ページ番号1010629 更新日 令和7年10月17日

IEA Global Hydrogen Review 2025から読み解く低炭素水素プロジェクトの現状と課題

レポート属性
レポートID 1010629
作成日 2025-10-17 00:00:00 +0900
更新日 2025-10-17 15:49:03 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 CCS水素・アンモニア等
著者
著者直接入力 伊藤 義治
年度 2025
Vol
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ページ数 17
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地域1 グローバル
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国・地域 グローバル
2025/10/17 伊藤 義治
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概要

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、脱炭素化が難しい分野(いわゆるHard to Abateな産業とされる鉄鋼・セメント・化学や長距離輸送など)における低炭素水素の利用促進は世界的な課題となっている。低炭素水素は既存化石燃料に比べて相対的に高い製造コストなどにより、導入に際しての政策的な支援の必要性が指摘されてきた。日本においても、2024年10月23日に「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会促進法)が施行され、低炭素水素の供給・利用を早期に促進するための事業者支援措置(価格差に着目した支援など)が講じられている。2025年9月に国際エネルギー機関(International Energy Agency/IEA)から発表された「Global Hydrogen Review」の2025年度版の内容を中心に、低炭素水素プロジェクトが現在どのように進展しているのかについて、その現状と課題について報告する。

 

1. はじめに

国際エネルギー機関(IEA)が2021年から毎年公表している「Global Hydrogen Review」の2025年度版[1](以下、GHR 2025)が2025年9月に公表された。本報告では、GHR 2025の報告内容や米国の低炭素支援政策を踏まえた低炭素水素産業の現状に関して、低炭素水素産業の大まかな見通しと、需要拡大に向けた課題の一つである高コスト(価格競争力の確保の難しさ)について取り上げたい。なお、本報告の一部には、IEAのデータおよび分析結果を基にした記述を含むが、内容の解釈などは筆者の見解であり、IEAまたはその加盟国の公式見解を示すものではない点に留意されたい。

今回発表されたGHR 2025では、公表済みのプロジェクトから推定される2030年までに達成される低炭素水素の生産量は年間3,700万トンとされており、前年度の報告書(GHR 2024)における2030年までの低炭素水素の生産量予測値4,800万トンから25%下がる結果となっている(図1参照)。また、2025年時点での低炭素水素の生産量は100万トンに達する見込みであるが、高コストと政策支援の不足から世界の水素総需要(約1億トン)の1%未満に留まっている。

低炭素水素プロジェクトについては、これまでも高コスト、不透明な需要、不確実な規制環境、インフラ整備の遅れといった課題から、産業の発展速度は2020年初頭の水素ブーム時に予測されていたよりも遅れる可能性があることが指摘されてきた。

(図1) 公表されているプロジェクトからの低炭素水素の生産予測

(図1) 公表されているプロジェクトからの低炭素水素の生産予測
(出所:IEA (2025), Global Hydrogen Review 2025, IEA, Paris https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025(外部リンク)新しいウィンドウで開きます, Licence: CC BY 4.0のデータを基にJOGMEC作成)

 

2. なぜ2030年までの低炭素水素の生産量予測は減少したのか?

GHR 2025では、2030年までの低炭素水素の生産量予測が見直され減少した主な要因として、以下の3点が挙げられている。

  1. 遅延により、複数のプロジェクトの予定開始時期が2030年以降に延期されたこと
  2. 市場環境の改善や事業計画の見直しを待つ形で、複数のプロジェクトが無期限に保留となったこと
  3. プロジェクトの中止が確定し、将来計画されていたプロジェクト・リストから除外されたこと

中止されたプロジェクトの理由としては、規制・許認可の問題が44%、経済的課題・資金不足が28%、技術的課題が13%、将来の顧客の不足が9%とされている。また、開発初期段階にあった案件が全体の31%を占め、検討が進んでいたプロジェクトであっても規制や支援制度の不足により苦戦している状況が見られる。GHR 2025は、これらの数値から、2020年代初頭に発表されたプロジェクトの多くが実際の市場や政策状況との整合性を欠いていたことが明らかになったと指摘している。そのうえで、現在の低炭素水素産業は、確固たる事業基盤を持つプロジェクトを中心に再編されつつあり、成熟化の段階に入っていると分析している。

 

3. どういったプロジェクトが進んでいるのか?

3-1. 最終投資決定に進んでいる生産プロジェクト

それでは案件の淘汰が進む中で、どのようなプロジェクトが最終投資決定(FID)に進んでいるのであろうか。IEAが公表しているHydrogen Tracker[2]というデータベースによると、現在FID・建設中のステータスにあるプロジェクトは200件を超えているとされている。図2はFID/建設中のプロジェクトの分布、図3は各地域のFID段階のプロジェクトの案件数を示している。FIDに到達する案件は、規制もしくは政策支援で先行しているヨーロッパ、北米、中国などに集中しており、新興市場・発展途上国については、低コストの再生可能エネルギーへのアクセスが可能だが、規制整備不足、信頼できる資金調達の困難さ、新規需要(鉄鋼(グリーンスチール)、海上輸送、航空など)を確保する枠組の不足などにより、開発に向けた高い障壁に直面していることが確認できる。

(図2) FID・建設段階にあるプロジェクトの地域分布
(図2) FID・建設段階にあるプロジェクトの地域分布
(出所:IEA Hydrogen Trackerより転載)

(図3) 各地域のFID段階の案件数

(図3) 各地域のFID段階の案件数
(出所:IEA, Hydrogen Production and Infrastructure Projects Database, IEA, Paris https://www.iea.org/data-and-statistics/data-product/hydrogen-production-and-infrastructure-projects-database(外部リンク)新しいウィンドウで開きます, Licence: CC BY 4.0のデータを基にJOGMECで作成)

また、CCUSを伴う化石燃料由来の水素製造事業は、案件数こそ少ないものの、1件あたりの生産規模が大きいことが特徴である。Wood Mackenzie社のデータによると、FIDまたは建設中の低炭素水素生産プロジェクトのうち、年間10万トン以上を生産予定のものは図4に示すとおりである。図4に示された11件のうち、8件はCCUSを伴う化石燃料由来の水素製造プロジェクトであり、そのうち5件が北米(米国・カナダ)で検討されている。これは、安価な天然ガスの調達とCCUS関連インフラが比較的整っている北米の優位性を示している。

(図4) 年間10万トン以上の低炭素水素製造プロジェクト
(図4) 年間10万トン以上の低炭素水素製造プロジェクト
(出所:Wood Mackenzie社のデータベース(Lens)を基にJOGMECで作成)

図5は、2022年から2025年上半期までにFIDに到達したプロジェクトの生産量予測の推移を示している。2023年には、サウジアラビアで電解槽を用いた大規模プロジェクトであるNEOMグリーン水素プロジェクトがFIDに至った(電解槽容量2.2GW、低炭素水素生産量23万トン/年を予定)。これにより、低炭素水素の生産量予測は110万トンに達した。なお、本プロジェクトでは、33.3%の出資比率で参画するAir Products社が、全量をオフテイクする契約を締結している[3]

2024年には、これまで北米を中心に進められてきたCCUS付き化石燃料由来プロジェクトのFID件数は減少したものの、中国を中心に電解槽水素のFIDが進展しており、年間100万トン規模の低炭素水素生産量予測は維持されている。

これらFID済みプロジェクトからの生産量予測と、すでに操業中のプロジェクトからの生産量を合計しても、約420万トン/年にとどまる。これは、発表済みの潜在的生産量3,700万トン/年の約11%にすぎない。つまり、残りの大部分は依然として不確実性の高いプロジェクトに依存している状況となっている。

(図5) FID済みのプロジェクトからの潜在的低炭素水素生産量の推移(2022年~2025年上半期)

(図5) FID済みのプロジェクトからの潜在的低炭素水素生産量の推移(2022年~2025年上半期)
(出所:IEA (2025), Global Hydrogen Review 2025, IEA, Paris https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025(外部リンク)新しいウィンドウで開きます, Licence: CC BY 4.0から転載)

 

3‐2. 需要側の観点

世界の水素需要は2023年比で2%強増加し2024年に約1億トンに達した。GHR 2025によると、水素需要の増加傾向は継続しており、2025年に1億トンを超えることが見込まれている。地域別では中国が約2,900万トンで最大の消費国となり、第2位の北米(約1,600万トン)のほぼ2倍に相当する。需要の伸びは、石油精製および化学用途向けなどの既存産業部門によってけん引されており、温室効果ガス(GHG)の排出削減や新燃料用途といった低炭素水素導入促進による需要増加は限定的となっている。低炭素水素の需要は、中国を中心とした既存の工業プロセスや精製プロセスにおける再生可能エネルギー由来の水素利用拡大によって増加傾向にあるが、全水素需要1億トンの1%未満に留まっている。

GHR 2025によると、2024年にオフテイク契約が締結された低炭素水素の取引量は170万トンで、2023年のオフテイク契約締結量の240万トンから減少する結果となっている。また、オフテイク契約のうち、供給者と購入者の双方に拘束力を有する確定契約の割合は、2023年の約30%から2024年には約20%へと低下していることが示されている。契約内容の内訳を見ると、2023年から2024年にかけて精製部門など既存産業用途向けの契約はやや減少する一方、鉄鋼、海運、航空、発電といった新規用途向けの契約量は55万トンから70万トンへと漸増していることが報告されている。さらに、新規用途の分布にも変化が見られ、2023年には航空と海運が中心であったが、国際海事機関(IMO)のネットゼロ枠組みの影響により、2024年には海運向けが新規用途向け契約の約半数を占めるまでに拡大し、また鉄鋼および電力分野での契約も増加傾向にあるとされている。

2021年~2025年上半期までのオフテイク契約のうち、拘束力のある確定契約の累計契約量は約160万トンになるが、その内訳を示したものが図6となる。石油精製・工業炉・蓄電池などの低炭素水素を直接利用する分野よりも、低炭素水素を使った製品に関する契約が約75%を占めており、GHR 2025では、政策手段として公共調達(Public Procurement)を活用して、水素を利用した低炭素製品(肥料、鉄鋼、船舶・航空燃料など)の市場形成を後押しするように提言がされている。

(図6) 確定したオフテイク契約の累計契約量の分野別内訳(2021年~2025年上半期)

(図6) 確定したオフテイク契約の累計契約量の分野別内訳(2021年~2025年上半期)(出所:IEA (2025), Cumulative firm offtake agreements of low-emissions hydrogen by end product, 2021-2025, IEA, Paris https://www.iea.org/data-and-statistics/charts/cumulative-firm-offtake-agreements-of-low-emissions-hydrogen-by-end-product-2021-2025(外部リンク)新しいウィンドウで開きます, Licence: CC BY 4.0のデータを基にJOGMECで作成)

GHR 2025によると、地域分布ではオフテイク契約総量の約50%は欧州に集中しており、次いで日本が8%を占めているとされている。また、欧州は化学・鉄鋼・石油精製など複数のセクター向けでオフテイク契約が進んでいるが、日本のオフテイク契約は電力セクターに集中しているという特徴が示されている。需要創出のために再生可能エネルギー指令(RED)を導入している欧州や価格差支援を導入している日本などでオフテイク契約が進んでおり、政策措置が初期の市場形成の足掛かりとなる可能性を示していると考えられる。

 

3-3. 資金調達の観点

GHR 2025で報告されている低炭素水素製造プロジェクトへの投資額としては、2024年に43億ドルに達している(なお、2024年の43億ドルは、他のエネルギー分野である新規天然ガス生産への2024年の投資と比較すると約25分の1程度の規模)。さらに2025年には低炭素水素製造プロジェクトへの投資額は79億ドルに増加する可能性があり、2023年以降の年平均成長率は80%を示している(図7左部参照)。地域別では、2025年の資金支出は中国と欧州が最も高く、次いで米国となる見込みとされている。中国と欧州は電解槽を用いた水素製造プロジェクトへの資金拠出が多く、米国ではCCUSを伴う化石燃料由来の水素製造への投資配分比率が高い。また、用途別では、既存の水素需要がある石油精製や産業施設向けの水素が約55%を占め、燃料用途向け(輸出向けを含む)が約23%、道路輸送用途向け(Mobility)は約11%とされている(図7右部参照)。

(図7) 低炭素水素プロジェクトの投資額の推移と投資先の水素用途

(図7) 低炭素水素プロジェクトの投資額の推移と投資先の水素用途
(出所:IEA (2025), Global Hydrogen Review 2025, IEA, Paris https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025(外部リンク)新しいウィンドウで開きます, Licence: CC BY 4.0のデータを基にJOGMECで作成)

資金調達の方法としては、プロジェクトの規模に応じて、自己資金の場合とプロジェクト・ファイナンスの場合があるが、いずれの場合においても、補助金・税制優遇(米国の45Qや45Vなど)・低利融資(開発銀行や国際金融機関からの融資)などの公的支援が前提となっており、初期段階においては不可欠な要素となっている。

最近の資金調達が進んでいる大規模プロジェクトとしては以下の例が挙げられ、いずれにおいても公的支援が民間セクターのリスク低減に重要な役割を果たしている。

  1. NEOMプロジェクト
  • 2023年にサウジアラビアで建設が開始した2.2GWの電解槽を用いた低炭素水素・アンモニア製造プロジェクト。株式保有比率は、政府系ファンドであるPublic Investment Fund(PIF)傘下のプロジェクト会社NEOM 33.3%、ACWA Power 33.3%、Air Products 33.3%。
  • 当初の開発コストは50億ドル[4]とされていたが、2020年以降のインフレ、資金調達コスト、送電インフラ整備などの影響を受け、最終的に84億ドルで最終投資決定(FID)が行われた。本プロジェクトは従来の政府などからの補助金等を受けていないものの、政府系金融機関であるPIFが本プロジェクトのプロジェクト会社であるNEOMおよびパートナーであるACWA Power(PIFが44~50%の出資比率とされている)に出資しており、サウジアラビア政府が多額の株式を保有することで、投資リスクは軽減されている。
  • GHR 2025によると、債務の60%以上は政府系銀行および開発銀行による長期融資で構成されており、このうち20%は政府系金融機関であるサウジアラビア工業開発基金(Saudi Industrial Development Fund)からの融資とされており、資金調達コストも抑制されている。
  1. Blue Pointプロジェクト
  • 米国・ルイジアナ州での低炭素アンモニア製造プロジェクト。株式保有比率は、CF Industries 40%、JERA 35%、三井物産25%。
  • 2029年から年間140万トンのアンモニアを生産する計画(理論値ベースでは約25万トン相当のCCUSを伴う天然ガス由来の水素を生産する計画)で、CO2の地下貯留(CCS)についてはOxy子会社の1PointFiveが担当し、年間約230万トンのCO2をルイジアナ州に輸送・貯留する予定。総事業費は40億米ドルとなっている。
  • 三井物産は株式会社国際協力銀行(JBIC)と融資金額約6.26億ドル(JBIC分)を限度とする貸付契約を締結[5]しており、政府系金融機関からの資金調達を行っている。
  • 米国の低炭素水素事業については、低炭素水素関連事業の収益化をサポートする炭素回収・貯留税額控除(IRA 45Q)やクリーン水素生産の税額控除(IRA 45V)などのインセンティブ制度が準備されている。
  1. Stegraプロジェクト
  • スウェーデンで700MW規模の電解槽を用いた低炭素水素から年間250万トンのグリーンスチール製造を目指すプロジェクト。
  • 2026年の操業開始を目指しており、開発資金は65億ユーロとされている。欧州イノベーション基金(Innovation Fund)から2.5億ユーロの助成金を受けている。Stegraの債務による資金調達(約42億ユーロ)は民間銀行からの調達で公的資金は20%未満(出所:GHR 2025)となっているが、スウェーデン国家債務庁(Riksgälden)が80%保障、ドイツの輸出信用機関(ECA)が95%を保証(それぞれ最大12億ユーロ)[6]しており、公的機関やECAが融資に保証を付けてリスクを低減して民間投資を引き込む仕組みになっている。

その他、資金調達に成功したプロジェクトに共通するポイントとして、確固たる需要家(オフテイカー)の確保が挙げられる。NEOMプロジェクトでは、33.3%の出資比率で参画しているAir Products社が、生産されるアンモニア全量を30年間にわたり引き取る契約を締結している。Blue Pointプロジェクトについては、碧南火力発電所でのアンモニア混焼に向けた低炭素アンモニアの調達を進めているJERAが参画している。さらにStegraプロジェクトでは、250万トンのクリーンスチールの約半分相当量について、5~7年の拘束力のあるオフテイク契約を自動車セクターや建材業者などを中心に締結している。また、Stegraプロジェクトは、Microsoftとのデータセンター向けの建設用部材としてのクリーンスチール供給契約に加えて、クリーンスチールの環境価値(Envorimental attribute certificates/EACs)取引契約も締結[7]し、収入源の多様化にも取り組んでいる。

このように、資金調達の実現可能性は、公的機関による支援(補助金や保証など)に加えて、契約済みのオフテイクと強固なパートナーシップに大きく依存していることが確認される。

 

4. 低炭素需要拡大に向けた課題:コスト競争力

低炭素水素が天然ガスなどの既存のエネルギーを代替するためには、技術の成熟、コスト競争力の確立、オフテイクの確保、政府支援(安定したインセンティブ制度)、そして産業クラスターの活用が不可欠となる。コスト競争力の観点では、低炭素水素の製造コストは、化石燃料由来の場合には天然ガスの調達コスト、電解槽を用いた場合には再生可能エネルギーのコストなど、地域要因によって大きく左右される。また、GHR 2025によると、公表済みのプロジェクトからの低炭素水素の約45%は輸出向けで計画されている。このため、低炭素水素の価格競争力を議論するためには、輸送・貯蔵コストも評価する必要があるが、以下の項目では、まずは製造コストにのみフォーカスしている。

(図8) CCUSを用いた天然ガス由来の水素製造コスト

(図8) CCUSを用いた天然ガス由来の水素製造コスト
(出所:IEA Hydrogen Tracker[2]のデータを基にJOGMECで作成)

図8は、地域別におけるCCUSを伴う化石燃料由来の水素の製造コストを示しており、2024年時点と、現行政策ベースで脱炭素化が進んだ場合の2030年時点の推定値を比較している。また図9は、太陽光発電からの電力を想定した電解槽ベースの水素製造コストを地域別に示している。2024年時点における地域別の製造コスト推定値は、CCUSを伴う化石燃料由来の水素で1.5~5.0ドル/kg-H₂程度、電解槽を用いた水素で3.4~26.3ドル/kg-H₂程度の範囲にあるとされている。ただし現時点で入手可能な情報は、低炭素水素の市場取引がほとんど存在しないため極めて限定的である。さらに、実際にFIDに至ったプロジェクトに関してもコスト関連の情報は機密扱いとなる場合が多く、公表データは限られている。そのため、製造コストの内訳を評価するには、限られた情報に基づいて仮定を置きながら推定する必要がある。図10には、Wood Mackenzie社のデータや、米国エネルギー省(DOE)傘下の研究機関であるNational Renewable Energy Laboratory(NREL)が公開する水素製造コスト分析ツール(H2A)[8]を活用して作成したコスト内訳を示している。これらの数値は前提条件によって変動するため、あくまで一例にすぎないことに留意されたい。

(図9) 太陽光発電を用いた電解槽による水素製造コスト

(図9) 太陽光発電を用いた電解槽による水素製造コスト
(出所:IEA Hydrogen Tracker[2]のデータを基にJOGMECで作成)

CCUSを伴う化石燃料由来の水素製造施設の設備投資(CAPEX)は高額になるが、図10に示したように、最終製造コストにおいては、天然ガスの調達コスト、プラント運用に必要な電力代などのエネルギーコストの影響も大きく、CAPEXが高いことが必ずしも導入に際しての障害となるわけではない。燃料調達コストと電力コストが最終的な製造コストの価格競争力を左右する要因となるため、安価なガスの調達が可能な北米(米国・カナダ)などがCCUSを伴う化石燃料由来の水素製造事業をけん引している。一方、電解槽を用いた再生可能エネルギーを利用した水素製造の場合、電力調達コストと電解槽施設投資で製造コストの約70%の割合を占めており、電解槽の価格・性能および再エネの調達コストが価格競争力に大きな影響を与える。このため、電解槽の開発・導入をけん引している中国(GHR 2025によると2024年時点で世界で導入されている水電解設置容量2GWのうち50%が中国で導入されている)や再エネ電力コストが安いと言われている中東・インドなどが優位性を持っている(世界平均の太陽光発電コストが0.049ドル/kWhとされる中で、中東などでは太陽光発電コストが0.02ドル/kWhの案件も存在するという報告[9]もある)。

また、OECD/世界銀行が2024年に発表した「Scaling Hydrogen Financing for Development」ixにおいては、水素製造コストにおける資金調達の際に発生する資本コストの影響の大きさも指摘されており、資本コストが15%から5%に低下した場合、水素の平準化コスト(Levelized Cost Of Hydrogen)は最大45%削減される可能性があることが示されている(図11参照)。

(図10) 水素製造コストの内訳
(図10) 水素製造コストの内訳
(出所:左図はWood Mackenzie社の2030年テキサス州で生産開始を想定した場合の水素製造コストデータを基にJOGMECで作成、右図はNRELの水素分析ツールH2A(注)を利用してJOGMECで作成)

注:右図の試算には、アルカリ電解槽の設置コストとして1,000ドル/kWh、太陽光発電コスト0.07ドル/kWh(いずれも国際クリーン交通委員会(International Council on Clean Transportation, ICCT)のAssessment of Hydrogen Production Cost from Electrolysis[10]のデータを参照)、Fixed OPEXについてはCAPEXの5%、水素1kgの製造に必要な電力は55 kWh/kg、水は3.8ガロン/kgと仮定している。また、本分析は、NRELがDOEのために開発した H2A-FAST モデルに基づくものです。分析結果は著者の見解によるものであり、NREL、DOE、 Alliance for Sustainable Energy, LLC 、またはICCTの立場を代表するものではありません。

(図11) 水素の平準化コストにおける資本コストの影響
(図11) 水素の平準化コストにおける資本コストの影響
(出所:世界銀行(World Bank)、経済協力開発機構(OECD)ほか「Scaling Hydrogen Financing for Development」(2024年)より転載)

水素製造コストを低下させるための政策的支援の役割も重要である。米国のクリーン水素生産の税額控除(IRA 45V)の場合は、表1に示すように生産される水素の炭素強度に応じて、操業開始後10年間インセンティブが付与されることになる。また、炭素回収・貯留税額控除(IRA 45Q)は、炭素強度とは関係なく、回収・貯留したCO2の量に応じて税額控除を受けることができる制度である。雇用などの要件を満たした場合、CCSによる貯留であっても、EOR(増進回収)であっても、1トンのCO2あたり85ドル(=0.085ドル/kg-CO2)の税額控除を受けることが可能である。米国でCCUSを伴う化石燃料由来の水素製造プロジェクトを実施する事業者の場合、製造される炭素強度や回収・貯留されるCO2量に応じて、IRA 45Vを利用するかIRA 45Qを利用するかを決定している。

(表1) クリーン水素生産(IRA 45V)の税額控除額

(表1) クリーン水素生産(IRA 45V)の税額控除額
(出所:Clean Hydrogen Future Coalition 「Clean Hydrogen Incentives in the  One Big Beautiful Bill Act of 2025」[11]等を基にJOGMECで作成)

DOEの外部アドバイザリー機関であるNational Petroleum Councilが2024年に発表した「Harnessing Hydrogen–A key element of the U.S. Energy Future」[12]で評価されているCCUSを伴う天然ガス由来の水素(水蒸気改質法(Steam Methane Reforming, SMR)で水素を製造し、90%以上の回収率でCO2を回収する想定)をテキサス州周辺で製造した場合の炭素強度は2025年で2.86 (kg-CO2/kg-H2)と評価されており、IRA 45Vを利用する場合には、0.60ドル/kg-H2の税額控除を受ける資格を持つことになる。

もし、上記と同じ条件(SMRで水素を製造し、90%の回収率でCO2の地下貯留を行う)で製造された低炭素水素でIRA 45Qを利用する場合は、約0.7ドル/kg-H2の税額控除を受ける資格を持つことになる(SMRプロセスで排出されるCO2は9.35 kg-CO2/kg-H2[13]程度であり、このCO2を90%で回収した場合、水素1kgに対して9.35×0.9=8.415 kgのCO2が税額控除の対象となる。IRA 45Qでは1kgのCO2あたり0.085ドルの税額控除が適用されるため、8.415 kg-CO2/kg-H2×0.085ドル/kg-CO2⁼0.7ドル/kg-H2の控除を受けられる計算となる)。

図12に、2024年時点の水素製造コストを前提とした試算結果を示している。GHR 2025においてCCUSを伴う化石燃料由来の水素の製造コストが現状で最も低いと評価されている中東でのプロジェクトと比較して、IRA税額控除を適用した後でも米国での水素コストは依然として高くなる。ただし、CO2回収効率を高めてIRA 45Qの対象となるCO2回収量を増やすことや、上流・中流工程での排出削減(米国平均で1.8 kg-CO2/kg-H2)を進め最終製品の水素の炭素強度を下げることでIRA 45Vによる控除額を引き上げることができれば、中東でのプロジェクトと比較しても十分に価格競争力を持つ可能性があると考えられる。

また、米国で電解槽を用いた水素製造事業を再生可能エネルギー電力で実施した場合、IRA 45Vで最大3.00ドル/kg-H2の税額控除を受けることができる可能性が高い。さらに、太陽光や風力発電などのクリーン電力生産控除(IRA 45Y、0.3セント/kWhのインセンティブ)を対象にした電力源から水素製造プラントの電力を調達する場合、水素製造コストを下げる補助要素となる可能性もある。しかし、図9と図10に示した通り、2030年断面においても、CCUSを伴う化石燃料由来の水素と電解槽を用いた水素のコスト差は大きく、米国で電解槽を用いた水素が普及するためには、欧州で導入されている炭素価格制度(EU-ETSやCBAMなど)と同様の制度によって、より炭素強度の低い製品を求める市場が開拓される必要があると考えられる。また、IRA 45VもIRA 45YもOBBB法(One Big Beautiful Bill Act)における改正で、適格施設の運転開始期限が2027年末に制限されたことで、米国内における電解槽を用いた水素製造プロジェクトの見通しはより慎重になる可能性もある。

(図12) 米国の税額控除を適用した場合の水素製造コストへの影響
(図12) 米国の税額控除を適用した場合の水素製造コストへの影響
(出所:IEA Hydrogen Trackerのデータ等を用いてJOGMECで作成)

このため、(米国に限らず)低炭素水素の市場開拓においては、まずコストの低いCCUSを伴う化石燃料由来の水素・アンモニアを既存の産業用途に適用することが重要である。さらに、船舶燃料や、日本・韓国における石炭火力との混焼といった新規用途への展開を進め、将来的に電解槽を用いた水素が主流となるための基盤を整えることが期待される。

ただし、国際的な取引市場がすでに存在するアンモニアであっても、GHR 2025によると現在の世界のアンモニア生産量2億トンのうち海上輸送取引されているのは約10%(約2,000万トン)にとどまっており、国際取引市場と港湾などのインフラ整備は依然として限定的である。そのため、新規用途を含めてCCUSを伴う化石燃料由来アンモニアを普及させるには、輸送・貯蔵、さらに最終仕向け地で水素として利用する場合にはクラッキング施設など、バリューチェーン全体のインフラに対する大規模投資が不可欠となる。また、将来的に電解槽を用いた水素へ移行するには、移行期間においては、電解技術の改良と普及を着実に進めることも重要である。小規模であっても実操業に移行できるプロジェクトを積極的に立ち上げ、学習効果を通じた製造コストの低減を継続的に図っていくことが求められると考える。

 

 

[1] IEA (2025), Global Hydrogen Review 2025, IEA, Paris https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025(外部リンク)新しいウィンドウで開きます, Licence: CC BY 4.0

[2] IEA, Hydrogen Tracker – Data Tools , https://www.iea.org/data-and-statistics/data-tools/hydrogen-tracker(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[8] H2A: Hydrogen Analysis Production Models | Hydrogen and Fuel Cells | NREL, https://www.nrel.gov/hydrogen/h2a-production-models(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[9] OECD/The World Bank (2024), Scaling Hydrogen Financing for Development, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/0287b22e-en(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.

[10] ICCT, Assessment of Hydrogen Production Costs from Electrolysis: United States and Europe, https://theicct.org/publication/assessment-of-hydrogen-production-costs-from-electrolysis-united-states-and-europe/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[12] National Petroleum Council(2024), Harnessing Hydrogen, https://harnessinghydrogen.npc.org/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[13] Hannah Hyunah Cho, Vladimir Strezov, Tim J. Evans, Environmental impact assessment of hydrogen production via steam methane reforming based on emissions data,
Energy Reports, Volume 8,2022, Pages 13585-13595, ISSN 2352-4847,
https://doi.org/10.1016/j.egyr.2022.10.053(外部リンク)新しいウィンドウで開きます.
(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352484722019874(外部リンク)新しいウィンドウで開きます)

以上

(この報告は2025年10月17日時点のものです)

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