ページ番号1010536 更新日 令和7年7月1日

イラン原油供給ネットワーク再考:中国への流通経路と制裁の有効性

レポート属性
レポートID 1010536
作成日 2025-07-01 00:00:00 +0900
更新日 2025-07-01 16:52:00 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 市場基礎情報
著者 豊田 耕平
著者直接入力
年度 2025
Vol
No
ページ数 9
抽出データ
地域1 中東
国1 イラン
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,イラン
2025/07/01 豊田 耕平
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概要

  • 本稿では、米国の経済制裁下におけるイラン原油の輸出ネットワークとそれに対する経済制裁の有効性について考察する。
  • 米国によるイラン核合意からの一方的離脱に伴い、イラン原油の生産・輸出は急速に減少した。生産面では地場企業を中心とした既存油田の能力維持・追加開発によって大きく回復する一方、輸出面では日本など東アジア諸国や欧州諸国への輸出がゼロになる中、中国向けに供給するためのネットワークを構築してきた。
  • 中国への原油輸出ネットワークは、主に東南アジア沖合での船舶間輸送(Ship to Ship: STS)、自動船舶識別装置(AIS)の遮断やスプーフィング、通関書類の偽造などを駆使して、中国への輸入があたかもマレーシアやオマーンなどの第三国からであるように産地偽装することで成立している。中国の一部製油所は制裁リスクによるディスカウントがなされたイラン原油の価格競争力から、積極的に同国原油を購入しているとみられる。
  • イランに対する米国の強力な経済制裁にかかわらず、イラン・中国間の原油供給ネットワークは流通量を日量150万バレル以上に拡大させてきた。この背景には上記のような産地偽装で制裁を逃れていること、また中国側の主な購入先である独立系製油所(ティーポット)がローカルな取引のみに従事しており、米国関係者との取引やドル取引の停止による影響を受けづらいことがある。
  • 他方でトランプ政権は、原油積載タンカーへの制裁強化を通じて非制裁タンカーによる中国港湾へのイラン原油供給を困難にすること、より大規模な民間製油所を制裁指定することなど、イラン原油の供給削減により有効な制裁を実行する余地がある。しかしこれらの措置は原油価格の上昇を通じて米国経済に対するダメージを伴うため、現時点ではそのような中核的な対象への制裁が実行される政治的判断はなされていない。
  • 今後のイラン原油の流通量は、「米国の対イラン制裁に伴う政治的判断」、「中国のイラン原油輸入継続に係る政治的判断」、「イランが原油販売で提供できるディスカウント」のバランスに左右されていくだろう。他方で制裁に直接的に関わらないリスクとして、中国政府が需要ピークアウトを見越して製油所統廃合を計画しており、主要な取引先である独立系製油所が取り潰される可能性があり、このリスクはイラン原油の供給ネットワークにより深刻な打撃を与えうるだろう。

 

1. はじめに

2025年6月13日に始まったイスラエルとイランの軍事衝突は、同月23日に米国トランプ大統領がSNSで「完全かつ全面的な停戦への合意」に言及したのち、両国が勝利宣言を発表することで落ち着きを見せている。今回の衝突による地政学的リスクを受けて急騰したWTI原油先物価格は23~24日にかけて10ドル/バレルを超える急落を記録し、13日に予備的に停止したイスラエルのリヴァイアサンガス田とカリシュガス田も25日に操業を再開した。中東地域におけるエネルギー供給途絶リスクは、少なくとも現時点では後退したように思われる。

しかしながら、イランとイスラエル、そして米国をめぐる対立の行方は依然として不透明である。イスラエルが目的としたイランのレジーム・チェンジは達成されておらず、米国・イスラエルの攻撃によるイラン核施設の被害状況も明らかになっていない。そのような中で、イランを中心としたペルシャ湾岸地域からの原油供給は引き続き潜在的なリスクにさらされていると言ってよい。

拙稿「イラン・イスラエル軍事衝突に伴うエネルギーインフラへの攻撃と長期的リスク」[1]では、中東地域における最大の供給途絶リスクとして注目される「ホルムズ海峡封鎖リスク」を取り上げた。しかし今回の衝突が生じる前から焦点となってきたより現実的な供給リスクとして、イラン自体の原油供給が経済制裁の強化によって縮小することがある。このリスクは今後の外交交渉の結果として、あるいは外交交渉と並行して顕在化する可能性があり、石油収入に依存するイラン経済、ひいては現体制の存続に大きな打撃を与える可能性がある。そこで本稿では、制裁下におけるイラン原油の輸出ネットワークとそれに対する経済制裁の有効性を分析することで、今後の同国をめぐる潜在的な原油供給リスクを把捉することを試みる。

 

2. 制裁後イランの原油供給ネットワーク構築

(1) 制裁後イランの原油生産・輸出動向

2018年5月のイラン核合意(包括的共同行動計画、JCPOA)からの一方的離脱に続く経済制裁の再発動は、イランの石油・ガス産業に大きな打撃を与えた。イランの原油生産量は図1のとおり、2015年の日量285万バレルからJCPOAの締結により2016年には日量355万バレル程度まで増加したものの、制裁が再発動された2019年以降は日量235万バレルと核合意締結前を下回る水準に落ち込んだ。制裁解除に伴い参入が期待されたフランスのトタル(現トタルエナジーズ)や中国石油天然気集団(CNPC)が2018年末までに撤退を決断し、外国企業に対するイラン上流開発参画への門戸は再び固く閉ざされた[2]

ただし、イランの上流開発産業にとって米国の制裁再発動はこれまでの開発環境を大きく変化させるものではなかった。2010年から欧米諸国がイランのエネルギー部門に対する経済制裁を強化してきたことに伴い、2012年以降にイランで上流活動を行う外国企業はCNPCと中国石油化工集団(Sinopec)の中国2社のみとなっていた。イランはJCPOA以前から外国企業に依存しない石油開発体制を模索してきたのであり、2018年以降はペトロパース(Petropars)のようなイラン国営石油会社(NIOC)子会社、ハタム・アル・アンビヤ建設(Khatam al-Anbiya Construction)などイラン革命防衛隊(IRGC)関連会社、その他民間企業によって既存油田の能力維持、南アザデガン油田などのイラク国境付近の油田群における追加開発を進めてきた[3]。結果として、イランの原油生産量は2025年5月時点で日量350万バレル近くに達し、イラン政府は2027年(第7次5か年計画の終了年)までに原油生産能力を日量460万バレルまで引き上げる野心的な計画を明らかにしている[4]。イランでは外国資本・技術の欠如という大きな制約が残る一方で、地場企業中心の開発体制が一定の成果を上げつつあるのである。

(図1)イランの原油生産量・輸出量の推移(2013~2024年)
(図1)イランの原油生産量・輸出量の推移(2013~2024年)
(出所:IEA、Kpler、UANI、MEESからJOGMEC作成)

他方で、制裁の再発動によってより大きな損害を被ったのは原油輸出である。2015年のJCPOA締結以来、イランは中国・インド・日本・韓国といったアジアの既存顧客に加え、トルコ・フランス・イタリアなどの欧州諸国にも原油輸出先を拡大し、2017年には日量250万バレル程度の輸出量を記録した[5]。しかし2018年の「最大限の圧力」による米国の制裁再発動を機に、中国以外の上記顧客が段階的に輸入ゼロを達成し、中国も国営企業を中心に輸入量を大幅に削減した。その結果、180日間の制裁免除期間が終了する2019年5月以降には、イランの輸出量は一時的に日量20万バレル近くまで急速に減少した。上述した制裁再発動による2019年下半期以降の原油生産量の急速な減退も、このようなイラン産原油の「出しどころのなさ」による生産抑制に起因すると考えられる。つまり、イラン産原油供給に関する問題の焦点は国内で完結しうる原油開発・生産ではなく、否が応でも外国企業との接点が生じる原油輸出にあると言えるだろう。

 

(2) イラン・中国間の原油供給ネットワーク

米国の制裁再発動の影響を当初はもろに受けたにもかかわらず、KplerやVortexaなどの船舶追跡データ会社によると、イランの原油輸出は2025年1~5月に日量150~170万バレル程度まで回復し、その90%程度を中国向けに出荷していると指摘されている[6]。この背景には、イランと中国が2019年以来、米国による二次制裁を回避するためにイラン産原油の秘密貿易ネットワークを構築してきたことがある。具体的な輸出ルートは当然ながら秘匿されているものの、船舶追跡データや中国税関統計などから、イランは以下のような供給フローを経て中国向けに原油を輸出していると想定されている[7]

(a) イラン産原油の90%以上はペルシャ湾内のハールク島から出荷(制裁タンカーを含む)
(b) マレーシアなど東南アジア沖合、UAE・オマーンなどで船舶間輸送(Ship to Ship: STS)を実施[8]
(c) 加えて自動船舶識別装置(AIS)の停止やスプーフィング[9]、通関書類の偽造などを併用
(d) (b)(c)を経て、中国港湾には非制裁タンカーで「マレーシア産」「オマーン産」に偽装して到着
(e) 輸出しきれないイラン原油は中国・ペルシャ湾・東南アジア沖合などに「洋上在庫」として蓄積

(e)について補足すると、「洋上在庫(浮体式在庫とも言われる)」はイラン・中国双方の陸上原油タンクの容量不足により、洋上に原油を積載したタンカーとして滞留しているものである。実質的な売れ残りではあるものの、この「洋上在庫」はしばしば中国に対するイラン産原油輸出の冗長性を確保する要因として機能する。具体的にいうと、例えば米国によるイラン制裁が強化された場合には中国のバイヤーが荷下ろしを躊躇い、その時点で中国に向かっていたイラン原油は洋上在庫に回される。制裁緩和や中国の国内需要動向に伴いイラン原油の供給増が求められる場合には、イラン側は洋上在庫を取り崩すことで対応できる。9割が中国向けであるイラン原油の輸出量と中国の輸入量に図2のような齟齬が生じるのは、このような洋上在庫による需給調整の結果と言えよう。今回のイスラエルとイランの軍事衝突においても、仮にイランの原油輸出が損なわれた場合、この洋上在庫によって中国へのイラン産原油供給が一定程度維持される見通しが示されていた[10]

このような複雑かつ不透明な取引での主な購入先となるのは、中国・山東省に位置する20カ所以上の独立系製油所(ティーポット)である。これらの製油所はいずれも精製能力が日量数万バレル程度と極めて小さく、制裁リスクによってディスカウントされた「制裁原油」を好んで購入することで知られている。2025年1~5月には中国におけるイラン産原油輸入量が減少傾向に転じたとされるが、これは米国の制裁強化への対応というよりむしろ、同じく制裁リスクによって安価に取引されるロシア原油との競合や洋上在庫の十分な積上げなどの市場戦略に基づく反応であると指摘されている[11]。つまり、両国政府間で経済・安全保障分野に関する25か年の「包括的協力協定」を通じた政治的な協力関係が構築されている一方で[12]、個々の製油所はあくまで安価で経済的な競争力があるという理由からイラン原油を求めているのである。

(図2)イランの原油輸出量と中国のイラン原油輸入量のギャップ(2022~2025年)
(図2)イランの原油輸出量と中国のイラン原油輸入量のギャップ(2022~2025年)
(出所)MEES、KplerからJOGMEC作成

3. イラン原油に対する経済制裁の有効性

(1) イラン・中国ネットワークの制裁への耐久性

イランの原油取引に対する制裁は、2022年ウクライナ侵攻以降のロシアに対するものと比べてもはるかに厳しい。ロシアの主要石油企業であるロスネフチやルクオイルは現時点では米国で特に強力な制裁対象となる「特別指定国民(SDN)」リストに含まれない一方で、イランは石油省とNIOCを中心に、その上流開発(イラン国営南石油会社(NISOC)など)・貿易(ナフティラン・インタートレード(NICO))・輸送部門(イラン国営タンカー会社(NITC))関係の子会社や石油開発を担う民間企業が軒並みSDNリストに含まれている。SDNリストに含まれた場合、米国人との取引禁止・米国資産凍結・ドル取引からの排除などの厳しい措置が科されるうえに、SDNと取引した第三国企業も同様の措置を科される可能性がある(=二次制裁)。そのため制裁再発動後にイランと原油を取引する国は、中国を除くとベネズエラやアサド政権下のシリアなどの被制裁国に限られてきた。中国がイランとの原油取引を継続し、さらにここ数年間で拡大さえしている背景には、上記の強力な制裁を阻害する二つの要因がある。

第一に、前節で示したとおり、イランと中国は船舶間での積み替えや追跡防止措置を活用することで、米国によるイラン産原油輸出に対する制裁が中国側に及ぶこと(=二次制裁)を回避しようと試みている。前述した制裁回避の手法を用いることで、中国は表向きには非制裁国であるマレーシアやオマーン原産の原油を非制裁タンカーにより輸送していることになり、米国の制裁との関係では何ら問題が生じないことになる。他方で中国税関統計上、マレーシアやオマーンからの輸入量が両国の実輸出量を上回ることもあり、制裁執行を担う米国財務省外国資産管理室(OFAC)も当然このようなイラン原油の産地偽装を把握している。OFACはこれまでも秘密貿易ネットワークに関与したタンカーや書類の偽造などに関与したとみられるインド・UAE・香港などの仲介業者・ブローカーを継続的に制裁対象に指定してきた[13]。しかし現時点では、米国政府が無数の仲介業者やタンカー、輸入先などを捕捉しきれない、あるいは意図的に捕捉していないことで、イラン原油の輸出量はむしろ顕著な増加傾向を示してきた。

第二に、イラン原油取引に関する二次制裁が波及した場合にも、独立系製油所に対する制裁効果は限定的である。これらの小規模製油所はイラン原油を精製して地場需要家に販売することのみに注力しており、周辺の取引相手も含めて国際的な通貨取引とはほぼ無縁なローカル・ビジネスを作り上げている。第2次トランプ政権では3月20日、史上初めて独立系製油所である魯清石化(処理能力:日量6万バレル程度)をイラン原油購入の疑いを理由に制裁対象に指定し、続けて4~5月にかけて追加で2か所の独立系製油所が制裁対象となってきた[14]。しかし米国による制裁の域外適用に反対の立場をとる中国政府は、必要に応じて各製油所のサプライチェーンにおける課題を調整することを表明しており、現にこれら制裁対象の製油所は、銀行借入れなど金融面での障害を抱えつつも通常通りの稼働を続けていると指摘されている[15]。米国政府が「最大限の圧力」の下でイラン原油の購入先を制裁対象に指定してもなお、現時点で独立系製油所は制裁に対する一定の耐久性を示している。

 

(2) トランプ政権における制裁強化・輸出逼迫の可能性

米国では2024年に緊急補正歳出法の一環として「イラン石油密輸防止措置(SHIP法)」を導入し、外国のタンカー・港湾・製油所などに対する制裁の法的基盤が強化された。過去の対イラン制裁法でもこれらの対象への制裁は可能だったものの、SHIP法では制裁執行を法的に義務化したことに特徴がある。バイデン前政権下でも同法に基づく船舶やブローカーに対する制裁執行が継続されてきたが、第2次トランプ政権の成立後はさらなる制裁強化の兆候が表れている。トランプ大統領は2025年2月に「最大限の圧力」政策の復活に関する大統領令に署名し、その後独立系製油所を初めて制裁対象に指定し、STS取引を明記して制裁を執行するなど、イラン・中国間の原油供給ネットワークの取り締まりに対して強い意欲を示してきた。

第2次トランプ政権では今後、「最大限の圧力」政策の下、イラン原油供給ネットワークの取り締まりにより有効な制裁を加える余地がある。その一つが原油積載タンカーに対するさらなる制裁強化である。「最大限の圧力」政策の復活を控えた状況で、中国の山東港口集団は1月、制裁タンカーの受け入れを自主的に制限することを発表したことで話題となった[16]。山東省の港湾はもちろんイラン原油の受け入れのみを行っているのではなく、コンテナ船などを含む他の国際取引も存在しているため、独立系製油所ほどに制裁への耐久力を有するわけではない。2025年6月に米国エネルギー情報局(EIA)がSHIP法に基づき作成した報告書では、Vortexaの船舶追跡データを活用し、イランの原油・石油製品の輸出収入や取引に関与する原油積載タンカー・港湾を包括的に把握することを試みている[17]。今後、ますます多くのイラン原油積載タンカーが制裁対象となっていくことで、港湾会社が制裁タンカーの受入れを忌避し、イラン原油の購入にさらなる障害をもたらす可能性がある。

もう一つの方法が、イラン原油を購入する大規模な民間製油所[18]に対する制裁である。これらの製油所が政府から受けている輸入割当量は日量20~40万バレルと独立系製油所よりもはるかに大きく、また大規模な精製・石油化学プラントを通じて国内大手メーカーなどに石油製品・石油化学製品を販売している。大規模製油所への一次制裁・その取引先への二次制裁がもたらす中国経済全体へのダメージは大きく、制裁圧力を受ければイラン原油輸入を停止し代替調達を追求する可能性は高く、その数量的なインパクトも独立系製油所とは比べ物にならない。今後これらの大規模製油所を対象にすることで、中国国内でのイラン原油の買い手が制約され、輸出量が大幅に削減される可能性がある。

トランプ政権下で制裁強化への意向が示され、また潜在的な制裁強化の対象が明確であるにもかかわらず、多くのエネルギー専門家は今後イラン・中国原油供給ネットワークが縮小する可能性に否定的である。上記のクリティカルな制裁強化を実現した場合、原油価格、ひいては国内ガソリン価格などの上昇を通じて米国経済に対しても不利益に働く可能性があるからである。特に後者の大規模民間製油所への制裁執行は、中国へのイラン原油のフローのみならず、それら製油所が調達するサウジ原油など他の供給にも影響するため、単にイラン原油が市場から失われる以上のインパクトをもたらす可能性がある。トランプ大統領は就任直後から、サウジアラビアを中心にOPECに対して価格引下げを明示的に求めるなど、原油価格の引下げがエネルギー政策上の重要目標の一つであることを示唆してきた。現時点では、米国政府には原油価格の上昇可能性を受け入れる政治的判断をもとに、「痛みを伴う」制裁を科すことはないと見られているのである。

米国政府と同様、中国政府がイラン原油の輸入に対してどの程度のコストを支払うかに関する政治的判断も、イラン原油の将来的な供給可能性を決める要因となる。米国が真剣に制裁強化に取り組む場合、中国国内のイラン原油流通ネットワークを把握し制裁を執行するには、中国の中央・地方政府による支援が不可欠となる。このような政治的判断が下される背景には、米国との他部門も含む外交関係の在り方とともに、イラン原油の購入でどれほどの恩恵(=ディスカウント)を確保できるかという要素が関わってくる。つまり、将来的なイラン・中国原油供給ネットワークの維持拡大には、「米国の対イラン制裁に伴う政治的判断」、「中国のイラン原油輸入継続に係る政治的判断」、「イランが原油販売で提供できるディスカウント」のバランスに左右されると考えられる。

 

4. おわりに

本稿では、第1次トランプ政権による制裁再発動後のイランと中国との原油供給ネットワークの実態と制裁の将来的な有効性をそれぞれ分析した。イランはSTSやAIS遮断などの複雑な産地偽装を通じて中国への原油輸送を確保し、また洋上在庫によって供給の柔軟性を高めてきた。このような原油供給ネットワークは主な購入先となる中国独立系製油所のローカルな性格と相まって、米国の一次制裁・二次制裁に対する耐久性を示してきたと言える。しかし、第2次トランプ政権は今後、油価上昇による米国経済への負の影響を甘受することで、タンカーへの制裁拡大と大規模民間製油所への制裁を通じて、このネットワークに実質的な影響をもたらす可能性がある。米国の政治的判断とともに、中国が「イラン原油購入の継続にどれだけの資源を投入するか」という政治的判断、またイラン原油のディスカウントによる魅力の程度が、今後の対イラン制裁の有効性やイラン原油の流通量を定めていくだろう。

本稿で指摘した中国の政治的判断は基本的に米国制裁に対する判断を想定しているが、それとは別に、中国の国内原油需要もイラン原油の供給継続に関する最も重要な構成要素になりうる。IEAの中期石油見通し「Oil 2025」では、2010年代に世界の石油需要増加の6割を占めた中国の需要成長は、LNGトラックやEVの台頭による輸送燃料の代替に伴い、2030年までにわずか日量3万バレルまで縮小すると指摘する[19]。今後の需要成長の原動力は専らジェット燃料と石油化学原料(LPG・ナフサ・エタン)のみであり、中国の需要はより早期のピークアウトを迎える可能性もある[20]。中国政府は早晩訪れるだろう需要のピークアウトを見越した製油所の統廃合を計画しており、小規模な地方製油所は取り潰し対象になることが想定される。つまり、イラン原油の購入先は制裁強化とは直接関係しない形で失われていく可能性が存在するのである。

イランの原油供給ネットワークは、表面的には巧みに制裁を回避しているように映るものの、実際には米中の対イラン制裁にかかる政治的判断と価格競争力とのバランスの上に成り立っている。また、イランが9割を依存する中国への原油供給は、同国の原油需要とエネルギー政策によって容易に動揺する脆弱性を抱えている。イラン現体制がこうした構造的脆弱性を克服すべく、供給先の多角化や制裁緩和に向けた実質的な方策を講じている兆候は、現時点では見えてこない。

 

 

[1] 豊田耕平「イラン・イスラエル軍事衝突に伴うエネルギーインフラへの攻撃と長期的リスク」『JOGMEC石油・天然ガス資源情報』2025年6月18日、https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010522.html

[2] 芦原雪絵「最近のイラン石油産業の変遷とその課題」『JOGMEC石油・天然ガスレビュー』2019年5月30日、https://oilgas-info.jogmec.go.jp/review_reports/1007687/1007785.html

[3] Yaser al-Maleki, “Iran Oil Gains Pose Challenge to US Sanctions,” MEES, August 18, 2023, https://www.mees.com/2023/8/18/geopolitical-risk/iran-oil-gains-pose-challenge-to-us-sanctions/724bb710-3dc5-11ee-8eef-4d5448100e67(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[4] “Paknejad announces $120b investment to boost oil, gas production,” Shana, January 11, 2025, https://en.shana.ir/news/652557/Paknejad-announces-120b-investment-to-boost-oil-gas-production(外部リンク)新しいウィンドウで開きます,

[5] James Cockayne, “Iranian Oil Exports Hit Pre-Sanctions Levels as European Share Grows,” MEES, February 9, 2018, https://www.mees.com/2018/2/9/transportation/iranian-oil-exports-hit-pre-sanctions-levels-as-european-share-grows/0fecc010-0dbc-11e8-9c19-95e019b95c5e(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[6] なお石油製品は日量80万バレル程度を輸出し、燃料油・ナフサは主にUAEへ、LPGは主に中国へ輸出していると指摘される。

[7] Paul Merolli, “How Russia Might Replicate Iran’s Export Tricks,” Energy Intelligence News, March 24, 2022, https://www.energyintel.com/0000017f-b93a-dc0d-a17f-fbba5c760000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[8] Vortexaによると、2024年時点でマレーシアなどの東南アジア沖合でのSTSが日量110万バレル、UAE・オマーンなどでのSTSと中国への直接輸送がそれぞれ日量30万バレルと推計している。Oliver Klaus, Gary Peach, and Jill Junnola, “Trump’s Iran Clampdown Would Hinge on China,” Energy Intelligence News, February 4, 2025, https://www.energyintel.com/00000194-d2ef-d928-a9dd-d3ff4be60000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[9] 船舶が発信する位置情報を改竄し、実際に存在する位置を隠匿すること。電波発信を妨害するジャミングとは区別される。

[10] Freddie Yap, Maryelle Demongeot, and Dawn Lee, “Iran Outage Would Be 'Nightmare' for China’s Small Refiners,” Energy Intelligence News, June 16, 2025, https://www.energyintel.com/00000197-78a7-d30d-a79f-fea7f1c10000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[11] Oliver Klaus and Freddie Yap, “Iran's May Exports in Focus Amid Ongoing Nuclear Talks,” Energy Intelligence News, June 3, 2025, https://www.energyintel.com/00000197-3652-d68a-a1ff-bf537c8a0000(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[12] 青木健太「№103 イラン:中国との外相会談で25カ年包括的協力協定の始動を確認」『中東かわら版』中東調査会、2022年1月17日、https://www.meij.or.jp/kawara/2021_103.html(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[13] “Treasury Targets Global Network Shipping Iranian Oil, Funding Iran’s Military and Terrorist Activities,” U.S. Department of the Treasury, May 13, 2025, https://home.treasury.gov/news/press-releases/sb0139(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[14] “Treasury Sanctions Network Supporting Iran’s Oil Exports,” U.S. Department of the Treasury, March 20, 2025, https://home.treasury.gov/news/press-releases/sb0056(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[15] Oceana Zhou and Ivy Yin, “Sanctioned Chinese independent refineries operate despite financing hurdles,” Platts Oilgram News, May 12, 2025.

[16] Chen Aizhu, Siyi Liu, and Trixie Sher Li Yap, “Exclusive: China's Shandong Port, Entry Point for Most Sanctioned Oil, Bans US-Designated Vessels,” Reuters, January 8, 2025, https://www.reuters.com/business/energy/chinas-shandong-port-group-blacklists-us-sanctioned-oil-vessels-say-traders-2025-01-07/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[17] “Report on Iranian Petroleum and Petroleum Products Exports: A Report Required by Section 4 of the Stop Harboring Iranian Petroleum (SHIP) Act,” EIA, June 2025, https://www.eia.gov/international/content/analysis/special_topics/SHIP_Act/SHIP-Act_2025.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[18] 例えばロイターは2024年7月、日量40万バレル程度の精製能力を有する恒力石化(Hengli Petrochemical)がイラン原油のバイヤーになってきた可能性を指摘している。Chen Aizhu, “Exclusive: China's Iranian Crude Imports Find New Market in Northeast,” Reuters, July 26, 2024, https://www.reuters.com/markets/commodities/chinas-iranian-crude-imports-find-new-market-northeast-2024-07-26/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[19] “Oil 2025: Analysis and Forecast to 2030,” IEA, June 2025, https://www.iea.org/reports/oil-2025(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[20] 中国は国内で生産した石油製品を輸出することで収入源とできる可能性もあるため、必ずしも需要ピークアウトが輸入ピークアウトにつながるわけではない。

 

以上

(この報告は2025年7月1日時点のものです)

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