ページ番号1010416 更新日 令和7年2月20日
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概要
- 本稿ではまず、2025年1月中旬に開催されたADNOC-JOGMECフォーラムのセッション概要を紹介する。そのうえで、中東でのプレゼンスを急速に拡大する中国との対比によって、フォーラムから見いだせるUAEが日本に求める強みを考察する。
- ADNOC-JOGMECフォーラムでのADNOC及び日本企業からの講演は、大きく(1)Legacy、(2)Future、(3)AI and Digitalizationの三分野に区分できる。(1)Legacyは日本とUAEとの50年近くにわたる長期的なパートナーシップの重要性を、(2)Futureは日本企業がUAEとの新たな関係構築のために進める取り組みを、(3)AI and DigitalizationではADNOCが特に近年関心を有するAIのエネルギー産業への応用についての報告があった。
- 他方で同フォーラムと同時期に開催された「世界未来エネルギーサミット」では、中国企業の展示が圧倒的な存在感を誇っていた。中国は2019年以降、アブダビ上流権益の取得を通じてUAEからの原油輸入を急拡大し、ルワイスLNGプロジェクトでも長期契約を目指すことでLNG輸入も拡大する構えである。
- 加えて、再生可能エネルギー分野ではUAEの国内再エネ開発を中国の部品製造能力が支え、中国の(石油化学製品を必要とする)部品製造能力をUAEからの原油供給が支えるという、新たな形の相互依存が生まれ始めている。
- 日本は中国と異なりエネルギー需要は減少傾向にあるが、UAEに対して発揮できる中国と異なる強みが存在する。一つは需要国としての長期的な信頼であり、ほとんどの低炭素アンモニアカーゴの輸送が日本に対して行われていることに信頼が表れている。もう一つは政治的な中立性であり、米中対立などの観点でUAE・中国間に政治的・経済的ハードルがあるAI分野や鉱物資源投資などでは、日本がUAEの有力なパートナー候補となる可能性がある。
1. はじめに
2025年1月15日、JOGMECとアブダビ国営石油会社(ADNOC)は、2000年1月のMOU締結以来継続している両者の関係を強化し、また新たな日本企業・新たな分野での関係構築を目指すため、「ADNOC-JOGMECフォーラム」を開催した[1]。フォーラムでは「石油・天然ガスのレガシーから未来へ -日本・UAE間のクリーンエネルギー分野の協力-」をテーマに、JOGMEC及び日本企業のこれまでの貢献と新たな試みがなされるとともに、ADNOCが強い関心を有するAI分野での相互の取組紹介が行われた。
本稿では、ADNOC-JOGMECフォーラムの個別セッション概要を紹介したうえで、日本のエネルギー分野における対UAEアプローチの将来像について論じる。具体的には、UAEを含む中東でのエネルギー分野におけるプレゼンスを急拡大する中国のアプローチを概観したうえで、それと対比する形でUAEが求めていると考えられる日本の強みを考察する。
2. ADNOC-JOGMECフォーラム概要
今回のADNOC-JOGMECフォーラムでは、経済産業省・在UAE日本国大使館・JOGMEC・在UAE日本企業とADNOC関係者を招聘したビジネスフォーラムを行い、講演者を除いて193名(日本側136名、UAE側87名)が参加した。本節では内容を(1)Legacy(これまでの日本企業による貢献)、(2)Future(日本企業による新たな取り組み)、(3)AI and Digitalizationの三つに区分し、それぞれの概要を紹介する。
(1) Legacy(アブダビ石油、ブンドク石油、ジャパン石油開発、三井物産)
フォーラムの前半では、UAEの石油・天然ガス開発に50年近くにわたって関与し続けてきた日本企業による講演が行われた。アブダビ石油(ADOC)、ブンドク石油、ジャパン石油開発(JODCO)はそれぞれ1960~70年代に利権協定を結び、2010年代に利権更改・新規授与を経て、アブダビ陸上・沖合での油田開発を推進してきた。また三井物産はダス島にGCC諸国で初めて開発されたLNG輸出施設の権益を有し、1970年代から協業を続けてきた。
企業名 | プロジェクト | 権益取得 | 生産開始 |
---|---|---|---|
アブダビ石油 (コスモエネルギー開発 64.4%, ENEOS Xplora 32.2%, 中部電力 1.7%, 関西電力 1.7%) |
ムバラス油田 | 1967年 | 1973年 |
ウム・アル・アンバー油田 | 1979年 | 1989年 | |
ニーワット・アル・ギャラン油田 | 1979年 | 1995年 | |
ヘイル油田 | 2012年 | 2017年 | |
ブンドク石油 (ENEOS Xplora 50%, コスモエネルギー開発 50%) |
エル・ブンドク油田 | 1970年 | 1975年 |
ジャパン石油開発 (INPEX 100%) 三井物産 |
上部ザクム油田 | 1973年 | 1982年 |
ウムアダルク油田 | 1973年 | 1985年 | |
サター油田 | 1973年 | 1987年 | |
アブダビ陸上鉱区 | 2015年 | 1963年 | |
下部ザクム油田 | 2018年 | 1967年 | |
Onshore Block 4鉱区 | 2019年 | 未定 | |
ADNOC LNG | 1973年 | 1977年 | |
ルワイスLNG | 2024年 | 2028年予定 |
※企業順は講演順、括弧内は株主構成を示す。
(出所:各社HPからJOGMEC作成)
これらの日本企業のUAEに対する主な貢献は、主に日本・UAEの双方にとっての安定供給と早期からの環境・社会対応である。安定供給という点では、とりわけADOCとブンドク石油は1980年代から権益油田の生産減退に直面するも、2次開発やガス圧入などの対策を講じることによって生産量を維持拡大してきた。石油生産量の拡大は日本のエネルギー安定供給にはもちろん、UAEの外貨獲得・経済成長にも大きく貢献してきた。他方でJODCOは講演の中で、1980年代の原油販売開始にあたって、石油危機後の世界の石油需要減少や既存原油グレードとの競合といった課題を抱える中で、ADNOCによる価格面・輸送面での調整や日本の国家備蓄という売り先確保など、日本とUAEの両国からのサポートが重要な役割を果たしたと指摘した。つまり、原油の安定供給にあたっては、日本政府・日本企業・ADNOCの三者が相互にサポートすることで、日本のエネルギー安定供給、各企業のビジネス確立、UAEの経済成長というそれぞれの価値を実現し続けてきたと言えよう。
また日本各社は単に油田開発を推進するのみならず、UAEの環境・社会に対しても早くから配慮してきた。油田開発に関与してきた企業のうち、ADOCはマングローブ植林と2000年代以降の「ゼロフレアリング」プロジェクトに取り組み[2]、早くから温室効果ガス(GHG)排出削減への取り組みを進めてきた。またJODCOはマングローブ植林に加え、茶道や公文式教育などを通じて日本からUAE社会への文化・教育上の還元を強く意識している[3]。さらに三井物産とADNOCによるLNGプロジェクトは1960年代から、日本側の都市開発による大気汚染、UAE側の石油ガス開発施設からのフレアリングという双方の社会における環境上の課題を発端として実施されたものである。2021年にUAEやサウジアラビアがネットゼロ目標を掲げた20年以上前から、日本企業はUAEにおける環境問題への対応を意識し、具体的な対応を講じてきた。
これらの長期的なパートナーシップは各社の新たな取り組みによって強化されていく見通しである。三井物産は2024年7月にルワイスLNGプロジェクトの権益10%を取得すると発表し、また同じくルワイスにおけるブルーアンモニアプロジェクトを推進することで、これまでのLNG取引を通じた関係を強化し、新たに注目される脱炭素燃料での関係も構築しようと試みている[4]。またINPEXもアブダビでカーボンリサイクルケミカルや「e-methane」の製造プロジェクトに関する共同調査を進め[5]、UAEの化石資源をよりクリーンに活用する方法を模索している。ADOCやブンドク石油も各社の油田開発事業において、クリーンエネルギー導入やガス開発など、脱炭素化への対応を加速させていく構えである。
(2) Future(JBIC、伊藤忠商事、IHI、日本ガイシ)
フォーラムの後半では、ADNOCとの新たな関係構築に向けた取り組みにフォーカスした講演が行われた。JBICはファイナンス、伊藤忠商事はプロジェクト組成、IHIと日本ガイシは技術開発といったアプローチを通じて、ADNOCをはじめとするUAE企業とクリーンエネルギー分野での協業を図っていることを紹介した。
企業名 | 取り組み |
---|---|
JBIC | 2022年9月、「プロジェクト・ライトニング」に対して12.01億ドルを限度とする貸付契約を締結。 |
2024年6月、三井物産が実施するブルーアンモニア事業へ1,200万ドルを限度とする貸付契約を締結。 | |
2024年7月、ADNOCとの間で融資総額30億ドルを限度とするクレジットライン設定のための一般協定を締結。 | |
伊藤忠商事 | 2023年7月、JFEスチール、エミレーツ・スチール(現エムスチール)、アブダビポートとの間で低炭素還元鉄のサプライチェーン構築に向けた覚書を締結。 |
IHI | 2024年4月、JERA碧南火力発電所で世界初の大型商用石炭火力発電機における燃料アンモニア転換の大型実証試験を開始。 |
2024年7月、横浜港でIHIらが開発したアンモニア燃料タグボートへのアンモニアバンカリングを実施。 | |
日本ガイシ | 2023年3月、セラミック膜を用いた微細藻類の分離技術の開発に関するNEDOグリーンイノベーション基金事業に参画。 |
この他、セラミック膜のCO2分離・水素輸送などへの活用、NAS電池、固形酸化物形電解セル(SOEC)などの開発を推進。 |
(出所:各社HPからJOGMEC作成)
JBICと伊藤忠商事の取り組みは、UAE企業の新たな地域・分野への取り組みを踏まえた試みである。JBICはADNOCが沖合施設へのクリーン電力供給を実現するためにHVDCケーブルの敷設を行う「プロジェクト・ライトニング」、ADNOCと三井物産が進めるルワイスでのブルーアンモニアプロジェクトに対してそれぞれ融資を行うことに合意した。またプロジェクトに紐づかない取り組みとして、2024年7月に「地球環境保全業務(GREEN)」の下での30億ドルのクレジットライン設定に合意している[6]。この融資枠組みでは、ADNOCのGHG排出削減を含むプロジェクトについて、UAE国内のみならず中央アジアやアフリカなど第三国でのプロジェクトも対象として資金提供を可能にする。また伊藤忠商事はJFEスチール、UAEのエムスティール(Emsteel)らと提携し、UAEに低炭素還元鉄のサプライチェーンを構築するプロジェクトを進めている[7]。直接還元製鉄(DRI)では、石炭を原料とするコークスではなく天然ガスあるいは低炭素水素を利用する製鉄法であり、従来よりも二酸化炭素排出量を削減することが期待される。伊藤忠商事は2008年からブラジル鉄鋼大手CSNミネラソンの株式を間接的に保有してきたことから、鉄鉱石が豊富なブラジル、天然ガスと再生可能エネルギーが豊富なUAE、そして日本の製鉄事業者を結びつけるプロジェクトとして推進してきた[8]。両者の取り組みはいずれもUAEが資源収入を原資として「アリーナ」から「アクター」へと変容する動きを踏まえて第三国を巻き込みながら推進されており、日UAEの新たな協力の形を示唆するものとなっている。
IHIと日本ガイシの取り組みは、UAEのクリーンエネルギー開発を需要面・供給面からそれぞれサポートすることができる技術開発である。IHIは2030年までに大規模アンモニア専焼技術を実用化することを目指し、NEDOによる支援の下で開発を進めてきた。2024年4月にはJERAの碧南火力発電所において世界初となる大型石炭火力発電機によるアンモニア転換実証を行い、燃料アンモニアの20%混焼を達成している[9]。また同社はアンモニア燃料船の開発も進めており、2024年7月には横浜港で同社開発のアンモニア燃料船への「Truck to Ship」での燃料供給を世界で初めて行った。水素需要を喚起するIHIの技術に対して、日本ガイシは低炭素水素や再生可能エネルギー電力の供給、その他のGHG排出削減策に不可欠な技術を追求している。同社は世界で初めて実用化されたメガワット級の電力貯蔵システム「NAS電池」、グリーン水素生産に不可欠な電気分解装置(SOEC)、CO2の分離・回収、水素の輸送・貯蔵など多くの用途があるセラミック膜などの開発を進めている。2023年3月には、NEDOグリーンイノベーション基金事業として、セラミック膜による微細藻類の分離技術の開発を実施し、新たな用途も模索している[10]。両者の技術開発は、「国家水素戦略」において世界有数の水素生産国を目指し、かつ自国の水素需要喚起も重視するUAEにとって、極めて重要な位置を占めるものだと言えよう。
(3) AI and Digitalization(ADNOC、エヌビディア、プリファード・ネットワークス)
フォーラムの最後には、ADNOCとエヌビディア、プリファード・ネットワークスからそれぞれAI分野での取り組みについて講演が行われた。ADNOCは2024年11月に開催されたアブダビ国際石油会議(ADIPEC)において「ENERGYai」プロジェクトを立ち上げ、AI分野での取り組みを加速させてきた。各社は日本とUAEの潜在的な協力分野であるAIをエネルギー事業に活用している事例をそれぞれ紹介した。
エヌビディアとプリファード・ネットワークスは深層学習を専門とする機関・企業としての立場から、エネルギー分野へのAIの活用可能性について報告した。エヌビディアは探査プロセスへの深層学習の導入によって、数か月の処理作業を大幅に短縮できることを示した。具体的には、地震探査データの処理をグラフィクス処理装置(GPU)駆動型深層学習によって高速化できること、石油探査における微化石のラベリングと分析を深層学習によって自動化できることを紹介した[11]。またプリファード・ネットワークスは深層学習に最適化・高効率化したチップ、日本語での性能が高い生成AIモデル、プラント操業自動化への応用可能性といったAIバリューチェーン全体での取り組みを紹介した。日本での具体的な取り組みとして、同社はENEOSと川崎製油所のブタジエン抽出装置・常圧蒸留装置の常時自動運転化のためのAIシステムを共同開発している[12]。これらの講演は聴衆に対し、エネルギー・サプライチェーン全体でAI活用による高効率化、省エネ・省人化を実現できることを示した。
他方でADNOCは「エネルギー分野におけるAIの牽引役(powerhouse)」に向けて、特にここ数年で油ガス田開発におけるAI導入を実現させてきた。2023年には2027年までの生産能力拡張に向けて資産管理の自動化を加速するプロジェクト「AiP5」を開始し、データ管理の自動化などを通じて生産原油の低コスト化・低炭素化・安全性向上を目指している。2024年のADIPECでは「ENERGYai」プロジェクトを立ち上げたが[13]、ADNOCとAIQ(UAEのAI企業であるG42とADNOCの合弁会社)は、それに先立って複数の油ガス田でAI導入に関するパイロットプロジェクトを展開してきた。2024年8月には自律的な監視と事故検知を可能にする「Neuron5」を北西バブ(NEB)油田とタウィーラガス圧縮プラントへ導入し[14]、同年10月にはデータを単一のプラットフォームに集約することで貯留層を360度可視化する「AR360」のADNOCのすべての上流事業へ展開することを発表している[15]。労働力人口が少なく、豊富な国民福祉を提供することで体制を維持する「レンティア国家」であるUAEでは、自動化・効率化を通じて労働そのものを削減するAIの活用は日本に比べて重要性が高く、UAE最大企業のADNOCはその取り組みを先導しているのである。
3. 日本と中国の対UAEアプローチ
前節では、ADNOC-JOGMECフォーラムの講演紹介を通じて、日本企業とUAEとの50年以上の長期的なパートナーシップ、そのパートナーシップを維持拡大するための新分野での取り組みについて概観した。しかし、同フォーラムと同時期に開催された「世界未来エネルギーサミット」では中国企業が圧倒的な存在感を発揮しており、特に太陽光発電分野の出展企業138社のうち中国企業は61社とその半数弱を占めていた。中国は石油・天然ガス・再生可能エネルギーとあらゆる分野で中東地域との関係を加速度的に強化している。
現に、湾岸地域の隣国であるサウジアラビアでは、日本の担当者が同国経済官庁の各国担当者のうち「中国、インド、韓国に次ぐアジアの4番手」に凋落したとの見解が存在する[16]。とりわけエネルギー分野においては、近年、中国のエネルギー需要が経済成長とともに成長していく傍ら、エネルギー需要が減少する日本の国際エネルギー市場でのプレゼンスは縮小傾向にある。原油輸入量に関しては2009年に中国、2015年にはインドにも抜かれ、LNGでは長らく世界第1位の輸入量を維持してきたが、2010年代後半から中国が猛追し、2020年以降ほとんど差はなくなっている。いずれの場合も、中国やインドが右肩上がりであるのに対し、日本は10年以上にわたって減少傾向にあることが分かるだろう。

(出所:英エネルギー研究所)

(出所:英エネルギー研究所)
では、UAEがエネルギー分野において日本に求めるものとは何か。日本はどのようなアプローチを講じることで、UAEとのパートナーシップを維持拡大することができるのか。本節では、中国とUAEとのエネルギー分野における関係拡大を踏まえ、それと対比する形で日本がUAEに対して訴求力を持つであろう強みを考察する。
(1) UAEと中国の新たな「2つの相互依存」拡大
中国とUAEとの石油貿易は近年急速に拡大している。2019年までの中国におけるUAE産原油輸入シェアは2~3%に過ぎず、中東の他国と比較してもサウジアラビアの5分の1以下、オマーンやイラクの半分以下にとどまっていた。しかし2020年、UAEから中国への原油輸出量は前年の日量300万バレル程度から640万バレルまで急増し、シェアも2020年以降は6~9%まで拡大している。また逆にUAEにとっても、中国に対する輸出の重要性は高まっている。2019年時点では最大輸出先の日本への輸出シェアが30%、中国への輸出シェアはわずか8%であったが、2024年時点では日本向けが26%、中国向けが20%と、依然として日本が第1位の輸出先であるものの、その差は急速に縮まっている。

(出所:各種情報からJOGMEC作成)
この背景には、CNPCやCNOOCなどの中国国営企業がUAEでの油田権益を新たに獲得したことがある。2010年後半に上述した日本の石油開発会社が権益更改・獲得に成功する傍ら、UAEはBPやシェルなどのメジャーズに代わって成長市場である中国・インドの企業に対して権益を授与した。中国企業は2019年以降に実施された探鉱鉱区のライセンスラウンドには日本やインドと違って参加せず、生産権益へのみ参入していることから、あくまで上流開発による経済的利益ではなく、安定供給が可能な権益原油の確保に強い関心を抱いている可能性がある。成長市場である中国に対して、サウジアラビアは精製・石油化学施設への投資、イランやロシアはディスカウントされた安価な制裁原油によって関係を強化している一方で、UAEは上流生産権益の付与によって安定供給のメリットを提供しているのである。
さらにUAEはLNG分野でも中国との関係を強化し始めている。三井物産が権益10%を保有し、2028年に稼働予定のルワイスLNGプロジェクトでは、既に中国企業と供給合意(HOA)を締結している。中国ENNナチュラルガスのシンガポール子会社は2023年12月にADNOCと15年間・年間100万トンの供給に合意し、同プロジェクトで初めての長期供給合意となった。UAEの既存LNG施設からの輸出は、2019年にJERAとの長期契約が失効して以来、スポット契約や4年以下の短期契約が供給量の8割近くを占めている。その中で、権益を保有する三井物産やメジャーズに並んで大規模市場である中国(やインド)の企業が15年間の引取先となることは、ルワイスLNGの安定した操業・収益確保という意味で極めて重要である。
鉱区 | 取得年 | 参画企業 |
---|---|---|
アル・ヤサット鉱区 | 2014 | ADNOC(60%)、CNPC(40%) |
ADNOC陸上鉱区 | 2015 | ADNOC(60%)、TotalEnergies(10%)、BP(10%)INPEX(5%)、GS Energy(3%)、CNPC(8%)、Zhenhua Oil(4%) |
ウムシャイフ油田 ナスル油田 |
2018 | ADNOC(60%)、TotalEnergies(20%)、ENI(10%)、CNPC(6%)、CNOOC(4%) |
下部ザクム油田 | 2018 | ADNOC(60%)、INPEX(10%)、ENI(5%)、TotalEnergies(5%)、CNPC(6%)、CNOOC(4%)、インド企業3社(計16%) |
(出所:各社HP、UAE「ナショナル」紙などからJOGMEC作成)
石油・ガス分野での関係強化と並行して、再生可能エネルギー分野でも両国の関係はますます緊密になっている。中国企業はアブダビのヌール・アブダビ太陽光発電所(ジンコパワー20%)とダフラ太陽光発電所(ジンコパワー20%)、ドバイのムハンマド・ビン・マクトゥーム(MBR)ソーラーパーク(シルクロード基金24%)などで建設・保守・運用主体の一つとなり、ほかにもEPCコントラクターや金融機関など様々な形でUAEの拡大する再生可能エネルギー事業に関与している。UAEが2025年1月に発表した5.2GWの太陽光発電所と19GWhの蓄電システム(BESS)を組み合わせて24時間365日の稼働を可能とする再生可能エネルギー発電計画においても、中国電力建設がインド企業とともにEPCコントラクターとなり、ジンコソーラーが太陽光パネル、CATLがBESSを供給するなど、中国企業が多く関与する予定である[17]。他方でサウジアラムコのアミン・ナセルCEOが「(中国の原油)需要はEVや風力タービン、太陽光パネルの普及に伴いさらに拡大する」と発言したように[18]、UAEはサウジアラビアなどと同様に安価な原油供給によって中国の太陽光パネルや風力タービンなど、石油化学製品を活用する部品の製造能力を支えている。UAEは中国の部品製造能力を、中国はUAEのクリーンエネルギー開発を支えるという、新たな様式の相互依存関係が形成されつつある。
つまり中国は、日本が過去に推進してきた上流権益の確保とLNG長期契約の締結を通じて石油・天然ガス貿易を拡大するとともに、固有の強みである再生可能エネルギー分野の部品製造能力を生かして、再生可能エネルギー分野でも新たな相互依存関係を構築し始めているのである。
(2) UAEと日本の「伝統的パートナーシップ」の新たな活用に向けて
中国の台頭を受けて、日本はUAEに対してどのような強みを発揮できるのだろうか。エネルギー需要が依然として拡大傾向にあり、現時点で日本の2倍以上の原油を輸入する中国は、UAEにとって日本が徐々に失いつつある魅力的な市場規模を提供できる。また日本は太陽光パネル製造の世界シェア60%近くを誇る中国と同様の戦略でクリーンエネルギー分野での相互依存関係を構築することは難しいだろう。しかし、UAEは日本に対して依然、中国とは異なるメリットを求めうると期待できる。
第一に、日本が需要国として築いてきた長期的な信頼がある。フォーラムでは日本企業が50年にわたる関係性をアピールし、ADNOCからの登壇者も日本との長期的なパートナーシップを強調する発言がみられた。日本がUAE産原油を建国当初から安定して購入してきた結果は、新たな水素・アンモニア貿易に向けた試みに既に現れつつある。UAEは2021年から外国企業に対する低炭素アンモニアカーゴの輸送を行っているが、日本企業向けに6回の輸送を実施した以外には、ドイツ企業向けに1回輸送したのみである。2024年5月には、ADNOCが日本の三井物産向けに世界で初めての認証済み大規模アンモニア輸送を実施したと発表した[19]。これは前段でみたとおり、日本がドイツとともに水素需要国としての技術開発を早期から先導していることも理由の一つと思われるが、加えて日本が50年近くの原油・LNG貿易を通じて、UAEにとって信頼できるバイヤーとしての立ち位置を確立してきた証左であるとも言えよう。
第二に、日本が築いてきた中東地域での政治的中立性がある。UAEと中国とのパートナーシップは、しばしば米国との関係で摩擦を生じさせる。2021年にはウォールストリート・ジャーナルによって中国がUAEに軍事用施設を秘密裏に建設しており、米国がUAEに対して繰り返し懸念を伝えたと報じられている[20]。また近年ではUAEのAI企業であるG42と中国企業との関係に対して米国政府が先端技術やGPUなどの技術漏洩の可能性から、中国との関係を断ち切るよう圧力が加えられた[21]。現にG42は2024年11月、中国企業との取引関係を持たず、米国・イスラエル・ドイツなどの企業と提携を強化する方向に舵を切っている。中国との関係強化が米中対立の観点から問題になる一方で、日本はこれまで中東国際政治への介入も少なく、またアジア需要国の一角でありながら西側諸国のメンバーであるという二面性を有する。UAEにとって日本との関係強化は政治的摩擦を生じさせないため、例えば上述のAI分野や、中国とむしろ競争関係にある第三国での鉱物資源投資など、日本は中国と政治的・経済的に提携することが難しい分野での有力なパートナー候補になり得るのである。
4. おわりに
最後に挙げた二つの可能性、つまり需要国としての信頼蓄積と中国が提携できない分野でのパートナーシップを活用する取り組みは、既に今回のADNOC-JOGMECフォーラムにおいても示唆されている。フォーラム前半の登壇企業は長期的なパートナーシップを新たな分野へと広げていくことを志向しており、後半の登壇企業はそれぞれの立場からADNOCの求めるものを模索し、新たなビジネスチャンスを追求している。各社はUAEの新たな取り組みや日本に求める強みを把握し、日本とUAEとのパートナーシップの維持拡大に向けて動き出している。
しかし日本では、UAEは依然として「産油ガス国」のイメージが強く、ようやく国内でのクリーンエネルギー開発が活発であることが知られてきた程度である。日本のエネルギー需要が減少し、長期的な原油・LNG取引の基礎が揺らいできた現在、AI開発推進の機運、再生可能エネルギーや鉱物資源などにおける国際投資など、UAEの経済多角化や国際社会での地位向上に向けた急速な変化をこれまで以上に敏感に把握することが求められている。
[1] エネルギー・金属鉱物資源機構「【開催報告】アラブ首長国連邦にて、アブダビ国営石油会社とADNOC-JOGMEC Forumを開催」、2025年1月27日、https://www.jogmec.go.jp/news/release/news_08_00085.html(外部リンク)
[2] アブダビ石油株式会社「美しい空と海・自然を守る」、2025年2月5日閲覧、https://www.cts-co.net/adoc/product/06/(外部リンク)
[3] INPEX JODCO財団「財団概要」、2025年2月5日閲覧、https://www.inpex-jodco-foundation.com/index.php#about(外部リンク)
[4] 三井物産株式会社「アブダビにおけるLNG、クリーンアンモニアの取組み」、2025年2月5日閲覧、https://www.mitsui.com/jp/ja/ir/library/online2024/case_study/index.html(外部リンク)
[5] 株式会社INPEX「アラブ首長国連邦アブダビ首長国におけるカーボンリサイクルケミカル製造事業の共同調査に関する契約締結について」、2023年7月18日、https://www.inpex.co.jp/news/2023/20230718.html(外部リンク)、「アラブ首長国連邦アブダビ首長国におけるグリーン水素およびCO2を用いたe-methane製造事業の事業化検討に向けた共同調査契約の締結について」、2023年7月18日、https://www.inpex.co.jp/news/2023/2023-7_b.html(外部リンク)
[6] 株式会社国際協力銀行「地球環境保全業務の下でのアラブ首長国連邦アブダビ国営石油会社(ADNOC)に対するクレジットラインの設定」、2024年7月4日、https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2024/press_00040.html(外部リンク)
[7] 伊藤忠商事株式会社「アラブ首長国連邦における低炭素還元鉄のサプライチェーン構築に向けAbu Dhabi Ports Groupとの4者間MOUを締結」、2023年7月18日、https://www.itochu.co.jp/ja/news/press/2023/230718_2.html(外部リンク)
[8] 同上「鉄鋼業の脱炭素化に関する3者間協力覚書を締結」、2024年5月9日、https://www.itochu.co.jp/ja/news/press/2024/240509_2.html(外部リンク)
[9] 株式会社IHI「アンモニアの燃料利用」、2025年2月5日閲覧、https://www.ihi.co.jp/sustainable/environmental/climatechange/ammonia_energy/(外部リンク)
[10] 日本ガイシ株式会社「NEDOのグリーンイノベーション基金事業に参画 セラミック膜を用いた微細藻類の分離技術の開発を加速」、2023年3月27日、https://www.ngk.co.jp/news/20230327_1.html(外部リンク)
[11] NVIDIA「NVIDIA と GE 傘下の Baker Hughes、石油/ガス業界に AI を注ぎ込む」、2018年2月13日、https://blogs.nvidia.co.jp/blog/baker-hughes-ge-nvidia-ai/(外部リンク)
[12] ENEOSホールディングス「製油所のデジタル化」、2025年2月5日閲覧、https://www.hd.eneos.co.jp/innovation/group_innovation/refinery_digitalization/(外部リンク)
[13] ADNOC, “ENERGYai by ADNOC.” 2025年2月5日閲覧、https://www.adnoc.ae/en/energy-ai/(外部リンク)
[14] ADNOC, “ADNOC Deploys Pioneering AI-Enabled Process Optimization Technology,” August 27, 2024, https://www.adnoc.ae/en/news-and-media/press-releases/2024/adnoc-deploys-pioneering-ai-enabled-process-optimization-technology(外部リンク)
[15] ADNOC, “ADNOC and AIQ Accelerate Deployment of Industry-First AR360 AI Solution,” October 17, 2024, https://www.adnoc.ae/en/news-and-media/press-releases/2024/adnoc-and-aiq-accelerate-deployment-of-industry-first-ar360-ai-solution(外部リンク)
[16] 𦚰祐三「脱炭素で中東に再接近 「4番手」の日本は巻き返せるか」『日本経済新聞』、2023年8月1日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD291NI0Z20C23A7000000/(外部リンク)
[17] Masdar, “Masdar Announces Preferred Contractors and Suppliers for World's First 24/7 Solar PV and Battery Storage Gigascale Project,” January 17, 2025, https://masdar.ae/en/news/newsroom/masdar-announces-preferred-contractors-and-suppliers(外部リンク)
[18] Oliver Klaus, “Aramco Downstream Strategy Signals Petchem Confidence,” Energy Intelligence News, September 4, 2024, https://www.energyintel.com/00000191-b827-d88e-a7fd-b97f3f480000(外部リンク)
[19] ADNOC, “ADNOC Delivers First Ever Bulk Shipment of CCS-Enabled Certified Low-Carbon Ammonia to Japan,” May 14, 2024, https://www.adnoc.ae/en/news-and-media/press-releases/2023/adnoc-delivers-first-ever-bulk-shipment-of-ccs-enabled-certified-low-carbon-ammonia-to-japan(外部リンク)
[20] Gordon Lubold and Warren P. Strobel, “Secret Chinese Port Project in Persian Gulf Rattles U.S. Relations With U.A.E. ,” Wall Street Journal, November 19, 2021, https://www.wsj.com/articles/us-china-uae-military-11637274224(外部リンク)
[21] 堀拔功二「湾岸諸国におけるAI投資のポリティクス―UAEの動向分析を中心に―」『日本エネルギー経済研究所中東研究センター 中東動向分析』、2024年10月18日、9-10頁
以上
(この報告は2025年2月19日時点のものです)