ページ番号1010166 更新日 令和6年7月16日
原油市場他:米国金融当局による政策金利引き上げ期待の増大とハリケーン「ベリル」の米国メキシコ湾周辺地域来襲により、2024年4月以来の高水準に到達する原油価格
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概要
- 米国では、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期を控え、概して製油所の原油精製処理量が前年を上回って堅調に推移した結果、原油在庫は減少したうえ、ガソリン需要を賄うには不十分であったものと見られることからガソリン在庫も減少したが、両在庫とも平年幅上限を超過する水準となっている。また、製油所等でガソリン製造を優先した一方留出油製造が劣後したものと見られることから、留出油在庫は比較的限られた範囲内での変動となった他、平年幅下方付近に位置する量となった。
- 2024年6月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、米国で減少した他、欧州でも複数の製油所において不具合が発生した装置の改修が進んだことにより、原油精製処理量が増加するともに在庫は減少した。また、日本でも一部製油所が春場のメンテナンス作業を実施したことに併せ原油在庫を調整したものと見られることもあり当該在庫は減少した。結果として、OECD諸国全体では原油在庫は減少となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、日本においては、製油所のメンテナンス実施に伴う石油製品製造活動の不活発化に伴い石油製品在庫は減少した。しかしながら、欧州においては製油所での原油精製処理量の増加とともに石油製品製造活動が活発化したことに伴い在庫が増加した他、米国でも冬場の暖房需要期や冬用ガソリン需要期が終了したことによりプロパンやブタンを含むその他の石油製品の在庫が増加したこともあり、石油製品在庫は増加した。結果として、OECD諸国全体では石油製品在庫は増加となった他平年幅上方付近に位置する量となっている。
- 2024年6月中旬から7月中旬にかけての原油市場においては、6月中旬から7月初頭にかけては米国金融当局による政策金利引き下げ期待の増大に加え、ロシアと西側諸国等との対立の先鋭化、中東情勢の不安定化、及びハリケーン「ベリル」の来襲に伴う、石油供給途絶懸念の増大等が、原油相場に上方圧力を加えたことから、原油相場は上昇傾向となり、7月3日の原油価格の終値は2024年4月16日以来の高水準に到達した。しかしながら、その後はパレスチナ自治区ガザ地区を巡るイスラエルとハマスとの間での停戦等に関する協議が再開される旨伝えられた他、ハリケーン「ベリル」の通過後米国石油関連インフラにつき大きな被害が報告されなかったこと等により、これら地域からの石油供給途絶懸念が市場で後退した結果、原油相場は下落傾向となった。
- 今後米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が峠を越え始めることにより、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されることを通じ、原油相場に下方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。しかしながら、米国経済指標類や同国FOMCでの決定、及び金融当局関係者の発言を通じた、同国金融当局の政策金利引き下げへの期待が根強く、この面では原油相場に上方圧力が加わり続けやすいものと考えられる。そのような中、中東情勢やウクライナによるロシアの製油所等石油関連インフラへの攻撃等に伴う、これら地域からの石油供給途絶の可能性に対する懸念の増減や、中国の経済指標類及び景気刺激策、そして米国メキシコ湾沖合周辺での暴風雨発生や進路等を巡る状況等が、原油相場に影響を与えるものと考えられる。
(出所 IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2024年4月の米国ガソリン需要(確定値)は日量883万バレル、前年同月比で1.8%程度の減少となり(図1参照)、3月の当該需要である同889万バレルから需要量が若干ではあるが減少したうえ、同月の前年同月比1.3%程度の減少から減少率が拡大した。ただ、当該需要は速報値(前年同月比4.3%程度減少の日量861バレル)からは上方修正されている。2024年3月は月末が復活祭(イースター)の休日(3月31日)であり、その前後が休暇期間であったことから、この期間を控え、個人が外出に向け乗用車へのガソリン給油活動を活発化させたことに伴い、ガソリンスタント等に向けた製油所等からのガソリンの出荷活動も促進された反面、同年4月はそのような祝日はなかったことに加え、4月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり3.733ドルと3月の同3.542ドルから上昇したことが、同国ガソリン需要を前月比で抑制したものと考えられる。また、同月の全米平均ガソリン小売価格は前年同月(同3.711ドル)を上回る状態となったことに加え、2024年に入り同国の実質個人可処分所得の前年同月比での伸びが鈍化し続ける中、前年同月に比べ住宅等のサービス部門への支出が拡大した(金利上昇等が影響している可能性がある)反面、ガソリンへの支出が抑制気味となったことが、2024年4月の同需要の前年同月比での減少をもたらしたものと見られる。なお、2024年4月の同国自動車運転距離数は前年同月比で2.2%の増加となっているが、これは2023年4月の当該運転距離数が前年同月比で0.1%の増加にとどまった反動が発生したことが一因であるものと考えられる。2023年3月10日に同国中堅金融機関シリコンバレー銀行が破綻して以降、複数の同国金融機関が破綻したり預金量が減少したりする旨伝えられるなど経営不安が拡大した(同年4月24日には同国中堅金融機関であるファースト・リパブリック銀行の預金量が2023年1~3月期に40%程度減少した旨明らかになったうえ5月1日に同行は破綻した)ことにより、同国経済への金融不安の影響に対する懸念が消費者の間で広がったことが、2023年4月の当該自動車運転距離数の前年同月比での伸びを抑制した格好となったものと思われる。なお、2024年4月の米国ガソリン需要は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年4月の当該需要(日量941万バレル)(確定値)を6.2%程度下回っている。他方、2024年6月の米国ガソリン需要(速報値)は推定日量922万バレル、前年同月比で0.7%程度の減少と、2024年5月の当該需要(速報値)である日量905万バレルから需要量が増加した一方、同月の前年同月比0.6%程度の減少と減少率は概ね同水準であった。米国では5月27日の戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)に伴う連休(5月25~27日)を以て夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入したうえ、7月4日の独立記念日(インディペンデンス・デー)の休日(この休日に伴う休暇シーズンが1年で最もガソリン需要が盛り上がるとされる)に向けた消費者による乗用車へのガソリン給油活動が活発化したことが、6月の同国ガソリン需要が前月比で増加した背景にある。しかしながら、2024年に入り実質個人可処分所得の伸びが鈍化した影響が同年6月においても継続しているものと見られることが、同国のガソリン消費を抑制する形で作用したこともあり、同月の全米平均ガソリン小売価格は1ガロン当たり3.576ドルと前年同月(同3.684ドル)比で下落したものの、ガソリン需要は前年同月を下回る状態となった。なお、2024年6月の米国ガソリン需要は2019年6月の当該需要(日量970万バレル)(確定値)を5.0%程度下回っている。また、米国では夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来に伴い、製油所での春場のメンテナンス作業が終了するとともに不具合が発生した装置の改修が進んだ他、2024年の米国戦没将兵追悼記念日に伴う連休時の休暇シーズン(5月23~27日)において同国での乗用車を利用して外出する個人数が3,840万人と2000年以降の統計史上最高水準に到達するものと見込んでいる旨米国自動車協会(AAA)が5月13日に明らかにしたこともあり、米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要の盛り上がり期待から、同国製油所の原油精製処理量は、5月31日の週には日量1,714万バレルと2019年12月27日の週(この週は同1,728万バレル)以来の高水準に到達した(図2参照)ため、それに併せてガソリン製造活動も活発化した(ガソリン最終製品生産量は図3参照)。しかしながら、足元のガソリン需要はそれほど盛り上がらなかった(実施個人可処分所得が必ずしも堅調ではなかったものと見られること等により、外出が短期間、短距離かつ低費用で行なわれた可能性がある)ことにより、5月上旬から6月上旬にかけ同国のガソリン在庫が増加傾向となったこともあり、製油所におけるガソリン製造に伴う利幅が縮小傾向となったことから、その後同国製油所の一部が稼働を抑制したものと見られる他、一部製油所ではメンテナンス作業を実施したり、装置に不具合が発生したりしたことにより、原油精製処理量が下振れした。これに伴いガソリン製造活動も相対的に不活発化したものと見られることが一因となり、同国のガソリン在庫は、6月上旬から7月上旬にかけては減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態となっている(図4参照)。
2024年4月の米国留出油需要(確定値)は日量380万バレル、前年同月比2.5%程度の減少となった(図5参照)が、3月の同367万バレル(前年同月比10.5%程度の減少)から需要量が増加した他、前年同月比での減少率も縮小した。また、当該需要は速報値(前年同月比9.7%程度減少の日量352万バレル)から上方修正されている。3月は同国の暖房油需要の中心地である北東部が前年同月比で相当程度温暖であったことが、暖房向けの留出油需要を抑制した反面、4月は北東部が前年同月比で冷え込んだことにより暖房向けの留出油需要が喚起されたことから、同国の鉱工業生産及び物流活動が前年同月から低下したものの、4月の当該需要の前年同月比での減少率が3月に比べ縮小したものと考えられる。なお、2024年4月の米国留出油需要は2019年同月の当該需要(日量412万バレル)(確定値)を7.7%程度下回っている。他方、2024年6月の米国留出油需要(速報値)は推定日量370万バレル、前年同月比で6.5%程度の減少となり、5月の当該需要量(速報値)の日量370万バレル(前年同月比5.8%程度の減少)と需要量はほぼ同水準となった他前年同月比の減少率は拡大した。ただ、6月の米国鉱工業生産(推定値)は前年同月比0.6%の増加と4月の同0.4%の減少、及び5月の同0.1%の増加から伸びが加速している他、6月の米国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)も51.6と4月の50.0及び5月の51.3から上昇しているところからすると、当該需要は速報値から確定値に移行する段階で上方修正される他、6月の同国留出油需要(確定値)は4月及び5月(同)に対し前年同月比での増加率が拡大している可能性もある。なお、2024年6月の米国留出油需要は2019年同月の当該需要(日量399万バレル)(確定値)を7.3%程度下回っている。そして、米国軽油需要が軟調であったことが同国の軽油在庫を押し上げる方向で作用した反面、ガソリンの製造を巡る利幅が低下したことや、一部製油所におけるメンテナンス作業もしくは装置不具合の改修の実施により、同国製油所の稼働が伸び悩み気味に推移した他、米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が接近しつつあったことから製油所においてガソリン製造が優先される反面留出油の製造が劣後されたことが、同国の留出油生産を抑制する格好となった(図6参照)ことに加え、欧州における夏場のドライブシーズンに伴う軽油需要期(欧州ではディーゼル車が乗用車として浸透している)を控え、米国から欧州方面への軽油輸出が活発化したものと見られることが、米国の留出油在庫を減少させる方向で作用した結果、6月上旬から7月上旬にかけ米国留出油在庫は概ね限られた範囲内での変動となった他、平年幅下方付近に位置する量となっている(図7参照)。
2024年4月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比0.1%程度減少の日量2,001万バレルとなり(図8参照)、3月の同1,988万バレルから需要量が増加した他、同月の前年同月比1.0%程度の減少から減少率が縮小した。留出油需要が前月比で増加したことが、同国石油需要の前月比での増加をもたらす格好となった他、ガソリン及び留出油需要等が前年同月比で減少した一方、重油等が増加した(同国における船舶による輸送活動が前年同月に比べ活発化している(2023年の同国の実質個人可処分所得の伸びの影響を受け続ける格好となったものと見られる)ことが重油需要の増加に寄与している可能性がある)ことから、石油需要が前年同月比で概ね同水準となったものと考えられる。また、ガソリン及び留出油の需要が速報値から確定値に移行する段階で上方修正されたことから、同国石油需要(確定値)は速報値(前年同月比1.4%程度減少の日量1,975万バレル)から上方修正されている。なお、2024年4月の米国石油需要は2019年4月の当該需要(日量2,018万バレル)(確定値)を1.6%程度下回っている。他方、2024年6月の米国石油需要(速報値)は推定日量2,053万バレル、前年同月比で0.9%程度の減少となっており、5月の同国石油需要(速報値)である日量1,999万バレル、前年同月比2.0%程度の減少から、需要量が増加したうえ前年同月比の減少率も縮小した。ガソリン及びその他の石油製品等の需要が前月から増加したことが、同国石油需要の前月比での増加に反映されている反面、2024年6月のその他の石油製品の需要が前年同月比で増加したことが、同月の米国石油需要の前年同月比での減少率を5月から縮小させる格好となっている。ただ、6月のその他の石油製品の需要は推定日量482万バレルと2023年5月~2024年4月の当該需要(確定値)である同412~467万バレルと比較しても高い部類に入ることから、今後速報値から確定値に移行する段階で当該需要が下方修正される結果、同国の石油需要(確定値)に影響を及ぼすことがありうる。なお、2024年6月の米国石油需要は2019年6月の当該需要(日量2,065万バレル)(確定値)を0.6%程度下回っている。また、米国の原油生産量が概ね横這いの中、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に向け製油所の原油精製処理量がもたつき気味ながらも前年同期をそれなりに上回った状態で推移したことから、6月上旬から7月上旬にかけ米国原油在庫は減少傾向となったものの平年幅上限を超過する状態は継続している(図9参照)。そして、原油及びガソリン両在庫が平年幅上限を超過する一方、留出油在庫が平年幅下方付近に位置する量となっていることもあり、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。
2024年6月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、米国で減少した他、欧州でも複数の製油所において不具合が発生した装置の改修が進んだことにより、原油精製処理量が増加するともに在庫は減少した。また、日本でも5月に続き6月においても一部製油所が春場のメンテナンス作業を実施したことに併せ原油在庫を調整したものと見られることもあり在庫は若干ながらではあるが減少した。結果として、OECD諸国全体では原油在庫は減少となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、日本においては、製油所のメンテナンス実施に伴う石油製品製造活動の不活発化に伴い、暖房シーズンに伴う暖房用石油需要期終了により在庫が増加した灯油を除き、各種石油製品の在庫が概ね減少傾向となったことから石油製品在庫は減少した。しかしながら、欧州においては製油所での原油精製処理量の増加とともに石油製品製造活動が活発化したことに伴い中間留分を中心として若干ではあるが在庫は増加した他、米国でも気温が上昇するとともに暖房向けのプロパン需要が低下したことに伴う当該製品在庫の増加や、冬用ガソリンの利用時期終了による当該製品に混入していたブタンの需要減少に伴うその他の石油製品在庫の増加もあり、石油製品在庫は増加した。結果として、OECD諸国全体では石油製品在庫は増加となった他平年幅上方付近に位置する量となった(図13参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を超過する量となる一方、石油製品在庫が平年幅上方付近に位置する量となったことから、原油と石油製品を合計した在庫は平年幅上限を超過する量となっている(図14参照)。なお、2024年6月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は61.6日と5月末の推定在庫日数(61.7日)から減少している。
6月12日に1,500万バレル台前半程度の水準であった、シンガポールにおけるガソリンを含む軽質留分在庫は、6月19日には1,400万バレル台半ば程度の量へと減少した。6月26日は1,400万バレル台後半程度、7月3日には1,500万バレル台半ば程度の水準へと回復したものの、7月10日には1,300万バレル台前半程度の量へと再び減少した結果、2月14日(この時は1,300万バレル弱程度の量)以来の低水準に到達した。3月12日以降、ウクライナにより発射されたものと見られる無人機等が、ロシアにおける製油所等を攻撃した結果、一部で火災が発生するとともに、操業が停止したものの、その後被害を受けた製油所の操業が再開したこともあり、ロシア大西洋岸の港湾からシンガポールに向けナフサの輸出が回復した。加えて、2024年第2回の石油製品輸出枠(1,400万トン、別途低硫黄重油400万トン)が付与された(5月7日に伝えられた)中国からの軽質留分が6月下旬以降を中心とした時期においてシンガポールに到着し始めた。このような要因がシンガポールにおける軽質留分在庫を増加させる形で作用した。しかしながら、アジアの一部諸国においては、春場のメンテナンス作業を実施したり、装置に不具合が発生したりしたことにより、製油所の稼働が低下したことに伴い、国外からの軽質留分の輸入が促進された側面があることに加え、6月後半の犠牲祭(イード・アルアドハー(Eid al-Adha))に伴う休日(2024年は6月15~19日とされる)の際の個人の移動の活発化によるガソリン需要の増加に備え中東からのガソリン等の輸出が減少したものと見られることが、シンガポールへの軽質留分の流入を抑制する格好となった。結果として、シンガポールの軽質留分在庫は増減しながらも、減少する傾向を示した。このような中、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入した米国においてはガソリン需要が前年同期を下回るなど低調である場面が見られたこともあり、米国西海岸等にガソリンを輸出していたアジアによる当該製品輸出が鈍化する可能性が発生するとともにアジア市場におけるガソリン価格にも下方圧力を加えたことから、特に6月中旬を中心とする時期においては同市場のガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油価格を上回っている)は縮小する傾向を示した。しかしながら、このような軟調な米国のガソリン需要によるガソリンと原油との価格差の縮小を受け、その後アジア地域の製油所の稼働が低下することによりガソリン供給が減少するとの観測が市場で広がったことが、アジア市場におけるガソリン価格にかえって上方圧力を加える格好となったことから、6月下旬から7月中旬にかけては、ガソリンとドバイ原油との価格差は多少なりとも拡大する傾向を示した。
また、2023年に入り中国国内におけるナフサ分解装置の稼働率が上昇しつつある(ナフサ分解装置に投入される原料であるナフサは中国が輸入等した原油を精製することにより製造されているものと推測される)ことが示唆される旨指摘されており、同国の石油化学製品輸入を限定する格好となっている(2024年4月の同国のエチレン輸入量は約14万トンと直近のピーク時である2019年1月(約29万トン)の半分以下の規模となっている)こともあり、(中国を除く)アジア地域における石油化学製品需要は低調気味であった。このため、アジア諸国及び地域ではナフサ分解装置のメンテナンス作業を実施したり、稼働率を引き下げたりしたことにより、石油化学部門向けのナフサ需要が低迷する格好となった。加えて、冬場の暖房シーズンに伴う暖房用石油製品需要期が終了するとともに暖房向けに利用されていたLPGの需要が減退した結果LPG価格が下落したことにより、ナフサに代わり価格が割安となったLPGを石油化学製品製造のための原料として使用する動きが発生したことから、石油化学部門においてナフサとLPGとの間で価格面での競合が強まるとともに、ナフサの需要が一層軟調になるとの観測が市場で増大した。加えて、2024年5月初頭以降を中心として製油所の稼働が再開しつつあったロシアからアジア方面へのナフサ供給が回復し始めた。このような要因が、アジア市場におけるナフサ価格に下方圧力を加えた。しかしながら、米国のガソリン需要が軟調であったこともありガソリンとドバイ原油との価格差が縮小したことに対応し、アジア地域の一部製油所において稼働が低下するとともにナフサ製造活動が不活発化した一方、同地域において実施中であるナフサ分解装置のメンテナンス作業が7月中には峠を越えるともに同装置の稼働が再開することにより、ナフサ需要が回復するとの見方が市場で増大したことから、ナフサ需給の引き締まり感が意識されるとともに、ナフサ価格に上方圧力が加わる格好となった。それでも、特に7月に入ってからは原油価格の上昇にナフサ価格の上昇が追い付かない場面が見られた。結果として、6月中旬から7月中旬にかけてのアジア市場におけるナフサとドバイ原油と価格差(この場合ナフサ価格がドバイ原油価格を下回っている)は概ね限られた範囲で推移した。
6月12日には900万バレル強程度の水準であったシンガポールにおける軽油、暖房油及びジェット燃料といった中間留分の在庫は、6月19日及び26日には900万バレル弱、7月3日には800万バレル台半ば程度の量へと、それぞれ減少した。7月10日には当該在庫は増加したものの、依然として800万バレル台半ば程度の量にとどまっており、結果として、6月12日の水準を下回ることとなった。石油会社に対し第2回の石油製品輸出枠が付与された中国からシンガポール方面への軽油等の輸出は総じて堅調に推移したものの、欧州の製油所が春場のメンテナンス作業を実施していたこともあり、5月下旬以降概して同地域の軽油在庫が減少傾向となったことから、欧州の軽油価格がアジアの軽油価格よりも堅調に推移したことを反映し、中東やインドから欧州方面への軽油輸出が活発化した反面、シンガポール方面への軽油輸出が不活発化したことが、シンガポールの中間留分が若干の減少傾向を示した背景にあるものと考えられる。そしてシンガポールにおける中間留分在庫が若干ながらも減少傾向となったことに加え、アジア地域の一部製油所で装置の不具合が発生し操業が停止したり、ガソリン製造を巡る利幅が圧迫された結果製油所の稼働が低下するとの観測が市場で発生したりしたことにより、同地域の軽油等の供給にも影響が及ぶとの見方が市場で増大したことが、アジア市場の軽油価格に多少なりとも上方圧力を加えたことから、6月中旬から6月下旬頃にかけての同市場における軽油とドバイ原油の価格差(この場合軽油価格がドバイ原油価格を上回っている)は若干ながら拡大傾向を示した。しかしながら、7月上旬に原油価格の上昇に軽油価格の上昇が追い付かない場面が見られたこと、さらに7月中旬には、中国や韓国といった一部諸国において経済がもたついているものと見られることを反映し軽油需要が低調であることが、アジア市場における軽油価格に下方圧力を加えたことから、夏場のドライブシーズンに伴う軽油需要期を控えている欧州において軽油在庫が減少しつつあることによりインドや中東諸国等から欧州方面に軽油が輸出されるとの観測が発生していることがアジア市場の軽油価格に上方圧力を加えたものの、7月上旬から中旬にかけ軽油とドバイ原油の価格差は縮小する様相を呈した。
6月12日に1,900万バレル台前半程度の水準であったシンガポールの重油在庫は、6月19日には2,200万バレル台後半程度の量へと相当程度増加した。しかしながら、6月26日には1,900万バレル台前半程度の量へと減少した。7月3日には1,900万バレル台半ば程度の水準へと回復したものの、7月10日には1,800万バレルと弱程度の量へと再び減少した結果、6月12日の水準を下回ることとなった。ウクライナが発射したものと見られる無人機等による攻撃に伴いロシアの一部製油所の操業が停止した後、これら製油所の操業が再開するとともに、同国からのシンガポール方面への重油輸出が回復基調となったことが、シンガポールにおける重油在庫を増加させる方向で作用したものの、中東での気温上昇に伴う空調向けの電力供給のための発電部門における高硫黄重油を中心とする重油需要が堅調であったこともあり、中東からアジア方面への重油輸出が抑制される格好となったことが、シンガポールにおける重油在庫を押し下げる方向で作用したものと考えられる。そして6月中旬から7月初頭を中心とする期間においてはシンガポールにおける重油在庫が若干ながら増加傾向となったことから、同時期における同市場の高硫黄原油とドバイ原油との価格差(この場合高硫黄原油価格がドバイ原油価格を下回っている)は拡大する傾向を示したが、7月初頭から同月中旬にかけシンガポールの重油在庫が減少傾向となったことに加え、中東地域での空調向けの電力供給のための発電部門における堅調な高硫黄重油需要観測が発生していることが、アジア市場の高硫黄重油価格に上方圧力を加えた結果、同時期における同市場の高硫黄重油とドバイ原油との価格差は縮小する傾向を示した。また、低硫黄重油については、北東アジア諸国及び地域における夏場の気温上昇に向けた空調のための発電部門での需要が盛り上がりを欠いていた(相対的に安価な天然ガスや石炭が利用されていると見る向きもある)ものの、アジア諸国や中東において製油所での装置不具合の発生や原料となる原油調達上の問題により、低硫黄重油の製造に支障が生ずるのではないかとの観測が市場で発生したことが、アジア市場における低硫黄重油価格に上方圧力を加えたことから、6月中旬から7月中旬にかけては、同市場における低硫黄原油とドバイ原油との価格差(この場合低硫黄原油価格がドバイ原油価格を上回っている)は多少なりとも拡大する傾向を示した。
2. 2024年6月中旬から7月中旬にかけての原油市場等の状況
2024年6月中旬から7月中旬にかけての原油市場においては、6月中旬から7月初頭にかけては米国金融当局による政策金利引き下げ期待の増大やロシアと西側諸国等との対立の先鋭化、中東情勢の不安定化、及びハリケーン「ベリル」の来襲に伴う、石油供給途絶懸念の増大等が、原油相場に上方圧力を加えたことから、原油相場は上昇傾向となり、7月3日の原油価格の終値は1バレル当たり83.88ドルと2024年4月16日以来の高水準に到達した。しかしながら、その後はパレスチナ自治区ガザ地区を巡るイスラエルとハマスとの間での停戦等に関する協議が再開される旨伝えられたことにより、中東情勢の不安定化に伴う同地域からの石油供給途絶懸念が市場で後退した他、ハリケーン「ベリル」の通過後米国石油関連インフラにつき大きな被害が報告されなかったこと等により、原油相場は下落傾向となり、7月12日の終値は82.62ドルとなったが、6月14日(この日の終値は78.45ドル)は上回っている(図15参照)。
6月11~12日に開催された米国連邦公開市場委員会(FOMC)の際に併せて明らかになった、同国金融当局関係者による今後の政策金利予想で、2024年の政策金利引き下げ回数が1回である旨示唆され、3月19~20日に開催された前々回のFOMCの際に明らかになった政策金利予想で示唆された3回の引き下げ回数から下方修正されていたにもかかわらず、6月12日に米国労働省から発表された5月の同国消費者物価指数(CPI)が、前年同月比3.3%の上昇と4月の同3.4%の上昇から上昇幅が縮小した他市場の事前予想(3.4%の上昇)を下回ったこと等により、同国金融当局による政策金利引き下げ推進期待が市場で増大した(2024年は2回の政策金利引き下げが行われるものと市場関係者は予想している)一方、6月17日に同国ニューヨーク連邦準備銀行から発表された6月のニューヨーク地区製造業景況感指数(ゼロが当該部門拡大と縮小の分岐点)がマイナス6.0と5月のマイナス15.6から上昇した他市場の事前予想(マイナス10.0)を上回ったこともあり、米国経済回復期待が増大するとともに米国株式相場が上昇したことから、6月17日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.88ドル上昇し、終値は80.33ドルとなった。また、6月18日未明(現地時間)にロシア南西部ロストフ州アゾフ(Azov)に対し無人機による攻撃がなされた結果、石油貯蔵タンクにおいて火災が発生した旨同日伝えられたことにより、ロシアの石油製品等の供給における支障発生に伴う石油需給引き締まり感を市場が意識したことに加え、レバノンを拠点とするイスラム武装勢力ヒズボラに対する大規模攻撃実施計画が間もなく承認される旨6月18日にイスラエルのカッツ外相が明らかにした(その後レバノンでの作戦実施を承認した旨同日イスラエルが発表した)こともあり、イスラエルとヒズボラとの間での戦闘が激化することに伴う中東情勢の不安定化に伴う同地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大したことに加え、6月18日に米国商務省から発表された5月の同国小売売上高は前月比0.1%の増加と市場の事前予想(同0.3%の増加)を下回ったことにより、米国金融当局による政策金利引き下げに伴う米国経済回復期待が市場で増大したこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり81.57ドルと前日終値比で1.24ドル上昇した。6月19日は、米国奴隷解放記念日(Juneteenth)に伴う休日により、この日の終値は計上されなかったが、6月20日にEIAから発表された米国石油統計(6月14日の週分)で、原油在庫が前週比255万バレル、ガソリン在庫が同228万バレル、留出油在庫が同173万バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(原油在庫同220万バレル程度の減少、ガソリン在庫同60万バレル程度、留出油在庫同30万バレル程度の、それぞれ増加)に反し、もしくは事前予想を上回って減少している旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.60ドル上昇し、終値は82.17ドルとなった。この結果原油価格は6月17~20日の3取引日間で1バレル当たり合計4.32ドル上昇した(なお、この日を以てNYMEXの2024年7月渡し原油先物契約は取引を終了したが、2024年8月渡し原油先物契約のこの日の終値は1バレル当たり81.29ドル(前日終値比同0.58ドルの上昇)であった)。ただ、6月21日には、これまでの原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことに加え、6月21日に米国大手格付け会社S&Pグローバルから発表された6月の米国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が51.7と5月の51.3から上昇した他市場の事前予想(51.0)を上回ったうえ、6月の同国サービス業PMIが55.1と5月の54.8から上昇、2022年4月(この時は55.6)以来の高水準に到達するとともに、市場の事前予想(53.7~54.0)を上回ったことにより、米国金融当局による政策金利引き下げ期待が市場で後退したこともあり、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.44ドル下落し、終値は80.73ドルとなった。
それでも、米国が供与した地対地ミサイル「エイタクムス(ATACMS)」を用いて6月23日にウクライナが実施した、ロシアが実効支配するクリミア半島の都市セバストポリへの攻撃により、子供2人を含む4人が死亡したとして、ロシアは米国の駐ロシア大使に対し報復措置の実施を警告した旨6月24日にロシア大統領府のペスコフ報道官が明らかにしたことにより、ウクライナ等とロシアとの対立の先鋭化によるロシアの石油供給を巡る混乱に対する懸念が市場で拡大したことに加え、6月24日に日本円が対米ドルで約2ヶ月ぶりの低水準に到達したことに対し、日本銀行等による介入により日本円購入が進むとの警戒感が発生するとともに、利益確定による日本円購入と米ドル売却が発生した他、米国の物価上昇がさらに沈静化する方向に向かうものと予想している旨6月24日に米国シカゴ連邦準備銀行のグールズビー総裁が示唆したこともあり、同国金融当局による政策金利引き下げ期待が市場で増大したことにより、米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり81.63ドルと前週末終値比で0.90ドル上昇した。6月25日には、これまでの原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.80ドル下落し、終値は80.83ドルとなったが、6月26日にトルコのエルドアン大統領が、ヒズボラが拠点としているレバノンを攻撃する姿勢を見せつつあるイスラエルを批判するとともに、レバノンへの支援を表明、周辺諸国に対しレバノンと連帯するよう呼びかけたことにより、中東情勢の不安定化に伴う同地域からの石油供給途絶懸念が増大したことが、原油相場に上方圧力を加えた反面、6月26日にEIAから発表された米国石油統計(6月21日の週分)で原油在庫が前週比359万バレル、ガソリン在庫が同265バレルの、それぞれ増加と、市場の事前予想(原油在庫同290万バレル程度、ガソリン在庫同100万バレル程度の、それぞれ減少)に反し増加している旨判明したことが、原油相場に下方圧力を加えたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.07ドルの上昇にとどまり、終値は80.90ドルとなった。また、6月27日には、この日米国商務省から発表された5月の同国の航空機を除くコア資本財受注が前月比0.6%の減少と市場の事前予想(同0.1%の増加)に反し減少していた他、6月27日に全米不動産業協会(NAR)から発表された5月の同国中古住宅成約指数(2001年=100)が70.8と前月比で2.1%減少、2001年より発表されている当該統計史上最低水準に到達した他、市場の事前予想(前月比0.5%の増加)に反し減少している旨判明したこともあり、米国金融当局による政策金利引き下げ期待が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり81.74ドルと前日終値比で0.84ドル上昇した。ただ、6月28日には、第2四半期末を控え、これまでの原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.20ドル下落し、終値は81.54ドルとなった。
しかしながら、イスラエル軍がレバノンに対し本格的に侵攻しイスラム武装勢力ヒズボラとの間で戦闘を実施するのであれば、中東を拠点とする親イラン民兵組織等の抵抗勢力が全面参戦を行なう旨6月28日夜(米国東部時間)にイラン国連代表部が表明したしたことに加え、7月4日の米国独立記念日(インディペンデンス・デー)の休日を控えた同国のガソリン需要の盛り上がり期待が市場で増大したこと、カリブ海を西進しつつある勢力の強いハリケーン「ベリル(Beryl)」が7月6日にメキシコの原油生産及び出荷の中心地であるカンペチェ湾沖合に到達すると予想されているため、同国からの原油供給が影響を受ける可能性があるとの懸念が市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり83.38ドルと前週末終値比で1.84ドル上昇した。7月2日には、これまでの原油価格の上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことに加え、6月のOPEC産油国原油生産量が前月比で日量7万バレル増加した旨7月2日にロイター通信が報じたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.57ドル下落し終値は82.81ドルとなった。それでも、7月3日には、このEIAから発表された米国石油統計(6月28日の週分)で原油在庫が前週比1,216万バレル、ガソリン在庫が同221バレル、留出油在庫が同154万バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(原油在庫同70万バレル程度、ガソリン在庫同130万バレル程度、留出油在庫同120万バレル程度の、それぞれ減少)を上回って減少していた他、原油在庫は2023年7月28日(この時は同1,705万バレルの減少)以来の大幅な減少となっている旨判明したことに加え、7月3日に米国企業給与計算サービス会社オートマチック・データ・プロセシング(ADP)から発表された6月の同国民間雇用者数が前月比で15万人の増加と市場の事前予想(同16.0~16.5万人の増加)を下回ったうえ、同日米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(6月29日の週分)が23.8万件と前週(23.3万件)から増加した他市場の事前予想(23.5万件)を上回ったこと、同日米国供給管理協会(ISM)から発表された6月の同国非製造業景況感指数(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が48.8と5月の53.8から低下、2020年4月(この時は前月比で11.2低下)以来の大幅な低下となった他、市場の事前予想(52.5~52.7)を下回ったこと、同日米国商務省が発表した5月の同国製造業新規受注が前月比で0.5%の減少と4月の同0.4%増加から減少に転じるとともに市場の事前予想(同0.2%の増加)に反し減少していた旨判明したことにより、米国金融当局による政策金利引き下げ期待が市場で強まったこともあり、米ドルが下落したこと、7月3日にイスラエル軍がレバノン南部を攻撃した結果、ヒズボラの上級司令官(ナセル(Nasser)指揮官)が死亡したことにより、中東情勢の不安定化に伴う同地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり83.88ドルと、前日終値比で1.07ドル上昇した他、この日の終値は2024年4月16日(この日の終値は85.36ドル)以来の高水準に到達した。7月4日は、米国独立記念日(インディペンデンス・デー)の休日に伴い、終値は計上されなかったが、7月3日の原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことに加え、パレスチナ自治区ガザ地区を巡る停戦等に関し、7月5日にイスラエルとイスラム武装勢力ハマスとの間での協議が再開され、イスラエル側から派遣された対外情報機関モサドのバルネア(Barnea)長官が仲介者のカタールのムハンマド首相と協議後帰国、翌週再び協議を実施する旨同日伝えられたことから、イスラエルとハマスとの間で停戦等につき合意に到達する可能性が増大したことにより、中東情勢の不安定化に伴う同地域からの石油供給途絶懸念が市場で後退したことから、7月5日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.72ドル下落し、終値は83.16ドルとなった。
また、ハリケーン「ベリル」が7月8日未明(現地時間)に米国テキサス州のメキシコ湾岸地域に上陸、通過した後、米国メキシコ湾沖合及び同国メキシコ湾岸地域等の油田及び製油所の操業に大きな被害を及ぼしたとの情報が流れなかったため、ハリケーンに伴う米国石油供給への影響に対する懸念が後退したことから、7月8日の原油価格の終値は1バレル当たり82.33ドルと前週末終値比で0.83ドル下落した。さらに、7月9日も、ハリケーン「ベリル」通過後、米国メキシコ湾沖合及びメキシコ湾地域における大規模な石油生産停止等の報告がなされなかった他、一部の製油所は操業再開準備中であったり平常通り操業していたりする旨報告されたことにより、ハリケーンに伴う米国石油供給への影響に対する懸念の後退が続いたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.92ドル下落し、終値は81.41ドルとなった。この結果原油価格は7月5~9日の3取引日間で1バレル当たり合計2.47ドル下落した。しかしながら、7月10日には、この日EIAから発表された米国石油統計(7月5日の週分)で原油在庫が前週比344万バレル、ガソリン在庫が同201バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(原油在庫同130万バレル程度、ガソリン在庫同60万バレル程度の、それぞれ減少)を上回って減少していた他、米国オクラホマ州クッシングの原油在庫が前週比で70万バレル減少していた旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.69ドル上昇し、終値は82.10ドルとなった。また、7月11日も、この日米国労働省から発表された6月の同国消費者物価指数(CPI)が前月比で0.1%下落と5月の横這いから下落へと転じた他、6月の食料品及びエネルギーを除くコアCPIが同0.1%の上昇と5月の同0.2%上昇から伸びが鈍化、6月のCPIの前年同月比での上昇率も3.0%と5月の同3.3%から伸びが鈍化したうえ、6月のコアCPIも同3.3%上昇と5月の同3.4%上昇から伸びが鈍化し、市場の事前予想(CPI前月比0.1%上昇、前年同月比3.1%上昇、コアCPI前月比0.2%上昇、前年同月比3.4%上昇)よりも物価上昇沈静化が進行している旨示唆されたしたことにより、米国金融当局による政策金利引き下げ期待が市場で増大したこともあり、米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり82.62ドルと前日終値比で0.52ドル上昇した。この結果原油価格は7月10~11日の2日間で1バレル当たり合計1.21ドルの上昇となった。ただ、7月12日には、これまでの原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり82.21ドルと前日終値比で0.41ドル下落している。
3. 原油市場における主な注目点等
原油相場に影響を与えうる地政学的リスク要因としては、中東及びウクライナとロシアを巡る情勢等が主に挙げられる。5月31日には、パレスチナ自治区ガザ地区を巡るイスラエルとイスラム武装勢力ハマス(イランが支援しているとされる)との間での新規停戦提案をイスラエルが提示した旨米国のバイデン大統領が発表した(各6週間の停戦期間を3段階で実施、第1段階でガザ地区の住民居住区からのイスラエル軍の撤退、及びイスラエルの拘束しているパレスチナ人とハマスの拘束している人質の交換の開始、第2段階でイスラエル軍のガザ地区からの撤退と人質全員の解放の実施、第3段階でガザ地区の復興作業の開始を、それぞれ内容とするものと伝えられる)。ただ、ハマスの壊滅を求めるイスラエルの一部閣僚は停戦等でイスラエルがハマスと合意した場合には政権を離脱する(この結果同国のネタニヤフ首相が主導する連立政権は崩壊に直面する)旨警告した他、ハマス壊滅まで戦闘は終結しない旨イスラエル首相府が発表したと5月31日に伝えられるなど、イスラエル政権側は同提案に関し完全に意思が統一されている訳ではないことが示唆された。6月5日には停戦に向けた協議が再開された(前回協議が妥結することなく5月9日に終了して以来約1ヶ月ぶりの協議の実施であった)が、イスラエルのネタニヤフ首相は全ての人質を解放するまで攻撃を継続する旨表明したと6月8日に伝えられる一方、ハマスの最高指導者ハニヤ氏は、ガザ地区の安全が確保されない限り停戦には合意しない旨6月8日に表明、6月12日にもハマスは停戦提案に対しガザ地区からのイスラエル軍の撤退及び同地区における恒久的停戦を米国政府が保証するよう要望するなど、停戦案に対し妥結に至る展望が開けているようには見受けられなかった。そのような中、6月15日朝(現地地間)にはハマスの攻撃によりガザ地区南部の都市であるラファにおいてイスラエル軍兵士8人が死亡した。また、6月3日にはレバノンを拠点とするイスラム武装勢力ヒズボラ(イランが支援しているとされる)が、イスラエル北部の軍事拠点に向け無人機を発射した他、ゴラン高原にあるイスラエルの軍事拠点に向けても数十発のロケットを発射した旨発表した。これに対し6月4日には、イスラエルとレバノンの国境地帯において攻撃を実施する準備を整えている旨イスラエルのハレビ(Halevi)参謀総長が明らかにした。6月5日にはヒズボラが発射した無人機による攻撃でイスラエル軍兵士1人が死亡した旨6月6日にイスラエル軍が発表した。また、6月11日夜(現地時間)にはイスラエルがレバノン南部を空爆した結果、ヒズボラの司令官等が死亡したが、これに対し6月12日にヒズボラは報復措置としてイスラエル北部に向けロケット弾等を発射するなど、両者による戦闘が激化した。また、6月18日には、ヒズボラに対する大規模攻撃実施計画が間もなく承認される旨イスラエルのカッツ外相が明らかにした(その後レバノンにおける作戦実施を承認した旨同日イスラエルが発表した)。他方、6月26日にトルコのエルドアン大統領が、レバノンの攻撃する姿勢を見せつつあるイスラエルを批判するとともにレバノン支援を表明、周辺諸国に対しレバノンと連帯するよう呼びかけた。そのような中、米国国防省がレバノンからの米国人の避難に向け準備しつつある旨6月27日夕方(米国東部時間)に伝えられた。また、イスラエル軍がレバノンに対し本格的に侵攻しヒズボラとの間での戦闘を実施するのであれば、中東を拠点とする親イラン民兵組織等の抵抗勢力が全面参戦を行なう旨6月28日夜(米国東部時間)にイラン国連代表部が表明した。7月3日にはイスラエル軍がレバノン南部を攻撃した結果、イスラム武装勢力ヒズボラの上級司令官(ナセル(Nasser)指揮官)が死亡した。
しかしながら、7月3日にはハマスがガザ地区における停戦等に関する新たな提案(ハマスは停戦等に関する協議実施の合意前の段階におけるイスラエルのガザ地区への恒久的停戦の実施要求を取下げ、6週間に渡る第1段階の協議実施時に、恒久的停戦の達成を目指す他、第2段階の協議実施時に、仲介者(エジプトやカタール等と見られる)がイスラエル軍の撤退を含む一時的な停戦や同地区への支援物資の搬入を保証するものとされる)を提出、7月4日にイスラエルのネタニヤフ首相は協議するため代表団を派遣することを承認した。7月5日にイスラエルとハマスとの間での協議が再開され、イスラエル側から派遣された対外情報機関モサドのバルネア(Barnea)長官が仲介者のカタールのムハンマド首相と協議後帰国、翌週において再び協議を実施する旨同日伝えられた。また、ガザ地区の停戦合意が発効するのであれば、ヒズボラもイスラエルに対する攻撃を直ちに停止する意向である旨7月5日に報じられた。ただ、イスラエルとハマスの主張には依然隔たりがある旨7月5日にイスラエル首相府が表明した一方、ガザ地区を巡りイスラエルとハマスとの間で停戦等を巡る協議が行なわれる中、7月8日にイスラエルがガザ地区北部の都市ガザを攻撃、同市中心部へと進軍するなどした(同日イスラエル軍は同市でのハマスの軍事拠点を攻撃すべく作戦を開始した旨発表した)ことにより、同日ハマスは停戦等に向けた交渉の決裂可能性を警告する旨の声明を発表した。また、7月11日にネタニヤフ首相は、ガザ地区とエジプトの境界に緩衝地帯を設定しそれをイスラエルが管理すること、ガザ地区北部におけるハマスの再集結を防止すること、出来る限り(ハマスが拘束している)人質を解放すること、ハマスを壊滅させるまで戦闘を継続すること、といった4原則を徹底する方針である旨表明するとともに、7月12日にはネタニヤフ首相がガザ地区とエジプトとの境界の緩衝地帯にイスラエル軍を配備したままとする旨主張、イスラエル軍配備無しに緩衝地帯を管理することを希望する他の交渉者との間で意見の相違が見られることにより、イスラエルとハマスとの停戦等の協議は後退しつつある旨同日ウォールストリート・ジャーナルが伝えた他、7月13日には同協議は中断された旨報じられた。
このように、イスラエルとハマスとの戦闘状態は、ガザ地区の停戦等を巡る交渉に関する動きは見られたものの、その過程はなお紆余曲折を経つつある。これまでのところ、ガザ地区を巡るイスラエルとハマスとの紛争は、中東を中心とするところの石油供給に直接大きな影響を及ぼしているわけではないものの、今後イスラエルとハマス等の武装勢力との間での戦闘が激化するとともに、再びイスラエルとイランとの対立が先鋭化するようであれば、ペルシャ湾を航行するタンカーのイラン等による拿捕、ホルムズ海峡封鎖の可能性を巡るイランによる挑発的な言動、及びイエメンのフーシ派武装勢力(イランが支援しているとされる)による紅海等における船舶の攻撃のさらなる拡大、及びサウジアラビア(イスラエルとの外交関係改善を視野に入れつつあるとされる)の石油関連施設等を標的とした攻撃の試みといった事例が発生する結果、中東情勢の不安定化に伴う同地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大することにより、原油相場に上方圧力が加わることもありうるので注意する必要がある他、そのような事象が発生しなくても、発生する可能性が排除できないとの懸念が市場で存続する結果、原油相場の持続的な下落が抑制されやすいものと考えられる。
6月18日未明(現地時間)にロシアの南西部ロストフ州アゾフ(Azov)に無人機による攻撃がなされた結果石油貯蔵タンクにおいて火災が発生した旨同日伝えられた。また、6月20~21日に無人機が、ロシアのクラスノダール地方にあるアフィプスキー(Afipsky)(操業者:サフマール(SAFMAR)、原油精製処理能力日量12.6万バレル)、イルスキー(Ilsky)(操業者:KNGKグループ、同日量13.2万バレル)、クラスノダール(Krasnodar)(操業者:ロスネフチ、同日量6万バレル)、アストラハン(Astrakhan)(操業者:ガスプロム、同日量14.6万バレル)の各製油所を攻撃した旨6月21日にウクライナが明らかにした(またロシア南西部のタンボフ(Tambov)及びアディゲヤ(Adygeya)地方にある油槽所を6月20日に無人機で攻撃した旨ウクライナ軍が声明を発表したと6月21日に伝えられた)。他方、ロシア西部のニジニ・ノブゴロド(Nizhny Novgorod)州にあるノルシ(Norsi)製油所(操業者:ルクオイル、原油精製処理能力日量34万バレル、3月12日のウクライナによるものと見られる攻撃で第6常圧蒸留装置(CDU-6、原油精製処理能力日量18万バレル)が損傷)の主要部分が6月22日に操業を再開した旨6月26日に伝えられた。また、6月21日に無人機による攻撃を受けたロシアのクラスノダール地方にあるイルスキー製油所は、攻撃による被害を受けておらず、平常通り操業中である旨6月27日に同製油所が発表したと同日ロシアのインターファクス通信が報じた。さらに、ウクライナが発射した無人機の攻撃により、ロシア南西部タンボフ州にある、同国から欧州方面に原油を輸送するために利用されているドルジバ・パイプラインのための原油貯蔵基地で6月28日に火災が発生(間もなく鎮火)した。加えて、ロシアの黒海沿岸港であるノボロシイスクがウクライナの無人機による攻撃を受け、一部の商業施設や住宅が損傷したものの、同港湾の操業は平常通り行なわれている旨7月3日にインターファクス通信が報じた。また、ロシアの製油所の稼働が回復しつつあることから、同国大手石油会社ロスネフチ及びルクオイルは7月のノボロシイスクからの原油輸出を前月比で日量22万バレル削減すると7月4日にロイター通信が報じた。ただ、ロシア南西部クラスノダール地方の複数の油槽所がウクライナにより発射された無人機により攻撃され(7月5日~7月6日の夜間とされる)、火災が発生した旨7月6日に伝えられる(7月6日に鎮火した旨同日報じられる)。そして、ロシアのトゥアプセ(Tuapse)製油所(操業者:ロスネフチ、原油精製処理能力日量24万バレル、2024年5月17日に無人機の攻撃を向け操業を停止)が7月1日に操業を再開した旨7月8日に報じられたが、ウクライナが発射した無人機による攻撃に伴いロシアのロストフ州ロディオノボ・ネスフェタイスキー(Rodionovo-Nesvetaysky)地区にある電力施設(変電所と見られる)で火災が発生した他、同国ボルゴグラード州の変電所及び油槽所でも迎撃した無人機の残骸落下により火災が発生した旨7月9日に伝えられる(油槽所の火災は7月9日時点で消火作業中であるとされた)。さらに、7月13日にもロシアのロストフ州チムリャンスキー(Tsimrlansky)地区にある油槽所が無人機による攻撃を受け火災が発生したが、その後鎮火した旨伝えられる。
このように、ウクライナによるものと見られるロシアの製油所を含む石油関連インフラ等に対する攻撃は継続しているものの、ロシアの製油所等の操業は比較的早期に再開しているとの印象を市場に与えるとともに、実際大西洋圏を中心とした地域において軽油等の石油製品需給が大幅に引き締まるような場面が見られているわけではないため、この面での原油相場への影響は現時点では限定的な状況となっている。しかしながら、今後ウクライナがロシアの石油関連施設攻撃を停止する旨表明するようでなければ、ロシアの石油関連インフラ等への攻撃が継続することに伴い、大西洋圏を中心とする地域に向けたロシア産石油製品等の供給に一時的にせよ支障が発生することにより石油需給が引き締まるとの懸念が市場で持続する結果、原油価格が支持されるか、もしくは、ウクライナによるロシアの製油所を含む石油関連インフラ等に対する攻撃がより頻発するなどするようであれば、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られないとも限らないので、注意する必要があろう。
米国経済面での注目点は、同国金融当局による政策金利引き下げに対する市場の期待であろう。6月16日には米国ミネアポリス連邦準備銀行のカシュカリ総裁が、6月17日に同国フィラデルフィア連邦準備銀行のハーカー総裁が、ともに政策金利引き下げ開始には、なお物価上昇を含めた経済指標類の検討が必要である旨発言した(また、併せてハーカー総裁は2024年の政策金利引き下げ回数は1回が適切であるとの見解を披露した)。また、2024年末にかけ物価上昇沈静化は継続するものの、政策金利引き下げ開始は今後入手される経済指標類等に依存する旨6月18日に米国ニューヨーク連邦準備銀行のウィリアムズ総裁が示唆した。さらに、米国の物価上昇が(年率2%の)目標に沈静化に向かいつつあるかどうかを判断するには時期尚早であり、短期間の(経済指標類等の)情報に米国金融当局関係者は過剰反応すべきではない旨6月18日に米国ボストン連邦準備銀行のコリンズ総裁が警告した。ただ、米国物価上昇は依然高水準であるが、沈静化に向かいつつあることに対し慎重ながらも楽観視している他、予想通りに経済が展開するようであれば、2024年末までに政策金利引き下げが妥当となる可能性が高いものと考える旨6月18日に米国連邦準備制度理事会(FRB)のクーグラー理事が発言した。それでも、米国物価上昇率が目標の年率2%に到達するにはもう1~2年程度要する可能性が高い旨6月20日に米国ミネアポリス連邦準備銀行のカシュカリ総裁が明らかにした。そのような中、6月12日に発表された5月の米国CPIで物価上昇の伸びが鈍化しつつある旨示されたことに対し、米国シカゴ連邦準備銀行のグールズビー総裁が、このようなデータがさらに示されるようであれば、政策金利引き下げが実施可能となるであろう旨6月20日に述べた。また、米国の物価上昇はさらに沈静化する方向に向かうものと予想している旨6月24日に米国シカゴ連邦準備銀行のグールズビー総裁が示唆した。他方、足元で米国物価上昇が沈静化に向かっているかどうかは判然としない一方、物価上昇率が年率2%の目標に向け沈静化しつつあるとの確信を持てるようになるまでは、政策金利引き下げの引き下げを行なうべきではない旨6月24日に米国サンフランシスコ連邦準備銀行のデーリー総裁が主張した。また、足元物価上昇が目標の年率2%に向かいつつある段階に入っているわけではなく、引き続き今後明らかになる経済指標類等を考慮しつつ政策金利引き下げに対しては慎重な姿勢で臨む必要がある他、必要であれば政策金利引き上げも選択肢となりうる旨6月25日にFRBのボウマン理事が表明した。そして、2025年は物価上昇の沈静化が急激に進展するもの考えるものの、2024年の政策金利引き下げについては今後明らかになる予定であるデータ次第である旨FRBのクック理事が6月25日に明らかにした。また、米国の物価上昇が沈静化しつつある兆候が見られる旨6月27日に米国アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁が発言した一方、米国の物価上昇圧力は依然として強いため、FRBによる政策金利引き下げを支持する用意はない旨6月27日にFRBのボウマン理事が表明した。さらに、これまでの政策金利引き上げにより最終的には物価上昇沈静化は図られるものと見られるものの、足元ではなお物価上昇圧力は存在するとともに、高水準の政策金利であっても経済は底堅く推移しており、現行の金融政策は広く期待されるほどには景気抑制的ではないかもしれず、引き続き経済情勢を監視しながら慎重に対処する必要がある旨6月28日に米国リッチモンド連邦準備銀行のバーキン総裁が主張した。さらに、6月28日に発表された米国個人消費支出(PCE)価格指数(後述)は、現行の金融政策が経済活動を抑制する方向で適切に作用していることを示しているものと見られるものの、2025年末までは政策金利が目標である年率2%を超過する恐れがあるなど、今後の展開は不透明であり、政策金利引き下げにつき判断するには依然時期尚早である旨6月28日に米国サンフランシスコ連邦準備銀行のデーリー相殺が明らかにした。それでも、米国金融当局は物価上昇率を目標である年率2%到達に向けた過程を進みつつある旨ニューヨーク連邦準備銀行のウィリアムズ総裁が発言した旨7月1日に伝えられる。また、米国の物価上昇は目標の年率2%へと沈静化しつつあるものと認識しており、(今後)政策金利引き下げが必要になるものと考えている旨米国シカゴ連邦準備銀行のグールズビー総裁が明らかにしたと7月2日に報じられる。他方、米国の物価上昇は沈静化の過程を辿りつつあるものの、政策金利引き下げ実施判断にはなお多数の裏付けデータ類が必要となる旨7月2日にFRBのパウエル議長が明らかにした。加えて、米国物価上昇率は金融当局が目標とする年率2%に向かって沈静化しつつあるものの、目標に接近しているわけではなく、目標到達のために必要とされる作業を実施する意向である旨7月5日に米国ニューヨーク連邦準備銀行のウィリアムズ総裁が発言した。7月9日に行なわれた米国連邦議会上院銀行委員会におけるパウエルFRB議長の公聴会では、労働市場が緩和しつつある他物価上昇が沈静化しつつあるものの、物価上昇沈静化を確信するにはなおそれを支持する指標類が必要になる旨同議長が示唆した他、同議長は政策金利引き下げ時期についての明言を避けた。また、7月10日に行なわれた米国連邦議会下院金融サービス委員会における公聴会では、パウエルFRB議長は、米国労働市場が緩和しつつあるとともに物価上昇ペースは鈍化しつつあるものの、FRBが目標とするところの年率2%に向かい続けているとの確信を持つには至っておらず、政策金利引き下げ実施を判断するのは、なお物価上昇沈静化を示す経済指標類等が必要になるとの見解を披露した。さらに、米国の物価上昇は順調に沈静化しつつある旨7月11日に米国シカゴ連邦準備銀行のグールズビー総裁が発言した一方、最近の経済指標類は米国の物価上昇沈静化が進展しつつあることを示しているが、政策金利引き下げ判断のためには、なお根拠となる指標類等が必要である旨7月11日に米国セントルイス連邦準備銀行のムサレム総裁が明らかにした。そして、これまで発表された経済指標類等から判断するに、政策金利の調整(つまり引き下げ)が妥当と見做される可能性が高い旨7月11日に米国サンフランシスコ連邦準備銀行のデーリー総裁が発言している。
このように、最近の米国金融当局関係者の考え方の主流は、依然として物価は目標を上回って上昇を続けていることから、今後発表される予定である経済指標類を検討しつつ、政策金利引き下げは慎重に実施するべきであるといったものであった。しかしながら、6月12日に米国労働省から発表された5月の同国CPIの伸びが4月から鈍化した他市場の事前予想を下回ったことに加え、6月28日に米国商務省から発表された5月の同国PCE価格指数が前月比横這い(4月同0.3%上昇)、前年同月比2.6%上昇(4月同2.7%上昇)、食料品とエネルギーを除くコアPCE価格指数価格が前月比0.1%上昇(同0.2%上昇)、前年同月比2.6%上昇(同2.8%上昇)と、4月から伸びが鈍化した。また、7月11日に米国労働省から発表された6月の同国CPIは前月比で0.1%下落と5月の横這いから伸びが低下した他、6月の食料品及びエネルギーを除くコアCPIは同0.1%の上昇と5月の同0.2%と上昇から伸びが鈍化、6月のCPIの前年同月比での上昇率も3.0%と5月の同3.3%から伸びが鈍化したうえ、6月のコアCPIも同3.3%上昇と5月の同3.4%上昇から伸びが鈍化、市場の事前予想(CPI前月比0.1%、前年同月比3.1%、コアCPI前月比0.2%、前年同月比3.4%の、それぞれ上昇)よりも物価上昇沈静化が進捗している旨示唆された。このようなこともあり、同国金融当局関係者の中には、物価上昇が沈静化しつつあることに対し楽観的に見る向きも見られ始めている。6月11~12日に開催されたFOMCの際に明らかになった今後の政策金利引き下げ予想では、2024年の政策金利引き下げ回数が1回である旨示唆され、3月19~20日の前々回のFOMC開催の際に示唆された3回から下方修正された旨判明したにもかかわらず、市場関係者の間では、2024年には2回の政策金利引き下げが実施されるとの見方が根強かった(6月15日時点では、9月17~18日に開催される予定であるFOMCにおいて0.25%の政策金利引き下げが行なわれる確率が61.1%、そして12月17~18日に開催される予定であるFOMCにおいてさらに0.25%の政策金利引き下げが行なわれる確率が45.5%と、他のどの選択肢よりも確率が高い状況となっていた)。しかしながら、7月11日に発表された米国の6月のCPIは同国物価上昇が沈静化しつつあることを示唆していたことから、米国金融当局による政策金利引き下げ期待が市場関係者間で一層強まりつつある(7月12日時点では、9月17~18日に開催される予定であるFOMCにおいて0.25%の政策金利引き下げが決定される確率が90.3%と、6月15日時点での61.1%から上昇した他、11月6~7日に開催される予定であるFOMCではさらに0.25%の政策金利引き下げが決定される確率が56.3%、そして12月17~18日に開催される予定であるFOMCにおいてさらに0.25%の政策金利引き下げが行なわれる確率が50.6%と、他のどの選択肢よりも確率が高い状況となっている)ため、この面では政策金利引き下げによる米国経済回復に伴う石油需要の伸びの加速観測とともに、米ドルが下落するとともに原油相場に上方圧力が加わりやすいものと考えられる。そのような中で、今後発表される米国経済指標類及び同国金融当局関係者による同国経済、物価及び政策金利引き下げを巡る発言等が、原油相場に影響を与えるものと考えられる。また、7月30~31日に開催される予定である次回FOMCにおける政策金利等に関する決定事項やFOMC開催後に行なわれる予定である記者会見時におけるパウエルFRB議長による米国等の経済情勢及び今後の政策金利引き上げ展望に関する発言等が米ドルとともに原油相場を左右することとなろう。
また、7月に入り米国主要企業等の2024年4~6月等の業績が発表され始めているが、それら企業の業績もしくは2024年以降の業績見通し(もしくは見通しの修正)等の内容によっては米国株式相場が変動する結果、原油相場に影響を及ぼすこともありうる。
6月17日に中国国家統計局から発表された5月の同国鉱工業生産は前年同月比で5.6%の増加と4月の同6.7%増から伸びが鈍化した他市場の事前予想(同6.0~6.2%の増加)を下回ったうえ、5月の同国新築住宅販売価格は前月比で0.7%の下落と4月の同0.6%の下落から下落率が拡大、1~5月の同国不動産投資額は前年同期比10.1%の減少と1~4月の同9.8%の減少から減少率が拡大した他市場の事前予想(同10.0%の減少)を上回る一方、5月の同国小売売上高が前年同月比3.7%増加と4月の2.3%増加から伸びが拡大した他市場の事前予想(同3.0%増加)を上回った。また、6月17日に中国国家統計局から発表された5月の同国原油精製処理量は6,052万トン(推定日量1,429万バレル)と4月の5,879万トン(同1,434万バレル)を日量ベースでは下回った他、前年同月(6,200万トン、同1,464万バレル)をも下回った(同国国内製油所のメンテナンス作業実施と原油価格に比べ割安な国内製品価格による精製利幅の低下が背景にあると指摘する向きがある)。6月26日には、中国北京市が、住宅融資金利及び最低頭金比率の引き下げを含む住宅購入促進策を発表したものの、6月27日に中国国家統計局から発表された5月の同国工業企業利益は前年同月比0.7%の増加と4月の同4.0%の増加から伸びが鈍化した他、6月30日に中国国家統計局から発表された6月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)が49.5と5月から横這いとなり2ヶ月連続で50を割り込んだうえ、同日発表された6月の同国サービス業PMIは50.5と5月の51.1から低下した他市場の事前予想(51.0)を下回った。さらに、7月1日に中国の独立系報道機関財新伝媒から発表された6月の同国製造業PMIは51.8と5月の51.7から上昇、2021年5月(この時は52.0)以来の高水準に到達した他、市場の事前予想(51.2~51.5)を上回ったものの、7月3日に中国財新伝媒から発表された6月の中国サービス業PMIは51.2と5月の54から低下、2023年10月(この時は50.4)以来の低水準に到達した他、市場の事前予想(53.4)を下回った。また、7月10日に中国国家統計局から発表された6月の同国生産者物価指数(PPI)は前年同月比で0.8%の下落と5月の同1.4%の下落からは下落率が縮小した他、市場の事前予想(同0.8%の下落)と一致したものの、同国CPIは前年同月比で0.2%の上昇と5月の同0.3%上昇から伸びが鈍化した他市場の事前予想(同0.4%の上昇)を下回った。さらに、7月12日中国税関総署から発表された6月の同国輸出は前年同月比8.6%の増加と5月の同7.6%増加から伸びが加速した他市場の事前予想(同8.3%の増加)を上回った一方、6月の同国輸入は同2.3%の減少と5月の同1.8%増加から減少に転じるとともに市場の事前予想(同2.8%の増加)に反し減少していた他、同月の同国原油輸入量は4,645万トン(推定日量1,133万バレル)と5月の4,697万トン(同1,109万バレル)から日量ベースでは増加したものの、前年同月(5,206トン(同1,270万バレル)比では10.8%の減少となっている旨判明した。そして、7月15日に中国国家統計局から発表された2024年4~6月期の同国国内総生産(GDP)は前年同期比4.7%の増加と2023年1~3月期(この時は同4.5%の増加)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(同5.1%の増加)を下回ったうえ、6月の同国鉱工業生産は前年同月比で5.3%の増加と市場の事前予想(同5.0%の増加)は上回ったものの5月(同5.6%の増加)からは伸びが鈍化、6月の小売売上高は前年同月比2.0%の増加と2022年12月(この時は同1.8%の減少)以来の低水準となった他市場の事前予想(同3.3~3.4%の増加)を下回った。加えて、7月15日に中国国家統計局から発表された6月の同国原油精製処理量は5,832万トン(推定日量1,423万バレル)と5月の同国原油精製処理量である6,052万トン(同1,429万バレル)、及び2023年6月(6,095万トン、同1,487万バレル)を、それぞれ下回った(同国国内製油所のメンテナンス作業の実施と軟調な経済に伴う軽油を中心とする低調な石油需要による精製利幅の低下が背景にあると見る向きがある)。
このように、中国経済指標類はまちまちな内容となっており、同国経済が持続的に回復する状態ではないことが示唆される。今後も同国経済が回復の兆候を見せるような指標類がある程度連続して発表されるようでないと、この面では原油相場への上方圧力が持続して加わりにくいものと見られる。ただ、不動産部門に対する支援策を含め、中国政府等による景気刺激策の実施に対する期待も市場で発生しやすいことから、この面では原油相場は下支えされやい他、実際に大規模景気刺激策実施を巡る動きが見られるようであれば、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られる可能性もあるものと考えられる。
米国では、9月2日の労働祭(レイバー・デー)に伴う連休(8月31日~9月2日)まで、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が最終消費段階では継続する。しかしながら、精製の段階では7月後半以降は秋場の石油不需要期が徐々に視野に入ってくることもあり、メンテナンス作業実施等に向け製油所が稼働を引き下げるとともに原油精製処理量を減少させ始める。それに従い原油の購入も不活発化するとともに、市場でも季節的な需給の緩和感を意識し始める。このためこの面では、原油相場に下方圧力が加わりやすくなるものと見られる。
また、大西洋圏では公式と目されるハリケーン等の暴風雨シーズンに突入した(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)。現時点までに明らかになっている一部機関による2024年の暴風雨シーズンにおける暴風雨発生予想では、記録的な水準に近い頻度でハリケーン等の暴風雨が発生する(表1参照)可能性がある旨指摘されているうえ、最近ではハリケーン等の発生頻度予想を上方修正する機関も見られる。また、これまでにハリケーン「ベリル(Beryl)」が発生し、観測史上最速でカテゴリー5のハリケーンへと発達するなどしたことから、市場関係者間では2024年の暴風雨シーズンが活発なものである可能性があることが一層意識されやすくなっている。ハリケーン等の暴風雨は、進路やその勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の油田関連施設に影響を与えたり、湾岸地域の石油受入及び積出港湾関連施設や製油所の操業に支障を発生させたり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電網が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が途絶することを通じて操業が停止するといった事態も想定される)、さらには、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業を停止させたりすること等により米国のメキシコからの原油輸入に影響を与えたりする(2023年において米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量63万バレル程度の原油を輸入した)。また、最近では米国の原油生産に占める陸上の割合が大きくなってきているものの、それでも米国メキシコ湾沖合においてもそれなりの量の原油が生産されている(2023年は当該地域で日量186万バレルの原油を生産しており、同年の米国の原油生産量全体(同1,293万バレル)の約14%を占めた)他、米国メキシコ湾岸は引き続き同国の精製活動中心地域である(2023年の当該地域の原油精製処理能力は日量988万バレルと米国原油精製処理能力全体(同1,825万バレル)の約54%を占めた)こともあり、今後のハリケーン等の実際の発生状況やその進路、そしてその予報等によっては石油市場関係者間で石油供給に対する懸念が強まるとともに、その影響が原油価格に織り込まれる場面が見られることもありうる。
また、カナダ西部アルバータ州北部では、5月に続いて再び山火事が勢いを増しつつあり、同国大手石油会社サンコール(Suncor)がファイアーバッグ(Firebag)オイルサンド事業所(合成原油生産能力日量21.5万バレル)の一部を7月3日に予防的に停止するとともに合成原油生産を削減した他、7月8日には、同国大手石油会社セノバス(Cenovus)がサンライズ(Sunrise)オイルサンドプロジェクト(2023年の合成原油生産量日量4.89万バレル)の一部人員を避難させるなど、カナダ・アルバータ州の山火事のオイルサンド事業に対する影響が発生し始めている(なお、大手国際石油会社エクソンモービルの子会社あるインペリアル・オイル(Imperial Oil)のカール(Kearl)オイルサンド事業所の操業への影響は発生していない旨7月8日に報じられる)。アルバータ州北部は、カナダのオイルサンドの採掘もしくは開発、及び生産(もしくは採掘等されたオイルサンドの改質)の中心地であり、同国の石油生産量日量583万バレル(2023年)の相当部分を占めている(そして生産された合成原油等は主に米国に向け輸出されている)。2016年に発生した山火事の際には、最大で日量100万バレル程度の生産が停止したとされることもあり、今後も同国の石油生産を巡り市場は神経質になりやすい他、さらにカナダ山火事が拡大しオイルサンド事業等に影響が発生するようであれば、北半球における夏場のドライブシーズンが続く中、カナダの石油生産及び米国のカナダからの石油輸入に影響が発生することにより、米国等での石油需給引き締まり感が増大するとともに、原油相場に上方圧力が加わる可能性もあるので、注意する必要があろう。
6月2日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合においては、従来2024年1~6月に実施されていた一部産油国による自主的な減産を2024年9月末まで同水準で延長したうえで、2024年10月からは段階的に規模を縮小し、2025年9月には終了する旨決定された。このため、この先の石油需給の緩和感が市場で意識されるとともに同会合開催後原油価格は一時下落した。しかしながら、市場の状況によっては、当該減産縮小を停止するか、減産を拡大する場合もありうる旨6月6日にサウジアラビアのアブドルアジズ・エネルギー相及びロシアのノバク副首相が示唆したこともあり、原油相場は持ち直して現在に至っている。今後についても、原油相場下落が継続した結果、例えば原油価格が1バレル当たり70ドルを大きく割り込んだり、依然70ドルの水準をそれなりには上回ってはいるものの、70ドル方向に向け原油価格下落の勢いが加速する兆候が見られたりする場合には、原油価格下落の勢いが強まる結果石油需給を調整することを通じた原油相場の制御が困難になる前に、サウジアラビアを初めとするOPECプラス産油国は、まず自主的なものを含め減産措置拡大の実施可能性等につき警告を発し(6月6日にサウジアラビア及びロシアが行なったような、いわゆる口先介入を行ない)、それでも原油価格の下落が抑制されない場合には、次回のOPECプラス産油国閣僚級会合、ないしは緊急を要する場合には、次回の閣僚級会合の開催を待たずして、OPEC共同閣僚監視委員会(JMMC: Joint Ministerial Monitoring Committee)開催の機会(次回は8月1日に開催される予定であるとされる)を捉えるか、もしくは臨時の閣僚級会合を開催するなどして、先制的かつ予防的に減産を強化することを通じ、原油相場のさらなる下落を防止するとともに、価格回復を試みるものと見られる。なお、2024年1~3月において目標を超過して原油を生産していたイラクとカザフスタンについては、同年12月にかけ原油生産を追加で削減することにより目標超過部分を相殺させる計画を5月3日に明らかにした。ただ、4月及び5月のみならず、6月についてもイラク等一部OPECプラス産油国は原油生産目標を超過する状態を継続している(表2参照)こともあり、この面では、OPECプラス産油国の減産遵守を巡る足並みの乱れが市場で意識されることにより、原油価格の上昇が抑制される場面が見られることもありうる。
全体としては、今後米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が峠を越え始めることにより、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されることを通じ、原油相場に下方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。しかしながら、米国経済指標類や同国FOMCでの決定、及び金融当局関係者の発言を通じた、同国金融当局の政策金利引き下げへの期待が根強く、この面では原油相場に上方圧力が加わり続けやすいものと考えられる。そのような中、中東情勢やウクライナによるロシアの製油所等石油関連インフラへの攻撃等に伴う、これら地域からの石油供給途絶の可能性に対する懸念の増減や、中国の経済指標類及び景気刺激策、そして米国メキシコ湾沖合周辺での暴風雨発生や進路等を巡る状況等が、原油相場に影響を与えるものと考えられる。
4. エネルギー研究所(EI)が発表した2024年版世界エネルギー統計報告が示唆する2023年の世界エネルギー市場に関する一考察
2024年6月20日にエネルギー研究所(EI:Energy Institute、英国を拠点とする非営利団体)が、KPMG及びカーニーの両コンサルタント会社の協力を得て、2024年版世界エネルギー統計報告(Statistical Review of World Energy 2024)を発表した(同報告書は1952年の創刊以来2022年に至るまでは大手国際石油会社BPが発行していたが、2023年に発行元がBPからエネルギー研究所に移行した)。ここでは、その世界エネルギー統計報告に示されるところの2023年を中心とする世界エネルギー市場の特徴につき考察を加えることとしたい。
(1) 石油
2023年の世界石油需要(バイオ燃料等含む)は日量1億341万バレル、前年比で同280万バレル(同2.8%)の増加となった(図16参照)。他の主要機関と比較してみるとOPECは2024年6月11日発表時点で前年比同256万バレル、IEAは6月12日発表時点で同213万バレルの、それぞれ増加と、EIの前年比増加量はOPECを同24万バレル、IEAを同67万バレル、それぞれ上回っている(図17参照)。因みに2022年のEIによる世界石油需要の前年比での増加量は日量309万バレルと、これもOPEC(同246万バレル)及びIEA(同263万バレル)を上回っている。なお、2023年12月14日時点のOPECによる2022年の前年比の増加量は日量243万バレルであったので、同機関は2022年の世界石油需要の前年比での伸びを殆ど同水準で見積もっていたのに対し、2023年12月14日時点のIEAによる2022年の前年比の増加量は日量197万バレルであったので、同機関は2022年の世界石油需要の前年比での伸びを2023年12月から2024年6月にかけ同66万バレル上方修正していることになる。また地域別に見れば、2023年はアジアの石油需要の伸び(前年比5.4%増加)が顕著であり、その中でも中国(同10.7%増加)及びインド(同4.6%増加)が同地域の石油需要の伸びを牽引する格好となっている。
世界石油需要を製品別に見ると、2023年は2022年に引き続きジェット燃料の需要の増加が顕著であった(図18参照)。2020年に流行した新型コロナウイルス感染に伴う各国及び地域の個人の外出規制の強化により、航空機を利用した個人の往来が大幅に制限を受けたことから、同年の当該需要は前年比で40%程度減少した後、2020年12月8日に英国から開始された新型コロナウイルスワクチン接種により、世界の一部地域において航空機を利用した個人の外出が相対的に活発化したこと(図19参照)もあり、2021年は前年比で11%程度、2022年は同17%程度の、それぞれ増加となった。また、2022年は3月28日に上海市において大規模な都市封鎖が実施されるなど、新型コロナウイルス感染抑制のため中国政府による新型コロナウイルス感染抑制のための厳格な個人の外出規制が施行された結果、航空機を中心とする個人の往来が低迷したものの、同年11月30日の中国広東省広州市及び河南省鄭州市を初めとして以降新型コロナウイルス感染抑制策が緩和され始めたことにより、個人の外出が促されるようになったことから、同国を中心として2023年は世界のジェット燃料が前年比で17%程度増加することとなった(なお、中国の当該需要は2020年が前年比19%程度、2021年が同1%程度、2022年が同39%程度の、それぞれ減少となっているが、2023年は前年比で74%の増加となった)。しかしながら、それでも2023年の世界ジェット燃料需要は日量734万バレルと新型コロナウイルス感染流行前の2019年の同797万バレルを依然下回っている。また、2023年はエタン及びLPG(前年比3.2%増加)及びガソリン(同3.0%)の需要が、それぞれ前年比で増加しているが、2022年終盤の中国政府による新型コロナウイルス感染抑制のための厳格な個人の外出規制及び経済活動制限の緩和により、乗用車を利用した個人の往来及び経済活動が相対的に活発化した結果、乗用車に利用される燃料であるガソリン及び石油化学製品原料となるLPG(中国ではプロパン脱水素化(PDH)装置の導入が進んでおり、同国の経済活動の回復に伴い同装置向けのプロパン需要が増加する格好となった)の需要が増加したものと考えられる。ただ、新型コロナウイルス感染流行時においても、ガソリンやジェット燃料に比べ需要の落ち込みが相対的に限定的であった(経済活動は制限を受ける格好となったものの、景気刺激策が実施された他、店舗での対面販売に代わり通信販売が活発となったことにより、物品の販売及び製造がそれなりに根強かったことが、背景にあるものと考えられる)一方、新型コロナウイルス感染流行沈静化の過程で、労働市場が引き締まったことや、2022年にロシアがウクライナに対し事実上の侵攻を実施したこと(後述)に伴い、原油及び天然ガスの価格が高騰するなどしたこともあり、物価上昇が加速するとともに一部諸国及び地域の金融当局が政策金利を引き上げ続けたことにより、それら諸国等において経済活動が減速するとともに、製造業や物流が影響を受けたことから、軽油及び暖房油を含む留出油需要は前年比で0.6%程度の伸びにとどまった。なお、地域的に見ると政府による新型コロナウイルス感染の厳格な抑制のための経済活動制限が緩和された中国では製造業及び物流がそれなりに持ち直したものと見られることもあり、留出油需要も前年比で13%程度の増加となったものの、金融引き締め策を実施し続けた米国における留出油需要は前年比で5%程度、欧州においても同3%程度の、それぞれ減少となっている。また、2023年に入り中国国内におけるナフサ分解装置の稼働率が上昇しつつあることが示唆される旨指摘されていることもあり、2023年の同国のナフサ需要は前年同月比で11%強程度の増加となった(但し2022年においても同国のナフサ需要は前年比で11%弱程度の増加となっており、同国のナフサ分解装置の稼働はそれなりに拡大し続けていることが示唆される)(図20参照)。ただ、中国を除くアジア諸国及び地域におけるナフサ需要は2022年に前年比で7%近く減少した後、2023年もさらに2%台半ば程度下振れしており、これが最近のアジア市場における軟調なナフサ価格に反映されているものと見られる。
他方、2023年の世界石油供給は前年比で日量185万バレルの増加となった(図21参照)が、その大半は米国(同151万バレル増加)であった他、ブラジル(同39万バレル増加)、ノルウェー(同12万バレル増加)及びガイアナ(同11万バレル増加)に加え、イラン(同72万バレル増加)と、OPECプラス産油国による減産措置の実施範囲外の産油国による増産が目立つ。2022年は前半を中心として原油価格が1バレル当たり100ドルを超過して上昇したことにより、米国のシェールオイル開発・生産を巡る採算性が改善した影響が、2023年も持続したことが、同国の石油生産拡大に寄与している。また、ブラジル、ガイアナ及びノルウェーにおいても新規開発油田からの生産が開始されたり生産が増加したりしていることもあり、石油生産が拡大している。また、イランについては、米国を初めとする西側諸国等による原油輸出面における制裁にもかかわらず増加する結果となっている。
また、2021年には日量531万バレルで、その半分超(日量279万バレル)が欧州向けあったロシアの原油輸出量(図22参照)は2022年2月24日に開始された同国のウクライナへの侵攻に伴う西側諸国等による対ロシア制裁の発動等により、2022年には欧州方面への原油輸出が同235万バレルへと減少した。それでも、欧州連合(EU)によるロシアからの海上経由での原油輸入の原則禁止の実施が2022年12月5日と同年末近くであったこともあり、それまではロシアからの欧州向けの原油輸出がそれなりに行なわれたこともあり、2022年のロシアの欧州向け原油輸出の減少幅は比較的限定的な規模にとどまった(図23参照)。しかしながら、2022年12月5日のEUによるロシア産原油輸入の原則禁止措置の実施が、2023年のロシアの原油輸出に大きく影響した結果、同年のロシアからの欧州方面への原油輸出は、日量65万バレルと2022年の4分の1強、2021年の4分の1弱の水準にまで減少した(図24参照)。他方、2021年のロシアの中国向け原油輸出は日量160万バレルであったが、2022年は同174万バレルへと増加したうえ、2023年には同215万バレルへと相当程度拡大した。加えて、2021年には日量9万バレルと極めて限定的な規模であったロシアのインド向け原油輸出は2022年には同75万バレル、2023年には同165万バレルへと大幅に拡大した。この結果、2021年時点では欧州及び中国で全体の8割強を占めていたロシアの原油輸出は、2023年においては、中国とインドで8割近くを占める状態となっている。また、2021年の欧州の原油輸入の3割弱を占めていたロシアからの原油輸入(図25参照)は、2022年には4分の1弱へと減少した(図26参照)うえ、2023年には10%を割り込む水準へと低下した(図27参照)。反面、同時期欧州は米国やサウジアラビアからの原油輸入を拡大しており、ロシアからの原油輸入減少を代替する形となっている。また、2021年には中東が半分程度から半分を超過する割合を占めていた中国及びインドの原油輸入(図28及び29参照)は、2022年及び2023年にはロシアの割合が相当程度拡大した反面、中東の割合が低下した(図30、31、32及び33参照)。
他方、2023年2月5日にEUによる海上輸送経由のロシア産石油製品の原則禁止措置が発動したことに対し、制裁発動前の駆け込みによりEU諸国によるロシア産石油製品輸入が活発化した側面があったこともあり、2021年には日量153万バレルであったロシアの欧州向け石油製品輸出(図34参照)は日量154万バレルと前年比でほぼ横這いとなった(図35参照)が、制裁が発動された2023年は同75万バレルと半減している(図36参照)。その代わりに2022年には日量19万バレルであったロシア産石油製品の中国向け輸出が2023年には同33万バレルへと増加している。ただ、ロシアからの石油製品輸出自体も2022年の日量254万バレルから2023年には同183万バレルへと減少している。また、2021年から2022年にかけては欧州のロシアからの石油製品輸入はEUのロシアからの石油製品輸入の原則禁止を内容とする制裁の発動以前であったこともあり概ね維持された(図37及び38参照)ものの、2023年には欧州のロシアからの石油製品輸入は半減した(図39参照)。その代わり、米国、インド及びクウェート等からの石油製品輸入が拡大する格好となっている。
他方、2023年のロシアの石油消費、原油純輸出及び石油製品純輸出の合計は国内石油生産を日量90万バレル弱下回っている(図40参照)。2021年及び2022年においては、国内石油消費、原油純輸出及び石油製品純輸出の合計は国内石油生産とほぼ同水準となっていたことから、この分(つまり日量90万バレル相当分)は行き先不明の「失われた石油(Missing Barrels):統計上捕捉できない石油」となっている可能性があることが示唆される。また、欧州の石油製品輸入は米国及びインド等からのものが拡大しており、ロシアからの石油製品輸入縮小を代替する格好となっている。
(2) 天然ガス
2023年の世界天然ガス需要は前年比でほぼ横這いの日量3,880億立方フィートとなった(図41参照)。2022年終盤に中国政府による新型コロナウイルス感染の厳格の抑制策が緩和されたことから、経済が浮揚するとともに、産業部門を中心とするところの天然ガス需要が回復した結果、同国の天然ガス需要は前年比で7%程度の増加となった他、米国からのパイプラインが整備されつつあったことから、同国からの天然ガス輸入が促進されるとともに、発電部門における天然ガス消費が促進されたメキシコ等において、天然ガス需要が喚起されたものの、物価上昇に伴いEU金融当局による政策金利引き上げ等により経済が減速傾向となったことに加え、2022年2月24日のロシアによるウクライナへの事実上の侵攻開始以降2022年8月26日にはオランダ天然ガス先物価格が100万Btu当たり99ドル超の終値にまで到達した欧州においては、採算性の悪化から化学及び肥料産業を含む産業部門の天然ガス需要が低迷した他、2022~23年及び2023~24年の欧州が概ね暖冬であったことにより、暖房向けの民生部門における天然ガス需要が低調に推移したこと、欧州経済のもたつきや暖冬等により発電部門における天然ガス需要も減少したものと見られる(2023年の欧州の天然ガス火力発電量は前年比15%程度の減少となっている)等が影響し、2023年の欧州の天然ガス需要が前年比で7%程度減少したことに相殺される格好となった。
他方、2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻して以降、西側諸国等による対ロシア制裁実施に対するロシアによる事実上の報復措置として、ロシアからパイプライン経由で輸送される天然ガスの供給が削減される形となった結果、2022年の同国のパイプラインによる天然ガス輸出量は前年比で38%程度、日量74億立方フィート減少の日量同121億立方フィートとなった(図42及び43参照)が、2023年もロシアからの輸出削減後の低水準の状態が継続したこともあり、同年のロシアからのパイプラインによる天然ガス輸出量は前年比で24%程度、日量29億立方フィート減少の同92億立方フィートとなった(図44参照)。この中では2021年においてEU及び英国向けが日量128億立方フィートとロシアのパイプラインによる天然ガス輸出の3分の2近くを占めていたものが、2022年は同59億立方フィートと前年比で54%程度減少するとともに、同年のパイプラインによる天然ガス輸出に占める割合が49%程度へと低下、2023年は同25億立方フィートと前年比でさらに60%近く減少するとともに、同年のパイプラインによる天然ガス輸出に占める割合は27%程度へと一層低下した。また、ロシアから中国向けのパイプライン経由の天然ガス輸出は2021年には日量7億立方フィートであったものが、2022年には同14億立方フィート、2023年には同21億立方フィートと、大幅に増加している。それでも、ロシアから他の地域へのパイプライン経由での天然ガス輸出は2021年から2023年にかけ概ね同水準で推移したことから、全体としては、ロシアのパイプライン経由での天然ガス輸出は相当程度減少する形となった。
他方、2021年には日量38億立方フィートであったロシアからのLNGによる天然ガス輸出については、2022年は同39億立方フィート、そして2023年には同41億立方フィートと、増加はしたものの、この期間において同国の天然ガス液化能力が大幅に拡大したわけではなかったこともあり、限定的な規模での増加にとどまった。なお、ロシアによるLNG輸出は2021年から2023年にかけEU及び英国、日本、中国等を主な輸出先としており、特に中国向けの輸出は増加しているが、全体としては小幅の増減となっている。このようなことから、2021年には日量233億立方フィートであったロシアの天然ガス輸出量は2022年には同160億立方フィート、2023年には同134億立方フィートと、減少傾向となるとともに、2021年には418億立方フィートであった同国の天然ガス消費は2022年に同434億立方フィート、2023年には同439億立方フィートへと、それぞれ増加したものの、輸出の減少を相殺しきれなかった結果、これに併せて2021年には日量679億立方フィートであったロシアの天然ガス生産量は、2022年には日量598億立方フィート、2023年には同567億立方フィートへと、それぞれ減少している。そしてこれが影響した格好となっていることから、シェールオイル開発・生産活動が活発化した米国等石油生産に随伴して生産される天然ガスが増加したものの、2022年の世界の天然ガス生産量は前年比日量5億立方フィート(同0.1%程度)、2023年の生産量は同10億立方フィート(同0.3%)の、それぞれ増加にとどまった(なお、2023年の世界天然ガス生産量は日量3,927億立方フィートとなっている)(図45参照)。
また、2021年にロシアから日量162億立方フィートのパイプライン経由の天然ガスを輸入した欧州(図46参照)は、2022年には同83億立方フィートの輸入へと半減した(図47参照)うえ、2023年には同48億立方フィートと輸入量はさらに相当程度減少した(図48参照)。LNGについては、2021年には日量17億立方フィートとなったロシアからの輸入は、2022年及び2023年は同19億立方フィートと微増にとどまった反面、2021年には日量30億立方フィートであった米国からの輸入は、2022年には同70億立方フィート、2023年は同74億立方フィートへと、それぞれ増加した。ただ、全体としては、2021年には日量329億立方フィートであった欧州の天然ガス輸入は2022年には同305億立方フィート、2023年には同264億立方フィートへと、それぞれ減少しており、これは同地域における天然ガス需要不振を反映しているものと考えられる。
(3) 石炭、原子力、再生可能エネルギー、電力、一次エネルギー及び二酸化炭素排出量等
2022年に高騰した天然ガス価格の影響を2023年前半も引き継ぐ格好となったことや、2022年の天然ガス価格高騰時に調達したものが、2023年に入って流入し利用されるに至ったものと見られること等から、2023年の世界石炭消費は前年比で1.6%程度の増加となっており(図49参照)、特に、アジアの大消費国である中国(前年比5%程度増加)やインド(同10%程度増加)での増加が顕著である(発電部門向け等に利用されたされたものと見られる)。他方、2022年に天然ガス価格が高騰したことにより、代替のエネルギー源としての石炭の需要が増加するとの観測が発生したこともあり、石炭価格が上昇したことにより石炭生産を巡る採算性が改善したことから、中国(前年比3%程度増加)、インド(同11%程度増加)及びインドネシア(同13%程度増加)等の一部諸国で石炭生産が拡大した結果、2022年の世界石炭生産量は前年比3%程度の増加となった(図50参照)。このように石炭生産が堅調であったこともあり、世界の石炭需給の引き締まり感がそれほど強まらなかったことが、かえって2023年の石炭価格を抑制する形となった。
また、2021年10月26日から定期検査を実施していた関西電力美浜原子力発電所3号機(発電能力82.6万kW)が特定重大事故等対処施設の設置が完了するとともに2022年9月26日に本格的に運転を再開、2022年3月11日から定期検査を実施していた同大飯原子力発電所4号機(発電能力118万kW)も特定重大事故等対処施設の設置が完了するとともに2022年8月12日に本格的に運転を再開、2022年8月23日から定期検査を実施していた同大飯原子力発電所3号機(発電能力118万kW)も特定重大事故等対処施設の設置が完了するとともに2023年1月12日に本格的に運転を再開、2022年1月21日から定期検査を実施していた九州電力玄海原子力発電所3号機(発電能力118万kW)も特定重大事故等対処施設の設置が完了するとともに2023年1月10日に本格的に運転を再開、2022年9月12日から定期検査を実施していた同玄海原子力発電所4号機(発電能力118万kW)も特定重大事故等対処施設の設置が完了するとともに2023年3月8日に本格的に運転を再開した他、関西電力高浜原子力発電所1号機(発電能力82.6万kW)が2023年8月28日に本格的に運転を再開、同発電所2号機(発電能力82.6万kW)も2023年10月16日に本格的に運転を再開した。このため、2023年の日本の原子力発電量は78TWhと前年比で50%程度増加した。加えて、2022年12月7日に新ハヌル(韓蔚)原子力発電所1号機(発電能力140万kW)が本格的に運転を開始した韓国(2023年の発電量が181TWhと前年比2.5%増加)に加え、中国(同435TWhと同4%程度増加)やインド(同48TWhと同4%程度増加)でも原子力発電量が増加したことにより、アジア全体として、原子力発電量が前年比6%程度増加の781Twhとなったことが牽引する格好となり、世界全体でも原子力発電量は前年比2%増加の2,738TWhとなっている(図51参照)。
また、従来からフランスにおいては原子力発電所の運転期間の延長と安全性の強化を目指し2014~25年の予定で大規模なメンテナンス作業を実施中であったが、2020年以降の新型コロナウイルス感染拡大時にメンテナンス作業実施を延期した原子力発電所につき、改めてメンテナンス作業を実施したことに加え、一部原子炉の配管において腐食による亀裂が発生している旨判明したこと等により、2022年は同国の原子力発電所の相当部分が操業を停止した(同年8月25日時点では原子力発電能力6,137万kWのうち3,600万kW相当分が稼働を停止したと伝えられる)。このため、同年のフランスにおける原子力発電量は低下する格好となった。しかしながら、2023年はそのようなメンテナンス作業等を実施した原子力発電所が操業を再開したことにより、同国の原子力発電量は前年比15%程度増加の338TWhとなった。ただ、2023年4月15日にイザール(Isar)原子力発電所2号機(発電能力148.5万kW)、ネッカーヴェストハイム(Neckarwestheim)原子力発電所2号機(同140万kW)及びエムスラント(Emsland)原子力発電所(同140.6万kW)の、それぞれ操業が停止したドイツにおいて原子力発電量が前年比79%減少の7TWhとなった。また、2022年3月4日にロシア軍がウクライナ南部にあるザポリージャ(もしくはザポロジエ(Zaporizhzhia))原子力発電所(100kWの発電能力を有する原子炉6基で発電能力は合計600万kW)を制圧した後、同発電所が稼働を停止した旨同年9月11日にウクライナが発表しており、これが2022年のみならず2023年のウクライナの原子力発電量の減少の一因となっており、同国の2023年の原子力発電量は前年比16%程度減少の52TWhとなった。このような要因により、欧州全体としては、原子力発電量は前値比1%程度減少の736TWhとなった。
他方、2023年の世界の発電量に占める、風力や太陽光等を中心とする再生可能エネルギー(水力を除く)の割合は16%程度と2022年の14%程度から拡大した(図52参照)。なお、2023年の再生可能エネルギー(水力を除く)発電量の中では、風力発電が55%程度、太陽光等発電が39%程度と、風力発電の割合が大きいが、2022年は風力発電が50%程度、太陽光等発電が31%程度であり、2023年の風力発電量の伸びが前年比16%程度であった反面、太陽光等発電量の伸びは同26%程度となっており、太陽光等発電量の伸びがより顕著であることが示されている。また、この結果2023年の世界において風力と太陽光等の両発電量の全発電量に占める割合は合計で13%程度となり、原子力発電(9%程度)を上回り、水力発電(14%程度)に迫る状態となった他、両発電量は前年比で16%程度の増加となるなど、他のエネルギー源による発電量の前年比増減(6%程度の減少~2%程度の増加)と比べ大きな伸びとなっている(図53参照)。
また、欧州について見ると、2021年以降発電量は減少傾向にある(図54参照)。そのような中で、石炭(前年比20%程度減少)、天然ガス(同15%程度減少)等による発電量が2022年から2023年にかけ相当程度減少した結果、欧州の発電量に占める占有率は、天然ガスが2022年の19%程度から2023年は17%程度へ、石炭は2022年の17%程度が2023年は14%程度へと、それぞれ低下している。一方、太陽光等(前年比18%程度増加)、風力(同11%程度増加)等が2022年から2023年にかけ発電量を増加させた結果、欧州の発電量に占める占有率は、太陽光等が2022年の6%程度から2023年は8%程度に、風力は2022年の14%程度が2023年には16%程度に、それぞれ上昇している。
電力部門に限らず、エネルギー消費全体における各一次エネルギー源の構成を見てみると、世界全体では、2023年の一次エネルギー消費は前年比2%程度増加している(図55参照)。ただ、このうち石油の消費が前年3%程度増加、天然ガスは横這い、石炭は2%程度増加したのに対し、風力は前年比10%程度、太陽光等は同24%程度、それぞれ増加した。この結果、2023年の一次エネルギー消費全体に占める割合は石油が32%程度と、2022年から横這いとなったものの、天然ガスは23%程度、石炭は26%程度と、それぞれ前年比で1%程度減少している。他方、風力は4%程度と前年から1%程度増加、太陽光等は2%程度で横這いとなっている。また、2023年の世界の一次エネルギー消費全体に染める再生可能エネルギー(水力を除く)の割合も8%程度と2022年の7%程度から拡大した。そして、2023年の再生可能エネルギー(水力を除く)消費は中南米、欧州及びアジア等を中心として前年比で12%程度と大幅に増加した(図56参照)他、他のエネルギー源(2%程度の減少~3%程度の増加)を相当程度上回っている。ただ、2023年は化石燃料の中では二酸化炭素排出量が相対的に少ない天然ガスの消費が横這いとなった反面、二酸化炭素排出量が相対的に多い石油及び石炭の消費が増加したことにより同年の世界の二酸化炭素排出量は前年比で2%程度増加する結果となった。
なお、2023年の欧州の一次エネルギー消費は前年比2%程度の減少となった(図57参照)。一次エネルギー源別の消費を見てみると天然ガスが前年比で7%程度、石炭が同16%程度の、それぞれ減少となった一方、太陽光等が同18%程度、風力が同10%程度の、それぞれ増加となっている。この結果、2023年の欧州の各一次エネルギー源の全体に占める割合は、天然ガスが21%程度と前年の23%程度から、石炭が11%程度と前年の13%程度から、それぞれ低下した反面、太陽光等が4%程度と前年の3%程度から増加した他、風力は7%程度前年比で横這いとなっている。
以上
(この報告は2024年7月16日時点のものです)