ページ番号1006174 更新日 平成30年2月16日

石油生産ピークは今年中に来るのか? ─ Hubbert 曲線の信憑性と探鉱開発技術者の役割─

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レポートID 1006174
作成日 2005-07-20 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 探鉱開発
著者
著者直接入力 本田 博巳
年度 2005
Vol 39
No 4
ページ数
抽出データ Analysisアナリシス国際石油開発株式会社物理探鉱部hhonda@inpex.co.jp本田 博巳石油生産ピークは今年中に来るのか?Hubbert曲線の信憑性と探鉱開発技術者の役割 一国あるいは世界の石油生産量の歴史的変遷を示すグラフはベル状の形を示すとされ、その曲線のピークをこのような石油生産量推移の予測の開祖であるM. King Hubbertに因んで、Hubbert's Peak(あるいはピークオイル)と呼ぶ。Hubbert's Peakは石油資源の量的限界に関する世界的に重要な主題であることから近年、様々な公的な場で議論されてきた。近くは2004年12月に開かれたAmerican Geophysical Unionでのシンポジウムの主題であったし、2005年度物理探査学会のシンポジウムの主題でもあった。分野違いと思われる雑誌“数学セミナー”にも記事が出るほどである(文献1,2)。De?eyes(2005; 文献7)はそのHubbert's Peakが今年の11月24日(感謝祭の日)に来ると予想する。またDe?eyes(2001; 文献6)においても2009年までに到来するとした。この石油生産量の峠については近年、「石油生産の将来が暗い」という議論が日本においても目立ってきている(文献15, 16)。事実を踏まえて何をすべきか、考える必要があろう。 2002年1月、石油技術協会探鉱技術委員会で筆者は「“Hubbert's Peak”:21世紀初頭での問題」という題でDe?eyes(2001)の本の紹介とインドネシアの原油・天然ガス生産への応用を紹介した(文献10)。当時はまだ反響が薄かったという印象が残っている。本誌では、本村(2004; 文献21)は総説的な解説をしており、井上(2005; 文献13)は数理モデルによる将来的な発見開発の可能性について肯定的に議論している。ここではHubbert's Peakが一人の石油探査技術者にどのように映ってきたかを中心に記すことにしたい。石油・可燃性天然ガスの資源的な限界という問題は地球上のほとんどすべての人にかかわることであり、おのおのの人が何かしら考えるところがあろう。したがって、多様な考えの1つをここには記すということにならざるを得ない。 なお、ここでは「石油」は原油、可燃性天然ガスの総称として用いる。1. Hubbert's Peakとの出会いから 個人的な記憶をたどると、子供の頃(1957年頃)に読んだ“もし太陽がなかったら”という主題の絵本の中で初めてエネルギー資源の限界について知った。人類が石油で暮らすと何年生き延びられる、石炭ならば何年というような、エネルギー資源の限界についての子供向けの“科学的な解説”であったと記憶する。原子力の利用の重要性を説いていたと思う。この絵本の内容は今から振り返ると、Hubbertの1956年の講演内容をなぞったものであったように思う。 明確にHubbert's Peakという名前を聞かされたのは1974年暮れから数週間、旧石油開発公団技術開発センターでアルバイトをした時である。筆者はその翌年4月から石油開発会社に就職することになっていた。アルバイトの作業での上司S氏はその会社からセンターに出向してきておられた方であった。 「“Hubbert's Peak”って言うのは知らないの?」「もう、峠を越そうというような業界になんで入るの?アメリカ合衆国じゃ、もう石油は峠を越したんだよ。」いきなりの話で、事の次第を知らずに業界に職を求めた者としては面食らうばかりであったが、日本の石炭産業の衰退、1973年の石油ショックの影響を見てきており、石油についても「いずれにせよ、有限な資源ということを考えれば、当然であり、合衆国が80年以上石油を生産してきた国であれば不思議なことではない」と考えた。“Hubbert's Peak”を考えるときに注意しなければならないことは「石油がいつなくなるか?」「石油はいつまで残っているか?」ということではなく、「いつ生産を止めるか?」「いつ利用を止めるか?」という生産活動についての人間の決断の問題であることもそのときに知った。石油が身の回りで普通に使われ、代替エネルギーの話題も極めて限定されたものでしかなかった当時の状況で、石油が枯渇するというような消極的な情景を思い浮かべることは非常に難しいことであった。20万トン超級の大型タンカーが次々に竣工され、中東から原油が安定して輸入されていた頃である。 2度目の出会いは、1979年1月である。筆者はテキサス大学オースティン校でW. Fisher教授の石油の資源としての67石油・天然ガスレビューAナリシス収集、そのデータの信頼性について検討することに集中した。既往の統計データは信頼性に関して扱いが難しく、統計表を一部空欄のままレポートを出さざるを得なかった。Hubbert's Peakを考察する際にこの点を無視しては議論が砂上の楼閣になりかねない。統計データの数理解析には誤差に強い方法を探す必要があることを認識した。ysisnalyAAAnAnalysisAAysAnana nalysisAnalysisく、現実の採集量も決まってくるという性格がある。一口に究極可採鉱量などといっても客観的かつ一義的に最終決定されるわけではない。1970年代後期から80年代にかけて、石油ショックの対策として合衆国では国内の老朽化した日産量24バレル以下の生産井(“ストリッパー”と呼ばれた)に対し税法上の優遇策がとられた。これにより合衆国の石油生産量の10%以上の生産をss維持した。優遇策が廃止された時点で、iissyyllこれらの抗井は廃坑された。つまり、aanA究極可採鉱量は採掘作業が最終採掘者の意思によって廃山・廃坑されたときに決まるということである。さらにはいったん廃山・廃坑された油田が新しいアイデアで生き返ることすらある。1960年代に石油探鉱開発の飽和段階にあるとされていたコロラド州デンバー堆積盆では1980年代に白亜系アルビアンの層序対比に新しいアイデアが導入され、億バレル単位で新油層の発見に成功し、石油生産が再生された。将来について講演を聞いた(W. Fisher教授は現在ブッシュ政権でのエネルギー資源に関する顧問官である)。「石油の地質学」と題する大学院のコースの担当教授であったEllison先生から「絶対に聞いておけ!」という話が先立ってあったように思う。チョーク1本での1時間を超える話であった。内容は要するに、「石油資源の枯渇が近いという予測が話題となってきたが、生産量はいったん峠を越えたように見えたが回復している(1978年12月時点)。探鉱開発努力の成果である。今後の探鉱開発は諸君等の努力に掛かっており、“頑張れ”」という地質学、地球物理学専攻の学生に対する檄であったと記憶する。 Hubbert's Peakとの3度目の出会いは、1996年の石油鉱業連盟のワーキンググループ“石油・天然ガスの資源に関するスタディ”での担当作業「資源表の見直し」においてであった。作業を始めてすぐに事は重大であると認識し、大いにたじろいだ。統計データの2. 石油可採鉱量の主観性 Hubbert's Peakに代表される石油生産量の量的限界という主題は石油が社会的必需品であり、商品であることから、社会的な影響と経済的な影響が大きい。そうであれば、この主題について肯定的であれ、否定的であれ、何かしら記述するには相当に慎重にならざるを得ない。臆病にすらなる。Hubbertが1956年にアメリカ合衆国の石油生産量のピーク予測は「原油の究極可採埋蔵量が1,500億バレルの場合は1965年頃に、2,000億バレルの場合は1970年頃にピークに達する」というものである(Hubbert, 1956)。これを公表したときの反響は大変なものであった。また、世界規模での石油生産量について悲観論に立つCampbell(1988; 1998に補訂版(文献5))、2001年にDe?eyesの著書(文献6)が刊行されたときの反響(特に反論)も極めて大きかった。これらの予測は過去の生産量の統計データに基づき、数理モデルを立てて、行ったものである。 こうした状況から想起するのはアシモフのSF小説“ファウンデーションシリーズ”に出てくる心理数学(Psychomathematics)である。心理数学は宇宙社会の未来予測の方法である。その予測自体が行動者の行動選択に影響するため、予測を行動者たちに一切知られてはならない、とするものである。考え過ぎであろうか。資源の究極的な可採鉱量は絶対的なものではない。油田についても石油生産量の減退が進むと生産コストの回収可能性等を考慮し、経済限界の設定とその実現がいつかを判定することが急務となる。現実に1970年代以来(つまり合衆国のHubbert's Peak到来以後)、合衆国に製油所が新設されてこなかった。今年になり製油所火災など事故が目立つようになり、ブッシュ政権はこのことを問題視し、製油所の新設を奨励する政策を取ることを宣言したほどである。 資源は人間の主観がかかわる経済的な価値を有し、その経済行動主体の主観によって可採鉱量の評価値だけでな3. 悲観論と石油探鉱開発技術者 Hubbertの1956年でのSan Antonioでの講演(文献11)以来、Hubbert's Peakにかかわる議論は極端な意見となりやすいようである。前述のテキサス大学オースティン校でのW. Fisher教授の言論は楽観論そのものであり、2004年のAGUのHubbert's Peakに関するシンポジウムでの論調も「石油の生産量は基本的に需要が決めるもので2005.7. Vol.39 No.468ホ油生産ピークは今年中に来るのか?ある。需要がある限り、まだ残存資源が残っていると考えられる以上、生産は継続される」というものである。元AAPG会長のThomasson氏の論調もこれと同様であり、石油は漸移的に可燃性天然ガスに置換されるだろうが、まだまだ残存資源として残っており、探鉱し、発見して生産の継続可能である、とする(文献24)。 他方、1982年に公表されたHubbert自身が行った、世界原油生産量の峠の時期の予測(1995年頃)を越しても、石油生産は増加傾向にある。にもかかわらず、悲観論は根強く、Campbell(1998)を筆頭にDe?eyes(2001)まで統計、数理的な推定を基礎に峠の時期を予測している。特に、De?eyesは2005年出版の文献7では明確に2005年11月24日に峠が来るという予測を公表した。この11月24日木曜日という極めて特定された日を挙げたのはジョークという面もあると思う。感謝祭はキリスト教徒にとっては重大な祭日であり、感謝祭の週は休みを取り、家族で過ごす。七面鳥を食べる(ジェームス・ディーンの助演映画「ジャイアント」を思い起こす方もあろう。あの映画は石油鉱業黎明期のテキサスの話であった)。また、1929年10月24日木曜日は大恐慌の始まった「暗黒の木曜日」である。中東のイスラム教国ではその日にも石油の生産は着々と進み、知らぬ間にピークを越えてしまっている・・・という皮肉をこめた予測ではなかろうか。 De?eyesの悲観論は結論に「私の孫には石油の探鉱などはやらせない。好きでやりたい者たちに任せる」とまで書いているほどである(文献6)。De?eyesは2005年版で2001年版での代替エネルギーの記述を拡張し、エネルギー資源の交代を何とか軟着陸させる道を探っている。この問題に対する健全な方向の1つであろう。このような極端な悲観論のみでは“一言芳談”ならいざ知らず、エネルギー問題では何らの解決のもならないのではなかろうか。Hubbertの1956年の警告はエネルギー資源供給全般への警鐘となり、結果として技術開発、探査地域の拡大を促し、石油開発生産に大きく寄与した点を忘れてはならないであろう(念のために記すが、Hubbertは資源経済学的な業績だけでなく、地質学の古典となる業績を残した第一級の地球科学者である)。 石油探鉱開発に従事してきた者、これから従事する者がなすべきことは何か。まず、原始確認鉱量を追加する努力をすることである。探鉱開発が進むと貯留岩の探査・評価方法の限界により、既存の資源探査理念の範疇に入らない鉱床は見捨てられることとなる。この見捨てられる鉱床を発見する努力を求められる。あるいは既発見資源の回収率の向上努力をする。これには人口、生活水準の維持等の経済制約から限界がある。この観点からの政治・経済政策的なインセンティブの獲得努力も必要である。このような努力の方向を表1にまとめた。 このような努力の実現には地下地質情報を地表で得る測定方法の改良が必須である。探査において期待されることは、探査の対象とする地域のより自由な選択であり、その実現には、常識を超えた“とんでもない地質学的発想の飛躍”も必要となろう。探査方法の改良では地震探査法の改良がまず必要である。掘削においては高傾斜坑掘削、水平坑掘削、異常高圧層掘削を実現できる高水準の掘削技術が大きな課題である。生産においては多相流体の油層中の流れを如何に予想し、自由に制御するかという技術に関する課題が大きい。 石油探鉱開発の経済条件の改善は生産技術面にも大きく影響する。コスト回収を優先せざるを得ない経済環境では原油・天然ガスの生産量を増加するために地層水の産出量も上昇させざるを得ず、技術的な最大生産可能量と現実の可採鉱量には相当な隔たりが出ることになる。経済条件の改善には技術面での努力と並行して政治的に石油探鉱開発事業関連の投資へのインセンティブを得て、経済条件の改善することも考慮すべきことである。また、探鉱開発基礎技術開発への投資の優遇税制、基礎技術開発への公共投資の促進も望まれる。生産量を最適化するためには消費量の節減の必要もある。石油消費地側でのエネルギー配分のインフラ整備・再編によるエネルギー消費効率の改善はそのための第一に実現すべき事項であろう。経済性のある石油生産を少しでも長く実現することで、消費地でのインフラ整備・再編の推進速度を緩やかにし、代替エネルギーのための新たなインフラ整備を社会的に受容しやすくし、無用の軋轢を回避すべきである。(cid:12672)(cid:12708)(cid:12748)(cid:12684)4. 現在の問題の所在 Hubbert's Peakの歴史、その課題の意義についてはCampbell(文献5)、De?eyes(文献6)、本村(文献21)等により解説されている。 世界規模での観点から、Hubbert's Peakの到来が近未来かどうかという課題には現在、どのような要素があるだろうか。ここでは解決への道を探るという視点から次の5つの要素を考えたい。? 石油・可燃性天然ガスの資源的有限性を考えなければならない時期に達しているか? ? そうであれば、特に代替エネルギーは何であるべ69石油・天然ガスレビュー005.7. Vol.39 No.470アナリシスysisnalyssiissyyllaanAAAnalysisAAysAnana nalysisAnalysisAAn表1.  原始確認鉱量を追加する基本的な努力探鉱・開発理念の革新① 探鉱・開発地域の拡大:深海・極浅海・遠隔地a.同地質地域内拡大:地震探査収録法の進歩(特に極浅海域)、地質アイディアの革新b.未探鉱地域着手:リモート・センシングの進歩、作業ロジスティクスの確立(遠隔地、山岳難地域、極地域等)② 既存開発地域内の再評価a.データ増加を基礎とした既生産層準の再評価i.既生産層内の流動経路内の再評価:EOR、IOR等(水攻法、化学攻法、水蒸気攻法等;このような人工的に地下流体の圧力、物性への働きかけを生産過程で実施することは、旧来では資源的生産が進み生産能力が減退してきた段階で実施していたが、現在では生産油層等の性質を生産前に検討し、必要に応じて生産開始段階から生産層への水の圧入による地層圧の維持等を図るのが通常となっている。)ii.既生産層内の流動経路外の再評価:孤立集油・ガスの同定(4D地震探査、油田内貯留層層序対比の再評価、高傾斜・水平坑井掘削等)、iii.生産障害の克服:例)?サンド・トラブルに対するグラベルパッキング法?iv.既試掘地域の再評価:新探鉱思想による探鉱作業のやり直し:地震探査制度の向上による構造解釈の変化による発見:例)インドネシア南東スマトラ沖鉱区における北東インタン・ウィドゥリ油田の発見。b.既生産油田近傍の再評価i.トラップ機構の新アイディア:反転岩塩シート下位のトラップ;地層圧トラップ;動水理学的トラップii. 層序対比の改良:砂体の不連続性の同定(生産未了地域の発見)iii.深度構造図の改良:比高の低い構造トラップの同定;ガス領域の構造の再評価iv.低掘削コスト試掘井による同一プレイ内の全プロスペクトを試掘することによって、探鉱での考え方や評価上のバイアスによる 見落しの回避:例)マハカムデルタ北部地域でのスリム坑試掘の実施。v. 泥質岩貯留層の可能性の追求c.既生産油田の深部の探鉱・開発i. 異常高圧層内・その下位の探鉱: 掘削泥水の改良; 管径拡大ケーシング法ii. 掘削リグの高性能化: 高馬力ドローワークス、掘削パイプ強度の向上③ 探査技術の面では地震探査法の改良が第一である。解像度の改良:3D、4D、4C、inversion、高密度速度解析④ 地質統計学の応用(評価誤差、評価上のリスク要素の評価への反映;投資効率の向上方法の理論化)石油鉱業の政治経済環境の改善①石油探鉱開発投資に対する税法上の優遇a. 免税措置i. 老朽化油ガス田の継続生産可能な経済限界生産量の引き下げii. 深海・遠隔・難地域での探鉱開発の促進②石油鉱業への政府投資a. 石油鉱業への政府投融資i. 老朽化油ガス田の継続生産可能な経済限界生産量の引き下げii.?基礎技術開発の奨励iii.石油探査開発に関わる教育機会の増強表1原始資源量を追加する基本的な努力?る。1970年での合衆国のHubbert's Peakにおいては、まだ他の国からの輸入による補完が可能であり、領海内海域、アラスカでの探鉱余地が豊富に残っていた時期であった。現在、話題となっている世界的なHubbert's Peakは不足が生じた場合に補完する石油を得る機会も場もない真の石油生産量の峠である。石油が資源としての経済性をいつまでも有するならば、また石油そのものに固執するならば、それこそ、アシモフの小説のように宇宙へと有機物資源を求めねばならないのか、という切迫した事態である。代替エネルギーに移行するにせよ、そのためには社会基盤の整備の投資と時間が必要である。したがって、石油の資源としての有限性を考えなければならない時期に達していると言って良かろう。? 石油・可燃性天然ガスの代替エネルギー 石油・可燃性天然ガスの代替エネルギーは第①項での石油・可燃性天然ガスと同様の利便性を持つことが期待されるが、より環境に対する影響の少ないものが望ましい。大気汚染排気物質、CO2排出量が少ないものが求められる。原油に対する石油系代替エネルギーとして可燃性天然ガスがある。石炭、原子力、太陽電池、風力、地熱、の他、石油系資源を転換した二次資源利用によってエネルギー消費効率を向上させることも試行されている。いわゆるGTL、DMEである。現実にはこのような転換資源の利用を促進する社会的な基盤構造(いわゆるインフラ)は未整備である。力(cid:12746)汐(cid:12699)潮(cid:12705)(cid:12743)(cid:12686)(cid:12743)(cid:12676)(cid:12684)? 代替エネルギーへの移行 代替エネルギーへの移行にはインフラの整備が前提となる。どの代替エネルギーを主役とするかによって、社会の基盤投資は大きく異なる。現在、石油生産ピークは今年中に来るのか?きか? ? 如何に代替エネルギーへ移行するか? ? 代替エネルギーへ移行するのに必要な時間を如何に創出するか? ? 地球が支え得る生物の総量、生態系は一体どのようなもので、どのくらいの規模なのか? この5つの要素は資源採掘という事業を工場のような規格化された環境で製品を製造する製造業と同様に考えると誤解が生じよう。作業工程に客観的な基準があり、容易に決まりそうに思えるのではなかろうか。実際には自然条件に関する不確定要素の多い条件の中で、契約あるいは時間等の制約によって“決めざるを得ずに決める”という作業であることが多い。? 石油・可燃性天然ガスの資源的有限性を考えなければならない時期に達しているか? 石油・可燃性天然ガスが地球の表層(地殻)という有限の大きさの器にある以上、有限であることは明白である。石油・可燃性天然ガスは非還元性の資源(本質的な補充は不可能な資源)であり、実用上の補充は新たな鉱床の発見によるしかないものである。新たな鉱床の発見を有限の時間と有限の資金で実行しなければならない。この石油の資源的有限性が問題とされる理由は3つあろう。① 石油の利便性の高さ まず、石油の経済価値はその高い利便性にある。流体であり、特に原油は常温常圧で液体であって輸送しやすい(可燃性天然ガスも設備は必要であるが液化すれば、同様である)。多様な有機化合物を含み、用途が広い。とりわけ、内燃機関燃料とすれば、効率の良い運動エネルギーを得られる。利用後の廃棄物は気体であり、空中に逸散させれば特に処理を要しない(と長らく考えられてきた)。石油系燃料の内燃機関は用途に合わせ手頃な大きさのものが作れる。一方、石炭は輸送には重く、かさばり、燃焼機関の規模が大きく、燃焼後に固体が残る。機関車を想起していただければ良いだろう(アニメ映画「スチームボーイ」以外では石炭で飛ぶ飛行機はない)。原子炉では使用後核燃料廃棄物が残る。これまた機械的機構の規模が大きく、さらに放射性物質による汚染の危険も現実となってきた。原材料としては石油・可燃性天然ガスは様々な強度の加工性の高い再利用可能な合成有機材料が作れる。現在、こうした石油・可燃性天然ガス資源の利便性を代替できる資源は見当たらない。代替エネルギーの研究は進行中である。しかし、直ちに石油を置換できるものは確立されていない。② 石油の生産量の峠は間近か? 「間近」がどの程度かについて、De?eyes(2005)はそれを今年11月24日に起きるとする。肝心な問題はこの予測が正確無比かどうかではなく、現実に極近未来に峠を越すとすれば、如何に対応すべきか、ということである。ドレイク井*1以来、既に150年近く経つ。合衆国の残存可採鉱量は10年を割り、回復する傾向を示さなくなっている。OPECでのアジア代表であるインドネシアは生産余力がなくなり、2004年からはネットで輸入国となった。石油探鉱開発の進んできている国では既に石油生産量の峠は現実的問題である。 ③生産量の峠以後の非補完性 便利な使い勝手の良い資源が有限であり、その生産量の峠が近未来に起きると予測できるとする者が現実にいるのである。この予測の持つ社会的意味は社会基盤としてのエネルギー資源の衰退の端緒を水晶球の中に見ることで*1: 1895年8月、ペンシルバニアのオイル・クリークでドレイクが初めて機械によって掘削した井戸。71石油・天然ガスレビューAナリシスる。まだ、そのような主役とする代替エネルギーが決まらない段階ではこの移行時間は読み難い。このようなときにこそ、過去における代替物への移行事例を検証すること、また、主役とする代替エネルギーを設定し、社会的な効率を考え、あり得る社会構造をモデル化してシミュレーションを行い、将来展望を確立していくことは重要である。ysisnaly? 地球が支え得る生物の総量、生態系は一体どのようなもので、どのくらいの規模なのか? これは人類の将来にかかわる事項である。広義の生態学の大テーマである。古生代から変わらない姿で生き続けてきたゴキブリのような省エネ生活様式をもたない人類はいつかは絶滅するであろうが、その時が来るまで、生き残るための最善を尽くしたい。まず、現在何をしてゆくべきか。この観点から地球生態系の規模に関する基礎的な研究の持つ意味は大きい。短期的、近視眼的な価値観のみで基礎研究に対する投資を怠るようなことは避けたい。AAnalysisAAysAnana nalysisAnalysisAAnssiissyyllaanA年間の共和党政権(G.ハーディング、C.クーリッジ、H.フーバーの3大統領)の時期に当たり、政府支出が民主党時代の185億ドルから30億ドルに緊縮された時期に相当する。1929年10月に始まった大恐慌の時期とも重なり、経済的な連関を想起させる(文献20)。基幹産業であるUSスメルティング・リファイニング・鉱山やUSスティールの暴落等と期を一にする。 無煙炭採掘の進展による採掘炭層の深部化から採掘コストが増大し、代替供給源(カナダ等)との市場競争に勝てなくなったという点(文献18)は否定できないが、技術開発投資による低LPGスタンドですら分布は限定されており、通常のガソリンスタンドでガソリンを買うようにはLPGを自動車に充填することは容易にはできない。電気の送達経路である配電線ネットワークと都市ガス配管はそのものと配線・配管等ネットワークが将来のエネルギー分配経路として有用であろう。? 移行に必要な時間 代替エネルギーへ移行するのに必要な時間を如何に創出するか?石炭(蒸気機関)から石油(内燃機関)への移行を考えてみよう。オットーのガス内燃機関の発明(1876)、ダイムラーのガソリン内燃機関の発明(1883)から自動車時代を切り開いたT型フォード(1908)、流れ作業組み立て方式による、その大量生産(1913)まで36年を要した。T型フォードの大量生産は石油需要の著しい増加を推進し、1920年頃には石油不足の危惧感を生んだ。20世紀前半において、当初は石炭と石油は共存しつつ、内燃機関の改良とともに石油がエネルギーの主軸の地位を加速度的に占めていった。供給側についてみると、スピンドルトップ*2での大発見が1901年である。その後も、カリフォルニアでの油田群の発見、1930年の東テキサス油田の発見等、巨大油田が継続的に発見されることで不足の危機は解消されていった。 日本では発電に原油・天然ガス火力が重要な比率を占めるようになる1970年頃まで60年近くを要している(それ以後、逆に石油・天然ガス系火力は一定となり、石炭火力、原子力発電が伸びてきた(文献17))。1960?70年の時期は日本は高度経済成長期にあり、電力需要の著しい伸びがあった時期に当たる(文献26)。また、発電用タービン技術の改良が進み、エネルギー変換効率の高いものが発明・導入された時期に当たる。需要が必要を生み、生産効率を向上させた事例である。 石油の価格(現在価値に換算)は1850年代から1903年頃までは希少価値もあり、相対的に高水準にあったが、それ以後、供給が十分できる油田開発が進み、価格は低く安定した(図3; 文献3による)。この石炭から石油への過程を見れば、代替エネルギーへの移行速度は代替エネルギーに対する需要の確立に要する時間によると考えられ5. ピークに対する対応:合衆国での事例 石油の“Hubbert's Peak”と同様な生産量の推移を示した資源を歴史の中で見るのは現在の状況を考える上で役立つであろう。典型事例との比較によって、どのようなことがピーク到来後に起きるか、予測の資料になると期待できる。 資源生産量変遷のベル状曲線の典型事例として合衆国ペンシルベニア州のアパラチア無煙炭の事例を見よう。図1にアパラチア無煙炭の生産量変遷を合衆国全体での原油生産量変遷とともに示す(文献8, 18)。1900年から1930年頃までアパラチアでの無煙炭は合衆国での製鉄と直結しており、その生産量は極めて重要な経済要素であった。1918年、1919年にピークに達し、1921年に大きく落ち込み、翌1922年にいったん回復、その後減退傾向に入った。1929年10月24日に起こった大恐慌以来、第二次世界大戦勃発による特需が発生するまで、残存鉱量として地下に多量の無煙炭を残しながら、生産は衰退した。そのピーク直後の時期は、1913年から1921年までの8年間の民主党政権(T.ルーズベルト大統領)の後を継いだ、1921年から1933年までの12*2: 1901年にテキサス州東南部で発見された岩塩ドーム型の巨大油田。合衆国南部での油田開発の先駆となった。2005.7. Vol.39 No.472ホ油生産ピークは今年中に来るのか?無煙炭生産変遷の曲線のピークと原油の生産変遷の曲線のピークを略同じ高さになるように縦軸のスケールを調整し、比較する。2つの曲線はともにベル状を示す。2つのピークの間隔は52年である。無煙炭の曲線でのピーク直後の顕著な減少、大恐慌、第二次世界大戦の位置は意味深い。図1アメリカ合衆国のアパラキア無煙炭と連邦原油の年産量変遷出所:Hubbert, 1956;McCabe, 1998;eia資料(HPから) 図1の2つの曲線を横軸上で52年ずらせてピーク同士が重なるようにしたもの。2つの曲線の形状は良く似ている。特にピーク前の曲線の一致度は極めて高く、資源生産における共通要素のあることを示唆していると考えたい。ピーク以後の生産曲線には差異が認められる。無煙炭での投資、と石油での探鉱開発投資の差異、特に技術開発投資の差異と考えられる。 無煙炭生産は1918年でのピーク、近接供給源(カナダ等)との市場競争での劣勢(炭層の深部化によるコスト高)、1929年10月24日からの大恐慌発生により、施設・技術投資が為されず、衰退した。投資の衰退は1921年から1933年までの共和党政権の緊縮財政政策にも起因すると考える。他方、原油に関して、探鉱機会の拡大(陸棚域、ノーススロープ、深海域等)による探鉱開発投資が進み、またデジタル震探の普及、3次元震探の実用化、既存油田の改修、EOR、IOR、水平坑井、異常高圧層の掘削、岩塩層下の掘削、震探インヴァージョンの実用化等の技術開発投資が進んだ。この2事例に明瞭に認められる消極投資・積極投資、おのおのの効果はピーク以後の生産状況に直接表れていると考えたい。特にピーク後の原油生産の盛り返し傾向は探鉱技術投資の効果として認識したい。図2無煙炭と原油の生産量変動の比較73石油・天然ガスレビューAナリシスysisnalyAAnalysisAAysAnana nalysisAnalysis多大な成果を上げた。3次元探査法の進歩は開発計画、生産モニターにまで地震探査法の効果を及ぼしてきている。掘削技術(高傾斜井・水平坑井掘削、深海掘削、スリム坑掘削等)、開発・生産技術(EOR、IOR、海上生産物処理等)においても技術革新が進んだ。その効果は1970年代後半からの生産量の復活、20世紀末までの生産可能年指数(R/P)の維持に結実している。 以上のような合衆国での無煙炭と原油の生産史の比較を考慮すると、Hubbertが1956年というまだ合衆国での原油生産量が伸長段階にあった時期にその衰退を警告した効果が判然とする。 また、Hubbert(1956)より少し前、石油探鉱家としてW.E.Prattは次のような意見を表明し、探鉱家の一層の努力を鼓舞した(Pratt, 1952;文献23)。引用して、この項の結論としたい。 “When no man believes more oil is o tflebe found, no more oil ?elds will t be discovered, but so long as a single ssoil-finder remains with a mental iissyyllsion of a new oil field to cherish, viaanAalong with freedom and incentive to explore, just new oil fields may continue to be discovered.”(この節は通例、“Oil is ?rst found in your mind.”という標語で語られる。「誰かたった一人でも石油鉱床が斯くあると信じ、それを試す探鉱機会を与えられるならば、また新たな鉱床が発見されるだろう。」)AAn(cid:12681)コストの採掘方法の開発、新炭層探査への投資がピーク以後、市場競争の中で停滞した点も十分考慮すべきであろう。 基幹産業(鉄鋼、石炭、石油)に関する技術革新の効果は解析が困難であるが、巨大企業が解体されると技術革新が進むこと、巨大企業は技術革新に寄与することは稀であること(文献19)を考慮し、このようなアパラチア無煙炭鉱業と合衆国の石油生産を比較すべきであろう。生産ピークへ向かう時期には企業規模が拡大し、技術革新への企業意欲が衰退したとも考えられる。Hubbert(1956)が合衆国の石油生産量の伸び行く途上で、警告としてHubbert's Peakの主張をしたことはこのような観点から、先見性のある重要な経済政策提案であったと言えよう。 合衆国でのアパラチア無煙炭生産変遷と原油生産変遷を比較してみよう。図1では年次を追って無煙炭と原油の生産量を生産量の単位を調整し、ピークの高さを一致させ曲線形状の比較を容易にした。両者のピークは52年隔たっている。1901年のスピンドルトップでの発見、1908年のT型フォード発売、1913年のその大量生産開始等原油生産にかかわる事件と原油生産量の伸びの相関は明瞭である。図2は図1の52年の間隔をずらし、無煙炭のピークを原油のピークに重ねたものである。この無煙炭の生産量変遷の曲線に原油の曲線がほぼ重なる点はいささか刺激的であると感じるのは筆者のみであろうか。特にピーク前の両曲線の相似度は極めて高い。他方、ピーク後の無煙炭の市場競走敗退、大恐慌による落ち込みに対し、対応する時期の原油生産量はむしろ盛り返している点を注目したい。これは地震探査法の進歩と並行したプルドーベイ油田等のアラスカ北斜面地域での原油探鉱の成功、海洋での油田開発の進展等、技術革新による効果と考えられる。無煙炭生産量のピーク以後の衰退を市場競争(価格競争)での敗北に帰す前に、低コストで深部の炭層を安全に採掘するための技術開発への投資と新施設への投資の衰退を考慮すべきであろう。無煙炭生産も第二次世界大戦特需による増産、1970年代以降、衰退が減速され、特に1990年代に入って増産に移った点は注目されるべき点である。この期間には、エネルギー政策のよる生産推進の他、堆積学の応用としての石炭堆積学、坑道建設技術の著しい進歩があった点は強調したい。 合衆国は1950年代に入って、陸上での石油の探鉱・開発の場が行き詰まるという状況にあった。その中でHubbert's Peakの警告はなされた。直接の因果関係は議論する術はないが、それ以後、海洋石油開発技術が急速に発展し、探鉱上の投資効率を向上させるための地質学、物理探査技術の進歩が達成されていった。特にデジタルコンピューターの進歩と並行して進んだデジタル地震探査法の急速な進歩は海上探鉱における主力探査方法となり、6. 世界原油生産量変遷 図3に世界規模の原油生産量変遷を示す。図3には原油生産量変遷に関連する歴史的事件を記入し、通貨価値変動を2003年基準で調整した油価の変遷グラフ(BP統計, 2004; 文献3)も重ねて表示した。1979年(第二次石油ショックの時期)に第1のピークがあり、1982年を谷底として反転増加し、1990年代前半に極めてゆるい減少傾向が起きたが、現在まで多少の揺らぎを伴いつつ、緩慢な増加傾向にある。Hebert's Peakはこの原油生産量変遷の曲線にはまだ認められない。 1979年の局所的なピークは1960年のOPEC成立以降の中東地域を中心とする石油生産の急速な伸びによるものである。1979年直後からの生産量減少は石油需要の減退の影響である。これは第一次石油ショック後の先進各国での消費効率の向上努力の効果によるものである。 石油生産を可燃性天然ガスを含めて2005.7. Vol.39 No.474ホ油生産ピークは今年中に来るのか? 2002年段階ではまだピークは認められない。今後の石油生産量において1990年代での探鉱開発投資、技術開発の成果が積極的に現実化するかどうかが問われる。図3世界原油生産量変遷、関連事件、原油価格変遷(現在価値に換算)出所:IPE2003、BP統計2004等による持続するには合衆国の無煙炭と原油生産量変遷の比較から見ても、まず現時点での探鉱・開発投資、基礎技術開発投資を緩めてはならない。Hubbertの1956年での警鐘の効果を考えれば、ピーク前、生産量が続伸する状況下での探鉱開発投資と同様な投資を継続して、初めてピーク後の余裕のある風景を予測することができる。アパラチアの無煙炭生産のように市場競争に負ける状況は原油生産には現状ない。むしろ油価は高騰を続け、50米ドル/バレルを超えるという歴史的にも著しい油価水準が続いている。石油消費効率の向上のための一層の努力が払われている。この高騰後の油価の安定が達成されたとき、現在の探鉱開発努力の効果が発揮され、無理のない、無駄のない石油の最適な生産継続が実現され、代替エネルギーへの転換についても無理なく実現されるように期待したい。7. 終わりに 石油の資源的限界についての筆者の関心は1996年度の石油鉱業連盟によるワーキンググループの一員として資源表の改訂に携わったときに緊急性を帯びた。以後、定時的に資料を見るようになった。Campbellの悲観論(文献5)は直ちに肯定できないものと感じた。しかし、信頼性の高い、反論するだけに十分なデータを揃えることの難しさも知った。今後の石油の行方を考える上で忘れてはならないことは、探鉱・開発生産・輸送・消費における正確な統計データを残すということである。Hubbertの予想は合衆国各州および連邦地質調査所の統計データがあったからこそ可能であった。この点、BPの継続的な努力は敬服に値する。 石油の時代が終焉するならば、対策を考えるのが技術者の仕事であり、義務であろう。今、残存鉱量のR/P(年)をとれば、R(reserve:可採鉱量)を維持していくか、P(production:生産量)を少なくするか、両面から努力する必要がある。何もせず、「末世の到来」を叫ぶだけでは技術者の社会的責任を果たし得ない。社会のエネルギー消費効率を向上させてPを抑制し、R/Pを増加させる努力という面においては日本は優等生である。近年、多数公刊されてきた資源論は社会全体のエネルギー効率の向上により消費を減らし、生産量を制約して、残存可採鉱量の減退を遅らせる意見である(例:文献9, 25)。合衆国はこの面から見て余地の大きな国である。CO2排出量でエネルギー消費量を見ると合衆国は1990年で世界の23%を占め、日本の5.5%に比し極めて重大な排出国である(文献22)。 残存可採鉱量(R)を増加させる努75石油・天然ガスレビューヘはDe?eyes(2001)のいう、「孫にはさせられないが、やりたい者に任せるべき」仕事かもしれないが、現実に石油探鉱開発に従事する者としてはその増大に努力を傾けるのみである。筆者は自分の回りに起きてきた事を見るに、その努力は報われていると信じる。 筆者は2001年10月に文献6の出版後直ちに読み、De?eyesの悲観論にもかかわらず、ある種の楽観論を抱いた。De?eyesはHubbert's Peak後の技術努力について公平に記述しており、技術的な努力の効果も示していた。技術的な努力により、生産量は回復されていることを生産統計データの示すところである。Hubbertの1956年の警鐘が、原子力発電との関係を考慮した主張であったにせよ、技術者が果たすべき役割の1つは、科学・技術による評価が信念を持てる水準に達したとき、それを正確に社会へ伝達することにあるということをHubbert(1956)は示していると考えたい。他方、その水準に達したことを如何に担保するかについて社会的な批判機構も必要であることに注意すべきである。この点は技術者倫理の課題の1つであろう。 石油公団問題以降、石油探鉱開発にアナリシス従事しようという若者が減少した。現実に採用募集に対する応募者数が減少した。筆者は事態改善のためにここ3年ほど、業界紹介とリクルートのために大学を訪問している。その際にはHubbert's Peakという問題について事実を話し、その上で挑戦してくれる人を募っている。幸い、採用募集に応募してくれる人の数は増加している。これからの意欲ある若者による斬新な発想によって、Hubbert's Peakの持つ障害が乗り越えられることと期待している。謝辞 国際石油開発株式会社は本論の公表を許可された。同社の新井都生、鍋谷淳、小林博文の三氏は粗稿に対し建設的な助言を与えられた。2001年に国際石油開発株式会社社内で開かれたDe?eyesの“Hubbert's Peak”に関するセミナーの参加者から種々意見を頂戴した。京都大学松岡俊文教授には関連文献をご教示戴いた。以上の方々に、謝意を表したい。ysisnalyAAnalysisAAysAnana nalysisAnalysisAAnssiissyyllaanA引用文献 1. 秋葉忠利, 2004, ベル曲線の秘密(上), トポロジカル市長log-02. 数学セミナー, 43巻, 12/519号,. 2-3頁. 2. 秋葉忠利, 2005, ベル曲線の秘密(下), トポロジカル市長log-03. 数学セミナー, 44巻, 1/520号, 2-3頁. 3. BP, 2004, BP Crude Oil Prices since 1861, Statistical Review of World Energy 2004. 4. Busby, R. L., M Patterson, and P.Westervelt, 2003, The International Petroleum Encyclopedia, CD=ROM, Pennwell Books. 5. Campbell, C., 1998, The Coming Oil Crisis, Multiscience Publishing Company & Petroconsultants S.A., 210pp. 6. De?eyes, K.S., 2001, Hubbert's Peak: The Impending Oil Shortage, 208pp., Princeton University Press, Princeton. 7. De?eyes, K.S., 2005, "Beyond Oil --- The View from Hubbert's Peak", 202pp., Hill and Wang, New York. 8. eia, Home Page; http://www.eia.doe.gov/fuelcoal.html. 9. Goodstein, D., 2004, Out of Gas, W.W.Norton & Company, NY, 139pp.10. 本田博巳, 2002, Hubbert's Peak: 21世紀初頭での問題;(要旨), 石油技術協会探鉱技術委員会(話題提供講演).11. Hubbert, M.K., 1956, Nuclear Energy and Fossil Fuels, Spring Meeting Southern District Division of Production, American Petroleum Institute, San Antonio, Texas. 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2005/07/20 [ 2005年07月号 ] 本田 博巳
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