ページ番号1010476 更新日 令和7年4月28日
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概要
- ロシア産原油について、2024年の輸出収入は1,210億ドルとなり、2022年に比べ11%減少する一方、2023年に比べ8%も上昇した。もしロシアがウクライナへ侵攻せず、国際原油価格を享受できたと仮定した場合では、2022年は得られるべき収入は1,790億ドルであったが、実際には1,360億ドルと430億ドル(24%減/約6.5兆円)減少。同様に2023年に得られるべき収入は1,500億ドルだったが、実際には1120億ドルと380億ドル(25%減/約5.7兆円)、2024年は実際には1210億ドルと200億ドル(14%減/約3兆円)減少している。減少幅が過去2年間は24~25%であったものが、2024年には14%と大きく圧縮されているが、ロシア産原油に対する中国、インド及びトルコ等を中心とする安価な原油を購入したいという需要が伸びたことで、ロシア産原油に対する競争が高まり、ディスカウント幅を縮小させている。
- ロシア産原油はディスカウントされているとはいえ、依然4分3から5分の4程度の収益を維持している。他方、制裁効果によって数兆円規模の収入をロシアから削ぐことを実現したとも言える。ロシア産原油の国際市場におけるシェア(輸出量ベース)が約5%を占める現状では、ロシア産原油を締め出し、収入をゼロとすることは国際市場に大きな混乱と価格高騰をもたらしてしまう。欧米制裁はロシア産石油フローの維持を認める制度設計になっており、インド、中国やトルコを巻き込むことでロシアの収入を断っていくことを実現している。そのように考えれば、数兆円もの収入が断たれているということは制裁の実効性・効果として評価できる結果と言えるだろう。
- 2024年から現在にかけて実装された新たな対露制裁措置として、(1)欧米による凍結されたロシア政府資産の活用、(2)米国によるウラン禁輸、(3)ディスカウント戦略から真の禁輸への転換(ロシア石油メジャー2社及び全隻数の3分の1に当たる183隻の「影の船団」のSDN指定)、(4)初めてロシアで生産中のLNGプロジェクトを制裁対象にしたことが特記される。また、石油を輸送する「影の船団」に新たに「影のLNG船団」が出現し、Arctic LNG-2におけるLNG生産と輸送が行われたことも注目を集めた。
- これまでのロシア産石油に対する制裁は、G7諸国を中心に禁輸する一方で、制裁には参加しない中国、インド及びトルコに対してはそのフローを許し、彼らにロシア産石油を買い叩かせる戦略であった。しかし、バイデン大統領がトランプ新政権に移行する直前の2025年1月10に出した上記制裁(3) は、これまでの制裁設計について大きく転換を図っている。需給逼迫の観点から意図的に対象となっていなかったロシアの垂直統合型石油メジャーである業界3位のGazprom Neft(業界第3位:123万BD)及びSurgutneftegaz(第4位:111万BD)をSDNリストに加え、実質的に市場から締め出すことを志向するのに加え、これまで「必要悪」としてロシア産原油の海上輸送の担い手であった「影の船団」についてもその約3分の1を活動できなくすることを目指している。
- トランプ政権に移行してからは、停戦・和平に向けた合意を目指す対露交渉を「ディール」としてまとめあげ、飴と鞭を使い分け、交渉に入る前からロシアをさらに痛めつけるような大規模な追加制裁という手段には出ていない。しかし、3月末には停戦協議が進んでおらず、戦闘が各地で進んでいることへの苛立ちを露わにし、ロシア産原油を輸入する国にベネズエラ同様に二次関税(Secondary Tariffs/25~50%)を課す他、停戦ができず、ロシアに責任があると判断した場合は1カ月以内に新たな制裁を科す考えを示している。
1. はじめに
ウクライナ侵攻に伴う対露制裁発動から丸3年、ロシア財政のコアである石油収入を断つ石油禁輸及び石油価格上限設定措置発動から2年が経過した。制裁の効果は果たして上がっているのかどうか。G7各国の制裁当局の関心事でもあるこの問題については、定点ではなく一定期間を比較しなければ、正確な回答は出ない。本稿では2024年という通年の実績をベースにその効果の検証をアップデートしていく。
また、ウクライナ侵攻後、バイデン政権下で進められてきた対露制裁は、2025年1月20日に就任したトランプ新政権への移行を前に大きく方向転換したこと、そして、トランプ政権下での新たな動きも注目される。これまではロシア産石油はG7諸国が禁輸する一方で、制裁には参加しない中国、インド及びトルコに対してはそのフローを許し、ロシア産石油を買い叩かせる戦略を構築していたが、バイデン政権が1月に打ち出した同大統領主導の最後の制裁では、ロシア産石油のフローを世界的に大きく縮小させる方向性が打ち出されたのに加え、遂に生産中のLNGプロジェクトも制裁対象として拡大された。また、政権発足から3カ月、停戦・和平交渉が思ったように進まないトランプ政権は、ロシア産石油を輸入する第三国に対して「二次関税」を課すことも検討していると言う。
本稿では過去1年の制裁動向を振り返りながら、その効果を検証しつつ、トランプ政権の登場によって大きな岐路に立つ欧米制裁の今後の見通しについて分析することを目的とする。
2. 過去3年間発動されてきた制裁とその効果
ロシアによる親露派地域の独立承認(2022年2月21日)とウクライナ侵攻(同2月24日)を受けて発動された欧米による制裁は、バイデン政権下において17の波となって具体化してきた(図1)。ロシアは侵攻直後から国際社会からの厳しい批判に晒され、その非難の矛先はロシアの財政の要であり、外貨獲得の手段であるエネルギー輸出に向かってきた。これまでにない規模での欧米制裁の発動は、当初は金融分野をターゲットとする経済制裁だったが、2022年2月末から3月初旬にかけて、米英加豪4カ国がエネルギーの一部禁輸(米豪は全てのエネルギーを対象)を決定し、さらに英加がロシア船籍・ロシア人が管理する船舶の港湾利用禁止という事実上の禁輸政策を打ち出すに至って、市場にロシア産原油・石油製品・天然ガスを敬遠する動きが加速し始めた。侵攻から3カ月経たない5月には欧州も港湾利用を禁止する措置を執り、G7においてはロシア産石油(oil)の段階的廃止・輸入禁止を目指すことが首脳宣言にも盛り込まれた。G7の首脳宣言を受け、欧州委員会でも石油禁輸の議論が活発化し、紆余曲折を経て、5月末に条件付きながら石油禁輸を柱とする制裁パッケージに合意し、6月3日に正式に発表された。その期限は原油については2022年12月5日、石油製品については2023年2月5日と定められた。さらにロシアが地政学リスクを能動的に高めることによって高止まりする原油価格によって、ロシアの収入源を断つべく実装された制裁が効力を発揮できていないとの議論が高まる中、6月28日にはG7が極めて新しい制裁方策である「石油価格上限設定(プライスキャップ)」の検討を開始し、9月には年内導入合意に至った。
こうしてロシアの財政の本丸である石油収入を抑制するべく、ロシア産石油の禁輸措置が侵攻から1年も経たない内に発動されたことは特筆に値する(図1の第6波、第8波及び第9波)。ロシアは世界の原油供給の1割超を占め、サウジ及び米国に並ぶ大生産国であり、その禁輸の実装は、例えば既に米国二次制裁の対象となっているイラン(世界に占める生産量シェアはロシアの半分以下)等とは異なり、国際原油市場に大きな影響を与えることが予想されたためである。その影響を回避するために生み出されたのが、ロシア産石油についてG7諸国を中心に禁輸する一方で、制裁には参加する意図を示さない中国、インド及びトルコ等の国々に対してはそのフローを許し、しかしながら、彼らにロシア産石油を買い叩かせる戦略であった。2022年12月5日から実装されたG7による石油禁輸、そして同時に発動された価格上限設定措置によって、市場におけるロシア産石油のリスクプレミアムを上げ、これらロシアにとっての「友好国」にロシア産石油を買い叩く材料を与えていくことで、実働では彼ら「友好国」がロシアの石油会社を買い叩き、ディスカウントされたロシア産石油を彼らが享受できるシステムを構築することに成功している。また、国際原油市場にはこの3年に亘ってロシア発での供給途絶危機・価格高騰が発生していない状況を創り出している。

出所:各国政府公開情報より筆者取り纏め
3. 制裁の実効性の検証
(1) 侵攻前・2022年侵攻・制裁実装後の比較
制裁効果としては、ロシア財政の本丸である石油ガス収入にどのような変化が生じたのかを比較することで、その有無が明らかになる。図2にて侵攻前、2022年の侵攻時、石油禁輸措置が実装された2023年、そして最新の2024年通年の試算結果をまとめた。なお、この試算は輸出数量を精査し、適用すべき市場価格を試算の上掛け合わせた理論値であり、実績値ではない。他方、どのような収入の増減が過去5年で推移してきたのか、そのトレンドを見ることができ、結果として制裁が2024年までの通年でどのような影響をもたらしたのかを各年の相対的な比較を通して明らかにするものである。
まず、原油については2024年の輸出量は2023年をピークに減少傾向が見られている。これは2023年10月から米国が開始した「影の船団」に対する二次制裁の拡大が影響のひとつであると推察される。2024年は2022年に比べ1.4%、2023年に比べ3.6%減少した。他方、ウラル原油価格も2022年に比べ9%下落したが、2023年に比べると11%上昇している。試算される2024年の原油収入は1,210億ドルとなり、2022年に比べ11%減少する一方、2023年に比べ8%も上昇した。もしロシアがウクライナへ侵攻せず、国際原油価格を享受できたと仮定した場合では、2022年は得られるべき収入は1,790億ドルであったが、実際には1,360億ドルと430億ドル(24%減/約6.5兆円)減少している。同様に2023年に得られるべき収入は1,500億ドルだったが、実際には1120億ドルと380億ドル(25%減/約5.7兆円)、2024年は実際には1210億ドルと200億ドル(14%減/約3兆円)減少している。重要な点として輸出量が減少する一方、油価が上昇したことで双方が相殺する中で、結果として収入が減少しているという事実や減少幅が過去2年間は24~25%であったものが、2024年には14%と大きく圧縮されていることが挙げられる。ロシア産原油に対する中国、インド及びトルコ等を中心とする安価な原油を購入したいという需要が伸びたことで、ロシア産原油に対する競争が高まり、ディスカウント幅を縮小させているのである。

出所:輸出入統計、価格情報及び公開情報をベースに筆者取り纏め
図3に示す通り、ロシア産原油の海上輸送量とディスカウント幅には、後者が拡がれば、前者が増えるという相関関係がウクライナ侵攻直後から見られ、最大では瞬間的にバレル当たり41ドル(月間平均では2022年4月の同36.2ドル)までその割引価格は上昇した。しかし、市場が制裁措置に慣れ、また国際原油価格が高止まりする中で、それでも安く、割引かれたロシア産原油に対し、インドやトルコ、中国等の買いが集まることで、ロシア産原油が人気を博し、結果、その幅が縮小してしまうという事態が2023年2月以降、現在まで発生している。

出所:市況公開データから筆者作成
前述の通り、2023年10月からは米国がロシア産石油を輸送する「影の船団」への二次制裁拡大を開始し、今年1月10日には現在活動する「影の船団」の約3分の1に当たる183隻もの船舶がSDN(米国制裁における最も厳しい制裁である「特定国籍指定者(Specially Designated Nationals)」)として対象に加えられた(3.にて詳述)。これはそのままロシアの輸出量を同率で制限することに繋がるものであり、結果、日量約150万バレルが市場から失われることを意味する。結果、制裁発動前に75ドル前後だった原油価格は約5ドル上昇し、80ドルを超えている。他方、ディスカウント幅もこの刺激策を受けて拡大し、足元では10ドル弱だったものが(図3)、3月現在で17ドル程度まで拡がっている模様である。
問題はこれら数字をどのように評価するかであろう。西側制裁による効果に対する期待度が高い側から見れば、ディスカウントされているとはいえ、ロシアは依然4分3から5分の4程度の収益を維持しているというネガティブな評価もあるだろう。他方、制裁効果によって数兆円規模の収入をロシアから削ぐことを実現したとも言える。ロシア産原油の国際市場におけるシェア(輸出量ベース)が約5%を占める現状では、ロシア産原油を締め出し、収入をゼロとすることは国際市場に大きな混乱と価格高騰をもたらしてしまう。前述の通り、欧米制裁はロシア産石油フローの維持を認める制度設計になっており、インド、中国やトルコを巻き込むことでロシアの収入を断っていくことを実現している。そのように考えれば、数兆円もの収入が断たれているということは制裁の実効性・効果として評価できる結果と言えるだろう。
禁輸はされていない天然ガスについてもその収入試算を試みたが、2023年に続き、2024年においても輸出量は大きく減退しているのに加え、2023年以降、天然ガス価格が大きく下振れした結果、史上最低レベルの収入となっていることは制裁上では想定されていないロシア政府の収入が削がれている状況が生まれている点で注目される。
(2) マクロ経済指標
ロシア統計庁は2024年のロシアのGDP成長率は4.1%だったと発表した。侵攻直後の2022年がマイナス2.1%と落ち込んだが、2023年が3.6%、2024年はさらにプラス成長を達成し、その比率は過去10年で2021年の5.6%に次ぐ数値となった。しかし、これをもってロシアに対する制裁が効力を発揮していないとは言えない。それは2022年にも指摘されたことだが、もしロシアがウクライナに侵攻していなければ更なる経済成長が見込めた可能性があること、そしてこの伸びの背景に制裁によって内需が拡大する環境が整ったこと、そして戦時経済下での軍需産業を中心とする政府支出の増加による成長率の底上げ効果があるからである。さらにインフレ率も著しい上昇傾向にあり、その鎮静を図るべくロシア中央銀行は金融機関への貸し出し金利(キーレート)を21%という高い水準で維持している。皮肉なことにこのことは一般市民にとってはルーブルの価値が希釈されていると映り、ルーブルへの信用を失わせると共に、いつ価値がさらに崩壊していくか分からない現金を手放し、現物化に向かわせている。メディアで報道されるように外食産業が好況である等市民の消費意欲が高まっていることや自動車販売が一定率で伸びていること、不動産分野が好況を示している理由のひとつとしてルーブルに対する信用不安が影響を与えていると考えられる。
制裁の実効性を示すものとして上記マクロ指標からすぐ見出せるのは、国際原油価格(ブレント)とウラル原油価格との乖離である。奇しくも、ロシアがクリミアを併合し、欧米制裁が7月に発生したマレーシア航空機撃墜事件を受けて石油分野(足元の生産ではなく「将来的石油生産ポテンシャル」に対して、大水深、北極海及びシェール層開発が対象となった)に拡大することで地政学リスクの上昇から油価が上がり、通年ではバレル当たり99ドルをつけた2014年と、ロシアがウクライナへ侵攻した2022年は同じ油価レベルに達している。しかし、異なるのは2014年にはロシア産石油に対するディカウントは制裁発動の7月に極めて短期間しか生じなかった一方で、2022年から現在にかけては継続的に国際価格とは大きく乖離する形で表れていることである。その差は2022年には通年平均でバレル当たり23ドル、2023年には同20ドルに及んだ。2024年はそのディスカウント幅が縮小し12ドルとなったが、依然、足元の国際価格に比べれば、14%もの値引きを強いられている。後述するバイデン政権の「置き土産」によって、2025年1月以降、さらにロシア産石油に対するリスクが上昇しており、2025年はある程度ディカウント幅が拡大することが想定される。また、ルーブルの対ドル為替も2014年に比べて、著しくルーブル安が進んでいる。2024年11月に発動されたガスプロムバンクに対する制裁をトリガーにさらにルーブル減価に拍車が掛かっていることも、ルーブルに対する信用価値の低下を裏付けるものと言えるだろう。

出所:在モスクワ日本大使館資料、ロシア国家統計庁及びロシア財務省等からJOGMEC作成
4. 2024年注目された対露制裁の動向
ウクライナ侵攻から1年も経たない2022年12月及び2023年2月にロシア産石油禁輸に踏み込んだ欧米の対露制裁は、すでにロシア財政の要である石油収入をターゲットとする制裁を課しており、前述の通り、ある程度の効果を上げている。それだけに留まることなく、2024年も複数の動きが新たな対露制裁の方策として西側諸国では見られている。
(1) 凍結されたロシア政府資産の活用[1]
2024年4月25日、バイデン大統領の署名によって「ウクライナ人のための経済的繁栄と機会の再構築(REPO for Ukrainians Act/Rebuilding Economic Prosperity and Opportunity for Ukrainians Act)」法が米国で成立した。この法律によって米国政府がロシア政府資産を差し押さえ、「ウクライナ支援基金」に譲渡することを可能とする内容であり、また、それら凍結資産を原資とし、「国際ウクライナ補償基金」の設立を含め、ウクライナを支援するための国際的なメカニズムを設立することをG7諸国、EU、豪州、その他のパートナー及び同盟国と調整することも謳われた。EUも翌月の大使級会合で、最終的に域内に凍結されたロシア政府資産から生じる利子等の収益をウクライナの軍事支援に充てるメカニズムに大筋で合意に至り、対象は同資産から発生する運用益・利息である「特別収益」とし、その9割を「欧州平和ファシリティ」に、1割はウクライナの軍事と復興を支援するための「ウクライナ・ファシリティ」に割り当てるとされた。実際に2024年7月23日には凍結されたロシア資産を管理する「ユーロクリア」から15億ユーロが欧州委員会へ移転され、利用することができるようになったことが発表された。そして、G7諸国も6月のイタリア・プーリアで開催されたサミットで、凍結されたロシア資産から得られる利子等を「特別収益」と定義し、年内に「ウクライナのための特別収益前倒し融資」(約500億ドル)を立ち上げ、ウクライナの防衛と将来的なニーズを財政的に支えていくことが共同コミュニケに盛り込まれた。
他方、利子等の「特別収益」とはいえ凍結されたロシア政府資産を活用することは事実上の接収と解釈され、資産を接収した国の信用を損ない、賠償を受ける権利があると信じる国が自助手段としてこの措置を拡大解釈することや国際法秩序の破壊に繋がり、現在の世界経済・金融システムを分裂させる可能性があると要人・専門家が警鐘を鳴らしてきた。サウジアラビアは、もしG7が凍結されたロシア政府資産の接収を決定すれば、自国が保有する欧州債券の一部を売却する可能性があると今年に入り内々に示唆したと報道されている。
米国のREPO法、EUの「ユーロクリア」による「特別収益」の支払いにおける共通点として、凍結されたロシア政府資産から生まれた「特別収益」を、そのままウクライナ政府に譲渡するのではなく、米国は「ウクライナ支援基金」を立ち上げ、欧州委員会は既に立ち上がっている「欧州平和ファシリティ」及び「ウクライナ・ファシリティ」に譲渡することが想定されていることが挙げられる。これまで欧米諸国が無償でウクライナへ支援してきた資金・物資に対する対価となり、各国の支援規模に従って支払われる可能性があり、各国のプラットフォームの中で決済を行う方が効率的となる。さらに外国資産の接収に慣習国際法上問題がある中では、ウクライナに「特別収益」を、物理的に国境を越えて渡さず、その資金の所有自体はウクライナに見かけ上には移らず、欧米各国政府から変わらないということを示すことで、欧米諸国がロシア政府からのリパーカッションに備えていることも考えられる。

出所:JOGMEC作成
このような動きに対して、国営ロシア通信(RIA)は、西側諸国がロシアの資産を没収してウクライナ復興に充当し、ロシアが報復に動いた場合、西側が失う資産と投資の規模は少なくとも2,880億ドルに上ると試算した(英国:186億ドル、米国:96億ドル、日本:46億ドル、カナダ:29億ドル等)。さらに複数のロシア政府要人が、ロシア政府が差し押さえの可能性のある外国資産をリストアップしていることを明らかにしており(リストは非公開)、海外のロシア資産の没収の可能性は違法であり、深刻な結果と世界経済を損なうことになると警告している。
G7諸国による「ウクライナのための特別収益前倒し融資」(約500億ドル)の立ち上げに関する合意を受けて、米国が200億ドル、ドイツ、フランス及びイタリアが計200億ドル、日本、英国及びカナダが残りの100億ドルを3カ国で均等に分けて拠出する方向となったが、日本は日本で凍結しているロシア政府資産(580億ドル)からの「特別収益」をその資金として充当するのではなく、国際協力機構(JICA)による円借款5,000憶円程度の拠出で対応する方針を示している。日本政府が凍結されたロシア政府資産には手を付けず、JICAによる円借款で5,000億円を拠出しようとしていることは、本措置が内包する発動時の日本が被る国際的な信用リスクを回避するだけでなく、ウクライナ支援という本来の目的を達成しながら、ロシア政府による資産接収という対抗措置をかわす判断と言えるだろう。
(2) 米国によるウラン禁輸
2024年5月13日、米国務省はバイデン大統領がウラン輸入禁止法(H.R.1042 - Prohibiting Russian Uranium Imports Act)に署名し、成立したと発表した[2]。内容は2024年8月12日以降、ロシア産ウラン製品の米国への輸入を順次禁止していくもので、2028年1月1日まで国務省及び商務省が協議し、エネルギー省経由で免除措置を設定している。エネルギー省に27億2,000万ドルを配分し、国内のウラン濃縮事業への投資を促進することも盛り込まれている。米国のロシアからの濃縮ウラン輸入シェアは31%程度(12億ドル規模)と最も高く、これまでもロシア産濃縮ウランの禁輸に関する法案が提案されてきたが実現には至っていなかった。今回の決定は代替への見通しが立ったことも示すものとも考えられるが、その実現には2028年とあと3年を移行期間として設定していることも、EUや日本が天然ガスの禁輸に踏み切れないように、世界最大の原子力発電容量を誇る米国にとってはロシア産濃縮ウラン禁輸の発動に向けた事態の難しさを示すものでもある。
(3) 新たな「影のLNG船団」の出現
2024年は、G7諸国による石油禁輸及び価格上限設定措置によって生まれてきたロシア産原油及び石油製品を輸送する「影の船団」に新たにロシア産LNGを輸送する船団が加わった年となった。2023年11月2日、生産及び輸出を直前に控えた開発中のLNGプロジェクトであるArctic LNG-2を米国国務省は、「ロシアの将来のエネルギー生産と輸出能力の抑制」を目的として制裁対象(SDN)に指定した[3]。この結果、同プロジェクトは第一トレインからのLNGの生産は開始するもLNG用貯蔵タンクがいっぱいになった2024年1月にガス生産量を大幅に削減し、当初1月中旬に予定されていた最初のLNG出荷は実現できない状況に追い込まれていた。その後、7月25日にはムールマンスクから第二トレインを積載した重力着底式(GBS)プラットフォームの曳航が開始され、8月20日までにサイトのあるギダン半島に到着しているが、その矢先の8月5日、Bloomberg等が衛星写真からArctic LNG-2の稼働を停止していたはずの第一トレインにインド企業Ocean Speedstar Solutionsが運航するLNGタンカーが接岸していると報じた。デッキの外観と寸法からPioneer号(IMO9256602)であること、写真はギダン半島で撮影されているのにも関わらず、船舶の自動位置識別システム(AIS)を偽装し、同船はバレンツ海を航行しているふりをしていると暴露した[4]。その直後にPioneer号は出航し、8月8日にはノルウェー沖を大西洋方向に進んでいることも明らかになった。
その後、10月までにPioneer号に加えて、インドやUAE等の企業が運航を行うLNG船4隻(Asya Energy号(IMO9216298)、Everest Energy号(IMO9243148)、Mulan号(IMO9864837)及びNova Energy号(IMO9324277))がギダン半島のArctic LNG-2の第一トレインからLNGを順次積み込み、合計8つのカーゴの輸出を試みたと考えられている。
この新たな動きに対して、米国は8月23日及び9月5日、英国は9月26日及び10月26日、さらにEUも12月17日に発動した第15次制裁パッケージにて矢継ぎ早にこれら船舶を制裁対象に加え、衛星情報及びAIS情報からも今後Arctic LNG-2からのLNG輸出に関与する可能性のある複数のLNGタンカーを制裁対象としてきた[5]。この動きを受けて、最終的に輸出が試みられた8つのカーゴは仕向け地に到着することはなく、3カーゴはムールマンスクに設置されている積替えターミナル(SAAM/米国制裁対象)に、1カーゴはカムチャツカに設置されている積替えターミナル(KORYAK/同上)に搬入され、残る4隻は2025年3月現在も海上(日本海及びバレンツ海)で滞留している状況にある。また、これらのLNG船は砕氷機能がなく、北極海では冬季の航行ができないため、夏季の運航ウィンドウが閉じる10月以降は物理的にもArctic LNG-2からの輸送ができなくなった。
EUの第15制裁パッケージでは、米英に先んじて、ヤマルLNGの輸送を担う世界に15隻しか稼働していない砕氷LNG船(Arc7級)の内の1隻(Christophe de Margerie号 (IMO9737187))を制裁対象に加えたことが注目される。ロシア国営企業Sovcomflotが保有・運航しているもので、その後、米国も年明けの1月10日の制裁発動でSDN対象リストに加えている。対象となった砕氷LNG船の名前「クリストフ・ド・マルジェリ」は2014年にモスクワの空港での事故で不慮の死を遂げたフランスTOTALの前社長の名前に因んで名付けられたもので、露仏エネルギー協力の象徴的な存在でもあった。
他方、制裁対象に砕氷LNG船が加わったということは、これら制裁対象船を使用すれば、限定的な量ながら通年でのArctic LNG-2からのLNG輸出が可能になったことも意味する。2024年8月以降の「影のLNG船団」の出現と出航の動きは、米英の制裁発動がもしなかったならば、世界のどこかで買い手が既に見つかっていたことも示唆している。米英の制裁によって海上での滞留が続いているが、今後、米国の制裁対象となっても極めて安価なLNGが手に入り、親露国としてアピールすることでロシアから何らかの恩恵が得られることにメリットを見出す国が出てくる場合、生産者、輸送者及び需要者が全て制裁対象で成り立つようなバリューチェーンが出現する可能性がある。
(4) バイデン政権最後の置き土産
1) ディスカウント戦略から真の禁輸への転換
これまでのロシア産石油に対する制裁は、前述(1.)の通り、G7諸国を中心に禁輸する一方で、制裁には参加しない中国、インド及びトルコに対してはそのフローを許し、彼らにロシア産石油を買い叩かせる戦略であった。これらの国は対露制裁に参加しないことが見込まれた上に、ロシアが生産する石油が市場から無くなることで、国際価格が高騰することが予想され、結果として市場不安や最終的にロシアの収入を相対的に増やしてしまうことが予想されたためである。
しかし、バイデン大統領がトランプ新政権に移行する直前の2025年1月10に出した制裁[6]は、これまでの制裁設計について2つの点で大きく転換を図るものだった。
まず、これまで需給逼迫の観点から意図的に対象となっていなかったロシアの垂直統合型石油メジャーである業界3位のGazprom Neft(生産量ではRosneft(412万BD)、LUKOIL(165万BD)に次ぐ業界第3位:123万BD)及びSurgutneftegaz(同第4位:111万BD)をSDNリストに加え、実質的に市場から締め出そうとする方針に転換したことである。トランプ新政権が対露制裁を緩和するかもしれないという懸念を受け、政権移行前にできるだけハードルを上げておくことを狙ったものと考えられる他、これまでエネルギー価格の高騰を意識し、これら石油メジャーへの制裁を避けてきたが、エネルギー価格の高騰をバイデン政権の愚策によるものと糾弾するトランプ新政権に対し、価格高騰に対する舵取りのお手並み拝見という置き土産的な制裁発動にも映るものである。業界第1位のRosneft(石油生産量は412万BDと大きく差がある)や第2位のLUKOILを狙わなかったのは市場への影響に鑑みた結果であろう。それでも、今次制裁対象となった2社の生産量は欧米メジャー級のレベルにあり、輸出量は併せて約日量100万バレルもある。この制裁を受けて、国際原油価格はこれまで5ドル程度上昇し、ピークでは80ドルを超える市況を生み出すこととなった。
もうひとつの真の禁輸制裁への転換は、183隻もの「影の船団」を、二次制裁も含むSDN制裁対象に指定したことである。これまで述べてきたようにロシア産石油を輸送する「影の船団」は欧米制裁によってロシアの収入を断ちながらもロシア石油フロー維持を意図して生み出されてきたものだった。いわば必要悪として、中印トルコを制裁設計に取り込み、彼らに買い叩かせる戦略である。制裁対象国の物品を輸送する「影の船団」の内、原油及び石油製品を扱うタンカーは2024年末に世界で889隻が活動していると推定され、その内の66%に当たる586隻がロシア産石油を扱っていた(その他、155隻がイラン、113隻がベネズエラとされている)[7]。今回の制裁ではその586隻の内、その3割に当たるタンカーが制裁対象となり、単純計算でロシアの海上輸送量の3分の1(原油では日量約163万バレル)が世界市場へのアクセスに何らかの問題を抱え、供給逼迫を起こしていくことが予想されていた。

(Gazprom Neft及びSurgutneftegazの位置づけ)
出所:公開情報からJOGMEC作成
しかし、現在時点で足元の海上輸出量を見るとそこまで大きな減少とはなっておらず、原油価格はトランプ政権によって4月2日から打ち出された「相互関税」政策による世界的な景気後退の懸念を受けて、60ドル台前半まで落ち込んでいる。輸出量実績を見ると、1月の制裁発動後、3月までに駆け込み需要と考えられる増加と足元では減少傾向が見られるが、当初想定された3分の1もの落ち込みは見えて来ない(図7)。これは今後米国が制裁効果を高めるための追加制裁措置のテーマとなるが、想定されるのは制裁対象となったGazprom Neft及びSurgutneftegazがロシア国内でその他の制裁対象となっていないロシア石油メジャーに各自社産原油を引き渡し、各輸出港からの輸出時点ではこれら2社の名前が出てこないよう対抗措置が図られていることが考えられる。バルト海、黒海、太平洋のそれぞれの輸出港まではTransneftが運営する幹線パイプラインを経由し、全ての石油会社が輸送を行っているため、幹線パイプラインに入った時点でどの石油会社のものかは事実上分からなくなる。各石油会社はTransneftとの原油輸送契約の中で各港に輸出用タンカーを傭船し、契約に基づいてパイプラインに流した量を引き取ることができる。従って、Gazprom Neft及びSurgutneftegazが例えば最大の輸出量を誇るRosneftやLUKOIL、そして輸送するTransneftとの間で原油譲渡契約を結べば、生産者を偽装して、非制裁対象原油として輸出することが理論上可能となる。これが現在も輸出量が大きく減少していない背景と推察される。
トランプ政権下では後述のロシア産石油を輸入する国に対する「二次関税」発動の可能性が指摘されているが(後述)、停戦交渉を優先する中、同政権下では4月2日に個人制裁(個人5名・4団体・船舶1隻/他方でオリガルヒであるボリス・ローテンベルグ氏の配偶者をSDNリストから除外)を発動した程度で、ロシアに対しては融和的態度を示している。しかし、今後の交渉が行き詰まる局面が現れれば、「二次関税」に加えて、Gazprom Neft及びSurgutneftegazに対する制裁実効性の強化がテーマとなってくるだろう。そのためには、RosneftやLUKOILという輸出代理企業も制裁リストに含める可能性や幹線パイプラインを運営・管理するTransneftに対する制裁発動の可能性も考えられる。

出所:Kpler社データベースからJOGMEC作成
2) 初めて生産中のLNGプロジェクトを制裁対象に
バイデン政権末期に発動された制裁でもうひとつ注目されるのは、初めて生産中のロシアLNGプロジェクトを制裁指定したことである。具体的にはGazpromがバルト海で運営する「ポルタヴァヤLNG(生産能力は年間150万トン/2022年9月稼働開始)」であり、2024年には157万トンをトルコ、スペイン、ギリシャ及びイタリアに輸出していた。もうひとつはNOVATEKが同様にバルト海で運営する「クリオガス・ヴィソーツクLNG(生産能力は年間66万トン/2019年4月稼働開始」で、2024年には73万トンを主に積替え先のベルギーに輸出した他、フィンランド及びスウェーデンも同年7月に欧州のガス供給網に接続されていないターミナルへのLNG輸入を禁止するEUの制裁が発効する前には輸入を行っていた。
今回の制裁対象はロシア企業によって100%運営されているプロジェクトが対象となり、西側企業も参画する国際コンソーシアムから成るサハリン2及びヤマルLNG両プロジェクトとの差別化が見られている。また、その容量も合計で216万トンとサハリン2の約5分の1程度であることから、市場への影響に配慮したものにも映る。しかし、重要なのはトランプ政権下でLNG輸出をさらに加速させる可能性の高い米国が、遂にロシアのLNGプロジェクトを二次制裁に加え(米国自身は侵攻直後から自国のロシア産天然ガスの禁輸を実施している)、市場からの排除を始めたことである。このことは今後、サハリン2及びヤマルLNGという世界の天然ガス需給にもある程度の影響を持つプロジェクトをも大天然ガス生産・輸出国である米国が制裁対象としていく初動ではないかということが懸念される(6.にて詳述)。
5. ロシア産原油及び天然ガス輸出量推移
ロシアによるウクライナ侵攻によって、従前は数十カ国に多様化していたロシア産原油市場は、侵攻後、その9割超をインド、中国及びトルコに集約されている(図8)。月間平均輸出量も侵攻前から侵攻後最高を記録した2023年5月の比較では16%も増加したが、足元では「影の船団」に対する欧米諸国による二次制裁の発動を受けて、減少傾向を示しており、侵攻から3年後の2025年1月に比べ、約7%減少している。

(侵攻前の2022年1月と3年後の2025年1月)
注:2025年1月、ミャンマーはロシア産原油を総輸出量の1%輸入しているが、その全量がPLにて中国(PetroChina)に輸出されている。
出所:Kpler社データベースからJOGMEC作成
図9にロシア産原油の輸出量(海上輸送に加え、パイプライン輸出も加えたもの)についてルート別・年別でのデータをまとめた。侵攻前の2021年、日量529.9万バレルだった輸出量は2023年には601.5万バレルとピークを迎え、2024年は594.8万バレルと1.1%の減少に転じた。また、制裁対象ではないが、図9に天然ガスの輸出量についても同様の資料を用意した。

(2021年、2022年、2023年及び2024年の比較)
注:ドルージュバPLの流量にはドイツに輸出されているカザフスタン産原油も含まれている。
出所:公開情報をベースにJOGMEC取り纏め

(2021年、2022年、2023年及び2024年の比較)
出所:公開情報をベースにJOGMEC取り纏め
興味深いのはG7が禁輸をしている原油輸出量は増加傾向を示してきた一方で、禁輸されていない天然ガスの輸出量が大幅に落ち込んでいることである。侵攻前の2021年に比べ、2023年は42%、2024年は対中パイプライン「シベリアの力」が設備容量を達成したのを受けて2023年より12%増加するも、依然として2021年に比べれば35%も減少したままである。その原因はもちろん2022年8月にロシアが自ら対独パイプラインである「ノルド・ストリーム」を完全停止し、欧州のロシアに対する信用を失墜したこと、そして、その1カ月後には当該パイプラインが何者かの手によって破壊されたことにより、危険なロシア産ガス離れが欧州で決定的に加速したことが背景にある。また、ウクライナを経由するパイプラインの稼働率減少も理由として挙げられる。
ロシアの輸出収入においてその根幹を成す石油ガス輸出は、このように足元では原油輸出は増加するもディスカウント価格でしか売れず、天然ガスは禁輸対象でもないのにもかかわらず、インフラの問題によって輸出量が激減している状況に陥ってしまっている。
6. LNG生産プロジェクトを対象にし始めた米国
前述4.(4)2)で説明した通り、バイデン政権最後の置き土産として、2025年1月10日には遂に生産中のプロジェクトである「ポルタヴァヤLNG」及び「クリオガス・ヴィソーツクLNG」が制裁対象となった。
G7がロシア産天然ガスに対する禁輸に踏み込めないのは、ひとえにロシア以外に天然ガスを大幅に追加供給できる国が現時点では存在しないという理由によるものだ。その点でこれまで禁輸対象となってきた石油、石炭、金、そしてダイヤモンドはロシア以外の供給国が存在し、その市場に大きな影響を生じさせないことは、実際、これまでの各分野での禁輸措置発動を見ても証明されている。

出所:JOGMEC作成
そのような中、米国は制裁対象を天然ガスプロジェクトに拡大しようと動いている(図11)。2023年7月以降、米国はロシアで開発が進むLNGプロジェクトであるArctic LNG-2に対する制裁強化を開始し、11月2日には同プロジェクトの事業会社をSDNに指定した。ロシアからのパイプラインガスや輸出LNGプロジェクトでは、大規模なサハリン2及びヤマルLNG、小規模ながらバルト海で稼働するクリオガス・ヴィソーツクLNG(NOVATEK)及びポルタヴァヤLNG(Gazprom)があるが、2023年はまず将来的な生産プロジェクト・現在開発中のプロジェクトを拡大する制裁に転換した年であった。
この米国による二次制裁を含む天然ガス分野への制裁対象拡大の動きの発端は、2023年5月に広島で開催されたG7サミットが起点となっていることも重要である。同サミット共同声明では対露制裁に関して「ロシアのエネルギー収入及び将来的な採掘能力(Russia’s energy revenue and future extractive capabilities)を制限する適切な措置を講じる」ことが謳われた[8]。この方向性を受けて、Arctic LNG-2のために建設された、液化プラントを載せた巨大な重力着底式(GBS)プラットフォームがムールマンスクからガス田のあるギダン半島へ海路輸送される出航式がプーチン大統領参加の下、開催されていた同年7月20日に、米国政府は同プロジェクトの設計・建設において中心的な役割を担ってきたロシアのEPCコントラクタであるNipigazと関連会社を制裁に指定している。次いで、9月14日、Arctic LNG-2に関連する建設会社や北極海航路を経由するLNG輸送ではその効率向上のための要となるはずだった2つの積替えターミナル(FSU/浮体式貯蔵施設「SAAM」及び「KORYAK」)に対しても制裁を発動した。この時に国務省のリリースでは、G7共同声明で書かれた「採掘能力の制限」から「エネルギー生産と輸出能力(Russia’s energy production and export capacity)」を対象とすると制裁の解釈と対象が拡大されている[9]。そして、11月2日にはArctic LNG 2 LLC社がSDN指定となり[10]、12月12日にはGazpromが進めるバルト海の新たなLNGプロジェクトであるウスチ・ルーガLNGの建設に関与する企業3社が制裁指定を受け[11]、2024年2月には同プロジェクトの事業会社も制裁対象となった[12]。

出所:JOGMEC[13]
図12は世界の天然ガスの短中期における需給バランスを示しているが、ロシア産パイプラインガスが失われている今、2026年から2027年までは世界で天然ガス供給が需要を下回り、逼迫することが想定される。今後3年程度は価格のボラティリティが高まり、天候や再生可能エネルギーの不調、LNGプラントのトラブルや2022年にロシアが自作自演した価格高騰の演出に振り回されるリスクが付きまとう。そのような中においては、依然禁輸対象ではなく、国際コンソーシアムが関与するロシア産LNGはできるだけ市場に出した方が、価格の不安定さの払拭に寄与する。
ロシア産天然ガスに対する禁輸の議論は、EUでも依然バルト三国やポーランドを中心に盛り上がりを見せているが、供給余力がロシアにしかない現状においては後先考えない禁輸は価格の高騰をもたらし、需要国である世界にそのツケが跳ね返ってくる一方、ロシアは輸出は減少しながらも2022年のように価格高騰を謳歌することができるようになってしまう。
将来的な天然ガス生産・輸出能力だけでなく、既存生産案件をもターゲットにし始めた米国制裁だが、ガス生産国である米国は良くとも、ロシアの収入を断つという制裁の実効性についても、需要国にとっても市場の不安定さを助長し、ガス価格の高騰を誘引する可能性があるという点でも問題を抱えているということは留意すべきことである。米国から見れば、特にトランプ新政権下ではロシア産LNGではなく米国産LNGを買わせるための制裁にも映るが、ロシアの生産中のLNGの全容量をカバーできるだけの生産能力は少なくとも足元では存在しないのであり、世界のガス需給及び市場の安定を考えれば、ロシア産LNGは少なくとも供給過多を迎えるまでの間は必要であることを認識しなければならない。
7. トランプ政権で示唆され始めた「二次関税」
前述の通り、バイデン大統領によるインパクトの大きな置き土産的な制裁発動は、トランプ大統領の「ディール」をベースに、停戦・和平に向けた合意を目指す対露交渉におけるスタートポジションを高めることになった他、飴と鞭を使い分け、交渉に入る前からロシアをさらに痛めつけるような更なる追加制裁という手段には出ないことは容易に想定された。しかし、3月中旬、米国はウクライナとの間で30日間の停戦合意を取り付けるも、ロシアとの交渉において進捗が見られない状況を受け、トランプ大統領がSNSに「停戦と和平に関する最終合意に達するまで、ロシアに対する大規模な銀行制裁、制裁、関税を強く検討している」と書き込んだ[14]。そして、3月30日には米NBCニュースの電話インタビューに答える形で、停戦協議が進んでおらず、戦闘が各地で進んでいることに対して、プーチン大統領について「とても腹立たしく思っている」と批判し、「もしウクライナでの流血を止めることに合意できなければ、二次関税(Secondary Tariffs)を課すつもりだ。ロシアから石油を買えば、米国でビジネスはできない。全ての石油に25%の関税が課せられる。全ての石油に25~50%の関税だ」と述べ、ロシアがウクライナ戦争の終結に踏み切らない場合は、ロシア産原油の購入者に25~50%を課すとした。これに先立つ24日には、ベネズエラ産原油及び天然ガスを輸入する国にも25%の追加関税を課す大統領令に署名しており、同様のスキームを、ロシア産原油(石油製品を含むか不明)を輸入する国である中国、インド及びトルコ等に適用するものと考えられる。
トランプ大統領は、経済政策と外交政策で関税を積極的に採用しており、1月の就任以来、移民、麻薬密輸、テクノロジー、米国との「不公平な」貿易慣行等の様々な問題で、カナダ、メキシコ、中国、EUに関税を課すと脅してきた。「解放記念日」と名付けた4月2日には、貿易政策を推進するため、より広範な関税計画を発表し、世界を驚愕させたが、この対象には(制裁によって)ビジネスをしていないとしてロシアは除外されている。石油取引に対する国家レベルの関税の適用は、史上試されたことはなく、ベネズエラやイラン産原油の貿易規模であれば、顧客であり関税の対象となる中国等は代替先を探すことで関税を回避することもできる一方、ロシア産原油の市場規模の大きさに鑑み、石油市場とその対象となるであろうインド、中国及びトルコ等に混乱を引き起こしている[15]。
ウクライナ侵攻後、安価なロシア産原油の最大の輸入国となっているインドは、今回の二次関税が発動されれば、米国の関税を受け入れても安価なロシア産原油を選ぶか、または国際価格でその代替ソースへの振替を選択することになる。あるインドの精製業界幹部は、エネルギー貿易を混乱させる可能性のあるメキシコとカナダの供給に対する米国の関税発動に加え、ベネズエラ及びイラン産原油を輸入する国に米国が関税を課し、さらにロシアを加えて合計で日量600万バレルの原油に影響を与えることは現実的ではなく、トランプ大統領によるロシア産原油への二次関税の発動は交渉戦術だったと見ているという。ブラフであるかどうかは足元で進む米露の停戦交渉の進捗次第であり、依然トランプ大統領は、停戦ができず、ロシアに責任があると判断した場合は、ロシア産原油を輸入する国に対し二次関税を課すのに加え、1カ月以内に新たな制裁を科す考えを示している。
8. 結び
ロシアによるウクライナ侵攻に対する対露制裁が発動して3年余り、ロシア財政の本丸である石油禁輸まで踏み込み、また制裁の抜け道であるロシアにとっての「友好国」であるインド、中国、トルコを制裁設計に組み込むことで、ロシア産石油の値引きによる収入の減少を実現している西側の対露制裁は一定規模の成果を上げていると言える。他方で、実装された石油禁輸及び石油価格上限設定においても「友好国」に対するロシア産原油のディカウント幅を維持・拡大する方法において課題を抱えてきた。石油禁輸と同時に実装された「価格上限設定措置(プライスキャップ)」はそのディスカウント幅を維持・拡大するための刺激策であったが、当初2カ月おきにその価格上限(原油はバレル当たり60ドル/石油製品は同100ドル)を見直すはずだった。石油価格を監視することとなったIEA及びG7各国当局が定期的に検討はしてきたが、上限設定は当初の価格から変更されないまま、丸2年が経過している。その間、低価格のロシア産石油が市場で魅力的になり、買いが集まることでディスカウント幅が解消してしまい、プライスキャップ自体が実効性を失ってしまったこともその背景にあると考えられる。そこで米国を中心に欧米諸国は「影の船団」を取り締まり、二次制裁を拡大するという手段でロシア産石油の売買価格を国際価格に比べて安く誘導する方法を採り始めた。しかし、それは「影の船団」の活動を圧迫し、結果としてロシアからの石油フローにボトルネックをもたらし、価格上昇を誘引する諸刃の剣ともなるものだった。しかし、ここに来てバイデン前政権はロシア石油メジャー2社及び3分の1に及ぶ「影の船団」を制裁対象とし、価格上昇を許容する覚悟(トランプ政権任せ)で対露制裁の次元を大きく変化させている。
トランプ新政権は自国におけるエネルギー価格の高騰を鎮静化させ、かつウクライナ戦争を終了させるための一石二鳥の策としてサウジアラビアを中心とするOPEC諸国に原油価格を引き下げる、つまり増産するよう要請した。OPECの減産や非OPEC諸国の増産に向けた動きも対露制裁の実効性に影響を与える重要な要素であり、イランやベネズエラといった制裁対象産油国に対する米国の対応や新興産油国として勃興しようとしている国(南米ガイアナ等)の動向も注目されていくだろう。
足元ではまだ制裁対象ではなかった天然ガス分野に対して、米国による浸み出しがさらに加速している。2023年から2024年にかけては開発中及び計画中のプロジェクトをターゲットとするだけで、生産中の案件は対象とならず、市場に対してある程度の配慮が為されてきた。しかし、今や遂に生産中の2プロジェクトが制裁対象となり、大きな転換点を迎えようとしている。確かに天然ガスは、石油及び石炭に並んでロシアにとって重要な財源であり、将来的な制裁対象としては候補となることは確実である一方、制裁はその実効性の是非と彼我への影響を含め、戦略的に設計・実装しなければ、効果を発揮できない。短期的に天然ガス供給が逼迫し、新規プロジェクトが立ち行かなくなれば、価格高騰が懸念される。今やLNG輸出国であり、ロシアに代わり欧州のガス供給者になった米国が、バイデン政権の置き土産とトランプ政権によるアメリカ・ファースト路線によって、暴走するリスクを新たに生み出している。対露制裁における同盟国である欧州及び日本は対露だけでなく、対米政策においてもさらに密に連携し、戦略を練っていくことが喫緊の課題となっている。
(注)本稿はロシアNIS調査月報4月号(3月公開)に寄稿した「対ロシア制裁の最新状況とその効果:ディスカウント戦略から真の禁輸への転換」にさらに新しい情報を加筆・アップデートしたものである。
[1] 拙稿「欧米が着手した凍結されたロシア政府資産の活用を巡る動き(米国REPO法の成立及びEU「ユーロクリア」からの最初の「特別収益」の受け入れ)とロシアによる対抗措置の可能性」(2024年8月14日) https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009992/1010187.html
[2] 米国国務省:https://www.state.gov/prohibiting-imports-of-uranium-products-from-the-russian-federation(外部リンク)
[4] Bloomberg:https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-08-05/a-gas-carrier-faking-its-location-helps-russia-avoid-sanctions(外部リンク)
[5] 米国国務省(8月23日):https://www.state.gov/taking-additional-measures-to-degrade-russias-wartime-economy/(外部リンク)
米国財務省:https://www.state.gov/further-sanctions-to-degrade-russias-ability-to-operationalize-the-arctic-lng-2-%20project/(外部リンク)
英国外務省(9月26日):https://www.gov.uk/government/news/uk-constrains-russias-future-lng-plans(外部リンク)
及び(10月26日):https://www.gov.uk/government/news/uk-strikes-at-the-heart-of-russian-energy-revenues-funding-putins-war(外部リンク)
欧州委員会(12月16日):https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_6430(外部リンク)
官報:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=OJ:L_202403187
[6] 米国国務省:https://www.state.gov/office-of-the-spokesperson/releases/2025/01/sweeping-sanctions-on-russias-energy-sector/https://www.state.gov/office-of-the-spokesperson/releases/2025/01/sanctions-to-degrade-russias-energy-sector(外部リンク)
米国財務省:https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy2777(外部リンク)
[7] Platts Oilgram News(2024年12月13日)
[8] 米国ホワイトハウス:https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/05/19/g7-leaders-statement-on-ukraine/(外部リンク)
(注)左記URLはバイデン政権時のホワイトハウス公式サイトのURLであり、現トランプ政権によってリニューアルされ、現在は機能していない。記録として脚注に残す。
[9] 米国国務省:https://www.state.gov/imposing-further-sanctions-in-response-to-russias-illegal-war-against-ukraine-2/(外部リンク)
米国財務省:https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1731(外部リンク)
[10] 米国国務省https://www.state.gov/taking-additional-sweeping-measures-against-russia/(外部リンク)
同財務省https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1871(外部リンク)
[11] 米国国務省https://www.state.gov/taking-additional-sweeping-measures-against-russia-4/(外部リンク)、
https://www.state.gov/taking-additional-sweeping-measures-against-russia-3/(外部リンク)
同財務省https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1978(外部リンク)
[12] 米国財務省:https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy2117(外部リンク)
[13] 白川裕著「天然ガス・LNG 最新動向~2023年世界のLNG貿易実績および中長期LNG価格イメージとLNG調達戦略・欧州ガス政策へのインプリケーション~」(2024年1月16日)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009992/1010005.html
[14] Bloomberg(2025年3月15日)
[15] IOD(2025年3月31日)
以上
(この報告は2025年4月23日時点のものです)