ページ番号1010534 更新日 令和7年6月27日
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概要
- アルゼンチンでは、Milei政権が投資環境を改善したことで、中西部のVaca Muertaシェールの膨大なシェールガスの開発が進み、2025年5月にSouthern Energy FLNG輸出プロジェクト(Rio Negro州San Matías湾)のFIDが行われる等、LNG輸出プロジェクトが具体化してきた。国営石油会社のYPFを中心にアルゼンチン企業、欧州のShell、Eni等が加わり、2030年頃までにFLNG6基で、液化能力は年間3,000万トン弱に達する計画となっている。
- FLNGプロジェクト頓挫の経験があるアルゼンチンで、このように大規模なLNGプロジェクトを立ち上げられるのかと懸念する向きもある。しかし、アルゼンチンのシェールなどの非在来型石油・ガス部門は新たな段階に入り生産増が加速しており、2030年のガス生産量はVaca Muertaシェールが日量2億5,000万立方メートル(年間91BCM)、アルゼンチン全体では日量2億8,000万立方メートル(同102BCM)となる見通しで、LNGとして日量1億立方メートル(年間2,684万トン)程度を輸出可能になるという。
- 大西洋岸にガスを輸送するパイプラインについても、プロジェクト初期は既存パイプラインの空き容量を利用するため、年間8カ月程度しかLNG輸出を行えないが、その後は新たにパイプラインが敷設され、年間を通しての輸出が可能となるとされている。輸送容量の大きい単一のパイプラインを敷設することで、コスト削減を図ることも検討されている。
- また、これまでにない液化能力となる年間500万トン以上のFLNGが4基導入される計画だが、現在、FLNGの設計は年間400万トンを超えるクラスが中心となっており、複数の液化プラントを搭載することや、モジュールの一括搭載を可能にする大型クレーンの出現で不安が払しょくされる模様だ。
- LNG輸出計画実現において鍵を握る売買契約の締結について、YPFは2025年1月末時点で欧州、アジアの企業と最大1500万トン/年のLNGを販売するcommercial commitmentを締結、このうち最大1,000万トン/年についてはインドOIL、GAIL、OVLとLNG輸出を目指す覚書を締結したという。Southern Energy FLNG輸出プロジェクト実現のため設立されたSouthern Energy S.A.(SESA)も6月初旬までに、LNG販売に関してアジア、欧州、中南米の企業と30件を超える秘密保持契約を締結したとしている。
- 企業別では、YPFが100%非在来型の石油・ガスを開発する石油会社になることを目指し、Vaca Muertaシェールの開発に集中、2030年に日量7,000万立方メートル(年間26BCM)のガスを生産する計画である。ExxonMobilやPetronas等アルゼンチンのシェール開発から撤退する企業もあるが、その鉱区にアルゼンチン企業等が殺到しており、欧米のShellやChevronもアルゼンチンでのシェール開発を継続するとしている。
はじめに
図1、表1に示した通り、中南米で計画中、建設中の液化プロジェクトはメキシコに多く存在する。メキシコの液化プロジェクトは米国からパイプラインでガスを輸入し、液化、輸出するもので、Energia Costa Azulのように間もなく完成するものもあるが、近年、多くは進展が見られていない。例えば、Mexico Pacificは、米国とメキシコの政権交代により両国の貿易関係の今後の動向が不透明になったとして、2025年6月、米国エネルギー省(DOE)にSaguaro Energia LNGプロジェクトの生産開始時期を7年延長するよう要請(米国産天然ガスを使用するため、DOEの承認が必要)、プロジェクトの先行きが不確かな状態となっている。その他のプロジェクトも最終投資決定(FID)に至っていない。
一方、南米のプロジェクトは数が少ないものの、いずれのプロジェクトも操業開始に向け進捗が伝えられている。特に、アルゼンチンについては、規模も年間3,000万トン弱と大きく、操業開始年も2027年と比較的早い時期になっている。

各種資料を基にJOGMEC作成)

(各種資料を基にJOGMEC作成)
アルゼンチンのシェールガスの技術的回収可能量は802兆立方フィートで世界第2位とされている。特に中西部Neuquen BasinのVaca Muertaシェールは技術的回収可能量が308兆立方フィートと推定されている。このVaca Muertaシェールの開発は2010年代初めに開始されたが、開発のペースは遅く、ここ数年になり、ようやく開発が活発化、生産が増加し始めた。
そのような中、2023年12月にJavier Gerardo Milei氏が大統領に就任し、炭化水素の輸出入自由化、政府の炭化水素国内価格設定への関与禁止、大型投資奨励制度(RIGI:Régimen de Incentivos para Grandes Inversiones)導入(2億ドル超を投資するプロジェクトに30年間の法律上および規制上の安定性保証、輸出税の支払い免除、関連部品等の輸入は非課税、輸出代金の国内還流義務緩和等)等の政策がとられた。
このような状況から、さらにVaca Muertaシェールの開発が進み、2024年11月には表2に示した3件のLNG輸出プロジェクトが検討されるようになった。

(各種資料を基にJOGMEC作成)
企業 | 場所 | 形態 | 生産開始 | 液化能力 |
---|---|---|---|---|
PAE/Golar LNG | San Matías湾 | FLNG(Hilli Episeyo) | 2027年 | 245万トン/年 |
YPF/Petronas | San Matías湾 |
FLNG 陸上液化設備 |
2027年~ | 段階的に最大3000万トン/年 |
Tecpetrol | Bahía Blanca | 陸上液化設備 | N.A. | 200万~400万トン/年 |
(各種資料を基にJOGMEC作成)
1. Southern Energy FLNG輸出プロジェクト、最終投資決定
Golar LNGとPan American Energy(PAE、BPが60%、Bridas(アルゼンチンのBridas Energyと中国のCNOOCの50:50の合弁会社)が40%を保有)は2024年7月に、アルゼンチンからのLNG輸出を目指しHilli Episeyo FLNG(液化能力:年間245万トン)の20年間の傭船契約を締結した。この際に、このLNG輸出プロジェクトを実現するために両社はSouthern Energy S.A.(SESA)を立ち上げた。このSESAへ、同年11月にアルゼンチンのエネルギー企業Pampa Energiaが、12月に英国の石油会社Harbour Energyが、2025年1月にアルゼンチンの国営エネルギー企業YPFが参画することとなった。その結果、現在、SESAはPAEが30%、YPFが25%、Pampa Energiaが20%、Harbour Energyが15%、Golar LNGが10%のシェアを保有する企業となっている。
Golar LNGとSESAは2025年5月、Southern Energy FLNG輸出プロジェクトのFIDを行った。
このFIDにより、SESAは2027年末までにRio Negro州San Matías湾にてHilli Episeyo FLNGの操業開始を目指すこととなった。Hilli Episeyo FLNGは、フランスの独立系石油開発会社Perencoとカメルーンの国営石油会社Société Nationale des Hydrocarbures(SNH)が開発を行うカメルーン沖Sanaga Sudガス田およびEbome Marineガス田からガス供給を受けるKribi FLNGプロジェクトにて2018年3月に稼働を開始し、同年5月17日に初カーゴを出荷、現在も稼働中である。Perenco/SNHとの契約期間は2026年第2四半期までとされており、その後、Hilli Episeyo FLNGはアルゼンチン沖に移される見通しだ。
SESAは、今回のFIDの際に、Southern Energy FLNG輸出プロジェクトの2基目のFLNG、MKII FLNG(液化能力:年間350万トン)の20年間の傭船契約を締結した。この傭船契約は、Hilli Episeyo FLNGと同様のFIDおよび規制当局の承認を条件としている。Golar LNGは、2024年より中国山東州煙台市にあるCIMC Raffles造船所でLNGタンカーFUJI LNGをFLNGに改造しているが、これを2027年第4四半期までに完成させ、MKII FLNGとして2028年に稼働する計画だ。SESAは、MKII FLNGのFIDを2025年中に実施する計画であるとされていたが、YPFは2025年5月に、これを同年7月末までに行うことを目指していることを明らかにした。
SESAは、Hilli Episeyo FLNGのチャーター期間を12年間に、MKII FLNGのチャーター期間を15年間に短縮するオプションを保有している。いずれの場合も、早期契約解約の際には3年間の通知期間と手数料が必要となる。
このSouthern Energy FLNG輸出プロジェクトでは、Golar LNGはFLNGの所有権を保持し、SESAはGolar LNGにチャーター料を支払う。SESA参画企業は、シェアに応じてガスの調達と輸送を担当するが、Golar LNGはSESAの10%のシェアを保有しているものの、他のパートナーがGolarに代わってガスを供給するため、ガス供給に対して責任を負う可能性は低いと見られている。
ガスを輸送するパイプラインについては、Hilli Episeyo FLNGのみが稼働している間は、既存のパイプラインの空き容量を利用するが、MKII FLNGの稼働に合わせて、年間を通じて利用可能な同プロジェクト専用のガスパイプラインを建設する計画だ。
SESAとGolar LNGはFLNGを共同で運営し、SESAはLNGの販売について全面的に責任を負う。
同プロジェクトは、アルゼンチン初の30年間のLNG輸出ライセンスやRIGIの資格取得など、様々な規制当局の承認をすでに受領済みである。
2. YPFのArgentina LNGプロジェクト、当初パートナーPetronasが撤退、新たにShellとEniが参画
YPFは、2022年9月にマレーシアの国営エネルギー企業PetronasとアルゼンチンでLNGプロジェクトを実施するための共同研究開発契約を締結した。そして、2024年3月に、両社はArgentina LNGプロジェクトを推進する計画であると発表した。この時点でArgentina LNGプロジェクトは、第1フェーズでは2027年までにFLNGを導入し、年間100万~200万トンのLNGを、第2フェーズではさらに2基のFLNGを導入し、2030年までに年間800万~900万トンのLNGを、第3フェーズでは2032年までに陸上に液化設備を建設し、最終的には年間1,700万トン以上、最大で合計3,000万トンのLNGを、San Matías湾から輸出する計画とされていた。ところが、2024年9月に、Petronasが同プロジェクトから撤退するという噂があるとの報道がなされ、Petronasとともに、YPFの去就が注目されることとなった。
YPFは2024年11月末に、SESAへ参画し、PAEおよびGolar LNGとLNG事業を開始すると発表した。YPFのCEO、Horacio Daniel Marín氏は、「アルゼンチンのシェール産業にとって最善の道は、単一のLNG施設を中心に団結することである」と強調した。そして、2025年1月にSESAへ参画した。
2024年12月19日には、YPFがShellと、Argentina LNGプロジェクトの開発を共同で行うことについてプロジェクト開発契約(Project Development Agreement:PDA)を締結した。YPFとShellは、Vaca Muertaシェールで生産されるガスを全長580キロメートルの専用パイプラインで、Rio Negro州Punta Colorada沖に係留されるFLNG 2基(液化能力は合計で年間1,000万トン)まで輸送、そこで液化して、輸出する計画だ。
YPFは同日、Petronasが同プロジェクトから撤退することを発表した。Petronasは、Argentina LNGを通じて大西洋のLNGポートフォリオ、特に欧州へのLNG供給を拡大することを目指していたが、とりわけ陸上に液化設備を建設することについてコストが高いことや、2030年までにプロジェクトを稼働させるためにスケジュールが加速されたことが、同社の長期計画と合わなかったことから撤退を決定したと見られている。
YPFはさらに、2025年4月にEniと、EniのArgentina LNGプロジェクトへの参加を検討するための覚書に署名した。両社は、Vaca Muertaシェールで生産されるガスを利用し、年間600万トンの液化能力を持つFLNG2基を用いてLNG輸出を行うべく、上流、輸送およびガス液化施設の開発を行うことを目指すという。EniのCEO、Claudio Descalzi氏は「YPFがEniを戦略的パートナーとして選んだ理由は、コンゴ共和国とモザンビークでのFLNGプロジェクトで我々が開発した専門知識によるものだ」とした。YPFは、液化能力、年間600万トンの1基目のFLNGのFIDを2025年第2四半期中に行う計画とした。
YPFは同じく2025年4月に、建設プロセスが迅速化し、LNGを市場に早く届けることができるようになることから、陸上に液化設備を建設せず、FLNGのみを利用する計画であることを明らかにした。
その結果、現在、YPFのArgentina LNGプロジェクトは表3の通りとなっている。
なお、表2に示した、Tecpetrol(イタリアとアルゼンチンに本社を置くコングロマリットTechintグループの子会社で、アルゼンチンはじめ南米で炭化水素の探鉱、生産、輸送、流通、および発電を実施している会社)が、Bahía Blanca陸上に液化能力、年間200万~400万トンの液化施設を建設しLNGを輸出する計画は、2024年10月に発表され、2025年半ばにFEEDを完了し、FIDを行う予定とされていたが、その後、動きがない。
参加企業 | 場所 | 形態 | FID(注) | 稼働開始 | 液化能力 |
---|---|---|---|---|---|
PAE/YPF/Pampa Energia/ Harbour Energy/Golar LNG |
Rio Negro州San Matías湾 | FLNG2基 | 2025年5月 | 2027年末 | 245万トン/年 |
2025年7月 | 2028年 | 350万トン/年 | |||
YPF/Shell | Rio Negro州San Matías湾 | FLNG2基 | 2026年末 |
2029~2030年 |
1,000万トン/年 |
YPF/Eni | Rio Negro州San Matías湾 | FLNG2基 | 2025年 |
2028年 2029年 |
1,200万トン/年 |
(各種資料を基にJOGMEC作成)
注:最上段のPAE/YPF/Pampa Energia/ Harbour Energy/Golar LNGのプロジェクトはSESAのSouthern Energy FLNG輸出プロジェクトと統合。
3. FLNGプロジェクト頓挫の経験があるアルゼンチン、実現可能性は?
アルゼンチンでは、2018年にYPFとExmarが、Vaca Muertaシェールで生産されるガスを液化し、輸出するためにTango FLNG(液化能力:年間50万トン)の10年間の傭船契約を締結した。そして、Bahia Blanca沖にTango FLNGを配備し、2019年7月よりLNG輸出が開始された。しかし、新型コロナウィルス感染拡大の影響により、ガス需要が低迷し、YPFは2020年中頃に同プロジェクトについて不可抗力を宣言した。その後、YPFはExmarと傭船契約解除について和解に達し、契約を解除、Tango FLNGは2020年後半にBahia Blanca沖を離れた。Exmarは2022年にTango FLNGをEniに売却し、現在Tango FLNGはコンゴ共和国沖で稼働している。
Milei政権下で、炭化水素の輸出入が自由化され、RIGIが導入されたことに加え、2025年4月のIMFとの合意に基づき為替規制が廃止されたことで、Vaca Muertaシェールのガス資源を活用しようと、上流およびインフラの開発計画がさらに進みつつあり、今回のSouthern Energy FLNG輸出プロジェクトのFIDに至ったと考えられる。
ただし、FLNGプロジェクト実現のためには、生産等フィードガスの確保、パイプライン建設、FLNGの調達や規模、LNG供給先獲得等多くの課題があり、SESAやYPF等はこれを解決していく必要がある。
(1) 2030年のアルゼンチンのガス生産量は日量2億8,000万立方メートル(年間102BCM)の見通し
FLNG向けに短期間でVaca Muertaシェールのガス生産量を増加させることは可能なのだろうか。
アルゼンチンの非在来型石油・ガス部門は新たな段階に入り、生産増が加速しているとの見方がなされている。図3にVaca Muertaシェールのガス生産量の推移を示した。2020年を底に増加していることがわかる。
今後についても、コンサルティング会社PwCは、Vaca Muertaシェールのガス生産量は2025年3月の日量6,600万立方メートル(年間24BCM)から2030年までに日量2億5,000万立方メートル(同91BCM)に増加するとしている。PAEは、Vaca Muertaシェールの生産が増加することで、アルゼンチンのガス生産量は2025年の日量1億4,000万立方メートル(同51BCM)から2030年までに2億8,000万立方メートル(同102BCM)に増加するとしている。一方、国内需要は季節によって変動し、夏は日量1億立方メートル(同36BCM)、冬は日量1億8,000万立方メートル(同66BCM)となっているが、年間平均では日量1億4,000万立方メートル、パイプラインでの周辺国への輸出は日量4,000万立方メートルで、LNGとして日量1億立方メートル(年間2,684万トン)を輸出可能としている。

(各種資料を基にJOGMEC作成)
各種機関の生産見通しはこのように2030年に向けてガス生産量が増加するとしているが、この生産増の見通しを裏付けるものの一つと考えられるのが水圧破砕の状況だ。生産量と輸出量の増加を目指し、2021年以降、Vaca Muertaシェールでの水圧破砕は活発に行われるようになっている。Vaca Muertaシェールで実施された水圧破砕のフラックステージ数は、2023年の14,747から2024年は17,796に20.6%増加し、過去最高を記録した。2025年に入り、Vaca Muertaシェールの水圧破砕はさらに活発化している。Neuquén市に拠点を置くシンクタンク、Fundación Contactos Energéticosは、2025年のフラックステージ数は2024年から35%増加して24,008になると見ている。
アルゼンチンのシェール開発はサービス会社への支払いや資器材の輸入代金が高く、コスト高というイメージがあったが、Energy Intelligenceによると、Vaca Muertaシェールの損益分岐点はバレル当たり約40ドルと、米国でのシェール開発のバレルあたり50ドル以上と比べて低いとされていた。
ただし、トランプ米政権の関税等の政策の世界経済への影響は、資金に困窮しているアルゼンチンが投資家を引き寄せようとする際に逆風を生む可能性もあるとの見方がされている。
(2) パイプラインの制約から当初は季節的なLNG輸出 共同でパイプライン敷設を検討
Hilli Episeyo FLNG稼働後、当面の間はFLNG向けの専用パイプラインがなく、フィードガスは既存のパイプラインの空き容量を利用して輸送される。PAEは以前、このプロジェクトの初期段階でのフィードガスについて、Tierra del Fuego州南部のガス田からSan Martínパイプライン経由で供給されるとしていた。これらTierra del Fuego州南部のガス田は、アルゼンチンのガス生産量、日量1億4,000万立方メートルのうち、日量2,200万立方メートルを生産している。ただし、国内需要の多い冬季はパイプラインの輸送能力に余剰はなく、FLNG向けのガス供給は制約を受けると考えられる。したがって、専用のパイプラインが建設されるまでのプロジェクト初期には、10月から4月にかけてのアルゼンチンのガス不需要期にのみLNG輸出が可能となり、輸出量や収益が減少する可能性が高いと考えられる。
SESA、YPFとShell、YPFとEniのプロジェクトでは、それぞれパイプラインを敷設することが検討されてきたが、2025年5月ごろより、共同で複数のパイプラインを敷設したり、単一のパイプラインを敷設したりすることが検討されているという。パイプラインに関する決定は2025年内に行われる予定で、一旦決定されれば、2026年第1四半期に入札を実施し、2028年の4月か5月までにパイプラインの稼動を開始できるよう敷設され、いずれのFLNGも一年中LNGの輸出が可能になるという。
では、これらのパイプラインは計画通りに敷設されるのだろうか。アルゼンチンでは、Vaca MuertaシェールとBuenos Aires州Salliqueló間、全長573キロメートルを結ぶPerito Morenoパイプライン(旧Néstor Kirchnerパイプライン フェーズ1)が、2022年11月16日に敷設を開始し、2023年5月12日に完成、工期はわずか178日間であったという。Vaca Muertaシェールから原油を輸送するパイプラインOleoductos del Valleの拡張プロジェクトは2025年4月に、大きな遅れがあったというような報道はなく、操業を開始している。一方で、ボリビアからガスを輸入するために用いられていたGasoducto Norte(Northernパイプライン)を逆走するプロジェクトは2024年11月に順調に操業を開始したが、2025年6月に一部で遅延が見られるとの報道があった。アルゼンチン国内の他のパイプラインはこのように比較的スケジュール通りに完成していると言えるが、状況を注視していく必要があろう。
(3) Hilli Episeyo FLNG、LNG生産開始時期に合わせカメルーンから移動
先述した通り、Hilli Episeyo FLNGは2018年3月にカメルーンで稼働を開始し、現在も稼働中である。生産開始からわずか8年でHilli Episeyo FLNGのカメルーン沖での操業を停止し、アルゼンチン沖に移動することは可能なのだろうか。
PerencoとSNHが開発を行うSanaga Sudガス田およびEbome Marineガス田の推定可採埋蔵量は7,000億立方フィートとさほど大きくなく、LNG生産の期間は当初より8年間とされ、液化施設もHilli Episeyo FLNGに設置された4トレインの半分、2トレインで運転されていた。2021年9月にPerenco/SNHとGolar LNGが、2022年に20万トン、2023年からさらに40万トンの増産の可能性があることで合意をしており、増産が行われたと考えられるが、それでもPerenco/SNHが契約延長を望んでいるというような情報は今のところ伝わってこない。
なお、Golar LNGとPAEが2024年7月にHilli Episeyo FLNGの傭船契約を締結した際に、Golar LNGはHilli Episeyo FLNGを別の適切なFLNG船と交換することを認められていた。Golar LNGは、LNGタンカーFuji LNGをFLNGに改造中で、当初はこれをHilli Episeyo FLNGの代替として利用することも検討されていた可能性がある。しかし、現在、Fuji LNGはMKII FLNGとして稼働する予定となっており、Hilli Episeyo FLNGに代わって操業するとは考えにくい。
YPF/Shellは液化能力年間500万トン、YPF/Eniは同年間600万トンのFLNGを計画している。現在、稼働中のFLNGの中で最も規模が大きいのはオーストラリアのPrelude FLNGとモザンビークのCoral Sur FLNGで、液化能力はそれぞれ年間360万トンと年間340万トンとなっている。YPFがShellやEniと計画している液化能力、年間500万トン以上の規模のFLNGは稼働可能なのだろうか。
近年、欧州の脱ロシア依存から短期間に追加供給を実現できるFLNGの需要が増加している。また、陸上の液化施設建設はコスト高や許認可の遅延が問題となっており、この点、FLNGであれば環境影響評価が簡素で資本効率が高いとの判断がなされている。さらに、モザンビーク、セネガル、アルゼンチン等の開発されていない大規模ガス田を早期にマネタイズしたいという需要が高まっている。このような理由から、FLNGの大型化が進展しており、現在、FLNGの設計は400万トンを超えるクラスが中心となっている。複数の液化プラントを搭載することや、モジュールの一括搭載を可能にする6,000トン超のクレーンが出現したことで、このFLNG大型化の動きが現実的なものとなってきたと考えられる。FLNGの当初の課題は、スロッシング、LNGの安全な移動、付保であったが、これらは解決済みで、大型化しても影響はないと考えられる。カナダで計画されているKsi Lisims LNGも、FLNG2基(液化能力、年間600万トンを2基)、2025年にFID、2029年に生産開始を目指しており、今後、このような規模のFLNGがさらに出現する可能性があると考えられる。

(各種資料を基にJOGMEC作成)
(4) インド向け中心に最大年間1500万トンのLNG販売についてcommercial commitment締結
YPFのCEO Horacio Marin氏は2025年初めに、欧州、アジアを訪問したが、これにより、YPFは2025年1月末時点で最大であわせて年間1,500万トンのLNGを販売するcommercial commitmentを締結したとしている。インドのOIL、GAIL、OVLとは、このうち最大、年間1,000万トンのLNG輸出を目指す覚書を締結したとしている。アルゼンチンのLNG供給先として、経済成長に伴い需要が増加しているアジアが最大の市場になるとの見方がなされている。一方で、欧州の潜在的なバイヤーからの関心も集まっている。距離的に近く、輸送コストを抑えられる中南米は、合理的なLNG購入先の選択肢と考えられるが、スポットで対応するようだ。ただし、ブラジルについては、ガス需要は成長の可能性を秘めているものの、水力発電の状況により大きく需要が変動、LNGにとっては不安定な市場と考えられる。
SESAも、2025年6月初旬までにLNG販売に関してアジア、欧州、中南米の企業と30件を超える秘密保持契約を締結したとしており、LNG供給先の確保も進展しているようだ。
(5) ボリビア経由でブラジルへのパイプラインガス輸出開始も、LNG輸出への影響は軽微
ボリビアのガス生産量は、2014年のピーク時からこの10年間で約40%減少した。ボリビアは、パイプラインでアルゼンチンやブラジルにガスを供給し、南米南部のガス供給拠点として機能してきたが、すでに、アルゼンチンへのガス輸出は停止し、2030年までにすべてのガス輸出が停止する可能性もあると見られている。

(各種資料を基にJOGMEC作成)

(各種資料を基にJOGMEC作成)
一方、アルゼンチンのガス生産量は、Vaca Muertaシェールの生産増とインフラ整備により増加しており、これをボリビア経由でブラジルに輸出する計画が出現した。2024年11月には、Gasoducto Norte(輸送能力:日量2,800万立方メートル/年間10BCM)の逆走プロジェクトが完工し、2025年4月に、ボリビア経由でアルゼンチンからブラジルへのガス輸出が始まった。4月には、Tecpetrol、Pampa Energía、TotalEnergies等が日量7万立方メートルのガスを輸出した。
このボリビアのパイプラインでのブラジルへのガス輸出は、供給量が少なく、また、ガス供給の中断が可能な契約に基づいて行われていることから、LNG輸出への影響は現状、ほぼなく、あるとしても、軽微なものになると考えられる。
また、このボリビア経由でのブラジルへのガス輸出は、輸送コストが百万Btu当たり3ドル超と高く、TecpetrolやPampa Energíaは、コスト面からも慎重なアプローチをとっているという。ただし、TotalEnergiesは、ガス価格と輸送コストの削減を試みながら、輸送能力を最大で日量1,000万立方メートル(年間3.7BCM)に増加させ、季節による変動なく安定的に供給することを目指すとしている。
4. ExxonMobil等一部企業撤退も、他メジャーや地場企業はVaca Muertaシェールに注力
(1) YPF、Vaca Muertaシェールの開発に集中、100%非在来型の石油・ガス会社になることを希望
YPFは、操業コストが低く、ポテンシャルの高いVaca Muertaシェールの開発に投資や活動を集中させる計画であるという。YPFのlifting costはVaca Muertaシェールが石油換算1バレル当たり5ドルであるのに対し、在来型は28ドルであるという。YPFは100%非在来型の石油・ガス会社になることを望んでおり、2025年は資本支出50億ドルの3分の2にあたる33億ドルを、2026年からは全額を収益性が最も高いVaca Muertaシェールに集中させる計画だ。そして、これにより、2030年の総生産量を石油換算で日量100万バレルとする計画で、ガスはこのうち日量7,000万立方メートルを予定している。
YPFは、2024年にVaca Muertaシェール以外の資産の売却を開始した。2025年5月初めの時点で、売却を予定していた在来型の鉱区50のうち11を売却済みで、在来型資産の売却を加速して、2025年第3四半期にはこれを終了する予定であるとした。
一方で、YPFはVaca Muertaシェールから撤退する企業があれば、優良な非在来型資産の買収を進めるとしている。同社は、2024年12月には、ExxonMobilとQatarEnergyから、Vaca MuertaシェールのSierra Chata鉱区の権益54%を保有する子会社Mobil Argentinaを3億2,700万ドルで買収した。
また、Vaca Muertaシェールの生産増を目指し、投資を増強している。YPFは、Pluspetrolとともに、Vaca MuertaシェールLa Calera鉱区のガス処理能力を20%増強し、ガス生産量を日量1,450万立方メートルに引き上げた。YPFとPluspetrolは、同鉱区の開発に過去2年間に15億ドルを投資、2025年はさらに7億ドルを投じる計画であるという。また、Southern Energy LNG輸出プロジェクトへガスを供給するため、Pampa Energíaとともに、Vaca MuertaシェールSierra Chata鉱区への投資額を増やす計画であるという。
YPFは、Vaca Muertaシェールの開発を進めるとともに、Palermo AikeシェールやD-129シェールの開発にも注力していく方針だ。特に、Vaca Muertaシェールと地質的に類似していることから、Vaca Muertaシェールの小さな妹と呼ばれるPalermo Aikeシェールについては、すでに掘削が開始されている。

(各種資料を基にJOGMEC作成)
(2) ExxonMobilの撤退を契機にVaca MuertaシェールのM&A活発化
Vaca Muertaシェールは、開発が新たな段階に入り、生産が急増するとともに、M&Aのホットスポットになり、資産評価が上昇しているとの評価を受けるようになっている。
そのきっかけとなったのが、2024年末のExxonMobilの資産売却であると考えられる。ExxonMobilはVaca Muertaシェールの5鉱区をPluspetrolに17億ドルで、子会社Mobil ArgentinaをYPFに3億2,700万ドルで売却した。これまでVaca Muertaシェールには比較的安価で参入できたが、このExxonMobilの資産売却以降、取引額が上がったと言われている。
Petronasは、2024年12月に、Argentina LNG輸出プロジェクトの持ち分をShellに売却した。その後、2025年4月には、Vaca Muertaシェールに鉱区を保有するアルゼンチン子会社を15億ドルでVista Energyに売却し、撤退することになった。
Equinorは、アルゼンチンのシェール事業の権益をYPFに譲渡するため協議を行っていると伝えられていたが、インフラの改善と輸出の実現可能性が高まったことを理由に、2025年6月にVaca Muertaシェールからの撤退を撤回した。
TotalEnergiesは、アルゼンチンでは、シェールオイルからの撤退と天然ガス生産への集中を目指すとしている。Vaca Muertaシェールのシェールオイル資産の売却を検討しており、ExxonMobilと同様の価格を見込めれば「売却準備が整っている」としている。TotalEnergiesは2024年9月に、Austral Basin、Cuenca Marina Austral(CMA)-1鉱区Fénixガス田の生産を始めた。Vaca Muertaシェールに加え、このFénixガス田の生産開始により、TotalEnergiesは2024年11月にYPFを抑え、アルゼンチン国内最大のガス生産企業となった。しかし、これまで長期間にわたり不安定な外国為替政策をとってきた国でインフラに多く投資することは優先事項でないとし、LNGプロジェクトへの関心は低いとし、ボリビア経由でブラジルへのガス輸出に力を入れていくとしている。

(各種資料を基にJOGMEC作成)
(3) ExxonMobil等撤退鉱区にアルゼンチン企業等殺到、ShellやChevronもシェール開発継続
ExxonMobilやPetronasが撤退した鉱区については、アルゼンチン企業等が競って権益を取得ししている。表5、表6はFLNGプロジェクト関連企業を中心にまとめたため、地場企業はPampa Energíaの1社しか記載していないが、これらの地場企業は、積極的に投資、開発を継続、生産増に努めている。
Pampa Energíaは、Southern Energy LNG輸出プロジェクトのFPSO2基へのガス供給量、日量2,700万立方メートル(年間9.9BCM)のうち、最大で日量600万立方メートル(同2.2BCM)を供給することとなっている。同社のガス生産量は、2024年は2023年比21%増、2025年も季節的な変動はあるものの第1四半期の1,180万立方メートルから4月末には1,450万立方メートルに増加している。さらに生産量を増やそうと、Vaca Muertaシェール、Sierra Chata鉱区に2026年から2028年にかけて約4億ドルを投じる計画であるという。Pampa Energíaは、LNGプロジェクトはガス収益化の手段なのであらゆる機会を検討するとしており、YPFとShell、Eniとのプロジェクトにも関与する可能性があるしている。
英国のHarbour Energyは2024年にドイツのWintershall DEAの資産を取得してアルゼンチンに参入した。Wintershall DEAはアルゼンチンではTotalEnergiesとともに探鉱・開発に従事することが多かったことから、TotalEnergiesとの共同が目を引いていたが、Southern Energy LNG輸出プロジェクトに参加する等TotalEnergiesとは異なる動きを見せるようになってきた。
Shell、Chevronはアルゼンチンのシェールへの投資を継続するとしており、Vaca Muertaシェールから原油を輸送するVaca Muerta Surパイプラインに出資、また、ShellはArgentina LNGプロジェクトでYPFと提携することになった。メジャーという括りで見ると、BPがPAEのシェアの60%を保有しており、こちらもVaca Muertaシェールをはじめアルゼンチンでの探鉱・開発に引き続き力を入れていくと見られる。

(各種資料を基にJOGMEC作成)
以上
(この報告は2025年6月27日時点のものです)