ページ番号1010657 更新日 令和7年11月26日

国内供給優先方針を強めるインドネシア -LNG輸出規制の現況と今後の見通し-

レポート属性
レポートID 1010657
作成日 2025-11-26 00:00:00 +0900
更新日 2025-11-26 11:20:38 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG
著者 都築 真理子
著者直接入力
年度 2025
Vol
No
ページ数 17
抽出データ
地域1 アジア
国1 インドネシア
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 アジア,インドネシア
2025/11/26 都築 真理子
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概要

  • 電力需要の増加と産業での使用量増加により、天然ガスの国内需要が政府の想定を上回るペースで急増しているインドネシアでは、2024年末以来、国内需要を満たすために輸出用のLNGカーゴの一部を国内用に振り向けるなど、国内供給優先方針を強める動きが見られている。また、2036年にはLNG輸出を完全に停止する計画も持ち上がっており、今後のLNG輸出の安定的な継続について不確実性が高まっている。
  • インドネシアでは、2060年ネットゼロ目標の達成に向けて脱炭素化とエネルギー転換の加速を目指す一方で、価格の手頃さやエネルギー安全保障が重視されており、天然ガスを「エネルギー移行の橋渡し燃料」として位置づけるとともに、国内向けガス供給を優先する政策を掲げている。
  • 国内需給が逼迫している状況下にあっても政府はLNG輸入に対して強い抵抗感を示しており、輸出を削減することで国内のエネルギー安全保障を確保しようとしているが、LNG輸出を完全に停止してしまうと、最終的には手頃な価格の喪失とエネルギー安全保障の低下に繋がりかねないリスクがある。
  • インドネシアのLNG輸出にかかる政策予見性の低下や輸出継続の不確実性に直面している日本および本邦企業にとってもリスクが生じており、インドネシア国内からも国際的なLNG市場における信頼性の低下を懸念する声が上がっている。
  • 今後も国内供給優先やLNG輸出削減の方針は続く一方で、少なくとも2036年時点ではLNG輸出の「完全停止」までには至らない可能性は十分あると考えられるが、今後の長期供給契約更新や新規契約締結の可能性は国内需要の充足後にどれだけ余剰供給力があるかがカギとなるため、日本としても天然ガス生産量の増加に寄与する協力継続が必要である。

 

1. はじめに

インドネシアは、2024年実績でインド・中国・米国に次ぐ世界第4位の人口(2億8千万人超)を擁する東南アジアで最大のエネルギー市場である。かねてより資源ナショナリズム的思想が強いといわれる同国では、憲法をはじめとする各法令や政策で国内需要向けエネルギー供給の確保に重点が置かれており、国内供給義務(DMO:Domestic Market Obligation)[1]や特定天然ガス価格(HGBT:Harga Gas Bumi Tertentu)政策[2]等に代表される国内供給優先方針が既定路線となっているのだが、こと天然ガスに関しては、電力需要の増加と産業での使用量増加により政府の想定を上回る国内需要の急増に直面しており、昨年末以来、国内需要を満たすために輸出用のLNGカーゴの一部を国内用に振り向けるなど、国内供給優先方針をいっそう強める動きが見られている。石油・天然ガス上流の監督機関であるSKK Migasは、出荷のキャンセルではなく、あくまでも輸出スケジュールの変更(延期)と未契約カーゴの再配分により対応することで現行契約の履行義務は果たす意向を強調しており、これまでのところ、海外のLNGバイヤーに大きな影響は生じていないと説明しているものの、今後の状況によっては国内振り向けの動きがさらに拡大する可能性も警告しており、LNG輸出の不確実性の高まりが懸念されている。

また、直近の動きもさることながら、2006年頃に浮上したLNG輸出削減方針(当時のユドヨノ大統領が表明した輸出志向から国内市場志向への転換の動き)が近年先鋭化しており、「2035年までにLNG輸出を徐々に削減し、2036年には完全に輸出を停止する」という長期計画が2021年に打ち出されたのを皮切りに、政府関係者が将来的な輸出停止可能性について度々言及していることも静かに波紋を広げている。図1はインドネシアのエネルギー・鉱物資源省(MEMR)の傘下で石油・天然ガス分野の政策立案と規制を担う政府機関である石油ガス総局(Direktorat Jenderal Minyak dan Gas Bumi, 通称「MIGAS」)が2024年3月に大阪で開催された第7回Oil and Gas Security Network Forum(OGSN Forum)で発表した資料からの引用であるが、国内向け供給量と輸出量は2012年を境に逆転しており、国内向けの天然ガス供給量が今後も右肩上がりで増加し、2035年時点では総供給量の97%を占める見通しとなっている一方で、輸出量は徐々に削減され、2035年には同3%まで落ち込む見通しとなっている[3]

(図1)インドネシア政府が示す天然ガスの国内供給量・輸出量の推移と今後の見通し
(図1)インドネシア政府が示す天然ガスの国内供給量・輸出量の推移と今後の見通し
(出所:MIGAS)

本稿では、そのような政策が策定されている背景について掘り下げるとともに、同国のLNG輸出規制の動きを巡る不確実性が与える影響やリスク、今後の見通し等について考察する。

 

2. インドネシアにおけるエネルギー概況と天然ガスの位置づけ

インドネシアでは、2060年ネットゼロ目標の達成に向けた長期戦略がエネルギー政策の主軸となっており、脱炭素化(特に石炭依存からの脱却)とエネルギー転換の加速を目指す中で、国内需要のためのエネルギー供給を確保することに重点が置かれている。

2024年の1次エネルギーミックスおよび電源構成においては化石燃料比率がかなり高く、特に石炭依存度は東南アジアの主要国の中でも高い部類に入る(図2)。一方、今年の6月に発表された最新の電力供給事業計画(RUPTL)では、1次エネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの比率を2024年の13%から2034年には34.3%に、電源構成においては19%から76%まで引き上げるという野心的な目標を設定しているが(図3)、計画前期(2025年~2029年)においては、天然ガスと石炭の増加幅が大きく、当面は化石燃料依存が継続する想定となっていることが窺える(図4)。

(図2)1次エネルギーミックスおよび電源構成の国別比較(2024年)
(図2)1次エネルギーミックスおよび電源構成の国別比較(2024年)
(出所:2025 The Energy Institute Statistical Review of World EnergyよりJOGMEC作成)
(図3)2034年の1次エネルギーミックスおよび電源構成の目標
(図3)2034年の1次エネルギーミックスおよび電源構成の目標
(出所:RUPTLを基にJOGMEC作成)
(図4)2034年までの電力源別追加発電設備容量(GW)
(図4)2034年までの電力源別追加発電設備容量(GW)
(出所:RUPTLを基にJOGMEC作成)

その背景には、ガスパイプラインや送電網等のインフラが十分に整備されていないという事情がある。経済成長によりエネルギー需要が増大する一方で、地域によりエネルギーへのアクセスに偏り、格差、不平等があり、電力へのアクセスもばらつきがある(図5)。現在、家庭用の主なエネルギー源はLPGであるが、未だクリーンな調理用燃料へのアクセスを持たず、薪やケロシン(調理用灯油)等の伝統的な燃料に頼っている地域もある(図6)。

(図5)インドネシアにおける地域別の総発電設備容量の違い(2024年)
(図5)インドネシアにおける地域別の総発電設備容量の違い(2024年)
(出所:EIA; Country Analysis Brief Indonesia 2025)
(図6)インドネシアの家庭で用いられている調理用燃料(2023年)
(図6)インドネシアの家庭で用いられている調理用燃料(2023年)
(出所:IESR; Indonesia Energy Transition Outlook 2025)

このような事情はインドネシアに限らず、東南アジア全体に共通する課題となっている。そのため、東南アジアでは環境の持続可能性よりも価格の手頃さ(Affordability)やエネルギー安全保障が重視される傾向にあり、低排出・持続可能なエネルギー源と従来のエネルギー源(化石燃料)との組み合わせによる「バランスの取れた現実的かつ柔軟なアプローチ」が求められている[4]。そのような潮流の中で、信頼性、経済性、実用性、エネルギー安全保障、炭素排出削減の観点から、今後ますます重要なエネルギー源として位置づけられる見通しとなっているのが天然ガス、特にLNGである。インドネシア政府もまた、「エネルギー移行の橋渡し燃料」として天然ガスの使用を最大限に高め続ける意向を表明するとともに、「国内向けガス供給の優先化」をアクションプランの1つに掲げている。[3]

このような政策の策定にあたり、政府が依拠している法律[5]の1つが、国内需要向けエネルギー供給の確保や国内資源の活用に重点を置くことを定めている「国家エネルギー政策に関する2014年政府規則第79号」である。また、冒頭で取り上げた「輸出用のLNGカーゴの一部を国内用に振り向ける動き」については、「2016年エネルギー・鉱物資源省令第6号:天然ガスの配分、利用、価格設定に関する規則と手続き」に依拠しているものと考えられる。同省令では、国内の産業ニーズのための天然ガス生産を優先することを規定しているほか、天然ガス・LNGの輸出が認められる条件として、「国内の天然ガス需要が満たされている場合」および「国内のガス購買力が不十分な場合(インフラが不十分であることに起因する場合を含む)」の2点を規定している(図7)。輸出許可は石油ガス総局(MIGAS)の推薦に基づき商務省(MOT)によって発行されるが、従来は1年毎に承認される運用であったのが、いつの頃からか四半期毎となり、現在は一カ月毎、それも、対象月の国内需要に対するLNGカーゴの割り当て確定後に当該月の輸出承認が実施されていると聞く。そのため、直前のタイミングまで輸出許可が下りるか否かがはっきりせず、先の見通しが立ちにくいという状況にあり、不確実性が生じている。

図7 エネルギー・鉱物資源省令で定められた天然ガス・LNG輸出が認められる条件
(図7)エネルギー・鉱物資源省令で定められた天然ガス・LNG輸出が認められる条件

(出所:SSEK Law Firm “Indonesia: Law and Practice”[5]を基にJOGMEC作成)

 

インドネシアでは、1978年に国内で最初のLNGプロジェクトが稼働し、以降2005年までは世界トップのLNG輸出国として長いこと君臨していた。日本にとっても1990年代後半から2007年までLNG調達先第1位であったが、2025 The Energy Institute Statistical Review of World Energyによれば、2024年のインドネシアのLNG輸出量は世界で第7位、日本にとってのLNG調達先としても第7位と、以前からその順位を大きく下げている。

ガス生産量は2010年以降2020年まで減退傾向にあったが、直近では回復傾向にあるとともに、供給が需要を大きく上回る形となっている(図8)。今後予定されているアバディLNGプロジェクトの稼働や既発見ガス田からの生産開始が生産量増加に貢献し、成熟ガス田の減退分を部分的に相殺すると見込まれるため、短中期的にはこの先も生産量は増加する見通しである(図9)。

(図8)インドネシアにおける天然ガスの需給推移(1965-2024)
(図8)インドネシアにおける天然ガスの需給推移(1965-2024)
(出所:2025 The Energy Institute Statistical Review of World EnergyよりJOGMEC作成)
(図9)ガス生産量と主要プロジェクトからの追加供給の見通し
(図9)ガス生産量と主要プロジェクトからの追加供給の見通し
(出所:Indonesia Gas Society(IGS), Rystad Energy; IGS White Paper 2024)

しかし、ジャカルタを含む西部の人口密集地・工業地帯付近での天然ガス生産は引き続き減退傾向にあり、生産の大部分は東部と北部に集中している。多数の島嶼部で構成されているというインドネシアの地理的な特性上、島嶼間でのパイプライン敷設が困難な場所も多く、供給地と需要地を結ぶパイプライン等のインフラ不足がネックとなり、生産は足りていても十分に供給を満たすことができていない(図10)。また、生産量の追加よりも早いスピードで自然減退が進むため、長期的には供給量の減少が避けられず、いずれ供給が需要に追い付かなくなると見られている。そのため、2030年代~2040年初頭頃にはLNG純輸入国に転じる可能性が指摘されているが、現状、西ジャワ周辺のLNG受け入れ施設は発電用途が主となっていることから、需要増に対応するために多くのLNGを輸入するには(東部・北部の国内供給地からのLNG「輸入」の増加も含む)、再ガス化インフラの拡充が先決事項となる。

(図10)インドネシアの天然ガス・LNGインフラ(2025年7月時点)
(図10)インドネシアの天然ガス・LNGインフラ(2025年7月時点)
(出所:EIA; Country Analysis Brief Indonesia 2025)

他方、インドネシアの公式な統計上では、これまで海外からの天然ガス・LNGの輸入は一度も行われていないことになっている。政府は、国内需給が逼迫している状況下にあっても、足元でのLNG輸入の必要性については否定する発言を繰り返しており、そこからはLNG輸入に踏み切るのをできる限り後ろ倒しにしたいという強い意志が感じ取れる。それでは、なぜインドネシアはLNG輸入の必要性を頑なに否定するのだろうか。次章ではその背景について考察する。

 

3. LNG輸入に対してインドネシアが強い抵抗感を示す理由

大きな理由の1つは、石油の貿易赤字が続いていることにあると考える。政府の統計資料によると、同国の貿易収支は63カ月連続で黒字を記録中なのだが、石油・ガス部門では赤字が続いている。2025年1月~7月期の総輸出額は非石油・ガス部門が牽引し、1,601.6億ドル(前年同期比8.03%増)である一方、総輸入額は1,365.1億ドル(同3.41%増)で、貿易収支全体では236.5億ドルの黒字(同74億ドル増)となっている。そのうち、非石油・ガス部門は340.6億ドルの黒字であるのに対し、石油・ガス部門は104.1億ドルの赤字となっている(図11)。といっても、前述のとおり公式な統計上ではガスの輸入実績はゼロであるため、実質的にはすべて石油輸入による赤字ということになる。そのため、LNGの輸入に踏み切ることによって、これ以上、石油・ガス部門の赤字を膨らませたくないという考えがあるのではないだろうか。

(図11)インドネシアの月次貿易収支推移(2024年1月~2025年7月)
(図11)インドネシアの月次貿易収支推移(2024年1月~2025年7月)
(出所:インドネシア中央統計局(BPS))

それだけではなく、輸入への依存度が高まれば、必然的に国際市場の地政学的リスクや価格変動リスクの影響を受けやすくなることから、供給の不安定性が増大し、エネルギー安全保障の低下に繋がる。エネルギー価格が高騰すれば、手頃な価格の喪失にも繋がるため、それらが国内の経済や産業に与える影響を懸念しているということも勿論あるに違いない。インドネシア国内の産業エンドユーザー向け市場価格(HGBT政策の適用対象外)は、供給元のガス田からの距離やパイプライン等インフラの整備状況により地域で異なるものと考えられるが、現地の企業関係者から聞き及んだところによると、ジャワ島の一部エリアにおける2025年1月から9月末までの通常価格は11ドル/MMBTU程度だったということである[6]。2025年9月の北東アジアのアセスメントされたスポットLNG価格JKMは1MMBTU あたり11ドル前半~半ばで推移していたことから、一見すると大差はないように思われるが、実際の供給価格には輸入したLNGの再ガス化経費や島嶼間の輸送コストが上乗せされることとなるため数ドル割高となる。また、上述のとおり国際市場価格は変動が大きい。事実、JKMは2025年2月10日には欧州ガス価格高騰の影響を受けて17ドル前半まで上昇、6月にも中東情勢の緊張の高まりを受けて14ドル後半まで上昇した。もしLNGを海外から輸入することになれば、その差額は国内消費者に転嫁されるか、その輸入者が負うこととなり、反発は必至であろう。また、国内の特定産業向け天然ガス価格は6.5~7ドル/MMBTUであるから[2]、差額はより大きくなり、政府の補助金負担も圧迫されることとなる。

また、政府が資源ナショナリズム的な国民感情を強く意識していることも背景にありそうだ。石油は既に2003年から純輸入国に転じているが、純輸入国化に至った根本的な原因は、生産への投資不足を招いたエネルギー政策にあったと指摘されている。しかし、国民の中には、石油資源が国の経済発展に寄与することなく輸出され、外資に浪費されてしまったと見なす風潮もあったといわれている。その結果、輸入に頼らざるを得なくなったばかりか、貿易赤字が続いているとなれば、国民から厳しい視線が注がれていることも想像に難くなく、政府が天然ガスでは同じ轍を踏みたくないと考え、石油のような純輸入国化に繋がる第一歩を踏み出すのを回避しようとしているとしても不思議ではない。国内供給優先方針を貫き、強化しているだけでなく、天然ガスの輸出を徐々に削減し、将来的には全面的に停止する計画さえ示していることに、「天然ガスこそは外資に浪費されてたまるか」、「何が何でも国民のために自国の資源を守る」という姿勢を国民にアピールする意味もあるとすれば、むしろ腑に落ちる部分もある。

また、前述のとおり、LNG輸入に向けた受け入れ体制やインフラが整っていない現状につき、当面は輸入しても需要地で十分に活用しきれないという物理的な制約があることも理由の1つに挙げられるだろう。整備のために巨額の投資や時間を要するのもさることながら、まずは足元のエネルギーアクセスの改善や向上のための整備の方が、国にとっての優先課題となっているという背景もあるかもしれない。現在開発中の主要プロジェクトからの将来的な追加供給可能性を念頭に、足元のタイトな状況を乗り切れば再び供給量に余剰が生じるという希望的観測から、差し当たっては国内で生産されるガスで何とかやりくりしようとしているとも考えられる。あるいは、これまで天然ガスの完全な自給自足を維持してきた産出国としてのプライドのようなものも、ひょっとするとあるのかもしれない。

いずれにしても、LNG輸入に踏み切るタイミングを極力後ろ倒しにし、輸出を削減することで国内のエネルギー安全保障を確保しようとしているインドネシアの政策は、同じ東南アジアの一国であり、天然ガスを取り巻く環境や課題に関しては多くの点でインドネシアと共通する状況にありながらも、LNG輸出を継続する一方でLNG輸入を通じた天然ガス供給源の多様化を図ることがエネルギー安全保障に繋がるとの見解を示し、「LNG純輸入国化」の未来を見据えた体制整備を積極的に進めているマレーシアの政策とは対照的であり、興味深い。しかし、このままLNG輸入を行わずに自給自足のみで国内のガス需要を賄いながら、LNG輸出を完全に停止するとなると、輸入に踏み切るのとはまた別のリスクが生じ得るのではないだろうか。

 

4. LNG輸出の全面停止がインドネシアに与え得るリスク

ここで再びインドネシアの貿易に関わる数字を見てみると、2005年時点では石油・ガス部門の輸出額が全体の22%を占めていたのに対し、2025年の同時期ではわずか5%となっており、総輸出額に占める石油・ガス部門の割合がこの20年で大きく低下していることが見て取れる(図12)。このことは、輸出における石油・ガス部門の影響力の低下にも繋がっているという見方ができ、非石油・ガス部門の輸出が貿易収支上の黒字を牽引している昨今の状況下においては、LNG輸出額が減ったとしても大勢に影響はないという考え方に傾く一因になっているのではないかと推察する。

(図12)総輸出額に占める石油・ガス部門の割合の変化(2005年と2025年の同時期比較)
(図12)総輸出額に占める石油・ガス部門の割合の変化(2005年と2025年の同時期比較)
(出所:インドネシア統計局(BPS)のデータを基にJOGMEC作成)

とはいえ、インドネシアにとってLNG輸出が貴重な外貨獲得手段の1つであることは間違いない。もしも計画どおりにLNG輸出を全面的に停止するとなると、外貨獲得の減少による貿易収支の悪化や、LNG輸出インフラの操業停止、輸出関連産業の縮小・衰退を招き、雇用や国内経済にマイナス影響が出るリスクが否定できない。ただでさえ石油の貿易赤字が続いているところ、これまでLNG輸出により得ていた外貨が減少することでさらに石油・ガス部門の貿易赤字が拡大すれば、石油・ガス上流部門における税制優遇等の支援策や燃料補助金等の国内支援策に充てる国家予算が縮小され、新規探鉱開発の停滞等による需給逼迫や国内エネルギー価格の高騰を招くリスクもある。また、これまで築いてきたLNG輸出国としての地位を失うことで、資源外交における影響力や交渉力が弱まってしまうリスクも考えられる。

しかし、インドネシアにとって最大のリスクは、これまでインドネシアからのLNG供給に依存していた他国に与える影響に起因するものではないだろうか。海外のLNG顧客からの信頼低下が外資離れを助長し、継続的な誘致が困難になれば、上流探鉱開発やインフラへの投資の減少に直結する。それは間違いなく新規探鉱開発の停滞と既存ガス田の自然減退加速を助長し、ガス生産量の低下を招く。そうなれば、内需を満たせなくなり、本末転倒の結果になってしまうばかりか、むしろLNG純輸入国化を早める可能性すらある。

このように、LNG輸出の完全停止は、最終的には手頃な価格の喪失とエネルギー安全保障の低下にも繋がりかねないリスクを孕んでいると考えられるわけだが(図13)、それでもインドネシア政府はこの計画を強行するのだろうか。次章ではLNG輸出が2036年までに本当に全面停止される可能性はどの程度あるのかについて考察してみたい。

(図13)LNG輸出の全面停止がもたらすリスク
(図13)LNG輸出の全面停止がもたらすリスク
(出所:JOGMEC)

5. LNG輸出は2036年までに本当に全面的に停止されるのか

第1章でも触れたとおり、「2036年LNG輸出全面停止計画」が持ち上がったのは2021年のことである。しかし、LNG輸出の削減方針自体は約20年には既に浮上していたと見られ、2006年3月に当時のユドヨノ大統領が「2009~10年に契約期限を迎えるLNG売買契約の一部を更新せず、今後はLNG輸出量を削減し、ガス供給をより国内市場に振り向ける」旨を表明したことを契機に、当時は十分な天然ガス資源量があったにもかかわらず、それまでの輸出志向から国内市場志向への転換が生じたとされる。その背景には、石油の純輸入国化に転じてしまったことを半面教師としたところも少なからずあったのではないかと推察するが、数年来の原油価格高騰により国家財政が補助金負担の膨張に耐え切れなくなったことを受け、政府が2005年に大幅な石油製品の値上げを断行したことで、天然ガスが石油に代わる主力エネルギーとして位置づけられるとともに、産業用エネルギー需要が相対的に石油より安価となった天然ガスに向かい、国内での天然ガス需要が増加した結果、それまで主流だった輸出を削減し、国内市場への供給を増やそうという動きに繋がっていったのではないかとも考えられる。

それ以来、「まずは国内市場向けの供給を優先し、LNG輸出はその後の余剰供給力の範囲内で実施」、「既存のLNG売買契約は尊重するものの、契約更新に関しては供給可能な範囲内で実施」というのが一貫した政府のスタンスとなっているため、当該基本方針が大きく変更される可能性は限りなく低いが、少なくとも2036年時点では「完全停止」までには至らない可能性は十分あると考える。

それは、政府が本計画の遂行に向けた検討を進めていく中で、今後見込まれる追加の供給量やインドネシアの資源ポテンシャルを踏まえた新たな大規模発見の可能性、前章で挙げたようなリスク等がどこまで加味されるかにもよるが、この先も増加が見込まれるインドネシアの国内需要に対応するには天然ガス生産量の維持・増加が喫緊の課題であり、継続的な外資誘致と新規探鉱開発の促進が必要不可欠であることは、インドネシア政府も十分認識している。したがって、LNG輸出の全面停止が、ひいては天然ガス生産量の減少と国家エネルギー安全保障の低下に繋がりかねないというリスクについても認識されているとするならば、計画が見直される可能性は決してゼロではないだろう。また、「2036年LNG輸出全面停止計画」は存続しているとされながらも、実績ベースでの輸出量は2022年から2024年にかけて緩やかに上昇している(図14)。2025年の輸出量は前年比減となることが見込まれてはいるものの、直近の実績が必ずしも計画通りの経過を辿っているわけではないという事実を見る限り、この計画がそこまで厳密に追求されているものではないという捉え方もできなくはない。

(図14)インドネシアの天然ガス割り当て量の推移実績(2014年~2024年)
(図14)インドネシアの天然ガス割り当て量の推移実績(2014年~2024年)
(出所:MEMR; Handbook of Energy and Economic Statistics of Indonesia 2024を基にJOGMEC作成)

計画見直しの兆候をキャッチするためにも注目したいのは、LNG長期供給契約に関わる今後の動向である。LNG輸出の完全停止時期を2036年に設定しているのはなぜかというと、現行の長期輸出契約のすべてが終期を迎え、契約上の縛りがなくなるタイミングが2035年であるからである(図15)。今後の契約更新や新規契約の可能性は、国内需要の充足後にどれだけ余剰供給力があるか、つまり、どれだけ生産量を増加できるかがカギとなってくるが、これから2035年にかけて順次終期を迎える契約の一部において、仮に契約数量削減や契約期間の短縮化があったとしても更新が行われたり、現在開発中のガス田からの供給が開始されるにあたり、海外向けの新規LNG供給契約の締結が行われたりするようなことがあれば、少なくとも2036年までにLNG輸出が全面的に停止されることはなさそうだと判断することができるだろう。

(図15)現行のLNG長期供給契約
(図15)現行のLNG長期供給契約
(出所:JOGMEC 天然ガス・LNGデータハブ2025)

2024年8月の報道[7]によると、国内需要を満たすため、ドンギ・スノロLNGからのLNG輸出を2028年以降は停止し、国内利用向けに配分する計画を政府が発表したとされていることから、先行きは明るいとはいえない。一方、本年8月の報道[8]によれば、2030年前後に稼働が見込まれているアバディLNGプロジェクトからのLNG供給に関して、オペレーターを務めるINPEXは日本以外にマレーシア、中国、韓国、台湾を輸出先候補として視野に入れているということである。これを文字通り受け取るならば、現在、輸出を前提とした動きがあると解釈することができ、今後の新規輸出契約の締結可能性について期待が持てるニュースである。しかし、仮に輸出は許可されたとしても、高い国内供給義務率を課せられるようなことがあれば、期待したほどの日本裨益に繋がらない可能性があるだけでなく、同プロジェクトに対する本邦企業の探鉱開発投資が回収できないリスクも生じてくるため、楽観視するのは早計かもしれない。

 

6. LNG輸出継続の不確実性に直面している日本のリスク

インドネシアのLNG輸出にかかる政策予見性の低下や輸出継続の不確実性は、同国からLNGを調達している日本にとっては、この先の供給途絶懸念がゼロではないことや、場合によってはインドネシアに代わる調達先を確保せざるを得なくなる可能性があることから、エネルギー安全保障上のリスクになっているといえる。また、LNG輸出規制や輸出停止を見据えた動き、高い国内供給義務率を課せられる可能性等は、既にインドネシアの上流事業やLNG事業に参入している、あるいは今後の参入を検討している本邦企業にとっても、投資を回収できなくなるリスクや政策に翻弄されるリスクに繋がりかねないため、企業活動や投資判断に悪影響を与える一因となるだろう。

前述のとおり、インドネシア政府は既存契約に関しては遵守の姿勢を強調しており、国内供給に振り替えたLNGは国際価格での取引を認めるなど、上流事業者の経済性の維持に配慮を見せていることもあって、現在のところは輸出用カーゴの出荷延期による大きな影響は生じていないとされてはいるが、事業者側の懸命な運用努力により混乱が回避されているという側面も大いにあるだろう。また、輸出承認が一カ月毎に行われ、直前のタイミングまで輸出許可が下りるか否かがはっきりせず、先の見通しが立ちにくいという現状には、明らかに不確実性が存在しており、今後の動向を注視する必要がある。このような状況が長期化すれば、企業は疲弊し、インドネシア政府に対する信頼性も低下してしまうだろう。インドネシア国内の業界関係者からも現状を懸念する声が上がっており、インドネシア石油協会(IPA)のMarjolijn Wajong事務局長は、「政府は投資環境に対する長期的な影響を考慮せず、国内LNG需要を満たすという短期的な目標のみに焦点を当てている」と述べ、国際的なLNG市場における信頼性の低下に警鐘を鳴らしたとされる[9]

しかし、インドネシアにはまだまだ豊富な資源ポテンシャルがあり、近年改めてそのポテンシャルの高さが注目されている。成長するアジアLNG市場への近接性という地理的な魅力に加え、生産量の増加とそのための継続的な外資誘致を喫緊の課題とするインドネシア政府が、発見から生産への転換加速と迅速な収益化の実現等、プロジェクトの経済性向上を視野に入れた投資刺激策としての制度改革も積極的に進めていることが好感され、かつてインドネシアから撤退したメジャーが回帰するような動きも散見される。

継続的な外資誘致が奏功し、投資の増加により新規探鉱開発が促進されれば、天然ガス生産量の維持・増加と内需の充足に繋がることが期待できるし、LNG輸入の回避可能性も高まる。国内需要の充足後に余剰供給力があれば、外貨獲得手段であるLNG輸出を継続することも可能となり、海外投資家やLNG需要家との良好な関係維持にも繋がる。そのように、国内需要と輸出需要の双方を満たし得る好循環を創出することができれば万事解決であるが(図16)、現実的にはなかなか容易ではないだろう。

それでも、今後もLNG輸出が継続されるように、いや、継続してもらえるようにするためには、我々に何ができるのかという視点を持つことも重要なのではないだろうか。

(図16)国内需要と輸出需要の双方を満たし得る好循環のイメージ
(図16)国内需要と輸出需要の双方を満たし得る好循環のイメージ
(出所:JOGMEC)

7. おわりに

当たり前のことであるが、インドネシアの資源はインドネシアの国有資産である。輸出を続けるもやめるも、その決定権はインドネシアにある。一方、自国資源に乏しく、輸入に頼っている日本の視点からは、調達先の資源国の「信頼性」について評価を行う場面がしばしば生じる。日本のエネルギー安全保障にも関わる問題である以上、それは致し方のないことではあるが、「信頼できるか否か」というのはあくまでも日本目線での評価であって、本来的には資源を貰い受けている立場である我々が安易にジャッジすべきところではないということは大前提として念頭に置いておきたい。

それでも、我々にとっては「信頼できるLNG輸出国」の存在が必要である。インドネシアにそのような存在であり続けてもらうためには、前章の最後に述べたように、我々に何ができるのかという視点が重要であり、まずはインドネシアから見た日本が「信頼できる貿易相手国・協力国」であり続けることが求められるのではないだろうか。インドネシアが重視している新エネルギー・再生可能エネルギー・CCS/CCUS等の脱炭素分野も含め、日本政府や企業からの技術支援、投資の継続により資源外交上・ビジネス上で良好な協力関係を維持していくこと。一定のLNG輸出継続を交渉材料にしつつも、上流投資で権益を確保するとともに、探鉱開発だけでなくバリューチェーン全体に関与し、貢献していくこと。その結果として、天然ガス余剰供給力の創出、つまり生産量の増加に寄与することができたとき、双方にとってWin-Winの好循環が回り始めるに違いない。

 

 

[1] 産業・発電向けの天然ガス需要を満たすため、国内市場への天然ガスの割り当てを優先する取り組み。ガス生産者には新規・既存プロジェクトの生産量の最低25%を国内市場に供給する義務を課すほか、LNGプロジェクトの拡張・建設承認の条件としても最低25%の国内供給義務率が課せられている。25%はあくまでも最低ラインであり、実際にはインドネシア政府がケースバイケースで割合を決定できる柔軟な運用となっており、地域のニーズやインフラ状況等を鑑み、PSC毎に交渉ベースで決定されている。

[2] 国内の下流産業を支援することを目的とし、石油化学や鉄鋼産業等7業種+発電向けの天然ガス供給価格上限を、市場価格よりもはるかに安価な6.5~7ドル/MMBtuに規定している。

[3] MIGAS, “Oil and Gas Security in Indonesia”, March 2024, https://aperc.or.jp/file/2024/4/16/1415-1425_INA_OGSN+Update_Oil_and_Gas_Security.pdf

[4] 都築 真理子・Megumi Febian、2025年7月10日公表「Energy Asia 2025参加報告 ―アジアの「公正なエネルギー移行(Just Transition)」における現実的かつ柔軟なアプローチの追求―」 https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010545.html

[5] Fitriana Mahiddin, Fadhira Mediana and Laila Maghfira Andaretna, “Indonesia: Law and Practice”, SSEK Law Firm(Chambers Global Practice Guides, “Oil, Gas and the Transition to Renewable 2024”, P250-272), https://gpg-pdf.chambers.com/view/578423281/250/

[6] 輸出用LNGを国内に振り向ける場合は、輸出価格での引き取りとなることから、天然ガス供給会社であるPGNの購入コストが増加し、さらに輸送コストや再ガス化経費が上乗せされることで、現在、国内下流産業へのガス供給価格が高騰しているとされる。2025年9月時点では実績に基づく按分により、「PNG価格」と呼ばれる従来の供給方式によるパイプラインガスと、LNGを再ガス化してパイプラインで供給される、LNG由来のガスに対して設定された「LNG価格」の二本立てでの請求が行われる方式となっており、両価格の間には1MMBTUあたり3~4ドルの価格差があるとのこと。

[7] Rio Indrawan, “Pemerintah Bakal Setop Ekspor Gas Donggi-Senoro Pasca 2028, Dialihkan untuk Smelter di Sulawesi(政府は2028年以降ドンギ・スノロガスの輸出を停止し、スラウェシ島の製錬所にガスを振り向ける予定)”, Dunia Energi, August 2, 2024, https://www.dunia-energi.com/pemerintah-bakal-setop-ekspor-gas-donggi-senoro-pasca-2028-dialihkan-untuk-smelter-di-sulawesi/

[8] Renold Rinaldi, “Inpex eyes Asian markets for Abadi Masela LNG exports”, Indonesia Business Post, August 29, 2025, https://indonesiabusinesspost.com/5105/energy-and-resources/inpex-eyes-asian-markets-for-abadi-masela-lng-exports

[9] Calvin Purba, “IPA warns of declining investor confidence due to LNG export diversion policy”, Petromindo, November 18, 2025, https://www.petromindo.com/news/article/ipa-warns-of-declining-investor-confidence-due-to-lng-export-diversion-policy

 

以上

(この報告は2025年11月26日時点のものです)

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