ページ番号1006314 更新日 平成30年2月16日

イスラム文化との接近遭遇(その4)

レポート属性
レポートID 1006314
作成日 2008-01-18 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 基礎情報
著者
著者直接入力 庄司 太郎
年度 2008
Vol 42
No 1
ページ数
抽出データ エッセーアラビア石油株式会社企画部審議役オイルアナリスト 庄司 太郎イスラム文化との接近遭遇(その4)?マジュリスとディワニアによる意思決定と「緑の資本主義」?んひ毯たの集会用の建物があった。メインの集じゅうが敷会用の建物に入ると、中には絨ひじかれ、壁際に肘掛けや背もたれのマットレスが置かれていた。もちろん、このマジュリス用の建物群には男性のみが入ることができる。金曜日の礼拝の後、ここに三々五々同じ部族や親戚筋の部族の人たちが集まるのである。香たが焚かれた室内では、客人にシャイ(小さなガラスカップに熱い紅茶が注がれ、砂糖がたくさん入っている)がふるまわれ、香炉を持った若いホストたちが客人に香を翳し、客人たちは香の煙を服の中や頭の周りに引き入れる。客人が集まると、ガホア(アラビックいたコーヒーとも言われ、半分に挽コーヒーにカルダモンを混ぜた独特の香りがする甘くない飲み物で、最初は飲めないが、慣れると無性に飲みたくなる)を専用のコーヒーポットに入れ、右手に陶器製の、日本の小さな杯のようなカップを数個もって、客人を回る(写1、写2)。 客人は、駆けつけ3杯ではないが、辞退のサインを出すまで、ガホアは何杯でも注がれる。もし、辞退したいなかざに、制限選挙による代表者を加えた、西欧型の議会に代わる王の諮問会議のことをマジュリスと呼んでおり、アラブあるいはイスラム式の民主主義の形であると説明されている。 もちろん、イスラム社会のなかでのアラブ社会、サウジアラビアやクウェートなどの湾岸諸国やイラクなど部族社会が残っている国々では、小さくはそれぞれの村落の部族ごとのマジュリスから村落を越えた大部族ごとの大マジュリスまで、依然として存在している。筆者がサウジアラビアのカフジに勤務していたときは、サウジアラビアからクウェート、そしてイラクまで広範に分布していた有力部族であるシャンマリ族のマジュリスに特別に参加したことがあった。部族の序列や親戚関係が色濃く反映された、まさに部族会議そのものであった。 そのシャンマリ族のカフジ地区*2のマジュリスは住宅街の外れにあり、四方を塀で囲まれ、入り口は一つで、入り口から右手に小さな建物(台所を中心にした水屋)、左手に細長い長方形出所:クウェート大使館ホームページより写1クウェートでのディワニア風景(左)とガホア(アラビックコーヒー)用の器具類はじめに イスラム社会での集団的意思決定の仕組みを考えるとき、最初に思い浮かぶのは、国民議会や地方議会あるいは株主総会など多数決の原理によるものではなく、「マジュリス」と「ディワニア」という社会慣習である。これらは、イスラム社会、とりわけアラブ社会に生活した者にとって日常茶飯である。今回は、世俗化の度合いにかかわらず、なかなか西欧型の民主主義が根づかないイスラム社会の意思決定のあり方を、政治・経済・文化のあり方とあらゆる意思決定が、このマジュリスとディワニアという形のなかで行われていることに着目し、それが西欧キリスト教型社会やアジアの非イスラム社会での意思決定とどのように異なるのか、実証的に考えてみたい。インナーサークルの集まりである「マジュリス」ん 「マジュリス」は、イスラム教が成立する以前に、既に部族ごとの意思決定機関としてアラブ社会のなかに存在していた。渥美教授*1によれば、その原義は「ジャラサ=座る」という言葉から派生したもので、部族構成員が座って部族のさまざまな問題を検討し、解決する会議を指す。決議は全員一致でなければならず、1人でも反対者があれば、成立しなかったそうである。現在、サウジアラビアなどの王制議員を中心の国々では、王による勅選せちょく*1:『イスラーム教を知る事典』渥美堅持著、東京堂出版1999年発行*2:カフジ地区は歴史的にクウェートとサウジアラビアが領有する中立地帯であったが、現在はサウジアラビアに属する。55石油・天然ガスレビューGッセー主し者が神に代わって統治するヴェラーヤテ・ファギーフ(法学者の統治)体制が続き、そのなかで、国民が最高指導者の指導に沿った分権・分限された主権を持つにすぎないという体制が現存せんゅする。また、主権を持った王や僭が必ずしも多数派ではない国も多い。このような体制が続いているイスラム諸国を、一気に西欧型民主国家にするには、時間をかけた宗教の世俗化が必要である。それなのに歴史の浅い超大国アメリカが、宗教的基盤が強く、かつ歴史のあるイスラム諸国に民主主義という世俗主義を外から押しつけるのには、あまりにも問題がありすぎるのである。イラクのサダム排除後のアメリカの統治が、イラクの宗教や民族、歴史的な経過を研究せず、力で押さえつける道を採ったのは、ネオコンの失策だけではなく、軍事と経済を力の根源に据えるアメリカ型の世界観が、ベトナム戦争の失敗に続き、ここでまたも繰り返されたとも言えよう。クウェートの「ディワニア」 クウェートには、「ディワニア」と一の宗教といったインナーサークルのなかでしか、アラブ人イスラム教徒の議会=マジュリスは成立しないのである。社会学的に言えば、アラブイスラム国家では、国家としての方針を決めたり、富の分配を決めたり、外交の戦略を決めたりするのは、議会の多数決によってではなく、力によって王になった者(“マリク”アラビア語で王の意味)、力によって独裁者になった者(サダムやアサド)、インナーサークルをまとめて部族の長になった者(“アミール”アラビア語で族長の意味)、もしくは預言者の代理人として認められている「カリフ」や「スルタン」であるという考え方が、歴史的、宗教的にも広く定着してきているのである。 サウジアラビアや、他の世俗化が進んでいないアラブ諸国で、「われわれの議会は西欧型の議会とは違うが、イスラムやアラブの民主主義であるマジュリスを持っている」とよく言われるのは、単に西洋型の民主化を嫌っているのではなくて、いま述べたような社会学的背景があることを理解すべきである。民主主義では、大半の場合は多数決で物事を決する。しかし、イスラム諸国やアラブ諸国のなかでは、主権は神であるアッラーにあり、その主権が国民主権の体裁をとるかに見えても、いわゆる西欧型のものとは違う。 イランのように、イマーム*3であるシーア派の最高指導ん々からば、小さなカップを右手で空にした後、カップを左右、上下に振ると辞退のサインである。 こんなサービスをしばらく受けながら、隣に座っている人や周りの人と色々な話をする。そして、部族の長や長老、有力者が集まるのを待つのである。 招かれている人たちがほぼ集まると、族長を中心にとりとめのない会話が続き、表情や態度を通してお互いの信頼関係を確認し、また三々五々散っていく。ときには、夜の10時過ぎにヒツジ(マトン)の丸焼きがふるまわれるが、食べ終わると皆すぐに帰っていく。どの会合でも同様であるが、食事が出ればすぐに解散である。私がアラビア語をよく分らなかったことや、外国人がいたという理由もあろうかとは思うが、私の参加したマジュリスはこんな感じであった。 一地方のマジュリスの風景をご紹介したが、他のマジュリス参加経験者や、友人のサウジ人に聞いても、マジュリスの中身は大体こんな感じだそうである。これでは話し合うべきことがないように思えるが、マジュリスは侃かんの論議をする場所ではなく、インナーサークルの密着した関係の確認の場所であるというのが実態ではなかろうか。話すべきことは、オープンな環境でではなく、密室でなされるというのがアラブ社会の流儀なのであろう。く々が諤がく イラクの国民議会選挙で、首相がシャンマリ族から選ばれたと聞いたとき、マジュリスを思い出した。議会は世俗化したとはいえ、これでは透明性のある論議や物事を決める役割は果たせないな、と直感した。ましてや、全員一致で物事を決めるなどは至難の業であろう。同一の部族や少なくとも同出所:クウェート大使館ホームページより写2ディワニアの内部(バドル家)クウェートの伝統的建築様式*3:イマームとは、アラビア語で「指導者」「模範となるべきもの」を意味する語である。通例は、イスラム教においてムスリム(イスラム教徒)の大小の宗教共同体を指導する統率者のことをイマームと呼ぶ。この語は、特にシーア派の系統に属する諸派(十二イマーム派、イスマーイール派、ザイド派など)において重要な意義を持つ(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)。2008.1 Vol.42 No.156Cスラム文化との接近遭遇(その4) ?マジュリスとディワニアによる意思決定?呼ばれる集会あるいは、集会所がある。部族や政治・経済界の有力者の邸宅には、ディワニア用の部屋やテントが備えられており、有力者によって集会が主催される。 「ディワニア」の語源は何であろうかと調べると、「ダッワナ」がそれであることが分かった。「ダッワナ」の意味は「記録する」「本にする」「詩集をつくる」などだそうだ。そこから派生して「ディーワーン」、「ディーワーニィ」となり、クウェートでは「ディワニア」と言っているのだそうである。 ディワニアには、集会のほかに詩集、裁判所、官庁、内閣という意味があり、国と地域によって使用法が異なる。また、発音も変化して使われている。現在のインドには公共用の建物に「ダイワン」と呼ばれる同じ語源と思われる名称が残っている。私がインド訪問時に現地の役人に聞いたところ、ムガール帝国時代から租税を徴収する役人のいた建物をダイワンと呼んでいたらしい(写3)。これが、公共用の建物の意味に転化し、いまでも役所の建物に使っているものもあるらしい。インドを訪問する機会があったらもう少し調べたいと考えている。またイランにもダイワンに似た言葉があるらしい(ペルシャ語の専門家にこのへんをお聞きしたい)。 とにかく、クウェートでは、このダイワンでの集会や語り合いをディワニアと呼んでおり、毎日この国のどこかで、夕方からディワニアが開かれている。その話題は多岐にわたり、サウジアラビアのマジュリスよりは、インナーサークルの度合いが低い。しかし、クウェートを支配するベドウィン系のアジミやアズミ族などのいくつかのファミリーは、マジュリス的なインナーサークルの度合いの強いディワニ出所:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より写3インドのラール・キラー(赤い城)*4アを開いている。 クウェートは、サウジアラビアのように武力によってアミールが覇権を獲得した国とは違い、有力ファミリーの合議によってアミールが選ばれたという歴史がある。さらに、地勢上、イランやイラクの影響が強く、英国の保護下にあったこと、独立のためにイスラムの世俗化が推し進められ、1960年の独立後、イスラムと西欧型憲法が並立する体制になったことが、ディワニアの開放的な性格を醸成したものと考えられる。クウェートにおいては、政治も経済の提携話もゴシップも、すべてディワニアで話される。外交官もビジネスマンもまめにディワニアに足を運び、有力ディワニアに呼ばれるようにならなければ、クウェートの政治とビジネスには参加できない。クウェートには選挙による議会があるが、議会への前哨戦としてディワニアがあると考えるべきである。クウェート人にとってディワニアは、わが国における国会議員の派閥の会合や日本経団連の会合などよりも重要度は高いと言える。クウェート型民主主義を理解するには、ディワニアに行くことがその第一歩である。資源外交とマジュリス・ディワニア 昨今、わが国でも資源、特に中東地域における石油・天然ガス資源の獲得には、国のトップや政府の上層部による資源外交が重要であり、大切であると強調されている。2007年5月の安倍首相(当時)による、日本経団連のミッションを帯同したサウジアラビア、UAE、カタール、クウェートなどの中東歴訪は、この資源外交が訪問の眼目であった。 中東諸国では、資源はそれぞれの国有財産であり、その取り扱いは政府だけが決定できる体制になっている。政府と言っても、国によってその担当部署が石油省だったり、国営石油会社だったりと、さまざまであるが、前述した国々には、それぞれ特徴がある。 サウジアラビアは、言わずと知れた強力な王制の国であり、サウード家*5の国である。石油資源の外国への開放*4:インドのラール・キラーは、ムガール帝国のシャージャハーン皇帝がアグラからデリーへの遷都(せんと)に先立ち、9年もかけて建造した城砦(通称赤い城)で、この中にディワン・イアーム(一般謁見〈えっけん〉の間)やディワニ・カース(貴賓接見の間)と呼ばれる部屋が残っている。*5:サウード家は、サウジアラビアの王家。アラブ人のアナザ部族に属する。サウジアラビアの英語名に含まれる接頭辞Saudi-は、「サウード家の」という意味である(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)。57石油・天然ガスレビューGッセーBPが有望で広大な鉱区の開発権益を入手することができたのは、実権のあるインナーサークルとの下交渉を行った後、トップを訪問した英国の老練な資源外交の勝利であったと言えよう。イスラム諸国やアラブ諸国の資源開発政策の意思決定の仕組みと、誰がそのインナーサークルの中心人物であるかを、そのインテリジェンスも含め十分に分析・把握した後、トップ外交を日程にのせるのが、マジュリス・ディワニアが社会基盤である中東産油・産ガス国へのアプローチ法ではないかと、現地の社会的実情に接近遭遇しながら考えた次第である。赤い資本主義と緑の資本主義 このエッセーの小見出しで、資本主義体制を色で区別したのは、「赤い資本主義」が中国の資本主義を指す言葉として有名であるからである。一方、緑はイスラム諸国で好まれる色である。一説によると、イスラム教の開祖ムハンマドのターバンの色が緑であったとされ、イスラム社会では最高の色とされている。例えば、緑の革命のリビアの国旗は緑一色である。サウジア油省もあるが、これもインナーサークルの一部である。しかし、クウェートは70年代にいち早く国内の石油資源を国有化しており、限定的なサービス契約などで一部を外国石油会社に開放しているが、議会の反対もある。北部のイラク国境のプロジェクト・クウェートは外国勢に開放して、イラクとの安全保障に役立たせようとしていたが、これも議会の反対派のため停滞している。 トップ外交の神髄は、各国の石油・天然ガス開発政策を牛耳っているインナーサークルのトップに会うことである。もちろん、インナーサークルのトップは、政権の主要な地位を担っていることが多いが、決して政府の地位だけが実権に直結するわけではない。トップ訪問前に、実権のあるインナーサークルの中心人物に十分な根回しと下準備を行っておくことが重要である。そのうえで、一気にトップに会えば、わが国のやる気と国益をかけた交渉の開始と継続を印象づけることができる。 英国のブレア首相(当時)が、公開入札でしか外資に権益を開放していな訪問し、最高指導かったリビアを急者のカダフィ氏に会い、その結果、遽ききゅうょ社会主義人民リビア・アラブ国サウジアラビア王国パキスタン・イスラム共和国バングラデシュ人民共和国図1イスラム諸国の国旗2008.1 Vol.42 No.158は原則として行っていないが、ガスイニシアティブによるガスの開発や、旧中立地帯の例外はある。そして、炭化水素資源は、実質的にはすべて国営会社サウジアラムコが取り仕切っている。石油鉱物資源省はあるが、石油政策は王族とサウジアラムコが決める国柄である。 UAEは、中東では珍しく、外国資本を自国の石油・天然ガス資源の開発に参入させている国である。参入の形態と財務条件は、刻々とUAE側に有利になってきてはいるが、わが国の開発会社も進出している。資源政策の実権はアブダビ首長とその一族にあり、国営会社ADNOC(Abu Dhabi Nationa1 Oil Company)はその実行機関である。 カタールは、かつてのクウェートのように、小国でありながら、その天然ガスの埋蔵量の豊富さと最近の急激なLNG開発の進展により、ガス大国の別名もあり、1人当たりのGDPはクウェート、UAEを抜き中東諸国の中では第1位である。21世紀のLNGは、カタール抜きには語れない。その資源政策の実権は、カタール首長が握っている。国営会社もあるにはあるが、首長を中心にしたインナーサークルに中枢の実権があると言われている。外国の開発会社に対し、おおっぴらに資源開発や関連のインフラ開発を任せている。当初の日本勢の貢献は評価されているが、90年代からの日本からの投資の低迷のなか、代わりに参入を果たした欧米メジャーがそろい踏みしており、現在、わが国企業はなかなか大型プロジェクトに参入できていないのが実情である。 最後にクウェートであるが、サバハ家の首長を中心にしたオイルに関するインナーサークルがあり、彼らが実権を握っている。そして、それを体現するのが、国営石油会社KPC(Kuwait Petroleum Corporation)である。石ネ後、中国は徐々にではあったが、共産党支配下の市場経済へと舵を切った。1978年以降、最高権力者となった鄧小平の「貧困は社会主義ではない」に基づく先富論や白猫黒猫論*8が、中国の赤い資本主義を現在まで急激に伸張させてきた(写4)。 緑の資本主義も、赤い資本主義と同様、特に、イスラム社会からの世俗化が進んでいないサウジアラビアをはじめとする湾岸諸国やシーア派による独特な統治体制になっているイランなどは、石油や天然ガスの発見により、現在、資本主義社会のエネルギーの主要な供給源として、その世界経済社会の重要な一部を占めるようになったが、他の資本主義国家とは異なる一風変わった資本主義を採っている国として分類できるのではないか。それぞれの国において、イスラムとの政治や経済のかかわり方が微妙に異なるので、一概には定義できないが、一般的資本主義、すなわち、この場合欧米型資本主党の1国2制度の理論や、先富論*7の扈は毛沢東思想の思想としての“信仰化”を図りつつ、逆に現実社会の、特に経済運営のイデオロギーからの世俗化をもくろみ、赤い資本主義によって富国強兵の道を歩んできている。 1981年6月、中国共産党中央委員会は毛沢東の生涯に対して「建国以来のわが党史における若干の歴史的問題に関する決議」という公式の判定を採択した。「指導者が誤って引き起こした内乱」として文革を全面否定しながら、毛沢東を偉大な革命家と呼び、その貢献が誤りの代償を上回るとした。それ跋ばっこ出所:XINHUA-CHINE NOUVELLE/GAMMA/AFLO写4毛沢東(左)と鄧小平(右)(1974年)中華人民共和国ベトナム社会主義共和国図2中国とベトナムの国旗*6:アッラーは神の意味のイラーフに定冠詞のアルがついたもの、すなわち。唯一の神=絶対神。*7:先富論(せんぷろん)とは、1985年頃から鄧小平が唱えた改革開放の基本原則を示すものである。「我們的政策是譲一部分人、一部分地区先富起来、以帯動和幇助落伍的地区、先進地区幇助落伍地区是一個義務」(可能な者から先に裕福になれ、そして落伍した者を助けよ)(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)。*8:白猫黒猫論とは、改革・開放以前、文化大革命の最中にも述べて、それがもとで彼は失脚したのだが、要するに、革命的であるとか、革命的でないとか、口先の議論はもういい加減にして、生産の向上に貢献する人間を評価せよということである。それを、白い猫でも黒い猫でも、鼠を取る猫は良い猫だと、猫に託して表現した。文化大革命期にあっては、失脚の原因となってしまったが、復活して改革・開放を進める時代では、主流をなす「論」となった。まっしぐらに経済建設に進む精神的なバック・ボーンとなった(http://www.pref.saitama.lg.jp/より抜粋)。59石油・天然ガスレビューイスラム文化との接近遭遇(その4) ?マジュリスとディワニアによる意思決定?ラビアの国旗はやはり緑一色をベースに「アッラー*6のほかに神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒である」をアラビア語で中心に配し、メッカを守る新月刀をその下に置いている。パキスタン、バングラデシュも同様に緑がベースである(図1)。私の会社のかつての技術系トップの名前は、アッハダール(アラビア語で緑の意味)であった。彼も自分の名前「緑」に誇りを持っていた。そうしたわけで、赤と緑の2色で、共産党独裁の中国における資本主義と、イスラムという世俗化しないとなかなか資本主義体制になじまない諸国の資本主義とを、パターン化してみようと考えた次第である。私は、イスラム諸国で採用されている資本主義を指して、「緑の資本主義」と呼ぶことにしたらいかがと提案したい。 赤い資本主義は筋金入りの世俗化を体現している。1976年9月9日の毛沢東主席の死去を境に、中国ではようやく四人組が失脚し、10年間も続いた文した。嵐のような文革化大革命が終は、毛主席のイデオロギーを柱にして、一神教と見まがうばかりの精神的粛正を行い、一説によると1,000万人以上の人民を殺害したと言われている。もちろん、権力闘争の面もあったであろうが、文革の終焉とその後の中国共産焉えしゅうん`と異なるのは、第1に最近のイスラム金融で取りざたされているように、貨幣が貨幣を利子として生んでいくという考えを建前上は採らないということであろう。この考え方から派生して、投資による収益は、投資家が負うリスクのうえに得られたものであるから、不労所得ではないとの考えからか、投資に積極的である。第2に、神の前の平等が徹底しているので、市場(スーク)は交易の中心として歴史的にも地政学上も隆盛であったし、現在も比較的オープンであり、この市場への慣れが、ひいては金融・商品市場に関しても積極的に対応できるようにしている。第3に、東南アジアのイスラム国やトルコ、エジプトなどの世俗化の進んでいるイスラム国の資本主義と異なり、私が緑の資本主義と呼びたい湾岸諸国を中心とする資本主義は、ドバイなどを除いて、すべからく資本主義の原資である富を、ほとんど1次産業から得ており、交換可能な国際通貨は石油と天然ガスの生産・輸出から得ているモノカルチャーに立脚した資本主義であるということだ。 これらのことの他に特記すべき特徴はあろうが、この3点からこれらの国々の経済の大まかな特徴がつかめる。ほとんどの国富はエネルギー輸出代金であるから、政府ないしはそれに代わる国営企業が一括して管理できる。そういう意味では、その政府を牛耳る人たちが国家の富の配分を決められる。特に、世俗化の進んでいない諸国では、国民の多数決によって富は配分されない。革命を起こさない限り、マジュリスとディワニアと最高宗教指導者と王様によって決まる。富の分配に関しては、このように神(アッラー)に主権はないので、イスラム原理主義者はクレームをつける。彼らは、民主主義で富の再配分が決められないことに怒っているのではなく、神の主権が犯されているのに耐えられないのであエッセーる。イスラム国家では市場・マーケットには国家があまり介入しない政策を採る傾向がある。そして、アラブやイスラムの産油・産ガス国においては、増大する若者の雇用機会の増大、炭化水素が枯渇した後の石油・天然ガス依存経済運営からの転換、あり余る国際通貨の自国への再投資などを目標に、モノカルチャー経済からの脱却を推し進めるのが特徴になっている。 緑の資本主義は、経済政策においても、イスラムと世俗化との折り合いで変化していく。赤い資本主義が共産党とその世俗化との折り合いで変化していくのと同様である。変化や改革がその到達点で、欧米化や世俗化を成し遂げているアジア諸国とは異なるものになる可能性が高い。赤い資本主義や緑の資本主義を分析・評価するときに、われわれが忘れてならないのはこの点である。執筆者紹介庄司 太郎(しょうじ たろう)ふるさと:1953年宮城県白石市に生まれる。学歴:1976年東北大学法学部法律学科卒業職歴:1976年アラビア石油㈱入社、ニジェールのテキダンテスムにて、ウラニウム探鉱に従事(2年間)、サウジアラビア・カフジ鉱業所勤務(2度、9年)、クウェートにてクウェート事務所に勤務(4年)の海外勤務を含め、石油を中心にした資源開発に従事。現在、アラビア石油㈱企画部審議役、前石油鉱業連盟企画調査部長著書:「アラビア太郎と日の丸原油」エネルギーフォーラム社、「石鉱連資源評価スタディ2007年(世界の石油・天然ガス等の資源に関する2005年評価)」(分担執筆)石油鉱業連盟など興味:エネルギー安全保障、イスラム、サウジアラビア・クウェート地域研究、インド・タイ地域研究、外国人の教育訓練家族:妻、長男、インディー(愛犬)2008.1 Vol.42 No.160
地域1 中東
国1
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東
2008/01/18 [ 2008年01月号 ] 庄司 太郎
Global Disclaimer(免責事項)

このウェブサイトに掲載されている情報は、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性、完全性、又は適時性を保証するものではありません。また、本資料の内容は、参考資料として提供されるものであり、法的、専門的、又は投資に関する助言を構成するものではありません。したがって、本資料の利用により生じた損失又は損害について、機構は一切の責任を負いません。本資料の内容は、第三者に対する権利又はライセンスの付与を意味するものではありません。本資料に記載された見解や意見は、著者の個人的な見解であり、必ずしも機構の公式見解、政策、決定を反映するものではありません。本資料には第三者の著作物が含まれる場合があります。機構又は各著作権者の事前の書面による承諾なしに、本資料の全部又は一部を無断で複製、頒付、又は引用することは固く禁じられています。私的利用、教育利用、引用など、日本国の著作権法に基づき利用できる範囲を超えて本資料を利用する場合は、機構又は関連する著作権者からの事前の承諾が必要です。

※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.

本レポートはPDFファイルでのご提供となります。

上記リンクより閲覧・ダウンロードができます。

アンケートにご協力ください
1.このレポートをどのような目的でご覧になりましたか?
2.このレポートは参考になりましたか?
3.ご意見・ご感想をお書きください。 (200文字程度)
下記にご同意ください
{{ message }}
  • {{ error.name }} {{ error.value }}
ご質問などはこちらから

アンケートの送信

送信しますか?
送信しています。
送信完了しました。
送信できませんでした、入力したデータを確認の上再度お試しください。