ページ番号1010545 更新日 令和7年7月10日
Energy Asia 2025参加報告 ―アジアの「公正なエネルギー移行(Just Transition)」における現実的かつ柔軟なアプローチの追求―
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概要
- 2回目の開催となるEnergy Asia 2025は、6月16日から18日にかけてマレーシアの首都クアラルンプールで開催された[1]。今回は「Delivering Asia’s Energy Transition」をテーマに、アジア特有の課題を踏まえた持続可能なエネルギー移行の実現、エネルギー安全保障の強化、再生可能エネルギーの導入や技術移転の促進を可能にする革新的な協力枠組みの探求といった観点から、パネル形式のセッションと7つのラウンドテーブルが実施された。
- 本会議のチェアマンを務めたペトロナス社長兼グループCEOのタウフィック氏は、「エネルギーミックスの多様化」、「エネルギー投資の拡大」、「地域協力の促進」の必要性を挙げ、「今こそアジアの時代であり、アジアがネットゼロを達成しなければ、世界のネットゼロはあり得ない」と述べ、アジアのエネルギー移行の実現に向けた協力を参加者に呼びかけた。
- 本会議の議論を通じて発信されたメッセージの多くに共通していたのは、発展途上国・新興国が多く存在するアジアならではの「公正なエネルギー移行(Just Transition)」の必要性と「現実的なエネルギー移行」の視点であり、各国で異なる経済状況やエネルギー事情を踏まえた「バランスの取れた、現実的かつ柔軟なアプローチ」の必要性が多くの登壇者から指摘された。
- クリーンエネルギーやCCSの導入を目指しつつも、石油・天然ガスなどの化石燃料が依然として重要な役割を担うことが強調され、特に、手頃な価格でアクセス可能かつ炭素排出量の少ない天然ガス・LNGは、経済性、実用性、エネルギー安全保障、環境負荷の観点から東南アジアにおいて今後ますます重要なエネルギー源として位置づけられるとの見方が示された。
- 本会議の総括として、アジアが世界のエネルギー移行において重要な役割を担っていることが再確認されるとともに、アジアのエネルギー移行戦略が各国・地域のエネルギーアクセスや経済性に根ざしたものである必要があり、エネルギー安全保障と持続可能性を犠牲にしてはならないことや協力の必要性が改めて強調された。
1. Energy Asia 2025概要
Energy Asiaは、世界のエネルギー移行におけるアジア主導のソートリーダーシップ(Thought Leadership)及びビジネスの推進と産官連携の促進を目的に「アジアの声」を世界に向けて発信すべく、CERAWeek by S&P Globalをナレッジパートナーとしてマレーシアの国営石油・ガス会社ペトロナスが主催する大規模な国際エネルギーフォーラムである。2023年の初開催に続きクアラルンプールで開催された今回のEnergy Asia 2025(2025年6月16日~18日)では、61カ国、38の業界から、政策立案者、エネルギー企業や金融機関のリーダー、技術者、専門家等を含む4,000人超の参加者が集結し、「Delivering Asia’s Energy Transition」をテーマにアジア諸国間の協力的取り組みに焦点を当て、発展途上国・新興国特有の課題を踏まえた持続可能なエネルギー移行の実現、エネルギー安全保障の強化、再生可能エネルギーの導入や技術移転の促進を可能にする革新的な協力枠組みを探求するとともに、当該取り組みを支援するうえでのアジア先進国の役割の重要性の検証と、投資機会や戦略的パートナーシップに関する知見の提供といった観点も盛り込み、パネル形式の56のセッション(Executive Conference)と7つのラウンドテーブルが実施された。また、Executive Conferenceと並行して行われた46社によるブース展示(Energy Park)には1万4,000人以上が来場し(主催者発表)、いずれも盛況を博した。さらに、会期前日の6月15日には、「本会議の目玉」でもある初の試みとして、世界のエネルギー企業、金融機関、サービスカンパニー等から30名以上のCEOや経営幹部が参加したEnergy Asia Global Leadership Executive Forumが非公開で開催され、「レジリエントなエネルギーシステム構築のためのベストプラクティスの共有」、「資本フローと投資家の信頼を獲得するためのプロジェクトのバンカビリティ向上」、「社会的インパクトを与えながらの排出量削減の実現」、「脱炭素化技術のイノベーションと導入の促進」についての率直かつ意欲的な議論と合意形成が行われた。
JOGMECは、髙原理事長がEnergy Asia Global Leadership Executive Forumへの参加とExecutive Conferenceのパラレルセッションへの登壇を行ったほか、森エネルギー事業本部長がメタン対策ラウンドテーブルへ出席したことに加え、Energy ParkではCCS事業部職員がAZECパビリオン内で先進的CCS事業に関するJOGMECブースの出展を行うなど、情報を発信する側として参加した。
(出所:Energy Asia 2025公式サイト)
会期冒頭の開会式では、ペトロナス社長兼グループCEOのタウフィック氏が、3点の重要なメッセージとして「エネルギーミックスの多様化」、「エネルギー投資の拡大」、「地域協力の促進」の必要性を挙げ、「今こそアジアの時代であり、アジアがネットゼロを達成しなければ、世界のネットゼロはあり得ない」と述べ、アジアのエネルギー移行の実現に向けた協力を参加者に呼びかけた。
続いて行われた基調講演では、アンワル・イブラヒム連邦首相が「公正なエネルギー移行(Just Transition)」の必要性を強調。安価で信頼できるエネルギーへの普遍的アクセスがその前提条件であるとして、「ASEANパワーグリッド構想」を加速させ、真に統合された地域エネルギー市場への移行を目指すべきであると指摘するとともに、アジア地域が経済成長とネットゼロ達成の両立を目指すには、再生可能エネルギーだけではなく石油・天然ガスも引き続き重要な役割を担うと指摘し、低炭素化技術と組み合わせた現実的な対応が不可欠であると強調した。また、今後のマレーシアのエネルギー発展機会の1つとして、日本からマレーシアへのCO2越境輸送によるCCSプロジェクトが具体的な日本企業名とともに挙げられ、期待感が示された。
本稿では、本会議の概要や議論を通じて発信されたメッセージの紹介を中心に、同じ東南アジアに拠点を置くJOGMECジャカルタ事務所の職員として気づきを得た点などについてもお伝えしたい。
(出所:Energy Asia 2025公式サイト)
(出所:JOGMEC撮影)
2. 本会議の議論を通じて発信された共通メッセージ
(1) アジアにおける「Just Transition(公正な移行)」が意味するところ
本会議では、アジアの経済成長に伴うエネルギー需要の増大を踏まえ、世界のエネルギー移行においてアジアが果たす中核的な役割とともに、国や地域によりエネルギーアクセスに偏りや不平等が存在するという地域特有の課題が強調され、ASEAN域内の国々・地域の移行進度の格差是正に向けた地域連携・国際連携の必要性が訴求されていた。その中で主要なキーワードのひとつとなっていたのが、アンワル首相の基調講演でも言及された「Just Transition(公正な移行)」である。ペトロナスのタウフィックCEOはその発言の中で、アジア太平洋地域では約3億5千万人が不規則な電力アクセスしか持たず、1億5千万人は全く電力にアクセスできない事実を「大きな不平等」と表現し、同地域の著しい経済成長とエネルギー需要の増加が「深刻な格差と不平等を覆い隠している」ことに警鐘を鳴らすとともに、「一団体、一企業、一国だけでこの大きな課題に対処することはできない」として協力の必要性を訴えた。
近年、脱炭素化とネットゼロをめぐる世界的な議論の中で「Just Transition」の機運が高まっている。パリ協定の前文にも「Just Transition」を考慮することが盛り込まれているが、国際労働機関(ILO)はこの概念を「関係者全員にとって可能な限り公平かつ包摂的な方法で経済をグリーン化し、働きがいのある人間らしい仕事の機会を創出し、誰一人取り残さないこと」と定義している[2]。これは、気候変動政策の推進に伴う石炭火力発電所の廃止により、労働者が職を失い生活に困窮するというようなことがないように配慮するといった必要性などを説く概念であると考えられるが、国連開発計画(UNDP)は、国や地域によって認識は異なるとしたうえで、「各国が継続的な対話を促進し、影響を受ける労働者、コミュニティ、そして企業にとってJust Transitionが何を意味するのかという共通のビジョンを構築することが重要」であると指摘している[2]。
アンワル首相が「エネルギー移行は、貧困層や脆弱なコミュニティを取り残すことなく、公平でなければならない」と発言していたことを踏まえると、アジア太平洋地域における「Just Transition」には「平等なエネルギーアクセスの実現」の意味合いが多分に含まれるように思われる。また、登壇者の一人、マレーシア戦略国際問題研究所(ISIS Malaysia)理事長兼CEOのアブドゥラ博士は、「Just Transitionの『公正』とは、すなわち『正義(Justice)』を意味する」と述べていたが、これは、地域社会における団結と公平性を積極的に推進するイスラム教の根本原則である「正義」にも通じるものがあるのかもしれない。本会議ではアンワル首相を始めとする各国の関係者が、アジアのエネルギー移行における「ASEANパワーグリッド構想[3]」の重要性を繰り返し強調していたが、国境を越えて電力を融通し合うことで、エネルギー資源や再生可能エネルギーの恩恵を地域全体で共有し、離島や遠隔地など電力供給が不安定な地域にも安定した電力を届ける仕組みを目指す取り組みである同構想は、経済的・社会的に脆弱な層を取り残さない「平等なエネルギーアクセス」の実現に直結しており、まさに地域の団結・連帯と公正さを重視するイスラム的な「正義」の理念に通じると言えることからも、ASEAN諸国の人々にとって同構想の具現化は、すなわち「正義」の実践としての意義も持つのではないだろうか。
(2) アジアの「現実的なエネルギー移行」における天然ガス・LNGと「多様な道筋」の重要性
その他、多くのセッションで共通していたキーワードは「Energy Security(エネルギー安全保障)」、「Affordability(価格の手頃さ)」、「Sustainability(持続可能性)」、「Balance(均衡)」、「Investment(投資)」、「Technology(技術)」、「Partnerships(協力)」、「Collaboration(協力)」、「Diversification(多様化)」、「Resilience(強靭さ)」などであるが、元々は2023年のG7広島サミットなどで日本も提唱した「Various Pathways(多様な道筋)」の概念も、しばしばキーワードとして取り上げられていたことが印象的であった。
それらのキーワードの背景にあるのは、ロシアのウクライナ侵攻後に欧州で起こった大混乱とそれに続いたグローバルエネルギー市場での混乱を契機に、エネルギーの持続可能性からエネルギー安全保障へと世界的に優先順位が変化したことと、発展途上国・新興国が多く存在するアジアならではの「現実的なエネルギー移行」の視点である。再生可能エネルギーだけでは増大する需要を賄いきれない中、持続可能で公正なエネルギー移行の実現に向け、温室効果ガス排出量を抑制しながら域内の経済成長を維持するには、各国の経済状況やエネルギー事情を踏まえ、個別に設計されたエネルギー戦略に基づく「バランスの取れた、現実的かつ柔軟なアプローチ」が必要となることが多くの登壇者から指摘された。
そのような文脈の中で強調されたのが、クリーンエネルギーやCCSの導入を目指しつつも、石油・天然ガスなどの化石燃料が依然として重要な役割を担うとの認識である。特に、手頃な価格でアクセス可能かつ炭素排出量の少ない天然ガスは、経済性、実用性、エネルギー安全保障の観点から東南アジアにおいて今後ますます重要なエネルギー源として位置づけられるとの見方が示され、中でもLNGにメタン対策技術を組み合わせて利用することが炭素排出量削減の観点からも「現実的かつ柔軟なアプローチ」のひとつであるとされた。また、エネルギー安全保障や価格の手頃さを犠牲にすることなく、低排出・持続可能なエネルギー源と従来のエネルギー源を組み合わせてエネルギーミックスの多様化を図り、レジリエンスの高い供給体制を構築するための投資の継続・拡大や政策支援の重要性が強調されたほか、電力網の整備、近代化も急務とされた。さらに、世界の一次エネルギーミックスに占める炭化水素の割合が1990年の85%から現在に至るまでほぼ変化していない「現実」を踏まえ、現在進行しているのは新エネルギー源への「移行」ではなく、新エネルギー源の「追加」であるという見方に基づき、従来型エネルギーを捨てることが目的ではなく、それを改善しつつ新たなソリューションを現実的なペースで拡大していくことが重要であること、例えば石炭の産出国であれば、石炭火力発電における混焼技術やCCS/CCUSなど「Inclusive(包摂的)」な技術を活用することも東南アジアにおける「現実的なエネルギー移行」の手段になり得るという考え方なども提示された。
登壇者の一人、サウジアラムコ社長兼CEOのアミン・ナセル氏は「理想主義に代わり、現実主義が台頭している」と述べていたが、数年前と比べ、エネルギー移行に対する論調がより「現実的」なものに変化してきていることは、一時期、再生可能エネルギー事業に軸足を移し石油・ガス生産の減産目標を掲げていた欧州系メジャー企業が、高金利による資金調達コストの上昇、許認可手続きや送電網整備の遅延、サプライチェーンのインフレなどの要因によって低炭素化投資がなかなか収益に繋がらない状況に苦しみ、近年は収益源強化のための戦略再構築により、化石燃料への揺り戻しが生じている動きとも無縁ではないだろう。また、英国に拠点を置くエネルギー研究所Energy Instituteが2025年6月に発表した最新の統計によると、2024年の世界のエネルギー消費量は前年比2%増で過去最高となり、それと同時にエネルギーによる温室効果ガス排出量も過去最高を記録した[4]。うち、化石燃料は依然として世界のエネルギーミックスの86.6%を占めており、昨年からわずか0.5%ポイントの減少にとどまったとのことであるが、化石燃料需要が引き続き堅調であることも「現実的なエネルギー移行」の論調を後押ししていると考えられる。
とりわけアジアにおいては、石油・石油化学製品の需要が今後も増加傾向にあると指摘されている中で、世界のエネルギー需要のほぼ半分を占める同地域の足元のニーズと保有する化石燃料資源、アジア各国でエネルギー移行に関する政策枠組みやタイムライン、背景事情や条件が異なるという現状を鑑みたとき、同地域の経済成長とエネルギー安全保障を両立しながらエネルギー移行を進めるための「バランスの取れた、現実的かつ柔軟なアプローチ」の鍵となるのが、天然ガス・LNGの活用と「Various Pathways(多様な道筋)」の追求であるというのが、共通するメッセージであったように思う。ペトロナスのタウフィックCEOはクロージングセッションにおける対話の中で、「Various Pathways(多様な道筋)」に類する「多様で非常に異なる道筋(diverse and very different pathways)」という表現を用いて東南アジア地域が有する様々な要素を考慮しながら発展させていく必要があると語り、「天然ガスは移行燃料だと主張する人もいるが、一部の国にとっては最終目的燃料となるだろう」としたうえで、その供給方法には変化が必要で、メタン排出削減技術やCCSの活用による脱炭素化とパートナーシップが欠かせないと締めくくったが、この発言に共通メッセージが集約されていたといえるだろう。
3. 主要セッションから
本項では主要セッションにおけるメジャー企業CEOや国営企業CEO、政府要人の発言を中心に、主要セッションの概要を紹介する。
(1) プレナリーセッション「Pathways for Asia’s Just Transition(アジアの公正な移行に向けた道筋)」
アジアがカーボンニュートラルな未来へと向かう道は、アジアならではの地域経済の多様性に根ざした実用的で包摂的なものである必要がある。先進的な脱炭素化戦略を推進する国がある一方で、喫緊の課題やエネルギー貧困に直面している国もある中、真に公正な移行はこのような複雑さに対応し、気候変動対策が経済のレジリエンス、雇用、エネルギーへのアクセスを損なわないように配慮しなければならないという前提を踏まえ、政策枠組みや技術革新、地域協力による公正な移行への貢献はどのように実現できるかという観点から議論が行われた。
- アジア諸国はネットゼロという共通目標を掲げているが、その達成への道のりは一国一国異なる。各国の経済状況やエネルギー事情を踏まえた、現実的かつ柔軟な移行を目指すためには「1つのゴール・多様な道筋(One Goal, Various Pathways)」が重要。(経済産業省 資源エネルギー庁 資源エネルギー政策統括調整官 木原晋一氏)
- アジアには先進国と途上国が混在しており、多様性を前提としたアプローチこそが公正な移行には不可欠。「白か黒か」ではなく「グレーで管理する」という考え方が今のアジアに適している。(Dr. Lu Ruquan, President, CNPC Economics & Technology Research Institute)
- 「公正な移行」の「公正」とはすなわち「正義」を意味し、論理的・哲学的観点からのアプローチが不可欠。また、その実現には、グローバルな協力体制と富裕国の責任履行が不可欠であり、最も重要なキーワードは「Cooperation(協力)」である。「ASEANパワーグリッド」構想は、各国が合意形成を行い、エネルギーの移行に関する格差を埋めつつ、どの加盟国も取り残されることなく進めていこうという取り組みであり、「Sustainability(持続可能性)」と「Inclusive(包摂性)」の両立を重視している。経済格差が存在するならば包摂性を確保しなければならず、包摂性なしに持続可能性は実現できない。(Datuk Professor Dr. Mohd Faiz Abdullah, Chairman and Chief Executive, Institute of Strategic and International Studies(ISIS)Malaysia)
(2) 閣僚級プレナリー「Enabling Asia’s Future Energy Ecosystem(アジアの未来のエネルギーエコシステムの実現)」
アジアのエネルギー情勢は急速な経済成長、都市化、人口増加による需要の高まりに加え、野心的な脱炭素化目標の達成という喫緊の課題に直面し、重大な岐路に立たされている。そのような中で、「Energy Security(エネルギー安全保障)」、「Affordability(価格の手頃さ)」、「Accessibility(エネルギーへのアクセス性)」のバランスを取りながら、強靭なサプライチェーンの構築とクリーンエネルギー技術の導入を促進するエネルギーエコシステムを設計することの重要性がますます高まっていることを踏まえ、現在直面している課題やボトルネックや、変革加速のために何が必要とされるかについての議論が行われた。
- 再生可能エネルギーが電力システムに供給されるようになっても送電網がなければ供給できないため、ASEANとしては送電網の整備が喫緊の課題。ASEANパワーグリッドに関するロードマップを今年中に策定すべく注力しているが、規則と規制の標準化、技術面、ビジネスと金融の枠組みについての検討が目下の課題。(H.E. Dato’ Sri Haji Fadillah Haji Yusof, Deputy Prime Minister, Malaysia/Minister, Ministry of Energy Transition and Water Transformation (PETRA))
- エネルギー移行はバランスの取れたアプローチで行われなければならず、エネルギー安全保障やエネルギー価格を犠牲にしてはならない。再生可能エネルギーだけでは需要を賄うことは不可能だからこそ、複数のアプローチにより、あらゆるエネルギー源を補完し合い、支え合う必要がある。また、エネルギーシステム全体への継続的な投資と持続可能性、排出量削減のために活用可能な技術も必要。(H.E. Haitham Al Ghais, Secretary General, OPEC)
- 2050年ネットゼロ目標達成には現実的で実践的なアプローチが重要。ASEANパワーグリッド構想実現への尽力もその一例。また、水素やアンモニアといった低炭素代替エネルギーの導入促進にはバランスの取れたアプローチが必要。(H.E. Low Yen Ling, Senior Minister of State for Ministry of Trade & Industry and Ministry of Culture, Community and Youth, Republic of Singapore)
(3) リーダーシップ対話「Energy Champions of the Future(未来のエネルギー・チャンピオン)」
世界のエネルギーシステムが急速な変革を遂げる中、ポートフォリオの再構築、イノベーションの促進、パートナーシップの構築等を通じてエネルギー移行を乗り切るだけでなく、それをリードしていくためにどのような取り組みを行っているかについて、業界のリーダーたちによる議論が行われた。
- 将来のエネルギー需要に対応するには、適切なエネルギーミックスが必要。経済性、安全保障、信頼性、炭素排出の観点から、天然ガス、特にLNGは今後ますます重要で有望な選択肢となる。(Meg O’Neill, CEO & Managing Director, Woodside Energy)
- 今日の不確実性に対応するには、多様化(多角化)と柔軟性が重要。ただし、従来の技術への投資を止めずに、新しい技術へ投資する必要があり、適切な資本配分によりプラスのキャッシュフローを得ることが求められる。エネルギー移行の実現には、政府の補助金やインセンティブなしで、企業が利益を得られる必要がある。(Claudio Descalzi, CEO, ENI)
- 経済成長を支えるエネルギー安全保障と排出量削減のバランスをどのように取るかという課題の解決策は天然ガスにあり、LNG需要は今後ますます増加する。強靭なポートフォリオを構築するには、エネルギー安全保障、実用性、そしてエネルギー移行に対するバランスの取れたアプローチが不可欠。天然ガスはエネルギー移行を加速できる唯一の解決策。移行への単なる架け橋としてではなく、長期的な視点で捉えるべき。(Mansoor Mohamed Al Hamed, Managing Director & CEO, Mubadala Energy)
- 天然ガスは再生可能エネルギーと競合しつつ、成長の原動力となっている。特に米国からのLNG供給量の増加は、価格を押し下げアジア市場での需要を高める可能性がある。価格に敏感なアジアでは、今後3~5年でLNG価格が下がれば、石炭火力や再生可能エネルギーに対しても天然ガスの競争力が増し、天然ガスがアジアの成長を支える重要なエネルギー源になるだろう。(Alex Schindelar, President, Energy Intelligence)
(4) パラレルセッション「Japan Spotlight: Driving Asia’s Transition with AZEC(日本特集:AZECを通じてアジアのエネルギー移行を牽引する)」
アジアのエネルギー市場は経済発展の程度、エネルギー需要の多様化、資源賦存量の不均衡、従来型エネルギー源への依存度の差といった特徴があり、地域間の格差が生じている。エネルギー安全保障の強化と気候変動対策目標達成の加速を目指すうえで、地域協力が重要な柱となっている中で、経済力、地政学的影響力、クリーンエネルギー推進におけるリーダーシップを活かし、アジアのエネルギー移行における重要なパートナーかつファシリテーターとしての立場を確立している日本が設立・主導するAZEC(Asia Zero Emission Community)プラットフォームの活用と貢献について、議論が行われた。
- アジア・太平洋地域のエネルギー移行を推進するにあたり、願望と現実の間にギャップがあることを改めて認識し始めているところだが、このギャップを埋めるためには最小費用アプローチ(least cost approach)が不可欠。そして、このアプローチには「多様な道筋(Various Pathways)」あるいは「Molecule Pathway」の概念が不可欠である。(一般財団法人日本エネルギー経済研究所(IEEJ)専務理事・首席研究員 小山堅氏)
- アジア各国のエネルギー移行プログラムはそれぞれ大きく異なり、その背景や条件の違いに注意を払う必要がある。画一的な解決策はなく、各国はカーボンニュートラルのためだけに経済成長を犠牲にすることはできない。経済成長、カーボンニュートラル、エネルギー安全保障という3つの重要課題を常に維持し、両立させることが重要。(株式会社国際協力銀行(JBIC) 取締役会長 前田匡史氏)
- エネルギー密度の高いものから低いものへの移行を目指すというエネルギー転換は人類が初めて経験しているもの。そのため企業にとって収益性の高いプロジェクトを見極めるのは困難であり、企業にとっても「多様な道筋(Various pathways)」が必要であり、政府によるシームレスな支援(アメ)と規制(ムチ)が必要。(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)理事長 髙原一郎)
- クリーンエネルギーの推進において、技術革新は可能である一方、水素・アンモニアはコストが高く経済性が課題であることから、社会的な受容が重要。また、多くのエネルギーインフラは建設に数十億ドルかかり、コスト回収までに20年以上を要するため、より長期的なオフテイカーが必須。同時に、規制・資金面での長期的な保証も必要。(三菱重工業株式会社 取締役 副社長執行役員 加口仁氏)
(出所:Energy Asia 2025公式サイト)
4. 現地在住リサーチャー(JOGMECジャカルタ事務所)から見たEnergy Asia 2025
今回のEnergy Asia 2025では、マレーシアをはじめとする東南アジア各国が「経済成長と脱炭素の両立」という共通課題に直面しつつ、それぞれの国情に即した現実的なエネルギー移行のアプローチを模索している状況が鮮明となった。各国は、エネルギー安全保障や経済成長、雇用、産業競争力といった現在の国益を踏まえたうえで、脱炭素を進める方法や順序、技術の選択について活発な議論を展開していた。特に、前述のとおり「Just Transition(公正な移行)」が共通のキーワードとなり、ASEAN域内の進度格差に対する協調や連携の必要性が繰り返し強調されていた点が顕著であった。
中でもマレーシアは、エネルギー輸出国という立場を有しながらも、再生可能エネルギーの導入目標やCCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)構想を早期に打ち出すなど、国家としての脱炭素戦略を明確にしており、エネルギー移行の具体的な取組みが着実に進展していることとともに、2025年のASEAN議長国として域内で一定のリーダーシップを発揮しつつあることが確認できた。
一方、インドネシアにおいてもエネルギー移行の議論は進展しているものの、次のような課題が顕在化している。
- 化石燃料依存度の高さと国内事情の複雑性
インドネシアでは、とりわけ石炭の国内利用と輸出が依然として経済の重要な柱であり、脱炭素を進めるうえで、雇用維持や財政への影響が極めて重大な課題となっている。マレーシア以上に、地域や産業別の移行支援が極めて重要と考えられる。
- 地域格差という二重構造の顕在化
インドネシアは多島国家であり、ジャワ島を中心とする都市部と地方との間では大きな経済・インフラ格差が生じている。Energy Asia 2025で繰り返し取り上げられた「Just Transition(公正な移行)」という概念は、まさにインドネシアが直視すべき課題であり、各州レベルで移行を具体化するためには、国全体を統括するガバナンス力のさらなる強化が必要である。
- 「Various Pathways(多様な道筋)」の高い親和性
日本が提唱する「Various Pathways(多様な道筋)」という概念は、インドネシアのように多様な地域的・社会的事情を抱える国にとって親和性が高く、より現実味と説得力をもって受け止められるだろう。国内の多様性自体が、国内に複数の移行パスを必要とする状況を生んでおり、国家レベルでの移行戦略のみならず、州単位での移行戦略策定の必要性が高まっている。
- 域内協調とエネルギー市場統合への期待
ASEAN域内で進むASEANパワーグリッド構想やカーボン市場連携構想は、インドネシアにとって市場拡大および外資誘致の観点から大きなポテンシャルを有する。一方で、規制や制度の整備には依然として多くの課題が残されており、域内協調を実現するための具体的かつ実務的なアクションプランの策定が急務である。
本会議の聴講を通じ、インドネシアという多様性の高い国に身を置いている立場として改めて確認したのは、日本が提唱した「Various Pathways(多様な道筋)」は、東南アジアの多様性を尊重した移行モデルであるとともに、インドネシアの国是である「多様性の中の統一(Bhinneka Tunggal Ika)」とも共鳴し、国情にも非常に合致した概念だということである。この考え方は、「アジアは、『島嶼国』という従来の考え方から、地域全体で考え、政策、技術、金融の分野において協調的かつ相互に補完し合う行動をとるという、異なる意味での「移行」を図る必要がある」という本会議のメッセージともリンクしており、今後は単にグローバル標準をそのまま受け入れるのではなく、国家や地域の実情に即したソリューションをいかに具体的に落とし込むかが重要であり、そのためには、実務面・制度面双方からの政策支援が不可欠であるということを強く認識させられた3日間となった。
(出所:筆者撮影)
5. おわりに
今回のEnergy Asia 2025で発信されたメッセージからは、エネルギーの持続可能性からエネルギー安全保障へと世界の優先順位が変化してきていることが如実に表れていたが、折しも会期直前の6月13日にイスラエルによるイランへの攻撃が行われ、中東地域の緊張が高まっていたこともあり、登壇者・参加者のいずれもが、より一層エネルギー安全保障の重要性を痛感しながら臨んでいたに違いない。
また、アジアが世界のエネルギー移行において重要な役割を担っていることを再確認するとともに、アジアのエネルギー移行戦略が各国・地域のエネルギーへのアクセスや経済性に根ざしたものである必要があり、エネルギー安全保障と持続可能性を犠牲にしてはならないことが強調された。そのうえで、アジア諸国政府に対しては「各国のエネルギー移行を加速させつつ、経済の基盤となる利益を守ること」、エネルギー企業に対しては「急速に増加するエネルギー需要を満たしつつ、将来の成長機会と企業のサステナビリティ目標への対応態勢を整えること」、投資家に対しては「エネルギーへのアクセスとサステナビリティの向上を支援しつつ、気候変動リスクに対するリターンを最適化すること」という夫々の課題が提示されたが、これらの課題は相互に関連しており、解決策は協調的なものでなければならないことや、資源と能力は地域全体に不均衡に配分されており、いかなる国や組織も、単独の努力だけでは有意義なエネルギー移行を実現することはできないことが会期を通じて確認された。
次回のEnergy Asiaは2年後の2027年6月2日から4日までの会期で開催予定とのことである。2年後にはまた、エネルギー移行に関する世界の潮流が変化している可能性があるが、本会議でも度々取り上げられたASEANパワーグリッド構想が実現に近づいていることを含め、「アジアの時代」が力強く前進していることを期待したい。
[1] Energy Asia 2025公式サイト, https://www.officialenergyasia.com/
[2] “What is just transition? And why is it important?”, United Nations Development Programme, November 3, 2022, https://climatepromise.undp.org/news-and-stories/what-just-transition-and-why-it-important
[3] ASEAN Centre for Energy, ASEAN Power Grid, https://aseanenergy.org/apaec/asean-power-grid/
[4] Energy Institute, the 2025 Statistical Review of World Energy, https://www.energyinst.org/statistical-review
以上
(この報告は2025年7月10日時点のものです)


