ページ番号1010151 更新日 令和6年10月17日

バイオ・低炭素合成燃料という選択肢 ―バイオ・低炭素合成燃料がエネルギートランジションに果たす役割―

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レポートID 1010151
作成日 2024-06-21 00:00:00 +0900
更新日 2024-10-17 11:36:34 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 エネルギー一般水素・アンモニア等
著者 中島 学
著者直接入力
年度 2024
Vol
No
ページ数 42
抽出データ
地域1 欧州
国1
地域2 北米
国2 米国
地域3 アジア
国3 中国
地域4 アジア
国4 インド
地域5 アジア
国5 インドネシア
地域6 アジア
国6 シンガポール
地域7 中南米
国7 ブラジル
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 欧州北米,米国アジア,中国アジア,インドアジア,インドネシアアジア,シンガポール中南米,ブラジル
2024/06/21 中島 学
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概要

  • ガソリンに混合されるエタノール、軽油に混合されるバイオディーゼルはバイオ燃料を代表する燃料種であるが、原料供給・燃料製造・消費が限られた国々に偏るという特徴を有しており、市場の規模も限定的で、原油のような国際市場や価格指標もない。バイオ燃料は油価高騰に伴う燃料コスト上昇の軽減や大気汚染対策を目的とし、農業振興・農業収入の安定といった農業政策と結びつき、それらの限られた国々を中心として発展してきた。
  • 一方バイオ燃料の原料となる農産品の価格上昇や自動車の大気汚染対策が進み、燃料コストの低減や大気汚染削減としての役割は薄まった。代わりにロシアのウクライナ侵攻に伴って関心が高まっているエネルギー安全保障の観点や気候温暖化対策の有効な手段として低炭素合成燃料とともにその存在感が増している。
  • 空輸・海運セクターは脱炭素化が困難な「hard-to-abate」セクターと呼ばれるが、化石燃料主体の現状から脱炭素の切り札としてSAF(持続可能な航空燃料)のようなバイオ・低炭素合成燃料の利用が浸透し始めている。また化石燃料に依拠する現在のエネルギーシステムから低炭素で持続可能な将来のエネルギーシステムに移行するためには、既存設備・インフラの改修・新設に多くの資金や時間を要する一方、喫緊の課題である気候変動対策には時間的猶予は残されていない。そういう意味からもバイオ・低炭素合成燃料の多くが有する「ドロップイン燃料(設備やインフラの変更なく従来の燃料同様使用できる燃料)」としての機能は、「Bridging Fuel(移行燃料)」として現在と将来のエネルギーシステムをつなぐ、「懸け橋」としての役割が期待される。
  • しかしながら原料を生物起源である農産品に頼るバイオ燃料は、そのサプライチェーンに食料・飼料との競合、天候や農産品市場による影響、間接的土地利用変化の問題といった原料の安定供給面での懸念をはらむ。今後は原料の安定供給を見据えた、サプライチェーン全体の最適化といった視点が欠かせない。またバイオ・低炭素合成燃料を広く普及させるためには、生産規模の拡大やコストの大幅な低減が強く求められる。そのためにも技術や資金面での公的支援も必要となる。
  • 本稿ではエネルギートランジションにおける切り札として大きな注目を集めるバイオ・低炭素合成燃料に対し、今後の位置づけや課題、そして可能性について解説を試みることとする。

 

1. バイオ燃料とその現状

現在バイオ燃料は図1に示すようにガソリンに混合されるエタノール、軽油に混合されるバイオディーゼル(FAME: Fatty Acid Methyl Ester、脂肪酸メチルエステル)が市場の多くを占め、近年では米国・欧州を中心に再生可能ディーゼル(HVO: Hydrotreated Vegetable Oil、水素化植物油)も大きくシェアを伸ばしている。最近様々な場で話題となることの多いSAF(Sustainable Aviation Fuel、持続可能な航空燃料)は現時点ではチャートでは確認できないほどの需要でしかないが、今後10年、20年のスパンで大きく拡大すると予想されている。

(図1)バイオ燃料消費量の推移
(図1)バイオ燃料消費量の推移 (単位:10億L)
(出所:IEAデータをもとにJOGMEC作成)

エタノールはガソリンに、バイオディーゼル(FAME)や再生可能ディーゼル(HVO)は軽油と混合され消費されることから、バイオ燃料のほぼ全ては陸運向けに供給される。またバイオ原料・燃料製造・消費が同一国・域内で完結することから貿易量も限られ、原油のような国際市場や価格指標はない、いわば地産地消を特徴としている。バイオエタノールは糖類の発酵プロセスによって製造されており、米国のトウモロコシ、ブラジルのサトウキビによる製造が全体の9割程度を占める。バイオディーゼル(FAME)は米国やブラジルの大豆油、インドネシアやマレーシアのパーム油、欧州の菜種油といった植物油や廃食油・獣脂といった食用とならない油脂をメチルエステル化し、グリセリンを除去して製造される。また最近はバイオディーゼル(FAME)を水素化処理により安定化させ、混合割合の制限なく使用できる再生可能ディーゼル(HVO)の消費も大きく増加してきている。現在ほとんどのSAF(持続可能な航空燃料)は再生可能ディーゼルから製造されているが、製造工程上はHVOではなく、一般的にHEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)と呼称されることが多い(本稿でも「HEFA経由のSAF」として取り上げる)。

元々バイオ燃料が国の後押しを受け普及した理由は油価の高騰に伴う燃料価格の上昇からであった。また大気汚染対策や農業振興・農業収入の安定といった農業政策と結びつき、農業資源に恵まれた国々を中心として発展してきた。一方現在はバイオ燃料の原料となる農産品の価格が上昇し、技術の進歩により自動車の大気汚染対策も進んだことから、燃料コストの低減や大気汚染削減としての役割は薄まった。代わりにロシアのウクライナ侵攻に伴って関心が高まっているエネルギー安全保障の観点や気候変動対策、循環型社会の有効な手段としてその存在感が増している。図2に示すように多くの国々でバイオ燃料はガソリンや軽油といった石油製品と比べ価格競争力を失っている。バイオディーゼルは軽油と比べて遥かに高い価格で取引されており、エタノールも油価の高騰局面のみで価格競争力を持つ。また図2は同一体積で価格の比較を行っているが、エタノールはエネルギー密度がガソリンよりも遥かに低いことから、エネルギー密度で計算すれば、エタノールも価格競争力を持ちえないこととなる。多くのケースで政府が補助金や優遇策、原料の固定買取制度を導入し、バイオ燃料市場を支えている。

(図2)ガソリン・軽油とバイオ燃料価格比較
(図2)ガソリン・軽油とバイオ燃料価格比較 (単位: US$/L)
(出所:IEA)

バイオ燃料は農業政策とも密接に結びついており、政府がガソリンや軽油に対する混合比を決定するが、当然ながら政府の指定する混合比によって生産・消費量は大きく左右される。またバイオ燃料市場自体も政府により下支えされており、ある意味官製市場ともいえる。また米国や欧州ではベースとなる陸運燃料の消費が既に頭打ちであるが、ブラジルやインドネシアはこれからも陸運燃料の消費の伸びが予想されることから、バイオ燃料市場の成長はそれぞれの国の発展ペースにも大きく影響を受ける。当然ながら原油の価格も相対的にバイオ燃料需要に影響を及ぼす。更に原料はその多くを農産品に頼ることから、天候や農産品市場の動向も生産量を左右する。ブラジルやインドではサトウキビの処理事業者の多くがバイオエタノールと砂糖両方の生産が可能で、砂糖の市況によりバイオエタノールの生産量をコントロールする。砂糖が値上がりすれば、需要に見合うだけのバイオエタノールの供給が得られない可能性もある。このようにバイオ燃料市場は数多くの要因が絡み合い形成される複雑な市場構造を有している。

またバイオ燃料の原料が資源作物と呼ばれる食料・飼料と競合する農産品であることを問題視する声も増えている。更にインドネシアやマレーシアで多く産出されるパーム油に関しては、パーム油を産するパームツリーのプランテーションの拡大が熱帯雨林の生態系や生物多様性に負の影響を与えるとされる、間接的土地利用変化(ILUC、Indirect Land Use Change)の問題も指摘されている。ブラウングリースと呼ばれる廃食油(UCO)や獣脂といった食料・飼料と競合しない素材を資源作物の代わりに使用する動きも増えているが、バイオ燃料を脱炭素のための代替燃料として利用する流れはSAF(持続可能な航空燃料)のように空輸・海運セクターへも拡大している。これまでの陸運市場に加え更なるバイオ燃料の需要が予想されることから、廃食油(UCO)・獣脂といった原料の調達も今後困難となることが懸念されている。既に獣脂に関してはこれまで原料としていたペットフードやシャンプー等の製造者の調達が困難となり、パーム油を代用に使うといった動きも生まれている。

(図3)競合や制約による原料調達の懸念
(図3)競合や制約による原料調達の懸念
(出所:JOGMEC作成)

バイオ燃料はその原料供給・燃料生産・消費が限られた国々に偏るという特徴を有しており、バイオエタノールではその消費の85%が米国、ブラジル、インドに、バイオディーゼルであればその消費の83%がEU、米国、ブラジル、インドネシアに集中しており、原料供給やバイオ燃料生産国も消費国と地理的にほぼ重なっている(図4)。

(図4)バイオ燃料の代表的生産・消費地
(図4)バイオ燃料の代表的生産・消費地
(出所:IEA他)

バイオ燃料やその原料の国際取引も化石燃料のような活発さはないが、欧州は例外で、域外から積極的に原料調達を行っている。中国は年間900万トン以上の廃食油(UCO)を生成するとされ(米農務省)、年間160万トンを輸出に回しているが、その内100万トン近くが欧州に輸出され、欧州にとっては重要な原料供給先となっている。しかし現在中国はバイオディーゼル(FAME)の生産・輸出に力を入れ始めており、欧州市場に輸出されることで域内のバイオディーゼル製造業者が激しい価格競争にさらされている。2024年4月に英国のArgent Energyは年産5万5,000トンのScottish Biodieselプラントを中国製品との競合の厳しさから閉鎖すると発表している。

現在米国のバイオディーゼルの年間輸入量は2022年から2023年にかけて2倍の日量3万3000バーレルとなり、2024年の最初の2か月間も増え続けているが、この最大の輸出国はドイツで、スペイン、イタリア、ベルギーといったバイオ燃料生産が活発な欧州の国々が続く。米国の輸入量の増加は欧州のバイオディーゼルの価格低迷で、比較的高値で推移する米国市場に欧州産バイオディーゼルが流入していることがその理由である。欧州価格の低迷は欧州の再生可能エネルギーの促進と化石燃料からの脱却を目指すRED(Renewable Energy Directive、再エネ指令)II[1]に起因する。EU加盟国によってバイオディーゼルの混合割合に対する規制は様々だが、RED IIでは欧州の輸送部門における再生可能燃料目標に対する第一世代バイオ燃料(後述2. バイオ・低炭素合成燃料の分類参照)の上限を7%と置く。多くのEU加盟国は廃食油(UCO)や特定の原料から作られた次世代バイオ燃料を促進するため、混合目標に対し2倍の割合でカウントする(次世代バイオ燃料の場合はその混合率を2倍とみなす)計算方法を導入している。一方でいくつかの加盟国はインフレの高まりによってバイオ燃料の目標割合を引き下げている(2023年にスウェーデンは2024年から2026年までのバイオ燃料混合目標であった30.5%を6.0%に引き下げた)。またバイオディーゼルよりも性能が安定し、混合制限のない再生可能ディーゼルに需要がシフトし、バイオディーゼルの市場シェアが奪われている状況にある。

中国のバイオディーゼルはUCOから作られており、そのため多くの加盟国において2倍の割合でカウントされることから、より少ないバイオ燃料の量でREDの混合上限(7%)に達することとなる。中国から欧州へのバイオディーゼルの流入、バイオディーゼルに代わる再生可能ディーゼル需要、バイオ燃料目標の下方修正といった点がすべて欧州のバイオディーゼル価格低下につながっている。中国からの欧州へのバイオディーゼルの輸出は2021年から2022年の間で60%上昇しており、2023年でもほぼ20%の上昇となっている(Vortexa tanker tracking data)。

中国製のバイオディーゼルの急激な流入とそれに伴うバイオディーゼルの価格低下、マージンの縮小によって生じた危機感は、欧州に中国製バイオディーゼルに対するダンピングやインドネシア産バイオディーゼルの中国を介した迂回輸出といった疑惑に矛先を向かわせた。これを受け欧州委員会は2023年12月、中国からEU市場へのバイオディーゼルのダンピング疑惑について調査を開始した。EUのバイオディーゼル市場は年間310億€の規模があり、直接的には中国からの低価格バイオディーゼルの流入は事業者の経営圧迫につながるが、今後原料となる廃食油(UCO)の中国からの輸出量減少が予想され、特にSAF(持続可能な航空燃料)製造における原料調達面で大きな影響を受ける可能性がある。

世界最大のパーム油生産国であるインドネシアは年間5,000万トン近いパーム油(CPO、crude palm oil)を生産し、その6割ほどを輸出に回している。中でも欧州はインド、中国に続く第3位の輸出相手国であり、これまで年間600万トンほどのパーム油を輸出してきた(図5)。

(図5)インドネシアのパーム油
(図5)インドネシアのパーム油
(出所: DW、Palm Oil Association他)

一般的にパーム油は食品、石鹸、化粧品等の原料として使用され、バイオ燃料・発電・熱といったエネルギー源として使われるケースは消費量の5%程度とされる。一方で欧州の場合はバイオ燃料の原料としての使用が5割以上で、発電・熱源として使用するケースと合わせ、輸入されるパーム油の2/3程度はエネルギー源として使用される。そのような中EUは東南アジアの熱帯雨林地帯で産出されるパーム油が森林破壊・森林劣化を伴い、熱帯雨林の生態系や生物多様性に悪影響を与える、間接的土地利用変化(ILUC、Indirect Land Use Change)のリスクを包含するとして(Delegated Act 2019/807)[2]、低ILUCリスクを保証する第3者認証のないパーム油の輸入量を2023年まで2019年レベルまで据え置き、その後2030年までに段階的に廃止することを決定した。その結果2023年のEUにおけるインドネシア産パーム油の輸入量は前年比120万トン減少となった。一方インドネシア政府はこの件を受け自国内の需要の拡大を図り、これまでの軽油に対するバイオディーゼル混合比率を30%(B30)から5ポイント上げ35%としたB35の販売を2023年2月より開始している。その結果バイオディーゼル向けパーム油の消費量が2023年の1,070万トンから2024年には1,100万から1,140万トンに拡大するものと見込んでいる。

 

2. バイオ・低炭素合成燃料の分類

運輸燃料としてのバイオ・低炭素合成燃料(液体系)を原料・製造経路に応じて分類したのが図6である。低コストで原料も入手しやすく、技術的ハードルも低いことから市場の規模はバイオエタノールとバイオディーゼル(FAME)が圧倒的シェアを誇るが、バイオ燃料・低炭素合成燃料はその原料・製造方法の組み合わせによって多くの種類に分かれる。

(図6)運輸燃料としてのバイオ・低炭素合成燃料(液体系)の分類
(図6)運輸燃料としてのバイオ・低炭素合成燃料(液体系)の分類
(出所: JOGMEC)

図左側のバイオ燃料は大きく食料や飼料にも利用される資源作物を原料とした第一世代バイオ燃料と主に廃棄物などの非可食原料を原料として利用する第二世代バイオ燃料(次世代バイオ燃料)とに分かれる。ガソリンに混合されるバイオエタノールは米国のトウモロコシ、ブラジルのサトウキビに代表される糖類原料を微生物による発酵プロセスを経て製造される。最近はインドのサトウキビを使ったバイオエタノール生産が伸びている。軽油に混合されるバイオディーゼル系ではパーム油(インドネシア・マレーシア)、大豆油(米国・ブラジル)、菜種油(欧州)といった植物油原料をメチルエステル化した脂肪酸メチルエステル(FAME、Fatty Acid Methyl Ester)と更に水素化処理を施し、安定性を増した再生可能ディーゼル(HVO: Hydrotreated Vegetable Oil、水素化植物油)がある。HVOはHEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)と呼称され、SAF(持続可能な航空燃料)の元となる。

第二世代バイオ燃料では廃食油・獣脂、トウゴマ油等の非可食植物油、藻類から抽出した油脂を原料として製造したバイオ・再生可能ディーゼルやSAFがこれに該当する。また農業・林業残渣や都市ごみに含まれる植物由来のリグノセルロースを酸や酵素等により糖に分解し、発酵プロセスを経てバイオエタノールを製造する方法も商業化されている。

一方図右側の低炭素合成燃料の製造経路ではグリーン水素(再生可能エネルギーによって水を電気分解し得られた水素)やブルー水素(化石燃料による水素製造(グレー水素)にCCS(CO2回収・貯蔵)を組み合わせて作る水素)といったクリーン水素とCCU(CO2回収・利用)により別途回収したCO2から合成ガス(水素と一酸化炭素を組み合わせたシンガス)を作り、FT合成を経て低炭素合成ガソリン・軽油・ケロシン・ナフサといった様々な低炭素燃料を合成する。またその中で特にグリーン水素(再生可能エネルギーによって水を電気分解し得られた水素)を使って作られる低炭素合成燃料をeフューエルと呼んでいる。欧州ではREDⅢ(Renewable Energy Directive Ⅲ)の中でeフューエルとグリーン水素を合わせ、非バイオ由来再生可能エネルギー燃料(RFNBO:renewable fuels of non-biological origin)と定義している。低炭素合成燃料の製造経路では農業・林業残渣や都市ごみをガス化炉で合成ガス(シンガス)化し、FT合成を経て低炭素燃料を合成する方法も実用化されている。最近海運の脱炭素の切り札として注目を集めているクリーンメタノールやクリーンアンモニアもクリーン水素を原料として製造される。クリーンメタノールはクリーン水素とCCU(CO2回収・利用)により回収したCO2からメタノール合成法によって生産され、クリーンアンモニアはCO2の代わりに大気中から回収した窒素とクリーン水素からハーバー・ボッシュ法を用いて生産される。

これらのバイオ・低炭素燃料の内再生可能ディーゼル(HVO)、SAF(持続可能な航空燃料)、合成ガソリンといった合成燃料は既存の機器や設備にそのままこれまでの石油系燃料と同様に使用できることからドロップイン燃料と呼ばれる。これに反してバイオエタノールやバイオディーゼル(FAME)は特殊なケース(ブラジルのフレックス車はガソリン・エタノール両燃料に対応)を除き100%の使用は機器の腐食、燃焼の不安定さの原因となり、燃料劣化の懸念もあることから、石油系燃料との混合によってのみ使用が認められており(各国が混合比の指針・基準を設定)、ドロップイン燃料には該当しない。また最近ではこれまでのHEFA経由のSAF製造経路だけでなく、ATJ(Alcohol to Jet、アルコール・ツー・ジェット)の製造経路も将来のSAF大量生産につながる有力な候補として関心を集めている。

バイオ・低炭素燃料は一部の例外を除き総じて石油系燃料よりもライフサイクルにおける温暖化ガス排出量が低く、現在低炭素燃料として注目されている。次項からはこれまでの陸運セクターにおける適用から、バイオ・低炭素合成燃料の低炭素燃料としての特徴に着目した、空輸・海運セクターにおける新たな市場について解説していく。

 

3. SAF(持続可能な航空燃料)としてのバイオ・低炭素合成燃料

これまでバイオ燃料は燃料コストの低減、農業収入の安定、大気汚染対策といった視点で石油系陸運燃料の代替品として発展してきた。一方現在気候変動対策・温暖化ガス排出量削減という観点から、これまで脱炭素化が困難とされていた空輸・海運セクターに対する脱炭素の有効手段として注目を集めている。先に空輸、続いて海運セクターに向けた低炭素バイオ・合成燃料の適用について詳しく見ていくこととする。

SAFに関し米規格協会ASTM[3]は航空燃料の規格において2009年にバイオジェット燃料を含む非石油由来ジェット燃料の国際規格である ASTM D7566を制定し、現在はAnnex 1から8までの8種類の原料・製造経路の組み合わせが承認・登録され、従来のジェット燃料(ケロシン)に対する混合割合(容量比で10%ないし50%)が定められている(図7)。

これらの中で商業用プラントが建設され、年数万トンクラスのSAFの生産が行われている製造経路は油脂類からメチルエステル化、水素化処理(HEFA)を経てSAFを生産する方法(Annex 2 HEFA-SPK)、バイオエタノール等のアルコールから水素化処理を経て生産する方法(Annex 5 ATJ-SPK)、廃棄物をガス化炉でガス化(合成ガス生成)する、あるいはグリーン水素(再生可能エネルギーによって水を電気分解し得られた水素)といったクリーン水素からCCU(CO2回収・利用)で回収したCO2により合成ガス(シンガス)を生成し、FT合成を経て生産する方法(Annex 1 FT-SPK)の3種類であり、これらが現時点でのSAF生産の代表的製造経路となっている(図7)。HEFA、ATJ、FT合成の順で一般的に製造コストが増加し、ライフサイクル(原料生産・輸送・SAF製造・消費)における温暖化ガス排出量が低減する。

(図7)SAFの原料・製造経路
(図7)SAFの原料・製造経路
出所:NEDO TSC Foresightを参考にJOGMEC作成

これらの中で現在最も普及しているSAFの生産方法が油脂類を原料とし、メチルエステル化、水素化処理によってHEFAを作り、更に高温と高圧の環境下でのハイドロクラッキング(Hydrocracking、水素化分解)を経てSAFに変換するプロセス(図7最上段、前出のASTM D7566ではAnnex 2 HEFA-SPKで登録)であり、現在のSAF製造工程の95%程度がこの方法によるものとされる。原料となる油脂は現時点では7割が植物油、3割が廃食油(UCO)・獣脂といった廃棄物から製造されるが、廃食油(UCO)・獣脂の流通量には限界がある。欧州ではSAFに可食油を使用することが認められておらず、調達コストの点からも廃食油(UCO)に需要が集中しており、既に原料調達に困難な兆しが現れている。またこれはバイオディーゼル(FAME)や再生可能ディーゼル(HVO)とも原料や製造工程が競合する製造方法であり、SAFの製造経路をより多様化することが重要になる。

「HEFA」経路を補完するものとして期待されているのがATJ(Alcohol to Jet、アルコール・ツー・ジェット)の製造経路である(図7二段目、Annex 5 ATJ-SPK)。一般的にはトウモロコシやサトウキビを発酵し(トウモロコシには発酵前に糖化プロセスが加わる)バイオエタノールを生産、更にバイオエタノールの脱水・重合後、水素化処理を経て製造される。バイオエタノール生産の活発な米国・ブラジルで大規模生産事業が立ち上がっている。特に米国では陸運セクターにおけるバイオエタノール需要の停滞で、バイオエタノールからSAFというATJに対する期待は大きい。またATJでは他に農業・林業残渣や都市ごみに含まれる植物由来のリグノセルロースを酸・酵素・微生物等で分解しグルコース(糖類)を取り出し、発酵・バイオエタノール生成後、ATJによってSAFを製造する経路もあり、商業化も始まっている。

同じく農業・林業残渣や都市ごみを原料として使うが、原料をガス化炉でガス化し、一酸化炭素と水素を取り出し合成ガス(シンガス)とした後、FT合成や蒸留・分離によってSAFを製造する経路(図7三段目、Annex 1 FT-SPK)もある。また合成ガス(シンガス)を構成する水素の起源をブルー水素やグリーン水素といったクリーン水素とし、それにCCU(CO2回収・利用)により回収したCO2から合成ガス(シンガス)を作り、同様にFT合成を経てSAFを製造する方法もある。特にクリーン電力による水の電気分解で得られたグリーン水素から作られたSAFは前項で紹介したeフューエルの一種であるが、e-SAF、eケロシン、PTJ(Power to Jet)といった名称でも呼ばれている。

このようにSAFの代表的な製造方法も原料・製造経路から「HEFA」、「ATJ(資源作物または廃棄物)」、「合成ガス+FT」、「e-SAF」があるが、「HEFA」、「ATJ(トウモロコシ・サトウキビによるバイオエタノール製造)」以外は年産10万トンを超えるような大規模製造設備は立ち上がっていない。

 

1) SAF元年、なぜ今SAFが注目されるか

現在様々な場でSAFが話題となる機会が多い。世界最大の航空輸送の国際団体であるIATA(国際航空運送協会)は2023年12月その報告書でSAFの消費が2022年24万トン、2023年48万トン、2024年には150万トンと大きく拡大すると発表した。何年か後2024年はSAF元年と呼ばれているかもしれない。SAFに関する具体的な事業の解説に入る前になぜSAFが注目を集めているかについてその主な理由を3点取り上げていきたい。

 

1)a 空輸に対する温暖化ガス排出量規制の強化

2022年、国連の国際民間航空機関(ICAO)は2050年までに国際航空の炭素排出量をゼロにするという長期的な世界目標を設定し、これに対し184カ国が賛同した。ICAOは国際航空分野のGHG排出量削減のために国際航空分野のカーボンオフセット(炭素相殺)・削減制度(CORSIA)[4]を2021年から2023年までに試験運営しており、2024年からは126カ国の航空会社が自発的に参加している。同プログラムは2027年から義務化され、世界中のすべての航空会社に適用されることになっている。しかしCORSIAプログラムではカーボンオフセットによる航空機の温暖化ガス排出量削減方法を認めているため、高価なSAFの利用ではなく、低廉なカーボンクレジット購入による排出量削減が一般化していた。

(表1)欧州の空港を離陸する航空機のSAF/e-SAFの混合割合
(表1)欧州の空港を離陸する航空機のSAF/e-SAFの混合割合
出所:ReFuelEU Aviation、UK SAF Mandateを参考にJOGMEC作成

これに対しEUはFit for 55政策パッケージ[5]の一部として2023年4月、ReFuelEU Aviation[6]が欧州議会・理事会で承認を受け、欧州の空港を離陸する航空機に対し2025年からのSAFの航空燃料への混合割合を定めた。またサブターゲットとして2030年からはe-SAF(グリーン水素とCCUで回収したCO2をもとに製造)の混合割合も規定されている(表1)。英国では2024年4月、英国政府によりUK SAF Mandate[7]が発表されている(今後議会の承認を受け、2025年1月から施行の予定(2024年5月時点))。この法案のユニークな点は原料供給に制限のあるHEFAベースのSAFの使用上限をサブターゲットとして設けていることである(表1)。今後英国政府はSAF生産設備の拡充促進のための専門部会を立ち上げるとする。また欧州(EU)ではEU-ETS(欧州排出量取引制度)の中でも2024年から空輸セクターを対象として含めている。

米国では2022年、SAF Grand Challenge[8]を発表し、SAFの年間生産量を2030年時点で約900万トン、2050年までに約1億600万トンの達成を目指すとしており、そのためのSAF開発・生産に関する様々な支援策も打ち出している。日本でもGX基本方針の中で2030年SAF混合比を10%とする目標を設定し、GX経済移行債によるSAF製造、サプライチェーン投資等の支援策を検討している。更にインド(2027年1%、2030年5%)、ブラジル(2027年1%、2037年10%)、シンガポール(2026年1%、2030年までに3から5%程度)、UAE(2031年1%)、マレーシア(2050年47%)、インドネシア(目標5%)というように多くの国々がSAFの航空燃料への混合比の規制・目標を設定しており、ここ1、2年の間にSAF使用の義務化の流れが生まれている。

SAF使用の義務化による「官製市場」の規模だけでも欧州と米国を合わせ2030年目標達成のために年間1,300万トン以上のSAFが必要とされている(SkyNRG)。これに後段で述べるような民間による自発的な購入量を加えれば、既に相当量のSAF市場の形成が見込めることとなる。

 

1)b 活発なSAF需要 - 企業側の明確な目標設定

2021年の世界経済フォーラムにおける「Clean Skies for Tomorrow Coalition」[9]のイニシアチブでは2030年までにSAF混合比を10%にするという申し合わせが行われ、それに対しAirbus、Boeing、American Airlines、ANA、British Airways、Cathay Pacific、Delta、United Airlines、JAL、bp、Shell、TotalEnergies、Bank of America等の航空会社、空港、石油セクターを代表する60社が賛同した。他にも14の航空会社から構成されるOneworld AllianceやInternational Airlines Groupが2030年までにSAF混合比を10%にすると発表しているし、14の航空会社から成るAssociation of Asia Pacific Airlines(AAPA)は2023年11月にSAFの使用を2030年までに5%とすると誓約した(ただしメンバーの一部であるANA、JAL、Cathay Pacific、Malaysia airlinesは別途2030年までに10%の混合目標を設定)。他にも個別の航空会社、ロジスティック・輸送会社がSAFの導入に力を入れている(例、DHL Expressは自社関連の航空貨物輸送に2026年から10%のSAFを導入)。

国の規制によるSAF導入の義務化と空輸関連企業の自主的な取り組みによってSAFのオフテーク(長期購入)契約は順調に積み上がっており、それに呼応し生産計画も拡大している(図8)。前出のDHL Expressは2022年3月にbpおよびSAF生産最大手のネステと5年間で64万トンの巨大オフテーク契約を締結しており、航空会社もSAF生産者や燃料供給事業者と積極的に大型オフテーク契約を締結している。元々欧米ではバイオ・再生可能ディーゼルのサプライチェーン・製造基盤・市場が存在していたことから、漸次SAFへの切り替えが可能な条件が整っていたといえる。欧州では原料を混合して処理する混合改質(co-processing)により、米国ではバイオ・再生可能ディーゼルの生産ラインの改修や製油所における新たな設備の立ち上げ等によりSAF生産体制への変更が比較的容易にできる環境になっている。

一方航空会社、ロジスティック・輸送会社が事業の脱炭素に向けSAFの導入に取り組むのは理解できるが、興味深いのは一般企業もSAFの購入を進めていることである。2030年にカーボンネガティブを目指すMicrosoftはスコープ3(自社事業に関連する他社の排出量)の排出量削減が課題となっている。例えばスコープ3のカテゴリー 6で定義される従業員の出張に伴う温暖化ガス排出量は削減が難しく、自社製品の出荷・輸送に伴う温暖化ガス排出量、カテゴリー9(下流の輸送・配送)も自助努力だけでは削減に限界がある。そこでSAFを購入することでスコープ3排出量の削減を図っている。2023年にはOMVと10万トン、Phillips 66と1万5,000トン、World Energy LCCと10年のオフテーク契約を締結している。といっても当然ながらMicrosoftが直接SAFを使用するわけではない。ブックアンドクレーム(Book-and-Claim)認証システムと呼ばれる手法を活用し、SAFを供給者とオンライン取引によって購入、購入と一緒に発行される認証を入手し、認証によってスコープ3排出量をオフセット(相殺)するという方法をとっている。このシステムであればブロックチェーンによって簡単にCO2排出量削減を可視化でき、追跡可能であるため、多くのボランタリー市場における炭素クレジットの課題である透明性・確実性・信頼性の向上にもつながるというメリットもある。

(図8)SAF生産計画とオフテーク(長期購入)契約 
(図8)SAF生産計画とオフテーク(長期購入)契約 (単位: 100万トン)
(出所: FGEデータをもとにJOGMEC作成)

 

1)c クリアとなった空輸の脱炭素に向けた道筋

3番目の理由は空輸の脱炭素に向けた道筋が明確になった、ということである。2023年11月、Virgin Atlantic航空は初めて100%SAFによる大西洋横断飛行を達成した[10]。使用されたSAFはMarathon Petroleumの100%子会社Virentの精製所で製造された植物糖を原料とするsynthesized aromatic kerosene(合成芳香族ケロシン、SAK)で、芳香族であるため通常の石油系航空燃料であるJet A(ケロシン)との混合は必要ない。一方通常のSAFはパラフィン系化合物であり、石油系の燃料が持つ芳香族を持たないため、Jet Aとの混合が必要となる。芳香族は燃料の漏洩を防止し、粘性と比重を加え、凍結点を下げる働きをする。ただしこの制約は現時点での技術でも対応が可能なため、電化や水素燃料電池のように技術的障壁を伴うものではない。

その機体にエンジン(Rolls-Royce Trent 1000)を提供したRolls-Royceはその成功の後電気航空機技術の開発から撤退すると発表した。同社は撤退表明の中で「(大西洋横断飛行の成功により)100%SAFが適応可能で、パフォーマンスにも何ら障害を与えないことを確認できたから」であると述べている。いつの日にか大型航空機にも電化や水素燃料電池による飛行が可能となる日が来るかもしれないが、少なくとも今後10年、20年というスパンにおいては空輸の脱炭素はSAFが主役となると見越した方針決定であったといえる。

またJet Aと比べて2から5倍といわれる高額な燃料であるSAFを受け入れられる背景としては空輸セクターが陸運・海運セクターと比べて「価格感応度が低い」という点も挙げられる。過去においても航空会社は油価高騰の際「サーチャージ」として航空運賃に燃料コストを転嫁してきたという経緯がある。空輸セクターにおいては他のセクターよりも品質・安全性を重視し、それを維持するためのコストを料金に転嫁することが許容されてきた。2023年12月に発表されたIEAの報告書「The Role of E-fuels in Decarbonising Transport」の分析資料によれば、SAFを10%の割合で混合するのであれば、航空料金の値上げは5%程度に抑えられるとする。同報告書では「簡便な予測方法によれば5%の値上がりで失われる乗客の割合は0.5から0.8%程度」となり、もしそうであれば事業としては許容範囲であろう。また旅客輸送の場合コストの増加分はファーストクラスやビジネスクラスへ転嫁するという方法もある。

 

2) SAF供給における今後の課題

各国におけるSAF混合比の規制や目標値の設定、空輸セクターにおけるSAFを中心とした脱炭素の方向性といった足場や枠組みが固まり、着々と大型オフテーク契約の締結も進んでいるSAFではあるが、SAFの供給面で気になるのは9割以上のSAF生産が「HEFA」の製造経路に集中しており、しかもその原料は大きく廃食油(UCO)に依存していることである。世界の廃食油(UCO)の生産量は年間3,000万トンとも4,000万トンとも言われるが、実際にSAF製造原料として利用できる量は遥かに少ないであろう(現在の流通量は年600万トン程度)。しかもバイオ・再生可能ディーゼルといった他の運輸セクターとの競合もある。仮に運よく半分程度がSAFの原料として調達できても、欧州と米国が2030年の目標とする年間1,300万トンのSAF生産をやっと満たす程度にしか過ぎないし、当然ながら今後廃食油(UCO)の大幅な価格上昇は免れない。英国政府がSAF混合割合の規制であるUK SAF Mandateの中でHEFAベースのSAFの使用上限をサブターゲットとして設けているのはまさにこの点を懸念してのものである。

(図9)計画中のSAF生産割合(タイプ別)
(図9)計画中のSAF生産割合(タイプ別)
出所: 英政府データを参考にJOGMEC作成
(図10)製造経路別SAF製造コストとCO2削減割合
(図10)製造経路別SAF製造コストとCO2削減割合
(単位: 縦軸 US$/トン、横軸 ジェット燃料と比較した温暖化ガス排出量削減割合)
出所: 英政府データを参考にJOGMEC作成

図9に見られるように現在計画中のSAF生産プロジェクトも「HEFA」製造経路が7割近くを占め、将来に亘っても原料を圧倒的に廃食油(UCO)に依存する状況が予想される。また図10では製造経路別にSAF製造コストとCO2削減割合を示しているが、他の製造経路に比べて温暖化ガス排出量削減という見地からはそこそこのパフォーマンスに留まるものの、コスト面では「HEFA」製造経路が圧倒的に有利といった状況が見て取れる。そういった状況の中SAF 原料の多様化、他の製造経路の開発といった「HEFA」以外のオプションを求めることは経済合理性の側面を考えた上では困難な選択肢でもあるが、SAFを本当の意味での「サスティナブル・フューエル」とするためには避けては通れない道である。

前出のIATA(国際航空運送協会)の報告書では空輸セクターが2050年ネットゼロを達成する上でSAFが65%の温暖化ガス排出量削減に貢献し、そのためにSAFの消費量を3億6,000万トンまで拡大する必要があるとしている。EUのReFuelEU Aviationでも2050年のSAF混合義務割合は70%となる。そうなれば航空運賃に転嫁することも容易ではない。炭素税やEU-ETS(欧州排出量取引制度)といった炭素価格(carbon pricing)制度の導入もSAF普及には有効な方法であるが、現在のジェット燃料(Jet A)とSAFの価格を同等にするためにはCO2換算で1トン当たり300US$以上の炭素クレジット価格が必要となる。2050年時点でも相当量の石油由来のJet Aが使用されていることを考えれば、炭素クレジット価格の大幅上昇は空輸コストの著しい増大を招く。「HEFA」製造経路の限界という問題を抱えながら、いかにSAFコストの低減を図っていくかが今後の大きな課題となる。

一言でSAFといっても図10で示すようにその原料・製造経路によって脱炭素効果には大きな差異がある。SAFも燃焼すればCO2を排出するわけで、原料生産・輸送・SAF製造・消費といったサプライチェーンを通じたライフサイクルの中でいかに温暖化ガス排出を抑えることができるかがSAFの低炭素燃料としての価値を決定する。多くの航空会社が革新的な技術を用い、より低炭素でサスティナブルなSAFの商業生産を目指す新興企業・スタートアップに直接投資する動きが生まれているし、そのような低炭素でサスティナブルなSAFに対する需要も活発になっている。前述したブックアンドクレーム(Book-and-Claim)認証システムといった仕組みはSAFに対する透明性・確実性・信頼性を担保し、ライフサイクルとしての脱炭素効果を正当に評価できる機会を買い手側に提供することができる。今後は単にSAFとして一括りにされるのではなく、低炭素や環境負荷、サスティナビリティーやリサイクル率といった視点を加えた、総合的なSAFの評価軸が形成されていく。そうした真のSAFの価値評価基準や測定法が生まれれば、「HEFA」以外のSAFに対する市場価値が形成され、他の原料・製造経路の拡大、原料の多様化、コストの削減に結び付くかもしれない。

 

3) 米国・欧州におけるSAF市場

ここまで全体としてのSAFの現状について見てきたが、ここからは具体的なSAF開発事業も含めSAFで先行する米国と欧州の状況を確認していくこととする。

 

3)a 米国におけるSAFの現状

近年米国において軽油に混合されるバイオ・再生可能ディーゼルの生産・需要は着実に伸びており、その原料となる植物油・獣脂の価格も上昇している(図11)。

(図11)バイオ・再生可能ディーゼル需要拡大と植物油・獣脂の価格上昇
(図11)バイオ・再生可能ディーゼル需要拡大と植物油・獣脂の価格上昇
(単位: 左縦軸 US¢/ポンド、右縦軸 億ガロン)
出所: 米国農務省データをもとにJOGMEC作成

米国では2005年の包括エネルギー政策法(Energy Policy Act of 2005)および再生可能燃料基準(Renewable Fuel Standard、RFS)[11]の導入や2007年の包括エネルギー政策法の改定(RFS2)によってバイオ燃料の生産量が増えてきた。包括エネルギー政策法および再生可能燃料基準(RFS)ではガソリンや軽油といった輸送用燃料に対して毎年米国環境保護庁(EPA)が目標値(Renewable Volume Obligations、RVO)[12]を設定し、バイオ燃料の混合比率を石油精製・混合・輸送事業者(燃料ブレンダー)に義務付けている。燃料ブレンダーがガソリンや軽油にバイオ燃料を混合する際EPAによって指定されるそれぞれのタイプのバイオ燃料(D3セルロース系バイオ燃料、D4バイオマス系ディーゼル、D5先進バイオ燃料、D6再生可能燃料全体)に対しRINと呼ばれるクレジットが1ガロン単位で発行され、更にバイオ燃料ごとに係数が加算される(例、D6のバイオエタノールは1 RINであるが、D4のバイオディーゼルは1.5 RIN、再生可能ディーゼルでは製造経路に応じて1.6 RINまたは1.7 RINとしてカウントされる)。現在(2024年4月末)はEPAの目標値が旺盛なバイオ・再生可能ディーゼルの生産量の伸びに比べて低く設定されており、前述したような欧州からのバイオディーゼルの市場流入もあり、D4のRINクレジットで0.68US$、D6で0.66US$と低迷しているが、2023年では多くの時期RIN クレジットの価格は1.50 US$を超えて推移していた。

ガソリンに混合されるバイオエタノールは2000年代再生可能燃料基準(RFS)とそれに伴うRINクレジット制度によって急激に生産量を増やしてきたが(更に一部の州では州独自のバイオエタノールに対する税額控除の制度を設けており、イリノイやミネソタ州では1ガロン当たり1.50US$の税額控除を受けることができる)、ここ10年程はその伸びが停滞している(図12)。これは自動車の燃費向上やEV(電気自動車)・ハイブリッド車の販売拡大によりガソリン消費の伸び自体が鈍化しているためである。

(図12)米国のバイオエタノール生産量推移
(図12)米国のバイオエタノール生産量推移 (単位: 億ガロン)
出所: 米国EIAデータをもとにJOGMEC作成

バイオエタノール生産に関わるトウモロコシ農家やバイオエタノール生産事業者がガソリン販売の停滞によるエタノール市場縮小に懸念を示す中注目したのがSAF(持続可能な航空燃料)へのバイオエタノール利用である。バイデン政権は2021年、SAFの生産規模の拡大、低コスト化、普及を目指し、SAF Grand Challengeを発表、2030年に年間約900万トン、2050年までに約1億600万トンのSAF生産目標を定めた。またSAFのインフレ削減法(IRA)による税額控除ではジェット燃料と比べた温暖化ガス排出量削減割合によって差異があるが、50%以上の削減が達成できれば1ガロン当たり1.25から1.75 US$の税額控除を受けられる(CO2 1%削減で1¢の税額控除が加算)。これはバイオエタノールをSAFの原料として利用することで需要が拡大し、バイオエタノールやトウモロコシの市場価値が上がるということを意味する。こうした背景の中バイオエタノールをSAFの原料として使用するというSAF製造経路、ATJ(Alcohol to Jet)への関心が高まってきた。しかしバイオエタノールにはSAFへの転換において大きな欠点がある。図13で示されるようにバイオエタノールの炭素強度が非常に高く、ライフサイクルで計算した場合、ジェット燃料とほとんど違いがないことである。インフレ削減法(IRA)のSAF税額控除を受けるためには最低でもジェット燃料におけるライフサイクルでの温暖化ガス排出量、89 g-CO2e/MJの半分以下(44.5 g-CO2e/MJ)である必要があるため、そのままではIRAによる税額控除は受けられない。

(図13)バイオエタノールライフサイクル温暖化ガス排出量のCCSによる削減
(図13)バイオエタノールライフサイクル温暖化ガス排出量のCCSによる削減
出所: JOGMEC作成

米国のトウモロコシによるバイオエタノール製造プロセスではトウモロコシの成分であるデンプンに酵素を加え糖化した後糖は発酵作用によりエタノールに変換されるが、発酵プロセスによるCO2の発生だけでなく、その後の蒸留・脱水プロセスでも大量のエネルギー消費によるCO2発生が伴う。またトウモロコシは大量の肥料を必要とする農作物であることから、原料生産から燃料消費までのライフサイクルにおける温暖化ガス排出量は、多量の化学肥料や農薬使用により更に増加する。

そこで浮上したのがエタノール生産プロセスでCO2を回収し、輸送・貯留するCCSハブのコンセプトである。特にバイオエタノール生産からのCO2回収コストは20から30US$/トン程度とされ、80から100US$/トン程度とされる石炭火力発電所の排ガスからのCO2回収などと比べて圧倒的に低コストであるという点も事業を進める上で有利な点である。

(表2)mega-hubs and spokesプロジェクト(CO2のバイオエタノールプラントからの回収・輸送・遠隔地貯留)
(表2)mega-hubs and spokesプロジェクト(CO2のバイオエタノールプラントからの回収・輸送・遠隔地貯留)
(出所:JOGMEC作成)

こうした状況の中、全米のバイオエタノール生産量の94%を占めるとされる中西部のエタノールプラントからCO2を回収し、州境を超えてCO2を輸送・貯蔵するという大規模CCS事業が次々に立ち上がった。これらはCO2幹線ラインを中心として周りのエタノールプラントから広範囲にCO2を回収するというビジネスモデルからmega-hubs and spokesと呼ばれている(図13および表2)。バイオエタノールプラントからのCO2回収が低価格で実施できることに加え、米国の改定45Qクレジット制度(Sec. 13104)によりCCSでは最大1トンのCO2あたり85US$(CO2が恒久的に貯留される場合)の税額控除が受けられる。

しかし現在それらのmega-hubs and spokesプロジェクトはCO2パイプライン敷設に対する地元の反対に遭遇し、プロジェクト存続の危機に陥っている(表2)。CO2パイプラインの敷設ルートが横切るあるいはその近隣の土地所有者や農家、地元住民にとってCO2パイプラインの設置はCO2漏洩のリスクを招き、地価の下落や作物の風評被害を招く恐れがあり、とても同意できなというのがその主意であった。これらの地元の反発を受け、当該州の規制当局もパイプライン建設の承認を棄却あるいは申請保留とし、今後の承認手続きと事業の不透明さからHeartland Greenway CCSプロジェクトではNavigator CO2 Venturesが2023年10月撤退を表明している。他の事業でもパイプラインルートの見直しや環境影響評価の修正等、事業の大幅な変更は避けられず、仮に事業が前進しても2年以上のスケジュールの遅れが指摘されている。

こういった中米国のATJ(Alcohol to Jet、アルコール・ツー・ジェット)事業をCCSの力を借りずに事業化しようという動きも起きている。

その代表格がGevoのNet-Zero 1プロジェクトである。同事業ではサウスダコタ州でATJにより年間19.7万トンのクリーン燃料を生産し、その内16.7万トンをSAFにコンバートする(2026年終わりから2027年初め稼働開始予定)。また別途RNG(再生可能天然ガス、バイオメタン)を製造し、ATJの生産過程で熱源として利用する。また同事業では2023年8月に米国エネルギー省(DOE)から9.5億US$の融資保証を受領している。Net-Zero 1プロジェクトの特徴はATJの製造過程で低炭素エネルギーを最大限利用することでライフサイクルとしての温暖化ガス排出量を削減し、最終的にはカーボンニュートラルあるいはカーボンネガティブ燃料の生産を目指していることである(図14)。

図14で示すようにバイオエタノールを製造し、それからATJによりSAFを生産する場合は90 g-CO2e/MJ程度の温暖化ガスがライフサイクルで排出され、石油由来のジェット燃料の89 g-CO2e/MJと同等となってしまう。従ってバイオエタノールやその派生品(SAF等)をクリーン燃料とするために、再エネやRNG、クリーン水素を利用することで、製造プロセスで排出されるCO2を削減あるいはオフセット(相殺)する。またNet-Zero 1プロジェクトのユニークな点はバイオエタノール製造にトウモロコシを供給する農家と協力して、図14に示すような持続可能な農業プログラム「クライメート・スマート・アグリカルチャー(Climate-Smart Agriculture、CSA)」[13]を推進していることである。このアプローチは輪作、被覆作物、緑肥、不耕起栽培によって土壌の風化・劣化を防ぎ、健康を維持すると共に化学肥料の使用を抑え、CO2を土壌中に固定したり、有機物の分解を制御することでCO2の発生を抑えるといった低炭素農法を指す。Gevoは直接トウモロコシ農家と契約し、このCSAプログラムの採用を拡大している。

(図14)低炭素エタノールによるSAF生産: GevoのNet-Zero 1プロジェクト
(図14)低炭素エタノールによるSAF生産: GevoのNet-Zero 1プロジェクト
出所:Gevo社投資家向け資料をもとにJOGMEC作成

またこうした中米国の財務省・国税庁は2024年4月30日、環境保護庁、エネルギー省、農務省、連邦航空局、運輸省の協力を得、米国のトウモロコシ・大豆由来のATJやHEFAがインフレ削減法(IRA)によるSAFの税額控除制度40Bの対象となるかを判断するための評価基準(ガイダンス)を公表した。またこれまでのInternational Civil Aviation Organization(ICAO)による計算方法からIRA40BSAF-GREET 2024モデルを計算方法に採用した。GREETモデル[14]というのはGreenhouse Gases, Regulated Emissions and Energy Use in Technologiesモデルの略で、連邦政府直轄のArgonne Laboratory(アルゴンヌ国立研究所)によって開発されたライフサイクル排出量の計算方法と削減のためのプログラムである。ATJケースの場合、GREETモデルではライフサイクル排出量が低く計算される(図15)。またGREETモデルでは原料である農作物生産時の温暖化ガス排出量をかなり大きくとることから、CSA(クライメート・スマート・アグリカルチャー)といった低炭素農法による排出量削減の影響がライフサイクル排出量に大きく効いてくる(図16)。一方従来のICAOの計算方法では土地利用変化における高い値が含まれるため、ATJにおけるライフサイクル排出量は90.8 g-CO2e/MJと高くなる。

(図15)アルゴンヌ国立研究所GREETモデルによるSAF原料・製造経路ごとのライフサイクルにおける炭素強度
(図15)アルゴンヌ国立研究所GREETモデルによるSAF原料・製造経路ごとのライフサイクルにおける炭素強度
(単位: g-CO2e/MJ)
出所: アルゴンヌ国立研究所データをもとにJOGMEC作成
(図16)米国トウモロコシベースエタノールによるATJ SAF製造プロセスおけるライフサイクル温暖化ガス排出量の各過程別ならびに栽培時の排出割合
(図16)米国トウモロコシベースエタノールによるATJ SAF製造プロセスおけるライフサイクル温暖化ガス排出量の各過程別ならびに栽培時の排出割合
出所: アルゴンヌ国立研究所データをもとにJOGMEC作成

IRA40BSAF-GREET 2024モデルを使った新たなガイダンスでは、トウモロコシを原料としたバイオエタノールを使ったATJはトウモロコシ農家が「不耕起栽培、被覆作物、効率的な施肥」の3つの条件を満たす場合10 g-CO2e/MJ、HEFAは大豆農家が「不耕起栽培と被覆作物」を組み合わせた農法を採用する場合5 g-CO2e/MJのCSA(Climate-Smart Agriculture、クライメート・スマート・アグリカルチャー)控除を受けることができる。例えば原料となるトウモロコシが「不耕起栽培、被覆作物、効率的な施肥」によって栽培され、ライフサイクルにおける温暖化ガス排出量がIRA40BSAF-GREET 2024モデルによって51.8 g-CO2e/MJと計算される場合、予めCSA控除の10 g-CO2e/MJを差し引くことができるため、基準のジェット燃料の89 g-CO2e/MJと比べたライフサイクルベースの排出削減割合は以下のように計算される。

[(89 g-CO2e/MJ – (51.8 g-CO2e/MJ – 10 g-CO2e/MJ)) / 89 g-CO2e/MJ] x 100% = 53%(小数点以下切り捨て)

この例の場合IRA(インフレ削減法)のSAF税額控除の最低条件はライフサイクル排出削減量が50%以上であることとされているため、1.25US$/ガロンの税額控除の最低ラインをクリアし、更に3¢/ガロンのボーナス(1%につき1¢/ガロン)控除を得ることができる。

IRA40BSAF-GREET 2024モデルを使ったガイダンスはその名の通り2024年限定モデルで2025年には異なる条件で新たなガイダンスが導入される可能性もあるが、GREETモデルの採用はSAF・エタノール事業者の強い要望でもあり、今後のSAF生産のATJ製造経路の発展に寄与することは間違いない。前出のGevoにとってNet-Zero 1プロジェクトの脱炭素におけるラストピースはNavigator CO2 VenturesによるHeartland Greenway CCSプロジェクトであったが、Navigator CO2 Ventures が2023年10月既に同事業から撤退を決めたのは前述の通りである。しかしGevoは2024年5月、この新たなガイドラインの導入によりIRAによるSAF税額控除の最高額(1.75US$/ガロン)の適用が再び可能となったと発表している。

GevoのNet-Zero 1プロジェクトと異なるアプローチでATJによりSAFの生産を図るのがLanzaJetである。2024年同社は他のATJプロジェクトの先陣を切って大規模商業プラント(Freedom Pines 燃料プラント)をジョージア州に開設、1月には生産操業を開始し、徐々に生産量を引き上げている。最終的には年間3万トンの再生可能燃料を生産し、その内の90%をSAFに転換する。LanzaJet技術のユニークな点は原料としてトウモロコシの代わりに都市ごみや農業・林業残渣から得た植物繊維(リグノセルロース)を使うことである。リグノセルロースを酸で分解・分離した後糖分(グルコース)を発酵させ、バイオエタノールを製造する。トウモロコシと異なり食料・飼料とのバッティングが起きないという点が強みであり、欧州のように原料調達の段階から厳格な管理が求められる市場向きといえる。実際のところLanzaJet Freedom Pinesで生産される燃料には全て今後10年間のオフテーク契約がついているとされる。またSouthwest Airlinesは2024年3月、同社に対し3,000万US$の直接投資を発表している。

 

3)b 米国のSAF生産計画

米国には元々トウモロコシや大豆といったバイオ燃料の原料となる資源作物の生産を含むバイオ燃料に関する巨大なサプライチェーンや市場が存在していた。またSAFの元となるHEFAと同等の性状である再生可能ディーゼル(HVO)の全米の生産能力は年間910万トンであるが、2025年末には1,790万トンに拡大するとされる(2023年1月、EIA)。そのような市場や社会基盤が整備されている中、バイデン政権によって打ち出された2021年のSAF Grand Challengeや2022年のインフレ削減法(IRA)は米国のSAF生産事業活動の活発化に大きく貢献している。

図17の左上に示すチャートはSAF生産事業の経済性を計算によって示したものではなく、単なるイメージに過ぎないが、米国のRINクレジットの販売、IRAや州ごとの税額控除が大きくSAF生産コスト低減につながり、ひいては販売価格低下、更にはオフテーク契約の拡大に役立っていることが想像できる。

 (図17)活発な米国のSAF生産事業

(図17)活発な米国のSAF生産事業
出所: JOGMEC作成

米国にはこれまで再生可能ディーゼル(HVO)を生産してきたバイオ燃料の「大規模リファイナー(精製事業者)」が存在し、「生産量」の面からはSAF生産の主役もそれらのリファイナーが務めることとなる。これまでの再生可能ディーゼル(HVO)の生産ラインを比較的簡単にHEFA経路のSAF 生産に切り替えることができることから、ワールドクラスのSAF生産計画が立ち上がっている。2024年2月、Valero EnergyとDarling Ingredientsの合弁会社であるDiamond Green DieselはPort Arthur再生可能ディーゼルプラントのSAF製造ラインの最終投資決定(FID)を行ない、2025年第1四半期にSAF製造ラインが完成すると発表した。同工場は現在年142万トンの再生可能ディーゼルの生産能力を有しており、そのうちの約50%(71万トン)をSAF用にコンバートすることが可能となる。またPhillips 66は旧San Francisco製油所をコンバートしたRodeo Renewable Energy Complexにおいて日量3万バーレルの再生可能ディーゼルの生産を開始し、2024年第2四半期までに生産量を日量5万バーレル(年間242万トン)以上に引き上げる計画であるが、SAFの生産は2024年第2四半期に開始する予定である。Calumet Specialty Products PartnersによるMontana RenewablesはGreat FallsリファイナリーにおけるMaxSAF計画に従い、SAFの生産量を徐々に引き上げる。年間生産能力86万トン(日量1万8,000バーレル相当)のリファイナリーは2023年第1四半期の日量5,000バーレルから現在は日量8,200バーレルとなり、46%の稼働率で操業している。現在のSAF生産量は日量2,000から4,000バーレルであるが、MaxSAF計画によって設備容量の83%相当である日量1万5,000バーレルのSAF生産を目指す。前述したようにEPA(米国環境保護庁)が設定した目標値(Renewable Volume Obligations、RVO)が旺盛なバイオ・再生可能ディーゼルの生産量の伸びに比べて低く設定されているため、RIN クレジット価格が低迷している。さらにIRAにおけるバイオ・再生可能ディーゼルの税額控除は最大1.00US$/ガロンであるのに対し、SAFは最大1.75US$/ガロンと定められている。こういった背景もバイオ・再生可能ディーゼルからSAFへの生産移行といった流れを生む一つのきっかけとなっている。

米国のSAF市場では、米国の豊富な資源作物(大豆等)をベースとした再生可能ディーゼル(HVO)プラントからのSAF生産への転換がSAF供給の主流となり、同様に資源作物であるトウモロコシから生成するバイオエタノールを使ったATJによるSAFの生産も大きく伸びてくる可能性が強い。一方で図17に示すように都市ごみや農業・林業残渣といった廃棄物からバイオエタノールを作り、SAFに変換する経路、同じく廃棄物をガス化しFT合成によってSAFを合成する経路、更にはグリーン水素と回収したCO2を使い、FT合成によってSAFを製造する経路(e-SAFあるいはPTJと呼ばれる)を利用した事業に関しても航空会社等の関心は高い。航空会社等とオフテーク契約を締結し、計画・建設が進み、既に商業運転を開始しているプロジェクトもある。IRAやSAF Grand Challengeによる米国政府の支援に負うところも大きいが、それらの経路から生産されるSAFは食料との競合や間接的土地利用変化といった原料面での制約もなく、ライフサイクルにおける炭素強度も低い(炭素強度が低いことでより多くのIRAによる税額控除が受けられる)。製造コストが大きいにもかかわらず需要側からの引き合いが強いのは、需要家がそれだけ製品価値により高いプレミアムを設けていることを意味する。このように低炭素・高付加価値のSAFが一定量のプレミアム市場を形成できれば、HEFA経路以外のSAF生産事業の拡大にもつながる可能性がある。また規模が拡大していけば今後原料規制の厳しい欧州市場をターゲットにしていくことも十分考えられる。

 

4) 欧州(EU)におけるSAFの現状

「1)空輸に対する温暖化ガス排出量規制の強化」で触れたように欧州におけるSAF生産事業と取引の活発化はEUのFit for 55政策パッケージの一部として2023年4月、ReFuelEU Aviationが成立し、2024年からはEU-ETS(欧州排出量取引制度)において空輸セクターも対象として含まれたことが大きい。既にフランス、スウェーデン、ノルウェーで1%のSAF混合が義務化されていたが、ReFuelEU Aviationによって本格的にSAFへの道筋が開けた。

欧州では2009年の再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive、RED)により2020年までに運輸部門でのバイオ燃料使用を10%にするという目標が掲げられ、実勢の混合率は6%程度に留まるものの、比較的早くからバイオ燃料の生産が行われていた(Eniは2014年に欧州初のバイオリファイナリーを建設)。欧州のバイオ燃料生産の特徴は既存の石油精製所を改造し、すべての原料を初めの段階から混合し処理する、混合改質(co-processing)によってバイオ燃料混合製品(例、B5、B10)を製造していることである。既存の石油精製所の設備やインフラを最大限利用できることから、低コストおよび最短期間で混合燃料を生産できるというメリットがある。SAF規制、空輸のEU-ETS適用、低コストによる設備のコンバートによって欧州のSAF市場は拡大している(図18)。

(図18)活発な欧州のSAF生産事業
(図18)活発な欧州のSAF生産事業
出所: 各社データを参考にJOGMEC作成

一方年間100万トン近くが欧州に輸出され、欧州におけるSAF原料供給の中枢を担ってきた中国産の廃食油(UCO)は中国のバイオディーゼル(FAME)原料としての需要の高まりで今後調達が困難となってくる可能性がある(前述1. バイオ燃料とその現状参照)。更に現在中国ではSAF生産に関わる大型プロジェクトがいくつか公表されており、今後の拡大が予想される(中国のGuangxi Hongkun BiomassはTopsoeのHydroFlex技術により2026年から年間30万トンの原料を用いSAFの生産を開始、またTotalEnergies と中国SinopecはSinopecの製油所で年産23万トンのSAF生産設備の共同開発につき基本協定締結)。

図19は2022年における欧州におけるバイオ・再生可能ディーゼル生産に使用される原料別割合であるが、欧州域内で調達される菜種油が依然原料として最も多く用いられている(42%)ものの、菜種油のシェアは2008年では72%あった(米農務省「Biofuels Annual」)。その後廃食油(UCO)、獣脂、パーム油といった油脂が着々とシェアを拡大してきている。特にUCOは現在原料の3割ほどを占め、その半分は輸入で賄っており、更に輸入UCOの半分近くは中国産となっている。

図20はHEFA製造経路におけるSAF製造原料となる油脂別コスト比較であるが、UCOは調達コストが低く、サスティナビリティーの視点だけではなく、コスト面でも「最初の選択肢」となっている状況が読み取れる。

(図19)欧州におけるバイオ・再生可能ディーゼル生産に使用される原料別割合(2022年)
(図19)欧州におけるバイオ・再生可能ディーゼル生産に使用される原料別割合(2022年)
出所: 米農務省Biofuels AnnualのデータをもとにJOGMEC作成
(図20)HEFA製造経路のSAF製造原料別コスト比較
(図20)HEFA製造経路のSAF製造原料別コスト比較 (単位: US$/トン)
出所: Neste社データを参考にJOGMEC作成

また「1. バイオ燃料とその現状」で述べたように、これまでインドネシアからだけで年間600万トンが輸入され、その半分以上がバイオ燃料の原料として利用されてきた東南アジア産パーム油は、間接的土地利用変化(ILUC、Indirect Land Use Change)のリスクがないとの認証が得られない限り2030年にかけ段階的に廃止され、既に2023年のインドネシア産パーム油の輸入量は前年比120万トン減となっている。欧州域内でも採油目的で菜種が広く栽培されているが、食料や陸運セクターとの競合がある。廃食油・獣脂は供給量に限りがあり、非輸送セクターへの影響もある。例えば獣脂は再生可能ディーゼル・SAFの原料として利用されるが、元々洗剤・シャンプー・化粧品・ペットフード等の原料として利用されてきた。そういった業界では廃棄物としての獣脂がなかなか手に入らない状態になっており、代わりに東南アジア産のパーム油を代替として使うといった「ねじれ」の状況が生まれている。

欧州のSAF事業者もSAF原料供給のリスクを十分認識しており、バイオ系油脂原料調達の多角化に積極的に取り組んでいる。再生可能ディーゼル生産で世界3位に位置するイタリアのEniは、傘下のEniliveを通じてイタリア国内のPorto Marghera、Gela、更にLivorno製油所のコンバートによる3基のバイオリファイナリー体制で、2030年までに現在の年間生産能力165万トンから500万トンに拡大することを目指す。SAFについても2026年には年産100万トン、2030年には年産200万トンの目標を置く。SAF生産拡大に積極的な同社はアフリカを中心とした9各国、70万軒の農家と契約を結び、綿の実、ひまし、ハズといった植物から抽出される非可食植物油によるSAF原料油脂の調達を図る。これらの植物は荒れ地での栽培や他の耕作物との輪作が可能であり、食料用農作物との競合の可能性も低い。同社はケニアに搾油・精製所も建設し、2023年に2か所のアグリ・ハブ(agri-hub)から年間2万トン、2026年には年間20万トンの油脂回収を目指していた。こうした原料供給も含めた「垂直統合型」のビジネスモデルはbpやChevronも採用しており、非可食植物油の利用等でHEFA経路のSAFの生産は年間8,500万トンまで拡大が可能とされる(ATAG 2021 Waypoint 2050)。しかしながら期待に反してケニアからのひまし油の出荷は2023年の1月から11月までで7,350トンに留まり、目標には遥かに及ばない結果となった。そのためEniは代替策として国内に供給源を求め、傘下のEni Natural EnergiesはBF SpAの油脂企業と10年間の供給契約の締結と2,700万US$の投資を行うと発表している。こういった点からも自然環境の影響を大きく受けるバイオ原料調達の困難さ、安定供給の難しさが浮き彫りになったといえる。また欧州でも輪作・被覆作物栽培により新たな供給源の確保が図られており、輪作によるcamelina、carinata、canola等の栽培が進められているが、バイオ燃料供給量を支えるまでの規模には発展していない。

 

4. 海運燃料としてのバイオ・低炭素合成燃料

1) 海運に対する温暖化ガス排出量規制の強化

国連の専門機関の一つである国際海事機関(IMO)は2023年7月、Marine Environment Protection Committee第80回会合(MEPC 80)[15]において(1)各国の状況を考慮し、2050年ごろまでにネットゼロを目指す、(2)経過指標として2008年対比で2030年までに最低20%、努力目標で30%、2040年までに最低70%、努力目標で80%の削減を目指す、(3)温暖化ガス排出ゼロかそれに近い燃料・技術の使用割合を2030年までに最低5%、努力目標として10%を目指す、(4)ライフサイクルベースでの温暖化ガス排出量削減を目指すことが決定された。それまで(2018年合意)は「2050年までに温暖化ガス排出量の50%以上削減(2008年比)および今世紀中なるべく早期に排出ゼロという目標を設定」という方針であったことから、大幅に海運セクターの脱炭素に踏み込んだ形となった。

また欧州においてもEUのFit for 55 パッケージの中のFuelEU Maritime[16]が2023年7月に欧州理事会の採択を受け正式に成立し、 2025年1月1日から適用される。総トン数5,000トン超の船舶は、91.16 g-CO2e/MJ(2020年時点の船舶用燃料の炭素強度)に対して、2025年時点で2%、2030年時点で6%、2035年時点で14.5%、2050年時点で80%の温暖化ガス排出量(炭素強度)削減が求められる(表3)。更にEUは海運セクターに対するEU-ETS(欧州排出量取引制度)の適用を2024年から開始し、2024年で40%、2025年で70%、2026年で100%の温暖化ガス排出量が対象となる。

 (表3)FuelEU Maritimeの定める炭素強度の削減割合
(表3)FuelEU Maritimeの定める炭素強度の削減割合
(出所:FuelEU Maritime をもとにJOGMEC作成)

IMOはMEPC 80において合意に至った脱炭素目標を達成するための具体的なルールやガイドライン、更には海運の炭素価格メカニズムやゼロエミッション海運基金といった制度や枠組みについて議論をおこなっているが、2025年までに完成させ、2027年までの施行を目指すとする。

 

2) 海運の脱炭素オプション

これらの規制や方針を受け、海運セクターでは脱炭素に関する関心が大きく高まっている。柱となるのはデジタルも活用したエネルギー効率の改善(船舶設計、航行モードの最適化、風力補助)とされ、現在IMOが検討中の炭素価格のメカニズムも有効とされるが十分とは言えず、原子力動力や船上CO2回収(例、Value Maritimeの「Filtree System」)も検討はされているものの、現実的解はエネルギー消費効率改善(節エネ・省エネ)と低炭素船舶燃料の組み合わせとされる。低炭素船舶燃料としてのソリューションでは既存燃料(C重油・軽油といった石油系燃料)あるいは低炭素燃料いずれの燃料でも運航が可能な二元燃料船への関心が高まっている。図21は今後の新造船に対する二元燃料船の発注割合を世界的船舶エンジンメーカーであるドイツのMan Energyが予想したものであるが、それによるとLNG・LPG船といったLNG・LPG燃料へのアクセスが容易な特殊ケースを除いては、現在の二元燃料船の発注はコンテナ船が先行しており、今後もコンテナ船が二元燃料船の普及をけん引すると想定している。

コンテナ船は衣料、家電、日用品といった消費財の輸送を多く手掛けるが、それらの荷主となる消費財ブランドメーカー・取扱業者は製品を消費者に直接提供することから社会の環境意識と直接つながりがあり、企業理念や販売戦略、ブランドイメージに環境重視の視点が欠かせない。2021年、Amazon、Unilever等は自身の製品輸送に関し、40年までに温暖化ガス排出量ゼロを目指すというCargo Owners for Zero Emission Vessels[17]を結成した。大手の消費財メーカーではスコープ3(自社事業に関連する他社の排出量)の排出量ゼロを目指す企業が多いが、スコープ3のカテゴリー9、「製品出荷・輸送に伴う温暖化ガス排出量」(前述1)b 活発なSAF需要 - 企業側の明確な目標設定参照)を削減するという意味合いにおいても、輸送手段の脱炭素化は欠かせない。他方原油タンカー等にはまだそこまでの脱炭素化への要請はないし、仕向け地が頻繁に変わる原油タンカーの場合は低炭素燃料の補給に支障が生じる可能性がある(燃料補給の際特定の低炭素燃料の補給が得られないリスク)ことから、二元燃料船の普及速度はコンテナ船に及ばないとされる

(図21)今後予想される新造船に対する二元燃料船の発注割合
(図21)今後予想される新造船に対する二元燃料船の発注割合
出所: Man Energy資料をもとにJOGMEC作成
(図22)2023年使用燃料別新造船発注実績(二元燃料船を含む)
(図22)2023年使用燃料別新造船発注実績(二元燃料船を含む)
出所: DNV資料をもとにJOGMEC作成

新造船では二元燃料船を含む(石油ベースの船舶燃料に代わる)代替燃料での運航が可能な船舶の発注が徐々に拡大している(図22)。また代替燃料ではこれまでのメタン・LNGに代わってメタノールが首位となった。ただしこれは次世代の船舶燃料としてメタノールがはっきりとした優先的立場にあるということではなく、現実はいまだ複数のオプションが林立している状況にある。

 

3) 海運の低炭素燃料における補給面での課題

世界最大の船舶燃料(2022年実績4,790万トン)の補給地であるシンガポールにとって船舶燃料の脱炭素は待ったなしの課題であり、Maritime and Port Authority of Singapore(MPA、シンガポール海事港湾庁)は2030年には100万トンのメタノールの供給が必要と予想しているものの、同時にシンガポールではメタノール、アンモニア、水素の補給を可能とし、補給方法もそれぞれ陸・船舶間、船舶同士、更には荷揚げ・荷降ろし作業との同時進行といったことが可能となるような補給体制を構築するとしている。また世界第二位の船舶燃料補給地(2022年実績1,070万トン)であるオランダのRotterdam港も現状のメタン・LNG、バイオ燃料の補給体制に加えメタノール、アンモニア、水素の補給体制の整備を着々と進めており、2023年8月にはA.P. Moller-Maerskの2,500 TEUコンテナ船に欧州で初となるクリーンメタノール(OCI Globalから供給された250トンのバイオメタノール、OCI HyFuels)の供給を行っている。またシンガポール海事港湾庁(MPA)とロッテルダム港湾庁(PoR)は2022年8月にSingapore-Rotterdam グリーン・デジタル海運回廊(GDSC)を立ち上げ、海運の脱炭素とデジタル化に向けた変革の取り組みを加速させている。これまでにGDSCイニシアチブでは、船会社、燃料供給会社、港湾当局および運営会社、業界連合、銀行など26の国際的なパートナーが参加し、この海運回廊からの温暖化ガス排出量を2030年までに2022年比で20%から30%削減することを目指すと共に、メタノール、アンモニア、メタン、合成・バイオ燃料といった低炭素燃料の普及促進のため、先行的なパイロットプロジェクトを実施し、商業的フレームワークを検討する。

ここまでの低炭素船舶燃料の補給実績はほぼメタン・LNGあるいはバイオ燃料に限られるが、メタン・LNGは石油系船舶燃料との比較で25%程度の排出量削減効果しかなく、CO2の28倍の温暖化効果を持つとされるメタンの漏洩も招くことから、単独での脱炭素オプションとすることは難しい。バイオ燃料(バイオバンカー油)は船舶運航業者にとって手に入りやすく、ドロップインであることから人気が高いが、原料調達に関してSAFとの競合が懸念される。ロッテルダム港湾庁(PoR)は「バイオ燃料はSAFに流れる。従って長期的にはバイオ燃料は海運セクターにとって魅力的なオプションではない」と述べている。ただしメタン・LNGやバイオ燃料にしてもまだ市場シェアは小さく、最大の補給地であるRotterdam港ですら2022年実績で補給船舶燃料全体に占めるLNGの割合は1.4%、バイオ混合燃料で7.4%にしかすぎず、シンガポールにおける低炭素燃料混合割合は0.3%に留まる。原料や製造経路に違いはあるものの空輸の脱炭素の道筋(pathway)はドロップインであるSAFに集約されている。(多くの場合芳香族系成分の添加が必要ではあるものの)ドロップインであるが故に設備や関連イン過ぎの変更は必要とされず、従来の石油系燃料と同様の取扱いが可能だ。それに対して石油系燃料に代わる船舶の低炭素燃料はその多くがドロップインの機能を有しておらず、様々な低炭素燃料オプションが同時に進行する中、設備の変更や技術的・経済的課題だけでなく、補給面での困難さも指摘される。

 

4) クリーンアンモニア・メタノールという選択肢

海運の低炭素燃料に関してはどのオプションが市場で優位となるのかまだ決着がついていないが、海運燃料としてのクリーンアンモニア・メタノールに対しての関心は膨らんでいることに間違いはない。いずれ両者とも現時点ではドロップイン燃料ではなく、設備・関連インフラの大幅な変更も伴うが、他にもいくつか船舶燃料としての特徴がある(図23)。

(図23)クリーンアンモニア・メタノールという選択肢
(図23)クリーンアンモニア・メタノールという選択肢
出所: JOGMEC作成

船舶燃料として使用される場合アンモニア・メタノールの共通点は通常の船舶燃料(C重油等)と比べてエネルギー密度が小さく、同じエネルギー量を確保するためには約2.5倍のタンク容量を必要とするということである。新造船ならばともかく、既存の船舶を改修する場合、貯蔵容量を追加で確保することは難しく、それが燃料変更のボトルネックとなる。

一方アンモニアの燃焼時にCO2を発生しないという特徴は脱炭素の視点からは圧倒的に有利な点となる。またCO2を発生しないということは生産時にCO2を外部から調達する必要がないということも意味する。例えばグリーンメタノールの製造工程では外部から原料となるCO2を回収し、メタノール合成プロセスによるグリーン水素との合成からグリーンメタノールを製造するが、例えば中東や北アフリカの乾燥地帯では再エネと海水の淡水化によりグリーン水素を製造できても、近傍に大量のCO2を排出する産業施設がなければ、CO2は非常にコストのかかるDAC(Direct Air Capture、大気中に存在するCO2の直接大気回収技術)でしか調達ができないことになる。

アンモニア、メタノールいずれも毒性があり、人体に著しい健康被害を及ぼすが、メタノールが摂取による中毒が主なリスクであるのに対し、アンモニアはアンモニアガスの吸引や接触によっても生命の危険を伴うような人体への被害を及ぼすことから、環境安全に対するリスクはアンモニアの方が高い。またメタノールの船舶燃料としての適用や取り扱い方法に関しても国際海事機関(IMO)はIMO Interim Guidelines for the Safety of Ships Using Methyl/Ethyl Alcohol[18]という形で2020年11月に暫定ガイドラインを発表しているが、アンモニアは船舶燃料として認められていない(船舶の国際安全規定、IGFコードに準拠しておらず、現在検討中)。

技術・実績面でも両者は分かれる。メタノールではこれまで30隻以上のメタノール船が就航済みとされ、メタノール燃料用の船舶エンジンも数多く市販されている。一方でアンモニアを燃料とする船舶エンジンはまだ実用化されたものがなく、複数の企業が実用化を目指し、開発を競っている。アンモニア燃料エンジンの技術的課題はアンモニア自体が難燃性で燃焼速度がメタンの1/5と遅く、最低自発火温度は651℃と高いことから、燃料としてエンジン内部で燃焼させることが難しい。またCO2を発生させない代わりに燃焼時に温暖化効果がCO2の265倍といわれるN2O(亜酸化窒素)や大気汚染の原因物質であるNOx(窒素酸化物)を発生する。これに対して開発企業は特殊な燃料噴射デザインの採用による燃焼制御技術を用い、燃焼効率の改善やN2Oの発生抑制を図る。例えば中国CSSCグループの傘下でスイスに拠点を置くWin GDは軽油でもアンモニアでも運転できる二元燃料式ディーゼルエンジンを採用し、軽油とアンモニアで燃料噴射システムを切り替える。アンモニア燃焼時は少量の軽油を混焼し、アンモニアの燃焼安定性を高める。また他に燃焼しきらなかったアンモニアに対する安全対策や耐腐食素材の採用といったアンモニア腐食への対応が必要となる。NOx(窒素酸化物)排出対策としてはSCR(Selective Catalytic Reduction、選択的触媒還元)スクラバーを採用し、排ガス中のNOxを窒素に変え、除去する方式を採用する(図23)。前出のMan Energyは2024年中、WinGDは2025年のアンモニア燃料エンジンの製品化を目指す。他にも日本のジャパンエンジンコーポレーションがアンモニア燃料エンジンの製品開発を行っている。

アンモニア燃料の船舶利用の具体的事例としては豪州のFortescueがMPA of Singapore(シンガポール海事港湾庁)の支援を受け、シンガポール船籍のLPGタンカー、Fortescue Green Pioneerを使い、世界で初めて長距離航海を成功させている。Fortescue Green PioneerはシンガポールのJurong島にあるVopak Banyanターミナルの既存のアンモニア設備から3トンのアンモニア補給を受け、2023年12月シンガポールを出港、UAEドバイで開催されたCOP28に海運の脱炭素のシンボルとして参加した。アンモニアによる試験航海に先立ちノルウェーの船級協会であるDNVからはアンモニアを軽油との組み合わせで船舶燃料として使用するに当たって「Gas Fuelled Ammonia」の表記が与えられた。西豪州のPerthにおいて軽油との組み合わせでアンモニアを燃料とするエンジンの改造が行われ、試験の後シンガポールのSeatrium Benoiシップヤードにおいて船舶の改修が行われた。その際にはガス燃料供給システム、安全システム、関連インフラも併せて整備されている。Fortescue Green Pioneerの2基のエンジンは軽油によっても運行可能な二元燃料設計となっている。アンモニアを混合燃料として使うという海運における初の試みは単にハード面や手続きの変更に留まらない。Fortescue、MPA、海運関係者、研究所、船級機関(DNV)によって構成された体制はリスクの回避・コントロール・緩和に対し妥協のない検証と対策を行っている。例えばアンモニアガスの危険度を検証するため大気拡散モデルを作成しているし、HAZID・HAZOPやsafety caseといった安全性の評価も行っている。またアンモニア補給に当たっては全ての関係者、作業員、船員に対し危険物の取り扱い、緊急時の対応訓練といった安全訓練を施し、実際の補給時にもドローンを使った監視体制、専用PPE(保護具)の着用(図24)、ガス感知器によるアンモニアガスの検知といった厳重な安全面での対応を図った。またシンガポールからドバイまでの航海の間は緊急事態対策本部を設置し、不測の事態に備えている。

Fortescue Green Pioneerが今回シンガポールで補給したアンモニアの量は3トンと限られており、アンモニアの貯蔵タンクも独立してデッキに設置されているが、仮に将来アンモニア燃料船が座礁し、毒性の強いアンモニアが流出するという可能性も捨てきれない。アンモニアは重油等とは異なり海中で拡散し、無毒化されるが、一定範囲内での生態系への影響はその強い毒性が故に甚大であろう。今後アンモニア燃料船が普及する場合、それに合わせた環境安全に対するハード・ソフト両面合わせた配慮と準備が必要であり、その意味でFortescue Green Pioneerの今回の試験航海は示唆に富んだものとして評価される。

(図24)軽油・アンモニア混合燃料船による初航海
(図24)軽油・アンモニア混合燃料船による初航海
出所: JOGMEC作成

5) クリーンメタノールの船舶燃料としての可能性

クリーンメタノールには(1)化石燃料由来のグレー水素とCCSの組み合わせから得られたブルー水素と回収したCO2を合成し製造するブルーメタノール、(2)農業・林業残渣、都市ごみといった廃棄バイオマスのガス化により得られた合成ガスやバイオメタンからの合成で製造されるバイオメタノール、(3)更に再エネ等のクリーン電力による水電解から得られたグリーン水素とCCSで回収したCO2を合成し製造するグリーンメタノール(eメタノール)がある(図25)。

(図25)クリーンメタノールのタイプ
(図25)クリーンメタノールのタイプ
出所: JOGMEC作成

海運セクターにおけるクリーンメタノールへの関心は大きい。表4に示されるように既に多くの二元燃料船を含むメタノール燃料船が発注されており、2027年までに130隻程度が竣工するものと見込まれている(FGE)。特にコンテナ船の保有隻数世界一位のデンマークのAP Moller Maerskは積極的にメタノール二元燃料船の発注を行っており、2024年1月には16,000TEUという大型のコンテナ船Ane Maerskが竣工した。同社のメタノール燃料船は2027年には全体の18%を占めるとされる。またAP Moller Maerskはクリーンメタノールの調達も鋭意展開しており、これまでのクリーンメタノール燃料のオフテーク量は2027年までの合計で250万トン以上とされる。ただし温暖化ガス排出量目標達成のためには30年までに年間500から600万トンのクリーンメタノール燃料の調達が必要となる(FGE)。

(表4)メタノール燃料船発注状況(二元燃料船を含む)
(表4)メタノール燃料船発注状況(二元燃料船を含む)
出所: FGEデータをもとにJOGMEC作成

このようにクリーンメタノールへのニーズは徐々に拡大しているが、サプライサイドからのクリーンメタノールに対する供給能力はどうであろうか。特に海運セクターはクリーン燃料の確保に関して陸運・空輸セクターとの間で厳しい競争にさらされると言われている。国際海事機関(IMO)の掲げる「2030年20%温暖化ガス削減」を達成するためには年間石油換算で1,700万トンの低炭素燃料が必要とされると試算されている(DNV)。図26は一定の実現確度を持つとされるクリーンメタノールの生産事業計画によって予定されている生産設備容量の積算値であるが、このままでは2030年の必要量を満たすことは難しい。1,700万トンというのは石油換算(エネルギー換算)での数字であり、エネルギー密度が石油の半分程度であるクリーンメタノールだけで補おうとすれば、更に多くのクリーンメタノールの供給が必要となる。

(図26)クリーンメタノール生産事業計画
(図26)クリーンメタノール生産事業計画 (単位: 100万t)
出所: FGEデータをもとにJOGMEC作成

またこのチャートによれば特に初期ステージでブルーメタノールの占める割合が圧倒的となっている。ブルーメタノールの供給は、

  • IGPM Gulf Coast Methanol Parkプロジェクト(ルイジアナ州)
    共同事業者Topsoe、Linde、Veolia、Entergy。4基のプラントから年産計720万トンのブルーメタノールを2026年から生産。
  • Lake Charles Blue Methanolプロジェクト(ルイジアナ州)
    共同事業者Denbury、Koch Industries、Cryoin Engineering、Fluor。年産計400万トンのブルーメタノールを2026年から生産。

という2件の事業によって占められるが、もしそれらのプロジェクトが遅延したり、取り消された場合、クリーンメタノール市場全体への影響は大きい。一方で一定量のクリーンメタノールを確保していくためには規模の拡大、コスト削減の困難なバイオメタノールやeメタノールだけに頼ることは難しいため、ブルーメタノールといった大規模生産が見込め、コスト面で有利な製造経路を組み合わせていく必要がある(図27)。

海運燃料の有効な選択肢という位置づけだけでなく、メタノールを使った合成燃料の製造は80年代から商業化されている。現在ASTMの非石油由来ジェット燃料の国際規格であるASTM D7566の中にメタノール由来のATJは含まれていないが、クリーンメタノールを利用したSAFを含む合成燃料の製造計画も公表されており、将来の追加の製造経路として、またクリーンメタノール生産拡大にもつながるものとして期待される。

(図27)クリーンメタノールタイプ別の設備投資額(現在計画中の事業平均)
(図27)クリーンメタノールタイプ別の設備投資額(現在計画中の事業平均)
(単位: US$/トン)
出所: FGEデータをもとにJOGMEC作成

図28に示されるように海運の低炭素燃料はクリーンメタノールが先行し、その後クリーンメタノールの不足分を埋めるような形でクリーンアンモニアが市場に流入し、徐々に拡大していくというのが現時点での大方の見方となっている。しかしこれまで見てきたように、圧倒的優位な低炭素燃料のソリューションは確立しておらず、未だにあらゆるオプションが並行して検討されている。

(図28)海運の低炭素燃料構成の将来予測
(図28)海運の低炭素燃料構成の将来予測 (単位: %)
出所: Man Energy 資料をもとにJOGMEC作成

多様な燃料の選択肢にはメリットもある。特に海運セクターは他の運輸セクターに対し燃料調達面で「競り負ける」という可能性が指摘されることから、燃料の選択肢を広げることで調達のソースを(業界全体で)分散させることができる。例えば廃食油(UCO)を原料とするHVO・HEFAの場合は陸運用の再生可能ディーゼルや空輸用のSAFと競合するため、海運セクターとして調達することは困難になるし、UCO自体も今後の調達に制約を受けることは避けられない。バイオ・再生可能ディーゼルといった輸送用燃料として実績があり、市場が確立しているバイオ燃料よりも、クリーンメタノールやクリーンアンモニアに関心が集まるのも、このような背景によるところが大きい。

ただし供給側、特に補給を担当する港湾側の立場からは様々な燃料供給のオプションを提供することは容易ではない。貯蔵や輸送、ブレンディング設備といったインフラやそれぞれ異なる仕様やハンドリング方法に基づく作業手順やリソースを整備し、維持・管理する必要がある。Maritime and Port Authority of Singapore(MPA、シンガポール海事港湾庁)は前述したように様々な燃料種を同時に補給できるような体制を整備するとしているが、シンガポールやRotterdam港といった大規模な船舶受け入れ基地では国を挙げた支援や港湾を維持するためのサービスやインフラ、リソース、ロジスティック体制も充実しており、むしろ多面的な燃料補給体制を強みとして他港との差別化を図っていくことも可能であるが、多くの港では様々な燃料種の補給体制を整備することは容易ではなく、また海運事業者にとっても自船の燃料の補給が目的港やそのルートの途中で受けられるかどうかは大きな問題だ。特にアンモニアや水素といった燃料種はこれまで燃料としての実績がなく、インフラの整備だけでなく、環境安全面での配慮といったソフト面やサプライチェーンも含めた全体を管理・最適化する必要がある。海運燃料の補給体制は燃料の生産者、燃料補給を管轄する港湾管理者、そして海運事業者といった全てのステークホルダーの協力と理解によって成立する。どれか一つがうまく機能しなくても補給体制は確立できない。既存燃料(ジェット燃料)のドロップインとして利用できるSAF(持続可能な航空燃料)が脱炭素の主流となりつつある空輸セクターとは大きく異なる難しさがある(図29)。

(図29)多様な海運燃料の選択肢
(図29)多様な海運燃料の選択肢
出所: JOGMEC作成

海運燃料として複数の選択肢をこのまま並行して引っ張るのはロジスティックの面からだけでなくコストの面からも不利である。海運燃料を一つに絞ることができれば燃料製造業者も大規模投資・大量生産の計画が立てやすくなり、大量生産による「規模の経済(EOS、Economy of Scale)」が働くことで、単位当たりのコスト削減にもつながる。また港湾サイドもインフラやハンドリング設備に余分な投資をする必要がなくなる。

 

5. Bridging Fuel(移行燃料)としてのバイオ・低炭素合成燃料の位置づけ

燃やしてもCO2を発生しない水素は気候変動対策における理想的な燃料とされるが、図30(右回り経路)に示されるようにクリーン水素には経済的側面だけではなく海上輸送の障害やコスト、エネルギー損失、新たなインフラの構築や設備の入れ替え、そして高い技術的ハードル(例、高炉式製鉄法の「水素還元鉄」技術)といった課題もある。また現在のクリーン水素の需要は石油精製(脱硫)や化学(原料)といった既存のグレー水素(化石燃料から生成)を置換する役割に留まり、トラック等の大型自動車の燃料、建物暖房や製造業の熱源といった電化が困難な分野、いわゆる「水素を燃料として利用する」新たな市場の開拓はまだ予定通りには進んでいない。燃料市場は水素の原料市場よりも圧倒的に大きいため、水素生産計画の実現にも「市場の規模」が大きく影響を及ぼす。

一方バイオ燃料・低炭素合成燃料(図30、左回り経路)に含まれる再生可能ディーゼルやSAF、eガソリンは典型的なドロップイン燃料であり、既存のインフラや設備、流通機構がそのまま利用できるし、性状の近い化石燃料との混合も自由で装備や設備の変更も必要ない。ある意味中間事業者や消費者にとっては「ユーザーフレンドリー」なオプションといえ、社会制度やシステムへの影響もほとんどない(例、輸送や貯蔵にも既存の化石燃料に対する法規制が適用可能)。2023年に発表されたIPCCの第6次評価報告書(AR6)[19]では「2025年までに世界の温暖化ガス排出量をピークアウトしなければパリ協定の1.5℃目標は守れない」と指摘されているように温暖化対策は待ったなしであり、迅速な対応が強く求められている。仮に次世代のエネルギーシステムの主役が水素であったとしても、新たなエネルギーが社会全体に浸透するためには多くの時間が必要とされる。したがって現実解として既存と次世代のエネルギーシステムをつなぐための役割、「Bridging Fuel(移行燃料)」が必要となり、その代表格がバイオ燃料・低炭素合成燃料であるということになる(図31)。

(図30)ドロップイン燃料と水素による脱炭素に向けた経路
(図30)ドロップイン燃料と水素による脱炭素に向けた経路
出所: JOGMEC作成
(図31)「Bridging Fuel(移行燃料)」としてのバイオ・低炭素合成燃料の位置づけ
(図31)「Bridging Fuel(移行燃料)」としてのバイオ・低炭素合成燃料の位置づけ
出所: JOGMEC作成

6. まとめ

(図32に示すように)バイオマスを原料とするバイオ燃料は高騰する燃料コストの抑制、エネルギー自給、大気汚染対策といった課題に農業収入の安定といった側面も含め陸運セクターを中心に一部の国・地域で発展してきた。農業原料の価格上昇、自動車の大気汚染対策の進歩により初期のバイオ燃料の役割は希薄化しているが、バイオ・再生可能ディーゼルやSAF(持続可能な航空燃料)は電化といったオプションが取りづらく、脱炭素化の困難なトラック等の大型陸運や空輸における脱炭素の切り札としての期待が寄せられている。

(図32)バイオ・低炭素合成燃料の位置づけと今後の役割
(図32)バイオ・低炭素合成燃料の位置づけと今後の役割
出所: JOGMEC作成

ただし自然由来のバイオマスを原料とするバイオ燃料の生産は天候、農産品市況、農業政策(補助金・買取価格等)といった様々な要因によって影響を受け、油価によっても生産量の増減が起きる。原料となる東南アジア産のパーム油に対する間接的土地利用変化(ILUC、Indirect Land Use Change)や食料・飼料との競合の問題も将来の原料調達に不透明さを加え、その発展の方程式にはある意味国際コモディティーとしての市場が確立している石油・ガスよりも複雑で多くの変数を抱えている。

特にその9割以上をHEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)経由で製造するSAFは陸運のバイオ・再生可能ディーゼル(HVO)とも競合し、その原料となる廃食油(UCO)の争奪や価格高騰が今後の懸念材料となる。特に年間160万トンのUCOを輸出に回してきた中国のバイオ・再生可能ディーゼルあるいはSAFの急激な生産拡大により、今後UCO需給の引き締まりが見込まれる。また将来の需要を満たすためには、米国・ブラジルのバイオエタノールを使ったATJ(アルコール・ツー・ジェット)によるSAFの製造、天然ガスとCCSを組み合わせたブルーメタノールといった比較的安価に大量生産を可能とする製造経路にも力を入れていく必要がある。

各国の規制によれば一般にライフサイクルにおいて通常のジェット燃料から5割ないし6割以上の温暖化ガス排出量削減効果を持つ低炭素燃料をSAFの条件とするが、今後は炭素強度の優劣は言うまでもなく、サプライチェーン全般に及ぶデータや計測方法の信頼性、透明性といった部分もSAFの市場価値を形成する上で必要な要素となってくる。既に炭素クレジットのボランタリー市場で観察されるような「より質の高いSAFに対するプレミアム」といった市場価値が生まれ、その中で如何にライフサイクルにおける炭素強度評価の妥当性を確保し、透明性・トレーサビリティーを向上させるかが重要となる。オランダのSAF企業SkyNRGはProject Runwayプログラムを立ち上げ、前述したブックアンドクレーム(Book-and-Claim)認証システムを採用し、ブロックチェーンによるCO2排出量削減の可視化や透明性・確実性・信頼性の向上を図っている。単なる価格以外の「低炭素、低環境負荷、サスティナビリティーやリサイクルエコノミーといった視点を加えた、総合的なSAFの評価軸」が形成され、それが市場に浸透することによって新たなSAFの価値基準が生まれることで、「HEFA経路」以外のSAFの市場拡大につながっていくことを期待する。

今後クリーン水素といった新たな燃料が普及し、電化が進むことで次世代のエネルギーシステムが構築されるとしても、現在の石油が果たした役割を短期間で全て電化や水素で置き換えるのは困難であるし、昨今産油国国営企業・欧米の石油メジャートップからは「石油や天然ガスのピークはまだ先になる」といった発言も聞かれるようになってきた。一方でIPCCの第6次評価報告書(AR6)で示されたように、一刻も早い気候変動対策がパリ協定の目標達成に不可欠であり、対応の遅れは自然災害の甚大化、壊滅的な大規模被害を招くおそれがある。また「熱」を利用する産業や用途、大型自動車や空輸・海運セクターの電化は困難であり、それらの産業セクターの脱炭素化は遅れている。バイオ燃料・低炭素合成燃料には多くのドロップイン燃料が含まれており、ドロップイン燃料は即時既存の設備・インフラで利用が可能であり、電化の困難なセクターの低炭素エネルギーとして現実的な選択肢となる。普及にはまだ少し時間のかかりそうな次世代燃料、新たなエネルギーシステムに向けたBridging Fuel(移行燃料)として、バイオ燃料・低炭素合成燃料が果たす役割に期待がかかる。

 

 

[3] 米規格協会ASTM
https://www.astm.org/d7566-21.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[4] CORSIA(国際⺠間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム)について(IGES)
https://www.iges.or.jp/sites/default/files/inline-files/0604_%E7%82%AD%E7%B4%A0%E5%B8%82%E5%A0%B4%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF_CORSIA%EF%BC%88%E9%85%8D%E5%B8%83%E7%94%A8%EF%BC%89.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[7] UK SAF Mandate
Aviation fuel plan - GOV.UK (www.gov.uk)(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[12] Renewable Volume Obligations
Final Renewable Fuels Standards Rule for 2023, 2024, and 2025 | US EPA(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[13] Climate-Smart Agriculture、CSA
CSA_Brochure_web_WB.pdf (worldbank.org)(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[14] GREET
GREET | Department of Energy(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[17] Cargo Owners for Zero Emission Vessels
Home - coZEV(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[18] IMO Interim Guidelines for the Safety of Ships Using Methyl/Ethyl Alcohol
MSC.1-Circ.1621 - Interim Guidelines For The Safety Of ShipsUsing MethylEthyl Alcohol As Fuel (Secretariat) (2).pdf (imo.org)(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[19] IPCCの第6次評価報告書(AR6)
Sixth Assessment Report — IPCC(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

以上

(この報告は2024年5月31日時点のものです)

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