ページ番号1010586 更新日 令和7年9月2日
このウェブサイトに掲載されている情報は、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性、完全性、又は適時性を保証するものではありません。また、本資料の内容は、参考資料として提供されるものであり、法的、専門的、又は投資に関する助言を構成するものではありません。したがって、本資料の利用により生じた損失又は損害について、機構は一切の責任を負いません。本資料の内容は、第三者に対する権利又はライセンスの付与を意味するものではありません。本資料に記載された見解や意見は、著者の個人的な見解であり、必ずしも機構の公式見解、政策、決定を反映するものではありません。本資料には第三者の著作物が含まれる場合があります。機構又は各著作権者の事前の書面による承諾なしに、本資料の全部又は一部を無断で複製、頒付、又は引用することは固く禁じられています。私的利用、教育利用、引用など、日本国の著作権法に基づき利用できる範囲を超えて本資料を利用する場合は、機構又は関連する著作権者からの事前の承諾が必要です。
※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.
概要
1. 経緯
- 8月27日、米英欧が制裁対象とするLNGタンカー「Arctic Mulan」が中国南部ベトナムに接する広西チワン族自治区北海(Beihai)LNGターミナルに入港したことが複数の情報から明らかになった。
- 「Arctic Mulan」(旧名「Mulan」/船籍:ロシア/容量7.98万立方メートル/2024年建造)は、昨年9月5日に米国がSDN(Specially Designated Nationals/特別指定国民)に指定した後、同月22日にArctic LNG-2に接岸、6番目となるLNGカーゴを積み込み、28日にムルマンスクLNG積替え基地に同LNGを積み替えた。その後、10月26日には英国も制裁対象とし、EUも2025年7月18日の第18次制裁パッケージで制裁対象としている。2025年1月中旬から4月まで地中海のエジプト・アレキサンドリア近郊で停泊後、5月初めにスエズ運河を通過し、5月末にカムチャツカに到着した。6月4日にカムチャツカLNG積替え基地からLNGを引出し、しばらく停泊の後、この8月15日から南へ進路を取り、8月28日午前5時前(UTC)に広西チュワン族自治区Beihaiに寄港した。その後、8月29日午前3時頃に同ターミナルを出港し、9月2日現在東シナ海を北上中である。
2. 制裁対象LNGを荷揚げしたのか否か
- 果たして、輸送したLNGを荷揚げしたのかが焦点となるが、複数のAISベースの情報では、同船の喫水(船の底部分が水面からどれくらい深く沈み込んでいるかを示す)が入港時の9.9メートルから出向時には8.7メートルに減少したことが判明している(なお、6月4日にカムチャツカからLNGを引き出した際には8.4メートルだった喫水が9.9メートルとなっていた)。海上輸送に関するトラッキング情報を提供するKplerのデータベースでは、カムチャツカで積み込んだLNG(77,406立方メートル)の内、北海ターミナルでは積込みから3か月弱の間にボイルオフした分を除いた93%に当たる72,131立方メートルがオフロードされたと判断している。現時点では全ての当事者(セラーであるArctic LNG-2 LLC、バイヤー(不明)、ターミナル保有者であるPipeChina等、輸送者である「Arctic Mulan」(船主:Zinnia International(印)/運航:Skyhart Management(印))は当然ながら沈黙を守っている。米国財務省は、制裁対象船舶からの荷揚げに関する報道についてコメントを控えている一方、「具体的な疑惑についてはコメントしないが、制裁対象となる行為の疑惑については極めて深刻に受け止めている」と語っている[1]。
- 米国による有力な制裁手段であるSDN指定はその対象者の資産凍結やドル決済制限に留まらず、その対象者に対するマテリアル・サポートを行う者(取引等を含む)も米国財務省はSDNに指定することができると規定されており、この感染症のような性質から業界では最も深刻な影響力のある制裁であると考えられている。LNG生産者、積替え基地及び輸送者(タンカー)全てがSDNに指定されているArctic LNG-2からのLNGカーゴの受入れは、次に受入れた北海ターミナル及びその出資者(国営企業であるPipeChina:80%/広西北部湾国際港務集団:20%)、そして、現時点では不明だが、そのLNGの買い手に対して、米国政府が制裁を拡大することが想定される。
3. 8月15日を境にアジア市場に向かう制裁対象LNGタンカー
- 9月2日現在、Arctic LNG-2から生産されたLNGを輸送するタンカーが4隻、アジア市場に向けて太平洋から日本海付近を航行している。また1隻(「Christophe de Margerie」)が8月10日に第9カーゴをArctic LNG-2から積載し、現在カムチャツカ積替えターミナル近郊で停泊している。
- このように8月15日を境に制裁対象LNGタンカーがアジア市場に進路をとり始めている。米露首脳会談がアラスカ州アンカレジで開催されたタイミングでもある。今回の輸送がロシア及び中国にとって米国の対応を見極めるための試金石となるとの見方もある[2]。8月31日~9月1日には天津にて上海協力機構(SCO)首脳会議が開催されており、中露・中印それぞれの首脳会談も実施されている。インドに対してはロシア産石油の輸入に対して8月27日に米国が二次関税を遂に発動させている[3]。米露首脳会談が開催され、ロシアに対して米国が融和的アプローチを行ったと推察される中で、中印露が結びつくSCO首脳会議開催に被せた米国制裁対象のロシア産LNG輸出の動きは、第三国への拡大を前提としつつある対露制裁において、本当にトランプ政権が強硬的対応を採るか否かが判明するリトマス試験紙となるだろう。
4. 想定される動き
- 最大の注目点は米国政府が制裁対象LNGを受け入れた北海ターミナルに制裁を発動し、SDN対象として指定するかどうかである。現時点ではコメントを控えている米国財務省だが、もし制裁を発動しなければ、これまで一定の抑制効果を発揮してきた米国制裁・SDN制裁の威信に陰りをもたらすこととなる。トランプ大統領は8月26日にもロシアがウクライナとの和平交渉に応じなければ経済制裁を科す考えを示しており、露宇和平協議の政治的進捗も影響を受けるだろう。
- 今回のLNG輸入に関して中国政府又はArctic LNG-2出資者であるCNPC及びCNOOC(両者はPipeChinaの出資者でもある)が自らの権益見合い引取り分に対する輸入許可を得ている可能性も否定できないが、現時点でそのような情報はない。もし米国がSDN制裁を科すとしても、例えば北海ターミナルの最大出資者である国営PipeChinaをSDN指定することは市場への配慮から避けることも想定される(過去中国国営のCNOOCが2021年に米国制裁対象となっているが、SDNではなくSSI(Non-SDN)・限定的な分野別経済制裁であった)。子会社であれば親会社に遡及して影響が出ないことから、北海ターミナル及びその運営法人に制裁が発動される可能性がある。
- 米国による追加制裁リスクを冒しての今回のLNG出荷では、その対価として買い手が世界で最も安くLNGを入手した可能性がある。このことは米国の追加制裁の未発動という将来的事象と相まって、アジア市場で安価なLNGを求めるバイヤーの新たな制裁対象LNG購入の有力な判断材料となっていくだろう。
- 2025年の北極海航路の夏季航行ウィンドウは10月までとなるが、昨年と異なり、欧米が制裁対象とした砕氷LNGタンカー「Christophe de Margerie」が制裁対象船団に加わっている。このことは理論上、Arctic LNG-2からの限定的ながら通年でのLNG出荷と、制裁バリューチェーン創出を可能にするだろう。
注:第二フェーズとして更にタンク2基を増設し、受け入れ能力を9百万トンへ増設中。
出所:PipeChina(写真)及びJOGMEC天然ガスデータハブ(2025年)[4]
出所:公開情報[5]からJOGMEC取り纏め
(1)2024年8カーゴを輸送したと見られるLNGタンカー5隻
(2)現在アジア市場に向かっているLNGタンカー4隻を含む今後関与が拡大するLNGタンカー
(3)ズヴェズダ造船所で建造中のARC7級砕氷LNGタンカーに対する米国制裁発動(2024年6月12日)
(4)その他制裁対象となっているLNGタンカー3隻
出所:公開情報からJOGMEC取り纏め
注:拙稿「欧米制裁対象船舶を介したArctic LNG-2からのLNG出荷に関する最新動向」(2025年7月16日/https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010549.html)も併せて参照されたい。
[1] POG(2025年8月29日)
[2] Horizon(2025年8月29日)
[3] 拙稿「トランプ大統領が対露圧力を加えるべくインドに「二次関税」を課す大統領令に署名」参照(2025年8月15日)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010572.html
[4] JOGMEC天然ガス・LNGデータハブ2025:https://oilgas-info.jogmec.go.jp/nglng/datahub/dh2025/1010403.html(世界のLNG受入基地概要<日本以外・計画中含む>)
以上
(この報告は2025年9月2日時点のものです)


