ページ番号1010197 更新日 令和6年9月3日
ミレイ新政権による投資奨励制度、外貨規制緩和で変わるアルゼンチンのエネルギー開発 ―シェールオイル増産、LNG輸出国化に向け急展開―
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概要
- Vaca Muertaシェールの開発進展により、アルゼンチンNeuquén州のシェールオイル、シェールガスの生産量が急増している。Neuquén州政府は、同州の原油生産量は2024年7月の日量413,140バレル(前年同月比29%増)から2025年に日量67万バレル、2027年に日量100万バレル、2028年には日量120万バレルに増加すると見ている。
- Vaca Muertaシェール開発の中心となっている国営エネルギー企業YPFは、在来型資産や成熟資産を売却して、収益性の高いVaca Muertaシェールの開発に注力し、原油とともにLNGの輸出を拡大する方針だ。YPFはPetronasとともに、FLNGを導入、2027年までに年間100万~200万トンのLNGを輸出、さらに2基のFLNGを導入し、2030年までに年間800万~900万トンのLNGを輸出、その後、2032年までに陸上に液化設備を建設することで、最終的には年間最大3,000万トンのLNG輸出を計画している。
- Milei政権下で成立した基盤法は、政府が炭化水素の国内価格設定に関与することを禁じ、また、炭化水素を自由に輸出入することを認めた。さらに、アルゼンチンへの投資を促進するための大型投資奨励制度(RIGI)を導入、税制上の優遇策が設けられ、外貨規制の一部が免除された。
- 投資奨励制度や外貨規制緩和を含む基盤法を受けて、YPFとPetronasが共同で進めるARGLNGプロジェクトについて、Petronasが、自社のFLNG船を同プロジェクトに導入することを検討していると報じられたり、Golar LNGが、Pan American Energy(PAE)とHilli FLNGユニットの20年間の傭船契約を締結したりする等、LNGプロジェクトに進展が見られるようになっている。
- Vaca Muertaシェールでは、YPF以外にも、ShellやVista Energy、Tecpetrol等がシェールオイル増産を図るとしている。ExxonMobilは、ポートフォリオを合理化し、より収益性の高いプロジェクトに集中するため、Vaca Muertaシェールからの撤退を模索しているとされるが、ExxonMobilの資産については、Vista EnergyやTecpetrol等複数の企業が関心を示しており、非常に厳しい獲得競争が繰り広げられると見られている。
- 基盤法成立により、アルゼンチンのLNGセクターのビジネス環境が改善し、LNGプロジェクトの進展が期待できるとの声が上がっている。Vaca Muertaシェールで生産された石油、ガスを輸送するパイプラインの建設も進みつつあり、Vaca Muertaシェールの開発が一気に進展する可能性も出てきた。一方で、政府がこの基盤法をどのように実現に移し、規制を行っていくのかについては、不確実な部分が多いと懸念の声も聞かれている。
はじめに
米国エネルギー情報局(US Energy Information Administration、EIA)のTechnical Recoverable Shale Oil and Shale Gas Resourcesによると、アルゼンチンのシェールの技術的回収可能量は、シェールガスが802兆立方フィートで世界第2位、シェールオイルが265億バレルで世界第4位となっている。中でも、Neuquén、Río Negro、La Pampa 、Mendozaの4州にまたがって存在するVaca Muertaシェールの技術的回収可能量は、シェールガスが308兆立方フィート、シェールオイルが162億バレルと突出している。
Vaca Muertaシェールは2010年代の初めに開発が始まったが、その進展は遅々としたものだった。ところが、この数年、開発が進み、シェールオイル、シェールガスの生産量が急激に増加を始めた。2024年7月のNeuquén州の原油生産量は前年同月比29%増の日量413,140バレル、天然ガス生産量は同20%増の日量1億960万立方メートルであったが同州の原油生産量に占めるシェールオイルの割合は93%、天然ガス生産量に占めるタイトガスを含む非在来型ガスの割合は89%となっており、Vaca Muertaシェールの生産増が同州の生産増を牽引したことがうかがえる。特に、新型コロナウィルス感染拡大の影響で2020年3月の日量169,673バレルから同年4月には日量13万バレルまで落ち込んだ同州の原油生産量は、Vaca Muertaシェールの増産により、2024年6月には日量40万バレルを上回る成長を示した。ちなみに、2024 Energy Institute Statistical Review of World Energyによると、アルゼンチンの原油・コンデンセート生産量は2019年の日量607,845バレルから2023年には日量946,156バレルに増加した。
石油サービス会社NCS Multistageによると、2024年6月のVaca Muertaシェールでの水圧破砕のフラックステージ数は前年同月比48.7%増の1,703ステージと過去最高を記録した。2023年は年間合計で14,747ステージであったが、2024年は上半期だけで9,323ステージとなっており、年間では約18,000ステージに増加すると予想されている。
Vaca Muertaシェールで開発を行っている企業は、2023年にはVaca Muertaシェールでの操業に76 億ドルを投じる計画だったが、最終的には80億ドル超を投じたという。そして、2024年の操業には過去最高となる90億5,000万ドルを投入する計画であるとのことで、このVaca Muertaシェールの増産傾向は当面続くと考えられる。Neuquén州政府は同州の原油生産量は2025年に日量67万バレル、早ければ2027年には日量100万バレル、そして、2028年には日量120万バレルに増加すると見ている。
1. YPF、Vaca Muertaシェール開発に傾注、2027年よりLNG輸出を目指す
このVaca Muertaシェールの開発を中心となって進めている企業の一つが、アルゼンチン国営エネルギー企業Yacimientos Petroliferos Fiscales(YPF)である。
YPFはアルゼンチンの原油生産量の37%、天然ガス生産量の29%、原油、ガス合計では33%を生産している。YPFのシェールオイル生産量は2019年の日量3.5万バレルから2023年には日量9.7万バレルに4.3倍に、シェールガス生産量は同期間に石油換算で日量4.8万バレルから日量10.8万バレルに3.9倍に増加した。しかし、在来型の生産量減少を受けて、YPFの2019年から2023年の生産量は、新型コロナウィルス感染拡大による需要の減退を受けて2020年から2021年に石油換算で日量47万バレル程度に減少した時期を除き、おおむね石油換算、日量51万バレルで推移している。
このようにVaca Muertaシェールでは生産量が増加しているにもかかわらず、YPF全体の生産量が停滞している状況から脱却するため、2023年12月10日にYPFのCEO兼会長に就任したHoracio Marín氏は、就任直後の同19日に「4x4計画」を発表した。同計画では4年間で同社の企業価値を4倍に高めること、すなわち、ニューヨーク証券取引所での同社の米国預託証券を約60ドルに引き上げ、2005年9月に記録した過去最高の68.7ドルに近づけることならびにアルゼンチンの原油生産量を2023年末の日量67.7万バレルから2030年までに日量146万バレルに、天然ガス生産量を日量1億1,500万立方メートルから日量2億2,600万立方メートルへとほぼ倍増させ、2029年には石油、ガス輸出額を300億ドルにする目標が示された。
YPFは、この計画を実現するため、在来型資産や成熟資産を売却して、最も収益性の高いVaca Muertaシェールに投資を集中し、より効率的に下流および上流の事業を推進し、LNGプロジェクトの進展を加速させ、原油とともにLNGの輸出を拡大するとした。
Horacio Marín CEOは2024年3月7日には、この「4x4計画」のより具体的な方策を示した。YPFは在来型資産を売却するとともに、パイプラインを敷設し、まずは石油、続いて天然ガスの世界的な輸出国となるため、大規模なシェール資源の開発に注力する計画であることを再度、明らかにした。
YPFは、以前より、収益性の高いシェール事業に注力するため、在来型の成熟資産である55の鉱区から撤退するとしていたが、これらの鉱区が売却されることが明らかになった。YPFは、資産売却にあたる金融機関を選定中としていたが、3月下旬には金融機関が決まり、7月までに入札パッケージを発表することを目指していると公表した。そして、8月5日には、対象とされていた55鉱区のうち、15鉱区に対し地元アルゼンチン国内企業および国際企業約30社から60以上のオファーを受け、アルゼンチン企業に売却することで合意が成立したとの発表があった。売却が決まった15鉱区はChubut州、Mendoza州、Neuquén州、Río Negro州に位置しており、合計で日量29,000バレルの原油と日量351,000立方メートルのガスを生産している。YPFは、残りの40鉱区のうち一部の売却については交渉中で、年末までに全ての鉱区の取引を成立させたいとした。そして、同月9日には、Santa Cruz州とTierra del Fuego州の在来型20鉱区についても売却を計画していることを明らかにした。さらに、YPFは同月14日、Mendoza州南部の在来型の成熟鉱区6鉱区をアルゼンチン南部とチリで石油を生産するQuintana Energyとサ-ビス会社TSBのコンソーシアムに、Río Negro州のEstación Fernández Oro鉱区をQuintanaに売却することで合意したと発表した。Mendoza州の6鉱区は原油を日量2,000バレル、ガスを日量840,000立方メートル生産中である。一方、Estación Fernández Oro鉱区では原油を日量1,400バレル、タイトガスを日量890,000立方メートル生産している。
このように鉱区売却は順調に進んでいるが、YPFは、鉱区だけでなく、子会社についても、利益が低ければ、株式の一部を売却するとしている。
そして、2024年は事業の拡大に50億ドルを投じるとし、そのうち30億ドルをシェール事業の強化に充てるとした。資産の売却により節約されることになる操業費8億ドルは、Vaca Muertaシェールの開発に充てられるという。
YPFは、これにより、Vaca Muertaシェールの開発拠点を2023年の1拠点から2024年は3拠点に拡大し、まず、シェールオイルの生産量を増加させるとしている。YPFは、2023年のシェールオイル生産量、日量9万7,000バレルを2024年には24%、2025年にはさらに35%増やして日量16万バレル以上に、そして、2027年には日量25万バレルとする計画であるとした。
Vaca Muertaシェールで生産される原油を輸送するパイプラインについては、数年前から輸送能力を拡張するためのプロジェクトが進められている。
国境を越えてチリに原油を輸送するTransandinoパイプライン(Oleoducto Transandino:OTASA)は輸送能力を日量4万バレルから日量11万バレルに拡張、改修する工事が行われ、2023年に再稼働した。
Vaca Muertaシェールで生産された原油をMendoza州のLujan de Cuyo製油所に輸送するVaca Muerta Norteパイプライン(Oleoducto Vaca Muerta Norte、輸送能力は日量16万バレル)も2022年に建設を開始し、2023年に完成した。
YPFは、これらのプロジェクトに続き、Vaca MuertaシェールとBuenos Airesを結ぶOldelvalパイプライン(Oleoductos del Valle)の現在の輸送能力、日量27万バレルをほぼ倍増させる計画を立ち上げており、2025年中頃までに拡張工事が終了する予定である。
さらに、大西洋を経由してシェールオイルの輸出を増やすために、YPFは、Vaca MuertaシェールとRio Negro州Punta Coloradaを結ぶVaca Muerta Surパイプライン(Oleoducto Vaca Muerta Sur)を建設するとしている。原油の輸送能力は当初、日量40万バレルで、のちに、80万バレルに拡張する計画であるとされている。8月に入り、Vaca Muerta Surパイプラインの建設がすでに開始されており、2026年には輸送能力、日量18万バレルで稼働を開始、2027年には輸送能力を日量36万バレルまで拡大し、早ければ2030年には日量80万バレルの原油を輸送できるようになることが明らかにされた。
パイプライン | 輸送能力拡張状況(計画) | 備考 |
OTASA | 4万b/d→11万b/d | Neuquén州Puesto HernándezとチリBiobío州ConcepcionにあるEnapの製油所およびConcepción港を結ぶ。全長425キロメートル。口径16インチのパイプライン。 |
Oldelval | 27万b/d→60万b/d | Neuquén basin、Puesto HernándezとBahía Blanca近郊のPuerto Rosalesを結ぶ。 |
Vaca Muerta Norte | 0→16万b/d | Vaca Muertaシェールで生産された原油をMendoza州のLujan de Cuyo製油所に輸送。 |
Vaca Muerta Sur |
0→18万b/d→36万b/d →80万b/d |
Vaca MuertaシェールとRio Negro州Punta Coloradaを結ぶ。 |
(出所:各種資料を基にJOGMEC作成)
これらのパイプラインにより、Vaca Muertaシェールで生産される原油については輸送のボトルネックが全て解決される見込みだという。
YPFは長期的には、アルゼンチンに大規模な液化施設を導入し、シェールガスの収益化を通じて世界的なエネルギープレーヤーになることが目標であるとした。そして、世界市場にLNGを輸出するためにVaca Muertaシェールでのガス開発への投資を強化する計画であるという。YPFは第1フェーズとして2027年までに浮体式生産設備(FLNG)を導入し、年間100万~200万トンのLNGを輸出、第2フェーズではさらに2基のFLNGを導入し、2030年までに年間800万~900万トンのLNGを輸出、その後、2032年までに陸上に液化設備を建設することで、最終的には年間最大3000万トンのLNG輸出を計画していることを明らかにした。このLNG輸出プロジェクトの第1フェーズについては、2025年半ばまでに最終投資決定を下すことを目指しているという。
このLNGプロジェクトについて、YPFは2022年9月に、Petronasと、アルゼンチンでLNGプロジェクトを実施するための共同研究開発契約に署名、両社はVaca Muertaシェールで天然ガスを生産し、大西洋岸までこれを輸送するためのパイプラインと貯蔵設備や液化プラントの建設、国際物流ネットワークの構築などを行うこととなった。両社は2023年に、Buenos Aires州Bahía Blanca港と土地賃貸契約を締結し、環境、経済、技術的な調査を実施することを検討しているとされた。
Horacio Marín CEOは、LNGプロジェクトの資金調達を進めるためには、オフテイカーを探し契約を結ぶ必要があるとし、そのために、すでに欧州、中東、アジアの数カ国と会談を行っているとした。
2. 石油・ガスプロジェクトへのインセンティブを含む「基盤法」制定
アルゼンチンでは2023年12月10日にJavier Gerardo Milei氏が大統領に就任した。Milei政権は、同氏就任直後の同月20日に、アルゼンチン経済再生のための基礎を築き、個人に自由と自治を取り戻させるために、300以上の法律を改正する計画を発表した。そして、同月27日には、「アルゼンチン人の自由のための基盤および出発点に関する法律」(「基盤法」またはオムニバス法)案を下院に提出した。当初基盤法は、各種法律の改廃や新規の法律を含む664条からなる法案であったが、下院での審議の過程で、税制改革に関する箇所を別法案にするなどの修正が行われた。また、2024年2月6日には、大統領と州知事との対立が激化し、審議が一時断念されたが、同年4月30日に全232条となった法案が下院で承認され、上院に送付された。上院は6月13日に同法案を承認したが、上院でも審議の過程で修正が加えられたため、下院で再度審議が行われ、6月28日に下院でこれが可決された。
石油、ガス政策に関して、「基盤法」は、政府が炭化水素の国内価格の設定に関与することを禁じるとした。炭化水素の生産者に対する補助金制度は段階的に廃止するが、ガス補助金制度は2020年代後半まで固定する。
また、炭化水素の自給自足はもはや国家の目標ではないとして、炭化水素の輸出入を自由に行うことができるとした。将来の輸出に関してはより有利で寛容な規制を設けるとしている。
さらに、「基盤法」は、アルゼンチンへの外国からの投資を促進するための新たなインセンティブ制度、大型投資奨励制度(RIGI)を導入したが、エネルギー、石油・天然ガス産業はこの対象に含まれる。これにより、アルゼンチン国内で2億ドルを超える投資を行い、そのうち40%を最初の2年間に投資するプロジェクトに対しては、30年間の法律上および規制上の安定性が保証される。また、プロジェクトの規模に応じて、2〜3年間、輸出税の支払いが免除される。さらに、プロジェクトに関連する部品等の輸入も非課税となり、輸出代金の国内還流義務についても、事業開始から2年経過後は輸出代金の20%、3年経過後は40%、4年経過後は100%が免除対象とされた。一方、投資額の20%相当額を地場企業に発注する義務が追加された。また、RIGIの適用対象は同制度を承認する自治体のみに限定されることとなった。
3. 基盤法制定によりLNGプロジェクトが進展か
基盤法成立を受けて、実際にLNGプロジェクトに影響が生じ始めている。
YPFとPetronasが共同で進めているARGLNGプロジェクトについて、Petronasが、自社のFLNG船であるPetronas Floating LNG Facility(PFLNG)1(SATU)(生産能力120万トン/年)とPFLNG 2(DUA)(同150万トン/年)のいずれかを同プロジェクトの第1フェーズに導入することを検討しているとの報道があった。
PFLNG SATUは、当初マレーシアSarawak州沖のKanowitガス田向けに開発された。Kanowitガス田は2016年12月に生産を開始し、2017年4月にPFLNG SATUから最初のLNGが出荷されている。しかし、Sabah州のガス田とSarawak州のMLNGコンプレックスを結ぶために敷設されたSabah-Sarawakガスパイプライン(SSGP)が漏洩事故や爆発事故に度々悩まされ、修理や点検のためSabah州沖合のKebabanganガス田からの供給量が制限されるようになった問題 を受けて、PFLNG SATUは、2019年3月にKebabanganガス田に移され、現在同地で操業中である。ただし、PFLNG SATU の容量は SSGP の約 20 ~ 25% に過ぎず、ガス田からの供給量が引き続き制限されるため、Petronasは現在建造中のPFLNG 3 (TIGA)(同200万トン/年)をサバ州沖合に配置し、供給能力を増強する計画としている。
PFLNG DUAはSabah州Kota Kinabalu沖合140キロメートルに位置するBlock HのRotan、Buluhガス田に設置されたFLNGで、2021年2月に生産を開始した。
このようにマレーシア沖合で操業中のFLNGがアルゼンチンに移動され、転用された場合、現在両FLNGにガスを供給しているガス田の生産がどうなるかについては報じられておらず、本当にこれらのFLNGがアルゼンチンで利用されるのか否かについては疑問が残る。上述のPFLNG TIGA(同200万トン/年)のみでSabah州からのガス供給に十分対応するには、SSGPが安定してフル稼働可能となることが前提となると考えられることから、PFLNG SATUあるいはPFLNG DUAのアルゼンチンへの移転は現実問題として難しそうな印象を抱かざるを得ない。
また、YPFはインドと欧州がLNG輸出先の最有力候補であり、今後数か月、これらの国・地域を訪問し、協議を行うとした。
さらに、当初計画では、ARGLNGの計画予定地はBuenos Aires州Bahía Blanca港とされていたが、Rio Negro州のPunta Coloradaが新たな候補地として浮上してきた。両地はいずれも、Vaca Muertaシェールから約600キロメートルの地点にある。Rio Negro州政府は、RIGIを適用するとし、Punta Coloradaが選ばれた場合には、地元の組合や企業が支援を行うと約束した。一方、Buenos Aires州は、Milei政権の反対派の一つであるKirchner派のAxel Kicillof氏が知事を務めている。Kicillof知事は当初、RIGIに対して関心を抱いていなかったが、Rio Negro州が競争相手として浮上してきたため、RIGIを「州の関心事」と宣言せざるを得なくなったとされる。連邦政府をも巻き込んだ激しい論争が起こったが、YPFとPetronasは技術的および経済的な評価プロセスを経て、Vaca MuertaシェールとPunta Colorada間のほうが距離が短く、Bahía Blanca港を建設地とするよりもパイプラインを短縮できることや、Punta Coloradaの港湾の水深が深く、適切な喫水を得るための浚渫の必要性を減らすことができることから、ARGLNGプロジェクトをRio Negro州Punta Coloradaの沿岸地域Sierra Grandeに設けることを決定した。
一方、Golar LNGは7月5日、Pan American Energy(PAE)とHilli FLNGユニット(生産能力245万トン)の20年間の傭船契約を締結したと発表した。Vaca Muertaシェールで生産されるガスを利用し、2027年にLNG輸出を開始する予定であるという。GolarはPAEとの合弁会社であるSouthern Energy SAの10%の株式を取得し、アルゼンチン国内での天然ガスの購入、操業、販売、マーケティングを担当する。また、Golar LNGはHilliFLNGを別の適切なFLNG船と交換する権利も所有している。
さらに、中流企業のTransportadora de Gas del Sur (TGS)とExcelerate EnergyもVaca Muertaシェールで生産されるガスを利用したLNG輸出プロジェクトを計画しているとされている。
4. YPF以外のVaca Muertaシェール主要企業の開発状況
YPF以外のエネルギー企業もVaca Muertaシェールの開発に力を入れている。主要な企業の状況を紹介する。
(1) Shell:Vaca Muertaシェールの原油生産量を日量55,000バレルから日量70,000バレルに増強へ
Shellは Neuquén BasinではCruz de Lorena(権益保有比率90%)、Sierras Blancas(同90%)、Coirón Amargo Suroeste(CASO)(同80%)、Bajada de Añelo(同50%)の4鉱区でオペレーターを務めるほか、Total Austral S.A.がオペレーターを務めるLa Escalonada鉱区(同45%)とRincon La Ceniza鉱区(同45%)、YPFがオペレーターを務めるBandurria Sur(同24.5%)に権益を保有している。
8月1日よりShell Argentinaの事業責任者に就任することとなったGermán Burmeister氏は、就任前の7月に、ShellはVaca Muertaシェールの石油・天然ガス生産を増強する計画で、2024年と2025年にそれぞれ5億ドルずつをVaca Muertaシェールの開発に投じると発表した。そして、パイプラインの輸送能力が増強されることで、原油生産量を現在の日量55,000バレルから近い将来に日量70,000バレルまで増やすことができるとした。
(2) Vista Energy :Vaca Muertaシェールの順調な増産で、2025年の生産目標引き上げへ
YPFの元CEO、Miguel Galuccio氏が創設したメキシコのVista Energyは、メジャーズではなく中小規模の企業であるからできること、すなわち、機敏でダイナミック、画期的な動きをとりたいとしてきた。
2024年2月には、Milei政権が提案した石油市場の自由化措置を歓迎すると発表、アルゼンチン向けの設備投資を2023年の7億3,400万ドルから2024年は9億ドルに引き上げる計画であるとした。
Vista EnergyのVaca Muertaシェールでの生産は順調に増加を続け、2024年第2四半期は、前年同期の石油換算で日量46,557バレルから40%増加し、日量65,288バレルとなった。成長を牽引したのはシェールオイルで、前年同期の日量39,217バレルから日量57,204バレルへと46%増加した。
Vista Energyは、2024年は掘削リグ数を2基から3基に増やし、さらに、10月には古いリグを新しいリグに交換する予定である。また、Aguada Federal、Bajada del Palo Oeste、Bajada del Palo Este、Coiron Amarga Norte、Bandurria Norte、Aguila Moraの6鉱区で合計1,150坑を掘削する計画であるが、2024年にはこのうち少なくとも54坑を、2025年にはさらに多くの坑井を掘削する予定で、2024年第4四半期には石油換算で日量85,000バレル、2024年通年では日量68,000〜70,000バレルを生産するという目標の達成に向けて順調に進捗しているという。Vista Energyは、2024年第4四半期の生産量は目標を上回り、石油換算で日量89,000〜90,000バレルに達する可能性が高いと見ており、生産目標を引き上げることを検討している。
(3) Tecpetrol:Vaca Muertaシェール開発で、5年間で原油生産量を日量10万バレルに増やす計画
Tecpetrolは、イタリアとアルゼンチンに本社を置くコングロマリットTechintグループの子会社で、アルゼンチン、ボリビア、コロンビア、エクアドル、メキシコ、ペルー、ベネズエラで炭化水素の探鉱、生産、輸送、流通、および発電を行っている。アルゼンチンでは、Vaca MuertaシェールのFortín de Piedra鉱区で、同国で生産されるガスの13%を生産しており、アルゼンチン第3位の天然ガス生産企業となっている。
Tecpetrolは、Vaca Muertaシェールの開発により、今後5年間で原油生産量を日量2万バレルから日量10万バレルに増やす計画である。そのために、まず、Puesto Parada鉱区のシェールオイル生産量を2024年末までに日量8,000バレル、その後日量20,000バレルに増やすという。また、Los Toldos II Este鉱区の生産量を日量35,000バレルから日量70,000バレルに増やすとしている。
Nestor Kirchnerパイプラインの第1段階が完成、稼働したものの、Tecpetrolによれば、Vaca Muertaシェールのガス生産量はパイプラインの輸送能力を上回っており、また、アルゼンチンのガス需要は日量1億4,000万~1億5,000万立方メートルで停滞している。YPFとPetronasがLNG輸出ターミナルを建設するプロジェクトを推進しているが、Tecpetrolはこのプロジェクトは2030年まで稼働しないと予測しており、世界市場にLNG輸出を拡大できるようになるまでガス生産の大幅な増加は実現しないと見ているという。一方、石油に関しては新たなパイプラインが建設され、大西洋岸と太平洋岸まで輸送するのに必要な余剰の輸送能力があり、さらに輸送能力を構築するためのプロジェクトが進行中である。このような背景から、Tecpetrolはこれまでガス開発を事業の中核としてきたが、シェールオイル開発への進出を決めたという。
(4) Pampa Energía:2027年末までに原油生産量を現在の9倍の日量48,000バレルに拡大する計画
アルゼンチン第5位の天然ガス生産企業であるPampa Energíaは、Vaca MuertaシェールRincón de Aranda鉱区の開発を進めることで、2027年末までに原油生産量を現在の日量5,400バレルから9倍の日量48,000バレルに拡大する計画である。Pampa Energíaは、Rincón de Aranda鉱区の生産量を2024年初の日量250バレルから現在は日量1,653バレルまで増やし、2025年には日量10,000~12,000バレルまで増やす予定である。
(5) ExxonMobil:Vaca Muertaシェール資産売却を検討
Vaca Muertaシェールの開発に力を入れる企業が多い中、ExxonMobilは、ポートフォリオを合理化し、より収益性の高いプロジェクトに集中するため、Vaca Muertaシェールからの撤退を模索しているという。ExxonMobilは2015年にBajo del Choique-La Invernada鉱区の権益を取得するなど、約10億ドル相当の資産をVaca Muertaシェールに保有しているが、これらを売却する見込みと報じられている。最も生産性の高いBajo del Choique-La Invernada鉱区は、2024年5月に日量7,500バレルの原油を生産している。
このExxonMobilの資産については、複数の企業が関心を示しており、非常に厳しい獲得競争が繰り広げられると見られている。Vista Energyは、Vaca Muertaシェールでの地位を強化し、掘削・生産に継続的な投資を実施するため、ExxonMobilの資産の取得に意欲的であるとしている。Tecpetrolも、ExxonMobilが売却を検討しているVaca Muertaシェール北部のオイルウィンドにある鉱区の入札を検討しているという。ExxonMobilが保有するVaca Muertaシェールの鉱区を手放すことになったとしても、開発が停滞することはないと考えられる。
おわりに
Milei政権が成立し、大規模プロジェクトへのインセンティブ付与やエネルギー部門の規制緩和など、自由市場経済改革が含まれる法案が成立したことで、アルゼンチンのLNGセクターのビジネス環境が改善し、LNGプロジェクトの進展が期待できるとの声が上がっている。Vaca Muertaシェールで生産される石油、ガスを輸送するパイプラインの建設も進みつつあり、Vaca Muertaシェールの開発が一気に進展する可能性も出てきた。一方で、政府がこの基盤法をどのように実現に移し、規制を行っていくのかについては、不確実な部分が多いとの懸念の声も聞かれている。アルゼンチンでは、経済状況の変化等により、Vaca Muertaシェールの開発が遅延したり、LNGプロジェクトが終了したりした過去もあり、今後の動向を注視していく必要があろう。
以上
(この報告は2024年8月27日時点のものです)