ページ番号1006212 更新日 平成30年2月16日

BTC パイプライン ~南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察~

レポート属性
レポートID 1006212
作成日 2006-03-20 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 探鉱開発
著者
著者直接入力 廣瀬 陽子
年度 2006
Vol 40
No 2
ページ数
抽出データ アナリシス東京外国語大学大学院地域文化研究科講師hirose@tufs.ac.jp廣瀬 陽子BTCパイプライン?南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察?カスピ海の石油をアゼルバイジャン、グルジア、トルコを通過させて西欧に輸出するためのパイプラインであるバクー?トビリシ?ジェイハン(BTC)パイプラインの建設が進んでいる。歴史的に戦渦が絶えなかったバルカンが「火薬庫」と称されたのになぞらえて、コーカサスもしばしば火薬庫だと称される。コーカサスは東西の文明の十字路であり、その戦略的意義の高さ故に、古くから他国による数多の攻撃や侵略を受けてきた。さらに19世紀以降、南コーカサス地方、つまり現在のアゼルバイジャン、アルメニア、グルジアで構成された地域の戦略性は、カスピ海の石油や天然ガスによりますます高まったといえる。特に、19世紀にはバクー産の石油が世界の石油産出量の半分を占めていたとされていたほどだ。そのため当地では外国からの干渉が絶えなかったが、さらに非常に複雑な民族構成により、国境と民族分布が一致せず(図1)、民族間の対立が常に地域の平和を脅かしてきたといってよい。旧ソ連最後の共産党書記長となったミハイル・ゴルバチョフがペレストロイカを進めた1980年代後半から、旧ソ連各地で民族問題が顕在化したが、南北コーカサスではとりわけ多くの問題が紛争に発展した。ロシアが旧ソ連地域の紛争を、自国の影響力保持のための外交カードにしていることもあって、それら紛争のほとんどはいまだに解決を見ていない。旧ソ連地域は依然としてロシアの勢力圏であり、諸外国や国際機関の当地への影響力はおのずと制限さR★Rバクーカスピ海28RRRR26D25217l282626チェチェン共和国RRグロズヌイ●14Oトビリシ★Rダゲスタン779861113O5R121022R1010LLRアゼルバイジャン共和国★T16ナヒチェヴァンナヒチェヴァンナヒチェヴァン自治共和国自治共和国自治共和国KR●ナヒチェヴァン16ハンケンディ(ステパナケルト)●ナゴルノ・カラバフ自治州aa22アルメニア共和国イェレヴァン(アゼルバイジャン飛び地)イラン22aZZ202AA216AaT21272727ロシア連邦124234415R2319北オセチア共和国南オセチア自治州グルジアツヒンバリ●19Za27R17R17KK22TTTTTトルコ18黒海a●スフミ1aaGアブハジア共和国アジャリア自治共和国RRバツーミ●インド・ヨーロッパ語族アルメニア系16  アルメニア人aギリシア系17  ギリシア人ペルシア系18  クルド人19  オセチア人(オセット人)20  タレシュ人KOスラブ系R21  ロシア人アルタイ語系民族テュルク系Z22  アゼルバイジャン人23  バルカル人24  カラチャ人25  クムィク人26  ノガイ人27  トルクメン人Tモンゴル系28  カルムィク人コーカサス諸民族アブハズ系 1  アブハズ人チェルケス系 2  アディゲ人 3  チェルケス人 4  カバルダ人A 5  グルジア人ダケスタン系 6  アグル人 7  アヴァール人 8  ダルギン人 9  ラク人10  レズギ人(レズギン人)11  ルトゥト人12  タバサラン人13  サフール人ヴァイナフ系14  チェチェン人15  イングーシ人その他DlLGグルジア系※人口密度の低い場所もしくは住民のいない場所は白で示した。出所:拙著『旧ソ連地域と紛争:石油・民族・テロをめぐる地政学』慶應義塾大学出版会、2005年、43頁を基に作成図1コーカサスの民族分布地図ウクライナカザフスタンD2821れてきた。しかし、カスピ海の天然資源の存在は、欧米諸国の当地への関心を高める呼び水となった。近年の中東情勢の不安定化、および北海油田の枯渇の危機感の高まりに鑑み、資源供給源の多角化によりリスクを減らし、中東政策をより容易に行えるようにする必要があったからである。かんが他方、ロシアは旧ソ連諸国に対して影響力を保持し続けようとしており、その上でエネルギー問題は重要な外交カードになっている。だが、カスピ海の天然資源については、旧ソ連諸国には海底資源を採掘する能力がなかったため、欧米企業の参入を阻止するすべはなかった。また、ロシアがエネルギーを旧ソ連諸国への外交カードに使う行為そのものが、旧ソ連諸国の欧米接近と、欧米諸国との47石油・天然ガスレビューAナリシスエネルギーを含む多分野の協力によって自立を目指そうとする動きを加速させているという皮肉な事実もある。さらに、2001年の米国同時多発テロ(9.11事件)は、旧ソ連の地域情勢にも大きな影響を与え、当地への米国の関与のあり方、またロシアと欧米諸国との関係はかなりの変容を遂げ、欧米の影響力が相対的に強くなった。石油開発を推進する欧米は、いわゆる「パイプライネスタン*1」諸国への政策において、三つの目的を持っている。すなわち、第一にカスピ海地域の資源へのアクセスを確実なものとすること、第二に当該地域の旧ソ連構成諸国に対するロシアの影響力を弱めること、第三にこれら諸国の民主化の促進である。第三の目的については、より具体的には政治、経済、法制などが「欧米水準」を満たす状態となることといえよう。また、第一、第二の目的とも絡んで「親欧米国家」化の推進とも読み換えられるだろう。旧ソ連においては、グルジア、ウクライナ、クルグズスタン(キルギス)では近年、民衆による民主化運動によって相次いで政権交代が起きるなど、マスコミ等が言うところの、いわゆる「民主化ドミノ」が起きている他、アフガニスタンでも国際的な監視の下で徐々に民主化が進められている。グルジアの政変が米国の政府や財団の支援で成功し、またアフガニスタンの政治変動の契機が米国による対テロ戦争であったことに鑑みれば、当地で最大の影響力を持つ国は、もはやロシアではなく米国になったといっても過言ではないかもしれない。しかし旧ソ連地域の構造はそれ程単純ではなく、ロシアの影響力はいまだ無視できない、というのが現実だろう。そのような中で、BTCパイプラインの建設、開通の当該地域にもつ意味は非常に大きいと思われる。とりわけ、通過3カ国はBTCの成功によって、経済部門をはじめとした様々な部門の発展や地域協力の進展が望めると期待している。本稿では、2005年12月18日から29日に行った現地調査の結果も踏まえつつ、BTCパイプラインのルート選定の背景を概観してから、それが地域にもたらす影響を検討したい*2。1.BTCパイプラインをめぐる地域情勢と国際関係盧南コーカサスの不安定要因:政治と紛争既述のように、コーカサスには多くの紛争やその火種が存在し、それらが資源開発や地域協力の問題と関係している場合も多い。そこで、まずコーカサスの潜在的、顕在的紛争を確認する(表1)。潜在的な紛争とは、民族間に緊張関係が存在し、紛争に発展しかねない状況を示す。同時に、南コーカサスの紛争が北コーカサスの紛争の影響を受けたり、ロシアによって悪化させられたりしているという事実にも注目する必要がある。他方、旧ソ連地域の紛争を停戦に持ち込むことが出来るのもまたロシアに他ならず、コーカサスの紛争の動向はロシアに握られているといってよい。ここで、ナゴルノ・カラバフ、南オセチア、アブハジアが、本国の主権が全く及ばない状態で独立を宣言し、国家としての機能を満たしつつも国際承認が得られていないため、「未承認国家」と言われていることを特記する必要があろう。国際的に無法地帯であり、停戦中の紛争も再発しかねないことから、地域の不安定要因となっている。盪ロシアの影響力の大きさロシアは、バルト3国を除く旧ソ連諸国で構成されるCIS諸国を自国の勢力圏と見なし、勢力維持のためにあらゆる手段を用いてきたが、カスピ海政策では失敗が続いていると見なされている。第一にアゼルバイジャンで親ロ政権を打ち立てることが出来なかったこと、第二にカスピ海の法的地位問題の紛糾*3、第三に欧米の石油企業による大規模投資の阻止失敗である。それが故に、アゼルバイジャンは反ロ的な姿勢をとってきたが、ロシアはアゼルバイジャンの民族問題を利用して、離反を許さなかったのである。例えば1994年9月に締結された、アゼルバイジャンの「領海」における最大の油田群であるアゼリ、チラグ、グナシュリに関する生産分与契約(ACGプロジェクトPSA)は「世紀の契約」と称される。ロシアは当初、同契約から除外されていたにもかかわらず、アルメニアとアゼルバイジャンのナゴル*1:パイプライネスタン(Pipelinestan)とは、ペペ・エスコーバーが「カスピ海周辺からアフガニスタンに至る天然資源の埋蔵量が豊かな、もしくはその輸送に関係する諸国」を指して呼んだもの。*2:本稿では紙幅の関係で詳細に立ち入れなかった部分が多くあるが、拙著『旧ソ連地域の紛争:石油・テロ・民族をめぐる地政学』慶應義塾大学出版会、2005年を参照されると多くの問題の背景や詳細がお分かりになると考える。*3:紙幅の都合により本稿では詳述を避けるが、カスピ海が海であるか、湖であるかという法的地位問題が沿岸国家間で争点となっている。その結論次第で海洋法が適用されるか否かが決まり、カスピ海をめぐる様々な権利関係が変わるため、大きな懸案の一つとなっている。2006.3. Vol.40 No.248993年フンマトフを中心にタレシュ・ムガム自治協共和国として一時、独立を宣言低レベルでくすぶる。ロシアの関与が問われるロシアによる支援により、アブハジア側が実質的に勝利して停戦。事実上の独立を維持しつつも住民の95パーセントがロシアのパスポートを持ち、実質的統合が進む。双方のゲリラ活動はいまだに盛んロシアと北オセチアによる支援により、南オセチア側が実質的に勝利して停戦。事実上の独立を維持しつつも住民の95パーセントがロシアのパスポートを持ち、実質的統合が進む。2004年夏には小規模な武力衝突もサアカシヴィリ大統領の強硬策の結果、2004年5月にアバシゼが辞任し、ロシアに亡命。グルジア政府が主権回復ロシアの軍基地と支援もあり、緊張が継時緊張続常政治的に常時緊張。グルジア警察の強圧が問題に。武力衝突もグルジアの主権が及んでいない。テロリストがいるとしてロシアがしばしば空爆などで攻撃モスクワでの連続テロ後、ロシアの攻撃により第二次紛争が勃発。チェチェン兵1万3,000人、ロシア兵3,000人、チェチェン市民9,000?1万4,000人が死亡(2005年現在)、人権侵害が深刻な問題に。紛争解決の予兆なしダゲスタンに攻撃がなされたり、同地に逃げたチェチェン難民が掃討されたりと、不安定な状態が続く400人が死亡、4?6万人のイングーシ人が国内避難民に。ロシアが仲裁の中心的役割。散発的に衝突発生概略現状アゼルバイジャンからの独立かアルメニアへの移管を求める民族、領土紛争。最低でも2万5,000人が死亡し、約100万人のアゼルバイジャン人が難民・国内避難民にクルディスタン独立要求。アルメニア人のクルド人との協力アルメニアとイラン国境での緊張停戦中だが事実上の独立。アルメニア人がナゴルノ・カラバフおよび同地とアルメニアを結ぶ地域などアゼルバイジャン領の約20パーセントを占領中潜在的な紛争化の可能性。ナゴルノ・カラバフの動向にも関連。まれに小規模な衝突分離独立の可能性ダゲスタンの同胞との統合要求分離独立要求が武力紛争に発展。当地人口の70パーセントにあたる25万人が国内避難民化、1?2万人が死亡BTCパイプライン ?南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察?表1コーカサスの紛争・紛争に発展しうる対立国アルメニア、アゼルバイジャンアゼルバイジャングルジア紛争、紛争に発展しうる対立【紛:1988-94】ナゴルノ・カラバフ自治州(ソ連末期、アルメニア人が約76パーセントを占めたアゼルバイジャン共和国内の地方)【対】旧赤いクルディスタン(クルド人問題)【対】ナヒチェヴァン自治共和国(飛び地)【対】南方タレシュ人(イラン系)居住地域【対】北部レズギ人・アヴァール人(コーカサス系)居住地域【紛:1992-93】アブハジア自治共和国(ソ連末期、アブハズ人が約18パーセントを占めた)【紛:1990-92】南オセチア自治州(同地域に7割を占めるオセット人(イラン系)居住地域)グルジアの民族主義的政策に反発し、ロシアの北オセチアとの統合要求を開始、やがて武力紛争に発展。少なくとも1,000人が死亡同自治共和国のアバシゼ最高会議議長の強権政治により、長年、グルジア政府の主権が及んでいなかった主に広汎な自治要求。分離独立を要求する極端な者も現政権に反対アゼルバイジャン人の民族的権利要ェチェンからの難民が非難している。チェチェンゲリラがアラブ系ゲリラやアル・カイダと結託か?チェチェンの独立宣言と憲法採択を許さないロシアが軍を送り、首都を破壊したが、チェチェンは反撃に成功し、停戦後、事実上の独立を確立したが、6?10万人が死亡求チ第一次チェチェン紛争時、ダゲスタンの義勇兵がチェチェン側で参戦したのを受け、第二次紛争開始の折、ロシアはダゲスタンに侵攻、約千人を虐殺プリゴロド地区をめぐる領土紛争。激しい紛争は一週間程度だった【対】アジャリア自治共和国(イスラム教を信仰するグルジア人であるアジャリア人の居住地域)【対】ジャワヘティア(アルメニア人の居住地域)【対】ミングレリア(初代ガムサフルディア大統領の拠点)【対】南西グルジアのアゼルバイジャン人居住地域(マルネウリ等)【対】キスティ人(グルジア系チェチェン人)が住むアフメタ地区・パンキシ渓谷【紛:1994-96(第一次);1999-(第二次)】チェチェン共和国【紛:1999】ロシア連邦・ダゲスタン共和国【紛:1992】イングーシ共和国・北オセチア共和国ロシア注:紛争【紛:期間】、紛争に発展しうる対立【対】出所:筆者作成49石油・天然ガスレビューAナリシスはトルコのボスポラス海峡の環境問題が、ロシアルートはチェチェン紛争がそれぞれ懸案事項となっていたからである。とりわけイランルートを望んだといわれる。このように、政治の論理と経済の論理が激突し、多くのパイプライン計画が計画倒れとなった。結局、1999年11月の欧州安全保障協力機構(Organization for Security andCo-operation in Europe: OSCE)によるイスタンブールサミットで、MEPは、そこで、大量輸送を可能とする主要パイプライン(Main Export Pipeline:MEP)の建設が目指されたが、そのルートの選定は困難を極めた。米国政府は、ロシアとイランの当地域における覇権が強くなることを恐れ、たとえ経済効率が悪くなろうとも両国をルートからはずし、「政治の論理」を貫こうとした。他方、多くの石油会社は紛争のリスクが少なく、海までの距離が短く、建設費を抑えられるルート、るノ・カラバフをめぐる紛争(ナゴルノ・カラバフ紛争)を利用して、ロシア企業を入り込ませたのである。ロシアは、アゼルバイジャン人民戦線の指導者で、徹底した反ロ、反イラン政策をとった同国の第二代大統領(1992?1993年)アブルファズ・エルチベイを、ナゴルノ・カラバフ紛争におけるアルメニア支援やアゼルバイジャン内のクーデター支援により失脚に追い込み、次期大統領(1993?2003年)のヘイダル・アリエフには、ナゴルノ・カラバフ紛争を停戦に導くのと引き換えに、CISおよびCIS安全保障条約への参加、石油契約へのロシアの参加を要求したのだった。こうして石油契約は仕切り直され、「世紀の契約」にロシアも参画するに至った。この「世紀の契約」に基づき、独立以降、アゼルバイジャンの石油生産を一手に担ってきたアゼルバイジャン石油公社(SOCAR)と英国BPが主導する多国籍コンソーシアムAIOC(AzerbaijanInternationalOperating Company)が発足し*4、石油生産が本格化したのである。イスタンブールルーマニアポーランドブルガリアブルガスパイプラインの蘯政治性カスピ海の石油を欧米に輸出するためには、外洋に直接つながる大型パイプラインの建設が必須と考えられた。既存のパイプラインはあったが、どれも容量が少なく、また、黒海ルート(図2参照)注:石油タンクは小規模のものが四つであり、容量の少なさが見て取れ出所:2005年12月22日筆者撮影図2黒海ルートの終点であるグルジアのスプサのターミナルノヴオロシスク黒黒黒海サムスンスミバアンカラトルコジェイハンジェイハンジェイハン地中地中地中の南の南の南アアアアィラィラウラウテテススアラルチカチ ラシシェシェシェンントンンクルクルググルル ズズググタタンンウズベズベキベ スキスタンーーーーークメメクメクメシサマルカンドタジキスタンリズチラグカスピ海トルルトルトメメニニススタンアルマトゥイケクケ中国地中海テヘラヘ ンラレバノンシリアイスラエルヨルダンバグダットイラク南ルート南ルート南ルートアフガフガニスタンエジプトクウェートクウェートシラーズケルケルマル ンマサウジアラビアインド天然ガスパイプライン石油パイプライン提案されてる天然ガスパイプライン提案されてる石油パイプラインタンカーのルート石油と天然ガスのンントペルシャ湾カラチ0mi0km300300出所:拙著『旧ソ連地域と紛争:石油・民族・テロをめぐる地政学』慶應義塾大学出版会、2005年、141頁を基に作成図3カスピ海のパイプラインパブロダルザフスタンのトのトロシアサマラトフオランブルグウウララウウスククスクロ経ロ経ロ経ベラルーシチェルノヴィルウクライナモルドヴァ*4:BP社(英・オペレーター)権益比率34.1パーセント、UNOCAL社(米)10.3パーセント、SOCAR社(アゼルバイジャン)10パーセント、インペックス社(日)10パーセント、Statoil社(ノルウェー)8.6パーセント、Exxon-Mobil社(米)8パーセント、TPAO社(土)6.8パーセント、Pennzoil社(米)5.6パーセント、伊藤忠石油開発3.9パーセント、Delta-Hess社(米)2.7パーセント、の6カ国10社で構成。2006.3. Vol.40 No.250TCパイプライン ?南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察?米国が推進したバクー?トビリシ?ジェイハン(BTC)ルートということで妥結した。この政治色の強いパイプラインは、当時の米国大統領の名前を取り「クリントンプロジェクト」とすら呼ばれた。しかし、BTCはあまりに長距離であるだけでなく、紛争地の近くを通ることから(表2参照)、コストもリスクも高いと石油企業は難色を示した。そのため、ルートが決まっても、高額な建設費(29.5億ドル)にかかわる経済的な問題や環境への対応および地域住民との調整などが難航し、建設は容易には進まなかった。しかし、石油価格の上昇により、当初強く計画に反対していたBPが乗り気になったことが最たる契機となり、2002年夏に8カ国10社によるBTC建設の国際コンソーシアム「Baku Tbilisi表2紛争地とBTCパイプラインの距離紛争ナゴルノ・カラバフ紛争南オセチア紛争アブハジア紛争オセチア・イングーシ紛争チェチェン紛争ロシア・ダゲスタン紛争トルコ・PKK(クルディスタン労働党)紛争出所:筆者作成Ceyhan PipelineCompany」が設立された*5。その後、グルジアの環境問題をめぐる建設中断などもあったが、建設はそこそこ順調に進み、2005年5月にバクー部分が、10月にグルジア部分が開通した。当初、2005年末の全面開通が予定されていたが、トルコ部分の建設が遅れ、全面開通は2006年春以降になりそうである。武力衝突の期間1988-19941990-19921992-199319921994-1996, 1999-19991984-1999BTCからの距離15キロメートル55キロメートル130キロメートル220キロメートル110キロメートル80キロメートル紛争地を貫通全長1,768キロメートルのパイプラインは、アゼルバイジャンを442キロメートル、グルジアを248キロメートル、トルコ東方を1,078キロメートル通過する。1日の輸送原油は100万バレルと予定され、北海油田の減産を補填すると期待されている。2.BTCパイプラインのメリット多くの国がパイプラインの敷設を望んでいることからも分かるように、パイプラインには利点が多い。しかしその影響については多面的に考える必要がある。以下では、BTCパイプラインがもたらすであろう利点と問題点について考えていく。盧 経済への好影響BTCにより、法制度、政治、経済など多方面で、いわゆる「ヨーロッパ・スタンダード」化が進むと期待される。経済部門ではまず、BTC敷設国への投資やビジネスベンチャーの可能性が高まる。同時に、リスク評価が改善され、外国企業などの参入も容易になると予測される。次に、経済の透明化が期待できる。旧ソ連では、共産主義体制の下で経済システムに多くの歪みが生じ、汚職、腐敗、第二経済の存在などが当たり前となっていた。また、トルコでも伝統色が強く、市場経済が機能していない地域が国内に多数あるといわれ、BTC敷設国それぞれが経済システムに大きな問題を抱えているのである。しかし、BTC敷設国間で基本路線として採択された「資源採取産業透明性イニシアチブ(Extractive IndustryTransparency Initiative:EITI)」は、今後、経済の透明化を促すものと期待されている。EITIは、石油、天然ガス、鉱石などの天然資源採取による企業収益の資源保有国政府への還元や採取権料の支払いなどに関する透明性を向上させるために、2002年に英国政府の主導で始められた。EITIには、先進国、途上国政府のほか、採取企業、NGO(非政府組織)など、資源採取計画ごとに関連する様々な主体が参加し、企業から政府への移転支出に関するガイドラインなどを作成している。そして、EITIが施行されている地域において、EITIのガイドラインに反する活動が行われた場合は、関係企業のみならず、当該地域の住民も異議申し立てができることになっている。BTCプロジェクトにおいては、まだEITIは着手されたばかりで結果は出ていないが、EITIにより経済の透明化が徹底化されれば、後述するオランダ病の予防にもつながると考えられる。また、米国国際開発庁(USAID)も多額の資金を投じて、市民社会発展のための計画に着手した。後述のように、BTCによって教化された住民が経済の現状に問題意識を持ち、汚職や*5:その株主構成は、BP社(英)32.60パーセント、SOCAR社(アゼルバイジャン)25.00パーセント、Unocal社(米)8.90パーセント、Statoil社(ノルウェー)8.71パーセント、TPAO社(土)6.53パーセント、ENI社(伊)5.00パーセント、Total Fina Elf社(仏)5.00パーセント、伊藤忠(日)3.40パーセント、インペックス社(日)2.50パーセント、Delta Hess社(米)2.36パーセント。51石油・天然ガスレビュー?sの改善に主体的に取り組むことも期待されている。さらに、石油収入をてこにして、当該諸国が経済発展を遂げることも望まれている。たとえば、アゼルバイジャンは当面の経済成長を石油産業に全面的に依存している。特に、今後5?7年の石油関連の収益は、国家予算の3倍以上に相当する50億?60億ドルに達すると見込まれており、GDPも2005年は13パーセント、2006年は14パーセントと、CISで一番の高成長を遂げると予想されている。また、BTCと平行する天然ガスのバクー?トビリシ?エルズルム(BTE)パイプライン(South Caucasus Pipeline:SCPとも称される)の開通(2006年の予定)により、さらなる経済成長が望め、石油価格が現状維持されれば、アゼルバイジャンの今後20年間の収益は500億ドルにも及ぶと概算される。ただし、地域住民の生活水準上昇という課題については、後述のように容易ではないことは留意されるべきである。最後に、雇用創出と失業削減への貢献が期待される。パイプラインの建設と建設後の管理、運営、保護、そして関連NGOなどの職が創出されることにより、周辺地域の失業問題も緩和できるといわれていた。だが、それもまた後述のように簡単ではなさそうだ。盪 法制度の整備と民主化BTCの成功には、通過3カ国の法制度の発展と統一的な法基準の整備が不可欠であるといわれている。改善を要する法基準は、環境、保健衛生、安全保障、社会保障など多くの分野に及ぶ。それらが欧米の政府や諸組織の指導によって改善されれば、3カ国のその他の法や制度の諸システムも整備され、社会の全般的な発展にもつながっていくことが望まれている。アゼルバイジャンやグルジアでは、外国企業が法的に保護されていないために、収賄など様々な問題が生じ、日本企業を含む多くの外国企業が撤退を余儀なくされてきた。このような状況に鑑みても、BTC関連プロジェクトにおける欧米水準化の経験が、別の側面においても生かされていくべきだろう。また、BTCによって敷設国の民主化が進展することも期待されている。まず、あまり世界に知られる機会がなかったコーカサスに注目が集まり、同時に政治の面でも監視の目が厳しくなっている。コーカサス諸国が参加している欧州安全保障協力機構(OSCE)や欧州評議会(Council of Europe:COE)はもちろん、欧州連合(EuropeanUnion:EU)もコーカサス3国に欧州近隣諸国政策(EuropeanNeighbourhood Policy:ENP)を2005年より適用し始めた。同じくEU主導の、ロシアを迂回した欧州と中央アジア、コーカサスとの間の輸送回廊計画であるTRACECA(TRAnsport CorridorEurope Caucasus Asia)プロジェクトなどとも相まって、多方面での関係強化が進んでいる。この過程で、選挙への監視も厳しくなっているほか、反体制派やメディアへの弾圧、人権侵害など民主化の阻害要因に対する監視の目も強化されている。BTCに参加している諸国および関係企業の本国は、内政によってプロジェクトが悪影響を受けることを避けるために、政情には敏感になっており、場合によっては介入をも行うだろう。次に、欧米企業、諸国の参入により、次項で述べるように、地元住民の教育や技術が向上していくことが期待されアナリシスる。そうなれば自国の政治に対する見方も厳しくなり、下からの政治改革の可能性も高まるだろう。最後に、国民の政治化と並行して、外部からも民衆を民主化運動に駆り立てる動きが生じやすくなる。たとえば、旧ソ連の「民主化ドミノ」の起点となったグルジアの「バラの革命」を支援したとされるジョージ・ソロスの「オープンソサエティ・インスティテュート」が、他のNGOとともにグルジアでの活動を開始した契機は、BTCプロジェクトだったという*6。つまり、BTC計画がなければ、諸々のNGOの参入はなかったかもしれず、BTCこそが旧ソ連の下からの民主化を刺激したともいえるのである*7。蘯 市民社会のレベルアップBTCは、社会や市民生活にもよい影響を与えうると考えられる。まず、BTCは地域住民のスキルキャパシティの向上に貢献する。たとえば、2004年末にBTCコンソーシアムは、グルジアのBTC敷設地域の経済および社会政策のために4,600万ドルを供与した。それとは別に、BTCを主導するBPもグルジアの教育、保健、文化、エネルギー、ビジネス、市民社会の各部門の発展のために1,000万ドルを供与している。さらにBTCによって創出された雇用者は、諸外国の企業とかかわることで多くの教育や訓練を受けることができる。BPなどは、それによって得られた能力と専門性は、BTCプロジェクト終了後も就職や起業に役立つだけでなく、収入増にもつながり、ひいては当地の経済発展を促すと強調している。また、NGOの活性化により、敷設地の諸々のインフラの整備と、敷設地*6:Starr, S. Frederick."The Baku-Tbilisi-Ceyhan Pipeline: School of Modernity," S. Frederick Starr and Svante E. Cornell, The Baku-Tbirisi-Ceyhan Pipeline.CentralAsia-Caucasus Institute and Silk Road Studies Program, 2005, p.13.*7:アゼルバイジャンでもウクライナの「オレンジ革命」後に反政府行動の頻度と規模が特に増しているが、後述の通り、同国では権威主義体制が堅持されているため、毎回警察によって厳しい弾圧がなされ、負傷者や逮捕者が多数出ていることから、同国の場合はむしろ政治的混乱の一要素として評価するほうが適切かもしれない。また、「民主化ドミノ」という言葉はマスコミ等がしばしば用いているが、そのような動きが起きたのが、旧ソ連15カ国中3カ国のみであることを考えれば、「ドミノ」とは言い難いことも指摘しておきたい。2006.3. Vol.40 No.252TCパイプライン ?南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察?地主への補償も含む当地住民の社会保障の整備で住民の生活水準や民度が向上することも期待されている。ただし、NGOもその母体や目的次第で異なる影響力を持つことには留意が必要だ。たとえば、グルジアの民主化を促したNGOは、ソロス財団など直接石油産業に関係なかったものであったが、よりミクロな形で民衆に働きかける活動を行っているのは石油会社がボランティア的に行っているNGO活動だといえる。中でもBPは、パイプライン関連業で90年の経験を持ち、少なくとも10カ国で独自のパイプラインを運営している。一般的に石油企業は地元やインフラ整備には関与しないのが通例だが、グルジア、アゼルバイジャンの場合は例外で、BPは医療、教育、環境保全など、様々なNGOを創設し、現地職員を雇って当地の状況を綿密に調査し、充実した対応を行っている*8。また、パイプラインの安全保障についても地域住民に委ねている。地域住民と契約し、自警団を組織してもらい、各人にBTCの司令塔につながる警報器を携帯させている。地域住民は見回りをするのみならず、牧畜などをしながら、パイプラインを監視する。地域住民は「地元の人間」以外の者をすぐに見分けられるため、不審者がいた場合には早急にオペレーターに知らせることができるので、破壊行為などを未然に防げるというわけである。また、緊急事態の際には、BTCの始点であるサンガチャル陸上基地のみならず、終点のジェイハン基地でもBTCパイプラインすべての稼働を操作できる。BTCパイプラインは地中に埋められているため、もともとテロには強いと見なされていたが、住民と一体化してその警備を行うことで安全性はますます高まり、住民も収入を得られるのである*9。もちろん、環境社会影響評価(Environmental Social Impact Assessment:ESIA)が進む過程で、NGO、政府、地域コミュニティ、被雇用者それぞれの潜在力が拡大し、住民の自主的活動を含めた様々な動きが連関し合い、同時に人々の社会や環境への関心が高まって、地域の社会化と人々の民主化への覚醒が進むことも目指されている。このような諸々の試みにより、プロジェクトの進展に伴って当地の社会・産業構造が整備され、経済や雇用も発展するように日々努力がなされているのである。BTCの環境に対する負の側面が強調される一方、まさにBTCプロジェクトが契機となって、これまで看過されてきた当地の環境問題に欧米水準の監視と指導がなされることとなった。中でも特筆に値するのは、2000年5月にロンドンのコンサルタント会社であるERM(Environmental Resource Management)がBPと、当地の全般的なESIA調査を行う契約をしたことである。ERMが各地共通の懸念材料をまとめた小冊子は敷設地付近の住民に配布されたが、環境への影響の大きさはプロジェクト開始前から懸念されていた。そしてERMは、BPとの契約を基盤として、米国のURSおよび五つの地元の環境コンサルタント会社(トルコのコラ、エンヴィ、グルジアのゴルビ、アゼルバイジャンのシネルゲティクス、AETC)などと協力しつつESIAを進めている*10。また、BTCにおける環境投資計画(Environmental Investment Programme:EIP)においては、国内および国際的な環境NGOとの連携の下、建設による悪影響の緩和、土壌の復興を目的に、特に熊や黒雷鳥、陸亀などを含む希少な保護生物種への対策や保護対象地の戦略、森林保護の支援、生物の多様化計画と環境NGOの能力拡充を目指している。たとえば、BTC建設のために土壌を掘り起こした際、大量の陸亀の卵が発見されたが、専用のセンターを設立し、一匹も殺さずに孵化させて育成しているという*11。さらにBTCでは、外国企業と国内外のNGO、さらに各地域コミュニティが独自の社会投資計画(CommunityInvestment Programme:CIP)を共同で進めている。それは地域の持続的な社会的、経済的、環境的発展を目的としており、中でもとりわけ重視されているのは、住民の増収と生活水準の向上および、清水や燃料の常時供給を可能にすることを含めたインフラ整備で、計画の見直しが綿密に重ねられている。特筆すべきは、各地域コミュニティがCIPにおいて単に活動するだけでなく、CIP総費用の最低20パーセントを金銭もしくは現物払いで出資することが義務付けられていることである。日本のODA(政府開発援助)の有効性をめぐる議論でもしばしば問題になるが、単なる資金援助はうまく機能しない場合が多いのが実情である。そのため、このように地域コミュニティにも負担と責任を課せば、計画の実効性はより高まると考えられている。これらの長期計画にはミクロ財政の供給、公共施設の新設や修繕、浄水システムの導入、熱効率の良い暖房の供給なども含まれており、CIPが長期の持続的発展計画につながって、最終的には各地域の独立性を促すと考えられている。盻 ロシアからの自立と国際関係の強化既述の通り、ソ連解体後もロシアの旧ソ連地域に対する影響力は維持され*8:BPの医療NGOであるInternational Medical Corpsのカマラ・フセイノヴァ氏へのインタビューによる(2003年12月29日)。*9:伊藤忠商事バクーオフィス代表の杉浦敏広氏に2005年12月20日に行ったインタビューによる。*10:Platform 2003.*11:前出、杉浦氏による。53石油・天然ガスレビューAナリシスている。中でもエネルギーなどのインフラをロシアに依存せざるを得ないこと、またロシアが旧ソ連地域の紛争を外交カードとして利用していることから、旧ソ連諸国が真の独立を果たすことは困難な課題であり続けた。しかし、BTCにより、経済やエネルギー面での依存体質が改善され、また諸外国の注目が当地に集まり、国際的な相互関係が増加することから、ロシアの影響力はかなり軽減され、自立性が高まると考えられる。同時に、前述の通り、当地は紛争が多く、テロが多発する場所であることから、パイプラインや国境の保護が重要課題となっており、様々な形で軍拡が進められている。各国が自国軍の強化を図っているだけでなく、BTC通過3カ国はパイプラインを保護するための共同の軍事対策も推進している。そして、米国*12、NATO、ロシアの関与があると考えられる。アゼルバイジャン、グルジアはNATOに未加盟であるため、NATOの平和のためのパートナーシップ(Partnership for Peace:PfP)に基づいてNATOとの関係強化を進めている。NATOはとりわけ、この地域においては国際テロ対策、武器不拡散、民族紛争、国際組織犯罪対策などに力を入れている。また、米国は2001年の9.11事件後、グルジアのテロ対策能力強化を名目に、グルジア軍の訓練のために軍を送り込んだ(規模は小さいが英仏も米国に続いた)ほか、コーカサス諸国への軍事援助を強化し、軍備も拡充して軍事的影響力を確実に拡大している*13。しかし、現在に至ってもロシアの影響力が強いのもまた事実である。ロシアはかつてアゼルバイジャンとグルジアの民族紛争において分離主義派を支持し、停戦と引き換えに両国をCISおよびCIS安全保障条約に加盟させ、グルジアには四つの軍事基地を設置し、アゼルバイジャンの「世紀の契約」にも確たる位置を獲得した。1999年11月のOSCEイスタンブールサミットで、グルジアのロシア軍事基地の閉鎖が決められたものの、2基地の閉鎖は遅れている。また閉鎖した場合には、その軍備がアルメニアのロシア軍基地に移転されることが想定されるため、アルメニアにおけるロシアの軍事力の拡大が周辺国、とりわけアゼルバイジャンから危惧されている。また、アゼルバイジャンにはロシア軍基地はないものの、ガバラレーダー基地をロシア軍が使用しており、グルジアの紛争地域にはCIS軍(実質的にはロシア軍)が平和維持活動のために展開している。こうした現実に鑑みれば、ロシアの影響力を極力弱くしていくために、諸外国との軍事的な関係強化も望まれていると言ってよいだろう。眈 地域協力と紛争解決への期待BTCにより、通過国のみならず周辺地域の相互関係が深化し、地域協力が拡大・深化することが期待される。たとえばカザフスタンは自国石油をBTCに供給する協定を締結しているほか、安全保障や経済の側面でも関係強化を進めることを表明している。また、BTC以外の地域プロジェクトでも、エネルギーをてこにした地域協力が必ず念頭に置かれる。たとえば、欧州のシンクタンクであるCEPSが主導する「コーカサス安定協定」の協定文書案には、「地域の経済、特にエネルギー分野の潜在性を最大限実現化する。カスピ海の輸送路の複数化による利益最大化やカスピ海の法的問題の明確化も行い、関係全諸国が『エネルギー憲章』を早期に批准することを目指す」という文言も含まれている。多方面での地域協力が期待される中、すでに具体的な計画も進んでいる。たとえば、BTC通過3カ国は、さらに天然ガスの前述BTEパイプライン(SCP)でも利害を共有しており*14、また3国の共同出資で「新戦略的鉄道計画」も進めている。本計画は北東トルコ、トビリシ、バクーを258キロメートルの国際鉄道および高速道路で結ぶ、4億?8億ドルの大規模な計画である。9年前にトルコのデミレル大統領(当時)が提案し、グルジアのシェワルナゼ大統領(当時)と議論を進めていた計画だが、財政的な理由により凍結されていた*15。今後、トルコのカルスとグルジアのアハルカラキを結ぶ30キロメートルを新設し、アハルカラキとトビリシ間の鉄道を復興する予定である。これにより、3国にはBTC、BTE(SCP)両パイプライン、鉄道、道路と4本の戦略性の高いラインが通過することとなる。様々な物資や人々がトルコを経由して欧州とコーカサスを行き交い、インフラも整備され、経済活動も活発になって、地域協力が深化することが期待されている。さらに、アハルカラキはアルメニア人居住地区であり、ロシアが軍基地を設置するなど強い影響力を握る地域だが、この鉄道敷設により、グルジアが主張するロシア軍基地の閉鎖が早まり、社会問題も改善されるのではないかという期待も持たれている。他方、アルメニアのグルジアへの依存が高まることによって地域協力が進展するという予測もある*16。欧州との連結ルートを模索する中国も、ロシア経由より本ルートのほうが望ましいと*12:ただし、米国は公にはBTCの防衛には関与しないとしている(RFE/RL Newsline, 25 May 2005)。*13:なお、アルメニア人のロビー活動により、アゼルバイジャンが米国により課されていた経済制裁(自由支援法S.907)も時限的に停止されている。*14:カスピ海資源には、石油と天然ガスがあるが、本稿では天然ガスについては触れない。*15:ソ連時代には、カルス・ギュムリ(アルメニア)・トビリシを通過する鉄道があったが、ナゴルノ・カラバフ紛争により、トルコとアルメニアの関係が悪化し、運行が停止していた。*16:Hayots Ashkharh,1 October 2004.2006.3. Vol.40 No.254TCパイプライン ?南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察?して投資の用意を表明しており、前出TRACECAとの連結も期待されている。とはいえ、アハルカラキとアルメニアのアルメニア人は本計画に徹底的に反対している。彼らの反対は、道路や鉄道だけではなく、当然、二つのパイプラインにも及んでいる。アルメニア人にとっては、これら四つの計画は地域協力を促すものではありえず、「アルメニア包囲網」に他ならない。アルメニアの孤立を促すために意図的に進められていると考えられている点は留意されるべきだろう*17。このように、アルメニアが除外されているとはいえ、鉄道を介して、コーカサスを中心とした地域協力が中国にまで拡大することが望まれる一方、BTCが成功すればカスピ海開発の利点が証明され、ロシア、中央アジア、イランなどの近隣諸国などにも良い波及効果が及ぶと考えられている。カスピ海の近隣諸国の多くは権威主義国家であり、法制や政治状況についても、欧米の水準とはかけ離れている場合が多い。特にそれらに、米国が言うところの「ならず者国家」であるイランも含まれていることから、欧米諸国がBTCに寄せる副次的な期待は大きい。たとえば、中央アジアの北朝鮮と称される悪名高きトルクメニスタンにも肯定的な影響を与え、諸外国にも歩み寄る可能性があると見られている*18。さらに、BTCは同地で深刻な問題となっている多くの紛争を解決に導く上での刺激となることも期待されている。MEPのルートをめぐる紛糾の際、アゼルバイジャン、アルメニア、トルコを通せば、ナゴルノ・カラバフ紛争の解決と、1915年のアルメニア人大虐殺などをめぐるトルコとアルメニアの和解、さらにアルメニアのエネルギーと経済問題を一括解決できるとして、「平和のパイプライン構想」が常に議論されていた。同構想は「紛争解決後に初めて経済協力が可能になる」とするアゼルバイジャンの立場に反し、実現には至らなかったが、紛争地のパイプラインは地域協力を不可避とし、それにより信頼醸成が進めば、紛争が解決され、地域の平和構築も促進されることが常に期待されてきた。現在も、BTCが地域協力のみならず紛争解決と平和構築に貢献することを、トルコは強く希望している。ただし、パイプライン運用の国際間ルールが守られなかった場合には、それが新たな紛争の火種になりうることには留意が必要だろう。また、残念ながら、前述のようにBTCパイプラインは「平和のパイプライン」になるどころか、アルメニアの孤立を促すものとして機能しつつあるともいえるのである。3.BTCパイプラインがはらむ問題点BTCは元来、米国政府が戦略的観点から強く支持したものであり、クリントンプロジェクトの異名すら持つが、石油企業は消極的だった。しかし、石油価格の高騰により、石油関連会社のBTC観が変わり、積極化したことは既に述べた。このような経緯もあり、米国およびBTC通過諸国政府、そして計画が実行段階となったあとの関係石油企業は、国際社会にその正当性を広く浸透させるために、BTCの肯定的な側面を強調することに努めている。そのため、BTCの負の側面についてはあまり注目されてこなかったが、実際は多くの懸念材料があり、それらが建設遅滞の一因にもなっていただけでなく、将来の不安材料を残すことにもなっている。以下ではBTCがもたらしうる負の側面を検討する。盧環境汚染の懸念と対策環境問題は、とりわけBTCにおける大きな懸念材料と考えられており、今後30年間に相当な環境破壊が進むことが危惧されている。まず、グルジアの名水「ボルジョミ」の取水源であるボルジョミ渓谷付近をBTCが通過することによる、同水への影響への懸念は、計画段階から大きな問題であり続けた。建設中も約1カ月間、建設が中断されるなど、BTC建設遅滞の主原因ともなった。結局は、ボルジョミ渓谷に影響が及ばないレベルにまでパイプラインを非常に深く埋設することで問題は解決したとされているが、本当に影響がないのかということについては、実際にパイプラインが稼働しなければ判断できないともいわれている。また、カスピ海沿岸でも、石油による住民の健康被害が懸念されている。たとえば、石油産出が最も盛んなアゼルバイジャンのアプシェロン半島では、約200の湖沼が石油で汚染されており、浄化が必要な地域は1万8,000?3万7,000エーカー(1エーカーは約4万468平方メートル)にも及ぶとされている。通常、2.5エーカーの浄化には100万ドルを要するため、対策には巨額の費用が必要となると見られる。アゼルバイジャン政府としては、1990年代末に設立された環境・天然資源省が問題に対応している。近年、同省のカスピアン複合監視部は、新規契*17:Styopa Safaryan (The Armenian Center for National and International Studies)氏への筆者によるインタビューによる(2005年12月26日)。*18:Cornell, Svante E. Mamuka Tsereteli and Vladimir Socor. "GeostrategicImplications of the Baku-Tbilisi-Ceyhan Pipeline," S. Frederick Starr and Svante E. Cornell,The Baku-Tbirisi-Ceyhan Pipeline, Central Asia-Caucasus Institute and Silk Road Studies Program, 2005, pp. 23-24. 55石油・天然ガスレビューAナリシス表3軍事支出(単位:億ドル)20053???20041.75???19960.6510.4970.59585.6719970.7290.6320.37189.2619980.8070.6240.35893.5219990.9920.6540.276103.2620001.080.6810.18899.9420011.170.6550.23991.61*2120021.290.6470.34297.4820031.350.7650.40398.8819950.6350.576?19941.12??74.6276.52アゼルバイジャンアルメニアグルジアトルコ表4軍事支出(対GDPパーセンテージ)19972.23.919982.33.519992.33.620002.13.620012.03.120022.02.720032.620046.55.05.04.94.45.4[0.6][0.7][0.9][1.1][0.9]??????アゼルバイジャンアルメニアグルジアトルコ注1:グルジアの2002年、03年の数値は予算額。1997?2001年の実際の執行額は予算額の56?90パーセント。注2:アゼルバイジャンの2005年の数値は予算額。前年比70パーセント増であるため、内外の注目を浴びている。2003?05年の数値のみ出所は2005年6月25日??4[1.2]4.1.1の大統領演説(RFE/RL Newsline, 27 June 2005)。また、2003?04年の軍事支出費はアゼルバイジャン統計局発表のGDPの数値をもとに筆者が計算。注3:[]はSIPRIの推計額。出所:Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Yearbook 2004: Armaments, Disarmament and International Security, 2005, Oxford, pp.353-355(表3),pp.359-361(表4)約の石油企業に対して厳しい環境基準を課すようになった。しかし、その対策は遅すぎたといってよく、しかもほとんどの石油企業は基準を無視し続けているという。ここで、若干の希望が持てるのは、第一に各石油企業およびアゼルバイジャンの国家石油基金*19が環境税を支払っていること、第二に各NGOが現状把握と問題の透明性確保のために努力を続けていることだろう。しかし、NGOにはほとんど発言力がないのが実情である。またカスピ海沿岸5カ国が、2003年にカスピ海の環境問題に関して議論した際にも、深刻な環境汚染が報告されたにもかかわらず、その文書はいまだに批准がなされておらず、五カ国の協力体制も現状では望めないのである。盪政治的民主化の阻害要因グルジアでは2003年に民衆が旧体制を失脚させ、新体制によって民主化を進める契機を作った「バラの革命」が起きたものの、アゼルバイジャンでは依然としてアリエフ一族による堅固な権威主義体制が維持されている。欧米諸国は、石油開発で当地に参入するとともに、地域戦略として民主化を進めたいはずなのに、アゼルバイジャンの権威主義体制が安泰なのはなぜだろうか。現地の研究者や野党の政治家の間では、欧米諸国はアゼルバイジャンに対して矛盾をはらむダブル・スタンダードを取っていると分析されている。アゼルバイジャンでは、前大統領のヘイダル・アリエフによる事前の周到な準備もあり、2003年10月の大統領選挙で子息のイルハムが圧勝し、旧ソ連地域初の世襲政権が誕生した。欧米諸国やOSCEをはじめとした国際組織が折に触れ選挙の民主化を要求していたにもかかわらず、その選挙プロセスは、不正に満ちた非民主的なものだったと評価された。しかし、欧米諸国はこぞってイルハム政権の誕生を歓迎したのである。これらのことから、アゼルバイジャンの場合、欧米諸国は当地の民主化よりも、石油開発の滞りない進展のために当地の安定を優先したと考えられるのである。なぜなら、イルハムが父の路線を継承すれば権威主義が維持され、当地の安定が保たれると想定できた反面、もし乱立している野党などが政権をとった場合には国内の混乱が生じることが予想されていた。さらに、たとえ混乱は防げても、新政権が前政権の影響力の残存を嫌って、既存の協定や取り決めなどを変更したり、破棄したりする可能性も否めなかったからである。実際、1993年にエルチベイ大統領(当時)が失脚した折には、彼がロシアを排除する形で進めた主要な契約が次大統領ほ ごにのヘイダル・アリエフによって反古され、ロシアを交える形で契約が仕切り直された経緯がある。つまり、政治の不安定さは契約の不確実性やプロジェクトの停滞や失敗に結びつきやすいといえるのである。BTC計画が軌道に乗るまでに生じた多くの困難に鑑みても、欧米諸国は何と*19:詳細は、http://www.oilfund.az/ 参照のこと。2006.3. Vol.40 No.25619962.23.32.24.119952.34.1.9?319944.6TCパイプライン ?南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察?してもBTCを成功させる必要に迫られていた。そのため、本来の目的とは矛盾しても、アゼルバイジャンの民主化よりも石油事業の安定、すなわち自己利益を優先したといえるだろう。蘯 地域の軍備拡大と地域的安定への懸念既述の通り、同地ではパイプラインの保護を筆頭とした地域安全保障を名目に、多方面で地域の軍備が拡充されているが、軍拡は行き過ぎの感を呈しており、それが、停戦中の紛争再発などの新たな地域の不安定化につながるのではないかと強く懸念されている。ここで特筆すべきなのは、アゼルバイジャンが石油による好景気を背景に、近年、軍事力を顕著に増強させていることである。特に、BTCのアゼルバイジャン部分が開通した2005年には、イルハム・アリエフ大統領が、度々軍事力強化を公言している。しかし、停戦状態にあるアゼルバイジャンとアルメニアが戦争再開の可能性を常に示唆している状況下で、地域内に軍事バランスの不均衡が生まれれば、その落差を埋めようとする動き、ひいては軍拡競争が激化するだろう*20。他方、前述の通り、米軍はコーカサスへの関与を深めているが、2005年にその動きはさらに強化された。まず5月にブッシュ米大統領がグルジアを訪問し、4月にラムズフェルド米国防長官が、7月にオルブライト米元国務長官がアゼルバイジャンを訪問する一方、アゼルバイジャン外相も8月に訪米するなど、関係強化が進められた。2005年の米国の対アゼルバイジャン援助額は、前年比200万ドル増の7,000万ドルにも及ぶ*22。自由支援法S.907が時限的停止をされているとはいえ(注13)、同法がまだ有効である状態で、それほどの支援をしているということの意味は大きい。また、アゼルバイジャン、米国はともに否定しているものの、アゼルバイジャンで既にかなりの数の米軍の設備が稼働し、空港の整備も進められており、近く米軍基地も設置されるという未確認情報も頻繁に報じられるようになった。9.11事件後の2001年秋に設置されたウズベキスタンの米軍基地の閉鎖に鑑みても、アゼルバイジャンの戦略的重要性はますます高まったといえる*23。欧米がコーカサスにおける軍事的コミットメントを強化し、またグルジアからは軍基地の閉鎖を迫られている中でロシアは、コーカサスにおける地歩を確実に喪失しつつある。しかし、前述の通り、ロシアの軍備のアルメニアへの移管計画は、アゼルバイジャンにとって大きな懸念材料となっている。なお、ロシアとアルメニアはMEPのルート決定前から、MEPはグルジアとトルコを経由すると確信し、想定されるルートに対し、いかに攻撃を加えるかを綿密に分析していたことが知られており、その戦略地図も流通している。しかし、トルコ、アゼルバイジャン、グルジアの3カ国関係が、様々な分野で強化されているのは揺るぎのない事実である。盻石油収入が及ぼす経済への悪影響BTCは経済の活況をもたらすと考えられている一方、多くの悪影響をもたらすとも予想されており、その最たるものがアゼルバイジャンにおける「オランダ病」に対する危惧である。オランダ病とは、1960年代に北海海底で天然ガスが発見され、それが70年代の石油ブームの中でオランダに起きた経済的な否定的影響を説明した言葉で、国際経済学の用語として定着している。つまり、産出する天然資源の価格の高騰により外貨収入の急増、つまり莫大な不労所得が発生し、実質為替レートの上昇が起こることでその他の輸出部門を害し、財政支出を膨張させるなど、長期的な経済成長を阻害する政策をとってしまったことによって生じる経済危機を意味する。アゼルバイジャンでは輸出の80パーセントを石油が占め、石油関連以外の部門への投資の慢性的不足と不正や汚職の蔓延により、オランダ病発生の可能性を否定し得ない状況にある。アゼルバイジャンのエコノミストや関係省庁の役人は、国家石油基金の経営の透明化と、農業産品や石油関連製品の輸出強化によりオランダ病を回避できると断言するが*24、現政権は石油収入を国民の生活水準の向上に反映できていない。同国の一人当たり平均月額生活費(住宅費は含まない)は約50ドルだが、国内には難民、国内避難民が100万人近くおり、その生活水準の低さは深刻な問題であり続けている。他方、富は国の上層に集中するため貧富の差が拡大し、経済の汚職、腐敗がより深刻化する。大統領は最低賃金を引き上げるとともに、職の創出に資金を投じて貧困対策を行っているが、それでも貧困の度合いは、良くても年*20:グルジアの軍拡も顕著である(Fuller, Liz. and Richard Giragosian. 2005. "Why Should Georgia Need A Larger Army?." RFE/RL Caucasus Report, Vol. 8 (24),22 July 2005)。*21:ただし、ロンドンの国際戦略学研究所(IISS)のデータによれば、アルメニアの軍事費は2001年に1億3,500万ドル、2002年に1億6,200万ドルを示し、後者のGDP比は6.4パーセントにおよび、それはCIS諸国で最大の数値であった。なお、2002年の軍事費のGDP比率について、同研究所は、アゼルバイジャンは3.3パーセント、グルジアは1.7パーセントと報告している(Ziyadov, Taleh. and Alman Mir-Ismail, "Arms Race in the South Caucasus," Eurasia DailyMonitor, 25 July 2005)。*22:Associated Press, 20 May 2005.*23:Nezavisimaia Gazeta, 3 Avgusta 2005.*24:筆者が2003年から2004年にかけてSOCAR、燃料エネルギー省、経済発展省、UNDP、OSCEバクー事務所、ツーラン通信社で行ったインタビューによる。57石油・天然ガスレビューヲ2パーセントしか減少できないと見なされており、改善に時間を要することは明らかだ*25。また、高率のインフレも国民生活に打撃を与えている。たとえば2005年上四半期にはトップ品目で15パーセント、平均で7.6パーセントのインフレ率を記録し、年間平均では13パーセントに達すると見なされている*26。概して、資源産出国が「オランダ病」を回避することは困難で、天然資源が経済の支配的位置を占めることは、他部門のインフレと衰退を導く場合が多い。アゼルバイジャンのインフレ動向に鑑みても、今後の経済の趨勢については悲観的な予測も多い。特に、石油以外の部門への充分な投資がないこと、また国家石油基金の民主的な運用についての期待感が薄いため、石油収入が一部の搾取や国防費の肥大化につながることが危惧されているのである。現在、大統領や政府関係者は、アゼルバイジャンの石油収入がピークに達するのは、BTCが石油で完全に満たされる2008年以降であり、それ以後は国民に石油収入を還元し、生活の向上を保障できるとして、国民に対しては当面は生活状況が悪くとも忍耐してくれるよう要請している。また、アゼルバイジャンの権威主義体制と世襲政治を確たるものとした故ヘイダル・アリエフ前大統領から2003年に政権を継承した、子息のイルハム・アリエフが父を神格化しつつ、独自の権威主義体制を築きつつある*27。神格化の手段としては、たとえば連日国営放送で、前大統領の映像を放映し、現大統領がその「素晴らしい」実績を称賛したり、各地に前大統領の銅像や公園を建設したりしているほか、空港、道路、大きなホールをはじめとした国家の主要な設備の名前をすべて変更し、ヘイダル・アリエフの名を冠したりしている。BTCの名称も、アゼルバイジャンにおいては、「ヘイダル・アリエフBTC主要輸出パイプライン(the HeydarAliyev BTC main export pipeline)」と改称された。これも、BTCの将来の成功を国民に確信させる上で、有効な手段の一つになっていると考えられる。実際、国民もそれを期待しつつ、忍耐を重ねているが、公言が果たされなければ国民の不満が爆発し、政権転覆にも発展する可能性は否めない。眈住民対策前項で述べたように、主にBPのNGOなどがBTC敷設地の住民に対して社会保障システムを整備したり、補償を行ったりしたが、それは十分であったとは言い難いという。本プロジェクトについては、宅地を必ずそれるように事前の計画を行ったため、立ち退きを求めた事例は一件もなく、建設のために住居や農地について一時的な立ち退きを求めた事例があるだけだといわれており、建設終了後には、住民は元の居住地に戻り、農地の復興も進めアナリシスられることが予定されているという。それでも、補償については多くのトラブルがあったようである。たとえば、アゼルバイジャンでは、補償交渉はラテン文字表記のアゼルバイジャン語文書をもって行われた。しかし、アゼルバイジャンでは1991年に従来のアゼルバイジャン・キリル文字に代わって、アゼルバイジャン・ラテン文字の公用化が決定され、2001年8月に完全移行した。このため、文字が読めず、契約内容を理解せずに署名をした者も多かったため、後になって不満を述べる者が続出したという*28。また、前章で言及したように、雇用が一時的であったり、失職を強いたりするケースも多々あることには注意が必要である。また、事前の予測ほどには新しい雇用は創出されず、さらにBTC完成後には、建設労働者の大量失業や、外国人労働者への賃貸業で生計を立てていた者の収入源の喪失が生じている。BTCプロジェクトとの関係で失業した者に対しては、各政府やBPが補償を行っているが、その対応では十分とはいえないようだ*29。加えて新規の求人の多くには大卒など諸条件がついていたため、失業問題の飛躍的改善も期待できない*30。行われるはずの地域住民に対する援助の恩恵を受けられない地域も多いという。遺憾ながら、BTCが環境被害や住民の損害など、多くの負の遺産を生む可能性は否定できないのである。4.結びにかえて以上、述べてきたように、BTCは肯定的および否定的の双方の影響を持ちうると考えられる。その両側面について、一つの論考の中でかなり矛盾する議論を展開したが、その背景には、BTCを推進する主体、言い換えればその受益者たちが負の側面よりもそのメリットを強調したことがある。しかも、BTCの受益者は政治的、経済的に強者たけである場合が多く、宣伝能力にも長ているため、負の側面はあまり表面化*25:RFE/RL Newsline, 9 June 2004.*26:Khadija Ismayilova, "Azerbaijan Fights Inflations and Looks For Curprits," EurasiaNet, 22 June 2005. *27:アゼルバイジャンの権威主義については、拙稿(2005年)第3章第4節で時期ごとの詳細な分析と分類が行われている。*28:筆者が2002年8月、2003年12月、04年9月に現地で行ったインタビューによる。*29:http://www.bakuceyhan.org.uk/more_info/social.htm(2005年7月25日アクセス)*30:たとえばグルジアでは、建設中には6,500人の雇用が創出されるが、建設後のオペレーションでは500人の雇用しか生まれず、しかも後者では学歴など雇用条件が厳しく、狭き門となっている。2006.3. Vol.40 No.258TCパイプライン ?南コーカサス地方への政治経済的影響に関する一考察?しなかったのだと考えられる。そのため、NGOやアナリストによる負の側面を危惧する分析などを、肯定的な議論と並べると、相互に矛盾が出てくることになるのである。矛盾するとはいえ、功罪の両要素が紙一重で共存しているのは事実である。BTC関係者は負の側面を無視しているわけでは決してなく、EITIやCIPなどを導入してその対策に努めていると言える。アゼルバイジャンの権威主義が見て見ぬふりをされていることなど「強者の論理」が貫かれている部分もあるとはいえ、弱者に対してもできる限りの配慮がなされているのである。負の側面への対応に不十分な面があることは否めないが、今後の対応次第でかなりの部分は回避もしくは改善できるとも言える。逆に、石油企業、関連諸国政府、国際組織などが、地域住民の利益や長期的な影響力を無視すれば、負の側面が大きく表面化するだろう。そのため、BTC計画の関係諸国や組織、そして受益者は短期的な自己利益を追求するのではなく、地域住民はもちろん、地域の安定や地球環境保全を見据えた対応により、負の要素を減らし、肯定的側面を強化していくことが望まれる。また、BTCのプロジェクトについては、CIPや自警団による安全保障の強化など、地元を巻き込む工夫が見られる。ODAなどがしばしば、資金を出すだけでその後のケアがなされていないという批判を浴びていることに鑑みれば、CIPのような試みは画期的であり、民衆が教化されていくこととも相まって、地域の自活力を強化することにも貢献するだろう。さらに、負の影響を直接受ける民衆が実力をつけることもまた、負の要素の排除に有効に働いていくだろう。2005年末に全面開通の予定だった出所:2005年12月22日筆者撮影図4黒海沿岸に建設中の謎の石油関連施設群BTCは、トルコ部分の建設の遅れで、全面開通は2006年前半と予測されている。また、その影響が明らかとなるのは2008年以降だといわれており、現状からその将来像を描くのは困難だろう。なぜなら、BTCの将来展望が明確に描けないのに加え、当該地域を取り巻く構造が複雑だからである。ここでその構造を解きほぐしてみよう。営に組み込もうとしている。そして、OSCEや各国政府などが選挙監視をしたり、法整備や人権問題についても改善にむけて指導や要請を行い、時に「民主化ドミノ」にも加担したりしている。にもかかわらず、前述のように、アゼルバイジャンでは民主化よりも当地の安定がより重視され、非民主的な状況も黙認される傾向がある*31。まず、冷戦構造の影響は現在でも確かに残存している。そのため、現状では旧ソ連地域における米国とロシアの共存共栄は期待できず、むしろ当地での影響力をより多く獲得しようとする競争関係にある。そして、その関係はゼロ・サムではない。なぜなら、欧米諸国もロシアも、そして旧ソ連の新興独立諸国も一貫した政策をとっているわけではなく、時に日和見的とすら思われるような「最善の選択」を各局面でとっていると考えられるからである。また、欧米諸国は概して、旧ソ連地域からロシアの影響力を排除しようとする。民主化や市場経済の発展など、政治経済におけるヨーロッパスタンダード化を目指し、軍事的にもNATO陣ロシアは欧米諸国と違って、基本的に旧ソ連の民主化は望まず、ロシアに友好的な政府を打ち立てることを目指す。また、欧米の影響力を極力排除し、ロシアの影響力を最大限維持することに腐心している。そのためには、民族問題を外交カードとして利用するなど手段を選ばず、ロシアの姿勢が地域の不安定化を促すことも多い。他方、新興独立諸国は親欧米か親ロか、外交路線の選択を迫られるが、これもゼロ・サムではない。たとえば、アルメニアは心情的には親欧米だが、資源がなく、トルコとアゼルバイジャンに経済封鎖をされているため、ロシアに頼るほかはない。民主化などでは欧米の指導に従おうと努力している*31:2005年11月の議会選挙でも、多くの不正が行われたことが報告されているにもかかわらず、欧米があまり当局を批判せずに基本的に容認姿勢をとったことについて、アゼルバイジャン野党は石油産業の成功を優先する欧米のダブルスタンダードに対して強く抗議している。59石油・天然ガスレビューェ、軍事、経済はロシアに依存している。そのため、たとえば2006年にアクションプランの策定が予定されている「欧州近隣諸国政策(EuropeanNeighbour-hood Policy:ENP)についても、他国、とりわけグルジアが熱心なのに対し、アルメニアは「自分達はどうせロシアに追従するしかない」と悲観的な見方をしている*32。また、民主化ドミノを達成したグルジアやウクライナにおいてすら、極端な反ロシアの姿勢をとることは危険だと見られている。2005年9月にはウクライナでティモシェンコ首相が、10月にはグルジアでズラビシヴィリ外相が解任された。解任の理由は政権内の意見対立とされているが、とりわけ極端な反ロ的姿勢など外交志向の対立もあったともいわれている。また、2005年末から2006年初にかけて、ロシアとウクライナの間で、ガス価格をめぐる対立とロシアの輸出停止があり、欧州にも大きな影響を与えたことは記憶に新しい。ロシアにとって、民族問題と並んでエネルギー問題も、旧ソ連諸国に対する大きな外交カードなのである。さらに、アゼルバイジャン、トルクメニスタンなど天然資源を「持てる国」は二つの理由で、大国が意図するようにはならない傾向がある。たとえば、トルクメニスタンは独裁的なニヤゾフ大統領が終身大統領として君臨し、内外からの声に耳を貸さずに、外交的には中立をうたい、諸外国との関係を極力抑えている。そのように独立独行的な政策を維持できることの背景には、大量の天然ガスを有して他国に依存しなくともやっていけるという事情がある。アゼルバイジャンも、欧米の民主化圧力にある程度応えるポーズを示しつつ、実質的にはほとんど改善をしていないのが実情だ。実際、前述のように「安定と民主化のジレンマ」のなかで、欧米諸国が同国に対してダブル・スタンダードをとる傾向があることもまた、権威主義体制を強化してしまっていると言えるだろう。加えて、今後は資産家による個人的な参入も顕著になることが予測される。筆者が2005年12月にグルジアで調査を行った際、公にされていない石油プロジェクトが進行しているという情報を得て、黒海沿岸のポチから程近い問題の場所に行ってみた。そこには、大規模な石油関連施設が多数作られていた(図4。写真は施設の一部に過ぎない)。現在、石油基地として重要な役割を果たしているスプサの石油タンクでも中型のもので四つしかなかったのに、当地では、既にスプサの石油タンクよりかなり大きい石油タンクが10以上も作られていた。石油タンクの建設は365日、24時間、フル稼働で進められているとのことで、最終的にいくつ作られるのか、現時点では明らかにされていないという。その石油タンクアナリシス群について知る者は非常に少なく、少なくとも公にはされていないようである。ほとんどの地域住民はそのプロジェクトについて全く知らず、数人から「3人の有力ユダヤ人資産家が進めているプロジェクトで、カスピ海やロシアから鉄道で石油を輸送し、欧州方面に輸出するつもりらしい」との情報を得た。ただし、これらは未確認情報であり、あくまでも住民の噂というレベルでしか紹介できない。ともあれ、公のプロジェクト以外でも、巨大なプロジェクトが進んでいる事例があるということだけは明らかである。グローバル化の折、今後はそのような個人の影響もますます強まってくるだろう。このように、旧ソ連においては様々な主体が力を持ち、多様な利害が入り乱れている。各主体の行動様式は利益至上主義で、日和見的になりがちであるために、今後の趨勢の予測は非常に難しい。現状が続けば地域の不安定が継続し、発展の阻害要因にもなる。そのため、石油関連収入によりある程度の経済的政治的自主性を獲得した諸国の政府は、自国の存続や上層部の利益確保のために八方美人的な政策をとるのではなく、民意を反映した政策をとっていくことが望まれる。また、各主体が全体としての利益拡大を目指して協力し、それが地域の安定と発展に結びついていくことが求められる。著者紹介廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業(1995年)、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(1997年)、同博士課程単位取得退学(2001年)。2000年から2001年にかけて、国際連合大学秋野フェローとしてアゼルバイジャンで在外研究。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2002年より慶應義塾大学総合政策学部専任講師、2005年より現職。専門は国際政治で、とりわけコーカサス地域研究を基盤として、紛争や政治体制、地域協力などの研究を行っており、最近は研究対象の多角化と比較に重点をおいている。趣味は料理と旅行。仕事と家庭の両立を目指すべく奮闘中。*32:筆者が2005年12月にアルメニアの研究者やジャーナリストに対して行ったインタビューによる。2006.3. Vol.40 No.260
地域1 旧ソ連
国1 アゼルバイジャン
地域2 旧ソ連
国2 グルジア
地域3 中東
国3 トルコ
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 旧ソ連,アゼルバイジャン旧ソ連,グルジア中東,トルコ
2006/03/20 [ 2006年03月号 ] 廣瀬 陽子
Global Disclaimer(免責事項)

このwebサイトに掲載されている情報は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

※Copyright (C) Japan Oil, Gas and Metals National Corporation All Rights Reserved.

本レポートはPDFファイルでのご提供となります。

上記リンクより閲覧・ダウンロードができます。

アンケートにご協力ください
1.このレポートをどのような目的でご覧になりましたか?
2.このレポートは参考になりましたか?
3.ご意見・ご感想をお書きください。 (200文字程度)
下記にご同意ください
{{ message }}
  • {{ error.name }} {{ error.value }}
ご質問などはこちらから

アンケートの送信

送信しますか?
送信しています。
送信完了しました。
送信できませんでした、入力したデータを確認の上再度お試しください。