ページ番号1010451 更新日 令和7年3月28日

クリーン水素セミナー開催報告

レポート属性
レポートID 1010451
作成日 2025-03-28 00:00:00 +0900
更新日 2025-03-28 14:05:11 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 環境水素・アンモニア等
著者
著者直接入力 田中 勝哉 宮田 和明 駒澤 優子
年度 2024
Vol
No
ページ数 27
抽出データ
地域1 アジア
国1 日本
地域2 欧州
国2 ドイツ
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 アジア,日本欧州,ドイツ
2025/03/28 田中 勝哉 宮田 和明 駒澤 優子
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概要

  • JOGMECは2025年1月30日にH2Global、水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)と共同でクリーン水素セミナーをウェブにて開催し、低炭素水素の国際サプライチェーン構築のための課題認識、日・独官民の取り組み、支援制度などの紹介、市場確立、拡張等に向けた将来の取組についての情報発信を行った。
  • セミナーは、(1)基調講演(日独官民の政策・取り組み紹介)、(2)支援制度紹介、(3)水素市場創成に係る課題分析検討紹介、(4)民間基金、(5)ディスカッションという内容構成で実施した。本稿では講演内容、ディスカッション内容を個別に紹介する。
  • 低炭素水素市場創成には供給・需要を同時に作り上げる難しさがある。各国の水素バリューチェーン構築の支援事業は、単に水素の生産を支援するだけではなく、経済転換、産業育成を同時に実現することが重要である。普及成長を阻害する需要不足の第一の要因は、脱炭素化に要するコストが乗った製品価格と化石燃料価格との差、次いで流通のためのインフラ不足である。価格差支援策等は、低炭素水素等をオフテイカーに繋げ、同時に水素に関係する産業育成につながる投資である。更に付随する規制や標準、資金調達など様々な解決するべき課題も明確になりつつあり、これらへの取り組みの重要性の認識も新たにした。

 

1. はじめに

JOGMECはクリーン水素サプライチェーン構築支援について先行するドイツH2Globalと2024年2月にMOUを締結し、定期的交流を通して水素市場構築支援に係る課題・対応に関する情報収集、知見の共有に取り組み、協力関係を構築してきた。MOUにおいて具体的協業活動としてあげた“水素社会実現を目指した、政策動向・制度、技術、サプライチェーン構築の事業化戦略などに関するセミナーの開催”についても企画段階から協議を重ね、準備を進めてきた。一方、H2Globalと別途MOUを締結したJH2Aとも協議をし、セミナーを共同で開催することを合意し、3者の共同主催により実施に至った。

セミナーは日本の関係者に向けて水素の国際サプライチェーン構築のための課題認識、日・独官民の取り組み、支援制度などの紹介を通して理解促進を図り、マーケット確立、拡張等に向けた将来の取組に関する理解の共有を図ることを目的とし、具体的には、日独政府の方針紹介、民間部門の視点・取り組み活動の紹介、低炭素市場創成に向けた日独の取り組みの紹介に係る講演、またH2Globalが行った水素社会・市場創成に係る課題・取り組み(インフラへの投資、ハブによる需要喚起、公的支援制度などの分析)に関する調査分析報告、及びH2Global とJOGMECが共同で実施した日本の価格差支援制度の比較検討についての紹介を行った。(表1参照)

表1: クリーン水素セミナープログラム
  内容 登壇者氏名 タイトル
開会挨拶   森裕之 JOGMECエネルギー事業本部長
Session A 基調講演
講演1 日本の水素政策 廣田大輔氏 経済産業省、資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部水素・アンモニア課長
講演2 エネルギー転換におけるドイツの水素戦略ロードマップ Dr. Christian Storost 独連邦政府経済エネルギー省Head of Division, Funding Instruments and Hydrogen Initiatives
講演3 水素バリューチェーン推進協議会JH2Aの概要 斎藤健一郎氏 JH2A事業部長
講演4 水素のグローバルコモディティー化実現を目指すドイツ産業界の視点 Dr. Axel Wietfeld H2Global Foundation, Chairman of the Board of Trustees (Executive Vice President Procurement & Real Estate, Uniper)
Session B 低炭素水素市場創成に向けてー日本の支援制度・ドイツの取り組み
講演1 水素等のバリューチェーン構築に向けた価格差支援制度 末廣能史 JOGMEC 水素事業部長
講演2 水素市場創成への洞察とH2Globalの取り組み Mr. Markus Exenberger H2Global Foundation Executive Director
Session C 低炭素水素市場創成の課題と分析―Workshop検討結果の紹介
講演1 インフラ投資・ハブによる需要増大・オークションの分析 Mr. Jan Klenke H2Global Foundation Program Manager
講演2 日本の価格差支援制度に関する洞察 -H2GlobalとJOGMECによる共同検討 Ms. Elisabeth Sterner
駒澤優子
H2Global Foundation Project Manager
JOGMEC 企画調整部国際課課長代理
Session D 水素事業への民間ファンディング
講演1 日本初の水素ファンド概要 金子忠裕氏 JH2A金融委員会委員長
Session E ディスカッション
水素社会/市場創成にむけての課題・取り組みに関する意見交換
閉会挨拶   Mr. Markus Exenberger H2Global Foundation Executive Director

 

2. セミナー講演等内容

2.1 開会あいさつ

JOGMECエネルギー開発事業本部本部長 森裕之

エネルギー脱炭素化と産業振興の同時実現のために水素社会・市場構築は鍵である。資源に乏しい日本は従来資源に加え新たなエネルギー資源投資、供給源多角化が重要と認識している。JOGMECはエネルギー政策実施機関として、低炭素水素等の国内生産・供給及び、海外生産・輸入事業者の事業実現の支援を通して、ともにあらたな時代を切り開く先陣を務めていきたい。本セミナーではH2Global、JH2Aとともに、関係業界企業・団体の皆さんに向けて水素の国際サプライチェーン構築のための日・独の取り組み、支援制度などを紹介する。議論を通じて、現在進行形の価格差支援と将来必要となるマーケット拡張等に向けた取組の示唆を得たい。

 

2.2 Session A 基調講演

(1) 講演1 日本の水素政策

講演者:経済産業省 資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部水素・アンモニア課長 廣田大輔氏

日本は、温室効果ガス排出量を2030年度に2013年度比で46%削減すること、そして、2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指し、以下の3つの原則のもと、グリーントランスフォーメーション(GX)を推進している(図1参照)。

  1. 「エネルギー安全保障の確保、経済成長、排出削減」の3つのブレークスルーを同時に実現する。
  2. カーボンニュートラル実現という共通の目標に向け、多様な道筋を通じて、現実的なエネルギー移行を実現する。例えば発電における再エネ導入増加に加え、原子力、低排出及びゼロ排出の火力発電、CCUS、水素・アンモニアなどの活用も選択肢となる。
  3. 自国の脱炭素化と同時に、世界の脱炭素化にも貢献する。

日本の温室効果ガス排出量は、世界の排出量の約3%であるが、残りの97%の全世界の排出削減に対しても日本の技術ソリューションにより貢献できる。GXを推進する中で、水素は中心的な役割を担う。2024年5月、「水素社会推進法」が成立し、10月に施行され、低炭素水素等の供給と利用が一体となった大規模かつ強靭なサプライチェーンの立ち上げを目指した取り組みを開始している。

低炭素水素等は、脱炭素化に向けた重要なエネルギーであり、排出削減が困難な分野への利用が期待できる一方、従来燃料に比べ5~10倍高い価格で、経済的魅力が低い状況に留まっている。世界各国でも同様であり、プロジェクトの中止・遅延例も無視できない。

水素社会推進法は、こうした状況等を打破するため、国が前面に立ち、大胆な支援策のもと、低炭素水素等の社会実装を進めていくものであり、政府による支援策は以下に示す2つがある。

1つは、「低炭素水素等と従来の化石燃料の価格差に着目したCfD型の支援」。

供給開始から15年間にわたって価格差を支援することで、企業の投資予見性を高めるとともに、需要の不確実性を低減する。支援終了後10年間の供給義務を課すことで、自律的なサプライチェーン構築を促していく。本支援は2024年11月から申請受付を開始、今年の3月31日を締切りとしている。

2つ目は「拠点整備支援」。

大規模な需要が見込まれる地域において、低炭素水素等の利活用拡大につながるインフラ整備を進めるための設備投資を支援するもので、複数の企業が利用するタンクやパイプラインなどの共用インフラ設備への設備投資支援を行い、低炭素水素等の大規模利活用に対応できる環境を整備する。

これら2つの支援策を通じて、低炭素水素等の社会実装を強力に推進していく。低炭素水素等の大規模なサプライチェーン構築は、日本だけで実現するものではなく、国際協力が不可欠。日本とドイツは世界でも有数の低炭素水素等の需要国であり、両国官民の協力は、低炭素水素等の市場拡大を実現する上で重要である。

民間セクターにおいては、「製造」、「利用」分野での技術開発・実証が両国企業のもとで進められている。政府やその関係機関においても、本日のワークショップ等を継続的に開催し、成功例や失敗例といった知見共有を通じて、低炭素水素等のグローバル市場拡大には何が必要になるか、具体的な議論を行っていきたい、こうした議論の積み重ねが、政策の洗練にも繋がっていくと思っている。

図1:主な講演スライド 1

図1:主な講演スライド 2
図1:主な講演スライド

 

(2) 講演2 エネルギー転換におけるドイツの水素戦略ロードマップ

講演者:ドイツ連邦政府経済エネルギー省Head of Division, Funding Instruments and Hydrogen Initiatives Dr. Christian Storost

日独政府の水素に関する協力は2020年の2国間エネルギーパートナーシップの重要テーマで、今年2月開催のハイレベル運営会議でも進捗状況は重要課題の一つとされている。

H2Globalは水素オークションの先行者であり、その仕組みはドイツ以外の国や提携機関等においても適用できる汎用性があり、水素市場創成のため独政府はH2Globalの国際的な協力活動を奨励・支援してきた。独政府の国家水素戦略は以下の4つの行動分野を定めている。

  1. 水素とその派生物の確保
  2. 効率的インフラ開発、資金調達
  3. 水素利用技術・事業の開発
  4. 効果的な規制枠組みの構築と炭素価格差補填契約や「グリーン・リーディング市場」の確立、水素の応用面での促進

ドイツは日本と同様大量のクリーン水素を輸入する必要がある。当面は水素キャリアとしてのアンモニアによる船舶輸入、将来的には既存ガスパイプランの改造等による水素パイプライン網構築を目指している。持続可能な水素経済目標達成には、規制と支援をバランスよく組み合わせる。規制には、産業及び輸送分野の水素の使用に拘束力ある割当量も含まれるが2月のドイツ選挙で選ばれる新政権の水素戦略の詳細は未定だが、キリスト教民主同盟はすでに、グリーン水素への依存を減らし、「色」にとらわれないものにしたいと表明している。一方、EUによる既存水素規制はグリーン水素に依存しているのでこの差の調整は厳しい課題になると思われる。

水素社会実現には厳しい状況が続く中、経済的なインセンティブだけでなく、政府間や産業界との対話も必要になる。需要にインセンティブを与え、インフラを整備し、経済的リスクを軽減することに取り組んでいきたい。

 

(3) 講演3 水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)の概要

講演者:水素バリューチェーン推進協議会 JH2A 事業部長 斎藤健一郎氏

水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)は水素社会構築を加速するための以下の3つの課題解決のため需要拡大とコスト削減を同時に推進する組織として2022年に設立した(図2参照)。

  1. 水素の需要創出
  2. 技術革新による製造、輸送、貯蔵等のコスト削減
  3. 事業者に対する資金供給

岩谷産業、トヨタ自動車、三井住友フィナンシャルグループの3社が共同会長を務め、会員企業は約300社。大学、自治体、その他の団体など含め現在は477社、団体により構成されている。

事業化委員会、規制委員会、渉外委員会、CO2フリー水素委員会、金融委員会の5つにより以下の活動を行っている。

事業化委員会は社会実装プロジェクトの創出を目的としている。商業化における課題と優先事項に基づく政策提言の実施、各地域での事業経済性検討の取り組み、包括的なシミュレーションツールの構築によるビジネスの可能性の定量的評価等を行っている。

規制委員会は、水素バリューチェーンの社会実装を推進するために必要な制度、標準を検討し、阻害要因となる規制上の課題や対策を特定し、関係者とともに整備に進取り組んでいる。規制委員会の下では作る、運ぶ、貯める、使う、のバリューチェーンに沿って、供給、発電、産業、モビリティ、地産地消の5つの小委員会を設けている。

渉外委員会は、水素社会の将来を担う世代や幅広い層への理解と認識を深め、各種制度設計や規制緩和、国内外の関係機関との連携強化を担当している。

CO2フリー水素委員会では、水素バリューチェーンにおける炭素集約度の基準づくり、国際標準化に取り組み、炭素集約度の基準については、海外での基準動向や、日本特有の社会環境を踏まえて、Well to Gateで、3.4kg-CO2/kg-H2という基準を提案した。金融委員会の活動は、後述する。

図2:主な講演スライド 1

図2:主な講演スライド 2
図2:主な講演スライド

 

(4) 講演4 水素のグローバルコモディティー化実現を目指すドイツ産業界の視点

講演者:H2Global Foundation Chairman of the Board of Trustees(Executive Vice President Procurement & Real Estate, Uniper) Dr. Axel Wietfeld

H2Globalは、水素市場の「鶏と卵」のジレンマに対処するため4年前に設立され、革新的なダブルオークションアプローチを通じて、供給側と需要側の双方で機能する仕組みで市場構築を支援するものである。産業界と独政府により開発された官民パートナーシップは、両部門の代表者が積極的に活動戦略を指導している。世界中から多数の企業に加え多くの政府代表が評議委員会に加わりその国際性は拡大している。

私はドイツに本社を置く世界的エネルギー企業であるユニパー社の上級役員も務め、2040年までに事業全体のカーボンニュートラルを果たすためグリーン電力、低炭素水素をエネルギー供給の柱にすべく取り組んでいる。

ドイツの産業界は、水素を単に未来の燃料としてではなく、経済転換と持続可能な成長のための触媒とみなしている。初期段階の水素市場には、H2Globalやその他の支援措置のような強固な介入が必要でダブルオークションメカニズムや、欧州共通重要プロジェクト(IPCEI)、差金決済炭素契約(CCfD)といった注目すべき取り組みはますます重要になる。これらのツールは、水素市場の発展を支援するエコシステムを構築し、水素市場の黎明期に必要な支援策である。

国境を越えて、ドイツは世界の動向を注視している。日本は、水素開発におけるパイオニアであり、長期的なビジョンと水素サプライチェーンへの戦略的投資は賞賛に値する。国際的なパートナーシップへのアプローチや、完全な水素エコシステムの開発に注力する姿勢も評価できる。大西洋を挟んで、米国政策の不確実性に直面している一方、欧州では世界的な気候変動外交においてより強力な役割を果たす必要性が認識されつつある。この変化は、EUが日本のような主要パートナーとの提携を強化し、脱炭素化と水素市場開発という共通の目標を推進する好機であると考える。

 

2.3 Session B 低炭素水素市場創成に向けてー日本の支援制度・ドイツの取り組みについて

(1) 講演1 水素等のバリューチェーン構築に向けた価格差支援制度

講演者:JOGMEC 水素事業部長 末廣能史

日本政府は、水素とアンモニアの導入目標を以下のように定めている。

  • 水素:2030年300万t/y、2040年1200万t/y、2050年2000万t/y
  • アンモニア: 2030年300万t/y、2050年3000万t/y (アンモニアの水素換算量は目標水素導入量の内数)。

水素価格差支援、拠点整備支援を順次開始し2つの支援制度を活用して、2030年から水素やアンモニアを供給することを目指している。JOGMECは両支援制度に関する助成金の交付を担当し、経済産業省による支援対象計画の認定に関する審査、認定後の計画の進捗管理についてサポートを行う。JOGMECにはこれらの支援実施を担当する裏付けとして以下3点の強みがある。

  1. 50年にわたる炭化水素開発プロジェクト組成の取り組み。特に上流から中流にわたるプロジェクト組成を民間企業と共同で実施、事業ノウハウを蓄積。
  2. e-Fuel事業に関し2件の実施実績があり、出資のための事業評価を通じ、事業ノウハウを蓄積。
  3. 1998年からの合成燃料技術開発を開始、ラボスケールから7BPD、500BPDと規模を拡大、技術および経済性評価に関するノウハウを蓄積。

これらの実績を通して得られた組織的知見を活用しながら、新たな事業創出に向けて伴走型組織として事業者をサポートしていく。

支援制度にJOGMECが関与することに関しSWOT分析を行った(図3参照)。

肯定的な強みと機会は以下の通り。

  • ファーストムーバーへの手厚い支援
  • 民間企業主導の供給から利用までの一貫計画
  • 輸入や国産といった多様な計画から認定事業を選定し、それらにテーラーメードの支援

外部環境における強みとしては時流にのった政策執行の面があり、具体的には以下の通り。

  • 今回の支援は、GX政策に基づく重要執行課題であること
  • GX債を活用して、投資を促進し、持続可能な支援を行うこと
  • 新たなエネルー基本計画での位置づけ

否定的要素としては、次の通り。

  • 制度に起因する、目的項目間の相反効果
  • 各国制度との整合性が未だなく、例えば、CIやバウンダリーの違いが存在
  • 長期間のテーラーメード支援提供のための複雑なオペレーション
  • 水素製造に要するエネルギー資源の偏在性
  • 世界的なEPCコスト上昇
  • 気候変動に関する世界的な合意状況や、欧米での支援策、規制動向の不透明性

があげられる。

支援執行機関としての強み・弱みを冷静に分析し認識することはこれから事業支援に取り組んでいくうえで極めて重要であると考えている。

図3:主な講演スライド 1

図3:主な講演スライド 2
図3:主な講演スライド

 

(2) 講演2 水素市場創成への洞察とH2Globalの取り組み

講演者:H2Global Foundation Executive Director Mr. Markus Exenberger

大きな目標や発表があるにもかかわらず、クリーン水素の普及は遅々として進まず、最終投資決定(FID)や運転段階に達しているプロジェクトは限られている。資金、インフラ整備、コミットメントに大きな隔たりがあることから、世界的な気候変動目標を達成するためには、行動を加速させることが急務となっている。

クリーン水素のような変革的技術は、緩やかな普及、転換点(市場普及率5〜10%)、そして指数関数的成長というS字カーブを描いて成長する。H2Globalは「グリーン・マーケット・メーカー」として、これらの転換点に到達する上で重要な役割を果たし、グリーン・テクノロジーの自己強化ダイナミクスを実現することを目指している。再生可能なアンモニアは、グリーン水素のコストを削減し、産業全体の転換点を引き起こす重要な原動力として注目されている(図4参照)。

市場が機能するには、価格の透明性、流動性、法的安全性、参入障壁の低さが必要である。IEAによれば、多くのプロジェクトは実証段階に留まっており、FIDに到達したのはわずか7%である。市場発展の大きな障壁は、オフテイクの確約がないことであり、これが投資と市場の成長を阻害している。

H2Globalの支援メカニズムにはクリーン水素市場創成を促進するための次のような特徴がある。

投資の安全性: 政府が保証する固定価格の長期オフテイク契約は、サプライヤー(供給側)に確実性をもたらす。

明確なシステム: 政府が資金配分、期間、対象製品を決定。

価格差コストモデル: Hintco(注1)は仲介業者として、ダブルオークションシステムを通じて公的資金の効率的な利用を保証する。

競争: 市場に基づく供給側と需要側の入札手続きにより、公的資金で補填される価格差を最小化する。

H2Globalは、生産コストと買い手の支払い意欲のギャップに対処することで、クリーン燃料市場をつくりだす。このメカニズムは、政府の資金援助を通じてこのギャップを埋め、市場が機能するための条件を作り出す。H2Globalは市場創出を加速させることで、プロジェクトの開発スケジュールを前進させることができる。Hintcoは長期オフテイク契約(10年以上)を確保する一方、短期の需要側オークションで製品を販売する。供給者のコストと市場での販売収入との価格差は、政府資金によってカバーされる。このモデルは、市場の流動性、透明性、実行可能性を促進すると同時に、クリーン燃料市場の創出を可能にする。Hintcoの長期供給者契約は安定性を提供し、短期需要オークションは重要な価格シグナルと市場の流動性を明らかにする。初期段階では、コストと収入のギャップが大きく、公的資金が必要となる。しかし、市場力学が改善されるにつれて(CO₂価格設定、割当など)、資金ギャップは縮小する。このアプローチは、公的資金の効率的な利用を確保すると同時に、民間の資本配分を加速させる。

H2Globalの柔軟性あるメカニズムは国産・共同輸入・輸出・共同輸出などへの適用が可能であり、政府は、資金配分、地理的優先順位、製品の種類、持続可能性の基準を完全に管理することができる。また、エネルギー安全保障やサプライヤーの多様化といった戦略的目標に取り組むことができる。ドイツとその他のパートナーは、オークションを支援するために60億ユーロを拠出しており、ドイツとオランダによる最初の共同入札が進行中である。ドイツ、オランダ、カナダ、オーストラリアなどの政府がすでにH2Globalのモデルを採用した。国際的な理解・関心は高まっており、他の国々もダブルオークションアプローチの採用を模索している。日本では、JOGMEC、東京都、JH2Aとパートナーシップを結び、知識の交換や日本へのモデル適応について議論している。なお、日本からは千代田化工建設とENEOSがH2Globalのドナー・ネットワークに参加している。

H2GlobalはIEAやOxford Institute for Energy Studiesなどの機関と協力し、水素市場の課題分析に取り組んできた。最近発表された研究レポートは、インフラ投資、ハブを通じた需要創出、オークション設計の分析をカバーしており、報告書はすべてH2Globalのウェブサイトから入手可能である。

(注1.H2Globalは、非営利財団と営利子会社Hintcoとして運営されている。H2Global財団は研究、アウトリーチ、市場ベースの機器開発に重点を置き、Hintcoはオークションの執行と取引を管理する。H2Globalは、拡大するドナー・ネットワークに参加するため、日本企業を含む新たなパートナーを募っている。)

図4:主な講演スライド 1

図4:主な講演スライド 2

図4:主な講演スライド 3

図4:主な講演スライド 4

図4:主な講演スライド 5
図4:主な講演スライド

2.4 Session C 低炭素水素市場創成の課題と分析-Workshop検討結果の紹介

(1) 講演1 H2Global research reports of 2024の紹介

  • Bridging the gap: Mobilizing investments in hydrogen infrastructure
  • Unlocking potential: Scaling demand through hydrogen hubs
  • Keep it simple: Aligning auction objectives for success

講演者:H2Global Foundation Program Manager Mr. Jan Klenke

H2Globalが2024年の“Working Group“活動で行った水素市場創成課題への対応として(1)水素インフラへの投資による需給間の橋渡し、(2)水素ハブの活用による需要拡大、(3)公的支援スキーム、オークションの分析に関する調査報告書について紹介する。これらの調査報告書は、水素バリューチェーン全体の業界専門家の貢献と、様々な国際機関や研究機関のナレッジ・パートナーの協力を得て作成したものである。

第1のレポートは水素インフラへの投資導入による需給間の橋渡しに関するものである。水素貿易の確立には、水素インフラが不可欠であり、特にパイプライン、輸入ターミナル、再変換施設、地下水素貯蔵施設が重要である。これらのインフラは、水素貿易の基幹となるものの、必要な投資は進んでいないのが実情である。調査によると、水素事業の確立のためには、2030年までに1兆米ドルの投資が必要とされているが、このうち、3,350億米ドルはまだ投資の発表すらされていない。そのうち、1,900億米ドルはインフラ投資へ必要な予算である。インフラへの投資は、市場リスク、政治・規制リスク、競争リスク、技術リスク、操業リスクなど、様々なリスクに直面している。インフラ・プロジェクトは一般的にリターンが低く、また黎明期の水素事業はリスクが大きい。経済的に実現可能なプロジェクトにするためには、ローリターンであってもローリスクプロジェクトにする必要があり、そのためには金融支援手段が必要となる。H2Globalでは、以下の4つの金融支援手段に対して、下記の5つの視点から検討を行った(図5参照)。

【手段】

  1. 固定補助金として、初期投資コストを軽減するための一時金

他の3つの手段は数量に応じて変動するダイナミック財政支援である。

  1. 固定単価プレミアムによる支援:単価ベースのプレミアムで、稼働率に連動し、稼働率が上がるにつれて補助額が増加。
  2. アンカー・キャパシティ・ブッキング:補助金のない場合の収益変動から算出される補助金
  3. 差額契約(CfD):(価格差)補填であり、売上を保証するが、超過収益を回避するための返還メカニズムを伴う。

【視点】

  1. 資金調達効率:プロジェクトの正味現在価値を効果的に増加させる可能性。
  2. 市場リスクの軽減:不確実性や変動から投資を保護できるかどうか。
  3. 資金が失われるリスク:座礁資金化の緩和の分析。
  4. 管理上の容易さ:支援ツール開発への当局の関与及びそれによる実施、管理の現実性。
  5. 支援ツール自体の認知度。

これら4つの金融支援手段が、エネルギー関連分野の支援にどのように使われているかを調査し、それぞれの金融支援手段がパイプライン、ターミナル、再変換、地下貯蔵の4つの重要なタイプのインフラをサポートする際に、どの程度の効果を期待できるか分析し、以下の結論を得た。

  • パイプラインや地下貯蔵のような高リスクの長期プロジェクトにCfDでの支援を優先させることが望ましい。
  • ターミナルや再変換施設のような、よりリスクの低い、低コストのプロジェクトには設備投資(CAPEX一時金)を支援するのが望ましい。
  • 一方これらの手段が政策的に困難な場合、アンカー・キャパシティ・ブッキングは、すべてのインフラにとって実行可能な代替手段である。

図5:主な講演スライド 1

図5:主な講演スライド 2
図5:主な講演スライド

第2は水素ハブ活用による需要拡大に関する報告書である。クリーンな水素とその派生品に対して、需要増加の期待は高いものの、オフテイクのコミットメントは低いままであるという問題認識から行った調査となる。具体的には、2030年時点で年間6,500万トンの水素需要が見込まれているものの、昨年の時点で、確固としたオフテイクを確認できたプロジェクトはわずか1.4%に過ぎず、この原因は何か、何が需要の取り込みを阻害しているのか、を明らかにすることが目的であった。ステークホルダーを対象に調査を実施し、以下の6つの課題が浮き上がった(図6参照)。

  1. 価格差
  2. インフラへのアクセス
  3. 供給量
  4. バリューチェーンの創成
  5. 柔軟な生産
  6. 技術開発の必要性

これらがオフテイク実現の主な課題であるというフィードバックを得た。具体的には1)の(価格差)がオフテイカーにとって最も重要な課題となり、インフラへのアクセスの不確実性、供給量の不確実性が続いていることが分かった。

水素供給チェーンの観点からは水素ハブの重要性が認識されており、特に上述の課題の解消の可能性について、水素ハブの視点から分析を行った。水素ハブを2つに分類した。第1に水素の供給量が多く、需要も多いハブ。これらは自給自足が可能であり、ハブ自ら十分な水素を確保することが可能である。第2のタイプは、水素の需要は多いものの、供給が少ないハブで、供給を輸入に依存するタイプである。ハブのタイプによってオフテイクの主な課題であるコスト差の問題とインフラへのアクセスの問題について立場が異なる。

価格差の問題は、今日の水素とその派生物の製造が、従来の代替品よりもコストが高いために生じる課題である。製造技術や、オフテイカーの支払い意欲、地域によっても、そのコストプロファイルに違いがある。具体的には、特定分野における水素の使用では、EUの支払い意欲が、米国よりもはるかに高い。また、セクターによっても例えば、運輸部門と鉄鋼部門とでは支払い意欲が異なる。この違いは、自給自足型ハブが、そのハブに属する産業の支払い意欲に近い価格で供給できるクリーン水素の製造技術を選択することで解決される。また、ハブの需要と供給が近いということは、インフラが少なくて済むということであり、その結果、輸送コストも少なくて済む。輸入依存型のハブでは、オフテイカーが輸入先を選択できるため、最も経済的な供給に合わせて立地を最適化することができる。また、独占禁止法や規制が許せば、輸入依存型ハブは集団購買力を活用することが可能となる。

インフラへのアクセスや供給の安全性に関しても、ハブの分類に応じて2つの異なる対処方法がある。自給自足型ハブは、ハブ内での需要と供給を一致させ均衡のとれた近距離インフラ整備に集中できるため事業の予見可能性が高まる。輸入依存型ハブは、その代わりに、輸入ターミナルと、そうした輸入ターミナルが内陸部にある場合はそこまでの輸送回廊の開発に投資を集中する必要がある。

図6:主な講演スライド 1

図6:主な講演スライド 2
図6:主な講演スライド

第3の報告書は支援制度としてのオークションについてである。現在の水素市場の特性は以下の通り。

  1. 供給側にも需要側にも明確な価格シグナルがない。
  2. 取引は限られており、一方でコストとオフテイカーの支払い意欲の間には大きな差がある。

オークションは、水素の需給をつなぐ競争的な価格の発見を可能にし、コスト差を埋めるための資金援助を配分することができる。同時に、オークションは柔軟性があり、様々な政策目的、たとえば財政目的、産業政策、貿易政策、環境目的などに対応することができる。しかし、このような目的を同時に追求することは、一方で相反効果につながる可能性もある。

私たちは、まずオークションの有する個別目的として22の目的項目を特定し、それらが互いにどのように影響し合うかを分析した(図7参照)。この一覧表は、私たちの産学パートナーとの協力のもとに作成されたもので、各目的項目の関係についても議論された。この表でそれぞれの目的項目の行と列を一致させた際の、値が緑色、+の数値である場合は、2つの目標の間に相乗効果があることを指す。一方、マイナスの数字や赤の数字は、トレードオフの関係にあり、この2つの目的は相性が悪いことを示す。本表をネットワーク分析の出発点として、どの目的項目同士の相性が良いかを数学的手段によって特定した上で、二者間だけでなく、それ以上の組み合わせでペアを組めば個々の目的のグループ(クラスター)の特性も分析できる。

最初に特定されたクラスターは、市場創造、コスト削減、規模の経済など、いわゆる規模の目標である。2つ目のクラスターは、持続可能性とレジリエンスのクラスターで、エネルギー供給の多様化やESG基準などの目標を掲げている。3つ目のクラスターは、スピードと国内開発目標である。これらの目標には、例えば、オークション後の支援付与の手続きの最短化や、国内供給市場のサポートなどが含まれる。最後のクラスターは、効率性の目標である。これらは、ローカルな温室効果ガス排出とは対照的なグローバルな温室効果ガス排出、技術革新の促進、水素製造効率の最大化などが含まれる。

オークション制度の設計者は可能であれば、同じクラスター内から目的を選ぶことを優先し、他のクラスターからの目的を選ぶ必要がある場合には、不必要なトレードオフを避けるために、それらをどのように実施するかに細心の注意を払うべきと判断される。

H2Globalが行った4件の具体的なケーススタディのうち2件について簡単に紹介する。

  1. 欧州水素銀行のパイロット入札

3つのクラスターから7つの目標が掲げられている。この目的間のトレードオフを解決するためには優先順位が必要であり、実際、欧州水素銀行はこの入札を機能させるために、落札手続きのスピードを優先した。欧州の国内市場から供給される再生可能な水素に焦点を当て、プロジェクトは一定のプレミアムがついた助成金契約を受け取る。プロセスを容易にするため、事前資格審査基準は低く設定され、落札者はオークションによるPay as bid方式で選ばれた。その結果、7つのプロジェクトが支援を受けることになった。

  1. H2Globalが実施したクリーンアンモニアのパイロット・オークション

検討したケースのなかで最も多くの目的(合計11)を設定したことがわかる。特に持続可能性とレジリエンスのクラスターから複数の目的が含まれていたため、落札手続きに時間がかかることが予想され、結果的に、企業が有意義な入札を行えるよう、手続きの締め切りを延期せざるを得なかった。支援対象製品は、ヨーロッパ以外の国際市場から調達したクリーンアンモニアであり、生産者は、高い事前資格審査基準を持つCfD方式の支援スキームで、多大な支援を受けながらオフテイク契約を結ぶことが求められる。ダブルオークションとして実施され、需要側についてはこれから入札が行われ決定される予定である。

図7:主な講演スライド 1

図7:主な講演スライド 2

図7:主な講演スライド 3
図7:主な講演スライド

(2) 講演2 日本の価格差支援制度に関する洞察

講演者:H2Global Project Manager Ms. Elisabeth Sterner / JOGMEC 企画調整部国際課課長代理 駒澤優子

本セッションはH2GlobalとJOGMECで実施した共同作業の成果である。H2Globalによる“公的支援スキーム・オークションの分析“のレポートにおいて、欧州の様々な入札制度を分析したものと同じ方法論を使い、日本の価格差支援制度について共同で分析を実施した。この分析の目的は、日本の価格差支援制度に対する理解を深めることであり、H2Globalの分析方法論を確認し、それが日本の価格差制度にどのように適用するかについて、JOGMECとH2Globalとの間で数回のワークショップにて議論を行った。具体的には、日本の価格差支援の目的を分析し、それらの目的間の相互関係を理解し、設計要素への影響を考慮した(図8参照)。

第1に、日本の価格差支援制度に関する公式文書、特に『水素社会推進法』とその関連文書のレビューを実施した。公式文書の中で、頻繁に言及されるものに焦点を当て、22の目標設定のうち、H2Globalによる“公的支援スキーム・オークションの分析“レポートにおいて特定された22の目標に合致するいくつかを特定した。目的4『バリューチェーンの確立支援』は、生産、輸送、インフラ、オフテイクまでの一連のバリューチェーンの支援に焦点を当てており、水素の生産者と日本のオフテイカーが共同で申請することを求めることで、統合されたバリューチェーンの開発を促進し、プロジェクト成立の蓋然性の向上を目指している。目的6『エネルギー供給の地理的多様化』は、オークションが広範囲な地域や国から生産者を選ぶことに重点を置いていることを意味し、供給源を増やすことで、供給安全性を高め、単一の供給者への依存低減を目指している。そして、目的8『プロジェクトの完了保証』は、プロジェクトリスクを軽減し、供給の信頼性を確保することを目標とする。目的14『国内供給市場の開発支援』は、日本国内での強固な水素エコシステムの構築を目指した重要な目的として特定された。この目的は、クリーン水素の生産能力が国内で確立されることを保証し、国内での知見やインフラ整備などの蓄積を促進するものであり、結果として、日本のエネルギー自立性と産業基盤の強化が期待される。次に、目的15『国内産業競争力の強化』は、国内企業のグローバルなポジショニングを向上させることで、イノベーションと産業成長を促進するもので、水素の普及のみならず、日本をクリーンエネルギー技術の世界の最前線に立たせる取り組みを支援している。目的20『生産開始までの時間の短縮』は、オークションでの採択から供給への移行を迅速化することを目指しており、エネルギー需要に対応し、市場の立ち上げを加速するために重要である。ただし、私たちの分析では、長期的なプロジェクトの実現可能性を危うくしないように、目的8『プロジェクト完了の保証』と慎重にバランスを取る必要があることも指摘されている。最後に、目的23『国内企業の関与強化』は、日本の価格差支援の特有の目標として特定されたものであり、日本国内のみならず、海外のエネルギープロジェクトにも投資するよう国内企業が奨励される日本の独自のアプローチを反映している。この戦略は、日本のエネルギーサプライチェーンに対するコントロールを広げるとともに、本邦企業がエネルギーのレジリエンスと持続可能性を確保する中心的な役割を果たすことを目指すものである。

特定された目的を踏まえ、私たちは、これらがどのように相互に関連しているか、その相互関係を探ることで、目的間の潜在的なトレードオフを分析した。日本の価格差支援制度の目的は2つの目的クラスター、具体的には持続可能性とレジリエンスを重視するクラスター、そして、スピード、日本国内での市場を重視するクラスターに集中している。H2Globalにより分析された欧州のオークションの目的が少なくとも3つのクラスターにまたがっていることを踏まえると、日本の制度が欧州のオークションよりも一貫性があることが判明した。一方で、例えば生産開始までの時間短縮とプロジェクト完了保証の間に存在する否定的な関係には注目すべきである。生産開始までの時間を短縮しようとすると、開発者が支援制度に参加するために過度に楽観的な計画を採用せざるを得なくなり、結果としてプロジェクトの完了が危うくなる可能性がある。

次に、抽出した目的が支援方法や、対象とする市場などのオークションの設計要素とどのように一致するかの分析を実施した。例えば、固定プレミアムではなくCfDを選択することで、支援安定性と長期的な投資の安全性が確保され、バリューチェーン確立に貢献する。また、国内と国際供給を同時に追求するハイブリッドアプローチは、日本の独自のエネルギー戦略を反映したものである。

全体として、日本の価格差支援については、他の入札制度よりも一貫性がある。つまりトレードオフが発生しにくい目標を重点的に見ていることが判明した。また支援制度設計についても、一定のプレミアムを与える形ではなく、化石燃料価格との差額を補填する、価格差への支援を行うことで、より事業の確実性を求めており、目的との一貫性が確認された。なお、日本の価格差支援の特徴として抽出した目的については、一部の機構職員の試験で行ったものであり、公募の評価には無関係である。現時点では、価格差支援の将来にわたる運用については確定されていないものの、機構として今回のエクササイズで得られた知見(トレードオフなど)を今後の水素、アンモニア事業への支援に反映したいと考えている。

図8:主な講演スライド 1

図8:主な講演スライド 2
図8:主な講演スライド

2.5 Session D 水素市場創成のためのファンディング

(1) 講演 日本初の「水素ファンド」概要とJH2Aの水素ファイナンス活動

講演者: JH2A金融委員会委員長 金子忠裕氏

水素ファンドは水素市場黎明期における需要と供給のジレンマに対して、本ファンドが水素バリューチェーン全体を俯瞰してリスクマネーを供給することでグローバルバリューチェーンの構築に寄与することを目的としている。具体的には以下の通り。

  • 日本企業が有する先進的な水素関連技術を活用する機会を模索し、日本を含む世界のエネルギー安全保障と脱炭素の両立を支援
  • 日本企業が有する技術やオフテイクニーズ等を活かして、日本と各地域(欧米豪等)の優良水素案件を実現し、併せて装置/設備の価格低下により水素関連プロジェクト全般の実現促進

2024年8月27日に、8社のLP投資家から4億米ドル超の出資コミットメントを受けて、ファンドはファーストクローズした。JH2Aのメンバー企業が保有する、プロジェクト、技術・知見、需要を活用しながら、投資機会を模索していく。投資の対象はアンモニアやCCUSなどを含む、水素関連アセット及び企業となる。投資対象地域も日本、北米、EU、英国、豪州、中東、南米、アジア、アフリカといった世界全体となる。

投資第1号案件として、インフィニウム社への投資を実行した。同社は米国カリフォルニア州を本拠地とし、独自の技術によりe-Fuelを製造し航空産業などの長距離運輸業界や化学産業向けに提供する。同社が取り組むプロジェクトに最大1億5,000万ドルの投資機会の提供を受けられる。投資により業界のトップランナーとしての成長支援を見込んでいる。

JH2A金融委員会はファンドの設立、政策連携、情報交換・発信などの活動を行っている。ファンドについては、更に官民での適切なリスクシェア等によるバンカビリティ向上を目指し、経済産業省や政府系金融機関と協議や提言を行っている。

図9:主な講演スライド 1

図9:主な講演スライド 2

図9:主な講演スライド 3
図9:主な講演スライド

2.6 Session E 総括議論

ファシィリテーター:JH2A 金子忠宏氏

討論参加者:JOGMEC末廣能史、JH2A斎藤健一郎氏、H2Global Mr. Markus Exenberger

議論概要:

主な発言内容(敬称略)

金子:水素社会創成にむけて様々な議論が交わされたが、水素の供給の観点について末廣さん、水素需要サイドの事情、日本の技術の国際展開などを斎藤さん、国際的な視点での意見をMarkusさんに伺いたい。

末廣:日本の価格差支援制度では、水素等の環境特性(CI値)、供給量、事業スケジュール、実現蓋然性の観点を重視している。国内・海外からの輸入はいずれも必要である。海外からは生産コストの低い水素等を大量に確保することができる。過去にLNGの調達などでの経験も活かし大量・長期契約などで調達側のバーゲニングパワーを持つことは重要。アジアの他の輸入国と協力しての共同調達など国際協力も重要と考えている。

斎藤:低炭素水素市場創成は需要と供給を同時に立ち上げなくてはならない点が従来にない難しい点である。水素の持つ環境特性を生かしてhard to abate産業への適用が期待されるが、水素であれば容易に適用できるものでもなく技術的・経済的・制度的なハードルがある。日本の技術の国際展開に関連しては技術の普及(オープン戦略)及び、強みある技術の囲い込み(クローズド戦略)があるが、JH2Aでは標準化、認証制度などの国際的整合性をめざした活動に注力している、また水素の国際輸送に関しては輸送関連技術(液化水素、LOHC利用)など強みある日本技術もあり、これらの実装に向けた制度面などの活動にも取り組んでいる。

Markus Exenberger:日本もドイツも目指すところは共通な面が多く、様々なレベルでの理解促進、協力を進めていくことが重要であると考える。各国にはそれぞれの事情もあり、すぐに統一したルールを適用するのは難しい。現実的なアプローチで進めていくのが大切だ。

金子:最後に皆さんからひと言お願いします。

末廣:現実的な取り組みによりステップバイステップで取り組んでいきたい。

斎藤:これから始まる価格差支援制度を中心に事業が動き出すが、支援制度後にむけて自立的に事業発展ができるような取り組みを進めたい。

Markus Exenberger:日本の新たな水素Fund活動に注目している、水素事業への投資が活発化し、国際的な発展を期待する。

 

2.7 閉会挨拶

H2Global Foundation Executive Director Mr. Markus Exenberger

クリーンな水素とその派生商品を世界的な商品とするためには、技術や政策だけでは不十分であり、今日取り上げたような様々な取り組みが必要である。日本の価格差支援制度のような支援プログラム、H2Globalのような「グリーン・マーケット・メーキング」の取り組み、そして民間資本を動員する水素ファンドは、可能性を現実のものにするために不可欠なステップである。また国際協力は前進するための鍵である。ドイツ、日本、そして世界各国から専門家が一堂に会するこのようなイベントは、私たちが直面する課題は違っても、同じ目標を共有していることを思い出させてくれる、力を合わせることで、私たちの前進を加速させ、共有する目標を現実の成果に変えることができると思う。

私たちは皆、互いに学ぶべきことが多くあり、緊密に協力することでさらに多くのものを得ることができる。この場とオンラインで参加された皆さんに今日のセミナーが新鮮な洞察と新しいアイデアを与えてくれたことを願っている。これからの課題を障害としてではなく、共に革新し、協力し、成長する機会として捉えたい。

最後に、本日のイベントを共催し、このセミナーを企画、準備、実現する機会を与えてくれたJOGMECの末廣さんとチーム、そしてJH2Aの金子さんとチームに心からお礼を申し上げたい。また、日本のパートナーとともにH2Globalの活動を支援してくださっている経済産業省にも特別の感謝を申し上げる。

 

3. 終わりに

今回のセミナーには主として日本の新たな低炭素水素関連事業へ関心あると思われる企業・団体等から500名超の参加登録を得た。分野別の集計では、(1)エネルギー・電力等:15%、(2)商社・金融等:13%、(3)製造業・エンジニアリング・船舶・通信等:46%、(4)公的機関他:26%と幅広い産業分野でクリーン水素への関心が高いことがよみとれた。

セミナーでは水素市場創成に関する現状、課題、取り組みなどについて日独官民のハイレベルな観点からの講演、支援制度についての紹介、新たな民間ファンドの状況、市場創成への課題分析調査の紹介など盛りだくさんの内容の提供を、セミナーの目的とした。日本の関連業界の方々への情報発信、理解促進の目的は達成できたと考える。一方、時間の制約で、特に価格差支援制度の共同分析では説明が十分尽くせなかったのではないかと反省している。

低炭素水素等については、まだ供給も需要も極めて少ない状況で、新たな市場創成に関しては「鶏卵問題」に例えられ供給が先か、需要が先かで論じられることがあるが、現段階の低炭素水素市場は文字通り「卵卵」といった状況ともいえる。温暖化ガスのネットゼロに向けて進められる各国の水素バリューチェーン構築の支援事業は、単に水素の生産を支援するだけでなく、経済転換、産業育成を同時に実現することで、卵を孵化させることが重要である。H2Globalの本セミナーでの講演によると、過去のエネルギー転換実績に鑑みると、普及率が5-10%を超えると自律的にかつ、指数関数的に普及率は急速に進み、雛が鶏に成長する。そのためには2030年までに1兆米ドルの飼料(投資)が必要とされている。普及成長を阻害する需要不足の第一の要因は、価格差、次いでインフラ不足と考察され、卵を孵化させ育てる巣が欠けている。CfDといった支援策は、低炭素水素等をオフテイカーに繋げ、同時に水素に関係する産業育成につながる投資であることが改めて明らかになった。他に規制や標準、資金調達など様々な解決するべき課題も明確になりつつあり、これらへの取り組みも重要である。

日本では水素供給の価格差支援制度等がいよいよ運用が開始されるところである。先行する欧州でも様々な動きがこれから活発化していくものと考える。エネルギー・資源を取り巻く国際情勢は不透明さを増しているのが足元の状況であるものの、我々としては一歩一歩現実的なステップで取り組んでいきたいと考える。

国際的な協力はますます重要になることは明らかであり、今回のセミナー共催の経験を生かして今後とも国内外の関係先との協力関係を深め、水素市場・社会創成に貢献していきたいと考える。併せて今回のセミナー開催に協力をいただいた経済産業省、ドイツ連邦政府経済エネルギー省、共催のH2Global、JH2Aの皆様に感謝いたします。

 

参考文献(講演資料)

  1. 日本の水素政策(クリーン水素セミナー:Session A 基調講演1)
    https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/444/1_Session_A-1_Japans_Policies_on_Hydrogen_METI_Hirota.pdf
  2. 水素バリューチェーン推進協議会概要(クリーン水素セミナー:Session A 基調講演3)
    https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/445/2_Session_A-3_Overview_of_JH2A_JH2A_Saito.pdf
  3. 水素バリューチェーン構築に向けた価格差支援制度(クリーン水素セミナー:Session B 講演1)
    https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/446/3_Session_B-1_Overview_of_Japans_CfD_Support_Scheme_JOGMEC_Suehiro.pdf
  4. 水素市場創成への洞察とH2Globalの取り組み(クリーン水素セミナー:Session B 講演2)
    https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/447/4_Session_B-2_Insights_into_H2_Market_Creation_and_H2Globals_efforts_H2Global_Exenberger.pdf
  5. H2Global research report 2024紹介(クリーン水素セミナー:Session C 講演1)
    https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/448/5_Session_C-1_H2Global_2024_Reports_H2Global_Klenke.pdf
  6. 日本の価格差支援制度に関する洞察(クリーン水素セミナー:Session C 講演2)
    https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/449/6_Session_C-2_Analytical_Insights_into_Japans_CfD_Scheme_H2Global_Sterner_and_JOGMEC_Komazawa.pdf
  7. 日本初の水素ファンド概要(クリーン水素セミナー:Session D 講演)
    https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/450/7_Session_D_Overview_of_Japans_Hydrogen_Fund_JH2A_Kaneko.pdf

 

以上

(この報告は2025年2月28日時点のものです)

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