ページ番号1010616 更新日 令和7年10月8日
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はじめに
米中の貿易を巡る対立におけるエネルギーの位置付けは半導体や重要鉱物に比べて低く、世界のエネルギー貿易や市場に与える影響はこれまでのところ限定的である。
中国は米国のエネルギー(原油、石炭、LNG)輸入依存は低く、代替もしくは転売が可能である。中国政府は2月以降これらを対抗関税の対象としている。
原油貿易について米国はイラン原油貿易に携わる中国の精製・輸送・貯蔵企業への制裁を強化している。またロシアの戦争継続能力を削ぐことや圧力の手段としてロシアとの原油貿易を行う国に2次制裁として関税を課すとしており、8月27日からインドに25%の追加関税を課す方針を示した。中国への適用は調整中の首脳会談を念頭に留保している。中国は供給途絶に備え原油在庫レベルを高めつつ、米国の出方を見ながらイランとロシアからの原油輸入を継続している。今後も米中の貿易交渉の状況により関税が不安定化し、その他の輸出規制がエスカレートすることが見込まれる。また中国がロシアやイランからの原油輸入を代替する場合は需給のひっ迫や国際原油市場の混乱を招く恐れがある。
米国は6月に中国のレアアース輸出規制の対抗措置として化学原料のエタンの中国への輸出を規制したが7月に撤回した。米国エネルギー省(DOE)のエタン輸出見通しは対中輸出方針を受けて二転三転しており、相互に依存していても不均衡な関係にある貿易を規制することの難しさを示した。
米国は関税措置に加え、中国の海事、物流、造船分野に対する支配力強化に関する301条措置として中国企業が所有・運航する船舶や、中国で建造された船舶の米国港湾への入港について2025年10月14日から追加料金を課すことを決定している。これは海事産業の再興と支配力の回復に関する大統領令に沿った措置である。米国港湾に寄港する原油や石油製品を輸送する数百隻の船舶が中国企業の建造あるいは関係があり海運業界は懸念を表明している。港湾使用料発動後に米国の原油・LPG等の船舶輸送に混乱が生じ、世界のエネルギー貿易に影響が生じることが懸念される。
米国はLNGを輸送する船舶について港湾使用料徴収の対象とせず、米国で建造したLNG船による輸送義務を段階的(今後22年かけて輸出の15%を自国建造船とする)に導入する特例措置とした。
米国は現在LNG船建造能力を保有しておらず、韓国の協力を得て2028年にLNG初号船を竣工し、2030年前後に年2~3隻建造する体制の構築を目指している。現在LNG建造を主に担う韓国や後を追う中国はLNG船建造の技術導入から初号船導入までに7年前後を費やしている。2024年時点でLNG船は建造から引き渡しまで50か月を要しており、初号船導入は2030年以降にずれ込む可能性が高い。引き渡し時期の不確実性に加え、米国建造LNG船のコストを誰が負担するのかという問題がある。労働力コストや資材の高騰により米国建造LNG船の建造コストは韓国の1.5~2倍割高となることが見込まれる。
米国LNGの強みは柔軟性と価格を含む透明性にある。自社でLNG船を保有あるいは用船契約を持ち、裁定取引やスワップ等の最適化を図れる事業者には米国のLNGは調達多角化の有力なオプションである。しかし米国建造船の船主が売主のDES契約(売主が仕向地までの費用・リスクを負担)でLNG価格に建造コストが上乗せされる場合、FOB契約との間で格差が生じると思われる。また米国建造船に限った問題ではないが、米国からアジアに直接LNGを輸送する場合欧州に比べ長距離で回転率を稼げず、米国のLNG輸出基地の多くはパナマ運河の輸送キャパシティの制約があるため、これもコスト増の要因となる。日本の事業者がLNG調達の多様化を考える上でこれらの要素を考慮しなければならない。
本稿では米中の貿易を巡る対立におけるエネルギーの位置付けや、米中のエタン貿易を事例として相互依存かつ不均衡な貿易を規制する難しさについて考察する。中国の原油、石炭、LNG貿易を巡る動きから、中国のエネルギー調達の強靭性と脆弱性について分析する。米国の対中海事、物流、造船301条措置の特にLNG船自国建造計画における不確実性や課題について考察する。
1. 米中の貿易を巡る対立と関税・非関税措置
1-1. 米中の貿易を巡る対立とエネルギーへの関税や圧力
2025年2月1日に米国政府は合成麻薬フェンタニル流入を理由に国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく大統領権限を行使し、2月4日以降中国からの輸入製品に10%の追加関税をかけると発表した(以下、「IEEPA関税」)。同月4日に中国政府は2月10日以降米国から輸入するエネルギー、農業機械、大型自動車などに10~15%の追加関税をかけると発表した。4月2日に米国は「相互関税」を発表し、中国の税率を34%とした。4日に中国は対抗措置として4月10日以降34%の関税を米国に課し、対象を全ての製品に拡大すると発表した。両国の応酬は続き、4月11日までに相互関税は米国が145%に、中国は125%(「IEEPA関税」を合わせ最大140%)に引き上がっていた。企業からは取引が成立しないレベルの関税の高さに加え、関税の変動が頻繁で契約を交わすことや請求書を発行することが難しいという声があがっていた。
5月10日から11日にかけて、米中はジュネーブで協議を行い、12日に共同声明を発表した。両国は「相互関税」を10%に下げる(ただし相互関税のうち24%は5月14日から8月12日まで90日間停止)ことで合意した。輸送中の貨物は5月13日までの猶予となっており、期限目前の合意であった。
中国は米国に対する非関税措置を暫定停止あるいは撤回することで合意した。双方は経済貿易協議の枠組みを設置し、経済貿易分野について引き続き協議することで一致した。ジュネーブにおける合意にもとづき、中国は米国から輸入するエネルギー製品の関税についてLNGと石炭を25%、原油20%、LPG(プロパン、ブタン)を10%とした。「IEEPA関税」に対する対抗関税がLNGと石炭には15%、原油には10%かけられたままだ。詳細な日時は不明だが4月以降化学原料のエタンについて課税を免除した(表1)。
(出所:各種情報に基づきJOGMEC作成)
1-2. ジュネーブ協議後の米国の非関税圧力
ジュネーブ協議後、米国は中国が重要鉱物の輸出規制(非関税措置)を続けていると批判し、中国は米国が対中半導体輸出に新たな規制をかけ、航空機部品などの輸出を規制していると反発していた。
米国は関税以外にも中国への圧力を強めた。国務省は5月28日に中国共産党と関係を持つあるいは重要分野を研究する中国人留学生に対する査証を取り消すことや中国・香港への査証審査を強化するために発給要件を改正する方針を示した。これと同時に産業安全保障局(BIS)はエタンの対中輸出事業者に安全保障上の懸念があるとして輸出事業者にライセンス要件を提示し、その輸出管理を強化した。ラトニック商務長官はブルームバーグに対し、米国の貿易制限は、中国によるレアアース輸出規制に対応したものだと述べた。中国商務部報道官はエタン輸出に関する米国の規制を非難し、中国が行っているレアアースの輸出許可審査は軍民両用(デュアルユース)に対する国際慣行と合致したものであり、法令に基づき行っていると主張した。中国側が牛歩戦術で意図的に輸出審査を遅らせているという見方と輸出許可審査人員がリソース不足で輸出管理の変化と膨大な申請に対して審査が追いついていないとの見方がある。
1-3. 米中首脳電話会談後の両国の歩み寄り
6月5日にトランプ大統領と習近平国家主席は約1時間半の電話会談を行った。ジュネーブ合意を実行に移し、関税政策を巡る2度目の米中閣僚級協議
を早期に開くことを確認した。また両首脳が互いに訪問し合うことでも一致した。
新華社によると6月5日の電話会談について習主席は次の通り指摘した。両国の経済・貿易首席代表がジュネーブで協議し、対話・協議を通じ、経済・貿易問題を解決する重要な一歩を踏み出した。対話と協力が唯一の正しい選択であることが証明された。ジュネーブ協議後、中国は合意を厳粛かつ真剣に実行している。米国は事実を踏まえて、これまでの進展を見て、中国に対する否定的な措置を撤回すべきだ。また習主席は台湾問題について米国は台湾問題を慎重に処理し、極少数の「台湾独立」分離分子が中米両国を衝突・対決の危険な状況に引きずり込むのを回避すべきだと指摘した。
トランプ大統領は次のように表明した。米中関係は非常に重要だ。両国のジュネーブ協議は成功し、良い合意に達した。米国は引き続き一つの中国の政策を実行する。米国は中国人留学生の米国での勉学を歓迎すると述べた。
この首脳電話会談以降、米国政府は中国との関税協議や米中首脳会談開催に向けて中国への圧力を抑制し、台湾関係を慎重に取り扱っている模様だ。トランプ大統領は会談後のSNSで台湾について言及しなかった。7月28日に英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は台湾の頼総統が8月の中南米訪問の経由地としてニューヨークに立ち寄ることを米国政府が許可しなかったと報じた。
米中は6月9日から10日にかけてロンドンで協議を行った。双方はジュネーブ協議の成果を強固にする措置の枠組みについて原則的に一致した。中国によるレアアースの輸出および米国の半導体輸出など貿易制限措置を互いに見直すことを確認した。7月のストックホルム協議に先駆け双方に歩み寄りが見られた。中国は6月の米国へのレアアース磁石輸出を前月比7倍に増加させ、米国は4月に規制対象に加えたエヌビディアの中国向け半導体輸出規制を緩和し、エタンの輸出規制を7月2日に解除した。
米中は7月28日から29日にかけてストックホルムで協議を行った。双方は相互関税24%の停止および中国側対抗措置を延長期限の8月12日まで継続することについて大筋で合意した。
米中は8月11日に共同声明を出し、相互関税24%停止措置を11月10日まで90日間延長すると発表し、同日トランプ大統領は大統領令に署名した。
2. 中国のエネルギー調達の強靭性、脆弱性と今後の留意点
5月のジュネーブにおける合意以降中国は米国から輸入するエネルギー製品についてLNGと石炭に25%、原油に20%、LPG(プロパン、ブタン)にIEEPA関税の対抗関税10~15%を継続している。中国の2024年の対米輸出金額は5,247億ドル、輸入は1,636億ドルで対米貿易黒字は3,611億ドルであったが、米国からのエネルギー(原油、石炭、LNG)輸入額は合計44.2億ドルで米国からの輸入金額の2.7%にすぎない。米国からの原油・LNG・石炭輸入数量はいずれも輸入の2~3%で輸入依存度は低く、代替あるいは転売が容易である。2025年1-6月の米国からのLNG、石炭、原油輸入は大幅に減少している。LNGは3月以降、石炭と原油は5月以降輸入が途絶えているが中国国内、国際市場のいずれも影響は生じていない。
中国はエネルギーを国家と経済を支える戦略物資と見なし、外国からの脅威、地政学リスクを含む供給途絶に備えて化石燃料、再生可能エネルギー、原子力全ての国産エネルギー開発を強化している。また、輸送・貯蔵インフラを含むサプライチェーンの強靭化を図り、エネルギー「自立自強」(安全保障)を追求しておりその強靭性は高い。2030年の温室効果ガス(GHG)排出ピークアウト目標を掲げているが、エネルギー安全保障と経済振興の観点から、石炭を主軸とする化石エネルギーならびに再エネ・原子力を併用する着実な脱炭素化を推進している。
中国のエネルギーを含む強靭性について次のような評価がある。「中国にも適応力がある。北京は資本規制によって国外への資金逃避を防げるし、3兆ドル以上とされる外貨準備もあるため、おそらく銀行システムを突然のショックから守れるだろう。さらに、海上貿易が完全に抑え込まれても、経済を数カ月あるいは数年まわしていくだけの石油や食料、鉱物、そして半導体の備蓄をもっている。ロシアなどの近隣国から陸路で原材料を調達したり、空路で確保したりすることもできる。必要なら、民間への食料とエネルギーの供給を配給制にして、戦時経済体制を維持することもできる。」[1]
2-1. 中国のエネルギー消費構造概説
中国国家統計局によると、2024年のエネルギー消費は石油換算41.8億トンで8割超を自給している。石炭が消費の54%、原油が17%、天然ガスが9%、原子力・再生可能エネルギー(水力を含む)が20%である。石炭の9割、石油の3割、天然ガスの6割を自給しており、再生可能エネルギーと原子力も高い自給を支える重要な国産エネルギーである。
(出所:国家統計局国民経済社会発展統計公報、海関総署に基づきJOGMEC作成)
電力需要は2005年から24年にかけて4倍増加したが、発電量に占める火力の比率は8割から6割に低下した。発電量(2024年)は10.1兆kWh(前年比6.7%増)で火力(発電量の63%)は依然として6割を占める主力電源だが伸びは鈍化(前年比1.7%増)している。2023年に石炭火力発電設備5,000万kWの投資決定を行ったが、機動性、熱電併給などクリーン・高効率化に向けた増強が主体である。再生可能エネルギー・原子力発電37%の内訳は水力が14%、風力が10%、太陽光が8%、原子力が5%である。水力はミドルピークの要であったが近年渇水等で不安定化している。2022年以降太陽光・風力の発電量がいずれも原子力を上回っている。
発電設備(2024年)は33.5億kW(前年比14.6%増)で再エネ・原子力設備容量は14.7億kW(57%)に拡大し、火力設備容量14.4億kWを上回った。中国政府は2030年の太陽光・風力設備増強目標を12億kW超としていたが6年前倒しで超過達成した。太陽光は前年比45.2%増の8.9億kW、風力は同18%増の5.2億kWに達している。
原子力発電量は4,508.5億kWh(前年比3.7%増、発電量の4.5%)、設備容量は6,083万kW(前年比6.9%増)で米仏に次ぐ世界3位である。JAIF[2]によると世界で過去10年に計67基が営業運転を開始し、このうち中国が6割(38基)を占め原子力開発をリードしている(年約4基着工という計算となる)。国産第三世代炉が主流で「国和一号」(CAP1400)は中国が知的財産権を持ち輸出も可能である。パキスタン(チャシマ・カラチ)への輸出実績がある。2019年8月に米商務省が三大原子力事業者、中国核工業集団有限公司(CNNC)、中国電力投資集団(SPIC)、中国広核集団(CGN)を米国の安全保障や外交政策上の利益に反する活動に関与しているとして、米国の輸出管理規則(EAR)に基づく「エンティティ・リスト」に追加したことで先進国への輸出は頓挫したがグローバルサウスへの輸出に意欲的で中東、アフリカ他と輸出交渉を行っている。2024年5月、CGNと仏電力公社(EDF)は協力深化で意向書(LOI)を締結し、CNNCはUAE原子力会社(ENEC)と戦略的協力でMoUを、EDFと包括的協力協定を結んだ。
中国は先進炉開発やウラン確保にも意欲的である。高温ガス炉、高速増殖炉、SMR(定置・モジュール・浮体)、トリウム溶融塩炉等先進炉の実証・技術開発に注力しており、カザフスタン、豪州、ロシア、アフリカ等からウランを輸入している。CGNはカザフスタンでウラン権益確保を拡大(同国生産の半分が中国に輸出の模様)しておりナミビアのウラン生産拡大にも取り組んでいる。
2024年は電源開発に1,626億ドル、送配電に845億ドルを投じた。中国は再生可能エネルギーの発電量増加に伴う柔軟性・機動力への対応を進めている。従来の揚水発電設備容量増強(揚水設備容量は2020年の3,149万kWから24年は5,869万kWに増加)に加え、ディスパッチャブル電源の開発、超高圧送電網などグリッド強靭化、揚水発電やBESS(グリッドスケールのバッテリーエネルギー貯蔵システム)等エネルギー貯蔵システムの開発・増強を進めている。世界のBESS設置は2021年の1250万kWから24年に1億2600万kWへと10倍増加した。中国の設置は2023年に米国を上回り2024年は60%を占めている。
BESSは揚水発電式の蓄電システムに比べ初期投資が大きく、発火リスクの高さもあるが、コンパクトで設置場所を選ばないことが再生可能エネルギーの導入加速に対し大きな利点である。今後中国のBESSはソーラーパネル等と同様国内市場での実証・改良、コストダウンを経て輸出拡大に向かう可能性がある。
(出所:国家統計局国家統計局国民経済社会発展統計公報に基づきJOGMEC作成)
(出所:Energy Instituteに基づきJOGMEC作成)
2-2. 中国のエネルギー調達における強靭性と脆弱性
石油はその輸入依存度の高さとその用途(特に輸送燃料)において現時点で最も脆弱性が高いエネルギー源と言える。
石炭はその自給率の高さと用途(発電、熱源、鉄鋼等原料)から中国のエネルギー安定供給を支える最も強靭なエネルギー源である。中国は再生可能エネルギーと原子力の増強を図っているが両者の用途は主に発電向けであり、現時点では石炭を完全に代替することは難しい。
天然ガスは自給率の高さ、その性質と用途(発電と輸送燃料、熱源)から強靭性と信頼性を併せ持つエネルギー源である。石炭や石油に比べ低炭素エネルギーであり再生可能エネルギーの調整発電(ディスパッチャブル)として長期にわたり中国のエネルギー安定供給を支えると目されているが、米中関係の緊張の高まりや蓄電池(BESS)等の技術革新により、需給調整の対象となる。
ウクライナ侵攻後ロシアのエネルギー輸出は制裁対象となり、輸出先が限られている。中国はロシアとの関係を維持・強化し、石油・石炭・天然ガスのいずれもロシアの輸入依存度が上昇している。これは中国にとり諸刃の剣となっている。陸路で調達できるロシアのエネルギーは欧米の金融・輸送サービスを回避できるため海上輸送に比べ制裁の影響を受けにくくエネルギー調達の強靭性につながる。しかし今後米国とロシアの関係の変化や中国への圧力が変化する場合ロシアへのエネルギー依存度の高さは中国にとりリスクとなる。
各エネルギー源の2024年から今年上半期までのエネルギー調達(貿易)の動向、強靭性と脆弱性リスクについて以下の通り整理する。
原油調達(貿易)の動向
石油は中国のエネルギー消費の17%を占め自給率は3割弱である。2024年の原油生産量は約2.1億トン(日量420万バレル)、石油消費は約3.3億トン(日量1,660万バレル)で世界の消費の16%を占める。原油輸入は約5.5億トン(日量1,100万バレル)で世界の石油貿易の2割を占める。
2025年1-6月の原油輸入量は日量1,130万バレル(前年同期比1.4%増)である。首位はロシアで日量199万バレルを輸入(輸入の20%を占める)。米国からの輸入は1%で前年同期比48%減少、5月以降は輸入を行っていない。
原油輸入の1割は陸路(ロシアから東北黒竜江省向けのパイプラインおよびカザフスタンからのパイプライン輸送の一部はロシア原油のスワップ)である。陸路の調達は欧米の金融・輸送サービスを回避できるため海上輸送に比べ制裁の影響を受けにくい上、国内油田の減退に対し油田周辺の製油所への供給を補完する上でも有効だ。
中国は2008年の金融危機の際にロシアを含む複数の資源国に対して融資協定と原油長期輸出協定あるいは石油・天然ガス田の開発やパイプライン投資を組み合わせた、“Loan for Oil(Gas)”を実施した。2009年2月から7月までに合意された融資契約465億ドルのうち5割250億ドルがロシア向け(ロシア国営石油企業Rosneft向け150億ドル、国営パイプライン企業トランスネフチ向け100億ドル)であった。この融資によりロシアとの原油パイプライン(ESPO)の中国区間パイプライン(大慶支線)は2011年11月に開通し、中国国有石油企業CNPCやSINOPECはRosneftと原油先払い契約を締結し大慶支線またはESPOパイプライン~コジミノ港からのタンカーにより原油を調達している。
上海から広東省にかけた東部、南部沿海地域に林立する大型の精製石化設備は大型の原油タンカー(VLCC)で海上輸送による輸入を行う方が、経済合理性が高い。
輸入相手国はロシアが首位(輸入の20%)、2位はサウジアラビア(同14%)、3位は“マレーシア”(イラン、ベネズエラの産地偽装、輸入の13%)である。2024年の原油輸入の3割は欧米の制裁対象であるロシア、イラン、ベネズエラが占める。
(出所:百川等に基づきJOGMEC作成)
米国の中国向け化石燃料輸送海上封鎖検討
2024年5月28日に米下院議会は2025会計年度(2024年10月から1年間)国防授権法(NDAA)草案公開。施行後180日以内に中国向け化石燃料輸送海上封鎖の実現可能性調査と議会への報告を要求した。対象海域はマラッカ海峡、台湾海峡、スンダ海峡ならびに南シナ海、東シナ海で中国の化石燃料海上輸送封鎖要件と封鎖実施後の中国の代替オプション(空路・陸路)、既存の備蓄(在庫)や配送、越境パイプラインによる化石燃料輸送能力も対象であった。
このNDAA草案で中国の危機感が特に高まったということではなく、中国は海路の調達依存度が高い原油の供給途絶についてかねてから危機感を持っている。これに対応するため純輸入国に転じ、需給ギャップが拡大した2000年代以降国家石油備蓄の構築、石油消費抑制や調達の多角化、輸送・貯蔵インフラの整備を進めてきた。中国の石油在庫・貯蔵(公式な統計はなく国家備蓄および商業在庫推計)は地政学的な不確実性と米中貿易摩擦等により記録的な水準の12億バレル前後で推移している。これらは2024年精製処理量の82日、石油消費の73日に相当する。国内原油生産を加えると同188日、168日相当ある。
石炭調達(貿易)の動向
石炭は中国のエネルギー消費の54%を占め9割を自給している。2024年の石炭生産量は47.6億トン(前年比1.3%増)で世界の石炭生産の5割を占める。石炭輸入は5.4億トン(同14.4%増)で世界の石炭貿易の3割を占める。輸入の内訳は発電や燃料向けの一般炭が4.1億t、鉄鋼生産のための原料炭が1.2億トンである(原料炭は消費の2割弱を輸入)。
2025年1-6月の石炭輸入量は2.2億トン(前年同期比11%減)。ロシアはインドネシアに次ぐ2位で輸入の20%を占める。米国からの輸入は1%で前年同期比28%減少、5月以降輸入を行っていない。石炭貿易について中国は輸入依存度が低く、過剰生産抑制に取り組んでいる。米国がロシアとの石炭貿易について中国に制裁をかけることや、逆にモンゴルなどの原料炭輸出国に圧力をかけて対中輸出を抑制しようとする場合、物理的には国内在庫や需給調整で対応が可能と思われる。
石炭の輸入依存度は消費の1割未満と低いが、主要な産炭地は消費地から離れた西部「三西」地域に集中(山西省、陜西省、内モンゴル自治区および新疆で生産の8割)している。石炭消費の4割を輸入する広東省のように産地から離れており海上輸送による輸入炭を使う方が経済合理性の高い地域がある。
一般炭はインドネシアが地理的、品質的要因から最大の輸入相手先(6割)である。原料炭は2020年までは豪州が最大の輸入相手先であったが現在はモンゴルとロシアが輸入の7割を占める。2021年から22年にかけて豪中関係悪化により中国は豪州からの一般炭・原料炭輸入を非公式に停止した。22年5月の豪州政権交代後関係が改善し、23年に輸入は再開したが、豪州のシェアは戻っていない。2021年以降ロシアから一般炭、原料炭ともに輸入が増加している。
(出所:「中国の石炭事情」JOGMEC 石炭開発部(2025年3月)に基づき作成)
天然ガス(LNG)調達(貿易)の動向
天然ガスは中国のエネルギー消費の9%を占め6割を自給している。2024年の天然ガス生産量は1億7900万トン(前年比6.2%増)、天然ガス消費は3億1,100万トンである。天然ガス輸入は1億3200トンでパイプラインによる輸入が5,500万トン、LNGによる輸入が7,600万トンである。中国は世界最大のLNG輸入国で世界LNG貿易量4億700万トンの2割を占める。
2024年の天然ガス(パイプライン・LNG)輸入相手国はロシアが首位でパイプラインとLNGを合わせて輸入の23%を占める。2位豪州(同20%)、3位トルクメニスタン(同19%)である。
2025年1-6月の天然ガス輸入量は約5,955万トン(前年同期比7.8%減)でLNGは3,011万トン(同20.6%減)、パイプラインは2,944万トン(同10.5%増)である。米国からの輸入比率は0.4%で前年同期比82%減少した。2025年3月以降輸入を行っていない。ロシアからの輸入はパイプラインとLNGを合わせ約1,700万トンと首位で、パイプラインによる輸入増加により輸入量に占めるシェアは前年同期の22%から28%にまで高まった。2位はトルクメニスタン(19%)、3位はカタール(16%、LNG輸入では首位)で4位の豪州をわずかに上回った。天然ガスは国内生産6割に加え2割は陸路のパイプラインによる輸入である。原油のパイプラインと同様に陸路での調達は欧米の金融・輸送サービスを回避できるため海上輸送に比べ制裁の影響を受けにくい。またサプライチェーンの強靭化(輸送・貯蔵インフラの整備)を進めている。しかしロシアへの依存が高く今後の米国とロシアのウクライナを巡る協議、中国との貿易を巡る協議により米国が原油貿易と同様に中国とロシアとの天然ガス貿易について制裁を強化しようとする場合、代替は難しく、国際天然ガス市場にも影響が及ぶ可能性がある。
天然ガスの生産地は四川・重慶、陝西省、新疆など西部に偏在している。中央アジアやロシアからの国際パイプラインは西部(新疆)と北東部(黒竜江省)国境から中国に入る。国内の幹線パイプライン(総延長12万km)は基本的に相互に接続しておりその8割を国有グリッド企業PipeChinaが管理している。ロシアからの天然ガスパイプライン(Power of Siberia 1)の建設および長期売買契約は原油に比べ価格等の条件が折り合わず交渉が難航していたが、ロシアが2014年3月にクリミアを併合し、欧米の対露制裁が強化されてから間もなく2014年5月に合意し、2019年12月に中国国内のパイプラインと接続、輸送を開始した。
北部から南部の沿海地域ではLNG受け入れ基地31基地が操業中で受け入れ能力は24年の輸入量の2倍を超える1億5,700万トンに達している。広東省などLNG輸入の方が経済合理性の高い地域が存在する。
中国は欧州や米国のように枯渇油ガス田や岩塩ドームを活用したピーク調整用の地下貯蔵設備を保有している。主に冬季(11月~3月)のピーク調整向けで貯蔵容量は約245億立方メートル(消費の5%)ある。2024年は4月から10月の不需要期に224億立方メートル(このうち払い出し可能量<ワーキングガス>193億立方メートル+クッションガス31億立方メートル)を圧入した。
天然ガス長期契約と米国LNGによる需給調節
中国はLNGとパイプラインについて長期契約を結んでおり、2030年の契約量は1億8,000万トンに達している。現在の長期契約ベースでは2030年の契約量のシェアはロシアが18%、トルクメニスタン12%、米国12%、カタールが11%である(交渉中のPower of Siberia 2を含めるとロシアの比率は29%に上高まる)。
米国LNGの長期契約は、トランプ1期の2018年はCheniere EnergyとPetroChinaの2件合計年12万トンのみであったが、現在は合計年2,600万トンに増加している。長期契約の多くは米国の天然ガス指標価格であるヘンリーハブ価格に連動した、買主側が船を手配するFOB契約で2025年から28年に供給を開始する。今後最終投資決定(FID)前の米国のLNG液化事業について中国がリスク回避で他の供給源を選好する可能性や契約更新時に他の供給源に乗り換える可能性があるが、更新時期が近いのはCNOOCとVenture GlobalのCalcasieu Pass(2027年期限、年0.5百万トン)のみである。
LNGの長期契約は引き取り義務(テイクオアペイ条項、引き取らない場合100%のキャンセル料を支払わなければならない)や仕向け地先を変更できないものがある。米国のLNG長期契約は柔軟でキャンセル料も低く、中国の事業者は米国との長期契約のLNGについて元々市況により欧州などに振り向けていた。米国との貿易対立と関税が中国にもたらすLNGの課題は供給途絶や市場の混乱ではなくもっぱら事業者の収益性にある。
2025年5月に中国CNPC傘下のシンクタンク中国石油経済研究院(CNPC-ETRI)の陸(Lu)院長はマレーシアで開催されたEnergy Asiaで2026年から2030年にかけて中国で天然ガス供給過剰(年平均15MT)の可能性があると指摘した。
日本は天然ガス消費の95%超が輸入LNGで天然ガスと言えばLNGをイメージする方が多いと思うが、中国においてLNGはエネルギー消費の2%、天然ガス消費の4分の1であり、国産ガスやロシアからのパイプラインガスに比べコスト競争力が劣後しており、需給調整で真っ先に削られる傾向がある。国有石油企業や大手ユーティリティを中心に需給最適化(LNGトレーディング拡充)の動きがあるが、米国のLNGは転売やキャンセルが比較的容易で現在は高関税のため真っ先に需給調整の対象となるだろう。
(出所:SIA Energyに基づきJOGMEC作成)
LPG の調達(貿易)の動向
中国は2024年にLPG約5,420万トンを生産し、約3,480万トンを輸入した。中国のLPGの最大の輸入相手先は米国であり、輸入量は輸入の4割(約1,320万トン)を占める。米国の他中東のUAE、カタール、オマーン、サウジアラビアから輸入しており、これら上位5か国からの輸入がLPG輸入の9割を占める。中国のLPG輸入は化学原料プロピレンを製造するプロパン脱水素(PDH)プラント向けの需要に伴い増加している。物流上の理由から中国南部は中東産のLPGを好み、山東省など北部は米国のLPGを好んで輸入している。
米国エネルギー省EIAによると2024年の米国のLPG(プロパン・ブタン)輸出量は日量228万バレルで中国への輸出量は日量34万バレル(このうちプロパンが日量31万バレル)で輸出の15%を占める。なお米国のプロパン輸出相手先首位は日本で2024年は日量50万バレルを輸出した。
EIAによると2025年1-5月の米国から中国向けのLPG輸出は前年同期比6%減の日量31万バレルである。中国は米国からのLPG輸入に5月14日以降も10%の対抗関税を残している(表1参照)。また原油と石炭について5月以降、LNGは3月以降米国からの輸入を行っていないしかしLPGの輸入は3月に急減したが4月以降は前年並みに回復している。
2-3. 中国のエネルギー調達の脆弱性と米国の制裁強化
中国エネルギー調達において石油はその輸入依存度の高さから最も脆弱性が高い。制裁対象の特にロシア、イランからの原油輸入比率が高く、今後米国が中国のイランやロシアとの原油貿易について制裁をさらに強化する場合、両国からの輸入量を代替することは中国の外交戦略や物理的な置き換えのいずれも難しく、国際原油市場への影響や中国、ロシア、イランの対抗措置を含め留意する必要がある。
米国はイラン原油輸送に携わる船舶、輸送企業への制裁を強化し、イラン原油・石油製品の輸入を続ける中国への圧力を強めている。イラン側は船舶自動識別装置(AIS)の信号を切ることや、ダミーの信号を発信することで航路を偽装しているようだが、米国側はイランの原油貿易の動きをかなり補足しているようだ。OFACは3月20日の山東寿光魯清石化(Shandong Shouguang Luqing)を皮切りに、4月16日に山東勝星石化(Shengxing)石化を指定した。5月8日には山東省東営港のターミナル運営会社3社や制裁原油の輸送や船舶間積み替え(STS)を行った船舶を制裁対象とした。
マレーシアは自国沖合の船舶間原油積み替え(ShiptoShip)への取り締まりを強化する方針を示している。7月11日にクアラルンプール・コンベンション・センターで開催された第58回ASEAN外相会議および関連会議後の記者会見でハサン外相は領海内で原油を船舶間移送する行為について差し押さえや罰金を含む厳正な措置を講じる旨を表明した。
中国は原油貿易によりイラン経済を支えている。中国のイランとの原油貿易の判断は安保理決議2231号に基づく「スナップバック(制裁復活)」発動(25年10月18日まで有効)に左右される。イラン原油を輸入する中国側の輸入事業者は主に中小の地方製油所であり、中国政府は中国山東省などに位置する地方製油所の2026年以降の原油輸入ライセンスを絞ることや港湾(船舶)管理を強化することでイラン原油流入の抑制が可能である。全量は難しいがサウジアラビア、UAE、イラクなどGCCからの調達に置き換えることも可能だ。ただし物理的な置き換えは可能だとしても、中国とイランの軍事的、イデオロギー的な結びつきを考えるとイランとの原油貿易を大きく削ぐことの方が中国にとりリスクとなるため考えにくい。
米国の対露制裁強化検討
2025年4月1日、米国共和党と民主党の上院議員は新たな対露制裁法案“Sanctioning Russia Act 2025”(S.1241)を提出した(同法案は現在審議を一時停止)。ロシアがウクライナとの和平交渉に誠実に対応しない場合ロシアに制裁を科すことに加え、ロシアの戦争継続能力を削ぐためにロシアの石油・ガス・ウランその他の製品を購入する国(中国やインドを指す)に少なくとも500%の関税を課す内容である。
7月14日にトランプ大統領はNATOのルッテ事務総長との共同記者会見で50日以内に停戦しなければロシアやその貿易相手国に100%の関税を課すことや米国が欧州のNATO加盟国に兵器を販売しウクライナがそれらを受け取ることを発表した。
8月6日にトランプ大統領はロシアによる米国に対する脅威への対応について、IEEPAに基づきロシアから直接的・間接的に原油や石油製品を輸入するインドからの輸入品に対し25%の追加関税を課すこと、またその他の国がロシアから直接的・間接的に原油・石油製品を輸入していると判断した場合25%の追加関税を課すことを勧告する大統領令に署名した。[3]インドからの輸入品に対する追加関税は8月27日から発効する(本大統領令発令日から21日後の東部夏時間午前12時01分以降に輸入され、9月17日東部夏時間午前12時01分以降より前に輸入され貯蔵庫から市場に出されたものを除く)。
8月15日にアラスカの米空軍基地でトランプ大統領とプーチン大統領が首脳会談を行った。両者の記者会見においてがロシアとウクライナの停戦に向けた具体的な進展について言及はなかった。トランプ大統領と習近平主席の首脳会談がこれに続くことになる。
中国のレアアース輸出緩和やトランプ大統領は年内に習近平主席と会談する意向を示していることから少なくとも会談実施までは対中攻勢を緩める可能性が示唆されている。中国がロシアからの原油輸入を継続しインドと同様に25%の追加関税が課された場合、中国は対抗措置として米国から輸入する製品に同規模の関税を課し、関税合戦と協議の仕切り直しとなる可能性がある。中国がレアアースのさらなる輸出管理強化に向かう可能性も否定できない。
中国にとりロシア原油貿易の取り扱いはイランより複雑だ。中国は原油、石油製品、石炭、天然ガスとエネルギー全般で対露依存上昇に拍車がかかっている。仮に米国の要請に従い中国がロシア原油の代替調達に踏み切る場合、日量200万バレルを供給できる国・地域は存在せず、需給がひっ迫し原油価格の上昇や市場の混乱につながる。
逆にロシアとウクライナの停戦を巡る米国とロシアの交渉が進展し、ロシアが米国の要請で陸路を含む対中エネルギー貿易を規制する場合、中国はエネルギーの調達についてハードな再構築を迫られることになる。ただしロシアと中国の軍事的、イデオロギー、経済的な結びつき、また敵対した場合の長い国境線を接した攻防の面倒さを考えるとロシアが中国との関係を大きく変えることは現体制では考えにくい。
米ウェルズリーカレッジのステイシー・E・ゴダード教授は、トランプ大統領は中国、ロシアと協力することを望んでいる。トランプ大統領の世界観は大国間競争ではなく「大国間共謀(great power collusion)」、19世紀の「ヨーロッパ協調」に似ていると指摘している[4]。米中露の三か国が共有されたシステムの中で競争しながら協力することは世界大戦の回避やエネルギー貿易の安定につながるかもしれないが、枠外にいる者は不安を感じずにはいられない。
3. 相互依存かつ不均衡な貿易規制の難しさ
化学向け原料のエタンは米国が現在唯一の輸出国であり5割を中国に輸出している。中国は化学向け原料としてエタンのほぼ100%を米国から輸入している。
米中はエタン貿易において相互依存関係にあり、エタンサプライチェーンは構築から10年程度と期間が浅く、エタン貿易をいま停止することは設備や港湾インフラの投資回収に影響し、双方の事業者の収益性を大きく損なう。
産業安全保障局(BIS)は少なくとも5月29日にエタンの対中輸出事業者に安全保障上の懸念があるとしてライセンス要件を提示し、その輸出管理を強化した。しかし7月2日にはこれを解除した。米エネルギー省エネルギー情報局(EIA)は5月から7月にかけて月次短期エネルギー見通し(STEO)におけるエタンの生産・輸出見通しを二転三転させた。
中国はエタンの輸入を米国以外で代替することは出来ないが、化学原料のエチレン製造の7割をナフサで行っており、米国の輸出規制で中国国内のエタン専業事業者は苦境に陥ったが国内に混乱は生じなかった。一方米国はシェール増産によりエタン生産が国内の化学向け需要を上回っており、中国向けのエタン輸出停止直後に米国内のエタン価格は2割下落した。エタン輸出停止が長期化すると輸出事業者のエタンクラッカー、輸出インフラの投資回収への影響が生じる。さらに天然ガスから抽出したエタンが引き取られず天然ガスパイプラインに戻され、販売されると供給が増えることでガス販売価格が下落しシェール生産事業者の収益にも影響が生じる。今般のエタンの輸出規制は相互依存かつ不均衡な貿易規制の難しさを示したと言える。
エタンの特性とエタン貿易における米中の相互依存、BISの輸出規制とその影響について以下に整理する。
3-1. エタンの特性
エタンはエチレン製造用の化学向け原料で、天然ガスから抽出する。天然ガスの主成分はメタン(CH4)だが、エタン(C2H6)・プロパン(C3H6)・ブタン(C4H10)、ペンタン(C5H12)などのNGLが含まれており、天然ガス処理プラントでそれぞれの気体に分離し、エタンは専用のパイプラインで石油化学プラントに送られる[5]。
日本はナフサでエチレンを製造しており、中国もエチレン製造の7割はナフサ分解設備による(表2)。ナフサはプロピレン、ブタジエン、芳香族などの副生成物が得られるが、原油価格の変動でコストが左右される。米国のエタンは割安な天然ガス由来で副生成物は少ないがナフサに比べエチレン収率が高い。
(出所:各種情報に基づきJOGMEC作成)
3-2. エタン貿易における米中相互依存
現在米国は唯一のエタン輸出国である。米国では天然ガス(シェールガス)増産に伴いNatural Gas Liquid(NGL)由来のエタン生産が拡大した。米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)によると、エタン生産は2010年の日量70万バレルから24年に同280万バレルに増加した(図7)。
エタン生産の63%は米国最大のシェール生産地であるパーミアン盆地(主にテキサス州)である。米国はエタンを主に自国の化学原料(エチレン製造)として消費していたが2010年代にテキサス州などでエタンクラッカーと輸出インフラ(液化・貯蔵・積出港)の一体整備を進め余剰の輸出が拡大した。24年は生産の2割(日量49万バレル)を輸出した。最大の輸出相手先は中国(46%)であり、カナダ(15%)、インド(13%)、ノルウェー(9%)と続く。
中国はエタン輸入のほぼ100%を米国に依存している(24年の輸入量は日量25万バレル≒920万トン)中国がエタンの対米依存を容認し、同国から輸入するエタンを課税免除とした理由は代替の難しさと経済性を踏まえたものと思われる。
中国がエタンを米国以外から調達することは難しい。エタンを輸出(海上輸送)できるインフラを有しているのは米国とノルウェーの2か国だが、ノルウェーはロシアとウクライナ戦争後の欧州域内の天然ガス需要拡大を受けて近年天然ガスからのエタン抽出を行っていない。またサウジアラビアやカタールなどの湾岸産油国はエタンを自国化学原料向けに消費しており余剰は生じていない。
エタンの中国における生産能力は限定的である。中国の四川、新疆、オルドス堆積盆地など中国の主要ガス田はエタン含有量が低いドライガスが多く、国有石油企業は石化原料でナフサを利用しておりエタン回収・抽出設備を整備していない。

(図7)米国のエタン生産、消費、輸出
(出所:EIA[6])

(図8)米国のエタン輸出量と主な輸出先
(出所:EIA STEO[7]、2025年5月)
中国の石油化学向けエチレン製造の7割はナフサである。年間8,000万トンを生産し、消費の8割超を自給している。しかし中国はエチレンの年間生産能力を25年に6,600万トン、30年に9,500万トンに拡大する計画であり、米国の割安なエタンによるエチレン拡大を志向し、エタンクラッカーの建設やエタン輸送大型船、港湾や貯蔵設備の増強を進めていた。Zhejiang Satellite Petrochemicalと米国のEnergy Transfer Partnersは共同出資によりテキサス州Orbitにエタン輸出ターミナルを建設し、年5.5MTの長期契約を締結し、江蘇省連雲港のエタンクラッカー向けに供給している。American Ethane CompanyとNanshan Groupは年260万トンのエタンを供給する条件付き・拘束力のある20年間の契約を締結している[8]。中国がいま米国からのエタン輸入を止めると中国国内のエタン専業事業者の収益性が悪化するうえ、エタンサプライチェーンは構築から10年程度と期間が浅く、設備や港湾インフラの投資回収に影響する。
3-3. エタン輸出規制の米国天然ガスサプライチェーンへの影響
中国と米国のエタン貿易は相互依存の関係にあり、米中のエタン貿易は貿易摩擦のもとでも進むと思われていたが、米国は中国のレアアース輸出規制の対抗措置として6月初旬にエタンの輸出規制を行った。
米産業安全保障局(BIS)はエタン輸出事業者のEnterprise Products PartnersおよびEnergy Transfer Partnersの2社に対し、安全保障上の懸念から中国へのエタン輸出継続にライセンス要件を提示した。Enterprise Products Partnersが5月29日、Energy Transfer Partnersが6月4日に米証券取引委員会(SEC)に提出した書類から明らかになった。2社は出荷毎にライセンスを取得することが義務付けられ、月4日にEnterprise Products Partnersは、3件の貨物(合計220万バレル)に関する緊急許可申請が却下されたと報告した。船舶追跡サービスKplerによると米国で複数のVLEC(Very Large Ethane Carrier/約80,000m3以上の積載能力を持ちマイナス約92度の液化エタンを輸送するための専用船)が積載済みで待機あるいは積載待ちの状態となった。
米国のエタン価格は下落し、熱量等価でヘンリーハブ価格を下回った。テキサス州Mont Belvieuのエタン価格は対中輸出規制を受けて5月28日から6月5日にかけて19.4%下落した[9]。5月29日以降ヘンリーハブ価格に対し熱量等価でマイナスとなった。6月4日は1ガロンあたり19.25¢(約3.3ドル/MMBtu)で2024年11月13日以来の最低水準を記録し、エタン分離回収の損益分岐点(1ガロンあたり22~28¢)を下回った。同日のHHは3.68ドル/MMBtuであった。
ExxonMobilやChevronなどのメジャーズは垂直統合のサプライチェーン(シェールガス開発から自社エタン分解プラントや石油化学プラントを保有)により対応が可能だが、Enterprise Products PartnersやEnergy Transfer Partnersなど中国向けのエタン輸出専業事業者の収益性が悪化するだけではなく米国のエタン需給調整、ひいては米国のガスサプライチェーン、天然ガス価格に影響が生じる。
エタンは長期契約で取引されておりスポット市場が存在しない。インドや欧州のプラントは高稼働率で操業中であり中国以外への輸出拡大余地は限られる。市場価値の低下したエタンは、貯蔵タンク等の制約もありエタン事業者が引き取りを拒否し、天然ガス処理プラントで分離された後に再び天然ガスに戻され、パイプラインで輸送されガスとして販売される。エタンの過剰供給は天然ガスパイプラインの容量が増えているため、パイプラインである程度は吸収が可能だが中長期的に上流のガス生産が落ちず、エタンが上乗せされると、ガスの供給拡大でガス販売価格は下落する。
二転三転したEIAのエタン輸出見通し
EIAは5月6日に公表した短期エネルギー見通し(STEO)において「中国は米国からのエタン輸入に対する125%の追加関税を免除した。関税を巡る展望は不透明だが米国のエタン製造は高水準の輸出により拡大し、輸出は25年に日量54万バレル、26年に同64万バレルに拡大する」と中国への輸出が拡大する見通しを示していた。
EIAは6月5日に公表したSTEOでは対中エタン輸出規制が長期化し、輸出が落ち込むとした。エタン輸出は25年が24.2%減の日量41万バレル、26年は同51.1%減の31万バレルと下方修正し、生産見通しも下方修正した。
EIAは7月のSTEOにおいて商務省がエタンの対中輸出管理(ライセンス要件)を撤廃したことで輸出は25年に日量50万バレル、26年に同65万バレルに拡大する」と5月STEOと同水準に戻した。
EIAは6月のSTEOではHH価格が24年の2.2ドル/MMBtuから25年は4ドル、26年は4.9ドルに上昇すると見ている。日本の消費者にとって、米国の上流事業者が投資を控えず、LNG輸出に支障が出ない範囲であれば米国の天然ガス価格上昇が抑えられることは米国のLNGを輸入する側からみると悪い状況ではないが米国の事業者にとり収益性の悪化につながる。
米国のエタン貿易を支える日韓の海事産業
エタンは極低温輸送が可能な専用の液化輸送船が必要である。エタンサプライチェーンには韓国サムスン重工業の造船所で液化輸送船を建造し、商船三井(MOL)が用船を行うなど日本や韓国も重要な役割を果たしている。中小型のエタン輸送船については欧州のINEOS ShippingやNavigator Gasの船隊規模が大きいが、商船三井(MOL)は現在世界で竣工または発注済の液化エタン専用船約90隻のうちVLEC12隻(インドReliance向けを含む)の管理・運航を行っている。
中国Satellite Chemicalが中国市場向けに150,000m3以上の積載能力を持つULEC最大10隻を発注し2027年に受領予定である。米国と中国間の運航を想定した中国が運航するULECは米中貿易交渉や、301条に基づく港湾使用料の導入により収益性が左右されそうだ。一方日本や韓国の海運、造船業界にとり米中のエタン貿易が止まることはVLECの収益性に影響が生じるが、貿易が継続する場合は中国建造・所有船に比べコスト競争力が生じチャンスとなる。
4. 海事、物流、造船301条措置における不確実性と課題
4-1. 301条措置:港湾使用料
2025年4月17日、米国通商代表部(USTR)は中国の海事・物流・造船分野に対する支配力強化に関する1974年通商法301条(貿易協定違反や米国政府が不公正と判断した他国の措置に対し、調査に基づく一定の貿易制裁措置を講じる権限をUSTRに付与することを規定)措置内容を決定した[10]。
USTRは中国の非市場的で不公正な行為が、米国の産業・労働者・経済に重大な損害を与えていると結論付け、中国企業が所有・運航する船舶や、中国で建造された船舶の米国港湾への入港について、180日後の2025年10月14日から追加料金を課すとした(表)。2月21日に措置案を公表し、3月に2日間の公聴会を開催し、約600件の意見を徴収し、議会や専門機関との協議を経て措置を決定したとしている。
中国所有・運航船舶への港湾使用料追加徴収は純トン数(NT)あたり50ドルから開始し、毎年30ドル/NTずつ加算し、3年後の2028年10月に最大140ドル/NTとする予定である。中国建造船舶は18ドル/NTまたは120ドル/コンテナから開始し毎年5ドル(または同率)ずつ加算し、最大33ドル/NTまたは250ドル/コンテナとする予定である。自動車運搬船について搭載車両1台あたり(CEU)150ドルとなっていた。
6月6日に一部について変更案を提示し、自動車運搬船の港湾使用料について自動車相当単位(CEU)あたり150ドルから、運搬船の純トン数あたり14ドルに修正する。また米国所有、または米国船籍の船舶や、米国政府の船舶・貨物には入港に対する料金が課されないとした。
(出所USTRに基づきJOGMEC作成)
S&Pによると米国港湾に寄港する数百隻の船舶が中国と関係があるため海運業界は懸念を表明している[11]。例えば原油や石油製品を輸送する大手海運会社International Seawayが管理するVLCC11隻の過半数は中国と関係がある。Frontlineの18隻のAframax船とLR2のほぼ全艦隊は中国製であり、22隻のSuezmaxの約半数は中国で建造されたものである。Teekayの39隻のAframax、LR2、Suezmax船隊の約半数も中国と関連している。
中国以外の所有・運航、中国建造VLCC(10万NT)で原油を輸送する場合、港湾使用料の上乗せは初年度がバレルあたり0.9ドル(約820円/kL)、3年後に最大で同1.65ドル(約1,500円/kL)となる。そして中国が所有・運航・建造のVLCC(10万NT)で原油を輸送する場合、港湾使用料の上乗せは初年度がバレルあたり2.5~3.5ドル、3年後に最大6~9ドルで米国寄港を敬遠するレベルとなる。ただし、中国建造でもバラスト(空荷)で入り、米国の原油を積み込む場合使用料は発生しない。これはLPGを輸送するVLGCの場合も同様である。またS&Pによると、2024年に米国が海上輸送で輸出したLPG6,600万トンのうち720万トン(海上輸送による輸出の11%)は中国保有または運航船で輸送された。また原油、石油製品輸出入の22%、19%が中国建造船で輸送されたであり、まずは船の差し替えで対応していくことになる[12]。
中国は中古市場で日本や韓国建造の中古VLCC少なくとも10隻を購入しており、非中国の運航で対応する準備を進めている模様だが、米国の原油・LPG等の船舶輸送はしばらく混乱が生じる可能性がある。

(図9)原油・石油製品タンカーのサイズ
(出所:EIA[13])
4-2. 301条措置:LNG船舶特例
4月17日の301条措置でLNG輸送船は港湾使用料徴収の対象とならず、米国建造LNG船による輸送義務を段階的に導入する特例措置となった(表)。2028年4月17日から29年4月16日にかけてLNG輸出量の1%を米国船籍・米国運航船で輸送。2029年4月15日以降、米国建造条件を追加し、22年間で義務比率を15%へ漸増させる。米国建造船を発注すると同容量(総トン数)の外国船への義務を3年間免除(発注証明提出が条件)する。USTR付属書ⅣではLNG液化基地事業者(オペレーター)は米国政府に対しLNG輸送を行う船舶を報告する必要がある。必要な割合はDOEが報告した前暦年の海上輸送によるLNGの総量に基づいて決定する。海運会社は遵法航海の証憑(米国船籍の運航や建造証明)を米国税関・国境取締局(CBP)に報告する。罰則として目標が達成できない場合USTRはLNG輸出許可を一時停止することができるとされた。2032年に年2億トンに増加すると見られる米国のLNG輸出を支えるLNG輸送船の量産体制が構築されるか、2047年までの義務比率拡大に伴い、誰が義務を負うのかなど様々な不確実性が存在していた。
6月6日、USTRは一部について変更案を提示した。LNG船舶特例の罰則(DOEが未達時輸出許可を停止できる)が撤廃された。罰則撤廃は米国のLNG輸出フローの健全化に向けた流れではあるがLNG輸送船建造計画は進行中であり、そのスケジュールやコストについてなお不確実性が残っている。
(出所:USTRに基づきJOGMEC作成)
米国の海事産業振興に向けたSHIPS法案
LNG輸送船が特別扱いとなった理由に米国における海事産業振興計画がある。2025年4月9日、トランプ大統領は海事産業の再興と支配力の回復を目的とした大統領令署名した。同大統領令では「何十年にもわたる政府の怠慢により、米国の商業造船能力および海事労働力は弱体化し、かつては強固だった産業基盤が衰退する一方で、敵対国に力を与え、米国の国家安全保障を損なう結果となっている。これらの問題を解決するためには、包括的なアプローチが必要だ。具体的には、一貫性があり、予測可能で持続可能な連邦政府の資金確保、米国籍で建造された船舶の国際貿易における競争力強化、米国の海洋製造能力(海洋産業基盤)の再建、関連する労働力の採用、訓練、定着の拡大と強化が含まれる。」と指摘した。そしてこれらの達成のために国家安全保障問題担当大統領補佐官(APNSA)は国務長官や国防長官、USTRなどと連携して210日以内に「海洋行動計画(MAP、Maritime Action Plan)を策定し、大統領へ提出することになっている[14]。
4月30日には超党派の議員によって連邦議会に「米国の繁栄と安全のための造船および港湾インフラ法(SHIPS for America Act of 2025)」(以下「SHIPS法案」)が再提出された。同法案は2024年12月に提出、廃案となった旧SHIPS法を改定したもので米国の造船業および商業海運産業の再活性化を目的とした包括的な立法パッケージである。国家的な海事政策の監督体制の確立、安定的な資金供給の仕組み、国際商業における米国船籍の競争力強化に向けた規制緩和、造船産業基盤の再建、船員および造船労働者の採用・訓練・定着の促進など、多岐にわたる政策を包含している。
4-3. 米国のLNG船自国建造計画における不確実性と課題
米国が自国LNG輸出の15%を自国建造の船隊でと考えることや米国建造船舶義務比率を22年かけて漸増させる計画は、LNG輸送船建造体制を再構築するスケジュールとLNG長期売買契約(20年前後)の更新サイクル、Ex-Shipの契約規模を踏まえた措置と思われる。しかしLNG船竣工スケジュールの不確実性(遅延)ならびに米国建造船の船主が売主となるExship契約の場合に割高な建造コストが価格に上乗せされる懸念がある。
米国のLNG輸送船建造構築計画
米国は1970年代から1980年代にかけて複数のLNG輸送船を建造したが、現在は大規模なLNG船建造能力を保有していない。空母や潜水艦などの建造能力は高く、またJones Actにより小型タンカー、フェリー、タグボートなどの内航船を自国籍船とするカボタージュ運用(日本も採用)に加え、米国建造を義務付けており、内航船の建造は活発である。しかし大型の国際航路(外航船)の建造はコスト競争力の欠如により海外に発注することが常態化していた。
米国は韓国の協力を得て、造船所の整備や休止中のドライドックを復活させてLNG船建造体制構築を進め、28年にLNG初号船を竣工し、30年前後に年2~3隻建造する体制の構築を目指している。韓国造船大手のHanwha Oceanは24年末にペンシルベニア州Philly Shipyardを1億ドルで買収し、韓国人エンジニア約50名を常駐させている。LNG船はマイナス161.5度と極低温のLNGを貯蔵・輸送するタンクが搭載されており、主にMOSS型、メンブレン型(GTT)、SPB型(IHI)に大別される。米国は仏GTT(Gaztransport & Technigaz)から超低温タンクのライセンスを取得する。26年第2四半期までにモックアップ(原寸模型)タンクを製作し、検査合格を得る。この他溶接ロボの導入と並行して溶接士・検査員300名の資格化を進める。米国運輸省に初号船や2隻目建造のため7億ドルの融資保証枠(建造資金の80%を20年償還)を申請予定である。
現在LNG船の建造を主に担う韓国や後を追う中国はLNG船建造の技術導入から初号船導入までに7年前後を費やしている。また世界ガス連盟(IGU)のWorldEnergyReport2025(以下、IGU2025)によると、2024年に発注したLNG船は建造から引き渡しまで平均51か月を要する。米国の初号船竣工は2030年以降にずれ込むと思われる。
米国建造船のコストをだれが負担するのか
IGU2025によると、2024年末時点でLNG輸送船は742隻(浮体式貯蔵・再ガス化設備〈FSRU〉48隻、浮体式貯蔵設備〈FSU〉10隻、砕氷船11隻を含む)が稼働中である。また稼働中LNG船の45%に相当する337隻が建造中でその多くが2025年から2028年に引き渡し予定である。
LNG輸出国のうち、国営石油会社のあるカタールは自国船団を積極的に構築し、マレーシアとインドネシアも単独で船団を形成する動きがある。LNG船建造は現在主に韓国の造船所が行っており中国、日本やギリシャの造船所がこれに続く。
米国の造船所におけるLNG輸送船建造コストは労働力と資材の高騰(特に総コストの4割を占める輸入鋼材)により韓国の造船所の建造コスト260百万ドル(2024年、17.4万立方メートル)より2~4倍割高(520~780百万ドル)になるとLloyd's[15]は指摘している。
建造コストの上昇分がLNG販売価格に与える影響を試算したところ、Capexの用船料上昇のみで欧州向け(往復29日)は0.5~0.9ドル/MMBtu、アジア向け(パナマ運河利用、往復54日)は0.9~1.7ドル/MMBtuの追加となりDES契約(売主が仕向地までの費用・リスクを負担)の上昇幅として無視できないレベルだ。この試算はOPEX、燃料、ボイルオフ、運河、保険料は一定としており、これらの上昇や鋼材の国内調達義務などでコストが上振れする可能性がある。米国建造船に限った問題ではないが米国からアジアに直接向かう船はLNG輸出基地の位置によりパナマ運河の輸送制約があることも考慮しなければならない。
米国建造船のコストを誰が負担するのか現時点では明確になっていない。既存のLNG液化・輸出プロジェクトは用船・販売契約の更新時期までは免除されるはずだ。新規液化・輸出プロジェクトについて売主側の用船・DES契約(売主が仕向地までの費用・リスクを負担)に応じて義務が課されるのであろうか。
米国LNGの強みは柔軟性とコスト構造を含むその透明性にある。日本を含むLNG輸入事業者が自らLNG船を保有あるいは用船契約を持ち、FOB契約のもと、裁定取引やスワップ等の取引の最適化が図れる場合は米国建造船のコスト負担とは無縁となるのか?そうであれば米国のLNGはこれらの事業者にとり引き続き調達多角化の有効なオプションといえる。しかし米国建造船の船主がLNG液化・輸出プロジェクトの売主からDES契約でLNGを購入する場合はLNG価格に建造コストが上乗せされ、FOB契約の事業者との間で価格差が生じるのではないか。
5. おわりに
本稿では、米中貿易対立におけるエネルギーの位置付けと、エタン貿易を事例とした相互依存かつ不均衡な貿易規制の難しさ、中国のエネルギー調達の強靭性と脆弱性、そして米国の海事・造船分野における301条措置の不確実性と課題について考察した。
米中のエネルギー貿易は、他の戦略物資に比べて影響が限定的である一方、関税や制裁措置の応酬により、事業者の収益性や市場の安定性に深刻な影響を及ぼす可能性がある。米国が短期間で輸出規制の導入と撤回を行ったエタン貿易は米国が対中貿易規制の材料とすることが難しいことが分かった。米中双方が高い依存関係にあるが、中国はナフサへの代替が可能であるのに対し米国は中国へのエタン輸出停止が長期化するとガス価格やシェール事業者を含む広範な影響が生じる不均衡性があるためだ。
中国のエネルギー調達は、石炭や再生可能エネルギー、原子力による高い自給率と輸送・貯蔵インフラの整備により強靭性を高めている。しかし原油の輸入依存度の高さやロシア・イランへの依存は地政学的リスクを孕んでおり、今後の米国の制裁強化によっては脆弱性が顕在化する可能性がある。
米国のLNG船自国建造計画は、海事産業の再興を目指す国家戦略の一環であるが、建造能力の不足、コスト負担の不透明性、契約形態による価格差など多くの課題を抱えている。これらの不確実性は、米国LNGの競争力や国際市場への影響にもつながる可能性がある。
エネルギー貿易は米中の経済安全保障における競争やロシアを含む大国の共謀に左右される可能性がある。米中露の三か国が共有されたシステムの中で競争しながら協力することは世界大戦の回避やエネルギー貿易の安定につながるかもしれないが、枠外にいる者は不安を感じずにはいられない。
日本を含む第三国の事業者は、調達の多角化と契約形態の柔軟性を確保しつつ、米中あるいは米中露の動向を注視する必要がある。
[1] 「米中衝突と世界経済戦争―その経済・貿易リスクを低下させるには」Foreign Affairs Report 2025年 3月、アイク・フレイマン スタンフォード大学フーバーフェロー、ヒューゴ・ブロムリー ケンブリッジ大学地政学センター リサーチフェロー(応用歴史学)
[2] 中国 商業用原子力発電所の運転開始から30年――原子力発電設備容量がこの10年で大きく拡大 | 一般社団法人日本原子力産業協会 https://www.jaif.or.jp/information/china2024(外部リンク)![]()
[3] Addressing Threats to The United States by the Government of the Russian Federation – The White House https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/08/addressing-threats-to-the-united-states-by-the-government-of-the-russian-federation/(外部リンク)![]()
[4] 「新勢力圏の形成へ」-大国間競争から大国間共謀で Foreign Affairs Report 2025年 6 月、ステイシー・E・ゴダード ウェルズリーカレッジ政治学教授
[5] シェールガス革命が日本の石油化学産業に及ぼす変革 https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_project_/pdf/5/5232/1404_out_e_jp_petrochem_reform.pdf
[6] U.S. ethane production, consumption, and exports set new records in 2024(EIA March20,2025) U.S. ethane production, consumption, and exports set new records in 2024 - U.S. Energy Information Administration (EIA)
[7] Analysis & Projections - U.S. Energy Information Administration (EIA) https://www.eia.gov/analysis/(外部リンク)![]()
[8] The Energy & Minerals Group and American Ethane Announce Execution of Exclusive Arrangement(March 19, 2018)
[9] “Ethane rejection concerns heighten on export block”(Argus07/06/25) https://www.argusmedia.com/en/news-and-insights/latest-market-news/2696628-ethane-rejection-concerns-heighten-on-export-block(外部リンク)![]()
[10] Notice of Action and Proposed Action in Section 301 Investigation of China's Targeting the Maritime, Logistics, and Shipbuilding Sectors for Dominance, Request for Comments(04/23/2025) https://www.federalregister.gov/documents/2025/04/23/2025-06927/notice-of-actionand-proposed-action-in-section-301-investigation-of-chinas-targeting-the-maritime(外部リンク)![]()
[11] US to enforce harbor fee, create Maritime Action Plan to boost shipbuilding(Platts April10,2025)
[12] "Shipping needs to adjust to persistent US-China trade strains: industry leaders"(S&P June4,2025) https://www.spglobal.com/commodityinsights/en/news-research/latest-news/refined-products/060425-shipping-needs-to-adjust-to-persistent-us-china-trade-strains-industry-leaders(外部リンク)![]()
[14] CISTEC journal2025.5(No.217)「米国の船舶法と造船業の現状について」
[15] Reintroduced US SHIPS Act will target owners of Chinese newbuilds (Lloyd's List April 30,2025) https://www.lloydslist.com/LL1153328/Reintroduced-US-SHIPS-Act-will-target-owners-of-Chinese-newbuilds(外部リンク)![]()
以上
(この報告は2025年10月8日時点のものです)
注:本稿は一般財団法人 安全保障貿易情報センターが発行する「CISTEC journal」・No.219(2025年9月)に寄稿されたものについて、同センターから転載の許可を得て、掲載するものです。


