ページ番号1010435 更新日 令和7年4月8日
原油市場他:米国のトランプ大統領の関税政策やOPECプラス産油国の減産緩和等により、2024年9月以来の低水準にまで下落する原油価格
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概要
- 米国では、製油所がメンテナンス作業を実施したり装置に不具合が発生したりしたことにより、原油精製処理活動が低迷したこともあり、原油在庫は増加傾向となり平年幅上限を上回る量となった。他方、石油製品製造活動が不活発化した反面、北東部の気候が総じて温暖に推移したことが留出油需要を抑制したこともあり、当該在庫は限られた範囲内で変動した他、平年幅上方付近に位置する量となった。また、気温上昇とともに個人の外出が促されたものと見られることもあり、ガソリン需要が喚起されたことにより、当該製品在庫は減少傾向となったものの、平年幅上限を上回る状態となっている。
- 2025年2月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、欧州及び日本ではメンテナンス作業実施に伴う製油所での原油精製処理量の減少と併せ、石油会社が在庫を調整したものと見られること等により、原油在庫は減少した。しかしながら、米国で原油在庫が増加したことにより相殺されて余りあったことから、OECD諸国全体の原油在庫は増加となり、平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、米国においては、暖房向けにプロパン需要が喚起されたことにより同製品在庫が減少したこと等により、また、日本においても、暖房向けの灯油需要が堅調となったことで当該製品等の在庫が減少したこと等もあり、それぞれの国の石油製品在庫は減少した。このため、欧州において気候が極端に寒冷になったわけではなかったこともあり、軽油を含む中間留分を中心として石油製品在庫が若干ながら増加したものの、OECD諸国全体として石油製品在庫は減少した結果、平年幅上方付近に位置する量となっている。
- 2025年2月中旬から3月中旬にかけての原油市場においては、3月3日に米国のトランプ大統領が中国製品輸入に際し追加関税を賦課する大統領令に署名したことに対し、3月4日に中国が米国産品輸入に関税を賦課する等の報復措置を実施する旨発表したこと、4月より自主的な減産措置の緩和を実施する旨3月3日にOPECプラス産油国が発表したこと、3月12日に米国が鉄鋼及びアルミニウムの輸入に対し関税を賦課したことへの報復として、4月1日より米国産蒸留酒類輸入に50%の関税を賦課する方針である旨同日欧州連合(EU)が表明したことに対し、欧州産酒類輸入に200%の関税を賦課する方針である旨3月13日に米国のトランプ大統領が明らかにしたこと等により、原油相場に下方圧力が加わった結果、原油価格は下落傾向となり、3月10日には同66.03ドルの終値と2024年9月10日以来の低水準の終値に到達する場面も見られた。
- この先夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来が市場関係者の視野に入り始めるとともに、季節的な石油需給の引き締まり感が市場で醸成されることを通じ、ガソリン及び原油相場に対し上方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。しかしながら、4月よりOPECプラス産油国による増産が実施される中、米国の関税賦課を含む経済政策等を巡り不透明感が強いことに加え当面政策金利引き下げの展望が開けにくいことから、同国等の経済減速に伴う石油需要の伸びの鈍化懸念が発生することにより、原油相場の上昇が抑制されやすいものと考えられる。そのような中、ウクライナとロシアとの戦闘停止に向けた動向、中国における景気刺激策と経済指標類の内容、及び中東情勢等が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
(出所 IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2024年12月の米国ガソリン需要(確定値)は推定日量879万バレル、前年同月比0.0%程度の減少と、11月の当該需要(確定値)である日量881万バレルから需要量が若干ながら減少した反面、同月の前年同月比1.1%程度の減少からは減少率が縮小した(図1参照)。また、当該需要は速報値(前年同月比1.3%程度減少の日量868万バレル)からはそれなりに上方修正されている。12月は11月に比べ気温が低下したこともあり、自動車を利用した個人の外出が敬遠された(12月の同国自動車運転距離数は1日当たり85億マイルと11月の同87億マイルから減少した)ことが、12月の同国ガソリン需要が前月比で減少した背景にあるものと考えられる。ただ、2024年11月6~7日及び12月17~18日に実施された米国連邦公開市場委員会(FOMC)において、それぞれ0.25%の政策金利引き下げが実施されたこともあり、12月の同国総合購買担当者指数(PMI)(50が同国景気拡大と縮小の分岐点)が55.4と2022年4月(この時は56.0)以来の高水準に到達するなど、景況感が相当程度改善したうえ、12月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり3.139ドルと前年同月(同3.257ドル)を下回ったことにより、年末の休暇シーズンを中心として12月における自動車を利用した個人の外出が活発化したものと見られる(2024年の米国年末の休暇シーズン(12月21日~12月1日)において自動車を利用して50マイル以上の旅行をする個人は1.07億人と2023年(1.045億人)を上回り2019年(1.08億人)に接近するものと予想される旨2024年12月11日に米国自動車協会(AAA: American Automobile Association)が発表していたが、実際12月の同国自動車運転距離数は前年同月(同83億マイル)を上回っていた)ことが、12月の同国ガソリン需要を下支えしたものと考えられる。なお、2024年12月の米国ガソリン需要は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年12月の当該需要(日量897万バレル)(確定値)を2.0%程度下回っている。他方、2025年2月の米国ガソリン需要(速報値)は推定日量854万バレル、前年同月比0.8%の減少と、2025年1月の当該需要(速報値)である日量828万バレルから需要量は増加したものの、同月の前年同月比0.6%程度の増加から減少に転じた。2025年2月の気温は前月比では温暖であった反面、前年同月比では寒冷であったことから、2025年2月の個人の外出は前月比では促された反面、前年同月比では抑制された格好となったことが、同月の同国ガソリン需要の増減に反映されていつものと考えられる。なお、2025年2月の米国ガソリン需要は2020年2月の当該需要(日量905万バレル)(確定値)を5.7%程度下回っている。また、米国では製油所の段階では冬場の暖房シーズンに伴う暖房用石油製品(留出油(軽油及び暖房油)等)需要期の終了が視野に入り始めるとともに、一部製油所では春場のメンテナンス作業実施のため操業を停止させたり、装置に不具合が発生した結果稼働が低下したりしたこと等もあり、原油精製処理量が低水準にとどまる(図2参照)とともに、併せてガソリン製造活動も不活発化したものと見られる(ガソリン最終製品生産量は図3参照)。さらに、2月下旬以降は気温が上昇し始めたことにより自動車を利用した個人の外出が促されたものと見られ、ガソリンの出荷が上振れする場面が見られた。このようなこともあり、2月上旬から3月上旬にかけ米国ガソリン在庫は減少傾向を示したものの、平年幅上限を超過する量となっている(図4参照)。
2024年12月の米国における軽油及び暖房油を含む留出油需要(確定値)は日量373万バレル、前年同月比2.3%程度の増加となり(図5参照)、11月の同368万バレル(前年同月比6.9%の減少)から需要量が若干ながら増加したうえ、前年同月比でも増加に転じた。ただ、当該需要は速報値(前年同月比3.6%程度増加の日量378万バレ)から若干ながら下方修正されている。2024年12月は米国の暖房向け留出油需要の中心地である北東部の気候が前月比及び前年同月比で寒冷であったことにより、暖房向け需要が喚起されたことから、2024年12月の留出油需要は前月比及び前年同月比ともに増加となった。なお、2024年12月の米国留出油需要は2019年12月の当該需要(日量393万バレル)(確定値)を5.1%程度下回っている。他方、2025年2月の米国留出油需要(速報値)は推定日量403万バレル、前年同月比で2.9%程度の増加となり、1月の同417万バレル(速報値)から需要量が減少した他、同月の前年同月比7.9%程度の増加から増加率も縮小した。2月の米国北東部の気候は前月比で温暖であったことが、同月の暖房向け留出油需要を抑制した結果、当該需要が前月比で減少した。また、2024年1月は中旬を中心として米国の広い地域に厳しい寒波が来襲したことにより、鉱工業生産活動等に支障が発生した(2024年1月の鉱工業生産は前年同月比で1.2%程度の減少と、2023年12月の同0.8%の増加から減少に転じた他、2024年1月の同国物流活動は前年同月比2.2%の減少と2023年12月の同2.1%の増加から減少に転じた)ことにより、同月の留出油需要が低迷した反面、2024年2月は鉱工業部門等に対する寒波の影響が低減するとともに、留出油需要が回復した。この反動により2025年1月の留出油需要の前年同月比の増加率は拡大した反面、2月の当該需要の前年同月比の増加率は相対的に縮小する格好となっている。なお、2025年2月の米国留出油需要は2020年2月の当該需要(日量408万バレル)(確定値)を1.1%程度下回っている。そして、米国の留出油需要が前月比で減少した一方、製油所の稼働が低水準となったことに伴い留出油製造活動が不活発化した(図6参照)ことから、2月上旬から3月上旬にかけての米国の留出油在庫は比較的限られた範囲内で増加もしくは減少傾向を示すことなく推移した他、平年幅上方付近に位置する量となっている(図7参照)。
2024年12月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比0.2%程度増加の日量2,043万バレルとなり(図8参照)、11月の同2,024万バレルから需要量は増加したうえ、同月の前年同月比2.4%程度の減少から増加に転じた。留出油需要に加え気温が低下したことに伴い暖房向けのプロパン需要が前月比で増加したことが、同国石油需要の前月比での増加の背景にある一方、留出油需要が前年同月比で増加したことが、同国石油需要の前年同月比での増加に影響する格好となっている。また、ガソリンやプロパン/プロピレン等一部の石油製品需要が速報値から上方修正されたことが一因となり、同国石油需要(確定値)は速報値(前年同月比0.7%程度減少の日量2,026万バレル)から上方修正されている。なお、2024年12月の米国石油需要は2019年12月の当該需要(日量2,044万バレル)(確定値)を0.0%程度下回っている。他方、2025年2月の米国石油需要(速報値)は推定日量2,017万バレル、前年同月比で1.1%の増加となっており、1月の同国石油需要(速報値)である日量2,052万バレル(前年同月比4.8%程度の増加)から需要量が減少した他前年同月比では増加率が縮小した。2月の米国の気候が1月に比べ温暖であったことから、留出油に加えプロパン/プロピレン需要が前月比で減少したことが、2月の同国石油需要の前月比での減少に反映されている一方、2月のガソリン等の需要が前年同月比で減少したり、同月の留出油需要の前年同月比での増加率が1月に比べ縮小したりしていることが、2月の米国石油需要の前年同月比での増加率が1月のそれから縮小している背景にある。なお、2025年2月の米国石油需要は2020年2月の当該需要(日量2,013万バレル)(確定値)を0.2%程度上回っている。また、米国における原油生産が安定して推移する一方、1月以降米国の製油所における原油精製処理量が低水準となったことが一因となり、2月上旬から3月上旬にかけての米国原油在庫は増加傾向となった他、平年幅上限を超過する状態は継続している(図9参照)。そして、原油及びガソリンの両在庫が平年幅上限を超過していることから、留出油在庫は平年幅上方付近に位置する量となったものの、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。
2025年2月末のOECD諸国推定石油在庫の対前月末比での増減は、原油については、欧州ではメンテナンス作業実施時期が佳境を迎えつつあったことに伴う製油所での原油精製処理量の減少と併せ、石油会社が原油在庫を調整したものと見られることにより、在庫が減少した他、日本においても、製油所のメンテナンス作業実施に伴う原油精製処理活動不活発化に備え原油在庫を調整したうえ、1月に装置の不具合等が発生した結果操業を停止した一部製油所の稼働が再開したことに伴い、原油精製処理が進み始めたこと等もあり、原油在庫は減少した。しかしながら、米国で原油在庫が増加したことにより相殺されて余りあったことから、OECD諸国全体の原油在庫は増加となり、平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、米国においては、製油所の稼働が低水準となったことに伴いガソリン製造活動が不活発化したことにより当該製品在庫が減少した他、暖房向けの石油製品であるプロパン需要が喚起されたことにより同製品在庫が減少したうえ、その他の石油製品の在庫が減少した(冬用ガソリンに混入するブタンの需要が堅調であったことに伴うものと見られる)ことにより、石油製品全体としても在庫は減少した。また、日本においても、一部地域における気温低下に伴い暖房向けの灯油需要が堅調となったことで当該製品等の在庫が減少した他、製油所の稼働が低下したことに伴い石油製品製造活動が不活発化したことから、ガソリン等他の石油製品在庫も減少したこともあり、石油製品全体としても在庫は減少した。このため、欧州において気候が極端に寒冷になったわけではなかったこともあり、軽油を含む中間留分を中心として石油製品在庫が若干ながら増加したものの、OECD諸国全体として石油製品在庫は減少した結果、平年幅上方付近に位置する量となっている(図13参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を超過する量となる一方、石油製品在庫が平年幅上方付近に位置する量となったことから、原油と石油製品を合計した在庫は前月末から減少したが、平年幅上限付近に位置する量となっている(図14参照)。なお、2025年2月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は60.6日と1月末の推定在庫日数(61.1日)から減少している。
2月12日に1,600万バレル台前半程度の水準であった、シンガポールにおける、ガソリンを含む軽質留分在庫は、2月19日及び26日には1,600万バレル台半ば程度の量へと増加したが、3月5日には1,500万バレル前半程度の量へと減少した。3月12日は1,500万バレル台半ば程度の水準へと回復したものの、2月12日の量を下回る状態となっている。春節(旧正月)(2025年は1月29日)に伴う休暇期間(1月28日~2月4日)到来を控えていたことや、経済が軟調であったことにより石油製品製造利幅が確保しにくくなったこともあり、中国における製油所の稼働が低下したことに伴い同国からシンガポールへのガソリン等の供給がもたつき気味となったことや、ロシアからシンガポール方面へのナフサの流入が低下したこと(同国の製油所等の石油製品製造インフラが、ウクライナが発射したものと見られる無人機等により攻撃された結果、しばしば操業に支障が発生したことが背景にあるものと見られる)、アジアの一部諸国及び地域において春場の製油所メンテナンス作業が実施されたことにより石油製品製造活動が不活発化しつつあったことに伴い、それら諸国からの石油製品輸出が鈍化するとともに、石油製品輸入が行われた可能性があるものと推測されることが、シンガポールにおける軽質留分在庫減少をもたらしたものと考えられる。ただ、中国等では春節が終了した他、北東アジアを中心として気候が寒冷となる場面が見られたことにより、自動車を利用した個人の往来が低調であったものと見られることが、アジア市場におけるガソリン価格を抑制する格好となったこともあり、2月中旬から3月中旬にかけてのガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油価格を上回っている)は縮小する傾向を示した。
また、アジアの一部諸国及び地域において春節が終了したことによりガソリン需要の盛り上がりが沈静化した他、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期には時期尚早であったこと、中国を初めとして経済が減速気味となっていることによりプラスチック等石油化学製品需要が低迷したこともあり、ナフサ分解装置の稼働がもたつき気味となったり、この先アジア諸国及び地域における一部のナフサ分解装置がメンテナンス作業を実施したりすることにより、ナフサの需要が抑制させるとの見方が市場で増大したことが、アジア市場のナフサ価格に下方圧力を加える方向で作用した反面、アジアの一部諸国や地域においてメンテナンス作業等が実施されたり、装置の不具合が発生したりしたことに加え、中国では石油製品製造を巡る利幅の確保が困難になりつつあることに伴い、一部製油所の稼働が低下したことによりナフサの製造活動が影響を受けた他、ロシアからアジア方面へのナフサ供給が減少したことに伴い、アジア市場においてナフサ需給の引き締まり感が意識されたことが、同市場におけるナフサ価格に上方圧力を加える方向で作用したこともあり、2月中旬から3月中旬にかけてのナフサとドバイ原油との価格差(この場合ナフサ価格がドバイ原油価格を下回っている)は比較的限られた範囲で変動しつつ拡大及び縮小と言った傾向は明確には示されなかった。
2月12日には1,000万バレル台半ば程度の水準であったシンガポールにおける軽油、暖房油及びジェット燃料といった中間留分在庫は、2月19日には、1,000万バレル弱程度、26日には900万バレル台後半程度の、それぞれ量へと減少した。3月5日には1,100万バレル台前半程度の水準へと回復したものの、3月12日には1,100万バレル弱程度の量へと再び減少した。中国で石油製品製造利幅の確保が困難になりつつあることから一部製油所の稼働が低下しているとされることにより、同国からシンガポール方面への中間留分の輸出が抑制されていることが、シンガポールにおける中間留分在庫を減少させる方向で作用した反面、一部アジア諸国及び地域における経済が低調であることにより、国内で余剰となった軽油がシンガポールに流入しているものと見られることが、同国での中間留分在庫を増加させる格好となっていることから、当該在庫は限定された範囲内で増加及び減少の傾向を明確に示すことなく推移した。ただ、欧米諸国において冬場の暖房シーズンに伴う留出油を含む暖房用石油製品需要期の終了が視野に入りつつあることが、同地域における軽油価格に下方圧力を加えるとともに、その影響をアジア市場も受けたことにより、2月中旬から3月中旬にかけてのアジア市場における軽油とドバイ原油の価格差(この場合軽油価格がドバイ原油価格を上回っている)は縮小する傾向を示した。
2月12日には2,000万バレル強程度の水準であったシンガポールの重油在庫は、2月19日には1,900万バレル弱程度、26日に1,700万バレル台半ば程度、3月5日には1,500万バレル台半ば程度の、それぞれ量へと減少した。3月12日には1,800万バレル弱の水準へと回復したものの、2月12日の量を下回る状態となっている。アジア等の一部諸国及び地域において、春場の製油所メンテナンス作業が実施されつつあることにより、重油製造活動が不活発化しているものと見られることに加え、1月10日に米国のバイデン政権(当時)が対ロシア制裁を発動した(ロシア大手石油会社ガスプロムネフチ及びスルグトネフチガス、そしてその関係会社、インゴスストラフ(Ingosstrakh)を含む同国保険会社、及び石油タンカー183隻等に対し制裁を発動する旨1月10日に米国財務省及び国務省が発表した)こともあり、ロシアで製造された高硫黄重油がシンガポールを含むアジア市場に供給されにくくなったことが、シンガポールにおいて高硫黄重油を中心として在庫を減少させる方向で作用したものと考えられる。この結果、アジア市場における高硫黄重油価格に上方圧力が加わる格好となったこともあり、2月中旬から3月中旬にかけての同市場における高硫黄重油とドバイ原油との価格差(従来高硫黄重油価格がドバイ原油価格を下回っていた)は、なおしばしば高硫黄重油価格がドバイ原油価格を下回る場面も見られたものの、概ね高硫黄重油価格がドバイ原油価格を上回る状態となった。ただ、船舶向け重油需要が減速気味に推移しているものと見られる(2月1日を目処として中国からの輸入製品に対し10%の関税賦課を実施することを検討している旨1月21日に米国のトランプ大統領が明らかにしたと同日夜(米国東部時間)に報じられた他、2月4日午前0時1分(同)を以て中国から輸入される製品に対し10%の関税を賦課する措置を実際に米国が発動したうえ、さらに中国に対し10%の追加関税を賦課することを内容とする大統領令に米国のトランプ大統領が署名した旨3月3日の報じられたこともあり、そのような米国による中国製品等に対する輸入関税賦課の動きに併せ、中国から米国方面への製品輸出等のために必要な船舶の動きが鈍化するとともに船舶向け重油需要が抑制されたものと考えられる)ことに加え、冬場の気温低下により空調のための電力供給向けの発電部門における重油需要が減少した中東諸国等からシンガポールに向けた低硫黄重油の供給が堅調となったことが、アジア市場における低硫黄重油価格に下方圧力を加えたことから、2月中旬から3月中旬にかけての同市場における低硫黄重油とドバイ原油との価格差(この場合低硫黄重油価格がドバイ原油価格を上回っている)は縮小する傾向を示した。
2. 2025年2月中旬から3月中旬にかけての原油市場等の状況
2025年2月中旬から3月中旬にかけての原油市場においては、2月27日に米国のトランプ大統領が中国製品輸入に際し追加関税を賦課する方針である旨表明した他、3月3日には実際に当該関税を賦課する大統領令に署名したことに対し、3月4日に中国が米国産品輸入に関税を賦課する等の報復措置を実施する旨発表したこと、米国は大規模な改革政策を実施しつつあり、その際の多少の混乱は構わない旨3月9日にトランプ大統領が示唆したこと、4月より自主的な減産措置の緩和を実施する旨3月3日にOPECプラス産油国が発表したこと、3月12日に米国が鉄鋼及びアルミニウムの輸入に対し関税を賦課したことへの報復として、4月1日より米国産蒸留酒類輸入に50%の関税を賦課する方針である旨同日欧州連合(EU)が表明したことに対し、欧州産酒類輸入に200%の関税を賦課する方針である旨3月13日に米国のトランプ大統領が明らかにしたこと等により、原油相場に下方圧力が加わった結果、原油価格は下落傾向となり、3月10日には同66.03ドルの終値と2024年9月10日以来の低水準の終値に到達する場面も見られた(図15参照)。
2月17日は、米国ワシントン初代大統領誕生日(大統領の日(Presidents’ Day))に伴う休日のため、終値は計上されなかったが、ロシアのクラスノダール地方のクロポトキンスカヤ(Kropotkinskaya)原油圧送基地が無人機で攻撃された(ウクライナが攻撃したとロシアは主張した)結果、カザフスタンから原油を輸送するCPC(カスピ海パイプライン・コンソーシアム(Caspian Pipeline Consortium))パイプライン(テンギス(カザフスタン)~ノボロシイスク(ロシア))の原油輸送量(2024年は日量126万バレル程度であったが、2025年2~3月は日量160万バレル程度を出荷する予定であったとされる)が減少した旨2月17日に伝えられたうえ、当該攻撃により、最長で2ヶ月間に渡り同パイプラインの原油輸送量が30%程度減少する恐れがある旨操業者であるロシア国営パイプライン会社トランスネフチ(Transneft)が2月18日に明らかにしたことに加え、ロシアの黒海沿岸のノボロシイスク地域にある港湾が荒天により原油等の出荷作業を一部停止した旨2月18日に伝えられたことにより、同国からの原油輸出上の支障を巡る懸念が市場で増大したことから、2月18日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.11ドル上昇し、終値は71.85ドルとなった。また、ロシアのCPCパイプラインが攻撃を受けたことに伴い原油輸送量が減少したことにより、世界石油需給引き締まり懸念が市場で増大した流れを2月19日の市場が引き継いだことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり72.25ドルと前日終値比で0.40ドル上昇した。さらに、2月20日は、NYMEX米国原油先物3月渡し契約の取引終了を前にした持ち高調整が発生したことに加え、2月20日に米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(2月15日の週分)が、21.9万件と前週比0.5万件増加した他市場の事前予想(21.5万件)を上回ったこともあり、米ドルが下落したしたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.32ドル上昇し、終値は72.57ドルとなった(なお、この日を以てNYMEXの米国原油先物3月渡し契約は取引を終了したが、4月渡し契約のこの日の終値は1バレル当たり72.48ドル(前日終値比同0.38ドルの上昇)であった)。また、この結果原油価格は2月18~20日の3日間合計で1バレル当たり1.83ドル上昇した。しかしながら、ロシアの原油圧送基地が無人機で攻撃されたものの、カザフスタンにあるテンギス油田からの原油出荷は影響を受けていない旨同油田の操業者であるテンギスシェブロイル(Tengizchevroil)が明らかにしたと2月21日にロシアのインターファクス通信が報じたことにより、カザフスタンからの原油供給上の支障発生に伴う世界石油需給引き締まり懸念が市場で後退したことに加え、2月21日に米国石油サービス会社ベーカー・ヒューズ(Baker Hughes)から発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で488基と前週比7基増加、4週連続前週比での増加となり、2024年9月20日(この時は488基)以来の高水準に到達(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は477基と前週比7基増加、4週連続前週比で増加、2024年5月31日(この時は480基)以来の高水準に到達)していた旨判明したことにより、この先の米国原油生産の伸びの加速期待が市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり2.17ドル下落し、終値は70.40ドルと、2024年12月26日(この日の終値は69.62ドル)以来の低水準に到達した。
ただ、2月21日の原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが2月24日の市場で発生したことに加え、イランからの石油供給に関与しているとされる、イラン国営石油(NIOC: National Iranian Oil Company)経営責任者、イランの石油輸出ターミナル運営業者、中国及びインドのタンカー事業者、アラブ首長国連邦(UAE)及び香港の石油取引業者等30超の事業者及び個人に対し制裁を発動する旨2月24日に米国財務省が発表したことにより、イランからの石油供給減少懸念が市場で発生したこと、過去にOPECプラス産油国間で合意した原油生産目標を超過して生産した原油に対し今後生産目標を超過して削減することを内容とする調整案を(OPEC事務局に対し)提出する意向である旨2月24日にイラク石油省が表明したことにより、この先の同国の原油生産抑制に伴う世界石油需給引き締まり観測が市場で発生したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.30ドル上昇し、終値は70.70ドルとなった。それでも、米国のトランプ政権が、中国製半導体に対する規制の強化を検討している旨2月25日にブルームバーグ通信が報じたうえ、2月25日に米国非営利研究機関コンファレンスボードから発表された2025年2月の同国消費者信頼感指数(1985年=100)が98.3と1月の105.3(改定値)から低下、2024年6月(この時は97.8)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(102.5)を下回ったことにより、同国経済減速に伴う石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり68.93ドルと前日終値比で1.77ドル下落した。また、2月26日にEIAから発表された米国石油統計(2月21日の週分)において留出油在庫が391万バレルの増加と、市場の事前予想(同150~276万バレル程度の減少)に反し相当程度増加している旨判明していたこともあり、当該製品需給緩和観測が市場で増大した結果、同国軽油先物価格が下落したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.31ドル下落し、終値は68.62ドルとなった。この結果原油価格は2月25~26日の2日間合計で1バレル当たり2.08ドル下落した他、2月26日の原油価格の終値は2024年12月10日(この日の終値は68.59ドル)以来の低水準に到達した。しかしながら、ベネズエラのマドゥロ政権が米国からの移民送還や選挙改革を進めていないとして大手国際石油会社シェブロンの同国における石油事業実施許可につき3月1日を以て終了する意向である旨2月26日に米国のトランプ大統領が表明した流れを2月27日の市場が引き継いだことに加え、3月4日を以て米国はカナダ及びメキシコに対し関税を賦課する方針である旨2月27日にトランプ大統領が明らかにしたことにより、米国が両国から輸入する原油の価格が上昇する結果、米国の両国からの原油輸入が減少するとともに米国産原油に対する需要が高まる可能性があるとの見方が市場で増大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.73ドル上昇し、終値は70.35ドルとなった。それでも、2月27日の原油価格上昇に対する利益確定の動きが2月28日の市場で発生したことに加え、2月4日に発動した、中国からの輸入品に対する10%の関税に追加して、3月4日にさらに10%の関税を賦課する方針である旨2月27日に米国のトランプ大統領が明らかにしたことに対し、報復措置を講じる方針である旨2月28日に中国商務省が表明したことにより、両国等の貿易戦争激化に伴う経済減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したこと、2月28日に実施された米国とウクライナとの間での首脳会談が不調に終わった(このため両国間での鉱物資源開発等に関する協定は署名に至らなかった)ことにより、ウクライナと隣接する欧州の政治経済情勢に対する懸念が市場で増大したこともあり、ユーロが下落した反面米ドルが上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり69.76ドルと前日終値比で0.59ドル下落した。
また、OPECプラス産油国が2025年4月より1月当たり日量13.8万バレル減産措置を緩和する旨3月3日に決定したことにより、この先の世界石油需給緩和感を市場が意識したことに加え、3月3日に米国供給管理協会(ISM)から発表された2月の同国製造業景況感指数(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)は50.3と1月の50.7から低下した他市場の事前予想(50.6~50.7)を下回ったことにより、米国経済減速に伴う同国石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことから、3月3日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.39ドル下落し、終値は68.37ドルとなった。また、米国のトランプ大統領が中国に対する10%の追加関税賦課(2月4日に賦課した10%と併せて20%)に関する大統領令に署名した旨3月3日午後遅く(米国東部時間)に報じられた他、3月4日午前0時1分には実際に同関税賦課が発効した反面、3月4日に中国政府が210億ドル相当の米国産農産物及び食品等に対し10~15%の関税を賦課する他米国企業25社を輸出及び投資規制の対象とする旨発表したことにより、両国間等での貿易戦争発生に伴う世界経済減速による石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり68.26ドルと前日終値比で0.11ドル下落した。さらに、3月5日にEIAから発表された米国石油統計(2月28日の週分)において原油在庫が364万バレルの増加と市場の事前予想(同30~80万バレル程度の減少)に反し増加している旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.95ドル下落し、終値は66.31ドルとなった。この結果原油価格は2月28日~3月5日の4取引日間合計で1バレル当たり4.04ドル下落した他、3月5日の原油価格の終値は2024年9月10日(この日の終値は65.75ドル)以来の低水準に到達した。3月6日には、これまでの原油価格の下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが発生したことが、原油相場に上方圧力を加えた反面、米国の関税賦課を含む貿易政策を巡る不透明感から同国株式相場が下落したことが、原油相場に下方圧力を加えたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.05ドルの上昇にとどまり、終値は66.36ドルとなった。また、3月7日には、減少した米国戦略石油備蓄(SPR: Strategic Petroleum Reserves)を最大限に積み上げるため今後最大200億ドルの資金を確保するべく同国エネルギー省のライト長官が計画している旨この日同国エネルギー省が明らかにしたことにより、米国等の石油需給の引き締まり感を市場が意識したことに加え、ロシアが条件付きでウクライナとの停戦を受け入れる用意がある旨3月7日にブルームバーグ通信が報じたことにより、ユーロが上昇した他、3月7日に米国労働省から発表された2月の同国非農業部門雇用者数が前月比で15.1万人の増加と市場の事前予想(同16.0万人の増加)を下回ったうえ、2月の失業率が4.1%と1月の4.0%から上昇した他市場の事前予想(4.0%)を上回ったことにより、同国の軟調な労働市場が意識されたこともあり、米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり67.04ドルと前日終値比で0.68ドル上昇した。
ただ、米国の長期的な経済発展に向け政策を実施する意向であり、短期的な市場の動向は気にしない旨3月6日に同国のトランプ大統領が明らかにした他、米国は大規模改革政策を実施しつつあり、その際の多少の混乱は構わない旨3月9日に改めてトランプ大統領が示唆したことにより、3月10日の米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.01ドル下落し、終値は66.03ドルとなった。それでも、3月11日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが発生したことに加え、米国のトランプ大統領はイランの原油生産に対し制裁を加える用意がある旨3月10日に米国エネルギー省のライト長官が明らかにした旨同日夕方(米国東部時間)に報じられことから、3月11日の原油価格の終値は1バレル当たり66.25ドルと前日終値比で0.22ドル上昇した。また、3月12日にEIAから発表された米国石油統計(3月7日の週分)において原油在庫が前週比145万バレルの増加と、3月11日午後4時30分(米国東部時間)に米国石油協会(API)から発表された同国石油統計における原油在庫の増加(同420万バレル)程増加していなかった他、市場の事前予想(同200万バレル程度の増加)を下回って増加していたうえ、米国原油先物契約受渡地点である同国オクラホマ州クッシングの原油在庫が同123万バレル減少するとともに、同国ガソリン在庫が同574万バレル、留出油在庫が同156万バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(ガソリン在庫同161~190万バレル程度、留出油在庫同0~80万バレル程度の、それぞれ減少)を上回って減少していた旨判明したことに加え、3月12日に米国労働省から発表された2月の同国消費者物価指数(CPI)が前年同月比2.8%、食料品及びエネルギーを除くコアCPIが同3.1%の、それぞれ上昇と、CPIは2024年11月(この時は同2.7%の上昇)、コアCPIは2021年4月(この時は同3.0%の上昇)以来の低い伸びとなった他、市場の事前予想(CPI同2.9%、コアCPIは同3.2%の、それぞれ上昇)を下回って上昇していた旨判明したことにより、物価上昇沈静化に伴う金融当局の政策金利引き下げによる同国経済成長加速期待が市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.43ドル上昇し、終値は67.68ドルとなった。この結果原油価格は3月11~12日の2日間合計で1バレル当たり1.65ドル上昇した。しかしながら、2025年は世界石油供給が需要を日量60万バレル(4月以降OPECプラス産油国が減産を緩和し続けるのであればさらに日量40万バレル)上回る旨の認識を3月13日にIEAがオイル・マーケット・レポートにおいて示したことにより、この先の石油需給緩和感を市場が意識したことに加え、3月12日午前0時1分に米国が鉄鋼及びアルミニウムの輸入に対し例外なく25%の関税を賦課したことへの報復として、4月1日より米国産蒸留酒類輸入に50%の関税を賦課する方針である旨3月12日に欧州連合(EU)が表明したことに対し、欧州産酒類輸入に200%の関税を賦課する方針である旨3月13日に米国のトランプ大統領が明らかにしたことにより、貿易戦争誘発に伴う世界経済減速懸念が増大したこともあり、米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.13ドル下落し、終値は66.55ドルとなった。それでも、3月14日は、これまでの下落に対し値頃感から株式を買い戻す動きが発生したこともあり米国株式相場が上昇した他、投資家のリスク許容度が改善したこともあり米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり67.18ドルと前日終値比で0.63ドル上昇している。
3. 原油市場における主な注目点等
1月19日午前11時15分(現地時間)に発効した、パレスチナ自治区ガザ地区を巡るイスラエルとイスラム武装勢力ハマスとの間の6週間に渡る第1段階の停戦は、3月1日に期限を迎えた。第1段階の停戦期間16日目(2月4日ということになる)までに第2段階の停戦(ハマスの拘束する男性等の人質の解放を進めるとともに、イスラエルがガザ地区からさらに撤退することが予想される主な内容になるとされた)に関する協議を両者間で開始する予定であったが、実際には3月16日時点においても、第2段階の停戦に関する協議は開始されていない。イスラエルは第1段階の停戦の延長(42日間の停戦期間延長を提案している旨2月28日に伝えられる)を希望している反面、ハマスはガザ地区の恒久的停戦を視野に入れた第2段階の協議の開始を希望しており、議論はほぼ平行線を辿っている。そのような中、エジプト主導によるガザ地区復興案が3月4日にアラブ連盟による承認され(ガザ地区に在住していたパレスチナ人を域外に移住させたうえで米国が同地区を管理し再建する旨2月4日夜(米国東部時間)に米国のトランプ大統領が行った提案の対案とされる)、同日ハマスは同案を歓迎した(英国、フランス、ドイツ及びイタリアも同案を支持する旨3月8日に共同声明を発表した)反面イスラエルは同案を批判した。そして、ハマスとの協議の膠着が継続するようであれば、イスラエルは翌週にもカザ地区における戦闘を再開する可能性がある旨同国当局者が考えている旨3月3日に報じられた。他方、3月2日にイスラエルがガザ地区への物資の搬入を全面的に停止したことに対し、3月7日にイエメンのフーシ派武装勢力の指導者であるフーシ氏が、4日以内に物資の搬入を再開しないのであればフーシ派武装勢力の海上部隊によるイスラエルに対する作戦を再開する旨警告したが、その後もガザ地区に対しイスラエルが人道支援物資の搬入を再開しなかったとして、フーシ派武装勢力は紅海、アラビア海、バブ・エル・マンデブ海峡、アデン湾を航行する、イスラエルが運航に関与する船舶に対し攻撃を再開する旨3月11日にフーシ派武装勢力が表明した。これを受け、3月15日に米国のトランプ大統領はフーシ派武装勢力に対し軍事行動を実施するよう指示したが、フーシ派武装勢力は米国の攻撃には対応する用意がある旨明らかにしたと3月15日に報じられる。他方、ハマスが拘束する人質の解放に関し、イスラエルの意向に反し米国が単独で交渉を進めた旨3月6日に米国のトランプ大統領が明らかにしたが、これに対しイスラエルのネタニヤフ首相が米国に対する不満を高めている旨3月6日に伝えられた。また、2024年11月27午前4時(現地時間)に発効したイスラエルとイスラム武装勢力ヒズボラの間の60日間の停戦も期限を迎えた(1月26日午前4時(同)とされ、この期限までにイスラエルはレバノン南部から撤退する取り決めとなっていた)が、これについては2月18日まで延長する旨イスラエルとレバノンが合意したと1月26日に米国政府が発表したものの、1月27日にヒズボラの最高指導者カセム(Qassem)師は停戦(とイスラエル軍の駐留)の延長に反対する旨主張(さらに2月28日まで軍を駐留させたい旨イスラエルは希望したものの、レバノンは2月18日までに同軍を撤退するよう要求)した他、イスラエルによるヒズボラの軍事関連施設への散発的な攻撃も行なわれるなど、紆余曲折を経る格好とはなっているものの、両者による事実上の停戦状態は3月16日に至るまで概ね遵守される格好となっている。
このように、ガザ地区を巡ってはイスラエル、ハマス及び米国等関係者間での交渉を含め停戦状況が複雑化する様相を呈しており、停戦崩壊に伴いイスラエルによるガザ地区への攻撃が再開されることによる、中東情勢の不安定化に伴う同地域からの石油供給への影響に対する懸念から原油相場に上方圧力が加わりやすい状態となっている他、紅海を含む海域等におけるフーシ派武装勢力による船舶攻撃と米国によるフーシ派武装勢力への軍事行動が実施されつつある状況となっており、中東海域において原油を輸送するタンカー等の運航に支障が発生するとともに石油供給混乱に対する不安感が市場で増大する結果、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られる可能性もある。
また、2025年2月8日時点でイランにおける濃縮度60%の濃縮ウラン在庫が274.8キログラムと2024年10月26日時点の182.3キログラムから50.7%増加している他、国際原子力機関(IAEA)に申告していない施設でのウラン利用の可能性に関するイランとIAEAとの協議が進捗していない旨2月26日にIAEAが報告しており、3月3日にIAEAのグロッシ事務局長は当該問題を巡り懸念を表明した。さらに、イランからの石油供給に関与しているとされる、イラン国営石油経営責任者、イランの石油輸出ターミナル運営業者、中国及びインドのタンカー事業者、アラブ首長国連邦(UAE)及び香港の石油取引業者等30者超の事業者及び個人に対し制裁を発動する旨2月24日に米国財務省が発表した。また、制裁を拡大することによりイラン石油産業の活動を停止に追い込む意向である旨3月6日に米国のベッセント財務長官が明らかにした他、米国のトランプ政権が海上においてイラン産原油輸送タンカーを検査する方向で検討している旨3月6日にロイター通信が報じた。ただ、イラン核開発を巡る米国との協議に際しロシアが米国を支援することで米国とロシアが合意した旨3月4日に報じられた他、核開発問題に関しイランとの協議を希望する旨の書簡をイラン首脳に宛て送付した旨3月7日に米国のトランプ大統領が明らかにした。それでも、3月8日にイランの最高指導者ハメネイ師は、イランに対し米国が圧力を加えつつ交渉を行なうことは受け入れられないとしてトランプ氏の提案を批判した一方、イランのパクネジャド石油相に加え米国等の制裁を回避した原油輸送等に関与しているタンカー10隻等に対し制裁を科する旨3月13日に米国の財務省が発表した。
このように、米国のトランプ政権はイランに対し追加制裁の実施を最大限の圧力を加える旨の姿勢を示している他、実際に制裁を発動する場面が見られる反面、イランに対し交渉の機会を与えるなど比較的慎重な姿勢を併せて示していることから、現時点ではこの面での原油相場への影響は概して限定的となっている。ただ、米国の提案をイランは拒否する姿勢を示しており、今後米国によるイラン核開発防止に向けた交渉の過程において、米国とイランとの対立が先鋭化することにより、イラン産原油供給削減に向けたより強力な制裁等を含む圧力を米国がイランに加える動きが顕在化するようであれば、世界石油需給の引き締まり感を市場が意識することにより、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られないとも限らないので注意する必要があろう。
2024年12月8日のアサド前政権崩壊後、政権を移譲された暫定政府が事実上統治しているシリアにおいては、2月25日に国民対話会議が開催され、政府軍以外の武装戦力を非合法とする他、異なる民族及び宗教間での差別をなくすとともに、シリア人全員の平和的共存の原則に則る方針であるとの声明が発表された他、シリアに駐留するイスラエル軍に対し直ちに撤退するよう要求し(2月25日にイスラエル軍は同国の首都ダマスカスや同国南部を空爆していた)閉会した。ただ、同国北東部を拠点とするクルド人武装勢力である「シリア民主軍(SDF: Syria Defense Forces)」は同会議には招待されなかった。そのような中、暫定憲法を起草する委員会を設置するよう3月2日にはシャラア(通称ジャウラニ)暫定大統領が命令したが、3月6日にはアサド前大統領の属していたイスラム教シーア派の「アラウィ派」の武装勢力が暫定政府の治安部隊に対し攻撃を実施した結果、両者が戦闘状態となった。その後、暫定政府の治安部隊によるアラウィ派に対する軍事行動は完了した旨3月10日にシリア暫定政府の治安当局が発表したが、この衝突で1,380人超が死亡した旨3月12日に報告された。また、3月10日にはSDFがシリアの国軍に統合することで、シャラア暫定大統領とSDFの司令官が合意した。さらに、3月13日にはシャラア暫定大統領が暫定憲法草案に署名したことにより、同憲法は発効した(正式な政権発足まで5年の移行期間を設ける等の内容となっている)。
このように同国では、暫定政権による国家再建作業が行われつつあるものの、暫定政権と対立する勢力も存在し、衝突が発生する場面も見られる他、イスラエルによるシリア攻撃も行なわれるなど、なお混乱する場面も見られる。そしてこのような混乱に乗じて同国等で活動を続けているとされるイスラム国(IS)等の武装勢力の活動が活発化する結果、シリアのみならず、イラク等周辺諸国情勢に影響が及ぶようであれば、中東情勢のさらなる不安定化に伴う同地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大する結果、原油相場が上振れすると言った展開となることも否定できない。
他方、イラク中央政府との法的問題が全面的に解決したことにより、1週間以内にクルド人自治区からの原油輸出が再開する見通しとなった旨、イラクのアブドル・ガニ石油相が明らかにしたと2月17日に伝えられたものの、イラク側から原油は輸送されてきていない旨2月19日にトルコのバイラクタル(Bayraktar)エネルギー相が明らかにした。また、イラクのクルド人自治区からのトルコのジェイハンに向けてのパイプライン経由の原油供給の再開につき、米国トランプ政権がイラクに圧力を加えている旨2月21日に伝えられた。そして、当該原油供給の再開については、トルコからの承認待ちとなっており、2日間程度で出荷を再開できる予定である旨2月24日にイラクのアブドル・ガニ石油相が明らかにしたものの、3月2日にイラク中央政府とクルド人自治区政府との間で原油輸出再開に関する協議が実施された他、3月6日には在イラク米国大使館職員も同席したうえで、両者間で同様の協議が行なわれたが、合意に到達することなく終了した(石油生産活動に携わる外国石油会社への支払い条件等につき意見が相違したことによるものである旨示唆される)。このように、現時点では依然としてクルド人自治区からの原油輸出は再開されていない状況であるが、原油輸出が再開される(イラク中央政府は日量18.5万バレルの原油が輸出されるとしている)ようであれば、その分だけ世界石油需給緩和感が市場で強まる結果、原油相場の下方圧力が加わる可能性がある。もっとも、OPECプラス産油国間で定められている原油生産目標遵守の観点から、クルド人自治区からのものを含めイラクからの原油供給拡大ペースが緩やかなものとなる結果、原油相場への影響も相対的に小さなものとなることもありうる。
ウクライナとロシアとの戦闘を巡る状況には多少なりとも変化が見られる。ウクライナと米国の間の鉱物資源開発等を巡る協定につき「暫定的に」合意した旨2月26日にウクライナのゼレンスキー大統領が発表したが、2月28日に実施された米国とウクライナとの間での首脳会談は不調に終わり、当該協定につき署名されることはなかった他、3月3日にはウクライナに対する軍事支援を全面的に停止した(停止は一時的なものとされる)旨米国政府関係者が明らかにした。併せて3月3日には、ロシアに対する制裁緩和に向けた検討を行なうよう米国のトランプ政権が国務省及び財務省に指示した旨報じられた。ただ、ウクライナとロシアとの停戦実現のためには、ロシアに対する制裁を強化することもありうる旨、3月6日に米国のベッセント財務長官が明らかにした。また、ウクライナとの和平合意達成への圧力として、ロシアに対し金融機関への制裁や同国産製品への関税賦課を大規模に実施することを強力に検討している旨3月7日に米国トランプ大統領が表明した(3月7日のロシアの攻撃によりウクライナの天然ガス供給関連施設が損傷したことを受けたものであると指摘する向きがある)。それでも、ロシアとウクライナとの戦争状態の終結に向けた交渉が進捗する状況となった場合にはロシア産原油の価格上限の撤廃及び緩和等を実施することにつき米国トランプ政権関係者が検討している(一方で、英国や欧州連合はロシアに対する制裁を直ちに解除することはない姿勢を示している)旨3月7日にブルームバーグ通信が報じた。3月11日にはサウジアラビアのジッダにおいて、米国とウクライナの政権幹部による協議が実施され、ウクライナとロシアとの30日間の全面的停戦に関する米国の提案をウクライナが受け入れる用意がある旨ウクライナが表明するとともに米国はウクライナに対する軍事支援を再開することで合意した。一方、ロシアはウクライナとの停戦を原則支持するものの、如何なる合意も根本的な問題を解決したうえでなされなければならず、多くの詳細につき検討が必要である旨3月13日に同国のプーチン大統領が明らかにした他、プーチン大統領はロシア西部クルスク州に侵攻するウクライナ軍に対し武器を放棄し降伏するよう要求したが、ウクライナはその要求を拒否した。また、3月12日午前0時1分を以て米国がロシア金融機関に対しエネルギー資源購入等のためのドル建送金に対する許可(2025年1月10日に米国バイデン前大統領がロシア石油会社との取引制限等を内容とする制裁を発動した際、残存している関連取引を完了できるよう3月12日午前0時まで送金面での猶予が与えられていた)を更新しなかった旨米国財務省が明らかにしたと3月13日に報じられたことにより、ロシア金融機関の米国からの資金送金システムへの接続が困難となるなど、米国のロシアに対する制裁が事実上強化された。
他方、ウクライナによるロシアの製油所を含む石油関連インフラ等への攻撃は継続している。ロシアのクラスノダール(Krasnodar)地方のイルスキー(Ilsky)製油所(操業者: KNGK、原油精製処理能力日量13万バレル)をウクライナが無人機で攻撃、迎撃した残骸により製油所で火災が発生した旨2月17日に報じられる一方、同製油所から距離が離れていない同地方のクロポトキンスカヤ(Kropotkinskaya)原油圧送基地が2月17日に無人機で攻撃された(ウクライナが攻撃したとロシアは主張した)結果、カザフスタンから原油を輸送するカスピ海パイプライン・コンソーシアム(CPC: Caspian Pipeline Consortium)パイプライン(カザフスタン・テンギス~ロシア・ノボロシイスク)の原油輸送量(2024年に日量126万バレル程度のCPCブレンド原油を輸送したが、2025年2~3月は日量160万バレルの原油を出荷する予定であったとされる)が減少した旨2月17日に伝えられる他、当該攻撃により、最長で2ヶ月間同パイプラインの原油輸送量が30%程度減少する恐れがある旨同パイプラインを運営するロシア国営石油輸送会社トランスネフチ(Transneft)が2月18日に明らかにした(ただ、カザフスタンにあるテンギス油田からの原油出荷量は影響を受けていない旨同油田の操業者であるテンギスシェブロイル(Tengizchevroil)が明らかにしたと2月21日にロシアのインターファクス通信が報じており、他のパイプラインを経由して原油が輸送され続けていることが示唆される)。また、ロシアのサマラ(Samara)州にあるシズラニ(Syzran)製油所(操業者: ロスネフチ、原油精製処理能力日量: 15万バレル、2024年の実際の原油精製処理量は同9万バレル弱であったとされる)が、ウクライナが発射した無人機による攻撃を受け火災が発生した結果、2月19日に同製油所の操業が停止した旨伝えられる。さらに、ロシアのリャザン(Ryazan)州にあるリャザン製油所の第6常圧蒸留装置(操業者: ロスネフチ、原油精製処理能力日量17万バレル)が夜間(現地時間)にウクライナが発射した無人機による攻撃を受け火災が発生した結果、操業を停止した旨2月24日に報じられる。また、天然ガスを輸送するトルコストリーム(アナパ(Anapa)(ロシア)~クユキョイ(Kiyikoy)(トルコ)、天然ガス輸送能力日量15億立方フィート)パイプライン関連施設に対しウクライナ軍が無人機3基により攻撃を実施した旨3月1日にロシア国防省が発表した。さらに、ウクライナの無人機の攻撃(迎撃された残骸の落下)により3月3日にロシア南部のロストフ(Rostov)州にある石油パイプラインで火災が発生した旨同日報じられた一方、ロシアのロストフ州の石油パイプライン及びサマラ州のシズラニ製油所を無人機で攻撃し損傷を与えた旨3月4日にウクライナが明らかにした。加えて、ロシア北西部レニングラード州にあるキリシ(Kirishi)製油所(操業者: スルグトネフチガス、原油精製処理能力日量35.5万バレル)が、ウクライナが発射した無人機を迎撃したことによる残骸の落下により損傷した旨3月8日に伝えられたが、当該攻撃により損傷したのは貯蔵タンクであり、製油所の操業は継続している旨3月10日に報じられた。そして、ロシア南西部サマラ州にあるノボクイビシェフスク(Novokuybishevsk)製油所(操業者: ロスネフチ、原油精製処理能力日量17.7万バレル)及び同国南西部リャザン州にあるリャザン製油所(操業者: 同、原油精製処理能力日量34万バレル)を無人機で攻撃した旨3月9日にウクライナが主張した。加えて、3月10日夜間(現地時間)にロシアの首都モスクワ近郊においてモスクワ製油所(操業者: ガスプロムネフチ、原油精製処理能力日量25.7万バレル)の所在する地区に対し大規模攻撃を実施した旨3月11日にウクライナが主張(製油所の操業は平常通りであるとガスプロムネフチは主張)した旨同日報じられた。また、3月14日午前3時(現地時間)にウクライナが無人機でロシア南西部クラスノダール地方にあるトゥアプセ(Tuapse)製油所(操業者: ロスネフチ、原油精製処理量日量24万バレル、同製油所で製造される石油製品は中国、マレーシア、シンガポール及びトルコ等に輸出されているとされる)を攻撃した結果、ガソリン貯蔵タンクで火災が発生した。
このように、ウクライナとロシアとの戦闘状態終結に向け米国が仲介する形で交渉等を実施している様に見受けられるが、今後両国の停戦に向けた協議が進捗するようであれば、米国等による対ロシア制裁が緩和されるとともにロシアからの石油を含むエネルギー供給が増加するとの期待が市場で増大する結果、原油相場に下方圧力が加わりやすくなる反面、協議がもたつくようであれば、ロシアからの石油を含むエネルギー供給が増加するとの期待が市場で後退する結果、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られやすくなるものと考えられる。ただ、米国が対ロシア制裁を緩和等しても、欧州等他の諸国が追随してロシアに対する制裁を緩和することにより実際にロシアからの石油を含むエネルギー供給が順調に回復するかどうかは不透明である他、両国間の停戦等に向けた交渉過程も紆余曲折を経る可能性があるものと考えられることから、ロシアからのエネルギー供給拡大期待から下方圧力が加わっていた原油相場が反転するなどの場面が今後見られることもありうる。
2月26日に米国トランプ大統領は、ベネズエラのマドゥロ政権が米国からの移民返還や選挙改革を進めていないとして、大手国際石油会社シェブロンの同国における石油事業実施許可を終了する意向である旨表明したが、実際3月4日には、シェブロンの同国における石油関連事業を4月3日までに終了する旨米国トランプ政権が発表した。このため、今後ベネズエラからの原油供給が混乱する可能性が高まる他、シェブロンがベネズエラ事業から撤退することに伴い、多少なりともベネズエラの原油生産が減少することも予想されることから、これに伴い世界石油需給の引き締まり感が市場で意識される結果、原油価格を押し上げられる場面が見られる可能性がある。
他方、米国では、関税等の経済政策を巡り目まぐるしい動きが見られる。米国に輸入される自動車、医薬品及び半導体に対し25%の関税を賦課する政策を4月2日に発表する可能性がある旨米国のトランプ大統領が明らかにしたと2月18日夕方(米国東部時間)に報じられた。また、カナダ及びメキシコに対する25%の関税賦課(3月4日に実施する旨2月5日にトランプ政権が発表、予定通り実施する旨2月24日にトランプ大統領が明らかにしていた)につき、4月2日まで延期する一方、欧州連合(EU)に対する25%の関税賦課につき間もなく発表する意向である旨2月26日にトランプ大統領が表明した。そして、中国に対する10%の追加関税賦課(2月4日に賦課した10%と併せて20%)に関する大統領令に3月3日に米国のトランプ大統領が署名した他、カナダ及びメキシコに対する関税賦課に関しても交渉の余地はない旨3月3日にトランプ大統領が表明した同日伝えられた。3月4日午前0時1分(米国東部時間)には実際に米国の中国に対する追加関税賦課の措置が発効したが、同日中国政府は210億ドル相当の米国産農産物及び食品等に対し10~15%の関税を賦課する他、米国企業25社に対し輸出及び投資を規制する対象とする旨発表した。また、米国はカナダ及びメキシコに対する関税賦課措置についても予定通り3月4日午前0時1分(同)に発動した。ただ、米国がカナダ及びメキシコに賦課した関税につき、その一部の適用を4月2日まで延期する旨3月6日にトランプ大統領が表明した(それでも、石油市場への影響が明確ではなかったこともあり、関税延期の原油価格への影響は限定的であった)。他方、長期的な米国経済発展に向け政策を実施しつつあることから、短期的な市場の動向は意識しない旨3月6日に米国のトランプ大統領が明らかにした他、米国は大規模な改革政策を実施しつつあり、その際の多少の混乱は構わない旨3月9日に改めてトランプ大統領が示唆した。また、3月12日午前0時1分(同)に米国が鉄鋼及びアルミニウムの輸入に対し例外なく25%の関税賦課を実施した(2月10日に当該関税賦課方針をトランプ大統領が発表していた)ことへの報復として、4月1日より米国産蒸留酒類輸入に50%の関税を賦課する方針である旨3月12日にEUが表明したことに対し、欧州産酒類輸入に200%の関税を賦課する方針である旨3月13日に米国のトランプ大統領が明らかにした。そのような中、3月14日に米国ミシガン大学から発表された1年先物価上昇率予想が年率4.9%と2022年10月(この時は同5.0%)以来の高水準に到達した他市場の事前予想(同4.3%)を上回ったうえ、5~10年後の物価上昇率予想が年率3.9%と1993年2月(この時は同4.1%)以来の高水準に到達した。
そして、現時点では、米国の物価上昇と労働市場は均衡している状態にあることから、政策金利を据え置くことが合理的である旨2月17日に米国フィラデルフィア連邦準備銀行のハーカー総裁が示唆した。また、政策金利引き下げには米国物価上昇が沈静化しつつあることへの確信が必要であり、政策金利引き下げは段階的かつ慎重に行なうことが望ましい旨2月17日に米国連邦準備制度理事会(FRB)のボウマン理事が発言した。さらに、米国物価上昇が沈静化に向かうようであれば政策金利引き下げ実施が適切となるものの、足元のデータは政策金利引き下げ実施が適切でないことを示している旨2月17日にFRBのウォラー理事が示唆した。加えて、米国物価上昇が沈静化するまでは景気を抑制するような政策を実施し続けることが望ましい他、トランプ大統領の政策の同国経済等への影響につき慎重に検討する必要がある旨2月18日に米国サンフランシスコ連邦準備銀行のデーリー総裁が明らかにした。そして、米国物価上昇率は依然として目標を上回っている反面同国経済は堅調であることから、同国金融当局は政策金利等を巡る判断に対し時間をかけることになるであろうとの見解を2月19日にFRBのジェファーソン副議長が示した。2月19日には、米国トランプ政権による関税賦課や移民流入制限強化等の政策の同国経済への影響を巡る不透明感が拡大しつつあることから、今後の状況を監視する必要がある旨米国アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁が明らかにした。そのような中、1月28~29日に開催された米国連邦公開市場委員会(FOMC)においては、米国の政策金利の据え置きが適切であると多くの同国金融当局関係者が認識していたものの、トランプ政権の関税や移民に関する政策が、同国の物価上昇沈静化にとって支障となる恐れがあるとの懸念が示された旨2月19日に公表された議事録で判明した。また、2025年に政策金利引き下げが2回実施されるものと想定しているものの、併せてその想定を巡る不透明感も強まっている旨2月20日に米国アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁が発言した。さらに、足元の米国経済指標類は同国の物価上昇予想が上振れしつつあることを示していることから、より経済を抑制させるような金融政策を実行する必要がある可能性がある旨、2月20日に米国セントルイス連邦準備銀行のムサレム総裁が表明した。加えて、広範囲に及び関税の賦課や大規模な移民の送還が実施された場合、米国の物価や労働市場に大きな影響が及ぶ可能性があるとして、今後関税及び移民等を巡る政策がどのように推移していくかにつき注視していく意向である旨2月20日に米国シカゴ連邦準備銀行のグールズビー総裁が明らかにした。そして、米国の物価上昇率が年率2%の目標に到達するまでには紆余曲折を経る可能性がある旨の見解を2月20日に米国FRBのクーグラー理事が示した。2月24日には、米国トランプ政権による関税及び移民を含む政策の同国経済への影響が明確になるまでは、政策金利の取り扱いについては様子見とする必要がある旨2月24日に米国シカゴ連邦準備銀行のグールズビー総裁が明らかにした。また、米国物価上昇が目標である年率2%に向け進展しつつあるとの確信が持てるようになるまで金融政策に関する判断を巡り様子を見続ける方針であるとの認識を2月25日に米国リッチモンド連邦準備銀行のバーキン総裁が示した。さらに、米国の物価上昇沈静化を図る必要があり、足元政策金利は現状維持とすべきである旨2月26日に米国アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁が発言した。加えて、米国物価上昇は緩やかに鈍化しつつあるものの、物価上昇沈静化が達成されつつあるわけではないとして、当面現状水準で政策金利を据え置くことが望ましい旨2月27日に米国クリーブランド連邦準備銀行のハマック総裁が示唆した。そして、米国では物価上昇に加え(米国トランプ政権の政策を巡る不透明感により)経済成長が懸念材料となりつつある旨2月27日に米国カンザスシティ連邦準備銀行のシュミッド総裁が明らかにした。併せて2月27日には、米国金融当局は同国の物価上昇の沈静化に注力するべきあり、今後暫くの間は政策金利を現水準で据え置く必要がある旨の認識を米国フィラデルフィア連邦準備銀行のハーカー総裁が示した。また、米国アトランタ連邦準備銀行の経済予測モデルによれば、2025年1~3月期の同国経済成長率が年率1.5%のマイナスとなることが示されている(2月26日時点では同プラス2.3%であった)旨同行が明らかにした。さらに、米国のトランプ政権による関税賦課により同国物価上昇が加速する可能性があるものの、関税賦課の米国経済への影響を巡っては不透明感が強い一方、足元政策金利を変更する必要はないものと認識している旨3月4日に米国ニューヨーク連邦準備銀行のウィリアムズ総裁が示唆した。さらに、米国物価上昇沈静化を停滞させるリスクが増大しつつある一方、事業者や消費者の経済に対する信頼感が低下しつつある旨3月6日に米国フィラデルフィア連邦準備銀行のハーカー総裁が明らかにした。他方、3月18~19日に開催される予定である次回の米国FOMCにおいては政策金利引き下げを支持しないものの、2025年においては2~3回の政策金利引き下げが実施される可能性がある(トランプ大統領が実施する関税賦課の物価等への影響はそれほど大きなものではない)旨の認識を3月6日に米国FRBのウォラー理事が示したが、同日米国アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁は、関税、物価、不法移民対策、労働市場及びエネルギーを含め、米国トランプ政権による政策を巡る不透明感が強いため、少なくとも今後数ヶ月間は政策金利を据え置くことになる可能性がある旨示唆した。3月7日には米国FRBのパウエル議長が、貿易、移民、財政及び規制に関し米国のトランプ政権の政策に不透明感が強いため、当面は様子見とする意向である旨明らかにした。そして、政策を含め米国経済を巡る不透明感が強まっているものの、3月18~19日に開催される予定である次回の米国FOMCにおいては政策金利を変更する必要性は低いものと考えられる旨の見解を3月7日に米国サンフランシスコ連邦準備銀行のデーリー総裁が示した。
このように、米国トランプ政権による他国及び地域に対する関税賦課等の政策の推進と、他国及び地域による米国に対する関税賦課等の報復措置の実施により、貿易戦争誘発を含め経済を巡る予見性の低下に伴い世界経済減速による石油需要の伸びの鈍化への懸念が発生しやすい状況となっており、このような要因が原油相場の上昇を抑制する形で作用する可能性があるものと考えられる。また、米国のトランプ大統領による政策を巡る不透明感が強いことから、同国金融当局関係者の多くは政策金利に関する方針を含め慎重に対処する意向を示している。このため、3月18~19日に開催される予定である次回FOMCにおいては政策金利が据え置かれる確率が3月15日時点で98.0%、政策金利が0.25%引き下げられる確率が同2.0%となるなどしていることから、実際に次回FOMCにおいて政策金利据え置きが決定されても、市場の事前予想通りということで、この決定自体が原油相場に与える影響は限定的なものとなる可能性がある。ただ、次回FOMC終了後の3月19日に実施される予定であるパウエルFRB議長による記者会見における同議長の米国経済情勢及び物価上昇、労働市場及び政策金利調整方針等を巡る発言内容等によっては、米ドルが変動等する結果、原油相場にその影響が織り込まれるといった展開となることはありうる。さらに、4月中旬頃以降、主要米国企業等の2025年1~3月期等の業績及び今後の業績見通し等が明らかになる予定であり、その結果が株式相場を通じ原油相場に影響を与える場面が見られる可能性がある。
2月19日に中国国家統計局から発表された2025年1月の同国新築住宅販売価格は前月比で0.07%の下落と12月(同0.08%下落)から横這い、前年同月比では5.0%の下落と2024年12月(同5.3%下落)から下落率が若干縮小した他、3月1日に中国国家統計局から発表された2月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門拡大と縮小の分岐点)は50.2と1月の49.1から上昇した他市場の事前予想(49.9)を上回ったうえ、同国非製造業PMIは50.4と1月の50.2から上昇した他市場の事前予想(50.3~50.4)の一部を上回った。また、3月3日に中国独立系報道機関財新伝媒から発表された2月の同国製造業PMIは50.8と1月の50.1から上昇した他市場の事前予想(50.3~50.4)を上回ったうえ、3月5日に財新伝媒から発表された2月の同国サービス業PMIは51.4と1月の51.0から上昇した他市場の事前予想(50.7)を上回った。さらに、3月5日に開幕(3月11日に閉幕)した中国全国人民代表大会(全人代)においては、2025年は前年同様5%前後の経済成長率を目標とすることが明らかにされた他、GDPに占める財政赤字比率を2024年の3%から4%に引き上げるなどにより財政支出を積極化するうえ、超長期国債の発行を2024年の1兆元(約21兆円)から2025年は1.3兆元に、地方政府の特別債発行枠も2024年の3.9兆元(約82兆円)から2025年は4.4兆元へと、それぞれ拡大する方針である旨明らかにしたが、それらの景気刺激策等については市場から概ね想定の範囲内と評価された一方、5%前後の経済成長目標の達成は厳しいと考える向きも見られた。他方、3月7日に中国税関総署から発表された2025年1~2月の同国輸出は前年同期比2.3%の増加と2024年12月の同10.7%の増加から増加率が相当程度縮小した他市場の事前予想(同5.0~5.9%の増加)を下回ったうえ、同国輸入は同8.4%の減少と12月の同1.0%の増加から減少に転じた他市場の事前予想(同1.0%の増加)に反し減少している旨判明したうえ、同日中国税関総署から発表された2025年1~2月の同国原油輸入は8,385万トン(推定日量1,040万バレル)と2024年12月の4,784万トン(同1,151万バレル)から減少した他前年同期(8,830万トン(同1,077万バレル))を下回っている旨判明した。加えて、3月9日に中国国家統計局から発表された2月の同国消費者物価指数(CPI)は前年同月比0.7%の下落と1月の同0.5%の上昇から下落に転じた他市場の事前予想(同0.4%の下落)を上回って下落したうえ、同国生産者物価指数(PPI)は同2.2%の下落と1月の同2.3%の下落から下落率は縮小したものの事前予想(同2.1%の減少)を上回って下落している旨判明したうえ29ヶ月連続で下落となった。そのような中、米国と中国との間での貿易を巡る協議が初期の段階で膠着状態となっている旨3月11日に伝えられた。他方、適切な時期において政策金利及び金融機関の預金準備率の引き下げを実施する意向である旨3月13日に中国人民銀行が発表した他、3月14日に中国国家金融管理総局(NFRA: National Financial Regulatory Administration)が同国金融機関に対し消費促進の強化を要請した旨同日報じられた一方、2025年2月の中国の人民元建新規融資は1.01兆元(約21兆円)と、1月の5.13兆元から大幅に減少した他市場の事前予想(1.275兆元)を下回った旨3月14日に伝えられた。
このように、これまで中国政府等から景気刺激策実施の意向が示されてきたものの、足元の経済指標類は少なくとも同国経済がまだら模様となっていることを示している他、米国でトランプ大統領が就任後同国は中国に対し20%の関税を賦課した一方、中国も米国に対し報復関税を賦課等するなど、両国間での経済障壁は高まりつつあることから、中国経済が減速に向かう結果同国石油需要の伸びが鈍化するとの懸念が発生しやすく、この面では原油相場に下方圧力が加わる場面が見られる可能性もある。
米国では、3月に入り、最終消費段階では夏場のドライブシーズン(2024年は米国戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)(5月26日)に伴う連休(5月24~26日)から労働者の日(レイバー・デー)(9月1日)に伴う連休(8月30日~9月1日)まで)に伴うガソリン需要期到来にはまだ早いとの認識が強いが、製油所の段階では夏場のガソリン需要期が視野に入り始めるとともに、製油所の春場のメンテナンス作業も峠を越え始めることにより稼働を上昇、原油精製処理活動を拡大するとともに原油購入を活発化するようになるものと考えられる。このため、季節的なガソリン需給の引き締まり観測が市場で強まるとともに、ガソリン先物価格が上昇しやすくなる他、原油相場にも上方圧力が加わりやすくなるものと思われる。他方、米国では、冬場の暖房シーズンに伴う暖房用石油製品需要期は最終消費段階ではなお若干は継続する(米国の暖房シーズンは概ね11月1日~翌年3月31日である)ことから、例えば米国の暖房用石油製品需要の中心地である同国北東部の気温が平年を割り込んで低下したり、低下するとの予報が発表されたりするようであれば、暖房用石油製品需要の増加観測と需給引き締まり感が市場で意識される結果、暖房用石油製品価格とともに原油の価格が上昇する場面が見られることもありうる。
3月3日に、一部OPECプラス産油国(自主的な減産を実施するサウジアラビア、イラク、UAE、クウェート、アルジェリア、ロシア、カザフスタン及びオマーン)は、2024年12月5日に開催された閣僚級会合等で決定された通り、2025年4月より1月当たり日量13.8万バレル減産措置緩和等を実施する旨改めて表明した。その際、OPECプラス産油国は、健全な石油需給状況と前向きな市場展望を、減産措置緩和等の実施の理由としていたが、後にテンギス油田の拡張事業が完了したカザフスタンが2025年1月より増産体制を本格化させつつある(この結果2024年12月時点で日量65万バレル程度とされた同油田の原油生産量は2025年6月までに日量26万バレル増加する予定である)ことから、OPECプラス産油国間での結束が維持されていると印象を対外的に与えるべく、減産措置の緩和(つまり増産)を実施した他、米国のトランプ大統領がOPECプラス産油国に対し原油価格引き下げのため増産圧力を加える中、ウクライナとの戦闘停止に向けた米国との交渉を有利に進めるべく、ロシアが減産措置の緩和を支持したとの情報が3月4日に伝えられた(また、UAE(地球環境問題への対応もあり、将来の世界石油需要を巡る不透明感が強まる中、早期に原油生産を進めることにより自国で埋蔵される石油資源を使い切るとともに石油生産収入を確保しておく必要性があるかもしれないと同国が認識していたことが背景にあると見る向きもある)も増産の実施に賛成していた旨2月27日に報じられたが、サウジアラビア他の産油国は増産の延期を希望していた旨併せて伝えられる)。なお、市場の状況によっては、自主的な減産の緩和は一時停止したり、方針を転換したりすることがありうる旨、3月3日の一部OPECプラス産油国間の協議後の声明で発表された他、3月7日にはロシアのノバク副首相が、市場の状況によっては減産緩和方針を転換する可能性がある旨改めて明らかにした。他方、米国のトランプ大統領のOPECプラス産油国に対する原油価格引き下げ要求はOPECプラス産油国間での減産措置緩和を巡る交渉には直接には影響を与えなかった旨3月4日に報じられているが、今後もトランプ大統領による原油価格引き下げ要求がOPECプラス産油国に対し強まるようであれば、状況によっては、OPECプラス産油国は原油生産を再調整する場面が見られることもありうる(後述)。
全体としては、この先夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来が市場関係者の視野に入り始めるとともに、季節的な石油需給の引き締まり感が市場で醸成されることを通じ、ガソリン及び原油相場に対し上方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。しかしながら、4月よりOPECプラス産油国による増産が実施される中、米国の関税賦課を含む経済政策等を巡り不透明感が強いことに加え当面政策金利引き下げの展望が開けにくいことから、同国等の経済減速に伴う石油需要の伸びの鈍化懸念が発生することにより、原油相場の上昇が抑制されやすいものと考えられる。そのような中、ウクライナとロシアとの戦闘停止に向けた動向、中国における景気刺激策と経済指標類の内容、及び中東情勢等が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
4. 米国トランプ大統領の発言とOPECプラス産油国の行動に関する一考察
2025年1月20日に米国で第2次トランプ政権が発足した。そして、サウジアラビアを含むOPEC産油国に対し原油価格の引き下げを要求する意向である旨トランプ大統領は1月23日に表明した他、1月24日に同大統領はOPEC産油国に対し原油価格の引き下げるべきである旨実際に要求した。これに対し、OPECプラス産油国は政治的要素を排しつつ長期的視点から世界石油市場の安定を目指す方針である旨OPEC事務局長であるアル・ガイス(Al-Ghais)氏が2月11日に反論した。それでも、自主的な減産を実施していたOPECプラス産油国8ヶ国(サウジアラビア、ロシア、イラク、UAE、クウェート、カザフスタン、アルジェリア、オマーン)は3月3日にテレビ会議形式により会合を開催、2024年12月5日のOPECプラス産油国閣僚級会合において決定した日量約220万バレルの自主的な減産措置(及びUAEの日量30万バレルの増産)の4月からの段階的実施を、予定通り実施することを決定した。生産方針を変更する場合、その準備にそれなりの時間(少なくとも1ヶ月弱程度)を要するため、それに間に合うように判断を行なう機会が設けられ、結果として当初予定通りとはなったものの減産緩和の決定が下されたことになる。このように、今般OPECプラス産油国は、結果として米国のトランプ大統領の意向に沿った原油生産方針を実行に移すこととなったが、今後このような行動は繰り返されることになるのであろうか。ここでは、第1次トランプ政権時(2017年1月20日~2021年1月20日)におけるトランプ大統領(当時、以下個人の役職は当時のものである)とOPECプラス産油国との間での関係につき、両者の言動や行動、そしてその当時の石油市場の状況等を含め振り返ってみるとともに、考察して見ることとしたい。
第1次トランプ政権が発足した2017年1月20日の原油価格は1バレル当たり52.42ドル(終値、以下特段の言及がない場合は同様)であった。これは、2014年から2016年にかけ、米国でのシェールオイル生産活動の活発化と米ドルの上昇、そしてそのような環境下におけるサウジアラビアを初めとするOPEC産油国の減産見送り方針(「米国のシェールオイルを粉砕する」旨の意向をサウジアラビア等が持っていたことが背景にあったとされる)により世界石油需給緩和感が顕著に強まった結果、原油価格が2016年2月11日に1バレル当たり26.21ドルと2003年5月6日(この日は25.72ドル)以来の低水準に到達、その後OPEC産油国は一部非OPEC産油国とともにOPECプラスを形成、2016年11月30日に開催されたOPEC総会及び同年12月10日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合において、合計日量172.2万バレル(OPEC産油国日量116.4万バレル、非OPEC産油国日量55.8万バレル)の減産を2017年1月1日から2017年6月30日にかけ実施する旨決定(その後2017年5月25日に開催されたOPEC総会及びOPECプラス産油国閣僚級会合において減産実施期間を2018年3月31日まで延長)、2017年1月1日に当該減産を開始したほぼ直後の時期に当たり、OPECプラス産油国の減産方針を巡る結束力に対し必ずしも市場関係者の信用が得られていない中で、原油価格は一時の低水準からは回復していたものの、なおもたつき気味の状態であった。そしてその後も2017年11月上旬前半頃までは、原油価格は概ね1バレル当たり45~55ドルを中心とする範囲内において、明確な下落傾向を示すわけではなかった反面、明確な上昇傾向を示すわけでもなかった(図16参照)。
しかしながら、その後は、ナイジェリアの油田地帯における武装勢力の攻撃実施の示唆や、2017年11月30日に開催される予定であったOPEC総会等で2018年末までの減産延長が決定されることに対する期待が市場で膨らんだこと(実際11月30日に開催されたOPEC総会及びOPECプラス産油国閣僚級会合においては減産を2018年末まで延長する旨決定された)や、2018年5月8日に米国がイラン核合意の離脱及び対イラン制裁再発動の意向を発表したことに伴うイランからの原油供給減少による石油需給引き締まり観測の増大と中東情勢が不安定化することによる同地域からの石油供給途絶懸念の強まり、2018年5月14日に米国の在イスラエル大使館がテルアビブからエルサレムへの移転したことに伴うパレスチナ人とイスラエル軍との衝突、2018年5月20日に実施されたベネズエラ大統領選挙でのマドゥロ大統領の再選に伴い5月21日に米国が対ベネズエラを制裁の発動したこと等の要因が、原油相場に上方圧力を加えた結果、6月29日には原油価格は1バレル当たり74.15ドルと2014年11月24日(この日は75.78ドル)以来の高水準に到達した。
このように、2017年後半から2018年前半にかけ原油価格は上昇傾向となったが、そのような状況下においても、サウジアラビアでは、国営石油会社サウジアラムコ(Saudi Aramco)の株式公開(IPO)(実際同社は2019年12月11日に上場された)や経済構造改革(ビジョン2030(Vision2030))実施のための資金需要もあり、原油価格(中東地域と相対的に市場が近接している欧州の代表的原油であるブレントの価格を想定しているものと思われる)が「1バレル当たり80ドルを希望しており、100ドルでさえあってもいい。」といった同国政府関係筋の情報が2018年4月18日に伝えられるなど、原油価格上昇を容認する姿勢が示された。
しかしながら、トランプ大統領は、4月20日に「OPECがまたやっているようだ。(中略)原油価格は人為的に高い!これはよくないし容認できない!」旨表明した。これに対し、同日、サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は、エネルギー利用効率改善もあり現状の原油価格水準(4月20日時点で、ブレントで1バレル当たり74.06ドル、WTIで同68.38ドル)は世界経済に影響を与えないと考えている旨明らかにした。また、同日、UAEのマズルーイエネルギー産業相(2018年のOPEC議長)も原油価格は人為的に高いわけではない旨示唆した。
ただ、米国がイラン核合意離脱を発表した5月8日の前日には、米国政府関係者がサウジアラビアに対し供給途絶が発生した場合には価格を安定化させてほしい旨要請したとされた(この内容は6月7日に報じられた)。こうした米国側からの圧力もあり、サウジアラビアは(方針を転換して)減産緩和(つまり事実上の増産)を検討し始めたと見られ、5月25日には、関係筋から、OPEC産油国が日量最大100万バレル増産する可能性がある旨伝えられ始めた。また、同日OPECのバルキンド事務局長が増産の検討はトランプ大統領の発言によるものである旨明らかにした。トランプ大統領がサウジアラビアをはじめとするOPEC産油国に対し増産圧力を加えたのは、米国のイラン核合意離脱と対イラン制裁再発動に伴い、イランからの原油供給減少による世界石油需給引き締まり懸念から、原油相場に上方圧力が加わるとともに米国ガソリン小売価格が上昇してきたことが背景にあるものと見られる。全米平均のガソリン小売価格は3月後半以降上昇傾向を示しており、5月下旬には消費者心理に大きく影響する水準とされる1ガロン(約3.8ℓ)当たり3ドルを超過した(図17参照)ことから、国民の不満の高まりと政権支持への悪影響をトランプ大統領が危惧したことによるものと考えられる。
それでも、米国からの圧力で、サウジアラビアをはじめとする他のOPEC加盟国の増産がイラン産原油供給減少を相殺する結果、イラン(当時サウジアラビアとは国交断絶状態であり敵対関係にあるとされた他、現在と異なり同国には公式原油生産目標が設定されていた)としては、価格が上昇しないうえ、供給が削減されることにより原油収入の減少が予想される反面、サウジアラビア等は、価格は上昇しないものの増産を行なうことを通じて原油収入の落ち込みをある程度相殺できることが予想された。これは、特に生産余力のあるサウジアラビア(および同国と同盟を組む中東湾岸産油国)を相対的に利する展開となる可能性があるものと見られた。このような背景もあり、イランはOPEC産油国等による増産に反対する旨、同国のアルデビリ(Ardebili)OPEC理事が6月19日に明らかにした。また、マドゥロ大統領による反体制派弾圧に対し、2017年8月25日に米国がベネズエラの新規発行債券の取引を禁止するとの制裁を発動したベネズエラに加え、イラク、アルジェリアが減産措置の緩和に反対している旨6月19日に伝えられた。こうした中、トランプ大統領は6月13日に再び「原油価格は高過ぎる。OPECがまたやっている。良くない!」旨表明した。そのような中、サウジアラビアは、あくまで日量100万バレルといった具体的な増産幅を声明に盛り込むことにより、市場心理への影響を通じ原油価格の沈静化を図ろうとしていたように見受けられ、6月21日に開催されたOPEC共同閣僚監視委員会(JMMC: Joint Ministerial Monitoring Committee)においては原油供給量を「名目的に」日量100万バレル拡大することをOPEC総会に進言することで合意した。それでも、JMMCに特別に出席し協議していたイラン(JMMCに常時出席する産油国ではなかった)のザンギャネ石油相は中途退席、その際周辺にいた記者に対し「OPEC総会では合意できないと思う」旨言い残していったとされる。市場心理と原油価格への影響に鑑み、イランはあくまで日量100万バレル程度の具体的な(それも相当規模の)増産数値を声明に盛り込むことに対しては、たとえそれが名目的なものであっても、難色を示したものと察せられる。このようなこともあり、6月22日に開催されたOPEC総会では最終的には両者間での妥協として、声明には具体的な増産数値は盛り込まず、足元目標を超過している削減されている生産量を7月1日以降既存の減産期限である12月31日まで減産目標の水準に戻す(減産遵守率を引き下げることを通じ実質的に増産を確保する)べく努力していくことで合意した。この結果、2018年6月22日に開催されたOPEC総会、そして翌23日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合では、2018年5月時点で152%(OPEC産油国)及び147%(OPECプラス産油国)となっていた減産遵守率(OPEC総会及びOPECプラス産油国閣僚級会合開催後の声明に基づく)を100%に引き下げる(これは日量90万バレル程度の増産に相当する)ことにより、事実上の増産を実施する方向となった(なお、ファリハ氏はOPEC総会終了後、記者団に対し「名目上日量100万バレルの増産で合意した。」旨表明したが、これは、OPEC総会等の議論内容が報道される際のいわゆる「見出し効果」により、市場心理への影響を通じ原油価格沈静化を狙ったものと考えられ、実際、総会後複数の報道機関から「OPEC総会で日量100万バレルの増産で合意」した旨の見出しを以て報じられた)。
そして、サウジアラビアとUAE、ロシア等は増産を実施したが、7月6日にトランプ大統領は、「OPEC独占体は、ガソリン価格が上昇しており、自分達が殆ど役に立っていないことを忘れてはならない。どちらかといえば、(OPEC加盟国の)資金力が限られるので、米国がOPEC加盟国の多くを防衛しているのに、彼らは(原油)価格を上昇させている。これは双方向でなければいけない。直ちに価格を下げろ!」と表明した。他方、7月13日には、トランプ政権が500万~3,000万バレル程度、またはそれ以上の戦略石油備蓄(SPR: Strategic Petroleum Reserves)放出を検討している旨報じられたこともあり、原油相場は8月15日には1バレル当たり65.01ドルに到達するなど落ち着いたように見えたが、2018年11月5日の米国のイラン産原油供給制限を目的とする制裁の実施を控え、イランからの原油輸出の停止に対する他のOPEC産油国等による代替供給に伴い利用可能な余剰生産能力が低減するとの懸念等から、原油価格は10月3日に1バレル当たり76.41ドルに到達するなど再び上昇した。原油価格が上昇途上にある9月20日には、トランプ大統領が「我々は中東諸国を守っている、我々がいなければ、彼らは非常に長い期間安全ではなくなるが、それにもかかわらず、彼らは高い原油価格を強要し続けている!我々は忘れない。OPEC独占体は、直ちに価格を下げなければならない!」旨表明した。ただ、その後は、11月5日に米国がイラン制裁を発動する際に、イラン産原油輸出を事実上一部認める形としたことから、かえって石油需給緩和感が市場で増大した結果、原油相場に下方圧力が加わり始めた。そして、11月11日に開催されたJMMCでは、OPEC事務局内に設けられている共同技術委員会(JTC: Joint Technical Committee)において減産の実施が協議されたとオマーンのルムヒ(Rumhi)石油相が11月11日に明らかにした(最大日量100万バレルの減産が議論されたと見られる)。この時点で、サウジアラビアをはじめとするOPEC産油国等は世界石油市場において供給が過剰となり原油価格にさらに下方圧力が加わることにより財政への影響が増大するとして危機感を持つとともに、減産により石油需給の均衡を達成すべきとの考え方を持っていたものと考えられる。しかしながら、11月12日にはトランプ大統領が「サウジアラビアとOPEC産油国は減産しないことを望む。供給に基づけば原油価格はもっとずっと低下するはずである。」と表明した(因みにその前の週末時点での原油価格は1バレル当たり60.19ドルであった)ことから、1バレル当たり60ドル超の水準では、OPEC産油国等は減産に向けた行動が困難になるのではないかとの見方が市場で広がったこともあり、原油価格はさらに下落、11月20日には1バレル当たり55ドルを割り込んだ。さらに、11月21日には、トランプ大統領は「ありがとうサウジアラビア、しかし(原油価格を)もっと下げよう。」と表明した結果、11月29日には原油価格は一時49.41ドルにまで下落する場面も見られた。そして、11月下旬時点では、イランからの原油等輸出が米国の制裁によりある程度削減され、ベネズエラの原油生産が足元のペースで減少していくと仮定しても、2019年第1四半期は日量130万バレル程度供給が需要を上回ると推定され、少なくともこの分だけ過剰供給を世界石油市場から排除しなければ、石油需給緩和感が市場で醸成される結果、短期的には原油価格がさらに下落することが予想された。ただ、12月2日には、カナダのアルバータ州政府が自州からの原油等輸送パイプラインの能力不足に伴う州内石油供給過剰を解消するために2019年1月1日より在庫余剰が解消されるまで州内の石油会社に対し全体で日量32.5万バレル、解消された後は同9.5万バレルの、それぞれ減産を実施するよう指示したと発表した。これによりこの分だけ非OPEC産油国の石油供給が低下すると見込まれるため、2019年第1四半期に供給が需要を上回る程度は日量100万バレル強程度となると想定された。それでも、市場関係者の間では既に「日量130万バレルの減産の必要性」の認識がある程度広がっていたこともあり、日量100万バレルを相当程度上回る規模の減産を実施する旨発表する方が、市場関係者の心理により大きな影響を与えることを通じ原油価格を回復させる効果が大きいと考えられたことから、OPECプラス産油国間で、減産幅につき日量100万バレルを超過させるとともに、できるだけ日量130万バレルに接近させる努力がなされた結果、2018年12月7日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合においては、2018年10月の原油生産量から合計で日量120万バレル(OPEC産油国日量80万バレル、非OPEC産油国同40万バレル)の減産が決定された。なお、この時のOPECプラス産油国閣僚級会合開催時直前の12月5日には、トランプ大統領が「OPECは原油を制限せず現状通り供給し続けることを望む。世界はそれを望まないし、原油価格上昇は必要ない。」旨表明していたものの、そのようなトランプ氏の要望にOPECプラス産油国は従わない格好となったが、会合後原油価格は12月24日にかけ上昇しなかった(むしろ下落傾向となった)こともありOPECプラス産油国の決定後トランプ氏がOPECプラス産油国を批判等する場面は見られなかった。
ただ、原油価格は2018年12月24日の1バレル当たり42.53ドルを底として回復、2019年4月23日には66.30ドルへと上昇する(4月22日に、米国によるイラン原油輸入国・地域に対する輸入禁止適用除外措置終了(後述)が発表されていた)過程において、トランプ大統領は再びしばしばOPECプラス産油国に対し増産圧力を加えるようになった。2019年2月25日には、「原油価格は高過ぎる。原油価格を引き下げて落ち着かせて下さい。世界は価格上昇を受け入れられない-壊れやすい!」、3月28日には、「OPECが原油供給を増加することは非常に重要だ。世界市場は壊れやすく、原油価格は高騰しつつある。よろしく!」、4月22日には「サウジアラビアと他のOPEC産油国が今やイランの原油に対する完全制裁を実施することによる原油供給減少を代替して余りあるようにする(して欲しい)。」旨、それぞれ表明した。そして、2019年5月1日を以て米国がイラン産原油輸入8カ国・地域に対しイランからの原油輸入禁止に関する適用除外措置を終了した。しかしながら、米国と中国との貿易紛争に関する協議が紛糾したことに伴う両国等の経済成長の減速と石油需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念の増大に加え、米国の堅調なシェールオイル生産、そして米国原油在庫の増加等の要因により、世界の石油需給緩和感が市場で強まった結果原油価格は下落傾向となり、6月12日には51.14ドルと1月14日(この時は50.51ドル)以来の低水準に到達した。それでも、6月29日に開催された米中首脳会談で、貿易紛争に関する協議の再開が合意されるとともに、中国情報技術(IT)大手ファーウェイ・テクノロジー(華為技術)に対する米国製品の供給制限(同社がイランと取引したことを理由として5月15日に米国商務省が発動していた)を部分的にせよ解除する方針が表明されたことや、米国とイランとの対立の激化に伴う中東地域からの石油供給の支障の可能性に対し市場の不安感が増大したこと等もあり、6月27日には原油価格は1バレル当たり59.43ドルへと上昇した。このような中、OPEC産油国が現行の原油生産水準を2019年末まで維持すれば、2019年後半は平均で日量45万バレル程度需要が供給を上回るものと見込まれた。ただ、2019年末にかけてのOPEC産高過ぎの既存の減産措置の延長は、早い段階でしばしばOPEC産油国等から発信されていたことから、既に市場関係者の心理には粗方織り込まれる格好となっており、そのまま2019年末までの減産延長を決定しても、市場関係者の心理面で驚きがなく、かえって利益確定が発生し原油価格に下方圧力が加わる可能性があった。このようなことから、2019年7月1~2日に開催されたOPEC総会及びOPECプラス産油国閣僚級会合においては、2020年3月末まで減産措置延長とすることで、市場関係者間での石油需給引き締まり感を維持することにより、原油価格の下落防止を図る格好となった。
また、2019年12月5日にOPEC総会、12月6日にOPECプラス産油国閣僚級会合が、それぞれ開催され、OPECプラス産油国が2019年1月1日より実施していた日量約120万バレルの減産を同約50万バレル拡大、同約170万バレルの減産とし、2020年1月1日より実施することで合意した。このうちOPEC産油国の減産量は日量37.2万バレルの拡大、一部非OPEC産油国の減産量は同13.1万バレルの拡大となった。従来のOPECプラス産油国による減産措置を足元の減産遵守率で以て延長するだけでは、2020年は世界石油供給が需要を日量105万バレル程度超過することが見込まれ、その場合、世界石油需給の緩和感とともに原油価格の先安観が市場で強まる結果、そのような決定を行った直後から原油相場に下方圧力が加わるといった展開が予想された。このようなことから、OPECプラス産油国全体で日量約50万バレルの減産措置拡大を行うことに加え、減産遵守を徹底することを通じさらに日量50万バレル程度の原油供給を市場から排除することで、2020年の石油需給引き締まり感を市場で醸成させることにより、原油相場の維持を図ろうとしたものと考えられる。
ただ、2019年6月から12月にかけての原油価格は、7月、9月及び12月に1バレル当たり60ドルを超過する場面が見られたものの、総じて1バレル当たり50ドル台にとどまっていたことから、トランプ大統領がOPECプラス産油国に対し一層の増産に励むよう目立った圧力を加えるような場面は見られなかった。
2020年に入り、1月3日には、米軍がイラン革命防衛隊司令官を殺害したことから、米国とイランの対立が先鋭化したたうえ、1月8日にはイランがイラクの米軍基地に対し報復攻撃を行ったことから、同日の原油価格は一時1バレル当たり65.65ドルと2019年4月25日(この日の高値は66.28ドル)に到達した。しかしながら、イランによる報復措置実施に対し米国は軍事力行使を望まない旨表明したことから、原油価格に下方圧力が加わった結果、1月17日の原油価格は58.54ドルとなった。その後は、中国等での新型コロナウイルス肺炎感染者数と死者数の増加により同国等の経済成長減速及び石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で強まったことが、原油相場に下方圧力を加えたことから、原油価格は下落傾向となり、2月28日には原油価格は1バレル当たり44.76ドルと2018年12月27日(この時は44.61ドル)以来の低水準に到達した。
そのような中、2020年3月6日にオーストリアのウィーンで開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合においては、その前日の夕方に実施されたOPEC産油国による非公式協議で合意された2020年末までの日量150万バレルの減産強化案をロシアが事実上拒否した(新型コロナウイルス感染の拡大による石油需要への影響が不透明であったことから、ロシアはもう1四半期既存の減産体制を継続し様子を見るよう提案した一方、サウジアラビアは日量30万バレル減産幅を拡大し日量60万バレルの減産を実施するようロシアに要請した)ことから、交渉が決裂、OPECプラス産油国が2020年1月1日より実施していた減産措置も3月末で終了、4月1日以降OPECプラス産油国は事実上自由に原油生産を実施できるようになった。この結果、サウジアラビアとロシア等との間で原油価格引き下げ合戦の様相を呈したことに加え、新型コロナウイルス感染の欧米諸国での拡大による、個人の外出規制等に伴う経済活動の減速により、ガソリンやジェット燃料をはじめとする石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大した結果、石油需給緩和感が市場で増大するとともに、原油相場に下方圧力が加わったことから、原油価格は3月30日には20.09ドルと2002年2月7日(この時は19.64ドル)以来の低水準となるなど、特に3月下旬以降概ね20~25ドルを中心とする領域で推移する等低迷した。このようなこともあり、米国のシェールオイルを開発・生産する中堅・中小企業を中心に経営が窮地に追い込まれ、例えば、4月1日にはホワイティング・ペトロリアム(Whiting Petroleum)が米国連邦破産法第11条の適用を申請し経営破綻したことが明らかになった。そして、一部のシェールオイル開発・生産会社や産油州選出議員がトランプ政権にサウジアラビアとロシアの増産合戦に対し介入するように圧力を加えつつあると3月31日に報じられた他、米国連邦議会上院の議員2名が米軍をサウジアラビアから撤退させる法案の提出準備を進めつつある等の動きも出始めた旨4月3日に報じられた。このような流れに対し、トランプ大統領は、まず3月30日にロシアのプーチン大統領と電話で会談し世界石油市場に関する問題につき協議、両国のエネルギー当局最高幹部による原油市場に関する会談の場を設けることで合意した。続いて、トランプ大統領は4月2日に、サウジアラビアのムハンマド皇太子と電話会談を実施した。当該会談後、サウジアラビア及びロシアで約1,000万バレルの減産を実施することを期待及び希望している旨トランプ大統領は表明した。この結果、2020年4月9日及び12日に、OPECプラス産油国は、テレビ会議形式による臨時閣僚級会合を実施し、2020年5月1日~6月30日につき合計で日量970万バレル程度原油生産を削減する他、7月1日から2020年12月末にかけ日量770万バレル程度、2021年1月1日以降2022年4月30日まで同580万バレル程度、それぞれ減産することで合意した。これのようなこともあり、原油価格は2020年4月20日には1バレル当たりマイナス37.63ドルの史上最低水準の終値を記録したものの、その後は反発、6月4日には1バレル当たり37.41ドルへと回復した(図18参照)。これを受け、6月5日にトランプ大統領は「エネルギー業界が大惨事に見舞われ、(原油価格が)ゼロにまで落ち込み、価値がなくなり、500万人の雇用が失われた。しかし、短期間で業界は救われた。救ったのはサウジアラビアとロシアであり、OPECプラスと呼ぶが、彼らがまさに指導者だった。」と発言し、OPECプラス産油国を先導したサウジアラビア及びロシアに対し感謝の意を表明した。
このように、第1次トランプ政権時代も第2次政権時代と同様、トランプ大統領は原油価格の下落が望ましい旨しばしば主張することにより、事実上OPECプラス産油国に対し増産への圧力を加えていた場面が見られた反面、局面によっては、OPECプラス産油国に対し大幅な減産への圧力を加えていた。このような圧力に対し、OPECプラス産油国は、事実上応じる姿勢を示した場面と、示さなかった場面が見られた。2018年6月22~23日に開催されたOPEC総会及びOPECプラス産油国閣僚級会合時には、トランプ大統領の原油価格下落のための原油生産調整への圧力に対しOPECプラス産油国が事実上応じる格好となったが、この際の直前1ヶ月間の原油価格は1バレル当たり65~72ドルを中心とする領域で推移していた。反面、2018年12月6~7日、2019年7月1~2日及び12月5~6日に、それぞれ開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合等においては、OPECプラス産油国の実施する減産措置を延長する、もしくは拡大する等の決定がなされるなど、トランプ大統領の原油価格引き下げ要請を事実上見送る結果となった。ただ、このようなOPECプラス産油国に対しトランプ大統領からの強い批判の声は聞こえてこなかった。そしてこれらの時期のOPECプラス産油国閣僚級会合等の開催直前1ヶ月間の原油価格は概ね1バレル当たり50~62ドルを中心とする領域であった。また、トランプ大統領が事実上の大幅減産の働きかけを行なうべくロシア及びサウジアラビア首脳に電話連絡を実施した、2020年3月30日及び4月1日の直前1ヶ月間の原油価格は1バレル当たり20~47ドルを中心とする領域であった(特に電話連絡直前半月程度の期間は20ドル台にまで原油価格が下落した状態であった)。このように見ていくと、第1次トランプ政権時代において、原油価格が概ね1バレル当たり65ドルを超過する水準である場合には、OPECプラス産油国は減産緩和に向け動く一方、原油価格が65ドルを割り込む水準であった場合には、減産緩和見送りに向け動いていたように見受けられる。そしてトランプ氏も原油価格が65ドルを超過する水準である場合には、原油価格に対する不満を表明するとともに事実上OPECプラス産油国に向け増産への圧力を加える場面が見られやすかった一方、原油価格は65ドルを割り込む様な水準であれば、トランプ氏による原油価格に対する不満表明は影を潜める状態になりやすかったものと考えられる。
他方、2025年3月3日に見られたOPECプラス産油国による4月からの減産緩和の事実上の決定であるが、2月の原油価格は1バレル当たり68~73ドルと第1次トランプ政権時においてOPECプラス産油国が増産する方向に動きやすい価格領域の下限をそれなりに上回っていた。加えて、米国での夏場のドライブシーズン(2025年は5月26日の「戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)」に伴う連休(5月24~26日)から9月1日の「労働者の日(レイバー・デー)」に伴う連休(8月30日~9月1日)まで)に伴うガソリン需要期が石油市場関係者の視野に入り始める中、従来から比較的高水準であったガソリン先物及び小売価格が夏場のガソリン需要期到来を控えさらに上昇する(その結果、米国の消費者間でのガソリンを含む物価の上昇に対する不満が強まるととともに、トランプ政権の支持率が低下する恐れがある)と言った見方が強まりやすい状況となっていた。このようなことから、トランプ氏は原油価格引き下げを図るべく、OPECプラス産油国への圧力を加え続けた結果、OPECプラス産油国もトランプ氏の要求に応える格好となり、事実上の増産を決定したものと見られる(ただ、米国のトランプ大統領のOPECプラス産油国に対する原油価格引き下げ要求はOPECプラス産油国間での減産緩和を巡る交渉には直接には影響を与えなかった旨3月4日に報じられるなど、対外的にはトランプ氏の圧力がOPECプラス産油国の増産への行動を促したわけではないことになっている)。また、このようなOPECプラス産油国の減産緩和の動きにより、トランプ氏はカナダ及びメキシコへの関税賦課(それにより、米国における両国産原油調達価格が上昇する他、結果として米国の需要家が両国産原油調達を見送る反面米国産原油の購入を活発化させるなど、供給が混乱を来すことにより、原油価格に上方圧力が加わる可能性がある)、ベネズエラに対する事実上の制裁の強化、イランに対する最大限の圧力に加え、米国の原油を含む物価上昇沈静化による同国金融当局による政策金利引き下げ等の景気刺激策(因みに第1次トランプ政権時代の政策金利は0.75~2.50%と足元(4.50%)を相当程度下回っていたため、現在よりも景気刺激策が実施しやすい状況であった)といった各々の政策をより容易に実行に移すことが可能になる。今後も、原油価格が高水準の局面にある時、もしくは米国政府が原油価格の上昇を招く可能性のある政策を実施に移そうとする場合、トランプ大統領はOPECプラス産油国に対し増産への圧力を加えることにより、OPECプラス産油国が事実上増産を実施する動きが見られる確率が高まる反面、原油価格が下落局面にある場合には、トランプ大統領によるOPECプラス産油国に対する増産圧力が低減する結果、OPECプラス産油国は増産を見送る等石油需給を緩和させる方策を回避する確率が高まるものと考えられる。
ただ、第1次トランプ政権時代と足元(第2次トランプ政権時代)においては、政権の背景にある石油市場の状況で異なる要素があり、これにも注意する必要があろう。それは、米国シェールオイル開発・生産コストである。2017年から2019年にかけては、平均開発・生産コストは概ね1バレル当たり45~55ドルであった(図19参照)ものが、2024年には同60~70ドルへと切り上がっている(図20参照)ことから、この領域を大幅に割り込むようだと、米国石油業界によるトランプ政権に対する不満が高まることにより、トランプ大統領のOPECプラス産油国に対する増産要求も鈍ることが考えられる。このため、この面では、原油価格が1バレル当たり60ドル台前半に突入するようだと、トランプ大統領によるOPECプラス産油国に対する原油生産拡大要求が沈静化に向かうとともに、むしろ原油価格を上昇させる形で作用する可能性のある要因(イラン等への最大限の圧力やカナダ及びメキシコに対する関税賦課の強化等)を同政権が持ち出すと言った展開となることも想定されうる。

出所: 米国ダラス連邦準備銀行

出所: 米国ダラス連邦準備銀行
以上
(この報告は2025年3月17日時点のものです)