ページ番号1006211 更新日 平成30年2月16日

エネルギーセキュリティと「エネルギー憲章条約」 ~東アジアの国際パイプライン計画への貢献可能性~

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レポートID 1006211
作成日 2006-03-20 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 エネルギー一般
著者
著者直接入力 金井 実治
年度 2006
Vol 40
No 2
ページ数
抽出データ アナリシスエネルギー憲章事務局シニア・エキスパート(在ブリュッセル)miharu.kanai@encharter.org金井 実治エネルギーセキュリティと「エネルギー憲章条約」?東アジアの国際パイプライン計画への貢献可能性?今年初めに、ロシアとウクライナの天然ガス価格交渉が暗礁に乗り上げ、ロシアがウクライナへの天然ガス供給を一時削減したことは大きなニュースとなった。ロシアはヨーロッパにとって最大の天然ガス輸入元であり、その輸入量(1,100億立方メートル)は消費量の22パーセントにあたる。現在のところ、ロシアからヨーロッパへの天然ガス輸出はすべてパイプラインで行われており、このうちウクライナを経由するのが約80パーセント、ベラルーシ経由が約20パーセントである。このため、ロシアからウクライナへの天然ガス供給削減は、ヨーロッパ諸国にとっては深刻な問題であった。実際のところ、ロシアからの天然ガスは、冷戦時代からソヴィエト連邦崩壊後の混乱期を通じて、極めて安定してヨーロッパに供給されてきた。しかし最近に至って、2004年2月にもガスプロムが、ヨーロッパへの供給分を含むすべてのベラルーシに対する天然ガス供給を一時ストップするなど、ロシアがパイプラインによる天然ガス供給を政治的影響力行使の手段として使おうとする傾向が見られるのが懸念される。ロシアから日本への石油・天然ガス輸入は、以前はごく少量の石油がサハリンから輸入されるのみであった。しかしサハリンI、サハリンIIという巨大プロジェクトが立ち上げられ、原油・LNGの輸入が本格化しつつある。さらにロシアは、シベリア原油の新たなマーケットとして日本、韓国、中国、米国西海岸などの環太平洋地域を想定し、東シベリア?太平洋パイプライン建設を計画している。このパイプライン計画をめぐる日本、ロシアおよび中国の交渉状況は、一般のメディアでも取り上げられるような話題となっている。エネルギー憲章条約は、1990年代初期の旧ソ連・東ヨーロッパの共産主義政権の崩壊、およびそれに伴う社会混乱の中で、パイプラインによるヨーロッパ向けの天然ガス安定供給の確保を直接の契機としてつくられた。日本を含む東アジア地域では、現在いくつかの国際パイプラインシステムが計画、建設されているが、これらのパイプラインによる石油・天然ガスの安定供給をどう図るかということについて、ヨーロッパの経験から学ぶ点は多いと思われる。本稿では、エネルギー憲章条約がどのように石油・天然ガス国際パイプラインのエネルギー安定供給に貢献しているかについて述べてみたい。1.エネルギー憲章条約の成り立ち1970年代の二度にわたる石油ショックの後、エネルギーの安定供給は各国のエネルギー政策の中心であった。1980年代に至って、マーケットメカニズムの発達、規制緩和の波がエネルギー分野にも押し寄せ、特に西側先進国においては、原油・石油製品は通常の商品(コモディティ)として扱われるようになった。この状況は現在も続いており、マーケットによる価格決定、政府による規制の緩和などをベースとする各国のエネルギー政策は進展を見せている。しかし他方で、需給逼迫による石油価格の高騰、停滞するインフラや資源開発への投資、不安定なイラク・イラン情勢、米国におけるハリケーンなどの自然災害といった事柄を起因として、エネルギーセキュリティの問題が現在再び議論されている。昨年行われた、スコットランドのグレンイーグルスにおけるG8サミットでも「世界経済と石油」という問題が討論された。これに続き、2006年7月にロシアのサンクトペテルブルグで開かれるG8では、エネルギーセキュリティの問題が取り上げられる予定である。エネルギー安全保障に対する各国の取り組みとしては、国際エネルギー機関(IEA)の下での石油備蓄や融通制度、石油供給源の多様化、天然ガスや再生可能エネルギーの利用促進を含めたエネルギー源の多様化といったハード面から、エネルギー産出国との関係強化といったソフト面まである。この中でエネルギー憲章条約は、強制力のある国際条約としてエネルギー分野での投資、貿易、通過を保護し、ソフト面からのエネルギー安全保障に取り組んでいる。エネルギー憲章条約の成立から既に10年が経っているが、その経緯を簡単37石油・天然ガスレビューノ振り返ってみる。1990年代はじめの旧ソ連、東ヨーロッパにおける政治経済体制の変換およびそれに伴う社会混乱は、パイプラインによりこの地域から天然ガスの供給を受けている西ヨーロッパ国々にとって大きな関心事であった。1991年12月、オランダのデン・ハーグに、西ヨーロッパおよび旧ソ連、東ヨーロッパの国々が集まり、これに米国、カナダ、オーストラリアおよび日本が加わって、エネルギー分野における東西協力を促進することを宣言する「ヨーロッパエネルギー憲章」が作成された。このヨーロッパエネルギー憲章の柱は、エネルギー分野での市場改革および貿易・投資の促進という二点あった。この内容を条約という国際法上の枠組みに移すための各国間の交渉は1992年から開始され、1994年12月にポルトガルのリスボンで最終的に「エネルギー憲章条約」として合意に達した。1998年4月には批准国が30カ国を超え、条約が発効した。現在51カ国および1国際機関(ヨーロッパ連合)が条約加盟国になっており、事務局はベルギーのブリュッセルにある。日本は前述のように条約の原署名国である。条約への署名は1995年6月に行われ、2002年7月に国会がこれを批准している。条約の重要な当事者であるロシアは、署名はしているが、いまだ批准していない。ロシアは従来から、通過についての詳細を規定した「通過議定書」はエネルギー憲章条約と不可分の重要な部分であり、この通過議定書交渉がアナリシス決着する以前に条約は批准できないと言っている。通過議定書は、現在他の国による交渉はすべて終了し、ヨーロッパ連合とロシアの間で最終交渉が進行中である。条約未批准の間、ロシアには第45条に基づいて条約が暫定適用される。出所:エネルギー憲章事務局図1エネルギー憲章事務局ロゴ2.エネルギー憲章条約の概要エネルギー憲章条約の第二条は、条約の目的を「補完と相互の利益に基づいて、エネルギー憲章に従い、エネルギー分野における長期的協力関係を促進するための法的枠組みを構築すること」と規定している。安定かつ包括的で内外差別のない投資、貿易法制度を旧ソ連および東欧諸国につくることにより、これらの地域における政治リスクを軽減し、市場原理に基づく自由なエネルギー原料や産品の貿易、およびエネルギー分野における投資の保護促進に貢献しようとするものである。さらには、これらの国からのエネルギーの安定供給、エネルギー産業の再建および経済改革の促進を目指している。エネルギー憲章条約の基本的な立場は、エネルギー分野における投資、貿易、通過について、外国人を内国人との差別待遇から保護することにある。この条約の規定には法的拘束力があり、紛争があった場合には国際紛争調停を提訴することができる。エネルギー憲章条約は、必要最低限のルールを定め、異なった法、経済制度を持つ国と国との間にブリッジをかけ、貿易の促進を図る。条約に加盟することで、当該国は外国投資家に対し外国投資促進という政治的メッセージを送ることができる。エネルギー憲章条約は、加盟国が相互にその権利、義務を認め合うことにより機能するものである。エネルギー憲章条約は次の三つの主な分野から成る(図2参照)。・貿易・通過・投資・エネルギー効率出所:エネルギー憲章事務局図2エネルギー憲章会議と各部会2006.3. Vol.40 No.238Gネルギーセキュリティと「エネルギー憲章条約」?東アジアの国際パイプライン計画への貢献可能性?3.エネルギーの貿易と通過エネルギー憲章条約の貿易分野においては、エネルギー産品(石炭、石油、天然ガス、電力)およびエネルギー関連機器がカバーされ(サービスおよび知的財産権は範囲外)、内外差別のない開かれたエネルギー貿易が加盟国の義務として規定されている。形式的には関税および貿易に関する一般協定(GATT)の関連規定が準用される。従って、GATT加盟国でなくてもエネルギー憲章条約加盟国間ではGATTルールが適用されることになる。この準用規定をWTO協定に変更するための貿易改定書は1998年4月に合意されたが、現時点(2006年1月)ではまだ発効していない。貿易分野には、エネルギー憲章条約独自の、GATT形式のパネルによる紛争調停メカニズムが規定されている。条約上、エネルギーの通過とは、三つ以上の地域または国にまたがるパイプラインによる石油・天然ガス輸送および送電設備による電力の送電をいう。エネルギー憲章条約は、通過に関して独自の規定を有す。この規定の下で加盟国は、通過の自由の原則に従い、その出発地および仕向地による差別または不合理な制限をしてはならない。また、通過に関しては特別の調停メカニズムが条約に規定されている。この制度の下、独立調停者が任命され、紛争の調停にあたる。問題が解決しない場合には、独立調停者は12カ月以内の暫定通過タリフを決定できる権限を持つ。前述のように、通過についての詳細を規定した通過議定書は、他の国による交渉はすべて終了し、現在ヨーロッパ連合とロシアの間で最終交渉が進行中である。さらに、エネルギー憲章条約をもとに模範協定(Model Agreements)が作成されている。これは、条約の規定を個々のプロジェクトに反映させることを目的とし、政府間協定(Intergovernmental Agreements)および政府・民間企業間の主催国政府協定(HostGovernment Agreements)から成る。このModel Agreementsは、エネルギー憲章事務局のホームページ(www.enchar ter.org)で見ることができる。198219841986198819901992199419961998200020022004年1億8,000万6,000万4,000万2,000万バレル/日01980non-traded(非貿易)traded(貿易)出所:BP Statistical Review of World Energy 2005図3世界の石油貿易(1980?2004年)4.世界の石油・天然ガス貿易エネルギー憲章プロセスの中核部分ともいえる、パイプラインによる国境を越える石油・天然ガスの貿易および通過について、もう少し詳しく述べてみたい。国境を越える取引の実態を把握するのはなかなか難しく、貿易統計は資料により違いがある。エネルギー貿易統計も例外ではない。例えばBP統計は、2004年の全世界の石油貿易量を4,800万バレル/日(原油3,700万バレル/日、石油製品1,100万バレル/日)としているが、OPEC統計は6,000万バレル/日(原油4,800万バレル/日、石油製品1,200万バレル/日)と推定している。完全な統計システムを有していない発展途上国における、石油取引量の推定の差によるものと考えられるが、その乖離ははなはだ大きいと言わざるをえない。ず石油については、1980年には全世界の石油生産量6,300万バレル/日のうち、51パーセントにあたる3,200万バレル/日が国境を越えて取引された(図3参照)。これが2004年には、生産量8,000万バレル/日に対して60パーセント、4,800万バレル/日へと、率・量ともに増えている。集中するようになると予想される。このため貿易量はさらに拡大し、石油消費国の輸入依存度がいっそう高くなる。IEAの予測では、OECD全体の輸入依存率は2002年の63パーセントから2030年には85パーセントに増加し(表1参照)、中国の輸入量は1,000万バレル/日に達する。一方で、2002年には1,700万バレル/日だった中東地域の石油輸出は、2030年には4,600万バレここでは、BP統計により世界の石油天然ガス貿易の現状を見てみる。ま今後さらに世界各地で石油消費量の増加が続く一方で、生産は中東地域に39石油・天然ガスレビュー求^日に拡大し、世界の地域間の石油貿易量の3分の2が中東からの輸出で占められることになると指摘している。天然ガスについては、2004年には生産量の25パーセントが国境を越えて取引された。天然ガスにはパイプラインとLNGの二つの輸送手段があり、輸送距離4,000?5,000キロメートル以下であればパイプラインが、それ以上であればLNGが経済的に有利とされる。2004年の天然ガス貿易量6,800億立方メートルのうち、パイプラインによるものは4分の3、LNGは4分の1であった。なかでもヨーロッパのパイプラインによる輸入は、全天然ガス貿易量の半分にあたる(図4参照)。天然ガスについてもIEAの予測を見てみると、世界の地域間の天然ガス貿易は、2002年は4,170億立方メートルであったものが、2030年には1兆2,650億立方メートルに増加する。ロシア、カスピ海周辺地域、アフリカ、中東地域での生産が増加する一方で、ヨーロッパ連合は、2030年には需要の81パーセントを輸入に依存しなくてはならなくなる(表2参照)。世界の地域間のLNG貿易についても、2002年の1,500億立方メートルに対して、2010年には2,500億立方メートル、2030年には6,800億立方メートルに増加することが予想されている。石油と天然ガスは同じ炭化水素燃料であるが、エネルギーコモディティとしては大きく性質が異なる。石油は液体で扱いやすく、1860年代から使用されるようになり、燃料として長い歴史を持つ。運送が容易で、極めて初期から世界市場が形成され、国境を越える取引が行われてきた。マーケットメカニズムによる価格決定も、1980年代半ばから20年以上の歴史をもつ。また、運輸部門での石油消費は、他の燃料では代替が難しいなどの特徴がある。天然ガスは気体燃料であることから、技術的にその使用がより難しく、アナリシス表1石油輸入依存度見通し(IEA)OECD 計 OECD 北米 OECD ヨーロッパ OECD パシフィックヨーロッパ連合アジア 中国 インド その他アジア出所: IEA World Energy Outlook 2004200263%36%54%90%76%43%34%69%40%201068%35%68%94%85%59%55%80%54%202079%47%80%94%91%72%68%87%68%203085%55%86%95%94%78%74%91%76%LNG:アジア 17%LNG:その他 0%パイプライン: 北アメリカ 18%LNG:ヨーロッパ 6%LNG:北アメリカ 3%パイプライン:その他 6%出所:BP統計パイプライン:ヨーロッパ 50%図4世界の天然ガス貿易(2004年)表2天然ガス輸入依存度見通し(IEA)2002億裙 OECD 北米 OECD ヨーロッパ OECD パシフィック ヨーロッパ連合 中国 インド 出所:IEA World Energy Outlook 20041,620 980 2,330 0 0 0 20102030%0% 36% 98% 49% 0% 0% 億裙 330 2,670 1,300 3,420 90 100 %4% 46% 97% 60% 15% 23% 億裙 1,970 5,250 1,830 6,390 420 440 %18% 65% 94% 81% 27% 40% また、生産、運輸、消費の各部門でより大規模なインフラストラクチャーへの投資が必要である。このため、天然ガスの商業的利用が本格化したのは、石油よりも大幅に遅れ1950年代であった。大規模投資の回収の必要性から生まれた、テイクオアペイ(take-or-pay)条項を含んだ長期契約による取引形態が一般的であり、いまだにそこから脱却できていない。米国および英国では、規制緩和によりマーケットメカニズムが導入されているが、多くの国でガス産業は技術的にも財務的にも「ガスチェーン」のなかにある。発展途上国では、天然ガスの消費は電力発電所に限られている場合が多いといった要素もある。しかし既に多くが指摘しているよう2006.3. Vol.40 No.240Gネルギーセキュリティと「エネルギー憲章条約」?東アジアの国際パイプライン計画への貢献可能性?に、天然ガスは単位熱量当たりの二酸化炭素の排出量が小さく、環境にやさしいエネルギーであるため、その利用の拡大が期待されている。究極埋蔵量は石油と天然ガスはほぼ同等であり、石油は中東地域に集中しているのに対して、天然ガス資源は世界各地に分散しているという利点もある。天然ガス液化のガスツーリキッド(Gas-to-Liquids:GTL)、パイプライン、LNGのコストダウン、圧縮ガス(Compressed Natural Gas:CNG)という新たな輸送手段のためのテクノロジーなども、天然ガスの利用拡大に貢献していくものと期待される。5.世界の国際石油・天然ガスパイプライン・北海周辺の石油・天然ガスパイプライン・旧ソ連から東西ヨーロッパへの天然国境を越えるパイプラインの代表的ガスパイプラインなものとしては、・米国とカナダとの間の石油および天・旧ソ連から東ヨーロッパへの石油パイプライン然ガスパイプライン・カスピ海から地中海市場への石油・・南米の天然ガスパイプライン・中東の石油パイプライン・ナイジェリアからベニン、ガーナ、トーゴへの海底天然ガスパイプライン・北アフリカからヨーロッパへの天然天然ガスパイプライン・ロシアからトルコへの海底天然ガスパイプライン・カザフスタンから中国への石油パイプラインガスパイプライン・東南アジアのミャンマー?タイ間、マレーシア?シンガポール間、インドネシア?シンガポール間の天然ガスパイプラインなどが挙げられる。前の章で述べたように、今後石油・天然ガスの生産地と消費地との間の距離が拡大し、貿易量が増大すると、その輸送のためにさらなるパイプラインプロジェクトが必要になってくる。国境を越えるパイプラインの歴史を振り返ってみると、北アメリカとヨーロッパで大きな成功を収め、既に確立された石油・天然ガスの運送手段とい出所:IEA Russian Energy Survey 2002図5ロシアの石油関連インフラストラクチャー41石油・天然ガスレビューAナリシスうことができる。でいる。北アメリカやヨーロッパの外側でも、アルジェリアからチュニジア経由でイタリアへ天然ガスを供給するトランスメッドパイプライン(前述、北アフリカからヨーロッパへの天然ガスパイプラインの一つ)、旧ソ連から東西ヨーロッパへのガスプロムによる天然ガスパイプライン(前述)および旧ソ連から東ヨーロッパへのトランスネフチによる石油パイプライン(前述)の三例を、成功例とすることができよう(図5、6参照)。しかし、これら成功の影では失敗に終わったプロジェクトも存在してきた。国際パイプラインは、国境を越える地点で絶えず供給中断の恐れにさらされている。その原因は、国家間の政治的紛争のみにとどまらず、価格や権益配分といった経済的理由にまで及ん2003年の国連開発計画(UNDP)、世界銀行のスタディ(参考文献参照)では、前述した中東地域におけるパイプラインの中の、イラク原油輸出パイプライン(3系列:シリア?レバノン経由、トルコ経由およびサウジアラビア経由。トルコ経由以外は現在閉鎖中)およびトランスアラビアパイプライン(サウジアラビアからヨルダン?シリア?レバノン経由で地中海市場へ。現在閉鎖中)を、政治的紛争による失敗例として挙げている。さらに、計画段階で断念・中断されたプロジェクトをあげようとすれば、枚挙にいとまがなくなるだろう。通過が含まれる場合、すなわち、3カ国以上が関係する場合には、事態がより複雑になることは想像に難くないだろう。現時点での石油・天然ガスパイプラインの通過国を地域別に挙げてみると、・北アメリカ(米国)・西ヨーロッパ諸国・東ヨーロッパ諸国・北海周辺(英国、デンマーク、ドイツ、オランダ)・バルチック諸国(エストニア、ラトビア、リトアニア)・ロシア周辺(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ)・中央アジア(ウズベキスタン、カザフスタン)・コーカサス諸国(グルジア、アルメニア)とトルコ・北アフリカ(モッロコ、チュニジア)・西アフリカ(ベニン、トーゴ)などがその主なものである。通過は通常、統計上通過国の輸出入としてはカウントされない。出所:IEA Russian Energy Survey 2002図6ロシアの天然ガス関連インフラストラクチャー2006.3. Vol.40 No.242Gネルギーセキュリティと「エネルギー憲章条約」?東アジアの国際パイプライン計画への貢献可能性?6.パイプラインの経済的特徴次に、パイプラインの経済的特徴を簡単に述べる。・パイプライン建設には大規模かつアップフロントでの投資が必要であり、いったん建設されたパイプライン施設は他への転用が難しい。パイプラインプロジェクトのコストは固定費用がその大部分を占める。パイプラインは一度建設され、適切に操業、メンテナンスされていれば、通常50年の長期間にわたるプロジェクトライフを有する。・石油・天然ガスパイプラインは常に事故の可能性が存在し、安全操業が重要である。さらに、石油・天然ガスは、消費者の生活、社会経済活動になくてはならないものであり、事故等による供給中断はこれらに重大な影響を与えることから、常にその安定供給が図られなければならない。油・天然ガス産業全体に対して強い影響力を持つ。歴史的には、19世紀末から20世紀初頭にかけて米国の石油産業を支配したスタンダードオイルが、そのよい例である。・パイプラインプロジェクトには「規模の経済」が働く。大雑把に言って、パイプラインの輸送能力はパイプの半径の二乗に比例し、パイプラインの建設費用は施設の地表面積に比例する。このため、パイプラインの輸送能力の増大に対する費用増加の割合は小さく、二つのパイプラインが同じ市場で競争した場合には、小規模パイプラインはコスト面から、より大きなパイプラインに勝つことができない。パイプラインは自然独占物の典型例とされる。・パイプラインは、上流部門と下流部門をつなぐ位置にあることと、自然独占物であるという性格から、石このような理由から、パイプラインに対しては、建設段階から操業に至るまで、ほとんどの国で政府による関与、規制が行われてきた。近年進んでいる天然ガス産業の規制緩和政策は、「ガスチェーン」の生産、輸送、配給という各部門を分離し、新規参入者が市場に入りやすくすることで競争原理の導入を図るというものである。パイプラインの中流部門では、その自然独占物という性格から、所有、操業については今まで通り国の規制下に置き、第三者がパイプラインを使用できる権利(Third Party Access)を確立することにより規制緩和を進めている。7.国境を越えるパイプラインの法的側面国境を越えるパイプラインの法的な観点から見た問題点は、パイプラインが一つの国家から、異なるシステムを持つ別の国にわたって建設、操業されるという点にある。このため理論的には、二つの主権国家をつなぐ法的枠組みとしての2カ国間協定、国際条約が必要になってくる。実際のパイプラインによる貿易通過案件の事例では、条約、二国間協定、当事者間契約などの法的媒介が何重にもなって、一つの枠組みを形成しているのが通常である。この条約、二国間協定という法形式に対抗する、もう一つの極めて有力な形態が、米国、カナダ間のパイプラインによる石油・天然ガス貿易に見られる。これは、両国のコモンローに基づく法体系により、他の産品とまったく同じ扱いで石油・天然ガス貿易が行われるもので、特別な協定や条約は存在しない。これは開かれた経済の下で、極めて似た法、社会体制を持つ米国、カナダ間でこそ可能な事例ということができる。エネルギー憲章条約が、そもそも1991年のソ連崩壊以降のロシアからヨーロッパへの、パイプラインによる石油・天然ガス安定供給のための法的枠組みを提供することを目的とし、東西ヨーロッパ、旧ソ連圏および日本をカバーしていることは既に述べた。エネルギー憲章条約成立(1994年)以後、ヨーロッパ連合の拡大、単一市場形成のための制度整備の一環として、天然ガスについて2003年に「域内ガス市場に関する指令」(2003/55/EC)が発布された。現在、各国の諸制度の整備が進められている段階で、今後ヨーロッパ連合域内の天然ガスパイプライン・ネットワークは、この指令の下での統一的なルールによって運営されることになる。なお、エネルギー憲章条約の域外で、ナイジェリアからベニン、ガーナ、トーゴへの西アフリカガスパイプラインについて関係4カ国は、エネルギー憲章条約とほぼ同じ内容の西アフリカガスパイプライン条約を締結している。エネルギー憲章条約による貿易、通過の原則が適用され、それがプロジェクト成立にも貢献した例として、バクー?トビリシ?ジェイハン(BTC)パイプラインおよび南コーカサスパイプライン(SCP)がある。この二つのパイプラインは、アゼルバイジャンのバクー沖にあるアゼリ?チラグ?グナシリ(ACG)油田とシャーデニスガス田から、グルジア経由で、それぞれ原油と天然ガスをトルコ地中43石油・天然ガスレビューAナリシス海岸のジェイハンと、トルコ国内のガスパイプラインまで運ぶものである。現在SCPは建設段階にあり、BTCパイプラインのほうは建設が終了し、パイプライン内に原油を充填する作業が進行中である。日本からは、ACG油田に権益を持つ国際石油開発(INPEX)と伊藤忠がBTCパイプラインコンソーシアムに参加している。関係3カ国(アゼルバイジャン、グルジア、トルコ)がすべてエネルギー憲章条約の加盟国であることもあり、この二つのプロジェクトの2カ国間協定および当事者間契約は、前述の条約をもとにした模範協定の中の政府間協定および主催国政府協定がそのベースになっている。その契約体系は、他の分野の事項(環境、社会に対する影響、人道上の保障、安全保安など)も含み、膨大で複雑なものだが、オペレーターのBPは専用のホームページ(www.caspian developmentandexport.com)を開設してその詳細を公表している。現在計画段階にある他のプロジェクトにおいても、この模範協定を使用することが検討されており、より一層の普及が期待される。8.エネルギー憲章条約の投資分野エネルギー憲章条約は、投資分野に関しては、加盟国が他の加盟国の投資家(外国投資家)の投資財産に対して内国民待遇または最恵国待遇のうちどちらか有利なものを付与すること、一定の要件を満たさない国家による収用の禁止、送金の自由など、いわゆるカントリーリスクを軽減するための規定を有している。これらに違反が認められる場合には、加盟国政府およびその投資家は、当該加盟国を相手取って紛争調停プロセスに入ることができる。外国人投資家と政府との間の紛争の場合は国際投資紛争解決センター(ICSID)、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)、または、ストックホルム商工会議所(StockholmChamber of Commerce)に提訴することができる。政府間の紛争の場合には、UNCITRAL規則に沿って条約上の特別の裁定機関が設置される。この、強制力を伴った投資に関する規定は、2カ国間投資協定には同様の規定が見られるものの、経済協力開発機構(OECD)、世界貿易機関(WTO)による投資保護条約交渉が進展していない現状においては、多くの国が参加する国際条約としては唯一のものということができる。投資分野の詳細説明については別の機会に譲りたいが、エネルギー憲章条約に基づく投資家対政府の提訴案件は、公表されているものでこれまでに8件ある(表3参照)。そのうちの一つが、ユーコスの一連の事件に関連するものである。2005年2月にユーコスの外国人株主が、この事件を、税金を名目とした国家による不当な接収だとしてワシントンのICSIDに提訴し、現在審理中である。この提訴は、ロシアが条約を批准していない現状において、どこまで署名国として条約が暫定適用されるかという観点からも注目される。なお、現条約には、投資が行われる段階以前の内外差別をなくすことについて、最大限努力する旨の規定がある。これを、法的拘束力を持ったものにするための補足条約の作成を目指して交渉が行われている。この他、エネルギー憲章条約の中には、エネルギー効率に関する規定もある。これはエネルギーサイクルにおいて生ずる環境上の悪影響を、経済的に効率的な方法で最小限にすることを定めた強制力のない努力規定である。エネルギー効率に関するワーキンググループが設置され、活動を行っている。エネルギー効率について詳細を定めた「エネルギー効率および関係する環境上の側面に関するエネルギー憲章に関する議定書(PEEREA)」が、条約と同時に作成されている。表3エネルギー憲章条約下の投資家・政府の国際紛争処理機関への提訴Nykomb Synergetics Technology Holding AB v. The Republic of LatviaPetrobart Ltd v. The Kyrgyz RepublicPlama Consortium Ltd v. The Republic of BulgariaAES Summit Generation Ltd v. The Republic of HungaryAlstom Power Italia SpA/Alstom SpA v. The Republic of MongoliaHulley Enterprises Ltd v. The Russian FederationYukos Universal Ltd v. The Russian FederationVeteran Petroleum Trust v. The Russian FederationHrvatska Elektropriveda dd v. The Republic of Slovenia出所:アレン・オーヴェリ法律事務所他2006.3. Vol.40 No.244Gネルギーセキュリティと「エネルギー憲章条約」?東アジアの国際パイプライン計画への貢献可能性?9.おわりに?東アジアの国際パイプラインとエネルギー憲章条約?近年、サハリン?東京天然ガスパイプライン、東シベリア?太平洋石油パイプライン、中国?カザフスタン石油パイプライン、トランスASEANガスパイプライン(TAGP)、イラン?パキスタン?インド天然ガスパイプラインなどのパイプラインプロジェクトの建設、計画の進展により、ユーラシア大陸の東側でエネルギー憲章条約に対する興味が盛り上がっている。このため中国(2001年)、韓国(2002年)、ASEAN(2003年)、パキスタン(2005年)がオブザーバーとしてエネルギー憲章条約に参加し(図7参照)、東アジアに国際パイプラインによる石油・天然ガス供給を行うための下地がつくられつつある。ロシアの条約未批准という問題はあるが、現時点でもロシアは署名国として国内法に反しない限り条約下の義務を負っている。今後、東アジア側とヨーロッパが出所:エネルギー憲章事務局図7エネルギー憲章条約加盟国協調し、ロシアに条約批准を一層求めていく必要がある。本稿で見てきたように、パイプラインによる石油・天然ガス貿易・通過に関して、エネルギー憲章条約は必要最低限のルールを定め、その基盤を提供しようとするものである。また、パイプライン建設を含む資源開発案件には大規模な外国投資が必要であることから、条約の投資保護の規定もエネルギー安定供給に大きな役割を担う。著者は、エネルギー憲章条約が日本周辺におけるエネルギーセキュリティに一層貢献していくことを祈っている。なお、本稿で示された見解は著者個人のものであり、エネルギー憲章事務局の公式見解ではないことをお断りしておく。参考文献1. エネルギー憲章事務局の各種文献・資料2. IEA World Energy Outlook 20043. IEA Russian Energy Survey 20024. BP Statistical Review of World Energy 20055.“Cross-Border Oil and Gas Pipelines: Problems and Prospects”Joint UNDP/World Bank Energy Sector Management AssistanceProgramme (ESMAP)June 20036. 外務省ホームページ7. 経済産業省ホームページ8. Caspian development and exportsホームページ著者紹介金井 実治(かない みはる)東京都渋谷区生まれ。早稲田大学法学部卒業、Colorado School of Mines 鉱物経済学修士課程卒業、Institut Francais du Petrole 付属大学院石油経済経営学修士課程卒業。世界銀行、国際エネルギー機関(IEA)で石油エコノミストとして勤務。現在はブリュッセルのエネルギー憲章事務局でエネルギー投資環境調査および東アジア、東南アジア地域を担当。45石油・天然ガスレビュー
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2006/03/20 [ 2006年03月号 ] 金井 実治
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