ページ番号1010005 更新日 令和6年2月15日

天然ガス・LNG最新動向 ―2023年世界のLNG貿易実績および中長期LNG価格イメージとLNG調達戦略・欧州ガス政策へのインプリケーション―

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レポートID 1010005
作成日 2024-01-16 00:00:00 +0900
更新日 2024-02-15 13:07:03 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG
著者 白川 裕
著者直接入力
年度 2023
Vol
No
ページ数 78
抽出データ
地域1 グローバル
国1
地域2
国2
地域3
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国・地域 グローバル
2024/01/16 白川 裕
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概要

ウクライナ侵攻をきっかけとして、欧州向けロシアパイプラインガス輸出量が大きく減少。自身のガス不足を補うために欧州は世界中のスポットLNGを大量に調達し、もともと2025年を谷としたLNG供給余力の不足する時期に差し掛かっていたLNG市場の需給逼迫に拍車をかけた。世界のスポットLNG価格はこれまで経験したことのないレベルまで高騰し、煽りを受け資金不足となった新興需要国ではLNG調達が滞り、石炭への回帰や停電が頻発した。

それでも2023年の世界のLNG貿易量は400MT/yを超え対前年3.6%の堅調な伸びを示した。

現在の価格レベルは一時と比べれば落ち着きを取り戻しているが、今後しばらくの間は小さなトラブル等でも大きな影響を与えかねない状況が続く。

現在はエネルギーセキュリティーが重視されているものの、スポットLNGの高騰が多くのLNG液化プロジェクトを誘引した結果、2028年以降、今度は過去最大級の供給過剰が訪れ、その機運が再び失われる懸念がある。

欧州はロシアのガスに依存し過ぎていたとの指摘があるが、脱炭素を推進するだけでなく、エネルギーセキュリティーの向上に関してもリーダーとして今後大きく世界に貢献できる可能性がある。ここでは、

  • 世界のガス・LNG価格
  • なぜ欧州ガス市場が重要なのか?
  • 欧州ガス・LNG需給
  • 世界のLNG貿易実績と売主の状況(米国、豪州、中東3か国)
  • LNG供給余力の考察
  • 中長期ガス・LNG価格イメージと調達へのインプリケーション
  • 世界のLNG供給セキュリティー向上のために
    • 調達先の多様化
    • スポット割合の推移
    • 長期契約 vs スポット契約
    • 欧州ガス価格高騰の原因
    • LNG液化プロジェクト期間半減のコスト
    • 欧州発スポットLNG高騰による世界の損害額
    • 欧州地下ガス貯蔵在庫積み上げの経済効果
    • 欧州ガス政策への提言

についてまとめる。

(本レポートは2023年11月17日JOGMEC月例ブリーフィングの内容を更新・再構成したものです)

 

Latest Trends in Natural Gas and LNG - World LNG trade performance in 2023 and implications for LNG procurement strategy and European gas policy with medium to long-term LNG price image –

The invasion of Ukraine triggered a major decline in Russian pipeline gas exports to Europe. To compensate for its own gas shortages, Europe procured large quantities of spot LNG from around the world, adding to the tight supply-demand situation in the LNG market, which was originally approaching a period of insufficient LNG supply capacity with 2025 as the trough. The global spot LNG price soared to an unprecedented level, causing LNG procurement to stagnate in emerging LNG demanding countries that were short of funds, resulting in a return to coal and frequent power outages.

Even so, global LNG trade in 2023 exceeded 400 MT/y with a steady growth of 3.6% y/y.

Although the current price level has stabilized compared to the past, even minor problems will continue to have a major impact for some time to come.

Despite the current emphasis on energy security, there are concerns that the momentum will be lost again after 2028, when the largest-ever oversupply will come, this time as a result of soaring spot LNG prices, which have induced many LNG liquefaction projects.

Although it has been pointed out that Europe has been too dependent on Russian gas, it has the potential to make a significant contribution to the world in the future as a leader not only in promoting decarbonization, but also in improving energy security. In this report, we summarize the topics below.

  • World Gas and LNG Prices
  • Why is the European Gas Market Important?
  • European Gas and LNG Supply and Demand
  • World LNG Trade Performance and Sellers’ situation (U.S., Australia, 3 Middle East Countries)
  • Consideration of LNG Supply Allowance
  • Medium- to long-term gas and LNG price picture and implications for procurement
  • Improving Global LNG Supply Security
    • Diversification of procurement sources
    • Changes in Spot Percentage
    • Long-term contracts vs. spot contracts
    • Causes of European gas price spikes
    • Cost of LNG liquefaction project duration halved
    • Global Losses from spot LNG price spike from Europe
    • Economic effects of building up European underground gas storage inventory
    • Recommendations for European gas policy

(This report is an update and reconstruction of the November 17, 2023 JOGMEC Monthly Briefing)

 

1. 世界のガス・LNG価格

2020年、大量の余剰LNGが発生しスポットLNG価格が大きく低下したため、多くの米国LNGカーゴがキャンセルされた。これは米国でLNG液化設備が一斉に立ち上がり生産を開始したためであったが、2021年以降は一転未曾有の需給逼迫が発生している。世界のガス・LNG価格は、現在やや落ち着きを取り戻しているが、なお例年より高い水準で推移している。

 

TTF、JKM

2021年1月、突然の寒波が北東アジアを襲来した。各社スポットLNG調達に奔走したが、豪州の大型LNG液化設備がトラブルで停止する中、北米からのLNG輸送がPanama運河の渋滞により大幅に遅延したため、日本を始め中国、韓国などでLNGが不足。JKM(Platts Japan Korea Marker:北東アジアスポットLNG価格指標)は過去最高の$32/MMBtuをつけた。

その後、春から夏にかけて一旦例年のレベルに戻ったものの、夏以降、TTF(Title Transfer Facility:欧州ガス価格指標)とJKMは上昇を始めた。これは、2021年初からロシアが欧州向けパイプラインガス販売量を抑制したためであった。価格が上昇してもロシアはガス販売量を増加させることはなかったが、当時誰もがその販売行動を訝しんだ。

2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発。その影響を受け、TTF、JKM、HH(Henry Hub:米国ガス価格指標)、そして原油価格も上昇し、日本平均LNG輸入価格も上昇していった。TTFは3月に$72/MMBtu、JKMも$85/MMBtuまで急騰した。

欧州向けパイラインガス輸出量はロシアによって段階的に削減され、2022年夏、欧州では冬期ガス供給の4割を依存する地下ガス貯蔵在庫の払底を懸念しTTFが高騰。8月26日には、史上最高の$99/MMBtuをつけた。ガス供給が不足した欧州は、世界のスポットLNGを大量に買い漁り、その結果、JKMも大きく上昇した。秋以降、欧州は在庫積み上げの目途が立ち無事に冬を越せる見通しとなりTTFは軟化。2023年5月、TTF・JKMは$7/MMBtu程度まで低下した。

2023年6月、いまや欧州にとって最大の供給源となったノルウェーパイプラインガスの4分の1を処理するNyhamnaガスプラントでのメンテナンス延長等が発表されると、TTF、JKMは上昇に転じ、6月中旬、$13/MMBtuに至った。秋口までにノルウェーパイプラインガス設備の定期修理は終了したが、豪州LNG液化設備でのストライキや中東政情緊迫化の報道のたびに、季節要因とも重なり、TTF、JKMは変動を繰り返した。

地下ガス貯蔵在庫の積み上げと穏やかな天候が奏功し、TTF、JKMはその後徐々に低下。2024年1月上旬、TTF、JKMとも$10/MMBtu台前半で推移している。

現在のTTF・JKMは、一時と比べれば落ち着きを取り戻している。ただし、ベースの需給は依然逼迫しており、価格レベルはまだ例年より高い水準にある。

 

HH

2010年頃から本格化したシェール革命によって、オイル生産に伴う随伴ガスが大幅に増加し、それ以降米国ガス価格は低位安定を継続している。

ロシアのウクライナ侵攻後、インドネシアでの石炭の生産不調なども重なり、禁輸となったロシア産石炭を代替するために欧州は一時的に大量の米国産石炭を調達した。米国内では価格が上昇した発電用石炭をガスで代替する動きが強まり、米国の地下ガス貯蔵在庫は5年平均を大きく下回った。その結果、2022年8月、HHは14年ぶりに$10/MMBtuを突破した。

その後、随伴ガスを中心に生産が順調に増加したところに暖冬も重なり、2023年2月には、一時$1.9/MMBtu台と2年半ぶりの安値つけた。在庫のだぶつきは徐々に解消し、2024年1月上旬時点で、$2/MMBtu後半を推移している。

2023年12月、EIA(U.S. Energy Information Administration:米国エネルギー情報局)は、HHは今冬平均で$2.8/MMBtuと予測。ガス生産量が拡大を続けており、今冬は比較的温暖で高在庫が見込まれること、さらに、消費量が5年平均を2%下回る見込みであることから11月時点での予測より60セント以上引き下げた。[1]

 

日本平均LNG輸入価格

原油価格にリンクする長期契約が8割、スポット契約が2割を占める日本平均LNG輸入価格は、COVID-19による経済の低迷と原油価格の低下によって、2021年は低水準で推移した。その後の原油価格の上昇と欧州の大量調達によるスポットLNG高騰の影響から上昇。2022年9月には$22.73/MMBtuをつけたが徐々に低下し、現在、ドルベースでは落ち着きを取り戻している。10月時点で$11.89/MMBtuとなった。

図1.世界のガス・LNG価格
図1.世界のガス・LNG価格 (出典:Platts、IMF、ICE他よりJOGMEC作成)

2023年下半期に世界のガス・LNG価格に影響を与えたイベントとして以下の4つが挙げられる。

  • ノルウェーパイプラインガス供給設備トラブル
  • Balticconnector損傷
  • 豪州LNG液化設備ストライキ
  • 中東情勢緊迫化とエジプトLNG生産停止

ここでは前2者についてまとめ、残る2者については後段で解説したい。

 

ノルウェーパイプラインガス供給設備トラブル

ノルウェーパイプラインガスは、現在、欧州の全ガス・LNG輸入量の3割を占める最大の供給源となっている。ウクライナ侵攻前には5割近いシェアを誇ったロシアパイプラインガス輸出の急減を補うために、2022年、ノルウェーは定期メンテナンスを延期してまで増産に努めた。その影響もあったためか、2023年のメンテナンス時、Trollガス田、Nyhamnaガスプラント、Oseberg、Asgard、Kvitebjornなどのガス田でトラブルが多発し、その都度TTF、そしてJKMが上昇した。2023年のガス供給量は108Bcmと、対前年8Bcm、8%の減少となった。

図2.ノルウェーパイプライン生産量の推移
図2.ノルウェーパイプライン生産量の推移 (出典:ENTSOG他よりJOGMEC作成)

Balticconnector損傷

10月8日未明、フィンランドとエストニアを結ぶBalticconnectorは、異常な圧力低下に見舞われ、ガス漏れの疑いがあるとして緊急停止された。

ここで、Balticconnectorとは、フィンランドInkooとエストニアPaldiskiを結ぶ、総延長146km(うちバルト海部分77km、最大水深100m)、口径28インチ、輸送容量2.6Bcm/yのガスパイプラインである。2020年1月に運用を開始し、当初は、主にエストニアからフィンランドへガスを輸出していたが、2023年、InkooにFSRU(浮体式LNG貯蔵再ガス化設備、Floating Storage and Regasification Unit)が新設されたのに伴い、エストニア向けにガスが輸出されるようになった。

10月10日、エストニアは、ラトビア経由等でガスの供給は確保されていると発表。フィンランドは、ガスシステムは安定しており、国内需要の2倍となる3.4MT/y(百万トン、Million Tons)の能力を持つInkooのFSRUとHamina小規模 LNG受入基地を通じてガス供給は確保されていると述べた。さらに、今回のトラブルは通常のオペレーションによるものではないとし、フィンランドの排他的経済水域内と特定された漏出箇所の損傷修復工事には少なくとも5ヶ月はかかる見込みで、復旧は最短でも2024年4月になると述べた。

ただし、現在、InkooのFSRUは、実質的にフィンランドの単一のガス供給源となっている。毎年1-2月には海象が厳しさを増し、輸送には砕氷機能を持つLNG船が必要となるが、そもそも砕氷船は船数が少なく、その手配には万全を期す必要がある。

10月10日深夜、EUのLeyen委員長は破損したパイプラインに関する調査は、意図的な行為の可能性を前提としていると述べ、インフラのセキュリティー強化を約束した。

10月12日、フィンランド安全保障情報局は、欧州のエネルギーインフラはロシアの標的であり、エストニアと協力して調査を進めることを発表した。

10月17日、EUのSimsonエネルギー担当委員も、域内の重要なエネルギーインフラに関して警戒を続ける必要があると述べた。

10月24日、フィンランド捜査当局は、パイプライン損傷発生個所付近の海底からいかりを回収。1.5-4mの引きずり跡を確認し、これが損傷の原因とみられることを明らかにした。当時付近を航行していた香港船籍のコンテナ船New Polar Bear号のものであるかどうかを調べているという。事故によるものか、もしくは故意かの判断は時期尚早としている。[2]

そもそも国際ガスパイプラインは多国間を広範囲・長距離にわたって敷設されおり、その防御はそもそも極めてチャレンジングである。

2022年9月、ロシアからドイツへのガスパイプラインNord Streamが爆破されて以来、EUは重要インフラに対するセキュリティーを強化していたはずであった。今回の事件でEUのエネルギーインフラを巡る脆弱性が再び浮かび上がった。

さらに、原因がいかりによる損傷の可能性が濃くなった中で、ロシアのウクライナ侵攻以降、他国への疑心暗鬼を深めざるを得ない時代の心理を浮き彫りにした形となった。

図3.Balticconnector損傷
図3.Balticconnector損傷 (出典:GIE他よりJOGMEC作成)

(参考)なぜ欧州ガス・LNG市場が重要なのか?

従来世界のガス・LNG市場は独立性が高かったが、スポットLNGの取引量が増加するにつれ連携を強め、現在では自由化が進んだ世界最大規模の欧州ガス市場の動向が大きな影響力を持つようになってきている。

世界のガス・LNG市場と価格は大きく4つに分類される。まず、欧州ガス市場の需給で決定される欧州パイプラインガス価格(代表的な指標はTTF)、次に、米国内ガス需給によって決定される米国内パイプラインガス価格(代表的な指標はHH)、そして、JCC(Japan Crude Cocktail)やブレント等、原油価格にリンクする長期契約LNG価格、最後に、世界のスポットLNG価格(代表的な指標はJKM)である。なお、日本平均LNG輸入価格は長期契約LNG価格とスポットLNG価格を輸入割合である8対2で按分したものとなる。

スポットLNGの取引は2000年代後半から増加した。LNGプロジェクトの減価償却が進み一部の長期契約が終了。さらにデボトルネッキングによって追加の生産能力が生じる中で、当初は関連する長期契約LNGに見合う値決めがなされていたが、その後、1隻単位でその時点での需給バランスによって決定される価格に基づいて売買されるようになった。代表的な価格指標であるJKMのアセスメントは、S&P Global Plattsによって2008年から開始された。

それまで世界各地のガスとLNG価格はほぼ独立していたが、このスポットLNGの誕生によって、現在では欧州ガス市場と世界各国のガス・LNG市場が密接にリンクするようになった。

図4.世界のガス・LNG市場の相関(2022年6月イメージ)
図4.世界のガス・LNG市場の相関(2022年6月イメージ) (出典:各種資料よりJOGMEC作成)

各月のTTF、JKM、HH平均値について、それぞれの関係性を確認すると、TTFとJKM間の決定係数R2は高い値を示し、これは両者によい相関があることを示している。ここで、決定係数R2とは、2つの変数の相関性の強さを表す係数であり、この値が高いほど2変数の関係性を相関式でうまく説明することができる。また、欧州ガス市場は購買力の高い国々から構成され、その規模も侵攻前の時点で400MT/yと、世界のスポットLNG取引量160MT/yの3倍近い規模となっており、その結果、JKMのベースのレベルはTTFによって決定されることになる。一方、HHとTTF、JKMの相関は低い。米国は世界のLNG貿易量の2割を輸出するまでになったが、液化設備容量がボトルネックとなっているため、欧州ガス価格や世界のスポットLNG市場との直接のつながりは薄い。

ここで、2016年と2019-21年に、HHとTTF、JKM間の決定係数が上昇しているが、これは、これらの年にはそれぞれの市場で大きなトラブル等が発生せず、かつ、3地域とも気温低下に従い冬期に向かってガス価格が上昇していく一般的な傾向が一致したためであった。また、2018年のTTF-JKMの決定係数が低くなった理由は、この年、春から夏にかけてアジア太平洋市場のスポットLNGの需給が短期的に引き締まった半面、欧州へはロシアパイプラインガスが潤沢に供給され、需給状況に差異が発生したためであった。

図5.TTF、JKM、HHの相関
図5.TTF、JKM、HHの相関 (出典:Platts、IMF、ICE他よりJOGMEC作成)

2022年、欧州向けロシアパイプラインガス輸入量が大きく減少。それを補完するために、欧州は、例年の1.6倍のLNGを輸入した。その後も同様の傾向は続いており、TTFは高止まりが続くとともに、世界のスポットLNG価格も高レベルにある。なお、欧州では受入能力がボトルネックとなっているため、最大150MT/y程度までしかLNGを受け入れることができないが、価格高騰によりガス需要が大きく減少しているため、そこまで大量のLNGを調達する可能性は当面小さくなっている。なお、これを超える調達が必要となった場合でも、受入能力制約によってスポットLNGに対する影響は限定的となり、単純に欧州内のガス需給が引き締まりTTFが独歩高となる。

 

2. 欧州ガス・LNG需給

以下に欧州ガス・LNG需給についてまとめる。

 

欧州地下ガス貯蔵在庫

2023年の欧州地下ガス貯蔵在庫は、高在庫であった2020年のレベルをなぞるように推移した。

11月4日時点の貯蔵率は99.6%と、11月1日におけるEU地下ガス貯蔵在庫目標90%をクリアした。なお、過去5年平均は90.7%であった。その後冬期の引き出しが始まり、在庫レベルは2024年1月上旬時点で80%台半ばまで低下している。

図6.欧州地下ガス貯蔵在庫推移
図6.欧州地下ガス貯蔵在庫推移 (出典:AGSI+他よりJOGMEC作成)

欧州ガス消費量

欧州ガス消費量は引き続き大幅に減少している。主要因はガス価格の高騰である。

2023年1-8月の消費量は、2022年と比べ34Bcm(10%)減少。これは2017-21年5年平均と比較すると20%の減少となる。

図7.欧州ガス消費量
図7.欧州ガス消費量 (出典:JODI他よりJOGMEC作成)

欧州長期予報

EU気象分析機関Copernicus気候変動サービスによると、2023年の世界の月間平均気温は夏以降5カ月連続で記録を更新。11月も暑く、1-11月の気温は産業革命前と比べ1.5℃高く、過去最高となった。2023年は観測史上最も暑い年になる見込みで、2024年6月までの気温も、例年より0.25-2℃高めと予測されている。

図8.欧州長期予報
図8.欧州長期予報 (出典:Copernicus他よりJOGMEC作成)

欧州地下ガス貯蔵在庫

今後欧州では高気温が予測されていることから、今冬、および、来冬も地下ガス貯蔵在庫の払底に対する懸念はかなり小さくなったといえよう。

図9.欧州地下ガス貯蔵在庫予測
図9.欧州地下ガス貯蔵在庫予測 (出典:AGSI、JODI他よりJOGMEC作成)

3. 世界のLNG貿易

(1) LNG貿易量

2023年の世界のLNG貿易量(輸入量ベース、再輸出調整済)は403.1MT、対前年14.0MT、3.6%の増加を示した。2022年の4.5%より低下したものの、需給が逼迫し価格が高騰する中でも安定的な伸びを示している。2022年のLNG輸入は、中国、インド・パキスタン・バングラデシュが大幅減となった半面、欧州が45MTの大幅な輸入増を示した。2023年は、中国が2022年の大幅減少の3分の1を回復。インド・パキスタン・バングラデシュが対前年でプラスに転じた。欧州のLNG輸入量は引き続き増加した。LNG輸出については、2023年は特に大きな液化設備のトラブルが発生しなかった点が特筆される。世界のLNG輸出量は、1位米国85.1MT、2位豪州81.4MT、3位カタール79.5MTとなった。

 

(2) LNG輸入量

2023年の世界のLNG輸入量は、昨年に続いて欧州が世界第一位のLNG輸入地域となった。2022年の119.71MTから2023年は122.5MTと2.9MT(+2.4%)増。次いで、中国が2022年の63.32MTから2023年は70.0MTと6.7MT(+10.5%)増となった。日本は第3位に後退し、2022年の72.16MTから2023年は67.3MTと4.8MT(-6.7%)減少し、日本と中国の順位は再び逆転することになった。

図10.世界のLNG輸入量(2022-23年比較)
図10.世界のLNG輸入量(2022-23年比較) (出典:GIIGNL、Kpler他よりJOGMEC作成)

欧州

欧州の国別では、Inkoo FSRUが本格稼働したフィンランドが、2022年の0.24MTから2023年は1.2MTと0.9MT(+383.5%)増、オランダは、2022年の11.90MTから2023年は16.0MTと4.1MT(+34.6%)増、ベルギーは、2022年の8.00MTから2023年は10.6MTと2.6MT(+32.2%)増、イタリアは、2022年の9.95MTから2023年は10.8MTと0.8MT(+8.1%)増となった。3月、LNG受入基地でストライキが続いたフランスは、2022年の24.75MTから2023年は21.6MTと3.2MT(-12.8%)減となった。ドイツは、FSRUを設置し2022年末からLNG輸入をスタートしたが、2023年輸入量は4.5MTとなった。

なお、ロシアのウクライナ侵攻以降、オランダに2隻、ドイツに3隻、イタリアとフィンランドに各1隻のFSRUが配備され稼働を開始したが、それらによる輸入量は10MT/y程度と欧州全体の8%程度にとどまっている。さらに10月、フランスLe Havreに新設されたFSRU(5Bcm/y)の試運転が完了。ドイツでは、Wilhelmshaven、Lubmin、Brunsbuttelで運転中の3隻のFSRUに加え、3隻が2023年末までに追加される予定であったが、工事の進捗が遅れ、配備は遅延する見通しとなっている。[3]

 

中国

中国のLNG輸入量は、2022年の63.32MTから2023年は70.0MTと6.7MT(+10.5%)増となった。

国内ガス生産、パイプライン供給の着実な伸びと景気回復の遅れ、さらに、石炭からガスへの転換が緩和されたことが相まって、スポットLNG価格は低下したもののLNG輸入量は大きく増加していない。

なお、中国国家統計局、中国税関のデータによると、1-10月の国内ガス生産は189.6Bcmと対前年同期比6.1%増、LNG輸入は56.25MTと11.4%増、パイプラインガス輸入は40.26MTと5.5%増であった。

LNG受入能力は、2025年末までに現在の2倍の200MT/yに拡大する見通し。なお、中国は過去3年間で50MT/yの長期契約を締結しており、従来の契約と合わせ、総契約量は100MT/y以上に達する。

 

日本

日本のLNG輸入量は、2022年の72.16MTから2023年は67.3MTと4.8MT(-6.7%)減となった。

電力販売量自体の減少したJERAや原発の稼働率が上昇した関西電力、九州電力でLNG輸入量が減少した。一方、発電炭の輸入量も減少した。LNG輸入量減少の要因分析については各社の報告を待ちたい。[4]

 

韓国

韓国のLNG輸入量は、2022年の47.19MTから2023年は45.0MTと2.2MT(-4.6%)減となった。

ガス料金値上げによる需要減少と原発重視政策の下で主要原子炉が稼働を開始したためLNG輸入量が減少した。

 

台湾

台湾のLNG輸入量は、2022年の19.96MTから2023年は20.6MTと0.6MT(+3.2%)増となった。

9月、1.4%の電力料金引き下げが実施されたが、電力販売量への影響はみられていない。また、10-3月の間、大気汚染防止のため石炭火力を抑制し、ガス火力の稼動率を高めることが発表された。

 

インド

インドのLNG輸入量は、2022年の19.90MTから2023年は22.1MTと2.2MT(+11.1%)増となった。

電力・肥料など価格に敏感なユーザーからの需要は引き続き減少したが、スポットLNG価格が軟化した結果、輸入量が増加した。

 

パキスタン

パキスタンのLNG輸入量は、2022年の6.91MTから2023年は7.2MTと0.3MT(+4.3%)増となった。

インドは石炭で電力需要を代替することができるが、パキスタンやバングラデシュは1次エネルギー中にガスの占める割合が高く、スポットLNGの調達に頼らざるを得ない。11月よりガス料金が値上げされたが、今後、LNGコストのエンドユーザーへの転嫁が進み、ガス会社の差損回収とLNG調達の円滑化が進むことが期待される。

 

バングラデシュ

バングラデシュのLNG輸入量は、2022年の4.43MTから2023年は5.2MTと0.8MT(+16.9%)増となった。

バングラデシュは、国際イスラム貿易金融公社から5億ドルの融資を受け、LNG調達会社の差損の清算を目指している。また、国内Bhola島沖ガス田の開発促進が発表された。2024年1月、総選挙が実施された。

 

タイ

タイのLNG輸入量は、2022年の8.27MTから2023年は11.4MTと3.2MT(+38.2%)の大幅増となった。Erawanガス田の生産減退やミャンマーガス田の枯渇・新規投資不足によるガス輸入量の減少を補うためLNG輸入が大幅に増加している。

 

フィリピン・ベトナム

フィリピン、ベトナムは、2023年からLNG輸入をスタートした。輸入量は、それぞれ、0.6MT/y、0.1MT/yとなった。

 

ブラジル

ブラジルのLNG輸入量は、2022年の1.92MTから2023年は0.7MTと1.2MT(-63.6%)減。

2022年とは異なり2023年は水力発電ダムの水位が健全なレベルとなり、LNG輸入は大きく減少した。

 

コロンビア

コロンビアのLNG輸入量は、2022年の0.07MTから2023年は0.8MTと0.7MT(+1010.7%)の大幅増となった。コロンビアではエルニーニョの影響で干ばつが発生。国内発電の70%を占める水力発電量の不足を補うために、2023年9月からLNG輸入量を急拡大した。なお、干ばつは2024年5月頃まで続く見通し。[5]

 

図11.世界のLNG輸入量(2023年)
図11.世界のLNG輸入量(2023年) (出典:GIIGNL、Kpler他よりJOGMEC作成)

(3) LNG輸出量

2023年の世界のLNG輸出量は、1位米国85.1MT、2位豪州81.4MT、3位カタール79.5MT、4位ロシア32.0MT、5位マレーシア26.9MT、6位インドネシア16.7MT、7位ナイジェリア13.4MT、8位アルジェリア13.3MTとなった。

米国(85.1MT、対前年+12.8%)は、Freeport LNGがトラブルから復帰するなど順調に輸出量を伸ばしている。豪州(81.4MT、+3.7%)とカタール(79.5MT、+0.6%)は、昨年とほぼ同水準。大きなトラブルなく安定的にLNGを輸出した。ロシア(32.0MT、-0.3%)は、運用方法の変更による生産量低下が予測されていたが、若干の減少にとどまる見込みである。マレーシア(26.9MT、-2.4%)は5位にとどまったものの、対前年で輸出量が減少。インドネシア(16.7MT、+19.0%)は、ガス田の枯渇から生産量が漸減していたが、Tangguh新トレインが運転を開始し生産量が増加した。ナイジェリア(13.4MT、-5.9%)は、2022年10月の洪水によるフォースマジュール(Force Majeure:不可抗力)以降不調が継続し、生産量は大幅に減少。アルジェリア(13.3MT、+32.3%)は、今年は順調に生産量を伸ばした。

図12.世界のLNG輸出量(2022-23年比較)
図12.世界のLNG輸出量(2022-23年比較) (出典:GIIGNL、Kpler他よりJOGMEC作成)
図13.世界のLNG輸出量(2023年)
図13.世界のLNG輸出量(2023年) (出典:GIIGNL、Kpler他よりJOGMEC作成)
表1.世界のLNG輸出量(2023年)
表1.世界のLNG輸出量(2023年) (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

米国

米国は、2022年の75.44MTから、2023年は85.1MTと9.6MT(+12.8%)増となった。

米国LNGの欧州向け出荷は2月には8割近くまで達したが、7月、欧州地下ガス貯蔵在庫の順調な積み上がりとLNG需要の低下により5割以下に低下。その後、アジアの需要が弱く、JKM-TTFスプレッドが大きく開かなかったためアジア向け出荷割合は増加せず、地下在庫を充填する形で米国LNGは欧州に受け入れられている。

通航制限の影響によりPanama運河での待ち時間が長くなったことから、欧州-アジア間の裁定取引がうまく成立せず、米国LNGがアジアではなく欧州に向かっているとの見方もある。

2023年の欧州各国の米国LNG輸入量は、1位オランダ11.4MT、2位フランス9.5MT、3位イギリス8.8MT、4位スペイン5.3MT、5位イタリア3.9MT、6位ドイツ3.7MTとなった。ちなみに、2022年は、1位フランス11.2MT、2位イギリス9.1MT、3位スペイン8.4MT、4位オランダ7.0MT、5位トルコ4.0MT、6位ポーランド2.4MTであった。

2023年5月、トラブルから復帰し稼働を再開したFreeport LNG(15MTPA)が、10月、第2LNGバースの試運転についてFERC(Federal Energy Regulatory Commission:連邦エネルギー規制委員会)より許可を受けた。すでにフル稼働に近くLNGを生産しているが、運用の柔軟性が向上するという。今後、第3 LNGタンクの運用再開の承認を取得する予定となっている。

図14.米国LNG輸出量
図14.米国LNG輸出量 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

 

ロシア

2023年のロシアのLNG輸出量は、32.0MT、対前年-0.3%となった。

2022年、LNG価格が過去最高値を更新する中、ロシアのLNG液化設備は定期修理を短縮し増産に努めたが、これが2023年定期修理の長期化につながった。さらに、運用方針の変更もあり、2023年は対前年5%の生産量減少が予測されていたが、実際は微減にとどまった。

Sakhalin II LNG、Yamal LNGとも、夏期の非需要期に、制裁適用後初めてとなるメジャー不在のロシア企業のみでの定期修理を実施したが、その後、問題なく生産を再開しているようである。

図15.ロシアLNG輸出量(2023年)
図15.ロシアLNG輸出量(2023年) (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

 

アルジェリア

2023年のアルジェリアのLNG輸出量は、13.3MT、対前年+32.3%となった。

今年のアルジェリアは大きなトラブルもなく生産が好調であった。10月、アルジェリアはEUと、欧州向けガス輸出増強について協力を約束した。ただし、EIA(US Energy Information Administration:米国エネルギー情報局)は、ガス生産を維持・拡大するための投資が不十分であることと、国内需要が増加していること等から、アルジェリアが短期的にLNG輸出を増加させる能力は限られていると述べている。Sonatrachは、2027年までの5カ年投資計画でガスの探鉱と生産の両方に300億ドルを投資しこれに対処しようとしている。

なお、アルジェリアは、例年100Bcm/yのガスを生産し、その半分弱を輸出。LNG輸出能力はArzew LNGとSkikda LNG合計で25.3MTPA(34Bcm/y)である。パイプラインガスは、スペインへのMedgazパイプラインと、チュニジアとSicilia島を経由してイタリア本土にガスが流れるTransMedパイプラインによって輸出されている。

図16.アルジェリアLNG輸出量
図16.アルジェリアLNG輸出量 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

インドネシア

2023年のインドネシアのLNG輸出量は、16.7MT、対前年+19.0%となった。

10月、Tangguh LNGトレイン3(3.8MTPA)の運用が開始された。PLN向けに最大2.8MT/y、関西電力向けに1MT/yが販売される。

また、同月、Eniは、East Kalimantan沖85kmのKutei堆積盆地内での新たなガス田の発見を発表した。このNorth Ganalガス田の埋蔵量は5Tcf(LNG換算:5MT/y×20年間分)にものぼる可能性がある。インドネシアは、かつては24MT/y(2010年)のLNG輸出量を誇ったが、ガス田の枯渇が進み、主力であったBontang LNG液化基地では8トレイン中、現在は1トレインのみが稼動し1トレインがバックアップとなっている。今後開発が進み、このガスが沿岸のBontang LNG液化設備に接続され、LNG生産が復活することが期待されている。

 

図17.インドネシアLNG輸出量
図17.インドネシアLNG輸出量 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

 

エジプト

イスラエル・HAMAS武力衝突による中東情勢緊迫化がエジプトLNG輸生産停止に与えた影響について関連情報とともに以下にまとめる。

2023年10月7日、イスラエルは、HAMASによるイスラエルへの攻撃と、Gaza地区からの継続的なロケット攻撃を受け、Tamarガス田(13Tcf)からのガス生産を停止することを決定。その数日後には、AshkelonとエジプトのArishを結ぶEMG(East Mediterranean Gas)パイプライン(延長90km)からのガス供給も停止した。Tamarガス田は沖合80kmに位置するが、そのプラットフォームはGazaから北西にわずか25kmのところにあり、攻撃を受ける可能性がある。なお、北部Haifa沖合にプラットフォームのあるLeviathanガス田からの生産は継続された。[6]

ちなみに、近年のガス供給停止例としては、2019年5月、パレスチナ武装勢力とイスラエル軍兵士との国境を越えた戦闘が3日間続いた後、イスラエルはプラットフォームからのガス供給を停止することを決定した。また、2021年5月、Gaza地区からイスラエルに向けてロケット弾が発射されたことを受け、エネルギー省の命令により、ChevronはTamarガス田を数日間閉鎖した。この間、Leviathanガス田からのガス生産は継続された。

今回の武力衝突は地域大にまで拡大する可能性は大きくないと予測されているが、1967年の第3次中東戦争においてはイスラエルとエジプトを含むアラブ諸国が参戦し、Suez運河は閉鎖され、1975年まで再開されなかった。イスラエル軍はSuez運河の東岸を含む地域を占領し船舶やインフラを破壊した。

なお、EMGパイプラインは、2008年にエジプトのガスをイスラエルに流すために操業を開始したが、その後ガス生産量が減少したため2012年まで操業を停止。2013年、イスラエルではTamarガス田が操業を開始した。2019年12月のLeviathanガス田の操業開始を受けて、2020年、今度は逆方向にイスラエル産ガスのエジプト向け輸出が開始された。

イスラエルからエジプトへのガス輸出の大半はEMGパイプラインを経由しているが、2022年3月にはAGP(Arab Gas Pipeline)を利用して、ヨルダン経由でガスをエジプトへ輸出する新ルートも運用となった。このルートでは途上のヨルダンに3Bcm/y程度のガスが供給される。したがって、EMGパイプラインが停止されAGP経由となった場合、エジプト向けガス輸送能力は4Bcm/yに減少し、LNGはほぼ輸出できなくなることが予測された。

図18.イスラエル-エジプトガス輸出ルート
図18.イスラエル-エジプトガス輸出ルート (出典:Wood Mackenzie、mees、Energy Intelligence他よりJOGMEC作成)
図19.エジプトLNG輸出量予測(イスラエルガス輸出停止時)
図19.エジプトLNG輸出量予測(イスラエルガス輸出停止時) (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

2022年11月にKarishガス田が稼働。2022年、イスラエルのガス生産量は21.9Bcmと過去最高となった。内訳は、Leviathanガス田11.4Bcm、Tamarガス田10.2Bcm、Karishガス田0.3Bcm。イスラエル国内のガス消費は12.7Bcmに増加し、エジプトとヨルダンへの輸出も29%増の9.2Bcmとなった。

このお陰でエジプトはIdku(7.2MTPA)とDamietta(5.0MTPA)にある2つのLNG液化基地からの輸出を増加させることができた。しかし、その後、エジプト主力のZohrガス田(21.5Tcf)で度重なる差し水が発生。ガス生産量が減少し、2023年5月、LNG輸出は停止された。7月末には、燃料不足によるガス火力発電所の稼動低下により、全国的な計画停電を実施せざるを得なくなった。政府は3億ドルを投じて重油を緊急輸入し発電を補ったが、11月に入っても停電は続いた。

なお、2020年にLNG輸出量が大きく減少したのは、この年スポットLNG価格が大幅に低下したためである。イスラエルから$4-5/MMBtuで輸入するガスのコストを考慮すると、エジプトでのLNG生産は経済的に成立しなかった。

図20.エジプトLNG輸出量
図20.エジプトLNG輸出量 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

2023年11月13日、Chevronは11月9日にイスラエル政府からの指示を受け、Tamarガス田からの生産を再開したと発表。その5日後にはEMGパイプラインの運用も再開された。

11月22日、紛争激化後エジプトから初めてのLNGが出荷された。

このほか、東地中海では新規ガス田開発が盛んである。

2022年末、UAEのMubadala(11%)を含むパートナーは、Tamarガス田(13tcf)の生産能力を、2025年までに1.6Bcfdに拡大する開発プロジェクトについて最終投資決定(Final Investment Decision:FID)を行った。また、2023年7月、Chevron(39.66%出資)とイスラエルのNewMed Energy(45.34%)、Ratio Energies(15%)は、Leviathanガス田の生産能力拡大(1.2Bcfdから2025年半ばまでに1.4Bcfdへ)をFIDした。これらのガスの利用については、Chevronが有望視するイスラエル北部Dorの沖合10kmのプラットフォーム付近へのFLNG(4.6MTPA)設置や、エジプトのIduk、および、Damiettaの2つのLNG液化設備への輸出が検討されている。

また、このほか、トルコCeyhan港向けのガスパイプラインや、キプロスのモジュール式陸上LNGターミナル、または、FLNGの設置(Leviathanから30km離れたAphroditeガス田(4.5tcf)も利用)などの案もある。

また、2022年6月、ロシアパイプラインガスの代替を目論み、欧州委員会、イスラエル、エジプトによって、エジプトのLNG輸出インフラを経由したイスラエル産ガスのEUへの供給に関する覚書が調印された。

 

4. 売主の状況

以下に世界の主要LNG売主である米国・豪州・中東(カタール、オマーン、UAE)を取り巻く情勢についてまとめる。

 

(1) 拡張が続く米国LNGを取り巻くリスク

現在、米国の LNG 輸出能力は 90MT/y強で、さらに 78MT/yが建設中である。

2023年、米国では3件の大規模プロジェクト(Rio Grandeフェーズ1、Port Arthurフェーズ1、Plaqueminesフェーズ2プロジェクト)がFIDされ、それらの生産能力の合計は35MT/yを超えた。

仕向け地制約がなくキャンセルも可能であるなど、米国LNGの契約条件は他と比較して魅力的である。故に多くのLNG液化プロジェクトが米国メキシコ湾岸に集中し、その結果、現在多くのデベロッパーが建設費等の高騰に悩んでいる。さらにエルニーニョの影響でPanama運河を構成するガツン湖の水位が大きく低下し通航制限がかかっている点も米国LNGの魅力に影を落としている。また、米国は政権交代のたびにエネルギー政策が大きく変動する歴史を繰り返してきているが、2024秋には大統領選挙が予定されている。最も信頼すべき同盟国とはいえども、過度の依存はエネルギーセキュリティー上、懸念材料となりかねない。

図21.米国LNG輸出量
図21.米国LNG輸出量 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

PEファンド参入拡大

2021年以来、多くの長期契約を締結し米国LNG液化プロジェクトFIDの原動力となってきた中国買主は元来価格重視である。米国長期契約LNG価格フォーミュラ中の液化費用は一時$2/MMBtu付近まで低下したが、建設費等の高騰を反映し最近の契約では$2.4/MMBtu程度まで上昇している。ただし、本来更なる値上げが必要であるものの、激しい販売合戦の結果、実質的にその上限は$2.5/MMBtu程度に制限されているといわれている。

長期金利の上昇の影響もあり、よりよい資金調達条件を確保することが米国LNG液化プロジェクトのFIDの成否を決する重要なポイントとなっており、液化プロジェクトのデベロッパーは、借入金に大きく依存する従来の資金調達モデルに代えて、PE(Private Equity)ファンドからのエクイティーを導入する例が増えている。最近の情報は以下の通り。

  • Sempraは、エクイティパートナーとしてConocoPhillipsとKKRを導入することで、Port Arthur LNGにおける資金調達の負債部分を従来の70%から55%に圧縮した。
  • Commonwealth LNGは、アクティビスト投資家Kimmeridgeからの開発資金注入を含めて、FIDを達成するのに十分な資金を確保したと発表した。
  • 2023年末までのFIDを目指すDelfin LNG は、非従来型の資金源である E&P Devon Energy からの資金調達を確保した。E&P Devon Energyは、FID前の資金を非公開で供給しており、将来の株式投資のオプションも備えている。Devonはまた、提案された施設にLNG用フィードガスを供給するための基本合意書に署名した。
  • 2023年7月、NextDecadeはRio Grande LNGのFIDを行い、10月6日、起工式を行った。184億ドル分のプロジェクトファイナンスを組成したが、同時に、Global Infrastructure Partners(GIP)、GIC、Mubadala、TotalEnergiesからの資金コミットメント59億ドルを含む合弁事業契約を締結した。

PEファンドは、通常の金融機関より高いリスクを取るが、資金提供者である年金ファンドなどの嗜好を考慮しながら、脱炭素の流れがある中でもLNG液化プロジェクトの安定性・成長性に着目し、資材高騰などで追加のエクイティーが必要となったデベロッパーに対してよりアクティブに資金を提供するようになってきたと考えられる。

図22.米国長期金利の上昇
図22.米国長期金利の上昇 (出典:Federal Bank of New York他よりJOGMEC作成)

DOE審査厳格化

LNGを輸出する際、米国ではFERCによる液化設備等の安全性審査と、DOE(Department of Energy:エネルギー省)による非FTA(Free Trade Agreements:自由貿易協定)国への輸出が公共の利益にかなっているかの審査を受け、双方から許可を得る必要がある。

2023年4月、DOEは、非FTA国にLNGを輸出する際の認可に7年という線を引くという、より厳格な延長認可基準を設ける方針の転換を発表した。米国の開発業者にとって新たな規制上の障害が加わることになる。DOEは、申請者が「物理的に建設を開始した」こと、および輸出開始の期限を守れなかったことについて「制御不能な酌量すべき事情」に直面したことを証明しない限り、今後は延長の申請を検討しないとした。[7]

これは認可されたもののFIDに至らず、建設にも着手していないLNGプロジェクトの生産予定量が200MT/y近くまで拡大しており、これはFERCの計画、経済予測、市場分析に混乱をもたらし、市場参加者に不確実性をもたらし、新規市場参入の可能性を抑止しかねないという。さらに、現在70MT/y以上が審査中となっている。

この新しい方針は、認可申請から10年以上経過しているにもかかわらず必要な長期売買契約の半分しか締結していないLake Charles LNGからの延長要請の拒否につながった。

 

中国による米国LNG長期契約締結の減速

LNG液化プロジェクトをFIDさせるためには、長期LNG売買契約の締結が必須であるが、欧州買主は、脱炭素政策の影響によって、依然としてその締結に消極的なままである。ここしばらくの米国LNG液化プロジェクトの順調なFIDには中国買主による長期売買契約締結の貢献が大きいが、最近の米国との地政学的な緊張の高まりを背景に、中国政府が国有3社に対して、追加の米国長期LNG契約の締結に対して暗に圧力をかけているとの情報がある。[8]これは、中期的にはLNG供給過剰を緩和する効果があるが、長期的にはファウンデーションバイヤーの減少によってLNG液化プロジェクトのFIDが遅延し、LNG供給余力の減少をもたらすことになる。

 

Panama運河の渇水

Panama運河が、エルニーニョの影響によって、前例のない干ばつに直面している。Panama運河につながるGatun湖の水位は、今年の夏以来、80フィート以下に低下し過去最低を記録した。

そのためPanama運河庁は、通航する船舶の数と大きさに関する制限を徐々に厳しくしている。1日平均の通過船舶数は、11月1日より32隻から31隻に削減され、11月3日からは25隻、11月7日からは24隻、12月1日からは22隻、1月1日からは20隻、2月1日からは18隻に削減される。ちなみに、Panama運河の最大輸送能力は40隻/日程度である。[9]

2021年1月、寒波とPanama運河の渋滞が重なり、北東アジアでLNG不足が発生し、日本も大きな影響を受けたように、確かにPanama運河はアジア向け米国LNG輸送におけるボトルネックである。ただし、今回は通航制限が予告されており、日本船社には前回の苦い経験もある。また、アジア向け米国LNG輸出量は2022年以降4割も減少しており、2022年はわずか10MT/yとなった。したがって、予め喜望峰周り等の航路が選択されることによって、今後大きな混乱は発生しないと考えられる。

喜望峰周りとしても、運賃についてはPanama通航料を考慮するとそれほど大きなコストアップにはならない。また、輸送日数は10日間ほど伸びるが、短期的には世界のLNG輸送能力の不足に大きな影響を与えるまでには至らないであろう。

図23.Panama運河
図23.Panama運河 (出典:Wikipedia他よりJOGMEC作成)
図24.米国LNG輸出量(仕向け地・経路別)
図24.米国LNG輸出量(仕向け地・経路別) (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

(2) 豪州LNGが内包する課題

豪州は、日本が多くを輸入する重要な資源国である。政治的に安定し、アジア太平洋圏に位置する点は、これまで低リスクと評価されてきた。

2023年、世界のLNG需給が逼迫する中で発生したストライキや事後の法改正、上流投資の不足は、世界のLNGの2割を生産する豪州LNG液化プロジェクトの今後にも大きな影響を与える懸念がある。

 

LNG液化設備ストライキ

2023年夏、2つの豪州LNG液化プロジェクトGorgon LNG(15.6MTPA)とWheatstone LNG(8.9MTPA)がストライキによって停止する恐れが生じた。どちらも大型のLNGプロジェクトで、2023年、あわせて世界のLNGの7%を供給した。また、日本へは、それぞれの生産量の32%、69%が輸出され、両者で日本のLNG輸入量の18%を占めた。以下に経緯をまとめる。

8月18日、Offshore-Alliance(豪州労働組合(Australian Workers Union)と豪州海事労組(Maritime Union of Australia)の連合、OA)が、North West Shelf LNGと、Gorgon LNG、Wheatstone LNGに対してストライキを通告する可能性があることが報道された。OAの要求は、主に労働者の報酬と労働条件の改善に関するものである。

8月24日、OAは、North West Shelf LNGプロジェクトにガスを供給するプラットフォームを対象とする協定でWoodside Energyとは基本合意に達し、労働争議通知を提出しないことを発表した。

9月8日、OAは、Chevronの陸上・海上LNG施設で保護産業活動(Protected Industrial Action:PIA)を開始し、組合員は9月14日から2週間、完全に作業を停止すると発表していたが、9月22日、豪州の労働審判委員会(Fair Work Commission:FWC)の勧告を受け入れストライキを中止した。

10月5日、OAは、ChevronがFWCと交わした紛争解決に関する約束を反故にしたと主張し、スト再開のための会合を開催。

10月18日、OAは労働条件に関してChevronと合意し、ストライキの中止を発表。

10月30日、企業別協定案に関する投票で過半数の支持を得た後、11月22日、FWCが企業別協定案を承認しストライキは終結した。

図25.日本のLNG輸入量中に豪州LNGの占める割合
図25.日本のLNG輸入量中に豪州LNGの占める割合 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

エネルギー関連法改正

2022年の政権交代以降、矢継ぎ早に豪州ガス安全保障ガイドライン(Australian Domestic Gas Security Mechanism:ADGSM)改正、卸売りガス価格の一時的上限価格設定(Reasonable Pricing Provision:RPP)、CO2排出量の削減を規定する温室効果ガス排出削減制度(Safeguard Mechanism)が施行された。

また、豪州でのオフショア開発においては、4次元地震探査/掘削作業/パイプライン敷設作業など各作業前に豪州国家海洋石油安全管理庁(National Offshore Petroleum Safety and Environmental Management Authority:NOPSEMA)から二次的な環境許認可(Environmental Plan:EP)を受ける必要があるが、SantosのBarossaやWoodside EnergyのScarboroughにおいて、先住民族(アボリジニ)の訴えにより、一旦承認されたEPが停止されるという事象が発生した。

 

上流投資の不足

以前より、豪州競争・消費者委員会(Australian Competition and Consumer Commission:ACCC)は、たびたび特に豪州東部におけるガスの供給安定性に懸念を示してきた。

OIES(Oxford Institute for Energy Studies)は、将来の豪州LNG輸出、国内ガス供給、ガス価格にとって根本的な問題は、豪州のガス埋蔵量が減少し、追加探鉱投資によるリプレースがないことであると指摘。

2018年3月以降、豪州の確認・推定(2P)ガス埋蔵量は114,481PJ(3,057Bcm)から101,869PJ(2,721Bcm)へと11%減少。豪州は2010年代にLNG開発ブームを経験したが、重要なレガシーLNGプロジェクトと国内油ガス田は生産が減退しており、LNG生産を維持し、国内ガス需要を満たすのに必要な規模での投資が行われていない。

豪州のエネルギー企業は、世界の同業他社と同様、探鉱予算を削減し、労働者を解雇する一方、資金を自然エネルギー投資や株主還元にシフトしている。

2016年まで、探鉱支出は原油価格と連動していたが、ここ5、6年、原油価格が上昇しても探鉱は低迷したままで、現在の探鉱支出は20年前とほぼ同額である。追加的な発見と投資が行われなければ、豪州のLNG輸出は今後減少する可能性が高い。[10]

図26.豪州石油開発投資と油価
図26.豪州石油開発投資と油価 (出典:OIES他よりJOGMEC作成)

日本企業による上流参加

脱炭素の流れが加速する中においても、豪州における着実な上流開発は日本へのLNG安定供給に直結する重要な課題である。

2023年8月、LNG Japanは、8億8千万ドルを投じてWoodside Scarboroughガス田(P50=11.1兆立方フィート)の株式10%を取得。LNG Japanは0.8MT/yまでのLNG持ち分を引き取る。また、Woodside Energyと2026年から10年間にわたり年間12カーゴを引き取る拘束力のない契約も締結した。

Scarboroughガス田で生産されるガスは、Plutoトレイン1(3MT/y)と、2026年からの生産が計画されているPlutoトレイン2(5MT/y)に送られる。

7月に施行された温室効果ガス排出削減制度によって、既存LNG設備は4.9%/yのCO2排出量削減が義務付けられ、新規ガス田の場合、初日からネットゼロにする必要があるが、ScarboroughからのガスはCO2含有量が0.1%未満であることから、この政策によって大きな影響を受けない上、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:二酸化炭素回収・有効利用・貯留)が不要であるため、他の豪州プロジェクトに対して競争力が高いと考えられる。[11]

なお、Woodside Energyの推進するScarboroughプロジェクト(開発総額57億ドル)は、LNG液化設備までのパイプライン(延長430km)と、8つのガス井のガスを集積する半潜水型浮体式ガス生産ユニットの建設から構成される。

 

(3) 中東3か国のLNG販売戦略

中東は、輸送がネックとなるLNG貿易には恵まれた位置にある。多くの予測が今後2050年に向けての世界のLNG需要は着実に伸びていくとしているが、将来比較的早期に脱炭素が進展するとみられる欧州から、まさにこれからLNGの利用を拡大しようとしている東南アジア・南アジアに販売先をシフトしていくにあたっても、有利な地理条件にある。さらに、条件に恵まれた太陽光発電等を活用して、他地域と差別化できる低CO2排出量LNGの生産が可能である。

世界最大クラスのLNG生産国カタールに加え、UAE(United Arab Emirates:アラブ首長国連邦)、オマーンなどの中東各国も石油からLNGへのシフトを進めている。LNGは、脱炭素が進展していく中でも、ブリッジエネルギーとして、将来的に安定した成長が期待できると見込む。

2028年以降見込まれるLNG余剰時代の到来前に、各国とも自国のガス資源の価値を最大化すべく、他国の戦術をにらみながら、生産するLNGを売り切ってしまおうとしのぎを削っている。

図27.中東LNG生産国
図27.中東LNG生産国 (出典:Wood Mackenzie、mees、Energy Intelligence他よりJOGMEC作成)

1. カタール

カタールは、NFE(North Field East)、および、NFS(North Field South)拡張プロジェクトをFIDし、現在そこから生産されるLNGについて、従来通り、大ロット、長期間、油価リンク、仕向け地制約ありの販売戦略を展開しているが、現時点の成約状況は5割程度にとどまっている。これらの条件を認めさせる代償として、他社より有利なスロープや上流権益を提供し、Win-Winの関係を構築しようとしている。

仕向け地制約を要求するのは、これが長期契約カーゴの再販や転用につながり、自身のLNG販売との競争につながる可能性を懸念しているためであるが、Shell、TotalEnergiesに対しては、売主同意が必要としているものの、仕向け地フリーの条件を与えたとの情報がある。

また、ドイツ向けConocoPhillipsとの契約では、中国やメジャー向けのような27年間ではなく、15年間の短い契約期間を許容しており、売れ残りとならないよう条件を緩和しつつあるようにもみえる。

さらに、将来世界的に契約条件が緩和した場合に備えるためか、FOB・仕向け地フリーが基本となる米国Golden Pass LNGプロジェクトを推進している。このプロジェクトは、2025年第1四半期に運転開始予定で、生産されるLNGの70%をQatarEnergy、30%をExxonMobilが販売するスキームとなっている。

 

拡張プロジェクトの契約状況

2023年10月、TotalEnergiesとShellは、それぞれQatarEnergyとの間で、3.5MT/y、2026年から27年間の長期LNG売買契約に調印した。仕向け地については、TotalEnergiesがFos Cavaou LNG受入基地、ShellがGate LNG受入基地を指定されているが、売主合意の上、仕向け地の変更が可能といわれている。また、価格フォーミュラにはTTFが含まれる可能性が高い。なお、TotalEnergies、Shellとも、NFE拡張プロジェクトに6.25%、NFS拡張プロジェクトに9.375%出資しており、調達するLNGはそれぞれの拡張プロジェクトからの調達となる。

2023年10月、EniはQatarEnergyと、1MT/y、2026年から27年間の長期LNG売買契約を締結した。仕向け地はイタリアPiombino港のFSRU Italiaである。価格フォーミュラにはTTFが含まれる可能性が高く、LNGはNFE拡張プロジェクトにおけるEniの持ち分3.125%から供給される。

2022年12月、ConocoPhillipsはQatarEnergyと、2MT/y、2026年から15年間の長期LNG契約を締結した。仕向け地はドイツのBrunsbuttelに建設中の陸上LNG受入基地である。LNGはConocoPhillipsが参加しているNFE・NFS拡張プロジェクトからDES方式で供給される予定である。

CNPCとSinopecは、それぞれ最大4MT/y、2026年から27年間の長期LNG売買契約を締結し、その後、両社はともにNFE拡張プロジェクトの1.25%のシェアを確保した。2023年11月、Sinopecは、3MT/y、27年間の長期LNG売買契約を締結し、NFS拡張プロジェクトの権益5%を取得した。

このほか、2023年6月、PetroBanglaは、QatarEnergyと1.8MT/y、15年間の長期LNG売買契約を締結した。ExxonMobil(NFEに6.25%出資)は、まだ新規供給契約を結んでいない。

 

EPC契約

2023年5月、QatarEnergyは、NFS拡張プロジェクトのEPC(Engineering, Procurement and Construction:設計・調達・建設)契約を、Technip EnergiesとConsolidated Contractorsの合弁会社に発注したと発表した。このLNGプロジェクトに関する100億ドルの契約には、CO2回収・隔離設備が含まれており、2035年までに1,100万トン/年以上のCO2回収・隔離を行うという目標の達成に寄与するとともに、太陽光発電の利用と組み合わせて世界で最もCO2排出量が低いLNGを生産することになると述べた。

ちなみに、2022年8月、QatarEnergyはRas Laffanの458MWとMesaieed工業都市の417MWの太陽光発電所建設をSamsung C&Tに6億3,000万ドルで発注した。2024年11月には両方の太陽光発電所が完成する予定で、現在の再生可能エネルギー発電容量400MWに875MWが追加されることになる。[12]

 

LNG船建造契約

2020年、QatarEnergyは、大宇造船海洋、現代重工業、Samsung重工業などの韓国企業とNorth Field拡張プロジェクト、および、Golden Pass LNGプロジェクト用Q-Max100隻の船台予約契約を締結した。

2023年9月、QatarEnergyは、現代重工業と39億ドル規模の新造LNG船17隻の建造契約を締結し、この時点でオーダーブックは60隻から77隻に増加した。船舶の平均価格は2億3,000万ドル以下といわれている。

図28.カタールLNG長期契約量と生産量
図28.カタールLNG長期契約量と生産量 (出典:Wood Mackenzie、mees、Energy Intelligence他よりJOGMEC作成)
図29.カタールNFE・NFS拡張プロジェクト長期契約量と生産量
図29.カタールNFE・NFS拡張プロジェクト長期契約量と生産量
(出典:Wood Mackenzie、mees、Energy Intelligence他よりJOGMEC作成)

2. オマーン

Oman LNGは、ガス埋蔵量が充足している10年間程度において生産能力の8割以上をすでに再契約している。販売先が決まっていない容量についてはOman LNG 自体がスポットLNGとして販売する。

現在一番のネックとなっているのは、LNG用のフィードガスをいかに確保するかであるが、国内新規ガス田の開発に加え、太陽光発電や原子力発電の拡大によってガス消費量を削減し、それをLNG生産用のフィードガスに充当しようと目論んでいる。

 

LNG売買契約

オマーンは、2024年から2026年の間に既存契約の大部分が期限切れになることに備えて、前広に買主の多様な要求に応え、最適なソリューションを提供すべく販売活動を展開。すでにその大半について新たな長期LNG売買契約の締結を完了している。

2022年以降、伊藤忠商事、JERA、BOTAS、Shell、TotalEnergies、PTT、三井物産、SEFE、UNIPECなどと多くのLNG売買契約書が締結され、これまでに確保された契約数量は、LNG液化設備能力11.4MTPAの8割に至った。契約の特徴は、

  • FOBについては仕向け地制約なし(DESの場合は仕向け地制約あり)、
  • 契約期間は4-10年間(確実な供給を求める顧客が増えたため以前より長期化)、
  • 契約量は0.4-1.5MT/y(比較的少ロット)、
  • 多くがブレントリンクのLNG価格フォーミュラを採用、

といわれている。

今回の一斉の契約更改に際しては、オマーンとしても、買主の種類と市場を多様化したかったという。従来の契約はアジアのユーティリティー向けがほとんどであったが、再契約分については欧州市場やポートフォリオプレーヤーもターゲットとなった。

 

新規ガス田開発

オマーンは、新規ガス田の開発にも熱心である。Khazzanタイトガス田やGhazeerガス田の開発が進んだ結果、2022年のガス生産量は過去最高の50Bcmに達した。これに合わせ、Oman LNGの3トレインでデボトルネック工事が行われ、2022年のLNG輸出量は11.5MT/yへと急増した。

今後、LNG液化設備までの65kmの48インチパイプラインが追加で完成することによって、2024年10月からOman LNGへのガス供給能力が6Bcm/年増加するという[13]。このほか、2023年1月、オマーンのエネルギー鉱物資源省は、ブロック10と11の開発を促進するための覚書に署名した。Shellはブロック10に53.45%、ブロック11に67.5%を出資し運営している。さらに3月、3つの海上石油・ガス鉱区の探鉱の入札を、国際的な石油・ガス企業と地元プレイヤーの両方に開放した。このうち、Muscatの西250kmに位置するブロック15はタイトガスが主流であり、国際的な石油会社の協力を得て探鉱活動を強化する。[14]

 

再生可能エネルギーの導入

オマーンは、LNG生産を増加させるため、2025年半ば以降着実に再生可能エネルギーを導入し、発電用ガス需要を引き下げすることを計画している。

オマーンで現在稼働しているのは、小型の太陽光発電施設を除いて、2021年に稼働した500MWのIbri II太陽光発電所と、2019年に稼働を開始した50MWのDhofar I風力発電所で、合計の再生可能エネルギー発電容量は550MWであるが、ここに、5つの太陽光発電所(各500MW)と複数の風力発電所、さらに、廃棄物発電所(150MW)を追加し、2028年までに3.8GWのクリーン電力を導入することを目標としている。[15]

図30.オマーンLNG長期契約量と生産量
図30.オマーンLNG長期契約量と生産量 (出典:Wood Mackenzie、mees、Energy Intelligence他よりJOGMEC作成)

3. UAE

ADNOC(Abu Dhabi国営石油会社:Abu Dhabi National Oil Company)は買主の要望を受け入れ、基本的に小ロット・短期間のLNG売買契約を許容している。課題はガス不足である。現在国内ガス消費量の3割をカタールからの輸入に頼っている状況で、今後LNG生産量を拡大しLNGシフトを進めていくためには、既存Das LNGのデボトルネッキングやRuwais LNGの新設に加えて、LNG用のフィードガスの開発が必須となる。

 

LNG売買契約

2019年まで、UAEは、LNG生産量の9割にあたる4.3MT/yを日本に供給していたが、この契約は満了。Das LNG(5.8MTPA)がすでに減価償却済みであることもあり、契約量や期間、仕向け地条件に比較的こだわらず買主の要求に柔軟に対応し、アジアの国々を中心に、以下の短期契約等を締結して顧客の多様化を図ってきた。

  • 2023年5月、TotalEnergiesと3年間の契約を締結。
  • 7月、インド石油公社と、1.2MY/y、2026年から14年間の契約を締結。
  • 8月、JAPEXと0.25MT/y、5年間の契約を締結。
  • 9月、PetroChinaと、0.8MT/y、2年間の契約を締結。
  • 10月、JERAと、0.4MT/y、3年間の契約を締結。
  • 11月、CNOOCと、0.8MT/y、2年間の契約を締結。

また、2023年2月、ADNOCは、Das LNGの大規模なオーバーホールとデボトルネックを発表。2028年までに0.8MTPAの能力を増強する。さらに、5月、ADNOCは、Al Ruwaisに9.6MTPAのLNG液化設備を建設することを発表した。[16]

 

国際的なLNGバリューチェーンへの進出

ADNOCは、LNGトレーディングを含む世界的なLNG事業への進出にも意欲を見せ、ADNOC Trading(ADNOC100%出資)と、ADNOC Global Trading(OMVとEniとの合弁会社)を設立した。

このほか、国際的なガスプロジェクトへの参入も開始。2023年3月、ADNOCは、イスラエルNewMed Energyの50%を買収する20億ドルの提案でBPと提携した。NewMed Energyはイスラエルの巨大なLeviathanガス田の45%と、キプロス沖のAphroditeガス田の30%の権益を保有している。

2023年8月、ADNOCは、初めての国際上流ガス投資となるアゼルバイジャンのAbsheronガス田の権益30%(SocarとTotalEnergiesから、それぞれ15%)を取得することで合意した。

 

新規ガス田開発

UAEの課題はLNG用フィードガスの確保である。

2022年、UAEは5.46MT/yのLNGを輸出したが、DolphinガスパイプラインやLNGを通じて、ガス消費量の3割をカタールから輸入した。今後、LNG輸出量を拡大していくためには、国内ガス生産量を拡大するとともに、原子力や再生可能エネルギーの割合を高めていく必要がある。

2023年5月、ADNOC Sour Gasは、同国最南端にあるShahガス田の拡張工事を完了し、生産能力を1.45Bcfdに引き上げたと発表した。

2023年10月、ADNOCは、170億ドル相当の巨大プロジェクトHail and Ghasha Offshore Development(1.5Bcfd)のFIDを行った。このプロジェクトの成功によってUAEは2030年までのガス自給自足達成を目指している。また、このプロジェクトには150万t/年のCO₂回収設備が含まれており、完成後には、その能力を400万トン/年に引き上げることができるとしている。UAEは自身が生産するLNGを中東・北アフリカ地域で初めてのクリーンな電力で生産された世界で最も炭素排出量の少ないLNGにすることを目標としている。[17]

 

原発・再生可能エネルギーの導入

Barakah原発(発電容量 1,400MWの 原子炉 4 基)は、2021年に1号機が、2022年に2号機が、そして2023年2月に3号機が商業運転を開始した。また、太陽光発電容量は、Abu DhabiのKhaznaプロジェクトやDubaiのMBR(Mohammed bin Rashid Al Maktoum)ソーラーパークの拡張によって2020年代末までに12.3GWに達することになる。

これらのプロジェクトによって発電用ガス需要を抑制することでLNG生産用のフィードガス量を増加させることを目論んでいる。

図31.UAEのLNG長期契約量と生産量
図31.UAEのLNG長期契約量と生産量 (出典:Wood Mackenzie、mees、Energy Intelligence他よりJOGMEC作成)

図32.UAEガス・LNG需給バランス

図32.UAEガス・LNG需給バランス[18] (出典:GECF他よりJOGMEC作成)

(参考)サウジアラビアのLNG進出の野心

2023年9月、Aramcoは米国EIG Global Energy Partners傘下のMidOcean Energyの少数株式を5億ドルで取得することに合意した。

MidOcean Energyは、2022年10月、東京ガスの豪州子会社Tokyo Gas Australiaが保有するTokyo Gas Pluto、Tokyo Gas Gorgon、Tokyo Gas QCLNG、Tokyo Gas Ichthys、Tokyo Gas Ichthys F&Eの5社の株式を21億5,000万ドルで取得することに合意した。このポートフォリオは1MT/yのLNGに相当し規模は大きくはないが、Aramcoは将来的にMidOcean Energyの株式を追加取得する権利も有している。

2023年10月、MidOcean Energyは、カナダのBrookfield Asset Managementと提携して、Australia Pacific LNG(9MTPA、APLNG)プロジェクトの株主であるOrigin Energyを118億ドルで買収した。その結果、MidOcean Energyは豪州LNG輸出基地10カ所のうち5カ所の株を保有することになった。なお、2021年6月、EIGなどが参加するコンソーシアムがAramco傘下のAramco Oil Pipelinesの株式49%を124億ドルで購入しており、AramcoとEIGは今回の売買で関係をさらに強化することになった。[19]

2023年10月、AramcoのAmin Nasser CEOは、ブルー水素は高コストであるため販売契約が締結されない限り生産施設を建設しないと述べた。一方、合併・買収を利用してLNG資産についてはさらに拡大する予定だという。1,000億ドルを超えるJafurahガス田プロジェクトは、2030年までに2Bcfdのガスを生産することが見込まれている。このガスはまず国内市場に供給されるとみられているが、LNG液化設備を新設する案も捨てられてはいない。

ちなみに、2019年、Aramcoは、Sempra Energyと、Port Arthur LNGフェーズ1の株式25%と5MT/yのLNG購入で基本合意していたが、COVID-19に関連した遅延に見舞われ、2021年5月、この事業から撤退している。

サウジアラビアにはクウェートと2029年までに沖合Dorraガス田からの生産を開始し両国のガス不足を緩和しようとする動きもあるが、このガス田は中立地帯に位置しており、イランはその一部がイランとクウェートの間の地域にあるとして、まずは境界を確定するよう求めている。

 

(参考)Hormuz海峡が封鎖された場合の世界のLNG貿易への影響

2022年、カタールとUAEから輸出されたLNGは合計で99MT/yと、世界のLNG貿易量の26%を占めた。これは、2021年から2022年かけて減少した欧州向けロシアパイプラインガス輸出量とほぼ同量である。

両国からの日本のLNG輸入量は、それぞれ、2.88MT/y(4.0%)、1.33MT/y(1.8%)と多くはないが、万一Hormuz海峡が封鎖されれば、世界中の買主が現在逼迫している世界のスポットLNG市場に殺到することになる。日本のLNG輸入量の2割を占めるスポットLNGが高騰し、日本平均LNG輸入価格は大きく上昇することになる。

ここで、ロシアパイプラインガス輸出は、ほぼ半年をかけて段階的に削減されたが、機雷が設置されるなどしてHormuz海峡が封鎖される場合は、カタール・UAEからのLNG輸出は一気に停止することになるため、世界のガス、および、スポットLNG市場に与える短期的なインパクトとしては、2022年のロシアパイプラインガス輸出量の減少を上回るものとなる。

2026年以降、カタール拡張プロジェクトから新たなLNGの供給が開始されるため、Hormuz海峡を通過するLNGの割合は今後ますます増加する。

図33.Hormuz海峡を通過するLNG貿易の割合
図33.Hormuz海峡を通過するLNG貿易の割合 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

5. LNG供給余力の考察

今後しばらくの間は、ロシアパイプラインガスの輸出量減少を補完しなければならない欧州によるLNGの大量調達が続き、その副作用によって、スポットLNG市場のタイト感が継続する。2025年を底とした、いわゆるLNG供給余力の谷がロシアのウクライナ侵攻前の想定より深くなったため、しばらくは小さなトラブル等でも市場に大きな影響を与える時期が続く。

一方、今回のスポットLNGの高騰は、多くのLNG液化プロジェクトのFIDを誘引した。2026年以降、米国・カタールを中心に大量の新規LNG供給が開始されることによって、LNG供給余力は2027年から緩み始め、2028年には冬期でも需給が大きく緩和し、大量の米国LNGのキャンセルが発生する。スポットLNG価格の低下は、新興国を中心にLNG需要を大きく喚起する可能性があるが、現在、東南・南アジアのLNG受入基地建設が大きく遅延しており、このままでは、安価なLNGをタイムリーに受け入れられない可能性がある。さらに、受入能力の不足はこの時期のLNG供給過剰に拍車をかけることにつながりかねない。

一方、中国ではLNG受入基地の建設が計画通り進捗している。現在の稼働率は6割程度と低いが、2028年以降、新たなロシアパイプラインガス輸入量が大きく増加しなければ、この先行投資を活用して安価なスポットLNGを大量に調達できる可能性がある。

図34.LNG供給余力
図34.LNG供給余力 (出典:各種資料よりJOGMEC作成)
図35.ソース別欧州ガス需要予測
図35.ソース別欧州ガス需要予測 (出典:各種資料よりJOGMEC作成)

今後世界は欧州向けロシアパイプラインガス輸出復活を考慮したLNG供給余力上振れリスクに備える必要がある。

2024年秋、米国では大統領選挙が実施される。選挙結果次第ではウクライナ侵攻への軍事援助を収束させるモーメントが働き、その後しばらくして、大幅に減少はしているものの現在でも継続している欧州向けロシアパイプラインガス供給が再び増加する可能性は否定できない。ロシア産ガスのウクライナ経由輸送契約は2024年12月に期限を迎えるが、それを機会として何らかの動きが発生する可能性もある。

欧州、特に産業界は、経済原理、産業競争力の面からは安価なロシアパイプラインガスを再び利用し、またロシアは、インフラが十分に整備されている欧州向けのガス販売を復活させ収入を増加させたいと考えるであろう。

従来の3分の1の30MT/y程度の輸入であれば、再び突然ロシアパイプラインガスが停止しても、LNG受入量を増加させることによって欧州はガスの需給バランスを保つことができる。図36に、2027年からロシアパイプラインガスの供給が再開された場合の欧州LNG輸入量予測を示した。この場合、欧州のLNG輸入量は現在の120MT/y程度から90MT/yに減少する一方、世界のLNG供給余力はさらに過剰の度合いを増すことになる。

図36.欧州LNG輸入量予測 
図36.欧州LNG輸入量予測 (出典:各種資料よりJOGMEC作成)

6. 中長期ガス・LNG価格イメージと調達へのインプリケーション

将来のLNG需給バランスに基づいた世界のガス・LNGの中長期価格イメージを図37にまとめる。

 

JKM、TTF

JKMは、2026年ごろまでは現在の高レベルが継続するが、2027年夏から低下し始め、大量の新規LNG供給が開始される2028年以降しばらくの間はSRMC(Short Run Marginal Cost:短期限界費用)レベルまで低下する。余剰となったスポットLNGは欧州に大量に輸入されるためTTFも大きく低下する。

2033年より先については、2026年以降米国を中心としたLNG液化プロジェクトのFIDブームが収束する影響で再び新規LNG供給量が減少し市場のタイト感が高まることになるため、JKM、そして、TTFは上昇に転ずる。

 

新規油価リンク長期契約LNG価格

スポットLNG価格の影響を受ける新規油価リンク長期契約LNG価格フォーミュラのスロープは2026年ごろまでは現在のレベルが継続するが、2028年以降低下し、2032年前まではその低いレベルが継続する。

 

HH

2022年8月、HHは久しぶりに$10/MMBtuを超えたが、2023年は随伴ガス中心に生産が好調で地下ガス貯蔵在庫のだぶつき感が増した結果、価格は低下。EIAによると、2024年以降、需給はバランスし価格は徐々に上昇していくと予測されている。

2022年時点では、LNG用フィードガスが米国ガス需要に占める割合は全体の1割であるが、今後LNG液化設備が稼働するにしたがって増加する。

2028年以降、米国LNGのキャンセルが大量に発生することによってLNG用フィードガス需要も大きく低下。米国内ガス需給が緩む結果、HHガス価格、および、HHリンクLNG価格も低下する。

図37.中長期ガス・LNG価格イメージ
図37.中長期ガス・LNG価格イメージ (出典:各種資料よりJOGMEC作成)

日本平均LNG輸入価格

世界のガス・LNG価格イメージを反映し、日本平均LNG輸入価格が決定される。

日本平均LNG輸入価格は、2026年までは現在と同等のレベルでのタイト感が続く。それ以降は、2割を占めるスポットLNG価格の下落によって低下し、しばらくの間、低めで安定する。2033年以降はスポットLNG価格の上昇とともに日本平均LNG輸入価格も徐々に上昇に転ずる。

図38.日本LNG平均輸入価格イメージ
図38.日本LNG平均輸入価格イメージ (出典:各種資料よりJOGMEC作成)

調達へのインプリケーション

市場の変化がこれまでになく大きい中、大手ユーティリティーは従来通り、調達コストの低減に努めるとともに、セキュリティーを向上させるべく、調達先の多様化等安定供給をより意識した調達戦略を実施すべきであろう。

中小ユーティリティーは、これまで伝統的なアジア売主からの安定的な調達を指向することが多かったが、調達量が限られていることからそもそも調達先の分散は難しい。また、アジアではガス埋蔵量が減少局面に入り、小さなトラブルでもすぐにLNGの供給不良につながってしまう事象が近年増加していることを踏まえ、国内、または、海外ポートフォリオプレーヤーからの調達について従来にも増して検討を深めるべきであろう。

また、特にスポットLNG価格の変動が大きいため、調達のスポット比率の検討にあたっては、大手・中小とも自社平均LNG調達価格のJLC(Japan LNG Cocktail)からの乖離に注意することが重要である。

 

フィリピンのLNG調達案

フィリピンを例に、今後のLNG調達について妥当と考えられる案を以下にまとめる。

フィリピンのGDPは年率6-7%で成長を続けている。現在のエネルギーミックスに占めるガスの割合は13%である。2040年までに、フィリピンのエネルギーミックスの35%をクリーンなエネルギー源で賄う計画となっている。今後石炭火力発電が抑制されるとともに、Malampayaガス田の枯渇によるガス生産量の大減少と、それを補完するLNG輸入の増加が予測されている。LNG輸入量は、徐々に増加し、2030年には3.5MT/yに達することが見込まれている。

フィリピンには、7つのLNG受入プロジェクトが存在するが、2023年、そのうちPH LNGとFirstGen LNGがスタートした。PH LNGは、1,200MWのIlijanガス火力発電所の燃料用として2023年4月以降合計6カーゴを輸入した。また、FirstGen LNGは、2月に引き渡し予定の3カーゴ目のLNG購入入札を実施し、TotalEnergiesと契約を締結した。

現在のLNG市場では、2025年までの長期契約LNGはほぼ売り切れ状態にある。また、2026年まではスポットLNG価格は高留まり、油価リンク長期契約LNG価格のスロープも同様に高止まりが続くとみられる。一方、この頃までは、Malampayaガス田からの生産もある程度は継続しており、LNG必要輸入量は限定的と考えられる。以上から、フィリピンのLNG調達案について以下のように考えることができる。

  • 2026年までは高値でも、必要な輸入量が少ないこともありスポットLNGを中心に調達する。
  • 2027年頃、スロープが低めに安定した頃に長期契約を締結する。ただし、この時点ではスポットLNGが安価に調達できるようになっており、長期契約締結の是非についての議論が再燃する可能性が高い。エネルギー供給セキュリティーを確保すべく、しっかりと長期的な視点に立って、調達量全体の半分を目安に、ある程度の需要が見通せる10年間を上限として長期契約を締結すべきであろう。残り半分についてはスポットLNGでの調達を継続する。
図39.フィリピンLNG輸入量予測
図39.フィリピンLNG輸入量予測 (出典:Rystad Energy他よりJOGMEC作成)

7. 世界のLNG供給セキュリティー向上のために

(1) 調達先の多様化

LNG供給セキュリティーを高めるには、調達先の多様化が欠かせない。世界各国のLNGの調達依存率を比較すると、まず、LNGの調達先は地域性が高いことがわかる。3大供給国(米国、カタール、豪州)、それにマレーシア、ロシアの周辺国はそれらの国に対する依存率が高い。

また、長期LNG売買契約の締結には一定のロットが前提となっているため、輸入量が大きい国ほど分散させやすく、逆に輸入量が小さい国ほど依存率が上昇しやすい傾向がある。

各国の一番の調達先への依存率を比較すると、世界全体の平均(単純平均)では63%程度であるが、アジア、欧州では50%程度となっている。

北東・東南アジアは豪州の影響が強く、インド、パキスタン、バングラデシュはカタールに大きく依存している。

中国は大手国有3社、韓国はKOGAS、タイはPTT、台湾はCPCが主軸となって調達を進めている。このように、調達が独占、または、寡占されている国ではうまく分散できており、最大調達先の割合は40%以下となっている。

日本はJERAによる調達が半分を占めるものの、寡占度は上記各国と比べ低く、最大調達先の割合は各社の判断の集合となるため、上記各国と比較すれば、分散化は自ずと進めにくい。日本は豪州への依存率が43%と高いが、アジアの平均以下には収まっている。また、日本の原油の中東依存度が9割を超えていることと比較すれば低いレベルにある。

欧州は、特に2022年以降は米国の影響が強い。受入容量が確保され、長期契約を締結しているベルギー、イタリア、ポーランド、イギリスなどはカタールへの依存率が高い。

ロシアへの依存率が高い国は、ロシアLNGを積み替えているベルギー、Totalが長期契約を持つフランス、Gazpromのポートフォリオ契約を持つオランダ、Naturgyが長期契約を持つスペインなどである。

その他、ナイジェリアへの依存率が高い国は、長期契約があるポルトガルやスペイン、アルジェリアへの依存率が高い国は、フランス、ギリシャ、イタリア、トルコなどとなっている。

南北アメリカの国々は、米国、トリニダード・トバゴへの依存率が高い。また、中東は、カタールへの依存率が高い。

図40.調達先への依存率
図40.調達先への依存率 (出典:GIIGNL他よりJOGMEC作成)

(2) スポット割合の推移

これまで世界のLNG貿易中に占めるスポットLNG割合はほぼ一定の割合で増加し、2022年は35%に達した(GIIGNLベース)。今後、従来通り直線的に上昇していった場合、2031年には市場の半分がスポットLNGによって取引されることになる。

各国の分断が深まる時代背景から、買主によって供給セキュリティーが重視されれば、今後この伸びは低下するであろうし、一方、脱炭素、電力・ガス市場の自由化、原発再稼動の不透明感などによって、需要の不確実性がさらに高まる認識となれば、スポットLNG割合の上昇は加速する。

需給がタイトでスポットLNGの価格が高ければ伸びは低下し、ルースとなり価格が低下すれば上昇する傾向があるようにもみえる。2027年初めまではLNG市場はタイト化するため、スポットLNG割合の伸びは低下するが、2028年以降、LNG市場がこれまでに経験したことのないほどのLNG供給余力を抱え需給が大きく緩む場合、スポット割合は一気に拡大し、50%到達の時期は早まる可能性がある。

図41.スポットLNG割合の推移
図41.スポットLNG割合の推移 (出典:GIIGNL他よりJOGMEC作成)

ロシアのウクライナ侵攻前の平時であった2020年の各国の1次エネルギー消費中に占めるLNGの割合と輸入量に占めるスポットLNG割合の関係をみると、

  • 世界のほとんどの国のスポットLNGの割合は50%以下、
  • 1次エネルギー中のLNGの割合が高ければスポットLNGの割合は低い(=長期契約多い)、
  • 各地域の重心(加重平均)は、1次エネルギー中のLNGの割合は10-12%、スポットLNGの割合は40%弱に集中していた。

ロシアのウクライナ侵攻後の2022年、欧州全体の1次エネルギー中のLNGの割合は10%から13%に上昇し、加えて、スポットLNG割合も36%から47%に上昇した。LNG輸入量は、すべての欧州各国で増加した。また、スポットLNGの割合は、トルコ、オランダ、ポーランド、イタリア、フランス、イギリス、ポルトガルで増加し、ギリシャ、ベルギー、スペインで減少した。このうち、5カ国のスポット割合が50%以上に上昇した。特に、トルコ、オランダはLNG輸入量が増加するとともにスポットLNGの割合も大きく増加した。これは両国が輸入したLNGを再ガス化し、そこから周辺各国へパイプラインによって輸出したためである。

一方、アジア全体の1次エネルギー中のLNG割合は12%と大きく変わらなかったが、スポットLNGの割合は、40%から27%へと大きく低下した。これは、スポットLNGが高騰したためUQTを行使し調達を控えたり、資金が不足し調達できなかったためである。特に新興需要国であるインド・パキスタン・バングラデシュ、さらに、インドネシア・マレーシアでも調達の割合が低下した。脱原発・脱石炭を進める台湾のみこの割合が増加した。LNG輸入量は、ほとんどの国で低下した。平時において、1次エネルギー中に占めるLNGの割合が高く、かつ、スポットLNG割合が相対的に高いのは欧州ではなくアジア諸国の傾向であったが、侵攻後は欧州に顕著な傾向となった。

図42.1次エネルギー中に占めるLNGの割合とスポットLNG割合
図42.1次エネルギー中に占めるLNGの割合とスポットLNG割合 (出典:GIIGNL他よりJOGMEC作成)

(3) 長期契約 vs スポット契約

以下に長期契約とスポット契約の価格レべル、価格ボラティリティー、契約期間、契約量について比較を行う。

 

価格レベル

2010-20年の平時において、JKM年平均と、その年に締結された長期契約の平均スロープと油価から計算された油価リンクLNG価格を比較すると、この2つの値はよく一致する。つまり、スポットLNG価格と油価リンク長期契約LNG価格は、長期的にみれば同等ということができる。

一方、2021-22年の緊急時においては、スポットLNGの価格レベルは長期契約の2.6倍の高いレベルとなった。

図43.長期契約 vs スポット契約価格レベルの推移
図43.長期契約 vs スポット契約価格レベルの推移 (出典:Platts、Wood Mackenzie他よりJOGMEC作成)

価格ボラティリティー

2018-20年の平時において、スポットLNGの価格ボラティリティーは長期契約の2倍であった。

一方、2021-22年の緊急時においては、価格ボラティリティーは8倍と、商品としての違いはないにもかかわらず、契約によって全く異なる値動きを示した。

平時においては、多くの買主にとって長期契約の契約期間のリスク・契約量のリスクを受け入れるより、上記の長期契約の2倍のスポットLNGの価格ボラティリティーを受け入れる方がたやすいであろう。一方、2021-22年の実績、すなわち、価格レベル差2.6倍、価格ボラティリティー差8倍は、経営に深刻な影響を及ぼすほどの変動であり、緊急時にはスポットでは思い通りの条件で調達できない懸念もある。明らかに長期契約が選択されるはずである。

 

価格レベル、価格ボラティリティー上昇の悪影響

価格レベルのリスクと価格ボラティリティーのリスクが大きくなると、以下のサイクルによって、供給側、需要側双方の安定的な成長が阻害され、ひいては、LNG需給バランスが大きく崩れることになる。

供給側においては、現在のような価格高騰時には多くのFIDがなされるものの、次いで訪れる供給過剰による価格下落時には、LNG液化プロジェクトのFIDが遅延。それが再びその後の価格高騰を招くことになる。

需要側では、世界のLNG需要は若干の変動はあるものの、これまで安定的な増加を継続してきた。今後、LNG需要は2040-50年まで安定的に拡大していく予測が多くを占める。価格上昇時には受入基地や、それより下流側のガス利用設備の設置が遅延する傾向、さらには、2022年にも観察されたように、CO2排出量の大きい石炭の消費が増加する傾向がみられる。

図44.長期契約 vs スポット契約価格レベル・ボラティリティー比較
図44.長期契約 vs スポット契約価格レベル・ボラティリティー比較 (出典:Platts、Wood Mackenzie他よりJOGMEC作成)

2022年欧州ガス価格高騰の原因

IGU(International Gas Union:国際ガス連盟)によると、2022年の欧州の卸売りガス価格は急上昇し、$30/MMBtuを超えた。

一方、日本を含むアジア太平洋地域でも上昇したものの、そのレベルは$15/MMBtuに抑えられた。

図45.世界の卸ガス価格推移
図45.世界の卸ガス価格推移 (出典:IGU他よりJOGMEC作成)

欧州ガス価格高騰の度合いが高かったのは、ガス・LNGの取引が、いわゆるスポット契約に偏っているためである。

このスポット契約は、IGUレポートの中ではガス・オン・ガス競争(Gas-on-Gas Competition:GOG)と呼ばれる。GOGとは、需要と供給のバランスによって決定されるガス価格で、様々な異なる期間(日、月、年、その他の期間)で取引される。これには、短期のハブ価格ベースで取引されるガスや、月次価格によって取引される長期契約が含まれる。

一方、油価リンク長期LNG契約価格と同様の価格システムは、石油価格エスカレーション(Oil Price Escalation:OPE)と呼ばれる。このOPEとは、通常、基準価格とエスカレーション条項を通じて、競合燃料(通常、原油、軽油、重油)と連動するガス価格決定システムである。

2022年の欧州におけるGOGのシェアは82%、OPEは18%であった。GOGのシェアは、OPEが78%であった2005年の15%から、2022年には82%に増加し、OPEは18%に低下した。欧州でも、2000年代はOPEの割合が高かったが、当時のロシアパイプラインガスはGOGでの調達の方が安価であったこともあり、既存OPE契約の終了や価格設定条件の再交渉によってスポット価格連動の割合が高められていった。[20]

第1の欧州ガスセキュリティーの軽視は、ロシアパイプラインガスに対する過剰な依存であったが、第2はこのスポット契約への行き過ぎた傾倒である。欧州ガス市場は確かに世界一の規模を誇るが、世界の原油市場と比べその規模はわずか10分の1に過ぎず、OPEC+のような生産量調整システムも具備していない。供給ソースも限定的であり、2023年夏も現在最大の供給ソースとなったノルウェーパイプラインガス設備のトラブルに反応し、TTFは変動を繰り返した。

一方、アジア太平洋地域では、GOGは2005年の13%から2012年には22%まで上昇したが、OPEは現在でも6割程度あり、ほぼ横ばいとなっている。

これがアジア太平洋地域を今回のガス・LNG高騰から守った主要因である。

欧州でのエネルギー価格の高留まりはまだ続いており、11月9日、ドイツ政府は高騰する産業向け電力料金補助金政策について政権内で合意した。今後5年間電力税引き下げなどを実施するが、支援額は2024年のみで120億ユーロにのぼるという。

図46.欧州とアジア太平洋地域の卸ガス価格指標の推移
図46.欧州とアジア太平洋地域の卸ガス価格指標の推移 (出典:IGU他よりJOGMEC作成)

契約期間・契約量

スポットLNGは、その時々の需要によって調達を判断できるため、過剰在庫リスクは低いが、需給逼迫時には手当に手間取る可能性がある。

長期契約LNGは、安定的な調達が可能であるが、長期間購入を継続しなければならない。今後、脱炭素政策の強化や市場自由化、原発再稼動などのリスクが予想されるなかで、過剰在庫を抱えるリスクがある。

欧州ユーティリティーは、今回、LNG調達量を大幅に拡大したが、脱炭素政策の強化を恐れて長期契約の締結には二の足を踏んでいる。

彼らに代わってポートフォリオプレーヤーが、期間のリスク・量のリスクを取って長期契約を締結し、それを短期・小ロットで販売する役割が期待されている。

しかし、ポートフォリオプレーヤーは世界のエネルギーセキュリティー向上を目的として行動しているわけではない。結果として市場の流動性を高めることになってはいるものの、彼らの目的は、大ロットの長期契約を仕向け地自由でまず買主として確保し、それをスポットLNGなどに小分けして売主として欧州を含むユーティリティーなどに供給し利益を得ることである。

また、ガス・LNG事業は石油と異なり民間主導であるため、ポートフォリオプレーヤーを含め、脱炭素政策や株主からの影響を受けやすい状況は変わらない。

今般ロシアのウクライナ侵攻に伴ってクローズアップされたLNGの価格レベル、価格ボラティリティーに関するリスクは、今後スポットLNG割合が上昇していくにしたがって、特に緊急時において高まっていく。これを低減するためには、長期契約の締結を促進する必要がある。

一方、2050年ネットゼロに代表される脱炭素に関する欧米の政策は、通常LNG液化プロジェクトのFIDに必要な20年間にもわたる長期契約の締結と二律背反の関係にある。

LNG市場の需給の混乱を抑制すべく、安定的なLNGプロジェクトの立ち上げを継続するために一定の長期契約締結を確保することは、特に先進国にとっては国際的な責務ともいえるであろう。

図47.ポートフォリオプレーヤーの流動性向上機能(契約量・期間)
図47.ポートフォリオプレーヤーの流動性向上機能(契約量・期間) (出典:JODI他よりJOGMEC作成)

(4) LNG液化プロジェクト期間半減のコスト試算(IEA)

これを解決する一案として、IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)は、WEO2022(World Energy Outlook 2022:世界エネルギー見通し2022)において、欧州が追加調達するLNGに相当するLNG液化プロジェクトの減価償却期間を、通常の20年間から10年間に半減するためのコストを試算した。その結果、LNG販売価格を10年間にわたって20%上昇させ、合計$140Bを費やすことによって返済期間の短縮が可能との結論を得ている。[21]

  • EUの供給ギャップは、スポット市場からLNGカーゴを誘致し、プレミアムを支払って他の市場から迂回させることで埋めることができる。短期的には、不安定な世界のLNG供給力学に翻弄されることになるかもしれない。
  • 新たなLNG輸出プロジェクトのスポンサーとなることで、確実な引取を確保する方法もある。しかし、資本集約的なLNGプロジェクトは、建設に長いリードタイムを要し、最低でも20年程度の引取数量確約と、少なくとも30年の操業を必要とするため、長期的なコミットメントが必要である。
  • 20年契約ではなく10年契約で投資コストを回収する場合に必要なガス価格を試算。20年契約の加重平均損益分岐点価格は$7.5/MMBtuで、平均収益率は20%近くとなる。契約期間を10年に短縮すると、最近承認されたプロジェクトの投資コストを完全に回収するために必要な損益分岐点ガス価格は、平均で20%上昇する。
  • EU加盟国の未契約のLNG追加需要(50MT/y)が、20年契約の代わりに10年契約の資金で賄われる場合、EUのガス輸入業者にかかる追加コストは$140B。
図48.LNGプロジェクト期間半減のコストはLNG価格20%アップ
図48.LNGプロジェクト期間半減のコストはLNG価格20%アップ (出典:IEA WEO2022他よりJOGMEC作成)

(5) 欧州発スポットLNG高騰による世界の損害額試算(JOGMEC)

欧州が大量のスポットLNGを追加調達することによって、今後も世界のスポットLNG市場の逼迫は継続するが、高騰するスポットLNGを調達するのにアジアの国々が例年に比べて上乗せして支払わねばならなかった損害額は2022年だけで$68.7Bにのぼった。内訳としては、中国は$24.5B、日本は$15.0B、韓国$14.9B、インド$8.0B、台湾$7.0B、タイ$3.8B、パキスタン$1.6B、バングラデシュ$0.9Bの損害を受けた。一方、欧州は、$56.8Bの追加費用を支払った。

今後、2026年にかけて、世界は高騰するスポットLNGの調達を続けなければならないが、このスポットLNG価格上昇と各国のLNG輸入量予測から、これに起因する世界の損害額合計は、$270Bと試算される(2021年$78B、2022年$150B、2023-26年$42B)。

この損害額は、脱炭素目標に合致するように欧州が長期契約の契約期間を半減させるために必要なIEAコスト試算$140B(契約期間は10年間)の2倍にのぼる。

図49.欧州発スポットLNG高騰による各国の損害額試算
図49.欧州発スポットLNG高騰による各国の損害額試算 (出典:Platts、GIIGNL他よりJOGMEC作成)
図50.欧州長期契約締結コストと世界のスポットLNG高騰による損害額の試算
図50.欧州長期契約締結コストと世界のスポットLNG高騰による損害額の試算 (出典:Platts、GIIGNL他よりJOGMEC作成)

(6) 欧州地下ガス貯蔵在庫積み上げの経済効果

欧州が世界のスポットLNG価格安定のためにできることは、このほかにもまだある。

欧州地下ガス貯蔵在庫が上昇すると欧州ガス価格が、さらに、世界のスポットLNG価格が低下する関係がある。

2022年、欧州は11月1日までに容量の80%まで、それ以降の年は容量の90%まで貯蔵しなければならないというガス最低貯蔵目標を定めた。各国の目標は、過去5年間の平均充填率、ガス供給セキュリティー状況、ガス需給状況などを考慮してEC供給保証調整グループで議論、承認される。

地下ガス貯蔵在庫の積み上げは、ガス価格高騰や温暖な気候によるガス消費の減少や、フォワードカーブコンタンゴによるLNG輸入の増加、そして今回の地下ガス最低貯蔵目標の設定などによって促進され、2022年夏以降、在庫は過去5年平均を上回るレベルにある。

2023年、在庫は過去5年と比べ平均で17%積み上がったが、これがTTFを低下させた効果は、要因分析から、過去5年平均と比べ$7/MMBtu、最低在庫目標と比べ$10.2/MMBtuと推算された。

ただし、日本などよりも地質条件に恵まれている欧州においても、TTF、ならびに、それと相関の高いJKMを安定・低下させるためとはいっても、これからの大規模な地下ガス貯蔵容量の拡張はなかなか受け入れられにくい可能性がある。

そこで、ロシアのウクライナ侵攻の状況も考慮する必要はあるものの、欧州に隣接し余裕のあるウクライナの巨大な地下ガス貯蔵容量をもっと積極的に利用していくことを検討すべきであろう。なお、貯蔵設備と需要地間のパイプライン能力の整備等も考慮しなければならないが、ここでパイプラインは地下ガス貯蔵設備より追加設置が比較的容易と想定した。

図51.欧州地下ガス貯蔵在庫積み上げの経済効果
図51.欧州地下ガス貯蔵在庫積み上げの経済効果 (出典:Platts、AGSI他よりJOGMEC作成)

 

ウクライナ地下ガス貯蔵設備の活用

ウクライナも自国の地下ガス貯蔵設備の活用に積極的である。

9月末、ウクライナガス供給網運営会社GTSOUは、国外の40社がウクライナの短距離輸送サービスを積極的に利用し、ウクライナ国内にガスを貯蔵していると述べた。また、10月25日、ウクライナ首相は、12-15Bcmのガス貯蔵量について海外トレーダーのアクセスを認める用意があると述べた。

11月1日、外国企業がウクライナに貯蔵しているガスは3.5Bcmに達した。EUの地下ガス貯蔵在庫がほぼ100%に達しようとする中で、ウクライナの31Bcmという膨大な地下ガス貯蔵容量を活用する動きが活発化した。

ちなみに、2020年1月、ウクライナは短距離輸送サービスの提供を開始。トレーダーは中東欧内でウクライナのシステムを割引価格で利用してガスを移動させることができるようになった。このサービスは税関倉庫制度と併用され、輸入されたガスは税金と関税を差し引いて最長3年間ウクライナで保管される。[22]

ここで、現在の欧州最低貯蔵目標の設定は、従来と比べ多くを貯蔵せよというものというよりは、従来の平均的なレベルを大きく下回らないように歯止めをかける設定値となっている点に注意が必要である。すなわち、今後より積極的な積み上げを促進する政策の余地が残されているのである。

一方、欧州の地下ガス貯蔵は、ガス先物価格のコンタンゴを活用して春から夏にかけて貯蔵し秋から冬にかけて払い出すサイクルで、経済的に自立して運用されている。政策的に在庫を上昇させた場合TTFが低下することになるが、それによって悪影響を受けるセクターへの対応も合わせて検討されるべきであろう。

図52.欧州地下ガス貯蔵在庫下限目標
図52.欧州地下ガス貯蔵在庫下限目標 (出典:GIE他よりJOGMEC作成)
(参考)中長期LNG需要予測(LNG需要予測対前年1割アップ、IEA WEO2023)

2023年10月に発表されたWEO2023において、IEAは、

  • すでに建設が開始されている、または、FID後のプロジェクトによって、2030年までに2,500億m3の液化能力が追加され、これは現在のLNG供給量の45%に相当する、
  • LNG供給量は特に2025~27年に大きく増加し、その半分は米国、および、カタールで生産される、
  • これにより価格と供給に対する懸念は緩和されるが、世界のガス需要の伸びは大きく鈍化しており、仮に中国の需要が鈍化すれば、新興国市場ではこれを吸収できるだけのインフラがない、

と述べた。

ここで重要なのは、上記の一般的な予測ではなく、実はIEAが2022年発行のWEO2022と比べ、2030年時点でのLNG需要について、わずか1年で1割も上昇させた点である。STEPS(Stated Policies Scenario:公表政策シナリオ)で9%、APS(Announced Pledges Scenario:表明公約シナリオ)で8%、NZE(Net Zero Emission Scenario、ネットゼロシナリオ)では14%も上昇した。[23]

この変更の理由について明確な説明はないが、従来、他と比較して今後のLNG需要は強く抑制されるとしてきたIEAの予測と現実との乖離が大きくなり、これを修正せざるを得なくなったためとも考えられる。

2021年、IEAはNet Zero Reportを発行。NZEケースにおいては、2025年以降世界のガス需要は大きく低下し、今後の上流投資は不要とした。その内容は当初世界に衝撃を与えたが、その後、これはフォアキャストではなく、バックキャストであることが次第に明らかとなった。IEAには引き続き欧州の脱炭素への政策的な期待(Backcasting)ではなく、適切な経済予測(Forecasting)を期待したい。

今回、世界の天然ガス需要は2030年までにピークに達すると主張しているが、これについても現実との一致を確認していきたい。

図53.IEA LNG需要予測の変化
図53.IEA LNG需要予測の変化 (出典:IEA WEO2022-23他よりJOGMEC作成)

(7) 欧州ガス政策への提言(世界のガス・LNGセキュリティー向上策)

エネルギー政策を考える上で、供給の安定性、適正な価格、環境への配慮の3つのバランスが重要である。

ガス・LNGは化石燃料の中でもCO2排出量が小さく、石炭火力のガス火力への転換等によって脱炭素を推進することができるが、ロシアのウクライナ侵攻以降は、特に供給安定性と適正価格に注目が集まっている。

適正な価格で安定的に供給するための備えとして、物理的には石油と同様、備蓄が有効ではあるが、ガス・LNGは性質上貯蔵が難しく、また、脱炭素の期限が迫る中、大規模なLNGタンクや地下ガス貯蔵設備の拡張など新規のハード整備には抵抗間が大きい。ソフト的な解決策として、これまで日本では以下のような施策が取られてきた。

  • LNGデマンドクリエーション(特にアジア新興需要国のLNG流通量を拡大し日本の緊急時調達にも役立てる)
  • 緊急時LNG相互融通(余裕のある事業者がLNGの提供などによって状況の厳しい事業者を援助する)
  • SBL(Strategic Buffer LNG:現行のLNG輸送ビジネススキームの中に意図的な余剰をつくりそれを利用)

それまで分断されていた世界のガス・LNG市場は、2010年以降、スポットLNGによって互いに連係するようになり、その結果、世界最大の高度に自由化された欧州ガス市場の動静が、世界各国のガス・LNG需給・価格に強い影響を与えるようになってきている。いまや世界のスポットLNG価格のベースは欧州ガス価格によって決定されており、世界のスポットLNGの供給と価格安定化のためには、欧州におけるガス・LNG供給セキュリティーの向上が欠かせない。

今後の世界のガス・LNG供給安定性等の向上策として、以下のような案が考えられる。

  • 欧州ユーティリティーの長期LNG売買契約最低締結目標の設定(LNG価格を落ち着かせるとともに液化プロジェクトの立ち上げに貢献、長期契約割合:日本8割 vs 欧州5割)
  • 欧州地下ガス貯蔵在庫下限目標の引き上げ(在庫レベルを引き上げることによって欧州ガス価格・世界のスポットLNG価格を低下させる)
  • LNG設備減価償却の補償(長期LNG売買契約締結を促進するために、将来脱炭素政策によりLNGが利用できなくなった以降の液化設備や受入設備の減価償却を補償する)
  • LNG価格上乗せによる液化プロジェクト期間半減(IEA WEO2022での検討:投資回収期間を短縮するための追加コストをLNG価格に上乗せして脱炭素スケジュールと整合するよう減価償却を加速する)

 

8. おわりに

ノブレスオブリージュ(noblesse oblige(仏)、英語ではnoble obligation)とは、財産・権力・地位を持つ者は相応の社会的責任や義務を負い、単に自己の利益を優先することのないよう行動しなければならないという欧米社会の道徳観である。新約聖書の「多く与えられた者は多く求められ、多く任された者はさらに多く要求される」に由来しているともいわれ、キリスト教文化圏で広く浸透している。

今回欧州はロシアに脆弱なエネルギーセキュリティーの足元をすくわれ、その煽りを受けて世界のガス・LNG市場は大きな混乱に陥った。特にアジアの新興需要国が大きな損害を受けているが、現在の欧州のスポット市場からのLNG大量調達は、その高騰に油を注ぐだけでなく、今後の世界のエネルギーセキュリティー向上に寄与しない。さらに困ったことには、エネルギー価格高騰のWindfall profitが欧米メジャーなどによって吸い上げられる結果を招いている。

12月13日に閉幕したCOP28の合意文書では、ガスを含む「トランジションフューエルはエネルギー安全保障を確保しながらネットゼロへの移行を促進する役割を果たす」ことが明記された。

厳しい状況にありながらもLNG市場は今後も順調に成長していく見通しであるが、売買主にとっては、価格の高騰やボラティリティーの拡大に備え自らを守る努力が欠かせない。

高度な政治システムと高い購買力、さらに、各国との調整力に秀でた欧州は、さらに一歩進んで責任を果たすことが可能である。世界のガス・LNGの動向に大きな影響を与える自身のガス市場を改善することによって、欧州のみならず、世界のエネルギーセキュリティー向上に大きく寄与することができるのである。

単に脱炭素を主張するにとどまらず、それを達成していく過程で必要不可欠なガス・LNG市場を安定化させるための現実解の適用に対しても欧州には世界のリーダーとしての責任ある行動が求められている。

 

 

[1] 2023年12月、EIA、Short Term Energy Outlook

[2] 2023年10月24日、Reuters、ガスパイプライン損傷、いかりが原因の可能性 フィンランド指摘

[3] 2023年11月8日、Platts LNG Daily、Next wave of German FSRUs could miss much of winter service

[4] 2023年11月2日、電気新聞、大手9社の4-9月燃料消費 LNG過去10年で最小

[5] 2023年11月8日、Platts LNG Daily、Colombia sets new record for LNG imports in October

[6] 2023年10月13日、mees、Israel Halts Tamar & EMG Flows As Fight With Hamas Continues

[7] 2023年4月25日、Platts LNG Daily、DOE tightens LNG export extension policy, denies request from Lakes Charles LNG

[8] 2023年10月31日、Energy Intelligence、China Discourages State Firms From Signing US LNG Deals

[9] 2023年10月31日、Platts LNG Daily、Panama Canal faces prolonged impact from El Nino, climate change

[10] 2023年6月、OIES、Is Australia quietly quitting the LNG business?

[11] 2023年8月22日、Energy Intelligence、Japan-Australia LNG Ties to Remain Close Despite Policy Reforms

[12] 2022年8月26日、mees、QatarEnergy Awards Contract For Two New Solar Plants

[13] 2023年9月22日、mees、Oman Gas Networks: Expansion In The Pipeline

[14] 2023年1月10日、Platts LNG Daily、Shell inks 10-year LNG offtake agreement, E&P and green hydrogen deals with Oman

[15] 2023年9月22日、mees、Oman Starts Work On 500MW Solar In Bid To Triple Renewables Capacity By 2025

[16] 2023年10月3日、Energy Intelligence、Qatar, Abu Dhabi Compete to Win Over Asian LNG Buyers

[17] 2023年10月6日、mees、Adnoc Advances $17bn ‘Carbon Neutral’ Gas Project

[18] 2023年10月、GECF、Annual Statistical Bulletin 2023

[19] 2023年10月2日、East & West Report、Saudi Aramco、豪州LNG事業への参画目指しMidOceanに資本参加

[20] 2023年9月、IGU、Wholesale Gas Price Survey 2023 Edition

[21] 2022年10月、IEA、World Energy Outlook 2022

[22] 2023年11月2日、Platts LNG Daily、Russian gas exports to Europe flat in October, TurkStream flows dip

[23] 2023年10月、IEA、World Energy Outlook 2023

 

以上

(この報告は2024年1月9日時点のものです)


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