ページ番号1006235 更新日 平成30年2月16日

カタール: 海洋鉱区(ブロック 3 )新規開放 

レポート属性
レポートID 1006235
作成日 2006-07-20 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 探鉱開発
著者
著者直接入力 石田 聖
年度 2006
Vol 40
No 4
ページ数
抽出データ カタール:海洋鉱区(ブロック3)新規開放①カタールは、半島西部の海洋鉱区ブロック3を2006年中に対外開放する予定である。②QPには数十社以上のIOCがすでに興味を表明している。③同鉱区の開放は、バハレーンとの海域境界紛争が決着したことを受けてのもの。④同紛争のため、この鉱区は未試掘で残された中東湾岸地域では数少ない場所である。ただし、同鉱区および近傍に関しては、日系石油企業がかつて数回にわたって評価を行い、参入を見送ってきたことから、炭化水素ポテンシャルには疑問も残る。1.鉱区の概要 公開鉱区の位置を図1に示す。 同鉱区はカタール半島の西側に位置しており、西側と北側がそれぞれAna-darkoの保有するブロック13およびブロック4に隣接している。既にQP(カタール国営石油:Qatar Petroleum)には数十社が興味を表明しているという。 南東に隣接するWintershallの保有するブロック11については、現在、油発見井の評価作業中であるという。 この海域の境界については、2001年の国際司法裁判所の判断でバハレーン*1との紛争が解決した。しかし、この問題のため、2001年までほとんど探鉱が行われてこなかった。2.両国の紛争 ハワール諸島は、バハレーン本島の南西約30km、カタール半島中部の西側に数キロメートルの水路を隔てて位置し、16の島々からなる。面積は38km2である(図1)。  ハワール諸島は、1935年前後からバハレーンとカタールが領有を主張して対立してきた。両国間の最初の武力衝突は、1937年の8月に発生した。 このときは、 当時バハレーンを保護領としていたイギリスが調停に入り、1939年にバハレーンの首都のマナマで開催された会議で、ハワール諸島はバハレーン領であることが確認された。 その後も、バハレーンが同諸島を実効支配してきた。 しかし、カタール政府は1975年6月に、1939年の協定は無効であるという声明を一方的に発表した。1978年には、カタールの沿岸警備隊が、バハレーン漁船のハワール諸島近海への接近を妨害するという事件、さらに1986年には、カタール軍がFasht-el-Dibal島という小島に上陸し、多数のバハレーン人を13日間拘束するという事件、バハレーン海軍が建設中であった軍事施設をカタール軍ヘリが攻撃するといった事件が起き、両国間の緊張は一気に高まった。 そこで、サウジアラビアと湾岸協力機構(GCC:Gulf Cooperation Council)が調停に入ったが、話し合いは決裂した(1991年11月)。1992年、 カタール政府は国際司法裁判所(The International Court of Justice in The Hague)に提訴した。その後も、1996年にはカタールの首都ドーハで開催されたGCCサミットへの出席をバハレーンがボイコットするなど、緊張状態は続いた。 2001年3月16日、ハーグの国際司法裁判所は、GCCの監督・立ち会いのもと、ハワール諸島とQitat Jaradah浅海はバハレーン領であると認定した。同時に、かつてバハレーン首長(アルカリーファ)家の領有地であり、バハレーンが領有を主張していたカタール半島内のズバラ地方と、Fasht-el-Dibal島周辺の浅海はカタール領であるという決定を下し、ようやくこの領土紛争は決着した。  この調停受け入れには、1999年にバハレーン独立以来40年近く首長の座にあったイサ首長(シェーク・イサ・ビン・サルマン・アルカリーファ)が急死し、長男のハマド殿下(シェーク・ハマド・ビン・イサ・アルカリーファ)が首長の座につき、外交が柔軟姿勢に変化したことが大きかったと考えられる。 なお、両国の緊張緩和を受けて、今回の鉱区開放や探鉱の再開、カタール・バハレーンコーズウェー*2計画などが検討されている。 カタールとバハレーンの両首長は2005年5月に、カタール・ノースフィールド*1:一般的には「バーレーン」と表記される場合が多いが、「バハレーン」は2つの海(アラビア語で海は「バハル」)を意味する。本稿では、アラビア語の発音に近い「バハレーン」を用いる。*2:浅海部を堤防及び橋脚によって連結する道路施設。1986年に開通した約25kmのサウジアラビア(ホバール)?バハレーン間のキング・ファハド・コーズウェーが有名。同施設には3カ所の橋脚部と出入国管理を行う人工島が設置されている。105石油・天然ガスレビュー105石油・天然ガスレビューTウスパルス・ガス田4 バハレーンアル・ラッヤ?ン油田31311アル・シャヒ?ン油田イランAl Shaheen850MMBOEノースフィールド・ガス田  900Tcf11ラスラファン工業都市ハワール諸島ドハーン油田アル・ハリージ油田8メイダン・マフザム油田イード・アルシャルジ油田ドーハ71アル・カルカラ油田ブル・ハニ油田エル・ブンドク油田MasaieedIndustrial Cityカタール公開対象鉱区(ブロック3)UAE(アブダビ)出所:各種資料より報告者作成図1カタールの油ガス田分布と開放鉱区【参考文献】(順不同)International Oil Daily:2006/6/7朝日新聞:2001/3/18毎日新聞:1996/12/9、2001/3/18裏世界遺産の館:http://homepage1.nifty.com/uraisan/yakata/d75.htmlガス田からバハレーンへの25年間にわたる天然ガスの輸出に合意した。両国の間に計画されているコーズウェーに沿う形で敷設されるパイプラインによってガス供給(7億5,000万cf/d)を行うものである。 このプロジェクトは、Al Khaleej Gas Projectと呼ばれ、ExxonMobilが主導している。第1フェーズとして、7億4,000万cf/dのガスをカタール国内向けに供給するもので、2005年に完成した。第2フェーズ以降は、パイプラインによるGCC諸国への輸出を計画している。3.まとめ 同鉱区および近傍に関しては、かつて日系石油企業が数回にわたって評価を行い、参入を見送ってきたことから、炭化水素ポテンシャルには疑問も残る。 しかし、対象となるブロック3に試掘はなされておらず、また、隣接するブロック13では試掘2坑、ブロック4では3坑が掘削されているにすぎない。中東湾岸の高ポテンシャル地域としては「空白地帯」と言ってもいいような探鉱未成熟地帯である。 したがって、今後とも基礎データの収集と既存データの再解釈等が必要であると考えられる。(石田 聖)2006.7 Vol.40 No.4106
地域1 中東
国1 カタール
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,カタール
2006/07/20 [ 2006年07月号 ] 石田 聖
Global Disclaimer(免責事項)

このwebサイトに掲載されている情報は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

※Copyright (C) Japan Oil, Gas and Metals National Corporation All Rights Reserved.

本レポートはPDFファイルでのご提供となります。

上記リンクより閲覧・ダウンロードができます。

アンケートにご協力ください
1.このレポートをどのような目的でご覧になりましたか?
2.このレポートは参考になりましたか?
3.ご意見・ご感想をお書きください。 (200文字程度)
下記にご同意ください
{{ message }}
  • {{ error.name }} {{ error.value }}
ご質問などはこちらから

アンケートの送信

送信しますか?
送信しています。
送信完了しました。
送信できませんでした、入力したデータを確認の上再度お試しください。