ページ番号1010512 更新日 令和7年6月5日

第83回IMO海洋環境保護委員会において合意された燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案を巡る一考察

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レポートID 1010512
作成日 2025-06-05 00:00:00 +0900
更新日 2025-06-05 10:51:13 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 環境エネルギー一般
著者 志賀 雄樹
著者直接入力
年度 2025
Vol
No
ページ数 12
抽出データ
地域1 グローバル
国1
地域2
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地域3
国3
地域4
国4
地域5
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地域6
国6
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国7
地域8
国8
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国9
地域10
国10
国・地域 グローバル
2025/06/05 志賀 雄樹
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概要

  • ロンドンの国際海事機関(IMO)本部で2025年4月に開催された第83回IMO海洋環境保護委員会(MEPC: Marine Environment Protection Committee)において、各国政府は国際海運からの低炭素燃料(燃料GHG強度の低い燃料)への移行を促進するべく、温室効果ガス排出目標と経済的インセンティブ制度に係る条約改正案について合意した。島国であり、海運国家である日本は本案が正式に発効されれば影響は避けられない。
  • 公表された制度案によると燃料GHG強度(gCO2eq MJ-1)は「規制値(base target)」および「基準値(direct compliance target)」の2段階の目標(target)によって管理される。規制値は目標達成によるGHG削減が主たる目的である一方、基準値はゼロエミッション舶への報奨金(reward)等を可能にするための収入を確保することにあり、基準値は規制値より厳しく、より高い脱炭素が要求される。規制値および基準値は年々厳格化の計画。
  • 重油に代わる低炭素燃料間の争いが激しさを増している。規制値ないし基準値による負担金を避けるには低炭素燃料への転換を進めることが必須となるだろう。有力な燃料としては次のものが挙げられる:(i)LNG(液化天然ガス)、(ii)バイオ燃料(バイオディーゼル、バイオメタン等)、および(iii)グリーン水素由来燃料(e-ディーゼル、e-メタン、e-アンモニア等)。
  • 当面はLNGへの規制値および基準値の影響は最小限となる見込みであるが、段階的燃料GHG強度目標が厳格化されるにつれ、2030年代の早い段階から影響を受け始めるため、LNGへの転換は一時しのぎに過ぎないという議論もある。ただし、2025年6月現在の段階ではコスト競争力の面で有利であること、またバイオ燃料のように食料安全保障上等の懸念も無いことから、しばらくは負担金を加味してもLNGに分がある局面が継続するという観測も。
  • バイオ燃料やグリーン水素由来燃料は燃料GHG強度の面では化石燃料よりも有利であるが、コスト面では不利である。特にグリーン水素由来燃料とのコストギャップは顕著である。さらなる技術革新や普及による規模の経済によるコストダウンのほか、本制度案の導入によって価格差縮小が期待される。バイオ燃料の場合は、食料安全保障や社会・環境面での懸念も。陸上からの電力や風力を直接動力に利用する船舶についても検討が加速するものと思われ、本制度案に施行によって船舶燃料のトランジションは大きく前進することが予想される。

 

1. はじめに

ロンドンの国際海事機関(IMO: International Maritime Organization)本部で2025年4月7日から11日まで開催された第83回IMO海洋環境保護委員会(MEPC: Marine Environment Protection Committee)において、各国政府は国際海運からの温室効果ガス排出目標と経済的インセンティブ制度に係る条約改正案について合意した。アメリカの交渉団の離脱、産油・ガス国や目標が低いとする島嶼国等の反発はあったものの、賛成多数で合意に至った。国際海運は世界の温室効果ガス(GHG:Green House Gas)排出量の3%程度を占めているとされ、世界初のグローバルGHG排出「税」(「税」とも呼ばれる理由については後述)という点では画期的であると言える。また、島国でありエネルギーや資源の大部分を輸入に依存する海運国家である日本はギリシアや中国とともに世界の国際海運のシェアの大部分を占めており、本案が正式に発効されれば影響は避けられないもの想像される。そこで本稿では今回の合意案と合意案を巡る動向を整理するとともに今後の見通しについても検討してみたい。

 

2. 国際海運におけるGHG排出

国際海運における温室効果ガス排出はドイツと同程度でおよそ7億トン、世界の3%ほどを占めるとされる。(図1)。総量の推移傾向としては漸増である。2022年時点では海運における燃料のほぼ全てが重油等の化石燃料由来であり、燃料転換の促進が急がれている。国際海運におけるGHG排出はどの国がどの程度寄与しているか明確ではないため、各国のパリ協定目標には含まれていない。したがって、各国政府が管理する内航海運のGHGとは異なり国際海運におけるGHG排出目標および対策は国連の一機関であるIMOにおいて一元的に検討・実施されている。これは国際民間航空機関(ICAO: International Civil Aviation Organization)が管理する国際航空と同様の措置である。

図1:国際海運からのCO2排出量の推移
図1: 国際海運からのCO2排出量の推移

(出所: IEA[1]をもとにJOGMEC作成)

 

IMOは2023年7月に「2023年 GHG削減戦略」を採択し、2050年頃までにGHG排出をゼロとする目標に合意した(表1)。これを達成するためのマイルストーンとして、2030年にはゼロエミッション燃料の使用割合を5%(目標10%)まで高めGHG排出量を20%削減(目標30%)し、2040年にはGHG排出量を最低70%削減(目標80%)する計画。IMOは既に燃費規制を導入してはいるが、2023 GHG削減戦略の目標を達成するため低炭素燃料へのトランジションを促進する新たな削減対策の導入が急がれていた。

表1:IMOの2023年GHG削減戦略目標
表1: IMOの2023年GHG削減戦略目標

(出所: Class NK[2]

 

3. 第83回IMO海洋環境保護委員会において合意された燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案について

2050年目標を達成するため、2025年4月に開催された第83回IMO海洋環境保護委員会は燃料GHG強度規制および経済的インセンティブ制度を含む条約改正案について合意した。具体的にはMARPOL条約(船舶の航行や事故による海洋汚染を防止することを目的として、規制物質の投棄・排出の禁止、通報義務、その手続き等について規定した国際条約。1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書から成る)付属書VI(船舶からの大気汚染防戦のための規則)の改正案であり、5,000 GT以上の国際海運に従事する船舶に対しその使用する燃料のエネルギー当たりのライフサイクルGHGを規制するものである(ライフサイクルのスコープについては後述)。燃料エネルギー当たりのライフサイクルGHG強度はgCO2eq MJ-1(燃料1メガジュール当たりの温室効果ガスCO2換算排出量)で定義され、GHG fuel intensity(GFIもしくは「燃料GHG強度」)と呼ばれる。なお、対象となるGHGはCO2(二酸化炭素), CH4(メタン)およびN2O(一酸化二窒素)。会議では一週間におよぶ激しい交渉を経てもコンセンサスが得られず、サウジアラビアによって投票による採決が提案された。UNFCCC(気候変動に関する国際連合枠組条約)・COPと異なり、IMOにおける意思決定は総意である必要はない。

表2: 第83回IMO海洋環境保護委員会における燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案に係る投票結果
表2: 第83回IMO海洋環境保護委員会における
燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案に係る投票結果

(出所:Josh Gabbatiss[3]をもとにJOGMEC作成)

 

最終的にサウジアラビア、ロシア、イラン等の産油・ガス国の反対やより高い目標と支援を主張していたキリバスやツバルのような小島嶼国やオーストラリアの棄権もあり、コンセンサスでは無く、投票による採決(賛成:63、反対:16、棄権:24)(表2)となったものの、本採決は世界初のグローバルGHG排出「税」(global carbon ‘levy’)とも言われ、その点では画期的な合意となった。IMOの決議プロセスは2ステップで、本案は2025年10月に予定されている臨時会合で締約国の2/3以上の賛成によって合意される必要があるが、本条約改正案が採択され、発効することで、GHG排出量の少ない代替燃料への移行に向けた国際的な動きが促進されることが期待されている。

公表された制度案によると、燃料GHG強度目標は「規制値(base target)」および「基準値(direct compliance target)」の2段階で構成され(図2)、基準年である2008年の参照値(reference value: 93.3 gCO2eq MJ-1)からの削減割合(%)で定義される。規制値は目標達成によるGHG削減が主たる目的である一方、基準値は低燃料利用船舶への報奨金(reward)等を可能にするための収入を確保することにあり、基準値は規制値より大きく、より高い脱炭素が要求される。規制初年度として想定されている2028年の規制値は参照値から4%削減、基準値は17%削減であるが、これは燃料がLNGであれば達成可能である水準ともされ、目標が低すぎるとの批判もある。ただし、削減割合は年々引き上げられる計画であり、例えば2030年の規制値は参照値から30%削減、基準値は43%削減である。これは化石燃料からの転換を少なくとも一定程度図らなければ達成できない水準である。

図2: 第83回MEPCでの合意されたIMO新制度案の規制値(base target)および基準値(direct compliance target)
図2: 第83回MEPCでの合意されたIMO新制度案の
規制値(base target)および基準値(direct compliance target)

(出所: DNV[4]

 

なお、燃料GHG強度がスコープとするライフサイクルは、いわゆる「井戸から航跡(well to wake)」であり、原料の採取、加工から輸送、船上での燃料の利用までが含まれる(図3)。燃料の生産や輸送等に伴う、土地利用変化も対象となるほか、適切な農業管理による土壌中の炭素蓄積量やCCS等の方法で回収・再利用したGHGも考慮される。ただし、具体的なパラメータや燃料GHG強度を求める計算式や方法論は専門家によって構成される委員会によって2025年6月現在検討中である。

図3:燃料GHG強度規制が対象とする燃料ライフサイクルのイメージ
図3: 燃料GHG強度規制が対象とする燃料ライフサイクルのイメージ

(出所: Class NK[5]

 

今回合意された制度案で特徴的なのは、燃料転換を推し進めるために経済的インセンティブを導入したことである。規制値および基準値未達成分のGHG排出量に対しそれぞれ380 USD tCO2eq-1と100 USD tCO2eq-1の「負担金(ペナルティー)」を課す一方、一定以下のGHG排出強度を達成した船舶に対して報奨金を供与する[6]。なお、100 USD tCO2eq-1については「規制」値を満たしていても「基準」値を満たしていない場合は対象となる得るため、これを「税(levy)」と呼ぶ声もある。具体的な報奨金の額については2025年6月時点では決まっておらず、2027年3月までにIMOが決定することになっている。なお規制値未達成の船舶は基準値を達成した船舶からユニット(units)と呼ばれるクレジットを購入することで相殺(オフセット)することも可能(図4)。本制度からの収入はIMOネットゼロ基金(IMO Net-Zero Fund)にプールされ、ゼロエミッション船などへの前述の報奨金のほか、海運セクターの脱炭素、本制度導入によって影響を受けると予想される食料安全保障への対応などに用いられるとされている。基金規模は年間100-150億ドルivとなるとの想定もあり、地球環境ファシリティ基金(2022年-2026年の4年間で約53億ドル)や緑の気候基金(年間約30億ドル)を超え、国際的な環境ファンドとしては非常に大きなものとなると想定されている。

図4:負担金と奨励金のイメージ
図4: 負担金と奨励金のイメージ

(出所: 国土交通省[7]

 

4. 今後の見通し

2025年10月に予定されているIMOの正式採択を待たず、第83回MEPCでの合意を受け水面下では重油に代わる低炭素燃料間の争いが関係各国や企業を巻き込んで激しさを増していると言われている。IMOにおける燃料GHG強度に係る方法論は上述のとおり検討中であるが、参考までに2023年に採択されたFuelEU海運規制による主な燃料の燃料GHG強度(2025年-2039年)は次のとおりである。

図5:主要な船舶燃料と燃料GHG強度
図5: 主要な船舶燃料と燃料GHG強度

(出所: Transport and Environment[8]をもとにJOGMEC作成)

 

現在最も一般的な船舶燃料である重油の燃料GHG強度(2025年-2029年)は92.6 gCO2eq MJ-1であるので、IMOの制度が導入された際には初年度から規制値を上回ることが想定される。したがって、ペナルティーを回避するには低炭素燃料への転換を進めることが必須となろう。有力な代替燃料としては次のものが挙げられることが多い:(i)LNG(液化天然ガス)、(ii)バイオ燃料(バイオディーゼル、バイオメタン等)、および(iii)グリーン水素由来燃料(e-ディーゼル、e-LNG、e-アンモニア等)。本節ではこれらの燃料の現在の地平と展望について概観してみたい。

 

4.1. LNG

当面は規制値および基準値の影響は最小限となる見込みであるが、段階的に燃料GHG強度が引き下げられるにつれ、LNGも2030年台の前半には影響を受け始めるとされており(図2および5)、LNGへの転換は一時しのぎに過ぎないという議論もある。ただし、バイオ燃料やグリーン水素由来燃料もそれぞれ現在時点(2025年6月)では後述するとおり、食料安全保障上の懸念やコスト競争力の面で課題を抱えており、燃料GHG強度や報奨金に係る方法論がどのように決着するかによるところも大きく、しばらくはペナルティーを負担してもLNGに分がある局面が継続するという観測もある。LNG燃料船は主にLNGの取扱いに係る技術的な難しさのため一般的に建造費が重油燃料船等に比べて高くなる傾向にあるが、世界で稼働中のLNGを燃料とする船舶は低炭素化の潮流の中で急増しており、LNGキャリアを除いても2030年には現在のおよそ倍、1,250隻を超えると予想されている(図6)。最新の2024年の統計によると、重油代替燃料を利用する新造船オーダーの中ではLNGが264件と最も多かった[9]。ちなみにLNGキャリアは約700隻、オーダー中のものを入れると近い将来1,000隻を超えるとされている。このような現実を考慮すると国際海運における燃料としてのLNGは少なくとも当面は他の燃料に対しても一定の競争力が維持されるものとも想定される。

図6:LNGを燃料とする船舶数の推移(LNGキャリア除く)
図6: LNGを燃料とする船舶数の推移(LNGキャリア除く)

(出所: Climate Change News(引用元:DNV)[10]

 

ただしLNGは重油に比べれば低炭素燃料ではあるものの化石燃料であることに変わりなく、またその利用には強力なGHG効果を持つメタンのリークという課題が付きまとう。天然ガスの主成分であるメタンは、地球温暖化係数は20年間で比較するとCO2の84倍、100年間でも28倍であり、大気中へのリークを低減することは短期的に効果の高い気候変動対策として、そして、LNGを利用する上で非常に重要である。IMOの制度案の中でリークがどう燃料GHG強度の計算式に組込まれるかは前述のとおり専門委員会で現在検討中であり、方法論は確立していない。使用時のエンジンからのリーク(スリップ)に係る係数も団体や国よって考えが大きく異なり、業界団体が提案する2.6%からドイツの8.5%まで比較的に大きな乖離があり、今後のIMOでの議論の行方は注目である。なお、国際海運に係るLNG利用に係るリークの問題は、船舶燃料としてのLNGだけでなく、積荷としてのLNGの問題でもあるが、エンジンからのスリップに比べれば相対的にかなり小さいとされる。しかしながら、エネルギーの大部分を輸入に依存する日本等の国や地域とってはこれも看過できない課題であり、同じキャリアからのGHG排出として一体的に対処されることが望ましいとも考えられる。

 

4.2. バイオ燃料

バイオ燃料も有力な代替燃料となり得ると考えられており、バイオマス大国であるブラジルなどが後押ししているとされている。バイオマス燃料はさとうきびや大豆、トウモロコシ、パームオイルといった穀物等から作られるいわゆる第一世代バイオ燃料と、わらやトウモロコシ茎等の農業残渣、家畜排せつ物や木材チップ、UCO(used cooking oil、廃食油)などから作られる食料との競合の懸念の少ないいわゆる第二世代バイオ燃料に大別される。バイオマス燃料を利用時に排出されるCO2は、植物が成長する際に大気中から吸収したCO2と見なすことができるため、化石燃料由来の燃料に比べて燃料GHG強度が低いとされる。家畜排せつ物等から製造した場合はメタン排出を抑制したとして燃料GHG強度がマイナスとカウントされることもあり得る。ただし、特に食料の安全保障上有利な第二世代バイオ燃料は、重油やLNGより高コストであり、例えば、2030年時点でLNGは9.9 USD/GJと想定されているところ、バイオLNGは38.1 USD/GJと3.8倍のコストとなるとも試算されている(図7)。さらにバイオ燃料は原料の制約や需要の増加に伴い、今後価格の上昇が予想されている。これは技術革新等によって徐々にコストダウンが予想されているグリーン水素由来燃料と対照的である。ただし、これは現在の推計値より計算したもので将来の実際の燃料価格は市況に応じて大きく変動しうることに留意する必要がある。

図7:主要な船舶燃料と価格予想
図7: 主要な船舶燃料と価格予想

(出所: Transport and Environment[8]をもとにJOGMEC作成)

 

また、前処理や高度な分解工程等に高度な技術を必要としない相対的に安価な第一世代バイオ燃料は食料の安全保障との資源の競合が懸念されている。豆やとうもろこしといった穀物を原料とするバイオ燃料の生産は、適切な管理がなされないと耕作地や水、肥料といった資源を食料生産と競合する可能性があり、食料の安全保障上問題となり得る。また、食物を燃料に利用することは食料市場がエネルギー市場の変動に巻き込まれてしまうということであり、食料価格の急激な高騰を引き起こすなど、食料市場を不安定化させるリスクを高めることにもなりかねない。所得や教育レベルなど、国の社会開発の程度を計る指標である社会人口統計学的指標(SDI: Socio-demographic index)の低い国おいては農業生産性が相対的に低い等の理由により必ずしも資源の競合は起こらないとする研究結果もあるが、バイオ燃料推進国であるブラジルのようなSDIが中程度ないし高い国ではバイオ燃料の推進は食料の安全保障上ネガティブな結果を引き起こす可能性が高いと言われており[11]、注意が必要である。なお、食料と必ずしも競合しない第二世代バイオ燃料であっても環境への影響は皆無ではない。例えば木材チップなどは過剰伐採等によるGHG排出が懸念される。家畜排せつ物などは社会受容等の課題もある。加えて、生物多様性の喪失や土壌劣化、洪水等の災害リスクの増加なども考えられるため、バイオ燃料利用の際は環境・社会面の影響も十分に考慮される必要があろう。前述のとおりIMOネットゼロ基金は食料安全保障上の対応にも活量するとしているが、具体的にどのような措置とするのか、環境・社会面のネガティブな影響への対応はどうするのか、今後の国際交渉に注目したい。

 

4.3. グリーン水素由来燃料

グリーン水素およびe-メタン(e-LNG)やe-ディーゼル等のグリーン水素由来燃料も低炭素燃料として有望視されている燃料の一つである。グリーン水素とは、太陽光や風力等の再生可能エネルギーを利用し水を電気分解して製造された水素であり、製造過程でCO₂などの温室効果ガスを排出しないため、環境負荷が少ないとされている。同じ水素でも化石燃料由来の水素はグレー水素、これにCCS(Carbon Capture and Storage、炭素回収・貯蔵)等を組み合わせたものはブルー水素と定義されるが、燃料GHG強度、環境負荷共にブルー水素に比べると劣るとされている。第83回MEPCで合意された案によると遅くとも2030年台中頃ころには一定程度のバイオ燃焼ないしグリーン水素由来燃料を混焼利用しないとペナルティーを回避することは難しくなる。グリーン水素由来燃料の場合、食料安全保障上はもちろん、環境への影響や社会受容性の観点からもバイオ燃料に比べ優位であると考えられている。ただし製造コストに関してはバイオ燃料よりさらに高く、例えば2030年時点ではe-LNGが54.7 USD/GJと化石燃料由来のLNGに比べ約5.5倍のコストとなると想定されている。技術の進展等によりこの差は縮小してゆくと予想されるが、どの程度のスピードでコストダウンが実現できるかがグリーン水素由来燃料普及の鍵となるだろう。なお、陸上からの供給された電力や風力を直接動力に利用する船舶についても検討が進んでおり、第83回MEPCで合意された案の可決に伴い船舶燃料は重油の時代からトランジションの時代を本格的に迎えることになり、低炭素燃料間の競争がますます激化するものと予想される。

 

5. おわりに

第83回MEPCで合意された案が正式に採択となった場合、将来的には第二世代バイオ燃料やグリーン水素由来燃料を一定の規模感を持って利用することが必須となってくると考えられる。しかし、これら代替燃料、特にグリーン水素由来燃料が商用ベースに乗って経済的にも既存の化石燃料に比べ競争力を持つにはまだ時間がかかることが想定される。少なくとも向こう10年-15年程度はグリーン燃料へ移行するためのトランジション期間となることが見込まれ、当面の現実的なソリューションとして天然ガス(LNG)への期待も大きい。ただし、燃料GHG強度の計算式が2025年6月現在時点でまだ検討中の段階であること、制度案採決時に全体の4割近くが反対ないし棄権したこと、アメリカの交渉団が交渉を離脱したこと、さらにはアメリカの船舶からGHGを理由にペナルティーを徴収することになった場合、それを相殺するための対抗措置をとると米政府は明言しており、これからの交渉も波乱含みであることが想像される。アメリカに倣ってUNFCCCのパリ協定を離脱した国が無いことからも、アメリカを追従してIMOの交渉を離脱する国が現れる可能性は小さいと想像される。注目はむしろコンセンサスを目指して反対ないし投票を棄権したおよそ4割の国々をどの程度10月の会合での採決までに説得することができるか、そのために規制値や基準値、報奨金やIMOネットゼロ基金等に係るルールがどのように調整されるのかに集まるものと思われる。ただし、棄権ないし反対をした国々は小島嶼国から産油・ガス国まで多様で反対・棄権の理由も様々であるため全会一致はかなり難しいと思われ、どこまでコンセンサスを目指してどこまで妥協することになるかが争点となろう。冒頭で述べたとおり海運国家である日本への影響も決して小さくないであろう本制度案であるので、今後も動向に注目しつつ、制度の施行を契機としてマーケットでの健全な競争を通じて、地球温暖化の観点からも社会・環境的な観点からも合理的で経済的に最適な船舶燃料がスピード感をもって選別・普及されてくることを期待したい。

 

 

[4] DNV, 2025. FuelEU Maritime規制の対応策.

[7] 国土交通省, 2025. https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001884038.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[8] Transport and Environment, 2023. Modelling the Impact of FuelEU Maritime on EU Shipping. https://www.transportenvironment.org/uploads/files/FuelEU-Maritime-Impact-Assessment.pdf?utm_source=chatgpt.com(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[11] Ahmed et al., 2021.
https://www.nature.com/articles/s41538-021-00091-6#Sec4(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

 

以上

(この報告は2025年6月5日時点のものです)

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