ページ番号1010565 更新日 令和7年8月1日

エネルギートランジションとバイオ燃料 ―エネルギー・通商政策の荒波にもまれるバイオ燃料―

レポート属性
レポートID 1010565
作成日 2025-08-01 00:00:00 +0900
更新日 2025-08-01 16:13:42 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 エネルギー一般
著者 中島 学
著者直接入力
年度 2025
Vol
No
ページ数 45
抽出データ
地域1 北米
国1 米国
地域2 欧州
国2
地域3 アジア
国3 中国
地域4 アジア
国4 インド
地域5 アジア
国5 インドネシア
地域6 中南米
国6 ブラジル
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 北米,米国欧州アジア,中国アジア,インドアジア,インドネシア中南米,ブラジル
2025/08/01 中島 学
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概要

  • バイオ燃料は燃料コストの上昇や大気汚染対策、農業振興・農業収入の安定を目的として発展してきた。したがって、その発展は国のエネルギー・環境・農業政策と密接に結びつき、市場は実質「官製市場」といった形をとることから、市場や流通もほぼ域内・自国内に限られていた。
  • 農産品の値上がりに伴うバイオ燃料価格の上昇や大気汚染の低減によりこれまでのバイオ燃料の役割は希薄となり、代わりにエネルギー安全保障や気候温暖化対策の手段として、その存在が注目されるようになった。「移行燃料」としての新たなニーズから、国際市場における流動性も高まっている。
  • しかしながら、原料を農産品に頼るバイオ燃料は、天候や国際商品市況の影響、食料・飼料市場との競合や直接・間接土地利用変化(DLUC/ILUC)といったリスクや不安定さも内包する。またSAF(持続可能な航空燃料)の主原料となる廃食油(UCO)の安定調達に対する懸念も、SAFの普及拡大に影を落とす。
  • 国の様々な政策と密接に結びつくバイオ燃料産業は国によって規制され、支えられ、管理され発展してきた。国の規制や支援制度はバイオ燃料産業・市場形成に大きな影響を与えてきたと同時に、過度な保護主義により閉鎖的な市場が形作られたケースもある。今それらの市場はトランプ政権の「相互関税」主義による市場開放圧力と国内産業の保護との板挟みに苦戦する。
  • 本稿では国内政策によって発展してきたバイオ燃料が、新たなニーズや内外の状況・政策の変化により今どのような影響を受けているか、そして今後のバイオ燃料の位置づけや課題、可能性について解説を試みることとする。

 

1. バイオ燃料概要

バイオ燃料とは生物起源であるバイオマスを原料に製造された燃料のことであり、現在バイオ燃料は図1に示すようにガソリンに混合されるエタノール、軽油に混合されるバイオディーゼル(脂肪酸メチルエステル/Fatty Acid Methyl Ester、略してFAMEまたはBD)が市場の大半を占め、近年では米国・欧州を中心に再生可能ディーゼル(水素化植物油/Hydrotreated Vegetable Oil、略してHVOまたはRD)も大きくシェアを伸ばしている。持続可能な航空燃料SAF(Sustainable Aviation Fuel)もこの中に含まれるが、年間生産量は2023年に50万トン、2024年に100万トン程度(IATA)とされ、まだ全体に占める割合は少ない。生活排水や廃棄物を原料に製造するバイオメタンもバイオ燃料の一部であるが、本稿では運輸燃料に使用される液体燃料に焦点を絞り、解説を試みることとする。

(図1) バイオ燃料の概要
(図1) バイオ燃料の概要
(出所: JOGMEC作成)

エタノールはガソリンに、バイオディーゼル(FAME/BD)や再生可能ディーゼル(HVO/RD)は軽油と混合され消費されることから、バイオ燃料のほぼ全ては陸運向けに供給される。エタノールとバイオディーゼルの生産量合計は年間約1億4,000万トン(2022年)程度であるが、これはエネルギー密度(比熱量)に換算して、運輸燃料全体の3%程度に当たる。

バイオ燃料生産は原料の数量と安定供給の確保といった側面から原料となる資源作物の生産と一体化して発展してきた。原料が豊富に手に入り、価格が安定し、安価であることもバイオ燃料産業が発展するための必要条件である。したがって、バイオ燃料の原料調達、燃料製造、消費は同一国・域内で完結するケースが多く、貿易量も限られ、化石燃料と異なる「地産地消」を特徴としている。そのためバイオ燃料は国の安全保障や様々な政策と結びつき、市場や市況も政策の影響を大きく受ける。

エタノールはバイオエタノールとして糖類の発酵プロセスによって製造されており、米国のトウモロコシ、ブラジルのサトウキビによる製造が世界全体の8割以上を占め、バイオ燃料としての生産・消費もごく一部の国々に集中する(図2)。欧州では小麦やテンサイを原料として利用し、インドやインドネシアでもサトウキビを使ったエタノールの生産が活発化している。まだ生産量はわずかであるが、農業・林業残渣や都市ごみに含まれる植物繊維(リグノセルロース)を酸や酵素で糖化し、微生物発酵を経てエタノールに変換する方法も採用されている。

一般的に米国で主流のトウモロコシによるエタノール生産は、ブラジルのサトウキビによる場合よりも炭素強度が大きい。炭素強度は原単位とも呼ばれ、単位当たりに排出されるCO2e(CO2に換算した温暖化ガス排出量)を示す指標のことであり、本稿では熱量の単位であるメガジュール(MJ)をエネルギーの単位として用い、炭素強度をエネルギー(MJ)当たりの排出量、CO2e/MJで表す(エネルギー原単位)。CO2e/MJの値が大きい原料・燃料の方が、同じ量のエネルギーを消費する際、温暖化ガス排出量がより多いということになる。

トウモロコシからのエタノール製造の場合は、その前処理としてでんぷんを糖に換える必要があり、その際に追加のエネルギー消費が求められる。またサトウキビと比べてトウモロコシ栽培には多量の肥料が必要となる。栽培で必要な肥料や薬品類は化石燃料由来のものも多く、窒素系の肥料は温暖化効果がCO2の310倍ともされる一酸化窒素(N2O)発生の原因ともなる。バイオ燃料といっても、その原料・製造過程によってライフサイクルベースでの炭素強度は大きく異なる。

(図2) エタノールの国別生産量
(図2) エタノールの国別生産量
(出所: FGE)

バイオ燃料としてエタノールに次ぐ生産量であるバイオディーゼルも、消費の8割がEU(欧州連合)、米国、ブラジル、インドネシアの限られたエリアに集中し、原料供給やバイオ燃料生産地も消費地と地理的にほぼ重なっている。バイオディーゼルは米国やブラジルの大豆油、インドネシアやマレーシアのパーム油、欧州やカナダの菜種油といった植物油あるいは廃食油・獣脂といった非可食油脂にメタノールを加え、メチルエステル化し、グリセリンを除去して製造される。略してFAME(Fatty Acid Methyl Ester)やBD(Biodiesel)と称され、特に廃食油から製造されたものをUCOME(Used Cooking Oil Methyl Ester)と呼称することもある。また近年は植物油・廃食油を水素化処理により安定化させ、混合割合の制限なく使用できる燃料(「Drop-in Fuel/ドロップイン燃料」と呼ばれる)である再生可能ディーゼルの消費も大きく増加してきている。略してHVO(水素化植物油/Hydrotreated Vegetable Oil)やRD(Renewable Diesel)と呼称される。現在ほとんどのSAF(持続可能な航空燃料)は植物油・廃食油を原料とし、再生可能ディーゼルと同様のプロセスを利用し製造されているが、その中間材はHVO(水素化植物油/Hydrotreated Vegetable Oil)ではなく、一般的にHEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)と呼称されることが多い(本稿でもそのようなプロセスで製造されたSAFを「HEFA経由」として取り上げる)。

バイオ燃料は大きく分けて食料や飼料にも利用される資源作物を原料とした第一世代バイオ燃料と主に廃棄物などの非可食原料をもとに製造される第二世代バイオ燃料(次世代バイオ燃料)とに分類される。トウモロコシ、サトウキビ由来のエタノール、大豆油、パーム油、菜種油といった植物油由来のバイオ・再生可能ディーゼルは第一世代バイオ燃料となる。一方で、廃食油・獣脂、農業・林業廃棄物、都市ごみといった非可食な原料から製造されるバイオ燃料を第二世代バイオ燃料として類別する。EUの再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive/RED)[1]ではその付属書IX(Annex IX)の中で第一・第二世代バイオ燃料の原料を規定し、第一世代バイオ燃料は、食料との競合や環境負荷の懸念があるため、REDでは使用量の制限や段階的な削減が求められている。

バイオ燃料のようにバイオマスを原料として使用せず、再生可能燃料を製造する方法もある。代表的な方法はグリーン水素(再生可能エネルギーによって水を電気分解し、得られた水素)やブルー水素(化石燃料によって製造された水素であるグレー水素にCO2回収・貯蔵技術であるCCSを組み合わせて作る水素)といったクリーン水素とDAC(Direct Air Capture、大気中に存在するCO2の直接回収技術)やBECCS(バイオマス発電とCCS技術の組み合わせ)によって得られたCO2を組み合わせてシンガス(合成ガス)を作り、その後FT(フィッシャー・トロプシュ/Fischer-Tropsch)合成を経て低炭素合成ガソリン・軽油・ケロシン・ナフサといった様々な低炭素合成燃料を製造する。その中で特にグリーン水素を使って作られる低炭素合成燃料をeフューエルやPtX(Power to X/パワー・ツー・エックス)、あるいはEUではeフューエルとグリーン水素を合わせ、非バイオ由来再生可能エネルギー燃料(RFNBO/renewable fuels of non-biological origin)と定義している。またクリーン水素とCCU(CO2回収・利用技術)によって回収したCO2からメタノール合成法によって生産されるクリーンメタノールやクリーン水素と大気中から回収された窒素(N2)を使い、ハーバー・ボッシュ法等で製造されるクリーンアンモニアも、広義の意味ではこれらの低炭素合成燃料に含まれる。

また再生可能ディーゼルや低炭素合成燃料(合成ガソリン・軽油等)は混合割合に制約がなく、既存の動力設備でそのまま使用が可能な「Drop-in Fuel/ドロップイン燃料」であるが、エタノールやバイオディーゼルは最大の混合割合が国や地域の規制で定められており、場合によっては動力設備の改造も必要となる(「非ドロップイン燃料」)。「非ドロップイン燃料」100%の使用は機器の腐食、燃焼の不安定さの原因となり、燃料劣化の懸念もあることから、特殊なケース(ブラジルのフレックス車はガソリン・エタノール両燃料に対応)を除き、石油系燃料との混合によってのみ使用が認められている。

 

2. バイオ燃料発展の背景

1) 国の安全保障や政策と密接に関わり合うバイオ燃料市場

元々バイオ燃料が国の後押しを受け普及した理由は油価の高騰に伴う燃料価格の上昇からであった。しかし2020年代に入りロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機の一時期を除いて、原油・石油製品価格は比較的安定している。これは車の燃費の向上や最近では中国におけるEV(電気自動車)、LNGトラックの普及により、石油消費の伸びが鈍化していることの影響も大きい。しかし、一方で、商品作物の価格は大きく上昇している。(原油価格が1バーレル当たり60ドル代と仮定し)欧米におけるガソリンや軽油といった石油製品の価格は1トン当たり600ドル後半から700ドルといった辺りに留まる。一方で、6月初旬のブラジル国内、米国内の無水エタノールの価格はそれぞれ現地で1トン当たり650ドル、550ドル前後で石油製品よりも安価に映るが、ガソリンとエタノールのエネルギー密度(比熱量)は大きく異なる(エタノールの方が低い)。したがってガソリンと等価のエネルギー(自動車であれば同じ航続距離)を得るためには、より多くのエタノールが必要となる。ガソリン1トン分と同じエネルギー(熱量)を得るためには、ブラジル、米国それぞれのエタノールに970ドル、820ドルを支払わなければならない。バイオディーゼルの原料となる植物性油脂であるが、中国における廃食油(UCO)の取引価格は2025年6月初旬で1トン当たり1,000ドルを超えたあたりであったが、欧州での中国産UCOの取引価格は1,200ドル以上、バイオディーゼルは1,400ドル以上の取引となっていた。UCO同様原料となる大豆油やパーム油の価格はさらに高く、1,300ドル程度(生産地価格)となっている。バイオディーゼル原料とその製品はほぼ1:1の割合で生産されるため、今や石油製品と比べた際のバイオ燃料に対する価格上の優位性はほとんど見られなくなっている。

図3で示すように、現在では国がバイオ燃料の拡大を推進する主たる理由は、国のエネルギー自給率向上にある。特に中国、インド、ブラジル、インドネシアといった国々は人口も多く、今後の経済発展に伴いエネルギー消費の伸びも拡大基調にある。国内産業の振興を図り、今後増え続けるエネルギーに対する貿易赤字を解消するためにも、バイオ燃料に限らずエネルギー自給率の向上は国の重要事項となっている。

(図3) 国がバイオ燃料拡大を推進する理由
(図3) 国がバイオ燃料拡大を推進する理由
(出所: JOGMEC作成)

またバイオ燃料は資源作物を原料として利用することから、それぞれの国で豊富に栽培される農作物と結びつき、農業の盛んな国々を中心として発展してきた。このことからも、農業収入の安定、農村部衰退の阻止や雇用の確保といった農業振興の役割も重要な側面である。例えば、インドではエタノールのバイオ燃料としての消費が拡大するにしたがってサトウキビの耕作面積が増加しており、貴重な換金作物としての位置づけが定着してきている。ブラジルでは事業者がサトウキビを使ったエタノールか砂糖生産を選択できるような枠組みになっており、事業者はエタノール・砂糖の市況を観察し、最適な生産計画を立てている。

さらにバイオ燃料には環境負荷の低減としての役割も期待されている。例えばインドでは大都市圏における大気汚染が深刻であるが、燃焼してもNOxやSOx、あるいは煤塵が発生しないエタノールは、大気汚染対策としても期待されている。また近年では化石燃料と比べたバイオ燃料の温暖化ガス排出量の低さが注目されており、化石燃料に対する代替燃料としての関心が大きく高まっている。ただし、ライフサイクルで見た場合、温暖化ガス排出量の大きさにはバイオ燃料ごと(原材料や製造経路によって)に大きな差異がある。

このようにバイオ燃料はもともと原料供給、製品製造と消費が重なる「地産地消型」商品である。バイオ燃料の原料となる資源作物であるトウモロコシ、サトウキビ、パーム、大豆といった農産品の栽培に適した国において高騰する油価対策として普及が進んだ。資源作物の価格が上昇しコストメリットが得られなくなっても、エネルギー自給や農業振興政策と結びつき、国は規制と支援の両面でバイオ燃料市場を支え、さらなる拡大に力を入れる。規制に関しては各国の石油製品に対する混合規制、また支援については補助金や高関税といった支援・保護政策を取っている。例えばインドではエタノールのガソリンへの混合規制の他に輸入エタノールに対し150%の高額関税を課し、エタノールの買い取り制度を導入している。このような事業支援と産業保護政策によって農家や事業者にとって将来の見通し(visibility)がより明確になり、その影響で耕作面積の拡大やインフラ・設備の整備が進み、エタノールの普及につながっている。インドネシアも高関税に加えてバイオディーゼルの原料となるパーム粗油(CPO)に7.5%の輸出税を課し、その収入を原資として国内向けのバイオディーゼルの補助金に充てている。後述する米国のインフレ削減法(IRA)の税額控除や再生可能燃料基準(RFS)のRINクレジットなども政府の支援制度に該当する。

 

2) バイオ燃料を取り巻く複雑な要因

国のエネルギー・経済・食料安全保障や農業・環境政策と密接にリンクし、バイオ燃料は国内市場として発展してきた。こういった政府主導による市場の形成は、バイオ燃料市場が「官製市場」としての色合いが濃いことを示している。しかし、実際のバイオ燃料市場には多くの変数が複雑に絡み合い、外部の影響を大きく受ける(図4)。

化石燃料の代替燃料としてのバイオ燃料市場は、原油価格に大きな影響を受ける。油価が1バーレル当たり60ドル台であれば(熱量換算で)全てのバイオ燃料の方が石油製品よりも割高であるため、バイオ燃料と石油製品との価格差(プレミアム)が拡大すればするほど、バイオ燃料の販売は困難になる。また天候や農産品市況の影響も大きい。ブラジルやインドでは砂糖価格が高いときは選択的にサトウキビを砂糖の生産ラインに回すため、相対的にエタノールの生産量が減少する。

また国の経済発展状況によっても対応が異なる。欧米の場合はガソリンや軽油の消費量が一定から減少に移行している。エタノールやバイオディーゼルの混合割合は国の規制で固定されているため、市場の成長は頭打ちとなっている(一方、混合割合の規制のない「ドロップイン燃料」である再生可能ディーゼルの生産量は増加している)。それに対して新興・発展途上国のケースでは、化石燃料を含むエネルギーの消費自体が増えているため、石油系燃料に混合するエタノールやバイオディーゼルの消費量も増加している。また増大する原油や石油製品の輸入をできるだけ軽減するため、エタノールやバイオディーゼルの混合割合を徐々に増やすといった対策を講じている。

(図4) 官製市場として発展してきたバイオ燃料市場
(図4) 官製市場として発展してきたバイオ燃料市場
(出所: JOGMEC作成)

3) バイオ燃料の抱える新たな課題

一方で、バイオ燃料の低炭素燃料としての特徴、化石燃料の代替エネルギーとしての位置づけはバイオ燃料の商品価値を引き上げ、国境を越えた「国際コモディティー」としての存在感を高めた。これまで「官製市場」として国のエネルギー・農業・食料政策と互いにバランスを取りながら発展してきたバイオ燃料市場が国際市場と結びつき、それと同時に様々なセクターとの競合が生まれることとなった(図5)。

バイオ燃料の生産拡大によって最も直接的影響を受けるセクターは食品・日用品分野である。サトウキビによるバイオエタノールの生産は砂糖の市況に影響を与え、バイオエタノール自体も日用品や医療品と競合する。大豆油・菜種油・パーム油によるバイオディーゼルの生産もそれらを利用する食品・日用品の市況に影響を及ぼす。最近バイオ・再生可能ディーゼルの原料として利用が伸びている廃食油や獣脂といった廃棄物も、これまでシャンプーやせっけん、ペットフードなどに利用されてきた。バイオ燃料による引き合いの増加から、廃食油は取引価格が数年前の4倍ほどに上昇しており、調達も徐々に困難となっている。獣脂の価格も高騰し、日用品やペットフードの原料にパーム油などの農産品由来の油脂を使うケースも生まれている。

(図5)バイオ燃料の市場拡大に伴う様々な課題
(図5)バイオ燃料の市場拡大に伴う様々な課題
(出所: JOGMEC作成)

またバイオ燃料の原料調達には後述する直接・間接土地利用変化(Direct and Indirect Land Use Change)の問題も指摘される。欧州は以前インドネシアから400万トンを超えるパーム粗油を輸入し、バイオディーゼル製造の原料としていた。中国やインドでも多くのパーム油とその加工品が輸入されているが、ほとんどは食品・日用品として利用されるのに対し、欧州はその5割をバイオディーゼル燃料生産の原料に充て、発電・熱源として使用するケースと合わせると、輸入されるパーム油の2/3程度がエネルギー源として利用されてきた。しかしインドネシアのパーム油が間接土地利用変化(ILUC/Indirect Land Use Change)のリスクを包含するとして(Delegated Act 2019/807)[2]、低ILUCリスクを保証する第3者認証のないパーム油の輸入量を2023年まで2019年レベルに据え置き、その後2030年までに段階的に廃止することを決定した。その結果、2023年のEUにおけるインドネシア産パーム油の輸入量は前年比120万トン減少となっている(図26)。

陸運のバイオ・再生可能ディーゼル、空輸のSAF(持続可能な航空燃料)、海運用のバイオバンカー(C重油にバイオディーゼルを一定量混合したB24等)に混合されるバイオディーゼルは獣脂・植物性油脂を原料として用い、特に調達コストの安さ、ライフサイクルにおける温暖化ガス排出量の低さから廃食油が原料としてのファーストチョイスとなるケースが多い。バイオ燃料が運輸セクター内で有力な低炭素ソリューションとしての地位を固めるに従い、今後運輸セクター間における燃料・原料の争奪戦とそれに伴う価格上昇に懸念を示す声が高まってきている。

 

4) SAF(持続可能な航空燃料)

今様々な場でSAF(持続可能な航空燃料)についての話題が取り上げられている。現在SAFはほぼ全量が植物油や廃食油、獣脂といったバイオマスを原料として製造され、まだ総量はエタノールやバイオディーゼルには到底及ばないが、バイオ燃料を代表する燃料種の一つとなっている。現在なぜSAFが注目を集めるかについては下記に示すように、大きく2つの要素がある。

 

4)a 現時点で唯一の有効かつ直接的脱炭素手段

1点目は現時点で空輸に対する有効かつ直接的な脱炭素の手段が、「石油系航空燃料のSAFへの転換」に限られるという事情がある。図6に示されるように現在国連傘下のICAO(国際民間航空機関、現在は日本を含む193か国が参加)が推進する50年までのネットゼロと国際航空のカーボンオフセット(炭素相殺)・削減制度(CORSIA)が特定する空輸の脱炭素の手段は大きく分けて、「運行状況の改善」、「技術革新」、「SAF」、「炭素クレジットを使ったオフセット(相殺)」の4つがある。

(図6) CORSIAプログラムが特定する空輸の脱炭素手段
(図6) CORSIAプログラムが特定する空輸の脱炭素手段
(出所: JOGMEC作成)

「運行状況の改善」ではより短距離で燃料効率の良いルートを選定する飛行ルートの最適化、巡航高度を調整し、天候や風向きを活用した燃料消費の抑制、機体の軽量化や離着陸の効率化、待機時間の削減といった燃料消費の低減が図られている。また最近ではAIやデータ分析を活用して、運行状況をリアルタイムで監視・調整し、最適な運行の実現も試みられている。しかしこれらの「運行状況の改善」は過去にも鋭意取り組まれてきたものであり、今後の削減余地は限られる。

「技術革新」分野としては、電化や水素燃料電池を動力源とした航空機の研究はされているものの、特に大型機において、今後10年、20年というスパンで商業化が可能になるとの見方は今のところない。SAFの国際規格であるASTM D7566ではSAFのジェット燃料への混合比を最大50%(例、Annex 2 HEFA-SPK)と定めているが、Virgin Atlantic航空は2023年11月、初めて100%SAFによる大西洋横断飛行に成功している。この機体はRolls-Royce Trent 1000エンジンを搭載していたが、そのエンジンを提供したRolls-Royceはその翌月、電気航空機技術の開発から撤退すると発表した。同社は100% SAFを用い、これまで商品化された全ての自社エンジンで試験を行った結果、100% SAFが適応可能で、パフォーマンスに何ら支障がないことを確認した。いつか遠い将来には航空機の電動化や水素の導入が可能になる時代が来るかもしれないが、少なくとも短中期的にはSAFが空輸の脱炭素を担う主役となるとの判断からである。

現在のCORSIAプログラムの達成状況の多くは、森林関連クレジット(森林の保全や再植林に対し発行される炭素クレジット)といったCORSIA適格炭素クレジットによって温暖化ガス排出量をオフセット(相殺)するケースが多い。炭素クレジットによるオフセットは実際に空輸事業に伴う温暖化ガス排出量を削減している訳ではないため、その手法に対する批判も多い。またCORSIAプログラムでは「追加性」、「永続性」といった19項目の基準を設け、CORSIA適格炭素クレジットの品質や信頼性を担保しようとしているが、炭素クレジットの透明性や信頼性を確保することは容易ではなく、良質な炭素クレジットの数は全体のごく一部に留まる。

 

4)b 空輸に対する規制の強化

SAF拡大要因の2点目は空輸の温暖化ガス排出量に対する規制の強化である。

EU(欧州連合)ではFit for 55政策パッケージの一部として2023年4月、SAFの航空燃料への混合を義務化する規制であるReFuelEU Aviationが、欧州議会・理事会で承認を受け採用された。この規制により欧州の空港を離陸する航空機はSAFを航空燃料に一定量混合することが求められる。表1に示すように2025年1月より所定割合のSAFの混合が義務付けられている。またサブターゲットとして2030年からはe-SAF(グリーン水素とCCUで回収したCO2をもとに製造)の混合比率も規定されている(表1)。英国では2024年4月、英国政府によりUK SAF Mandateが公表され、2025年1月から英国の空港を離陸する航空機に対しSAFの混合義務が課せられた。英国の規制のユニークな点は原料供給に制限のあるHEFA経路(廃食油・植物性油脂を水素化処理することでSAFを製造する最も一般的なSAFの製造方法)のSAFの使用上限をサブターゲットとして設けていることである(表1)。

(表1) EUおよび英国のSAF混合義務の各期間ごとの混合比率
(表1) EUおよび英国のSAF混合義務の各期間ごとの混合比率
(出所: JOGMEC作成)

またEU-ETS指令の2023年改正に基づき、すでに2024年から、全ての欧州域内で活動する航空会社はEU-ETSのルールに則り、温暖化ガス排出量に関するMRV(測定、報告、検証)の実施と排出量取引制度のシステムに従う義務が生じていた。余剰分のEUA(排出枠)販売が可能となる半面、Free Allocation(無償配分、規制対象者に無償で割り当てられる排出枠)の割合が年々削減され、2026年には全てオークションによる調達となる(Free Allocationがなくなり、不足分の排出枠は全てオークションによる購入が求められる)。2024年、航空会社は約2,900万のEUAを購入する必要があったが、2026年には5,500万EUAに増加すると予想されている。EUA価格にもとづくと、欧州の航空会社の総負担額は2024年に22億ドルと試算される。一方、EU-ETSはこのオークション収入を原資として、最大2,000万EUA(2025年6月末の価格で14億ユーロ相当)を航空会社による再生可能エネルギー由来の合成燃料といった先進的SAFやへき地でのSAF調達の補助に充てる。英国でもHEFA経路以外のSAF生産事業者に対する利益確保のため、CfD(Contracts for Difference/差額決済契約)による「SAF Revenue Support Mechanism(SAFの収益確保メカニズム)」が提案され、議会での協議が行われている。

2022年、国連の国際民間航空機関(ICAO)は2050年までに国際航空の炭素排出量をゼロにするという長期的な世界目標を設定し、これに対し当時の加盟国184カ国が賛同した。ICAOは国際航空分野のGHG排出量削減のために国際航空におけるカーボンオフセット(炭素相殺)・削減制度(CORSIA) を2021年から2023年までに試験運用しており、2024年からは126カ国の航空会社が自発的に参加している。図7で示されるように、CORSIAプログラムは2019年における国際空輸全体の年間温暖化ガス排出量の85%(約4億9,000万トン)を2035年まで維持するというものである。図7のように今後空輸の利用は拡大し、温暖化ガス排出量は年々増加するとみなされているため、先に進むほど排出量削減に対するハードルは高くなる。

同プログラムは2027年から義務化され(CORSIA Phase 2への移行)、世界中の加盟国に属するすべての航空会社に適用されることになっている。しかしながら、CORSIAプログラムでは炭素クレジットを利用したカーボンオフセットによる航空機の温暖化ガス排出量削減方法を認めているため、高価なSAFの利用ではなく、低廉なカーボンクレジット購入による排出量削減が一般化していた(「3. 1) 現時点で唯一の有効かつ直接的脱炭素手段」の項参照)。ただし、前項の解説にあるように、CORSIA適格炭素クレジットはその品質や信頼性を担保するために基準をますます厳格化しており、良質な炭素クレジットの数も全体のごく一部に留まることから、2027年以降市場の高騰が見込まれる。現在CORSIA適格炭素クレジットの価格が1トン当たり12ドルから25ドルとされる中、SAFとのコスト差が今後かなり縮まり、SAF需要の拡大につながる可能性もある。

(図7) 空輸セクターの排出量推移(実績+予想)とCORSIAプログラムの適用
(図7) 空輸セクターの排出量推移(実績+予想)とCORSIAプログラムの適用
(出所: FGE資料にJOGMECが一部加筆)

2027年のCORSIA義務化を控え、多くの国が国内のSAF混合比率目標を設定している(インド2027年1%、2030年5%、ブラジル2027年1%、2037年10%排出量削減、シンガポール2026年1%、2030年までに3~5%程度、UAE2031年1%、マレーシア2050年47%、インドネシア2027年1%、2030年2.5%、トルコ2030年までに5%排出量削減他)。しかしCORSIAプログラム自体は何の拘束力もペナルティーもない。CORSIAプログラムの有効性は、各国がCORSIAプログラムをいかに国内の法規制に落とし込めるかにかかっている。

 

4)c ボランタリー市場

現在のところSAF市場の需要の拡大は欧州(ReFuelEU Aviation)や英国(UK SAF Mandate)における混合規制やICAOのCORSIAプログラムといった国際的枠組みによってけん引され、ある意味「官製市場」といった色合いが濃い。それに対して、航空会社が自らの事業の脱炭素に向けた取り組みとして、SAFの混合を自主的に導入するというボランタリー市場も、一部では活発化している。

Airbus、Boeing、American Airlines、ANA、British Airways、Cathay Pacific、Delta、United Airlines、JAL、bp、Shell、TotalEnergies、Bank of America等の航空会社、空港、石油セクターを代表する60社が参加する「Clean Skies for Tomorrow Coalition」のイニシアチブでは、2030年までにSAF混合比率を10%にするという申し合わせに全加盟企業が賛同した。他にも14の航空会社から構成されるOneworld AllianceやInternational Airlines Groupが2030年までにSAF混合比を10%にすると発表しているし、14の航空会社から成るAssociation of Asia Pacific Airlines(AAPA)は2023年11月にSAFの使用を2030年までに5%とすると誓約している。ただし、航空会社の世界平均での営業利益率は1.7%に過ぎず、燃料費が運営コストの40%を占めている状況では、航空会社が個社の判断で通常のジェット燃料の3倍もの価格であるSAFを採用することは、市場競争力を損なうことにも通じるため簡単ではない。航空会社の本音としては欧州のような混合義務といった(横一線の)アプローチが望ましいだろう。

航空貨物輸送や配送サービスを手掛けるドイツのDHL Expressや米国のFedExも広範な顧客のサプライチェーンにおける脱炭素ニーズに応えるため、積極的にSAFの導入を推進している。DHL Expressは同社のサステナビリティロードマップを通し、自社関連の航空貨物輸送に2026年から10%のSAFを導入し、2030年までにSAFの割合を30%にするとコミットしている。同社は2022年3月にbpおよびSAF生産最大手のフィンランドのNesteと5年間で64万トンというSAFの巨大オフテーク(長期購入)契約を締結した。また2023年10月、DHL ExpressはWorld Energyと7年間で53万4,000トンのSAFを供給するオフテーク契約を締結している。さらにDHL Expressは日本国内においてもコスモ石油マーケティングと年間7,200キロリッターのSAF供給契約を交わしている。SAFFAIRE SKY ENERGY(コスモ石油、日揮、レボインターナショナルによる合同企業)によって2024年末に完成したコスモ石油堺製油所内のSAFプラント(生産設備能力年3万キロリッター)から、中部国際空港からの便を対象とし、SAFが供給される。一方、FedExは2025年5月にフィンランドのNesteとLos Angeles国際空港においてFedExに対し、年間8,800トンのSAFを供給する契約を締結した。FedExは2030年までにジェット燃料の30%をSAFで代替することを目標としている。これを達成するためには年間最大120万トンのSAFが必要となり、これは2024年の世界全体でのSAF消費量を上回る規模となる。

(図8) 一部で活発化するSAFのボランタリー市場
(図8) 一部で活発化するSAFのボランタリー市場
(出所: JOGMEC作成)

SAFのボランタリー市場は空輸とは直接関係のない一般企業にも拡大している。2030年にカーボンネガティブを目指すMicrosoftは、2023年にはOMVと10万トン、World Energy LCCと10年間のSAFオフテーク契約を締結している。また同年にInternational Airlines Group(British Airwaysのオーナー)と共同でPhillips 66から年間1万4,700トンのSAF供給を受ける契約を締結したが、2025年4月にこの共同購入契約を5年間延長し、SAF購入量を39,000トン追加した。SAFは、英国ではPhillips 66、米国ではLanzaJetのFreedom Pines Fuelsによって製造される。

Microsoftは自社の「2024 Environmental Sustainability Report」の中で、2023年のスコープ1(自社の直接排出量)、スコープ2(電力など間接排出量)、スコープ3(サプライチェーンにおける排出量)の温暖化ガス排出量がベースとなる2020年比で30%増加し、スコープ3に限って言えば30.9%の増加となったと報告している。2023年のMicrosoftの温暖化ガス排出量の96%はスコープ3が占めており、その多くがサプライヤーの操業と消費者による製品使用に関わるものであった。スコープ3排出量のかなりの部分はデータセンター建設の急拡大に伴うもので、生成AIの進展は一層エネルギー消費を加速する。同社はデータセンター向けの電力供給に再生可能エネルギーや原子力発電といった低炭素電源のPPA(電力購入契約)締結やDAC(大気からの直接CO2回収・地下貯留)、BECCs(バイオマス発電からのCO2回収・地下貯留)といったCDR(炭素除去)クレジットの調達によって温暖化ガス排出量の抑制を図っているが、スコープ3の温暖化ガス排出量は同社の意図とは裏腹に年々増加傾向にある。

一方で、SAFの購入はスコープ3の直接的削減に役立つ。例えばスコープ3のカテゴリー 6で定義される「従業員の出張に伴う温暖化ガス排出量」は削減が難しく、自社製品の出荷・輸送に伴う温暖化ガス排出量、カテゴリー9「下流の輸送・配送」も自助努力だけでは削減に限界がある。そこでSAFを購入することでスコープ3排出量の削減を図っている。

といっても当然ながらMicrosoftが直接SAFを使用するわけではない。ブックアンドクレーム(Book-and-Claim)認証システムと呼ばれる手法を活用し、SAFを供給者とオンライン取引によって購入、購入と一緒に発行される認証(環境価値)を入手し、認証によってスコープ3排出量をオフセット(相殺)するという方法をとっている。このシステムであればブロックチェーンによって簡単にCO2排出量削減を可視化でき、追跡可能であるため、多くのボランタリー市場における炭素クレジットの課題である透明性・確実性・信頼性の向上にもつながるというメリットもある。例えばOMVとの契約では、OMVはオーストリアのSchwechat精製所でSAFを製造している。OMVはVienna空港を利用するRyanair、KLMといった航空会社と長期に亘り燃料供給契約を締結していることから、SAFの供給もこの販売・物流チャンネルを使い行う。MicrosoftとのSAFの取引はOMVと共にサスティナブル企業RSBが開発したBook-and-Claim認証システムが適用され、MicrosoftはSAFの購入の証拠となる認証をOMVから受け取り、自社社員の出張や製品の輸送時に発生するスコープ3排出量のオフセットとして使用する(Sustainable Aviation Fuel certificates/SAFc方式)。このSustainable Aviation Fuel certificatesは前出のDHL ExpressとWorld Energyとの間でも採用されており、Book-and-Claim認証システムを用い、各クレジットに関わる排出削減量を正確に把握、移転し、第三者による検証によって、SAFの透明性と説明責任を強化する。現状ではあらゆる空港で安定的にSAFの供給が得られるわけではなく、そのためのインフラやサプライチェーンの整備もその途上となっている。オンラインのみで発注から認証の発行、決済まで完結できるBook-and-Claimは、空輸の脱炭素とSAF市場の拡大に大きな後押しとなることが期待されている。

 

4)d SAFの原料と経路

SAFの市場拡大には(その持続可能性や経済的・技術的な制約も含め)、原料・製造経路に関する事情が大きく関わっている。米規格協会ASTMはSAFの国際規格として2009年にバイオジェット燃料を含む非石油由来ジェット燃料の国際規格であるASTM D7566を制定し、現在はAnnex 1から8までの8種類の原料・製造経路の組み合わせが承認・登録され、従来のジェット燃料(ケロシン)に対する混合割合(容量比で10%ないし50%)が定められている。

(図9) SAFの主要な原料・製造経路
(図9) SAFの主要な原料・製造経路
(出所: JOGMEC作成)

承認・登録されている原料・製造経路の組み合わせは8種類あるが、その中で代表的な原料・製造経路は図9に示す4種類となる。

HEFA経路

多くの商業用プラントが建設され、中には年数十万トン規模のSAFの生産が行われている、現在最も普及が進んだSAFの製造経路である。製造経路は植物油や廃食油、獣脂といった油脂類に水素化処理を施しHEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)を製造、さらなる追加処理を経てSAFを生産する方法(Annex 2 HEFA-SPK、一般に水素化処理法や「HEFA経路」と呼ばれる)であり、後述するco-processing(混合改質または共処理)と併せてSAFの95%はこの手法によって生産されている。最も経済的に低廉な方法であり、既存の製油所の改修(水素化処理設備の転用)で対応できるため、比較的短期間でSAFの生産に移行できるというメリットもある。

AtJ経路

HEFA経路を補完する、あるいは将来の主流として期待されているのがAtJ(Alcohol to Jet/アルコール・ツー・ジェット)の製造経路で、これはバイオエタノール等のアルコールから脱水・重合および水素化処理を経てSAFを生産する方法(Annex 5 AtJ-SPK)である。バイオエタノールは米国やブラジルで入手が容易であり、HEFAに次ぐ低コストでSAFの製造が可能であるが、バイオエタノールの原料や製造工程によってライフタイムにおける炭素強度が大きく異なる。米国のLanzaTechからスピンオフしたLanzaJetがAtJ技術でリードしており、同社の米国Georgia州Freedom Pinesプラントで同技術により2024年からSAFの製造を行っている(生産設備容量年間3万トン)。これは農林業残渣に含まれる繊維質(リグノセルロース)を酸処理等で分解し、糖に変換した後発酵プロセスでエタノールを作るといった製造工程を採用しており、廃棄物を使用することから炭素強度が低く、食料・飼料との競合もない。

また農作物由来のエタノールを使ったAtJでは、Gevoが米国South Dakota州において年19.7万トンの再生可能燃料生産容量(内SAFの生産能力は最大16.7万トン)を持つAtJ施設、Net-Zero 1プラントを建設中である。同事業は農作物起源のエタノールを原料とするが、持続可能な農業プログラム「クライメート・スマート・アグリカルチャー(Climate-Smart Agriculture/CSA)」(輪作、被覆作物、緑肥によって土壌の健康を維持すると共に化学肥料の使用を抑え、CO2を土壌中に固定したり、有機物の分解を抑えることでCO2の発生を抑えるといった低炭素農法)」を原料作物の栽培段階で導入したり、再生可能エネルギー・バイオメタンを使用することで炭素強度の低減を図っている。

さらに前出のLanzaTechはこれまでのエタノール製造プロセスとは大きく異なる方法で、AtJ技術の確立を目指している。同社の技術は、農林業残渣のガス化や製鉄所・化学プラントで発生する排ガス・オフガスから得られる合成ガス(シンガス)を特定の微生物の餌とし、その微生物が作るエタノール(「CarbonSmartエタノール」)をAtJの原料として利用するというものである。この方法は国内でも積水化学がLanzaTechと共同で岩手県の久慈市に実証プラントを建て、商業化を目指している。また豪州のJet Zero Australiaは同国のQueensland州で「Project Ulysses」を推進しており、LanzaTechの「CarbonSmartエタノール」技術とAtJ技術を組み合わせ、2028年までに年間10万2,000キロリッターのSAFと1万1,000キロリッターの再生可能ディーゼルを生産することを目指している。

ガス化+FT合成

これは農林業残渣や都市ごみの繊維質を原料として用いるが、糖化や発酵プロセスによるAtJ経路ではなく、原料をガス化炉でガス化し、一酸化炭素と水素を取り出し合成ガス(シンガス)とした後、FT(フィッシャー・トロプシュ/Fischer-Tropsch)合成や蒸留・分離によってSAFを製造する経路(Annex 1 FT-SPK)である(「ガス化+FT合成」)。「ガス化+FT合成」の代表的事業としてはFulcrum Bioenergyによる米国Nevada州のSierra Biofuelsプラントが挙げられる。同プラントはSAFの商業生産を「ガス化+FT合成」により2022年から世界に先駆けて開始したが、度重なる運転停止により事業が立ち行かなくなり、2年ほどで生産は停止し、同社は連邦破産法第11条の申請を余儀なくされた。事業収益の悪化や運転資金調達の困難さが事業撤退の原因であるが、硝酸の蓄積による腐食、ガス化炉の3mを超えるスラッジの堆積といったトラブルが続き、同製造経路の技術的ハードルの高さを示唆している。

e-SAF

バイオマスを原料として使用しないためバイオ燃料ではないが、非化石燃料起源のシンガス(合成ガス)からFT(フィッシャー・トロプシュ/Fischer-Tropsch)合成によってSAFを製造する方法もある。再生可能エネルギーによって水を電気分解し、得られた水素(グリーン水素)にDAC(Direct Air Capture/CO2直接回収技術)やBECCS(バイオマス発電からのCO2回収技術)によって得られたCO2を組み合わせてシンガス(合成ガス)を作り、その後FT合成を経てSAFを製造する方法である。基本的に(3)の「ガス化+FT合成」と同様のプロセスであるが、再生可能エネルギーをもとに作られることからe-SAFやeケロシンあるいはPtX(Power to X/パワー・ツー・エックス)と呼ばれ、区別して取り扱われることが多い。

このようにSAFの代表的な製造方法は原料・製造経路からHEFA、AtJ、合成ガス+FT、e-SAFがあるが、HEFA、AtJ以外は年産10万トンを超えるような大規模製造設備は立ち上がっていない。特にFT合成はHEFA経路のような既存の施設の転用や技術の応用ができず、ほぼ全て(一部化石燃料からの合成燃料製造プロセス設備の転用例があるが)がグラスルーツ(grass-roots、新規の施設建設)プラントであり、その建設費用負担も大きく、FT合成の工程も複雑で、安定生産を維持することも容易ではない。一般に同量のSAFを製造するのにAtJ経路ではHEFA経路の2倍ほどの費用が掛かり、さらにe-SAFではそれを大きく上回る費用がかかるとされる。欧州航空安全機関(EASA)が2025年3月に発表した欧州における2024年のSAFの平均販売価格は、1トン当たり従来の航空燃料(石油系燃料)が734ユーロであったのに対し、HEFA経路が2,085ユーロ、e-SAFが7,695ユーロとされ、e-SAFの最高額は13,992ユーロであった。

HEFA経路における最大の課題は原料調達である。HEFA経路の原料となる食用油の多くは農作物で、しかも食料と競合するため、食料と競合せず、しかも価格の安い廃食油・獣脂といった廃棄物を使用するケースが多いが、廃食油はサプライチェーンの構築が難しく、アクセスの可能な量も限られるため、年々調達が困難となっている。オランダのSkyNRGの第5回年次SAF市場見通し(Fifth Annual SAF Market Outlook)によれば、EUと英国のSAFの需要は2025年115万トンと予想しているが、2030年には1,500万トン以上、2035年までには4,000万トンに増加すると予測している。SAF生産能力は2030年までに1,800万トンとされ、その時点でも82%がHEFA経路による生産であると推測する。同報告書では世界需要がHEFA経路の生産能力を超えて拡大し、そのギャップを埋めるためにe-SAFなどの他の生産経路の開発のために迅速に行動を起す必要があると警鐘を鳴らす。EUのReFuelEU Aviationが2030年からのe-SAF混合、英国のUK SAF MandateがHEFA経路によるSAFの使用上限をサブターゲットとして設けているのも、HEFA経路における中・長期の原料調達の持続可能性に対する懸念からである。

前述の「2) 空輸に対する規制の強化」でも触れたように、EU・英国ではe-SAF等のHEFA経路以外のSAF製造技術に技術開発や事業化のためのインセンティブを付与しているが、まだまだHEFA経路とのコスト差は大きく(図10)、市場・生産規模の拡大は困難な状況にある。

(図10) 製造経路別SAF製造コストとCO2削減割合 (単位: 縦軸 US$/トン、横軸 ジェット燃料と比較した温暖化ガス排出量削減割合)
(図10) 製造経路別SAF製造コストとCO2削減割合
(単位: 縦軸 US$/トン、横軸 ジェット燃料と比較した温暖化ガス排出量削減割合)
(出所: 英政府データを参考にJOGMEC作成)

5) LCAとILUC

燃料ごとの炭素強度の大小を評価する方法として、一般的にライフサイクルにおける温暖化ガス排出量が用いられる(図11)。これはバイオ燃料の場合農地の開墾から始まり、原料作物の耕作・輸送、製造・加工、製品輸送、そして消費までのライフサイクル全体においてどれだけの温暖化ガスの排出があったかを分析・評価する手法であり、LCA(Life Cycle Assessment/ライフサイクル評価)と呼ばれる。気候変動対策の観点からは、それぞれのバイオ燃料が化石燃料と比べて実質的にどれだけ温暖化ガス排出を低減したかが重要なポイントとなる。バイオ燃料の中にはサプライチェーンの過程で多くの温暖化ガス排出を伴うものもあり、中には化石燃料よりも温暖化ガス排出量が多いと評価されるケースもある。前出のICAO(国際民間航空機関)のCORSIAプログラムのように温暖化ガス排出削減を評価する場合は、SAFの混合割合ではなく、SAFを利用した際の「温暖化ガス排出量低減の有効性」を評価するため、その評価手法としてLCAが重要となる。

(図11) ライフサイクルにおける炭素強度の評価
(図11) ライフサイクルにおける炭素強度の評価
(出所: JOGMEC作成)

LCAをもとにバイオ燃料の炭素強度を比較する際に重要な要素がLUC(Land Use Change/土地利用変化)であり、それにはDLUC(Direct Land Use Change/直接土地利用変化)とILUC(Indirect Land Use Change/間接土地利用変化)がある(図12)。DLUCは森林が開墾され農地として利用された場合の直接的温暖化ガス排出量の増加を数値化したものである。森林等自然の環境下では生物多様性等により森林内や土壌中に一定量の温暖化ガスが貯留され、大気に放出されることがないが、森林が開墾され、農地として転用された場合、温暖化ガスの貯留機能が失われ、温暖化ガスはそのまま大気に放散される。また農作物の栽培には肥料や薬品が使用され、農機具の燃料として化石燃料も消費される。例えば尿素系の肥料はアンモニアをもとに製造されるが、アンモニアは天然ガスといった化石燃料を原料として生産される。さらに肥料に含まれる窒素成分は温暖化効果がCO2の300倍とされる一酸化二窒素(N2O)を生成する可能性がある。こういった要因をもとに森林から農地への転換によって直接的に温暖化ガス排出量の増加が生まれるとされており、これをDLUC(Direct Land Use Change/直接土地利用変化)と呼ぶ。

一方、ILUC(Indirect Land Use Change/間接土地利用変化)による温暖化ガス排出量の増加メカニズムはさらに複雑である。ILUCの考え方の骨子は、例えば(大豆油の原料となる)大豆といった油脂作物はこれまでは食用油や油脂原料といった食品や日用品の原料として栽培されていた。しかし、バイオ・再生可能ディーゼルといったバイオ燃料の原料として利用されることで、油脂作物の商品価値・換金性は大きく向上する。実際に米国の大豆相場はバイオ・再生可能ディーゼル市場の動向に大きな影響を受けている。したがって、例えば大豆がバイオ燃料の原料として利用されることで大豆の「商品作物としての価値が付加」され、さらなる農地の拡大につながる(すなわち温暖化ガス排出量の増加につながる)というのがILUCの考え方である。また油脂作物が燃料の原料として利用されることで、食品や日用品の原料としての油脂が不足する。そのため、それを補うためにさらに油脂作物の耕作面積が拡大し、温暖化ガス排出量の増加を促す可能性が生まれる。多くのLCA(Life Cycle Assessment/ライフサイクル評価)のモデルでは、ILUCの温暖化ガス排出としての影響を数値化し、炭素強度として示している。

(図12) DLUCとILUC
(図12) DLUCとILUC
(出所: JOGMEC作成)

米連邦政府直轄のArgonne Laboratory(アルゴンヌ国立研究所)によって開発されたライフサイクル排出量の計算方法と削減のためのプログラムであるGREET(Greenhouse Gases, Regulated Emissions and Energy Use in Technologies)[3]モデルでは、一般にILUCの値を高く採る傾向にある。GREETモデル(45ZCF-GREET)は2025年1月にバイデン政権によって発行されたバイオ燃料に対する税額控除(45Z)のガイドラインの中でも採用されている。またICAO(国際民間航空機関)のCORSIAプログラムでもGREETモデルを参考とした原料別の炭素強度とILUCを採用している。

原料作物のLUC・ILUCの削減手段として、前出の「4)d SAFの原料と経路、AtJ経路」で紹介した、持続可能な農業プログラム「クライメート・スマート・アグリカルチャー(Climate-Smart Agriculture/CSA)」 を積極的に採用する動きもみられている。この「クライメート・スマート・アグリカルチャー」とは輪作、被覆作物、緑肥、不耕起栽培によって土壌の風化・劣化を防ぎ、農地の健康を維持すると共に化学肥料の使用を抑え、CO2を土壌中に固定し、有機物の分解を制御することで、CO2の発生を抑える低炭素農法のことである。ただし、プロセスや手法が複雑で手間もかかるため、どの程度普及するかは未知数である。

ICAO(国際民間航空機関)のCORSIAプログラムではGREETモデルを参考にそれぞれの原料を使ったSAFのLCAをデフォルトとして公開している。CORSIAプログラムでは化石燃料ベースのジェット燃料(ケロシン)のLCAベースでの炭素強度を89gCO2e/MJとしており、その10%以下(80.1gCO2e/MJ以下)をSAFと定義しているため、LCAにおいて炭素強度がその閾値を超える原料と製造経路の組み合わせは、SAFとは認められない(ただし、CORSIAプログラムではデフォルト使用以外の計算方法も認めている)。

図13に示されるように原料となる農作物によって炭素強度には大きな差が生まれる。特に目立つのが米国産大豆油とインドネシア産パーム油における炭素強度に占めるILUC(間接土地利用変化)の大きさで、ILUCがもたらす炭素強度が大きいため、全体としてもLCAベースでの炭素強度が大きくなり、SAFとしての脱炭素効果が低いという結果になっている。また廃食油(UCO)は他の原料と比べても圧倒的に炭素強度が低く、この少量の混合で十分な脱炭素効果を得ることができるという特質も、廃食油とHEFA経路がSAF製造の主流となっている理由の一つでもある。

(図13) CORSIAプログラムが定めるLCAベースでの各SAF原料の炭素強度
(図13) CORSIAプログラムが定めるLCAベースでの各SAF原料の炭素強度
(出所: ICAO Oct. 2024レポートをもとにJOGMEC作成)

3. 地域別に見たバイオ燃料政策・市場動向

元々が典型的な「地産地消モデル」として発展してきたバイオ燃料は、その地域・国ごとに大きく異なる特徴を持つ。バイオ燃料の代表的市場について以下個別に解説していく。

 

1) 欧州

1)a 欧州のバイオディーゼル市場

欧州(EU)は世界最大のバイオディーゼル市場(年310億ユーロ)を有し、年間約1,370万トン(European Biodiesel Board、2022年実績)のバイオディーゼルを消費している。また年間200万トンほどの廃食油(UCO)を輸入し、バイオ・再生可能ディーゼルの原料に充てている。一方、中国は世界最大の廃食油(UCO)輸出国で、2024年10月までの1年間に240万トンのUCOを輸出しており、その内年間100万トンほどが欧州に輸入されている。そのような中、2021年頃から豊富なUCOを使ったバイオディーゼルの生産が中国で活発化し、欧州へのバイオディーゼルの輸出は2021年から2022年の間で60%上昇、2023年には再生可能ディーゼルも加え、107万トンものバイオディーゼルが欧州市場に流入した(FGE)。安価な中国産バイオディーゼルは停滞気味だった欧州の市場を直撃し、市場価格の暴落で欧州のバイオディーゼル生産事業は精製マージンの縮小により赤字化し、事業者の多くが経営難に陥った。EU最大の市場であるドイツでは、2023年に価格がほぼ50%下落した。英国のArgent Energyは年産5万5,000トンのScottish Biodieselプラントを閉鎖、ドイツ大手バイオディーゼル生産者のLandwärmeは破産手続きを申請し、英国のGreenergyもImminghamのバイオディーゼルプラントを休止した。また影響はバイオディーゼル生産事業者に留まらず、農業部門でも油脂原料となる菜種農家の収入が1トン当たり625ユーロから約410ユーロに減少した。さらに欧州市場の低迷で行き場を失った欧州産バイオディーゼルは米国市場に大量に流れ込み、2024年には欧州産バイオディーゼルの輸出量が84万トンと急拡大した。その影響で欧州同様多くの米国バイオディーゼル生産者が経営不振に陥っている。Delekは米3州のバイオディーゼルプラントを休止し、別のバイオディーゼル生産者のVertex Energyは破産手続きを申請、石油メジャーの1社であるChevronもWisconsin州とIowa州のバイオディーゼルプラントの閉鎖を決定した。

これに対し欧州のバイオディーゼル生産者団体であるEuropean Biodiesel Board(EBB/欧州バイオディーゼル委員会)は2023年10月、欧州委員会に対し中国産バイオディーゼルに対するアンチダンピング(AD)調査実施の申し立てを行った。この申請にもとづき欧州委員会は2023年12月から調査を開始、2024年8月に暫定AD関税(企業ごとに12.8%から36.4%)を適用後、2025年2月まで追加調査を継続し、同月に正式にAD関税(企業ごとに10.0%から35.6%)を適用した。

図14はEUにおけるバイオ・再生可能ディーゼルの輸入状況を月ごとにまとめたチャートであるが、2024年6月には10.9万トンであった中国からの輸入量が7月には0.98万トンまで急減している。2024年7月の欧州委員会による暫定AD関税導入の発表が大きく影響したためである。現在中国産UCOは中国国内でも1トン当たり1,000ドル程度で取引されており、一部の事業者(低額関税適用)を除けば、欧州市場での競争力を失っている。

一方、AD関税の適用は中国産バイオ・再生可能ディーゼルを対象としているものの、SAFは適用から除外された。European Biodiesel Boardは今後豊富なUCOを原料とした中国産SAFの生産が拡大し、近い将来欧州のSAF市場に大量の中国産SAFが流入することを懸念する(後述「中国」の項参照)。

(図14) EUのバイオ・再生可能ディーゼル輸入量推移と関税影響
(図14) EUのバイオ・再生可能ディーゼル輸入量推移と関税影響
(出所: EuroStat資料にJOGMEC一部加筆)

1)b 欧州の再生可能ディーゼル・SAF市場

前項で紹介したように、欧州は世界最大のバイオディーゼル市場を有するが、近年ドロップイン燃料である再生可能ディーゼル(HVO)の需要が伸びている。その需要の伸びに呼応して、欧州の石油精製事業者を中心に、再生可能ディーゼルの生産増強が進んでいる。また再生可能ディーゼルの生産プロセスはSAFの生産プロセスとも共有できるため、将来の需要の増加を見込み、SAFの生産体制も併せて整備されている。

最近の再生可能燃料プラントは水素化処理が主流であるが、従来欧州のHVOやSAFの生産はすべての原料を初めの段階から混合し処理する、co-processing(混合改質または共処理)を主体として行われてきた(図15)。既存の石油精製所の設備やインフラを最大限利用できることから、低コストおよび最短期間で混合燃料製造用に既存設備を転換できるというメリットがある。ただしSAFの場合、co-processingによるSAFの混合比率は最大5%と定められている。これに対して米国は生産量が大きいため既存の石油精製所を改修し、水素化処理によって生産する方法が一般的である。一方、AtJ、合成ガス+FT、e-SAFといった生産設備はほとんどの場合グラスルーツ(grass-roots)と呼ばれる新たな生産設備を立ち上げる必要がある。建設費用、立ち上げまでにかかる時間は「co-processing(共処理)」、「水素化処理」、「グラスルーツ」の順に大きくなる。また国際民間航空機関(ICAO)は現在co-processingでのSAFの最大混合比率を5%から30%へ引き上げることを評価・検討中としている。

(図15) 欧州の主な再生可能ディーゼル・SAF製造プラント
(図15) 欧州の主な再生可能ディーゼル・SAF製造プラント
(出所: 各種データをもとにJOGMEC作成)

世界最大の航空輸送の国際団体であるIATA(国際航空運送協会)は2023年12月その報告書で、世界のSAFの消費が2022年24万トン、2023年48万トンであり、2024年には一気に150万トンと大きく拡大するとしていたが、実際には100万トンに留まった。一方、2025年はEUのReFuelEU Aviationや英国のUK SAF MandateといったSAFの混合規制の導入により、SAFの需要が欧州だけで年間115万トン(SkyNRG)に達すると予想する(SAF規制値である2%が確実に履行され、欧州での年間ジェット燃料使用量が過去最高の6,854万トンとすると137万トン)。そのような中、図15に示すように欧州の主なバイオリファイナリーのSAF製造能力は合計で120万トンから190万トンとなり、稼働率を割り引いても供給能力が需要を上回る状況となっている。また2024年までに米国では再生可能燃料生産の設備容量が年間200万トンを超える巨大バイオリファイナリーが次々と立ち上がり、フィンランドのNesteは2023年にシンガポールにおいて、同社のバイオリファイナリーのSAF製造能力を年間100万トンに拡張した。さらに今後は、中国のSAFプラントも次々に生産を開始すると見込まれる。各国のSAF混合規制導入の遅れからまだ欧州以外本格的なSAF市場は確立されていない。現時点で明確な規制が適用されているのは欧州のみであり、欧州域外からも欧州市場を目掛けたSAFの流入が見込まれる。

 

1)c 欧州における再生可能ディーゼル・SAF事業

前項で述べたように欧州におけるバイオディーゼル(BD)における市場は供給過剰の状況にあったが、同じ市場を共有する再生可能ディーゼル(HVO/RD)についても同様の状況が生まれている。再生可能ディーゼルの需要は増加しているが、欧州のバイオ燃料市場は需要が供給量を十分吸収できておらず、バイオ燃料生産事業者の精製マージンは低迷し、業績は振るわない(図16左図)。

(図16) 左図: Nesteの再生可能燃料製造マージン低下と利益の減少/右図: ReFuelEU AviationにおけるSAF混合割合の段階的増加
(図16) 左図: Nesteの再生可能燃料製造マージン低下と利益の減少
(単位: 左軸 百万ユーロ、右軸: ドル/トン)
右図: ReFuelEU AviationにおけるSAF混合割合の段階的増加
(単位: 左軸 万トン、右軸: %)
(出所:NESTE株主向け資料をもとにJOGMEC作成)

再生可能燃料の最大手であるフィンランドのNesteの2023年における再生可能燃料の製品販売マージンは1トン当たり813ドルであったのに対し、2024年の平均では242ドルに大きく低下しており、収益も大幅に悪化している(図16)。

欧州の燃料市場は2022年のエネルギー危機が去り、元々バイオ燃料需要が緩む地合いにあった。経済の不振に伴う燃料市場全体の減速に加え、直近のリファイナリーのバイオ燃料生産増強による供給増が加わり、市場は供給過多の状況となっていた。また規制の緩和(例えばスウェーデンの規制緩和により同国の2024年の消費量は半分に低下)も市況に大きな影響を与えた。

2025年1月から導入されたReFuelEU AviationによるSAFの混合は「官製市場」という新たな市場の創出として期待されたが、現在SAFの市場価格は振るわない。欧州市場のSAFは2023年3月に1トン当たり3,400ユーロの値を付けたが、SAF供給量の増加により2024年を通して価格が下がり続け、一時1トン当たり2,000ユーロを切るところまで下げた。2025年1月からのSAF混合規制の導入により、2024年終わりには2,200ユーロから2,300ユーロ辺りまで値を戻したが、2025年に入り価格が低下し、現在も市場に勢いはない。欧州のReFuelEU Aviationでは全ての便に2%(2025年)のSAFの混合が義務付けられている訳ではなく、航空会社の単位で年平均2%の混合義務を順守すれば良いため、航空会社によっては年の後半において未達部分の埋め合わせを考えているケースもあり、まだSAFの購入が本格化していないのでは、との見方もある(今後徐々に価格が上昇する可能性)。

またSAF生産事業者にとって悩ましいのがReFuelEU Aviationの混合比率増加の仕組みである。図16右図のようにSAFの混合義務割合は階段状に増加していく。2%の混合割合は2029年までは一定で、2030年に6%と大きく引き上げられる。次回の混合比率の引き上げである2030年までは、少なくとも混合規制がもたらすSAF市場の拡大は見込めないということになる。現在のように市場規模に比べて供給量が上回り、さらに中国やシンガポールを始めとしたEU域外からの輸出が今後1、2年で増える可能性が見込まれる中、欧州のバイオ燃料生産事業者による事業の延期・中断・撤退が目立ってきている(図17)。

(図17) 相次ぐ欧州におけるバイオ燃料生産事業者による事業の延期・中断・撤退の動き
(図17) 相次ぐ欧州におけるバイオ燃料生産事業者による事業の延期・中断・撤退の動き
(出所: 各種資料をもとにJOGMEC作成)

現在の再生可能燃料・SAFの生産は廃食油(UCO)に大きく依拠しており、Nesteの原料は90%が廃食油を中心とする廃棄物由来となっている。廃食油はLCAが他の原料に比べて著しく低くいことで脱炭素効果が高く、廃棄物であるため食料・飼料と競合せず、さらに他の農産物由来の油脂や獣脂と比べても調達価格が安い(図18)。一方、調達量には限界があり、効率的なサプライチェーンの構築も簡単ではない。最大の供給先である中国は2025年12月にこれまで認めていたUCO輸出に対する13%の税金還付を廃止し、SAF生産といった自国内での消費を増やす方向に転換している。今後輸出制限といった可能性も捨てきれず、廃食油(UCO)を原料とした再生可能燃料・SAF生産のビジネスモデルは、原料調達面で大きなリスクを負っている。

(図18) 再生可能燃料原料としての廃食油(UCO) (単位: ドル/トン)
(図18) 再生可能燃料原料としての廃食油(UCO)
(単位: ドル/トン)
(出所: Neste資料をもとにJOGMEC作成)

2) 米国

米国は世界最大のエタノールの需給市場を持ち、ガソリンに10%のエタノールを添加するE10ガソリンが一般向けとして普及している。またこれまでのバイオディーゼル(BD)に加えて、再生可能ディーゼル(HVO/RD)も生産が大きく拡大している。米国の特徴はPhillips 66、Valero、Marathonといった石油の精製事業者が、自社の製油所を改修し、年産200万トンを超える再生可能燃料製造プラントにコンバートしている点にある(表2)。これらの大規模改修事業の完成は2023年から2024年に集中しており、バイデン政権が2022年8月に導入したインフレ削減法(IRA)の税額控除(40B)といったバイオ燃料に対する公的支援が、巨大投資の強力な後押しとなった。

(表2) 米国で続々と立ち上がる超巨大再生可能燃料製造プラント
(表2) 米国で続々と立ち上がる超巨大再生可能燃料製造プラント
(出所: 各社資料をもとにJOGMEC作成)

米国には州レベルでもバイオ燃料生産拡大のための公的支援が提供されているが、バイオ燃料普及に関して、特に連邦政府の2大インセンティブ(再生可能燃料基準/RFSおよびインフレ削減法/IRA)が果たした役割は大きい。そういう意味で欧州の規制にもとづいた市場拡大(官製市場)に対し、米国はインセンティブによる市場の拡大にその特徴があるといえる。ここから再生可能燃料基準(RFS)とインフレ削減法(IRA)という市場発展の大きな原動力となっている2つのメインドライバーについて見ていくこととする。

 

2)a 再生可能燃料基準

米国では2005年の包括エネルギー政策法(Energy Policy Act of 2005)および再生可能燃料基準(Renewable Fuel Standard、RFS)[4]の導入や2007年の包括エネルギー政策法の改定(RFS2)がバイオ燃料の生産量増大に大きく寄与した。包括エネルギー政策法および再生可能燃料基準(RFS)では、ガソリンや軽油といった輸送用燃料に対して毎年米国環境保護庁(EPA)が年間目標値である再生可能義務量(Renewable Volume Obligations/RVO)[5]を設定し、バイオ燃料の混合比率を石油精製・混合・輸送事業者(燃料ブレンダー)に義務付けている(図19)。燃料ブレンダーがガソリンや軽油にバイオ燃料を混合する際、EPAによって指定されるそれぞれのタイプのバイオ燃料(D3セルロース系バイオ燃料、D4バイオマス系ディーゼル、D5先進バイオ燃料、D6再生可能燃料全体)に対しRINと呼ばれるクレジットが1ガロン単位で発行され、更にバイオ燃料ごとに係数が加算される(例、D6のバイオエタノールは1 RINであるが、D4のバイオディーゼルは1.5 RIN、再生可能ディーゼルでは製造経路に応じて1.6 RINまたは1.7 RINとしてカウントされる)。RINクレジットは固有の市場を持ち売買が可能なことから、その収益はバイオ燃料事業者にとって大きな副収入源となる。

(図19) 再生可能燃料基準による年間バイオ燃料混合目標とRINクレジットの発行
(図19) 再生可能燃料基準による年間バイオ燃料混合目標とRINクレジットの発行
(出所: EPA資料をもとにJOGMEC作成)

バイオ・再生可能ディーゼルの混合時に発行されるD4 RINクレジットは、2023年の多くの時期1.50ドルを超える価格で推移していた。後述するインフレ削減法(IRA)のバイオ燃料(SAFを除く)に対する税額控除である40B(現45Z)では、最大1ガロンにつき1.0ドルの税額控除が付与される。前述した下流の精製事業者が次々と年産200万トンを超えるような超巨大バイオ燃料プラントを立ち上げた背景には、このような米国の手厚いインセンティブの存在がある。

ガソリンに混合されるバイオエタノールは2000年代再生可能燃料基準(RFS)とそれに伴うRINクレジット制度によって急激に生産量を増やしてきたが、ここ10年程はその伸びが停滞している(図20)。これはEV(電気自動車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)の普及もあるが、ICE(内燃機関)車自体の燃費向上によりガソリン消費の伸び自体が鈍化しているためである。EPAのデータによれば自動車の平均燃費は1975年製モデルで1リッター当り5.6km、2004年製モデルで8.2kmであったのに対し、2023年製モデルでは11.5kmに向上している。Renewable Fuels Association(再生可能燃料協会)といった業界団体は、エタノールのガソリンへの混合比を全ての州において通年で15%へ引き上げるようロビー活動を行っているが、ガソリン混合としてのエタノールの使途は今後大きく伸びることはないだろう。

(図20) 米国のエタノールおよび再生可能ディーゼルの生産量推移とRINクレジット市場 (左上図) 米国のエタノール生産量推移(単位: 億ガロン) (左下図) 米国の再生可能ディーゼル生産量推移(単位: 1,000バーレル/日) (右図)米国のエタノールおよび再生可能ディーゼルのRINクレジット価格推移(単位: ドル)
(図20) 米国のエタノールおよび再生可能ディーゼルの生産量推移とRINクレジット市場
(左上図) 米国のエタノール生産量推移(単位: 億ガロン)
(左下図) 米国の再生可能ディーゼル生産量推移(単位: 1,000バーレル/日)
(右図)米国のエタノールおよび再生可能ディーゼルのRINクレジット価格推移(単位: ドル)
(出所: EPAおよびEIA資料をもとにJOGMEC作成)

その一方で、再生可能ディーゼル(HVO/RD)の生産は、2022年8月のインフレ削減法(IRA)の導入を契機に大きく伸びている(図20)。バイオディーゼル(BD)の生産量はほぼ横ばいであったが、2024年1月時点での再生可能ディーゼル(一部SAF等その他の再生可能燃料を含む)の生産能力は2023年1月からの1年間で13億ガロン増加し、43億ガロンとなった。しかしながら、図20で示されるように再生可能ディーゼルの混合義務量(バイオ・再生可能ディーゼルの合計であるD4 RIN)は低く設定されているため、RINクレジットの需要(混合義務を達成できない石油精製・輸送事業者はRINクレジットを市場から調達する)が限られ、RINクレジットの市場価格は低迷する。図20で示されるようにRINクレジット価格はインフレ削減法(IRA)の導入でいったん上昇したが、その後は再生可能ディーゼルの生産量の増加で価格はピーク時の半値以下に留まる。そのような状況の中業界団体、バイオ燃料事業者、原料農家からは再生可能義務量(RVO)の引き上げを求める声が高まっていた。

 

2)b インフレ削減法

バイデン政権は2021年、SAFの生産規模の拡大、低コスト化、普及を目指し、SAF Grand Challenge[6]を発表、2030年に年間約900万トン、2050年までに約1億600万トンのSAF生産目標を定めた。また2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)では、バイオ・再生可能ディーゼルに対し1ガロン当たり最大1.00ドル、SAFについては炭素強度により1ガロン当たり1.25から1.75ドルの税額控除を導入した(40B)。またバイオエタノールは40B税額控除の対象とはなっていなかったが、バイオエタノールもAtJ(前出「4)d SAFの原料と経路」の項参照)によってSAFの原料として利用されることで需要が拡大し、バイオエタノールやトウモロコシの市場価値が上がることから、エタノール事業者やトウモロコシ農家からも歓迎された。

(表3) インフレ削減法バイオ燃料税額控除40Bと45Zの比較
(表3) インフレ削減法バイオ燃料税額控除40Bと45Zの比較
(出所: 米政府資料をもとにJOGMEC作成)

一方、バイオ燃料・SAFに対する税額控除40Bは、2024年末で有効期限が設定されていた。米国財務省(DOT)と内国歳入庁(IRS)は失効した40Bの代わりにバイオ燃料全体を統合した税額控除、45Zクリーン燃料製造税額控除とそれに関する条件や適応資格を規定したガイダンスを2025年1月に発表した。ガイダンスには、税額控除の対象となる原料や、炭素強度の計算方法に関する詳細が含まれていた。45Z税額控除の40Bとの大きな違いは、LCA(ライフサイクルにおける温暖化ガス排出量評価)における温暖化ガス排出量によって控除レベルが規定されることで(表3)、その計算方法は米国エネルギー省(DOE)のGREETモデル(45ZCF-GREET)を適用する(前述「5) LCAとILUC」を参照)。したがって、バイオ燃料原料の炭素強度はILUC(間接土地利用変化)の影響を大きく受け、これまで税額控除の対象とされていたバイオ燃料が対象から外れたり、控除額が大きく減少する結果となった。45Zの税額控除対象となるLCAの炭素強度の閾値(これを超える炭素強度は税額控除の対象とならない)は50gCO2e/MMBtuであるため、米国産大豆油由来の再生可能ディーゼルの炭素強度である39.7gCO2e/MMBtu(ILUCを含む)は、最大でも1トン当たり68ドルの税額控除に留まる(45ZCF-GREETモデルの場合)。それに対して以前の40B(2024年12月31日で失効)では、バイオ系ディーゼルの場合、最大で1トン当たり330ドルの税額控除を得ることができた。

もう1点45Zガイドライン導入による米国バイオ燃料産業への大きな影響は、輸入廃食油(UCO)を税額控除の対象から外したことである。米国のUCOの輸入は2024年に大きく伸び、特に中国からの輸入は年間130万トンを記録し、欧州を抜き最大の輸入国となった。しかし、中国を始めとした海外産UCOについてはパーム油や他の食物油脂混入の疑いが生じ、その検証やトレーサビリティーの困難さからエネルギー省(DOE)は結局、海外産UCOをバイオ燃料の原料として認めなかった。こういった45Zとそのガイドラインの厳格化の影響もあり、2025年の再生可能燃料の生産はこれまでのところ低調となっている。

また45Zにおけるもう一つの大きな変化は、税額控除の対象者が「混合事業者」(「Blender Tax Credit」)から「バイオ燃料生産者」(「Producer Tax Credit」)に変更されたことである。これにより、シンガポールなどのアジア産バイオ燃料の米国向け製品輸出が減少し、代わりに欧州市場へのシフトが起きている。

 

2)c トランプ政権と再生可能燃料基準・45Zクリーン燃料製造税額控除への影響

2025年1月に米国の政権はトランプ体制に代わり、これまでのインフラ投資雇用法(IIJA)やインフレ削減法(IRA)の大幅な見直し、クリーンテック・脱炭素重視といった方針からの転換が進み、これまでのところその路線に沿った改変が行われているように見受けられる。インフレ削減法(IRA)に関しても、EV(電気自動車)、再生可能エネルギー、クリーン水素等に関し、期間の短縮(実質的な廃止を含む)や税額控除の縮小が行われている。

そのような状況の中、トランプ政権移行後の再生可能燃料基準(RFS)や45Zクリーン燃料製造税額控除の変更点に着目しながら、この項ではトランプ政権におけるバイオ燃料の位置づけについて解説を行っていく。

前述したように、再生可能燃料基準(RFS)の再生可能義務量(RVO)が再生可能ディーゼルの著しい成長と比べて低く設定されていることがRINクレジットの価格低下を招き、バイオ燃料生産事業者の経営不振の一因となっていた(図21)。ドロップイン燃料(前述「1 バイオ燃料概要参照」)である再生可能ディーゼルの直接の競争相手は化石燃料の軽油であり、軽油とのプレミアム(価格差)を埋める方策がRINクレジットやIRAの税額控除といった政府支援の重要な役割となっている。また油脂植物といった原料を供給する農業事業者にとっても、バイオ燃料の生産増や市況は、農作物の市場価格を決定する重大な要素となっていることから、(大豆等の農作物が直接バイオ燃料の原料として利用されていない農家にとっても)RVOの引き上げは農業生産者にとって大きなメリットとなる(例えばRVOの変更は大豆相場全体に大きな影響を与える)。

2025年2月20日、American Petroleum Institute(API/米国石油協会)は燃料のマーケティング担当者や小売業者、Renewable Fuels Association(再生可能燃料協会)やAdvanced Biofuels Associationといったバイオ燃料生産団体、American Farm Bureau FederationやAmerican Soybean Associationといった農業団体等と連名で、米国環境保護庁(EPA)宛に複数年でのRVOを求め、書簡を送った。またAPI(米国石油協会)はバイオ燃料生産団体と共同でEPAに対しこれまでの混合義務量から大きく引き上げた、52.5億ガロン(D4 RIN)のRVOを提案している(2025年は33.5億ガロン)。書簡の中でAPIは、バイオ燃料を「信頼が高く、手ごろな価格で、よりクリーンな燃料」であり、トランプ政権の目指す「U.S. Energy Dominance(米国がエネルギーにおいて主導権を握る)と同じ理念を共有するものだ」と持ち上げている。これはある意味歴史的な転換点であり、これまで米国の石油・ガスセクターを代表するAPIとバイオ燃料生産団体はお互いの利害関係が対立する立場にあるとされてきた。しかし、EV(電気自動車)の台頭や化石燃料の消費低迷で対立している場合ではなく、危機意識から、共に運輸燃料を盛り上げていこうという機運が生じているということであろう。折しも現政権は「U.S. Energy Dominance」や「Homegrowing Energy(自国産のエネルギー)」の進展を政策の重要なスローガンとして掲げる。現政権の政策のもとでは、化石燃料もバイオ燃料も国産エネルギーとして同じ重要な立場であり、この機会に両産業が手を結び、共に国産エネルギー業界の発展を図ろうというのが現在の立ち位置といえるのではなかろうか。

そのような中、2025年6月13日、米国環境保護庁(EPA)は2026年と2027年(複数年)のRVO(再生可能義務量)を発表した(注: 本稿作成時は成立までの最終手続き段階)。発表前業界内では業界側の52.5億ガロン(D4 RIN)の提案に対し、RVOは46.5億ガロン辺りが落としどころと見られていた。しかし米国環境保護庁(EPA)の発表は提案の値を超える56.1億ガロン(2026年)となり、さらに2027年の発表(58.6億ガロン)も同時に行われた(今回からEPAのRVO義務量は「ガロン」単位ではなく、「RINクレジット数」となっているが、本稿では過去の値との対比から「ガロン」で表記する。「ガロン」への変換は「RINクレジット数」からの「見做し計算」の結果にもとづいてのもの)。2年間の義務量が同時に発表されたのは、政策の透明性を示すことで事業者側に予見性を持たせ、事業投資に対するコミットメントをよりしやすくするとの配慮からである。このRVOの発表に対し石油・ガス、バイオ燃料、燃料流通・販売、農業の関連機関・団体は一様にその結果を支持する声明を発している。現政権による自国エネルギー重視の方針のもと全団体が結束し、ロビー活動を行ったことが功を奏したといえる。また米国環境保護庁(EPA)の新RVOの発表を受け関連団体の意期待通りRINクレジット市場は反発、さらに大豆(圧搾して米国のバイオ・再生可能ディーゼルの中心原料である大豆油を精製)価格も上昇した。

(図21) 再生可能義務量(RVO)の推移と新規目標 (単位: 10億ガロン)
(図21) 再生可能義務量(RVO)の推移と新規目標
(単位: 10億ガロン)
(出所: EPA資料をもとにJOGMEC作成)

7月4日、トランプ大統領が署名し、トランプ政権の核心である減税・財政改革法、「一つの大きく美しい法(One Big Beautiful Bill Act/OBBBA)」が成立した。OBBBAにはバイデン政権のインフレ削減法(IRA)の税額控除を見直す提案が含まれる。クリーンテック・脱炭素に後ろ向きであるトランプ政権によるインフレ削減法(IRA)の税額控除に対する取り扱いが政権発足前から関心を集めており、前述のようにEV(電気自動車)、再生可能エネルギー、クリーン水素には厳しい判断が下った。バイオ燃料に対しても当初税額控除に対して相応のメスが入るといった見方があったが、オリジナルの45Zからさらに2年間有効期限が延長されるなど(表4)、関連業界にとっては総じて、一定程度満足いく結果となった。

改訂版45Zにおける事業者にとっての大きなポイントは、LCA(ライフサイクルにおける温暖化ガス排出量評価)における炭素強度計算からILUC(間接土地利用変化)の値を除外したことにある。「(図13) CORSIAプログラムが定めるLCAベースでの各SAF原料の炭素強度」で示されているように、米国の資源作物のILUCによる炭素強度は全体的に高い。前述の「2)b インフレ削減法」で解説したように、例えば米国産大豆油を原料としバイオ系ディーゼルを生産した場合、ILUCによる炭素強度が含まれると税額控除は最大でも1トン当たり68ドルの税額控除に留まるが、ILUCが炭素強度計算に含まれない場合は、1トン生産するたびに162ドルの税額控除を受け取ることができる(45ZCF-GREETモデルの場合)。しかしながら、後述するように全てのバイオ燃料事業者にとって有利な内容になっている訳ではなく、事業者によってはかえって不利な条件が付加されており、中には戦略の再考を迫られているケースもある。

(表4) インフレ削減法バイオ燃料税額控除45Zとその改定(OBBBA)との比較
(表4) インフレ削減法バイオ燃料税額控除45Zとその改定(OBBBA)との比較
(出所: 米政府資料をもとにJOGMEC作成)

2)d 米国インセンティブの経済効果

前述したような再生可能燃料基準(RFS)によるRINクレジットの販売や45Zクリーン燃料製造税額控除は、米国のバイオ燃料事業者に大きなインセンティブを与え、米国バイオ燃料の競争力の源泉となっている。一方で、米国環境保護庁(EPA)による新たなRFSの提案やOBBBAによる改定45Z税額控除の仕組みでは、「国産の原料を使ったバイオ燃料および国産製品」と「海外産原料を使ったバイオ燃料および海外産製品」との間で条件面に大きな差をつけた。今回のEPAの提案では、海外産原料を使ったバイオ燃料や海外産製品の場合、RINの価値を0.5に制限した(これまで例えば海外産廃食油を使って海外や米国内で製造された再生可能ディーゼルはD4 RINとして登録され、RINクレジット価格の1.7倍、1.7RINの価値が付与されていた)。また改定45Zでは米国、カナダ、メキシコ産の原料を使用したバイオ燃料のみを税額控除の対象として認めた。仮に米国産大豆油を原料とした場合、改定45Z税額控除とRINクレジット(D4 RIN、6月23日の市場価格で計算した場合)の収入を併せ、バイオ燃料生産者は再生可能ディーゼルの生産において、計算上1トン当たり最大637ドル(RINクレジットの対価と税額控除の合計額)を受け取ることができる。一方で、これまで海外産廃食油(例えば中国産)を主な原料としてバイオ燃料を製造していた事業者は、受取額が大きく減る結果となった。改定45Z税額控除では中国産廃食油は適用資格のある原料対象から外され(米国、カナダ、メキシコ産の原料のみが税額控除の対象)、EPAの提案では海外産原料の場合RINの価値を0.5に制限することから、計算上の受取額は1トン当たり最大149ドルに留まる。例えば主に輸入廃食油を使って再生可能ディーゼルを製造しているようなカリフォルニア州のMartinezバイオリファイナリー(NesteとMarathonによる共同経営)のようなケースでは、明らかに今回の改定は不利となる。しかも45Zでは1ガロン当たりバイオ・再生可能ディーゼルに対しては最大1.00ドル、SAFについては1.75ドルの税額控除が設定されていたが、改定45Z(OBBBAの最終案)では全ての上限が最大1.00ドルに統一されてしまい、バイオ燃料事業者にとってSAF生産のメリットがなくなってしまった。他方米国産原料を主に使用している事業者にとっては有利となったが、低価格の海外産原料の使用に制限が出ることで、輸出する際の原料の選択肢が狭まる。実際に2024年にはバイオ燃料原料の約30%が輸入され、D4 RINの18%が輸入業者または海外生産者によって生成されたため、RINの48%が輸入原料または燃料から生成されたことになる。そういった背景もあり、今回のRVO改定に関しRFA(Renewable Fuels Association/再生可能燃料協会)はEPAの決定に賛同の意を示したのに対し、加盟企業の多くが輸入原料を利用するABFA(Advanced Biofuels Association)は不満を示し、業界内でも見方は分かれた。

 

2)e 通商政策に大きく翻弄される米国のバイオ燃料産業

2)cで解説したように再生可能義務量(RVO)の改定や45Zクリーン燃料製造税額控除の見直しにより米国のバイオ燃料事業に対する不透明感は一見払しょくされたように映るが、米国の揺れ動く通商政策によって、米国のバイオ燃料事業者は新たな不確実性と対峙しなくてはならなくなった。

通商政策による影響は中国による廃食油(UCO)の輸出状況を見ると明らかである。中国は現在世界最大のUCOを排出し、年間300万トンほどのUCOを輸出に回しているが、2022年のインフレ削減法の導入でこれまでの欧州向けの流れに加え米国向けが急増し、2024年には米国が欧州に代わり、中国産UCOの受け入れ先のトップとなった(図22)。一方、中国は2025年12月にこれまで認めていたUCO輸出に対する13%の税金還付を廃止した。図22に見られるUCO輸出の急激な増加(2025年11月)は、税金還付廃止前の駆け込み需要の様子を示している。また2024年12月以降の著しい米国向けUCO輸出の減少は、前述したように、40B税額控除の失効(2025年12月末)と45Z税額控除の導入(これによって税額控除のメリットが薄れ、バイオ燃料の生産量も減少、さらに海外産UCOは控除対象から除外された)の影響が大きい。加えて、トランプ政権の相互関税適用により、2025年4月の中国による米国向けUCO輸出量は90トンにまで落ち込んだ。

(図22) 中国産廃食油(UCO)の輸出先と輸出量(単位: 1,000トン)
(図22) 中国産廃食油(UCO)の輸出先と輸出量
(単位: 1,000トン)
(出所: FGE他資料をもとにJOGMEC作成)

2)f RVO改定とIRA見直しに込められた現政権のメッセージ

図23が示すように2005年、包括エネルギー政策法(Energy Policy Act of 2005)および再生可能燃料基準(RFS)の導入から始まり、2007年の包括エネルギー政策法の改定(RFS2)、2021年のインフラ投資雇用法(IIJA)そして2022年のインフラ削減法(IRA)と米国のバイオ燃料市場は強力な政府の政策誘導とインセンティブを梃子に大きく発展してきた。一方で、バイデン政権の脱炭素・クリーン政策に後ろ向きなトランプ政権の誕生により、インフレ削減法(IRA)の見直しを含め、バイオ燃料に対する現政権の対応が注目された。前述のようにIRAの税額控除に関してはEV(電気自動車)、再生可能エネルギー、クリーン水素等に厳しい変更内容となった一方、バイオ燃料に関しては再生可能燃料基準(RFS)の再生可能義務量(RVO)拡大も含め、多くのバイオ燃料事業関係者にとっては、概ね有利な変更内容となった。

バイオ燃料の原料となるトウモロコシや大豆の生産は、米国のコーンベルトと呼ばれる中西部の穀倉地帯に集中する。またトウモロコシからエタノールを製造するエタノール生産事業者や大豆を圧搾し、大豆油を取り出す搾油事業者のプラントも同エリアに多い。コーンベルトが跨る州は2024年11月の大統領選挙でトランプ大統領を支持しており(図23)、特に農村部は根強い、コアな共和党支持者が多いことで知られる。したがってこの点がバイオ燃料と他のクリーンテックの取り扱いを分けた要因の一つとなったことは否めないだろう。前述のように、改定45Zや新たなRFSのルールにおける間接土地利用変化(ILUC)影響の除外、輸入原料・製品の排除やそれらに対する条件改定は、明らかに現政権の国産原料を優遇、重視する方針の表れであり、バイオ燃料事業者にとってはそれぞれの立場から、評価が分かれるところだろう。そのような中、確実にいえることは、今回のOBBBAの導入やRFSの提案による最大の勝利者は、米国内の農業関係者・原料生産者であったということである。

(図23) 米国のバイオ燃料普及に向けた政策の推移
(図23) 米国のバイオ燃料普及に向けた政策の推移
(出所: JOGMEC作成)

今回の再生可能義務量(RVO)提案やOBBBA成立の過程には関連団体による活発なロビー活動があった。前述したようにRVOの設定には歴史上初めて米国の石油・ガス部門を代表する米国石油協会(API)が再生可能燃料協会(Renewable Fuels Association)といったバイオ燃料生産団体やマーケティング・小売・配送団体といったバイオ燃料関係者と活動を共にした。バイオ燃料関連機関も「バイオ燃料=クリーンテック・脱炭素」ではなく、「バイオ燃料=米国固有のエネルギー」、すなわちトランプ大統領が繰り返す「American Energy Dominance(米国のエネルギーで世界の主導権を握る)」、「Unleashing American Energy(米国のエネルギーを解き放つ)」の手段として、そして「Homegrown American Energy(米国産エネルギー)」を体現するものとしてバイオ燃料をアピールし、その重要性を力説していった。またさらにAPIと共同歩調を取ることで化石燃料同様バイオ燃料も「自国産の重要なエネルギー」であるという印象を与え、そのロジックが議論を重ねる中で共和党議員間にも浸透・醸成されていったということではないだろうか。トランプ政権発足時はバイオ燃料に対する政権内のスタンスが読み切れず、事業展開に慎重な態度を取る事業者・投資家も珍しくなかった。しかし結果としてバイオ燃料が生き残ったのは、その辺の説得力やロジックの構成が再生可能エネルギーやクリーン水素には十分ではなく、IRAの見直しの中で明暗を分けたのでは、と考える。

今回の米国環境保護庁(EPA)の提案では、再生可能燃料基準(RFS)において輸入原料を使用した場合、RINクレジットの価値は0.5にしかならないが(前述「2)d 米国インセンティブの経済効果」)、もし仮にバイオ燃料が輸出を目的としている場合は、RINクレジットの価値は問題にならない。そもそもバイオ燃料が輸出される段階でRVOの登録は無効となるからである(輸出品にRINクレジットは発行されない)。ICAO(国際民間航空機関)のCORSIA(ネットゼロと国際航空のカーボンオフセット・削減制度)プログラムではSAFの混合量ではなく温暖化ガス排出量の削減が要件となるため、LCA(ライフサイクルにおける温暖化ガス排出量評価)の圧倒的に低い廃食油(UCO)ベースのSAFは、国際市場での価値が高い。したがって、米国バイオ燃料事業者でも海外輸出を念頭に置く場合は、EPAのルール変更の影響はなく、むしろ炭素強度の低い海外産UCOをあえて選択するケースがあるかもしれない。前述したように(「2)e通商政策に大きく翻弄される米国のバイオ燃料産業」参照)、4月には中国産UCOの輸入量が90トンまで落ち込んだが、現在は徐々に回復基調にある。ただし、今後2024年の水準に戻るのか、それとも低水準で推移するのかは、8月以降の米国の関税措置の行方次第である。2年分のRVOの決定とOBBBAの成立で事業の先見性・確実性が増し、その面での視界は開けたかに見える米国のバイオ燃料業界であるが、米国の関税措置は、特に海外産原料に頼るバイオ燃料事業者にとって、事業に対する大きな不確実性要素となっている。改定45ZにおいてSAFの税額控除が大きく削減された点も含め、米国バイオ燃料事業者は政策の大幅な転換に合わせ、その都度自身の事業戦略や計画の変更を強いられる。

2005年の包括エネルギー政策法導入によって米国政府の明確なバイオ燃料普及に対する後押しと支援政策が開始された。当時のバイオ燃料への役割期待は、高騰する輸送燃料対策、都市部の大気汚染緩和、農村部の発展と安定収入の確保といったものであった。2021年のインフラ投資雇用法(IIJA)のSAF Grand ChallengeといったSAF支援プログラムや2022年のインフラ削減法(IRA)による税額控除に対する政権側のメッセージは、脱炭素、クリーン産業の拡大・発展であった。その時代が求める要求や当該政権の意向によりバイオ燃料に対する位置づけは変わり、それぞれのニーズを追い風に米国のバイオ燃料産業は発展を遂げてきた。今まさに「American Energy Dominance」や「Homegrown American Energy」といった現政権における新たなコンセプトの下、米国バイオ燃料界はさらなる発展の機会をうかがう。

 

3) その他の国におけるバイオ燃料の動向

続いて欧州、米国以外のバイオ燃料の政策・市場・産業動向について紹介していく。やはり欧米同様、国の政策が市場や産業の発展に大きく関わっている様子がうかがえる。

 

3)a 中国

中国におけるバイオ・再生可能ディーゼルの実情は、まさに前述の「1)a 欧州のバイオディーゼル市場」で解説した欧州の政策や情勢(「欧州のアンチダンピング関税の適用」)を「中国側から眺めた景色」といえるだろう。2024年8月、欧州の暫定AD(アンチダンピング)関税導入により中国産バイオ・再生可能ディーゼルの輸入量は、1か月で10.9万トンから0.98万トンまで急減し、中国のバイオ燃料生産事業者は厳しい経営状況に陥った。

またこれも前述のように中国は2024年12月から輸出向け廃食油(UCO)に対する13%の税還付を廃止している。さらに米国の45Z税額控除や再生可能燃料基準(RFS)は中国産UCOに不利なルールを採用し、トランプ政権の追加関税も中国産UCOの市場競争力を削いでいる。これらの要因により中国産UCOが国内市場に流れる動きが強まっている。

中国は元々EV(電気自動車)の急速な普及(自動車販売の5割)や大型トラックのLNG燃料車への転換、あるいは不動産不況による建機や輸送車両の稼働率低下によって輸送燃料の国内需要が頭打ちになり、下流に化学品生産施設を持たないティーポットと呼ばれる独立系製油所は、精製マージンと稼働率低下により赤字経営が続いている。こういった製油所がバイオ燃料事業、特にSAF生産事業へ進出しようとする流れは不思議ではない。欧州のAD関税は中国におけるバイオ・再生可能ディーゼルを対象としているが、(欧州のバイオ燃料業界はSAFを含めるよう求めたものの)最終的にSAFは除外となった。この点も(欧州市場に焦点を定める)中国の燃料生産事業者がSAF生産に移行する動きに影響を与えている。

実際に現在中国では数多くのSAF生産事業開発の案件が立ち上がっている(表5)。2024年の中国のSAF生産設備容量は年間20万トンとされるが、2025年は160万トンに膨らむと予想されている(FGE)。2026年に立ち上がる事業も多く、2026年にはさらに倍増するとの見方もある(Deloitte)。

(表5) 中国の主なSAF生産事業
(表5) 中国の主なSAF生産事業
(出所: 各種資料をもとにJOGMEC作成)

これらの事業で興味深いのはTotalEnergiesやbpといった石油メジャーが中国企業とのSAFの共同開発や中国企業への資本参加を行っていることである。2024年3月、TotalEnergiesはSinopecの傘下鎮海煉化公司と共同で、同社の浙江省寧波の製油所にSAF生産ユニット(年間23万トン)を建設する計画を発表した。2024年8月、bpは、中国のバイオ燃料企業浙江嘉澳环保科技(Zhejiang Jiaao Enprotech)のSAF部門である連雲港嘉澳新能源(Lianyungang Jiaao Enproenergy)の株式15%を取得する投資契約を締結した。嘉澳新能源は連雲港(Lianyungang)において年産50万トンのSAFプラントを稼働させており、今後年間75万トンの設備容量を持つ、中国最大のSAF生産拠点を構築する計画がある。「1)c 欧州における再生可能ディーゼル・SAF事業」で示したように、bpはバイオ燃料を始めとした脱炭素・クリーンテックへの投資を絞り込む戦略に転換し、2025年2月には200億ドルの資産売却を発表、相次いでクリーンテック事業の延期・一時中止・撤退を表明している。そんな中、bpの中国SAF事業への投資は関心を集めた。中国は年間1,000万トン規模の廃食油(UCO)を排出し、300万トン以上を輸出に回しているが、UCOの利用可能量は年間500万トン程度ともされ(Topsoe)、中国国内における数百万トン規模の再生可能燃料の生産規模を考えれば、輸出の先細りは避けられない。また中国は世界で2番目に大きな航空燃料市場を有し、世界のジェット燃料使用量の11%を占めている。中国民用航空局(CAAC)は2025年3月、2050年の中国におけるSAFの需要が年間4,500万トンに上ると報告した。bpの中国SAF事業への積極関与は、そういった将来におけるUCO調達の困難さと中国のSAF市場としての可能性に対する先行投資といえるかもしれない。

(図24) 中国の抱えるバイオ燃料に関する通商問題とSAF生産への傾斜
(図24) 中国の抱えるバイオ燃料に関する通商問題とSAF生産への傾斜
(出所: JOGMEC作成)

これまで述べてきたように、欧米の関税障壁や国内ルールは中国のバイオ燃料やその原料輸出を困難にする。さらに欧州では中国の廃食油(UCO)やそれから作られたバイオ燃料の不透明性やトレーサビリティーの困難さから、その出所に対する疑問の声(UCOと表記しながら実際はパーム油や他の可食油が混合している可能性)も少なくない。一方で、これまでのところ中国政府のSAFに関する関心は高くはない(少なくとも規制や支援面での動きは鈍い)。中国政府による「2024-2025 Energy Conservation and Carbon Reduction Action Plan」の中でも「SAFの目標は2025年時点で年間5万トン」と簡単に触れられているだけである。年間5万トンであれば現在の生産量すら吸収できない。また中国の税額控除も対象は現在再生可能ディーゼルとなっており、SAFは含まれていない

中国国内におけるSAFの需要が振るわない中、生産拡大が進むSAFの仕向け地は、米国のSAF Grand Challengeが効力を失った今、欧州市場に限られる(図24)。しかしSAFの混合規制であるReFuelEU Aviationの混合比は2029年まで2%で一定である。欧州市場でも中国製SAFを受け入れる十分な余地はなく、これまでの例と同じように中国製SAFの過剰投資・過剰生産と欧州市場への大量流入により、今後SAFに関しても貿易摩擦が生じ、欧州による追加関税適用といった可能性は捨てきれない。中国政府には、過去何度も繰り返されてきた「過剰生産→海外輸出」という場当たり的なパターンからそろそろ脱却し、内需拡大による国内生産の吸収、といったアプローチへの切り替えが求められるところである。

 

3)b インド

インドはバイオ燃料の普及に大きく力を入れている。インドがバイオ燃料を支持しているのは、バイオ燃料が石油輸入量を削減し、大気汚染を緩和し、農家や関連産業に経済的安定と雇用機会を提供する上で有効だからである。特にインドは元々エネルギー安全保障に関心の高い国で、国のエネルギー自給率向上に力を入れてきた。とりわけインドのような経済発展の途にある国は、エネルギー消費の成長が著しい。IEAの予測によれば、同国の原油消費量は2024年の日量560万バーレルから2025年には583万バーレルへ、さらに短期から中期的に650万から700万バーレルに増加する見通しとしており、エネルギー負担や外貨流出の拡大も国のエネルギー政策として見過ごせない要素となっている。

エネルギー安全保障を重視するインドのバイオ燃料に対する取り組みは早かった。エタノールをガソリンに混合するエタノール混合プログラム(EBP)が2003年に導入され、2009年に制定された国家バイオ燃料政策(NBP)では、2017年までにエタノールとバイオディーゼルを20%混合するという目標が掲げられた(図25)。

(図25) インドのバイオ燃料政策と市場拡大の推移 (単位: %)
(図25) インドのバイオ燃料政策と市場拡大の推移
(単位: %)
(出所: JOGMEC)

2018年にはエタノール混合プログラム(EBP)と国家バイオ燃料政策(NBP)が更新され、新たに2030年11月から2031年10月までの2030-31 ESY(Ethanol Supply Year/エタノール供給年)にガソリンへのエタノール混合20%(E20)を目標とした(現実のスローな拡大ペースに合わせた)。その後2021年にはエタノール普及のためのエタノールロードマップ、「Roadmap for Ethanol Blending in India 2020-25」を発表、E20の目標を2025-26 ESYに前倒しし、2023-24 ESYでは、E15の中間目標が設定された(図25)。バイオディーゼルに関しても、国家バイオ燃料政策(NBP)により2018年に計画が更新され、2030年までに軽油に対し、5%のバイオディーゼル混合(B5)を目標としている。

インドではバイオ燃料関連の取り組みを主にエタノールに集中させてきた。これは砂糖の生産量が世界第2位となるほどサトウキビの栽培が盛んで、エタノールの原料となるサトウキビが容易に入手できることが背景にある。インドではエタノールのガソリンへの混合を2003年と早くに開始したにもかかわらず市場の反応は鈍く、インドにおけるガソリンへの混合比率は2014年時点で1.5%、2017年でも2%に過ぎなかった。エタノールの生産能力、さらにガソリン混合のためのインフラや設備が不足しており、原料としてのサトウキビは砂糖生産を優先していた。しかし2020年頃から潮目が変わった。2021年の夏には8%に達し、2023年から2024年に掛けて11%まで拡大した。20%の混合目標を追求するために国は原料に応じてエタノール1リッター当たりの保証価格を設定し、新規のエタノール生産設備に対する財政支援を確立、前出のエタノールロードマップをリリースした。2024年5月にはサトウキビの収穫量が多いため、インド政府はエタノール生産に使用できる砂糖副産物(廃糖蜜等)の量の上限を解除した。インド石油・天然ガス省(MoPNG)によれば、2024年5月に初めてエタノール混合比率が15%を超え、2024年11月から混合比率は大幅に拡大し、2025年1月に19.6%に到達、目標の20%をほぼ達成した(図25)。現在はさらなる混合目標として、27%の混合比率(現在のブラジルと同等のE27)の設定を検討している。インド石油・天然ガス省は2024年12月までの10年間でガソリンへのエタノール混合により約1,930万トンの原油代替を実現したと発表している。先のエタノールロードマップによれば、20%エタノール混合に必要なエタノールは年間1,016万キロリッターである。仮に油価を1バーレル当り65ドルとすると、20%のエタノール混合はインドにとって42億ドルの外貨節約につながることとなる。

インドは砂糖とエタノールの生産のバランスを取りながらエタノールのガソリンへの混合比率を高めてきたが、原料となるサトウキビは天候の影響を大きく受ける。生育期のサトウキビは大量の水分が必要であり、干ばつは収量を減少させるため、エタノール原料とのバランスを取ることが難しくなる。サトウキビの不作は砂糖の国際価格を上昇させるため、さらにエタノールの原料調達を困難にさせるという悪循環を生む(インド政府は米による代替を視野に入れるが、食料との競合の問題がある)。現在のインドにおけるエタノール生産能力は年間1,700万キロリッターとされるが、2030-31 ESY(2030年から2031年に掛けてのE30目標)を達成するためには、(設備の稼働率や原料供給も含め)さらに475万キロリッターの追加生産が必要だとされる(KNN India)。

もう一つインドのエタノール政策の上での大きな障害が米国との間の二国間貿易交渉である。インドは国内におけるバイオ燃料市場の発展のため、バイオ燃料の海外輸出を制限している。と同時に、輸入品については150%の関税を課して、自国のバイオ燃料産業を保護している。そのような状況の中、米国はインドに対し、米国のエタノールに市場を開放するよう圧力を掛けており、市場開放を飲まなければ貿易交渉全体に悪影響を及ぼすと警告している。現状でもエタノール事業者は原料コストの上昇等で利益率が大きく縮小しており、原料のサトウキビ栽培も耕作地拡大により地下水枯渇の問題を引き起こしている。米国産の安価なエタノールの輸入が国内のエタノール生産者、農家、バイオ燃料関連産業の存続を危うくする可能性が指摘されており、長い時間を掛け、せっかく築き上げたエタノールのサプライチェーンと市場の安定的な循環モデルが危機にさらされている。米国はトウモロコシ由来のエタノールを年間150億ガロン(4,490万トン)以上生産する世界最大のエタノール生産国である。米国と英国は相互関税交渉の先陣を切って真っ先に交渉決着にこぎつけたが、その中で年間110万トンの米国産エタノールに対する関税免除の輸入割当で合意した。これは英国の年間エタノール需要の90%に相当し、英国のエタノール産業はこのままでは壊滅的な打撃を受けると、エタノール生産事業者は政府に訴える。インドの農家やエタノール事業者は米国との関税交渉の行方に身構える。

インドはバイオディーゼルの軽油への混合比率を2030年までに5%へ増やす目標を持っているが、現状の混合割合は1%程度にしか過ぎない。インドは世界第3位の植物油消費国(2023年の消費量2,460万トン)であり、バイオディーゼルの原料となる廃食油(UCO)を調達できるポテンシャルがあるが、インドの植物油の60%は家庭で消費されているため、原料調達のためのサプライチェーンを構築することが容易ではない。加えて、回収されたUCOの約60%が再利用されているため、バイオディーゼルの原料として確保することがさらに難しくなっている。現状のバイオ燃料の輸入に対する高い障壁を考慮すると、バイオディーゼルの混合目標達成は容易ではないだろう。

インドはICAO(国際民間航空機関)のCORSIA(ネットゼロと国際航空のカーボンオフセット・削減制度)による2027年義務化(前述「4)a 現時点で唯一の有効かつ直接的脱炭素手段」参照)に合わせ、2027年から国際線に対し1%のSAF混合義務を課し、2028年には2%に引き上げる。前述のように廃食油(UCO)調達の制約もあり、現時点で大規模なHEFA経路のSAF開発事業は特定されていない(中小規模生産事業の事例としては、2025年7月、インド石油公社がPanipat製油所の軽油脱硫装置の改修によりHEFA経路のSAFを年間3万トン生産する計画を発表している)。一方、AtJ(Alcohol to Jet/アルコール・ツー・ジェット)経路としては、2024年9月、現地のAM Green Technology and Solutionsが2027年までに年間50万トン以上のエタノール由来のSAFを生産する計画を発表している。同社はフィンランドのChempolisを買収したが、Chempolisは農業残渣等に含まれるリグノセルロース系原料の処理技術を持ち、この技術により、様々な農業廃棄物をエタノール変換できる。インドの農業産業は現在焼却されている年間7,700万トンという大量の農業廃棄物を排出し、豊富な原料供給のポテンシャルを持つが、インドにおいて原料にアクセスするためのサプライチェーンの構築は非常に困難であり、このSAF製造経路を事業化するためには、技術・経済面で高い壁がそびえる。

 

3)c インドネシア

インドネシアも国を挙げてバイオ燃料、特にバイオディーゼルの普及に積極的に取り組んでいる国の一つである。国内へのエネルギー輸入量を削減し、農業や関連産業の振興のためバイオディーゼルの利用を推進する。国の経済成長に伴い益々増大するエネルギー需要対策として、国内で豊富な原料作物を利用したバイオ燃料の拡大方針は、インドや後述するブラジルと共通する点であるが、インドネシアは古くからアジア有数の産油国であり、今も日量63万5,000バーレルの原油を産出する。しかし消費量は日量147万バーレルもあり、原油として、さらに石油製品としても、国内のニーズに十分応えられていない。目下の政権の課題は、いかに年間510万キロリッター(2023年)の軽油の輸入を削減するか、という点にフォーカスされている。

世界最大のパーム油生産国であるインドネシアは、パーム油を原料としたバイオディーゼル(FAME/BD)の生産を奨励し、軽油への混合義務化を強く推進してきた。2019年から開始された混合義務はB20(軽油にバイオディーゼル20%混合)から開始、混合比率を徐々に拡大し、2025年にはB40の導入を開始した。

インドネシアは年間5,300万トン(2024年)もの粗パーム油(CPO/crude palm oil)を生産し、その6割ほどを輸出に回している。中でも欧州はインド、中国に続く第3位の輸出相手国であり、これまで最大で年間500万トン近いパーム油を輸出してきた。一般的にパーム油は食品、石鹸、化粧品等の原料として使用され、バイオ燃料・発電・熱といったエネルギー源として使われるケースは消費量の5%程度とされる。一方で、欧州の場合はバイオ燃料の原料としての使用が5割以上で、発電・熱源として使用するケースと合わせ、輸入されるパーム油の2/3程度はエネルギー源として使用される。そのような中EUは東南アジアの熱帯雨林地帯で産出されるパーム油が森林破壊・森林劣化を伴い、熱帯雨林の生態系や生物多様性に悪影響を与える、間接土地利用変化(ILUC、詳しくは「3) バイオ燃料の抱える新たな課題」および「5) LCAとILUC」の項を参照))のリスクを包含するとして(Delegated Act 2019/807) 、低ILUCリスクを保証する第3者認証のないパーム油の輸入量を2023年まで2019年レベルに据え置き、その後2030年までに段階的に廃止することを決定した。その結果、2023年のEUにおけるインドネシア産パーム油の輸入量は前年比120万トンの減少となった(図26)。一方、インドネシア政府はこの件を受け自国内の需要の拡大を図り、それまでのB30(バイオディーゼル30%混合)から5ポイント上げ、混合比率を35%としたB35の販売を2023年2月より開始し、2025年1月からはB40の義務化をスタートさせた。さらにインドネシア政府は2026年からのB50の導入を公表している。

(図26) 国内・海外市場向けCPOの用途と急減する欧州向けCPO輸出 (右図単位: 万トン)
(図26) 国内・海外市場向けCPOの用途と急減する欧州向けCPO輸出
(右図単位: 万トン)
(出所: GAPKIデータをもとにJOGMEC作成)

図27に示すようにB40、B50の需要を満たすために必要なバイオディーゼルの量は2025年、2026年それぞれで1,360万トン、1,700万トンとされており、バイオディーゼルの収率を95%(1トンのCPOから0.95トンのバイオディーゼルを生成)とすると、必要な粗パーム油(CPO)はそれぞれ1,430万トン、1,790万トンとなる。2024年にバイオディーゼル向けとして供給されたCPOは1,140万トンにしか過ぎず(図27)、B40、B50を達成するためには相当量のCPOを他の用途から転用する必要がある。欧州向けのCPO輸出は今後も減少していくと思われ、他の分野と併せてB40のニーズはかろうじて満たすことができるだろうが、短期間での増産も難しく、輸出品(欧州向け以外)の国内向け転換といった思い切った施策が無ければ、B50の達成は難しい。一方で、バイオディーゼルの年間生産量は85%の稼働率を考慮に入れた場合1,460万トンに留まり、B40の需要は満たすことができるが、B50の需要を満たすには十分とはいえない。短期間でバイオディーゼルの追加生産のための設備やインフラを整えることができるのか、不透明な状況だ。

バイオディーゼル(FAME)は油脂をメタノールでメチルエステ化処理をし、製造されるが(前述「1. バイオ燃料概要」参照)、B50に必要なメタノールは年間230万トンとされる。インドネシアのメタノール生産能力は年間30万トンに留まり、インドネシアは軽油の輸入を減らすことはできても、代わりに大量のメタノールを輸入しなくてはならない。また粗パーム油(CPO)を海外に輸出する際輸出事業者は輸出税(7.5%)を負担する必要があるが、この輸出税が国内のバイオディーゼルに対する補助金の原資として使われている(インドネシア政府は公共交通機関向けのバイオディーゼルに軽油との差額を補填できるよう補助金を拠出している)。すなわちCPOの輸出を減らし、国内向けの供給を増やすということは、補助金としての政府の支出が増え、(輸出税による)収入が減ることを意味する。これに対してインドネシア政府は輸出税の引き上げ(7.5%→10%)で対応することを検討している。また前述のようにB40、特にB50では、現状のバイオディーゼル向けのCPO供給量では到底十分とはいえない。他分野からのバイオディーゼル向けの転用はCPOの国際価格だけでなく、食品・日用品・加工品の価格上昇を招く可能性もある。

(図27) B40・B50混合規制におけるCPO・バイオディーゼルの需給バランス (棒グラフ、粗パーム油需要量: 2022年から2024年実績、 2025年および2026年必要量) (赤横線: 混合比率ごとのバイオディーゼル需要量) (青横線: 稼働率を含めた現在のバイオディーゼル生産量) (単位: 万トン)
(図27) B40・B50混合規制におけるCPO・バイオディーゼルの需給バランス
(棒グラフ、粗パーム油需要量: 2022年から2024年実績、 2025年および2026年必要量)
(赤横線: 混合比率ごとのバイオディーゼル需要量)
(青横線: 稼働率を含めた現在のバイオディーゼル生産量)
(単位: 万トン)
(出所: GAPKIデータをもとにJOGMEC作成)

ガソリンに混合するバイオエタノールについてインドネシア政府は2025年5月、ガソリンにバイオエタノールを5%混合したE5の使用を2026年から義務化すると明らかにした。E5はすでに流通しているが、使用は義務付けられていない。全国一斉に義務化するのではなく、まずはジャワ島から導入する予定としている。インドネシアはE5ガソリンの供給のため年間190万キロリッターのエタノールを必要とするが、現在の生産量は18万キロリッターに留まる。後述する対米関税交渉の結果を受け、今後米国のトウモロコシ由来のエタノール輸入によって不足分を補うといった可能性も十分あるだろう。

2024年9月、インドネシア政府は「SAFロードマップ」として国際線に対し2027年から1%、2030年からは2.5%のSAF混合を義務付けた。一方で、インドネシアのバイオ燃料原料として主流となっている粗パーム油(CPO)は、前述のように間接土地利用変化(ILUC)による炭素強度が高いため、CPOによって生産されるSAFにおいても、LCA(Life Cycle Assessment/ライフサイクル評価)での炭素強度の値が大きい。国際民間航空機関(ICAO)によるCORSIAプログラムのデフォルトでは、インドネシア産パーム油で製造されたSAFはLCAベースで炭素強度が99.1 gCO2e/MJと規定されている。同プログラムでSAFとして認められるためには、LCAベースでの炭素強度が80.1gCO2e/MJ(ジェット燃料から10%削減)の閾値をクリアしなければならないため、CPOはSAF生産の原料としては使えない(図28)。

(図28) インドネシアのSAF製造構想
(図28) インドネシアのSAF製造構想
(出所: JOGMEC作成)

インドネシア国営石油会社であるPertaminaの石油精製子会社であるKilang Pertamina Internasional(KPI)は、中部ジャワ州でインドネシア最大のCilacap製油所(原油処理能力日量34万8,000バーレル)を運営している。石油精製事業の一方、同所ではCGR(Cilacap Green Refiner)プロジェクトと呼ばれるグリーンリファイナリー事業も展開しており、2022年からTopsoeのHydroFlex技術を利用したco-processing(共処理、「1)b 欧州の再生可能ディーゼル・SAF市場」参照)による再生可能ディーゼル(HVO)の生産を行っている。2023年には、従来のジェット燃料にパームの果肉ではなく、(通常廃棄される)種子部から採ったRBDPKO(パーム核油を漂白および脱臭した油)を原料として製造した、SAF 2.4%混合の「Bioavtur J 2.4」の生産を開始した。同年10月にはGaruda航空と共同で同燃料を用いた商業フライトを実施している。「Bioavtur J 2.4」の混合燃料としての供給能力は、日量9,000バーレルとされる。一方、同所ではフェーズ2としてやはりTopsoeのHydroFlex技術を採用した新たなSAFの生産体制確立を図っている。このプロセスラインではパーム油廃液(Palm Oil Mill Effluent/POME)や廃食油(UCO)といった廃棄物を原料として用い、SAFのライフサイクルにおける炭素強度を最小限にとどめる。SAF(原液)の生産能力は日量3,000バーレルで、12月にはSAF向けの国際認証を代表するISCC CORSIAおよびISCC EUを取得している。同所のSAF生産能力増強によりインドネシアのジェット燃料需要に対し3%のSAFを供給することが可能となり、インドネシアの航空需要の伸び次第ではあるが、インドネシア政府が規定する、2030年のSAF混合義務量(2.5%)を上回る規模のSAF供給体制が整うこととなる。

前述したインドネシアのバイオディーゼル混合比率の急激な引き上げ(B35→B40→B50)は、インドネシア産パーム油に対する欧州の間接土地利用変化(ILUC)リスクに対する懸念による輸入制限とそれに伴うパーム油輸出の著しい減少が契機となっている。その一方で、欧州はインドネシアからのパーム油廃液(Palm Oil Mill Effluent/POME)や廃食油(UCO)を積極的に受け入れてきた。パーム油廃液(POME)はEUの再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive/RED)付属書IXの原料指定の中では、次世代バイオ燃料用原料として取り扱われている。インドネシアは年間30万トンのUCOを輸出に回し、欧州には年間200万トンのPOMEが輸出されているとする(FGE)。しかしながら、これらの廃棄油脂の一部はパーム油が混入しているとの指摘があり、欧州へのUCOの輸出量も減少傾向にある。

そのような中、インドネシア政府はパーム油廃液(POME)やUCOの輸出制限を開始した。バイオディーゼル同様バイオマス原料を国内向けに確保し、エネルギー消費が急増する中でのエネルギー自給と脱炭素に向け、SAFや再生可能ディーゼル(HVO)の国内生産・市場拡大を図る。しかしその一方で、インドネシア政府はトランプ政権と相互関税の二国間交渉を行い、7月15日、インドネシアに課せられた32%の関税率を19%とする引き換えに、150億ドルの米国産エネルギーの輸入とインドネシアの米国に対する関税・非関税障壁の撤廃を含む市場開放を約束した。今後米国産のエタノールやバイオディーゼルといったバイオ燃料の輸入の拡大やそれに伴うインドネシアのバイオ燃料産業への影響は注視が必要だろう。

このようにインドネシアのバイオ燃料政策は、原料の輸出減少と国内の消費拡大、エネルギー安全保障や急増するエネルギー需要、関税・非関税障壁の撤廃といった国内外の激しい情勢変化の中、いかに全体最適化を図っていくのか、困難なかじ取りに直面している。

 

3)d ブラジル

2025年6月、ブラジルは2025年8月からバイオディーゼルの混合義務量を14%から15%に、エタノールの混合義務量を27%から30%に引き上げると発表した。ブラジルではバイオディーゼルとエタノールの混合義務を増やすことを認める法律が既に2024年に可決されていたが、ブラジルの経済が低迷し、2025年初めに国内のバイオ燃料価格が高騰したため、実際の義務量の引き上げは延期された。8月からのバイオディーゼル義務量の引き上げは、国内の大豆生産の増加による大豆油価格とそれに伴うバイオディーゼル価格の下落がその背景となった可能性がある。一方、ブラジルのエタノール価格は、トウモロコシとエタノールの生産が好調な中、2月以降下降傾向にある。

ブラジルは古くからエネルギー自給とエネルギー価格の低減に関心が高い国で、1970年代にすでに自国産エタノールのガソリンへの混合に取り組んでいる。その後も2017年の「国家バイオ燃料政策(RenovaBio)」やそれに伴う脱炭素化クレジット(CBIO)取引の開始、2024年「Fuel of the Futureプログラム」成立とそれに関わるRenovaBioの統合、Rota 2030(自動車の効率化)、SAFプログラムといった施策を数々導入してきた(表6)。

(表6) ブラジルにおける数多くのバイオ燃料推進政策・普及プログラム
(表6) ブラジルにおける数多くのバイオ燃料推進政策・普及プログラム
(出所: 各種データをもとにJOGMEC作成)

ブラジルのバイオ燃料推進政策の背景にはエネルギー安全保障の他に砂糖の国際価格変動で苦労するサトウキビ農家の安定収入の確保(市場動向によって砂糖かエタノールの生産を選択できる)や温暖化ガス排出量の削減、バイオ燃料周辺産業の発展による雇用の創出といった狙いがある。農業資源に恵まれたブラジルの強みは、エタノール(世界第2位の2,200万トンを産出)の原料となるサトウキビだけでなく、大豆(大豆油)や獣脂といったバイオ・再生可能ディーゼル向けの原料も豊富なことである。(EUを除く)単一の国家としては、ブラジルはすでに米国、インドネシアに続く世界3位のバイオディーゼル生産国となっている。ブラジルのバイオ燃料生産事業者であるGrupo Pontecialは約1億900万ドルを掛け、ブラジルLapaにある大豆油を原料としたバイオディーゼルプラントの生産量を世界最大の年産63万4,000トンに拡大するとしており、ブラジルのBe8もUberabaに7,230万ドルを投じ、バイオディーゼルプラントの建設を行う。

2024年の「Fuel of the Futureプログラム」では空輸の温暖化ガス排出量削減が盛り込まれ、国内線の温暖化ガス排出量を2027年までに1%削減し、その後は年1%ずつ排出量を引き下げていき、2037年までに10%削減することが決定した(国際線についてはCORSIAガイドラインに準拠)。CORSIAプログラム自体がSAFの混合比率ではなく温暖化ガス排出量削減を目標としているため、そこと平仄を併せたともいえるが、SAFのプロジェクトも徐々に立ち上がっている(表7)。元々再生可能ディーゼル(HVO)の生産は、豊富な大豆油や獣脂といった油脂原料を用い、すべての原料を初めの段階から混合し処理する、co-processing(共処理)によって国営の石油会社Petrobrasを中心に行われてきた。

(表7) ブラジルの主な再生可能ディーゼル(HVO)・SAFプロジェクト
(表7) ブラジルの主な再生可能ディーゼル(HVO)・SAFプロジェクト
(出所: 各種データをもとにJOGMEC作成)

そういった中、2024年6月、bpはブラジルのBunge とのJVである bp Bunge Bioenergiaの50%株式を14億ドルで買い取り、JVの100%所有者となった。エタノール換算で日量5万バーレルの生産容量やブラジルで最大となる大豆破砕容量を確保する。一方、「3)a 中国」の項で触れたように、bpはバイオ燃料を始めとした脱炭素・クリーンテックへの投資を絞り込む戦略に転換し、相次いでクリーンテック事業の延期・一時中止・撤退を表明している企業である。その流れで米国のCherry PointおよびドイツのLingenにおけるバイオ燃料の生産拡大計画は一時棚上げされた。bpはブラジルには陸運向けの確実な成長市場と空輸に対する大きな可能性といった事業上の魅力が備わっているとみる。さらに最も重要なポイントして、米国・欧州において益々難しくなってくる原料調達に関して、ブラジルには大きなポテンシャルが存在するとの見方が今回の投資につながったと思われる。

もう1点ブラジルの原料としての強みはその炭素強度の低さである。図29に示すようにブラジル産サトウキビ由来のエタノールを原料としたAtJ経路によるSAF(「4)d SAFの原料と経路」の項参照)のライフサイクル(LCA)ベースでの炭素強度は、他の原料と比べて圧倒的に低い。

(図29) ブラジルのSAF生産構想
(図29) ブラジルのSAF生産構想
(出所: JOGMEC作成)

この炭素強度の低さに着目し、米国Georgia州においてAtJによるSAF生産設備、Pines AtJプラントを建設中のLanzaJetは、ブラジルからのエタノールを原料として想定する。またShellは地元のCosanと共同でJV、Raizenを2011年に立ち上げたが、同社はサトウキビを原料とするエタノール生産では世界一の規模を誇り、2024年5月からはサトウキビバガス(搾りかす)由来のセルロース系エタノール(2G ethanol/次世代エタノール)を年間6万5,000トン生産する。ShellはRaizenと2022年に次世代エタノールを10年間、325万キロリッター購入するオフテーク契約を締結している。Raizenは2025年/2026年期にさらに4か所のプラントを立ち上げ、次世代エタノールの生産量を年間35万トンに引き上げる。将来的には生産量を年間200万トンに拡大することを目指し、SAFの原料としての使用(AtJ経路)も見込んでいる。第2世代エタノールはサトウキビベースのエタノールよりも炭素強度が80%低い。ブラジルのように空輸の脱炭素をSAFの混合量ではなく、温暖化ガス排出量の削減で規制する場合は、炭素強度の低い次世代エタノールを使ったSAFはより有利となる。ブラジルのサトウキビ由来のエタノールの炭素強度はSAFの原料として十分低いといえるが、砂糖の生産に影響を与えるため、食料品との競合の問題がある。その点廃棄物由来のエタノールで作られたSAFは、EUの再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive/RED)付属書IXの原料指定の中で次世代バイオ燃料として取り扱われることから、欧州への輸出という選択肢もある。ブラジルは大豆油のもととなる大豆や獣脂の生産量も多く、SAFの生産はPetrobrasを中心としたコストの低いco-processing(共処理)が主流となると考えられるが、(欧州向け輸出も念頭に)廃棄物由来のセルロース系エタノールを原料としたAtJ経路によるSAFの生産も、一定程度拡大していくものと推量される。Shellも脱炭素・クリーンテック事業からの後退が目立つ欧州系石油メジャーであるが、bp同様ブラジルへの積極的な投資の拡大は、同国の豊富なバイオマス資源と拡大するバイオ燃料市場に将来性を見出してのことであろう。

トランプ政権は2025年2月、不公平な貿易慣行に対する対抗措置としてブラジルのエタノールに対し、「相互関税18%」を適用すると発表した。従来ブラジルは米国産エタノールに対し18%の関税を適用する一方、米国側の関税は2.5%となっている。2024年にブラジルは米国に約22万トンのエタノールを輸出し、米国からの輸入は8万トンに留まった(ブラジルのエタノール消費量は年間2,850万トン)。さらにトランプ政権は2025年7月、ブラジルからのすべての輸入品に8月1日から50%の相互関税を課すと公表した(本稿執筆時点での報道)。インドネシア同様ブラジルにおいても今後の貿易交渉次第では国内の関税・非関税障壁に対する妥協を強いられ、その影響でバイオ燃料産業・市場にも何らかの影響が及ぶ可能性があるかもしれない。

 

4. まとめ

バイオ燃料、すなわちガソリンに混合されるエタノール、軽油に混合されるバイオディーゼルはもともと原油価格高騰に伴う燃料コスト上昇や大気汚染対策、農業振興・農業収入の安定を目的として発展してきた。したがって、それらのバイオ燃料製造の原料となる十分な農作物が低コストで手に入ることが事業成立の前提条件であり、それらの資源作物の栽培が盛んな国々に市場も流通も限られていた。またバイオ燃料の発展は国のエネルギー・環境・農業政策と密接に結びついていることから、国がバイオ燃料産業拡大に積極的に関与し、市場は実質「官製市場」といった形をとるため、原油のような国際市場や価格指標もない。中には高い関税を掛け、自国市場・産業を守る動きもみられる(市場の閉鎖性)。

一方、バイオ燃料の原料となる農産品の価格上昇に伴い多くの場合バイオ燃料は化石燃料と比べ安価なオプションとはなり得なくなり、自動車の大気汚染対策が進んだこともあり、燃料コストの低減や大気汚染対策としての役割は薄まった。代わりにエネルギー安全保障の観点や気候温暖化対策の有効な手段として、その存在が注目されるようになっている。特に脱炭素化が困難とされる空輸や大型トラックの有効な脱炭素の切り札として、SAF(持続可能な航空燃料)やバイオ系ディーゼルの利用が徐々に拡大しており、海運燃料としてもバイオディーゼルとの混合燃料(B24あるいはB30)の需要が伸びている。これらの市場拡大には、既存の化石燃料におけるサプライチェーンや設備がそのまま利用できるという、バイオ燃料の持つ(脱炭素に向けた)「Bridging Fuel(移行燃料)」としての特徴が大きく反映されている。またバイオ燃料に「移行燃料」としての新たなニーズが生まれたことで、国際市場における流動性も高まることとなった(「地産地消」から「国際コモディティー」へ)。

しかしながら、原料を農産品に頼るバイオ燃料は、天候や砂糖といった国際商品や農産品市場価格の影響を受け、価格や供給量が不安定になりやすい。事業者にとっては、原油価格が安いときは価格面での市場競争力を失うため、油価の変動も市況や事業の大きな要素となる。また多くの原料は食料・飼料市場とも競合し、直接・間接土地利用変化(DLUC/ILUC)の影響ももたらすことから、原料としての利用に制限を設けている地域もある。

SAF(持続可能な航空燃料)普及における課題は、その製造方法がHEFA経路に集中しているため、今後市場が拡大するにしたがって、その主な原料である廃食油(UCO)の安定調達が困難になることである。(EUや英国で導入が始まっている)政府の支援等によりAtJやe-SAFといった異なる経路でも、一定程度HEFA経路とコスト面で競合できるような体制を作る必要がある。またICAO(国際民間航空機関)が推進するCORSIAプログラム(国際航空のカーボンオフセット・削減制度)の2027年からの義務化は、SAFの普及拡大の契機として期待されるが、その有効性は各国が自国の法規制の中にどう落とし込めるかにかかっている。SAFの混合目標を掲げる国は増えているが、厳しい市場競争にさらされる航空会社に、ジェット燃料の3倍もの価格のSAFを「自主的に」導入するための余力は、ほとんど残されていない。国の一様な混合規制や支援制度がSAFの市場拡大につながる。

国の様々な政策と密接に結びつくバイオ燃料産業は国によって規制され、支えられ、管理されて発展してきた。バイオ燃料に求められるものは時代と共に変わっても、国が主導して市場や産業を形成するというフォーマット自体は変わらない。バイオ燃料の市場・産業が発達している国は全て、政府の規制と支援の組み合わせが存在する。バイオ燃料産業には異なるセクターに跨る複雑なサプライチェーンが必要で、安定的で大規模な市場を国内に形成するには時間もかかる。エネルギー安全保障の観点も含め、多くの国で関税障壁を設け、自国産業を外部の侵食から守ってきた。一方で、トランプ政権の「相互関税」主義は英国のエタノール関税を19%から0%に引き下げ、英国のエタノール産業界は厳しい状況に置かれることとなった。インドネシアは米輸出品に対し関税を0%に引き下げたことで、バイオ燃料産業に何らかの影響が及ぶ可能性もある。インドやブラジルも今後の「相互関税」交渉の経緯によっては、関税障壁という重い扉を開かざるを得ないかもしれない(本稿執筆時点での情報にもとづく)。自由貿易主義の対局として捉えられることが多いトランプの関税政策であるが、皮肉なことにバイオ燃料市場開放のきっかけとなる可能性もある。

 

以上

(この報告は2025年8月1日時点のものです)

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