ページ番号1010187 更新日 令和6年8月15日
欧米が着手した凍結されたロシア政府資産の活用を巡る動き(米国REPO法の成立及びEU「ユーロクリア」からの最初の「特別収益」の受け入れ)とロシアによる対抗措置の可能性
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概要
- 4月25日、バイデン大統領の署名によって「ウクライナ人のための経済的繁栄と機会の再構築(REPO for Ukrainians Act/Rebuilding Economic Prosperity and Opportunity for Ukrainians Act)」法が成立。米国政府がロシア政府資産を差し押さえ、「ウクライナ支援基金」に譲渡することを可能とする内容である。また、それら凍結資産を原資とし、「国際ウクライナ補償基金」の設立を含め、ウクライナを支援するための国際的なメカニズムを設立することをG7諸国、欧州連合、オーストラリア、その他のパートナー及び同盟国と調整することが謳われている。
- EUも5月8日の大使級会合で、最終的に域内に凍結されたロシア政府資産から生じる利子等の収益をウクライナの軍事支援に充てるメカニズムに大筋で合意に至った。対象は同資産から発生する運用益・利息である「特別収益」とし、その9割を「欧州平和ファシリティ」に、1割はウクライナの軍事と復興を支援するための「ウクライナ・ファシリティ」に割り当てる。7月23日付けで凍結されたロシア資産を管理する「ユーロクリア」から15億ユーロが欧州委員会へ移転され、利用することができるようになったことが発表された。
- G7諸国も6月のイタリア・プーリアで開催されたサミットで、凍結されたロシア資産から得られる利子等を「特別収益」と定義し、年内に「ウクライナのための特別収益前倒し融資」(約500億ドル)を立ち上げ、ウクライナの防衛と将来的なニーズを財政的に支えていくことが共同コミュニケに盛り込まれた。
- 他方、利子等の「特別収益」とはいえ凍結されたロシア政府資産を活用することは事実上の接収と解釈され、資産を接収した国の信用を損ない、賠償を受ける権利があると信じる国が自助手段としてこの措置を拡大解釈することや国際法秩序の破壊に繋がり、現在の世界経済・金融システムを分裂させる可能性があると要人・専門家が警鐘を鳴らしている。サウジアラビアは、もしG7が凍結されたロシア政府資産の接収を決定すれば、自国が保有する欧州債券の一部を売却する可能性があると今年に入り内々に示唆したとされている。
- 米国のREPO法、EUの「ユーロクリア」による「特別収益」の支払いにおける共通点として、凍結されたロシア政府資産から生まれた「特別収益」を、そのままウクライナ政府に譲渡するのではなく、米国は「ウクライナ支援基金」を立ち上げ、欧州委員会は既に立ち上がっている「欧州平和ファシリティ」及び「ウクライナ・ファシリティ」に譲渡することが想定されていることが挙げられる。これまで欧米諸国が無償でウクライナへ支援してきた資金・物資に対する対価となり、各国の支援規模に従って支払われる可能性があり、各国のプラットフォームの中で決済を行う方が効率的となる。さらに外国資産の接収に慣習国際法上問題がある中では、ウクライナに「特別収益」を、物理的に国境を越えて渡さず、その資金の所有自体はウクライナに見かけ上には移らず、欧米各国政府から変わらないということを示すことで、欧米諸国がロシア政府からのリパーカッションに備えていることも考えられる。
- 国営ロシア通信(RIA)は、西側諸国がロシアの資産を没収してウクライナ復興に充当し、ロシアが報復に動いた場合、西側が失う資産と投資の規模は少なくとも2,880億ドルに上ると試算している(英国:186億ドル、米国:96億ドル、日本:46億ドル、カナダ:29億ドル等)。ロシア政府要人はロシア政府が差し押さえの可能性のある外国資産をリストアップしていることを明らかにしており(リストは非公開)、海外のロシア資産の没収の可能性は違法であり、深刻な結果と世界経済を損なうことになると警鐘を鳴らしている。
- G7による「ウクライナのための特別収益前倒し融資」(約500億ドル)の立ち上げについて、米国が200億ドル、ドイツ、フランス及びイタリアが計200億ドル、日本、英国及びカナダが残りの100億ドルを3カ国で均等に分けて拠出する方向で最終調整している。日本は日本で凍結しているロシア政府資産(580億ドル)からの「特別収益」をその資金として充当するのではなく、国際協力機構(JICA)による円借款5,000憶円程度の拠出で対応する方針。
- ロシア政府の対抗措置はミラーアクションとして欧米諸国がロシア国内に保有する資産(欧米諸国が凍結した国債等をベースとする外貨準備ではなく、主要石油ガス会社株式やプロジェクト権益)が対象となってくることが予想される。
- 日本政府が凍結されたロシア政府資産には手を付けず、JICAによる円借款で5,000億円を拠出しようとしていることは、本措置が内包する発動時の日本が被る国際的な信用リスクを回避するだけでなく、ウクライナ支援という本来の目的を達成しながら、ロシア政府による資産接収という対抗措置をかわす判断と言えるだろう。
1. 背景
(1) G7諸国によるロシア政府資産の凍結
2022年2月26日、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧州委員会、フランス、ドイツ、イタリア、英国、カナダ及び米国が共同声明という形で、国際銀行間通信協会が提供する電子送金システム(SWIFT)からの特定ロシア銀行の排除と共に、ロシア中央銀行が制裁の効果を損なうよう外貨準備高を展開することを阻止する制限的措置を講じることが発表された。矢継ぎ早の制裁によって、ルーブルの価値が暴落する中、その買い支え原資となる世界第5位の規模を誇るロシアの外貨準備高(6,430億ドル(約70兆円/2022年2月時点)の放出を阻止する措置であり、ロシア財務省、ロシア中銀及び国民福祉基金を対象に西側各国がそれぞれの中央銀行に保管するロシア政府口座の凍結が打ち出された[1]。
欧州委員会は2月22日から23日にかけて既にロシア政府・中央銀行が発行する国債取引の禁止が発表され[2]、米英では2月28日にロシア中央銀行、財務省及び国民福祉基金に対して、これらの機関と米国人が取引を禁止する発表が為された。日本も3月1日にロシア中央銀行に対する資産凍結措置が発動している[3]。
ロシア中央銀行が最後に公表した2021年6月時点の保有資産について、欧州連合とG7諸国等は証券と現金の形で約2,900億ドルとされている(図1)。
(2) 欧州連合において凍結されたロシア政府資産を管理する「ユーロクリア(Euroclear)」
欧州域内では、凍結された資産は有価証券等の決済処理を担う清算機関である「ユーロクリア(Euroclear)」(ブリュッセル)が管理することとなった。「ユーロクリア」は中央証券保管振替機関(Central Securities Depositories/CSD)として分類される国際決済機関であり、1968年に設立された。世界の大手銀行や証券会社、ブローカーを顧客とし、国内・クロスボーダー証券決済及び保護預かりを容易にする「ポストトレードサービス」を提供することで、迅速、効率的かつ信用度の高い証券の発行を可能にしている。その対象はユーロ債から派生証券に至るまで、世界中の株式や債券を含む何万種類もの証券を取扱っている。
株主はユーザーでもある約200の金融機関で構成されており、上位20社が総株式の86.72%を占め、それら株主には第2位にベルギー政府基金(12.92%)、第6位にロンドン証券取引所(4.92%)、第11位に三菱UFJ(2.24%)、第12位に三井住友銀行(1.23%)も名を連ねている。
2023年の年次報告書(Euroclear Holding)では[4]、売り上げが2022年の27.69億ユーロから約2.6倍の71.54億ユーロに増加し、金利収入等55.21億ユーロの内、約8割に当たる44.08億ユーロが「対露制裁及び対抗策(Russian Sanctions and countermeasures)」にリンクする利益であると説明されている。
同機関は凍結以降から2024年2月までに発生したロシアの凍結資産からの利子が52億ユーロに達したとも発表している。また、2024年6月末時点でバランスシート上1,730億ユーロが凍結されたロシア資産に関するものであり、2024年上半期のロシア政府資産の現金残高から生じる利息が約34億ユーロであったことを公表している。さらにこれらの収益がベルギー政府に8億3,600万ユーロの税収をもたらしたことも明らかにしており[5]、欧州連合の対露制裁の一環として発動されたロシア政府資産の凍結は同機関の企業活動と収益に大きな特需をもたらしていると言えるだろう。
(3) 米国によるREPO法施行
2024年4月24日、米国議会は「ウクライナ人のための経済的繁栄と機会の再構築(REPO for Ukrainians Act/Rebuilding Economic Prosperity and Opportunity for Ukrainians Act)」法[6]を可決し、バイデン大統領が翌日署名して成立した。米国政府によれば、REPO法は国際協力を促進し、ロシアにウクライナに対する戦争の責任を負わせながら、ウクライナの再建を支援することを目的とする。その実現のために、ロシアの侵略による損害を補償し、財政支援を提供し、外貨準備を含む米国内のロシアのソブリン資産の差し押さえを可能とするものとなっている。
同法では第103条で、ロシアとウクライナとの間の敵対行為が終了し、ロシアがウクライナに全額賠償するか、ロシアが賠償を実行する国際メカニズムに参加するまで、凍結された全てのロシア政府資産を凍結したままにすることを義務付けている(この点について大統領が勝手に凍結を解除することはできない)。また、米国政府に対しロシアのソブリン資産の所在を決定し、議会に報告することを義務付けている。最も重要なのは「TITLE II--REPURPOSING OF RUSSIAN SOVEREIGN ASSETS」で規定された第103条から第105条であり、凍結されたロシア政府資産について、「大統領は、米国の管轄権を条件として、ロシアの侵略国家の主権資産の全部又は一部を差し押さえ、没収し、譲渡し、又は権利を確定することができる」ことが定められている。
ヴァンダービルト・ロー・スクールの国際法教授であるイングリッド・ワース・ブランク氏は同法施行日に「大統領、慎重に行動してください」と結ぶ同法の問題点を指摘する記事を寄稿し[7]、米国に保有されている外国中央銀行の資産の没収にはリスクがないわけではないとしている。ロシア政府資産を没収することは西側が維持したい国際法秩序を壊し始めることに繋がり、賠償を受ける権利があると信じる全ての国のための無期限の自助手段へとこの措置が拡大することや米国に現在利益をもたらしている世界経済・金融システムを分裂させる可能性について警鐘を鳴らしている。
参考 REPO法・第103条~第105条(抄訳)
注:太字は筆者による。
タイトルII---ロシア政府資産の転用
(第103条)本条は、ロシアとウクライナとの間の敵対行為が終了し、ウクライナに対して完全な賠償が行われたことを大統領が議会に証明するまで、ロシア政府資産(Russian sovereign asset/ロシア中央銀行、ロシア国民福祉基金、ロシア財務省の資金及び財産並びにロシア政府が所有するその他の資金又は財産)の凍結解除を禁止する。法律で定められた不承認の共同決議により解除が禁止される場合がある。
(第104条)本条は、金融機関に対しその機関が保有するロシア政府資産について財務省に通知することを義務付ける。大統領は、これらの資産の状況について議会に報告しなければならず、米国の管轄下にあるロシア(又はベラルーシがウクライナに対する戦争行為に関与した場合はベラルーシも対象)政府資産を差し押さえ(seize)、没収(confiscate)、譲渡(transfer)、又は権利化(vest)し、それらを「ウクライナ支援基金(Ukraine Support Fund)」に譲渡(transfer)することができる(may)。ウクライナ支援基金は、ロシアの侵攻によって生じた損害について、国務省がウクライナに支援を提供するために使用されることとなる。この基金は、(1)補償又は支援を提供する国際機関又はメカニズム、(2)復興及び復興努力、及び(3)経済的及び人道的支援、これら(1)~(2)を通じてウクライナへの支援を提供するために使用される場合がある。
(第105条)大統領は、凍結されたロシア又はベラルーシの資産(immobilized Russian or Belarusian assets)の処分について、G7諸国、欧州連合、オーストラリア、その他のパートナー及び同盟国と調整し、ウクライナを支援するための国際的なメカニズムを設立するものとする。これには、「ウクライナ支援基金」に移転された押収資産を移転することができる「国際ウクライナ補償基金(an international Ukraine Compensation Fund)」の設立が含まれる。
出所:米国議会法文サイト
後述の通り、その後現在まで論争を呼ぶことになる同法の成立には、その伏線として、2023年末頃から米国政府のウクライナへの援助金の取り崩し問題、議会での予算通過に対する反対の動き、その解決策としての資金源の確保、さらにはウクライナに対する兵器供与に対する対価の確保が意識されてきたと考えられる。2月27日、イエレン米財務長官はロシアの侵攻に対するウクライナの防衛能力を強化し、長期的な戦後復興に備えるため、ロシアの凍結資産を「転用する」方法を模索するようG7諸国に対し、「前に進めるための強力な国際法と経済的、道徳的な論拠があると考える」と訪問先のブラジル・サンパウロで呼び掛けを行っていた。
(4) 欧州連合におけるロシア資産活用の動き
イエレン財務長官の発言から一カ月後の3月28日、欧州連合がロシア政府の凍結された資産から発生した利子及び配当を活用し、ウクライナへの兵器供与等の資金に充てる提案を承認することを首脳会議で決定したと報道された[8]。欧州委員会が提案した内容には、ウクライナ向けの兵器弾薬の確保に年間で最大30億ドルを費やすことも盛り込まれており、理事会での承認を受け、ウクライナへ具体的にどのように資金支援を進めるか、その方法を詰める段階に進むことになった。他方、オーストリアのネハンマー首相は、ロシア政府の凍結資産から生まれる利益の使途への同国の承認に当たっては「兵器弾薬の調達に差し向けられないような保証が必要」との見解を表明し、利益の使い方はEU当局者次第としながらも、中立的な国家の立場を尊重する配慮を求めるともした。
その後、その方法について策定が続けられ、遂に5月8日の大使級会合で、最終的に域内に凍結されたロシア政府資産から生じる利子等の収益をウクライナの軍事支援に充てるメカニズムに大筋で合意に至ったことをEU議長国ベルギーが明らかにした。7月にも収益の活用開始を目指すとしたが、元本の扱いは触れず、対象は利息とし、収益の活用を慎重に検討するとしている。凍結資産からの収益を年間30億ユーロ(約5千億円)程度と見込み、9割を軍事支援向けのEU基金「欧州平和ファシリティ」に移し、残り1割はEU予算を通じたウクライナ支援に回す案となる見込みであることも明らかになった[9]。
(5) 凍結ロシア資産活用に対する国際法上の懸念
ロシアがウクライナの領土から撤退し、復興支援に同意しない限り、凍結されたロシア政府資産をロシアに渡さないという点では各国・地域が一致しているが、資産接収の合法性については意見が分かれていることも指摘されてきた。
米国と英国はロシア政府資産の接収及び活用を働きかけている急進派である一方、フランスとドイツは法的な懸念を理由に接収が世界に対する危険な前例となるだけでなく、通貨としてのユーロの安定性・信頼性にも悪影響が生じると懸念を表明していた[10]。
欧州中央銀行(ECB)クリスティーヌ・ラガルド総裁は2024年4月にワシントンの外交問題評議会で演説した際に、国際法違反の可能性について警告し、選択肢を慎重に検討するよう助言している。欧州連合がもし凍結されたロシア政府資産からの収益を使用すれば、世界通貨としてのユーロへの信頼を損ない、ウクライナが得られる潜在的な利益よりも大きな損失を欧州連合に引き起こす可能性があると懸念を表明している[11]。
8月2日付けのロイターは「Legal challenges of confiscating Russian central bank assets to support Ukraine/ウクライナを支援するためにロシア中央銀行の資産を没収するという法的課題」というコラムニストの記事を掲載し、国際法下でどのような結果があるか分析している[12]。ある国家が国際法の下で不法行為に対して賠償する義務を負っていることは議論の余地がない一方で、第三国による同国資産の接収措置は、慣習国際法(Customary International Law:条約や国際司法裁判所によって定められる法の一般原則と並ぶ国際法の法源)に謳われている国家免除の原則を損なう可能性があることが指摘されている。国家の資産を接収することは、その国家の主権的目的のために資産を保護する権利とは相容れず、非商業的な目的と見做される当該国の中央銀行の資産が特に対象となるもので、執行措置から免除されるという解釈が「条約」及び「国際司法裁判所(ICJ)による判断」から成り立つと考えられる。1つ目の条約は、2004年に制定された「国連裁判権免除条約/The 2004 United Nations Convention on Jurisdictional Immunities of States and their Property(UNCSI)」[13]で、第18条において、国家が明示的に同意するか、財産を請求に割り当てない限り、国家に対して差押えや差押え等の判決前の執行措置をとることはできないと規定している。もうひとつの国際司法裁判所による判断は、外国領土における国有財産に対する執行免除は、その国の管轄権より優位であるとしている。ある裁判所が外国に対して合法的に判決を下した場合でも、その国の財産に対する執行措置が自動的に認められるわけではない。
戦争における慣習国際法は、敵国の財産の没収と責任ある国家に対する対抗措置を認めているが、ロシア・ウクライナ戦争において、ロシアが攻撃していないEU及び他のG7諸国には適用されない。法的には、ある国がある国の資産を凍結することは、資産を接収することとは異なる。接収には司法措置が必要だが、主権平等の原則により司法措置は執られ得ない。ロシア政府資産は、ロシア政府がこの免責を明示的に放棄しない限り、外国での法的手続きからは保護されるのである。
(6) G7イタリア(プーリア)サミットでの合意
G7各国は、2024年6月13日から15日までイタリア・プーリアで開催されたサミットでは、遂に凍結されたロシア資産の運用から得られる利益を「特別収益(Extraordinary Revenues)」と定義し、年内に「ウクライナのための特別収益前倒し融資(Extraordinary Revenue Acceleration <ERA> Loans)」を立ち上げ、約500億ドルについてウクライナ防衛と将来的なニーズを支えていくことが共同コミュニケに盛り込まれた。
参考 G7プーリア首脳コミュニケ(ロシア凍結資産関連抜粋)
注:太字は筆者による。
- 凍結されたロシア政府が有する資産の「特別収益(Extraordinary Revenues)」を活用し、約500億ドルを利用可能とすることを決定した。
- ロシアはその違法な侵略戦争を終結させ、自らがウクライナにもたらしている損害を賠償しなければならない。世界銀行によれば損害は現在4,860億米ドルを超えている。
- ロシアに対する長期化した防衛に直面するウクライナの現在及び将来的なニーズを支える観点から、G7は本年末までにウクライナへの約500億米ドルの追加的な資金を利用可能とするために、「ウクライナのための特別収益前倒し融資(Extraordinary Revenue Acceleration <ERA> Loans)」を立ち上げる。
- G7はこの融資に利払いし返済するために、これらの将来の「特別収益」のフローを使用することについて、これらの管轄下の承認を得るべく取り組む。G7はロシアが侵略をやめ、ウクライナに対して自らが生じさせた損害に対してロシアが支払を行うまで、全ての適用可能な法令及びそれぞれの法制度と整合的に、我々の管轄下にあるロシアの国家が有する資産を引き続き動かせないようにしておくことを確認する。
出所:外務省[14]
ポイントは前述の国際法上の潜在的な問題を回避するべく、接収に代わる策として凍結されたロシア政府資産から発生した利子を担保に、ウクライナに約500億ドルの融資を提供する形で利用するということであり、ロシア政府に所有権があると考えられる元本や利息を直接活用(接収)するのではないように見せていることである。この融資は商業的なものであり、直接的なロシア政府資産の没収ではなく、国際法の遵守が確保されるとG7諸国は解釈している。欧州連合が凍結されたロシア政府資産(総額2,600億ユーロ)及び発生してきた・今後発生する利息を管理し、コンプライアンスも確保する意向を示している。
しかし、このメカニズムでもロシア政府資産から生じる利子の所有における問題が解決されてはおらず、ロシアが国際法の下で提起する可能性のある潜在的な課題を解消するものとはなっていない。ロシア政府は利子の使用は間接的な接収に相当すると主張し、これらの国々に対して二国間投資条約(Bilateral Investment Treaties/BIT)を援用し、自らの正当性を主張する可能性がある。
(7) 欧州委員会による凍結ロシア政府資産からの利息の受け取り開始
7月19日、「ユーロクリア」はロシア政府の凍結資産の運用から得られた利益15.5億ユーロを7月中に欧州委員会が設立したウクライナ支援に関する基金に移管することを明らかにした[15]。
7月23日には欧州委員会がプレスリリースを発表し、同日付けで「ユーロクリア」から15億ユーロ(15.5億ではなく)が移転され、ウクライナ支援のために利用することができるようになったこと、同資金は、「欧州平和ファシリティ(European Peace Facility)」を通じて、「ウクライナ・ファシリティ(Ukraine Facility)」に振り向けられ、ウクライナの軍事能力を支援するとともに、ウクライナの復興を支援するために使われることになるとしている。
参考 「欧州平和ファシリティ」及び「ウクライナ・ファシリティ」
「欧州平和ファシリティ」
ウクライナ侵攻の1年前の2021年3月に設立されたEUの共通外交安全保障政策(Common Foreign and Security Policy/CFSP)の下で軍事的・防衛的影響を伴うEUの行動のための予算外資金調達メカニズムのことで、2021年~2027年までの総予算として170億ユーロが計上されている[16]。
「ウクライナ・ファシリティ」
ウクライナの復興、再建、近代化(recovery, reconstruction and modernization/注:軍事は含まず)を支援するべく欧州委員会が2024年から2027年までの新たな支援メカニズムとして立ち上げられたプラットフォームであり、最大500億ユーロ規模の支援を行う計画にある[17]。ウクライナへの融資に充てるべくEU債を発行し、2027年末までに最大330億ユーロを調達する予定となっている。
出所:欧州委員会
また、今回移転された15億ユーロの資金を含む凍結ロシア政府資産の活用について、FAQを設け、透明性を高め、同資産が生み出される利益について、ロシア政府には帰属せず、ウクライナ支援への活用に対する正当性を訴えている。
参考 欧州委員会による「ウクライナに利用可能となった凍結されたロシア政府資産からの
15億ユーロの収益の初回移転に関するQ&A」[18]
注:太字は筆者による。
Q:「特別収益(extraordinary revenues)」とは何か?
A:ロシア中央銀行の資産の凍結によって、「特別収益」が蓄積される。
ロシア中央銀行の資産と準備金の凍結により、(それを保管する)中央証券保管振替機関(CSDs)のバランスシートに想定されていなかった特別な現金残高が蓄積し、想定外の「特別収益」が生じる。これらの収益は凍結後、適用される法規則に基づき、ロシア中央銀行に支払われる必要はなく、これらはロシア政府の資産を構成するものとはならない。
Q:これら「特別収益」はいつから受け取っているのか?
A:欧州委員会はCSDから財政的貢献に関する通知を受け、2024年7月23日に最初の「特別収益」を受け取った。
Q:「特別収益」の内、「欧州平和ファシリティ」及び「ウクライナ・ファシリティ」にどのようなシェアで配分されるのか?
A:「特別収益」からの90%は「欧州平和ファシリティ」に、10%はウクライナの軍事と復興のニーズをそれぞれ支援するために「ウクライナ・ファシリティ」に割り当てられる。
Q:なぜこれらの「特別収益」を直接ウクライナに送金しないのか?
A:「特別収益」は「欧州平和ファシリティ」及び「ウクライナ・ファシリティ」という2つの欧州連合メカニズムを通じて、ウクライナの利益のためにだけ使用される。このスキームにより、「特別収益」は健全な財務管理ルールに則り、(ウクライナの)軍事能力の強化と再建に使用される。
Q:なぜ「ユーロクリア(ベルギー)」からのみ「特別収益」を徴収しているのか? 他のCSDは対象とならないのか?
A:現在、「ユーロクリア(ベルギー)」のみが、固定資産の管理に関する規則を定めた欧州理事会規則の適用範囲に該当する。欧州理事会規則では、ロシア中央銀行から100万ユーロ以上の資産を保有するCSDのみがその資産を維持し、発生した「特別収益」について欧州委員会に報告することに関連する義務を負うことを規定している。
Q:次回の「特別収益」の支払いはいつか?
A:CSDからの次回の支払いは2025年3月に行われる予定。
出所:欧州委員会
(8) 米欧の凍結ロシア資産活用の重要な共通点
米国のREPO法、そして欧州連合の「ユーロクリア」による「特別収益」の支払い開始の動きの中で、最も重要な共通点は、上記欧州委員会も明言しているように、凍結されたロシア政府資産から生まれた利益を、そのままウクライナ政府に譲渡するのではないという点である。米国は「ウクライナ支援基金」を立ち上げ、欧州委員会は既に立ち上がっている「欧州平和ファシリティ」及び「ウクライナ・ファシリティ」に移転することが想定されている。
さらに米国はG7諸国、欧州連合、オーストラリア、その他のパートナー及び同盟国と調整し、ウクライナを支援するための国際的なメカニズムを設立しており、「ウクライナ支援基金」に移転された押収資産を移転することができる「国際ウクライナ補償基金(an international Ukraine Compensation Fund)」の設立が含まれるとしている。この「国際ウクライナ補償基金」は、G7サミット(プーリア)で合意された、本年末までに設立する「ウクライナのための特別収益前倒し融資(Extraordinary Revenue Acceleration <ERA> Loans)」と重複するもののようにも見えるが、現時点では定かではない。
直接ウクライナへ資金を渡さないということには、現在戦時下にあるウクライナに巨額の資金を渡してもその管理に問題があるということもあるだろうが、そもそもこの資金は、これまで欧米諸国が無償でウクライナへ支援してきた資金・物資に対する対価となることも想定される。従って、資金自体をウクライナへ移動させず、各国の支援規模に従って、これまで得られなかった対価として支払われる可能性がある。そうであれば、各国のプラットフォームの中で決済を行う方が効率的だろう。さらに外国資産の接収に慣習国際法上問題がある中では、物理的にウクライナに「特別収益」を、国境を越えて渡さない、つまりその資金自体の所有はウクライナに見かけ上には移らず、欧米各国政府のままであるということも欧米諸国がロシア政府からのリパーカッションに備えて、何らかの理論武装の材料としていることも考えられる。
(9) 日本政府の対応
日本政府はG7が6月に合意した、凍結されたロシア政府資産から生じる「特別収益」を活用し、新設されるG7による「ウクライナのための特別収益前倒し融資」に5,000億円程度を拠出する検討に入ったことが報じられている[19]。「ウクライナのための特別収益前倒し融資」500億ドルの内、米国が200億ドル、ドイツ、フランス及びイタリアが計200億ドル、日本、英国及びカナダが残りの100億ドルを3カ国で均等に分けて拠出する方向で最終調整している模様である。重要な点として、日本は日本で凍結されているロシア政府資産(図1の通り、580億ドル)からの「特別収益」をその資金として充当するのではなく、国際協力機構(JICA)による円借款5,000億円程度で対応する方向であること、そして、日本からの資金供与については軍事面での支援に使われないようにすることを担保する方針であるということである。
現時点では米欧以外の国である英国、カナダがどのように資金拠出の原資を考えているのか不明であるが、日本が円借款を用いる方向であることは、米欧とは本件に関する温度差があることを示し、凍結されたロシア政府資産の接収が抱える法的に不安定な側面と後述のロシア政府によるカウンターサンクション・ミラーアクションを回避することも念頭に置いた判断であると考えられる。
(10) その他の国の反応
サウジアラビアは、もしG7が凍結されたロシア政府資産の接収を決定すれば、自国が保有する欧州債券の一部を売却する可能性があると今年に入り内々に示唆したということをBloombergが事情に詳しい関係者筋の情報として報道している[20]。
サウジ財務省の主張として、具体的にフランス国債に言及したとされている。ドイツやフランスを中心にユーロ圏の一部の国が、ユーロの価値が損なわれる恐れがあるとして、ロシア政府資産の活用には反対してきた姿勢の背景にはサウジアラビアの影響があった可能性が指摘されている。他方、サウジ財務省は「そのような脅迫は行っていない。G7や他国とサウジの関係には、相互の尊重がある。世界の成長を促進し、国際金融システムの回復力を高めるあらゆる問題を我々は議論していく」と否定している。サウジアラビアが保有するユーロとフランス国債は数百億ユーロ相当に上ると見られるが、売却するとしても相場に大きな違いをもたらすほどではない規模と考えられているが、欧州当局者の懸念はサウジアラビアの動きに他国が追随し、拡大していくことにあると考えられる。
2. ロシア政府の反応
(1) 対抗措置の示唆
このような西側諸国で高まる凍結ロシア政府資産活用の動きに対し、ロシア政府も着々と対抗措置を進めている。2023年12月7日、ロシア下院(デュマ)は、プーチン大統領が非友好国の企業が保有する株式・資産を管理することを合法とする法案を承認したことを発表した。外国の非友好的な行動に対して経済措置を導入する大統領権限を拡大するもので、ロシア領土内の動産・不動産、有価証券、ロシア法人の認可資本への参加権、非友好国の人々が保有する財産権の管理を導入する権利を有することになった。また、ロシア法人の設立、再編、清算、法的地位に関する措置を確立する権限も含まれるもので、西側諸国の対露制裁に対する対抗措置を迅速かつ対象を絞って行うことを示唆するものとなる[21]。
12月29日にはペスコフ報道官がロシア政府は差し押さえの可能性のある外国資産をリストアップしていることを明らかにしている。「(撤退すべき資産のリストはあるのかという質問に答える形で)ある。海外のロシア資産の没収の可能性は違法である。深刻な結果をもたらす可能性があり、世界経済を損なうことになる」と述べている[22]。
2024年1月22日には、ロイターが国営ロシア通信(RIA)を引用し、西側諸国がロシアの資産を没収してウクライナ復興に充当し、ロシアが報復に動いた場合、西側が失う資産と投資の規模は少なくとも2,880億ドルに上るとの試算結果を伝えている。奇しくも、図1の通り、西側諸国が凍結した総額である2,900億ドルと近似の値を示すロシア政府は、欧米諸国が強硬な措置を講じれば、ロシア側にも没収できる米国と欧州諸国の資産のリストがあると警告しているとの内容で、国営ロシア通信が引用したデータによれば、欧州連合とG7諸国、オーストラリア、スイスからのロシア向け直接投資額は22年末時点で2,880億ドルに上り、G7諸国では英国が最大の対ロシア投資を行っており、2021年末にロシア国内にあった同国資産は189億ドルだったという。米国が96億ドル、日本が46億ドル、カナダが29億ドルのロシア関連資産を2022年末段階で保有していたとされている[23]。
4月には、ロシア政府が米国、欧州連合等によって凍結されたロシア政府資産がウクライナへの資金提供のために差し押さえられた場合に対応する法案を起草していることが明らかにされている。マトヴィエンコ上院議長は「我々には法案があり、対応策として直ちに検討する用意がある。ロシア資産の没収は世界経済を破滅させかねない世界史上前例のない一歩になるだろう」と警告した。また、ヴォロージン下院議長も「米国政府は、EUにも同様の措置を執るよう刺激するためにロシア資産没収に関する法律を可決した。これは欧州経済に壊滅的な影響を与えるだろう。我が国には今や海外資産に関して対称的な決定を下す十分な理由がある」と述べている。
ペスコフ報道官も再び、国の主権資産を押収しようとするあらゆる動きには法的問題が生じるだろうと警告を発している。欧州中央銀行のクリスティーヌ・ラガルド総裁の慎重な姿勢に言及し、「ラガルド総裁は最近、欧州で凍結されたロシア政府資産を活用するという提案は国際法の支配を損ない、予見できない結果をもたらすと強調。
ロシア当局者らは、ロシア政府が没収する可能性がある凍結された外国資産もロシアが管理していると繰り返し警告してきた」ことを言及している。
シルアノフ財務大臣も「いわゆる「非友好国」の取引相手に対する証券や配当の支払い義務の履行を停止する可能性がある」と述べている[24]。他方、不透明なのは、ロシア政府が対抗策として凍結する西側資産には政府資産だけでなく西側企業資産も対象としようとしているのかどうかという点だろう。
石油・ガス部門で欧米企業が保有する時価総額の高い資産には、BPのロスネフチ株(19.75%)、トタールエナジーのノバテック株(19.4%)、ヤマルLNG権益(20%)、北極LNG-2権益(10%)、三井物産及びJOGMECが保有する北極LNG-2権益(10%)、撤退方針は示されたが、プロセスが完了していないものとして、ExxonMobilのサハリン1権益(30%)、Shellのサハリン2権益(27.5%マイナス1株)がある。また、新会社への継承を目指す三井物産及び三菱商事のサハリン2権益(12.5%及び10%)、サハリン1のサハリン石油ガス開発(SODECO)権益(30%)等が含まれる。これらの資産がどのように扱われるのかが今後の最重要注目点となるだろう。
(2) 既に接収は始まっていた:Wintershall及びOMVの西シベリア上流資産
上流資産においては、2023年12月以降、既に欧州企業の事実上の資産接収が始まっていたことも留意すべきだろう[25]。それはドイツのWintershall及びオーストリアのOMVが西シベリアに保有していたアセットであり、タイミングとしては、欧米諸国による凍結されたロシア政府資産の活用とも符合する。
2023年12月19日、ロシア大統領府はWintershall及びOMVがガスプロムと進めてきた上流開発(南ルスコエ鉱床及びウレンゴイ鉱床におけるアチモフ層開発)に関するプロジェクト会社の株式のロシア企業への譲渡を命令する2つの新たな大統領令(第965号及び第966号)を発表した。株式売却先となる特定のロシア企業については、南ルスコエ鉱床の当該権益については、ガスプロム傘下の保険会社である株式会社SOGAZに譲渡され、ウレンゴイ鉱床におけるアチモフ層開発権益については無名のロシア企業、有限責任会社Gas Technologiesに譲渡されることとなった。大統領令はその前日(18日)に発動された欧州による新たな第12次対露制裁パッケージに対する対抗措置と見られるタイミングで出された。これら西シベリア上流資産は欧州企業が保有する資産という条件の他に、生産物についてはガスプロムが販売権を有しており、パイプラインで輸出されたとしても事実上これら対象鉱区からの生産物として紐づくことなく、諸外国企業との販売契約を持っておらず、訴訟・係争リスクや契約上の問題がロシア側にとって少ないという点が挙げられる(一方、サハリン1及び2は新たなロシア法人への移管が進められているが、生産物の輸出権や第三国での係争処理による公平な株主の権利保護を規定しているという点において、ロシア政府が今回のようには容易に手を出せない状況にあるという点が指摘できる)。対象プロジェクト会社は全てロシア登記の会社であることが推察され、株主間協定の中で、係争が生じた場合の調停方法についてロシア連邦司法下での解決を規定している可能性がある。もしそうだとすれば、係争提起を行ったとしても公平で透明性のある第三者的視点での裁判が行われるかどうかは不明であり、Wintershall及びOMVによる対抗措置は限定的にならざるを得ないことが推察されてきた。
2024年4月1日、実際、ガスプロムはOMVに対し国際仲裁での法的手続きの禁止を求める訴訟をロシア・サンクトペテルブルクの裁判所に提起した[26]。4月26日には、OMVが逆にガスプロムをストックホルムで提訴し、複数の仲裁手続きを開始したことを明らかにしている[27]。
また、この権益の接収の背後には、欧州ガス市場を失ったロシアが、代替市場として注目せざるを得ない中国を「シベリアの力2」に引き込み、中国が望んでいるとされる上流権益に対する「お土産」として用意しようとしたとも考えられる動きでもあった。
3. 現状認識/今後注目すべき事象
国際法上も解釈に不確かさと発動した場合のリスク(ロシアからのミラーアクションだけでなく、サウジアラビアのように当該国資産の信用を棄損し国際金融市場にも混乱を及ぼす)を抱える凍結ロシア政府資産のウクライナ支援における活用の是非については、今後、欧米政府が次の事象においてどのような対応を取るのかが注目される。
まず、既に「ユーロクリア」から「特別収益」(15億ユーロ)を受け取った欧州委員会だが(7月23日)、「欧州平和ファシリティ」及び「ウクライナ・ファシリティ」にそれぞれ資金を移管し、実際にウクライナに向けて収益を活用した場合である。ウクライナに対して兵器や物資が送られ、その資金自体はその兵器や物資の対価として欧州各国・企業に支払われることが想像される。その時にロシア政府がどのようなアクションを執るのか。
米国はREPO法の中ではロシア政府資産について「元本」と「運用利息」を区別していない。「特別収益」だけを活用した場合、また、もし「特別収益」だけでなく、「元本」についても「ウクライナ支援基金」に譲渡・移管した場合、ロシア政府がどのようなアクションを執るのか。
他方、ロシア政府が執るだろう対抗措置は明らかであり、ミラーアクションとして欧米諸国がロシア国内に保有する資産の接収となることは論を俟たない。それは欧米諸国が凍結した国債等をベースとする外貨準備ではなく、主要石油ガス会社株式やプロジェクト権益が対象となってくることが想定される。
日本政府がG7で合意した年内の「ウクライナのための特別収益前倒し融資(Extraordinary Revenue Acceleration <ERA> Loans)」を立ち上げにおいて、凍結されたロシア政府資産には手を付けず、JICAによる円借款で5,000億円を拠出しようとしていることは、本措置が内包する発動時の日本が被る信用リスクを回避するだけでなく、ウクライナ支援という本来の目的を達成しながら、ロシア政府による資産接収というカウンターサンクションをかわす判断と言えるだろう。
[1] 米国政府/ホワイトハウス発表(2022年2月26日):https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/02/26/joint-statement-on-further-restrictive-economic-measures/(外部リンク)
[2] 欧州委員会(2022年2月22日及び23日):https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=OJ:L:2022:042I:TOC(外部リンク)
[3] 日本外務省(2022年3月1日):https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_009282.html(外部リンク)
[4] Euroclear Holding/2023年年次報告書:https://www.euroclear.com/content/dam/euroclear/investor-relations/annual-reports/2023/Documents/Euroclear%20Holding%20SA-NV%20Annual%20Report%202023%20-%20English.pdf(外部リンク)
[5] Euroclear(2024年7月19日):https://www.euroclear.com/newsandinsights/en/press/2024/mr-24-euroclear-first-half-year-results.html(外部リンク)
[7] イングリッド・ブランク教授寄稿:「The Controversial REPO Act Is Now Law」(2024年4月25日)https://www.lawfaremedia.org/article/the-controversial-repo-act-is-now-law(外部リンク)
[8] CNN(2024年3月28日)
[9] 共同(2024年5月9日)
[10] Bloomberg(2024年2月27日)
[11] FT(2024年4月18日):https://www.ft.com/content/f4996537-329d-4946-821e-67d11f5928b7(外部リンク)
[12] ロイター(2024年8月2日):https://www.reuters.com/legal/transactional/legal-challenges-confiscating-russian-central-bank-assets-support-ukraine-2024-08-01/(外部リンク)
[14] 日本外務省:https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100704489.pdf(外部リンク)
[15] Interfax(2024年7月19日)
[16] 欧州平和ファシリティ:https://fpi.ec.europa.eu/what-we-do/european-peace-facility_en(外部リンク)
[17] ウクライナ・ファシリティ:https://eu-solidarity-ukraine.ec.europa.eu/eu-assistance-ukraine/ukraine-facility_en(外部リンク)
[18] 欧州委員会による「ウクライナに利用可能となった凍結されたロシア政府資産からの15億ユーロの収益の初回移転に関するQ&A」https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/QANDA_24_4030(外部リンク)
[19] 読売(2024年7月18日)
[20] Bloomberg(2024年7月9日)
[21] Tass(2023年12月7日)
[22] Prime(2023年12月29日)
[23] ロイター(2024年1月22日)
[24] IOD(2024年4月23日)
[25] 拙稿「Wintershall及びOMVが保有する西シベリア上流資産を事実上接収することを意味する新たなロシア大統領令第965号及び第966号を発出」(2024年1月12日)も参照されたい。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009992/1009997.html
[26] Interfax(2024年4月1日)
[27] IOD(2024年4月16日)
以上
(この報告は2024年8月14日時点のものです)