ページ番号1010366 更新日 令和7年1月7日
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概要
- これまでの石油・天然ガスを中心としたエネルギーシステムにおいてエネルギー市場は産油国のNOCやメジャーと呼ばれる大手国際石油資本を中心に動いていた。一方次世代のエネルギーシステムへの移行期であるエネルギートランジションでは、クリーンエネルギー・脱炭素事業に製造業、ICT、金融機関といった様々な分野から多くの企業が参加し、エネルギー市場には垣根を超えた活発な競争が生まれている。
- そういったエネルギーシステムの大きな変化の中、先行者利益を狙うFirst Mover(先行者)と呼ばれる事業者が新たな事業プラットフォームを構築し、政府のクリーンエネルギー・脱炭素に対する支援を効果的に事業に取り込みながら、新たなエネルギー市場で確固たるポジションを築こうとしている。
- 現在クリーンエネルギー・脱炭素事業は資機材・サービスコストや金利の上昇、市場やサプライチェーン発展の遅れといった課題を抱え、厳しい状況に置かれており、多くの企業は事業の取捨選択や優先プロジェクトへの資本の集中を求められている。そのような逆風下の中各First Moverは独自のやり方でこの難局を切り抜けようとしている。
- 本稿ではエネルギートランジションが進行する中、First Mover(先行者)としてクリーンエネルギー・脱炭素分野において確固たる地歩を築こうとしている企業に焦点を当て、逆風の中独自の「強み」を生かし、いかに新たな市場開拓を図っているのかについて解説していきたいと考える。
1. エネルギートランジションの中、多様化するエネルギー市場への参加者
これまでの石油や天然ガスを中心としたエネルギーシステムでは、そこで活躍するプレーヤーはほぼ同じ顔ぶれで固定していた。中には原油トレードや輸送サービス・インフラといった中流事業、あるいは下流事業である石油精製・製品販売、LNG事業等を専業とする事業者もいるが、それらの中で圧倒的に存在感を発揮しているプレーヤーは産油国のNOCや石油メジャー・準メジャーと呼ばれる大手国際石油資本(IOC)であり、石油生産量(図1)や埋蔵量、資本・技術力といった側面からも、それらのプレーヤーのエネルギー市場に対する影響力は絶大であり、また長きに亘ってその序列にほとんど変化はなかった。一方エネルギートランジションに入り、クリーンエネルギー・脱炭素技術が既存のエネルギーシステムに影響を与えるようになると、様々な産業分野からこれまでと異なる顔ぶれがエネルギー市場に参入してきている(図2)。例えばICT(情報通信技術)企業はデータセンターやAI(人口知能)といった電力消費の大きな施設の運営者であると同時に、スコープ3を含む自社関連事業の温暖化ガス排出量削減にも積極的に取り組んでいる。再生可能エネルギーや低炭素燃料、クリーン事業への積極的な投資、大型PPA(電力購入契約)によるクリーン電力やSAF(持続可能な航空燃料)の調達、さらにクリーンテックスタートアップ企業に対する重要な資金提供者ともなっている。またAIには適切な電力需給調整機能(スマートグリッド)やエネルギー効率の改善に大きな期待が寄せられている。
製造業、特にエネルギー消費量の多い重化学工業は、自身の温暖化ガス排出量削減のためにクリーンエネルギーや脱炭素技術の開発、エネルギー利用の効率化に鋭意取り組んでおり、中には産業集積地(工業団地、コンビナート等)の中核として、周囲の事業者に対するクリーンエネルギーの供給や脱炭素技術の提供といった役割を担っているケースもある。さらに製造業はエネルギートランジションに欠かせない電気自動車(EV)、リチウムイオン電池、太陽電池、風力発電機、水電解槽といった製品を製造する立場でもあり、既存のエネルギーシステムではもっぱら消費者の側にあった製造業も、クリーンエネルギー分野においては主役級の働きを見せている。
石油・ガス事業者もエネルギートランジションにおいてそれなりのプレゼンスを示しているが、既存のエネルギーシステムのような絶対的存在ではない。例えば太陽光・風力発電といった再生可能エネルギー分野においても欧州系大手石油・ガス事業者(欧州系メジャー)は積極的な事業展開を図っているが、既設の発電設備容量、2030年の発電設備容量の目標いずれにおいても、ユーティリティー事業者と呼ばれる電気・ガス・水道事業の運営者や総合エネルギー企業にリードを許している(図3)。
このようにこれまでのエネルギーシステムの「際(きわ)」や秩序が崩れ、参入障壁が下がり、誰もがエネルギー市場に参入できる可能性が広がったエネルギートランジションにおいては、既存の考え方や方法論にとらわれない「First Mover(先行者)」が次々と現れ、新たなコンセプトやダイナミズムをエネルギー市場に吹き込んでいる。本稿ではエネルギートランジションにおいてクリーンエネルギー・脱炭素技術の新たなプレーヤーとして台頭してきた「First Mover(先行者)」に焦点を当て、それぞれの特徴や強み、事業戦略、さらには今後に向けた課題について解説を試みていくこととする。
2. 各企業の紹介
1) バイオ燃料の「First Mover(先行者)」
ここから「First Mover(先行者)」としてエネルギートランジションをけん引する企業を個別に見ていくが、各分野ごとにその分野を代表する企業を取り上げ、それぞれの企業の特徴や事業戦略・活動を紹介していく。最初はバイオ燃料分野における代表的企業を取り上げる。
1)a. Nesteの場合
Nesteは元々フィンランドの石油精製事業者であり、現在もフィンランドのリファイナリーで石油精製事業を行っているが、同社の名前を一躍世界レベルに押し上げたのは積極的な再生可能ディーゼル・SAF(持続可能な航空燃料)への投資である。フィンランド Porvoo、オランダ Rotterdam、シンガポールのリファイナリー(図4)により(他に米国にMarathonとのJVであるMartinezリファイナリーを共同所有)再生可能燃料生産の設備能力は550万トン、2024年の年産量見通しは370万トン(2024年11月のRotterdamリファイナリーで発生した火災影響により390万トンから下方修正)、内SAFが50万トンから70万トンを占めると予想されており、現時点では世界最大の規模を誇る。特にシンガポールリファイナリーは再生可能燃料生産の設備能力が130万トン、その内SAFが最大100万トンとSAFの大規模生産に特化した設計となっている。
Nesteは自社で開発した植物油・廃食油(UCO)を再生可能燃料に変換する独自技術、「NEXBTL™」を有している。その点からは「技術立脚型企業」と類型できるかもしれない。一方でEniとHoneywell-UOPが2016年に開発した「Ecofining™」も油脂を原料とした再生可能燃料の製造技術であるが、ライセンス取得によって誰もが利用できることから、現在は50を超えるライセンシーが再生可能燃料生産に利用する、最も普及した技術となっている(表1参照)。
現在SAFは混合義務規制の導入を受け、将来の市場の拡大期待から事業者の関心も高く、多くの事業計画が立ち上がっている。ICAO(国連傘下の国際民間航空機関)のCORSIAプログラム[1](2050年ネットゼロと国際航空の炭素相殺・削減制度)は2027年から義務化が開始される。2025年からは航空燃料(石油ベースのジェット燃料)へのSAF混合を義務化するEUのReFuelEU Aviation[2]が本格導入され、英国でもUK SAF Mandate[3]によりSAF混合が義務化される予定となっている。また他にも多くの国々がCORSIAプログラムの義務化を控え、国内でSAF混合比率の規制・目標を続々と導入し始めている(SAF混合比率インド、2027年1%、2030年5%、2037年10%、シンガポール、2026年1%、2030年3~5%、韓国、2027年1%、UAE、2031年1%、マレーシア、2026/2027年1%、インドネシア、2027年1%、タイ、2026年1%、ブラジル、2027年空輸の温暖化ガス排出量1%削減他)。また航空会社、空港、物流企業では2030年にSAF混合比率を10%とする自主規制の動きも生まれており、こういった空輸の利用者や関連事業者による自主的な動きは年々活発化している。
このように将来の市場拡大が約束されているSAFであるが、Nesteは現在2つの事業面での課題を抱えている。1つは需給の緩みによる再生可能燃料市況の低迷である(背景は次項で詳述)。市況の悪化により2023年第2四半期に1トン当たり800US$であった再生可能燃料の販売マージンは2024年同期には1トン当たり382US$に落ち込んでいる(図5)。一方で同社の石油製品のマージンは同期間で1バーレル当たり16.7US$から15.1US$に低下しただけなので、再生可能燃料に特化した市況の動きであることがいえる。利益の2/3が再生可能燃料関連であるNesteは、再生可能燃料の市況がそのまま事業収益に直結するため、2024年第2四半期の調整後利益(EBITDA)は2億4,000万€に留まり、前年同期の7億8,400万€から大きく低下した。この点に関しNesteは、組織の統合・簡素化、ポストやコストの削減(年約5,000万€相当)により収益を改善するとしている。
2つ目の課題は原料調達である。Nesteの再生可能燃料製造プロセスでは植物油、廃食油(UCO)、獣脂と多様な原料を利用できるが、植物油は多くの場合食料・飼料との競合の問題が生じる。これまで欧州は東南アジア産のパーム油をバイオ燃料の原料として多く利用してきた。パーム油の用途はそのほとんどが食品や石鹸・シャンプー等の日用品の原料であるが、欧州ではその7割近くをバイオ燃料の原料に充ててきた。しかし欧州では規制により、間接的土地利用変化(ILUC、Indirect Land Use Change)に抵触しないとの認証が無いパーム油の輸入を2030年までに段階的に禁止することが決まり、それまでの年間600万トンのパーム油輸入が2023年では120万トン減少した(ILUCは森林破壊・劣化を招き、生態系の崩壊、生物多様性へのリスクを生じさせるとの評価に基づく禁止措置)。シンガポールにプラントを建設しても、最大の欧州市場を念頭に置けば、パーム油を原料として使用することは難しい。また図6に示されるように、コストの点からも廃食油(UCO)は再生可能燃料の原料としてファーストチョイスとなる。これまで中国は大量の廃食油市場を有し、年間900万トン以上の廃食油(UCO)を生成するとされ(米農務省)、年間160万トンを輸出に回しているが、その内100万トン近くが欧州に輸出され、欧州にとっては重要な原料供給先となっている。しかし後述するように現在中国は廃食油(UCO)を使ったバイオディーゼル(FAME)の生産・輸出に力を入れており、今後原料調達がより困難となることが予想される(加えて中国は廃食油輸出に対する現在の13%の税金還付を2024年12月1日から廃止する)。
Nesteはこれまで再生可能燃料の「First Mover(先行者)」として市場拡大の流れに乗り、廃食油(UCO)の変換技術を武器に成長を遂げてきた。しかし前述したようにEni/Honeywell-UOPの「Ecofining™」技術のようにライセンス取得によって誰でも自由に油脂(廃食油等)の変換技術を利用し、再生可能燃料を生産できることから、SAF(持続可能な航空燃料)を中心に市場に参入する事業者も増えていく。典型的な装置産業であるリファイナリーは規模の経済(EOS、Economy of Scale)が圧倒的に有利な世界だ。今後巨大資本が市場に本格的に参入してきた際、Nesteがどう存在感を示していけるのか。現在同社はバイオナフサを使ったポリマーの生産(バイオケミカル)にも力を入れているが、コストも高く、まだ市場も確立されていない。株価の低迷(図7)は市場の企業の将来性に対する評価の結果ともいえる。今後新たに追加される供給量を上回るペースでSAFを始めとした再生可能燃料市場が拡大していくのか、その点に同社の将来は掛かっている。
1)b. バイオ燃料市場のダイナミズムと企業の対応
前項で再生可能燃料市況が低迷し、精製マージンが低下していると述べたが、世界の再生可能燃料取引のほとんどを占める欧州・米国いずれの市場でも現在需給緩和の状態にある。
軽油に混合するバイオ燃料にはバイオディーゼルと再生可能ディーゼルの2種類があり、再生可能燃料に該当するのは再生可能ディーゼルの方である。SAFも再生可能燃料の一種であるが、市場がまだまだ小さく(IATAによれば2023年の需要は50万トン)、再生可能燃料はほぼ再生可能ディーゼルを意味する。バイオディーゼル、再生可能ディーゼルいずれもバイオ燃料であり、原料は植物油・廃食油(UCO)・獣脂等で共通するが、製造までのプロセスが大きく異なる。バイオディーゼルは植物油等のバイオ油脂をメチルエステル等でエステル化後、グリセリンを除去して製造されることから簡易な設備で対応が可能なのに対し、再生可能ディーゼルは水素化・脱酸素化処理が必要なことから、製油所並みの高度で複雑な技術と設備が求められる。バイオディーゼルはFAME(Fatty Acid Methyl Ester、脂肪酸メチルエステル)とも呼ばれ、再生可能ディーゼルもHVO(Hydrotreated Vegetable Oil、水素化植物油)と呼ばれるが、HVOはSAF(持続可能な航空燃料)製造に使用されるため、その際はHEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)と呼称される。バイオディーゼルは軽油に対する混合量が国ごとに指定されており、混合量に制限のある非ドロップイン燃料であるが、再生可能ディーゼルは混合量に制限のないドロップイン燃料である(軽油と同様に使用可能)。
2022年のエネルギー危機が去り、欧州は元々バイオ燃料の需給が緩む地合いにあった。経済の不振に伴う燃料消費量全体の減退に加え、直近のリファイナリーのバイオ燃料生産増強による供給増が加わり、市場は供給過多の状況となっていた。また規制の緩和も市況に大きな影響を与えた。スウェーデンは元々2010年比で軽油に対する30.5%、ガソリンに対する7.8%の温暖化ガス排出量削減という欧州最高水準の規制を定めていたが、エネルギー価格の高騰からどちらも24年に6%へと緩和した。(ドロップイン燃料ではない)バイオディーゼルの場合軽油との混合比はB7(7%)に制限されるため、軽油で従来の規制値をクリアするためには、残りを(ドロップイン燃料である)再生可能ディーゼルで補う必要がある。従って規制緩和の影響はバイオディーゼルだけでなく、再生可能ディーゼルにも及ぶ。スウェーデンの混合比の低下によって需要が減少し(スウェーデンの2024年の消費量は半分に低下)、供給過剰となったことから、2024年におけるバイオ・再生可能ディーゼルの欧州でのマージンは大きく縮小した(スウェーデンはその後2025年7月より10%に引き上げると発表)。
欧州のバイオ燃料の市場低迷を決定づけたのは豊富な廃食油(UCO)を原料とした中国産バイディーゼルの輸入増である(図9)。その結果ドイツを始めとする欧州のバイオディーゼル生産事業者は経営が大きく悪化した。また大手もバイオ燃料製造の拡張・改修工事や新規建設を中止・延期し、事業再編を行っている(図8)。ただしbpのように一方的に事業から撤退するのではなく、ブラジル、中国といった成長市場に経営資源をシフトする例もある(中国のSAF企業に出資、ブラジルBungeとのバイオ燃料JVにおける全株を取得)。
そこで窮地に立たされたドイツ等のバイオディーゼル生産事業者が目指したのが米国市場である。米国の再生可能ディーゼルの需要は活発であるが、大型の再生可能ディーゼル生産プラントが立ち上がり、市場への供給量が増加する状況にあった。そうした中欧州産バイオディーゼルの輸入が急激に膨らみ(図9)、需給は更に緩む結果となった。米国では市況の低迷からバイオディーゼル生産プラントの運転を一時停止したり、再生可能ディーゼルの生産から石油精製に切り替える動きもある。中国産バイオディーゼルの欧州への流入が欧州生産事業者を圧迫し、行き場を失った欧州からのバイオディーゼルが米国市場に流れ込み、さらに米国のバイオ燃料市況に影響を与えるという玉突き現象が生まれている(図9)。
加えて米国のバイオ燃料事業停滞には自国の複雑な事情も絡む。米国の再生可能燃料基準(Renewable Fuel Standard、RFS)[4]ではガソリンや軽油といった輸送用燃料に対して毎年米国環境保護庁(EPA)が目標値(Renewable Volume Obligations、RVO)[5]を設定し、バイオ燃料の混合を石油精製・混合・輸送事業者(燃料ブレンダー)に義務付けている。燃料ブレンダーがガソリンや軽油にバイオ燃料を混合する際RINと呼ばれるクレジットが1ガロン単位で発行され、さらにバイオ燃料種ごとに係数が加算される。RINクレジットは市場での売買が可能なため、バイオ燃料生産事業者にとっては重要な副収入になっている。2024年のEPAの目標値はバイオ・再生可能ディーゼルの生産量の伸びに比べて低く設定されており、前述したような欧州からのバイオディーゼルの市場流入もあり、D4のRINクレジットで0.77US$、D6で0.62US$と低迷しているが(24年9月末)、2023年では多くの時期RINクレジットの価格は1.50US$を超えて推移していた(図10)。副収入としてのRINクレジットの販売が収益に占める割合は大きく、RINクレジットの価格低迷は米国のバイオ燃料事業者の経営を直撃する。SAFや再生可能ディーゼルには将来の成長を期待する声が多いが、事業者は少なくとも現状では厳しい操業を強いられており、再生可能ディーゼルの製造コストは高いため軽油製造に戻る動き(Delek)や事業から撤退する動き(Vertex Energyの倒産処理手続き申請)も生まれている。
1)c. LanzaTech/LanzaJetの場合
1)a. Nesteの項で紹介したように今後成長が大きく期待されるSAF事業分野における最も大きな課題は原料となる廃食油(UCO)の安定調達の継続である。現状でも飲食業や廃食油収集事業者に対する囲い込みや熾烈な調達競争が起きている。一方で最も製造コスト的に安価な廃食油(UCO)からHEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)への製造経路は圧倒的競争優位性があり、SAF製造方法の9割以上を占める。現在SAF製造については国際規格ASTM D7566[6]の中で8種類の原料・製造経路が承認されているが、廃食油(UCO)・HEFAの製造経路に続き期待を寄せられているのがエタノールからSAFを製造するATJ、アルコール・ツー・ジェット技術である。エタノールは原料も豊富で手に入りやすく、高度な技術も巨額投資も必要としない。ATJ技術の大型化も比較的容易であり、ライフサイクルでの炭素強度が高いという難点があるものの、大規模化によって廃食油(UCO)・HEFA製造経路並みの製造コスト低減が期待されている。
米国のLanzaTechは米国エネルギー省傘下のPacific Northwest国立研究所と共同開発したエタノールを使ったSAF製造の技術を有しており、2020年にはエタノールからSAFを製造するATJ(アルコール・ツー・ジェット)技術の部分をスピンオフし、その専業企業としてLanzaJetを設立した。その結果資本市場へのアクセスが容易となり、LanzaJetにはAirbus、JAL、Breakthrough Energy、British Airways, Groupe ADP、Microsoft’s Climate Innovation Fund、三井物産、三菱UFJ、Shell、Southwest Airlines、Suncor Energy等が出資している。現在同社は米国Georgia州で植物繊維の糖化からエタノールを作り、再生可能ディーゼルやSAFを製造する、初の本格的商業プラントである LanzaJet Freedom Pines Fuels プラント(年産2.7万トン)の検収運転を行っている。また太陽石油は2024年11月にLanzaJetのATJ技術を利用し、2028年度から沖縄県でSAFの生産(年間22万キロリットル)を開始すると発表している。
図11 CarbonSmartエタノール並びにCirculAir™ソリューション技術と他のSAF製造経路
(出所: LanzaTech/LanzaJetプレスリリース資料等をもとにJOGMEC作成)
エタノールの生産は農産物であるサトウキビやトウモロコシ(糖化後)を発酵して作る方法が主流であるが、米国で一般的なトウモロコシの場合、このやり方では発酵中に多くのCO2が発生し、大量の熱エネルギーも必要なことから、ライフサイクルでの炭素強度が高くなり、この方法(ATJ)で製造したSAF(図11(1))は、炭素強度が化石燃料である通常のジェット燃料と同程度になってしまう。例えばIRA(インフレ削減法)のSAF税額控除を受ける場合、トウモロコシを原料としたATJ・SAFでは資格が得られないこととなる。また農産物を原料として使うことから食料・飼料との競合の問題もある。一方図11(2)で示すように農産物の代わりに農業・林業残渣といった植物廃棄物からその中に含まれるセルロースやヘミセルロースを分解し、糖化から発酵を経てエタノールを作る方法も開発されているが、セルロースの分解には酸や熱水、あるいは特殊な酵素を使った追加のプロセスが必要となり、手間もコストも掛かる。また農業残渣や都市ごみをガス化炉でガス化し、その中から一酸化炭素や水素のシンガスを取り出し、FT(Fischer-Tropsch、フィッシャー・トロプシュ)合成法と組み合わせてSAFを製造する方法(図11(3))もあり、Fulcrumはこの技術を用い、2022年から米国ネバダ州で商業生産を開始した。しかし操業の立ち上げ時からプロセス内で硝酸が発生し、設備の腐食から数100万ドルの損害と数ヶ月の運転中断を余儀なくされた。生産を再開後にも、プラントのガス化システム全体に厚いスラッジが蓄積し、再度操業を停止せざるを得なかった。そもそもFT合成は技術的にも複雑で、設備にも相当の投資が必要となる。そういった技術的・経済的理由から2024年5月にFulcrumは事業を撤退、Fulcrumと関連会社は2024年9月に連邦破産法第11章の適用申請(再建型倒産手続き)を行った。
LanzaTechが商業化しようとしている方法はそれとは大きく異なる。農林業残渣のガス化や製鉄所・化学プラントで発生する排ガス・オフガスから得られるシンガス(一酸化炭素と水素)を取り出すところまではFulcrumの方法と変わりはないが、FT合成法の代わりにシンガスを微生物の餌とし、その際微生物が作るエタノール(CarbonSmartエタノール)を利用するというものである(図11(4))。この方法は国内でも積水化学がLanzaTechと共同で岩手県の久慈市に実証プラントを建て、商業化を目指している。この技術の強みは農林業残渣、都市ごみといった廃棄物、プラントからの排ガス・オフガスが原料として利用できるということで、原料調達のすそ野が広がり、現在廃食油(UCO)からHEFA・SAFという製造経路が直面している原料調達の課題解決が期待される。またこの方法はクリーン水素と工場等から排出されるCO2を組み合わせたpower-to-liquidsによるeSAFや都市ごみや農林業残渣をガス化後FT法によってSAFに変換するFulcrumのようなプロセスよりも遥かに低廉なSAF製造経路となる。
図12 CarbonSmartエタノール並びにCirculAir™ソリューション技術に対する商業化の動き
(出所: LanzaTech/LanzaJetプレスリリース資料等をもとにJOGMEC作成)
LanzaTechの技術はSAF製造経路としては新たな手法であるが、早速事業化に向けた動きが見られている(図12)。2024年8月豪州のWagner Sustainable Fuelsは豪州Brisbaneでこの技術を応用した年産10万2,000キロリットルのSAFプラントの建設を目指すと発表した。Wagnerは米国のBoeingから初期投資を確保し、Queensland州政府からプラント建設に51万2,500US$の補助金を獲得した。現在2026年の運転開始を目指しFEED(基本設計)を実施中で、Boeingとの間ではSAFの混合や出荷に関する検討を行っている。またQueensland州でLanzaJetのATJ技術を用いたSAFプラント建設を計画するJet Zero AustraliaのUlyssesプロジェクトは出光、Qantas、Airbusから出資を受けている。
LanzaTechの事業はATJによるSAF生産に留まらず、低炭素エタノールを原料とした合成樹脂の生産にも力を入れる。低炭素エタノールから作られた衣料の織り糸はLululemonやZaraといった世界的衣料メーカーに提供され、低炭素エタノールから作られたポリプロピレンはIKEAの家具の素材として利用されている。LanzaTechはいくつかの製造業者と共同操業を行っているが、製鉄業の大手ArcelorMittalと同社のベルギーGhentにある製鉄所において2億€を掛け、Steelanolプロジェクトを進めており、このプロジェクトに対しEUはHorizon 2020プログラムの一環として1,020万€の支援を行っている。同事業では高炉の排ガスに含まれる一酸化炭素、二酸化炭素、水素を利用し、ガス発酵技術により、エタノールを生産、ArcelorMittalとLanzaTechが共同で「Carbalyst」というブランド名で販売する。2023年11月に商業生産を開始し、エタノール年産8万キロリットルを目指し、現在生産量を徐々に拡大している。またLanzaTechとフランスの鉱山・金属事業会社のErametは2024年11月に2028年までにノルウェーのPorsgrunnにあるHerøya工業団地に建設されるCCU(Carbon Capture and Utilization、CO2の分離・回収・利用)施設を使い、年間2万4,000トンの燃料グレードのエタノールを製造すると発表した。Erametの操業するマンガン合金の精錬工場から排出される排ガスを原料とし、エタノールを製造する。LanzaTechが全ての資金を提供し、2025年前半でのFID(最終投資決定)を目指す。
2) 石油・ガス事業者の場合
エネルギートランジションにおいて石油・ガス事業者は既存のエネルギーシステム(石油・ガス)におけるその圧倒的な存在感には及ばないまでも、一定のプレゼンスを示している。この項ではそういった石油・ガス事業者の中のFirst Mover(先行者)に照明を当て、詳しく見ていくこととする。
2)a. First Mover(先行者)とFollower(フォロワー)の事業戦略
First Mover(先行者)としての個別企業の詳細を見ていく前に石油・ガス事業者の間で特徴づけられるFirst Mover(先行者)とFollower(フォロワー)の事業戦略について考察を試みる。
エネルギートランジションのような市場の移行期においてはFirst Mover(先行者)としてFirst Mover Advantage(先行者利益)を積極的に取りに行く企業の動きが目立つ半面、Follower(フォロワー)あるいはSecond Moverとして市場や事業環境が成熟、安定することを待ち、機を見て事業投資を行う企業もある。前述したNesteやLanzaTechのように本稿で取り上げる企業は典型的なFirst Moverであるが、おそらくそういった企業の念頭にあるのは、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)が代表するITビジネスのプラットフォーマーのようにde facto standardと呼ばれる「業界標準」を構築し、新たな市場での事業展開を優位に運ぶという点である。また米国のIRA(インフレ削減法)[7]やEVの購入補助、EUの水素銀行などといった政府の助成制度やインセンティブは未成熟市場の立ち上げを意図し、一定の期限付きであるため、早期に市場に参入することで政府支援を事業のレバレッジ(梃子)として取り入れることが可能となる。一方で現在の水素事業が抱える課題のように新たな市場では需要を発掘することが困難なケースもあるし、未成熟市場にはGrowing Painといった成長に伴うリスクも発生する。そういった中いくつかのFirst Mover(先行者)企業は垂直統合型モデルや資金調達のために独自のビジネスモデルを構築し対応している。一方、First Moverとは対照的に敢えて二番手以降のFollower(フォロワー)としてじっくりと時間を掛け、市場の参入を図る企業もある。その典型的な例がExxonMobilであり、彼らの戦略は市場の安定・需要の確保を優先し、市場の成長が一定程度進んだ段階で機を見てM&Aや潤沢な経営リソースを投入、大規模化によって市場のイニシアティブを握り、市場に確固たる基盤を築く、といった戦略を取る。そのことにより未成熟市場に伴う事業リスク(Growing Pain)を避け、Lessons Learned(先行事業から得た教訓)を最大限活用する方が事業の成功確率も上がるという考え方だ。例えばExxonMobilは米国シェールプレーヤーとして決して参入の動きが速かったわけではないが、2010年、大手シェールプレーヤーXTOを360億ドルで買収、最近では2023年10月にPioneer Natural Resourcesを買収することで多くのシェール資産を手中に収め、2024年第3四半期のPermian盆地におけるシェールオイルの生産量は日量140万バーレルに達し、米国最大のシェールオイル生産地であるPermian盆地においてトップの地位を築いている。
このコンセプトをメキシコ湾岸広域CCS(Carbon Capture and Storage、CO2の分離・回収・貯留)事業やBaytownブルーアンモニア事業にも生かそうとしている。ExxonMobilは23年7月、米国陸上油田でCCUS(Carbon Capture Utilization and Storage、CO2の分離・回収・利用・貯留)・EOR(石油増進回収)技術を梃子に事業を展開するDenburyを49億US$で買収した。Denburyは大量の温暖化ガスを排出する産業が集中するメキシコ湾岸に約1,500キロメートルのCO2パイプラインを保有し、Texas州、Mississippi州に10箇所のCO2圧入拠点を築いている(図13)。ExxonMobilは温暖化ガスの高排出産業が集中するメキシコ湾岸エリアにおいて自社の事業も含め年間1億トンのCO2回収を目指す大規模CCS事業を展開しており、Denburyの保有するCCSインフラはまさに同社の経営戦略に合致していた。またTexas州でExxonMobilは年間100万トン以上のブルーアンモニアを生産するBaytownブルーアンモニア事業(図13)を進めており、年間700万トンのCO2回収・貯留が必要となる。さらに外部とは年最大550万トン相当のCO2回収・貯留のサービス契約をこれまでに締結している(CF Industries 2か所計年250万トン、Nucor年80万トン、Linde年220万トン)。一方でBaytownブルーアンモニア事業は2025年FID、2029年生産開始と比較的遅く、ほぼ同規模(年産110万トン)で、既に建設が開始されているBeaumontブルーアンモニア事業(2024年9月Woodside EnergyがOCI Globalから買収)とは対照的だ。IRA(インフラ削減法)を始めとした今後の米国クリーン政策の行方やブルーアンモニア市場の拡大といった不確実要素がクリアになるまで事業を慌てて前に進める必要はないという意図からであろう。
クリーン水素・アンモニア市場の成長が予想よりも遅れている現状からは、ExxonMobilのようなSecond Mover/Followerにとって事業を急がせるモチベーション(動機)はない。未成熟市場におけるリスクを敢えて取る必要はないし、むしろ得意な規模の経済(EOS、Economy of Scale)を生かすためにはブルーアンモニア・CCS事業の二人三脚でシナジー効果、事業価値の最大化を狙った方が理にかなっている。場合によってはFirst Mover(先行者)の技術や経営リソースをM&Aといった企業買収によって獲得する、所謂「時間を買う」方法も選択することができる。
First MoverとFollowerには事業環境に対する捉え方や評価に大きな違いがあるが、お互い自身の得意分野で勝負しているという点は共通している。ExxonMobilが常に発信しているメッセージは「我々は分子の企業で、電子の企業ではない」ということで、ICTビジネスや発電事業に進出しても経験もなければ、自分らの強みを発揮できる場もない。したがって事業投資に対して平均以上のリターンも約束できない。同社のLCS(Low Carbon Solution、低炭素ソリューション)ビジネス部門においてはCCS、クリーン水素、再生可能燃料、深部リチウム資源回収といった自身の強みを生かせる得意分野にフォーカスしている。本稿で紹介するFirst Mover企業もいずれもが自社の強みを生かしたクリーンテック・脱炭素事業の展開を図っている。またFirst Moverとして「経営の迅速な意思決定」は絶対条件であり、現場の情報が経営に素早く届く仕組みやトップダウンによる意思決定など企業の持つ「組織風土・文化」も成功に向けた重要な要素と考えられる。
2)b. Orstedの場合
次に紹介するOrstedであるが、同社は正確に言えば現役ではなく、「元石油・ガス企業」ということになる。OrstedはデンマークのNOCであるDONQ Energyが母体であり、サスティナビリティー、収益の安定を求めて、2017年、INEOSに全石油・ガス資産を売却し、Orstedに社名を変更、それ以来洋上風力発電を中心とした再生可能エネルギー事業に特化した事業を展開している。事業の中心は世界首位に立つ洋上風力発電で、欧州・米国・東アジアで10.4GW(Net)を操業、30年までに35GWから38GW(グロス)を目指すとしている(図14)。同社の強みは1991年、デンマークで世界初の洋上風力発電施設(5MW)の開発に成功して以来、着々と実績・経験を積み重ね、1GWクラスの超大型案件にリソースを集中させることでスケールメリットを生かし、安定市場・新興市場の組み合わせというバランスの取れたポートフォリオを構築しているという点にある。一方新型コロナ感染症後の世界的インフレ、金利の引き上げ、サプライチェーンの分断によって開発コストがかさみ、特に洋上風力発電では太陽光・陸上風力発電と比べて事業開発コスト上昇からの回復が遅く(図15)、世界的に洋上風力発電事業には逆風が吹いている状況にある。
この典型的事例が米国の洋上風力発電事業である。米国では陸上風力発電は早くから事業化され、大きな拡大を見せているが、洋上風力発電は新しい技術で、その分野では先をいく欧州の開発事業者を中心として新たな市場が築かれようとしている。しかし一方で未成熟な市場であるが故の課題「Growing Pain(成長に伴う痛み)」や米国固有の問題を抱えている。2023年8月Ørstedは米国東部における洋上風力発電事業の経済性悪化により23億ドル以上の減損を計上する可能性があることを公表した。その後2023年第3四半期の決算報告においてニュージャージー州沖の合計発電容量2.2GWのOcean Wind 1とOcean Wind 2プロジェクトの中止も発表した(事業撤退に伴う減損が40億US$、契約解約の違約金を含めて55.8億US$)。また同様に米国東部洋上風力発電事業を展開するbpやEquinorも減損を計上している。さらにØrstedは2024年1月に自身が事業を展開するメリーランド州沖のSkipjack 1とSkipjack 2プロジェクトからの撤退を発表した。
事業環境の厳しさから、2023年9月にはSunrise Wind洋上風力発電プロジェクトの共同開発事業者であるØrstedおよびEversourceとEmpire Wind 1&2およびBeacon Wind洋上風力発電プロジェクトの共同開発事業者であるEquinorおよびbpは、ニューヨーク州公共サービス委員会(NYPSC)に対し、ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)との電力販売価格の変更(値上げ)を求める申し立てを行った。ニューヨーク州公共サービス委員会は10月、消費者に対する多額の電気料金負担と一旦成立した契約金額の変更は容認できないとの立場から、申し立てを却下する判断を下し、このことにより各社の減損計上や事業撤退が決定した。
IRA(インフレ削減法)の追い風も手伝い米国東部の洋上風力発電事業は高い人気を集め、欧州の洋上風力発電の開発事業者を中心とした応募が殺到、1エーカー当たりの落札価格は1000US$を超え、2022年2月のNew YorkおよびNew Jersey沖の6か所の浅海リースでは43億7000万US$のセールス記録を打ち立てた。しかしその一方で2023年8月米国で最初となるメキシコ湾の洋上風力発電事業に対するリース販売の結果は低調に終わっている(図16)。
これら事業の経済性の悪化は新型コロナ感染症からの回復局面において生じた世界的インフレ、インフレへの対抗措置として各国中央銀行が実施した金利の引き上げ(米国では連邦準備制度理事会FRBが2023年に4度の利上げを実施)、さらにサプライチェーンの分断による影響が大きい。世界的インフレの影響により欧州における洋上風力発電事業の開発費用は40%上昇したといわれている。さらに米国の場合は市場が成熟していないことから港湾等のインフラ、専用作業船や人材等のリソースの制約があり、Ørstedによれば開発費用が欧州のケースよりも25%程度増加するとされる。また原料費が「無料」である再生可能エネルギー事業では資本コストの割合が大きく、洋上風力発電事業においては80%以上とされるため、金利の上昇による資金調達コストの増加は事業の経済性を大きく圧迫する。Ørstedは3%の金利上昇は大型洋上風力発電事業の利益を全て打ち消すだけのインパクトがあると分析している。さらにサプライチェーンの分断が経済性の悪化に追い打ちをかけた。サプライチェーンの分断による資機材やサービス調達の遅れは単に工期や事業収入の遅延を招くだけではない。インフレ局面では時間の経過とともに製品やサービス価格の上昇が起きるため、事業の遅れが更なるコスト増を招くこととなる。
また他のエリアと共通の課題だけでなく、米国固有の問題もある。1920年に成立したジョーンズ法(Jones Act)は米国内の2か所以上の港で荷物を運搬する船舶は米国で建造され、米国船籍を持ち、米国内で採用した船員を雇用しなければならないと定める。この規制が米国における洋上風力発電事業に追加コストと更なる作業の遅れをもたらす。例えば欧州から洋上風力発電用の発電機を米国の洋上風力発電サイトに持ち込む場合、一旦ジョーンズ法の条件を満足させる船舶に乗せ換える必要があるが、現在そのような条件を満たす専用作業船の数は米国領海内において非常に限られるため、多額の傭船料負担や調達のための順番待ちが必要となる。
こういった状況の中IRA(インフレ削減法)による税額控除は事業への大きな支えであるが、その解釈や条件面で混乱が生じ、米国内では洋上風力発電に対するサプライチェーンが整っていないためIRAの条件を満たすことができず、ボーナスレートが適用されないケースが生まれていた。
ただし全ての米国東部の洋上風力発電事業が厳しい経済状況に追い込まれていたわけではなく、実際に危機的状況に陥っていたのはSunrise Wind(Ørsted 2018年落札)、Empire Wind 1および2(Equinor/bp 2018、2020年落札)、Beacon Wind(Equinor/bp 2020年落札)のように2018年から2020年の間に落札され、電力販売契約を締結した事業に集中している(図17)。電力販売契約はインフレが顕在化する以前の建設コストの見積をベースに締結されたが、当局の承認手続きの長期化やサプライチェーン分断による資機材納入の遅延も加わったことで建設開始がずれ込み、インフレによる建設費用高騰のため事業の経済性が大きく悪化してしまった。図17を見ると2023年の洋上風力発電ライセンス販売では電力価格の平均は150US$/MWh程度となっており、24年1月TotalEnergiesとそのパートナーであるCorio GenerationがNew Jersey州と締結した20年間の電力供給契約では(運転開始は2031年を予定)、電力は初年度131US$/MWhの固定価格で引き取られ、年率3%の増加とIRAによる30%の税額控除が得られる仕組みとなっている。
2023年第3四半期の四半期決算報告会で巨額な減損を公表し25%の株価下落を招いた(図18)Ørstedであるが、同じ報告会で「米国の洋上風力市場は長期的視点からは相変わらず魅力的であり、我々はステークホルダーと一体となり、全ての見地から直近のプロジェクトの事業改善に向け見直しを行う」とし、事業ポートフォリオの中でも米国の洋上風力発電事業が相変わらず同社にとって高位の位置づけにあることを強調した。2023年11月にはロードアイランド州の704 MW Revolution Wind洋上風力発電事業(図3)のFID(最終投資決定)を実行、24年1月には条件付きながらニューヨーク州の924MW Sunrise Wind洋上風力発電事業(図3)の株式50%をパートナーであるEversourceから取得し(Ørstedが100%)、2024年2月にはニューヨーク州のSouth Folk Wind洋上風力発電事業の発電開始を発表した。また同月の決算報告ではノルウェー、スペイン、ポルトガルの洋上風力発電事業から撤退し、経営リソースを米国を始めとした特定エリアに集中させるとした。洋上風力発電事業で世界をリードするØrstedであるが、米国事業での巨額減損計上や株価の大幅な下落、一部の事業撤退は想定外であったであろう。それでも同社はこの状況を「未成熟な市場に見られる典型的なGrowing Pain(成長に伴う痛み)」と受け止め、IRA(インフレ削減法)による後押しを受ける米国洋上風力発電市場には底堅い魅力があるとして、大きな期待を寄せている。
混乱を招いた東部の洋上風力発電事業であるが、最終的にニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)は一旦既存の契約を解いた上でSunrise WindとEmpire Windに対する再入札を実施し、再入札への参加を認められたØrsted、Equinorが結局Sunrise Wind、Empire Windを150.15US$/MWh(加重平均)の売電価格で落札している。
同社の課題は、24年前期の調整後利益19億ドルの内17億ドルが洋上風力発電の売り上げからのもので、企業収入が洋上風力発電事業に大きく依拠する事業体制となっていることである。そのような中2023年5月に建設を開始したスウェーデンにおける欧州最大のeメタノール製造事業「FlagshipONE」(グリーン水素と回収したCO2を組み合わせ、年間5万5,000トンのeメタノールを生産)の中止を2024年8月に決定し、2億ドルの減損を計上している。同社のMads Nipper CEOは2024年の第2四半期決算報告で「欧州のeフューエル市場は予想よりも進展が遅れ、妥当な価格での長期売買契約が締結できず、事業費用がはるかに増加する中、ビジネスケースに正当性が失われてしまった」とコメントした。洋上風力発電一択からの脱却を目指した旗艦事業であったが、撤退を余儀なくされ、経営の多角化に対し、今のところ有効な手掛かりはない。
洋上風力発電事業はインフレ、金利の引き上げ、サプライチェーンの分断によって開発コストがかさみ、特に事業費用に対する資本コストの割合が大きく、サプライチェーンが世界中に分散する洋上風力発電は現在厳しい状況に置かれている。Vattenfallは2024年9月に現在スウェーデンにおける洋上風力発電事業への投資前提条件では実現が見込めないとして、スウェーデンにおいて最も進んだ洋上風力発電プロジェクトとされるKriegers Flak洋上風力発電事業の一時中止を発表している。また洋上風力発電に関し欧州をリードする英国は、2023年のAR5(Contracts for Difference Allocation Round 5[8]、値差支援のための公募入札)で政府が設定する上限価格(Administrative Strike Price、ASP)が低すぎ(インフレや金利の引き上げによるコストを反映しておらず)、落札者ゼロという結果になった。その時点で英国で稼働中の洋上風力発電設備は14GWあり、その内12GWはCfDのスキームを利用している。洋上風力発電事業についてここ当分は厳しい状況が続くという見方が多い。
これまで洋上風力発電事業において技術と経験で市場における優位性を保ってきたOrstedであるが、図18のように2023年の減損以来株価も冴えず、今後経営の舵切をどうするのか、難しい判断に迫られている。
2)c. Eniの場合
イタリアのEniはCCSや再生可能燃料といった脱炭素・クリーンテック事業に力を入れている企業であるが、一方で石油換算で日量170万バーレル以上を生産する準メジャー石油会社でもある。脱炭素・クリーンテック事業は資本集約型ビジネスで初期投資が巨大なため、Orstedのような再生可能エネルギー専業事業者は、新型コロナ明けの金利上昇局面では事業投資がかさみ、非常に厳しい経営の舵取りを迫られる。その点Eniのように石油・ガス事業によって潤沢なキャッシュフローが得られる企業は有利と言えるだろう。
EniはCCSや再生可能エネルギー、バイオ燃料に大規模投資を行い、石油・ガス企業の中でも脱炭素・クリーンテック技術への事業展開が目立つ存在となっている。2024年9月にCO2の圧入を開始したイタリアのRavenna CCSは第1フェーズでRavenna市にあるEniの天然ガス処理プラントから排出される年間約2.5万トンのCO2を回収、パイプラインで輸送し、アドリア海の枯渇したガス田を利用して貯留する。第2フェーズでは、2030年までに年間最大400万トンのCO2の貯留を計画しており、枯渇ガス田の貯留容量、市場需要の規模次第では、最大年間1,600万トンの貯留量を見込む。現在計画されている欧州におけるCCSの圧入拠点は北海が中心であるが、地中海を圧入拠点とする異色のプロジェクトとなっている。また2021年、英国政府は初期ステージCCS開発の後押しのために200億£の基金を準備し、CCS事業の先行事例となるべくTrack-1 CCSプログラム[9]を立ち上げ、2件の「Track 1クラスター」を選考した。その際Teesside/Humberプロジェクトに付随するNorthern Endurance Partnership(NEP) CCSプロジェクトと共に選考されたのが、Eniの主導するHyNet North Westプロジェクトである。同CCS事業では第1フェーズで貯留量を年間450万トン、2030年までに1,000万トンまで引き上げることを目指す。またEniはNeptune Energyを買収することでさらに3か所のCO2ライセンスを獲得し、同社が注力する英国におけるCO2貯留容量を10億トンに引き上げる構想を掲げる。再生可能エネルギー分野では現在の発電設備容量3.1GWを2027年までに8GWに引き上げるべく、積極的な事業展開を図っている。
またEniは特にバイオ燃料部門に注力しており、現在は欧州初の再生可能燃料製造プラントであるPorto Marghera(2014年~、年産36万トン)、Gela(2019年~、年産75万トン)、Taranto(共処理、一部ラインでSAF生産)のイタリア国内3プラントを中心とした、再生可能燃料年間165万トンの生産体制を構築している。Eniの強みは2016年にHoneywell UOPと共同開発した植物油・廃食油(UCO)を再生可能燃料に変換する「Ecofining™」技術を有していることで、同社はライセンサーとして現在50を超える事業にライセンスを供与しており、同技術は油脂を再生可能燃料に変換する技術として最も普及している(前述1)a. Nesteの項参照)。Eniは今後さらにバイオ燃料部門に力を入れ、2026年300万トン、2030年500万トンの生産体制構築を目標として掲げている(図19)。
Eniの経営戦略における最も大きな特徴は「サテライトモデル」(図20)と呼ぶ企業統治形態を採用していることである。これは、バイオ燃料の専業Eniliveや再生可能エネルギー専門のPlenitudeのように各事業をサテライト企業として専業別にまとめた上で本体から切り出し、太陽と太陽系衛星の関係のように経営のグリップをきかせながらも、敢えて外部資本市場(capital markets)とのアクセス向上を図るという手法である(図20)。このコンセプトは脱炭素・クリーンテック部門に限らない。上流部門にも一部その手法を採用している。Azule Energy(アンゴラの石油・ガス上流、LNG、太陽光発電事業におけるbpとのJV)、Var Energi(ノルウェー大陸棚開発に特化したPoint ResourcesとのJV、Neptune Energyのノルウェー資産買収)、Ithaca(英国における石油・ガス資産、CCS、再生可能エネルギー、磁気核融合事業)が「サテライトモデル」を構成する。形態はそのエリアに特化した「総合エネルギー事業」であるが、その中心は石油・ガス上流事業となる。例えばIthacaの場合、Eniは英国石油・ガス資産をIthaca Energyに売却し、改めてIthaca Energyの株式38.7%を買い取り、サテライト企業であるIthacaを立ち上げている。
「サテライトモデル」の主旨は資本市場(capital markets)と積極的に手を組み、サテライト企業が専門分野に特化することで投資家の関心を集めることである(図21)。
資本市場(capital markets)としても、例えば年金機構の資産を管理しているような資産運用会社は、気候変動問題に関する関心の高まりや化石燃料資産の「座礁資産化」といった懸念を受け、大規模な石油・ガス事業を展開するEni本体に直接投資をすることは困難な場合もある。しかしEni本体に対しては難しくとも、脱炭素・クリーンテック技術に特化したサテライト企業であれば問題はない。Eniは2024年7月、世界有数の資産運用会社であるKKRとバイオ燃料のサテライト企業であるEniliveの株式20%から25%の売却(約25億€から30億€相当)に関し排他的契約を締結した。また2023年12月には再生可能エネルギーのサテライト企業であるPlenitudeの株式9%を大手資産運用会社であるEnergy Infrastructure Partners(EIP)に5億8,800万€で売却、その後EIPは取得株式を10%とし、追加で2億900万€を支払うことで合意した(2024年11月)。バイオ燃料のEniliveについては、今後さらに10%程度の株式売却も視野に入れるとする。
「サテライトモデル」は資本市場(capital markets)との関係以外にも、機動的なポートフォリオの組み換え、迅速な意思決定やパートナリングの容易さといったメリットも併せ持つ。
Eniは2024年7月の2024年第2四半期決算報告で4つのサテライト企業のIPO(新規株式公開)により110億€を獲得し、今年のCapex予算90億€の内30億€は売却収入でまかなうと発表した。Eniは今後も積極的にIPOを活用し、外部の資金を使った事業の成長を目指していくとしている。今後企業統治のガバナンスとサテライト企業の独立性・資本市場(capital markets)からのアクセシビリティ(利用しやすさ)といったバランスをどう取っていくのかが経営として問われていくものと思料する。
3) クリーン水素事業者の場合
世界の公表済みクリーン水素事業計画の生産量合計は2030年までに年間3,800万トンに積み上がっているが、FID(最終投資決定)に達しているのは全体の4%(IEAの報告書、”Global Hydrogen Review 2023”[10])というように予想と比べて実際のクリーン水素市場拡大の遅れがあちこちでささやかれている。中には開発中止や延期に追い込まれる事業も出てきている。クリーン水素の価格が高く長期販売(オフテーク)契約が締結できず、資金調達や事業化が困難でFID(最終投資決定)に至らないというのがその背景であるが、こういった逆風の中様々な工夫によって水素事業を軌道に乗せようと奮闘している企業もある。そういった企業の内代表的な2社をピックアップし、紹介していきたいと考える。
3)a. Air Productsの場合
米国のAir Productsは産業ガスの大手で、外販水素の販売量としては世界トップとされる。同社の強みは65年間におよぶ水素事業の実績と自らEPC(エンジニアリング・設計・調達・建設)コントラクターも務めるほどのエンジニアリング・事業遂行能力を有し、数多くのLNGプラント事業で実績を残しており、水素パイプラインといった既存の水素インフラや水素顧客を保有していることである。簡単に言えば「水素のことならだれよりも詳しい専門家」ということになる。同社の名を国際的に高めたのはサウジアラビアのNEOMグリーン水素・アンモニア事業で、その事業の中でAir Productsは開発事業者の役割だけではなく、EPCコントラクター、製品の引き取り・販売も一手に引き受ける立場として参加している。クリーン水素事業は市場を確保することが難しく、長期販売(オフテーク)契約が締結できないため事業資金調達も困難となっているが、Air Productsがグリーン水素・アンモニアを一手に引き受けることで、この問題が一気に解決した。またAir Productsは2024年6月TotalEnergiesと年7万トン、15年間のグリーン水素のオフテーク契約を締結した。TotalEnergiesは欧州の製油所で使用する水素をグリーン水素に入れ替えるため年間50万トンのグリーン水素調達の公募を2023年9月に開始したが、この調達はその一環。2024年5月、欧州委員会による第一回欧州水素銀行(European Hydrogen Bank)[11]による公募入札の結果が発表されたが、その生産量合計(7件のグリーン水素事業)が年間15.8万トンであった。そのことから年7万トンのオフテーク契約は現時点では相当大きな単独契約と言える。
Air ProductsはサウジアラビアのNEOMグリーン水素・アンモニア事業に留まらず、世界的規模でクリーン水素事業の展開を図っている。また特に同社における強みは、温暖化ガスの高排出産業が集中する米国メキシコ湾岸沿いに22の水素製造所と1,000キロメートル近い水素パイプラインを運営していることにある。従って既存のグレイ水素(天然ガスの水蒸気メタン改質によって作られる水素)を購入している顧客の事業の脱炭素化に向け、保有する水素インフラを使いグレイ水素の代わりにクリーン水素を提供するという低炭素ビジネスモデルを容易に立ち上げることができる(図23)。あるいはメキシコ湾岸沿いに集中する高エネルギー消費型産業の脱炭素支援のため新規顧客に対し、クリーン水素を提供するという新たなビジネスの開拓も見込まれる。関連インフラや販売ネットワークを有していることはクリーンテック・脱炭素ビジネスにとって圧倒的に有利な条件となる(前述の2)a. First Mover(先行者)とFollower(フォロワー)の項、ExxonMobilのDenbury買収参照)。
ただしAir Productsの視線の先は既存の顧客の脱炭素化のみに留まらない。既存の顧客、例えば製油所での水素による脱硫や化学プラントにおける製品原料としての使用だけでは水素市場の規模が限られるし、クリーン水素の「燃料」としての利用にもつながらない。乗用車やトラックといった「モビリティー(移動)」への適用があってはじめて水素需要が拡大できる。しかし水素を使ったモビリティー手段は確立されていないし、そのためのインフラやサプライチェーンもまだ整備されていない。従ってクリーン水素のサプライチェーンや市場が存在しないのであれば「自分たちで作ってしまおう」というのが同社の考え方であり、このサプライチェーン全体を管理運営する「垂直統合型事業モデル(Vertical Integration)」を事業展開に応用している(図23)。EPCコントラクターとして自ら産業ガス製造所を設計・建設・運営し、自らのインフラと販売網を整備、水素を含む産業ガスのサプライチェーンを築いてきた実績と経験が、クリーン水素販売という新たな事業にも生かされているということになる。
「垂直統合型事業モデル」の1例がカナダのAlberta州において建設を進める、Net-zero Hydrogen Energy Complex(事業費用16億C$)である。この事業は天然ガスを原料としたメタン改質とCCS(Carbon Capture and Storage、CO2の分離・回収・貯留)を組み合わせたブルー水素を日産420トン(年間約15万トン)生産し、ExxonMobilの子会社であるImperial OilのStrathcona製油所に供給、Imperial Oilは再生可能ディーゼルプラント(2025年完成予定)における水素消費の50%をこのブルー水素でまかなう。Air ProductsはAlberta州において3か所の水素製造所と55キロメートルの水素パイプラインを保有しており、同プロジェクトもAlberta Heartland 水素パイプラインネットワークを利用することでコスト削減と信頼性の確保を図る。このNet-zero Hydrogen Energy ComplexでAir Productsは日産35トンの液化水素プラントも建設する。カナダ天然資源省のZero Emission Vehicle Infrastructure Program(ZEVIP)からの資金援助を受け、Net-zero Hydrogen Energy Complexの近郊に水素充填ステーションを建設し、液化水素を水素充填ステーションに搬送、現地のモビリティーへの水素供給を見込む。またBaker Hughes のNovaLT16タービンを使った水素100%を燃料とする発電所への水素供給も計画され、コンビナート全体に電力を供給し、外部送電も行う。現在Air Productsは米国、サウジアラビア、オランダ、ドイツ、英国等で水素事業を推進するが、米国、サウジアラビアでは水素燃料ステーションを建設するなど水素供給の選択肢の一つとしてモビリティーへの適用を事業スコープに組み込んでいる。
またサプライチェーン全体を自分自身で完結することのできるAir Productsは、クリーン技術では一般的であるリスクヘッジのためのコンソーシアムを作ることを避ける傾向にある。海外事業では様々な事情で複数のパートナーと提携する必要があるが、それ以外のケースでは、事業のリスクヘッジを選ぶよりもFirst Mover(先行者)の生命線である素早い行動・迅速な意思決定を重視するため、単独か、少数のパートナリングを好む。
一方クリーン水素事業を積極的に展開するAir Productsは、「他社の脱炭素」は得意でも、グレー水素の販売が事業の中心である現状では、自社の温暖化ガス排出量削減がほとんど進んでいないというジレンマを抱えている(図24)。また2027年までの投資予定額が事業の拡大(公表済みグリーン水素生産計画年間53万トン)と相まって150億ドルに膨らみ、2023年度売上/調整後利益(EBITDA)の126億US$/47億US$と比べてかなり投資割合が大きくなっているのも目立った点である。また米国に新政権が誕生し、その新政権がどうクリーン水素事業を支援対象とするのか(あるいは支援対象から外すのか)、という点は同社の水素事業戦略に多大な影響を及ぼす可能性のある不確実要素である。
3)b. Fortescueの場合
Fortescueは西豪州Pilbara地区における巨大鉄鉱石資源開発を目的に2003年に設立された鉱山会社で、鉄鉱石産出量は世界第4位に位置する大企業である。同社の収益の90%以上は鉄鉱石の売り上げに起因し、今の状況では会社の収益が鉄鉱石の販売量や価格に大きく左右されるという経営の不安定さが避けられない。鉄鉱石販売に過度に依存する現状から鉄鉱石生産以外の中核事業を作り、事業の多角化を目指すということが安定経営上重要となってくる。そのような状況の中次世代の中核事業として着目したのがグリーン水素で、グリーン水素を中心とした新エネルギーによる多角的な事業展開を目指している。
また同社が現在注視しているものが、鉄鋼サプライチェーンのライフサイクルにおける炭素強度低減である(図25)。ライフサイクルでCO2排出がほとんどないグリーンスチールは自動車産業を中心に強いニーズがあり、製鉄側では炭素強度の大きい高炉から電炉への転換や直接還元鉄(天然ガスや水素による直接還元法によって生産される鉄鋼の製造方法)といった技術開発も進んでいるが、鉄鉱石生産や輸送といった川上の脱炭素が進まないと本当の意味でのグリーンスチールにはならない。そこで同社は自社の事業の脱炭素の手段としてグリーン水素や再生可能エネルギーを積極的に活用し、下流だけではなく上中流においても脱炭素化を進めることで鉄鋼サプライチェーンのライフサイクルCO2排出量を低減させる、Green Iron(グリーンアイアン)技術を推進している。そしてその中でグリーン水素は重要なピースとなることが期待されている。
上流の脱炭素の取り組みについてFortescueは2024年9月、28億US$を掛け、ドイツの建設機器メーカーLiebherrから360台のバッテリー式無人トラック、55台の電動掘削機、60台の電動式ブルドーザーを購入し、採掘用車両の3分の2を入れ替えると発表した。FortescueとLiebherrは2030年までに「包括的かつ大規模なゼロエミッション採掘エコシステム」の運用開始を目指すとし、両社が共同で開発中の「Europa」と呼ばれる水素燃料の大型トラックは、PerthからPilbara地区までの1,100キロメートルの試験走行に成功している。走行距離256キロメートル、毎時16,000トンの鉄鉱石を運搬する全長2.7キロメートルの専用鉄道にはバッテリー・回生ブレーキ(減速時に運動エネルギーを電気に変換して回収する機能)を装備し、エネルギー消費を軽減する。また精錬施設は電気炉に変換し、再生可能エネルギーを電源として利用する。さらに2024年9月、Fortescueは西豪州のChristmas Creek鉱山で推進するグリーンアイアン事業において豪州最大の液化水素製造プラントを稼働した。液体水素の製造施設、貯蔵設備、充填ステーションが導入されている。1日当たり約350kgの液体水素を生産し、約600kgの貯蔵が可能となっている。生産された液体水素は、鉱山機械のプロトタイプやパワーユニット、水素動力の鉱山トラックなどに供給される。
一方Fortescueは鉄鋼生産サプライチェーンにおける中流(海上輸送)の脱炭素についても積極的に関与する。同社はMPA of Singapore(シンガポール海事港湾庁)の支援を受け、シンガポール船籍のLPGタンカー、Fortescue Green Pioneerを使い、同船の動力を軽油とアンモニアの混合燃料で駆動するエンジンに改造し、シンガポールで3トンのアンモニア補給後、2023年12月UAEドバイで開催されたCOP28[12]に海運の脱炭素の象徴として参加した。アンモニアを混合燃料として使うという海運における初の試みは、単にハード面や手続きの変更に留まらない。Fortescue、MPA、海運関係者、研究所、船級機関(DNV)によって構成された体制は、毒性の強いアンモニアを船舶燃料として使うという世界で初めての試みのために、リスクの回避・コントロール・緩和に対し妥協のない検証と対策を行っている。例えばアンモニアガスの危険度を検証するため大気拡散モデルを作成し、HAZID・HAZOPやsafety caseといった安全性の評価も行っている。またアンモニア補給に当たっては全ての関係者、作業員、船員に対し危険物の取り扱い、緊急時の対応訓練といった安全訓練を施し、実際の補給時にもドローンを使った監視体制、専用PPE(保護具)の着用、ガス感知器によるアンモニアガスの検知といった厳重な安全面での対応を図った。またシンガポールからドバイまでの航海の間は緊急事態対策本部を設置し、不測の事態にも備えている。今回補給したアンモニアの量は3トンと限られており、アンモニアの貯蔵タンクも独立してデッキに設置されているが、将来アンモニア燃料船が普及すれば、アンモニア燃料船が座礁し、毒性の強いアンモニアが流出するという可能性も捨てきれない。海運セクターとしては今後のアンモニア燃料船の普及に向けた環境安全に対するハード・ソフト両面における配慮と準備が必要であり、その意味でFortescue Green Pioneerの試験航海は示唆に富んだものとして評価される。
図26で示すように現在世界的規模でグリーン水素・アンモニア事業を積極的に展開するFortescueであるが(公表済みグリーン水素プロジェクト計画の生産量合計は年間320万トン、FGE)、2024年8月、2023/24年度(2023年7月から2024年6月まで)決算でエネルギー部門が6億5,900万US$の損失を計上したと発表した。当座は14件の水素案件を4件に絞り、2030年までに水素の生産を年1,500万トンまで拡大するという壮大な目標も撤回した。優先する4件のグリーン水素プロジェクトでは既にQueensland州Gladstoneプロジェクトと米国Arizona州のPhoenix H2 Hubプロジェクトが2023度中にFID(最終投資決定)を得ており、Phoenix H2 Hubプロジェクトは年内に着工、2026年からの生産開始を見込んでいる。ノルウェーのHolmanesetグリーンアンモニア生産プロジェクトは2025年に着工を予定しており、ブラジルのPecemグリーン水素プロジェクトは、今後1年以内にFID(最終投資決定)を下す見通しだとした。一方で他のグリーン水素・アンモニアプロジェクトは2025年後半以降に先送りとなった。重要なプロジェクトと見られていた米国のCentralia電解槽設備、カナダの Project Coyoteグリーンアンモニアプロジェクトは直近での優先順位を落とした。同社はグリーン水素・アンモニア事業の後退要因として政府の限られた支援、高い電力コストをその理由として挙げた。
Fortescue関連以外の豪州のグリーン水素・アンモニア事業の事例でも事業の遅れや縮小、撤退の報道が目に付く。2024年10月に豪州のグリーン水素・アンモニア事業の先行事例として注目され、豪州政府のHydrogen Headstartプログラム[13]に選ばれ、連邦政府およびNew South Wales州政府からの助成金を受けていたNSW Hunter Valley Hydrogen Hubプロジェクト(2026年から年間5,500トンのグリーン水素を生産)からOrigin Energyが撤退するという発表があった。Origin Energyはその理由として「水素市場の発展の遅れや不確実性、資本集約型プロジェクトのリスクなどにより、最終投資決定に至らなかった」とし、グリーン水素・アンモニア事業を取り巻く厳しい事業環境を理由として挙げている。2023年7月にはカナダのガス・電力会社ATCOがWest Australia州中西部Warradargeで予定していた10MWの水電解槽を使ったグリーン水素の天然ガスへの混合計画、Clean Energy Innovation Park(CEIP)プロジェクトの棚上げを決定している。同事業には豪州連邦政府の再生可能エネルギー庁(ARENA)による2,870万A$の補助金支援が決まっていた。日本企業も関西電力が、岩谷産業や丸紅、地場電力公社StanwellとQueensland州Gladstoneで計画する水素ハブプロジェクト「CQ-12」から撤退を表明し、川崎重工業は、水素のサプライチェーン(供給網)構築に向け豪州で水素を製造し輸入する計画の実証試験「日豪水素サプライチェーン構築実証事業(HESC)」を見直し、日本での調達に切り替える。当初の予想を上回る水素の製造コストや製造段階の許認可の遅れが背景にある。
ただし2030年までにグリーン水素を年産1,500万トンまで拡大するという目標を一旦棚挙げし、プロジェクトの実施もスローダウンさせたFortescueではあるが、水素を中心としたグリーンアイアンの生産、経営の多角化路線に変更はなく、本年度エネルギー部門では事業費と資本投資を合わせて計12億US$を投じる予定であるとも述べている。
4) Masdarの場合
最後にこれまでの企業とは異なる方向性・事業戦略をとるUAEの国営企業Masdarを紹介する。Masdarはアブダビの国営投資ファンドMubadalaにより2006年に設立された再生可能・クリーンエネルギー開発を事業の中心に位置づける企業であり、これまで世界40か国で合計22GW(2024年3月末時点、グロス)相当の再生可能エネルギー発電設備容量を積み上げ、公表済みの設備投資の合計は300億US$に及ぶ。2030年までに再生可能エネルギーの発電設備容量を100GWに拡大し、グリーン水素国内外の生産能力を年間100万トン(グロス)とすることを目指す。2022年12月にはMubadalaがアブダビの国営石油企業ADNOCとアブダビの国営総合エネルギー企業TAQAに正式にMasdarの株式を譲渡し、さらなる脱炭素・クリーンテック事業の強化に向け、株主の再編を行った。その結果再生可能エネルギー事業に関してはTAQAが43%で筆頭株主兼主導的立場を確保し、Mubadalaは33%を維持、ADNOCが24%を得ることとなった。グリーン水素事業に関してはADNOCがMasdarの株式43%を所有し、Mubadalaが33%、TAQAが24%のシェアを持つ。TAQA、Mubadala、ADNOCの下、再生可能エネルギーとグリーン水素分野の統合で、Masdarをクリーンエネルギーの世界的企業に押し上げる狙いがあった。
MasdarについてはUAE産業・先端技術大臣でADNOC社長、さらにCOP28議長を務めたスルターン・アル・ジャーベル氏が会長を務めており、経営の方向性に大きな影響力を及ぼす。Masdarにはエネルギーミックスの32%を再生可能エネルギーにするというUAEの目標やCOP28の声明に盛り込まれた、世界の再生可能エネルギー容量を現状の3倍の11,000 GWにするといった目標を具体化する上でのビークル(目標達成のための手段)としての役割といった側面もある。
世界40か国で83のクリーンエネルギー事業を展開しているMasdarであるが(図27)、再生可能エネルギーで100GWを達成することは容易ではない。M&Aを活用した、所謂「インオーガニックな成長」との組み合わせによる企業成長を図っており、特に今後の重点市場として新たな市場に進出する場合、新規市場のアンカー(拠点)作りとして、資産や企業買収を活用する。Masdarは2024年6月、ギリシャの再生可能エネルギー開発事業者Terra Energy(再生可能エネルギー発電設備容量を2029年までに6GWに拡大することを目指す)の株式67%を、同年7月、スペインの再生可能エネルギー開発事業者Endesa(再生可能エネルギー発電設備容量2.5GW)の株式49.99%を8.17億€で、同年9月、スペインの再生可能エネルギー開発事業者Saeta Yield(再生可能エネルギー発電設備容量2.3GW)を14億$で獲得している。これらはMasdarの南欧・東欧を中心にEU内で2030年までに6GWの再生可能エネルギー発電設備容量を確保するとの方針に沿ったM&Aの活用例である。また米国における事業規模を今後3年から7年で10倍に拡大するとの方針から、2024年3月には米国の再生可能エネルギー開発事業者Terra-Gen(再生可能エネルギー発電設備容量2.4GW)の株式50%を取得している。
一方Masdarのユニークな点はクリーンエネルギー事業の開発の手が及んでいないアフリカのサブサハラ(サハラ砂漠以南)や中央アジアに積極的に投資を行っていることである(図28)。2022年アフリカへの再生可能エネルギー投資は世界の1.0%でしかなく、グローバルサウスへのクリーンエネルギー開発投資が進まないことが、地球温暖化対策の世界レベルでの課題となっていた。一般的にグローバルサウスへのクリーンエネルギー開発事業は投資回収面において金融セクターからリスクと捉えられる傾向が強いことから、金融機関からの資金調達が難しく、仮に調達できても有利な条件での調達ができず、プロジェクトコストが増加し、プロジェクトのFID(最終投資決定)になかなか進めない。しかし地元のコンソーシアム(プロジェクト実施国の政府系企業・ユーティリティー等の共同事業体)にMasdarが加わることでMasdarだけでなく、事業に有利な条件でプロジェクトファイナンス(プロジェクトを独立した事業体とし、そのプロジェクト実施により生み出される収益やキャッシュフローを返済原資とする資金調達方法)を組成でき、プロジェクト自体の資金調達が可能になるだけではなく、資金調達コストが圧縮できることで、事業の経済性にもプラスに作用する(前述2)b. Orstedの場合、「資金調達コストの増加は事業の経済性を大きく圧迫する」参照)。
図29は2023年決算におけるMasdarと石油メジャーであるExxonMobilの決算項目を抜き出し比較したものであるが、両社の財務状況は全くの真逆になっている。Masdarの年間投資額は11.4億US$あるが、損益とキャッシュフローはマイナスとなっている(図29左)。一方ExxonMobilのケース(図29右)では投資額(263億US$)はキャッシュフロー(554億US$)の半分以下に留まっている。また自社株購入と配当という株主還元が全体の支出の6割程度を占めている。一方でMasdarの場合は株主還元どころか株主からの資金提供により、キャッシュフローのマイナス分を補っているという形となっている。
通常の感覚ではこのような財務状況で積極的な投資を続けるというのは考えづらいが、UAEが国を挙げてバックアップするMasdarの場合は事情が異なる。MasdarはMoody’sでA2、Fitch Ratingで AA-という非常に高い格付け評価を得ており、そもそも格付けの評価軸が通常のケースとは大きく異なっている。実際にこの並外れた「信用力」をレバレッジ(梃子)に、ノンリコースローン(非遡及融資)やグリーンボンドにより有利な資金調達を図っている(2024年3月末時点、ノンリコースプロジェクトファイナンス計77億US$、内Masdarのネット部分38億US$、グリーンボンド発行額17億5,000万US$)。
Masdarのグローバルサウスに対するクリーンエネルギー開発投資の特徴は世界銀行といった多国間開発金融のレバレッジ(梃子)や事業国のインセンティブ・支援を最大限活用することにある。事業国のインセンティブは必ずしも金銭的なものとは限らない。例えばファーストトラックによる迅速な許認可やライセンスの取得、送電網への優先接続等は再生可能エネルギー事業の経済性にプラスの影響を与える。またMasdarは他のクリーンエネルギー開発企業とは異なり、将来の成長市場にも積極的な投資を行っている。同社のブルーオーシャン(競争相手の少ない未開拓市場)戦力は間近な未来を見ているのではなく、10年後、20年後の成長を見越しているということであり、今後人口増や経済発展でエネルギー需要が期待できる市場に先行投資を行っているということである。一般の民間企業であれば4半期ごとに投資の結果を求められ、投資リターンの最大化が重要なポイントとなる。短期に結果を求められる一般企業とは異なり、Masdarの持つ投資の時間軸は大きく異なる。一方でMasdarのような存在は地球規模での温暖化対策を考える上で大きな意味を持つ。グローバルサウスにおける温暖化対策の遅れが地球規模で気候変動対策を展開する上での律速因子となっている現状において、Masdarのように積極果敢にグローバルサウスで再生可能エネルギー事業を展開する存在は非常に貴重と言える。
3. まとめ
これまでの石油・天然ガスを中心としたエネルギーシステムにおいてエネルギー市場は、産油国のNOCや石油メジャーと呼ばれる大手国際石油資本を中心に回っていた。一方次世代のエネルギーシステムへの移行期であるエネルギートランジションでは、クリーンエネルギー・脱炭素事業に製造業、ICT、金融機関といった様々な分野から多くの企業が参加し、エネルギー市場の顔ぶれも多岐にわたる。そのような状況の中、石油・天然ガス事業におけるNOCや石油メジャーに匹敵するような市場の圧倒的な存在はまだ見当たらない。
本稿で取り上げた企業は誰もが果敢に新たな市場に飛び込み、先行者利益を狙うFirst Mover(先行者)として新市場に独自のプラットフォームを築き、確固たるポジションを確保しようとしており、またその中で有効に政府の支援を事業に活用している。一方でExxonMobilに代表されるようなFollower(フォロワー)は先を急がず、敢えて一定程度市場が成熟するのを待つ。未成熟市場であるが故のリスクを避け、先駆者の経験や教訓を事業に活かし、必要に応じてM&Aによる経営資源や技術の獲得を行う(所謂「時間を買う」戦略を用いる)。そして機が熟したところで潤沢な資金や経営リソースを一気に投下し、「規模の経済」による市場の獲得を狙っていく。First Mover、Followerどちらを選ぶかは企業それぞれの強みや経営判断によるところであるが、それぞれが得意とするやり方で市場における優位性を確保しようとしている。
現在クリーンエネルギー・脱炭素事業は資機材・サービスコストや金利の上昇、市場やサプライチェーン発展の遅れ、政府支援の不足といった課題を抱え、厳しい状況に置かれている。多くの企業は事業の取捨選択と優先プロジェクトへの資本の集中を求められている。そのような逆風下の中各First Moverは独自のやり方で難局を切り抜けようとしている。
資金調達コストの上昇に対してEniは独自のサテライトモデルを使いIPO(新規株式公開)による資金調達を図っており、Masdarは高い信用力を利用してノンリコースローン(非遡及融資)やグリーンボンドによって有利に資金を調達している。資本集約型のクリーン事業では資金調達の優位性がそのまま競争力に直結してくる。
水素市場やサプライチェーン発展の遅れに関してAir ProductsやFortescueは自ら垂直統合型事業モデルを構築し、生産から輸送、販売に至るまで自分たちの力でサプライチェーンを完結させようとしている。今後はそういった動きに市場が追随し、大きな流れとなるか、あるいは一過性のもので終わるのかがポイントになってくる。
本稿で取り上げたOrsted、Neste、LanzaTechは洋上風力や再生可能燃料の専業事業者で、自身の技術的優位性によって市場で確固たる地位を固めている。しかし事業収益が一定の技術に偏っていることから、市場や事業環境の変化といったリスクに晒され易い一方、事業の多角化は軌道に乗っていない。技術は必ず陳腐化し、今後資金力等で優位な企業が市場に参入してきたときそれにどう対抗するのか、その真価が問われるところである。
First Mover、Followerに関わらず本稿で取り上げた企業のクリーンエネルギー・脱炭素技術に対する取り組み方の共通点は、いずれの企業も自身の得意分野にこだわり、そこで勝負しようとしていることである。Orstedが洋上風力にこだわるのも、ExxonMobilが絶対に再生可能エネルギーや電力事業に手を出さないのも、「自身の得意分野への経営リソースの集中」がその理由であり、市場における差別化や競争力を重視する。またどの企業もクリーンエネルギー・脱炭素事業に向かい風が吹く中、投資のペースがスローダウンすることはあっても、その方向性にぶれはない。Orstedが石油開発に戻ることも、Nesteが石油の精製能力を増強させることもない。今は風向きが悪いがいずれ風向きは変わる。エネルギートランジションは市場の前進・後退を繰り返しながら結局は一つの方向に集約されていくという彼らからのメッセージのようにも思える。
米国に新政権が誕生し、その政権がどう今後クリーンエネルギー・脱炭素技術を支援していくのか、あるいは支援対象から外すのか、外れるとしたらどの技術なのか、という点は各社の事業戦力に多大な影響を及ぼす不確実要素である。米国のIRA(インフレ削減法)やIIJA(インフラ投資雇用法)[14]は間違いなくクリーンエネルギー・脱炭素技術を次のレベルに押し上げるための重要なファクターであり、それらのインセンティブが途絶えることは、技術進展の大きな後れを招く。一方で中国は巨大な自国市場とサプライチェーンを背景にクリーンエネルギー・脱炭素の技術大国を目指している。米国がここで足踏みをしている間に一気に中国と差をつけられることもあり得る。国の政策が大きく影響を及ぼすエネルギートランジションにおいて今後この点に対する注視が必要となってくる。
[1] CORSIA(国際⺠間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム)について(IGES)
https://www.iges.or.jp/sites/default/files/inline-files/0604_%E7%82%AD%E7%B4%A0%E5%B8%82%E5%A0%B4%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF_CORSIA%EF%BC%88%E9%85%8D%E5%B8%83%E7%94%A8%EF%BC%89.pdf(外部リンク)
[2] ReFuelEU Aviation
https://www.eesc.europa.eu/en/our-work/opinions-information-reports/opinions/refueleu-aviation#:~:text=In%20order%20to%20enable%20the%20aviation%20sector%20to,their%20uptake%20of%20SAF%20in%20pre-defined%20incremental%20steps.(外部リンク)
[3] UK SAF Mandate
Aviation fuel plan - GOV.UK (www.gov.uk)(外部リンク)
[4] Renewable Fuel Standard
https://www.epa.gov/renewable-fuel-standard-program/overview-renewable-fuel-standard(外部リンク)
[5] Renewable Volume Obligations
Final Renewable Fuels Standards Rule for 2023, 2024, and 2025 | US EPA(外部リンク)
[6] 米規格協会ASTM
https://www.astm.org/d7566-21.html(外部リンク)
[7] 米国インフレ削減法(Inflation Reduction Act, IRA)
Inflation Reduction Act | U.S. Department of the Treasury(外部リンク)
[8] 英国AR5(Contracts for Difference Allocation Round 5
Contracts for Difference (CfD): Allocation Round 5 - GOV.UK(外部リンク)
[9] Cluster sequencing for carbon capture, usage and storage (CCUS) deployment: Phase-1
https://www.gov.uk/government/publications/cluster-sequencing-for-carbon-capture-usage-and-storage-ccus-deployment-phase-1-expressions-of-interest(外部リンク)
[10] IEA報告書 ”Global Hydrogen Review 2023
Global Hydrogen Review 2023 – Analysis - IEA(外部リンク)
[11] 欧州水素銀行(European Hydrogen Bank)
European Hydrogen Bank - European Commission(外部リンク)
[13] 豪州Hydrogen Headstartプログラム
Hydrogen Headstart program - DCCEEW(外部リンク)
[14] 米国インフラ投資雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act, IIJA)
H.R.3684 - 117th Congress (2021-2022): Infrastructure Investment and Jobs Act | Congress.gov | Library of Congress(外部リンク)
以上
(この報告は2024年12月24日時点のものです)