ページ番号1010010 更新日 令和6年1月16日
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概要
- 各国政府は脱炭素目標を設定するなかで、低炭素水素の活用を重要な経路と捉えており、低炭素水素産業の形成のためのルールメイキングや様々な支援策を講じている。
- 政府支援により既存化石燃料等との価格ギャップや製造コストと販売価格とのギャップの穴埋めを図ろうとすることもその一つである。
- 欧州水素銀行などの採用する固定プレミアムは、制度設計が比較的容易であることから、実験的、試行的取り組みとして好まれる傾向があるが、支援が長期にわたる場合には市況や技術の進展など変化する状況に対応しきれない可能性がある。この点、英国が採用する変動プレミアムはこういった難点に対処しようとするものだが、実施機関と事業者の双方に対してより複雑な運用を求めることとなる。一方、値差補填、収益補填の観点ではなく、デンマークの操業費支援、インドのインセンティブ付与といった観点からの支援も採用されている。
- これらの施策は価格補填のみならず、低炭素市場の形成を見据えたものや、続く民間投資の呼び水としての役割も担ったものも存在する。
- いずれの国も所与の資源を前提にいかにして低炭素水素産業を立ち上げるかに焦点を当て、かつ、自国の目指す方向に適うよう制度設計を試みていることが見てとれる。
1. はじめに
世界各国で低炭素水素やアンモニアの製造プロジェクトが発表されている。IEAプロジェクトデータベース(2023年10月31日時点)[1]から集計したところ、積み上がった製造容量は2030年時点で水素約5,000万トン、アンモニア約2,000万トンにも及ぶ。しかし、このうちFID/建設段階にあるものは、それぞれ3、4%程度しかなく、大部分がコンセプト段階や実現可能性調査段階に留まっている。プロジェクトが先に踏み込めないのは、低炭素水素市場の形成に関わる大きな不確実性や既存化石燃料や化石燃料由来の水素に対するコスト面でのディスアドバンテージなどが大きな理由であろう。
しかし、各国政府は脱炭素目標を設定するなかで、低炭素水素の活用を重要な経路と捉えており、低炭素水素産業の形成のためのルールメイキングや様々な支援策を講じている。政府支援により既存化石燃料等との価格ギャップや製造コストと販売価格とのギャップの穴埋めを図ろうとすることもその一つである。
そこで本稿では、豪州、デンマーク、英国、ドイツ、インドで展開しているこのような政府補填を試みようとする水素事業支援制度を中心に紹介する。これらの施策は価格補填のみならず、低炭素市場の形成を見据えたものや、続く民間投資の呼び水としての役割も担ったものも存在する。また、各国の自国低炭素水素産業育成に向けた戦略も少なからず反映されている。また、シンガポールの制度は価格補填とはやや趣きを異にするが、目下事例の少ない貴重な需要国側の施策として取り上げる。

(出所:IEA公表資料を基にJOGMEC作成)

(出所:IEA公表資料を基にJOGMEC作成)
2. 豪州:水素ヘッドスタートプログラム
(1) 状況
2023年5月、豪州政府は、大規模な水素製造プロジェクトに資金を提供し、豪州の水素産業の発展を加速させ、クリーンエネルギー産業を活性化し、豪州が新たなグローバル水素サプライチェーンに接続し、水素の莫大な雇用と投資の可能性を活用するために、新たな水素ヘッドスタートプログラムに最大20億豪ドル(約2千億円)を投資すると発表した。
2023年10月、豪再生可能エネルギー庁(ARENA)は、本プログラムへの関心表明(EOI)の募集を開始し[2]、同年11月EOI募集が締め切られた。ARENAは、2024年1月までにEOIの評価を行い応募者に結果を通知するという当初予定を前倒しし、2023年12月21日にEOI選考結果を発表した[3]。これらEOI選考を通過した6社は、2024年6月27日までに本申請を行うこととなる。最終選考結果は2024年10月に明らかにされる予定である。

(出所:ARENA公表資料を基にJOGMEC作成)
(2) 支援内容[4]
助成金は、適格な水素または水素派生物の生産単位ごとに支払われる生産クレジットの形で提供される。具体的には申請者が入札した金額(豪ドル/kg H2)と最長10年間の水素製造量を掛け合わせた金額が補助金として支給される。
申請者は入札時に正当な資本収益率を含んだ水素製造コスト(豪ドル/kg H2)とオフテイカーへの販売価格見込額(豪ドル/kg H2)も併せて提出することになっている。そしてこの水素製造コストと販売価格見込額との差が入札額(=「水素製造クレジット」)となる。

(出所:ARENA公表資料を基にJOGMEC作成)

(出所:ARENA公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) 評価
事業者としては想定される値差損失が政府補助により、長期間補填される点に大きなメリットがあり、オフテイク契約を長期で締結した場合にも将来の不透明さが緩和されることになる。しかし一方で、本プログラムのような固定価格の支払は、市況の変化に柔軟に対応することができない。例えば水素製造コストが10年間の間に申請時より上昇した場合には、申請時のクレジットでは事業者側に不足が生じてしまう。また、逆に水素製造コストが低下した場合には、政府側は過大な補助金を支払い続けることになる。
その他、事業者側が留意すべき事項としては、製造される水素が認証をクリアしていること(クリーン水素として認証される)が最低条件となることである。オフスペックの水素は毎年の精算の段階で減量・減額の対象となるからである。また、オフテイク価格の見込みについてある程度の確度も必要となるため、既にオフテイク契約を締結しているか、MOUやHOAといった形で文書化されている必要がある。実際、入札時にはそのようなエビデンスの提出が求められている。このような条件をクリアするプロジェクトは、既にある程度の確度をもって進められているものや段階的にも進んでいるようなプロジェクトとなろう。
また、本プログラムの特徴としては、電解容量50MW以上の大規模設備を対象としていること、製造される水素の最終用途は問わないことが挙げられる。これは豪州政府の自国水素産業に対するビジョンを反映したものであり、すなわち水素の大規模製造国化、製造業及び輸出産業へのビジネス機会の提供を進めることが目的となっている。もう一つ本プログラムで注目されるのは、価格を含む入札結果の開示である。落札事業者は補助金契約の一部を構成する知識共有計画を受け入れなければならない。豪州政府の本プログラムの目的には、再生可能水素産業の成熟化に資するために産業界全体で積極的に知識の共有を図ることも含まれているからである。
(4) 見通し
本プログラムの予算は20億豪ドルである。最長10年間のプログラムなので、単純に1年あたり2億豪ドルという計算になる。また、EOI結果発表により6社が通過したことが判明している。従って、1プロジェクト1年あたりの配分額は3,300万豪ドルという計算になる。ノルウェーに本社を置く世界最大規模のアンモニア製造会社であるヤラ・インターナショナル社が豪州で計画しているYuri再生可能水素プロジェクトは、10MWのPEM電解槽を備えグリーン水素640トン/年(日産1,835kg)を製造するプロジェクトである[5]。仮に50MWを想定した場合、製造量は5倍の3,200トン/年となり(実際にはこのように単純なことではないであろうが)、年間3,300万豪ドルの配分を前提にすれば、グリーン水素1kgあたり10.3豪ドル(7.0米ドル)の補助金が利用可能である。Yuriプロジェクトが位置する西豪州のPEM電解水素のCAPEX込み単価は4豪ドル/kgとも評価される。この評価価格と比べても10.3豪ドル/kgは充分すぎるほど手厚い。まして値差の部分のみが支援対象となると補填対象単価は更に下がる。申請者としては競合者の動静を踏まえつつもこの予算規模を前にある程度高めの札入れをする可能性があるが、後に紹介する他国の入札結果を踏まえれば、資金獲得を優先してより競争力のある価格を提示することも考えられる。
3. 英国:第1回水素配分入札(HAR1)
(1) 状況
英国全体で低炭素水素経済をキックスタートさせ、2025年までに電解水素製造能力を最大1GWまで稼働または建設するという目標達成に資するべく、2022年7月、英国エネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)は、第1回電解水素割当ラウンド(HAR1)の関心募集(EOI)を開始した[6]。
DESNZは、EOIを提出したグループに対してDDを進め、2023年3月にまず合計容量408MW、20の候補プロジェクトを選定した。その後、3プロジェクトが辞退し、2023年8月に合計容量262MW、17のプロジェクトと最終交渉を行う意向を示した[7]。そして2023年12月14日、DESNZは合計容量125MW、11のプロジェクトを支援対象として決定したことを発表した(政府目標は倍の250MWであった)[8]。最終交渉に入った17プロジェクトのうち、2プロジェクトが辞退し、合計容量243MWの15プロジェクトが最終提案を提出した。このうち4プロジェクトが落札できず、結果、11プロジェクト、合計容量125.2MWが落札した。応札者が応札した行使価格の加重平均値は241ポンド/MWhであった。HAR1による収益支援には20億ポンド以上、CAPEX支援には9,000万ポンド以上(計約3,800億円以上)が付与される見込みである。
HAR1による収益支援の財源は英国ネットゼロ戦略における産業用脱炭素・水素収入支援(IDHRS)スキームを通じて拠出された、最大1億ポンドの税金によって賄われる。一方、CAPEX支援はグリーン産業革命のための首相10ヵ条計画において、低炭素水素製造プロジェクトの開発・建設に必要となる初期費用を支援するために合意された2025年までに最大2億4,000万ポンドの助成金が充てるためのネットゼロ水素基金から拠出される。ネットゼロ水素基金はさらにネットゼロ革新ポートフォリオからの支援を受けている。

(出所:DESNZ公表資料を基にJOGMEC作成)
(2) 支援内容[9]
HAR1では水素ビジネスモデルと呼ばれる継続的な収益支援を通じて低炭素水素の製造と利用にインセンティブを与える水素製造事業者向けの契約ビジネスモデルが採用されている。また、低炭素水素製造プロジェクトの開発・建設に必要となる初期費用の支援とリスク緩和のために、ネットゼロ水素基金からの電解槽建設に関する20%までのCAPEX支援も並行して設けられている。申請者は水素ビジネスモデルによる収益支援のみを申請することも、ネットゼロ水素基金のCAPEX支援と併せた支援を申請することもできる。
水素ビジネスモデルによる収益支援では、事業者は入札時に行使価格(ストライクプライス)を入札する。行使価格とは水素の製造コストと収益を合わせた価格である。この行使価格と水素の市場価値を反映した基準価格(レファレンスプライス)との差額が、事業者に補助される(変動プレミアム価格サポートモデル)。基準価格は事業者が市場において実現した価格、すなわち販売価格に基づいて設定されるが、HAR1では下限値は天然ガス価格を採用している。このことは、例えば、基準価格が天然ガス価格を下回っていた場合には、事業者が受けることのできる収益支援は行使価格と基準価格との差額ではなく、行使価格と天然ガス価格との差額となる。そのため事業者にとっては受け取れる補助金の額が少なくなることを意味する。このような仕組みを取るために事業者サイドにおいては、基準価格の元となる販売価格を天然ガス価格よりも高くしようとするインセンティブが働くことになる。結果として政府サイドにおいては補助金の額を減らせるというメリットがある。

*9段階ある技術準備レベル(TRL)のうち7番目以上の段階にあること。
TRL7は統合されたパイロットシステムを実証済と定義される。
(出所:DESNZ公表資料を基にJOGMEC作成)

(出所:DESNZ公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) 評価
一般的に変動プレミアムに基づく補助金額は市場の状況に合わせて調整されるため、政府にとってより大きな費用対効果をもたらす可能性が高い(費用対効果を重視する姿勢は、Value for Moneyと呼ばれ、英国政府が特に重視している)。補助金の額は、(基準価格によって調整される)より広範な市場の状況に応じて増減する。HAR1では水素の市場価格の上昇を反映して基準価格が上昇した場合には、政府の補助額は減少する。(逆に契約期間中に基準価格が行使価格を上回った場合、支払いは反対方向に流れる可能性がある。)
変動プレミアムの例としては、低炭素発電のための差額補助(CfD)があるが、低炭素発電の場合の基準価格は、電力の卸売市場価格となっている。しかし、観測可能な水素卸売市場価格は未だ存在せず、また市場価格が形成されるには時間がかかるため、このアプローチをそのまま再現することはできない。その代わりに、市場価格が出現するまでの間、水素の市場価値の代用品(天然ガスなど)を使用することが必要となる。
一方で変動価格プレミアムの難点としては、運用が複雑になるということが挙げられる。また、変動プレミアムを決定する方法論(特に基準価格の特定)は、変動プレミアムもそれに伴って変動するように、水素市場が時間とともにどのように変化していくかを慎重に考慮する必要がある。
(4) 見通し
HAR1については既に結果が判明しているが、要すれば、政府目標の250MWには届かなかったということ、当初20の候補者を絞ったのち、一定数の辞退者・不落者が生じ、結果11社、125MWを選定したという結果となっている。目標への到達度という観点からは未達成ということになろう。しかし、英国政府は矢継ぎ早に第2回電解水素割当入札(HAR2)を開始しており、以降毎年入札を実施する意向であることから、いずれは政府目標のGWに達することになるのであろう。
また、10年にも及ぶ長期支援であることから、運用が期待しているような結果を得られるかという点も注目していくべきである。価格変動プレミアムモデルの下では、変化する市況に補助金額も柔軟に対応することができる。水素の価格は上昇する局面もあろうし、また、技術革新により水素製造コストが低下していくことも十分想定される。英国政府は、事業者が水素販売コストを上昇させ、政府補助金額を減額させていくことを期待しているが、期待している通りのアウトカムを達成することができるのか、注目されるところである。
他方、政府が期待しているのは補助金額の減額であるが、それが市場からの期待に適っているのかも充分検討の余地がある。現在、低炭素水素の製造コストや予期される販売価格は、グレー水素や化石燃料に比べて高い。低炭素水素の普及や需要創出のためには如何に値ごろな価格で提供できるかが鍵となる。この点HAR1では下限値価格を天然ガス価格としているため、ベクトルとしては天然ガス価格以上の価格実現に向かうということになってしまう。また、事業者としてもより高い価格で販売したいだろうが、引き取り手が高い価格を受け入れるのかという問題もある。これは変動価格プレミアムモデル自体の問題ではなく基準価格設定を巡る問題である。
4. デンマーク:Power to X 入札
(1) 状況
デンマーク政府は、各野党と2020年6月にエネルギーと産業に関する気候協定を批准し、その後、2022年3月に「水素とグリーン燃料の開発と促進に関する協定(Power-to-X戦略)」を締結した。これら2つの協定により総予算12億5,000万デンマーク・クローネ(約250億円)の政府入札によるPtXプラントへの補助金制度が設けられた。補助金は運転補助金として交付され、10年間に生産されるグリーン水素の量に応じて支払われる。入札の目的は予算内で最も安価かつ最大のグリーン水素生産量を達成することである。
デンマーク・エネルギー庁(DEA)は2023年4月に入札を開始し、2023年9月に入札を締め切った[10]。入札には予算規模の3倍ともなる40億クローネの札が集まり、容量ベースでは675MWとなった。
2023年10月27日、DEAは入札結果を公表した[11]。合計容量280MW、4企業6プロジェクトが落札した。しかし1番札を提示したPlug Power Idomlund社が入札条件の銀行保証を提出できないことが判明し、DEAは同社を落札者リストから除外した。僅差落札者のEverfuelとHy24のコンソーシアムは、本来予算12億5,000万クローネの他落札者への配分後の残額の交付を受けることになっていたが、Plug Power Idomlund社の脱落を受け補助金額が増額され、2023年12月15日、2億1,100万クローネにてDEAと補助金契約を締結した[12]。

*銀行保証を提出することができなかったため落札者リストから除外された。
(出所:DEA公表資料を基にJOGMEC作成)
(2) 支援内容[13]
水素製造に関する操業費に対して補助金が10年間支給される。70クローネ/GJを上限とする固定価格に水素製造量を掛け合わせた金額が補助金となる。固定価格については消費者物価指数に連動して毎年調整される。上限価格は入札ガイドラインにおいては120クローネ/GJが規定されていたが、同時に補助金単価が70クローネ/GJを下回る場合には入札を1回のみ実施することとし、そうでない場合には2回実施することとしていた。2回実施する場合の資金配分額は1回目では7.5億クローネ、2回目は5億クローネとなる。DEAは、補助金を受けられるプロジェクト数を最大化するために、上限価格として70クローネ/GJを採用したものと見られる。

*RFNBO:非バイオ由来再生可能エネルギー燃料
(出所:DEA公表資料を基にJOGMEC作成)

(出所:DEA公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) 評価
一般的に、固定価格による補助では固定価格の部分は全補助対象期間において不変であるが、デンマークの制度では消費者物価指数に連動して毎年調整されるため景気の状況を反映できる仕組みとなっている。しかしながら、補助対象事業における操業費のコスト削減や製造された水素の販売価格の変動についてまでは調整の対象とはなっていないため、変動価格プレミアムモデルと比べると柔軟性の点で留意が必要である。
しかしながら、デンマークの制度の補助上限額である70クローネ/GJは、キログラムあたり水素製造コストに変換すると1.3ユーロ/kg(1.5米ドル/kg)とも試算され、欧州における水素評価価格5~6ユーロ/kgの半分以下となる。そのため販売価格と製造コストとのギャップを完全に埋め合わせるものではなく、あくまで操業費の一部を補助するものとなっている。したがって、コスト削減や水素価格上昇に際しても受け取れる補助はほんの一部であるため、取り扱う金額のインパクトとしては事業者にとっても政府にとってもそれほど影響がないとも考えられる。
入札の結果については、合計容量280MWとなり、英国のHAR1目標の250MWを上回り、成功事例として評価することができる。デンマークの制度は銀行保証の提供やフル製造能力達成義務、期限内にフル製造能力に発生しなかった場合のペナルティなど英国HAR1にはない制約が認められるが、一方で、電解能力に制約がないことや複数地点立地も認められること、最終消費に制約がないこと等、入札参加の敷居は比較的低くなっており、また、制度もシンプルなことからも成功に繋がったものと考えられる。
また、デンマークの制度では、前述の通り補助上限が操業費の一部でありそれほど手厚い支援ではないにも関わらず、応札者は更に低い価格で入札してきている。これは資金を獲得できる可能性がある限り、事業者は資金獲得のために低い入札額を目指したと解釈できる。この点、予算規模12億5千万クローネに対して3倍強の40億クローネ分の入札札が集まったことからも、同入札への関心及び競争性は非常に高かったことが伺える。
(4) 見通し
デンマークの入札は、後述の欧州水素銀行試験入札の先駆けとも見られていた。どちらのスキームも開発者が補助金を求めて入札し、最低価格入札者が10年間の固定期間の契約を獲得するという、類似の方式で運営されている。デンマークの入札から欧州水素銀行の入札参加者が得た重要な教訓の一つは、落札者の入札額が上限価格よりもはるかに低くなる可能性があるということである。欧州水素銀行のスキームでは対象地域が広く、さらに大きな競争が予想されるため、潜在的な入札参加者は資金を確保できる可能性がある限り低い価格で入札することを目指すと思われる。
5. 欧州:欧州水素銀行試験入札
(1) 状況
欧州委員会は、2023年11月、欧州における革新的な再生可能水素技術の迅速な展開を可能にすることを支援し、2030年までに1,000万トンの水素を域内で生産するというREPowerEU計画の目標に貢献すべく、欧州水素銀行(EHB)による最初の入札を開始した[14]。
この入札は特に、公的支援の配分により欧州における再生可能エネルギーと化石燃料をベースとする水素のコスト格差を可能な限り効果的かつ効率的に縮小すること、価格を明らかにし、再生可能水素市場を形成すること、欧州の水素プロジェクトのリスクを軽減し、国内の再生可能水素の需要と供給を結びつけ、資本コストを引き下げ、民間資本を活用することを目的としている。
落札者支援のため総額8億ユーロ(約1,300億円)が革新基金より拠出される。革新基金はEU排出量取引制度(EUETS)の排出枠入札からの収益で賄われる。
EHBの試験入札は、申請締め切りが2024年2月8日までとされ、申請者には早ければ2024年4月に評価結果が通知され、募集終了後9カ月以内に補助金契約書が署名される予定である。
(2) 支援内容[15]
水素製造単位当たり4.5ユーロ/kgを上限とする固定プレミアム額の支払い(アウトプットベースの支援)とし、これに水素製造量を掛け合わせた金額が補助金となる。”Pay as bid”形式のためデンマークの入札のような消費者物価指数による毎年の調整もない純然たる固定価格による支援である。1事業者に対する補助上限額は予算8億ユーロの3分の1以内、すなわち約2億6,700万ユーロとされている。
また、EHBのスキームの特殊な点は、“Auction-as-a-service(AaaS)”スキームを導入していることである。これは、欧州委員会と加盟国政府との合意と、当該加盟国による資金拠出により、EHBの入札を当該加盟国が実施する補助金交付先選定に用いることができるというものである。当該加盟国にとっては入札手続きや評価作業を独自に実施しなくとも良質な事業者を選定できるというメリットがある。また、当該加盟国に所属する事業者にとってもEHBの試験入札予算の上限を超えるため補助を受けることができない場合に、当該国特有の助成条件を満たし、当該国の補助を検討することに同意していれば、当該国の補助を受けることができるというメリットがある。なおドイツはこのAaaSスキームを利用する最初の加盟国となっており、3億5,000万ユーロを拠出する意向である[16]。

(出所:EC公表資料を基にJOGMEC作成)

(出所:EC公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) 評価
固定価格による制度のため補助支援10年間における市況の変化や技術動向による事業者サイドの事情は考慮されない。そのため、変動要素としては事業者の水素製造実績のみとなる。この点、予算規模も8億ユーロと欧州域内製造目標の1,000万トン/年に比して過少であることや[17]、欧州委員会自体本入札を試験的な入札として位置づけていることからも、シンプルなスキームを選んだものと思われる。
(4) 見通し
デンマークの入札の項目で述べた通り、試験的入札といえども激しい競争が予想され、また、デンマークの入札がそのシンプルなスキーム故に成功を収めたことに鑑みると、本件入札も一定の成果を得ることが予想される。補助金単価の観点では、デンマークの入札上限価格が1.3ユーロ/kg相当であるのに対し、4.5ユーロ/kgということからもより手厚い補助になっており、また、欧州加盟国に対象範囲が広がっているため、圧倒的に多数の入札参加者が予想される。また、AaaSスキームを導入していることからも、現時点での参加はドイツのみとなっているとはいえども、その波及効果は無視できない。さらに、欧州委員会は、入札者から得られた入札価格、製造費、製造容量等を公表する意向であり、これら情報は欧州の事業者にとってレファレンス的な位置づけになることが予想され、入札のアウトカムを含め、今回の試験的入札は重要なマイルストーンとなることが予想される。
欧州委員会は既に第2回目の入札を2024年に実施することを発表している。欧州委員会は今回の試験的スキームで得た教訓を活かし、総予算30億ユーロの第2回入札を行う予定である。
6. ドイツ:H2グローバルのスキーム
(1) 状況
2022年12月、ドイツ連邦経済・気候行動省(BMWK)は、H2グローバル財団によるグリーン水素の供給を支援するため、9億ユーロ(約1,400億円)の資金配分を発表した[18]。EUおよび欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国以外の国からのプロジェクトが、この最初の入札手続に応募できる。
BMWKからの交付決定は、欧州へのグリーンアンモニア、グリーンメタノール、e-SAFの輸入を規定しており、配分された9億ユーロは10年間にわたってこれら3製品の購入に充てられる。グリーンアンモニアの配分額は3.6億ユーロとなっている。また、仕向地域も規定されており、ドイツ、オランダ及びベルギーが規定されている[19]。
H2グローバル財団の子会社で、H2グローバルスキームにおいて仲介機関を務めるヒントコ(Hintco)は、2022年12月、欧州に輸入するグリーンアンモニアの調達のため、最初のH2グローバル入札手続きを開始し、次いでグリーンメタノール、SAFの入札手続きを開始した[20]。H2グローバルのスキームは調達の長期契約の入札と販売の短期契約の入札で構成される。
グリーンアンモニアの事前資格審査は2023年2月に締め切られ、5つのコンソーシアムが入札段階に選定されているという。入札段階に選定されたコンソーシアム名は公表されていない。一方、グリーンメタノール、e-SAFの事前資格審査は2023年5月に締め切られた。現在、これら調達サイドの最終選考を行っている最中である。
一方、販売サイドの入札はヒントコへの製品納入の可否および長期水素購入契約に基づき合意されたスケジュールに左右されることになる。現在の見通しでは、最初の販売入札は2024年に行われる予定である。
H2グローバルの活動拡大に関して、2023年5月、欧州委員会とBMWKとの間でH2グローバルを欧州水素銀行の国際的な活動を実施する欧州の機関に指定する合意がなされた[21]。欧州水素銀行による欧州域内を対象とした入札は現在進行中であり、欧州域外を対象とした国際入札のスケジュールは未定である。また、2023年11月、オランダとドイツは、将来的な再生可能水素の輸入に向けて提携することを発表した[22]。2027年から再生可能水素を輸入するための共同入札で、それぞれ3億ユーロを拠出する。このイニシアティブにおいて、オランダとドイツはH2グローバルのダブル・オークション・メカニズムを活用する。
(2) 支援内容
ドイツ政府補助金の交付先は事業者ではなく仲介機関のヒントコとなる。入札図書のアクセスが現在できないため情報が限られるが、ヒントコが入札手続によって可能な限り低価格で欧州及び欧州自由貿易連合圏外から製品を購入し、その後、ドイツ、ベルギー、オランダの港湾を仕向地とする欧州圏内での最高入札者に販売する。ヒントコは予想される高い購入価格と低い販売価格との差額を、BMWKが交付する補助金によって相殺する。報道情報ではグリーンアンモニアの購入入札の上限価格は1,282ユーロ/トンとされる。

(出所:Hintco公表資料を基にJOGMEC作成)

(出所:Hintco公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) 評価
補助金が事業者に交付される訳ではないので前述の各支援制度とは趣旨が大きく異なる。受益者はオフテイクを保証される欧州域外の事業者と低廉な供給が期待できる欧州域内需要家ということになる。繰り返しになるがこれら事業者及び需要家に補助金が直接交付される訳ではないので二次的な受益者ということになる。H2グローバルのスキームの目的は、バリューチェーン構築や市場の立ち上げにある。
留意すべきは欧州域内への販売入札である。販売入札で落札した事業者は引き取った製品を自ら消費、あるいは販売する必要があり、H2グローバルのスキームはそこまでカバーをしていない。また、ヒントコは水素や水素派生物の輸送や貯蔵のための技術的インフラを所有・運営することはなく、サプライチェーンにおける運営業務も引き受けることはないため、販売入札で落札した事業者はそれらを自ら手当をする必要がある。
一方、入札上限額1,282ユーロに関しては、低炭素アンモニアの欧州CIF価格評価値では540ユーロ/トンとも言われており、当該上限価格で充分賄えるものと言える。入札においては競争が働くため、この上限価格よりも更に低い価格で落札されることになろう。
(4) 見通し
購入入札の成立が販売入札の前提となるため、まずは購入入札の結果を待つことになる。その上で販売入札成立のための必要条件を一考するに、購入入札での落札額よりも低い入札上限額の設定が必要となることが予想される。購入入札で提示された額よりも販売入札で提示される額が高ければ、そもそも値差を補填するという本スキームは成立しないからである。しかし、購入入札の結果、価格が予想していたよりも低く設定された場合には、販売入札における入札参加者の入札幅が狭まることになり、入札参加者数や落札価格などの入札の結果に影響が生じる可能性がある。
欧州水素銀行及びオランダ政府は、H2グローバルのスキームをそれぞれ利用することを検討している。ドイツが現在行っている入札の結果を受けて、これら実施予定の入札スキームの内容も定まってくると思われる。
7. インド:SIGHTプログラム・コンポーネントI&II
(1) 状況
インドは、グリーン水素とその派生品の生産、使用、輸出の世界的ハブとなることを目指しており、国家グリーン水素ミッションにおいて具体的施策及び2030年までの5年間の予算規模を定めている[23]。これらの施策は大きく分けるとグリーン水素移行への戦略的介入(SIGHT)プログラム(1,749億ルピー)、パイロット・プロジェクトプログラム(グリーン水素ハブ)(146.6億ルピー)、R&Dプログラム(40億ルピー)、規制や訓練などその他プログラム(38.8億ルピー)の計1,974.4億ルピー(約3,900億円)である。
2023年7月、インド新・再生可能エネルギー省(MNRE)は、インド太陽エネルギー公社(SECI)を通じて、競争的手法によるSIGHTプログラムの募集を開始した[24][25]。SIGHTプログラムは資金的インセンティブであり、電解槽のインド国内生産とグリーン水素の製造との2つのコンポーネントで構成されている。予算規模の面からしても国家グリーン水素ミッションの基幹プログラムといえる。募集は2つのコンポーネントについて別々に進められ、双方2023年12月に締め切られ、12月15日に入札者名が公表された[26][27]。なお、この最初の入札は、技術入札と金融入札で構成されるうちの技術入札の方であり、金融入札が続く。
水素製造入札に関し、SECIは1月9日に金融入札の落札者を発表した[28]。応札者14社のうち失格は1社、落札者は10社であった。水素製造量の配分については計画されていた41万トン全てが配分され、バイオマスベースの水素製造量については計画の4万トンに対して2千トンの配分のみという結果であった。落札者の応札額平均(バケット1及び2の平均値)は21.75ルピー/kgであった。次いでSECIは1月12日電解槽製造の金融入札の結果を発表した[29]。応札者21社のうち、既存のあらゆるスタック技術に基づく電解槽製造技術における入札枠での落札は6社、また、独自開発のスタック技術に基づく電解槽製造技術における入札枠での落札は2社の計8社が落札した。容量については前者がSECI計画容量1,500MWのうち1,200MWを、後者は同300MWを全て割り当てることとなり、配分額上限は予算額の444億ルピーの半分の222億ルピーとなった。

(出所:SECI公表資料を基にJOGMEC作成)

*最大インセンティブは全契約期間(5年間)における最大値を示す。
(出所:SECI公表資料を基にJOGMEC作成)
(2) 支援内容[30][31]
SIGHTプログラム・コンポーネントIはインド国内での電解槽製造のためのインセンティブプログラムである。補助金は電解槽の製造能力(kW)に対して固定インセンティブが支払われる。支援期間は電解槽の製造開始から5年間となっている。この固定インセンティブは初年度においては4,440ルピー/kW(約8,800円/kW)であるが、5年目には初年度の6分の1の1,480ルピー/kWとなり毎年漸減する。
販売年 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 |
インセンティブ額(ルピー/kW) | 4,440 | 3,700 | 2,960 | 2,220 | 1,480 |
(出所:SECI公表資料を基にJOGMEC作成)
事業者が受け取れる補助金の額は基本的には製造する電解槽の製造能力に当該電解槽の製造量を掛け合わせたものとなるが、電解槽の製造量については実際の製造量か割当量のいずれか低い数値が採用される。また、本コンポーネントは、インド国内での効率的で高品質な電解槽製造能力の育成を目的にしていることから、補助金額の算定に当たっては製造される電解槽の効率性(必要電力量)や国内原材料品の利用の程度(最低現地付加価値と呼ばれ割合で表される)なども加味される仕組みとなっている。なお、電解槽の効率性の上限値は56kWh/kg、最低現地付加価値の最低割合は40%(初年度。アルカリ電解槽の場合)とされる。事業者が応札する入札内容は、(a)インセンティブを求める年間製造能力、(b)kWh/kgで表される電解槽の効率性及び(c)%で表される最低現地付加価値となり、これら(b)と(c)を掛け合わせたものの5年間の合計値について、より大きな値を提示した者から準備落札することとなっている。また、同コンポーネントでは、独自の電解技術の開発を促進するために資金配分を2分している。一つは既存のあらゆるスタック技術に基づく電解槽製造技術であり、もう一方は独自開発のスタック技術に基づく電解槽製造技術である。技術的進展の程度を考慮し、前者には1,200MWを、後者には300MWを割り当てており、これらを合計した予算配分額は、444億ルピー(約888億円)となっている。

(出所:SECI公表資料を基にJOGMEC作成)
SIGHTプログラム・コンポーネントIIは、インド国内でのグリーン水素もしくはグリーンアンモニア製造のためのインセンティブプログラムである。補助金は水素製造量1kgに対して支給される。最終製造品がグリーンアンモニアの場合には、これを製造するのに必要となるグリーン水素の量に換算されてインセンティブが支給されることとなる。支援期間は3年間であり、事業者は入札にあたっては各年度のインセンティブ額とグリーン水素もしくはグリーンアンモニアの年間生産能力を提出する。選定においては3年間のインセンティブ額の単純平均値について、より低い額を提示した者から順次落札される。なお、応札する際に提示する年間製造能力は商業運転開始から一定とすることとされ(落札によって配分される製造容量も3年間一定となる)、また、各年度のインセンティブ額も1年目から3年目までそれぞれ、50ルピー/kg(約100円/kg)、40ルピー/kg、30ルピー/kgと上限が設けられている(これらの平均値は40ルピー/kgとなる)。本コンポーネントにおいては、水素もしくはアンモニアを製造する経路に制限はないが、「技術にとらわれない経路」と「バイオマスベースの経路」に2分され、それぞれに配分される製造容量は前者が41万トン/年、後者が4万トン/年とされ、予算配分額は合わせて1,305億ルピー(約2,610億円)となっている。1事業者に対する配分量にも上下限があり、前者が年間1万トン以上9万トン以下、後者が年間500トン以上4千トン以下とされている。
グリーン水素製造のためのインセンティブプログラムについては、上記のインセンティブプログラムの他に、SECIが需要を集約し、競争的選考プロセスを通じて最も低コストでグリーン水素とその派生品を調達するための入札を行うというものが予定されているが、現在詳細は明らかにされていない。

(出所:SECI公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) 評価
コンポーネントI(電解槽製造)については、効率性やローカル産品の使用程度の影響を受けるものの、基本的には電解槽製造能力に比例して受け取れる補助金の額も増加する仕組みとなっている。そのため、入札結果一覧からも見受けられるとおり、大多数の応札者は100MWを超える製造計画を打ち出している。このことは規模の経済によるコスト低減の観点からも合理的な選択といえ、また、自国製の電解槽製造能力を育成したいインド政府としてもひとまずはシナリオ通りの展開となったのではないだろうか。支援規模に関しては、初年度を例に効率性等の変数を考慮せずに試算すると、100MWの電解槽製造に対して受け取れる補助金のベースは4.4億ルピー(約8.8億円)となる。これに事業者の電解槽製造に関する販売実績もしくは割当量が掛け合わされることになるため、より多くの電解槽を製造しようとするインセンティブが事業者には加えて働くことになる。億ドル単位の資金規模が必要となる電解槽製造工場建設に見合う補助金を享受するために事業者は、補助金計算を構成するあらゆる要素(製造能力、販売量、効率性、地元産品使用率)について企業努力を働かせることになるだろう。入札の結果については応札企業の3分の2が落札できないという激しい競争となった。Reliance社など落札企業上位3社の応札・配分容量の合計は900MWとなり配分容量の4分の3を占めることから、これら上位3社の応札は相当競争力があったものと見受けられる。落札に至らなかった企業名にはAvaada社やACME社、Adani社など有名企業が見られ、いずれも300MWクラスの応札をしていた。
コンポーネントII(水素製造)については、入札結果一覧からは応札の傾向が2分されているように見受けられる。すなわち9万トン/年の割当量目一杯まで応札する者と最低数量1万トン/年近くで留まった者である。この点、製造したグリーン水素もしくはグリーンアンモニアの処分先の確保有無がこの状況に影響を与えたのではないかと考えらえる。コンポーネントIと同様に製造量に応じて受け取れる補助金の額も増加することから、大きな容量で応札した方が経済合理性に適うが、ACME社やReliance社といった大手を除いて年間9万トンもの販売先に目途を付けるのは難しかったのであろう。インド政府の意図としては、下限値を設けない選択肢もあったとも想像できるが、支援期間3年間という比較的短期間の支援期間に留めその期間内で成果を得ること、配分先をある程度絞り支援を手厚くすること等を考慮し、ある程度アドバンスの事業者を対象にしたとも考えられる。また、結果については入札のセオリー通りの競争性が働いたものと見受けられる。すなわち本入札では3年間のインセンティブ額の平均値がより低い者から落札するとされたところ、Reliance社の18.9ルピー/kgをはじめ上限値の40ルピー/kgに対してかなり踏み込んだ札により落札を獲得している(驚くべきことにUPL社とCESC社の2社など0ルピー/kgで応札した者さえ存在する)。また、Avaada社のような大手であっても札を読み違えると落札できないという入札ならではの番狂わせが生じた点も興味深い。
コンポーネントI及びIIに共通しているのは、欧州や豪州の支援制度に比べてコンポーネントIは5年間、コンポーネントIIは3年間と短くなっていることである。これはそもそも値差支援ではなくインセンティブという建付けを採用したために可能になったとも考えられる。値差支援は長期にわたり販売価格と製造コストの差の補填を行うことで製造プロジェクトの組成と維持を支援しようとするものであり、事業者にとっては案件組成にあたっての前提条件となり得る。インセンティブは、事業者の企業努力を更に引き出す誘因に過ぎず、プロジェクトの必須条件足りえない。そのため支援期間は短期間でもよい。しかしながら、インドにおいてこのような制度の採用を可能にしたものは、2~3米ドル/kgとも評価される圧倒的に低い水素製造コストによるところが大きいと考えられる。
(4) 見通し
SIGHTプログラム・コンポーネントI電解槽製造入札については、計画容量の1,500MWを配分しきったが予算額の半分の222億ルピー分は配分しきれていないとも見られ、追加的な入札実施の可能性がある。同様にコンポーネントII水素製造入札では、特にバイオマスベースの経路の水素製造に対する配分が計画4万トンに対して2千トンに留まったため、こちらも追加的な入札の可能性があるとも考えられる。いずれの制度においても支援期間は5年ないし3年の比較的短期間であり、支援の効果の有無も比較的短期に判明するため比較研究の観点からは恰好の研究材料となろう。
これらの支援制度は、インドにおける国内製造の促進を目的にしたものであり、いわばグリーン水素製造に資する国内資源の存在を前提にした生産サイドに向けた支援制度であるが、前述の通り需要サイドに焦点を当てた施策も検討されている。本稿でこれまで紹介した支援制度は生産サイドに向けられたものがほとんどであり、需要側支援策は少ないためその施策の内容は特に水素需要国から大きな関心を集めるものと予想される。
8. シンガポール:低炭素/ゼロカーボン発電及びバンカリング共同事業
(1) 状況
シンガポールは2022年10月に、2050年までに電力需要の半分を水素により賄うことを目標とし、5つの取り組みを柱とする国家水素戦略を発表した[32]。これらの取り組みは(a)商業化が近い先進的な水素技術利用の実験的試み、(b)これら水素技術発展のための研究開発、(c)産業界や国際パートナーと協力した低炭素水素サプライチェーンの形成と拡大、(d)水素利用のための土地及びインフラ計画の策定、(e)産業界や教育セクターと協力した人材育成、である。このうち(a)の実験的試みについては、具体的には低炭素アンモニアを発電に利用する小規模な商業プロジェクトのための関心表明(EOI)の募集を開始することとし、同戦略発表から数か月以内に詳細を発表するとした。
これを受け2022年12月、エネルギー市場庁(EMA)と海事港湾庁(MPA)は、シンガポールのジュロン島における低炭素もしくはゼロカーボンのアンモニアによる発電と同バンカリング事業の建設、所有、運営に関わるEOIの募集を開始した[33]。EOI募集が2023年4月に締め切られた後、EMA及びMPAは計26件の提案の中から2023年10月に非公開の提案募集(RFP)を求めることになる6つのコンソーシアムを選定したことを発表した[34]。両庁はRFPに関する手続きを2023年末までに開始するとしていた。
(2) 支援内容
この制度は、シンガポール政府が、発電事業及びバンカリング事業向けの低炭素もしくはゼロカーボンアンモニアソリューションを提供するための共同事業者を選定するというものである。単位当たり水素製造コストに対する助成金交付がなされる訳ではなく、また、予算規模も明示されていない。そのため、主に技術提案に基づき事業者を選定するという手続きが取られている。なお、同提案においては、必要に応じて必要とされる政府からの財政支援総額を記すことにはなっている。EMA及びMPAは、EOIを技術的観点、土地利用の最適化の観点、安全性及び商業的観点から評価を行ったとしている。
RFPで求める内容については、(a)ガスタービン/コンバインドサイクル・ガスタービンでの直接燃焼により、輸入された低炭素またはゼロカーボンアンモニアから55~65MWの電力を発電すること、(b)陸上から船舶へのバンカリングに続き、船舶から船舶へのバンカリングを開始し、少なくとも年間10万トンのアンモニアバンカリングを促進すること、から成る。これら技術とグローバル・サプライ・チェーンとの黎明期を考慮し、政府は選ばれた開発業者と緊密に協力してプロジェクトを実施することとしている。恐らくは、政府が最終的に選考した事業者と共同開発契約などを締結し、資金を事業者と按分することなどが考えられる。
(3) 評価
シンガポールのこの取り組みは、本稿でこれまで紹介した値差支援や操業費支援、インセンティブといった制度とは支援の態様や目的の観点で趣きが異なる。しかし、目下のところ実施例が少ない需要サイドの施策として注目に値するといえよう。また、注力する分野を絞り、対象をサプライチェーン構築が水素よりも進んでいるアンモニアとし、アプリケーション分野を発電及びバンカリングに焦点を当てていることも興味深い。これはシンガポールという化石燃料についても対外依存国であり、また、再生可能エネルギーを展開するにも国土が限られている同国にとって、自国内でのクリーン水素もしくはアンモニアの製造を促進することはオプションとはならなかったものと考えられる。このことは、国家水素戦略が水素製造や電解槽技術の国内育成ではなく、利用のための技術やサプライチェーン構築を柱としていることからも伺われる。また、シンガポールの発電の95%が天然ガス火力発電によるものであり、電源の低炭素化は同国の脱炭素目標に大きく貢献するものと思われることから、今回発電に焦点があてられたものと考えられる。バンカリングについては、シンガポールは既に様々なエネルギーコモディティのバンカリング事業の中心地の一つである。時代の趨勢をとらえ将来のクリーンアンモニアのバンカリング事業においても主導権を得るべく今回の共同事業のスコープとしたものと考えられる。総じて的確な現状認識と将来への洞察を踏まえた取り組みといえよう。
(4) 見通し
非公開RFPのスケジュールについては2023年末に開始されると示されているのみで詳細は明らかにされていないが、EOI募集要項[35]によれば共同事業の操業開始は2027年もしくは可能な限り早期にとされているため2024年中には全ての結果が明らかになるものと思われる。共同事業の形態がいかなるものなのかも関心が引かれるところであり、結果を待ちたい。なお、シンガポール政府は、低炭素もしくはゼロカーボンの水素とアンモニアについて、エネルギー、化学、航空部門にとっても有望な脱炭素化の経路と捉えており、発電やバンカリング以外の分野での施策の展開も見込まれる。
9. 終わりに
本稿では各国で展開している価格ギャップの補填を行う水素事業支援制度を中心に取り上げた。シンガポールはやや趣きを異にするが、目下例の少ない貴重な需要国側の施策として紹介した。いずれの国も所与の資源を前提にいかにして低炭素水素産業を立ち上げるかに焦点を当て、かつ、自国の目指す方向に適うよう制度設計を試みていることが見てとれる。
欧州水素銀行などの採用する固定プレミアムは、制度設計が比較的容易であることから、実験的、試行的取り組みとして好まれる傾向があるが、支援が長期にわたる場合には市況や技術の進展など変化する状況に対応しきれない可能性がある。この点、英国が採用する変動プレミアムはこういった難点に対処しようとするものだが、実施機関と事業者の双方に対してより複雑な運用を求めることとなる。一方、値差補填、収益補填の観点ではなく、デンマークの操業費支援、インドのインセンティブ付与といった観点からの支援も採用されている。こういった支援は支援規模としては小さくなりがちであるが、変化する状況に対してはそれほど影響を受けない可能性も指摘できる。また、支援期間を短期間とすることで、影響を最小限にするといった対処法も検討されている。
また、各国目標に対して支援規模が少ないことも認められる。この点、各施策の目的が必ずしも数量目標の達成にある訳ではなく、民間投資の誘因や情報取得、次の取り組みに向けた実験的試みといった別の観点にあることも指摘できる。
本稿では可能な限り多くの事例を取り上げることに努めたが、必ずしも包括的なものとなっていないことはご了承頂きたい。また、展開中の施策もあり、筆者の評価が的外れとなる可能性も十分あることも予めご了承頂きたい。本稿が少しでも読者の役に立つところがあれば幸いである。

(出所:各種公表資料を基にJOGMEC作成)
[1] Hydrogen Production Project Database, IEA, October 31, 2023, https://www.iea.org/data-and-statistics/data-product/hydrogen-production-and-infrastructure-projects-database#hydrogen-production-projects(外部リンク)
[2] Australian Hydrogen gets a Headstart, ARENA, October 10, 2023, https://arena.gov.au/news/australian-hydrogen-gets-a-headstart/(外部リンク)
[3] Six shortlisted for $2 billion Hydrogen Headstart funding, ARENA, December 21, 2023, https://arena.gov.au/news/six-shortlisted-for-2-billion-hydrogen-headstart-funding/(外部リンク)
[4] Hydrogen Headstart Program Guidelines, ARENA, October 10, 2023, https://arena.gov.au/assets/2023/10/Hydrogen-Headstart-Guidelines.pdf(外部リンク)
[5] Yara at the forefront of clean ammonia in Australia, Yara, September 15, 2022, https://www.yara.com/news-and-media/news/archive/news-2022/yara-at-the-forefront-of-clean-ammonia-in-australia/(外部リンク)
[6] Hydrogen Business Model and Net Zero Hydrogen Fund: Electrolytic Allocation Round 2022, July 22, 2022, UK Gov, https://www.gov.uk/government/publications/hydrogen-business-model-and-net-zero-hydrogen-fund-electrolytic-allocation-round-2022#full-publication-update-history(外部リンク)
[7] Hydrogen Business Model / Net Zero Hydrogen Fund: negotiations list for allocation round 2022, UK Gov, August 16, 2023, https://www.gov.uk/government/publications/hydrogen-production-business-model-net-zero-hydrogen-fund-shortlisted-projects/hydrogen-business-model-net-zero-hydrogen-fund-negotiations-list-for-allocation-round-2022(外部リンク)
[8] Hydrogen Production Business Model / Net Zero Hydrogen Fund: HAR1 successful projects, UK Gov, December 14, 2023, https://www.gov.uk/government/publications/hydrogen-production-business-model-net-zero-hydrogen-fund-shortlisted-projects/hydrogen-production-business-model-net-zero-hydrogen-fund-har1-successful-projects(外部リンク)
[9] Hydrogen Business Model and Net Zero Hydrogen Fund: Electrolytic Allocation Round Application Guidance Document, DESNZ, July 20, 2023, https://assets.publishing.service.gov.uk/media/64076b0c8fa8f527fe30dc01/hbm-nzhf-electrolytic-round-application-guidance.pdf(外部リンク)
[10] The Power-to-X tender is now open, DEA, April 19, 2023, https://ens.dk/en/press/power-x-tender-now-open(外部リンク)
[11] The first PtX tender in Denmark has been determined: Six projects will establish electrolysis capacity on more than 280 MW, DEA, October 27, 2023, https://ens.dk/en/press/first-ptx-tender-denmark-has-been-determined-six-projects-will-establish-electrolysis-capacity(外部リンク)
[12] Everfuel and Hy24 A/S sign final agreement on increased Danish Power-to-X tender award, Everfuel, Everfuel, December 15, 2023, https://news.cision.com/everfuel-a-s/r/everfuel-and-hy24-a-s-sign-final-agreement-on-increased-danish-power-to-x-tender-award,c3894361(外部リンク)
[13] Open Tender Documents, DEA, April 19, 2023, https://www.ethics.dk/ethics/eo#/2b3ea81c-1ca9-4d3d-b563-b87f629fb79c/publicMaterial(外部リンク)
[14] Commission launches first European Hydrogen Bank auction with €800 million of subsidies for renewable hydrogen production, EC, November 23, 2023, https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_23_5982(外部リンク)
[15] Innovation Fund Auction Terms and Conditions, EC, August 29, 2023, https://climate.ec.europa.eu/system/files/2023-08/innovationfund_pilotauction_termsandconditions_en.pdf(外部リンク)
[16] Joint EU-Germany statement on Germany's participation in the European Hydrogen Bank “Auctions-as-a-Service” scheme, EC, December 20, 2023, https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_5823(外部リンク)
[17] 仮に欧州でのクリーン製造コストを8ユーロ/kgと置いても8億ユーロの予算では10万トン程度にしかならない。
[18] New German government gives the go-ahead for the H2Global initiative, H2Global, December 8, 2021, https://www.h2-global.de/post/neue-bundesregierung-gibt-startschuss-fuer-h2global-initiative(外部リンク)
[19] Tender Electronic Daily, EC, December 5, 2022, https://ted.europa.eu/udl?uri=TED:NOTICE:675894-2022:TEXT:EN:HTML&tabId=1(外部リンク)
[20] 900 million euros for the market ramp-up of green hydrogen, H2Global, December 8, 2022, https://www.h2-global.de/post/900-million-eur-market-ramp-up-green-hydrogen(外部リンク)
[21] H2Global foreseen as European Instrument for International Activities of European Hydrogen Bank, H2Global, May 31, 2023, https://www.h2global-stiftung.com/post/h2global-european-hydrogen-bank(外部リンク)
[22] Germany and the Netherlands join forces to use H2Global for hydrogen imports – A significant step towards energizing European collaboration in the field of clean hydrogen, H2Global, November 14, 2023, https://www.h2global-stiftung.com/post/germany-and-the-netherlands-h2global(外部リンク)
[23] Cabinet approves National Green Hydrogen Mission, India Gov, January 4, 2023, https://pib.gov.in/PressReleseDetailm.aspx?PRID=1888545(外部リンク)
[24] RfS for setting up Manufacturing Capacities for Electrolysers in India under SIGHT scheme (Tranche-I), SECI, July 7, 2023, https://www.seci.co.in/whats-new-detail/2463(外部リンク)
[25] NIT for Setting up Production Facilities for Green Hydrogen in India under the SIGHT Scheme (Mode-1-Tranche-I), SECI, July 8, 2023, https://www.seci.co.in/whats-new-detail/2464(外部リンク)
[26] RfS for Setting up Manufacturing Capacities for Electrolysers in India under SIGHT Scheme (Tranche-I): List of bidders after Envelope-1 bid opening, SECI, December 15, 2023, https://www.seci.co.in/whats-new-detail/2577(外部リンク)
[27] RfS for Setting up Production Facilities for Green Hydrogen in India under SIGHT Scheme (Mode-1-Tranche-I): List of bidders after Envelope-1 bid opening, December 15, 2023, https://www.seci.co.in/whats-new-detail/2576(外部リンク)
[28] Capacity allocation under RfS for Selection of Green Hydrogen Producers for setting up of production facilities for Green Hydrogen in India under SIGHT Scheme (Mode-1-Tranche-I), SECI, January 9, 2024, https://www.seci.co.in/whats-new-detail/2588(外部リンク)
[29] Capacity allocation under the RfS for Selection of Electrolyser Manufacturers (EM) for Setting up Manufacturing Capacities for Electrolysers in India under the SIGHT Scheme (Tranche-I), SECI, January 12, 2024, https://www.seci.co.in/whats-new-detail/2591(外部リンク)
[30] Strategic Interventions for Green Hydrogen Transition (SIGHT) Programme-Component I: Incentive Scheme for Electrolyser Manufacturing, India Gov, June 28, 2023, https://cdnbbsr.s3waas.gov.in/s3716e1b8c6cd17b771da77391355749f3/uploads/2023/07/2023072664.pdf(外部リンク)
[31] Strategic Interventions for Green Hydrogen Transition (SIGHT) Programme-Component II: Incentive Scheme for Hydrogen Production (under mode1), India Gov, June 28, 2023, https://cdnbbsr.s3waas.gov.in/s3716e1b8c6cd17b771da77391355749f3/uploads/2023/07/2023072641.pdf(外部リンク)
[32] Singapore launches National Hydrogen Strategy to accelerate transion to net zero emissions and strengthen energy security, MTI, October 25, 2022, https://www.mti.gov.sg/Newsroom/Press-Releases/2022/10/Singapore-launches-National-Hydrogen-Strategy-to-accelerate-transition-to-net-zero-emissions(外部リンク)
[33] Call for Expression of Interest to Develop Low or Zero-carbon Power Generation and Bunkering Solutions, EMA, December 5, 2022, https://www.ema.gov.sg/news-events/news/media-releases/2022/call-for-expression-of-interest-to-develop-low-or-zero-carbon-power-generation-and-bunkering-solutions(外部リンク)
[34] Singapore Launches Next Stage of Selection of Low- or Zero-Carbon Ammonia Power Generation and Bunkering Project Developer, EMA, October 23, 2023, https://www.ema.gov.sg/news-events/news/media-releases/2023/singapore-launches-next-stage-selection-of-low-zero-carbon-ammonia-power-generation-bunkering-project-developer(外部リンク)
[35] Expression of Interest (EOI) to develop an end-to-end low or zero-carbon ammonia power generation and bunkering solution (“project)”) in Singapore, EMA, December 5, 2022, https://www.ema.gov.sg/content/dam/corporate/partnerships/proposals/end-to-end-low-or-zero-carbon-ammonia/EMA-Partnerships-Proposals-Expression-of-Interest-End-to-End-Ammonia-Power-Generation-Bunkering-Solutions.pdf.coredownload.pdf(外部リンク)
以上
(この報告は2024年1月15日時点のものです)