ページ番号1010034 更新日 令和6年2月6日
このウェブサイトに掲載されている情報はエネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。
※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.
概要
- 世界各国で低炭素水素・アンモニア関連のプロジェクトが発表されているが、FID/建設段階にあるものはそれぞれ3,4%程度しかなく、大部分がコンセプト段階や実現可能性調査段階に留まっている。しかし、未だ進行中とはいえ、それでも進んだ段階にあるように見える企業やプロジェクトが存在することも確かである。
- こうした案件や企業にはいくつかの共通点が認められる。ファーストムーバーアドバンテージを追求する姿勢や、案件の成立をより確実なものとするために既存インフラやさらには既存顧客さえも活用する姿勢、自社の強みが活かせる特定の分野や深い分析に基づき特定した分野へ注力するなど、したたかな戦略が垣間見られる。また、公的支援の獲得や他社や他分野との様々な形で連携を図っていくことも共通して認められる。
1. はじめに
世界各国で低炭素水素・アンモニア関連のプロジェクトが発表されている。IEAプロジェクトデータベース(2023年10月31日時点)[1]から集計したところ、積み上がった製造容量は2030年時点で水素約5,000万トン、アンモニア約2,000万トンにも及ぶ。しかし、このうちFID/建設段階にあるものは、それぞれ3、4%程度しかなく、大部分がコンセプト段階や実現可能性調査段階に留まっている。プロジェクトが先に踏み込めないのは、低炭素水素・アンモニア市場の形成に関わる大きな不確実性や既存化石燃料や化石燃料由来の水素に対するコスト面でのディスアドバンテージなどが大きな理由であろう。
しかし、未だ進行中とはいえ、それでも進んだ段階にあるように見える企業やプロジェクトが存在することも確かである。この違いは一体どこから生じるのであろうか。本稿ではニュース等で比較的目にする機会が多い企業を取り上げ、その具体的案件をレビューなどし、取組姿勢の分析を試みたいと思う。
2. エア・プロダクツ社(米国)[2]
(1) 会社概要
エア・プロダクツ社(Air Products and Chemicals, Inc.)は、エネルギー、環境、新興市場向けに80年以上事業を展開する世界有数の産業ガス会社である。工業用ガス、関連機器、アプリケーションの専門知識を提供することを基盤事業としている。また、液化天然ガスプロセス技術と機器の供給においても世界で有数の企業であり、ターボマシナリー、メンブレンシステム、極低温容器をグローバルに提供している。また、世界最大級の産業用ガスおよび炭素回収プロジェクトの開発、設計、建設、所有、運営を行い、低炭素水素の輸送や産業市場および広範なエネルギートランジションへ向けた供給に取り組んでいる。
同社の2023年の売上高は126億ドル、純利益は23億ドルとなっている。
エア・プロダクツ社の低炭素水素・アンモニア事業におけるアドバンテージや取組姿勢としては以下が考えられる。
- ファーストムーバーアドバンテージの追求
- 産業ガス分野の同社のコア・コンピタンス、テクノロジー、エンジニアリングの優位性の活用
- 大規模投資案件への注力
(2) プロジェクト例
グリーン水素コンプレックス(ネオム、サウジアラビア)[3]
ファーストムーバーアドバンテージの追求および大規模投資案件の事例としてまずはサウジアラビアで建設中のネオム(NEOM)プロジェクトが挙げられよう。この案件はエア・プロダクツ社、ACWAパワー社、NEOM社がNEOMグリーン水素会社(NGHC)組成して実施しているプロジェクトで、日量600トンの水素、年産120万トンのアンモニアを製造する計画である。プロジェクトには4GWの太陽光発電および風力発電から電力供給を行う。同案件におけるエア・プロダクツ社の役割は、製造される全グリーンアンモニアを30年間排他的に引き取ることのほか、施設全体の指名請負業者およびシステム・インテグレーターとして67億ドルの設計・調達・建設(EPC)業務を行うことである。プロジェクトは2022年5月に84億ドルもの資金調達を完了し、次いでエア・プロダクツ社はEPCコントラクターとして水素製造設備等の建設を開始したところである。同案件は2026年の稼働開始を見込んでいる。
発表 | 概要 |
---|---|
2020年7月7日 | エア・プロダクツ社、ACWAパワー社、NEOM社の3社はサウジアラビア・ネオムにおけるグリーン水素の製造施設の建設に係る協定を締結。 |
2021年12月13日 | エア・プロダクツ社はティッセンクルップ社との間にネオムにおける2GWの電解槽納入契約を締結。 |
2022年12月18日 | NGHC社はサウジアラビア産業開発基金(SIDF)とコミットメントレターを、国家インフラ基金(NIF)を含む地元・地域および国際金融機関との間にファシリティ契約を締結。 |
2023年5月22日 | NGHCは84億ドルの資金調達を完了。またエア・プロダクツ社との間に30年間のグリーンアンモニア排他的引取契約、EPCを締結。 |
2023年6月 | エア・プロダクツ社はグリーン水素製造設備のフル・ノーティス・オブ・プロシードを受領し建設を開始。 |
2023年11月7日 | 最初の風力タービンが現地に到着。 |
(出所:各種公表資料に基づきJOGMEC作成)
クリーンエネルギーコンプレックス(ルイジアナ、米国)
こちらは大規模案件かつエア・プロダクツ社のコア・コンピタンス等が活かされた事例と言える。低炭素水素・アンモニア案件で問題となる引取に関して、既存顧客への供給とすることで案件の組成へと繋げていると考えられる。同案件は米国ルイジアナ州東部にクリーンエネルギーコンプレックスを建設するもので、ブルー水素日量750立法フィートを製造する。オートサーマル改質器(ATR)を設置することで施設から発生するCO2の95%(年換算で400~500万トン)を回収する計画である。エア・プロダクツ社は既にルイジアナ州および米国メキシコ湾岸において水素(石炭や天然ガスなど化石燃料由来のいわゆるグレー水素)やその他工業用ガスを製造・供給しており、本件で製造されたブルー水素も同社の既存のパイプラインで供給している顧客に販売する予定である。また、製造されたブルー水素をブルーアンモニア化して海外の顧客に販売することも検討している。なお、この既存の水素パイプラインシステムは、テキサス州ガルベストンからルイジアナ州ニューオリンズに敷設されており、ポートアーサーにある製造施設を含む25の製造施設から1日あたり16億立方フィート以上の水素を輸送可能であるとされている。同案件の総投資額は45億ドルと見積もられ、2026年に稼働開始予定としている。
プロジェクト | 概要 |
---|---|
ネットゼロ水素エネルギーコンプレックス(カナダ、エドモントン) |
|
ブルー水素製造施設(ロッテルダム、オランダ) |
|
その他プロジェクト |
|
(出所:エア・プロダクツ社公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) エア・プロダクツ社の取組姿勢
2つの案件を例に挙げたが、まず指摘できるのはいずれも数十億ドル規模の大規模案件ということである(その他にもカナダのエドモントンにおける投資規模16億カナダドルのエネルギーコンプレックスや米国テキサス州の40億ドルのグリーン水素プロジェクトが発表されている)。この点、よく指摘されるのは規模の経済による最適化である。現在、グリーン水素はもとよりブルー水素にいたっても既存のグレー水素に比べてコスト高であると言われている。大規模案件に注力するのは規模の経済を追求することで製造を最適化しコスト削減を図ろうとする意図の現れであろう。また、ネオムが既に建設を開始している通り、プロジェクトを早期に進めることでファーストムーバーとしていち早く市場を確保しようとする狙いもある。そして同社にとって強みと言えるのが、産業ガス企業として既に水素販売の顧客やそのための供給・製造インフラを有していることである。ルイジアナ州のコンプレックスの例に見られるとおり、製造施設の一部や供給インフラは既に存在しているため、ATRを追加設置することでブルー化を図り、既存顧客に販売するという戦略が成り立つ。この戦略は自社およびエクソンモービルを供給先とするオランダのロッテルダムのブルー水素案件にも共通している。また、米国おける案件が複数発表されているとおり、同国IRAによるタックスクレジットの活用も視野に入れていることが想定され、カナダやネオムにおいても公的支援を取り付けるなど制度や支援枠組みなども積極的に活用する姿勢が伺える。
3. ヤラ・インターナショナル社[4](ヤラ・クリーン・アンモニア社[5])(ノルウェー)
(1) 会社概要
ヤラ・インターナショナル社(Yara International ASA)は、1905年設立のグローバル農作物栄養会社で、世界最大規模のアンモニア製造会社でもある。アンモニアの販売および海上輸送においても世界最大手の企業である。同社は精密農業のためのデジタル農業ツールの開発を主導し、食品バリューチェーン全体のパートナーと緊密に協力して、食品生産の効率性と持続可能性の向上に取り組んでいる。ヤラ・インターナショナル社はまた、低炭素アンモニア生産に注力することで、水素経済を実現し、海運、肥料生産、その他のエネルギー多消費産業のグリーン転換を推進することを目指している。
同社の2022年の売上高は239億ドル、純利益は28億ドルとなっている。
ヤラ・インターナショナル社の低炭素水素・アンモニア事業におけるアドバンテージや取組姿勢としては以下が考えられる。
- バリューチェーン全体を統合したビジネスモデル
- 自社のアセットからの信頼できる供給とオフテーカーの存在
- 深い業界ノウハウ、市場洞察力、安全な取扱の実績
- 14~15隻のアンモニア専用船団、米国メキシコ湾岸、南米、北西ヨーロッパ、オーストラリア等18か所のターミナル
- 低炭素アンモニア、船舶燃料にフォーカス
- 低炭素アンモニア専業会社ヤラ・クリーン・アンモニアを設立
(2) プロジェクト例
ユーリ再生可能水素製造プロジェクト(豪州、ピルバラ)
本案件はフランスの電気・ガス事業者であるエンジー社との共同プロジェクトである。豪州ピルバラにおいて年産670トンのグリーン水素と年産3,700トンのグリーンアンモニアを製造する計画である。18MWの太陽光発電により電力供給を行うものであるが、水素およびアンモニア製造施設はピルバラにあるヤラ・インターナショナル社の既存のアンモニアプラントの敷地内に建設することになっている。案件は既にTechnip EnergiesとMonford GroupのコンソーシアムにEPCC契約を発注し建設が進められており、2024年に稼働開始を目指している。ヤラ・インターナショナル社はまた、ピルバラ港湾当局と共同でピルバラ港でのグリーンアンモニアバンカリング事業を検討している。同社がLloyd’s Register社に発注した実現可能性調査は、特に鉄鉱石運搬船への燃料補給に低炭素アンモニアを使用する可能性を指摘したという。また、本案件は豪州再生可能エネルギー庁(ARENA)の再生可能水素導入資金援助ラウンドを通じて4,750万豪ドルの助成金を獲得し、さらに西豪州政府も再生可能水素基金から200万豪ドルの助成金を拠出している。本案件も既存のアセットを活用するものであるが、一方で低炭素アンモニアの船舶燃料への活用やピルバラ港でのバンカリング事業の実施も視野に入れている。ヤラ・インターナショナル社は特に低炭素アンモニアの船舶燃料としての活用にフォーカスしており、本案件はその取組姿勢を反映したものとなっている。
発表 | 概要 |
---|---|
2019年2月13日 | ヤラ社とエンジー社は共同で肥料製造におけるグリーン水素技術の試験の実施を発表。 |
2020年2月21日 | ARENAは肥料製造におけるグリーン水素技術の実現可能性調査に対して資金支援を発表。 |
2021年5月5日 | ARENAはヤラ社とエンジー社の共同案件に対して4,250万豪ドルの補助金交付を発表。 |
2022年7月28日 | ヤラ社とピルバラ港湾当局は共同でアンモニアの船舶燃料としての評価の実施を発表。 |
2022年10月17日 | Lloyd’s Register社にアンモニアの船舶燃料としての実現性可能性調査を依頼。 |
2023年5月24日 | 西豪州政府はヤラ社に対しユーリプロジェクト近郊のメイトランド戦略産業地域内の土地配分を決定。 |
2023年11月7日 | Lloyd’s Register社の実現可能性調査はアンモニアの船舶燃料としての可能性を示す。 |
ブルーアンモニア製造プラント(オランダ、ゼーラント)
本案件はオランダのゼーラント(Sluiskil)にある既存のアンモニアおよび肥料プラントにCO2回収・液化設備を設置する計画である。アンモニア製造のプロセスガスから年間80万トンのCO2を回収し、いわゆるブルーアンモニアとして供給・販売する。回収されたCO2はCO2輸送・貯蔵企業であるNorthern Lights社との契約に基づきNorthern Lights社によって国境を越えて輸送され、ノルウェー大陸棚に永久貯蔵される。CO2回収・液化設備に係る投資額は2億ユーロとされ、2025年の稼働開始を予定している。ゼーラントにあるプラントは既にアンモニアおよび肥料の製造施設として稼働しているものであり、顧客をはじめ“全てが揃っている”状態にあり、ヤラ・インターナショナル社のバリューチェーンを統合したビジネスモデルならではの案件と言える。
プロジェクト | 概要 |
---|---|
YaRENブルーアンモニアプロジェクト(テキサス、米国) |
|
グリーンアンモニア/肥料実証(ヘロヤ、ノルウェー) |
|
その他プロジェクト |
|
(出所:ヤラ・インターナショナル社等公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) ヤラ・インターナショナル社の取組姿勢
ここでも2つの事例を紹介したが、エア・プロダクツ社と同様に既存のアセットやバリューチェーンを土台に低炭素事業を進めようとする姿勢が認められる。また、既存施設の改修にあたっては、CCS実施の可能性や再生可能エネルギーの利用可能性などを考慮し、ブルーかグリーンかは問わないようにも見える。また同社は、元々アンモニアを製造していることやアンモニアの船団を有していることから、低炭素アンモニアの船舶燃料としての可能性にいち早く目をつけ、ファーストムーバーアドバンテージを追求している姿勢も伺われる。また、これもエア・プロダクツ社と共通して言えることだが、政府支援や制度を積極的に活用している。この点、黎明期の低炭素キャッシュフローを少しでも改善するために特に金融面の支援の獲得は必須ということであろう。
4. リンデ社(英国)[6]
(1) 会社概要
リンデ社(Linde plc)は、世界有数の産業ガスおよびエンジニアリング企業である。水素の製造、加工、貯蔵、流通に秀でており、世界最大規模の液体水素供給能力と流通システムを有している。同社は世界初の高純度水素貯蔵洞窟を運営し、世界全体で約1,000kmのパイプラインネットワークを構築し、顧客に水素を供給している。また、世界で200カ所以上の水素ステーションと80カ所以上の水素電解プラントを設置している。
同社の2022年の売上高は334億ドル、純利益は42億ドルとなっている。
リンデ社の低炭素水素・アンモニア事業におけるアドバンテージや取組姿勢としては以下が考えられる。
- 水素の生産・処理・貯蔵・配給の数十年にわたる知見
- 統合されたアセットネットワーク
- ローカル起源/焦点を当てたビジネスモデル
- 協力関係の積極的構築
(2) プロジェクト例
ボーモントブルー水素プロジェクト(米国、テキサス州)
本案件はリンデ社のエンジニアリング技術、既存のパイプラインや顧客ネットワークを活用した案件である。リンデ社は、テキサス州ボーモントに年産110万トンのブルーアンモニアプラントの建設を計画しているOCI社との間に低炭素水素とその他産業ガスを供給する長期契約を締結した。OCI社への供給にあたり、リンデ社はボーモントのオンサイトに炭素回収を伴うATRと大規模な空気分離プラントを含むブルー水素製造プラントを建造する。リンデ社はまた、エクソンモービルとの間にCO2の長期引取契約を締結している。エクソンモービルは年間最大220万トンのCO2を輸送し、永久保存する。
リンデ社のプラントは、メキシコ湾岸の既存のパイプラインネットワークと接続され、OCI社のほか、既存および新規の顧客にブルー水素を供給する予定である。
ロイナ化学コンプレックス(ドイツ)
本案件もリンデ社の既存アセットを活用したものであり、同社のロイナ化学コンプレックスに電解槽を設置するものである。リンデ社は、ITMパワー社との間に合弁会社であるITMリンデ電解GmbH社を設立し、同合弁会社が高効率電解槽の建設を行う。製造されたグリーン水素は既存のパイプラインネットワークを通じてリンデ社の工業用顧客や、液化水素として給油所やその他の産業用顧客に供給する予定である。
グリーン水素製造プラント(米国、カリフォルニア州)
リンデ社は米国カリフォルニア州オンタリオにて水素製造プラントを操業し、長年にわたり水素の製造・供給を行ってきた。同社は2020年にこのプラントをアップブレードし、カリフォルニア州大気資源委員会の定める要件に適合するグリーン水素の製造・供給を可能とした。このアップグレードによるグリーン水素製造・供給量は1日最大1,600台の車両に供給できる量に相当するという。リンデ社は次いで同地域におけるモビリティ市場の需要拡大に対応するために同プラントのグリーン水素製造能力を増強する計画を発表した。この計画は、複数の5MWのPEM電解槽を建造するものであり、最初の1基目を2024年後半に稼働開始させる予定としている。本件は元々存在している事業基盤にグリーン水素製造能力を追加することでトランジションを果たすものであるが、新規の市場への拡大をも見据えている。また、電解槽能力は5MWと本稿で紹介している他の事例と比べるとやや小ぶりではあるが、地域の需要に対応することにフォーカスを当てた独自の取組と言えるだろう。
プロジェクト | 概要 |
---|---|
35MW PEM電解槽(米国、ニューヨーク州) |
|
その他プロジェクト |
|
(出所:リンデ社公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) リンデ社の取組姿勢
ここでも既存のアセットや顧客に立脚した取組姿勢が見て取れるが、特にローカルエリアやモビリティ市場を対象としたビジネス展開について言及しておきたい。米国カリフォルニア州の事例は、先に述べた通り南カリフォルニアにおけるモビリティ市場への供給を見据えたものであった。この事例では輸出や大規模供給を志してはいないため電解槽の規模としても比較的小規模となっている。そのため投資額としては比較的抑えられたものとなり、大規模投資に伴う資金調達に関わるリスクを回避することが可能となる。なお、米国ニューヨーク州ナイアガラにおける35MW電解槽が同社の最大の電解プラントとなるということから、同社方針としては他社が計画しているような大規模案件というよりは比較的リーズナブルな規模の案件の開発に焦点を当てているとも考えられる。さて、カリフォルニア州の案件については、モビリティ市場への供給ということを踏まえれば、今後燃料ステーションの建設へと発展していくことが予想される。この点、リンデ社は既にドイツの旅客列車向けの燃料ステーションの建造やノルウェーでのフェリー向け水素供給を実施し知見を有しており、そこでも自社の専門性を活かした事業展開を図ることが見込まれる。水素普及のためにはリンデ社が行っているようなローカルな案件を積み上げていくことも有効であると考えられる。
5. フォーテスキュー社(オーストラリア)[7]
(1) 会社概要
フォーテスキュー社(Fortescue Ltd.)は、2003年に西豪州で鉄鉱石生産企業として設立された。2008年以来、年間1億9千万トン以上の鉄鉱石を出荷し、中国等への顧客に供給しているという。同社は再生可能エネルギー・プロジェクトと鉱業技術開発を通じて急速に事業を多角化し、総合的な世界的グリーン・エネルギー・金属企業を目指している。2030年までに鉄鉱石事業全体でスコープ1と2の地上排出量を実質ゼロにし、2040年までにスコープ3の排出量を正味ゼロにするという目標を定めている。
同社の2023の売上高は169億ドル、純利益は48億ドルとなっている。
フォーテスキュー社の低炭素水素・アンモニア事業におけるアドバンテージや取組姿勢としては以下が考えられる。
- 3社に分業:プロジェクト開発(Fortescue Future Industries)、バッテリーおよびフリート技術の開発と製造(Fortescue WAE)、電解槽および水素製造システムの開発・製造(Fortescue Hydrogen Systems)
- 協力関係の積極的構築(技術開発、プロジェクト組成、オフテイク)
- クリーン水素と鉄鋼を組み合わせたグリーンスティールも志向
(2) プロジェクト事例
H2Vプロジェクト(ブラジル、セアラ州)
この事例はフォーテスキュー社の積極的な協力関係の構築の積み上げにより進められている案件である。2021年に同社はブラジルのセアラ州との間に水素を利用したグリーン産業プロジェクトの開発評価に関わるMOUを締結した。翌年同社とセアラ州はブラジル北東部においてグリーン水素プロジェクトの開発を行うという意向を再確認し、同MOUの延長を行った。プロジェクトは進展を見せており、2023年には州環境審議会(Coema)より環境影響評価の承認を得たところである。案件はブラジルのセアラ州にあるPecém産業港湾コンプレックスに建造される、グリーン電力により供給を受けるプラントから日量837トンの水素を製造するというものである。製造された水素は輸送のためにアンモニアに転換される。案件は1.2GWの電力供給を受ける第1,2段階、追加0.9GWの第3段階という2段階で建設が進められる計画であり、2027年の稼働開始を目指している。
フェニックス水素ハブ(米国、アリゾナ州)
フェニックス水素ハブ会社(Phoenix Hydrogen Hub, LLC(PHH))は、米国アリゾナ州フェニックス近郊のバックアイ市にてグリーン水素プロジェクトを計画していたが、IRA成立を受け水素案件の税額控除の恩恵を見込んだフォーテスキュー社が2,400万ドルをかけてその株式100%を取得した。案件の第1段階は80MWの電解槽と液化施設の建設であり、年間最大11,000トンの液化グリーン水素を製造する計画である。想定市場はモビリティ市場とされる。また、案件は将来の水素需要に対応するための拡張余地も残している。フォーテスキュー社はPHHの株式をゼロエミッションの輸送・エネルギー供給・インフラソリューション事業を手掛けるNikola社の関連会社から取得した。このNikola社はアリゾナ州クーリッジにてトラックを製造しているが、PHHで製造されたグリーン水素の潜在的な顧客と見做されており、カリフォルニア州および米国南西部での大型ゼロエミッションの水素燃料電池電気自動車と水素ステーションの展開をサポートすることが期待されている。同案件は、2023年11月21日に、グラッドストーンPEM50MWプロジェクトとクリスマスクリークグリーンアイロン商業プラントとともにFIDを果たした。最大投資額は5.5億ドル、2026年半ばの稼働開始を目指している。
(3) フォーテスキュー社の取組姿勢
フォーテスキュー社は元々鉄鉱石生産企業であったがグリーン・エネルギー・金属企業への転換を志向し、2018年頃から積極的にグリーン水素技術の開発や各方面との協力関係の構築を進めるようになった。これはやはり自社の専門領域だけではこの新分野への進出は困難であるからとも考えられる。技術分野では当初は他社との共同研究のような形態を取っていたが、直近では会社そのものに出資したり、あるいは会社自体を取得して電解槽製造技術も含めた内製化を図る試みも見られている。さらに、グリーン水素バリューチェーンの構築をも目指そうとする姿勢も見られ、そのためのパートナーシップの構築も熱心に行っている。事例として取り上げたブラジルの案件は協力関係の構築から案件の組成に繋がったものである。当初MOUという緩やかな関係性に基づき実現可能性調査を実施し、見込みがある場合にはその先に進めるというような形を取っている。直近ではエジプト政府との間で対話を継続している。2つ目の事例は会社そのものを取得するという大胆かつ野心的な試みの最たるものである。フォーテスキュー社はフェニックス水素ハブ取得後、速やかにFIDを行っている。
発表日 | 地域 | 内容 |
---|---|---|
2022年1月22日 | 英国 | バッテリー技術のWilliams Advanced Engineering社を取得。 |
2022年2月2日 | 豪州 | 次世代水素技術の商業化を進めるSparc Hydrogen社の20%株式を取得。 |
2022年3月8日 | グローバル | Airbus社とグリーン水素を燃料とする航空機の商業化を目指して提携。 |
2022年5月2日 | ニュージーランド | Firstgas Groupと水素配給の実現可能性調査に係るMOUを締結。 |
2022年5月26日 | 米国 | グリーン水素分野への量子ソリューション適用を目指すQlimate Initiativeに加盟。 |
2022年6月24日 | ドイツ | ドイツ産業団体と共同でグリーン水素ロードマップを発表。 |
2022年8月19日 | エジプト | エジプト政府とグリーン水素のビジネス機会調査に係るMOUを締結。 |
2022年9月24日 | 米国 | 国立再エネ研究所(NREL)とパートナーシップを形成。 |
2022年10月5日 | ドイツ | Deutshe Bahn社と脱炭素内燃機関のためのグリーン燃料研究のための協定を締結。 |
2022年11月3日 | 豪州、南米 | Enel Green Power社とグリーン水素バリューチェーンの共同開発に向けて提携。 |
2022年11月8日 | ケニア | ケニア政府と300MWのグリーンアンモニアおよびグリーン肥料製造施設を共同で建設する枠組協定を締結。 |
2022年11月9日 | カザフスタン | カザフ政府と再生可能エネルギーとグリーン水素の潜在的プロジェクトを模索するための枠組協定を締結。 |
2022年11月14日 | インドネシア | PT Gunung Raja Paksi Tbk社とグリーン水素またはグリーンアンモニアの技術および適用、さらにオフテイクに関わるMOUを締結。 |
2022年12月13日 | 米国 | Puget Sound Energy社と太平洋岸北西部のグリーン水素エコシステムの開発(ワイオミング州のCentralia炭鉱のグリーン水素製造施設への転換など)に関わるMOUを締結。 |
2022年12月15日 | アゼルバイジャン | アゼル政府とグリーン水素および再エネプロジェクトのスタディおよび開発を共同で行う枠組協定を締結。 |
2022年12月21日 | 英国 | Siemens Energy社と商業規模のグリーン水素製造するアンモニアクラッカーのプロトタイプ建造を開始。 |
(出所:フォーテスキュー社公表資料を基にJOGMEC作成)
6. アクメ・グループ(インド)[8]
(1) 会社概要
アクメ・グループ(ACME Cleantech Solutions Pvt. Ltd.)は、2003年設立の太陽光発電・クリーンテック企業である。インド初のIPPとして補助金不要の太陽光発電所を実現し、太陽光発電の導入を加速したと言われる。インド12州に太陽光発電プロジェクトを展開し、80億ドル近い設備投資にコミットメントしているという。2020年以降はグリーン水素・アンモニアに多角的に取り組んでおり、2021年にはラジャスタン州ビカネールに世界初と言われるグリーン水素・アンモニアプラントを稼働させた。同社は、2032年までに年間1,000万トンを生産する世界有数のグリーン・エネルギー・プロバイダーとなることを目指している。
同社の財務情報は公表されていない。
アクメ・グループの低炭素水素・アンモニア事業におけるアドバンテージや取組姿勢としては以下が考えられる。
- ファーストムーバーアドバンテージの追求
- 低コスト太陽光パワーソースの利用
- 政府・地方自治体の支援の活用
(2) プロジェクト事例
5MW電解槽パイロットプロジェクト(インド、ラジャスタン州ビカネール)
本案件はアクメ・グループのパイロットプロジェクトであり、本案件で培った知見が同社の他の大規模プロジェクトに活かされていると言われる。5MWの電解槽を備えたプラントは、グリーン水素とグリーンアンモニアの統合パイロットプラントであり、300MWの太陽光発電から電力供給を受ける。プラントは10MWの製造能力までの拡張余地を有するという。同社は2018年頃からクリーン水素のR&Dを進めており、本パイロットプラントの立ち上げに繋がったと見える。プラントは2021年にコミッショニングを完了し、2022年にはAspen Technology社を選定し操業の最適化などにも取り組んでいる。
3.5GW電解槽(オマーン、ドゥクム経済特区)
本案件はオマーンの低コスト太陽光発電を利用し、かつ、公的支援をも活用した大規模プロジェクトである。また、案件遂行にあたり様々な企業と連携を行っている。ドゥクム経済特区内に位置し、第1段階では電解容量300MW、グリーンアンモニア年産10万トン、第2段階では電解容量3.5GW、年産120万トンへの拡張を進める計画である。EPC契約は2021年にKBR社を選定済であり、その他にもアンモニア製造のための触媒の供給でClariant社との間で契約を締結している。2022年にはノルウェーのScatec社を迎え入れ、50:50のJV、Green Hydrogen and Chemicals Company(GHC)を組成した。Scatec社のプロジェクト開発能力を期待してのことである。公的機関の後押しに関しては、まず2022年に経済特区・フリーゾーン公社(OPAZ)との間にドゥクム経済特区において案件の第1段階を開発するための土地使用権契約を締結し、2023年にはインド電力省傘下の地方電化公社(REC)から400億ルピー(4.8億ドル)の融資を受け第1段階の資金調達を完了している。また、2022年にはTUV Rheinland社よりいち早くグリーン水素・グリーンアンモニアの証明書を取得している。
プロジェクト | 概要 |
---|---|
オディシャ州とタミル・ナードゥ州のプロジェクト(インド) |
|
カルナタカ州のプロジェクト(インド) |
|
(出所:アクメ・グループ公表資料を基にJOGMEC作成)
(3) アクメ・グループの取組姿勢
アクメ・グループの取組姿勢として指摘できるのはファーストムーバーアドバンテージの追求である。同社は2003年の設立時にはテレコミュニケーション分野の事業を行っていたが、2006年にはAstris社を取得して水素燃料電池分野に進出、2009年にはインドで最初の太陽熱プラントのコミッショニングを完了、その後太陽光発電事業を展開し、インド最大級のソーラーIPPに成長したという。このような先取の精神は低炭素水素・アンモニアの分野にも現れており、上述の通り2018年から同分野のR&Dに着手し、ビカネールでのパイロットプラントへと発展した。ビカネールでのパイロットプラントが稼働したのと同じ年の2021年には、OPAZとのドゥクム経済特区内の土地予約契約を締結している。このように数年単位で注力分野を変更し、いち早く市場での優位性や知見を獲得することでさらなる飛躍を図っている。同社のその他の特色として、良質の再エネポテンシャルと公的支援獲得の追求が挙げられる。アクメ・グループがプロジェクトを進めているのは、インド国内の他にはオマーンや米国である。前2か国は良質な太陽光発電の適地であり、米国ではIRAによる税制優遇措置も見込むことができる。オマーン事業に関わる公的支援の獲得は既に述べた通りであるが、インドにおいてもRECや州政府からの資金援助を獲得しているほか、インド政府の補助金プログラムに応札・落札するなど積極的に支援獲得を狙っている。
7. まとめ
以上5社に対してレビューを行ってきたが、これらの社の取組姿勢にはいくつかの共通点を見出すことができる。まず挙げられるのはファーストムーバーアドバンテージの追求である。将来の低炭素水素・アンモニア産業の見通しについては依然として不透明な部分が多いが、リスクを取って果敢に挑戦し、今後現れるかもしれない新市場での優位性の獲得を狙っている。しかし、単にリスクを取るだけではなく、既存インフラやさらには顧客さえもこの新領域への展開の礎に据えることで既存のビジネスの延長へと転換を図る姿勢や、自社の強みが活かせる特定の分野や深い分析に基づき特定した分野に注力するなどして、少しでもリスクを狭めようとするしたたかな戦略も垣間見られる。また、公的支援の獲得も積極的に追求していくことも共通してみられる傾向であった。また、他社や他分野との様々な形で連携を図っていくことも低炭素水素・アンモニア事業を進める上で有効なこともこれらの事例は示している。
取り上げた企業や案件は限られたものではあるが、この新領域への取組姿勢の一側面でも垣間見られれば幸いである。今回紹介できなかった企業や案件以外も多くも興味深いものがあるため、今後も取り上げていきたい。
[1] Hydrogen Production Project Database, IEA, October 31, 2023, https://www.iea.org/data-and-statistics/data-product/hydrogen-production-and-infrastructure-projects-database#hydrogen-production-projects(外部リンク)
[2] Air Products and Chemicals, Inc. https://www.airproducts.com/(外部リンク)
[3] NEOM Green Hydrogen Company, https://nghc.com/(外部リンク)
[4] Yara International ASA, https://www.yara.com/(外部リンク)
[5] Yara Clean Ammonia, https://www.yara.com/yara-clean-ammonia/(外部リンク)
[6] Linde plc, https://www.linde.com/(外部リンク)
[7] Fortescue Ltd, https://fortescue.com/(外部リンク)
[8] ACME Cleantech Solutions Pvt. Ltd., https://www.acme.in/(外部リンク)
以上
(この報告は2024年1月31日時点のものです)