ページ番号1010549 更新日 令和7年7月16日
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概要
- 米国が制裁対象(SDN)指定したロシア北極圏のLNGプロジェクトArctic LNG-2からのLNG出荷が報道されている。2024年には8月から10月にかけて8カーゴが出荷され、冬季を挟んで2025年6月に出荷が再開された模様。しかし、これらのカーゴはいずれもまだ買い手には渡らず、ムルマンスク及びカムチャツカに設置された積替えターミナルと制裁指定された複数のLNGタンカー内に保管されたままとなっている。
- 米欧英による対露制裁の対象はロシア産LNGを輸送するタンカーにも拡大してきた。Arctic LNG-2からのLNGを輸送したタンカーも次々と対象に加えられ、さらにヤマルLNGの輸送を担ってきた、世界に15隻しかないARC7級砕氷LNGタンカーのうち「クリストフ・ド・マルジェリ」も制裁対象となった。Arctic LNG-2向けにズヴェズダ造船所で建造中のARC7級砕氷LNGタンカーも米国が「ロシアの将来のエネルギー収入を断つべく」制裁対象としているが、この内、最初の1隻が完成し、2025年後半にも就航する可能性がある。2024年のArctic LNG-2からのLNG出荷は、冬季に使用できるタンカーがないため夏季に限定されたが、今後は制裁対象の砕氷LNGタンカーがArctic LNG-2からのLNG輸送に割り当てられ、それらのタンカーによる北極海航路を通じた通年でのArctic LNG-2からの輸出が可能となり得る。
- 一方、既に7カーゴ分を貯蔵しているムルマンスク及びカムチャツカの積替えターミナル(2隻のFSU)のキャパシティは限界が迫り、追加で受け入れる余地は限定的。FSUが満杯になれば、その後に出荷されるカーゴは、もし買い手が現れなければ、輸送するLNGタンカー自体が貯蔵タンクと化すことになる。実際、現在もタンカー4隻(第8カーゴの「Arctic Metagas」、第9カーゴの「Iris」、両積替えターミナルからそれぞれLNGを引き出した「Arctic Mulan」及び「Buran」)がLNGを積載したまま停船している状況にある。
- Arctic LNG-2から出荷されるLNGは制裁リスクに伴うディスカウントに加え、輸送も全てロシア側で完結することとなり、買い手にとっては世界で最も安価なLNGとなる可能性がある。ロシア産LNGの輸入にメリットを見出し、欧米制裁リスクを顧みない買い手が現れる場合、量的規模は限定的となるだろうが、制裁対象者のみで構成されたバリューチェーンが構築されるかもしれない。
- ロシアとウクライナの和平がどのように進展するか、その過程でロシアに対する圧力を追加していくため、LNGに関係する対露制裁・規制措置が強化されるのか、それとも、天然ガス価格が高止まりする現状に鑑みて、ロシアの出方(妥結・譲歩)によっては制裁が一部解除される可能性もあるのか、ウクライナ戦争の帰結と対露制裁の行方がArctic LNG-2の今後のLNG生産においても注目される。
1. はじめに
6月下旬、2023年11月に米国が制裁対象(SDN)とした事業会社Arctic LNG-2のギダン半島ウトレニー港にある同プロジェクトの液化プラントが8カ月ぶりに稼働を再開し、LNGタンカー「Iris(アイリス)」(IMO9953523/ARC4級)/旧名「North Sky」/2024年8月23日にSDN指定を受け、9月26日には英国、12月16日にEUの制裁対象に)が同港の第1トレインに6月26日に接岸したことが衛星情報及び航跡データから明らかになった。
出所:NOVATEK公開資料(上段プロジェクト)、EU地球観測衛星Sentinelの衛星画像からJOGMEC作成
本稿では昨年から始まったArctic LNG-2からのLNG出荷の動きと足元の状況、そして今後どのような状況に派生していくか検討する。
2. 2024年LNG出荷の試み
2024年は、G7諸国による石油禁輸及び価格上限設定措置によって生まれてきたロシア産原油及び石油製品を輸送する「影の船団」に新たにロシア産LNGを輸送する船団が加わった年となった。2023年11月2日、生産及び輸出を直前に控えた開発中のLNGプロジェクトであるArctic LNG-2を米国務省は、「ロシアの将来のエネルギー生産と輸出能力の抑制」を目的として制裁対象(SDN)に指定した。この結果、同プロジェクトは第1トレインからのLNGの生産は開始するもLNG用貯蔵タンクがいっぱいになった2024年1月にガス生産量を大幅に削減し、当初1月中旬に予定されていた最初のLNG出荷は実現できない状況に追い込まれていた。その後、7月25日にはムルマンスクから第2トレインを積載した重力着底式プラットフォーム(GBS)の曳航が開始され、8月20日までにサイトのあるギダン半島に到着している。
その矢先の8月5日、Bloomberg等が衛星写真からArctic LNG-2の稼働を停止していたはずの第1トレインにインド企業Ocean Speedstar Solutionsが運航するLNGタンカーが接岸していると報じた。デッキの外観と大きさから「Pioneer」(IMO9256602)であること、写真はギダン半島で撮影されているのにも関わらず、船舶の自動位置識別システム(AIS)を偽装し、同船はバレンツ海を航行しているふりをしているとの報道がなされた[1]。その直後に「Pioneer」は出航し、8月8日にはノルウェー沖を大西洋方向に進んでいることも明らかになった。
その後、10月までに「Pioneer」に加えて、インドやUAE等の企業が運航を行うLNGタンカー4隻(「Asya Energy」(IMO9216298)、「Everest Energy」(IMO9243148)、「Mulan」(IMO9864837)及び「Nova Energy」(IMO9324277))がArctic LNG-2の第1トレインからLNGを順次積み込み、合計8つのカーゴの輸出を試みたと考えられている(図1(1)参照)。
図1:LNG輸送を試行・関与したとして制裁対象となった船舶のリストと8カーゴの行方(執筆時点)
出所:公開情報からJOGMEC取り纏め
この新たな動きに対して、米国は8月23日及び9月5日、英国は9月26日及び10月26日、さらにEUも12月16日に発動した第15次制裁パッケージにて矢継ぎ早にこれら船舶を制裁対象に加え、衛星情報及びAIS情報からも今後Arctic LNG-2からのLNG輸出に関与する可能性のある複数のLNGタンカーを制裁対象としてきた。これら制裁発動の動きを受けて、最終的に輸出が試みられた8つのカーゴは仕向け地に到着することはなく、現時点で、3カーゴ(第2、第3及び第6)はムルマンスクに設置されている積替えターミナル(SAAM/米国制裁対象)に、4カーゴ(第1、第4、第5及び第7)はカムチャツカに設置されている積替えターミナル(KORYAK/同上)に搬入され、ロシア国内に留まることとなった。残る1カーゴ(第8)は、2024年10月にLNGタンカー「Everest Energy」がLNGを積み込み出港するもその後バレンツ海で停滞した後(その後、同タンカーは「Metagas Everest」→「Arctic Metagas」へ改名)、12月末にムルマンスク寄港・出港し、2月から4月までエジプト・アレキサンドリアで停泊。しかし、バレンツ海へ戻り、執筆現在はコラ半島沖にいることが分かっている。
さらにArctic LNG-2から生産されたコンデンセートも3回出荷されている。1回目は8月12日にコンデンセート船「Vasily Lanovoy」(米国制裁対象)で白海のヴィチノ、2回目は9月に同じ船でムルマンスクへ輸送され、3回目も10月に再び同船でヴィチノに輸送されており、ロシア国内での消費に充てられたと見られる。
3. 2025年現下の動き
冒頭の通り、6月26日にArctic LNG-2第1トレインに接岸し、通算では9つ目のカーゴとなるLNGを積み込んだ「Iris」は6月28日にウトレニー港を出航し、7月2日にはムルマンスク積替えターミナル「SAAM」があるウラ湾手前まで到着した。しかし、ウラ湾には入らず針路を東に変えてコルグエフ島付近で停滞している。なお、「Iris」によるArctic LNG-2の第9カーゴ積込みに先立ち、6月21日には制裁対象タンカーである「Buran」(旧名「North Sky」)が「SAAM」からLNGを積み出していた。現在、「Buran」もコルグエフ島付近で停滞している(執筆時点)。
この動きに合わせて、Arctic LNG-2のガス生産量が5月の日量940万立方メートルから6月は過去最高水準の1,400万立方メートルに増加している。ガス生産量の増加はLNG生産量の増加を直接裏付けるものではないが、2023年12月に稼働を開始した同プラントの平均生産量は日量1,370万立方メートルだった[2]。
昨年の出荷の試みと異なる事象として注目されるのは、制裁対象となったLNGタンカーに、ARC7級の砕氷LNGタンカーが加わった点が挙げられる。2024年12月に発動されたEU第15次制裁パッケージでは、米英に先んじて、ヤマルLNGの輸送を担う世界に15隻しか稼働していない砕氷LNGタンカー(ARC7級)の内の1隻「Christophe de Margerie(クリストフ・ド・マルジェリ)」(IMO9737187)を制裁対象に加えた。ロシア国営企業Sovcomflotが保有・運航しているもので、その後、米国でも年明けの1月10日の制裁発動でSDN対象となった。対象となった砕氷LNGタンカーの名前「クリストフ・ド・マルジェリ」は2014年にモスクワの空港での事故で不慮の死を遂げたフランスTOTAL(現TotalEnergies)の前社長の名前に因んで名付けられたもので、露仏エネルギー協力の象徴的な存在だった。制裁発動により理論的にはヤマルLNGからの輸出量が7%減少することになる。米国に先駆けて、さらにヤマルLNGの最大の顧客でもあるEUが同船に制裁を発動したことは、EUのロシア産エネルギーに対する決別と対露強硬姿勢を示す象徴的な動きにも映る。
また、Arctic LNG-2向けにウラジオストク近郊のズヴェズダ造船所で建造されたARC7級砕氷LNGタンカー「Aleksey Kosygin(アレクセイ・コスイギン)」(2024年6月12日に他6隻の同造船所建造の砕氷LNGタンカーと共にSDN指定/図1(3)参照)が2024年12月と2025年2~3月に続く、第3回の海上航行試験を6月25日からウスリー湾で実施している。Sovcomflotのトンコヴィドフ社長は2025年後半の運航開始の可能性について、国営通信RIAノーヴォスチとのインタビューで明らかにしているが、「アレクセイ・コスイギン」の試験航行がうまく行けば、通年でのLNG輸送を可能とする砕氷LNGタンカーは、上述の「クリストフ・ド・マルジェリ」と「アレクセイ・コスイギン」の2隻が米国制裁対象のArctic LNG-2からのLNG輸送に割り当てられ、通年での輸出が可能となる可能性が高まっている。
注:紫の枠組みで示す船は中国資本(COSCO)が入っているもの。全体の6割を占める。
出所:JOGMEC取り纏め

図3:Arctic LNG-2からのLNG出荷に関与し欧米制裁の対象となったLNGタンカーの現在位置
(2025年7月14日時点)
出所:公開情報[3]からJOGMEC取り纏め
4. 今後想定される状況
市場は昨年も今年もArctic LNG-2からの玉に買い手が見つかるかどうかを注視している。
昨年の8月から始まった出荷の動きと矢継ぎ早に出されてきた欧米制裁発動の動きの中で注目されるのは、最初の第1カーゴを積み込み、ウトレニー港から出港した「Pioneer」(現在「Sputnik Energy」に改称)が8月下旬には地中海に入り、スエズ運河まで到達していたという事実である。8月23日に米国が同船をSDN指定したことで、スエズ運河の通航がサスペンドされ、「Pioneer」はLNGを気化させながらその後1カ月に亘って、地中海に留まることを与儀なくされた(9月下旬に通行許可が下りた模様で、スエズ運河、マラッカ海峡を通過し、カムチャツカの積替えターミナル「KORYAK」へ到達し、荷下ろししている(図1(1)参照)。スエズ運河まで来ていたことが示唆するのは、8月の出港段階では何らか買い手が存在していたのではないかということだ。FSUに入れるのであれば欧州向け・西回りでは最も近いムルマンスクがあるし、スエズ運河を通過しようとした時点で、輸送先は米大陸ではなく、アジア市場であったことを示している。また、欧米制裁が発動されたことで、買い手が受け入れをキャンセルした結果、地球を4分3周する形でカムチャツカまで行かざるを得なくなったことが推察される。
事情に詳しいトレーダーによると、Arctic LNG-2事業関係者は、この1年の間、インドと中国の潜在的買い手を訪問し、販売先確保に尽力してきたと言われている[4]。しかし、欧米の明確な制裁対象であるプロジェクトからの生産物であり、制裁対象船舶で輸送されるLNGに対して、買い手が確保できたかどうかは現時点では全く情報がない状況にある。他方、天然ガス価格が世界需給の逼迫によってあと数年は高止まりすることが見込まれる中、制裁リスクに伴うディスカウントによって市場価格に比べて安く出される可能性の高いArctic LNG-2からの出荷は、アジアを中心とする新興LNG諸国にとっては魅力的に映るだろう。そのような国の中には親露の国も存在し、制裁対象であるロシアのLNGを受け入れることで、ロシアによる欧米制裁を無効にする試みに協力し、「恩」を売ることでロシアから何かを得ようとする国も出てくる可能性がある。
2025年の出荷の動きはまだ始まったばかりだが、現下の情勢に鑑みた場合、短期的には注目すべき事象として次の4つの点が挙げられるだろう。
(1) 欧米制裁のさらなる発動又は解除
まず、Arctic LNG-2に対する制裁がさらに強化されるのか、それとも解除されるのかどうか。これはウクライナ戦争の帰結、和平案にいかにロシアとウクライナが合意していくかに依るものだが、その過程において、ロシアに対する圧力をかける動きとして、2023年11月から米国が、EU及び英国も2024年8月から所謂「影のLNG船団」としてArctic LNG-2に関係する船舶を中心に制裁対象に加えてきた。対露制裁強化の手段として今後もArctic LNG-2の関係企業・船舶に対する制裁拡大の可能性がある。
他方、ロシアに対する停戦・和平に向けた条件交渉の中で、ロシアの出方(妥結・譲歩)によっては欧米制裁が一部解除されることも可能性として考えられる。制裁は個人制裁から金融制裁、輸出管理規制、技術制裁と多岐に亘るが、G7が世界の天然ガス需給の情勢に鑑み、天然ガス禁輸に踏み込めない状況にある中、「将来的なエネルギー収入を断つべく」米国が特にターゲットとしたArctic LNG-2は、生産開始を2024年に控えたロシアにとって最も重要な国際プロジェクト(フランス、中国及び日本も参画)であった。天然ガス価格が高止まりする世界のガス市場にとっても、同プロジェクトに対する制裁解除はその状況を緩和できる新規供給ソースとなり得る。
(2) 積替えターミナルの受け入れ限界
「SAAM」及び「KORYAK」両積替えターミナル(FSU/各容量36万立方メートル)がそれぞれムルマンスク及びカムチャツカに設置されており、2024年に出荷された8カーゴのLNGの内、7カーゴが最終的に両FSUに貯蔵されている(図3参照)。表1及び2の通り、既に「KORYAK」は実質4隻のLNGを受け入れ満載という状況になっており、これから追加で受け入れる余地はない。「SAAM」は3隻のLNGを受け入れた後、LNGタンカー「Buran」が6月21日に「SAAM」からLNGを約17万立方メートル引き出しており、Arctic LNG-2から1~2隻分のLNGを受け入れることが可能となっている。「KORYAK」においては、2024年末までバレンツ海にいた2024年製LNGタンカー「Arctic Mulan」がスエズ運河経由ではるばる極東方面に移動し、2025年5月末にカムチャツカ沖に到着後、6月初旬に「KORYAK」からLNGを1カーゴ分引き出した。その数日後に、2024年10月に出荷されたArctic LNG-2の第7カーゴを輸送する2007年製LNGタンカー「Nova Energy」がカムチャツカに到着し、「KORYAK」にLNGを受け渡している。事実上、船齢の高い「Nova Energy」から、保管効率がより高く新しい「Arctic Mulan」にLNGを移した構図になる。なお「Nova Energy」が輸送した第7カーゴは出荷から積替えまで約8か月経過し、出荷時の3割程度がボイルオフしたものと考えられる。
「Buran」と「Arctic Mulan」は、FSUから引き出したLNGをどこかに輸送するのではなく、「Buran」はバレンツ海上で、「Arctic Mulan」は「KORYAK」があるベチェワ湾の外に出て停止し、積替え基地の追加の貯蔵タンクと化している。第8カーゴを積載する「Arctic Metagas」と第9カーゴの「Iris」もLNGの引き取り手がないままバレンツ海上で停滞している。今後新しく出てくるカーゴも、引き取り手が現れない限り、積替え基地のFSUに入れられない以上は輸送するタンカー自体のタンク内で保持されることになる。
注:「SAAM」及び「KORYAK」の両積替えターミナル(FSU)には再液化機能が付いていることから、
LNGのボイルオフ(日量0.1~0.2%程度)については考慮していない。
出所:JOGMEC取り纏め
(3) 砕氷LNGタンカーも活用した通年出荷
3. で述べたようにARC7級砕氷LNGタンカーである「クリストフ・ド・マルジェリ」(ヤマルLNGで稼働中だったが欧米が制裁対象に)及び「アレクセイ・コスイギン」(試験航海中/米国の制裁対象)の2隻が制裁対象になったことで、逆説的だが、米国制裁対象のArctic LNG-2からのLNG輸送に割り当てられ、冬季においても北極海航路を通じた通年での輸出スキームをArctic LNG-2が活用することが理論上可能となる。現在は夏季のウィンドウにあり、通常タンカーでの輸出も特に西回り・欧州向けについて可能な状況にあるが、冬季のウィンドウが始まる10月以降、これら2隻の砕氷LNGタンカーがどのように動くのかが注目される。
(4) 制裁対象LNGバリューチェーンの構築
Arctic LNG-2が実際に輸出できるかどうかの最大のポイントはやはり買い手が現れるかどうかということに帰結する。2024年は欧米制裁発動によって買い手が現れず、又は買い手がいたがキャンセルとなり、輸出は実現しなかった。買い手が見つからなければ、上記(2)の積替えターミナルも限界を迎え、時間と共に気化していく通常LNGタンカーに貯蔵しておくことも非効率的であり、最終的に2024年10月同様に生産を停止することになるだろう。
では買い手が全く現れないかと言えば、可能性が全くないわけではない。前述の通り、Arctic LNG-2から現下において出荷されるであろうLNGは制裁リスクに伴うディスカウントに加え、輸送も全てロシア側で完結することとなり、買い手にとっては世界で最も安価なLNGとなる可能性がある。さらにロシアによる欧米制裁を無効にする試みに協力し、親露国としてアピールすることでロシアから何らかの恩恵が得られることにメリットを見出す国が出てくる可能性があるからだ。もしそのような欧米制裁リスクを顧みない買い手が現れる場合、生産者(Arctic LNG-2)、輸送者(LNGタンカー及びその所有者)及び需要者(買い手)が全て制裁対象で成り立つようなバリューチェーンが出現するかもしれない。但し、そのようなバリューチェーンは配置できるLNGタンカー数という輸送面と制裁抵触リスクを冒す買い手も限定され(LNG受入れターミナルが国営であることやそもそもLNG需要が大きくない等)、既にボトルネックを抱えていることから大規模なロシア産LNGの輸出には発展しないだろう。
このような制裁を回避するスキームの構築は、欧米制裁にとっては受け入れがたいものではあるが、一方で、天然ガス価格が高止まりする中、破格のロシア産LNGが親露の国、グローバルサウスであり天然ガスシフトを進めようとする発展途上国に流れることは、ロシアのエネルギー収入を抑制しつつ、天然ガス価格と需給バランスの緩和に寄与することにも繋がる。つまり、そのような状況が生まれたとしても、欧米政府は制裁が無効化されているのではないと弁明を行うことも可能であろう。
[1] Bloomberg:https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-08-05/a-gas-carrier-faking-its-location-helps-russia-avoid-sanctions(外部リンク)![]()
[2] Neftegaz.ru(2025年7月2日)
[4] Bloomberg(2025年6月29日)
以上
(この報告は2025年7月16日時点のものです)


