ページ番号1010200 更新日 令和6年9月9日

欧州CCS開発の今 ―高まる機運、直面する課題―

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レポートID 1010200
作成日 2024-09-09 00:00:00 +0900
更新日 2024-09-09 09:52:03 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 CCS
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著者直接入力 西岡 さくら
年度 2024
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ページ数 13
抽出データ
地域1 欧州
国1
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国・地域 欧州
2024/09/09 西岡 さくら
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概要

  • 近年、欧州全域でCCSの機運が高まっている。フロントランナーである英国、ノルウェー、オランダ、デンマーク以外の各国においても、事業環境整備に進展がみられる。欧州委員会はCCSネットワークを将来の低・脱炭素製造業のベースとするべく、様々な施策を相次いで打ち出している。
  • この機運の高まりには大きく2つの要因がある。一つは2026年から始まるEU-ETSの無償排出枠の段階的な削減が、CO2排出事業者(エミッター)のCO2回収のモチベーションを高めていること。もう一つは、ネットゼロ産業法による石油ガス生産者に対するCO2圧入の義務化である。
  • これにより欧州全域にCCSの機運が高まっていることは確かであるものの、さらなる貯留地開発、CO2スペック基準の策定、社会受容の醸成など、課題は少なくない。さらにEU-ETS価格の低迷で事業者が投資に踏み切れない状況がある。本稿は、欧州におけるCCSの開発状況の概要と直面する課題を整理し、欧州CCS開発の「今」を俯瞰するものである。

 

1. はじめに ―欧州全域に広がるCCSの機運とその要因―

欧州は1996年にCO2排出削減を目的とする世界初の産業CCSを成功させ[1]、制度面でも2009年にCCS指令を制定するなど、世界のCCSをリードする存在である。現在、欧州で操業中のプロジェクトは4件、178件の商用CCS施設が開発段階にある[2](図1)。

EUが描く将来図は、CO2輸送網を欧州全域に張り巡らせ、どの国・地域からでもCO2排出事業者(エミッター)が輸送網にアクセスすることを可能にし、回収したCO2を欧州内のサイトに貯留し、低・脱炭素製造業のベースとすることである。欧州委員会は「2040年時点で1990年比GHG90%削減」という気候目標達成のためには、2040年までに欧州経済領域内で年間2億8000万トンのCO2回収を必要とし、これを実現するためにCO2排出から貯留にいたる、一連のバリューチェーンの各フェーズに対して様々な支援策を打ち出している。

これまで欧州のCCSは、英国、ノルウェー、オランダ、デンマークの4か国が、制度整備とインフラ開発の両面で先行してきたが、昨年来、その他の国もCCS戦略や支援制度を打ち出し、欧州全域で事業環境整備が進展している。なぜ機運が高まっているのか?大きな要因は2つあろう。一つは2026年から開始するEU-ETSの無償排出枠の段階的な削減がエミッターのCO2回収のモチベーションを高めていること。もう一つは、2024年に採択されたネットゼロ産業法で石油ガス生産者にCO2の圧入義務が課されたことである。これにより欧州全域にCCSの機運が高まっていることは確かであるものの、後述するさらなる貯留地開発、CO2スペック基準の議論、社会受容の醸成といった様々な課題があり、さらにEU-ETS価格の低迷で事業者が投資に踏み切れない状況がある。

本稿は、欧州におけるCCSの開発状況の概要と直面する課題を整理し、欧州CCS開発の「今」を俯瞰するものである。

(図1)欧州のCCSプロジェクト
(図1)欧州のCCSプロジェクト
出所:Global CCS Institute, 2023

2. エミッターのモチベーションとCO2回収フェーズの課題 ―低・脱炭素製造業のベースとしてのCCSネットワーク―

EUが多額の資金を動員し、CCSネットワークを構築する目的は、製造業の低・脱炭素化である。そのため、欧州委員会によるCCS事業への支援プログラム(例:EU革新基金、Horizon Europe)は、主にセメント、鉄、化学といった、いわゆるhard-to-abateセクター(炭素削減が困難なセクター)に向けられており、CCSをせずとも再生可能エネルギーに切り替えることができる、つまり脱炭素の代替手段がある電力セクターは、支援対象として劣後している。

Hard-to-abateセクターは、現在のEU-ETSでの無償排出枠が2026年から段階的に削減され、2034年には完全終了することが見込まれているため、エミッターにはコストをかけて回収装置をプラントに装填し、回収したCO2を送る輸送網を確保するモチベーションがある。2024年8月現在のEU-ETS価格はCO2トンあたり70ユーロ前後であるが、無償排出枠の減少とともに炭素価格が高まることが見込まれるため、炭素価格がCCSコストを上回れば、CCSをする方がコストをおさえられる、という考え方である。言い換えると、無償排出枠削減を目前に、エミッターはCCSをするプレッシャーにさらされているのだ。そして、欧州委員会は輸送・貯留よりも回収フェーズへの支援に重点を置いているため、現在欧州では、エミッターがCCSバリューチェーンの構築をリードしているという構図がみえる。一方、市場メカニズムで決まるETS価格が、どの程度まで、どのようなタイムラインで高まるかは、不確実性が高い。過去5年の価格推移をみても、地政学的、政策的要因による価格の振れ幅は大きい。現在のトンあたり70ユーロという水準は投資決定を後押しするには不十分であり、投資決定の大きな足かせとなっている。

次に、電力セクターでのCCSについてみてみよう。欧州委員会は脱炭素の代替手段がある電力セクターをCCSの支援対象として劣後させており、ノルウェー、英国、オランダ、デンマークの「4強」をみても、電力セクターのCCSを推進しているのはEU非加盟の英国のみである[3]。他のEU諸国も同様の傾向で、たとえばドイツは、化石燃料に関連するCCS補助金は支給せず、さらに石炭火力発電から排出されるCO2についてはCO2パイプラインへのアクセスを除外するという方針をとる。フランスもまた、他の脱炭素ソリューションが無い場合に限りCCSを奨励するというのが基本スタンスで、政府支援はhard-to-abateセクターを対象とし、それ以外のEU-ETS対象セクターは、輸送・貯留インフラへのアクセスは認められるが政府支援は受けられない。また、化石燃料発電の比率が高いポーランドでも、同国で開発中の初のCCSプロジェクトは、セメント工場のCO2回収を目的とするものである[4]。大規模インフラで多大な資金を要するCCSの社会実装には、EUの補助金と国独自の補助金の両方を活用する必要があるが、経済規模が比較的小さい国はCCSに投入できる国の公的資金の規模が限られ、EU補助金への依存度が経済規模が大きい国に比較して高くなる。EUの施策がhard-to-abateセクターを優先しているため、加盟各国がその補助を必要とする場合、EUの方針に倣うことになる。そのため、経済規模が比較的小さい国がEUの方針と異なる電力部門のCCSを推進し難いという状況がある。英国はEUに属さず、自国の経済規模が大きいため、独自に電力部門のCCSを推進しているといえる。

電力部門のCCSが化石燃料依存度の高い国で導入されないとすれば、それらの国の化石発電事業者はEU-ETS価格を負担することになり、炭素価格が高まれば立ちいかなくなるため、国は再エネや原子力の割合を増やそうとする。このように、EUのCCS戦略は各国のエネルギー政策にも影響を与えている。

 

3. CO2貯留事業者のモチベーションと貯留事業の課題 ―ネットゼロ産業法によるCO2圧入義務―

(1) 石油ガス生産者に課せられるCO2圧入義務

エミッターが炭素価格の支払い回避をモチベーションにCO2回収を進めたとして、もちろん回収されたCO2は最終的にどこかに貯留されなければならない。そこでEUは、CO2を地下に貯留する技術とノウハウを有する石油ガス事業者に、CO2の貯留義務を課すことで、貯留地開発とCO2貯留のモチベーションを高めている。

2024年5月に採択されたネットゼロ産業法は、2030年までに年間5000万トンというEUのCO2圧入・貯留目標を達成するために、EU域内で石油ガスを生産する事業者に対してCO2の圧入義務を課している。石油ガス生産者とは、具体的にはプロダクションライセンスホルダーであり、EU域の対象期間における石油ガス生産量に対する各事業体の比率が、そのまま5000万トンに対する比率になる単純計算で圧入するCO2量が算出される。同法以前は、石油ガス産業にとってのCCSは一義的には社会的操業認可の視点で必要なものであった。同法により自主的な取り組みが義務として課されたことは、石油ガス事業者のCCS事業計画に大きな影響を与えている。なお、英国とノルウェーはEU加盟国ではないためネットゼロ産業法の対象外である。

 

(2) 貯留フェーズの課題

現在開発段階にある貯留プロジェクトは、欧州で43件(内操業中が6件[5])、累計の貯留キャパシティは2030年時点で1億4100万トンと試算されている(IAOGP, 2024)。EUは気候目標達成のために2040年に2億5000万トンの貯留を必要としていることを鑑みると、現在開発中の貯留サイトだけでは不足し、更なる貯留地が必要である。また、貯留地開発には最短でも5~6年はかかることから、早急に進めることが必要である。

CO2はどこにでも埋められるものではなく、貯留適地を探す必要がある。適地は、陸域と海域の双方に賦存するものの、欧州における実績のほとんどが北海での貯留である。陸域の場合、社会受容のハードルが海域よりも高くなり、実際、陸上貯留のプロジェクトが社会受容の不足により頓挫しているケースが散見される。別の見方をすれば、内陸国など海底貯留キャパシティに乏しい国は、国内で陸上貯留をしない限り、より大きな輸送コストをかけて海底貯留ポテンシャルに富む国に貯留を依頼する立場になるので、CCS実装によりコストが必要になる。たとえば、ポーランドが国内で回収したCO2を国内で陸上貯留をする場合と、船舶で北海に輸送する場合で、コストは約3倍になるという見立てもある(CATF, 2024)。仮にポーランドでCCSに対する社会受容が醸成され、陸上貯留プロジェクトが順調に進み、陸域貯留が可能となれば、外国に船舶で輸送するより大幅にコストが削減される。この点でも、社会受容の醸成はCCSの社会実装にとって非常に重要であるといえる。

欧州各国の貯留地開発の主なアプローチは、政府当局がCCS鉱区を選定し、公募により探鉱・貯留ライセンスを付与する、ライセンシング・ラウンドとよばれるものである。ライセンスを獲得した事業者は、FIDをめざしてCO2圧入テストなど関連作業を実施する。規制当局の視点では、将来のCO2回収量を明確にしないと、どれだけの貯留サイトが必要になるか試算が困難であることが、貯留地開発を難しくしている。エミッターはCCS以外の手段でも積極的にCO2排出削減を進めているため、CO2輸送網にどれだけのCO2が供給されるか、試算は非常に難しい。

 

4. CO2輸送事業者のモチベーションと課題

次に輸送フェーズをみていこう。欧州のCO2輸送は、パイプライン、船舶、その他の輸送手段(トラック、鉄道、はしけ)で構成される。主要な産業地帯を起点にパイプラインを敷き、地理的にパイプラインへのアクセスが限られているエミッターからは、トラック、鉄道、はしけ、船舶などでCO2を回収し、最後は貯留サイトまで船舶で輸送する、というのが全体像だ。

それぞれの輸送手段には長短がある。パイプラインは大容量を遠距離で輸送することに適しており、運転コストが低い。一方で、資本コストは高く、敷設に時間を要し、他の輸送手段と比較すると輸送ルートの柔軟性に欠ける。船舶輸送は、パイプラインに比較して輸送量とルートに柔軟性があり、資本コストも低いが、運転コストは高い。一台につき2~30トンのCO2を輸送できるトラックは、柔軟性は高いものの大規模なプロジェクトには不経済であり、鉄道での輸送は、既存の路線が使えるならば低コスト、かつ中距離輸送に適しているが、路線新設にはコストがかかり、また、積み下ろしと貯蔵のインフラ建設も必要になる。このように、それぞれの輸送手段には特性があるため各事業の規模や地理的条件に適した輸送手段が採用されることになる。

なお、冒頭で述べたとおり、欧州はCCSネットワークを欧州全域に張り巡らせることを志向しており、EU及び各国のCCS戦略の多くはCO2の越境輸送が前提にある。欧州委員会は規制面では、汎欧州運輸ネットワーク(TEN-T)規則でパイプラインに限定されないCO2の輸送手段を認め、ファイナンス面ではConnecting Europe Facility(CEF)を通して越境CCSプロジェクトの輸送インフラ開発を支援している。各国が重点的に支援・推進しているプロジェクトもCO2の越境輸送を伴うケースが多い。さらに、2024年4月に貯留ポテンシャルに富むノルウェーが、デンマーク、ベルギー、オランダ、スウェーデン、それぞれとの間で、CO2越境輸送のMOUを締結した。このように、EUによる枠組み提供とファイナンス支援、各国による越境事業の推進、二国間の制度整備のそれぞれが相互に正の影響を及ぼしながら、欧州でのCCS越境事業の実現可能性を高め、CCSの大規模展開に前向きなシグナルを送っている。

 

(1) パイプライン輸送

CO2のパイプライン輸送は米国では確立された産業プロセスであり、8,000km以上のCO2パイプラインが現在稼働している(PHMSA, 2024)。上述のとおり、パイプラインは、資本コストは高いものの、運転コストが低く、船舶輸送に比較して全体コストは低い。他方、敷設に時間を要し、柔軟性が低いという特徴がある。欧州の一部のプロジェクトでは天然ガスパイプラインの再利用・改修が予定されており、この場合、新たにCO2パイプラインを建設するより大幅にコストが下がる。ただし、再利用パイプラインの安全性について詳細なアセスメントが必要であるし、稼働中のガスパイプラインの場合は、ガス輸送の停止時期の合意が必要であり、さらに、水素、バイオメタンとの競合にもなるため(GCCSI, 2023)、欧州全域に輸送網を張り巡らすことを目標とすれば、CO2パイプラインの新規敷設は不可欠である。

現状、欧州ではCO2パイプラインの敷設は初期段階にある。2023年にFIDしたオランダのPorthosプロジェクトでCO2パイプラインが建設中である他(図2)、ノルウェーのNorthern Lightでも北海の海底で敷設が進められている。欧州委員会の調査結果によれば、欧州のCO2パイプラインネットワークは、2030年までに6,700~7,300km、2050年までに15,000~19,000kmに達する可能性があり、それぞれに必要な投資額は、2030年までに約65億~195億ユーロ、2050年には約93億~231億ユーロの投資が必要と試算されている(Tumara et al., 2024)。パイプライン関連事業者にとって、CCSは大きなビジネスチャンスである。2024年に入り、複数の大規模プロジェクトがパイプラインのファブリケーターを公募、契約が締結されており、欧州でのCO2パイプラインの拡大が現実のものになってきている。

(図2)オランダ・ロッテルダムで建設中のPorthosプロジェクトのCO2パイプライン
(図2)オランダ・ロッテルダムで建設中のPorthosプロジェクトのCO2パイプライン
出所:Global CCS Institute主催2024 Europe Members Meetingにて筆者撮影

(2) 船舶輸送

船舶輸送はパイプラインに較べてリードタイムが短く柔軟性があるため、CCSネットワーク開発の、特に初期段階において極めて重要な役割を担う。また、CO2の船舶輸送は、確立された技術と検証された手順を用いて実施され、安全面でも十分な実績があり、国際的な規制も確立している(ZEP, 2020)。CO2を大量に輸送する大型船はまだ開発中であるが(Webb & Phillips, 2024)、欧州域内の輸送距離は短く、既存のセミレフ式LPG輸送船と設計と運用が類似する小~中型船が主流になるため、早期のCO2船舶輸送の需要の高まりが期待されている。他方、パイプライン輸送に多くの補助金が投入される一方で、船舶輸送に対して公的支援はほぼ投入されておらず、自由競争に委ねられている点が海運業者の積極的な参入を難しくしている。CO2船舶輸送事業を、従来の海運事業への投資と同程度に魅力的なものにするため、特に初期においては十分な公的支援が必要との意見は少なくない(CCSA & ZEP, 2024)。

欧州域のCO2輸送船の需要は、2030年までに10~20隻(CCSA & ZEP, 2024)と推定されている。これらは、特定のエミッターから特定の貯留サイトへのCO2輸送に特化した船で、プロジェクトごとに建造される可能性が高い(CCSA & ZEP, 2024)。これまで、CO2船舶輸送は、ノルウェーのLarvik Shipping、一社のみが30年以上にわたって欧州向けの産業用液化CO2タンカーを運航していたニッチな市場であり、既存のCO2輸送船の数は多くない。そのため、CCSのネットワーク構築に合わせて、新たに船を建造する必要がある。しかしながら、世界的に造船キャパシティはタイトで、着工予定の4年ほど前には船の造船計画を仕上げなければならないという事情がある。さらに造船に数年かかるので、造船計画策定の段階で、5~10年先の液化CO2輸送船舶の需要を見立てる必要があることが、投資判断を難しくしている。また、船舶に装填する液化CO2タンクの製造も追いついていないといわれている。

さいごに、船舶に液化CO2を積む、港湾のインフラ整備も輸送網構築において重要なポイントであることを指摘したい。将来的に、回収されたCO2は、主要な輸送網に送られる前の段階で、排出した場所に近い港でハンドリングされ、港湾がCO2バンカリングサービスを提供することになる。そのため、港湾のインフラとオペレーションは、バリューチェーン全体の効率とコストに大きな影響を与えるため、その役割は重要である。CCSに限らず、水素、アンモニア、合成燃料といった脱炭素燃料の輸送拠点となる港湾が、欧州が推進するインフラ開発プロジェクトPCI(Projects of Common Interest)の対象となったことはCO2輸送船舶事業推進にとって良いニュースである。

 

(3) その他の輸送

EUと各国のCCS戦略に共通するのが、まずは大規模エミッターのCO2を回収し、バリューチェーンを構築し、ハブ化していく中で、小規模エミッターをCCSネットワークに取り込んでいく、というものであり、見方を変えると小規模エミッターが取り残されているといえる。現状の大規模エミッターを優先する進め方では、支援を受ける大規模エミッターと、支援を受けていない小規模エミッターでは、CO2パイプラインへのアクセスに時間差が生じてしまうのだ。特に、主要なCO2パイプラインルートから離れた場所にある小規模エミッターがCO2をネットワークに乗せるためには、トラックや鉄道での輸送手段も必要になる。多額の初期投資を必要とするパイプラインよりも、トラック、鉄道といった輸送への参入障壁は低く、競争が生まれ、より効率的なCO2輸送網の構築を促進することも期待される。

そこで、英国エネルギー安全保障・ネットゼロ省は、2024年5月に、パイプライン以外の輸送バリューチェーンと国境を越えたCO2輸送・貯蔵ネットワーク、それらに関連するコスト、導入の潜在的障壁について、パブリックコメントを募集し、現在取りまとめ中である(DESNZ 2024b)。パイプラインを含む、様々な輸送手段を組み合わせて効率的にCO2を輸送する複合的な輸送(マルチモーダルCO2輸送)の研究はだまだ十分になされておらず、欧州委員会による支援が期待されている(CCSA&ZEP 2024)。

 

5. そのほかの課題 ―ビジネスモデル、CO2スペックの標準化、社会受容の醸成―

これまで、回収、貯留、輸送とフェーズ毎に開発状況と課題を概観してきたが、ここでは各フェーズを横断する課題について考えたい。

 

(1) ビジネスモデル ―CCSの経済性確保―

CCSの経済性をどう確保するか? 欧州でもビジネスモデルの開発は発展途上であり、先行する国のビジネスモデルが本当に機能するか、注目が集まっている。本項では英国とオランダの例を取り上げることとする。

英国、オランダともに、エミッターへの支援はCCSコストと炭素価格(ETS価格)の差を補填するCCfD(炭素差額決済契約)とよばれるスキームを採用する[6]。CCfDは、低・脱炭素技術への投資促進のために、炭素価格の不確実性を最小化することを目的に設計された契約スキームである。CCfDは政府または公的機関が、ある事業者/プロジェクトと一定期間の固定炭素価格について合意する契約で、競争入札により契約者(政府支援先)が決定する。契約を獲得した事業者には、契約期間中、1トン当たりのCO2排出量削減に係るコスト(CCSコスト)を表す提示価格(ストライクプライス)と参照価格(レファレンスプライス。通常はETS価格)の差額が補助金として支払われる(図3)。下図で示すとおり、補助金は参照価格が上昇するにつれて減少する。参照価格が提示価格を上回る場合、政府に差額を払い戻す場合とそうではない場合がある。提示価格が参照価格を下回る場合、オランダの場合は補助金ゼロとなり、事業者から政府に差額を払い戻す必要はない。英国の場合、契約後10年はオランダ同様還元の必要はないが、10年後以降は政府に参照価格と提示価格の差額を払い戻す必要がある。

(図3)CCfDスキームの概略
(図3)CCfDスキームの概略
出所: JOGMEC作成

輸送・貯留事業者への支援は、英国とオランダで大きな違いがみられる。英国はTransport and Storage Regulatory Investment Model(TRIモデル)という、政府が輸送・貯留事業者とエミッターを選定し、CO2引き受け価格(タリフ)制定に関与し、輸送・貯留事業者のIRR(内部収益率)を制御することで、事業者のリスクを低減し、事業への投資を後押し・促進させるというアプローチをとっている。ここでいうリスクとは、インフラ建設コスト増、エミッター側の契約不履行、引き受けCO2量の不足、座礁資産リスクなどで、これと同時に政府が輸送・貯留業者に一定のIRRを保証することで、輸送・事業者が長期的な収益予見性を持つことが可能となる。他方、オランダでは輸送・貯留事業者に対する直接の政府支援は無い。前述のCCfDの提示価格にCO2回収設備の導入・運用への補助と、輸送・貯留事業者に支払うタリフが含まれるため、輸送・貯留事業者への政府支援はエミッターを介した間接的なものとなる。

両国のビジネスモデルのさらなる詳細は本稿では割愛するが、両者を比較すると、英国モデルでは国がリスクをとるため、事業者にとってはローリスク・ローリターンの制度、オランダは英国に比較して事業者のリスクは高いものの、ハイリターンが期待できる制度になっている。英国では今年2件のFIDが期待されており、英国政府のビジネスモデルが機能するかどうか、実プロジェクトで検証されることになる。2023年にFIDしたオランダのPorthosが成功するかどうかも、注目を集めている。フランス、ドイツ、ギリシャなど、CCS戦略を策定し、開発が進む国でも、ビジネスモデルはまだ開発途上であり、英国とオランダの先行事例が今後他国のビジネスモデル開発に大きな影響を与えるだろう。

ここで留意したいのは、英国型もオランダ型も、その前提に炭素価格がある点である。炭素価格、すなわち炭素削減価値が低ければ、何れのビジネスモデルも機能しない。英国とオランダのビジネスモデルが機能することが確認できても、同じモデルを炭素価格がない国または低い国でコピー&ペーストすることは不可能であり、ETSや炭素税で炭素価格(=炭素削減価値)を高める取り組みが前提として必要になる。

そして、どの国においても、政府支援が限定的、または受けていないプロジェクトの事業性をどう確保するかは大きな課題である。たとえば英国の場合、政府が選定した支援対象である4つのクラスターには、ビジネスモデルに基づき一定のリスク低減が担保されるものの、選定されていないクラスターが今後どのような支援を受けられるか不透明であり、このことが事業参入とファイナンス調達を妨げている。どの国も、まずはいくつかの大規模クラスターを立ち上げ、マーケットメーカーとしての役割を期待している点は共通しているが、セカンドムーバー支援にまで十分に議論が及んでいないのが実情である。

 

(2) CO2スペックの標準化 ―インフラデザインとコストへの大きな影響―

回収から貯留までのバリューチェーン構築にあたっては、港湾、パイプライン、船舶タンクといった、インフラの建設・インストレーションが必要になる。そこで重要になるのが、CO2のスペック(仕様)である。様々なエミッターが排出するCO2のスペック(圧力、温度、純度)は異なる。不純物、例えばSox(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)、O2(酸素)、H2S(硫化水素)は、微量であってもCO2の流動性と油圧に影響を与え、システムを腐食させる。これら不純物はまた、貯留層においても地球科学的反応を起こし、圧入性(injectivity)や貯留量に影響を与える可能性があるため(Webb & Phillips, 2024)、CO2スペックは関連するインフラのシステム設計とコスト試算にあたり重要なポイントである。現在、欧州全域で共通のCO2スペックはなく、プロジェクト(例:Northern Lights, Porhots, Aramis)がそれぞれ引き受けるCO2のスペックを制定し、エミッターはこのスペックに合わせたCO2を輸送網に供給することになる。輸送・貯留事業者の視点からすると、仕様に合わせたインフラを建設し、仕様を満たしたCO2を受け入れることで、安全で安定した操業が可能になるが、エミッターの視点では、自社が排出するCO2を送り先の輸送・貯留網が定める仕様に合わせるというコストが発生することになる。

欧州委員会は、柔軟で流動的なCCSネットワークの構築を企図し、CO2スペックの統一化を志向し、ISOなどの関係機関と連携して議論を牽引している。しかしながら、スペックの統一化は簡単ではないだろう。あるエミッターが排出するCO2に近い仕様を基準とすれば、別のエミッターが多くのコストを支払うことになり、貯留サイトの環境によっても望ましいスペックは異なるため、すべてのエミッターと貯留事業者が納得する基準スペックの策定は非常に困難で、クラスター毎の設定に落ち着くだろう、という見方もある。CO2スペックは開発コストに影響する重要な要素であるため、別稿にて詳細な議論動向をまとめることとしたい。

 

(3) 社会受容の醸成 ―ステークホルダー・エンゲージメントのインパクト―

社会受容を醸成するステークホルダー・エンゲージメントは、コスト、収益性に直接的なインパクトを与える、CCSバリューチェーン構築の重要なエレメントである。CCSネットワークインフラが整い、ビジネスモデルが機能したとしても、社会受容が欠如すれば事業が頓挫する可能性がある。さらに、仮に大規模プロジェクトがコミュニティの理解を得られず頓挫してしまう場合、その影響は、他の国、地域に波及する可能性もあろう。社会受容と一言でいっても、国レベルでとプロジェクト実施地域レベルがあり、各々への取り組みは連携しながらもそれぞれ別のアプローチが必要である。

前者について、気候変動への意識が高い欧州諸国であっても、多くの市民はCCSが何の略語であるか知らないというのが現実である。CCSの認知度を高め、重要性を広く一般に理解してもらうためには、官主導での取り組みが不可欠だ。後者のプロジェクト実施地域でのコミュニティ・エンゲージメントについて、過去の知見と先行研究が様々なレポートにまとめられているため、本稿では割愛するが、プロジェクト推進には、事業者側から適切なタイミングで、積極的にコミュニケーションをとり、情報発信をすることが重要である。CCSが一般的に受容されたとしても、それは必ずしも特定のコミュニティや個人での受容を意味せず、地域の社会経済的・文化的なコンテキストをふまえてステークホルダー・エンゲージメント計画をたて、適切にコミュニケーションをとることが必要である。

 

6. まとめ

気候変動に対する市民の意識が高く、CCS指令という規制枠組みのベース、炭素価格というCO2削減のモチベーション、さらに多くの補助金プログラムを提供し、技術的な実績がある欧州であっても、FIDに至るプロジェクトは毎年数件に留まっているのが現状である。昨年オランダのPorthosがFIDに至ったが、従来から石油ガス産業が活発でガス輸送の知見もあるオランダでさえも、ここまで20年を要している。このように、諸条件が整っている欧州であってもCCS実装は簡単ではなく、本稿で取り上げたような多様な課題への取り組みが足元必要である。本稿で示した主な課題をいまいちど下図にまとめ、振り返りたい。

CCSバリューチェーン構築には、FIDを後押しする高い水準の炭素価格、CCSの事業性を担保するビジネスモデル、さらなるCO2貯留適地の開発、CO2スペックの基準化、CO2輸送の効率化、社会受容の醸成が必要である。そして、これらは欧州の産業競争力を削がない方策で、すべてが適切なタイミングで同時的に進められる必要があり、欧州委員会と各国政府は難しい舵取りを迫られている。

(図4)本稿で取り上げた欧州CCSが直面する主な課題
(図4)本稿で取り上げた欧州CCSが直面する主な課題
出所:JOGMEC作成

CCSバリューチェーン構築には、本稿では取り上げなかった課題(例:CCS人材の育成、許認可プロセスの迅速化、炭素除去価値の創出)もある。欧州委員会がまとめ役となり、それぞれの課題毎にノウハウを有する事業者を募り、知見の共有をしながら課題解決に向かって議論を進めている。これらの議論は、欧州域外でのCCSネットワーク構築にも有益であり、JOGMECロンドン事務所では、欧州のCCSに関する課題や最新の議論動向について、欧州の公的機関、事業者、業界団体等と日々意見交換、情報収集を行っている。引き続き、日々の活動で得られた情報を、事業者の皆様の取り組みの参考にしていただくべく、今後も情報発信に取り組む所存である。

 

 

[1] ノルウェーのSpeipnerプロジェクト。

[2] 欧州で操業中のプロジェクトは、ハンガリーのMOL Szank Field、ノルウェーのEquinor Sleipner及びEquinor Snohvit、アイスランドのClimeworks Orca の4件である(2024年3月時点)。(GCCSI, 2024)。

[3] 英国は、CCSの経済性を担保するビジネスモデルを、「輸送・貯留」、「電力」、「産業」のそれぞれにつき策定している (DESNZ, 2024) 。

[4] GO4ECOPLANETプロジェクト。Lafargeのセメント工場でセメント生産を脱炭素化し、CO2を北海に輸送するプロジェクトで、EU革新基金の支援を受けている。

[5] CO2-EOR(クロアチア)、Greensand(デンマーク)、Orca、Silverstone(アイスランド)、Sleipner、Snohvit (ノルウェー)の6件。

[6] デンマーク、フランス、ドイツもCCS支援策としてCCfDを採用。

 

References

CATF, Clean Air Task Force, 2024, Funding Carbon Capture and Storage in Central and Eastern Europe – A Focus on Poland (Webinar), (Retrieved August 13, 2024), https://www.youtube.com/watch?v=kJpsZuLdiG0

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以上

(この報告は2024年8月1日時点のものです)

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