ページ番号1010143 更新日 令和6年6月13日

天然ガス・LNG最新動向 ―世界のガス・LNG市場混乱からの教訓とセキュリティー向上への日本のリーダーシップ―

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レポートID 1010143
作成日 2024-06-13 00:00:00 +0900
更新日 2024-06-13 14:54:53 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG
著者 白川 裕
著者直接入力
年度 2024
Vol
No
ページ数 66
抽出データ
地域1 グローバル
国1
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国・地域 グローバル
2024/06/13 白川 裕
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概要

世界のガス・LNG危機は、欧州の過度なロシアパイプラインガスへの依存とその急減によって引き起こされた。欧州のガスおよび世界のスポットLNG価格は急騰し、多くの国々の経済に深刻なダメージを与えるとともに、アジアを中心とした石炭回帰をもたらし、世界のCO2排出量は過去最高を更新。欧米流の脱炭素政策は行き詰まりを見せ始めている。ウクライナ侵攻に続き昨年秋には中東の緊張が高まるなど、世界の分断と自国優先主義が加速する中、今年目白押しの各国選挙がエネルギー・資源供給へ与える影響が懸念されている。

ここでは、まず、世界のガス・LNG市場の現況に触れ、次に、今回発生したガス・LNG危機の一連の事象と要因を分析するとともに、IEA等のレポートを交え世界の脱炭素に与えた影響についても教訓として整理する。最後に、世界のエネルギーセキュリティー向上に対する日本のリーダーシップについてまとめる。

(本レポートは2024年3月21日JOGMEC月例ブリーフィングの内容を更新・再構成したものです)

 

Latest Trends in Natural Gas and LNG - Lessons Learned from the Global Gas and LNG Market Disruption and Japan's Leadership in Improving Security -

The global gas and LNG crisis was caused by Europe's excessive dependence on Russian pipeline gas and its rapid decline. European gas and global spot LNG prices have skyrocketed, severely damaging the economies of many countries and causing a return to coal, especially in Asia, and global CO2 emissions have reached record highs. Western-style decarbonization policies are beginning to show signs of stalling. The invasion of Ukraine followed by heightened tensions in the Middle East last fall have accelerated the world's fragmentation and preference for one's own country, and there are concerns about the impact of this year's upcoming elections on energy and resource supplies.

In this report, we will first touch on the current state of the global gas and LNG markets, then analyze the sequence of events and factors behind the recent gas and LNG crises, and draw lessons learned from IEA and other reports on the impact of the crises on global decarbonization. Finally, we summarize Japan's leadership in improving global energy security.

(This report is an update and reconstruction of the March 21, 2024 JOGMEC Monthly Briefing)

 

1. 世界のガス・LNG市場の現況

(1) 世界のガス・LNG価格

TTF、JKM

2021年以降、TTF(Title Transfer Facility:欧州ガス価格指標)と、それに高い相関でリンクしているJKM(Platts Japan Korea Marker:北東アジアスポットLNG価格指標)は、欧州向けロシアパイプラインガス輸出量の大幅な減少に反応し未曾有の乱高下を繰り返してきたが、ガス価格高騰による欧州ガス需要の縮小の効果もあり、2023年のJKM平均は$14/MMBtuと2022年の$34/MMBtuの半分以下に低下し、一時と比較すればある程度の落ち着きを取り戻している。ただし、需給は依然逼迫しており、現在のJKMは、2016-20年平均$6/MMBtuの2倍の高水準にある。

2023年10月、イスラエル-Hamas戦争が勃発。2024年2月にはノルウェー・Trollガス田やNyhamnaガス処理プラントでのトラブル発生により欧州向けガス供給量が減少したものの、欧州地下ガス貯蔵の高在庫を背景に、TTFには目立った動きはみられなかった。その後、夏期の高気温予測もあり、TTF、JKMとも現在上昇基調にある。

 

HH

HH(Henry Hub:米国ガス価格指標)は、シェール革命以降、一貫して低め安定で推移している。特に最近は原油価格が$80/bbl前後で安定しており、シェールオイルの随伴ガスとしての生産が順調である。

1月中旬、嵐の影響でFreeport LNG Train3の電動モーターにトラブルが発生したが、3月中旬に復旧した。2月以降、Chesapeake Energyなど数社からガスの生産削減が発表されたが、穏やかな天候が続きガス在庫もさらに積みあがったことから4月までは$1/MMBtu半ばの取引が続いた。その後、ようやく減産の効果が表れ、現状$2/MMBtu半ばでの取引となっている。

2024年4月、EIA(U.S. Energy Information Administration:米国エネルギー情報局)は短期エネルギー見通し(Short-Term Energy Outlook:STEO)[1]の中で、2024年のHHは、非需要期の第2四半期は$2.00/MMBtu未満、また通年では$2.20/MMBtu前後と予測した。

 

日本平均LNG輸入価格

2022年9月、日本平均LNG輸入価格は$22.7/MMBtuの高値をつけたが、その後原油価格の下落とともに低下。最近の堅調な原油価格を反映し、2024年4月は$11.3/MMBtuまで低下した。

図1.世界のガス・LNG価格
図1. 世界のガス・LNG価格 (出典:Platts、IMF、ICE他よりJOGMEC作成)

(2) 中東の緊張(紅海航行リスク)

2023年10月7日のイスラエルとHamasの戦争開始以降、イランの支援を受けるHouthi派武装勢力は紅海での船舶攻撃を開始した。年末までは大きな変化はなかったが、2024年1月15日、Houthi派のミサイルが米国船籍のドライバルク船に命中し米国主導の部隊が報復をおこなってからは、紅海を避ける商船が増加した。日本郵船、商船三井なども、これ以降運航する全船舶の紅海通航を中止した。

緊張が高まる前、カタールLNGの2割が紅海ならびにスエズ運河を通航し欧州へ輸出されていた。今後、航路が喜望峰回りとなることで、欧州へのLNG輸送期間は片道2週間だったところが4週間と、2倍に延びることになる。カタールは70隻の大規模なLNG船団を運営しており、現状の輸出先を大きく変更せずとも、稼働率を高めることによって輸送距離の増加を吸収することもできるが、運航は当然非効率となる。

実際の運航状況をみると、2024年1月の3隻のカタール船以降、紅海経由スエズ運河を通航するLNG船はゼロとなった。ちなみに、スエズ運河を通過したLNG船の2023年運航実績は、南向の米国産8.8MT、ロシア産4.7MT、アルジェリア産1.1MT、北向のカタール産15.1MTの合計32.4MTと、世界のLNG貿易量403.1MTの8.0%を占めた。

図2.スエズ運河LNG通過量(輸出国別)
図2. スエズ運河LNG通過量(輸出国別) (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

2024年2月のカタールからのLNG輸出を前年実績と比較すると、全体の輸出量(6.4MT/m)、さらに、アジア向け輸出量(5MT/m)はほぼ変わらない。一方、欧州向けは、1.2MT/mから1.0MT/mに0.2MT/m(15.1%)減少し、中東(クウェート)向けは、0.1MT/mから0.3MT/mに0.2MT/m(160.5%)増加した。

図3.カタールLNG輸出先
図3. カタールLNG輸出先 (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

2023年欧州LNG輸入量125.4MTを輸出国別にみると、米国産56.6MT、ロシア産16.5MTに続き、カタール産15.1MTは第3位で輸入割合は11.5%とそこまで多くはない。さらに、欧州地下ガス貯蔵在庫は、2024年3月末の時点で59%と平時の過去5年平均(2016-20年)を25%も上回った。今回、中東の緊張が高まったにもかかわらずTTFに顕著な反応がみられなかったのは、元々カタールLNGの輸入割合がそれほど大きくなく、万一途絶したとしても高在庫のお陰でしばらくの間は大きな影響が出ないと考えられたためであろう。

図4.2023年欧州LNG輸入量(輸出国別)
図4. 2023年欧州LNG輸入量(輸出国別) (出典:Kpler他よりJOGMEC作成)

(3) 各国各国選挙のエネルギー・資源供給への影響

エネルギートランジションが徐々に進行する中、リニューアブルに対する政策支援や化石エネルギーに対する規制強化など、エネルギー産業はこれまで以上に政治の影響を大きく受けるようになってきている。

さらに、2024年は選挙イヤーといわれる。各国の選挙結果や新たな政策がエネルギー供給に与える影響が懸念される。

 

各国・地域の選挙大統領・議会選挙、一部抽出

1月      台湾総統、議会選挙が実施され民進党頼氏が当選。与党過半数割れもLNG推進・原発廃止政策が継続。
2月      インドネシア大統領選挙が実施されJoko路線を継承するPrabowo国防相が当選。
3月      イラン国会議員選挙が行われ保守強硬派が勢力を拡大。
3月      ロシア大統領選挙では、Putin大統領が再選(5回目)。
4-6月   インド選挙(下院)、モディ首相3期目、与党過半数割れ
6月      欧州議会選挙
11月    米国大統領選挙

 

インドネシア

2月14日、インドネシア大統領選挙が実施され、Prabowo国防相が6割近い得票で圧勝。4月22日に選挙結果への異議が棄却され当選が確実となった。一方議会選挙では同氏率いるグリンドラ党は議席数3位にとどまり、連立交渉を行っている。Prabowo氏の勝因はJoko大統領の政策を継承する選挙戦略にあったとされる。

Joko政権は経済成長のために豊富な天然資源を利用。2020年1月からはEV用バッテリーの原料となる未加工のニッケル鉱石の輸出を禁止し、海外からの直接投資を呼び込んだ。銅の全面的な輸出禁止は6月に施行され、今後はスズの輸出禁止も検討されている。

インドネシア国内のガス供給は2024年にLNG船10カーゴ分(0.7MT程度)が不足する予測で、今後2027年にかけてさらに悪化していくとみられている。LNG国内供給義務が自国優先主義によって強化されれば、世界のエネルギー安定供給と脱炭素投資に大きな影響を与えることになる。

 

イラン

3月1日行われたイランの国会議員選挙(定数290、任期4年)で、保守強硬派が3分の2以上の議席を獲得し圧勝した。

Trump前政権時代、米国はイランとの核合意を離脱し制裁を再開。Biden政権においても関係は修復されていない。さらに、イランは、HezbollahやHamasなどへの支援を続け、ロシアにウクライナ攻撃用の無人機を供与しているとも指摘されている。

イランのガス確認埋蔵量は、カタール(24.7Tcm)を抜き、ロシア(37.4Tcm)に次ぐ世界第2位(32.1Tcm)を誇る。カタール側からはNorth Fieldと呼ばれる巨大なSouth Parsガス田の埋蔵量の40%は、実はイランが保有している。イランはLNGによる国際市場への輸出拡大を志向したが、米国の制裁により海外の液化技術導入が進まず輸出は近隣国へのパイプライン(18.9Bcm)にとどまっている。2023年8月、開発フェーズ11(20Bcm)におけるガス生産が開始された。3月10日、イラン国営石油会社は、200億ドルをかけ4カ年計画でSouth Parsガス田の生産量をさらに引き上げる計画を発表した。これは、カタールのNFW拡張プロジェクトの発表を受けての動きといわれている。

イランは地場企業による中小規模の液化プラント開発などガスのマネタイズ、輸出オプションを模索している。2024年1月、イラン石油省副大臣は、2026年にAsaluyehの中規模プラントで1.5MTPAのLNG生産を開始することを目指し検討を進めていると発表した。建設の目的はLNG輸出と冬期の国内ガス供給である。米国による経済制裁の影響でメジャーズやエンジニアリング企業が撤退した後の技術・設備や投資について課題は残るものの、コールドボックスやターボエキスパンダーの国産化なども順調に進んでいると述べている。

イランは、2024年1月からBRICSに加盟、BRICSは、従来の5ヵ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)から11ヵ国に増えた。イランは現在も米国経済制裁下にあるものの、LNG液化技術を保有するロシアや中国から技術を手に入れれば豊富なガス資源をLNG化し、グローバスサウスの国々向けの供給を開始するなど、世界のLNGフローを変える可能性は否定できない。

 

欧州

6月6-9日、欧州議会選挙(定数720、5年ごとの直接選挙、比例代表制、有権者数3億7,000万人)が実施された。改選前の欧州議会は、中道右派EPP(European People’s Party:欧州人民党)、中道左派S&D(Progressive Alliance of Socialists and Democrats:社会民主進歩同盟)、中道リベラルのRenew(Renew Europe:リニューヨーロッパ)が過半数を占めていた。

2024年2月6日、欧州委員会(European Commission:EC)は、欧州脱炭素政策の流れに沿って、(1)EU Climate Target for 2040と、(2)Industrial Carbon Management Strategy(ICMS:2040Target達成のための産業炭素管理戦略)を発表した。(1)は、「2040年時点でGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)90%削減(1990年比)」という2050年ネットゼロ達成に向けたいわば中間目標である。(2)は、この中間目標を具体化するための産業施設から排出されるCO2の貯留を目的とした回収(Carbon dioxide Capture and Storage:CCS)、利用を目的とした回収(Carbon dioxide Capture and Utilization:CCU)、さらに大気中からのCO2直接除去(Direct Air Carbon Capture and Storage:DACCS)、CO2輸送などを対象とした技術開発と規制・投資の枠組みである。

一方、同日、EC・Leyen委員長は、農業団体からの圧力により、化学農薬の使用と農業からのCO2排出の大幅削減を求めた法案を撤回した。

3月12日、EUを離脱したイギリスでもCCS機能を持たないガス火力発電所の新設を2030年代まで認める方針が示された。イギリスでは年内に総選挙の可能性があるが、今後現行法の改正によって許可される予定である。Sunak首相は「電力需要は拡大しており、これを再生エネルギー発電だけで賄えるようになるまでには時間がかかる。クリーンエネルギーへの移行に当たっては現実的な視点を持つべき」と訴えた。

このように欧州では、今回のエネルギー危機と移民流入による治安の悪化などと合わせ、過大な負担となりつつある「脱炭素疲れ」が目立ち始め、また、ドイツやフランスなどでは、強硬な移民政策や自国優占主義、ウクライナ支援中止、脱炭素政策の緩和、国内産業保護などを求める急進右派が人気を集めていた。

6月9日夜、選挙結果の大勢が判明し、中道各派が過半数を維持する見通しながら、右翼会派が大きく躍進し全体の3割に迫る勢いとなった。今後、欧州グリーンディールは大きな方向転換を迫られる可能性がある。

 

米国

3月5日、全米15の州で予備選挙が一斉に行われる大統領候補者選びの山場、いわゆるスーパーチューズデーの投票が行われた。共和党は、14州を制してHaley氏に圧勝したTrump前大統領が指名を確実にした。

支持率では、民主党候補であるBiden現大統領よりもわずかにTrump前大統領の人気が高いとも報道されているが、差はまだわずかであり、本選の結果は見通せない。Trump前大統領再選後の政策はこれまでの発言から推測することができる。

  • 欧州や日本からを含めたすべての輸入品に10%の関税をかけ、対中関税については60%に引き上げる。
  • インフレ抑制法(Inflation Reduction Act:IRA)を廃止する(ただし、リニューアブル発電設備やEV用電池工場建設の補助金は共和党支持州をも潤しており、部分的な縮小にとどまるとの見方もある)。
  • 気候変動枠組条約(パリ協定)からの脱退と国連気候変動サミット(COP)への参加を完全に終了する。
  • 豊富な石油・ガス資源を活用し、エネルギー優位性を高める。
  • FTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)非締結国に対するLNG輸出の新規許可の一時停止を当選初日に撤回する。
  • 石油・ガス事業者からのメタン放散に対する課金に反対する。
  • ウクライナとロシアとの戦争を24時間以内に終結させる。

第1次Trump政権時代、中国製品に対する高額関税は中国による米国LNGに対する追加関税につながった。また、イラン石油輸出にも強力なプレッシャーがかけられた。Trump前大統領が当選すれば敵国はもちろん同盟国に対してもより対決的なアプローチを取ることが予想される。

一方、Biden現大統領が再選された場合、石油・ガスの段階的開発削減により強い態度を取る、これまで失敗してきた2025年に期限が切れる石油・ガス減税を廃止する、現在4分の1を占める米連邦所有地および海洋での石油・ガス開発許可を遅らせるなど、気候変動に対する規制の強化にさらに大胆になるといわれている。

 

(4) 米国DOE FTA非締結国への輸出許可一時停止

2024年1月26日、Biden政権はDOE(Department of Energy:米国エネルギー省)は新規LNG液化基地が経済、気候変動、国家安全保障に与える影響を評価する方法を更新するまで、FTA非締結国への輸出許可の発給を一時停止すると発表した。

この施策に関する分析は2018年にも実施されたが、当時の米国のLNG輸出能力は現在の3分の1以下であったため、今回新たなレビューが必要と判断された。レビューは国立エネルギー技術研究所(National Energy Technology Laboratory)とパシフィック・ノースウエスト国立研究所(Pacific Northwest National Laboratory)において実施され、米国が国産ガスのかなりの部分を輸出することの意味、米国消費者の負担増の有無、米国企業の競争力に関する輸出増の意味、2050年の世界の需要などが確認される。また、米国のLNG輸出がCO2排出量削減や石炭消費量削減にどのように影響するか、化石燃料からの完全脱却を望んでいる国々に恒久的なインフラを構築することがどのような影響を及ぼすかについても検討される。

この動きは環境保護団体からは喝采を浴びたが、ガス業界や共和党からは反発を招いた。

発表後、EC広報担当者は、「この件に関してはDOEと緊密に連絡を取り合っており、今回の発表についても事前に知らされていた。見直しは今後のLNG輸出に関する保留中の許可の一時的な停止を伴うものであり、すでに承認されている輸出プロジェクトへの影響はない。また、国家安全保障上の緊急事態に対する免除も含まれている。したがって、この一時停止がEUの供給安全保障に短期・中期的な影響を与えることはない、と米国は通知してきた。」と述べた。2月13日、欧州委員会のSefcovic副委員長は、「この決定は向こう2-3年の米国から欧州へのLNG供給には影響を及ぼさないが、米国のエネルギー安全保障の担い手としての責任は欧州だけにとどまらなくなっており、東南アジアやインド、中南米、アフリカも石炭依存から脱却する上で、ガスを必要としている。」と述べた。

2月15日、この政策を無効化すべく、共和党が支配する下院では輸出認可に関するDOEの関与を実質的に排除する法案が可決されたが、上院は民主党に支配されているため採決には至らなかった。

イスラエル・Hamas紛争におけるBiden大統領のイスラエルへの積極的な支援を巡り、左派、特に若い民主党支持者の支持率が低下していたが、2023年12月の時点で、Trump前大統領にリードされているいくつかの激戦州のこの有権者層にアピールするため、新規LNG輸出プロジェクトの抑制が検討されているとの情報が流れていた。

この影響で、米国のLNG液化プロジェクトは長期LNG売買契約を結ぶ勢いを1年近く失うことになると同時に、カタール、ロシア、イラン、カナダなど、LNG液化プロジェクトの立ち上げを進める他の国々に絶好のチャンスを与えることになる。また、2027年以降の世界的なLNG供給過剰とスポットLNG価格の下落を緩和する効果もある。

なお、オバマ大統領の下で2011年5月から2年間、DOEはLNG用フィードガス増加による国内ガス価格への影響を評価するために、FTA非締結国へのLNG輸出許可の発給を一時停止した前例がある。

Biden現大統領が当選した場合、FTA非締結国に対するLNG輸出の新規許可の一時停止が延長、あるいは恒久化される可能性があると同時に、環境保護団体や若者の票を気にする必要がなくなれば、LNG輸出許可の再開を命じる可能性もある。

3月18日、CERA Weekにおいて、DOE・Granholm長官は、この一時停止は来年3月頃までになることを示唆した。

図5.米国新規LNG液化プロジェクト長期契約締結状況
図5. 米国新規LNG液化プロジェクト長期契約締結状況 (出典:GIE他よりJOGMEC作成)

(5) カタール生産能力拡張宣言(NFWの追加)

2024年2月、QatarEnergyは、NFE(North Field East、32MTPA)とNFS(North Field South、16MTPA)に続くLNG拡張プロジェクト第3段階として、NFW(North Field West)を推進し、2030年までにさらに16MTPAの生産能力を追加することを発表した。これは、米国がFTA非締結国向けLNG輸出許可の発給を一時停止する中での発表となった。

カタールは長い間生産量を77MTPAのまま拡大せず、長期・大ロット・仕向け地制約ありといった従来型の手堅いLNG売買契約を指向してきた。一方、2010年以降、シェール革命でフィードガスが安価となった米国では一大LNG液化プロジェクトブームが起こった。米国LNGは仕向け地フリーでキャンセルも可能であり契約条件が柔軟であるため、LNGのコモデティー化も加速された。このような状況の変化に対応し、カタールはLNG開発戦略を大きく転換。2019年、推定ガス埋蔵量を970Tcfから1,760Tcfに一気に引き上げ、その後、拡張プロジェクトの推進を発表した。

手堅い商売を継続しようとしながらも、万一長期契約が締結できなくとも、ここ3年間のLNG高騰によって大きく改善した財政を活用して拡張プロジェクトをいまFIDし、2027年以降到来するLNG余剰の最中に生産を開始すれば、世界のLNG価格を引き下げることができる。カタールの新規LNG液化プロジェクトの生産コストは日本着ベースで$4/MMBtuともいわれる世界最低レベルであるが、価格を低下させることによってコストの高い米国を始めとしたLNG液化プロジェクトのFIDを抑制し、市場支配力を高める戦略を強化したと考えられる。

またカタールは恵まれた太陽光発電からの電力を活用してCO2発生量の少ないLNGを生産し他との差別化を図るとともに、今後化石エネルギーに対する風当たりがさらに厳しくなる前にLNG生産を既成事実化し、莫大なガス資源を座礁させずにマネタイズしようとする意図も感じられる。さらに、これまで長期契約されたNFE、NFS生産能力のうち、ほぼ70%がネットゼロ達成目標が先進国の設定している2050年より後年となるアジア向けである。

3月12日、ADNOCも、Ruwais LNG輸出プロジェクト(9.6MTPA)の早期EPC(設計・調達・建設)契約を締結した。FIDは今年後半、運転開始は2028年を予定している。カタールと同様、太陽光発電などを利用し世界で最もCO2排出量の少ないLNGを目指すとしている。ちなみに、ADNOCの現在のLNG液化設備はDas LNG(6MTPA)のみとなっている。

図6.カタール長期LNG売買契約と生産能力
図6. カタール長期LNG売買契約と生産能力 (出典:Wood Mackenzie他よりJOGMEC作成)

2. ガス・LNG危機からの教訓

ロシアパイプラインガスという単一供給源への高依存とその急減によって引き起こされた欧州発世界のガス・LNG危機は、ガス・LNG供給セキュリティーの重要性を世界に再認識させた。以下に、今回発生した事象とそこから学んだ教訓をまとめる。

 

(1) ロシアパイプラインガス減少による欧州ガス価格高騰

2021年に入り、欧州向けの主供給源であったロシアパイプラインガス輸出量が顕著に減少し始めた。それにともない欧州地下ガス貯蔵在庫も減少し、欧州ガス価格は過去経験のないレベルまで高騰した。2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻が勃発。さまざまな理由によってロシアからのパイプラインガス輸出量が削減される度に市場は大きく反応し、2022年8月末、TTFは過去最高の$99/MMBtuをつけた。その後、ガス価格の高騰を主要因として欧州ガス消費量は2023年にかけて2割も減少し、スポットLNG輸入量の大幅な増加がパイプラインガスの減少分を補完した結果、欧州ガス価格は一時と比べれば落ち着きを取り戻したかのようにもみえる。ただし、現在の価格はまだ従来の2倍の高値レベルにある。

欧州各国は急遽エネルギー補助金の支給等対策を実施したが、経済成長はいまだ回復していない。需要より先にガス供給を減少させた場合、市場がパニックとなり、激しい価格上昇に見舞われ、如何に経済が長期間疲弊するかを実証する結果となった。

図7.ロシアパイプラインガス輸出量と欧州ガス価格
図7. ロシアパイプラインガス輸出量と欧州ガス価格 (出典:ENTSOG、ICE他よりJOGMEC作成)

(2) 欧州スポットLNG大量調達

2021年、欧州のガス供給は3割をロシアパイプラインガスに依存していたが、2022年、その割合は16%まで低下。2023年には1割以下に低下した。

図8.欧州ガス供給源の変化
図8. 欧州ガス供給源の変化 (出典:Energy Institute他よりJOGMEC作成)

ロシアパイプラインガス輸出量の減少を補完するために欧州が世界のスポットLNGを大量に調達した結果、ガス生産・輸入に占めるLNGの割合は従来の20%から31%に増加。それまで75MT/y程度であったLNG輸入量は120MT/yまで増加した。このLNG輸入量はリニューアブルの増設によって徐々に減少していくものの、今後10年以上は同等のレベルで推移する見込みである。

図9.欧州LNG輸入量予測
図9. 欧州LNG輸入量予測 (出典:各種資料他よりJOGMEC作成)

一方、東南・南アジア各国では、欧州による大量調達によって高騰したスポットLNGを調達することができなくなり、石炭火力発電への回帰や大規模停電が発生した。他の主要輸入国もあまりの高値に調達を控えたが、購買力の高い欧州のスポットLNG調達割合は大きく増加した。ここで、今回、欧州はスポットLNGを中心に45MT/y程度の追加調達をおこなったが、ウクライナ侵攻後、ポートフォリオプレーヤーを除く欧州企業によって締結された長期LNG売買契約は20MT/yに満たない。

図10.主要国・地域別LNG輸入量とスポット・短期比率
図10. 主要国・地域別LNG輸入量とスポット・短期比率 (出典:GIIGNL他よりJOGMEC作成)

(3) 欧州発スポットLNG高騰による世界の損害額試算

欧州発ガス・LNG危機の悪影響は、震源地である欧州よりも、同じくスポットLNGを主要なエネルギーソースとしていたアジア諸国に大きな損失をもたらした。

高騰するスポットLNGを調達するためにアジアの国々が例年に比べて上乗せして支払わねばならなかった損害額は2022年だけで$68.7Bにのぼった。国別では、中国$24.5B、日本$15.0B、韓国$14.9B、インド$8.0B、台湾$7.0B、タイ$3.8B、パキスタン$1.6B、バングラデシュ$0.9Bの損害額となる。一方、欧州は$56.8Bの追加費用を支払った。

今後、2026年にかけて、世界は高騰するスポットLNGの調達を続けなければならないが、スポットLNG価格上昇と各国のLNG輸入量予測から、これに起因する世界の損害額合計は$270Bと試算される(2021年$78B、2022年$150B、2023-26年$42B)。

図11.欧州発スポットLNG高騰による各国の損害額試算(2022年)
図11. 欧州発スポットLNG高騰による各国の損害額試算(2022年) (出典:各種資料他よりJOGMEC作成)

(4) 欧州ガス価格高騰、もうひとつの要因

IGU(International Gas Union:国際ガス連盟)によると、2022年の欧州の平均卸売りガス価格は急上昇し、$30/MMBtuを超えた。一方、日本を含むアジア太平洋地域でも上昇したものの、そのレベルは$15/MMBtuに抑えられた。この差は欧州のガス・LNGの調達が、いわゆるスポット契約に偏っていたためである。

図12.世界の卸ガス価格推移
図12. 世界の卸ガス価格推移 (出典:IGU他よりJOGMEC作成)

スポット契約は、IGUレポートの中ではガス・オン・ガス競争(Gas-on-Gas Competition:GOG)と呼ばれる。GOGとは、需要と供給のバランスによって決定されるガス価格で、さまざまな異なる期間(日、月、年、その他の期間)をベースに取引される。これには、短期のハブ価格ベースで取引されるガスや、月次価格によって取引される長期契約が含まれる。

一方、油価リンク長期LNG売買契約と同様の価格システムは、石油価格エスカレーション(Oil Price Escalation:OPE)と呼ばれる。このOPEとは、通常、基準価格とエスカレーション条項を通じて、競合燃料(通常、原油、軽油、重油)と連動するガス価格決定システムである。

欧州におけるGOGのシェアは、2005年の15%から2022年には82%に増加し、OPEは78%から18%に低下した。2000年代は欧州でもOPEの割合が高かったが、当時のロシアパイプラインガスはGOGでの調達の方が安価であったこともあり、既存OPE契約の終了や欧州主導の価格設定条件の再交渉によってスポット価格連動の割合が徐々に高められていった。

第1の欧州ガスセキュリティーの軽視は、ロシアパイプラインガスに対する過剰な依存であったが、第2はこのスポット契約への行き過ぎた傾倒である。欧州ガス市場は確かに世界一の規模を誇るが、世界の原油市場と比べればその規模はわずか10分の1に過ぎず、OPEC+のような生産量調整システムも具備していない。供給ソースも限定的であり、2023年夏には最大の供給ソースとなったノルウェーパイプラインガス設備のトラブルに反応し、TTFは変動を繰り返した。

一方、アジア太平洋地域では、GOGは2005年の13%から2022年には22%まで上昇したが、OPEはほぼ横ばいで、現在でも6割をキープしている。これがアジア太平洋地域では今回のガス・LNG高騰の影響が緩和された主要因である。

図13.欧州とアジア太平洋地域の卸ガス価格指標の推移 上
(欧州)
図13.欧州とアジア太平洋地域の卸ガス価格指標の推移 下
(アジア大洋州)
図13. 欧州とアジア太平洋地域の卸ガス価格指標の推移 (出典:IGU他よりJOGMEC作成)

(5) スポットLNG市場は未成熟、価格上昇でさらに機能低下

IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)の Gas Market Report Q1-2024[2]では、今回のガス・LNG危機時の商品先物市場の流動性低下についてまとめられている。

市場の流動性を評価するために用いられる指標のひとつに、最終消費者に引き渡されるまでに1単位の先物が何回売買されたかをカウントするチャーンレートがある。通常、これが10を上回れば、市場が流動的であることを示している。

2022年のガス価格の急騰は商品先物取引の証拠金を押し上げた。その結果、資金力の乏しい市場参加者は市場から撤退せざるを得なくなり、2022年のチャーンレートは20%近く急減した。一方、2023年には、ガス価格とビラティリティーが一時より落ち着き証拠金が低下したため取引量が回復し、市場の流動性が改善され、EUとイギリスの取引量は、2023年には30%近く増加した。この地域のガス市場のチャーンレートは前年比45%増の推定17となった。

アジアでも、2022年、ICE(Intercontinental Exchange) JKMのデリバティブ取引は40%減少。2023年は価格低下により取引量は15%回復したが、チャーンレートは3.5と、依然低水準にとどまっている。JKMは平時においてもまだ流動性が低く、十分なヘッジができない状況にある。

なお、商品先物市場の参加者は、万一債務不履行に陥った場合の損失をカバーするために証拠金を清算機関に差し入れる必要がある。今回の危機のように、大幅にスポットLNG価格のレベルが上昇しボラティリティーが拡大すると現在の価格と将来の価格とのギャップが大きくなり、取引所や清算機関が規制を強化するため、市場参加者は取引所に預ける証拠金を増やさざるを得なくなる。これをマージンコールと呼ぶが、この負担が過大であったため、2022年は規模の小さなトレーダーなどが市場から撤退せざるを得ず、結果として市場の流動性が低下した。

図14.世界の主要ガス市場の推定取引量とチャーンレート
図14. 世界の主要ガス市場の推定取引量とチャーンレート (出典:IEA他よりJOGMEC作成)

(6) 価格低下で欧州産業用ガス需要増加

ガス価格高騰の結果、2023年のOECDヨーロッパのガス需要は488Bcmと7%(35bcm)減少し1995年以来の最低水準となった。全体の4割弱を占める産業用ガス使用量は、上半期は前年同期比6%減少したが、ガス価格の継続的な下落が需要の緩やかな回復を支え、2023年下半期には前年同期比10%超増加した。産業部門におけるガス使用量は価格の動向に大きく左右されるが、今後は回復を続けると予想されている。

図15.OECDヨーロッパのガス需要(四半期ベース)
図15. OECDヨーロッパのガス需要(四半期ベース) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)

(7) ガス高がもたらした石炭回帰(エネルギー由来CO2発生量増加)

BP統計の後継であるEnergy InstituteのStatistical Review of World Energy[3]によると、2022年の世界のエネルギー消費からのCO2発生量は、344億トンとなった。

このうち52%がアジア太平洋地域からの排出で、旺盛な経済発展と人口増加の影響により今後もその割合は増加する見込みである。

電力需要も大きく伸びたが、発電用燃料の熱量当たりの単価は高い順に、2020年以前の石油、LNG、石炭から、2021年以降は、LNG、石油、石炭となり、2022年はLNGと石炭との差がさらに拡大した。

東南・南アジアの発電に占める石炭の割合は7割と他地域より高いが、スポットLNG価格の高騰によって石炭火力への回帰が進み、コロナからの経済活動の回復とも重なり、2021年の世界全体のエネルギー由来CO2排出量は対前年で大きく増加することとなった。

図16.エネルギー由来CO2排出量
図16. エネルギー由来CO2排出量 (出典:Energy Institute、BP他よりJOGMEC作成)
図17.世界のスポットLNG・石炭石油価格
図17. 世界のスポットLNG・石炭石油価格 (出典:Energy Institute、BP他よりJOGMEC作成)
図18.世界のエネルギー由来CO2排出量(対前年)
図18. 世界のエネルギー由来CO2排出量(対前年) (出典:Energy Institute、BP他よりJOGMEC作成)

 

参考 米国・欧州のCO2排出量削減

2007-20年の間、米国では、従来9割以上が発電に使用される石炭消費をガスに転換することによって、13億tにのぼるCO2排出量削減が達成された。この20年間ではCO2排出量の3分の1が削減された。

この間ガスによる発電量は倍増し総発電量の40%を占めるに至ったのに対して、石炭による発電量は48%から19%まで低下した。これは、シェールガス採掘技術の進歩によるガス価格の低下とオバマ政権の火力発電所からの温室効果ガス排出に対する規制強化により、石炭火力発電のコスト競争力がなくなったためとされている。

この米国での脱炭素の実績は、今後CO2排出量の大幅な増加が予測される東南・南アジアにおける現実的な脱炭素のアプローチとなりうるが、その実現には安定的かつ低廉な価格でのLNG供給が必要不可欠である。

図19.米国エネルギー消費からのCO2排出量
図19. 米国エネルギー消費からのCO2排出量 (出典:Energy Institute、BP他よりJOGMEC作成)

一方、欧州では、2005年から排出量取引制度(EU Emissions Trading System:EU-ETS)が導入され、2000年代半ばからガスの石炭に対する価格優位性が大きく向上しガス火力発電量が増加した。2010年頃からガス火力発電の増加はみられなくなり、風力・太陽光の顕著な増加が石炭火力の退役を後押しした。米国と同様、この20年間で、CO2排出量の3分の1が削減された。

図20.欧州エネルギー消費からのCO2排出量
図20. 欧州エネルギー消費からのCO2排出量 (出典:Energy Institute、BP他よりJOGMEC作成)

(8) 2050年ネットゼロに向けたG7の進捗状況 「欧米は行き詰まり」

ここで、2050年ネットゼロに向けたG7の足元の進捗状況について確認したい。

2023年6月26日開催の中央環境審議会地球環境部会資料[4]には、2050年ネットゼロに向けたG7のCO2排出削減がまとめられている。日英では順調に進捗している一方、フランス・ドイツ・イタリア・米国・カナダ・EUは目標に対して乖離がみられる。

図21.2050年ネットゼロに向けたG7の進捗
図21. 2050年ネットゼロに向けたG7の進捗 (出典:環境省他よりJOGMEC作成)

3. 各社の今後の見通し

今回の危機の教訓を生かすガス・LNGの将来の姿は如何なるものであろうか?世界の公的研究機関や民間企業などが、脱炭素を推進していく上で必須となるLNG需給予測をおこなっている。

 

(1) IEA WEO2023重要表現

2023年10月に発行されたIEA WEO(World Energy Outlook)2023[5]には、今回のガス・LNG危機の経験を踏まえた多くの重要な情報が含まれている。きわめて長文であることもあり一読後は、今後ますます脱炭素が進む状況においてガス・LNGを含む化石エネルギーへの投資は不要との印象を受けるものの、じっくり確認すると、それらとは相反する、そうならなかった場合でもレポートを正当化することができる含蓄あるコメントがちりばめられている。以下にエッセンスをまとめる。

World Energy Outlook (IEA) 表紙


全般:先行きは不透明、NZE達成はより困難に

  • 従来型の石油・ガスプロジェクトがライセンス取得から最初の生産に至るまでには、平均で10年以上かかっている。世界の生産量を1.5℃のしきい値以上に押し上げてしまうリスクや、世界が地球温暖化を1.5℃未満に抑える軌道に乗った場合、新規プロジェクトが赤字になるリスクを伴う。地政学的緊張の高い世界では、天然ガスの見通しはさらなる不確実性に直面するだろう。(P.70)
  • 2023年、NZEシナリオにおける2050年までのネットゼロエミッション達成への道筋が2021年よりも険しくなり、2030年以降にさらに多くのことをおこなう必要がある。(P.74)
  • 本アウトルックにおける2050年のLNG需要は、WEO-2021のSTEPSで予測されたものよりも15%近く減少している。・・・2030年代後半から市場のファンダメンタルズが緩み価格が低下し、ガス供給安全保障の懸念が緩和されるという見通しをもたらし、こうした進展が価格に敏感な新興市場や発展途上国のガスに対する信頼感を強めれば、需要も上向く可能性がある。(P.78)
図22.世界のガス需要予測
図22. 世界のガス需要予測 (出典:IEA他よりJOGMEC作成)
図23.世界のLNG貿易量予測
図23. 世界のLNG貿易量予測 (出典:IEA他よりJOGMEC作成)

石油・ガスが投資不足に陥っている懸念はない

  • 化石燃料への投資の継続は、すべてのシナリオにおいて不可欠である。これは、STEPSにおける2030年までの需要の増加を満たし、NZEシナリオにおける需要の急速な減少をもはるかに上回るような供給の急激な減少を回避するために必要である。・・・近年、石油・ガス投資は増加している・・・2023年に予想される石油・ガスへの投資水準は、2030年のSTEPSで必要とされる水準とほぼ同等であり、一部の大口資源保有者や特定の石油・ガス会社が表明している、世界が石油・ガス供給への投資不足に陥っているという懸念は、もはや最新の技術や市場動向に基づくものではない。・・・石油とガスへの支出を削減するだけでは、世界はNZEシナリオの軌道に乗せることはできない。重要なのは、持続可能な方法でエネルギーサービスへの需要増に対応するため、クリーンエネルギーシステムのあらゆる側面への投資を拡大することである。(P.50)
  • 石油・ガス生産への支出は、危機以前の水準を下回っている数少ない投資指標の1つであることは注目に値する(例えば石炭供給への投資は、2019年の水準を上回っている)。我々のシナリオでいえば、現在の石油・ガス支出は、2030年のSTEPSで要求される水準とほぼ一致しているが、NZEシナリオでは大幅に減少する需要を満たすのに必要な水準を大きく上回っている。(P.88)
  • 2023年に予想される石油・天然ガス投資額は8,000億ドルであり、2030年のSTEPSで必要とされる水準とほぼ一致していることから、現在の石油・ガス業界は、短期的な需要の大幅な減少はまだあり得ないと考えていることがわかる。(P.133)
  • 大規模な資源保有者や特定の石油・ガス会社を含む一部の人々は、世界は石油・ガスへの投資から早々に目を背けていると主張し、彼らが考えるように、今日の過小投資の見返りは、この先燃料価格の急騰とボラティリティーの時代になるだろうと述べている。(P.201)
図24.世界のクリーンエネルギー・化石エネルギー投資(P.84)
図24.世界のクリーンエネルギー・化石エネルギー投資(P.84) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)
図25.地域・シナリオ別ガス需要(P.137)
図25.地域・シナリオ別ガス需要(P.137) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)

クリーンエネ加速とエネルギー補助金廃止、途上国には過大

  • 化石燃料への補助金が廃止されていない国では、クリーンエネルギー技術のライフサイクルコストは依然として高い。クリーンエネルギー技術の高い初期費用を管理する方法を見つけることは、特に低所得世帯において、その普及を加速させる上で重要な役割を果たすだろう。可処分所得が限られており資金調達へのアクセスも限られているため、人口の大部分にとって高コストのクリーンエネルギーの選択は手の届かないものとなりかねない。例えば、ヒートポンプの設置には、低所得者にとっては所得の8ヶ月分もの費用がかかる。最近の金利引き上げは消費者の借入コストを上昇させており、金利引き上げが続けば家庭用エネルギー効率化対策の鈍化につながると予想される。(P.53)
  • 現在、化石燃料補助金の大部分が存在する新興市場や発展途上国では、これらの補助金を段階的に廃止すれば、現在の家庭のエネルギー料金を合計で70%引き上げることになる。 ・・・補助金の廃止とカーボンプライシングの段階的導入は、消費者がエネルギー単位当たりにより多くの料金を支払うことを意味する。さらに、家庭はクリーンエネルギー技術の初期費用を負担する必要がある。(P.54)
  • 重要な問題は、石油・ガスの生産と消費に対する課税による収入が減少するシナリオにおいて、政府がどのようにこの投資を賄うかということである。NZEシナリオでは、CO2課税による公的収入が石油・ガス収入の減少をある程度相殺し、化石燃料補助金の削減が政府をある程度直接救済し、電力使用に対する課税がエネルギー消費からの収入を補強する。しかし、世界各国の政府は、それぞれの優先順位や国情に基づき、資金調達について独自の決定を下すだろう。(P.57)
  • 世界人口の64%は、中国を除く新興市場および発展途上国に住んでいる。これらの国々の1人当たり平均所得は先進国平均の5分の1・・・(P.63)
  • どの国も燃料価格の変動の影響を受けるが、所得の低い国ほど財政の余地が限られ消費者の値ごろ感も低いため、より深刻な影響を受ける。過去10年間、新興市場国や発展途上国は、石油、天然ガス、石炭の補助金に累計3.7兆ドル(中国を除くと3.2兆ドル)を費やしてきた。年間補助金はエネルギー価格の変動に伴って大きく変動しており、2022年の補助金は2016年の4倍近くになっており、燃料価格の予測不可能な性質が財政計画を困難にしている。(P.66)
  • STEPSの予測では、アジアを中心とする多くの新興市場国や発展途上国において、石油・ガスの輸入量が量的にもコスト的にも大幅に増加する・・・(P.70)
  • 先進国のクリーンエネルギー投資は、NZEシナリオでは2030年までに2倍以上に増加し、中国の投資は現在の水準からほぼ倍増する。その他の新興市場経済や発展途上経済における増加幅ははるかに大きく、NZEシナリオでは2030年のクリーンエネルギー投資は現在の5倍にまで増加する。問題の国々がクリーンエネルギー投資を拡大する上で必要とされる増加の規模はこれまで困難であった。(P.197)
  • エネルギー効率化対策については、NZEシナリオでは、中国では2030年までに6倍、その他の新興市場や発展途上国では23倍の支出増が必要である。・・・エネルギー最終用途の電化に関しては、先進国がNZEシナリオの投資レベル(3,700億ドル)を満たすには、支出を7倍に増やす必要がある。中国以外の新興市場および発展途上国では、現在の50倍以上となる1,100億ドルの投資が必要となる。(P.199)
  • 東南アジアは、2050年までのSTEPSで石炭による発電量が増加する。・・・(P.251)
図26.途上国の家庭用エネルギーコスト(P.55)
図26. 途上国の家庭用エネルギーコスト(P.55) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)
図27.アジア(中国除く)の化石エネルギー生産・輸入額(シナリオ別)(P.72)
図27. アジア(中国除く)の化石エネルギー生産・輸入額(シナリオ別)(P.72) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)
図28.エネルギー投資(セクター・シナリオ別)(P.198)
図28.エネルギー投資(セクター・シナリオ別)(P.198) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)
図29.2030年のエネルギー効率・最終消費脱炭素に対する支出(NZEシナリオ、セクター別)(P.199)
図29. 2030年のエネルギー効率・最終消費脱炭素に対する支出(NZEシナリオ、セクター別)(P.199)
(出典:IEA他よりJOGMEC作成)

今後のリスク:クリーンエネサプライ集中と移行のミスマッチ

  • クリーンエネルギーへの移行が加速するにつれ、焦点は従来の燃料の供給から重要鉱物の供給へと移っていくだろう。しかし、特定の重要鉱物の採掘と加工は地理的に大きく集中しているため、供給安全保障上のリスクが生じる。(P.62)
  • 石油輸出国機構(OPEC)の世界供給におけるシェアは、NZEシナリオでは、需要が減少するにつれて上昇する。・・・移行は、炭化水素収入への高い依存から脱却するための多様化に失敗した脆弱な生産国にとって、不安定化する可能性がある。一方、クリーンエネルギーのサプライチェーンには、新たな地政学的リスクと依存関係が生じる(Bordoff and O‘Sullivan, 2023)。そして、伝統的な安全保障リスクも新たな安全保障リスクも、対立と協力の低さを特徴とする、より分断された国際システムの中で悪化する。(P.68)
  • 第1は、中国以外の新興市場や発展途上国へのクリーンエネルギー投資の割合が不釣り合いに低い・・・必要なものとはかけ離れている。(P.88)
  • 第2に、技術やインフラのさまざまな分野で進捗にばらつきがある。ネットゼロエミッションの達成には、全体的な進歩が必要であることは明らかである・・・進歩の遅い要素が・・・成長を妨げている。(P.89)
  • 新たなエネルギー安全保障の脆弱性・・・今日のクリーンエネルギーのサプライチェーンは、非常に偏在している。中国は圧倒的な存在感を示している。・・・システム全体が脆弱。・・・(P.90)
  • クリーンエネルギーへの移行がもたらす恩恵・・・(から)社会的弱者が取り残された場合に生じるリスク。・・・(P.90)
  • 断片的なアプローチは、ネットゼロ移行中のエネルギー安全保障リスクと地政学的緊張を高める可能性がある。需要と供給の削減ペースのミスマッチは、価格の高騰や下落を引き起こし、乱高下する不安定な市場につながる可能性がある。非協調的な政策は、新規の石油・ガス生産能力への過剰投資や、既存インフラの早期廃止につながる可能性があり、これらはいずれも、安全なエネルギー転換をもたらす努力を損なう恐れがある。(P.169)
図30.特定コモデティーの市場規模と地域的集中度(P.70)
図30. 特定コモデティーの市場規模と地域的集中度(P.70) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)

欧州スポットLNG大量調達は他国に悪影響

  • 特に供給をスポット市場に依存している国々にとっては、市場は予期せぬ供給停止や途絶に対して脆弱なままである。石油と同様、天然ガスの取引パターンも世界的なガス危機の結果、劇的に変化した。世界のガス市場が再構築されたことの顕著な指標は、LNGが今や欧州の基本的な供給源となっていることであり、欧州連合(EU)の総需要に占めるLNGの割合は、2010年代の平均12%から2022年には35%近くまで上昇している。(P.86)
  • EUの短期的な天然ガス追加供給は、これ以上の契約が結ばれない場合、主にLNGのフレキシブルな数量に支えられ、スポット市場や短期契約に高いレベルで依存し続けることになる。・・・この戦略は他の輸入国にも影響を及ぼし、供給の安定性を損ない、代替オプションとして石炭の利用が増加する危険性がある。(P.219)

 

(2) IEAネットゼロロードマップ提言「2023年以降、新規ガス開発停止」

2023年9月、IEAはネットゼロロードマップ(バックキャスト、2023年更新版)[6]を発表した。ここでは、IEA WEO 2023のネットゼロ推進策が達成される場合のエッセンスが抽出された形となっている。以下に主な内容をまとめる。

Net Zero Roadmap (IEA) 表紙

  • 2022年の世界のCO2排出量は369億トンと過去最高になった。新型コロナのパンデミック前の水準よりも1%増えたが、クリーンエネルギー技術の普及加速により、化石燃料の需要はこの10年間のうちにピークを迎える
  • パンデミック後の経済活動の回復、エネルギー効率化政策の実施の遅れを背景に、2030年時点のCO2排出量やエネルギー最終消費量が増えたことにより2050年までのネットゼロ達成への道筋は、当初のロードマップよりも険しい
  • 天然ガス需要は、2022年の4,160bcmから2030年には3,400bcm、2050年には920bcmに減少するため、2023年以降、従来型のリードタイムの長い石油・ガスプロジェクトの新規開発は承認されないとする一方、化石燃料投資の減少が、クリーンエネルギーの拡大やエネルギー需要全体の削減行動に先行した場合、価格高騰が長期化し、ネットゼロエミッションに秩序正しく移行する可能性を低下させる。
  • クリーンエネルギー技術の堅調な伸びを評価する一方、2050年のネットゼロ達成のためには、
    • 再エネ設備容量を2030年には3倍の11,008GWへ拡大する、
    • CO2削減対策をおこなわない石炭発電所の新規承認を即時停止する、
    • 油田やガス田の新規開発を停止する、
    • クリーンエネルギー技術に対する投資を、2030年までに現在の2.6倍の年間4兆5,000億ドルまで増加させる、

ことが必要と述べた。

図31. 世界のエネルギー分野からのCO2排出量(パリ協定前ベースシナリオとSTEPS)(P.25)
図31.世界のエネルギー分野からのCO2排出量(パリ協定前ベースシナリオとSTEPS)(P.25) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)
図32.NZEシナリオの石油・ガス・石炭供給(P.75)
図32. NZEシナリオの石油・ガス・石炭供給(P.75) (出典:IEA他よりJOGMEC作成)
図33.NZEシナリオの世界の再生可能エネルギー発電容量、エネルギー効率改善、エネルギーセクターからのメタン放散(P.108)
図33. NZEシナリオの世界の再生可能エネルギー発電容量、エネルギー効率改善、エネルギーセクターからのメタン放散(P.108)
(出典:IEA他よりJOGMEC作成)

(3) Shell LNG Outlook 2024 「LNG需要は2040年代まで伸びる」

2024年2月、ShellはLNG Outlook 2024[7]を発表した。その中では、IEAのレポートとは印象を大きく異にする内容が述べられている。

 

  • 中国で石炭からガスへの転換が加速し、南アジアや東南アジア諸国で経済成長を支えるためにLNGの使用が増えるため、世界のLNG需要は2040年までに50%以上増加する見込み。
  • ガス需要はすでにピークに達している地域もあるが、世界的には増加の一途をたどっており、LNG需要は2040年には625-685MT/yに達する見込み。
  • 中国は、産業界が石炭からガスへの転換によって二酸化炭素排出量の削減を目指しているため、この10年間のLNG需要の伸びを支配する可能性が高い。
  • バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、タイなど、国内ガス生産量が減少し、ガス火力発電所や産業用のLNG需要が急増する可能性もある。
  • そのため、世界のLNG需要は2040年代までピークに達しない

 

3月、Shellは、2021年に発表したエネルギートランジション目標を更新し、エネルギー製品の炭素強度を2030年までに2016年比で15-20%削減する目標(以前の20%削減から後退)と、2035年に炭素排出量を45%削減する目標の廃止を発表した。2030年までにLNG事業を20-30%拡大することを視野に入れ、これらの炭素強度の削減に注力するとも述べた。

2050年までにネットゼロを達成するという全体目標は維持しつつも、全体としては目標を現実的なものに更新した印象が大きい。

図34.ピークガス需要(年代別)
図34.ピークガス需要(年代別) (出典:Shell他よりJOGMEC作成)
図35.世界のLNG需給予測レンジ
図35. 世界のLNG需給予測レンジ (出典:Shell他よりJOGMEC作成)

(4) 各社中長期LNG需要予測の比較

Shell、TotalEnergies、BPなど各社の中長期需要見通しはさまざまである。

例年、IEAの現状政策シナリオ(Stated Policies Scenario:STEPS)は最も低い値を示す。IEAによるとSTEPSとは、「さまざまなセクター、国、地域における現在の政策状況や市場環境に基づいて、エネルギー経済の現在の方向性を示すものである。」と定義されている。モデル計算の前提となる諸係数の詳細は明らかにされていないが、かなり意欲的な設定となっている印象がある。一方、民間各社予測は全般的にそれより高い。過去の経験からは、実際は、最低のIEAとそれより大きい各社予測の間に位置する。

安定したエネルギー供給に基づいた健全な経済発展からの原資をもってのみ莫大なコストがかかる脱炭素の推進は可能であり、しかも、ガス・LNGの開発にはそもそも10年単位の準備が必要である中、ガス・LNGの上流投資がもはや不要なのか、それともまだ足りないのかの予測は重要な問題である。

いずれにしても、今後の上流投資は不要とする一方の予測のみを信じて突き進んでしまっては、万一、ガス・LNG需要が予測通り低下しなかった時にはもはや手遅れとなってしまう。予測が外れたでは済まされる問題ではない。需要が増加する場合、減少する場合、双方に対する備えが必要であろう。

図36.各社LNG需要予測
図36. 各社LNG需要予測 (出典:Shell、Total Energies、BP他よりJOGMEC作成)

(5) 米国議会からのIEAに対する公開質問状

3月20日、米国上院エネルギー・天然資源委員会と下院エネルギー・商業委員会がIEAに対する強烈な批判と質問を綴ったオープンレターを発出した。

米国側反発のきっかけは、Biden政権がDOEのLNG輸出承認審査を一時停止する政策の根拠をIEA WEOによる非常に弱気な世界のガス需要においた点にあった。

なお、IEAは、そもそも第1次オイルショック後の1974年にOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)の下部組織としてエネルギー供給セキュリティー向上のための組織として発足した。現在日本を始め31カ国が加盟し、その活動資金の4分の1は米国が拠出している。以下にそのレターの骨子を抜粋する。

 

私達は、IEAがその中核的使命であるエネルギー安全保障の推進から逸脱していることを憂慮している・・・IEAは近年、エネルギー供給、特に石油、天然ガス、石炭への十分な投資を抑制し、エネルギー安全保障を損なっている・・・IEAのエネルギーモデリングは、もはや政策立案者にエネルギーと気候に関する提案のバランスの取れた評価を提供していない。その代わりに、IEAは「エネルギー転換」の応援団になっている。・・・IEAは客観的な方法でエネルギー安全保障の使命を果たさなければならないはずだが、私達はIEAがこうした責任を果たしていないと考えている。・・・IEAは「エネルギー転換」に過度に焦点を当てるあまり、経済成長やエネルギー安全保障への影響をほとんど考慮していない・・・フランスのマクロン大統領が最近、IEAは「パリ協定を実施するための武装勢力」になっていると指摘したのは事実である。・・・例えば、IEAが2021年5月に発表した「ネットゼロロードマップ」は、政策立案者にとって最も重要なこと、すなわちエネルギーの流れ、貿易パターン、安全保障への影響、経済効果に関する客観的な分析に乏しい。WEOも同様・・・先月、IEAの元副長官であり、現在は米エネルギー省の副長官であるデビッド・ターク氏は、Biden大統領が米国のLNG輸出の許可プロセスを「一時停止」するという決定を、(米国)EIAの予測ではなく、IEAの予測に基づいて正当化した。・・・(これは)今後数十年にわたって天然ガス需要が堅調に伸びる発展途上国への米国産LNG供給に壊滅的な結果をもたらす可能性がある。・・・EIAと同様、日本エネルギー経済研究所(Institute of Energy Economics, Japan, IEEJ)、BP、エクソンモービル、OPECを含む、信頼できるエネルギーモデリング機関は、世界の天然ガス需要が2050年まで伸び続け、2020年から2050年にかけて20%から47%の伸びを示すことをリファレンスケースで示している。これらの結果は、IEAのSTEPSがわずか4%の成長、APSが40%という驚異的な減少を示し、2030年頃に需要がピークに達することを示している。・・・一般的な慣行である中立的な現行政策シナリオ(Current policies Scenario:CPS)、つまりリファレンスケースの発行を中止するというIEAの決定にも疑問を投げかけるものである。

  1. IEAは2020年に中立的なリファレンスケースCPSの公表を中止した。なぜか?
  2. 2020年のWEOでは、STEPSを「ベースラインまたはリファレンスケースとして」用いることに明確に警告を発している。一方、2024年には、IEAはこの立場を撤回し「我々にとってSTEPSはベースラインである」とした。その理由を説明せよ。
  3. IEAのAPSでは、「すべての政府が、発表したすべての気候関連公約を完全かつ期限内に達成すると仮定している」としている。その上で、「ほとんどの政府は、公約や誓約を完全に達成するための政策を発表したり、実施したりするにはまだ程遠い・・・このシナリオが達成されるためには、非常に大きな進展が必要である。」とも述べている。各国政府が公約を完全に達成すると考えるのは妥当か?
  4. 国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF)は、「2050年ネットゼロへの道を歩むには、低炭素化投資を2020年の9,000億ドルから2030年までに毎年5兆ドルに増やす必要がある。このうち、途上国には毎年2兆ドルが必要で、2020年比で5倍に増加する」と述べている。・・・事実上すべての途上国で排出量増加が起きているが、APSを達成すると仮定することは現実的か? APSを達成するために先進国は途上国にどれだけの資金援助をおこなうと想定しているのか?
  5. EIA、IEEJ、BP、エクソンモービル、石油輸出国機構による天然ガス需要予測は、いずれも今後数十年にわたり大幅な増加を示している。・・・IEAのSTEPSによる天然ガス需要予測が、他の機関の予測よりも非常に低い理由は何か?
  6. 2050年の米国外天然ガス需要の最も高い予測(EIAの国際エネルギー見通し2023年高経済成長ケース)と最も低い予測(IEAのAPS)の予測は、現在の世界の天然ガス需要を上回る非常に大きな量である。・・・予測に幅がある中で、政策に合うからという理由で異常値シナリオを選ぶのは正しいか?
  7. IEAのWEOのシナリオは、すべて同じGDP水準を想定している。このように極端に異なる状況下で、世界のGDPが同じになると期待するのは妥当か。または、シナリオが異なってもGDPが同じになる理由を説明せよ。
  8. IEA WEO 2023等では、シナリオによって工業生産の水準が大きく異なっている。しかしGDPはどのシナリオでも同じである。これは信頼できるアプローチか?
  9. IEAのSTEPS、APS、NZEは、予測シナリオとしてモデル化されているのか、バックキャストシナリオとしてモデル化されているのか?
  10. IEAは、暗黙的または明示的に、石油・天然ガス生産への新規投資の即時停止を勧告しているのか?
  11. IEAのすべての予測シナリオでは、世界の石油需要は2030年までにピークに達するとされている。IEAは、原油資源へのアクセスを制限し始めることを推奨しているのか?多くのモデリング会社が、2050年まで石油需要が増加するレファレンスケースを作成しているが、原油資源へのアクセスを制限することは、供給不足と価格高騰を招く可能性があることに同意するか?
  12. 米国産LNGの将来市場を評価する際、モデラーや官僚と、実際に数十億ドルのリスクを負うプロジェクト開発者のどちらがより適切な立場にいるか?
  13. 過去10年間、IEAは米国政府からいくらの資金援助を受けてきたか?
  14. 過去10年間、IEAの資金総額の中で米国からの支援が占める割合は?
  15. 緊急事態への備え、データー収集、予測、旅費、その他の諸経費などの機能分野別に、IEAの全支出とその米国負担分の内訳を項目別に示せ。
  16. EIAとは異なり、IEAが、データー、方法論、仮定を公開し、自由に利用できない理由を説明せよ。

米国議会からのIEA批判オープンレター(1ページ)

さらに、4月3日、下院エネルギー・商業委員会のRodgers委員長(共和党、ワシントン州)とエネルギー・気候・電力網安全小委員会のDuncan委員長(共和党、サウスカロライナ州)は、DOE・Granholm長官とIEA・Birol事務局長宛てに、IEAがエネルギー安全保障の使命から焦点を失い、代わりに気候政策の擁護に注意と資源を移し、本来の中核的使命を失っていることを懸念する先と同様のレターを送った。

4月5日、上記3月20日付米国議会からのレターを受領したIEAビロル事務局長から返信が発出された。要点は以下の通り。

  • IEA創設時の使命「世界のエネルギー安全保障を確保するという基本的かつ中心的な使命」は今般より強く認識している。
  • IEAは、さまざまな仮定に基づいて、さまざまなシナリオを作成している。しばしば誤解されるが、IEAのシナリオは「予測」ではないことを強調しておきたい
  • 世界のLNG需要は2023年から2040年の間にほぼ5分の1増加すると予測している。
  • 技術的なブリーフィングを企画し、IEAのこうした取り組みやその他の側面について、より詳しくお話ししたい。

一方、IEAは環境派に変質したわけではなく、米国を含むパリ協定署名国であるIEA加盟国政府が合意した作業計画を実行しただけ、とする見方もある。IEAの数値がたとえ予測だとしてもシナリオだとしても、経済モデルの前提となる諸係数の設定の詳細については明らかにはされていない。政治的な駆け引きを帯びた双方の主張はしばらく続くとみられる。

 

参考 現行政策シナリオ(CPS)とは?(WEO 2018、p.597)

現行政策シナリオ(Current Policy Scenario:CPS)は、現時点で法律に明記されている政策や施策のみの影響を考慮している。また、既存の政策がさまざまな結果を目標としている場合には、その範囲の下限が達成されると仮定している。このようにして、CPSは、政府による追加的な推進力がない場合に、既存の政策がエネルギー部門をどこに導く可能性があるかについての慎重な評価を提供している。CPSは、「新政策」の影響を測定するためのベンチマークを提供する。

 

参考 STEPS、APS、NZEとは?(WEO 2023、p.25)

表明政策シナリオ(Stated Policy Scenario:STEPS)の予測は、さまざまなセクター、国、地域における実際の状況に基づき、エネルギー経済の現在の方向性を示すものである。

発表済み誓約シナリオ(Announced Policy Scenario:APS)は、すべての国が、国や地域のネットゼロエミッション誓約を含む熱望的目標を予定通り、かつ完全に達成した場合、その未来がどのように異なるかを示している。

更新された2050年までのネットゼロエミッション(Net Zero Emission scenario:NZE)シナリオは、地球温暖化を摂氏1.5度(℃)に抑えるために、さらに何が必要かを示している。

 

(6) IEA-ERIA/IEEJ 東南アジアの脱炭素経路検討

ASEANは今後も著しい経済発展を遂げる。この地域でのエネルギー転換は、経済発展とカーボンニュートラルの両立のためCO2排出量削減を目指しつつ、最小コストで実施していくことが重要である。

IEEJの全面的な協力の下、IEAは、2023年4月のG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合への貢献としてDecarbonisation Pathways for Southeast Asia[8]を発表した。ここで、IEAとERIA(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia:東アジア・アセアン経済研究センター)/IEEJそれぞれがASEANのカーボンニュートラルに向けたバックキャスト型シナリオを作成する中で、いくつかの違いが明らかとなった。

2023年10月に発表されたIEEJ Outlook 2024[9]では両者の差異が以下の通りわかりやすく説明されている。

左: Decarbonisation Pathways for Southeast Asia (IEA) 表紙/右: IEEJ Outlook 2024 (IEE) 表紙

  • 2050年時点でのERIA/IEEJのASEANエネルギー需要想定は、IEAの1.7倍。この違いは、
    • 要因(1) 2050年までのGDP成長率の想定:IEAは過去の世界のマクロ経済統計の傾向から成長率を推計しているが、ERIA/IEEJは各国自身の公表する成長見通しを重視。その結果、2050年のGDPには1.3倍の差が生じた。
    • 要因(2) 省エネ想定:経済成長に応じたGDP当たりの最終エネルギー消費の変化は、ERIA/IEEJが過去のトレンドで推移するとしたのに対し、IEAはこれまでのおよそ2倍のペースで低下すると想定した。
  • 需要規模に応じて将来の望ましいエネルギーミックスが変わる。IEAとERIA/IEEJのシナリオは、再エネ導入量は近いが、再エネ割合、ガス需要に大きな差異が生じた。
    • IEAは需要水準が低位であるため、天然ガスの供給を抑えつつ、再エネ増+電化で多くを賄う将来像を描く。再エネは電源全体の80%程度を占める。
    • ERIA/IEEJは高い需要水準に対応するため、IEAと同等の再エネ導入だけでなく(1)当面は化石燃料の利用拡大(特に天然ガス)、(2)長期的には水素、CCSによる脱炭素化、DACCS・BECCS(Bio-energy with Carbon Capture and Storage)によるCO2除去を見込む。電源の再エネ割合は60%程度。
図37.ASEAN1次エネルギー需要予測(IEA、ERIA/IEEJの比較)
図37. ASEAN1次エネルギー需要予測(IEA、ERIA/IEEJの比較) (出典:IEEJ他よりJOGMEC作成)
図38.ASEAN経済成長率の実績と見通し(IEA、ERIA/IEEJの比較)
図38.ASEAN経済成長率の実績と見通し(IEA、ERIA/IEEJの比較) (出典:IEEJ他よりJOGMEC作成)
図39.ASEANの1人当たりのGDPと最終エネルギー消費のGDP原単位(IEA、ERIA/IEEJの比較)
図39.ASEANの1人当たりのGDPと最終エネルギー消費のGDP原単位(IEA、ERIA/IEEJの比較) (出典:IEEJ他よりJOGMEC作成)

(7) IEEJ Outlook 2024 ASEANの最低コストCN達成のエネルギーミックス検討 「ガス利用による脱炭素がベスト」

IEEJは、Outlook 2024の中で先のERIA/IEEJの需要増加を前提としつつ、ASEAN各国のカーボンニュートラル目標を極力低廉なコストで達成しうるエネルギーミックスを求めた。その結果、期間内(2021-2060年)累積の費用では、最適ケースで10.7兆ドル、RE80ケースでさらに2.5兆ドル、ガス上限ケースでは1.3兆ドルの追加が必要となり、ガスを利用したトランジションが最も低コストであるとの結論を得ている。

  • 最適ケース:2060年カーボンニュートラル達成のためのCO2削減コストはGDPの3.3%に相当する5,700億ドル/年となる。最適ミックスが実現しない場合、さらに削減コストが上昇。
  • RE80(再エネ高位)ケース:再エネ導入量を80%に高めた場合、2060年時点のコストはGDPの4.4%に上昇。特に2050-2060年の上昇が大きい。
  • ガス上限ケース:ガス利用量に上限を設けた場合、2030~2040年の転換期におけるコスト増分が特に大きい。つまり、転換期におけるガス供給の拡大がコスト低減に大きく寄与することがわかる。
図40.ASEANのCO2削減コスト(GDP比)
図40. ASEANのCO2削減コスト(GDP比) (出典:IEEJ他よりJOGMEC作成)

4. ガス・LNG危機からの教訓(まとめ)

ここまでのガス・LNG危機の一連の事象と要因の分析にIEAを始めとした各社のレポートを参考とした世界の脱炭素への影響も考慮した教訓を以下にまとめる。

  1. 2021-22年、欧州は、過度に依存していたロシアからのパイプラインガス輸入が大幅に減少。

⇒ 供給ソースの多様化は、エネルギー安定供給の普遍的な考え方であり、お互いの依存度が高いほど安定供給が保たれるとする相互確証抑制などの独善的な理論の適用は大きな失敗を招く。

  1. 欧州ガス価格は急騰。経済に大きなダメージを与えた。

⇒ 需要の減少よりも速いペースで供給を減少させた場合、ガス価格は未曾有のレベルまで高騰し各国の経済に長期間大きなダメージを残す。脱炭素には多額の投資が必要で危機前であっても特に途上国用の資金は確保されていなかったが、その原資確保のためにも、ガス価格の安定とそれによってもたらされる健全な経済成長が必須である。

  1. ガス不足となった欧州が世界中のスポットLNGを大量調達した結果、価格が急騰。一方欧州買主の長期契約締結は停滞。

⇒ 世界の経済は今や強く連携している。一地域がエネルギー安定供給を確保するだけでなく、他地域への悪影響を避けねば地球全体での脱炭素に向けた資源のパレート最適は達成されない。将来にわたるガス・LNG価格の安定のためには、欧州の長期契約LNGの締結が重要。

  1. マージンコールが多発し、スポットLNGデリバティブ取引が減少。

⇒ スポットLNG市場は未成熟で、その流動性はまだ低い。いまだ規模拡大や育成が必要な段階にあり、価格決定システムの太宗を依存させるのは危険である。

  1. スポットLNG価格が上昇した結果、世界最大のエネルギーデマンドセンター/CO2排出地域であるアジア太平洋地域で石炭回帰が発生しCO2排出量が増加。

⇒ 脱炭素を進めるにはガス・LNG価格をリーズナブルなレベルで安定させることが必須。そのためには、十分な上流投資を確保するとともに、特に過小な上流投資によってガス・LNG価格を高騰させるような人為的な失敗を起こしてはならない。

  1. 多くの欧米先進国の脱炭素は行き詰まりをみせている。途上国でのクリーンエネルギー投資は、財政上実現可能なレベルを超えている可能性がある。

⇒ 急速な水素への転換をフラッグシップとした欧州脱炭素政策のメッキが剥がれ落ちようとしている。多額の費用が必要な脱炭素をコストミニマムの最適経路で進めるには各地域の実情と特性に適合した脱炭素の手段や達成経路の再検討が必要。

  1. 今後の上流投資の要不要については賛否両論がある。需要予測における前提条件の差異が原因だが、特に今後伸びの大きな東南・南アジア経済成長率等の前提条件の設定が焦点となる。

⇒ 経済成長率等の前提条件の検討を全世界の公的機関、民間企業の総力を結集して深めるとともに、予測に対して実際のガス・LNG需要の増加/減少どちらの場合にも備えるセーフティーネットを整備する必要がある。

  1. 化石エネルギーの消費割合の減少に伴い、そのアキレス腱である供給リスクは減少していく。一方、拡大するクリーンエネルギーサプライチェーンの過度集中はこれよりリスク大。

⇒ エネルギートランジションが進む中で、これまで以上にセキュリティー確保の重要性は高まっていく。一地域の産業振興策にとどまることなく、世界が知恵を集めて総合的な対策を取る必要がある。

 

5. セキュリティー向上への日本のリーダーシップ

一時期のパニック買いからは落ち着きを取り戻したものの、ガス・LNG市場の需給逼迫はなお継続している。今冬、来冬の危機はほぼ免れたものの、それ以降厳冬となった場合、いまだ欧州では地下ガス貯蔵在庫が払底しガス供給不良が発生する可能性がある。

最も現実的な政策は、欧州地下ガス貯蔵在庫の積み増しであり、特に欧州に隣接する巨大なウクライナ地下ガス貯蔵容量の活用がキーとなる。

 

(1) 欧州地下ガス貯蔵在庫不足懸念

10年に一度の寒冷な年(年平均気温1.2℃低下、2023年(過去最高)からは1.7℃低下)が訪れた場合、欧州ガス消費量は現在よりも32Bcm/y(23MT/y)増加する。

これに対応して、欧州のLNG輸入量は現在より11MT/y増加するが、LNG受入能力は134MT/yに制限されるため、残る12MT/yがLNG輸入では賄いきれない。この不足分は地下ガス貯蔵からの引き出しによって賄われるため、在庫は17%減少する。

現状3月末の地下ガス貯蔵在庫下限目標は39%であるが、このレベルからスタートした場合、地下ガス貯蔵在庫は翌年3月末にはオペレーション上の支障が顕著になり始める危険レベル20%を下回り、4月には10%強まで低下する恐れがある。これを防止するためには、現在の3月末の欧州地下ガス貯蔵在庫下限を50%まで引き上げておく必要がある。

なお、春から夏までは温暖または平年並みで、ガス消費量が増加する秋以降寒冷となった場合の影響はさらに大きくなる。

図41.欧州地下ガス貯蔵在庫予測(厳冬ベース)
図41. 欧州地下ガス貯蔵在庫予測(厳冬ベース) (出典:各種資料他よりJOGMEC作成)

危機意識の高まりから、2023年欧州地下ガス貯蔵の注入は目標を上回るペースで進捗し、11月6日、99.6%のピークに達した。欧州地下ガス貯蔵在庫が早期に充填された結果、スペースに余裕のあったウクライナの地下ガス貯蔵設備への注入が一層進み、同時期、ウクライナの在庫は39.5%を記録した。2023年に欧州企業によってウクライナの地下ガス貯蔵設備に注入されたガス量は2.5Bcmにのぼった。

2024年の欧州地下ガス貯蔵在庫は4月以降も高レベルを維持するとみられている。そのため、昨年同様、欧州企業によるウクライナへのガス貯蔵量が増加し、その量は昨年から倍増すると予想されている。

ウクライナは、31Bcm(LNG相当23MT)の地下ガス貯蔵設備容量を保有し、備蓄日数(貯蔵容量とガス消費量から算出)は586日と世界の中でもずば抜けて高い。

ロシア-ウクライナ間の紛争による影響の懸念は残るものの、地下ガス貯蔵設備はウクライナ西部に分布し、東部の前線からは遠く離れている。この有効活用は欧州ガスのみならず、相関の高い世界のスポットLNG供給と価格の安定に大きく寄与するものと考えられる。

図42.欧州地下ガス貯蔵容量 
図42. 欧州地下ガス貯蔵容量 (出典:CEDIGAZ他よりJOGMEC作成)
図43.世界各国のガス・LNG備蓄容量比較 
図43. 世界各国のガス・LNG備蓄容量比較 (出典:CEDIGAZ、GIIGNL、Energy Institute他よりJOGMEC作成)

 

参考 世界の地下ガス貯蔵設備

2022年、世界の地下ガス貯蔵(Underground Gas Storage:UGS)施設は678ヵ所で稼働し、そのワーキングガス容量は429bcmであった。上位5カ国(米国、ロシア、ウクライナ、カナダ、ドイツ)が世界全体の容量の68%を占める。世界の貯蔵ワーキングガス容量のガス消費量に対する比率は10.6%となり、備蓄量は39日間分と計算される。新たに建設された容量のうち、半分を中国が占めた。中国は2018年に新たな貯蔵政策を定め、2025年にガス需要の13%相当、総計55-60bcmに及ぶガス貯蔵容量を確保する予定である。なお、2023年末の容量は39Bcmであった。

図44.世界のガス・LNG備蓄容量比較
図44. 世界のガス・LNG備蓄容量比較 (出典:CEDIGAZ、GIIGNL、Energy Institute他よりJOGMEC作成)

(2) 世界のガス・LNG数量柔軟性の低下

今回のガス・LNG危機以前、欧州向けロシアパイプラインガス輸出量は155Bcm/yに達したが、そのうちDQT(Downward Quantity Tolerance:下方数量削減許容量)など、供給量を調整できる割合は2割程度(31Bcm/y)あった。

現在ロシアパイプラインガス輸出量は当時の1割以下に大幅に減少した。その結果、欧州はパイプラインガスの数量自体を失ったのに加え、その柔軟性をも失うことになった。

さらに、従来、欧州地下ガス貯蔵設備も容量の4割に相当する45Bcm程度の柔軟性を持っていた。現在では万一の厳冬など需要の急増に備えるため、欧州は地下ガス貯蔵下限目標を設定している。実際はそれを上回るレベルの在庫が積み上げられ満杯方向に張り付いているため、需要減少や供給増加に対する柔軟性はほぼ失われている。

結果として、今回世界は76Bcmのガス需給変動に対する柔軟性を失ったが、ウクライナ地下ガス貯蔵容量の余剰分19Bcmを活用すれば、この損失を57Bcmに圧縮することができる。

現在、欧州ガス需給変動のしわ寄せは、世界のスポットLNG市場が一手に引き受ける立場となっており、価格のレベルの高止まりにとどまらず、そのボラティリティーを拡大させる結果となっている。

図45.世界のガス需給変動に対する柔軟性の減少
図45. 世界のガス需給変動に対する柔軟性の減少 (出典:各種資料他よりJOGMEC作成)

(3) ガスセキュリティー対策はなぜ必要か?(スポットLNG需給曲線)

これまでもガス・LNGの安定供給や価格安定にはリザーブの確保が重要であることが広く知られてきた。

2023年の世界のガス・LNG需給状況等(世界のLNG貿易量403MT/y、JKM年平均$14/MMBtu(A点)、米国LNGキャンセル閾値$4/MMBtu)に基づき作成したスポットLNG需給曲線を示す。

需要曲線によって、スポットLNG価格が上昇すると需要は減少し、下落すると増加することが示される。この時、需要価格弾力性は、-5(MT/y)/($/MMBtu)となる。

供給曲線によっても、同様の説明が可能であるが、スポットLNG価格が上昇するとLNG生産量はわずかに増加するが、増産の余地は非常に小さい。これは、LNG液化設備は一部のフィードガス供給不良やトラブルを抱えたプラントを除き、定期修理期間以外は価格にかかわらずほぼフル稼働しているためである。供給価格弾力性は、0.4(MT/y)/($/MMBtu)となる。スポットLNG価格が下落すると、LNG生産量はわずかに減少し、一定価格以下では米国LNGキャンセルが行使される。

供給が10MT/y減少した場合(B点)、スポットLNG価格は$2/MMBtu上昇する。10MT/y増加した場合(C点)、スポットLNG価格は$2/MMBtu低下する。供給の減少は、これまで液化設備のトラブル実績などからある程度想定することができる。また、供給の増加も、液化設備の運転開始などを考慮し予見することが可能である。

一方、需要が10MT/y増加した場合(D点)、スポットLNG価格は$24/MMBtu上昇する。

需要変動の方が価格に対する影響が大きいのは、供給曲線の傾きの絶対値が需要曲線より大きいためである。

この需要増加のケースは、欧州がスポットLNGを大量調達した際にみられた世界のスポットLNG価格の急騰を説明している。厳冬や今回経験したロシアパイプラインガス供給停止などの需要の急増はそもそも予測が難しい。さらに、いったん発生すると価格の上昇幅が大きいため、重点的に対策する必要がある。

需要が10MT/y減少した場合(E点)、スポットLNG価格は$11/MMBtu低下する。需要増加時より減少時の価格変動が小さいのは、米国LNGキャンセルによる価格低下緩和効果が働くためである。石炭への回帰や再生可能エネルギー導入による需要の減少はある程度予見が可能である。

以上より、需給変動に備える際、特に需要の増加に対して重点的に対応すべきであることと、すなわちガス・LNGの安定供給のためには、リザーブの確保等が最も重要であることが説明される。

なお、実際の需給変動においては、短期的に地下ガス貯蔵在庫等からの引き出しや充填が行われることにより価格変動は緩和される。

図46.スポットLNG需給曲線 
図46. スポットLNG需給曲線 (出典:各種資料他よりJOGMEC作成)

(4) 各国の対応

ロシアのウクライナ侵攻に端を発した世界的なエネルギー危機をきっかけとして、ガス・LNGの供給セキュリティーの確保が各国エネルギー政策立案の最重要課題として再認識された。欧州、日本、シンガポールなどでは、新たな政策や規制が施行された。

 

欧州

2023年4月、欧州ではガス共同購入メカニズムがスタートした。集団的な調達力を活用して国際的な供給業者とより良い価格を交渉することを目的とする。同メカニズムは、AggregateEUプラットフォームを通じた需要集約とその後の個別のガス調達の2段階のシステムから構成される。

この他、2022年6月に制定された地下ガス貯蔵在庫充填規制、8月のガス需要15%削減規制、連帯規制と欧州ガス価格プライスキャップなども今冬延長された。

 

日本

経済産業省は、2023/24年の冬期を前に、戦略的LNG供給制度(Strategic Buffer LNG:SBL)を開始した。この制度では、まず経済産業省がLNG調達能力の高い民間事業者についてSBL業務をおこなう権限を持つ企業として指定し、LNG供給に支障をきたしかねない不測の事態が発生した場合、政府は供給途絶のリスクに直面している日本の電力会社にLNGを販売するよう運営事業者に指示する。この取引によって生じた損失は運営事業者に補償される。2023年11月、JERAがSBLの最初の事業者として指定され、2023年12月から2024年2月にかけての冬期ピーク時に毎月1カーゴのLNGが確保された。今後、この制度は通年に拡大され、2020年代半ばまでにSBLでの保有量を最低でも現在の4倍の0.84MT/yに拡大することが検討されている。

 

シンガポール

2021年10月以降、シンガポール・エネルギー市場監督庁(Energy Market Authority:EMA)は、国際エネルギー市場の混乱に対応するため、電力会社が発電用ガスを調達できない際にLNGの供給を受けられる備蓄施設「LNG予備施設(Standby LNG Facility:SLF)」を設置し、シンガポール電力卸市場(Singapore Wholesale Electricity Market:SWEM)でのエネルギー不足が予想される場合、EMAが発電会社にSLFからのLNG調達を指示できるようにした。その後、この政策は2023年3月末まで延長された。

2023年、シンガポールは2024年に新組織(Gasco)を設立すると発表。Gascoは各発電事業者からのガス需要を集約し、電力部門向けガス調達を一元化する。集中調達は、契約更新を含む電力部門からの将来のすべてのガス需要に適用される。

シンガポールは、脱炭素の流れに沿って、2035年までに近隣諸国から最大4GWhの低炭素電力を輸入する目標を立てている。また、インドネシアおよびマレーシアとの既存のパイプラインガス売買契約は2028年に期限切れとなるが、その後、LNG輸入量が大幅に増加することが見込まれており、これに対応すべく2030年までにFSRU(11MTPA)の導入が計画されている。FSRUであればLNG需要が万一減少した場合にも移設が可能であり、将来の見通しが難しく柔軟性が必要である現在の状況に適した設備形態ということができる。

 

(5) Elmau合意の真意

2023年6月、G7首脳会議において気候変動問題が議論されコミュニケが取りまとめられた。この中には、「国家安全保障および地政学的利益の重要性を認識し、我々は、各国が明確に規定する、地球温暖化に関する摂氏1.5度目標やパリ協定の目標に整合的である限られた状況以外において、排出削減対策が講じられていない国際的な化石燃料エネルギー部門への新規の公的直接支援の2022年末までの終了にコミットする」ことが盛り込まれた。一読するだけでは、化石エネルギーに対する公的支援はもはや終了したかのようにも読めるが、実はそうではない。ここで「限られた状況」とは、以下いずれかの場合をいう。

  • 1.5℃目標やパリ協定の目標に整合した形で支援対象国が有する方針や計画に整合的なプロジェクトであると判断される場合、
  • エネルギー安全保障を含む我が国の国家安全保障の観点から支援すべきと判断される場合、
  • 外交上の観点を含む我が国の地政学的利益の観点から支援すべきと判断される場合。

すなわち、むやみに化石エネルギーを廃止していくのではなく、脱炭素は着実に推進しながらも、脱炭素対策の施された安全保障のために、必要な化石エネルギープロジェクトを当然継続していくというのがエルマウ合意の真意である。

 

(6) 天然ガス・LNG分野のセキュリティー向上のためIEAに期待する主な機能強化案

2023年7月、LNG産消会議2023議長サマリー(LNG Strategy for the World)において、2024年2月のIEA閣僚会合での合意を念頭に、日本は、IEAの天然ガス・LNG分野の機能強化に向けた議論の開始を提案した。LNG・天然ガス市場のセキュリティー強化や、クリーンなLNGバリューチェーン構築のための各国の政策発表等を自主的なコミットメントとして取りまとめること、また、IEAが天然ガス・LNGの各国の事情に応じたリザーブのあり方を収集しベストプラクティスとして発表すること、さらに、共同調達やLNGタンクの柔軟な利用など、市場の安定化に貢献するその他の取り組みについても研究・提案する方向性が示された。

LNG Strategy for the World(LNG産消会議2023議長サマリー)表紙

図47.天然ガス・LNGの備蓄・貯蔵(リザーブ)の分類について
図47. 天然ガス・LNGの備蓄・貯蔵(リザーブ)の分類について (出典:経済産業省他よりJOGMEC作成)

 

2024年2月13-14日、IEA閣僚理事会がパリで開催され以下について決定された。

  • ロシアのウクライナ侵攻以降エネルギー安全保障の重要性が増すラトビアの新規加入。
  • 世界第3位の石油消費国インドとの加盟交渉開始。
  • シンガポールに初となる地域事務所を開設(エネルギー消費の増加が著しい東南アジアで各国政策を支援)

さらにコミュニケの中で、日本が主導するガスとLNGの長期的な供給安定を確保する方法を検討するIEAの「ガス・クリーン燃料市場の監視と供給安定に関するタスクフォース(Task Force on Gas and Clean Fuels Market Monitoring and Supply Security:TFFS)」での議論を受け、上記LNG産消会議におけるIEAのガス安全保障の役割強化のための措置が採択された。

このIEA閣僚理事会の決定(コミュニケ)に従い、日本は、LNG商業取引のパイオニアとして、今回のガス・LNG危機の再発を回避し、秩序あるクリーンなエネルギー転換とともに世界のガス・LNG安全保障を促進するため、IEAガスチームが多くの報告書や論文を発表し、加盟国に有益な洞察を提供すること、さらに各国の国情に合わせた緊急時対策の確立することを支援する。

具体的な行動イメージは、危機発生時に世界のガス・LNG市場で何が起こったか、各国がどのように対応したか等分析し教訓と提言をまとめること、ガス・LNG市場安定化のための効果的な手段を特定しエネルギー安全保障に貢献するガス備蓄メカニズムなどの確立を各国に奨励すること、ガスとLNGの世界的な需給に関する見通しと予測を策定しスムースなエネルギートランジションに貢献することなどが期待されている。

 

参考 IEA閣僚理事会コミュニケ

ガスセキュリティー
  1. 我々は、ガスセキュリティーの継続的な重要性を認識し、定期的な市場モニタリングと勧告を通じて、価格高騰と有害なボラティリティーに繋がる可能性のある供給途絶の影響を評価し緩和するとともに、ガス供給を多角化するために各国を支援するIEAの活動を称賛する。我々は、この観点でIEAの役割が強化されることを歓迎する。
  2. 我々はさらに、適切に機能するグローバルなLNG市場、ガスの貯蔵・リザーブメカニズム、および規制の枠組の重要性を認識する。この文脈で、我々は、IEA理事会に対し、適切な機関を通じて、情報交換を行い、ガス貯蔵やリザーブメカニズムの強化などを通じて、供給の柔軟性、透明性、安定性を強化する方法を検討・分析するよう要請する。
  3. 我々は、エネルギーシステムの脱炭素化および供給安定性の向上において、バイオメタン、水素およびアンモニアなどの派生物を含む、再生可能エネルギー由来、ゼロ排出、低排出ガスの果たす役割が増大していることを強調するとともに、その重要性の増大に伴い、追加的な情報交換およびモニタリングが必要となる可能性があることに留意する。
Gas security
  1. We recognise the ongoing importance of gas security and commend the IEA's work to help countries to assess and mitigate the impacts of supply disruptions, which may lead to price peaks and harmful volatility, and diversify gas supplies through regular market monitoring and recommendations. We welcome the strengthening of the IEA’s role in this regard.
  2. We further recognise the importance of well-functioning global LNG markets and gas storage and reserve mechanisms and regulatory frameworks, where appropriate. In this context, we request the IEA Governing Board, at official level, through appropriate bodies, to exchange information, explore and analyse ways to enhance flexibility, transparency, and security of supply, such as through enhanced gas storage and reserve mechanisms.
  3. We emphasise the growing role of renewable, zero and low-emission gases, including biomethane and hydrogen, and its derivatives such as ammonia, in decarbonising the energy system and increasing security of supply, while noting that additional information exchange and monitoring maybe necessary as their importance grows.

 

(7) 世界のガス・LNGセキュリティー向上の現実解

ガス・LNG供給セキュリティーには3つの意味を含む。

  • 現在必要なガス・LNGが安定的に供給されること、
  • 現在供給されているガス・LNGの価格が適正レベルであること、
  • 将来にわたって需要に見合ったガス・LNGが供給され、上記2項が維持されること。

これらを達成するためには、物理的には石油と同様、備蓄が有効ではあるが、特にLNGは物性上貯蔵が難しい。また、脱炭素の期限が迫る中、大規模なLNGタンク、地下ガス貯蔵拡張など新規のハード整備は難しく、日本ではソフト的な解決策として、これまで以下のような施策がとられてきた。

  1. LNGデマンドクリエーション(特にアジア新興需要国のLNG流通量を拡大することによって日本の緊急時の調達にも役立てる)
  2. 緊急時LNG相互融通(余裕のある事業者がLNGを提供する国際協力の枠組みの合意)
  3. SBL(Strategic Buffer LNG:現行ビジネススキームの中でのLNG輸送のたるみを利用し、不足する事業者にLNGを供給する仕組み)
  4. LNG設備新設に対する財政的支援(東南アジアのLNG受入基地建設などを支援)

 

今後の追加的な対策として以下のような案が考えられる。

 

  1. 長期LNG売買契約最低保有割合目標の設定

特に、今回スポットを中心にLNG調達量を大幅に増加させた欧州ユーティリティー等に対する長期LNG売買契約の最低保有割合目標を設定する。スポットLNGに偏ったLNG調達からの長期LNG売買契約への是正は、LNG価格を落ち着かせるとともに液化プロジェクトの立ち上げ不足を回避し将来にわたるLNG安定供給に貢献することができる。ちなみに、日本の全輸入量中の長期LNG売買契約割合は8割を占めるが、今回のガス・LNG危機後、欧州では5割に低下した。

  1. 欧州地下ガス貯蔵在庫下限目標引き上げ

欧州地下ガス貯蔵在庫が上昇すると欧州ガス価格、さらに、それと高い相関を持つ世界のスポットLNG価格が低下する関係がある。したがって、欧州地下ガス貯蔵在庫下限目標をさらに引き上げる、または、欧州に隣接するウクライナの巨大な地下ガス貯蔵容量を積極的に利用するなどして在庫量を増加させれば欧州ガス価格と世界のスポットLNG価格を安定化させることができる。

  1. LNG液化設備等減価償却促進費用の補償

将来の脱炭素政策によりLNGの利用が抑制・停止された以降の液化設備や受入設備等の減価償却費を、それまでのエネルギーセキュリティーを確保するための費用として公的に補償する。民間が座礁資産化を恐れ投資が滞りLNG供給が必要以上に低下しないように備えることを目的とする。

  1. LNG価格への減価償却費上乗せ

脱炭素スケジュールと整合するよう投資回収期間を短縮するための追加コストをあらかじめLNG価格に上乗せすることを義務化し、LNG液化プロジェクトの減価償却を加速する。なお、投資回収期間を20年から10年に半減させるためにはLNG価格の2割を上乗せする必要があることは、既IEAレポートで検討済み。

  1. 東南アジア経済成長率の検討の深化

IEAと他社とのガス・LNG需要予測の差異の原因は、主に今後のデマンドセンター東南・南アジアの経済成長率想定等の設定条件の違いによるものであることが明らかとなった。途上国においてIEAが想定するような大規模な再生可能エネルギー投資を現実化する具体的な政策やその実現可能性について、特に東南アジアの経済情勢に造詣の深い国際機関、例えばIMFや世界銀行などの協力を得て検討を深める。

 

6. おわりに

オオカミが来た!嘘をついて村人の慌てる様を笑っていた羊飼いの少年は、本当にオオカミが現れた時には誰にも助けに来てもらえず、結局食べられてしまった・・・、羊飼いの少年を主人公として、不用意に人心をもてあそぶと信用を失うとのイソップのアネクドート(寓話)である。

自己の利益となる情報を意図的に流し、人心を操作しようとしても時間によってウソが証明された後は以前に築き上げた信用さえ失い、それはもはや容易に回復されることはない。ガス・LNG市場の分析と情報提供に携わる身として、できるだけ真実を伝えるよう努めること、これが日々最も留意した自省の1つであるが、実はこの寓話では村人の側も2つの決定的な過ちを犯している。

1つ目の過ちは、オオカミが来たと聞いて、どうせまた嘘だと決めつけるようになってしまったことである。実際にはオオカミが来て今度は村人まで食べられてしまうリスクが少年の噓への非難の陰に見逃されている。運よく危機を乗り越えられたことで自らの正常化バイアスが強化される罠にはまったのである。

2つ目の過ちは、せっかくの少年の嘘を教訓として生かさず、村人自らオオカミ発見の物見役や防護柵を作らなかったことである。村人は自身の存在に対する本質的な責任である安全保障を他人任せにしたまま、教訓を生かし危機に備え対応する社会システムを構築しなかった。

自らの独善的な論理に奢ることなく人間が十分に思慮深ければ、今回の危機に学ぶまでもなく、ガス・LNGの供給セキュリティーは維持されていたはずであった。それでもガス・LNG危機は起こってしまったし、悟りが一朝一夕で開かれるわけでもない。経験した過ちを無駄にせず、それを糧として1つ1つ愚直に対策を施していくしか私達に残された手はない。この寓話にもし後日談があり、そこで2つの過ちが正されていたなら、その村は末永く栄えたに違いない。

今回世界は多大な犠牲を払ってガス・LNG危機から多くの教訓を得た。これを活用せずただ無為に時を過ごすことは許されることではない。欧州は、脱炭素に偏ったグリーンディール政策を改め、再び世界に迷惑をかけないよう早期に対策を講じ、先進国(地域)として世界全体のエネルギーセキュリティー向上に貢献すべきであろう。LNGのパイオニアである日本はアジアの長兄としてのリーダーシップを発揮し、世界のガス・LNG供給セキュリティー向上のためにIEAの機能強化を提案し、今後、世界のガス・LNGセキュリティー向上の現実解が示されようとしている。

一方、世界の人口は膨張を続け、グローバリゼーションが進むにつれ、人々は他者との違いを認識し、因って自己の存在意義をさらに明確化する。これまでの化石燃料に大きく依存した経済発展システム自体の先行き不透明感が高まり、大国のダブルスタンダードにみられる公の論理の不合理が露見する度に社会全体の不満が蓄積していく。人々は主張を強め、自国優先主義が勢力を拡大し、世界はますます分断の度合いを増し不安定化していく。不測の事態の発生する確率が高まり、それを補完する「保険」を整備する必要がある。安定的な不断の供給と手ごろな価格を将来にわたって確保するガス・LNGの供給セキュリティー向上のための現実的な政策が求められている。

エネルギートランジションも先進国と途上国間の不公平感をさらに増幅し新たな分断を深めている。地球温暖化は、それを引き起こした先進国が最大の責任を負っているが、脱炭素化に伴う最も重い負担を強いられるのは途上国である。先進国は高価な再生可能エネルギーに投資し、ガス消費量の低減にまで取り組み始めているが、途上国は、まだ石炭を主要なエネルギー源として使用しながら、ようやく価格が手ごろでCO2排出量の低いガスへの転換を目指す段階におり、革新的な再生可能エネルギーが実用化されるまでは依然として化石エネルギーに頼らざるを得ない状況にある。そもそも世界には近代的なエネルギーを利用できていない人々がまだ6億人おり、これらの人々の生活の質の向上にも十分な配慮が必要である。世界の分断はもはや止めようがないが、それだからこそ、重ねて今回の教訓を生かした世界全体のセキュリティーを重視したエネルギー政策が求められているのである。

この5年間、JOGMEC調査部からできる限り正確なデーター分析に基づく整合性の高い正直な情報発信を心掛けてきたが、この恵まれた発言の機会を与えてくれた古幡前部長、竹原現部長始め同僚の方々、日々の取材で鋭い視点をご教示いただいた多くのマスコミ諸兄に深く感謝しながら、いったんここで日本での筆を休めてみたい。

 

 

[1] 2024年4月、U.S. Energy Information Administration、Shot-term Energy Outlook

[2] 2024年1月、International Energy Agency、Gas Market Report Q1-2024

[3] 2023年6月、Energy Institute、Statistical Review of World Energy 2023

[4] 2023年6月、中央環境審議会地球環境部会資料

[5] 2023年10月、International Energy Agency、World Energy Outlook 2023

[6] 2023年9月、International Energy Agency、Net Zero Roadmap 2023

[7] 2024年2月、Shell、LNG Outlook 2024

[8] 2024年4月、International Energy Agency、Decarbonisation Pathways for Southeast Asia

[9] 2024年2月、日本エネルギー経済研究所、Outlook 2024

以上

(この報告は2024年6月10日時点のものです)

 

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