ページ番号1010180 更新日 令和6年10月17日

脱石油依存・エネルギートランジションの潮流のもと海外LNGトレーディング拡充、上流事業参画に取り組むサウジアラムコ・ADNOC・カタールエナジー

レポート属性
レポートID 1010180
作成日 2024-07-31 00:00:00 +0900
更新日 2024-10-17 13:07:04 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG
著者 豊田 耕平
著者直接入力
年度 2024
Vol
No
ページ数 12
抽出データ
地域1 中東
国1 サウジアラビア
地域2 中東
国2 アラブ首長国連邦
地域3 中東
国3 カタール
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,サウジアラビア中東,アラブ首長国連邦中東,カタール
2024/07/31 豊田 耕平
Global Disclaimer(免責事項)

このウェブサイトに掲載されている情報はエネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。

※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.

PDFダウンロード599.5KB ( 12ページ )

概要

  • 本稿では、湾岸アラブ諸国の国営石油会社(サウジアラムコ・ADNOC・カタールエナジー)による海外LNGプロジェクト及び海外上流事業への参画について、背景と各国の戦略を分析する。
  • サウジアラムコとADNOCは2010年代から米国を中心とした海外LNGプロジェクトへの参画を目指し、2023年以降にその動きを改めて活発化させている。ロシアのウクライナ侵攻を契機とした国際的なLNGセキュリティへの再評価、現下の資源高での余剰資金の増大を踏まえた動きであると考えられる。
  • サウジアラムコは海外LNG権益取得、企業出資により、国際LNG市場でのビジネス展開を図っているほか、将来的な自国でのLNG輸出プロジェクトに向けた知見を獲得することも可能となる。自国需要を満たすには近傍のエジプトや地中海が経済合理性のある選択肢であり、米国でのLNGプロジェクト参画はトレーディング拡充や最適化が目的と推察される。
  • ADNOCは既にLNGを輸出しているが、中東以外のLNG権益取得によるポートフォリオ多角化、トレーディング拡充によって、欧州市場への販路拡大や価格のボラティリティ抑制を図り、より安定的な収益を上げることが可能になる。
  • カタールエナジーは2015年以降、特に海外上流資産の獲得を急加速させてきた。この背景には自国のLNG拡張プロジェクトにおけるパートナー選定をレバレッジとして欧米メジャーの有する有望エリアへの参入がある。この戦略を通じて、同社はと国際エネルギー企業として台頭することを目指している。
  • ADNOCも2023年から海外上流資産の獲得を目指すが、外交関係を強化すべき域内諸国や再生可能エネルギーを含む複合的なエネルギー・パートナーシップの形成を試みるアゼルバイジャン等、特定国との関係強化の意図が明白である。加えて、エネルギートランジションを志向するBPとの関係強化も目指しており、同社のトランジションへの意欲が反映されているといえる。
  • いずれの国も、個別案件での狙いは異なるものの、脱石油依存やエネルギートランジションの潮流のもと、自国の国際エネルギー市場でのプレゼンスとそこから得られる経済的・外交的利益の維持・拡大を図るために、海外上流事業やLNGビジネスへの取り組みを行っていると考えられる。

 

1. はじめに

2024年に入って、サウジアラムコとアブダビ国営石油会社(ADNOC)が海外LNGプロジェクトに参画する動きが急速に進んでいる。両社は米国や豪州で数多くのLNGプロジェクトに関心を持っていると報じられ、そのうちのいくつかの取引は既に実現している。湾岸アラブ諸国が海外LNGプロジェクトへの参画を狙った最も早期の事例として、カタールによる米国・ゴールデンパスLNGとロシア・ヤマルLNGへの関与がある。前者は本来受入ターミナルとして構想されたが、米国シェール革命を機に液化基地事業としての検討が進んだものであり、後者はカタールがロシアとそれぞれアジア・欧州での「市場の棲み分け」を狙ったものと考察されている[1]。しかし近年のサウジアラビアとUAEによる動きは、LNG大国であるカタールがグローバルなLNGサプライチェーンを支配する戦略とは、趣を異にしている。

また、この動きと並行して、カタールエナジー(旧カタールペトロリアム(QP)[2])とADNOCは海外の上流資産の権益獲得を積極的に追求している。カタールエナジーは南米やアフリカ、東地中海等の有望エリアに次々と参入し、ADNOCはイスラエルやエジプト、アゼルバイジャンで初の海外上流資産への参画を狙っている。

世界有数の石油・天然ガス埋蔵量を誇るこれらの湾岸アラブ諸国は、なぜLNGプロジェクトや海外上流資産への参画を目指すのだろうか。この動きには、自前のエネルギー資源を有さない消費国政府や国際エネルギー企業の海外エネルギー事業進出とは異なる行動原理が存在する。既に十分な収入源・エネルギー源としての石油ガス埋蔵量を有するこれらの国営石油会社は、海外エネルギー事業において、どのような利益を求めているのか。

本稿では、ともに2010年後半から近年にかけて活発化している、サウジアラビアとUAEの海外LNGプロジェクトへの参画とカタール・UAEの海外上流資産の権益獲得について、それぞれの経緯を踏まえたうえで、各国が海外事業戦略について分析する。

 

2. 米国LNGプロジェクトへの進出(サウジアラビア・UAE)

まず、サウジアラビアとUAEが海外、特に米国のLNGプロジェクトに進出する背景と、各国が獲得できる利益について考察する。

以下では、サウジアラビアとUAEによる海外LNGプロジェクト進出の経緯を概観したうえで、各国がこれらのプロジェクトに求める利益を検討する。

 

(1) 海外LNGプロジェクトへの進出動向概況

サウジアラビアは2023年に天然ガス114.1十億立方メートル(Bcm)を生産しているものの、その全量を自国消費に供し、輸出は行っていない。サウジアラムコは2010年代後半から、国際LNG市場の拡大や自国のガス需要増大を背景に、海外LNGプロジェクトへの関心を高めてきた。アラムコが2019年に発表した債券目論見書においても、「グローバルな統合ガスポートフォリオの開発」や「国外でのLNGプロジェクト投資」を追求することが掲げられている[3]。同社は特に米国・ロシア・豪州等、域外の主要LNG輸出国のプロジェクト参入への意欲を示し、権益獲得に積極的に動いてきた。2017年頃には、OPECプラスを通じた原油市場での協調を強化すべく、製油所・石油化学プロジェクト等とともに、ロシアのアークティックLNG-2プロジェクトへの参画を試みている。また、2019年にはセンプラ社が計画する米国ポートアーサーLNGでの権益取得・長期LNG輸出に向けた基本合意書(HOA)を締結し[4]、新型コロナウイルスの感染拡大によって検討が中断されるまで、LNG輸出国として台頭する米国への参入に強い意欲を示してきた。最終的な事業参画までは至らなかったものの、サウジアラムコは以前から海外LNG投資を求めて動いてきたことが分かる。

他方でUAEのADNOCは、2010年代にはサウジアラムコほど海外LNG投資への関心を示してこなかった。この背景には、UAEの海外投資をADNOCではなく投資会社ムバダラ・インベストメントが一手に担ってきたことがある。ムバダラ子会社のムバダラ・ペトロリアム(Mubadala Petroleum、現ムバダラ・エナジー)は主に海外上流権益を取得しつつ、並行して米国や東アフリカでのLNGプロジェクトへの進出も目指してきた。同社CEO(当時)のムサベ・アル・カービ(Musabbeh Al Kaabi)氏は2017年のMEESのインタビューに対し、「天然ガス・LNG需要が成長する中で、特に東半球の新興経済圏(筆者注:アジア新興国)に向けた天然ガス投資可能性を確信している」と語っている[5]。一方でADNOCも海外LNG投資に全く無関心であったわけではなく、2018年にはアラムコとの間でLNGプロジェクトへの投資機会を共同で検討する協力覚書を締結している[6]。UAE国営企業もアラムコほどではないが、海外LNGプロジェクトに目を向けてきたのである。

2023年以降、ロシアのウクライナ侵攻を契機とした国際的なLNGセキュリティへの再評価、現下の資源高での余剰資金の増大を踏まえて、両国の国際LNG市場への取り組みは改めて加速している。サウジアラムコは2023年9月には米国の機関投資家EIGの子会社であり、シェルLNG出身者が率いるミッドオーシャン・エナジー(MidOcean Energy)の「戦略的少数株式」の取得に合意し、同社が東京ガスから権益を取得した豪州LNGプロジェクトへの関与を進めている[7]。またその後、アラムコは複数の米国LNGプロジェクトへの関与を試み、いくつかは既に実現している(表1)。他方でADNOCは、上述したムサベ・アル・カービ氏を2022年末に新設した「低炭素ソリューション・国際成長」部門のトップに据え、その取り組みの一環として海外LNG投資を進めている。2024年5月には米国リオグランデLNGプロジェクトの権益11.7%の取得、モザンビークでLNGプロジェクトへのフィードガス供給が見込まれるエリア4鉱区の権益10%の取得を立て続けに発表した。

これまで結実した取引を見ていくと、ポートアーサーLNGはアラムコが過去に交渉を進めてきたプロジェクトであり、ミッドオーシャン・エナジーの親会社EIGは2021年にアラムコの子会社アラムコ・オイル・パイプライン・カンパニーの株式49%を取得したコンソーシアムの一員である[8]。また2019年にムバダラ・ペトロリアムは、リオグランデLNGのオペレーターであるネクストディケード(NextDecade)の株式6,500万米ドル分を購入している[9]。つまり、アラムコやADNOCは過去に構築した外国投資家との関係を足掛かりに、海外LNGプロジェクトへの参入を果たしているのである。

 

(表1)サウジアラムコ・ADNOCの近年の海外LNG投資(交渉段階や憶測報道を含む)
サウジアラムコ
2016-2017年 ロシアのアークティックLNG-2の権益取得について交渉
2018年 11月 ADNOCと天然ガス・LNG分野での投資機会を追求する枠組み合意を締結
2019年 5月 センプラとの間で、米国ポートアーサーLNGからのLNG売買契約(20年間・年500万トン)と権益取得に関するHOAを締結
2023年 9月 豪州LNG権益を取得予定(2024年3月に取得完了)のミッドオーシャン・エナジーの少数株式の買収に合意
2024年 3月 ADNOCと共同での米国LNG投資を協議中と報道(ロイター)
4月 LNG企業パビリオン・エナジーの買収交渉が最終局面に入ったと報道(ロイター、同6月に競合のシェルが買収合意)
6月 テルリアンと米国ドリフトウッドLNGの権益獲得について協議中と報道(ロイター)
ネクストディケードと米国リオグランデLNG第4トレインからのLNG売買契約(20年間・年120万トン)に関するMOUを締結
センプラと米国ポートアーサーLNG・フェーズ2からのLNG売買契約(20年間・年500万トン)と権益25%の取得に関するHOAを締結
7月 豪州サントスの買収に関する予備的評価を実施していると報道。アラムコは否定(Bloomberg)
ADNOC
2018年 11月

アラムコと天然ガス・LNG分野での投資機会を追求する枠組み合意を締結

2024年 3月 ADNOCと共同での米国LNG投資を協議中と報道(ロイター)
5月 ネクストディケードとリオグランデLNGからのLNG売買契約(20年間・年190万トン)と権益11.7%取得に合意

ポルトガルのガルプとモザンビーク・エリア4鉱区の権益10%の取得に合意

同鉱区はコーラル・サウスLNGにフィードガスを供給中、コーラル・ノースLNGにも供給予定
7月 豪州サントスの買収に関する予備的評価を実施していると報道(Bloomberg)

(出所)各社HP、ロイター、ブルームバーグからJOGMEC作成(2024年7月時点)

 

(2) サウジアラムコの海外LNG参画:国際LNG市場参入、知見・ノウハウの獲得

自国にLNGプロジェクトを持たないサウジアラビアは、海外LNG投資によって何を得られるのか。サウジアラムコで統合ガス戦略の策定に関与したウェイン・C・アッカーマン氏は、同社の国際ガス戦略の基本原則として以下の6つを挙げている[10]

  1. LNGにフォーカスしたグローバル統合ガスビジネスの開発
  2. 大西洋・太平洋地域・市場におけるエクイティLNG供給と国内資源からの長期的供給
  3. 生産者・最終消費者でない第三者としてのLNG供給(LNGトレーディング拡充)
  4. LNGマーケティング・トレーディングの専門知識の涵養、ビジネスユニットの設立
  5. LNG輸送ビジネスのため、海運分野の既存の専門知識を活用
  6. 今後の供給ギャップを目標に、2020年代半ばまでの1)~5)のプラン実行

この中で、現在進行中の海外LNG投資は、エクイティLNGの確保やLNGマーケティング・トレーディングの促進という、同社のガス戦略の中で重要な位置を占める取り組みであると考えられる。同社は2019年以降、子会社アラムコ・トレーディングを通じてインドや中国向けにLNGカーゴを販売しており、今年はエジプトでのLNG輸入に関する国際入札において、トレーダーのトラフィグラやトタルエナジーズらと並んで落札者に含まれている。アラムコのナシル・アルナイミ上流担当プレジデントは2024年2月、「現段階では国際的なLNGに注目しており、適切な時期に国内LNGも検討する」と発言しており[11]、まずは自国外のエクイティLNGを活用して国際LNG市場でのプレゼンスを高めていく方針である。

他方でナセルCEOの発言では、将来的に国内でのLNG液化・輸出プロジェクト開発を見据えていることも示唆されている。この点について、アラムコは海外LNGプロジェクトにおいて外国のLNG事業者と提携することによって、LNGに関する知見を獲得することが可能になる。LNGプロジェクトを経済的に成り立たせるため需要家を確保するマーケティング能力、事業経験に基づくコントラクター等との信頼関係、マネジメント等の知見は、アラムコの豊富な資金力をもってしても簡単に入手できるものではない。海外LNGプロジェクトで欧米企業と提携することで、同社は将来自国でLNGプロジェクトを開発する際のノウハウを吸収しつつ、未来のパートナー候補との関係を強化することができる。現にアラムコがLNG売買契約に合意したリオグランデLNGに参画しているトタルエナジーズは、アラムコが開発を進めるジャフラガス田について、液化基地の建設を含むガス田開発への関与について協議していると報じられたことがあり[12]、サウジアラビアはこの点での利益も見据えていると推察される。

しかしそもそもサウジアラビアでは今後、国内生産量が国内需要を満たすことができるか疑問視されている。サウジアラビアは他の湾岸アラブ諸国と同様、人口増加と経済成長に伴ってエネルギー・電力需要が増大しており、なかでも石油火力は電源の4割以上を占める。そのため同国では、輸出資源である原油を夏季ピーク時には日量50~80万バレル程度、それ以外の時期は日量20~30万バレル程度消費しなければならない状況が続いている[13]。そのためサウジアラビアのガス戦略では、原油から天然ガスへの燃料転換が最優先の政策課題として掲げられる。他方で、同国エネルギー省系列のシンクタンクである(KAPSARC)のLNG輸入に関する経済評価では、米国はサウジアラビアにとって最適なLNG輸入源ではなく、近傍のエジプトや東アフリカからの輸入が好ましいと指摘されている[14]。同評価で最適ポートフォリオとされるエジプトや東アフリカでのLNGプロジェクト参画や、国内LNG輸入ターミナル建設に向けた動きが確認されていないことから、現在のアラムコの、とりわけ米国LNGへの進出については、トレーディング拡充や取引最適化を目的としており、必ずしも自国へのLNG輸入を見越したものではないと考えることができる。

 

(3) ADNOCの海外LNG参画:ポートフォリオの価格面・地理面での多様化

UAEは2023年に6.6Bcmの天然ガスを生産する一方で、カタールからLNG1.1Bcm(80万トン)を輸入し、7.7Bcm(560万トン)のLNGを主にインド、日本や中国などアジア向けに輸出している。既にLNG輸出国であるUAEにとって、海外LNG投資はどのような意義を持つのだろうか。特に米国におけるLNGプロジェクト参画は、ADNOCのLNG市場での安定的な収益確保に役立ち、エネルギー危機に苦しむ欧州諸国を中心とした新たな経済的機会を提供する可能性がある。

第一の意義はLNGポートフォリオの多角化である。ADNOCは異なる場所・価格体系のエクイティLNGを確保することで、国際市場のボラティリティに対して強靭なガスポートフォリオを構築することが可能になる。これまでUAEからのLNG輸出はすべて海上輸送のチョークポイントであるホルムズ海峡を越えて行われてきた。しかし米国やモザンビークからのLNG輸出はホルムズ海峡を経由する必要はなく、ペルシャ湾岸地域で地政学的緊張が生じた際にも、代替供給源として活用することができる。また、特に米国産LNGの価格はヘンリー・ハブ天然ガス価格にリンクしており、主にブレント原油価格とリンクしたUAE産LNGとは価格体系が異なる。複数の価格に紐づくエクイティLNGを保有することで、それぞれの価格ボラティリティに対するADNOCのレジリエンスが強化され、国際LNG市場からの収益をバランスさせることが可能になる。

第二の意義は欧州市場へのマーケティングである。ADNOCは米国の海外LNGプロジェクト取引を通じ、これまで手薄だった欧州諸国へのLNG供給を加速させることが可能となる。これまでADNOCは自国産LNGの殆どをインド・日本・中国に供給しており、欧州への出荷は極めてまれであった(図1)。しかし2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以後、同社は欧州諸国へのLNG供給への強い意欲を見せている。2023年2月にADNOCは、ドイツ・ブルンスビュッテルの浮体式LNGターミナル(FSRU)に2012年以来となる欧州向けLNGカーゴを出荷した。さらにその後、UAEとドイツが締結した「エネルギー安全保障・産業アクセラレータ」における取り組みの一環として、2024年6月に最終投資決定(FID)を達成し、2028年に稼働予定のUAEのルワイスLNGプロジェクトについて、既にドイツ企業2社に向けた2028年以降のLNG供給に関するHOA(SEFE:15年間・年100万トン、EnBW:15年間、年60万トン)を締結している[15]。ADNOCが参画する海外天然ガスプロジェクトは、後述する上流資産も含めていずれも欧州向け輸出に適した位置に存在しており、今後はアジア・欧州双方のLNG市場でプレゼンスを拡大していくことを示唆している。

(図1)UAEのLNG国別輸出割合(2023年)
(図1)UAEのLNG国別輸出割合(2023年)
(出所)GIIGNL

3. 海外上流資産の権益獲得(カタール・UAE)

続いて、カタールとUAEが海外で上流資産の権益を求める背景と、各国が獲得できる利益について考察する。両国の海外上流資産への参画は2000年代前半から見られ、彼らにとって必ずしも新しいトレンドとは言えない。しかし2010年代後半以降、カタールエナジーは権益獲得のペースを急激に速めており、UAEではADNOCを中心に海外展開に本腰を入れ始めている。

以下では、カタールとUAEによる海外上流資産での権益獲得動向を概観したうえで、各国がこれらの資産に求める利益を検討する。

 

(1) 海外上流事業への進出動向概況

カタール国営QPは、2007年に設立したカタールペトロリアム・インターナショナル(QPI)を通じて、モーリタニアやブラジル、コンゴ共和国等で上流資産へのファームインに努めてきた。この動きに対しては、2005年からの国内LNGプロジェクトの拡張停止(モラトリアム)を継続する一方で、QPが海外投資へシフトしたとの見方がある[16]。しかし実際にQPの海外投資が加速したのは、2014年11月にアルカービ現CEOが着任し、カタールのLNG戦略が新展開を迎えてからである。アルカービCEOは2015年1月にQPIをQPに統合し、2017年のモラトリアム終了と前後して活発な海外上流資産の取得を進め始めた。2000~2016年が僅か6件であったのに対して、2017年以降には欧米メジャーとの提携により、南米・アフリカを中心とした国際入札・ファームインを通じて51件もの上流プロジェクトに参入している(図2)。

(図2)カタールエナジーの海外上流プロジェクト新規参画件数
(図2)カタールエナジーの海外上流プロジェクト新規参画件数
(出所)カタールエナジー、各社HP、各種報道よりJOGMEC作成

UAEもカタール同様、2000年代からムバダラ・ペトロリアムを通じた上流資産の獲得を進めてきた。同社は、UAE上流事業で提携する米国独立系企業オキシデンタル(Occidental)が注力するリビア、アルジェリア等の中東・北アフリカ地域や、2008年に買収したシンガポールのパール・エナジーが権益を有してきたマレーシア、インドネシア等の東南アジア地域を中心に事業展開を進めてきた[17]。とりわけ東南アジア地域は現在もムバダラ・エナジーのコアエリアであり、保有権益の開発・生産が進んでいる。これらのムバダラを中心とする海外投資は、海外LNGプロジェクトの検討と同様に、2020年頃から急転回を見せる。UAEは2022年末のムサベ・アル・カービ氏のADNOC「低炭素ソリューション・国際成長」部門トップ就任に伴い、ADNOCを中心とした戦略的な海外上流資産の獲得を志向し始めた。2023年3月にはBPとともに、「アブラハム合意」で国交を正常化したイスラエルの天然ガス事業者ニューメッド・エナジー(NewMed Energy)の株式取得に関するオファーを提示した[18]。また2023年8月には、再生可能エネルギー分野でも協業するアゼルバイジャンのアブシェロンガス田の権益を取得することに合意している[19]。これまでADNOCは海外上流資産を全く保有してこなかったが、2022年以降、外交的にも重要な国々の上流資産を追求し始めているといえる。

 

(2) カタールエナジーの海外上流投資の特徴:有望資産へのアクセス

カタールエナジーの海外上流投資の特徴は、自国のLNGプロジェクトを「アメ」として活用した欧米メジャー等との提携である。特に2017年4月に10年以上にわたるモラトリアムが解除され、2018年9月に発表された年産3,200万トン(予定)のノースフィールド・イースト(NFE)拡張計画は欧米メジャーからの注目を集め、カタールエナジーが有望な探鉱資産を獲得するための重要なレバレッジとして機能した。2017年以降に同社が獲得した上流資産には、NFE事業でパートナーとして選定された欧米企業が必ず含まれている。特に欧米メジャーの中でも上流事業に意欲的なトタルエナジーズ(TotalEnergies)とエクソンモービル(ExxonMobil)のいずれかがオペレーターを務める資産は、カタールエナジーがこれまで参画した資産の50%近くを占めている。

では、カタールエナジーはなぜ海外上流資産を獲得するのだろうか。カタールの利益は地政学的利益でなく、企業としての経済的価値の最大化にあると考えられる。カタールは地政学的見地から特定国への参画するよりむしろ、ビジネスとして海外エネルギー事業に参画する姿勢を貫徹している。カタールは2010年代後半、長期的なパートナーシップや国際的な相互依存を促進する投資を通じて、アラブ4か国(サウジアラビア・UAE・バーレーン・エジプト)からの禁輸措置による国際的な孤立から免れたという分析もなされている[20]。また獲得資産を見ても、ガイアナ・スリナムやナミビア、東地中海等の欧米メジャーが近年注目する探鉱フロンティアエリアの資産を多く獲得しており(図3)、資産の選定においてもその経済的な有望性に重きを置いている傾向がある。

カタールエナジーのアルカービCEOは2017年末のインタビューにおいて、海外投資によって「エクソンモービルやシェルといった国際エネルギー企業に肩を並べる」ことを目指していると発言し[21]、同社のプレスリリースではしばしば「国際的なプレゼンスの向上」が強調される。つまり、カタールの上流投資は、1990年代からペトロナスやプルタミナ等の国営石油会社が試みてきたように[22]、有望な海外資産を獲得することで自社が保有する埋蔵量を増加させ、国際エネルギー企業の一員として台頭することを試みていると考えられる。

図3 カタールエナジーの海外ポートフォリオ(2023年10月)
(図3)カタールエナジーの海外ポートフォリオ(2023年10月)

(出所)カタールエナジー(2023)[23]

 

(3) UAE・ADNOCの海外上流投資の特徴:国家間・企業間の外交関係強化

ADNOCはカタールと対照的に、海外上流投資にあたって経済的価値の追及のみならず地政学的利益(外交政策との連携)へ目を向けていることが明白である。同社が初めて海外上流投資の意思を示したイスラエルは、2020年の「アブラハム合意」以来、UAEが最も外交関係の強化を推進してきた国の一つであるといえる。またエジプトは2011年の「アラブの春」以降に国内体制がムスリム同胞団とその反対勢力との間で揺れ動き、親同胞団のカタール、反同胞団のサウジアラビアやUAEによる政治的目的を持った経済的関与、つまり「エコノミック・ステイトクラフト」のアリーナとしての性格が極めて強い[24]。中東域外に位置するアゼルバイジャンとの関係は前述した2か国ほど政治的性格を有さないが、UAEはマスダールを通じて同国に再生可能エネルギー分野や水素・アンモニア分野でも進出しており[25]、自国に次ぐCOP議長国との包括的なエネルギー・パートナーシップの強化を進めている。

また、UAEが強化する外交関係の対象は必ずしも国家に限定されない。イスラエル・エジプト・アゼルバイジャンの3か国への投資はいずれもBPとの協業を念頭に置いている。BPは2021年にADNOC、マスダールとの間で、英国とUAEにおけるクリーンエネルギー・ソリューションに関する戦略的パートナーシップを形成している[26]。欧米メジャーとの関係を通じて上流資産を獲得するカタールのアプローチとは異なり、ADNOCは上流資産での提携がBPとの協力強化の一つのツールになっていると捉えることも可能だろう。加えて、欧米メジャーの中で最もエネルギートランジションに向けた取り組みへの意欲が高いBPとの関係強化は、上流事業に活発なエクソンモービルらとの協力を強めるカタールと比べ、両国のエネルギートランジションに向けた姿勢の差異を示唆している。

 

4. おわりに

サウジアラビア、UAE、カタールはそれぞれの立場・思惑から海外展開に乗り出している。これまで見てきたとおり、天然ガス分野の視点からは、現状ガスを輸出していないサウジアラビア、LNG大国のカタール、LNG輸出量は少ないが海外LNG権益取得、トレーディング拡充の動きが顕著なUAEは、個別の事業で異なる経済的・外交的利益を得ることが可能である。しかし彼らがいずれも2010年代後半ごろにLNG・上流事業における海外展開を志向したことには、共通の理由がある。原油から天然ガス、天然ガスから再生可能エネルギーへと向かうエネルギートランジションの潮流である。この流れの中で、各国は自国の国際エネルギー市場でのプレゼンスを維持・拡大し、そこから得られる経済的・外交的利益を確保するために、既存のエネルギービジネスを越えた事業展開を求められている。彼らは「脱石油」に向けた経済多角化とともに、エネルギー市場においてもトランジションを見据えた事業多角化を着実に進めていると言えよう。

 

 

[1] “LNG: Qatar’s Russian Strategy – Compete or Collaborate?” MEES, February 15, 2013, http://archives.mees.com/issues/1464/articles/49863(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[2] QPは2021年10月にカタールエナジーに改称。本稿では、2021年以前の出来事についてはQP、それ以降の出来事や一般的な呼称はカタールエナジーに統一する。

[3] Saudi Aramco, “Prospectus,” December 5, 2019, https://www.aramco.com/-/media/images/investors/saudi-aramco-prospectus-en-051219.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[4] Saudi Aramco, “Sempra LNG and Aramco Services Company Sign Heads of Agreement for Port Arthur LNG,” May 22, 2019, https://www.aramco.com/en/news-media/news/2019/sempra-lng-asc-port-arthur(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[5] Jamie Ingram, “MEES Interview: Musabbeh al-Kaabi, CEO of Mubadala Petroleum & Petrochemicals,” MEES, November 8, 2019, https://www.mees.com/2019/11/8/corporate/mees-interview-musabbeh-al-kaabi-ceo-of-mubadala-petroleum-petrochemicals/ebd9cd70-022d-11ea-88d7-256004ca7a3b(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[6] Saudi Aramco, “Saudi Aramco and ADNOC Sign Framework Agreement on Strategic Natural Gas and LNG Cooperation,” November 12, 2018, https://www.aramco.com/en/news-media/news/2018/adnoc-agreement(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[7] 2024年4月、三菱商事はミッドオーシャンへの出資・戦略提携で合意している。

[8] EIG, “EIG Signs $12.4 Billion Infrastructure Deal with Aramco,” April 9, 2021, https://eigpartners.com/eig-signs-12-4-billion-infrastructure-deal-with-aramco/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[9] Mubadala, “Our Portfolio: NextDecade,” accessed July 25, 2024, https://www.mubadala.com/en/what-we-do/nextdecade(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[10] Wayne C. Ackerman, “Saudi Arabia’s International Natural Gas Aspirations,” Middle East Institute, April 6, 2022, https://www.mei.edu/publications/saudi-arabias-international-natural-gas-aspirations(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[11] Jamie Ingram, “Aramco Considers Saudi-Based LNG As International Growth Moves Ahead,” MEES, February 16, 2024, https://www.mees.com/2024/2/16/corporate/aramco-considers-saudi-based-lng-as-international-growth-moves-ahead/7ce0f990-cccf-11ee-9365-379ba4400c4c(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[12] Dinesh Nair et al. “Aramco in Talks with Sinopec and Total on $10 Billion Saudi Gas Deal,” Bloomberg, May 2, 2023, https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-05-02/aramco-in-talks-with-sinopec-and-total-on-10-billion-saudi-gas-deal(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[13] Jamie Ingram, “Saudi Arabia’s Oil Burn to Offset Supply Boost,” MEES, June 10, 2022, https://www.mees.com/2022/6/10/power-water/saudi-arabias-oil-burn-to-offset-supply-boost/8e682bc0-e8b5-11ec-a517-8d122b7938e2(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[14] Kaushik Deb and Rami Shabaneh, “Aramco’s LNG strategy: Opportunities and Options,” KAPSARC, December 4, 2019, https://www.kapsarc.org/research/publications/aramcos-lng-strategy-opportunities-and-options/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[15] Oliver Klaus, “Germany Secures More LNG Supplies from Adnoc,” Energy Intelligence News, May 9, 2024, https://www.energyintel.com/0000018f-5d08-dc18-a38f-7fbbb2110000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[16] “Qatar Expands Overseas Ambitions with Brazil Deepwater Deal,” MEES, January 31, 2014, https://www.mees.com/2014/1/31/corporate/qatar-expands-overseas-ambitions-with-brazil-deepwater-deal/3a68ee70-661f-11e7-aede-23f9e3d532a5(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[17]Mubadala, “Mubadala Acquires Pearl Energy,” May 21, 2008, https://www.mubadala.com/en/news/mubadala-acquires-pearl-energy(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[18] bp, “Statement regarding bp and ADNOC bid for interest in NewMed Energy,” March 28, 2023, https://www.bp.com/en/global/corporate/news-and-insights/press-releases/statement-regarding-bp-and-adnoc-bid-for-interest-in-newmed-energy.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[19] TotalEnergies, “Azerbaijan: TotalEnergies Sells a 15% Interest in Absheron Gas Field to ADNOC,” August 4, 2023, https://totalenergies.com/media/news/press-releases/azerbaijan-totalenergies-sells-15-interest-absheron-gas-field-adnoc(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[20] Rory Miller, “Qatar, Energy Security, and Strategic Vision in a Small State,” Journal of Arabian Studies 10(1) (February 2021): 122-138.

[21] “Building On Resilience: QP Chief Talks Embargo & LNG Plans With MEES,” MEES, December 8, 2017, https://www.mees.com/2017/12/8/corporate/building-on-resilience-qp-chief-talks-embargo-lng-plans-with-mees/e65e3720-dc35-11e7-9683-8d527bb0bebe(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[22] 市原路子「依然として圧倒的な国営石油会社(NOC)の存在感 -国際進出を通じて-」『JOGMEC石油・天然ガス資源情報』2012年1月19日、https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1004211/1004218.html

[23] QatarEnergy, “Investor Update Presentation, December 2023,” accessed July 25, 2024, https://www.qatarenergy.qa/en/MediaCenter/Pages/PublicationsDetails.aspx?itemId=14(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[24] Karen E. Young, The Economic Statecraft of the Gulf Arab States: Deploying Aid, Investment, and Development Across the MENAP. New York: I. B. Tauris, 2023.

[25] Masdar, “Masdar signs 1GW Clean Energy Agreement in Azerbaijan following Presidential Inauguration of Garadagh Solar Park, Largest in the Region,” October 26, 2023, https://masdar.ae/en/news/newsroom/masdar-signs-1gw-clean-energy-agreement-in-azerbaijan(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[26] bp, “bp, ADNOC and Masdar to form strategic partnership to provide clean energy solutions for UK and UAE,” September 16, 2021, https://www.bp.com/en/global/corporate/news-and-insights/press-releases/bp-adnoc-and-masdar-to-form-strategic-partnership-to-provide-clean-energy-solutions-for-uk-and-uae.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

 

以上

(この報告は2024年7月30日時点のものです)

アンケートにご協力ください
1.このレポートをどのような目的でご覧になりましたか?
2.このレポートは参考になりましたか?
3.ご意見・ご感想をお書きください。 (200文字程度)
下記にご同意ください
{{ message }}
  • {{ error.name }} {{ error.value }}
ご質問などはこちらから

アンケートの送信

送信しますか?
送信しています。
送信完了しました。
送信できませんでした、入力したデータを確認の上再度お試しください。