ページ番号1009895 更新日 令和6年10月17日

ナゴルノ・カラバフ問題:アルメニア側の降伏で新局面 問題終結に向かうのか

レポート属性
レポートID 1009895
作成日 2023-09-29 00:00:00 +0900
更新日 2024-10-17 13:07:04 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 基礎情報
著者 四津 啓
著者直接入力
年度 2023
Vol
No
ページ数 10
抽出データ
地域1 旧ソ連
国1 アゼルバイジャン
地域2 旧ソ連
国2 アルメニア
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 旧ソ連,アゼルバイジャン旧ソ連,アルメニア
2023/09/29 四津 啓
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概要

  1. 2020年11月の停戦合意から3年を待たず、再びナゴルノ・カラバフを巡る武力衝突が発生した。2023年9月19日、アゼルバイジャン国防省が、カラバフ地域に対する「対テロ措置」の開始を発表し、アルメニア系住民が実行支配する「ナゴルノ・カラバフ共和国」(本稿ではナゴルノ・カラバフと表記)の軍事施設に対して攻撃。ナゴルノ・カラバフ側は劣勢に立たされ、ロシアの平和維持部隊の仲介で停戦提案を受け入れて翌20日13時に戦闘を停止。アゼルバイジャンが勝利しカラバフ支配を強化する結果となった。21日、アゼルバイジャン中部のエヴラフ市で、アゼルバイジャンとナゴルノ・カラバフ代表が最初の和平会議を実施。会話は今後も継続され、カラバフ地域の武装解除とアゼルバイジャン社会・経済への再編入、アルメニア系住民の権利について議論される見込み。アゼルバイジャンは国内問題として対処することを強調し、アルメニアは国内の反発を招きつつも介入しない姿勢を示している。
  2. アゼルバイジャンは「南ガス回廊」による欧州への天然ガス供給を拡大中である。同国は2022年7月に、EUと天然ガス供給量を2027年までに現在の2倍の20BCM以上とすることで合意した。現在唯一の輸出天然ガスプロジェクトであるShah Denizの開発と共に、その他プロジェクトからの天然ガス生産および輸入により輸出能力の確保を推進している。
  3. ナゴルノ・カラバフ問題が今回の停戦により前進することになれば南コーカサスエリアの主要な地政学的リスクの一つが低減することになり、大きな意義を持つ。ナゴルノ・カラバフのアルメニア系住民の処遇、アルメニア国内経済・政治の不安定化、ロシアの影響力低下による地域のパワーバランスの変化を注視する必要がある。

 

1. アゼルバイジャンの対テロ措置、停戦、和平会議

2023年9月19日にアゼルバイジャン国防省が、カラバフ地域に対する地域的対テロ措置の開始を発表した[1]。これによると、同措置はアゼルバイジャン、アルメニアおよびロシアの3か国で締結された2020年11月の停戦合意(参考1)の順守と、カラバフ地域内の挑発行為の抑制、アルメニア軍事勢力の武装解除・撤退、域内の市民および軍部隊の安全確保、アゼルバイジャンの憲法に基づく秩序の回復を目標とし、カラバフ地域のアルメニア軍事勢力の施設を無力化するというもの(2020年のナゴルノ・カラバフ紛争および停戦合意については「ナゴルノ・カラバフ紛争:ロシアの仲介で停戦合意、長期的な問題解決への道は遠い」および「(続報)ナゴルノ・カラバフ紛争:2020年武力衝突4回目の停戦合意、勢力図に変更」を参照)。民間人や民間施設を標的とせず、軍事施設のみを攻撃対象にし、ロシアの平和維持部隊並びにトルコとロシアの共同停戦監視センター指導部に同措置について報告を行っていたとされ、さらに域内の民間人に対しては、軍事施設から離れ、アルメニア軍事勢力に加担しないよう呼びかけを行ったとされる。現地の報道では、ナゴルノ・カラバフの中心都市ステパナケルトを含む各地で19日午前から爆発音や銃声が鳴り、市民がシェルターやロシアの平和維持部隊の基地に避難した。

アゼルバイジャンは対テロ措置実行の理由として、カラバフ地域におけるアルメニア軍事勢力の存在が地域の安全の脅威となっていることを挙げ、アルメニア系勢力が埋設した地雷により19日にも複数のアゼルバイジャン軍関係者、民間人に死傷者が出たことを声明の中に記載している。他方、アルメニア側やその他の報道では、アゼルバイジャンが2022年12月以降ラチン回廊を封鎖し、ナゴルノ・カラバフがアルメニア本土から隔絶された状態が続いており、食料や医療品の不足により人道的危機が生じていることが問題となっていた。平和維持部隊を派遣しているロシアも、ラチン回廊の封鎖は3か国停戦合意への違反であると指摘し、封鎖解除をアゼルバイジャンに求めていた。アゼルバイジャンはラチン回廊の封鎖について、民間車両の回廊通過は可能であるとし、また封鎖の理由は、ナゴルノ・カラバフへの軍事物資の供給を断ちテロ行為を防止するためと主張していた。

対テロ措置の開始直後は、再び大規模な戦闘に発展することが懸念されたが、アルメニアはアゼルバイジャンの行動を非難しつつ、ナゴルノ・カラバフにアルメニア軍は展開していないと反応し、軍事介入しない姿勢を示した。ナゴルノ・カラバフ側は物資不足により反撃能力が弱く劣勢に立たされ、翌9月20日、ロシアの平和維持部隊の仲介で停戦提案を受け入れて、現地時間13時に停戦が成立した。

アゼルバイジャン国防省の発表[2]によると、9月20日の停戦条件は以下のとおりであり、ナゴルノ・カラバフ側が降伏する形となった。

  1. カラバフ地域に展開されているアルメニア軍と非合法の武装勢力は武器を放棄して陣地から撤退し完全に武装解除する。
  2. 同時に、全ての弾薬と重火器はアゼルバイジャン軍に引き渡される。
  3. 上記のプロセスはロシアの平和維持部隊と連携の上、実施されることとする。

同日、アゼルバイジャンのアリエフ大統領が国民に向けて演説を行い、対テロ措置が終了しカラバフの主権を取り戻したと述べ、勝利を宣言した。

停戦成立の翌日9月21日に、アゼルバイジャン中部のエヴラフ(Yevlakh)でアゼルバイジャンとナゴルノ・カラバフ代表による最初の和平会議が実施された。会議にはアゼルバイジャンから3名、ナゴルノ・カラバフから2名、それにロシアとトルコによる共同停戦監視センターのロシア代表1名の合計6名が出席し、アゼルバイジャン側がナゴルノ・カラバフのアゼルバイジャン本土復帰のための計画を提示した。アゼルバイジャン政府発表によると、協議は建設的で前向きな雰囲気のもと行われ、アルメニア系住民の社会復帰、インフラ復興、アゼルバイジャンの法制に基づく社会組織の再建等について話し合われた。また、今後協議を継続することとし、近日中に再度会議を行うことで合意したとされ、9月25日にホジャリ(Khojaly。Ivanyan。ナゴルノ・カラバフ内、ステパナケルトの北約10キロメートル)で2回目の会議が実施されている。

 

2. アゼルバイジャンの天然ガス動向

アゼルバイジャンの天然ガス関連上流の動向に触れておく。

ロシアからの石油・天然ガス調達の代替の一つとして、欧州はアゼルバイジャンを含むカスピ海エリアからの調達に注目している。アゼルバイジャンは「南ガス回廊」による欧州への天然ガス供給を拡大中である。さらに2022年7月には、EUへの天然ガス供給量を2027年までに現在の2倍の20BCM以上とすることをEUと合意し、輸出用の天然ガスの確保に追われている。以下、主要な天然ガス探鉱・生産案件の状況を列挙する。

(図1)カスピ海アゼルバイジャン沖の主なプロジェクト位置
(図1)カスピ海アゼルバイジャン沖の主なプロジェクト位置
(出所:各種情報を基にJOGMEC作成)
  • Shah Deniz:アゼルバイジャン最大の天然ガスプロジェクト。現在唯一の輸出用天然ガス生産源。フェーズ1、フェーズ2で生産中。2022年と2023年にそれぞれ新たな生産プラットフォームからの生産を開始し、2023年に生産量ピークの年間約27BCMを達成予定。2023年1月に深部ガス層を狙って追加の探鉱井SDX-8の掘削を開始。さらにフェーズ3が計画される。
    ShahDenizから生産される天然ガスはSangachalガス処理ターミナルに送られ、そこから2020年末に全線開通した「南ガス回廊」でジョージア、トルコ、ブルガリア、イタリア、ルーマニアに輸出されている(一部はアゼルバイジャン国内にも供給)。さらにハンガリー、セルビアへの輸出も計画されている。2022年の生産量は25BCM、このうち11BCMが欧州向けに輸出された。
    権益保有者構成は、BP(英)29.99%、Lukoil(露)19.99%、TPAO(トルコ)19%、SOCAR(アゼル)14.35%、NICO(イラン)10%、SGC6.67%。NICO(イラン国営石油会社)の参加は米国の対イラン制裁が免除されている。
(図2)アゼルバイジャンの天然ガス輸出量(単位:BCM)
(図2)アゼルバイジャンの天然ガス輸出量(単位:BCM)
(出所:BP統計、Interfax報道を基にJOGMEC作成)
  • Absheron:TotalEnergies(仏)とSOCARが50%ずつ出資。2023年7月にフェーズ1の生産を開始。生産物は洋上の処理プラットフォームから、SOCAR保有の、アプシェロン半島東端の洋上石油ガス処理施設Oil Rocksに接続。生産キャパシティは天然ガス年間1.5BCM、コンデンセート1.2万BD。天然ガスは需要が拡大しているアゼルバイジャン国内市場に供給され、コンデンセートはBTCパイプラインで輸出。フェーズ2で天然ガス生産量を年間5BCMに拡大する計画とされる。
  • Umid-Babek:SOCARが80%、アゼルバイジャンの民間石油企業Nobel Oilが20%出資。SOCARがオペレーターを務める主力生産プロジェクト。2012年にUmid構造のフェーズ1の生産が開始され(生産量年間約1BCM)、フェーズ2が2022年の生産開始を目標に開発されていたが、遅延している。生産物は全て国内市場に供給。Babek構造では探鉱を実施中で、大規模な埋蔵量が期待されている。
  • Shafag Asiman:Shah Denizに次ぐ大規模な埋蔵量が期待される探鉱中プロジェクト。1961年に構造が発見されていたが、Shah Denizからさらに南東約60キロメートル沖合に位置し、水深、構造深度が大きいため本格探鉱が実施されてこなかった。2010年にBPがSOCARとPSAを締結。2020年から1本目の探鉱井を掘削し2021年にガスコンデンセートを確認した。現在掘削結果を評価の上、2本目の探鉱井の掘削を計画中とされる。
  • ACGの深部ガス田:巨大油田ACGの深部に存在するとされるガス田。現行のACGのPSAでは開発の対象外であり、パートナー間で扱いを協議していると見られるが、結論は出ていない模様。徐々に減退中のACG油田では拡張計画も実行中だが、将来的なガス田開発の可能性がある。なお、ACGの随伴ガスはほとんどが石油の生産量維持のため地下に再圧入されている。
  • Shallow Water Absheron Peninsula(SWAP):アプシェロン半島南側の探鉱中プロジェクト。水深40メートル程度の浅いエリアで陸に近く、埋蔵量が認められれば比較的容易に開発を推進できると期待された。BPが2014年にSOCARとPSAを締結。2016年に3次元震探を実施し、2021年から2022年に探鉱井を3本掘削したが、その結果、商業化に必要な埋蔵量が確認できなかったためBPは撤退を決定している。参加者構成はBP25%(オペレーター)、SOCAR50%、Lukoil25%。
  • Dostlug:トルクメニスタンと共同開発される予定のプロジェクト。構造の発見は1959年に遡るが、トルクメニスタンとアゼルバイジャンの間で帰属問題となっていた。2021年1月に両国が共同で探鉱開発活動を行うことで合意、呼称も友情を意味する「ドストルク」に統一。現在の共同活動の状況は不明で事業主体も未定だが、今後探鉱が進められる予定。生産物をトルクメニスタンとアゼルバイジャンで7:3の割合で分割することで合意しているとされ、トルクメニスタンにとってはアゼルバイジャンを経由する西側への輸出経路を形成する機会になりうる。
  • イラン経由によるトルクメニスタンからの天然ガス輸入:2022年1月から開始された、3か国によるスワップ取引。アゼルバイジャンがトルクメニスタンから天然ガスを輸入するにあたり、トルクメニスタンからイラン北部に天然ガスを供給し、同量をイランが西部からアゼルバイジャンに供給するというもの。契約量は年間3~4BCMで2BCM程度取引されていると見られる。これによりアゼルバイジャンは、自身よりはるかに大きな天然ガスポテンシャルを抱えるイランとトルクメニスタンを下支えにして、国内需要向けに安価な天然ガスを調達し、自国産天然ガスを輸出向けに確保していると考えられる。アゼルバイジャンのしたたかな戦略が窺える。
(図3)アゼルバイジャン産天然ガスを欧州に供給するパイプラインルート「南ガス回廊」
(図3)アゼルバイジャン産天然ガスを欧州に供給するパイプラインルート「南ガス回廊」
(出所:JOGMEC作成)

3. ナゴルノ・カラバフ問題終結に向かうのか

アゼルバイジャンは今回の対テロ措置と停戦を全て国内問題と位置付けて、あくまで国内法に沿って処理する姿勢を示している。アリエフ大統領は9月20日の勝利宣言と言える演説[3]の中で、アゼルバイジャンは他民族国家であり、ナゴルノ・カラバフのアルメニア系住民には教育、文化、宗教、自治体の選挙権等全ての権利が保障されると述べた。ナゴルノ・カラバフの扱いがどうなるかはまだ明確になっておらず、今後継続される予定の和平協議で定められると見られる。

アルメニアでは、アゼルバイジャンによるアルメニア系住民の迫害が危惧され、停戦決定後からエレバンで、ナゴルノ・カラバフに軍事支援を行わず降伏を認めた政権に対する抗議デモが始まった。また、アゼルバイジャン支配に対する不安からナゴルノ・カラバフを退去する住民がアルメニアに押し寄せている。

最初の和平会議が実施された9月21日はアルメニアの独立記念日だった。同日、アルメニアのパシニャン首相は演説の中で、ナゴルノ・カラバフの住民は尊厳と安全が確保された環境下で、その場に留まるべきであり、現時点で住民に対する直接的な脅威はないと評価していると述べる一方で、4万人の避難民を受け入れる準備があるとした[4]。また24日には、12万人いるとされるナゴルノ・カラバフのアルメニア系住民がもしアルメニアに避難することになればアルメニアで人道的、政治的危機が発生する恐れがあり、そのような事態に陥った場合、責任はロシアの平和維持部隊とアゼルバイジャンにあると述べて[5]、平和維持部隊が派遣されていながらナゴルノ・カラバフが降伏する結果となったことについてロシアに対する不満を露わにした。

演説の中でパシニャン首相は他にも、「アルメニアはこれまで同盟国に対する義務を放棄したことも、同盟国を裏切ったこともないが、これまでの経緯を吟味すると、我々が長年にわたり依拠してきた安全保障のシステムや同盟国は、アルメニアの脆弱性を暴露することを目的としていたことが分かる」、「CSTO(集団安全保障条約機構)やロシアとの戦略的協力関係はアルメニアの外的安全保障を確保できなかった」、「アルメニアは対外的・対内的安全保障の手段を変更・補完・拡充する必要がある」と述べるなど、ロシアとの同盟関係を中心としてきた安全保障体制を見直す必要があるとの考えを繰り返した。この姿勢は2020年の武力衝突に際して、アルメニアの要請にも関わらずCSTOが介入しなかった時から鮮明になっている。アルメニアは2023年1月のCSTOの合同軍事演習に参加しなかった上、4月にはNATOの演習に参加する姿勢を見せ(結局参加は見送られた)、さらに今回のアゼルバイジャンの対テロ措置の直前にも、米国と「イーグル・パートナー2023」と称する合同軍事演習を国内で行っていた。(演習は9月11日から20日の10日間で予定通り終了し、19日に始まったアゼルバイジャンの対テロ措置の影響は受けなかったとされる。)これに加えて、ロシアが平和維持部隊を駐留させる中でアゼルバイジャンが改めて武力によりナゴルノ・カラバフの実効支配を固めたことからも、南コーカサスにおけるロシアの影響力の顕著な低下が分かる。

アルメニアの独立32周年を記念した21日の演説[6]の中でパシニャン首相は次のように述べ、国民に対して、痛みと屈辱に耐えながらも紛争を終結させ前進することが必要であると訴えている。

「平和こそが、独立と主権だけでなく安全をも確保し保証する要素である。この緊迫した環境、散発する武力衝突を前にして平和を語るべきではないと考える人も多い。しかし、特にこのような状況にあってこそ、平和を大切にすべきである。平和を休戦や停戦と混同してはいけない。平和とは、国家間紛争、民族間紛争のない環境である。この道のりは容易ではない。外からも中からも衝撃を受けることになる。それでも我々は、独立のため、国家のため、そして未来のために、この道を通らなければならない。」

今回の停戦によりアゼルバイジャンがカラバフ地域の主権を完全に回復し「ナゴルノ・カラバフ共和国」が事実上消滅する可能性がある。ナゴルノ・カラバフ問題の長期的解決に向けて前進することになれば南コーカサスエリアの主要な地政学的リスクの一つを低減することになり、大きな意義を持つ。

アゼルバイジャンがアルメニア系住民の処遇を含めどのようにナゴルノ・カラバフをアゼルバイジャン本土に統合していくか、敗北と避難民の流入に対処するアルメニア国内経済・政治の行方、ロシアの影響力低下による地域のパワーバランスの変化とその作用を注視する必要がある。

 

参考1:2020年11月の停戦に関する3か国合同声明の内容

  1. ナゴルノ・カラバフ紛争に伴う全ての戦闘行為をモスクワ時間2020年11月10日午前零時(現地時間では1時)に停止する。アゼルバイジャン共和国とアルメニア共和国、以下「当事国」、は確保した領域に留まる。
  2. アグダム地域(図4の(1))は2020年11月20日までにアゼルバイジャンに返還される。
  3. ナゴルノ・カラバフ境界線およびラチン回廊に沿って、小銃を備えた1,960人の軍人、90の装甲車、380台の特殊車両からなるロシア連邦の平和維持部隊が配備される。
  4. ロシア連邦の平和維持部隊は、アルメニア軍の撤退と並行して展開される。ロシア連邦の平和維持部隊の駐留期間は5年間であり、その満了6か月前にこの規定の適用を終了する意思表明が、いずれの当事国からもなされない場合、次の5年間は自動的に延長される。
  5. 当事国による当該合意の履行に対する統制の有効性向上ために、停戦を管理するための平和維持センターが設置される。
  6. アルメニア共和国は、2020年11月15日までにキャルバジャル地域(図4の(2))を、2020年12月1日までにラチン地域(図4の(3))をアゼルバイジャン共和国に返還する。ナゴルノ・カラバフとアルメニア本土を繋ぐラチン回廊(幅5キロメートル)(図4の(4))はシュシャ市を介さず、ロシア連邦の平和維持部隊が管理する。
    当事国の合意により、今後3年間で、ナゴルノ・カラバフとアルメニアの連絡を確保するラチン回廊に沿った新しい交通ルートの建設計画が定められ、その後このルートを保護するためにロシアの平和維持部隊が再配置される。
    アゼルバイジャン共和国は、市民、車両、貨物のラチン回廊に沿った両方向の交通の安全を保証する。
  7. 国内避難民と難民は、国連難民高等弁務官事務所の監督のもと、ナゴルノ・カラバフの領土とその隣接地域に帰還する。
  8. 捕虜、その他の拘留された人、および死者の遺体の交換が実施される。
  9. この地域の全ての経済および交通の封鎖は解除される。アルメニア共和国は、市民、車両、貨物の両方向への妨げのない移動を実現するために、アゼルバイジャン共和国の西部地域とナヒチェヴァン自治共和国の間の交通の安全を保証する。交通路はロシア連邦保安庁国境警備局によって管理される。
    当事国の合意により、ナヒチェヴァン自治共和国とアゼルバイジャンの西部地域を結ぶ新しい連絡路(図4の(5))の建設が保証される。

 

(図4)2020年11月の停戦時のナゴルノ・カラバフ
(図4)2020年11月の停戦時のナゴルノ・カラバフ
緑線で囲まれた地域が旧ナゴルノ・カラバフ自治州。色が濃い部分がアルメニアが実効支配してきた地域で、そのうち茶色部分が戦闘でアゼルバイジャンが掌握した地域、赤線で囲まれた斜線部分が停戦合意に基づきアゼルバイジャンに引き渡された地域。赤い三角形は停戦監視所。
(出所:報道を基にJOGMEC作成)
参考2:ソ連末期以降のナゴルノ・カラバフ紛争年表
出来事
ソ連時代末期 アルメニア人によるナゴルノ・カラバフの編入要望激化。1988年末までに20万人以上のアゼルバイジャン人とイスラム教徒のクルド人がアルメニアの数十の村から追放。アスケラン事件、スムガイト事件、キロヴァバード事件(いずれもアゼルバイジャン人、アルメニア人の民族対立による暴動・虐待・追放事件)が発生。
1990年 黒い一月事件:民族運動が激化したバクーにソ連軍が介入。
1991年

ジェレズノヴォツク共同宣言:ロシアとカザフスタンの仲介による調停。

ソ連、8月のクーデター、12月の解体。アルメニア、アゼルバイジャンが独立。ナゴルノ・カラバフも「ナゴルノ・カラバフ(アルツァフ)共和国」として独立を宣言(アルメニアも未承認)。
1992年 テヘラン共同宣言:ラフサンジャーニー・イラン大統領による調停。全欧安全保障協力会議(CSCE、OSCEの前身)の仲介を規定。
1994年 ビシュケク議定書:ロシアの主導による停戦合意。
1997年 CSCEから名称変更した欧州安全保障協力機構(OSCE)のミンスク・グループで米・仏・露が共同議長となる。
2008年 アゼルバイジャンの国力が原油収入によって増大する中、アリエフ大統領が「必要とされれば、アゼルバイジャンは領土を奪還するため武力行使に出るだろう」と述べたのと同時に、両国境界線での銃撃事件が増加。2008年3月5日、最も重大な停戦違反となった第一次マルダケルト衝突が起こり、最大で16人の兵士が死亡。

2010年

第二次マルダケルト衝突。
2014年 6月から8月にかけてアゼルバイジャンによる停戦違反、大統領によるアルメニアに対する戦争示唆で緊張が再び高まる。
2016年 4日戦争:1994年の停戦以来で最大規模の衝突。アルメニア国防省はアゼルバイジャンが領土を奪うため攻勢を仕掛けたのだと主張。アゼルバイジャンの報告ではアゼルバイジャン軍兵士12人が死亡。アルメニア側はアルメニア軍兵士18人が死亡、35人が負傷したと発表。
2020年 7月および9月の武力衝突。兵士、民間人を合わせて双方で数千人規模の死傷者が出たと見られる。11月にロシアの仲介により停戦合意。アルメニアはナゴルノ・カラバフ中心部以外から撤退し、ロシアが平和維持部隊を派遣。
2021年 アルメニア南部国境沿いで武力衝突が頻発。ロシアの平和維持部隊が仲介し鎮静化。
2022年 9月に再びアルメニア南部国境沿いで武力衝突。双方で合わせて300人近い兵士が死亡。国境から離れたアルメニア国内に対してもアゼルバイジャン軍による攻撃があったとされる。アルメニアはCSTOに支援を要請するも、調査団派遣に留まり派兵なし。ロシアの平和維持部隊が仲介し鎮静化。
2023年 9月にアゼルバイジャンが「地域的対テロ措置」としてカラバフで軍事行動。ナゴルノ・カラバフが1日で停戦提案を受け入れた。アルメニアは不介入。アゼルバイジャンは国内問題としてナゴルノ・カラバフとの会議を実施。アルメニア系住民の大規模退避が開始。

(出所:各種情報に基づきJOGMEC作成)

 

 

[1] “Statement by Azerbaijan’s Ministry of Defense,” Ministry of Republic of Azerbaijan, 19 Sep. 2023
https://mod.gov.az/en/news/statement-by-azerbaijan-s-ministry-of-defense-49350.html
https://mod.gov.az/en/news/statement-by-azerbaijan-s-ministry-of-defense-49363.html

[2] “Colonel Anar Eyvazov: “An agreement has been reached to suspend local anti-terror measures”,” Ministry of Republic of Azerbaijan, 20 Sep. 2023
https://mod.gov.az/en/news/colonel-anar-eyvazov-an-agreement-has-been-reached-to-suspend-local-anti-terror-measures-video-49446.html

[3] “Ilham Aliyev addressed the nation,” President of the Republic of Azerbaijan, 20 Sep. 2023
https://president.az/en/articles/view/61113

[4] “Prime Minister Nikol Pashinyan refers to the created situation,” The Prime Minister of the Republic of Armenia, 21 Sep. 2023
https://www.primeminister.am/en/statements-and-messages/item/2023/09/21/Nikol-Pashinyan-21-09-Speech/

[5] “Prime Minister Nikol Pashinyan's message about Independence,” The Prime Minister of the Republic of Armenia, 24 Sep. 2023
https://www.primeminister.am/en/statements-and-messages/item/2023/09/24/Nikol-Pashinyan-messages/

[6] “Prime Minister Nikol Pashinyan's congratulatory message on the occasion of the 32nd anniversary of the independence of the Republic of Armenia,” The Prime Minister of the Republic of Armenia, 21 Sep. 2023
https://www.primeminister.am/en/statements-and-messages/item/2023/09/21/Nikol-Pashinyan-Speech-21-09/

 

以上

(この報告は2023年9月25日時点のものです)

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