修機関)は同社とともに本案件のスタディーを実施している。この成功事例を皮切りに、天然水素の探査が欧州(フランス、スペイン)、米国、豪州、北アフリカ(ジブチ、モロッコ)等で実施されている。

スタートアップ企業(1~12)の動きは早く、フェアリーサークルや、石油天然ガスや水を目的とした過去の試錐データにおける水素の観測記録等を手掛かりに有望地域を絞り、探鉱権の申請及び取得を行っている。米・Natural Hydrogen Energy社の米国ネブラスカ州Geneva案件 (2) では、合計3,400メートルの試錐を実施し、水素含有量の上昇を確認し、坑井試験でフレアした。仏・La Française de l’Énergie社 (FDE) は、Lorraine大学、フランス国立科学研究センター (CNRS) との共同の研究案件 (3) において深度1,093メートルにて15%の水素を観測している。生産計画のスケジュールに言及しているプロジェクトもあり、調べた範囲においては、Helios Aragon Exploracion社のスペイン北部アラゴン州のMonzón案件 (6) の2028年がもっとも早い生産開始予定となっている。

韓国石油公社(KNOC、13)、米国地質調査所(USGS、14)、豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO、15)など、公的機関も調査に着手している。USGSは年内に地球規模のポテンシャルマップを作成する予定としている。フランス政府を主要株主に持つエネルギー・ユーティリティー大手Engie社は、水素の製造、貯蔵から輸送、利用までバリューチェーンを広く手掛けているが、天然水素の調査も実施している。フランス国内において水素のセンサー網を配備し、広域的な探査を実施し、有望地の絞り込みを行っている(17)。TotalEnergies、Shell、Chevron、BPなどの大手エネルギー開発企業は、大学や公的機関と共同で研究レベルの取り組みを開始している(たとえば20)ほか、天然水素関連のカンファレンスやイベントのスポンサーという立場で関わっていることが多い。

探鉱案件ではないが、バイオテクノロジーを利用した化学製品の製造等を行っている米・Cemtiva社(21)は、枯渇油田を利用した水素製造プロジェクトを実施している。貯留層に水素生成菌を人工的に注入し、地下で水素を生成させ生産するもので、ラボスケールでの試験を経て、フィールドでのパイロットプログラムに成功している。既存インフラを利用した低コストが強みであり、ラボスケールでは1 USD/kgを下回ったと報告している。

(表2)企業等による天然水素の探鉱状況
企業・組織名 プロジェクト位置 プロジェクト名 探鉱ステージ 備考
1 加・Hydroma マリ・首都バマコの北部50㎞ Block 25 パイロットプロジェクト
実施済み
首都Bamakoの北部50㎞に位置するBourakébougou(1987年に井戸水試錐の際に水素が発見された)を含む鉱区を保有。
2012年開始のBourakébougouでのパイロットプロジェクトでは、7年以上継続して採掘した水素により村に電気を供給。
2017-2018年には24本の試錐を実施(計6,953m、深度100m~1800m)。2020年、加・Chapman Petroleum Engineeringによる資源量の評価(NI51-101)を実施。
新たな試錐キャンペーンを2022年5月から開始。
2 米・Natural Hydrogen Energy LLC 米国ネブラスカ州 Geneva 試錐実施済み 2019年に試錐を実施(計3,400m)。水素含有量の上昇を確認、坑井試験でフレア。2023年第一四半期にFlow test operationを開始。
豪・HyTerraが15%作業権益取得(Joint Development Agreement)。
3 仏・La Française d’Énergie (FDE)  フランス・グランエスト地域圏 試錐実施済み Lorraine大学、CNRSとの共同の研究プロジェクトにおいて、Lorraine盆地、石炭紀の地層中の帯水層の溶存水素量を多様な深度で測定。探鉱権を取得の上試錐を実施。Folschvillerサイトにて深度1,093mで15% 水素の結果を得ており、深度3,000mでは98%に達すると推定(2023年5月15日リリース)。
4 豪・Gold Hydrogen Limited (ASX:GHY) 豪州SA州 Ramsay 試錐実施予定
(Q3 CY2023)
水素を観測した1920-30年代のHistorical well(深度500mで>80%水素)を含む地域(York半島南部、Kangaloo島)で鉱区(Petroleum Exploration Licence)を取得(2021年7月)。2023年の第3四半期にYork半島にて試錐プログラムを予定。
5 スイス・HYNAT SA モロッコ南部 試錐実施予定
(Q4 CY2023)
ONHYM (National Office of Hydrocarbons and Mines)と契約。1000万スイスフランを調達。
2023年末から試錐を実施予定。現在は地震探査キャンペーンを実施中。生産された水素は、肥料用アンモニアの製造に利用される。
6 西・Helios Aragon Exploracion S.L.
米・Ascent Hydrogen Fund
スペイン北部アラゴン州 Monzón、Barbastro 試錐実施予定
(CY2024)
2020年6月に2つの許認可を取得(探鉱期間6年間)。天然水素のOccurrenceあり(1960年代の試錐で深度3600mにて天然水素を観測)。
2021年から3フェーズからなる作業プログラムを開始(地表の地化学探査、地震波データ追加取得、深度4,000mの試錐を実施予定)。
Monzónでは、2024年に1200万ユーロの試錐を開始、合計で9億ユーロの投資を行い、2028年に生産を計画。110万トンとの報道もあり。ヘリウムも含有していると推定されている。地質、地物データから岩塩層の帽岩を想定している。
7 豪・H2EX 豪州SA州
Eyre半島
― (EPL691) 鉱区取得済み、土壌ガスサンプリング実施済み 石油のhistorical wellで50~85%の水素を観測。
2022年6月に探鉱権取得。CSIROと共同研究契約を締結。2023年5月に土壌・ガスサンプリングを実施し、水素とヘリウムを観測。
8 豪・Hyterra (ASX:HYT) 米国カンザス州 Nemaha Ridge (Riley, Geary, Morris) 鉱区取得済み 10か所以上で天然水素のOccurrenceのある地域で鉱区取得。92% 水素@深度424m (2008年), 56% 水素@深度677m (1982年)。
Nemaha ridgeは先カンブリア紀の基盤花崗岩であり、かつ構造的に高いため、水素の生成・浅部への移動に適すると考えられている。
9 仏・45-8 Energy フランス東部Doubs 県 Avant-Monts franc-comtoisほか 鉱区取得済み ヘリウムガス(電子製品:光ファイバー・半導体、冷却用:MRI等)をメインターゲットとしているが、共存することの多い水素ガスの探査も検討。Avant-Monts franc-comtoisプロジェクトでは水素の割合が高い。2022年に鉱区取得(Avant-Monts franc-comtois)。分析装置開発も実施。
同社は仏国外でも活動しており、ドイツに1鉱区保有、コソボで1鉱区申請中。
10 加・Quebec Innovative Materials (CSE:QIMC) カナダ・ケベック州 Ville Marieほか 鉱区取得済み
(3鉱区)
カナダ・ケベック州にて、Institute National Research Scientifique(INRS)と共同にて水素・ヘリウムの探査を実施。
11 豪・2H Resources Pty Ltd. 豪州SA州 鉱区申請中 南オーストラリア州にて鉱区申請中。
12 中・Santai-Tongdi Exploration Techhnologies 中国 鉱区申請準備中 中国・北京の探鉱ベンチャー企業。世界最大の水素製造・消費国として、低コスト水素の製造に関心。内モンゴル自治区Shangdu Zhangbei盆地での探鉱作業実施に向け探鉱許認可申請準備中。あわせて資金調達検討中。
13 韓・KNOC(韓国石油公社)  韓国 広域探査 2022年より国内探査を開始(土壌からのガスを測定)。非公開の5か所にて水素を観測。水素探査・モニター技術開発も実施。
14 米・USGS(地質調査所) 米国 広域探査 2021年に豪地質調査所が国内の天然水素ポテンシャル評価をまとめ、それを参考に米48州のGeologic Hydrogen,Hydrogen SystemのMapping実施中。2023年後半にはウェブで公開予定で、引き続き詳細な地域別スタディを実施予定。豪州、カナダとも協力を進めている。
15 豪・CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構) 豪州 広域探査 西豪州のフェアリーサークル形成の研究、水素探査、水素貯留についてのスタディ実施他。天然水素研究に30人のリソースをアサイン。
16 Office djiboutien de développement de l’énergie géothermique (ODDEG) ジブチ 広域探査 Asal–Ghoubbetリフト帯における地熱と水素の共同生産を検討。仏・Pau大学等と共同研究を実施。
17 仏・Engie フランス 広域探査 フランス南西部に水素を観測するセンサー網を配置(PARHys:Permanent  Analyses  of Renewable Hydrogen with Sensors)、有望地の絞り込みを実施。
18 英・H2Au Ltd. 詳細不明。石油地質と金属探鉱の知見を融合して水素探鉱・生産を目指している。
19 米・Pristine Energy Inc 詳細不明。
20 Shell、Chevron、 Bp、米・USGS、Colorado School of Mines 天然水素の研究のためのコンソーシアムを組織。
21 米・Cemvita Factory, Inc. 枯渇して廃棄された湯ガス田を利用し、水、微生物、栄養素等を貯留層に注入し、生物学的プロセスにより地下で水素を生成、既存のインフラを利用して水素を回収。
ラボ試験を経て、フィールドでのパイロットプログラムに成功。微生物の活性化により、ラボスケールでは1ドル/㎏を達成。
同社は生物学的プロセスを利用してCO2から化学製品を生成する技術開発も実施しており、これには住友商事・三菱重工が出資している。

(出所:各社ウェブサイト、報道、2023年7月3日~4日開催のロンドン地質学会 Natural Hydrogen: A New Frontier for Energy Geoscience)

 

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参考3 <マリ・Bourakebougou(Block 25)案件>

本案件(表2の1)の調査内容、地質、試錐コアの記載等の詳細についてはPrinzhofer et al. (2018) [11], Maiga et al. (2023) [21]等に詳しい。ここでは、概要を紹介する。

マリの首都Bamakoの北部50キロメートルに位置する鉱区(Block25)は、1987年に水井戸掘削の際に水素が発見されたBourakebougouを含む面積43,000平方キロメートルの広大な鉱区である。2017年から2018年にかけて24本(計6,953メートル、深度100~1,800メートル)の試錐を実施しており、2022年5月より新たな試錐キャンペーンも実施している。Bourakebougouの発見井は、発見時の水素爆発を機に仮廃坑されていたが、2011年にHydroma社がリエントリーし、生産した水素を直接燃焼して発電し、近隣の村に提供するパイロットプロジェクトを2012年から開始し、現在まで電気の供給を続けている。

本地域は、Taoudeni 堆積盆内に位置している。花崗岩、花崗閃緑岩、閃緑岩、閃長岩、アプライト等からなる基盤岩の上位に、主に砂岩-泥岩層、炭酸塩岩、ダイアミクタイトからなる新原生界の地層が不整合に累重している。これに、古生界もしくは三畳系—ジュラ系のドレライトシルが大規模に貫入している。

Maiga et al. (2023) [21]では、2018年に掘削した13孔の試錐コアの記載と水素を対象としたマッドロギングを対比した結果、3層以上の水素の濃集、岩相としては2種類の貯留層を特定している。一つは浅部に堆積するドロマイトを主体とした炭酸塩岩層である(BOUGOU-19では深度110~150メートル)。5キロメートル×6キロメートル四方に分布する研究対象の13孔のみでなく、Hydroma社が掘削した全24孔と発見井において、対比可能とみられるこの浅部の炭酸塩岩層で水素の濃集を観測しており、広範囲において導通したポテンシャルの高い貯留層とみられる。岩相は、葉理と溶食されてできた空洞組織(カルスト)の発達が特徴であり(図7)、このカルストが不規則な分布ながら水素の貯留に適した孔隙となっている。カルストの不均質性を反映して孔隙率は0.21~14.32%と幅がある。カルストは、ドレライトシルのマグマから脱ガスしたCO2を含む酸性流体により炭酸塩が溶解して形成されたとみられ、その発達はドレライトシルの付近に限られている。また、このドレライト自体はシールの役割も果たしていると考えられる。もう1種の貯留層は、より深部に分布する砂岩層であり、この砂岩層中の複数の深度で水素の濃集がみられる。水平方向(試錐孔ごと)にも深度方向にも比較的均質な岩相を反映して、孔隙率も4.52%~6.37%と均質である。また、砂岩層中の鉄に特に富む部分 (Banded Iron Formation: BIF) では、定常的に高い水素量を示しており(BOUGOU-6:深度1,300~1,410 メートル)、鉄の酸化が水素のソースである可能性が示唆される。

Maiga et al. (2023) [21]では、図8のようなモデルを想定している。浅部の炭酸塩岩貯留層及び砂岩貯留層の比較的上部では、水素は遊離ガスとして孔隙内に存在する。水への溶解が限界となる深度(研究域の地温勾配では800メートル程度)よりも深部の砂岩貯留層では、孔隙を満たす地下水中に溶存水素として存在する。

発見井では、2012年の生産パイロットプロジェクト開始以来、11年間にわたって減圧はみられず、4.5barsから5.0barsに加圧している。これは、水素が閉鎖系ではなく継続的に供給していることを示しており、可採埋蔵量や最適な生産レートを見出すためには、動的モデルによる評価を行う必要があると結論付けている。

図7 試錐コアの炭酸塩岩の写真(BOUGOU-14: 99m)
(図7)試錐コアの炭酸塩岩の写真(BOUGOU-14: 99m)

(出所:Maiga et al., 2023 [21] を改変)

図8 Bourakebougou案件の水素貯留層のイメージ図
(図8)Bourakebougou案件の水素貯留層のイメージ図

(出所:Maiga et al., 2023 [21])

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4.3. 天然水素探鉱・開発に関する法整備状況

水素探鉱・開発の促進には、その許認可に関する法整備も不可欠である。先進的な例ではマリにおいて、Hydroma社に対して2017年に水素探鉱についての許認可が出されている。南オーストラリア州では、2021年2月の法改正により、Petroleum and Geothermal Energy Actのもと石油探鉱ライセンス(PEL)によって水素探鉱の申請が可能になった。Gold Hydrogen 社 (表2の4)とH2EX社(表2の7)にはこのライセンスが付与されている。西オーストラリア州政府も同様に、天然水素を探査対象とすべく、Petroleum and Geothermal Energy Resources Act 1967の改正を予定している。2022年の4月には、フランスがEUに先立って鉱業法の対象に天然水素を含めることとした。米国では、州により対応が異なるようであるが、一部の州では現法で水素探鉱ライセンスが容認されており、実際にNatural Hydrogen Energy社(表2の2)やHyterra社(表2の8)はネブラスカ州、カンザス州でそれぞれ鉱区を取得している。Helios Aragon Exploracion社は、スペインの石油関連法のもと2020年に鉱区を取得し探鉱を実施しているが、2021年に制定された気候変動とエネルギートランジションに関する法律により、国内における新規の石油・ガス探鉱・開発許可が停止となっているため、現状では本案件は開発生産移行ができず、法整備が課題となっている。

 

5. おわりに

天然水素の探査・生産・利用には、実効的・効率的な探査手法、資源量・可採埋蔵量の把握、そのための貯留システムや生成・移動・集積のタイムスケールの理解、人工増進の可能性、地熱とセットでの開発・生産の可能性、国産エネルギーとしての日本国内のポテンシャル、グリーン水素に対する生産コストの優位性の精査など、まだ多くの疑問や解決すべき課題がある。その一方で、すでに学術的な研究領域のみにとどまることなく、ゼロエミッション燃料として経済的な目線での調査、探査の段階へ移行のさなかにあることは確かである。エネルギートランジション、脱炭素に貢献するクリーンエネルギーの新たな選択肢としての天然水素に注目し、引き続き動向を追っていきたい。

 


[1] 標準状態(0 ºC、大気圧)での体積

[2] 天然水素の調査・研究・開発を目的とした欧州のイニシアティブ。フランス国立科学研究センター(CNRS)、BRGM、TotalEnergies、Helios Aragonなどの水素探査企業等40以上の組織がメンバーとなっている。2023年2月にPosition paperを公表。

[3] オフィオライト:海洋プレートの沈み込みに伴って陸側に乗り上げた海洋プレートの断片。蛇紋岩、かんらん岩などから構成される。オマーンのSamailオフィオライトは、世界最大規模の超苦鉄質岩の露出帯である。

[4] 中央海嶺:大西洋、インド洋及び南太平洋のほぼ中央を走る海底の大山脈。

[5] 水素と一酸化炭素から触媒反応を経て炭化水素が発生する。

[6] 岩石をその鉱物組成に基づいて分類した場合に、ほとんどが有色鉱物(苦鉄質鉱物)からなるもの。かんらん岩や輝岩など。

[7] 反応速度は、温度、水/岩石比、かんらん石の溶解度、シリカ濃度等に依存するが、数日~数年の実験で反応の進行を観測可能である [14]。

[8] 不対電子(電子対を成さない単独で存在する比較的不安定な電子)をもつ分子または原子団(活性遊離基)。化学反応性が強い。

[9] 化学組成上、特にアルカリ(Na2O+K2O)に富む岩石。例えば、粗面岩や閃長岩等であり、日本では隠岐島など限られた地域に産出する。

[10] EGS (Enhanced Geothermal Systems) とも呼ばれる。地熱発電に本来必要な熱水や地熱貯留層のない、または枯渇した地域において、水の注入や人工的な亀裂の進展による貯留層の拡大などにより、蒸気生産量を増加、安定させる技術。

[11] 褶曲している地層の波の山に当たる部分。背斜の頂部のドーム状の構造が、油ガスの構造トラップとなりうる。

[12] National Instrument 51-101:Standards of Disclosure for Oil and Gas Activities。カナダにおける石油・天然ガスプロジェクトの情報開示基準。

 

参考文献

[1] ビル・ゲイツが認めた「地中水素」を掘削するスタートアップ, 2023年7月23日, Forbes Japan, https://forbesjapan.com/articles/detail/64746(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[2] 地中の水素が世界を変える? 開発競争スタート, 2023年6月19日、The Wall Street Journal, https://diamond.jp/articles/-/324716(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[3] IEA (2022) Global Hydrogen Review 2022, https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2022/executive-summary(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[4] 再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議 (2023),水素基本戦略,令和5年6月6日, https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/20230606_2.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[5] earth2 (2023) POSITION PAPER: The Place of Natural Hydrogen in the Energy Transition. https://static1.squarespace.com/static/645b6c751bac6e2a3eaed409/t/64a40271d7c49f46c30efeed/1688470150686/2023+Earth2+Natural+Hydrogen+position+paper+Feb+2023.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[6] Zgonnik, V. (2020) The occurrence and geoscience of natural hydrogen: A comprehensive review. Earth-Science Reviews, 203, 103140. https://doi.org/10.1016/j.earscirev.2020.103140(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

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[9] Suda, K., Ueno, Y., Yoshizaki, M., Nakamura, H., Kurokawa, K., Nishiyama, E., Yoshino, K., Hongoh, Y., Kawachi, K., Omori, S., Yamada, K., Yoshida, N. and Maruyama, S. (2014) Origin of methane in serpentinite-hosted hydrothermal systems: The CH4¬H2¬H2O hydrogen isotope systematics of the Hakuba Happo hot spring. Earth and Planetary Science Letters, 386, 112¬125. https://doi.org/10.1016/j.epsl.2013.11.001(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

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[13] Boreham Christopher J., Edwards Dianne S., Czado Krystian, Rollet Nadege, Wang Liuqi, van der Wielen Simon, Champion David, Blewett Richard, Feitz Andrew, Henson Paul A. (2021) Hydrogen in Australian natural gas: occurrences, sources and resources. The APPEA Journal 61, 163-191. https://doi.org/10.1071/AJ20044(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

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[20] Moretti, I., Prinzhofer, A., Francolin, J., Pacheco, C., Rosanne, M., Rupin, F., Mertens, J. (2021) Long-term monitoring of natural hydrogen superficial emissions in a brazilian cratonic environment. Sporadic large pulses versus daily periodic emissions, International Journal of Hydrogen Energy. International Journal of Hydrogen Energy 46, 3615-3628. https://doi.org/10.1016/j.ijhydene.2020.11.026(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[21] Maiga, O., Deville, E., Laval, J. et al. (2023) Characterization of the spontaneously recharging natural hydrogen reservoirs of Bourakebougou in Mali. Sci Rep 13, 11876. https://doi.org/10.1038/s41598-023-38977-y(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

 

以上

(この報告は2023年8月28日時点のものです)

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