ページ番号1010035 更新日 令和6年2月6日
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要旨
- 1月中下旬に入り、ウクライナによると見られるロシア領内の石油ガス施設をターゲットとした攻撃が頻発している。これまでもウクライナに隣接する州における石油施設(集積基地及び製油所)を対象とする攻撃が、2023年5月に6件、2024年1月にも6件発生した。港、製油所及びガス処理施設における攻撃が6件、内、5件がドローン等による攻撃を受けたものと見られている。
- 今回の攻撃が注目されるのは、対象施設がウクライナ国境から1,000キロメートル以上離れた地域に及んでいることである。ウクライナから1,200キロメートル圏内には、ロシアの主要製油所が合計14カ所ある。原油の総処理能力は日量260万バレル(ロシア全体の3分2以上)あると考えられており、ロシア産原油輸出におけるバルト海及び黒海の主要石油港も含まれる。今やそれらがロシア・ウクライナ戦争においてロシアの収入を効果的に削ぎ、ロシア国内に混乱をもたらすターゲットとなりつつある兆候を示している。
- ウクライナはこれまで、ロシアの石油の流れ、特にバルト海及び黒海輸出フローに対して攻撃を行うことを控えていると見られてきた。ウクライナに隣接するブリャンスク州を通過する世界最大の原油パイプラインである「ドルージュバ」への攻撃の痕跡やアゾフ海対岸の小規模製油所への攻撃が、2023年には複数回見られたが、これら対象となった施設は軍需を含むロシア国内への供給を主市場としていた。石油輸出施設への攻撃がロシア産石油の輸出を途絶させ、国際市場とその需要国に影響を与え、価格の高騰が最終的にロシアを潤すという結果に結びついてしまうことや、ウクライナが国際社会の中で「悪者」になることを回避する配慮があったとも考えられる。
- 今回の攻撃はバルト海及び黒海というロシア産石油の輸出フローの要をターゲットとしており、これまでロシアからのエネルギーフローをターゲットとして来なかったウクライナが、ロシアのエネルギー資産を直接標的とする戦略へ移行している可能性も指摘されている。
- 今回の攻撃に加え、ロシアの主要石油港が悪天候に見舞われたこともあり、1月のロシア全体の石油製品輸出量は日量平均240万バレルで、前月比では7%減少したとされている。1月のロシア全体の海上原油輸出量は日量339万バレルで、前月比ではほとんど変化はなかった。合計では1月のロシア海上石油(原油+石油製品)輸出量は日量579万バレルとなり、戦前の水準である日量590万バレルを下回っている。
- 欧米の対露制裁は、ロシア産石油(原油及び石油製品)について、自らは禁輸措置を執りながら、ロシアにとっての「友好国」である中国、インド及びトルコ等への輸出は制限せず、ロシア産石油に対するリスクを高めることによって値引きさせ、国際価格ではそれら「友好国」へ売れない状況を創り出すことによって、市場の混乱を避け、ロシア石油企業ひいては政府の収入を断つことを目指してきた。ウクライナが改良型長距離ドローンによって攻撃範囲を拡大させ、ロシアの石油輸出インフラへの攻撃姿勢を強める戦略を採ろうとしているとすれば、ロシアの海上原油輸出量の約6割(全世界供給の3~4%)、同石油製品輸出のほとんどを占めるバルト海及び黒海からの輸出フローに対する一時的又は恒常的に途絶のリスクが高まり、石油市場への上げ圧力となっていくだろう。
1. 概要
1月中下旬に入り、ウクライナによると見られるロシア領内の石油ガス施設をターゲットとした攻撃が頻発している。18日には、キーウ(キエフ)から1,100キロメートル離れたサンクトペテルブルクにある石油港が攻撃を受けたとされるのを皮切りに、19日にはウクライナに隣接するブリャンスク州にRosneftが保有するクリンツィ石油貯蔵施設にドローンによる攻撃が、21日には再びサンクトペテルブルク近郊のNOVATEKが運営するウスチルーガ・ガス処理施設(原油処理能力:日量14万バレル)にドローン攻撃が行われた。また、25日には黒海に面するトゥアプセ製油所(同日量24万バレル)にも、そして、29日にはモスクワ北東200キロメートルに位置するヤロスラヴリ州のヤノス製油所もドローン攻撃に見舞われた。
写1 ウスチルーガ・ガス処理施設の火災[1](1月21日)
写2 トゥアプセ製油所の火災[2](1月25日)
これらウクライナの長距離無人攻撃機によるロシアの石油インフラへの攻撃疑惑が相次いでいることは、紅海でのフーシ派による通過船舶への攻撃という不安要素に加え、世界の燃料供給にさらなる不確実性を生じさせている。1月初頭70ドル台で推移していた国際原油価格は、1月下旬にかけて80ドル台に到達した。
また、これらの攻撃がウクライナ北部から1,000キロメートル以上離れた地域に及んでいることは、ウクライナの改良型長距離ドローンの攻撃範囲の向上を示している可能性がある。ウクライナからの飛行距離1,200キロメートル圏内には、ロシアの主要製油所が合計14カ所ある。原油の総処理能力は日量260万バレル(ロシア全体の3分2以上)あると考えられており、ロシア産原油の輸出の約6割が集中するバルト海及び黒海の主要石油港も含まれる。これら攻撃がロシア・ウクライナ戦争においてロシアの収入を効果的に削ぎ、ロシア国内に混乱をもたらすターゲットとなりつつある兆候を示している(図1~3)。
今回の攻撃に加え、ロシアの主要石油港が悪天候に見舞われたこともあり、1月のロシア全体の石油製品輸出量は日量平均240万バレルで、前月比では7%減少したとされている。特にバルト海からの重油、減圧軽油、ナフサの輸出量減少が最も大きく、攻撃対象となったウスチルーガからの原油及び石油製品の輸出は最大の落ち込みを示し、石油製品輸出量は前月比で日量15万バレル、原油輸出量は日量9万バレル減少している。他方、1月のロシア全体の海上原油輸出量は日量339万バレルで、前月比ではほとんど変化はなかった。合計すると、同月のロシア海上石油(原油+石油製品)輸出量は日量579万バレルとなり、戦前の水準である日量590万バレルを下回っている[3]。
ウクライナはこれまで、ロシアの石油の流れ、特にバルト海及び黒海輸出フローに対して攻撃を行うことを控えていると考えられてきた。確かにウクライナに隣接するブリャンスク州を通過する世界最大の原油パイプラインである「ドルージュバ」への攻撃の痕跡やアゾフ海対岸の小規模製油所への攻撃が、2023年には複数回見られたが、大きな被害をもたらしたとは言えず、またこれら対象となった製油所は軍需を含むロシア国内への供給を主市場としている。石油輸出施設への攻撃がロシア産石油の輸出を途絶させ、国際市場とその需要国に影響を与え、価格の高騰が最終的にロシアを潤すという結果に結びついてしまうことや、ウクライナが国際社会の中で「悪者」になることを回避する配慮があったとも考えられる。
しかし、今回の攻撃はバルト海及び黒海というロシア産石油の輸出フローの要をターゲットとしており、ウクライナが、ロシアのエネルギー資産を直接標的とする戦略へ移行している可能性が指摘されている[4]。ウクライナは現在、約1,200キロメートルを飛行し、少なくとも100ポンド(約45キログラム)の爆薬を運ぶことができる攻撃型ドローンを開発しており、1月の攻撃は、ウクライナが石油ガスインフラの大部分が西部に集中するロシアに対して、それらを攻撃する能力を持っていることを示すものとも見られている。製油所全体を破壊する可能性は低いが、製油所の心臓である蒸留塔といった主要なユニットに損傷を与えることは可能であり、その修復には数カ月かかる可能性がある上、破壊された設備・機器の代替は欧米制裁の影響で容易ではないかもしれない。
今回の攻撃に先立つ1月12日には、LUKOILがニジニ・ノヴゴロド州に保有するノルスィ製油所(原油処理能力:日量34万バレル)が事故のため操業停止に陥っていた[5]。コメルサントはLUKOILが石油精製部門に対する西側の制裁の初の大規模な犠牲者となったと報じ、同製油所が「事故」のため、ガソリン生産プロセスに重要な接触分解装置2基のうち1基について外国製コンプレッサー機器が故障したため停止したことを明らかにした。そして、欧米制裁により[6]、直ちに交換するのは不可能な状況に陥っている。LUKOILは春までの修理完了を目指す見込みだが、故障した西側の機器の代替品を探すことができるのか、製油能力を完全に回復できるのかは不透明な状況にある。
2. 現状認識
ロシアは世界最大の国土に石油だけで6.7万キロメートル余り、天然ガスについては地球4周を超える16.7万キロメートルものパイプラインを擁する。表2の通り、大規模な石油ガス関連施設もまたそのパイプライン上に、需要地が集まる欧州側に建設されてきた。
2022年9月26日、破壊するには最もハードルが高いであろう海底パイプラインNord Stream及びNord Stream 2が破壊されたことはまだ記憶に新しいが、ロシアが保有するこれら長大な陸上のパイプラインに対しては、アクセスが用意であり、いつ何時テロが起きてもおかしくない。確かにパイプラインの主要施設(コンプレッサー・ステーション等)や製油所では関係者以外の立ち入りが厳しく制限されている。しかし、パイプラインについては公道と交わっている箇所は無数に存在し、いかに警備を強化したとしても完全に防ぐことは難しいというのが実情であり、無人機となれば各施設にドローン対策用の装備を備えた軍の配備又は警備隊を組織する必要があるだろう。ロシア政府による警戒レベルが高まっていることを示すように、ウクライナ戦争開始後の2022年末から石油ガス会社の要請に従い、関連施設の警備を民間警備会社が行えるように法改正がなされ、さらに2023年末からはそれら民間警備会社が電子戦装置(ドローンの飛行を妨害し、誤誘導するもの)等を活用することが可能となったと言われている。また、エネルギー省は今回の攻撃を受けて、燃料エネルギー施設上空での飛行機及びその他の飛行物体の飛行を制限することを規定する政府指令案を政府に提出した模様である。
平時のロシアでもパイプラインでの漏洩や引火事故が高い頻度で起きて来たのは事実であるが、爆発物の入手が容易で、ウクライナとは陸路障壁なくつながり、かつ国内にも多くのウクライナ人を抱えるロシアにおいて、一部の急進的な反露活動家がそのパイプラインや施設にアクセスを確立する手段が全くないわけではない。ましてドローンを使用すればその成功確率は高まる。これまでは、その破壊活動の結果、ロシア産石油の輸出フローが停止すれば、ウクライナが犯人であると分かってしまうと共に、輸入先である諸外国が困ることになるため、特に輸出関連施設に対しては対象から外されてきたと考えられる。他方、ロシア国内供給にダメージを与えるには、ロシア国内に入り込み、人口の密集する首都モスクワやサンクトペテルブルクといった大都市、西シベリアやヴォルガ・ウラル地域といった生産地域近くのパイプラインや石油ガス処理施設がターゲットとなるのは当然の帰結でもある。
今回の攻撃では、ウクライナが本当に1,200キロメートルを飛行できる無人機とその大量生産に成功しているのかどうか。そして、ロシア国内のエネルギー供給を狙うだけでなく、第三国と国際石油ガス市場にも影響を及ぼす輸出フロー、すなわちバルト海、黒海沿岸の石油積み出し基地をターゲットとして拡大する戦略を採り始めた兆候であるのかどうか、今後同様の攻撃が継続されていくのかどうかが注目される。
[1] コメルサント(2024年1月21日)
[2] Instagram(https://www.instagram.com/ovh_sochi/p/C2hG8Z8oIFq/)(外部リンク)
[3] POG(2024年2月2日)
[4] IOD(2024年1月30日)
[5] コメルサント(2024年1月15日)
[6] 米国は2022年3月2日に、EUは2022年2月25日(第一次制裁パッケージ)、英国は2022年4月6日、日本は2022年3月8日にロシアに対する石油精製分野における特定の商品・技術のロシアへの販売、供給、移転、輸出の禁止を発動している。
以上
(この報告は2024年2月6日時点のものです)