ページ番号1010522 更新日 令和7年6月18日

イラン・イスラエル軍事衝突に伴うエネルギーインフラへの攻撃と長期的リスク

レポート属性
レポートID 1010522
作成日 2025-06-18 00:00:00 +0900
更新日 2025-06-18 09:38:28 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 市場天然ガス・LNG
著者 豊田 耕平
著者直接入力
年度 2025
Vol
No
ページ数 10
抽出データ
地域1 中東
国1 イラン
地域2 中東
国2 イスラエル
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,イラン中東,イスラエル
2025/06/18 豊田 耕平
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概要

  • 本稿では、2025年6月13日に開始されたイラン・イスラエル間の軍事衝突に伴って生じた、両国エネルギーインフラへの攻撃の概要とその影響、また今後両国衝突によって生じうる長期的なエネルギー関連リスクについて考察する。
  • イラン・イスラエル間のエネルギーインフラへの攻撃は、いずれも国内消費向け施設を対象としたものであり、国際エネルギー市場には大きな影響をもたらさない。他方でともに両国の国内エネルギー供給の脆弱性をついた攻撃であり、特にイスラエルのイラン攻撃は国内経済を混乱させることでイラン現体制の「下からの」転換を促進する意図、イランのイスラエル攻撃は軍事インフラへの燃料供給を阻害する意図もあると考えられる。
  • イランでは特にサウスパルス・ガス田の陸上施設への攻撃は、同ガス田がカタールのノースフィールドガス田と地下でつながっていることもあり注目されるが、あくまで陸上処理施設への攻撃でありガス田の操業全体には影響しない。
  • 今回の衝突で注目すべき潜在的な攻撃リスクとして、イランの石油輸出施設、イスラエルのガス田への攻撃がある。両国はそれぞれ石油・ガスの輸出国であることから、これらの施設を対象とした攻撃は国際石油・LNG市場への影響をもたらしうる。
  • イランの石油輸出能力はハールク島という小さな島に集中しており、この島への攻撃はイランの石油輸出量(現在日量170万バレル程度)を停止させる可能性がある。しかし、イランの石油輸出が阻害された場合にも、OPECプラスは日量570万バレルの十分な余剰生産能力を有しており、国際石油市場への長期的な影響は限られる。
  • イランによるホルムズ海峡での航行妨害は、世界の原油・コンデンセート貿易の4分の1、LNG貿易の5分の1に影響を及ぼす。しかし、同海峡での妨害行動はイラン自身の輸出を妨げるほか、サウジなどの湾岸産油国や中国などの消費国からの反発・孤立を招きかねないため、体制の「存亡の危機」とならない限りは選択されないだろう。
  • イスラエルは2020年ごろからエジプトに対してパイプラインガスを輸出し、同国の国内需要とLNG輸出を支えてきた。エジプトは2024年からLNG輸入国へと転じており、イスラエルからのガス輸入の緊急性はますます高まっている。仮にイスラエルからのガス供給が長期的に停止する場合には、エジプトはより高価なLNGの調達を増加させる必要があり、需要面から国際LNG市場に影響を及ぼすだろう。

 

1. はじめに

2025年6月13日未明、イスラエルはテヘラン各地やナタンズ核施設を含む数十の標的に対する空爆を開始した。同日夜にイランは報復としてテルアビブなど主要都市の軍事施設・民間施設に100発以上のミサイル攻撃を行い、その後14日にはイスラエルが史上初めてイランの石油ガスインフラに攻撃を加えるなど、17日現在に至るまで情勢は悪化の一途をたどっている。

6月13日にイスラエルがイランの核施設に対して攻撃を行ったことで、WTI価格は前日終値比4.94ドル高の1バレル当たり72.98ドル、ブレント価格は4.87ドル高の1バレル当たり74.23ドルと、単一日ではロシア・ウクライナ戦争後の2022年3月以来となる7%超の上昇幅を記録した。これまで2024年4月と10月に生じた直接衝突においては、核施設やエネルギーインフラへの攻撃に至らなかったことから、あくまで短期的なエネルギー価格の上昇のみにとどまってきた[1]。しかし今回、両国が互いの石油ガス施設に対する攻撃に踏み切ったことで、国際エネルギー市場により継続的・長期的な影響をもたらす事態につながる可能性があるかどうかを検討する必要がある。

本稿では、今回のイラン・イスラエル間の軍事衝突によって現時点で生じたエネルギー供給への影響と、今後生じうる国際エネルギー市場におけるリスクを考察する。

 

2. イラン・イスラエル間のエネルギーインフラをめぐる応酬

6月14日から15日にかけて、ガザ戦争開始から過去2回生じてきたイラン・イスラエル間衝突ではこれまで回避されてきた両国エネルギーインフラへの攻撃が行われた。攻撃対象は国内消費に関する製油所やガス処理施設であり、国際市場での物理的な供給フローへの影響は生じていないものの、国民生活・国内経済への影響が懸念される。以下では、今般生じた攻撃の概要を示し、その狙いと影響を分析する。

 

(1) イランへの攻撃(6月14日~15日)

イスラエルは6月13日から核施設へのミサイル攻撃や革命防衛隊(IRGC)司令官などを含む政府要人の殺害と言った致命的な攻撃を繰り返す中、翌日14日にはイラン最大のサウスパルス・ガス田への攻撃に着手した[2]。攻撃を受けたのは、日量5,660万立方メートル(年間約21BCM)のガス処理能力を持つサウスパルス・ガス田フェーズ14陸上施設と、その倍以上の日量1.25億立方メートル(同約46BCM)の処理能力を持つファジュル・ジャム・ガス処理プラントである。これらはともに、沖合のサウスパルス・ガス田で生産された生ガスを液分や硫黄と分離して製造される精製ガスを、国内消費向けに供給するための設備である。今回の攻撃によって、フェーズ14のガス生産量のおよそ4分の1程度に当たる日量1,200万立方メートル(同約4BCM)の処理能力が一時停止に追い込まれた[3]

またイスラエルはテヘラン近郊の2つの石油関連施設にも攻撃を加えた。そのうちシャハラーン石油貯蔵施設は11基のタンクで計2.6億リットル(約16億バレル)程度の貯蔵容量を有し、テヘラン州北部から北西部へのガソリン供給の37%を担っている[4]。またもう1つの施設であるシャフル・レイ製油所は日量22.5万バレルの処理能力を有するイラン最古の製油所の一つである。これらはいずれも首都テヘラン近郊の燃料供給を担う、国民にとって重要な社会インフラを構成している。

(図1)イラン及びペルシア湾周辺の油ガス田及び製油所
(図1)イラン及びペルシア湾周辺の油ガス田及び製油所
(出所:JOGMEC作成)

イランのエネルギーインフラに対するイスラエルの攻撃は、燃料不足・電力不足に関する国民の不満を増幅することで、国民による「下からの」イラン体制転覆を促すことを狙ったものと考えられる。イランは世界第4位の石油埋蔵量と世界第2位の天然ガス埋蔵量を有する資源大国だが、生産資源のうち石油の39%と天然ガスの98%は国内消費に供する。それでもなお、イランでは石油精製能力やガス処理能力が十分にないことから、資源大国にもかかわらずガソリンを輸入し、冬季には天然ガス不足に直面する。ガソリン価格の引き上げによる大規模な抗議運動や天然ガス不足による国民間の反政府感情の高まりなど[5]、国民生活に直結するエネルギー問題はこれまでもしばしば「政治化」してきた。イスラエルのネタニヤフ首相は13日からイラン国民に対して弱体化した体制を打倒するよう呼び掛けており[6]、制裁で弱体化した国内経済を圧迫することで、体制への反発を呼び起こそうという戦術に出ていると考えられる。

他方で、サウスパルス・ガス田の陸上施設や石油貯蔵施設に対する攻撃の影響が、国際エネルギー市場へ波及するとは考え難い。特にイランは経済制裁によって天然ガス液化技術を獲得できないことから、イラクやアゼルバイジャン向けのわずかなパイプラインガス以外に天然ガスを国際市場へ輸出する方法を持たない。加えて、攻撃対象になるのはあくまで海底に存在するサウスパルス・ガス田そのものではなく陸上処理施設であり、地下数千メートルでつながっているとはいえ、カタールのノースフィールドガス田にもその被害が波及し、世界有数のLNG大国であるカタールのLNG輸出を阻害する事態になる可能性は極めて低い。したがって、今回実行された石油ガス施設への攻撃は国際市場への影響を最小限に抑えつつ、もっぱら国内消費への打撃を狙ったものであると言えよう。

 

(2) イスラエルへの攻撃(6月14日~15日)

イランはイスラエルによるエネルギーインフラへの攻撃に対する報復として、14日にイスラエル北部のハイファ製油所を空爆した。攻撃の結果、ハイファ製油所の施設間パイプラインや送電線が損傷し、一部下流施設の停止にはつながったものの[7]、製油所自体の稼働は継続されていた。しかし15日夜に同製油所の電力インフラへのミサイル攻撃が重大な損害をもたらしたことから、翌日16日に同製油所の操業停止が発表された[8]。日量19.7万バレルの処理能力を有するハイファ製油所はイスラエルに存在する2つの製油所のうち最大のものであり、S&Pによると国内のディーゼル燃料の65%、ガソリンの45%を供給するとともに、一部の石油製品を地中海市場に輸出している。今回イランで攻撃された石油ガス施設と同様に、イスラエル国内のエネルギー安定供給における不可欠なインフラであるということができる。

(図2)イスラエルの石油インフラ
(図2)イスラエルの石油インフラ
(出所:Europe Asia Pipeline Company)

イスラエルは沖合ガス田、特に2022年から生産を開始したカリシュ・ガス田からコンデンセートを生産し、国内需要に充当している。しかしその数量は日量20万バレル以上の国内需要に対して日量2万バレル程度にとどまり、多くは輸入によって賄っている。2025年1~5月はアゼルバイジャン(トルコ経由)とカザフスタン(ロシア経由)からの原油輸入が8割を占め、そのほとんど全量が地中海に面したアシュケロン港へと供給されている。2023年のガザ戦争開始時にはガボンやブラジルなどからの輸入が増加し、また治安リスクの上昇を受けて一時的に紅海側のエイラート港も利用されていたが[9]、ハマースやヒズブッラーの制圧が進むにつれて、国別・港別の輸入多角化の必要性が低下したことを示唆している。

イランとの直接的な軍事衝突によって、改めてイスラエルの石油供給における脆弱性が露呈し始めている。イランは今回、これまでヒズブッラーやハマースにも攻撃対象の候補に挙げられてきたイスラエルのガス田ではなく、同国のエネルギー供給の弱点でありながら国際市場への影響が及ばない石油インフラを攻撃対象とした。今後両国間での攻撃がエスカレートした場合、イスラエルはイラン最大のアバダン製油所やサウスパルス・ガス田関連施設、イランはアシュケロン港やエイラート港などを攻撃し、ともに相手国の国内エネルギー供給のさらなる阻害・停止を試みる可能性が高い。その場合、グローバルなエネルギー需給にはそれほど波及しないとしても、両国の国内経済に深刻な被害をもたらす可能性がある。

 

3. エネルギー市場における脆弱性とプレゼンス

6月14日と15日の攻撃はあくまで国内エネルギー需給に関係する石油ガスインフラへの攻撃であったものの、今後のエスカレーションによっては国際エネルギー市場に影響する事態も想定される。以下では、両国におけるより大きく広範なエネルギーインフラへの攻撃リスクについて分析する。

 

(1) イランのエネルギー輸出遮断とホルムズ海峡リスク

第一に、イランの石油輸出施設が攻撃を受けることで、国際石油市場での需給に影響を及ぼす可能性が想定される。イランはペルシャ湾に位置する陸上・沖合油ガス田で生産した原油・コンデンセートを、主に同湾内のハールク島(Kharg Island、図1には「カーグ島」として記載)の輸出施設から出荷している。沖合に位置する巨大なサウスパルス・ガス田とは対照的に、イラン沖合30~40キロメートルに位置するハールク島は瀬戸内海の小島程度の面積に最大日量400万バレルの輸出能力を有するターミナルを有し、イランの石油輸出の90%程度を担っている[10]。ロウハーニー政権期にはホルムズ海峡を迂回して輸出するためのジャスク・ゴレ原油パイプラインを建設したものの、ジャスク石油ターミナルからの輸出能力は日量100万バレル程度に限られる。イスラエルがこの小さなハールク島全体に攻撃を加えることは十分に可能であり、その攻撃が成功すればイランの石油輸出は大きく減少することが見込まれる。

但し、イランによる日量150万バレル以上の原油輸出量が失われた場合にも、国際エネルギー市場の需給への影響は限定的とみられる。イランの原油輸出量はバイデン政権期を通じて上昇傾向にあり、船舶データ追跡会社ケプラー(Kpler)によると、2025年5月時点で日量170万バレル程度の原油を主に中国向けに輸出している[11]。仮にこの全量が失われた場合、短期的な価格高騰は避けられないと思われるが、長期的な世界の石油供給不足に陥ることはないだろう。2023年4月から減産を継続するOPECプラス諸国は日量570万バレルもの余剰供給能力(スペアキャパシティ)を有しており、イランからの供給が抜けた穴を十分に補うことが可能である。米国や中国の経済減速や電気自動車などの普及によって2025~2026年に供給過剰が見込まれていた石油市場において、日量170万バレル程度の供給不足は十分に吸収されるだろう。

(表)OPECプラス諸国の余剰生産能力(日量百万バレル)
  4月の原油生産量 余剰生産能力
サウジアラビア 8.96 3.2
UAE 3.28 1.0
イラク 4.22 0.6
クウェート 2.54 0.3
アルジェリア 0.93 0.1
その他 22.03 0.5
OPECプラス合計 41.96 5.7

(出所:IEA月次報告(2025年5月)からJOGMEC作成)

 

しかし、危機がホルムズ海峡の航行阻害を通じてペルシャ湾全体に波及した場合、状況は異なってくる。米国エネルギー情報局(EIA)の最新報告によると、2025年第1四半期には日量1,420万バレルの原油・コンデンセートと日量590万バレルの石油製品、11.5bcfd(十億立方フィート/LNG換算日量23万トン・年間8400万トン)のLNGがホルムズ海峡を通過しており、それぞれ世界の石油貿易量の4分の1、LNG貿易量の5分の1を占める[12]。ホルムズ海峡は世界有数のチョークポイントであり、その封鎖によってOPECプラスの余剰生産能力の大部分を保持するサウジアラビア(日量370万バレル)やUAE(日量100万バレル)の石油輸出をも途絶させるリスクを孕んでいる。サウジアラビアはペルシャ湾から紅海への東西原油パイプライン(日量500万バレル)、UAEはホルムズ海峡外のフジャイラへの原油パイプライン(日量180万バレル)をそれぞれ有し、一定程度の原油輸出を迂回・維持することは可能だが[13]、これらはホルムズ海峡から輸出されるサウジアラビア(日量約578万バレル)、UAE(日量約267万バレル)の原油・コンデンセート供給量の半分にも満たない。

(図3)ペルシャ湾周辺のエネルギーインフラ
(図3)ペルシャ湾周辺のエネルギーインフラ
(注)2019年サウジ・UAE石油施設攻撃時作成のものであり、図示した攻撃場所は当時のもの
(出所:JOGMEC作成)

イランによるホルムズ海峡封鎖について、中東・エネルギー専門家の多くは可能性が低いと考えている。米国国際政策センターのシナ・トゥーシ氏は、イランがホルムズ海峡封鎖を抑止の最終手段として有しつつも、中国やインドなどの強力な反発を招くリスクがあるため実行可能性は低いと指摘する[14]。また中東地域のエネルギー分析を専門とするアナス・アルハジ氏は、イラン自身がホルムズ海峡から恩恵を受けており、またホルムズ海峡はイランが「閉鎖できないほど広い」と論じる[15]。さらにエネルギーコンサルタントのウッド・マッケンジーは、ホルムズ海峡封鎖はサウジアラビアなどの地域諸国からもイランを孤立させ、また今回の衝突への米国の関与を招きかねないことから、その可能性は低いとの見解を提示する[16]。イランは自国を越えた国際的なエネルギー危機をもたらす行為に積極的に踏み切る合理的な理由はなく、あるとすれば自国の体制がイスラエルや米国の攻撃などによって真に「存亡の危機(existential threat)」にあると認識した場合のみであろう。

 

(2) イスラエルの天然ガス供給源としての機能

第二に、長らくエネルギー小国と考えられてきたイスラエルのエネルギーインフラへの攻撃も、国際LNG市場のダイナミズムを変える可能性がある。イスラエルは2010年代から同国最大のリヴァイアサン・ガス田(埋蔵量22.3兆立方フィート)やタマル・ガス田(14.0兆立方フィート)、カリシュ・ガス田(4.7兆立方フィート)などの開発を促進し、2020年からエジプト・ヨルダンに向けてパイプラインガスを供給している。現段階でこれらガス田の生産施設への攻撃は生じていないものの、過去には親イラン勢力とされるヒズブッラーがカリシュ・ガス田の生産施設に偵察ドローンを派遣するなど、潜在的に重要な攻撃対象であることが示唆されてきた[17]。イスラエル政府もその脆弱性を認識し、6月13日にはリヴァイアサン・ガス田とカリシュ・ガス田の操業を予備的に停止するよう命じている[18]。つまり、ガス田が攻撃されていないにもかかわらず、すでにイスラエルのガス生産、エジプトやヨルダンへのガス輸出に対する影響が生じているのである。

特にエジプトは2024年にLNG輸出国から輸入国へと転じており、イスラエルからのガス輸入の重要性はますます高まっている。同国は国内生産量の減退を補うため、2024年から2025年にはイスラエルからの輸入量を従来の日量6~8億立方フィートから日量10億立方フィート程度まで引上げている[19]。それでもなおガスが不足することから、エジプトは既存の1基に加えてヨルダン・トルコ・ドイツなどで運用されていた浮体式LNG貯蔵再ガス化設備(FSRU)を調達することで、最大4基のFSRUを用いてLNG輸入を推進する構えである[20]。しかし現下の国際価格を踏まえたLNG輸入はイスラエルからのパイプラインガス輸入に比べて2倍以上の価格負担となり、エジプトとしては可能な限り国内生産とイスラエルからのパイプラインガス輸入の増強によって対応することを欲していた。

(図4)エジプトのイスラエルからのパイプラインガス輸入量
(図4)エジプトのイスラエルからのパイプラインガス輸入量
(出所:JODIからJOGMEC作成)

エジプトは今回の事態を受けて、夏季の需要ピークに向けてさらなるLNG調達を迫られる可能性が高い。エジプトは2025年第1四半期、リヴァイアサン・ガス田から日量6.67億立方フィート、タマル・ガス田から日量3.49億立方フィートのガス供給を受けている[21]。衝突の長期化によってガス田の操業停止が長期化する場合、リヴァイアサン・ガス田からの供給が途絶するのみならず、タマル・ガス田から国内へのガス供給が優先されることで、さらにエジプト向けのパイプラインガス輸出は縮小する可能性がある。S&Pの分析では、イスラエルでのガス輸出が3日間停止するごとに、エジプトとヨルダンはそれぞれ追加のLNGカーゴを調達する必要があるという[22]。上述したとおりエジプトは2024年からLNG純輸入国に転じており、供給側から国際LNG市場へ影響を及ぼすことはないものの、LNG購入が加速することで需要面でのインパクトをもたらす可能性が存在する。

 

4. おわりに

本稿では、6月14日から15日に生じたイランとイスラエルとの間でのエネルギーインフラに関する攻撃の影響と、長期的なエネルギー市場におけるリスクを分析した。2024年4月と10月には回避されてきたエネルギーインフラへの攻撃が生じたことが原油価格の急騰を招いたものの、これらの攻撃そのものは国内消費向けの施設を対象としたものであり、国際的な供給フローを大きく損なう性格のものではない。他方で、長期的にはイランの石油インフラやイスラエルのガスインフラへの攻撃を経て、国際市場や第三国に大きな影響をもたらす攻撃のリスクは依然として存在する。

6月17日現在、両国間の攻撃は依然として継続している。イラン側から米国に対して事態の鎮静化を目指す働きかけがあったとの報道はあるものの、イスラエルは当初から核施設や軍・革命防衛隊の高官などを対象とし、体制転覆まで見据えた攻撃を仕掛けてきた。今後、イスラエルがさらなるエスカレーションに向けて攻撃を激化させたとき、イランも「目には目を(Tit for Tat)」の原則に基づいた報復を仕掛ける可能性は高い。その場合、イスラエルはハールク島への致命的な攻撃、イランはホルムズ海峡封鎖からイスラエルの中核的なガス資産への攻撃まで、エネルギー市場に影響する攻撃オプションが取られかねない。

今回の攻撃を受けて、両国間の軍事衝突がエネルギーインフラを対象とした場合にも、必ずしも国際市場や日本にまで危機が波及するわけではないことが明白になった。今後、両国間の衝突に関する情報に触れるにあたっては、いかなる場合に両国の中核的なエネルギー供給が損なわれ、国際エネルギー市場に重大な影響をもたらすかを正確に把握することが求められる。

 

 

[1] 豊田耕平「イラン・イスラエル衝突とエネルギー市場への影響」『JOGMEC石油・天然ガス資源情報』2024年4月25日、https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009992/1010104.html

[2] “Israel Attacks Iranian Energy Infrastructure,” IRNA, June 14, 2025, https://en.irna.ir/news/85863008/Israel-attacks-Iranian-energy-infrastructure(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[3] Arsalan Shahla, Grant Smith, and Anthony Di Paola, “Iran Conflict Ensnares Energy as Israel Hits Giant Gas Field” Bloomberg, June 15, 2025, https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-06-14/israel-strikes-refinery-at-iran-s-giant-south-pars-gas-field(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[4] “Which Iranian Oil and Gas Facilities Has Israel Hit? Why Do They Matter?” Al Jazeera, June 15, 2025, https://www.aljazeera.com/news/2025/6/15/which-iranian-oil-and-gas-fields-has-israel-hit-and-why-do-they-matter(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[5] 飯島健太「資源大国イランでガス不足深刻 ヒジャブ問題に続く国民の怒りの種に」『朝日新聞』2023年1月18日、https://www.asahi.com/articles/ASR1K728VR1JUHBI01L.html?msockid=3b5ef447959667b22b59e00e91966520(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[6] “Netanyahu Thanks Trump for Support; Tells Iranians ‘Your Liberation from Tyranny is Closer Than Ever’,” The Times of Israel, June 13, 2025, https://www.timesofisrael.com/liveblog_entry/netanyahu-thanks-trump-for-support-tells-iranians-your-liberation-from-tyranny-is-closer-than-ever/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[7] “Iranian Missile Attacks Damage Haifa Oil Refinery and Rehovot University Buildings,” The Time of Israel, June 15, 2025, https://www.timesofisrael.com/iranian-missile-attacks-damage-haifa-oil-refinery-and-rehovot-university-buildings/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[8] Emanuel Fabian, “All facilities at Haifa oil refinery shut down after deadly Iran missile strike,” The Times of Israel, June 17, 2025, https://www.timesofisrael.com/all-facilities-at-haifa-oil-refinery-shut-down-after-deadly-iran-missile-strike/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[9] 豊田耕平、前掲

[10] Ellen Wald, “Despite Panicked Markets, Israel is Unlikely to Attack Iranian Oil Facilities,” Atlantic Council, October 21, 2024, https://www.atlanticcouncil.org/blogs/energysource/despite-panicked-markets-israel-is-unlikely-to-attack-iranian-oil-facilities/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[11] Oliver Klaus and Freddie Yap, “Iran's May Exports in Focus Amid Ongoing Nuclear Talks,” Energy Intelligence News, June 3, 2025, https://www.energyintel.com/00000197-3652-d68a-a1ff-bf537c8a0000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[12] “Amid Regional Conflict, the Strait of Hormuz Remains Critical Oil Chokepoint,” EIA, June 16, 2025, https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=65504.

[13] Jamie Ingram, “Iran Seizes Second Oil Tanker in Strait of Hormuz,” MEES, May 5, 2023, https://www.mees.com/2023/5/5/geopolitical-risk/iran-seizes-second-oil-tanker-in-strait-of-hormuz/7d1fe5e0-eb3e-11ed-8635-0df66dae5cd8(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[14] 「イスラエルのイラン攻撃「意図超える展開招くリスク」識者に聞く」『日本経済新聞』2025年6月14日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR13DSO0T10C25A6000000/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[15] Lee Ying Shan, “Why Iran Won’t Block the Hormuz Strait Oil Artery Even As War with Israel Looms,” CNBC, June 13, 2025, https://www.cnbc.com/2025/06/13/israel-iran-conflict-why-tehran-wont-block-the-hormuz-strait.html.(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[16] Ann-Louise Hittle, Alan Gelder, and Isabelle Gilks, “Israel's Strike on Iran: Oil market Implications,” Wood Mackenzie, June 13, 2025.

[17] 豊田耕平「東地中海への期待と不安(1):イスラエル・レバノン海上境界合意とイスラエル・エジプト探鉱ブーム、そして新規入札ラウンドへ」『JOGMEC石油・天然ガス資源情報』2023年1月31日、https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009585/1009613.html

[18] Alisa Odenheimer, Anna Shiryaevskaya, and Salma El Wardany, “Israel Shuts Its Biggest Gas Field, Halting Supply to Egypt,” Bloomberg, June 13, 2025, https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-06-13/israel-orders-temporary-shutdown-of-its-biggest-gas-field(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[19] 近年のエジプトにおけるガス動向については、以下論考を参照。豊田耕平「エジプトは東地中海から欧州への「エネルギーハブ」として復活するか?」『JOGMEC石油・天然ガス資源情報』2025年4月1日、https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010461.html

[20] Peter Stevenson, “Egypt Seals Four FSRU Deals As Israel Imports Hit April High,” MEES, May 16, 2025, https://www.mees.com/2025/5/16/power-water/egypt-seals-four-fsru-deals-as-israel-imports-hit-april-high/82714420-3248-11f0-92f8-99b60807dbcd(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[21] Peter Stevenson, “Nitzana Pipeline Setback Threatens Israel-Egypt Export Expansion,” MEES, May 30, 2025, https://www.mees.com/2025/5/30/oil-gas/nitzana-pipeline-setback-threatens-israel-egypt-export-expansion/6c813a60-3d4b-11f0-a1ac-933b626e6316(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[22] Jalan Sakshi, “Egypt Ramps Up LNG Imports amid Domestic Gas Shortage, Summer Demand,” Platts LNG Daily, June 16, 2025.

以上

(この報告は2025年6月17日時点のものです)

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