ページ番号1010699 更新日 令和8年1月7日
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概要
- 米国のTrump大統領は再就任早々「国家エネルギー緊急事態」を宣言し、米国が世界のエネルギーの主導権を握るという「American Energy Dominance」を掲げた。またこれまでの脱炭素政策から一転、化石燃料重視へとエネルギー方針を一気に転換した。
- 2025年7月に成立したOBBBA(One Big Beautiful Bill Act/大型の減税・歳出法)はこれまでのクリーン政策を見直す役割を担ったが、必ずしも全てのクリーンテック・脱炭素技術を否定するものではなく、化石燃料のように「Homegrown American Energy(自国産エネルギー)」として位置づけられた技術は、変わらぬ政府の支持を受けている。
- 事業としてのエネルギー移行・脱炭素技術は厳しい事業環境に置かれており、さらに政策の急変によって事業投資のモメンタムは退潮傾向にある。しかしそのような状況の中でも「リスクが限定的になった」として、事業を前に進める事例も生まれている。
- 中国はEV(電気自動車)、リチウムイオン電池、太陽電池といった製造業を梃子とする「新たなエネルギー路線」を展開する。一方トランプ政権は化石燃料を中心とした「伝統的なエネルギー路線」重視を掲げ、「新たなエネルギー路線」に対抗する姿勢を示す。
- 米国におけるAIをベースとしたデータセンター(DC)開発ブームは、これまでほぼ一定で推移していた米国の電力需要を大きく引き上げ、CCS付きガス火力発電や送配電網を経由しない「併設負荷」といった新たな事業形態を生み出している。AI・DC開発が米国のエネルギー分野における新たな「核」となり、トレンドセッターとなろうとしている。
- 本稿では脱炭素政策から化石燃料重視の政策、相互関税と製造業の自国回帰、DCブームと電力消費の急増といった激しい変化に揺れる米国において、エネルギートランジションがどう影響を受け、今どのような位置づけにあるのか、課題や今後の可能性も含め解説を試みることとする。
1. トランプ2.0政権の誕生
米国のDonald Trump大統領は2025年1月20日の大統領就任初日から「国家エネルギー緊急事態」を宣言し[1]、米国が自身のエネルギー(Homegrown American Energy)によって世界のエネルギーの主導権を握るという「American Energy Dominance」を強く訴えた。またこれまでのクリーンエネルギーや脱炭素にエネルギー政策の軸足を置いたバイデン政権とは全く真逆の、化石燃料への回帰、地球温暖化対策に対する否定的メッセージを発信し、一気にエネルギー方針の転換を図った。
(出所: JOGMEC作成)
同大統領は就任早々自身のエネルギー政策実現に向け積極的に行動を展開した(図2)。パリ協定離脱の書簡に署名をし、地球温暖化対策・脱炭素の動きと決別を果たした。またIMO(国際海事機関)が2025年10月に開催した国際海運の温暖化ガス排出規制「ネットゼロ枠組み(Net-Zero Framework /NZF)」に関連する条約改正は米国の強い反対に会い、加盟国の採決が図られることなく会議は終了した。IMOの「ネットゼロ枠組み(NZF)」によって「米国消費者のコストを直接的に押し上げる」というのが米国の反対理由だったが、IMOは2025年4月、第83回海洋環境保護委員会(MEPC83)を開き、排出量に応じて負担金を課すNZFの大枠を承認していたことから[2]、10月の条約改正提案が採決されなかったことは、海運業界に驚きをもって受けとめられた。また米国環境保護庁(EPA)は2025年3月、温暖化ガス排出規制の根拠となる「危険因子判定(2009年成立)」の撤回を提案した。しかしこれについては全米自動車協会といった産業側も「国際競争力の失墜」や米国市場への「高炭素」製品の流入による「不公平な競争環境」を招く可能性といった点から、懸念を示している。
(出所: JOGMEC作成)
一方、化石燃料に関しては探鉱リース契約の開放や手続きの簡素化といった事業環境面における後押しだけでなく、後述するOBBBA(One Big Beautiful Bill Act/大型の減税・歳出法)[3]により石油・ガス開発事業も直接的恩恵を受けている。バイデン政権下のインフレ削減法(IRA、2022年成立)[4]では連邦管轄内リース鉱区で生産された石油販売に関わるロイヤリティ料率は、それ以前の12.5%~16.7%から16.7%~18.7%に引き上げられたが、OBBBAによりもとの12.5%~16.7%に戻された。また石油・ガス事業における坑井掘削では掘削リグや作業船のリース料、サービス料、人件費等のIntangible(無形)掘削コストが全体の60%~80%を占めるが、全額を税額控除にあてることができるようになった(IRAでは一部のみ)。2025年10月には米国内務省(DOI)、エネルギー省(DOE)が全国での石炭採掘の増加や石炭火力発電所への資金提供などに関する一連の政策を発表し、内務省(DOI)は連邦政府所有地1,310万エーカーを石炭採掘のリースに開放し、石炭の売り上げに課する石炭ロイヤリティを12.5%から7%に引き下げると発表した。エネルギー省(DOE)は、石炭火力発電の拡大に6億2,500万ドルの資金提供を行うとしている。
またトランプ2.0政権のもう一方の特徴は自国産業の振興、製造業の復活(Reshoring)、国内サプライチェーンの整備・強靭化といった点に力点を置いていることである。こういった方向性が関税・非関税障壁といった保護主義への傾斜となり、世界全体に混乱を招いている。
(出所: JOGMEC作成)
地球温暖化対策・脱炭素に背を向ける政策の矛先は、国際協調・協力の枠組みに留まらず、これまでのバイデン政権における政策の中心にあったクリーンテック・脱炭素政策にも向かう。トランプ政権はバイデン政権のクリーンテック・脱炭素政策におけるフラッグシップとしてクリーンテック躍進の原動力となってきたインフラ投資・雇用法(IIJA、2021年)[5]やインフレ削減法(IRA、2022年)について、大幅な見直しや支援制度の下方修正を行った。
前述したOBBBA(One Big Beautiful Bill Act/大型の減税・歳出法)はインフレ削減法(IRA)における税額控除の適用資格取得の開始期限を大幅に前倒しし、各省庁はインフラ投資・雇用法(IIJA)における多くのクリーンテック技術・事業開発支援プログラムの打ち切り・撤回を決定した。またOBBBAはFEOC(Foreign Entity of Concern/米国の安全保障上懸念される外国の事業体)[6]に対する規制を強化し、後述するDirect Eligibility(直接適格要件)、Material Assistance(材料支援)という2段階のハードルにより、IRA税額控除の受給資格を大きく制限している。こうした動きはまさに経済安全保障の重視、国内産業の復活・振興というTrump 2.0の目指すものとシンクロしている。
今現在クリーンテック・脱炭素事業に対するモメンタム(勢い)は一部の技術を除いて退潮傾向にある。ポストコロナのサプライチェーンの分断、資機材価格・人件費の高騰、さらに資金調達コストの上昇、またクリーン水素に代表される需要の遅れがその原因として挙げられる。そして、クリーンテック・脱炭素政策の後退や保護主義といった流れが事業推進に色濃く影を落とす(図4)。
(出所: JOGMEC作成)
bpやShellといったこれまでクリーンテック・脱炭素技術の先頭を走っていた欧州系石油メジャーも化石燃料重視に事業方針を転換し、E&P企業全体でもクリーンテック・脱炭素技術への投資は直近5年間で最も低調となっている。とりわけクリーンテック・脱炭素事業はCapex(資本的支出)の比重が圧倒的に大きく、投資の回収に20年といった長い期間を要する事業が多い。公的支援が不可欠な多くのクリーンテック・脱炭素事業を前に進めるには、政策の予見可能性が特に重要であるが、現在の米国のケースのように極端な脱炭素・エネルギー政策の方向転換や追加関税といった通商政策の先見性・透明性の欠如は、投資心理に負の影響を及ぼす。しかし、そのような状況の中においてもOBBBA成立や関税交渉の進展によって事業に対するリスク要因が限定的なったと判断し、最終投資決定(FID)に進む事業者も一定数観察される。
一方で米国のエネルギー分野における前例のないほどの劇的な変化は、データセンター(DC)の急拡大に伴う電力需要の爆発的増加である。大型のDCともなるとガス火力発電所1基分に相当する数100MWクラスの発電設備容量が必要となり、その電力消費量は生成AIの浸透により飛躍的に増加し、中にはGW級の「AIデータセンターキャンパス」やエネルギーパークと呼ばれる巨大複合施設も登場してきている。
(単位: TWh)
(出所: DOE、IEAデータをもとにJOGMEC作成)
米国ではこれまで十数年間に亘って電力の消費は年間約4,400TWhとほぼ一定であった。これがDCの建設ブームで一気に大きく拡大し、DCの消費電力量は2028年時点で年間325TWhから580TWhに拡大する(DOE)と予想されている(図5)。これは短期間で米国の消費電力量が1割程も増加することを意味する。これまでの一定の電力消費からDCの急拡大により電力消費が著しく増加する現象はEUや他のOECD諸国でも見られるが、米国のDCの拡大ペースは他国と比べても圧倒的に大きく、そのための電力消費量の増加も急激である。そのため、発電設備の増強だけでなく、送配電網設備容量の不足・老朽化に対応するため電力インフラの整備やアップグレードが求められる。また熾烈なDC拡大競争に生き残るためには一刻も早い電力容量の確保が生命線であるが、現在米国で発電のための送配電網への接続許可を得るには5年から15年、場合によってはそれ以上の承認期間が必要とされている。このようなタイムラインではDC開発事業者の要望には到底応えられない。加えてDC開発事業者は再生可能エネルギーといったクリーン電源を最優先に掲げる。
本稿ではTrump 2.0のエネルギー政策のフラグシップ、OBBBAを中心に、大きな転換点を迎える米国のエネルギートランジションに光を当て、米国のエネルギー政策、クリーンテック・脱炭素事業の現状、そして今後の方向性について考察を試みたい。
2. 米国の新政権とクリーンテック・低炭素事業への影響
ここからはOBBBA(One Big Beautiful Bill Act/大型の減税・歳出法)を中心とした米国の新たなエネルギー政策がクリーンテック・脱炭素技術や事業にどういった影響を与えているのか、インフレ削減法(IRA)やインフラ投資・雇用法(IIJA)からの変更点を各クリーンテック・脱炭素技術ごとに具体的事例と照らし合わせながら、解説していきたい。
1) クリーン電力
1)a クリーン電力とOBBBA
最初に取り上げるのはクリーン電力である。Trump大統領の再生可能エネルギー嫌いはたびたびマスメディアにも取り上げられており、よく知れ渡っていることであるが、エネルギー政策にもその影響が色濃く反映されている。一方太陽光・陸上風力発電といった再生可能エネルギーは2024年の大統領選挙でTrump大統領を支持した「共和党州」でも大きく成長しており、インフレ削減法(IRA)はそれらの州の電力開発事業者に多大な恩恵を与えている、といった複雑な事情を抱える。
(出所: EIAデータをもとにJOGMEC作成)
図6に示されるように2025年上半期における新規の太陽光発電追加設備容量のトップ10州のうち「共和党州」として色分けされる州は8州にのぼる。インフレ削減法(IRA)の再生可能エネルギーに対する税額控除の見直しには共和党内でも様々な見方があった。しかし最終的に確定したOBBBAでは図7に示されるように太陽光・風力発電に対する税額控除の取得要件が大幅に制限された。
(単位: %)
(出所: JOGMEC作成)
IRAにおけるクリーン電力に関する税額控除は、発電量に対する税額控除である45Y(最大1.5セント/kWh)と電力開発事業投資に対する税額控除である48E(最大50%)があり、開発事業者がそれぞれを選択することが可能であるが、クリーン電力でも次世代原子力・水力・地熱・バイオマス発電についてはほとんど大きな変更点がなかったものの(2033年以降の税額控除の減額のみ)、太陽光・風力発電開発については最初に税額控除の受給資格が得られる期間が大幅に前倒しされた。従来のIRAでは2035年までに発電を開始すれば税額控除が受けられたが、OBBBAでは(1)2026年7月4日までに建設を開始するか(発電開始まで4年間の猶予期間が得られる)、(2)2027年末までに発電を開始した事業のみが税額控除の対象となる。
一方それと対照的なのが太陽電池、リチウムイオン蓄電池、水電解槽といったクリーン電力の発電やクリーン製品の生産に欠かせない製品や部材製造に関する製品生産税額控除45X(例、太陽電池モジュール: 最大7セント/Wh)や事業投資税額控除48C(最大30%)である(図8)。これらの税額控除45Xや48Cでは税額控除の資格条件や開始時期の変更は行われなかった。製品生産に関する税額控除については、再び米国を製造業大国にするというTrump政権の目指すReshoring(製造業の復活)方針とベクトルが一致するということであろう。しかしそのような特別待遇の製造事業向け税額控除(45X、48C)であるが、風力発電に使用されるナセル(発電機)、ブレード(羽根)、タワーといった風力発電関連製品に関しては、2027年末までの出荷開始が資格要件として加えられ、唯一風力発電関連製品のみが圧倒的不利な取り扱いを受けた。
(単位: %)
(出所: JOGMEC作成)
2022年のインフレ削減法(IRA)導入以来米国のクリーンテック関連製品の製造能力も確実に向上している。特に太陽光モジュール(太陽光パネル)の製造能力の伸びは著しい(図9)。
(単位: GW)
(出所: SEIAデータをもとにJOGMEC作成)
2022年にSEIA(Solar Energy Industries Association/米国太陽エネルギー産業協会)がWood Mackenzieとまとめた米国における太陽光発電事業に関する報告書では、今後IRAの成立により現在(2021年時点)5GW弱の米国内の太陽光モジュールの生産量は大幅に拡大し、業界としては2030年に50GWまで生産量を拡大することを目標として掲げるとしていた。当時はかなり背伸びをした目標と受けとめられていたが、同団体の報告書によれば、太陽光モジュールの国内生産能力は2025年前半で55.4GWに達している(図9)。ただしOBBBA成立により、IRAにおける太陽光発電開発に関する税額控除である45Y(発電量)と48E(事業投資)の新たな対象者は2028年以降消滅することから、今後太陽光モジュールの製造能力拡大のモメンタム(勢い)が削がれるのでは、との業界の声もある。IEA(国際エネルギー機関)が2025年10月に発表した「再生可能エネルギー2025」報告書[7]の中で、米国の2030年時点での太陽光・風力エネルギーにおける累積発電設備容量の予測は、前回2024年の報告書の500GWに対して、250GWとほぼ50%下方修正された。これについて同報告書は、IRA税額控除の早期廃止、高関税、新規洋上風力発電リースの停止、連邦所有地での陸上風力発電および太陽光発電プロジェクトの許可制限など、いくつかの政策変更が反映されるため、と説明している。
冒頭で触れたように今米国はデータセンター(DC)の建設ラッシュや半導体といった製造事業の立ち上げで新たな電力消費が大きく膨れ上がり、エネルギー需要が拡大する大きな転換点にある。そのような背景の中、米国の電源別の新規発電設備容量において太陽光発電が圧倒的存在感を増している。
(単位: %)
(出所: SEIAデータをもとにJOGMEC作成)
太陽光発電設備とエネルギー蓄電システム(静置型リチウムイオン電池による蓄電設備)の合計は新規の追加電源の内、2024年の実績で8割を超え、2025年上半期においても82%となっている(図10)。これは全ての新規電源の中で太陽光発電の均等化発電原価(LCOE)が最も低廉であり、蓄電システムと組み合わせても、均等化発電原価(LCOE)は石炭火力よりも低い(図11)。このことから仮に様々な連邦レベルでの支援やインセンティブ(IRA税額控除等)の効果がはげ落ちても、データセンターのように低炭素電源がより好ましい選択肢となる場合、太陽光発電設備と蓄電システムの組み合わせがファーストチョイスになってくる可能性が高い。SEIA(米国太陽エネルギー産業協会)が予想するように(図12)太陽光発電開発の拡大スピードに一時的な落ち込みはあるかもしれないが、その後は堅調に推移するとみる方が妥当なのではないだろうか。あるいはほとんどOBBBAのネガティブな影響もなく、右肩上がりに拡大することすら想像に難くない。米国はDC・生成AI急拡大の只中にあり、電源構成において現在最も重要なピースを欠くことは不可能である。と同時に、米国の太陽光発電産業はこれまでのクリーン政策に後押しされた「インセンティブ政策誘導型」の市場から、政策ドライバーのない自由競争による市場ドライバーへの移行を試されているともいえる。後述するように現在の太陽光発電は、均等化発電原価(LCOE)やクリーン電力といった側面だけでなく、他の電源との競合を可能とする優位性が備わっている。
(単位: GW)
(出所: EIGデータをもとにJOGMEC作成)
(単位: GW)
(出所: SEIAデータをもとにJOGMEC作成)
1)b FEOC(Foreign Entity of Concern)に対する制限強化
クリーンテック・脱炭素技術に対するIRA(インフレ削減法)税額控除の早期終了とともにOBBBA(One Big Beautiful Bill Act/大型の減税・歳出法)による大幅な変更措置がFEOC(Foreign Entity of Concern/米国の安全保障上懸念される外国の事業体)に対する受給制限の強化である。これまでもFEOCに対する税額控除の受給条件は存在したが、OBBBAではそのFEOCを整備・厳格化し、税額控除の受給資格を大きく制限した。
FEOCで規定される外国の事業体への税額控除の資格審査は、i) PFE(Prohibited Foreign Entity/禁止された外国事業体)とii) Material Assistance(資機材の構成割合)の2段階によって行われる。
i) PFE(Prohibited Foreign Entity/禁止された外国事業体)
PFE(Prohibited Foreign Entity/禁止された外国事業体)とはSFE(Specified Foreign Entity/米国が指定する特定外国事業体)あるいはFIE(Foreign Influenced Entity/SFEの影響下にある外国事業体)を指し、国営企業といった特定の国々(中国、ロシア、イラン、北朝鮮を対象とする)によって実質管理・運営される企業をいう。PFE(禁止された外国事業体)が事業主体であったり、納税者の場合、IRAの税額控除は受けられない。
ii) Material Assistance(資機材の構成割合)
仮にPFE(Prohibited Foreign Entity/禁止された外国事業体)に関する審査基準をクリアしても、最終的に税額控除を受けるためには、Material Assistance(資機材の構成割合)が定めた、MACR (Material Assistance Cost Ratio/PFE以外の供給先による製品・部品・素材の割合)を満たす必要がある。MACRには閾値(税額控除を受けるために必要な最低の値)が定められ、図13で示すように、その閾値は年々引き上げられる(よりPFE以外からの調達割合を増やす必要がある)。
(出所: JOGMEC作成)
例えば太陽光発電施設を建設する場合、太陽光モジュール(太陽光パネル)、PVインバーター、PVトラッカー(太陽の動きに合わせて太陽光モジュール表面の角度を変える装置)といった設備が必要となる。また太陽光モジュール自体も部材や製造工程といった個別のコストから構成される。そういった設備全体のコスト構造を分解し、それぞれが全体に占めるコストの割合を割り振ったのが図14左図である(太陽光発電開発のケース)。
(出所: JOGMEC作成)
仮にこれらのコンポーネントの内ガラス・フレーム、セル、インバーターがPFE(禁止された外国事業体)から調達されたものであった場合、PFE以外の調達コストは図14の計算式から40.7%と求められる。図13のチャートが示すように、例えば2026年の太陽光発電開発における閾値は40%であるから、この事業は2026年に発電が開始できれば、IRA(インフレ削減法)の税額控除(45Y発電量あるいは48E開発費)の対象となる。一方で2027年には閾値が45%に引き上げられるため、発電開始が2027年にずれ込んでしまった場合は、税額控除の対象から外れてしまう。またちなみに2028年以降に太陽光発電の閾値が示されていないのは、図7で示されるように2028年以降に太陽光発電の運転を開始した事業は、OBBBAによってIRA税額控除の資格対象から外されてしまうためである。
FEOC(米国の安全保障上懸念される外国の事業体)に対する制限の強化やPFE(禁止された外国事業体)、Material Assistanceといったガイドラインは、米国の税額控除の恩恵を米国が懸念する国々の事業体に与えることへの反発がそのきっかけではあるが、トランプ2.0政権が推進する、経済安全保障の確立、産業の復興といった政策とも理念を共有する。特にMaterial Assistanceは後述する米国製造業の復活(Reshoring)や米国固有のサプライチェーンの構築といった産業振興と大きくつながるっている。
1)c 太陽光発電と関税影響
2024年まで米国の太陽光モジュール(太陽光パネル)市場はSEA 4と呼ばれるベトナム、タイ、マレーシア、カンボジア産の製品によって占められていた。一方でトランプ2.0政権ではこれらの製品に対し、最大で3,000%を超える膨大な関税を課した(図15)。トランプ2.0政権は相互関税の適用で知られているが、米国の輸入太陽光モジュールにはこれまでも数多くの関税をめぐる歴史があり、現トランプ政権の判断のみでこの高率関税の土台ができあがった訳ではない。
(出所: 各種データをもとにJOGMEC作成)
遡ること2012年、米国はアンチダンピング(AD)、補助金の相殺分として補助金相殺関税(CVD)を中国の太陽光モジュール(パネル)に課し、トランプ1.0政権時代の2018年にはセーフガードの発令、2022年にはウイグル強制労働防止法の適用があった。中国からの太陽光モジュールに対してはセーフガード措置の発動により40%から275%までの関税が課せられていたことから、中国製太陽光モジュールの米国市場でのシェアは極少数に留まっていた。中国のクリーンテック製品に対する追加関税措置はクリーンテック・脱炭素技術を推進したバイデン政権においても、中国の技術移転、知的財産や革新的技術に関する不公正さという理由から強化され、最大でEV(電気自動車)には100%、リチウムイオンバッテリーには25%といった追加関税が課せられていた。
中国に代わって米国市場を席巻したのがSEA 4(ベトナム、タイ、マレーシア、カンボジア)製の太陽光モジュールであり、米国市場の8割以上を占めるほどに成長した。一方2022年2月、California州の太陽光モジュール製造業者であるAuxin Solarは商務省に対し東南アジアから入る太陽光モジュールは、中国企業が「迂回輸出」を目的に東南アジアから出荷し、米国に輸出している疑いがあるため調査が必要との陳情書を提出した。「迂回輸出」と認定されれば高率な輸入関税の対象となることから、国内の太陽光発電事業者には多大な負担となり、当時のバイデン政権の気候変動・脱炭素政策も転換を迫られるため、米国政府は2022年6月に2年間の関税免除措置を適用し、その間に調査を実施すると結論付けた。最終的に2年間の猶予期間が失効した2024年6月、米国国際貿易委員会(ITC)は、ベトナム、タイ、マレーシア、カンボジアからの輸入セル・モジュールが「不当な価格や政府補助により米国産業に実害を与えている」と判断を下し、その後2024年末にバイデン政権はAD・CVDに対する予備判断を実施した。トランプ政権移行後の2025年4月、商務省はAD・CVD調査の最終判断を下し、2025年6月からこれらの輸入品に対し、追加関税の徴収を開始した。
高率の関税適用によりこれらSEA 4による太陽光モジュールの米国への輸入量は大きくその市場シェアを減らした(図16)。
(出所: IEA、SEIA、NRELデータをもとにJOGMEC作成)
代わって市場シェアを伸ばしてきたのがインドネシア、ラオス、インドといった国々である。ただしこれまでとの大きな違いは、太陽光モジュールの輸入量自体が大きく減少していることである(前年比で10GW以上の減少)。2024年には米国の国内産太陽光モジュールの出荷が12GWを記録し(National Renewable Energy Laboratory/NREL)、「(図9) 急速な太陽光モジュール製造能力の拡大」で示したように、IRAの施行以来着実に太陽光モジュールの国内供給能力は増強され、2025年前期の太陽光モジュールの製造能力は50GWを超えている(図9ならびに図16)。米国産太陽光モジュールの生産能力が増大し、IRA税額控除の恩恵を受け、価格競争力を持った米国産太陽光モジュールが、追加関税の影響等により価格が上昇した輸入モジュールに代わり市場シェアを拡大している、という構図が生まれているのではないだろうか。
一方で米国の太陽光発電関連製品の国内自給率はサプライチェーンのセグメントごとに大きくばらつきがある。図16の下図のように中国は多結晶シリコン、インゴット、ウエハ、セルのように最後のモジュールの組み立て工程だけでなく、全ての太陽電池のサプライチェーンが国内で完結しており、尚且つ世界市場のほとんどを独占している。他方米国の場合はウエハ、セルといった部材の生産工程が圧倒的に不足しており、国内需要を満たしておらず、製造工程は最後の太陽光モジュールの組み立て工程に集中している。すなわち米国製の太陽光モジュールが増えたといっても、部品の供給は相変わらず海外製品に頼らなくてはいけないというのがその実態である。したがって太陽光モジュール(最終製品)の国内生産拡大を図るために関税を強化し、海外からの太陽光モジュールの流入を抑制できても、その部品となるウエハやセルの国内供給が十分ではないため、それらの部品には関税を適用できない。ウエハについては関税免除、セルに関しては12.5GWの非関税輸入枠を導入し、国内供給に支障が出ないように配慮している。それにより海外からの廉価なウエハやセルが国内市場を独占するため、結局太陽電池製造のすそ野を支える生産基盤が育たないという負の連鎖となり、政府が志向するような「(中国型の)強靭なサプライチェーンの構築」はまだ見えてこない。
米国の追加関税やIRAの税額控除は米国内の製造業者の保護につながり、今後とも国内の製造業の後押しとなると思われるが、過度な関税政策は国内開発事業者の開発コストを引き上げ、最終的には電力価格の上昇といった形で消費者の負担を増加させる。米国で販売される太陽光モジュールへの関税影響や国内製品の製造コストを示したものが図17となる。
(単位: ドル/W)
(出所: SEIA、NRELデータをもとにJOGMEC作成)
輸入太陽光モジュールの主流であるインドネシア産のケースを例にあげると、今後の迂回輸出審査や貿易交渉によって変更される可能性もあるが、現在インドネシア産太陽光モジュールについては相互関税の影響で19%の関税が課せられている(2025年12月末時点)。したがって関税を含めた太陽光モジュールの価格は1W(ワット)当たり20セント代半ばといったところである。またこれも一般的な、輸入セルを使って米国内でモジュールを組み立てる場合のコストは1W当たり30セントを超えるが、IRA(インフレ削減法)による税額控除(45X製品製造対象)を活用することで全体費用は20セント代にまで低下し、輸入太陽光モジュールと十分対抗できるところまで価格競争力を高めることができる。一方国内で生産されたセルを使って組み立てられた太陽光モジュールの販売価格は1W当たり40セント代後半まで上昇し、輸入太陽光モジュールや輸入セルを使った国産太陽光モジュールと比べて、価格では到底太刀打ちできない。中国国内での太陽光モジュールの販売価格は実勢で1W当たり10セント程度とされている。関税適用や税額控除のインセンティブによって国内の産業は保護され、製造業の発展も達成が可能となるが、それは所詮国内の閉鎖された市場での話である。国内の開発事業者や消費者は結局何らかの形(購入費用や電力価格、税金等)で追加負担を負うことになる。
1)d 米国洋上風力発電とトランプ政権の影響
大統領選挙キャンペーンの中でもTrump大統領の風力発電、特に洋上風力発電に関する批判的コメントはしばしば多くの報道で取り上げられていたが、実際大統領就任時の大統領令においても、米国の連邦所有地・管轄海域における新たな陸上・洋上風力開発の許可を停止し、既存の全ての連邦許可証とリースの見直しを求めた。また内務省(DOI)、環境保護庁(EPA)といった直接許認可を管轄する省庁のみならず、戦争省(旧国防総省)、保健福祉省、運輸省、商務省といった一見関連性がないような省庁に対しても、洋上風力を阻止する提案を起草するよう指示したと報道されている(New York Times等)。戦争省では洋上風力施設がレーダーや海軍の訓練・作戦に影響を与える可能性について、保健福祉省では風力タービンの電磁場が健康に与える影響について、運輸省や商務省では船舶の航行や漁業活動への影響等が検討の対象とされた。またこれを受けてRobert Kennedy Jr保健長官は国立労働安全衛生研究所に対し、風力発電所が漁業に与える影響に関する調査を準備するよう要請したと報じられている(複数の報道機関)。
米国の洋上風力発電事業はCalifornia州や湾岸部でもリースエリアが解放されているが、実際に開発が動いているのは北東部大西洋岸のエリアに集中している(図18)。またこれらの諸州は民主党の地盤(2024年の大統領選挙でKamala Harris候補を支持した州)でもある。
(出所:JOGMEC作成)
一方2025年12月22日時点で建設作業が実行されている洋上風力発電事業は、
- Massachusetts州、Avangrid(Iberdrola 100%子会社)/ Copenhagen Infrastructure Partners (CIP)によるVineyard Wind 1洋上風力発電(806MW)
- Rhode Island /Connecticut州、Orsted/Skyborn(GIP傘下)によるRevolution Wind洋上風力発電(704MW)
- New York州、OrstedによるSunrise Wind洋上風力発電(924MW)
- New York州、EquinorによるEmpire Wind洋上風力発電(第1期、第2期計2,070MW)
- Virginia州、Dominion Energy/StonepeakによるCoastal Virginia Offshore Wind(CVOW)洋上風力発電(2,600MW)
の5件しかない。
そもそも洋上風力発電事業はトランプ政権発足以前から米国でモメンタム(勢い)を失っていたが、この傾向は洋上風力発電開発で先行する欧州でも同様に観察されている。洋上風力発電事業は新型コロナからの回復局面において生じた世界的規模でのインフレやサプライチェーンの分断、インフレ対策として実施された金利の引き上げにより事業コストが増大し、欧州では洋上風力発電事業の開発費用が40%上昇したとされる。特に原料費が「無料」の再生可能エネルギー事業では資本コストの割合が大きく、洋上風力発電事業においては80%以上とされるため、金利の上昇による資金調達コストの増加は事業の経済性を大きく毀損する。3%の金利上昇は大型洋上風力発電事業の利益を全て打ち消すだけのインパクトがあるとの分析もある(Ørsted)。更に米国の場合は市場が成熟していないことから港湾等のインフラ、専用作業船や人材等のリソースの制約があり、開発費用が欧州のケースよりも25%程度増加するとされる(Ørsted)。今後は前述したようなIRA(インフレ削減法)45Y/48E税額控除の早期終了、鉄鋼やアルミニウム、関連資機材に対する追加関税も事業のマイナス要因となってくるであろう。
このような米国の洋上風力発電開発に対する事業環境の悪化の中、内務省海洋エネルギー管理局(BOEM)によるライセンス承認の撤回・差し止め命令が次々と下され、洋上風力発電開発は非常に厳しい状況に追い込まれた。そのため米国の洋上風力発電開発では中断・凍結、事業撤退が相次ぎ(図19)、数年前の熱狂がまるで噓のように勢いを失っている。
(出所: 各種データをもとにJOGMEC作成)
前述の現在建設が進行する5件の事業案件も、トランプ政権の洋上風力発電への圧力からは決して無傷とはいえない状況となっている。ノルウェーのEquinorによるNew York州のEmpire Wind洋上風力発電開発は2025年4月、内務省BOEMから前政権で不十分な環境審査のまま承認が行われたとして、建設の中止命令を受けた。その後New York州知事・市長、州選出の上下院議員、ノルウェー政府からの働きかけもあり、BOEMは中止命令を撤回、同年5月には建設再開にこぎつけた。
一方洋上風力発電開発のトップ企業であるデンマークのØrstedとSkybornがRhode Island/Connecticut州で手掛けるRevolution Wind洋上風力発電開発は、全ての海底基礎とタービンの70%が設置済みで、事業の80%が完了状態の中、2025年8月、突然BOEMから作業の停止命令を受けた。BOEMは停止命令が「事業の再評価中に生じた懸念への対処」の一環であるとし、その理由として他の事業停止命令においても同様に主張してきた、「米国の国家安全保障上の利益の保護および排他的経済水域、公海、領海の合理的な利用への干渉の防止」のためとした。結局Ørsted側はトランプ政権を提訴、2025年9月、Columbia州特別区連邦地方裁判所(D.C.連邦地方裁判所)はBOEMの作業停止命令に関し執行停止と仮差止命令を認め、作業停止命令に異議を唱える訴訟が進行している間、Revolution Windは建設を再開することが認められた(その後Revolution Windは建設作業を再開)。
また、やはりØrstedが建設作業を手掛けるNew York州のSunrise Windプロジェクトも厳しい事業運営を強いられている。追加の費用負担、リース価格の低下、資金調達コストの上昇により17億ドルの減損を行い、2024年には事業パートナーであるEversourceが離脱したため、事業の100%所有者となり、さらに費用負担が増加した。その後事業の一部売却およびノンリコース・プロジェクト・ファイナンス(資金調達コストが低く、返済責任がプロジェクト会社に限定されるためリスク分散にも有効)の組成も市況の悪化により失敗に終わった。最終的に94億ドルの株主割当増資を行い、Sunrise Windプロジェクト向けの資金を確保したが、株価の急落を招き、2025年10月には2027年末に向けて従業員を2,000人削減する(全体の25%)と発表するなど、苦しい経営状態が続く。同社はデンマーク国営の石油・ガス企業DONG Energyが2017年にINEOSへ石油・ガス上流資産を売却し、社名をØrstedに変更、主幹事業を洋上風力発電へシフトし、洋上風力発電事業トップの座を不動のものとしたが、事業環境の悪化と米国の予想を上回る政策転換は読み切れなかった。
2025年9月、内務省BOEMはUS Wind(Apollo Global ManagementとRenexia SpA.のJV)が開発を進めるMaryland Wind洋上風力発電事業(Maryland州)の建設・運用計画に対する承認(Construction and Operations Plan/COP)を撤回すべく、正式な申し立てをMaryland州連邦地裁に提出し、「承認手続きに重大な懸念がある」として再評価を行う意向を示した。一方Maryland Windプロジェクトについては住民の反対もあり、BOEMの承認撤回は事業に反対するOcean City市長および市議会が提起した訴訟にも関連する。これに対しUS Wind側はBOEMが「政治的圧力に基づいて承認を取り消そうとしている」と主張し、「反訴」請求をMaryland州連邦地裁に提出、承認撤回の無効化に対して正式に争う姿勢を示している。
またMassachusetts州連邦地裁は2025年12月、トランプ政権による新たな洋上風力発電許可発行禁止を「恣意的で気まぐれで、法律に反する」と判断し、これを無効とした。裁判所は、この命令が既存の審査プロセスを迂回し、行政手続法に違反しており、連邦機関がリースの許可および手続き申請の審査を期限なく拒否できないと判断した。この訴訟はもともと2025年5月に17の民主党系州とColumbia特別区、Alliance for Clean Energy New Yorkによって開始されたものである。これに対しホワイトハウスは声明で「洋上風力発電プロジェクトは不公平かつ優遇される一方で、他のエネルギー産業は重い規制によって妨げられている」と述べた。Massachusetts州では複数の洋上風力発電プロジェクトが同時進行しており、その中でBOEMは2025年9月、Avangrid(Iberdrolaの100%子会社) によるNew England Wind とOcean Winds(EDP RenewablesとENGIEのJV)によるSouthCoast Windに対し、建設・運用計画(COP)承認の撤回手続きを開始した。一方でD.C.連邦地方裁判所は2025年11月、「開発業者(Ocean Winds)が即時かつ重大な損害を被るとは言えない」として、BOEMがCOP承認を再検討できるとの判決を下した。
この2件の判決が示すものは、「洋上風力発電の一律な開発停止」は認めない一方、BOEMが個別のプロジェクトについてその正当性を再審査することは認める、というものである。ただしこれらの判決に従えば、BOEMがこれまでの承認を覆すためには裁判所を納得させるだけの「正当な理由」が求められることとなり、最終的な判断までには多くの時間を要することとなる。
そのような状況の中BOEMは2025年12月22日、国家安全保障上の懸念を理由に、建設中の5つの洋上風力プロジェクト(前述)の連邦リース契約を一時停止すると発表し、戦争省(前国防総省)が指摘するレーダー監視への妨害など国家安全保障上の懸念を理由にあげた。前述のようにこれまでもトランプ政権は個別に洋上風力発電開発の停止を命じることはあったが、建設中のプロジェクトを全面停止させるのは初めてのケースである。一時停止の期間中に内務省と国防総省などが連携して、各洋上風力のプロジェクトがもたらすリスクを軽減できるかどうかを評価するとした。BOEMによると、洋上風力発電で回転するブレードが、防衛などに使うレーダーシステムに干渉する可能性があり、これは「戦争省が最近作成した報告書の中で特定した新たな国家安全保障上のリスク」にもとづくものだと述べたが、この根拠は別の裁判所の判決で退けられている。8月に建設停止命令を受け、その後Columbia州特別区連邦地方裁判所の許可により、翌月建設再開を果たしたØrstedのRevolution Windにおいても、12月の停止命令同様、国家安全保障上の懸念が停止命令の理由としてあげられていた。一方でこの一斉停止命令は、米下院が許可発行の合理性を認める法案を可決した直後に行われており、その中には当局が洋上風力プロジェクトの継続的な審査を実行できるよう新たな文言が追加されていた。この一斉停止命令を受け、Ørsted、Equinor、Dominion Energyは停止命令を無効として提訴を行い、電力供給契約を結ぶNew York州、Massachusetts州、Connecticut州、Rhode Island州の各州知事は、プロジェクト前進に向け再び闘うと共同声明を発表した。またこれらの州の司法長官たちは18人の米国司法長官の集団と共に洋上風力発電開発許可の包括的な禁止を覆す訴訟を提起している。
米国の洋上風力発電事業に関しては司法の場での闘いも含め、今後しばらくは混乱が続くことが避けらない情勢である。しかしたとえ裁判所によって最終的にこれらの措置が覆されたとしても、依然として米政策の不安定さは海外からの投資心理を冷え込ませ、「市場の信頼」を回復し、以前のようなモメンタムを取り戻すことは難しい状況となっている。
1)e 米国の電力需要拡大に伴う対応と課題
IEA WEO 2025では、2025年の石油への投資が5,400億ドルであるのに対し、データセンター(DC)への投資:は5,800億ドルにまで膨らむであろうと報告している。特に米国の電力需要は生成AI対応のDCの急拡大によってかつてない速度で拡大すると予想されている(図5)。仮にそのペースで電力需要が増加した場合、大規模かつ多数の発電設備や電力インフラが必要となる。DC開発事業者にとってのファーストチョイスは安定電源であり、天然ガス価格の安い米国の場合、実用性からは、GTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル)発電のような調整型電源に軍配が上がるだろう(図20)。しかし現在ガス火力発電開発はいくつかの課題を抱えている。
GTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル)発電の心臓部である大型ガスタービンの複雑かつ高度な製造が可能な製造業者は数社に限られ、市場は極端な寡占状態にある(図20)。そのような状況の中、コンバインドサイクル発電用ガスタービンの「受注残」は積み上がり、長納期と価格の上昇を招いている。ガスタービンメーカーのSiemens Energyは2025年5月Energy Intelligenceのインタビューに応え、米国における新規大型ガスタービンの市場が2022年の1基から2024年には40基に急増したと指摘した。大手電力会社のEntergyのAndrew Marsh CEOは米国市場にコンバインドサイクル発電用ガスタービンを納入する場合の納期の遅れを評し、「2027年の納入であれば、今日できると思うのと同じくらい早い」とし、「もしまだ列に並んでいないのに、今日列に並ぼうとしているのであれば、おそらく納入は30年から31年になるだろう」と述べた。ガスタービンメーカーの別の1社であるGE Vernovaは2025年5月の時点で受注契約またはスロット予約(総額の10~30%の予約金を支払い、製造枠を確保する)で50ギガワットを保有しており、2025年の末までに60GW以上に達すると見込んでいると述べていた。しかし実際のところ12月にはスロット予約を含む受注残が80GWまで膨らみ、同社のガスタービンの販売は2028年まで埋まっており、2029年には残り10GW未満が残されているのみであるとコメントしている。GE VernovaのScott Strazik CEOは「2025年の第4四半期から2026年にかけて、需要の成長が加速しており、第4四半期の受注はハイパースケーラー(大規模なコンピューティング能力やストレージ容量を備えたDCを提供するクラウドプロバイダー)からのものである」とした。DCからの注文が、米国における同社のガスタービン事業の約3分の1を占めると予想している。
(出所: JOGMEC作成/図中チャートはMcCoy Power ReportをもとにJOGMEC作成)
米国の大型発電施設建設の上でもう一つの大きな課題が、熟練労働力の確保である。トランプ政権の製造業やエネルギーインフラへの後押しもあり、米国ではLNGターミナル、データセンター、半導体チップ製造施設、その他の産業施設の建設件数も増えている。発電施設建設の中核を担うEPC(エンジニアリング、調達、建設)作業に携わる労働者は、まさにそれらの建設作業とも競合するため、プラント建設部門全体で労働者をめぐる「熾烈な競争」が生まれている。特にこの業界は新型コロナウイルス感染症(Covid-19)パンデミック中でのレイオフにより多くの熟練労働者を失い、新たな技術者や作業員の訓練には相応の時間が求められる。「労働力の奪い合いと不足」により開発コストと事業のリードタイムには大きな上昇圧力がかかっている。
また今後はトランプ関税の開発コストへの転嫁も生じてくるだろう。特にSec. 232等による関税影響 (鉄・アルミ素材に対する50%の関税適用)は無視できない。
(出所: EIGデータをもとにJOGMEC作成)
一方、太陽光発電を中心とした変動型再生可能エネルギー電源は「1日24時間/年365日」の電力の安定供給を志向するDC開発事業者にとって調整型安定電源であるガス火力から実用面では劣後するが、クリーン電力という強みがある。特に高い脱炭素目標を掲げるテック企業にとって、DC拡張による温暖化ガス排出量の増加は頭の痛い問題である。またDC開発事業者間の競争も熾烈である。いかに急速に拠点数を増やし、容量を拡大するかが事業の成否を左右する。建設期間がますます延び、納期のタイミングが読みづらい新規のガス火力発電施設に比べ、太陽光発電所の完成には1~5年のリードタイムで済むとされ、「スピード」の点ではDC開発事業の要求を満たす。数100MWといったハイパースケールクラスのDCであっても、太陽光発電とバッテリー式蓄電システム(BESS)との組み合わせで対応可能であろう。いずれDC建設ブームに後押しされた米国の電力需要の急激な拡大に応えるためには電源種にかかわらず、全ての電源を総動員させるような対応が求められるのではないだろうか。
一定程度の電力需要増には発電所の新規建設といった電源の増強で対応できるが、電力需要が増え、送電容量の限界を超えれば、送配電網や変電所といった電力インフラの増強や入れ替え(アップグレード)が必要となる。米国の場合新規の送配電網の完成には5年から15年、場合によってはそれ以上のリードタイムが求められるとされ、単に建設自体に留まらず、許認可手続き、地元との協議、環境評価・対応にも多くの時間が割かれる。またガス火力発電の場合は天然ガス供給の確保も大きな問題だ。ガスパイプライン網が発達していなかったり、(施設やパイプラインの容量等で)追加のガス供給余力のないエリアでガス火力発電所を建設する場合は、新規のガスパイプラインの建設に頼らざるを得ず、完成のタイミングも読めない。そのような課題を解決するため、現在はDCと発電設備(さらにガス供給源)を同一サイトに共存させる、日本語で「併設負荷」あるいは「共立地負荷」(英語ではco-located load)と呼ばれる開発手法が関心を集めている。
2025年8月、米国の電力会社Entergyは、Louisiana州Richland ParishにあるMeta最大のデータセンターに電力を供給する合計容量2.26GWの3基の新しいガス火力発電所を建設するため、Louisiana州公共サービス委員会の承認を取得した。そのうちの2基の施設は2028年後半に稼働する予定で、もう1基は2029年を予定。また、興味深いことにMetaはプロジェクトシェアに見合った投資費用を負担する。通常DC開発事業者は長期のPPA(電力購入契約)により将来の収入保証を行うが、建設費用を直接負担する例は極めて珍しい。その点からもいかにDC開発の競争激化が進んでいるかが想像される。この事例以外にもTexas州西部においてAIスタートアップのCloudBurstと天然ガスパイプライン大手Energy Transferによる共同事業といったいくつかの「併設負荷」事業が進められている。
一方2024年11月、FERC(Federal Energy Regulatory Commission/連邦エネルギー規制委員会)はAWSのDCとPennsylvania州のTalen EnergyのSusquehanna原子力発電所との間を直接接続するISA(interconnection service agreement/中間接続契約)の申請を却下した。これまでAWSは第3者の送配電網を通し300MWの電力を原子力発電所から調達していたが、480MWに拡大する際に既存の送配電網を迂回し、直接電力の供給を受けようと考えた。修正提案の却下についてFERCはこのISA(中間接続契約)が消費者の電力料金や電力供給の信頼性に影響を与える可能性があると述べた。送配電事業者は電力インフラ整備にかかる巨額の負担を長期にわたる需要家からの収入でまかなう。ISAのようなやり方が増えれば送配電事業者にとっての収入が途絶えるだけでなく、他の電力消費者の負担増にもつながる。またISAによる電力消費や状況は送配電事業者には把握・管理できないため、DCが緊急時等に外部からの電力調達を増やした場合、電力の調整が追い付かず、電力の安定供給にリスクをもたらす。これらのリスクを打ち消すほどの正当性がISAにあるとは思えない、というのがFERCの判断であった。
この「AWSとTalen Energy」の事案は同じサイトにDCと発電設備を設置する「併設負荷」の直接的事例ではないが、「通常の送配電事業者が管理する系統の外側で行われる電力のやり取り」という点では共通する。この事例は現在の「併設負荷」事業の実現可能性に対する懸念を示唆している。「併設負荷」はまさに典型的なBehind-the-Meter(工場等で自家発電設備を設置し、その電力を直接負荷に供給するケース)型の電力需給方式であるが、遥かに大規模であることから、送配電事業者や電力管理者、他の電力消費者へのインパクトも大きい。
2025年12月、FERC(連邦エネルギー規制委員会)は、米国最大の地域電力網運営会社であるPJM Interconnectionに対し、AI駆動のDCや他の負荷の大きい施設に対するサービスを促進するため、発電施設との「併設負荷」に関する規則を策定するよう指示した。現在「併設負荷」に対する法規制はTexas州のSenate Bill 6等一部に限られ、FERCも連邦レベルでのルール整備を行っているとされるが、「併設負荷」という、この新たなビジネスモデルに対する規制当局側の十分な制度設計は間にあっていない。発電事業者やDC開発業者にとって、送配電網接続のための承認手続きや電力インフラ・ガスパイプライン整備にかかる途方もない待ち時間を回避できる「併設負荷」という手法は、非常に魅力的な代替手段である。しかし、そのための法規制やルールが整備されていない現状では、「AWSとTalen Energy」の事例のように、「安全側に振った」当局側のブロックにあう可能性も否定できない。
一方で「併設負荷」や近接型のDCと発電設備の一体開発、そしてこれにCCS(炭素回収・隔離)技術を組み合わせ脱炭素電源とする新たなビジネスモデルも生まれている。これらについては後段の「3) CCS」の項で詳述することとしたい。
2) 水素
OBBBAの成立により水素開発に関してもIRA税額控除(45V)の適用資格を得るための開始期限が大幅に前倒しされ、太陽光・風力発電開発同様開発事業者にとって厳しい変更となった。従来のIRAでは2031年までに施設の建設を開始すれば税額控除が受けられたが、OBBBAでは2027年末までに建設を開始した事業のみが税額控除の対象となる(図22)。
(単位: %)
(出所: JOGMEC作成)
バイデン政権当時エネルギー省(DOE)は500億ドルの投資により米国のクリーン水素生産量を年間300万トンに引き上げる計画を立て、その達成手段の一つとして全国7か所に水素ハブを選定し(2022年9月申請開始、2023年10月決定)、全体で70億ドルの支援を約束していた[8]。しかし一方で、これは米国に限った話ではなく世界全体の傾向でもあるが、既にトランプ2.0政権誕生前から水素開発に対する一時のモメンタム(勢い)は失われていた。典型的なクリーン水素発展に対する壁は、クリーン水素の価格が高いため需要が付かず、長期購入契約が締結できないことで資金の調達が困難となり、計画はあっても最終投資決定(FID)まで進めない。したがってクリーン水素の生産が進まず、コスト削減をもたらす大量生産につながらないため、クリーン水素の価格が下がらない(だから需要増に結びつかない)という負のスパイラル(鶏と卵のジレンマ)である(図23)。また新型コロナ感染症からの回復局面からの世界的インフレや資金調達コストの上昇は、他の事案同様事業前進の足を引っ張る。特にグリーン水素(再生可能エネルギーによって水を電気分解し、得られた水素)の場合は、太陽光・風力発電等の電源開発と一体化する例も珍しくない。前述したように電力需要の拡大基調が続けば他の電力需要家との競合から「競り負けたり」、電力調達価格の上昇から事業の経済性悪化の可能性もある。また太陽光・風力発電と一体開発する場合は、やはりIRAの太陽光・風力発電開発に対する税額控除(45Y/48E)の適用資格取得の開始期限が2027年にやってくる(前出図7参照)。2027年にうまく滑り込むことができなければ(太陽光・風力発電と水素生産両方で税額控除が受けられないため)、事業の経済性の大幅な悪化は避けられない。
(出所: JOGMEC作成)
一方「2027年までの建設」を達成するためには、今後「オフテーク契約→資金調達→EPC(エンジニアリング・調達・建設)契約」をこの短いスパンで完結させる必要がある。特に再生可能エネルギー用の変圧器、水素製造のための水電解槽といった長納期資機材の調達や労働力の確保は「多くの発注が同時期に重なることで」大きな困難を伴うだろう。さらに許認可申請や環境審査も重複するため、現時点で当局から承認を受けていない事業については、タイムリーな承認取得は非常に厳しい。またこの「2027年問題」は水電解槽の製造といった製造業者側にも難しい問題を投げかける。2028年以降の市場が完全に不透明だからである。米国の水電解槽製造業者はIRAの45V水素開発税額控除(開発事業者へのインセンティブ)と45X/48C税額控除(製造業者へのインセンティブ、前出図8「クリーンテック製品生産事業への支援継続」参照)という間接・直接的な二重の恩恵を受けていた。しかし45V税額控除の適用資格取得の開始期限が前倒しされ、そのことで米国の水素開発が急激に冷え込んだとしても、海外市場に米国市場の代わりを求めることは難しい。したがっていかに受注残が積み上がっても2028年以降の急激な落ち込みを考えれば生産設備の拡大は難しく、この点がさらに水電解槽といった関連資機材の確保を困難にさせる。
一般的にはOBBBA施行後、水素関連事業からの撤退や事業の中止・延期といった対応を取るケースが多く観察されるが、一部の企業の中には政策の不透明感・不確実性が払しょくされ、「リスクが限定的になった」として先に進む企業も生まれている(表1)。そもそもグリーン水素に関してはバイデン政権時代から45V水素開発税額控除の交付条件として厳しい条件が課せられており(再エネ発電と水素生産の同時性、再エネ電源が新たな追加電力であること等)、控除の資格取得のためのハードルが引き上げられていた。一方でCCSに関する45Q税額控除の条件はOBBBA導入後もほぼ据え置きとなったため、CCSを利用するブルー水素・アンモニア生産開発事業で、45V(水素)ではなく45Q(CCS)による税額控除を選択した事業者にとっては、トランプ2.0政権のエネルギー方針やOBBBAの施行が必ずしもブレーキとはならなかった。
(出所:各種データをもとにJOGMEC作成)
ここまでOBBBAによるIRA(インフレ削減法)の税額控除に対する条件改定を中心にトランプ2.0政権におけるクリーンテック・脱炭素技術に関する路線変更を紹介してきたが、バイデン政権のもう1つの目玉であるIIJA(インフラ投資・雇用法)への影響についても触れてみたい。
2025年5月、米国エネルギー省(DOE)は同省のクリーンエネルギー実証局(OCED)が発行した24件のクリーンテック・脱炭素技術関連事業に対する総額37億ドル以上の助成金・プログラムの取り消し、撤回を発表した[9]。また2025年9月、エネルギー省のChris Wright長官はバイデン政権の130億ドルの環境政策用補助金を国庫に返還すると発表した。そしてこの発表後の10月、エネルギー省は全321件、総額75.6億ドルの補助金取り消しを正式に発表した[10]。これらは全てIIJA(インフラ投資・雇用法)の下、米国のクリーンテック・脱炭素技術の発展や実証試験、事業化を助成するためのものであったが、新たな体制の元では「税金の無駄遣い」と判断された。

IIJA(インフラ投資・雇用法)の中でもひときわ目を引くのが「水素ハブ」プログラムである(図24)。
(出所: JOGMEC作成)
バイデン政権下、2021年に成立したIIJA(インフラ投資・雇用法)の中で米国政府は、クリーン水素技術の推進に関して95億ドルの予算を定め、クリーン水素製造ハブの設立促進に80億ドルを配備した。水素ハブ構想は水素の普及・拡大を図るため水素の産業拠点(水素ハブ)を米国内の6~10か所に整備し、そのために80億ドル(70億ドルを生産者側、10億ドルを需要家側の購入資金への支援)の基金を準備するというものである。エネルギー省(DOE)は水素ハブによってクリーン水素生産量年間300万トン、全投資額500億ドルを目指すとした。水素ハブ構想はそのエリアの水素の普及・拡大のみならず、それに伴う地域雇用の促進、地域コミュニティーへの貢献、経済弱者への支援といった意味合いも持っていた。水素はまだそのネットワークもサプライチェーンも存在しない。まず特定の地域内で市場ネットワークやサプライチェーンの構築・発展を目指し、その中で水素の原料調達・製造・輸送物流・販売・消費までを完結させ、最適化を図る。各エリアの水素ハブを基点として米国全体、更には海外への輸出を通して世界規模での水素ネットワークやサプライチェーンの構築を目指すというところに水素ハブ構想における最終的な狙いがあった。水素といった次世代エネルギーについては単に技術や価格の優位性だけではなく、それを社会・経済のエコシステムの中で運用した時に、インフラ・サプライチェーン・需給ネットワークといった既存システムに対する互換性や順応性、総合的なコストも含めた評価が必要となり、そのエコシステム内での評価を抜きに次世代のエネルギーとしての総合価値や優位性は判断できない。エネルギー省(DOE)は水素ハブ構想の中で最低1か所はグリーン水素、ブルー水素、ピンク水素(原子力発電由来の電気を使用し水を電気分解・分離後得られる水素。イエロー水素やパープル水素と呼ばれることもある)を対象とし、様々な水素の製造方法を含めることを条件としており、また1か所は天然ガスの生産地であることといった縛りを入れていた。水素ハブプログラムは当時地域の関心も高く、2022年9月に公募を開始、79もの候補地が選考レースに参加した。一次・最終選考を経て、2023年10月に7つの提案(図24)が採用された(助成金計70億ドル)。
それぞれの水素ハブはその地域の特徴である独自のエネルギー源・原料・手法を用い、水素経済の構築を図った。例えば東北部のMid-Atlantic Hydrogen Hub(MACH2)では原子力エネルギーや洋上風力発電といった再生可能エネルギーを利用しクリーン水素を生産、域内に展開する製油所・化学品プラントの脱炭素化を図る。Texas州のGulf Coast Hydrogen Hub (HyVelocity H2Hub)も製油所・化学品プラントといった域内の水素需要家に対する脱炭素化に向け、州内の豊富な太陽光・陸上風力発電によるグリーン水素や豊富な天然ガスとCCSを組み合わせたブルー水素を利用することでプログラムを実行する。California州のCalifornia Hydrogen Hub(ARCHES)では炭素強度の高い産業の脱炭素や電動化が難しい大型トラックといった輸送部門に対しクリーン水素による脱炭素化を図っていく。北部Heartland Hydrogen Hub(HH2H)ではクリーン水素を使った厳しい冬の暖房と農業の脱炭素化を特徴とする。また同エリアで盛んなトウモロコシ栽培には大量の窒素系肥料が必要であるが、肥料の原料をクリーンアンモニアに代えることで農業の低炭素化を図ることができる。北東部のAppalachian Hydrogen Hub(ARCH2)では地域内に豊富な天然ガスとCCSを組み合わせたブルー水素により脱炭素を推進するが、斜陽化する石炭産業に代わり新たな雇用の受け皿となることを水素産業に期待する部分も大きい。Pacific Northwest Hydrogen Hub(PNW H2)では域内の豊富な水力発電を使ったグリーン水素を生産する。PNW H2に登録される3州で全米の水力発電量の47%を占める。
前述の米国エネルギー省(DOE)による10月の補助金取り消し(全321件、総額75.6億ドル)では、民主党系の州(2024年の大統領選挙でKamala Harris候補を支持した州)での実施か、開発企業の拠点がそれらの州にある場合に対象を絞っていた(図24右図)。それらのターゲットの中でも事業規模や助成金の額において特に目を引くのがPacific Northwest Hydrogen Hub(PNW H2)とCalifornia Hydrogen Hub(ARCHES)の2件の水素ハブ事業であり、いずれも民主党系の州が関連事業の中心となっている(図24)。両ハブへの補助金は合計で22億ドルに上り、10月のDOEによる補助金取り消し対象全体の約3割を占め、助成規模としては圧倒的に大きい。一連のトランプ政権におけるクリーンテック・脱炭素技術に対する援助の取り消しは、バイデン政権のレガシーであるIIJA(インフラ投資・雇用法)への反発と受けとめられるが、その中でも水素ハブはIIJAの目玉ともいえるクリーン政策であり、特に今回の動きは、民主党系州に属する水素ハブに狙いを定めた措置といえるだろう。10月のDOEによる補助金取り消しの発表後、Pacific Northwest Hydrogen Hub(PNW H2)は活動継続を公表しているが、California Hydrogen Hub(ARCHES)は現在全ての活動を中止し、今後の活動方針についてはCalifornia州を中心に検討するとしている。
3) CCS
3)a IRAとIIJAにおけるCCSへの支援方針
図25が示すようにCCS(CO2の分離回収・貯留技術)はクリーンテック・脱炭素技術の一部でありながら、OBBBAによってIRA(インフレ削減法)税額控除の有資格期間が変更されていない。CCS/CCUSはCO2によるEOR(石油増進回収技術)をもとに米国やカナダで発展し、米国が技術や実績の面において先行していること、EORと結びつくことでトランプ政権の自国のエネルギーによる「American Energy Dominance(米国のエネルギーで世界の主導権を握る)」の考えと一致すること、Occidentalといったエネルギー企業が共和党系の議員に強く働きかけたことがCCSの税額控除(45Qクレジット)温存につながったとされる。もっともCCS事業の税額控除にもとづく支援制度である45Qクレジットはインフレ投資・雇用法(IIJA)やインフレ削減法(IRA)施行のはるか以前、2008年10月に制定されたEnergy Improvement and Extension Act of 2008[11] によって導入されており、トランプ1.0政権でも生き残ってきたことから、OBBBAによる「特別な扱い」は、驚くことでもないのかもしれない。ちなみにこれまでIRAではCO2 EORとして使用される場合はCO2トンあたり最大60ドルの税額控除に留まっていたが、OBBBAによって最大85ドルに引き上げられた(CO2が恒久的に貯留される場合と同額)。
(単位: %)
(出所: JOGMEC作成)
このようにCCSに対するIRAの税額控除に対しOBBBAによる下方修正の影響はなかったが、IIJA (インフラ投資雇用法)によるDOEの助成制度には大きな変更があった。「2) 水素」で言及した「2025年5月のDOEによる24件、総額37億ドル以上の助成金・プログラムの取り消し・撤回」ではExxon Mobileに割り当てられたTexas州Baytown製油所における水素プロジェクトのための3億3,100万ドル、クリーンエネルギー開発のためのKraft Heinzに対する1億7,000万ドル、Heidelberg Materialsの低炭素セメントプロジェクトへの5億ドル、Eastman Chemicalの Texas州Longviewの分子レベルリサイクル施設建設に対する3億7,500万ドル、Calpineの子会社のTexas州BaytownとCalifornia州Yuba市近郊の炭素回収プロジェクトのための2億7,000万ドルといった事業が取り消し対象となったが(Bloomberg)、取り消し対象事業の内、CCS関連事業が半分以上を占めている(図26)。
(出所: RystadデータをもとにJOGMEC作成)
3)b 米国のCCS事業
i) 米国CCSの事業形態
現在米国で活発に進められているCCS事業は図27に示すように大別して3つのパターンに色分けられる。
(出所: 各種データを参考にJOGMEC作成)
1つは主にExxon MobileやChevronといった石油・ガス開発企業(E&P企業)等がエネルギー集約型産業セクターから分離・回収したCO2を受け取り、CO2の輸送・貯留を請け負う事業形態(「CCS as a Service」と呼ばれる)で、これはエネルギー集約型産業が集中し、CO2輸送のためのパイプライン網や地下貯蔵のための貯留層が発達するTexas州やLuisiana州の湾岸エリアが中心となる(図27、A). 湾岸エリア)。これらのCCS事業はこのエリアで成熟油田を対象に盛んに行われてきたCO2 EORの実績やノウハウ、油ガス田開発によって得られた地下データがサービスとしての新たなCCS事業に大きく貢献する。
一方45Qクレジットの導入により関心が高まっているのが、中西部のコーンベルト呼ばれている穀倉地帯で多く栽培されるトウモロコシを発酵させエタノールを生産する、エタノールプラントからのCO2回収・貯留事業である(図27、B). 中西部コーンベルト)。エタノール発酵プロセスからのCO2回収は火力発電所の排ガスなどと異なりばい煙やNOx/SOxなどの不純物が少なく、排ガスの前処理工程や吸収液の劣化に伴う吸収液の追加補充費用も軽減されるため、CO2重量当たりの回収・貯留コストが低く、他のCCS事業と異なり、45Qクレジットの提供する税額控除でコストをまかなうことができる。しかしエタノールプラントが集中する中西部コーンベルトの多くの州にはCO2を安定的に貯留できるような地質構造が存在せず、州を越境し、Illinoi州やNorth Dakoda州といったCO2貯留に適した枯渇油ガス田や塩水帯水層の発達したエリアにCO2を専用パイプラインによって輸送する必要がある。そこで「mega-hubs and spokes」と呼ばれる州境をまたぐ大規模パイプライン網をベースとし、各州に点在するエタノールプラントから回収されたCO2を収集・輸送・貯留する、Summit Carbon SolutionsのMidwest Carbon Expressプロジェクト、Navigator CO2 VenturesのHeartland Greenway CCSプロジェクト、Wolf Carbon SolutionsによるMt. Simon Hubプロジェクトといった大型CCS事業が次々に立ち上がった。しかしそれらのプロジェクトはCO2パイプライン敷設に反対する地元の反発に会い、さらに州の規制当局によるパイプライン建設の申請・承認却下といった事態が続き、厳しい対応を迫られている。その結果Heartland Greenway CCSプロジェクトではNavigator CO2 Venturesが事業からの撤退を決定した。Summit Carbon SolutionsはMidwest Carbon Expressプロジェクトにおいて経営陣を入れ替えるなど体制や地元へのアプローチの方法を変更したり、CO2パイプラインのルートの見直しを図っているが、巨大パイプライン網はIowa、Minnesota、North Dakota、South Dakota、Nebraskaの5州にまたがり、利害関係者や規制当局との協議や手続きも煩雑で多岐にわたり、ステークホルダー全てから支持を取り付けることは、一筋縄とはいかない。
3つ目は湾岸エリアで大規模プロジェクトが計画されているDAC(Direct Air Capture、大気中に存在するCO2の直接回収)技術(図27、C). DAC技術)である。DAC技術に対してはIRAの45QクレジットによってCO2トンあたり最大180US$という破格の税額控除が適用されることとなっており、OBBBAによる見直しも懸念されていたが、Occidental等のロビー活動もあり、税額控除の額は据え置かれた。米国DAC事業の特徴はその規模で、先行するClimeworksのアイスランドOrca DACプロジェクト(年間4,000トンのCO2回収)やMammoth DACプロジェクト(年間3万6,000トンのCO2回収)、HIF Global等によるチリMagallanes のHaru Oni e-フューエル(年間600トンのCO2回収)等と比べても圧倒的に大きい。Occidental傘下の1PointFiveがTexas州Ector郡(パーミアン盆地)で開発を進め、2025年末に運転開始が予定されるSTRATOS事業では、年間50万トンのCO2回収を目指す。米国DAC事業が「規模の経済」を目指すのは、CO2トンあたり最大180US$という45Qクレジットによる支援制度と無縁ではないだろう。一方、他の2件の大規模DACプロジェクト、Batelle、Climeworks Corporation、Heirloom TechnologiesによるLouisiana州のProject Cypress(年間CO2回収量100万トン)と1PointFive、Carbon Engineering、WorleyによるSouth Texas DAC Hub(年間CO2回収量100万トン)はバイデン政権時代のIIJA(インフレ投資・雇用法)によるRegional Direct Air Capture(DAC)Hubsプログラムによる恩恵を大きく受けている。両プロジェクトとも同プログラムからそれぞれ6億ドルの助成金の支援対象に選ばれた。一方でこのDACプログラムへの支援がトランプ2.0政権において今後の見直しの対象となるのでは、との懸念の声はある。実際に2025年10月7日にLatitude Mediaによって報道された、DOEが見直し対象として検討したとされる351件のリストには、DACハブ事業(South Texas DAC HubおよびProject Cypress)も含まれていた。
米国では現在これらの類型には属さない新たなCCSのビジネスケースが生まれようとしている。DC開発と発電所建設を組み合わせ、さらに発電所からのCO2排出を回収・貯留し、クリーン電力としてDCに供給するという事業である。Illinoi州のArcher Daniels Midland(ADM)やTallgrass EnergyによるCCS事業がそれらの事例(図27)であるが、後段においてそれらの状況を詳しく解説することとする。
ii) Exxon Mobileが主導する湾岸エリアにおけるCCS
米国ではTexas州、Louisiana州、Mississippi州といったメキシコ湾岸の州を中心にCO2を使った老朽陸上油田に対するCO2 EORと呼ばれる石油増進回収技術が1970年代から実施されてきた。またこのエリアには石油精製、化学品製造、LNG(液化天然ガス)輸出プラント等炭素強度の高い施設が集積しており、石油企業が中心となりCO2 EORのレガシーや石油開発の知見を活かして炭素強度の高い事業者からCO2をまとめて回収し、パイプラインで輸送、老朽油・ガス田や塩水帯水層に貯留するという大型のCCSハブ構想・計画が複数立ち上がっている(表2)。
(出所:各種データをもとにJOGMEC作成)
これらの中でも大きく先行するのがOccidental傘下の1PointFiveが推進するPelican CCS Hubで、Louisiana州Ascension郡において2029年から年産140万トンの低炭素アンモニアを生産するBlue Pointプロジェクト(表1)と2025年、年間230万トンのCO2回収に関する25年間のオフテーク契約を締結し、FID(最終投資決定)を達成した。Blue PointプロジェクトはCF Industries(40%)、JERA(35%)、三井物産(25%)の合弁事業である。
ExxonMobilもメキシコ湾岸で産業集積地からCO2を回収しパイプラインで輸送、油・ガス層あるいは塩水帯水層に貯留するという巨大なCCSネットワーク構想を持つ、CCS事業を積極的に展開する企業の一つである(図28)。
(出所: 各社公表資料をもとにJOGMEC作成)
ExxonMobilは元々1986年からWyoming州のShute Creekガス処理プラントにおいてCO2濃度の高いLaBargeガス田からのCO2を分離回収し、CO2 EOR用に販売してきた。世界最大クラス(設計上のCO2年回収量700万トン)である同プラントでは随伴CO2のほぼ半分をCO2 EORに利用、一部を貯留しており、CCS技術の知識や経験についてはこれまでの豊富な蓄積がある。ExxonMobilは2023年7月にCCSソリューション・CO2 EOR事業に多くの実績を持つDenburyを49億US$で買収した。DenburyはLouisiana州、Alabama州、Mississippi州、Texas州、Wyoming州の10拠点(約20億トンのCO2貯留容量)と約2,100kmに及ぶCO2専用パイプラインを所有・運営するが、特にMississippi州、Louisiana州、Texas州の湾岸エリアを結ぶ約1,500kmのCO2専用パイプラインは、ExxonMobilの目指す湾岸エリアにおいて最大年間1億トン(2030年までに年間5,000万トン)のCO2回収を目指すとする巨大CCSネットワーク構想を実現する上で、重要なピースとなった(図28)。ExxonMobilはCF IndustrieのDonaldsonville(Louisiana州)やYazoo Cityコンプレックスのブルーアンモニア事業(Mississippi州)、LindeのBeaumontブルー水素事業(Texas州)、CalpineのBaytown CCGT発電所(Texas州)、NucorのConvent製鉄所(Louisiana州)、AtmosClearのBRバイオマス発電所(Louisiana州)といった外部の排出事業者とCO2の輸送・貯留契約(「CCS as a Service」)を締結した。さらに自社で計画するTexas州Baytownにおけるブルー水素・アンモニア事業からのCO2回収と併せ、回収するCO2の量は事業開始の目安とする2,000万トンに近づく、1,500万トンまで積み上がっている(図29)。またEnLink MidstreamとはCO2輸送および貯蔵契約を締結している。
一方CCSとしてCO2を地下に圧入するための坑井は米国環境保護庁(EPA)から安全飲料水法に基づき(圧入に伴い飲料水汚染がないことの確認)、Class VI井として特別な許可を受ける必要がある[12]。2025年10月、ExxonMobilはEPAからClass VIの承認を得、これによりTexas州Jefferson郡Vermilion Parishの用地(12.5万エーカー)にあるRose CCSサイトにおいて、既存の3坑の試験坑井をCO2貯留用圧入井に変換し、CO2を長期貯蔵することが可能となった。各圧入井は年間平均110万トンから167万トンのCO2を圧入することができ、3つの圧入井すべてで年間最大500万トン規模のCO2圧入・貯留が可能となる。13年間の圧入期間で、ExxonMobilは最大5,300万トンのCO2圧入が許可された。
ExxonMobilはサービス契約締結とDenbury買収による中流資産の獲得、CCSの豊富なノウハウとCO2貯蔵用地の確保によって上下流の垂直統合モデルを構築し、メキシコ湾岸エリアのCCSバリューチェーンにおいて確固たるポジションを築こうとしている。
Shellやbpを始めとし、欧州系の石油・ガス開発(E&P)企業もクリーンテック・脱炭素技術に対する一時の熱が失われ、従来の石油・ガス事業への回帰が見られる(表3)。そのような状況の中ExxonMobilは2024年12月、2030年までにクリーンテック・脱炭素技術に対し300億ドルの投資を行うと発表した。2025年11月に市場の成長の遅れを理由にBaytownブルー水素・アンモニア事業(投資額約75–100億ドル相当)の凍結が発表され、12月には投資額を300億ドルから200億ドルに引き下げたが、これはBaytownブルー水素・アンモニア事業が棚上げされたことに伴うもので、他のクリーンテック・脱炭素技術への投資は温存され、既定路線が維持されているものと考えられる。
(出所: 各社公表資料をもとにJOGMEC作成)
エネルギートランジションのような市場の移行期においてはFirst Mover(先行者)としてFirst Mover Advantage(先行者利益)を積極的に取りに行く企業の動きが目立つ。ØrstedやNeste、LanzaTechといった企業がそれらに該当する。おそらくそういった企業の念頭にあるのは、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)が代表するITプラットフォーマーのようにde facto standardと呼ばれる「業界標準」を構築し、新たな市場での事業展開を優位に運ぶという点である。また、米国のIRA(インフレ削減法)やEVの購入補助、EUの水素銀行などといった政府の助成制度やインセンティブは未成熟市場の立ち上げを目的とし、一定の期限付きであるため、早期に市場に参入することで政府支援を事業のレバレッジ(梃子)として取り入れることが可能となる。一方で現在の水素事業が抱える課題のように新たな市場では需要を発掘することが困難なケースもあるし、未成熟市場にはGrowing Painといった成長に伴うリスクも発生する。他方、First Moverとは対照的に敢えて二番手以降のFollower(フォロワー)としてじっくりと時間を掛け、市場の参入を図る企業もある。その典型的な例がExxonMobilであり、彼らの戦略は市場の安定・需要の確保を優先し、市場の成長が一定程度進んだ段階で機を見てM&Aや潤沢な経営リソースを投入、大規模化によって市場のイニシアティブを握り、市場に確固たる基盤を築く、といった戦略を取る。そのことにより未成熟市場に伴う事業リスク(Growing Pain)を避け、Lessons Learned(先行事業から得た教訓)を最大限活用する方が事業の成功確率も上がるという考え方である。
(単位: 万トン/年)
(出所: 各社公表資料をもとにJOGMEC作成)
例えばExxonMobilは米国シェールオイルプレーヤーとして決して参入の動きが速かったわけではないが、2010年、大手シェールオイルプレーヤーXTOを360億ドルで買収、直近の例では2023年10月にPioneer Natural Resourcesを買収することで多くのシェール資産を手中に収め、2024年第3四半期のPermian盆地におけるシェールオイルの生産量は日量140万バーレルに達し、米国最大のシェールオイル生産地であるPermian盆地において確固たるポジションを築いている。
エネルギートランジションにはCCSや水素のような分子を基礎とするソリューションと再生可能エネルギーやEV(電気自動車)のような電子を相手にするソリューションがあり、どちらも市場拡大のポテンシャルを有している。しかしExxonMobilは自社が有する能力と市場優位性を考え、分子に注力する。Darren Woods CEOが繰り返すのは「ExxonMobilが手掛けるのは(再生可能エネルギーやEVといった)電子ではなく、(CCSや水素といった)分子だ。電子の分野においてExxonMobilは他社を超える優位性がなく、株主が期待するリターンを確保できないが、分子にはこれまでのノウハウやシナジーがあり、自社の強みを生かせる」ということである。Denbury買収による中流資産の獲得、CCSの豊富なノウハウとCO2貯蔵用地の確保によって上下流の垂直統合モデルを構築し、「CCS as a Service」のビジネスモデルの下、数多くの排出事業者とサービス契約を締結し、メキシコ湾岸エリアのCCSバリューチェーンにおいて確固たるポジションを築くというCCSネットワーク構想は、まさに自社の経営方針と合致しているということであろう。
したがって、Baytownブルー水素・アンモニア事業の凍結のように未だ「需要全体の底上げ」がなく、市場の成熟が見られないと判断すれば、たとえ一定程度の経済性が確保できるとしても、前には進まない。自社が得意とする「規模の経済(Economy of Scale)」が十分活用しきれない、と考えているからである。「規模の経済」が生かせなければ他事業とのシナジーも活用できず、利益も限られる。また「需要全体の底上げ」のためには、政策による後押しは重要だと説く。ExxonMobilの事業に対する足踏みは、今現在「世の中の空気がその地合いにない」との判断があるためであろう。
しかしそのような状況の中、年間190万トンのブルーアンモニアを生産するCF IndustriesのDonaldsonvilleブルーアンモニアプラントが2025年7月に運転を開始した。ExxonMobilはCF Industriesがブルーアンモニアの生産に伴い排出・回収する年間200万トンのCO2を全量引き取り、輸送・貯留する。Class VI 井としての許可を受けたばかりのRose CCSサイトはまだ受け入れ態勢が整っていないため、引き取られたCO2は暫定的にExxonMobilのEOR(石油増進回収技術)用の坑井に圧入されている。事業全体にとっては、前述したようにOBBBAによってEOR向けのCCSに対する45Q税額控除がこれまでの最大60ドル/トンから85ドル/トンに引き上げられたということも大きい点だろう。ただしDonaldsonvilleプラントのブルーアンモニアは主に欧州市場をターゲットとしている。せっかくのブルーアンモニアが間接的に石油の増進に使われているという状況は、CF Industriesのブルーアンモニアに対するグリーンプレミアムとしての商品価値を毀損する可能性がある。また2026年からは同じく「CCS as a Service」としてCO2の引き取り契約を交わすLindeのBeaumontブルー水素プラントの生産(年最大220万トンのCO2回収)が開始されることとなる。2026年にRose CCSサイトの受け入れ態勢が整えば、回収されたCO2はFlemingおよびUpper Frioの塩水帯水層内に恒久的に貯蔵され、ExxonMobilの巨大CCSネットワーク構想も事実上軌道に乗ることとなる。
iii) CCSに関する新たな動き
前述したように現在の米国のCCS事業は、エネルギー集約型産業から分離・回収したCO2を引き取り、CO2の輸送・貯留を請け負う事業、中西部のコーンベルトにおけるエタノールプラントからのCO2の輸送・貯留事業、DAC事業の3つの形式が主流となっているとしたが、最近DC(データセンター)開発と電力供給にCCSを組み合わせた事業モデルへの関心が高まっている(図30)。
(出所: JOGMEC作成)
この新たなCCSのビジネスケースとしてArcher Daniels Midland(ADM)とTallgrass Energyの事例を以下に取り上げる。
(1) Archer Daniels Midland(ADM)のケース(図27参照)
Archer Daniels Midland(ADM)は世界的な農業企業で、Illinoi州Decaturにおいて2011年11月から3年間 MGSC(Midwest Geological Sequestration Consortium)の主導で、Illinois盆地のMt. Simon砂岩層に対し1,000トン/日(3年間で約100万トン)のCO2を圧入するCCSの実証試験を行った(Illinois Basin - Decatur Project/IBDP事業)。その成功を受け同社は米国エネルギー省(DOE)の支援を受け、2017年4月よりCO2貯留量を3,000トン/日(年間約110万トン相当)に引き上げた商業規模のIndustrial Carbon Capture and Storage Project(IL-ICCS)を開始した。
2025年10月、米国のハイテク大手GoogleはLow Carbon Infrastructureが開発するCCSを備えたガス火力発電所から電力を購入する初めての商業契約を締結したと発表した。プライベート・エクイティが支援するLow Carbon InfrastructureはIllinoi州Decaturにおいて400MWのガス火力発電所開発事業、Broadwing Energyプロジェクトを推進しており、Broadwing発電所から排出されるCO2の90%は、ADMが所有する近傍のCO2貯蔵施設で回収し、貯留される。Low Carbon Infrastructureは、2026年上半期にBroadwingプロジェクトのFID(最終投資決定)を実行する予定。GoogleはAIハイパースケーラーの1社であるが、膨大な量の電力消費により温暖化ガス排出量削減目標達成に黄信号が灯っている。同社の総排出量は2023年に2022年比で13%増、2019年比では48%増となった。特に電力消費の大幅増により、外部調達電力の排出量を対象とするScope 2では、2023年に2022年比37%増と大きな増加を示していることから、電力消費に伴う排出量の縮小は急務となっている。
(2) Tallgrass Energyのケース(図27参照)
エネルギー関連インフラ企業であるTallgrass EnergyはWyoming州からNebraska州に向け送ガスに使用されていたガスパイプライン(Trailblazerパイプライン)を利用し、15億ドルをかけ、約630kmのCO2パイプラインにコンバートした。Nebraska州のエタノールプラントで回収されたCO2を輸送し、自身のCO2貯留サイトであるWyoming州LaramieのEWSハブにおいて、年150万トンのCO2を貯留するという事業計画である。2025年10月、エタノール生産者であるGreen PlainsはNebraska州Yorkにある自身のエタノールプラントにおいてCO2回収を始め、TrailblazerパイプラインによるCO2の輸送・貯留が開始された。Green Plainsは引き続きCentral CityとWood Riverの施設でも追加のCCSシステムを稼働させ、低炭素強度のエタノール生産を行い、炭素クレジットを生成する。米国の45Q税額控除制度(最大でCO2トン当たり85ドル)は一般にボランタリー市場における炭素クレジット価格と比べても有利であるが、これらの炭素回収はバイオマス(トウモロコシ)由来で、ネガティブ・エミッションと分類されることから、炭素クレジットとしての価値が高い。Green Plainsのような企業は、45Q制度に登録しない一部を炭素クレジットとして企業に直接販売するといった事業モデルも視野に入れる。さらにBridgeport EthanolやMid America Agri Products/Wheatlandも自社のエタノールプラントから回収したCO2の輸送・圧入をTrailblazerパイプラインを通して実施しており、ADMもNebraska州でのエタノール生産事業からのCO2の輸送・貯留にTrailblazerパイプラインの利用を計画している。
前述のように「エタノールプラントからのCO2回収」の事業モデル(mega-hubs and spokes)はCO2パイプラインが横切る州や土地地権者の猛反発に会い、実行が困難になっている。一方Tallgrassの Trailblazerパイプラインは新規のCO2パイプラインではなく、1980年代から稼働していた天然ガスパイプラインからの転用であり、土地収用等の手続きが必要なかった。またTallgrassは地域社会との協調を重視し、Trailblazer Community Investment Fund(総額700万ドル)を設立、沿線地域に資金を還元することで地域住民の理解を得ることに成功している。
2025年7月、Tallgrassは「エタノールプラントからのCO2回収」の事業モデルと並行して、AIインフラ開発事業者であるCrusoeと戦略的パートナーシップを結び、Wyoming州南東部に1.8GW(最大10GW)のAIデータセンターキャンパスを開発することを発表した。声明の中でTallgrassは、「この新たなAIデータセンターキャンパスは、天然ガスを燃料とする複数の火力発電設備と将来の再生可能エネルギー電源を統合し、さらに、Tallgrassの既存のCO2隔離ハブに近いため、長期的な炭素回収ソリューションを提供することが可能である」とした。既存のCCSインフラを梃子に、AIインフラとガス火力発電にCCSを組み合わせた事業モデルを構築していく。
(出所: 各社公表資料をもとにJOGMEC作成)
Archer Daniels Midland(ADM)、Tallgrass Energyいずれのケースも「エタノールプラントからのCO2回収」という事業モデルを基盤としてそのCCSインフラや機能をDCへの供給電力の脱炭素化に応用しようとしており、これまでDC運営の課題であった「電力の安定供給とクリーン化」(「図20 急激な電力需要への対応と課題」参照)」を両立させる有効なソリューションとして、米国のDCへの電力供給体制やCCSに新たなトレンドを作り出そうとしている。
この点において興味深いのは、ADMのIL-ICCS、TallgrassのEWSハブといったCO2の貯留サイトは、Illinoi堆積盆地、DJ堆積盆地という、まさに伝統的に米国内陸部で石油・天然ガスの生産・供給を担ってきた堆積盆地に位置していることである。したがってこの場所にDCを建設するということは、ガス火力発電に欠かせない天然ガスの安定調達を確保することにもつながる。すなわちDC、ガス田、火力発電所そしてCO2貯留サイトを一か所にまとめ、新たなDC建設に伴う関連インフラ建設や許認可手続きにかかるコストや時間を大幅に削減しようという考え方である。
ハイパースケーラーといったDC開発事業者の「電力の安定供給とクリーン化」両立に対するニーズは高い。ChevronやExxonMobilといった大手石油メジャーも同様のビジネスコンセプトで事業展開を図ろうとしている。2025年1月、ChevronとEngine No. 1は米国内のDCへの大規模かつ信頼ある電力供給を確保するための新たな会社を共同で設立することで合意した。新会社はGE Vernovaとの提携の下最初のプロジェクト、Power Foundriesを手掛け、7基のGE Vernova製7HAガスタービンを用い、米南西部、中西部、西部地域において近接するDCに送配電網を経由しない電力を供給する計画。最大4GWまでの電力供給を想定しており、最初の電力供給は2027年終わりを予定、CCSや再生可能エネルギーといった低炭素ソリューションも組み込む。ExxonMobilもガス火力発電所にCCSを導入し、DC向けに送配電網を経由しない約1.5GWの低炭素電力を供給予定。既に用地を取得し、電力供給先との協議も行っており、2029年以内の稼働を目指すとしている。
4) バイオ燃料
4)a 米国のバイオ燃料
次に米国のバイオ燃料とトランプ2.0政権におけるバイオ燃料の位置づけについて解説していく。バイオ燃料とは生物起源であるバイオマスを原料に製造された燃料のことであり、現在バイオ燃料は図32に示すようにガソリンに混合されるエタノール、軽油に混合されるバイオディーゼル(脂肪酸メチルエステル/Fatty Acid Methyl Ester、略してFAMEまたはBD)が市場の大半を占め、近年では米国・欧州を中心に再生可能ディーゼル(水素化植物油/Hydrotreated Vegetable Oil、略してHVOまたはRD)も大きくシェアを伸ばしている。持続可能な航空燃料SAF(Sustainable Aviation Fuel)もこの中に含まれるが、世界の年間生産量は2023年に50万トン、2024年に100万トン程度(IATA)とされ、まだ全体に占める割合は少ない。
バイオ燃料生産は原料の数量と安定供給の確保といった側面から、原料となる資源作物の生産と一体となり発展してきた。原料が豊富に手に入り、価格が安定し、安価であることもバイオ燃料産業が発展するための必要条件である。したがって、バイオ燃料の原料調達、燃料製造、消費は同一国・域内で完結するケースが多く、貿易量も限られ、化石燃料と異なる「地産地消」を特徴としている。そのためバイオ燃料は国の安全保障や様々な政策と結びつき、市場や市況も政策の影響を大きく受けるが、米国のバイオ燃料産業にも同様のことがいえる。エタノールの消費は2005年に導入されたバイオ燃料包括エネルギー政策法(RFS)[13]や2007年の包括エネルギー政策法の改定(RFS2)によって大きく伸び、バイデン政権のインフレ削減法(IRA)は米国内に再生可能ディーゼル(RD)の大規模生産プラント建設を促し、米国におけるRD市場の成長を助けた。そしてトランプ2.0政権もまた、バイオ燃料市場拡大を後押ししようとしている。
(出所: JOGMEC作成)
米国のバイオ燃料はガソリンに混合されるエタノールと軽油に混合されるバイオディーゼル(BD)が市場の大半を占め、最近は再生可能ディーゼル(RD)が市場を拡大している。米国におけるエタノールはそのほとんどがトウモロコシの微生物発酵によって作られ、BDやRDは油脂植物を搾油することで得た油脂や廃食油・獣脂といった廃棄物をメチルエステル化(BD生産)や水素化処理(RD生産)することによって製造するが、その原料の多くは大豆(大豆油)が占める。すなわちエタノールにはトウモロコシ、BD・RDには大豆が原料として用いられ、米国のバイオ燃料にはそれらの農作物が大きく関わっていることから、バイオ燃料の市況はそれらの原料を供給するトウモロコシ・大豆生産者の収入に直接影響する。またそれらの主要な生産地、中西部のコーンベルトと呼ばれる一帯は、トランプ政権・共和党の重要な支持基盤でもある。したがってバイオ燃料に対する政策は単にエネルギー政策の側面だけでなく、トランプ政権にとって農業収入の安定、農村地域衰退の防止や雇用の確保といった同地域における経済振興の役割も担っており、農業政策とも強く結びついている。
(出所: JOGMEC作成)
現在の米国のバイオ燃料の発展は、2005年のバイオ燃料包括エネルギー政策法(RFS)や2007年の包括エネルギー政策法の改定(RFS2)とそれに伴い導入された再生可能義務量(Renewable Volume Obligations/RVO)、そして2022年のインフレ削減法(IRA)といった国の大規模支援制度(図33)抜きには達成し得なかっただろう。また米国にはその他にも州ごとに個別の支援制度がある。
ここからトランプ政権におけるバイオ燃料に関連するIRA(45Zクリーン燃料生産税額控除)やRFSに対する取り扱いから、同政権におけるバイオ燃料の位置づけについて考察していくこととする。
4)b OBBBAとバイオ燃料
OBBBAの成立によりクリーンテック・脱炭素技術に関連するインフレ削減法(IRA)税額控除に対する下方修正が目立つ中で、異彩を放つのがバイオ燃料である。バイオ燃料の45Z税額控除に関しOBBBAは、これまでの2027年の期限からさらに2年間資格期間を追加し、期限を2029年末まで延長した(図34)。これまで太陽光・風力発電開発や水素関連の税額控除について早期終了への変更が目立ったOBBBAであるが、バイオ燃料に関しては全く逆の取り扱いとなった。
(出所: JOGMEC作成)
OBBBAによる上方修正は有効期限の延長に留まらず、バイオ燃料税額控除(45Z)の適用条件緩和にもその傾向が現れている。
i) LCA・ILUCと45Z税額控除制度
2022年8月に成立したバイデン政権のインフレ削減法(IRA)では、バイオ・再生可能ディーゼルに対し1ガロン当たり最大1.00ドル、SAFについては炭素強度(炭素原単位とも呼ぶ。熱量など一定単位あたりの温暖化ガス非出量のこと)により1ガロン当たり1.25から1.75ドルの税額控除を導入した(40B等)。一方で40B等による税額控除は2024年12月末で有効期限が失効するため、バイデン政権は2025年1月、45Zのもとに統合した新たな税額控除の制度・資格基準(表4)を導入した(有効期限は2025年から2027年)。この45Zのガイドラインにより、税額控除を受けられるバイオ燃料の炭素強度は100万BTU(BTUは英国熱量単位、1BTUは252カロリー)あたり50g(グラム)以下と規定され、炭素強度によって1ガロン当たり最大1.00ドルの税額控除が付与されることとなった。炭素強度の計算はLCA(Life Cycle Assessment/ライフサイクルにおける温暖化ガス排出量評価)にILUC(間接土地利用変化)を組み込んだ温暖化ガス排出量の計算方法によって控除レベルが規定され、海外の廃食油(UCO)を原料としたバイオ燃料は税額控除の対象から外されたことから、40Bと比べバイオ燃料生産事業者が得られる税額控除の額は大きく減少した。
(出所: 米政府資料をもとにJOGMEC作成)
燃料ごとの炭素強度の大小を評価する手段として、一般的にLCA(ライフサイクルにおける温暖化ガス排出量評価)と呼ばれる方法が用いられる(図35)。これはバイオ燃料の場合農地の開墾から始まり、原料作物の耕作・輸送、製造・加工、製品輸送、そして消費までのライフサイクル全体においてどれだけの温暖化ガスの排出があったかを分析・評価する手法である。気候変動対策の観点からは、それぞれのバイオ燃料が化石燃料と比べて実質的にどれだけ温暖化ガス排出を低減したかが重要なポイントとなる。バイオ燃料の中にはサプライチェーンの過程で多くの温暖化ガス排出を伴うものもあり、中には化石燃料よりも温暖化ガス排出量が多いと評価されるケースもある。
(出所: JOGMEC作成)
一方LCAをもとにバイオ燃料の炭素強度を比較する際に重要な要素がILUC(Indirect Land Use Change/間接土地利用変化)である。LUC(Land Use Change/土地利用変化)にはDLUC(Direct Land Use Change/直接土地利用変化)とILUC(Indirect Land Use Change/間接土地利用変化)がある(図36)。
(出所: JOGMEC作成)
DLUC(直接土地利用変化)は森林が開墾され農地として利用された場合の直接的温暖化ガス排出量の増加を数値化したものである。森林等自然の環境下では生物多様性等の効果から森林内や土壌中に一定量の温暖化ガスが貯留され、大気に放出されることがないが、森林が開墾され、農地として転用された場合、森林全体による温暖化ガスの貯留機能が失われ、温暖化ガスはそのまま大気に放散される。また農作物の栽培には肥料や薬品が使用され、農機具の燃料として化石燃料も消費される。例えば尿素系の肥料はアンモニアをもとに製造されるが、アンモニアは天然ガスといった化石燃料を原料として生産される。さらに肥料に含まれる窒素成分は温暖化効果がCO2の300倍とされる一酸化二窒素(N2O)を生成する可能性がある。こういった要因をもとに森林から農地への転換によって直接的に温暖化ガス排出量の増加が生まれるとされており、これを直接土地利用変化(Direct Land Use Change/DLUC)と呼ぶ。
一方、ILUC(間接土地利用変化)による温暖化ガス排出量の増加メカニズムはさらに複雑で、経済的影響を数値に反映する。例えば(大豆油の原料となる)大豆といった油脂作物はこれまでは食用油や油脂原料といった食品や日用品の原料として栽培されてきた。しかし、大豆がバイオ・再生可能ディーゼルといったバイオ燃料の原料として利用されることで、油脂作物である大豆の商品価値・換金性は大きく向上する。実際に米国の大豆相場はバイオ・再生可能ディーゼル市場の動向に大きな影響を受けている。したがって、例えば大豆がバイオ燃料の原料として利用されるということは大豆の「商品作物としての価値が上昇する」ことを意味し、それがさらなる大豆農地の拡大につながり、温暖化ガス排出量増加を誘因する、というのがILUCの考え方である。また油脂作物である大豆が燃料の原料として利用されることで、食品や日用品の原料としての油脂が不足する。そのため、それを補うためにさらに大豆の耕作面積が拡大し、温暖化ガス排出量の増加を促す可能性が生まれる。したがって、多くのLCA(ライフサイクル評価)のモデルでは、ILUCの温暖化ガス排出としての影響を数値化し、炭素強度として示している。
米国エネルギー省(DOE)は45ZのLCA(ライフサイクル評価)におけるILUC(間接土地利用変化)の計算にGREETモデル(45ZCF-GREET)を採用する。GREETモデルにおいて、米国の代表的なバイオ燃料の原料であるトウモロコシや大豆のILUCは高く、LCAベースの炭素強度の3割から4割を占める(図37)。
炭素強度およびILUCの有無による税額控除の相違
(左図単位: g/MJ)
(出所: ICAO Oct. 2024をもとにJOGMEC作成)
2025年1月、バイデン政権のもと45Zとして統合された新たな税額控除は、控除適用となる炭素強度の閾値(これを超える炭素強度は税額控除の対象とならない)50gCO2e/MMBTUを導入したが、ILUC(間接土地利用変化)を加味した米国産大豆油由来の再生可能ディーゼルの炭素強度は、39.7gCO2e/MMBTUとなり、税額控除は最大でも1トン当たり68ドルに留まる(45ZCF-GREETモデルの場合)。それに対して以前の40B(2024年12月31日で失効)では、バイオ系ディーゼルの場合、最大で1トン当たり330ドルの税額控除を得ることができた。このことからもILUCの採用(新たな45Z基準の適用)がバイオ燃料生産事業者の収益(マージン)に大きな影響を与えたことがうかがえる。
2025年7月にOBBBAが成立し、OBBBAにおいてもいくつかの点で45Zの見直しが行われた(以降見直された45Zを45Z改と表記)。大きなポイントは税額控除の炭素強度計算からILUCが除外されたことである。これにより高いILUCを持つ米国産トウモロコシや大豆を使ったバイオ燃料は有利となった。例えば米国産大豆油を使ってSAFを製造した場合、税額控除はILUCをカウントすると1トン当たり最大68ドルに留まるが、ILUCを除外すると最大162ドルとなる(ただしOBBBAによってSAF生産税額控除自体は最大1.75ドル/ガロンから1.00ドル/ガロンに引き下げられた)。また45Zでは海外の廃食油(UCO)を使って製造したバイオ燃料のみを税額控除の対象に含めていなかったが、45Z改では米国、カナダ、メキシコ産以外の全ての原材料から作られたバイオ燃料に対し、税額控除の対象から外すことが規定されている。これらのことからいえることは、トランプ政権は45Z改により米国産原料(農作物)を優遇し、市場での競争力を高めようとする働きかけを行っているということである。これらは「Homegrown American Energy(自国産エネルギー)」や農業振興といった既定路線に合致する動きといえ、まさにバイオ燃料がこれらの政策を体現する存在であると位置づけられたということがいえるだろう。このことは後述する再生可能燃料基準(RFS)においても同様の傾向がうかがえる。
米国のバイオ燃料発展に大きく関わるインセンティブの一方の柱がIRAだとすれば、もう一方の柱は再生可能燃料基準(Renewable Fuel Standard/RFS)である(図38)。包括エネルギー政策法によって導入された再生可能燃料基準(RFS)では、ガソリンや軽油といった輸送用燃料に対して毎年米国環境保護庁(EPA)が年間目標値である再生可能義務量(Renewable Volume Obligations/RVO)を設定し、バイオ燃料の混合比率を石油精製・混合・輸送事業者(燃料ブレンダー)に義務付けている(図39)。燃料ブレンダーがガソリンや軽油にバイオ燃料を混合する際、EPAによって指定されるそれぞれのタイプのバイオ燃料(D3セルロース系バイオ燃料、D4バイオマス系ディーゼル、D5先進バイオ燃料、D6再生可能燃料全体)に対しRINと呼ばれるクレジットが1ガロン単位で発行され[14]、更にバイオ燃料ごとに係数が加算される(例、D6のバイオエタノールは1 RINであるが、D4のバイオディーゼルは1.5 RIN、再生可能ディーゼルでは製造経路に応じて1.6 RINまたは1.7 RINとしてカウントされる)。RINクレジットは固有の市場を持ち売買が可能なことから、その収益はバイオ燃料事業者にとって大きな副収入源となっている。
(出所: EPA資料をもとにJOGMEC作成)
(単位: 億ガロン)
(出所: EPA資料をもとにJOGMEC作成)
バイオ・再生可能ディーゼルの混合時に発行されるD4 RINクレジットは、2023年の多くの時期1.50ドルを超える価格で推移していた。インフレ削減法(IRA)のバイオ燃料の40B税額控除(最大1ガロンにつき1.0ドル)と併せ、バイオ燃料生産事業者にとっては事業推進の大きな追い風となり、年産200万トンを超えるような超巨大バイオ燃料プラントもこの時期いくつか立ち上がった。
一方ガソリンに混合されるバイオエタノールは2000年代再生可能燃料基準(RFS)とそれに伴うRINクレジット制度によって急激に生産量を増やしてきたが、ここ10年程はその伸びが停滞している(図40左図)。これはEV(電気自動車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)の普及もあるが、ICE(内燃機関)車自体の燃費向上によりガソリン消費の伸びが鈍化しているためである。
(左図) 米国のエタノール生産量推移(単位: 億ガロン)
(中図) 米国の再生可能ディーゼル生産量推移(単位: 1,000バーレル/日)
(右図)米国のエタノールおよび再生可能ディーゼルのRINクレジット価格推移(単位: ドル)
(出所: EPAおよびEIA資料をもとにJOGMEC作成)
その一方で、再生可能ディーゼル(RD)の生産は、2022年8月のインフレ削減法(IRA)の導入を契機に大きく伸びている(図40中図)。バイオディーゼル(BD)の生産量はほぼ横ばいであったが、2024年1月時点でのRD(一部SAF等その他の再生可能燃料を含む)の生産能力は2023年1月からの1年間で13億ガロン増加し、43億ガロンとなった。しかしながら、図39で示されるBD・RDの混合義務量(BD・RDの合計であるD4 RIN)は市場の拡大に追いついていないため、RINクレジットの需要(混合義務を達成できない石油精製・輸送事業者はRINクレジットを市場から調達する)が限られ、RINクレジットの市場価格は低迷する。図40(右図)で示されるようにRINクレジット価格はインフレ削減法(IRA)の導入でいったん上昇したが、その後はRD生産量の増加で価格はピーク時の半値以下に留まる。そのような状況の中業界団体、バイオ燃料事業者、原料農家からは再生可能義務量(RVO)の引き上げを求める声が高まっていた。RVOが増えればその数字を達成するためにバイオ燃料の需要が増えるだけでなく、その義務量を達成できない精製事業者・ブレンダーが市場や直接取引でRINクレジットを調達するため、RINクレジット価格が上昇し、バイオ燃料事業者の副収入が増える。またバイオ燃料の生産が増えることで大豆といったバイオ燃料の原料となる農作物の需要も増え、価格の上昇で原料農家の収入増にもつながるからである。
そのような状況の中、2025年6月、EPAは2026年および2027年のRVO提案を行い、その中で義務量の大幅拡大を盛り込んだ(図41)。例えばBD・RDをカバーするD4 RINの場合、2025年では33.5億ガロンに過ぎなかったが、2026年には56.1億ガロン、2027年では58.6億ガロンと義務量拡大に大きく振り切った。この大幅なRVOの拡大提案はバイオ燃料業界や農業団体から高く歓迎された。しかし一方、同じ提案の中でEPAは海外産原料を使ったバイオ燃料や海外産製品の場合、RINの価値を0.5に制限した。
(出所: EPA資料等をもとにJOGMEC作成)
これまで例えば海外産廃食油を使って海外や米国内で製造された再生可能ディーゼル(RD)はD4 RINとして登録され、国産廃食油で製造されたRD同様RINクレジット価格の1.7倍、1.7RINの価値が付与されていた。このRINクレジットの価値が市場価格の半分(0.5)となるというのは、例えば主に輸入廃食油を使ってRDを製造しているCalifornia州のMartinezバイオリファイナリー(NesteとMarathonによる共同経営)のようなケースでは明らかに不利となり、市場競争力を失ってしまう。またトランプ1.0政権でも採用されていたが、米国環境保護庁(EPA)は小規模製油所(Small Refinery)に対して追加負担の軽減のため、化石燃料へのバイオ燃料混合義務の免除(Small Refinery Exception/SRE)を付与する規定を盛り込んでいた。しかしそれらのSREによって免除された混合義務量はこれまで自動的に消滅していたが、6月の提案では免除された混合義務量をSRE事業者以外に再配分することとされていた。
もしこのEPAの提案が成立すると「(カナダ、メキシコ産以外の)海外産原料を使ってバイオ燃料を生産する事業者」と「国内産原料を使ってバイオ燃料を生産する事業者」との間の格差は大きく広がる。45ZGREET Modelを使い、D4 RIN価格を1.01ドル/gal(2025年9月22日市場価格)と仮定すれば、前者ではIRA 45Z税額控除の対象外となり、RINクレジットの価値も0.5RINに留まるため、1トン当たり167ドルの補助収入しか得られないが、後者ではIRA 45Z税額控除と合わせて1トン当たり695ドルとなり、「国内産原料を使ってバイオ燃料を生産する事業者」は市場競争において圧倒的有利となる。
これらのRVOの改定に関しRFA(Renewable Fuels Association/再生可能燃料協会)はEPAの決定に賛同の意を示したのに対し、加盟企業の多くが輸入原料を利用するABFA(Advanced Biofuels Association)は不満を示し、業界内でも見解は分かれた。またSREの選から漏れた中小規模の製油所も、RVOの拡大で負担が増すのに加え、SREによって免除された混合義務量が再配分されることでさらに義務量が増し、不公平感が高まることとなった。当初EPAは10月までに承認を得ることを予定していたが、業界側からの反発に会い、結局結論は2026年の第1四半期へ繰り越しとなった。
EPAによる「海外産原料を使ったバイオ燃料や海外産製品の場合、D4 RINの価値を0.5に制限する」といった提案や「45Z税額控除におけるLCA(ライフサイクル評価)の計算からILUC(間接土地利用変化)を除外する」といったOBBBAによるIRA(インフレ削減法)の変更は、明らかに自国産原料に対する優遇策であり、それを生産する農家の収入の安定・農村エリアの振興というトランプ政権の意向を反映させたものといえる。またOBBBAによる「45Z税額控除の2年間の延長」や再生可能義務量(RVO)の大幅な引き上げも、トランプ政権がバイオ燃料をいかに重要視しているかが伺われる。
バイデン政権時代はSAF(持続可能な航空燃料)に対しSAF Grand Challenge[15](2030年に年間約900万トン、2050年までに約1億600万トンのSAFを生産するとの目標)を発表するなど、バイオ燃料は明らかに脱炭素目標達成に向けた重要な基幹技術として扱われていた。一方トランプ政権に代わり、クリーンテック・脱炭素としての価値だけでバイオ燃料をアピールすることは難しくなった。そうした中バイオ燃料がOBBBAや再生可能義務量(RVO)提案において有利な条件を引き出したのは、関連団体による別の角度からの活発なロビー活動が背景にあったからであろう。すなわちバイオ燃料の重要性はそれが単に「クリーンな燃料」ということだけではなく、むしろ「バイオ燃料=米国固有のエネルギー」、すなわちトランプ大統領が繰り返す「American Energy Dominance(米国のエネルギーで世界の主導権を握る)」、「Unleashing American Energy(米国のエネルギーを解き放つ)」の達成手段として、そして「Homegrown American Energy(自国産エネルギー)」を代表するものとしてバイオ燃料は化石燃料同様重要であると印象付け、そのロジックが政府や共和党議員内にも共通認識として浸透していった、ということではないだろうか。その代表例が歴史上初めて米国の石油・ガス部門を代表する米国石油協会(API)が、これまで対極にあった再生可能燃料協会(Renewable Fuels Association)といったバイオ燃料生産団体と活動を共にした点があげられる。APIにとってもEV(電気自動車)やハイブリッド車の台頭による液体化石燃料消費量の低減は懸念材料であるし、今は多くの大手製油事業者がバイオ燃料を生産している時代である。お互い液体燃料という1点で結びつき、協調した方が合理的との判断があったのかもしれない。こうした業界同士でのバイオ燃料と化石燃料の結びつきも、「化石燃料、バイオ燃料どちらも大切なHomegrown American Energy(自国産エネルギー)」という印象を深めるのに役立ったといえるかもしれない。
この点は前出のCCS/CCUSについても同様のことがいえる。CCS/CCUSでもエネルギー企業が「CO2によるEOR(石油増進回収技術)」が米国における化石燃料増産につながるとして、脱炭素への有効性よりも、「エネルギー安全保障や自国産エネルギーの最大限の利用」といった観点でのCCS/CCUSの重要性を共和党系の議員に説き、理解を得ていった。この「Homegrown American Energy(自国産エネルギー)」としての政権側の価値判断が、勝ち組であるCCS/CCUSやバイオ燃料と他のクリーンテック・脱炭素技術との明暗を分け、処遇の差を生んだ、ということではないだろうか。
ii) 関税影響
ここまで米国のバイオ燃料産業はIRA(インフレ削減法)の40B/45Zの税額控除や再生可能燃料基準(RFS)の再生可能義務量(RVO)といった保護政策によって発展を遂げてきた。その文脈からは、トランプ政権の推進する関税政策も自国産業の保護政策として、バイオ燃料産業の間接的支援に寄与するものとなるはずである。実際に関税政策と表裏一体の「関税交渉」においてバイオ燃料であるエタノールは重要な交渉材料となっている。米国はトウモロコシ由来のエタノールを年間150億ガロン(4,490万トン)以上生産する世界最大のエタノール生産国である。米国と英国は相互関税交渉の先陣を切って真っ先に交渉決着にこぎつけたが、その中で年間110万トンの米国産エタノールに対する関税免除の輸入割当で合意した。これは英国のエタノール年間需要の90%に相当し、英国のエタノール産業はこのままでは壊滅的な打撃を受けると、エタノール生産事業者は政府に訴える。インドの農家やエタノール事業者は米国との関税交渉の行方に身構える。
しかしバイオ燃料に関しては、多くのケースで関税政策は米国のバイオ燃料産業にプラスに作用しているとはいいがたい。原則としてエネルギー輸入は非関税対象であるし、廃食油(UCO)やカメリナ、キャノーラ等から抽出した海外産の植物油脂は追加関税の対象となり、米国のバイオ燃料生産事業者にとって生産マージンの低下をもたらす。ただし米国の関税政策が招く最も大きな影響は大豆生産者に対するものである。
前述してきたようにバイオ燃料に対するトランプ政権の政策は、農業振興・農家の収入確保といった農業政策と強く結びついている。40B/45Z税額控除に対する海外バイオ燃料原料の適用条件の制限や再生可能義務量(RVO)における海外原料のRINクレジット価値の見直し提案など、新たな施策は国内農家保護を最優先とすべく設計されたものといえる。実際に高関税、インフレ等の影響で資機材価格が高騰し、原料作物の栽培コストは大きく増加、大豆栽培農家は赤字経営を強いられている。
しかしそのような状況の中トランプ政権の関税政策は大豆農家にさらなる苦境を招いている。中国は米国の大豆輸出の5割ほどを占める海外では最も重要な大豆市場である。一方トランプ政権樹立以来繰り返されてきた米中の関税対立は、中国側の米産大豆輸入制限や15%の追加関税を招き、中国の米産大豆の輸入量は2025年5月からごくわずかに留まり、9月にはついにゼロを記録した(図42左図)。
(単位: 左図100万トン、右図10億ドル)
(出所: 米農務省データをもとにJOGMEC作成)
農業政策を重視する米政府にとって、大豆の収穫期にあたる秋に入っても中国が市場を閉ざしている状況はとても看過できない。10月30日に開催されたトランプ米大統領と中国の習近平国家主席との直接交渉の場において米国にとり、米産大豆の輸入再開が最優先議題の一つであったことに疑問の余地はないだろう。米国は対中追加関税のうち20%のフェンタニル関税を10%に引き下げることで譲歩し、中国側も米国産大豆などに適用していた最大15%の報復関税を停止した。さらに米国は、中国側は米産大豆を年内に計1200万トン、その後の3年間は年2500万トンを輸入することで合意したと発表した(中国側の発表には具体的輸入数量の言及はなかった)。
バイオ燃料向けの米産大豆の割合は全生産量の2割強程度である。一方で中国向けの割合は全体の3割近くを占める。バイオ燃料に関連する様々な施策によって大豆の国内需要を喚起しようとしても、中国市場の穴を埋めることは到底不可能である。米中の対立と中国の米産大豆の輸入制限はトランプ1.0政権でも既に経験済みだ(図42右図)。ここ10年程で中国の大豆の輸入先はブラジル・アルゼンチンといった米国以外の国々に大きくシフトし、米産大豆がなくとも代替手段によって大豆の確保が可能になっている。その反面、米産大豆にとって中国市場を代替できるような巨大市場は存在せず、大豆が米中貿易交渉の上で米側の大きな弱点となっている構図が浮かび上がる。
12月8日、トランプ政権は困窮する農家への支援として関税収入から120億ドルを拠出すると発表し、その中の110億ドルは農務省のFarmer Bridge Assistance(農家のつなぎ資金)プログラムの一環として、大規模農家を対象に年明けに支払われると述べた(CBS News)。トランプ政権は第1次政権においても2018年から2019年にかけて、農家に対し約280億ドルの救済措置を承認している。
3. まとめ
米国のTrump大統領は再就任早々「国家エネルギー緊急事態」 を宣言し、米国が世界のエネルギーの主導権を握るという「American Energy Dominance」を掲げた。またこれまでのネットゼロ、クリーンエネルギー・脱炭素重視の政策から、現政権が強調するHomegrown American Energy(自国産エネルギー)の代表である化石燃料への回帰、脱炭素政策の否定と、政府のエネルギー方針を一気に180度ひっくり返した。2025年7月に成立したOBBBA(One Big Beautiful Bill Act/大型の減税・歳出法)は、まさにバイデン政権におけるクリーン政策のフラグシップであるインフレ削減法(IRA)を見直す役割を担った。
しかしOBBBAは必ずしも全てのクリーンテック・脱炭素技術を真っ向から否定するものではなかった。太陽光・風力発電開発、クリーン水素生産には厳しい判断が下ったが、地熱・原子力開発、CCS、バイオ燃料といった技術には、ほぼ現状維持か、一部には支援の増強すら観察された(図43)。これらの判断を分けたのはこれまでのクリーン技術としての「脱炭素効果」ではなく、化石燃料のように「Homegrown American Energy」としての観点からであった。「Homegrown American Energy」として位置づけられた技術は変わらず政府の支援を受け、その評価が得られなかったものは、支援の適用から外れされていく。
(出所: JOGMEC作成)
事業としてのエネルギー移行・脱炭素技術は資機材価格や人件費の高騰、資金調達の困難さ、市場成長の遅れによって厳しい状況に置かれていた。さらに政策の急変によって事業推進のモメンタムはかつてなく収縮していく。特に北東部州沖の洋上風力発電事業は存亡の危機に立たされ、司法の場での対立が続く。全体として事業の遅延や凍結が目立つ一方、ブルーアンモニア事業のようにOBBBAの成立により「リスクが限定された」として、事業を前に進める事例も生まれている。ただしExxonMobileのように「規模の経済」を追求する事業者にとっては、クリーンテックのような未成熟市場の成長には政策の後押しも含めた「市場全体の底上げ」が重要であり、まだ「市場の機運は十分ではない」とし、投資を手控えるケースもある。
(出所: JOGMEC作成)
トランプ政権の関税戦略や国内産業への保護主義的政策は国内に製造業復活(Reshoring)の機会を与え、海外からの投資拡大にも寄与する。しかし高関税は輸入資機材・原材料費の高騰を招き、サプライチェーンの脆弱性も相変わらずの課題となっている。結局コストの上昇は消費者の負担増を招くことになるが、それを税額控除といった政府の支援策によって一定程度緩和しているというのが現在の構図といえる。ただし極端な保護主義は国内市場のみに通じる話であり、製品が国際市場で競争力を持つことは難しい。また関税政策は中国によるレアアースの禁輸や米国産大豆の輸入制限といった中国側の「Weaponization(武器化)戦術」によって後退を余儀なくされている。
2000年代大量生産により中国の成長を支えた「家電、家具、衣料品」になぞらえ、中国は「New Three(新御三家)」と呼ばれるEV(電気自動車)、リチウムイオン電池、太陽電池の産業振興・輸出拡大路線を取る。これは圧倒的製造能力と競争力に支えられた、製造業を梃子とする「新たなエネルギー路線」に向けたアプローチとも解釈される。一方トランプ政権は化石燃料を中心とした「伝統的なエネルギー路線」重視を掲げる。米国が世界のエネルギーの主導権を握るという「American Energy Dominance」もHomegrown American Energy(自国産エネルギー)を中心に据えた既存のエネルギーが主役である。ここに「新たなエネルギー路線」に対抗し、「伝統的なエネルギー路線」を堅持するトランプ政権の姿勢が見て取れる。
トランプ政権は2025年1月、ソフトバンクグループ、OpenAI等とともに、AI(人工知能)インフラに4年間で5,000億ドルを投資するという「Stargate構想」を立ち上げた[16]。また2025年12月に米エネルギー省(DOE)は、Nvidia、Microsoft、Googleを含む24社と、AI分野で米国がリーダーシップを取るという「Genesis Mission」を推進する合意を発表した。大量の電力を消費するAIをベースとしたDC(データセンター)インフラの拡張は、十数年間ほぼ一定で推移していた米国の電力需要とエネルギーシステムに巨大な一石を投じることとなった。電力に「安定供給、クリーン、スピード」を求めるDC開発事業は、トランプ政権下で逆風に苦しめられる太陽光・風力発電事業に対する有力な支援となり、CCS付きガス火力発電や送配電網を経由しない「併設負荷(co-located load)」といった新しい事業形態を生み出している。DCインフラ開発が米国のエネルギー分野における新たな「核」となり、トレンドセッターとなっている(図44)。
化石燃料を中心とした「伝統的なエネルギー」と先端的AI開発は一見相いれないようにも映るが、いずれも米国が世界に誇る「強み」の部分という解釈も成り立つ。またDC・生成AI発展に欠かせない大量のエネルギーは、Homegrown American Energyによってまかなうことができるという考え方もある。米国の存在感を再び高めるという「MAGA」の達成に向け、「エネルギーとデジタル」という米国の誇る二つの強みが大きな役割を果たす、ということなのかもしれない。
[1] DECLARING A NATIONAL ENERGY EMERGENCY
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/declaring-a-national-energy-emergency/
[2] IMO Net Zero Framework Approval
https://www.imo.org/en/mediacentre/pressbriefings/pages/imo-approves-netzero-regulations.aspx
[3] The One Big Beautiful Bill Act
https://www.whitehouse.gov/obbb/
[4] Inflation Reduction Act of 2022
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/5376/text
[5] Infrastructure Investment and Jobs Act
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/3684/text
[6] Foreign Entity of Concern
https://www.energy.gov/mesc/foreign-entity-concern-interpretive-guidance
[7] IEA Renewables 2025
https://www.iea.org/reports/renewables-2025
[8] Department of Energy Hydrogen Hub
https://www.energy.gov/oced/regional-clean-hydrogen-hubs-0
[9] Termination of 24 Projects, Generating Over $3 Billion in Taxpayer Savings
https://www.energy.gov/articles/secretary-wright-announces-termination-24-projects-generating-over-3-billion-taxpayer
[10] Termination of 223 Projects, Saving Over $7.5 Billion
https://www.energy.gov/articles/energy-department-announces-termination-223-projects-saving-over-75-billion
[11] Energy Improvement and Extension Act of 2008
https://www.congress.gov/bill/110th-congress/house-bill/6049
[12] Class VI - Wells used for Geologic Sequestration of Carbon Dioxide
https://www.epa.gov/uic/class-vi-wells-used-geologic-sequestration-carbon-dioxide
[13] Renewable Fuel Standard
https://www.epa.gov/renewable-fuel-standard-program/overview-renewable-fuel-standard
[14] Renewable Identification Numbers(RINs)under the Renewable Fuel Standard Program
https://www.epa.gov/renewable-fuel-standard-program/renewable-identification-numbers-rins-under-renewable-fuel-standard
[15] SAF Grand Challenge
https://www.energy.gov/eere/bioenergy/sustainable-aviation-fuel-grand-challenge
[16] Stargate Project
https://stargateprojects.net/
以上
(この報告は2026年1月7日時点のものです)


